セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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神霊世界

 

 

「神代天人、ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってほしいでち」

 

と、ユエとシアによってネモの元からどうにか落とされずに逃げ出せた俺は、一晩明けてネモに渡された宿題を片付けようとノーチラスに設けられている教室のような部屋に向かう途中でエリーザに話しかけられた。その後ろにはミヒリーズも見える。2人いればどうにかなるのではないかとも思うけど、もしかしたら結構重いのかもな。2人ともそんなに力のある方には見えないし、俺は力仕事だけが取り柄みたいなもんだからな。エリーザからはともかく、ミヒリーズからの好感度は低そうだから、ここらで一丁好感度を稼いでおくか。

 

と、俺は「いいよ」と2つ返事でエリーザに着いていく。すると連れてこられたのはノーチラスの艦首・右舷側。そこには奥まったところまで段ボール箱が無造作に積み上げられた部屋があり、向こう側には古臭いがマンシルエットのターゲットも見える。少し火薬の匂いもするな。

 

しかも中に入ると分かるのだが、配管の都合なのか熱が篭っていて、俺でなければきっと蒸し暑いだろう。足元は柔らかいが無反響のタイルが敷き詰められているな。

 

「奥にある段ボールを3箱ほど取ってきてほしいでち。男なら力持ちだろうから、頼むでち」

 

「あいよ」

 

すると、俺はふと気配感知でリサの気配が奥にあったのに気付いた。リサも何かここに取りに来たのかな?どうせならそれも持って行ってやるか。

 

と、俺が奥に足を踏み入れたその時───

 

───バタン、と扉が閉められた。……あれ?

 

「キャハハ!お前は偉大なアスキュレピョス様を殺した仇だぞ!死ね!」

 

「男なんて、ノーチラスには相応しくないでち。そこで干からびてろでち」

 

そして、エリーザの言葉が終わるか終わらないかのタイミングでプシュッと空気の抜ける音がする。げっ……ここ防音室だぞ……。閉じ込められた……。いや、エリーザもミヒリーズも知らないんだろうけど、別に音が通らなくても念話は通るからユエもシアも呼べるんだけどな。そもそも別に俺はこの程度の扉はぶち壊せるし越境鍵もあるから出ようと思えばいつでも出られる。

 

だから閉じ込められたとは言え俺としては特に焦りもない。最悪毒ガスがこの部屋に注入されたとしても俺は問題無いからリサだけ助けてやればそれで大丈夫だ。

 

もっとも、あの子達は俺をこれで殺せたと思っていそうだからそんなことはないんだろうな。そもそも多分この部屋完全防音だから毒ガスの入口とか無さそうだけど。あるとしたら酸欠で死ぬくらいかな。さて、それなら俺とリサの2人でもまだ少し時間には余裕があるな。

 

「───リサ」

 

「えっ!?あ、ご主人様!」

 

と、リサは俺がここに来ていることに気付かなかったらしく、驚いた顔をしながら奥のダンボールの山から出てきた。

 

「どうされたのですか?」

 

「んー?ちょっと閉じ込められた。まぁ直ぐに出られるよ。それよりリサは?」

 

「はい。リサはここにカレーのルーを探しに来ていました。ルシフェリア様がノーチラスの皆様にカレーパンを布教していて、それが大盛況なのです」

 

それでここからカレーの匂いがしたから入ってみたら、俺に巻き込まれて閉じ込められてしまったようだ。ふむ、つまりエリーザ達はここにリサがいることは知らなかったんだな。これは不幸中の幸いだ。俺がこの程度の扉を開けることに苦労しないことも、俺がいる時にこの扉が閉められたこともね。

 

「ふぅん。……ちなみにここ、完全に防音っぽいんだよね」

 

マンシルエット・ターゲットもあるし床は無反響タイル。火薬の匂いも少しだけ残っているから、ここは射撃練習場としても使われていたんだろう。今はドアも密閉されているし、完全な密室というやつだ。

 

「は、はい」

 

俺の言わんとしていることが伝わったらしく、リサは顔を赤く染めて少しだけ目を逸らした。そんなリサを俺はふわりと抱きしめる。

 

「そんなに時間は無いけどさ。久々の2人きりだね、リサ」

 

「はい。ご主人様。……あっ、でも……」

 

カレー粉の箱を段ボールに置いたリサの両腕が俺の胸に当てられる。見ればこの部屋の蒸し暑さでリサはじんわりと汗をかいているようだった。もっとも、リサが汗っかきなことも、この部屋の温度と湿度を考えれば汗をかいているであろうことも、俺には分かっていたことだけど。

 

「いいよ。リサは汗だって良い匂いだ」

 

「あっ……そんな……」

 

俺はリサの両腕を取ると、それを外に回してもう1度抱きしめ直す。そうしてリサの色素の薄い金髪の中に鼻を埋め、思いっ切り息を吸った。鼻腔を通り抜けるのはリサのメープルシロップのような甘い香りと少しの汗の匂い。けれど、俺にとってはリサから香る香りは全てが心をくすぐる香りなのだ。

 

「……んっ」

 

俺の吐息が擽ったいのかリサが身を捩る。けれど俺はリサを逃がさぬよう、リサの後頭部に手を回し、首筋に舌を這わせる。じんわりと浮かんだリサの汗を舐め取れば、リサの口から漏れるのは甘い吐息。それが俺のアクセルをどんどんと押し込んでいく。

 

「……ゃぁ……あっ……んんっ……」

 

そうして今度は正面で見つめ合うように顔を向けて、リサの桜色の唇にキスを1つ落とす。1度目は直ぐに離し、2度目は数秒ほど唇を重ね合わせ、3度目ではリサの舌が俺の口をノックした。

 

俺はそれを迎え入れ、入ってきたリサの舌に自分のそれを絡ませる。

 

「……んっ……ふっ……はむ……ちゅ……」

 

