セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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幕間:とある日の3人

 

 

液晶画面を睨んでいた眼を休ませるように瞼を閉じる。数秒───そして瞳を開くと同時にふとモニターの向こうを見れば、そこにいたのは輝くような金髪と抜けるような青空の如き碧眼の美しい女性がいる。

 

「……どうしました?」

 

視線を向けていたのがバレてしまったようでその金髪の女性───エンディミラ・ディーが怪訝な顔を返してくる。

 

「いえ、なんでもありません」

 

と、レミアは慌てて誤魔化して視線をノートパソコンの液晶画面に戻した。視線の向こうでエンディミラが首を傾げる雰囲気があったかレミアはそれを気にしないように意識を画面に戻した。

 

 

 

───────────────

 

 

 

エンディミラ、エンディミラ・ディー。レミアの旦那である神代天人がこの世界で出逢った女性にして彼の寵愛を受けることになる7人目の女性。

 

聡明で美しく、どうやら彼の過去も受け入れてくれたらしい。そして驚くことに、出身はトータスでもこの世界でもないようで、フェアベルゲンの森人族のような耳をしていて、自分をエルフ族と言っていた。

 

そんな彼女は神代天人が本業としている武偵と呼ばれるものにはならなかったらしい。どうやら自分の年齢は数えない主義らしいのだが、それでもこの世界で学生と呼ばれるにはホンの少し長生きしているとのこと。

 

ただ、武偵高に通う代わりにレミアやティオと共に神代天人の興した宝石加工会社の仕事を手伝うことになった。今も手元にあるノートパソコンとやらに慣れるのには時間がかかったレミアであったが、エンディミラは元いたところで経験があるのか操作自体はスムーズに行えた。そこでレミアとティオが仕事を教えれば直ぐにそれらを覚え、同僚として欠かせない存在になるには時間は要らなかった。

 

ただ、レミアとエンディミラの関係性は一緒に仕事をこなす仲間としてだけではない。同じ男を愛し、また同じ男からの寵愛を受ける存在として彼女達は暮らしている。

 

それに、借りているマンションの部屋数の問題でエンディミラと彼女の連れていたテテティとレテティという、これまたタヌキのようなシッポの生えた女の子2人と共に同じマンションの一室を寝室としていたのだ。

 

寝食を共にし、彼女らのことは何となく理解しつつある。だからこそ神代天人がエンディミラに惹かれる理由もよく分かる。

 

この美しい女性は根が真面目で何事にも懸命に取り組む。そして、それが仕事や人間関係にもよく現れている。

 

人と人との繋がりを重視し、人を支えることに躊躇いも手抜きもない。真っ直ぐに全力で同僚であり家族となった自分や、神代天人と一緒に任務で働いていた学校でも彼をそのように支えたのだろう。

 

そして、過去に犯した過ちであっても本人が悔いていたり素直に認めていればそれを受け入れ、告解された懺悔をその胸の内に秘める。そうしてくれる強さと暖かさがエンディミラにはあった。きっとそれが彼にとっては1番大きかったのだろうとレミアは思う。

 

そんなエンディミラにレミアは1つ、聞いてみたいことがあった。答えは半分分かっているようなものなのだけれど、どうしても1人の恋する女子として聞きたかったのだ。

 

「あの、エンディミラさん。1つ聞いても宜しいでしょうか?」

 

普段からそれなりに丁寧な物腰のレミアではあったが、ちょっとの気恥しさと仕事中のこのタイミングで()()を聞くことの躊躇いから固い物言いになってしまった。

 

「はい、何でしょうか?」

 

対するエンディミラはレミアが随分と真面目な雰囲気で質問をしたからかちょっと小首を傾げている。

 

「あの……天人さんのどの辺りを好きになったのでしょうか……?」

 

一瞬、部屋の空気が固まる。真面目な顔をして出てきた質問がそんなありきたりな恋バナだったからか。エンディミラはレミアからの質問を咀嚼するように数秒の間を置いて───

 

「え……あ、マスター……天人の───」

 

ボンと顔を真っ赤に染めている。元々が色白のエンディミラだからその変化が殊更に分かりやすい。

 

「ふふっ……」

 

これほどの美人がこんな質問1つでここまで狼狽するのがレミアにとってはどこか可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 

「……笑わないでください」

 

「あらあら、ごめんなさい」

 

