セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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シャーロックの要求

 

 

「落ち着けエリーザ───アイツらは敵じゃあない」

 

俺は甲高い声で叫んでいるエリーザの肩に手を置いた。するとエリーザは振り返りながら

 

「な、何を言っているでち!あの伊とUの文字が見えないでちか!?」

 

と、腕をブンブン振り回しながら伊・Uのセイルにペイントされた2文字を指差してきた。

 

「見えてるよ。ありゃあ確かに伊・Uだ。けど、だからこそあれは俺達の敵じゃあない。敵じゃねぇってのは、今のこのノーチラスと敵対しないって意味だけじゃない。───戦闘になってもこっちが勝つって意味だぜ」

 

そして、あのシャーロック・ホームズともあろう御方が推理できていないわけがない。俺がノーチラスに乗艦していることも、その理由も。そして今の俺達が戦闘になればどういう結果になるのかも、な。

 

「うっ……じゃ、じゃあイ・ウーは天人に任せるでち……。それでいいでしょうか、ネモ(しゃま)

 

「あぁ。それで構わない。───任せられるな?天人」

 

エリーザは勝利宣言をした俺の目を見て、照れたように目を逸らしてネモに判断を仰ぐ。そしてネモも、俺を見てそう託した。

 

「おう、任せとけ」

 

俺は伊・Uと向かい合うようにノーチラスの甲板上に立つ。すると、イ・ウーからも人影が現れる。1人は当然シャーロック・ホームズ、そしてその後ろから2人───遠山キンジと神崎・H・アリアも揃って現れた。

 

「───この同窓会(リユニオン)に参加してくれて嬉しいよ、天人くん」

 

「俺ぁ同窓会をしに来たんじゃあねぇよ」

 

ていうか、そんなことでわざわざインドくんだりまで行くかよ。この面子なら日本でやってほしいものだね。イタリアだのインドだの、なんでコイツはいつも全員が遠い場所で同窓会をやりたがるんだか。

 

「それで、わざわざこんな所まで何しに来たんだよ。まさか俺とここで喧嘩するわけじゃあねぇだろ?」

 

「そうだね。今の君と戦闘をする必要はない。そもそも、交渉手段が戦闘力になってしまった時点でその交渉は僕の負けだからね」

 

そんなシャーロックの発言にキンジとアリアが目を見開いてシャーロックと俺を交互に見やる。

 

「……別に驚くことじゃあねぇだろ。2年前ならともかく、今の俺ぁお前らが100人ずついたって勝てねぇよ」

 

リムルのいた世界で魔王となり、トータスでは魔物を喰らって生き延びた俺はもう聖痕が無くても彼らには負けやしない。何の制限も無しで戦闘になれば俺を止められるのはこの世界じゃ聖痕を持っている奴だけだろう。

 

「だろうね。だからノーチラスの皆もそう身構えることはないのだよ。僕はここに戦いに来たのではないからね」

 

だとよ、と、シャーロックが言ったことを俺がネモに伝えればそれはエリーザを通して瞬く間にノーチラスの乗組員に伝わったようで、俺の背中から少し弛緩した空気が漂ってきた。

 

「……それで、態々こんなご大層な登場をしなすって、何の用だよ」

 

まさか本当に懐かしの面々で同窓会(リユニオン)を開くためだけなわけがないだろう。シャーロックが俺にリサ、キンジとアリア、それにレキまで呼び寄せたんだ。それにコイツのことだ、俺とリサを呼べばユエ達が来ることだって推理できていた筈だ。そもそもインドに来ている時点で俺がネモと一緒にいることを推理できているんだ。

 

話題の中心はどうせ───

 

「───Nとモリアーティ教授についてだよ、天人くん」

 

当然、これしかないよな。

 

「んー?」

 

だが俺は敢えてわざとらしく問い直した。俺達は無限の魔力を手に入れたし、時間延長の部屋の中で試行錯誤した結果、シアのドリュッケンには新たな力が備わっている。

 

「君達が───神代天人くんがネモくん達ノーチラスと共にもうそろそろモリアーティ教授へと挑もうと推理できたのでね。釘を刺しに来たのだよ」

 

あ……言われちった。その事は次の寄港時……つまりこの後ノーチラスの乗組員に周知しようとしていたのだ。なのにシャーロックに先に言われてしまった。しかも上に出てきていた乗組員にも聞こえる声で。