吐息と水音、リップ音が重なり合う。蒸し暑い密室の中でリサの匂いが充満していくような錯覚に陥る。それはきっと、今の俺の視界の全てがリサに覆われているからか。

 

「リサ……愛してる……」

 

「ご主人様……リサも、ご主人様を愛しています」

 

1度唇を離し、銀糸の橋を渡してから再び俺達は口付けを交わしていく。そこで俺はふと、1つ思い出したことがあった。

 

「リサ……久しぶりにタメ口で呼んでくれない?」

 

リサの形の良い耳を撫でながら俺はそう提案する。リサは自分がメイドであることを誇りに思っているから、こういうのは俺から頼まないと絶対にやってくれないのだ。

 

「それは……」

 

そして、だからこそ1回は確実に渋る。でも基本的に頼みは聞いてくれるし、その場限りの()()()ということにすると案外やってくれたりする。

 

「ねっ?そういう()()ってことでさ」

 

「そういうことでしたら……」

 

「んっ。ありがと、リサ……んんっ」

 

「んちゅ……んゆう……天人……くん……んんっ……」

 

リサはタメ口だと基本君付けらしい。まぁリサがタメ口で喋ってるところなんて子供相手ですら見たことないんだけどな。けれど、普段のご主人様呼びや外での様付けとは違うこの呼び方をされると、どうしたって俺の中の熱は瞬間的に沸騰しそうになるのだ。

 

「リサ……っ……ちゅ……ん……」

 

俺はリサの背中側からブラウスの中に手を入れて汗でじんわりと湿っているリサの背中に触れる。触れれば簡単に折れてしまいそうな背骨をなぞるように指で上下に擦り皮膚の上から骨の凹凸を楽しむ。上へ進めば、指先がブラのホックに触れる。それを少しだけ持ち上げて指をホックと肌の間に入れてみたり、抜いてリサの肩甲骨を撫でてやったり、俺は右手でリサの背中を楽しみながら、左手はリサの肉付きの良い柔らかな太ももを撫でてる。リサは俺がそうするだけでキスの合間に盛れる吐息の声が甘くなる。それに気を良くした俺はリサの柔肌を更に堪能すべくガーターストッキングの中に侵入していく。

 

「あん……んんっ……はっ……んちゅ……あっ……」

 

そして、リサも俺の背中に右手を回し、防弾ワイシャツの中に手を突っ込んで背中を擦ってくる。それだけでなく、リサの左手は正面から俺に挑み、その白魚のような細い指で俺の胸板を、腹筋を、筋肉の割れ目に沿ってなぞっていく。

 

「んんっ……天人くん……んちゅ……好き……好きなの……」

 

あぁヤバい。ここは完全な密室で、酸素の量にも限りがある。本当はそろそろ出なければいけないのにリサにこんなに触れられながらそんな風に言われてしまうと、俺の中のブレーキが完全に壊れてしまいそうになる。

 

「好き……天人くん……んっ……もっと……んんっ……」

 

うわ言のように俺の名前を呼び、好きだと告げてくるリサに俺の脳みそはもう沸騰寸前。リサの甘い声で睦言を囁かれ、柔らかな彼女の香りと汗の匂いに包まれて俺の脳みそが耳と鼻からリサに支配されていく感覚。

 

「ん……はっ……はぁ……愛してる……んちゅ……はぁっ……あっ……」

 

けれど、明らかにキスのし過ぎだけではないリサの息切れの声を聞いて、どうにか頭の中の理性が吹き(こぼ)れそうになるのを抑える。

 

「リサ、愛してるよ。……でも、もう出なきゃな」

 

夢のような時間は終わった。俺とリサの愛が途切れるわけではないけれど、きっと今日の逢瀬はここまでだ。キスだってもっともっとしていたい。だけどこの密室では時間はどうしたって訪れる。

 

「また、今度な」

 

「うぅ……ご主人様は狡いです……」

 

リサも、段々と自分が酸欠になりそうなのが分かっているからか、身体を震わせて名残惜しそうな雰囲気こそ出すものの、いつもの口調に戻していた。それが合図となり、俺と2人、指を絡ませあって分厚い防音の扉の前に立つ。

 

「じゃ、空けるよ」

 

俺は扉に意識を向け、絶対零度を発動させる。あらゆる物質を0に帰すそれが俺の魔素を燃料に発動し、ライフル弾だって弾く筈のそれに、俺達2人が並んで通れるくらいの大穴を開けた。

 

「───っ!?」

 

 

「───きゃっ!?」

 

2人は俺を殺せたと思い込んでいたらしく、部屋の前でジュースで乾杯なんてしていたようだ。そこで俺の存在に気付いて驚いて腰を抜かしている。俺はそんな2人よりもまずはぶっ壊した扉を直すために再生魔法のアーティファクトを宝物庫から取り出して、大穴の空いた扉に時間を巻き戻す光を照射する。

 

そうすれば破片すら飛び散ることなくぶち壊された扉も、そんなことは無かったかのように元の重厚な姿を取り戻した。

 

「……俺を殺したいなら、他の誰も巻き込まないようにやってくれ。頼むよ」

 

だけど俺はお前達を殺さないよ。そう言うかのように俺はあの部屋の中で拾った缶詰を2つ、エリーザとミヒリーズに渡してやる。もちろん爪で蓋を開けたやつをね。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……天人、シアはどこ?」

 

密室に閉じ込めらてから数日が経ったある日、俺が教室で課題を解いていると、ふとやって来たユエがそんなことを訪ねてきた。後ろにはミヒリーズもいて、シアと仲の良いあの子がシアを探しているのだろうと思った。

 

「んー?いや、俺ぁ見てねぇけど、念話で聞いてみれば?」

 

潜水艦であるノーチラスはゴチャゴチャしているし人は多いけれど所詮は潜水艦だ。それもイ・ウー程大きくもないからな。探そうと思えば探せるし、何より俺達には念話のアーティファクトがあるのだから大した問題ではないと思ったのだが……。

 