照れながらこちらを上目遣いで覗くエンディミラにそう言われてしまってはレミアもそのように返す他なかった。

 

「天人は、その……私に沢山のドキドキをくれました。彼といると多くの楽しいことがある。それに、強いだけではない。私だけではなくテテティとレテティも守ってくれると思いました」

 

それに、とエンディミラは言葉を続ける。

 

「どっしりと大樹のように構えていると思えば、その心の内は過去の出来事でドロドロと濁っている。……最近は少しマシなようですが」

 

天人と同じ時間を過ごした月日はまだそれほどではない筈だがよく見ている、レミアはそう思った。ミュウと一緒にいた時の冒険の話は娘からよく聞かされていた。それよりも前の話も神話大戦の準備を整えている時にシアや本人からも聞き及んでいた。

 

それでも彼を愛する気持ちに変わりはなかった。だから今こうしているのだから。そしてそれはやはりエンディミラも同じだったらしい。

 

「うふふ」

 

「……何かおかしかったでしょうか?」

 

「いえ、ただ私と同じだと思って」

 

キョトンと首を傾げるエンディミラにレミアは微笑みながら言葉を続ける。

 

「私も同じような理由で天人さんを好きになりました。この人なら私とミュウを守ってくれる。それに、この人には私がいないと駄目なんじゃないかって思ってしまって……」

 

類まれな戦闘力とそれに裏打ちされた自信。けれどそれは取り繕った外面で、本当の神代天人という男は今にも折れてしまいそうな脆さが垣間見える時がある。そういう時にそっとその背を支えてやると、躊躇うことなく背中を預けてくれたのだった。

 

「───何じゃ、恋バナかの?」

 

すると、仕事で確認したい書類の格納されたファイルを取りに席を外していたティオが戻ってきた。その手には10センチ幅ほどの青いファイルが2冊重ねられていた。

 

「えぇ、ちょうど。……ティオさんは天人さんのどこを好きになったんですか?」

 

レミアもティオとはそれなりに長い付き合いではあるから天人との出逢いは聞いたことがあったが実際彼のどんなところを好きになったのかは聞いたことがないなと思い至った。

 

「ふむ……天人の好きな所か。何じゃろうなぁ。一度(ひとたび)戦いとなれば容赦も遊びも無く効率的に敵を屠ろうとするのに、そうでない時には全くそれを感じさせない毒気の無さか。あの、腕っ節だけは強いのに今にでも壊れてしまいそうな危うさか……」

 

ふむと、ティオは手に抱えていた書類をテーブルの上に置くと顎に指を当てて思索に沈む。

 

「他人にそれほど興味の無い振りをしている割には、他人に優しいのよなぁ」

 

「分かります。上目黒中学校で教鞭を執っていた時も生徒一人一人をしっかりと見ていて、問題を起こした生徒であっても絶対に見捨てませんでしたから」

 

うむとティオは1つ頷く。

 

「それに、格好付けしぃなのに甘えん坊という……所謂ギャップと言うやつじゃな」

 

そんなティオの言葉にレミアとエンディミラは同時にうんうんと首肯する。気勢を張って強がって格好付けて……実際格好付けるだけの力を持っていて、なのにこちらが手を広げるとその中にすっぽりと収まる。正直天人が女だったらかなりの悪女なのでは……?と思うこともあった。とは言え、結局のところそれは惚れた者の弱みと思う他ないのであったが。

 

「私はトータスにいる時の天人さんはエリセンとあの大迷宮の隠れ家で戦いの準備をしていた時しか知りませんが、それでもトータスにいた時よりも丸く?大人しく?なりましたよね」

 

ふとレミアは最近気になっていたことをティオに訊ねる。今も根本のところは変わっていない天人ではあったが、トータスにいた時はもっと普段からギラギラしていたように感じる。それは神話大戦の準備をしていた時だけではない。エリセンにミュウを自分の元に送り届けた後に数日間滞在していた時もそうだった。

 

錬成や神代魔法でアーティファクトを作っていた時は当然、水辺でユエ達と遊んでいた時も、瞳の輝きは今とは少し種類が違っていたように思える。

 

「そうなのですか?米国でコンザ───ネモ様を狙った暗殺者と戦った時やラスプーチナと戦闘になった時の天人の瞳は完全に戦う者のそれでした」

 