 

おかげで後ろからザワザワと騒ぎが聞こえてくる。「どういうこと?」「教授と戦うって何?」「そんなの勝てるの?」とかとか……。

 

むむむ……どうする?もっとも、バレ方は理想とは遠いけれど、実際にシャーロックが言っていることは嘘じゃあない。むしろネモがこれから伝えようとしていたことなのだ。誤魔化しようもないが……。

 

「───狼狽えるでない!」

 

すると、突然の一喝。その声にザワついていたレクテイア人達に落ち着きがもたらされた。そして、それを成したのは───ルシフェリアだ。

 

「確かにノーチラスはモリアーティに反逆し、かの者が起こそうというサード・エンゲージを阻止、我らのサード・エンゲージを起こすつもりじゃ。だが狼狽えることは無い。ここにはレクテイアの神である我───ルシフェリアがおる。そして我に勝ち越せる我が半身───我が主様がいる。それだけではない、ユエもシアもティオも……皆レクテイアの神に勝るとも劣らない強者(つわもの)である!」

 

両手を腰に当てたルシフェリアがそう言葉を紡ぐ。そして、その言葉はレクテイア人達にとって余程大きなものらしい。皆、ルシフェリアの一言一言を聞き漏らさぬようにしっかりと聞き入っていた。

 

「それに、主様───神代天人もこの世界とレクテイアを渡る術を持っておるのじゃ。モリアーティが如何な力を持っていようとも、我らの勝利は揺るがないであろう!」

 

シン───と場の空気が静まりかえる。すると、目深に軍帽を被ったネモが皆の前に1歩進み出た。

 

「皆の者、黙っていて済まなかった。元々この寄港のタイミングで話そうとは思っていたのだがな。まさかシャーロック・ホームズに先を越されるとは思わなんだ。そして今のルシフェリアの言葉に偽りは無い。我々ノーチラスは今後Nから脱退、モリアーティの起こそうとするサード・エンゲージを阻止。そして我々のサード・エンゲージを起こすために行動する」

 

そして、ネモはエリーザに掲げさせた『MOBILIS IN MOBILI(動中動)』をネモ旗を指し示した。

 

「これは初代ノーチラス号艦旗。私の曾祖父、初代ネモの旗だ。文字は同じでもこれはノーチラスのNでありネモのN───この旗が掲げたられたということは、ノーチラスはNからの離脱を意味する。そこに至る具体的な経緯は───」

 

そしてネモの口から話されたモリアーティの真意。モリアーティはただ自分の思い描く混沌の世界が見たいだけだということ。そして彼の起こすサード・エンゲージがどのような道を辿るのかということ。そしてそれはシャーロックやキンジにアリアも聞き入っていた。そして───

 

「我らに着いて来れないという者は名乗り出てくれ。悪いようにはしない。このインドでノーチラスを降り、ノアかナヴィガトリアに行けるように私から取り計らおう」

 

堂々と、ネモはそう告げた。そして、この場で手を上げる者は───1人たりともいなかった。

 

確かにこの艦には地球人類と仲良くやっていけそうな奴らばかりが乗っている。だが、それでも何人かは向こうに行くとは思っていたが……これは僥倖だったな。

 

勿論ルシフェリアの言葉の力は大きかったと思う。そのルシフェリアに勝ち越しているという俺の存在もあった。けれども、誰も抜けるものがいないというのは、それだけこの艦でネモが信頼されている証だろう。

 

「……ありがとう。諸君らの結論に後悔はさせない。我々は全霊をもってNに反逆し、この世界を我々のような異形異能の者が自分を偽らずに生きていける世界にすると約束しよう」

 

そのネモの言葉を背に俺はシャーロック達に向き合う。

 

「───って言うわけでさ。俺ぁこんな所で引くわけにもいかないんだよねぇ」

 

「……ふむ。流石はネモくんとルシフェリアくんと言ったところか。それに、天人くんも随分とノーチラスの皆に信頼されているみたいだね」

 

場の空気を一瞬で鎮め、直ぐ様コチラのホームの空気に変えてしまった2人にシャーロックは感心したような声を漏らす。

 

「……アンタまた女の子たらしこんだの?」

 

すると、アリアからは何故だかジト目を頂戴する。

 

「いいかアリア。これはいつも絶対に信じてもらえないんだけど、1つ事実を言う。俺ぁそんなに節操無しじゃない」

 