「……シアから反応がない。天人、羅針盤で探せる?」

 

 

そんなことあるのか?と思いつつも俺はそれほど心配はせずにただ軽く羅針盤で今のシアの現在地を把握しようとした。だが概念魔法が付与された導越の羅針盤をして、シアの今の居場所を捉えられなかったのだ。

 

もっとも、今俺が注いだ魔力はそれほど多くはなく、それこそ地球の裏側に行っていたら捕まえられない程度ではあった。確かに俺がノーチラスに増設した『神代天人の部屋』の奥には空間転移のゲートが置いてあって、俺の部屋とノーチラスを自由に行き来できるようにアーティファクトと化してあった。これを通して今はティオとミュウ、レミアだけでなくジャンヌやエンディミラ達もこっちに来たり日本に戻ったりしている。だからシアがあれを通ってフラッと日本に戻っていても不思議ではない。

 

けれど、それでユエの念話にも反応しないなんてことがあるだろうか。不審に思った俺は氷焔之皇の加護でシアを探す……が、見当たらない。封印ではなく加護であればこの地球のどこにいてもおおよそは分かるというのに。

 

焦った俺は直ぐ様羅針盤に莫大な魔力を注ぐ。更に体内の魔炉──永遠に廻る天星(アンフィニ・リュミエール)──を起動。即座に爆発的な魔力を獲得していく。

 

 

──永遠(とわ)に廻る天星(そらぼし)──

 

 

俺とティオが飛ばされた世界で手に入れた永久機関。それの1番巨大な珠は俺の体内に収められ、魔力や魔素を無限に発生される魔炉として機能している。

 

本当は大仰な名前なんて付ける気は無かったのだけれど、ティオから絶対に頑張った名前を付けろ、さもなくばこれは使わせないと言われてしまったのだ。完全に汎用のアーティファクトとして使うつもりの小型魔炉の方には何も言ってこなかったが、俺がこれを自分の体内に捕食者と変成魔法で取り込むと言ったらそれならばと厳命された。

 

どうやら最近、俺が自分の身体をアーティファクト(道具)のように扱っていると感じていたようだ。だからせめて愛着くらいは持てということらしい。まぁ、俺が自分の身体を道具のように思っていることは否定しない。それに、ティオから大事に思われているというのは俺としては心地良いことなので、魔炉のアーティファクトに名前を付けてやる程度であれば迷う必要も無い。まぁ、名前を考えるのにはそれなりに時間が掛かったけれど。

 

「……どうしたの?」

 

と、急に羅針盤に莫大な魔力を注ぎ出した俺を見て、ユエが心配そうな声を出す。俺はそんなユエの頭を軽く撫でてやりながら

 

「んー?シアがちょっとな。……別の世界に飛ばされたみたいだ。理由は分からん、たまたま飛ばされたのか誰かに無理矢理召喚されたのか。……少し様子見てくるよ」

 

羅針盤でシアの位置は特定できた。トータスでも香織達の地球でも無い。俺が行ったことのない別の世界。とは言え今の俺には無限大の魔力と魔素があるからそれほど心配はしていない。

 

「……私達も行く」

 

異世界に渡る魔力は俺がいるから問題無い。今の俺ならユエ達から魔力を借りなくても何の問題もなく向こう側へ渡ることが出来る。

 

「んー……どんな理由であっち行ったのか分からんし、飛んで帰るだけだから大丈夫だよ」

 

別に俺1人で言ってもそれほど問題はあるまい。と言うか、行って帰ってくる程度だと向こうの土や植物の種などを持って帰ってきてしまわないように身綺麗にする手間を考えたら1人の方が気が楽だ。

 

「必要なら絶対呼ぶから、ちょっと待っててな」

 

「……むぅ」

 

ユエはちょっと不満そうだったが確かに大人数で行く理由もないので強く反論できない。けどシアに何かあったのかもしれないのなら絶対に自分も行きたい、そんなユエのシアちゃん大好きっ子がありありと見て取れる表情。

 

「例えばシアが何か戦いに巻き込まれてたとして、それこそ俺が行かなくても解決できるレベルだったとしても、シアが戦うつもりならユエ達も呼ぶよ。1時間で終わる戦闘を態々1時間きっちり使う必要はねぇ。3分で終わらせようぜ」

 

「……んっ、それなら」

 

もちろんそうなったらユエだけじゃなくてティオも来るだろう。だってテーブルを挟んだ向こうでそんな顔しているし。ぶっちゃけ今のコイツらがいれば神域ですら制圧出来る戦力なので、大概過剰戦力になろうと思うが、まぁ手早く終わらせるに越したことはない。

 

「じゃあちょいと行ってくるよ。夕飯までには戻りたいし。一応、ティオと一緒にいてくれ」

 

と、俺は越境鍵に魔力を注いでいく。その間にリサ達と行ってきますのキスを交わし、そして異世界へと続く扉は開いた。それを潜れば目の前には別の世界が広がっていた───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「んー?」

 

俺は確かにシアの傍の数百メートルの座標を指定したはずだ。そこならシアが戦っていても邪魔にならずに様子を伺えると思ったからな。

 

だが目の前にあるのはただの荒野。シアの姿はおろか、人っ子一人いやしない。何故だか知らんが越境鍵の座標をズラされたらしい。これはもしかしたら、シアは俺が思っている以上に面倒臭いことに巻き込まれているのかもしれないな。

 

「……あっちか」

 

俺は再び羅針盤に魔力を注ぎ、次こそシアのいる座標を特定。そして越境鍵に魔力を注ぎ、彼女の傍に扉を開いた。すると───

 

「良かった……無事だったか……」

 

「天人さん!!」

 

巨大な重力場のようなものに引き込まれそうになっているシアがいた。そんなシアの腰を抱き、俺は空力で空に立つ。どうやら俺はシアを引きずり込もうとしているこの力場の中に扉を開いたらしい。だからか俺自身にはその影響はなく、むしろ力場その物が俺の氷焔之皇に触れて消滅した。そして、俺に流れ込む力はやはり莫大。これを生み出した奴はそれなりに力のある奴のようだ。