レミアもアメリカでの戦闘の時は覚えている。あの時はレミア自身はミュウ達と共に直ぐにあの場を離脱させられたが、一瞬見えた天人の瞳はトータスにいた頃と同じような光を灯していた。ただ───

 

「余裕……じゃろうなぁ」

 

「余裕ですか?」

 

レミアとエンディミラが揃って首を傾げる。レミアにとって天人が余裕をなくした時というのはユエがエヒトに攫われた時くらいしか記憶になかった。

 

エンディミラからすれば、()()ラスプーチナすら歯牙にもかけない天人は常に泰然としている印象だった。ネモを狙って遠山金叉が現れた時もまだ全力は出していないように見えた。だから例え未知の異世界とは言え天人が余裕を無くす状況というのが想像できなかった。

 

「天人はトータスにいる頃……レミアと出会ったあの頃は自分の人生で下から2番目に弱かった時じゃったからの」

 

それを聞いてエンディミラはふと思い出していた。前に天人からはトータスでは己の力の殆どを封じられていた時期があったと聞いたことがあったのだ。聖痕の力と、ラスプーチナの魔術を完封したあの力が閉じられていたのだと。

 

「もっとも、天人にとって1番大きかったのはリサじゃろうなぁ」

 

「ですね」

 

ティオが部屋の壁を見つめながらそう口にする。その視線の向こうはマンションの隣の部屋───天人がもう1つ借りている部屋だった。そしてそう言葉にしたティオにレミアも頷き答える。

 

「リサ、ですか……」

 

ふむ、とエンディミラは思案する。リサ。リサ・アヴェ・デュ・アンク。神代天人がこの世界で1番最初に愛した女。彼のメイドであり、かつ恋人でもあったその女は天人がトータスに飛ばされた時は、彼が召喚される直前に魔法陣から突き飛ばしたおかげで一緒には転移しなかったと聞いていた。

 

「力だけではない。リサがいるかどうかは天人にとっては最も重要な要素の1つじゃ」

 

もっとも、これだけの───所謂ハーレムというものを築いている天人はそれを明確にすることはないだろうとティオ達は皆分かっていた。

 

「こういう関係性を受け入れたのは私達ではありますけど、やっぱりちょっと悔しい気持ちはありますよね」

 

確かに天人と一緒にいるためにこの生活を───天人を中心とした家族に入ることを選んだのは自分達ではある。だが、だからと言って自分だけを愛してほしいという思いが消えるわけではない。

 

それはレミアだけはない。ティオも同時に全く同じことを思っている。ただ、エンディミラだけは優秀な1人のエルフが雄となり多数の雌のエルフを囲うという文化の中で生きてきたためか、この生活に何ら思うこともなく、また自分1人だけを愛してほしいという欲求は無い。それを2人……と言うよりこの場にいないリサを除く全女子は「異世界とは言え不思議な文化もあるものだ」と思っていた。

 

「そうじゃな。妾だって当然妾1人を愛してほしいと思う。それは女としてある種当然じゃ」

 

「トータスでもそうなのですか?」

 

と、レクテイアというこれまた別の世界出身のエンディミラが首を傾げている。

 

「そうじゃな。勿論一国の王が側室を囲って跡継ぎを沢山残すことはあったがの。それでもそれはあくまで側室であって、基本的に男と女はそれぞれ1人を愛するものじゃったな」

 

それにレミアも頷く。レミアは王様なんてものとは縁遠い地位の海人族であったから、余計に男と女はそれぞれ1人を愛するものだという意識が強かった。ただ、それでも天人と一緒にいることをレミアは選んだのだった。それだけ彼のことを心から愛していたし、天人からも愛していると告げられた時は年端もいかない少女のように心を躍らせたものだ。

 

「ふむ……。地球もトータスも、その辺りの感覚は似ているのですね。逆に、エルフは優秀な1人の雌が雄となり、その他の多くの雌と交わり子を成すのです。だから今、天人がティオやレミア、リサや皆を愛し、皆も天人を愛しているという光景には違和感を感じません」

 

「うーむ。レクテイアは子孫を残すことに功利的なのじゃなぁ」

 

「かもしれません。……とは言え、私も勿論天人のことを愛しています。自分が恋をする性格だとは思いませんでしたが……天人は不思議と私の心を擽るのです」

 

キュッと、エンディミラが自分の胸を左手で抑える。天人への恋心を素直に告げたエンディミラの頬は朱に染まっていて、それが彼女の言葉に偽りがないことを端的に表していた。