だが俺の言葉はやはりアリアには届いていないようで、アリアから頂戴するのはさっきと変わらずジト目ばかり。て言うか、後ろからもいくつかのジト目を頂いている気配がする。

 

「天人くんは昔から女性を落とすのが得意だからね」

 

「ちょっと待てぇい!シャーロックこら!───少なくとも俺ぁイ・ウーじゃ今みたいにモテモテじゃなかっただろうが!!急に変な嘘ぶっ込むなや!」

 

何故だかいきなりシャーロックの野郎が俺の嘘の風評を流そうとしているのでそれだけは断固阻止しなければ。むしろ俺はイ・ウーの時代は女の子から嫌われる側だったでしょうが。ほらそこのユエ様!「今はモテてる自覚あるんだ……」とか言わないで!シアも「遂に自分で言っちゃったですぅ」とか言わないでくれるかな!?なんだが無性に辛くなるから!

 

「そうだったかな。僕の記憶では天人くんはいつも女性に囲まれていた筈だけど?」

 

すると、シャーロックはそんな俺の後ろの様子を放って俺への熱い風評被害を確定させようとしている。だいたい、俺のこと囲んでたのはパトラとかヒルダだしアイツらの()()()()は意味が違ぇだろうがよ。

 

「そんなわけあるか!こちとらボールは友達どころかボールだけが友達だった時代だぞ!!」

 

これはこれで自分で言ってて悲しくなってきたな。しかし実際、理子と仲良くなるまでイ・ウー時代の俺に友達はいなかった。リサは友達とはまた違ってたし、ジャンヌと仲良くなったのも理子との繋がりがあったからだ。そしてその他の……具体的にはヒルダやパトラからは大変に嫌われていただろうに。何でシャーロックはそんな嘘をつくんだよ……。

 

「それはそうと───」

 

「流すな!!」

 

「───天人くん、君にメヌエットくんはあげられないよ」

 

「会話のキャッチボールをしやがれこの人間ウィキペディア!」

 

何でアイツはこう、喋るのが止まらないんだろうか。アイツの口車は永久機関か何かか?人の話も聞きやしねぇしさ。

 

「……て言うか、メヌエット?急に何?」

 

そして唐突にこの場にはいないはずの人物の名前が挙げられた。しかもNのは無関係のメヌエット。まったくもって意味が分からん。コイツは会話に脈絡ってもんがねぇのか?

 

「アリアくんから聞いたよ。君はメヌエットくんも()()()()そうだね。魔法の力で彼女の脚を治したのが発端ということだけど……」

 

と、シャーロックはふと言葉を切り、俺の後ろにいたリサやユエ達を見やった。

 

「そんな風に沢山の女性に囲まれている君に、大事な曾孫を嫁に出すと思ったのかい?」

 

「何でお前は俺がメヌエットを嫁に貰うと思っているんだい?」

 

俺みたいなのに大事な曾孫はやれんという気持ちは分からんでもないないが、誰がいつそんな話をしたよ。

 

「……では天人くんはメヌエットくんを女性として見ていないと?」

 

「……少なくとも、そういう意味で愛した事実は無い」

 

女の子として可愛いと思ってない、なんて言うとそれは嘘になってしまうので、余計なことは言わずに事実だけ述べさせてもらおう。ちなみに俺達の会話にキンジだけは疑問符を浮かべていた。

 

「て言うかさ、そんなん本人が決めることだろ?表向き死んだお前が口出すことじゃあねぇだろ」

 

まぁあの子まだ未成年だから婚姻には保護者の同意が必要ではあるのだが、どっちにしろシャーロックは死んだ者扱いの筈だ。気持ちはともかく、コイツにとやかく言われる筋合いもない。

 

「ちなみにあたしも反対だからね」

 

「……ぐうの音も出ません」

 

お姉様に言われちゃあ俺も反論のしようがないな。……いや、だから俺はメヌエットを嫁にするなんて一言も言っていないし思ってもいないんだってば。

 

「え、て言うかそれ言いにわざわざインドまで追っかけて来たの?───シャーロックさん案外お暇なのね。……あ、そういや今は住所不定の無職だもんな」

 

これまでの積もり積もった鬱憤も込めて「ププッ」と嘲笑してやればシャーロックのこめかみがピクリと震えた。後ろからはネモの「ふふっ」と思わず漏れたような笑いも聞こえる。

 