 

「天人さん……天人さぁん!」

 

シアが俺に甘えるように頬を俺の胸板に、ウサミミを肩や首に擦り付ける。俺はそんなシアを抱きながら周りを見渡す。まるで竜のような翼を生やした男、何やら人間とは少し違った雰囲気を醸し出す美丈夫。あと空には人間っぽい奴らがいっぱいで、他にもRPGゲームや漫画で見たようなモンスターというか獣というか……ともかくそんなのが空に覆っていた。

 

───何という……新たな異界の子……まさか自力で界を渡り、我が力を退けるとは

 

何やら声が降ってくる。氷焔之皇を抜けてくるということはこの声そのものは超常であっても空気の振動を利用した音声であることには変わりないらしい。

 

───やはり異界の子は危険です。この世界のために消え去りなさい

 

すると、空の人間と怪物達が気迫の声を上げる。どうやらこの空から降る声の主と天空を支配しようという奴らは仲間内らしい。んで、下の奴らとシアが共闘……なのかな?まぁ、何はともあれ……

 

「帰るぞ、シア。皆も待ってる」

 

鬱陶しいコイツらは全部潰す。それだけだ。

 

俺は頭上に魔法陣を大量展開。そこから氷の槍を射出し、獣共を肉片へと変えていく。

 

更に空にいる人間……よく見ればその魂は俺の知る人間のそれとは少し違うようだが、ともかくそいつらは全員纏めて魔氷で拘束。

 

1万程はいたそいつらだが、今の俺の魔素量は実質的に無限大。万人を一瞬で拘束するくらいワケはない。

 

「何ということを……っ!許しません!!」

 

何やら炎っぽい人型が上空へと昇る。どうやらあれは、この中じゃ一際人間とは掛け離れた存在……神に近いように思えた。

 

「太陽の光に焼かれて死になさい!」

 

そして降り注ぐのは天からの灼熱。太陽光が槍となり、俺の全身を炭化させんと迫る。けれど、その程度じゃ俺は殺されてやれないんだよ。

 

「なっ……!人の身でこんな力を……」

 

俺も太陽光収束兵器を召喚。一気に6段階目まで炉を解放し、逆に光の槍ごと奴を飲み込む。

 

「異界の怪物……滅んでもらうぞ!」

 

今度は大地が隆起した。現れたのは土の巨人。けれど、そんなものは今更相手にもならない。奴の振るう剛腕を、俺は避ける素振りすら見せない。いや、避ける必要が無いのだ。

 

「なっ……」

 

そして奴の土塊の腕が消えた。そいつは俺の絶対零度の壁に触れたのだ。そしてそのまま両腕と両脚を絶対零度によって銀氷と散らす。

 

どうやら再生能力があるみたいだが、俺の前ではどんなに再生しようとも何度だって消え去るのみ。何度も何度も破壊と再生を繰り返していくが、そのうち再生速度が極端に落ちてきた。どうやら奴らにも限界ってものはあるらしいな。

 

すると、シアの傍にいた黄色い何がしかが浮かび上がる。

 

「母よ!ルトリアよ!火輪と大地をお呼びください!!このままでは!!」

 

と、何やらルトリアとかいう存在に呼び掛けている。だがルトリアは答えない。応えられない。精々が獣達をこっちに寄越すのが精一杯。だがそれすらも俺の氷の槍に貫かれて散っていくばかり。

 

「助け舟は来ねぇぞ」

 

仕方なく俺はその黄色いのに声を掛ける。シアの傍にいたってことはコイツはシアの敵ではなさそうだが……。

 

俺はつい、と空を指さす。そこには俺の魔法陣が展開されていて、そこから放たれる氷の槍はルトリアとか言う……コイツらのボスの元へと向かっているのだ。場所は羅針盤で特定済み。敵の親玉なんてもの、さっさと潰すに限るんでな。

 

「貴様ぁ!!何をしているのか分かっているのか!?ルトリアはこの星の意思そのもの!この星の全ての命の母なのだぞ!!それが滅びれば───」

 

「───だから何だよ。人の女ぁ担ぎ上げて戦わせて……悪ぃけどこの世界の命全部とシア1人の命なら……シア1人の命の方が遥かに重いんだよ」

 

俺にとってはこの世界はただシアを拉致した世界に他ならない。そして、シアが人間その他を率いてあの声の主やその手下達と戦っていたということは、あの声の主───ルトリアとかいう奴は、俺達を排除しようとしていたため、今さっきの復讐を除けば俺とシアが帰る分には素直に返してくれる可能性もある。

 

だが問題はシアが率いていた奴らだ。シアがたまたまこの世界に飛ばされ、成り行きでコイツらの味方をしていただけならまだ良い。だがもしシアが召喚されていた場合は、再びシアを召喚する可能性がある。当然そんなことを許しておけるわけがない。さっき越境鍵が使えたということは、多分この世界からの離脱はできるんだろうが、それで逃げてもまたシアが召喚されるんなら意味が無い。最低でもシアを呼び出した奴らがいるのならそいつらは確実に殲滅する。

 

「んで、シア。シアはどうしてこの世界に来たんだ?」

 

取り敢えず太陽光収束兵器と絶対零度による破壊はもういいかとアーティファクトを宝物庫へ仕舞い、絶対零度のループを取り止める。すると赤いスライムみたいなのと土色のスライムっぽいのがぽよよんと現れた。まぁ、あれはもう抵抗する力も無さそうだから放っておこう。

 

「え……えっと……」

 

チラリと下を見やりながら言い淀むシア。つまり人間その他グループによる召喚で決定。だがアイツらを率いて戦っているということは、シアはいきなり戦いに巻き込まれたというより、奴らに乞われてその力を貸していたのだろう。でなければさっさと逃げていたはずだ。

 