 

「んー、実に初々しいのじゃ〜」

 

それを見たティオは肘でレミアを(つつ)きながらニマニマと甘いものを頬張ったような笑みを浮かべている。

 

「あらあら、私だってあぁいう恋心を持っていますよ?」

 

するとレミアもエンディミラに張り合うように頬に手を当てて、自分の恋心に浸るような顔をする。

 

「まったく……いつも思うのじゃが……」

 

そうティオは呟くが、その先は言葉にはしなかった。人の姿をしていてもティオは竜人族。そのうえトータスでは大迷宮を幾つも攻略した実力があり、当然物音や人の気配というものも鋭く感じ取れる。

 

だから───

 

「ただいまぁ」

 

「ただいまなの!」

 

神代天人がミュウ、テテティ、レテティと一緒にコチラに帰ってきたことも、彼が玄関の鍵を開ける前に分かっていたのだ。

 

「んー?お疲れ様」

 

「ママ、ティオお姉ちゃん、エンディミラお姉ちゃん、お仕事お疲れ様なの!」

 

どうやらまだ仕事中だったらしいことを見て取った天人がそう労いの言葉を掛けるとミュウも真似をして同じことを言う。そしてテテティとレテティもまだ言葉を話せないなりにボディランゲージでその意を伝えようとしてくれる。

 

「おう、おかえりなさいなのじゃ」

 

ティオはそう言いながらミュウとテテティ、レテティの頭を撫でてやると天人に向けて無言で両手を広げる。それを見て頭に一瞬疑問符を浮かべたような顔をした天人だったが、直ぐに「まぁいいか」と思ったのかそのままティオの腕の中に身体を預ける。

 

愛しき男の頭を自分の胸の中に抱き込むと、モゾモゾと天人が顔を上げる。その顔には「結局どうしたの?」という疑問が浮かんでいた。それを見てティオは1つ微笑むと

 

「何でもないよ」

 

とだけ返す。その時のティオの顔に浮かんでいた笑みでこれ以上何を言っても答えは返ってこないと天人は悟ったのか「ふぅん」とだけ返してその両腕をティオの背中に回して再び顔をティオの胸の中に(うず)めた。

 

数秒ほどそうすると天人はティオから身体を離し、ティオの額と唇に触れるだけのキスを落とす。そして今度はレミアの額と唇に、その次にエンディミラにも同じようにキスを落とした。

 

「うふふ」

 

「うぅ……」

 

天人とのキスなんてもう何度もしているはずの2人だったが揃って頬を染めていた。すると、それを見ていたミュウが

 

「ミュウもパパとチューするの〜」

 

と、天人に両手を広げて「だっこして」のポーズを取る。

 

「んー?はいはい」

 

それを見た天人はヒョイとミュウを持ち上げ、額に唇を1つ落とし、両の頬にも"チュッ"と音を立てた唇を寄せるだけのキスをした。

 

「みゅっ!ミュウからも、ちゅ〜!なの」

 

そして、それを貰ったミュウから今度は天人の頬にブチュッと吸い付くようなキスがもたらされた。

 

「さんきゅ」

 

と、天人はふにゃりと微笑みミュウを床に下ろす。そして顔を上げると、ティオ達の顔を見て頭上に疑問符を浮かべる。

 

「んー?どうした?」

 

自分達へのキスも、ミュウへのフランクなキスも、どれもこれも見慣れた光景のはずなのに何故だか今日は固まってしまう3人。当然天人はそれを疑問に思うが、その理由に思い当たるところはなかった。

 

「い、いえ……何でもないです」

 

「あらあらうふふ……何でもありません」

 

「うむ、何もないよ?」

 

何だか明らかに何かを隠している様子の3人ではあったが、天人は「まぁいいか」と思ったのかそれ以上を聞いてくることはなかった。

 

「ふぅん。……じゃあ俺ぁ荷物置いてくるよ。開けとくから終わったら来てな」

 

と、いつもの通り部屋を出ていくのであった。そして残された3人は

 

「何と言うか……」

 

「トータスにいた頃を思い出したからでしょうか……」

 

「妙に気恥ずかしかったのじゃ……」

 

その上ミュウへの───娘への愛情溢れるあの表情を見てしまうとどうしても胸の奥が疼いてしまう。3人は顔を見合わせてお互いが全く同じ気持ちなのだと分かり合うのであった。

 

 

 

 

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