「……そんな煽りには動じないよ。何せ君と違って僕は大人だからね」

 

『大人』をやけに強調してくるが、それがまさに俺の煽りにイラついている証拠だろうよ。ま、あのシャーロック・ホームズさんを煽ってイラつかせたってことで、今日は手打ちでいいか。少しスッキリしたし。

 

「で、真面目な話、何しに来たのさ?まさかインドまでその2人連れて来て本当に同窓会で旧交を温めようってんじゃねぇだろうな」

 

挙句にレキまで寄越しやがって。一体何のつもりなんだかな。

 

「勿論違うとも。ここに来た目的はさっき言っただろう?───モリアーティ教授と、Nについてだよ」

 

それが目的ならなんで途中で変な話挟んだんだよ。という俺のジト目をシャーロックはマルっと無視してそのよく回る口を開く。

 

 

「さっきも言った通り、君達は今モリアーティ教授に挑もうとしている。私達はそれを止めに来たのだよ」

 

「止める?対策がどうのとかってやつか?」

 

「その通り。今はまだ彼に挑むべきではない。物事には丁度良いタイミングというものがあるからね。それは今ではないし、君達はもっと力を付けなければならない」

 

今更力か……。確かにモリアーティの元には何人もの聖痕持ちがいるのだろう。それに、聖痕の力を何らかの装置に収めて運用する方法も確立しているようだし、油断ならない相手なのは分かっている。だけど俺達だって無限の魔力リソースや新たな力を手に入れている。目的はNの殲滅ではないのだ。それほど不利な戦いとは思わないけどな。

 

「モリアーティの逮捕にはあたし達も協力するわ。だからアンタも今は曾お祖父様の話を聞きなさい」

 

「鬼のSランク武偵アリア様ともあろう御方が随分と素直じゃないの」

 

いくら相手がシャーロックとは言え、あのアリアがこうも素直に言うことを聞いていることに違和感があるな……。

 

「アンタあたしを何だと思ってるのよ!」

 

「そりゃもう猪突猛進娘よ」

 

むしろアリアが今すぐにでも飛び出さないことの方が異常事態に見えるくらいだ。

 

「風穴開けるわよ!」

 

と、アリアは右目を紅に光らせながら叫んでいる。……あれビームじゃんね。怖……いや、それでこそアリアなのだけれども。

 

「まぁ待ちたまえアリアくん。今は先に、モリアーティ教授についてだよ」

 

「うっ……はい、曾お祖父様」

 

すると、アリアはシャーロックに制されてビームの溜めをキャンセル。あと今の言い方だと、お話が終わったら風穴開けていいことになりません?

 

「そちらにネモくんがいる以上知っていると思うが、モリアーティ教授の元には何人もの聖痕持ちが集まっている。そして教授は、辺り一帯の聖痕を塞ぐ術と同時に、特定個人の聖痕だけを閉じさせない術をも持っている」

 

それは俺もあの時体感させられた。公安0課の奴らも持っていた技術。周りの聖痕を塞ぐ技術はかなり昔からあるらしいが、それを特定個人に限りキャンセルするという理不尽。

 

「できればネモくんからその技術を教わりたいのだけどね」

 

おぉ!あのシャーロックが人に教えてくれだなんて!明日は槍が降るぞ!!

 

と、俺が勝手に感動しているとネモがふと俺の隣にやって来てシャーロックを見やる。

 

「……悪いがその技術の全容は私も知らないのだ。モリアーティは私にもその戦力の全てを開示していない。何人かの聖痕持ちがいることは知っているが、誰がどんな力を持っているのか正確なところは私も掴めていない」

 

それは俺も予想していた。ルシフェリアにも知らない部分の多いノアとモリアーティ。ネモのことも利用するための駒程度にしか考えていなさそうなモリアーティのことだ、きっと戦力の全てはネモには知らせていないのだろう。

 

「ふむ……なら尚のこと天人くん達を教授と戦わせるわけにはいかないよ。今の君達を失えば、この世界は確実に教授の思い描く通りの世界になるからね」

 

シャーロックの言葉で俺の頭に浮かんだのは再生の聖痕の男───奏永人。アイツや公安0課の奴らがそんな簡単に混沌と戦争の世界を許しておくのだろうか。しかもネモ曰く、日本はパンスペルミアの扉を巡る争いにおいては砦派に寄っているのだ。

 