「……んっ、だいたい分かった。───じゃあそっちのお前ら、シアをこの世界に呼び出したのはどこのどいつだ?」

 

もう氷の槍の嵐も止めていいだろうと、俺はルトリアの方に向けていた氷の槍も引っ込める。

 

「───我ら天人(てんじん)を舐めるなよっ!」

 

だが、両手を拘束された程度では奴らは諦めないらしい。獣共を叩き潰していた氷の雨が止むと見るや何人かが魔法のようなものを発動させて俺を殺そうとする。だがそんなものは氷焔之皇のまえではまるで意味をなさない。ただ消え去り俺の力となるだけだ。

 

「俺に構うより早く帰ってママの怪我の具合でも見てやるんだな」

 

ドロリと、俺から漏れ出た魔王覇気を感じたのか、テンジンとやらは悔しげに顔を歪めたながらも踵を返してルトリアの方へ向かっていった。

 

さて、ようやく聞きたいことが聞ける。

 

「───お初にお目にかかります!私はバルデッド王国が筆頭霊法師、ルイス・レクトールと申す者。シア……殿の召喚をした張本人でございます」

 

命乞いのつもりか、俺が何かを言い出す前に綺麗な土下座と共に1人の男が自白した。さて、コイツの言う事を信じるのなら、コイツはどうやらバルデッド王国とやらでも強い方のようだ。別にコイツら全員を皆殺しにする必要は無い。ただコイツらの持つ異能の力を全て燃焼させて永久に使えなくしてしまえばいい。異世界召喚に何か設備を用いたのであれば、それも羅針盤で特定して破壊すれば終わりだ。

 

その後でコイツらがあの変な神みたいな奴らとの戦争で生き残れるかどうかは知らない。絶滅か隷属か、はたまた隠れ潜む生活を送るのか。そんなことは俺の範疇に無い。無いのだが、シアが戦っていたという事実が俺にその選択肢を選ぶことを躊躇わせた。

 

「あっそ。……お前らがシアを呼んだのはアイツらと戦うためで、シアはお前らの言葉を聞いて手伝った。なら何故そうなったのか、包み隠さず全部話せ」

 

「天人さん……」

 

再び俺の腕に抱かれたシアが俺を見上げる。そして俺の首にその白く細い両腕を回すと

 

「天人さんっ!んちゅう!!」

 

全力でその桜色の花弁を俺の唇に押し当ててきた。

 

「んっ、ちゅ……」

 

そして当然、俺もそれに応える。シアは俺とキスを交わしながら「天人さん天人さん」と俺の名前を呼ぶ。俺もシアの名前を呼び、髪を梳き、唇を重ねる。

 

「んんー!天人さん、会いたかったですぅ!」

 

「悪い、ちょっと遅れた」

 

「ちょっとじゃないですよ!ほとんど丸1日じゃないですか!何してたんですか?」

 

「丸1日……?時間でもズレてんのか……場所がズレたのもそのせいかな……」

 

どうやらこの世界はトータスよりも遠いのだが、そのせいなのか何なのかは知らないが色々あっちとはズレが大きいらしいな。まったく面倒なことだ。

 

「時間が?……ユエさん達はどうしたんですか?」

 

「んー?まさかこんなにゴタついてるとは思ってなくて、掃除する手間考えて置いてきたんだよ。ユエ達も心配してたよ」

 

「んんっ!少し!いいだろうか!!」

 

と、何やらわざとらしく大きな咳払いと共にやたらと顔の綺麗な男が俺達の会話に割り込んできた。

 

「誰……」

 

「……はい?」

 

シアもだいぶ嫌そう。シアはコイツらを手伝ってたんじゃないのか?それとも、シアが手伝ってたのは人間だけで、その他カテゴリのコイツらのことは別だったのだろうか。そうしたらコイツらもそれなりに力を持っていそうだし、場合によっちゃ全剥奪も考えなきゃな。

 

で、そんな俺の思考を知ってか知らずか、そいつは一瞬俺とシアを見比べ、そしてまた口を開いた。

 

「シア共々、救援に感謝するよ。まずはお互い話を───」

 

「おい」

 

今のは俺の声ではない。いきなり人の嫁呼び捨てにすんなよ馴れ馴れしい……と言おうと思った矢先、シアが……俺も聞いたことがないくらいにドスの効いた低い声でそいつの言葉を止めたのだ。そして俯きながらも俺から降り、そしてそいつの手首を握り締める。

 

「な、何を───」

 

手首が潰れそうな痛みに、その美丈夫がたじろぐ。だがシアはその手に万力の如く力を込めて外そうとはしない。

 

「お前今、天人さんと自分を比べたでしょう?勝てるところを探したでしょう?それで……男の魅力なら勝っていると思ったんでしょう?」

 

いやシアさん、それは間違ってないと思いますよ。何せそいつ、中々見たことがないくらいに顔が良いし。少なくとも顔面偏差値じゃあ俺は敵いませんて。

 

という俺の思考がシアに届くわけもなく、そいつはシアに手首を握り潰されつつ顔面を殴られ続け、そして最後にはジャイアントスイングで思いっ切り投げ飛ばされた。

 

挙句こっそり逃げようとしていた翼の生えた美丈夫もシアがとっ捕まえ、何やらキレ散らかしながらそいつの翼を捥ぎ、鱗を毟り取っていた。

 

……マジでコイツらは一体何がどうなってあぁいう状況になったの?

 

という俺の疑問の解決には、まずコイツら全員並べて色々白状させなければならないようだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

取り敢えずエリックとか言う人類の王様、シアに「ナルシスト死すべし」とか言われてぶち転がされたイケメンの魔王アガロン、シアに翼と鱗を毟られていた美丈夫な獣王にして竜人のグルウェルから粗方の事情は聞けた。あと、メイド服を着ている美少女のダリアはエリックからシアへと主人を鞍替えしたらしい。

 

んで、俺に火力勝負を挑んで消し炭にされかけた結果赤いスライムになったのが火輪のソアレ、再生する度に銀氷と散っていた土の巨人がオロス、最初からシアの側にいた黄色いスライムが雷や電気を司る神霊のウダルと言うらしい。

 

ただ、ソアレとオロスは人間を見下しているからか聞いたことにも答えてくれなかった。なので死者蘇生のアーティファクトを行使せざるを得なかったが、それ以外は比較的順調に情報は集まった。ま、知りたいことなんてコイツらとアイツらが戦っている理由くらいだけどさ。

 

で、ダラダラと俺はシアとコイツらの会話を話半分に聞いていく。基本的に興味のある話は無かったけれど、どうやらウダルがシアのドリュッケンに余計な手を出し、砲撃モードを()()()()にしてしまったらしい。んで、シアは前から自分には広域殲滅能力が無いとか何とか言っていたので、ウダルがドリュッケンに施そうとしていた神霊武具化とかいうやつをやってみようかと獣王と魔王に洗いざらい様々な情報物品を吐き出させた。

 

とは言え、俺は錬成師とは言え技術屋じゃないからこういうのは正直苦手だ。だからって装備科の手を借りるわけにもいかないから困りものだ。

 

まぁ腰を据えてやっていくしかあるまい。

 

「さて……やることは決まったわけで……どうする?」

 

と、俺はシアに問う。どうする、とは要はユエ達をこっちに呼ぶのかって話。実はシアは俺の嫁だけど俺には他にも何人もお嫁さんがいるよって知った時はそれはそれで一悶着あったけどそれも今は昔。

 

シアもさっきの戦闘で消耗した分は回復したみたいだし、一応ユエには小さくても戦闘になるなら呼ぶと約束してある。とは言えせっかくの2人きり。シアがそう望むのなら俺としては他の子を呼ばずに俺達だけで解決するのも致し方なしだ。どうせ大した奴らじゃなさそうだしな。殺さないってんでも特に問題はあるまい。

 

「んー、多分ですけど、ルトリアさんへ気持ちを伝えるためには、あのテンジンさん達や神霊さん達を抑えなきゃですよね?」

 

「多分な。ま、そこら辺は俺がどーにかするよ。シアはコイツらをルトリアの元まで届けてやればいい」

 

するとシアはふむと頷く。そして、少しの思案の後に顔を上げた。

 

「どうせなら2人でいたいので、ユエさん達には内緒で……」

 

そう言いながらシアはキュッと俺の腕に自分の腕を絡め、その大きな丘の間に俺の腕を沈める。何この可愛い生き物……。

 

「オーケー、怒られる時も2人一緒だ」

 

呼ばれなかったユエとティオは不機嫌になるだろうけど、それがシアの我儘なら仕方あるまい。神霊達や霊獣と言うらしい獣達、後はあの偉そうなテンジン程度を抑え込む程度なら彼女達の手を借りなくてもどうとでもなるしな。

 

「はいですぅ!」

 

花の咲くような笑顔。俺の数少ない語彙じゃそんな言葉しか浮かんでこないけれど、シアの笑顔は彼女のそれがそうであるように、またそれを見た周りの心にも花が咲くような温かい気持ちにさせてくれる。そんな愛らしいシアのデコにキスを1つ落として俺は周りを見渡す。

 

「じゃ、行こうか」

 

手前らの母親に謝るために。ただ神に滅ぼされる運命を変えるために。ここがコイツらの分岐点なのだ、その行き先は……きっと世界だけが知っている。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「あれ……」

 

本当はルトリアの真ん前に飛ぶつもりだったのだが、扉を開けた先はルトリアのいる島の端っこ。確かに俺の氷焔之皇は越境鍵には及んでいないのだけれど、概念魔法に対抗できるとは流石はこの世界の生命の母ってところか。ま、事前に考えた作戦……という程のものでもないけど、考えられる防衛戦の内、プランBの最初の手間が省けたって感じか。

 

しかし俺が1度ルトリアを島ごと叩き潰しかけたせいか凄まじい戦力が集められているな。ドラゴンやデカい獣、テンジンとやらも数万人はいるだろう。他にも神霊と思わしき気配が幾つも。きっと集められるだけの戦力をここに集めて準備を整えていたのだろうな。

 

けどそんなもの俺には関係無い。何が何匹来ようとその全部を受け持つつもりでいたんだからな。そのための準備だって、コッチも整えているんだぜ。

 

すると後ろから神霊の気配。高圧水流を纏い、背後に竜巻すら控えている竜のような姿の神霊。エリックがその名前──海流の神霊メーレス──を叫ぶ。

 

そして放たれた水圧の暴力。水は圧縮して放てば物を穿つことも可能だし量で押し潰すことも出来る、案外破壊力のあるものなのだ。けれど俺にはそんな事は関係ない。この程度の水量ならもう経験済みだ。

 

「───っ!?」

 

エリックやその他の奴らが言葉にならない驚愕を浮かべている。俺の生み出した氷の傘が、──きっとこの世界には無いだろうが──ウォーターカッターよりも圧縮され滝のように莫大な水量の攻撃をいとも容易く受け止めたからだろう。さて、メーレスの顎から吐き出されたってことは……やはり超常のそれだったか。大瀑布は氷焔之皇によって消滅。俺の中へとただ力として還った。

 

「天人殿!シア殿!どうする!?」

 

と、何やらエリックが俺達に問い掛ける。いや、どうするも何もあるまいて。こちとらやることは決まってんだからさ。

 

「ほら早く行ってこい。こちとら飯の時間が迫ってんだ。飯無くなっちまったらどうすんだよ」

 

俺は越境鍵に魔力を注ぎ込みながら、大軍を見て尻込みしているエリックのケツを軽く小突いた。どうやら島のど真ん中……ルトリアの所までの転移は無理そうだ。だが俺の視界の範囲内なら問題は無さそうだ。

 

「ほらほら、天人さんが全部抑えてくれるんですから、私達は急ぎますよ」

 

「なっ……!天人殿1人であれらを全部相手にする気か!?」

 

「問題ねぇよ。むしろ今この状況は好都合。具合が悪くなる前にさっさと行きな」

 

ここにいる戦力全部俺の元に引き付けてコイツらがゆっくりとルトリアとお話する時間を作ればいいのだ。神霊2人がかりで全く歯が立たなかった俺を相手に出し惜しみをする余裕を持っているのかどうかは知らないけどな。

 

「ほら行け!コイツらはきっちり生きたまま抑え込んでやるよ」

 

俺は越境鍵を捻る前にシアを呼ぶ。そしてキスを交わし

 

「……んっ、じゃあ気を付けてな」

 

「はい、天人さんもお気を付けて」

 

俺はシアに「おう」とだけ返して鍵を捻る。扉の向こうは森の直上。俺はエリックをその向こうへと放り投げる。すると空から氷点下のダウンバーストが迫る。そんなものは氷焔之皇で即座に消失。しかし今度は奴らの力を変換することなくそのまま取り込む。

 

「───さっきからどうして!?」

 

その質問に答えてやる必要は無い。知られて不利になる程度の力ではないが、態々こちらの情報を開示してあげる優しさは持ち合わせていないからな。延々と通らない攻撃を繰り返していればいいさ。

 

「神命である!天人族の王よ!母の元へ駆ける不遜な輩に誅伐を下せ!」

 

「………………」

 

行かせるわけがない。俺はこの辺り一体を覆う巨大な氷のドームを生み出した。当然崖下の海の底まで覆う氷のドームだ。例え海水に紛れたとしても逃しはしないよ。

 

「これはっ!?」

 

テンジンとやらが氷の壁を破壊すべく魔法のようなものを発動するが、氷焔之皇を持つその壁に触れたそれらは全て余すことなく俺の中へと力として消える。

 

もうここは俺を倒さない限り誰も出入りが出来ないデスマッチステージと化した。今のうちにシアやエリック達も皆扉の向こうへ行ったしな。

 

さてと、俺はトンファーを両手に構える。目的はシア達の目標達成までコイツらを抑え込むこと。正直物理的な攻撃力が大したことない以上コイツらに対抗手段はほぼ無いのだけれど、ルトリアとやらが大人しく話を聞いてくれる確証は無いし、島の中で跋扈する奴らまではこの中に引き込めていないからな。殺しはしないけど叩き潰されてはもらうぞ、神霊その他達よ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

霊獣の脚が飛び、テンジンの鮮血が舞い上がる。

 

トンファーの鎖に仕込まれた空間魔法で肉体を切り刻まれ、俺にぶん殴られて叩き伏せられたのだ。既に神霊は全て無力化されてスライムになり、氷の檻に閉じ込められている。

 

もっとも、奪った力は時間の経過で回復する範囲内でしかないからそう致命的でもない。だがこの戦闘にはもう干渉できないだろう。

 

残った奴らも数こそ多いけど、獣も含め死なさずに制圧することはそれほど難しくはない。ま、数が数だけに時間は掛かるけどな。

 

「ば……化け物……っ!」

 

「神霊様の力を奪うとは何という冒涜……っ!」

 

神霊の力を奪うのはそれほど難しくはなかった。そもそもが力の塊みたいな奴らだったのだ。力を奪われればそれだけ権能も削られていく。今はもう、スライムのような姿でぽよぽよするのが精一杯。

 

テンジンや霊獣共だってお得意の魔法のような攻撃では俺の氷焔之皇を抜くことができないのだから物理攻撃に頼るしかないのだが……コイツら程度の体力じゃ俺には敵わないし多重結界をぶち抜くこともまた難しい。

 

角と翼の生えた馬が俺の腹を貫かんと背後から迫る。俺はその突進を身を捩るだけで躱し、その角にトンファーの鎖を巻きつけ、空間魔法による断絶により細切れにする。更に鎖を戻しながらその線上に翼を置くことで翼もまとめて捥いでしまう。

 

そうして向かってくる霊獣を叩き伏せ、テンジン達を捻っていく……が、正直途中で面倒臭くなったので魔力の衝撃変換と纏雷で全員まとめて意識を奪っておき、念の為氷で拘束して全部終わらせた。

 

「……最初からこうしとけば早かったじゃんね」

 

という俺に呟きを聞き届けた者は……きっとこの場にはいなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

大地すら砕かんと降り注いだ星が、淡い青色と真紅の螺旋に打ち上げられていた。

 

越境鍵の転移でシアの元へと飛んだ俺だったが、その時には殆ど解決された後だった。

 

ただ、結局のところルトリアも神霊も人の言うことは信じられないという結論。まぁ当然と言えば当然だろう。今まで散々っぱら世界を好き勝手に に蹂躙しておいて今更何を言わんやという話。地球だって似たような話で持ちきりだしな。

 

それに、俺だってコイツらの言うことを信じているわけではない。もうコイツらの生活は完全に霊素とやらに依存しているのだ。そこからの脱却なんて、文明を丸ごとひっくり返すようなものなのだ。

 

それに、仮にコイツらがそれを出来たとして、その次の世代や更にそこから先の未来で果たして人達は霊素を使わずにいられるだろうか。遥か昔の言い伝えをいつまでも律儀に守っていられるだろうか。

 

そうなればまたいつかルトリアと神霊は人を滅ぼしに掛かるだろう。確かにそれはもう俺やシアの知る範疇ではないのかもしれない。けれど、その可能性を残したまま帰ることを、この愛らしいウサギさんが良しとするだろうか。シアは良い子だけれど、人類の善意を頭から全て信じられるほどお人好しじゃあない。むしろ、人の悪意に沢山触れてきた子だから、人を信じたいという想いと共に疑う心だって持っているのだ。

 

だから、シアが笑顔でこの世界から帰るためには

 

「……で、人から霊素全部奪ってこの先も2度と霊素の使える人類が出てこないようにするには、何をどうすりゃいいんだ?」

 

依存症からの脱却には依存先を手の届かないところに置き続けるしかない。だから人が霊素を使えないようにするしか、きっと解決の道は無い。

 

そうしなければ、いつかルトリア達は人を滅ぼす。

 

「……そんなこと」

 

「お前らに出来ねぇならこっちでやる。ま、次善の策もあるから気にすんな」

 

ちなみに次善の策とはここの人類をまとめて霊素の無い別の世界に放り出すこと。俺の氷焔之皇なら今この世界に生きる人類から霊素を根こそぎ奪うことは出来るけれど、その子孫達にまではその効果は及ばない。そうなればまたいつかシアがこの世界に呼び出されるかもしれない。そうなったらもう、俺はルトリア達に味方してこの世界を終わらせるしかなくなる。

 

「天人さん……」

 

「もう2度とシアが召喚されないようにしつつ、コイツらがルトリア達に滅ぼされないようにするには、こうでもしねぇとな」

 

ま、やるのはユエとティオ……それから香織の手も借りるだろう。ユエとティオは呼べば来てくれるとして、香織もまぁシアが大変なんだと言えば飛んでくるでしょ。

 

「天人さぁん!!」

 

と、それで感極まってしまったのかシアが目に涙を浮かべながら俺に飛びついてくる。そうして俺に頬とウサミミをスリスリと擦り付けているシアを撫でながら、俺はエリック達に目線を向ける。

 

そして彼らは頷いた。霊素の無い世界で生きると、自分達から全て奪ってくれて構わないと。その言葉があるのなら、俺のやることは1つだ。

 

俺は越境鍵を虚空に突き刺す。そうして回る鍵と共に開かれる世界を繋ぐ扉。

 

「ユエ、ティオ、ちょっと来───」

 

来てくれ、そう言おうとした瞬間には黄金色と漆黒の魔力光が俺の頭をぶち抜く勢いで扉から吹き出してきた。

 

「……どこのどいつを滅ぼせばいい?」

 

「誰を滅却すればいいのじゃ?」

 

魔力光どころか殺意が溢れ出ている。ユエは大人モード──神域でエヒトがなっていた姿──だしティオももう空にとぐろをまく巨大な竜の姿になっていた。

 

このユエの大人モード、実は魔力の最大出力量が上がるのだ。持っている総量がいくらあっても瞬間に出力できるパワーには限りがある。それは俺も同じで、それを増やすのが限界突破であり、ユエのこれは擬似的な限界突破のようなものだ。しかも限界突破の固有魔法と違って大人モードは解いても倦怠感などのデメリットがない。精々、力を使い過ぎればこのモードが解けていつもの小柄なユエに戻るって程度だが、それで別に動けなくなるわけじゃないから問題は無い。

 

「殺すな殺すな。呼んだのは違う理由だよ。……あと香織も呼ぶから待っててね」

 

と、俺は羅針盤で香織の座標を特定。どうやら南雲家のリビングにいるらしいから取り敢えずお呼び立てしても大丈夫だろうと俺は越境鍵を虚空に突き刺す。

 

そして世界の隔たりを繋ぐ扉を開けば白崎香織さんは彼氏家族と仲良く談笑をしていた。

 

「香織!シアが大変なんだ、すぐ来てくれ!」

 

と、俺がまるで凄く深刻な事態が起きているかのような声色でそう呼べば───

 

「───誰を分解すればいいの!?」

 

と、白銀色の魔力光を迸らせながら銀翼を羽ばたかせながらこっちに現れた。コイツも随分と殺意が高いし息子の彼女がいきなり翼生やしてぶっ飛んでいったから南雲家の皆さん驚きで顎が外れそうだよ。

 

俺は南雲家に「すみません、香織少し借ります」とだけ言い残して扉を閉じた。そして、ルトリアやアガロン達を今にも分解の砲撃で消し去りそうな香織に呆れつつ

 

「殺しませんし分解しません。ちゃんと説明してやるから話を聞いてくれ……」

 

 

 

───────────────

 

 

 

そして世界は改変された。

 

香織が一旦この島を再生魔法と回復魔法で癒し、その後にユエとティオの魂魄魔法と変成魔法でこの世界の人類から霊素とそれを扱う可能性を根こそぎ奪った。その改変は彼らという存在の根本まで及び、彼らの子孫達ももう霊素を扱える能力を持って生まれることは無い。

 

そして、世界の有り様を丸ごと変えてしまったというのに俺達はこの世界から追い出されることがなかった。ということはこの世界の未来というのはきっといつかこうなったのだろう。むしろ崩壊まであまり猶予がなさそうだったから、シアが召喚された時点でこうなることが確定していたのかもしれない。

 

そして、だからこそこの世界に来た直後から越境鍵が使えたのだろう。

 

まぁ、今となってはそれもどうでも良いことである。むしろ重要なのは、これのお礼としてルトリア達から託されたものだった。

 

それはルトリアから作り出された宝珠であり、ウダル達神霊が自分らの魂を削り取って押し付けてきた分御魂であり、またエリック達ではもう見た目通りの武具でしかなく無用の長物である神霊武具や神器であった。

 

武器の仕組みを解析して……とか正直やりたくないのだけれど、シアからは殲滅力が欲しいとか言われているし、どうにもこうして俺以外も辻召喚されるようだと、念の為アーティファクトの強化は必要な気がしてきた。

 

ま、そこら辺は帰ってからだな。もっとも、1番良いのはもう誰も急に異世界召喚に巻き込まれないようになることなんだけど、きっとこの願いは叶わない。そんな予感がするよ。けれど、絶対に誰も欠けさせやしない。世界がそんな理不尽を俺達に突き付けようとするのなら、俺はそれを踏み潰してでも無事を手に入れてやる。それが俺の誇りの1つなんだから。

 

と、抱き合って別離を惜しむシアとダリアを眺めながら、俺はそんな風に未来に思いを馳せていた。

 

 

 

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