この世界の運命にとって扉が開くかどうかはあまり関係がなさそうだが、だからこそ彼らは動くだろう。それとも、モリアーティの手元には再生の聖痕への対策すらあるということか。

 

「……そんなの、言われなくても分かってんだよ」

 

だがどっちにしろ、アイツらがどのように動いて、それに対してモリアーティがどうするのかを俺は全く知らないし、予想も立てられない。だから俺は唸るようにそう返すしかない。

 

「それで、具体的には何をどうしたら俺ぁシャーロック様の許可を頂けるんですかね?」

 

少なくとも俺とトータス組はそれぞれ1人でもシャーロックとキンジ、バスカービル全員を相手取って叩き潰せる。イ・ウーにあの鬼共がいようが結果は変わらない。ただの1人たりとも逃さずに捕まえてしまえるくらいの戦闘力がある。

 

「そうだね、少なくとも天人くん、それと君と一緒にコチラに来た子達は、それぞれ1人きりでも戦い慣れした聖痕持ち1人には勝てるくらいになってもらわないと困るかな」

 

「……なら私1人で充分」

 

すると、ユエが俺の横に並び立つ。確かに、ユエの神言であれば相手の力がどうだろうと簡単に捻じ伏せられる。戦闘になって出てきた奴らを逮捕するだけなら問題あるまい。

 

「ほう、それは一体───」

 

「……ユエの名において命ずる───(ひざまず)け」

 

「……ふむ」

 

「───ぐっ」

 

「何よこれ……っ!」

 

すると、ユエ様の勅命によってシャーロックとキンジ、アリアの3人は本人の意思とは無関係に強制的にイ・ウーの甲板に膝を着いた。

 

ユエの気配は背中からも感じ取れていたけど、俺とシャーロックのやり取りに随分と苛立っていた様子だったからな。これはまたいきなり荒っぽい御命令ですこと。

 

「……分かった?私の命令には誰も逆らえない。聖痕持ちでも何でも関係無い。天人の師匠らしいけど、今はもう私達の方が上」

 

黄金の魔力光を明滅させながら言葉を発するユエからは独特の覇気のようなものがある。シャーロックに対するユエの苛立ちと敵愾心が入り交じったそれをシャーロック自身がどう感じたのか、シャーロックは膝を着いたままユエと俺を見やり、ふぅと1つ溜息をついた。

 

「なるほど。だけど()()()()()を教授が推理していないとも限らない。やはりこのような搦手ではなく正面から打ち砕ける力が欲しいところだね」

 

「……ふぅん。……例えばこれくらい?」

 

あ、ユエの放つ魔力光が明滅から完全に噴出になった。しかも黄金色だけでなく真紅の魔力光も混ざっている。シャーロックの奴め、言葉を選べってんだよ。ユエさん本気で切れてるぞ。

 

キンジとアリアがその迫力に分かりやすく冷や汗をかく中、シャーロックは努めて涼しそうな顔を保ちながら

 

「では、試してみようか」

 

そう呟き、キザったらしく指をパチンと鳴らす。するとシャーロックの横に現れたのは───

 

「───透華!?」

 

涼宮透華だった。いや、それだけではない。透華と透華の妹2人───樹里と彼方も姿を現したのだ。見えない壁から徐々に姿を見せるかのようなその登場の仕方は、透華の聖痕───透過の力だろう。確かにあれは姿を見えなくする程度はできる。だがこの距離で俺の気配感知に掛からないなんて有り得ない。アイツらがハウリアか伊藤マキリ並に自らの気配操作に長けているのならまだしも、彼女達はその聖痕の力を除けばそれほどの強者ではない。

 

だからきっと彼方の力で気配そのものを切断したのだろう。樹里は概念を切断できるほどには聖痕の力を引き出せてはいないはずだからな。

 

「……天人さん、今のこれ、彼方の力だと思ってる?」

 

と、樹里が俺を見据えてそう言う。

 

「……違うのか?」

 

「違うよ?今のは私の力。私だって気配を切断するくらいはもうできるんだよ?」

 

「そうか、そりゃすまんかった。───それで?シャーロックよぉ、お前コイツらに何したんだ?」

 

ヌルりと俺から魔王覇気が漏れ出る。もしシャーロックがこの子達に何らかの脅しをかけてこの場に連れてきているのだとしたら俺はこいつを許してはおけない。この場でシャーロックを再起不能になるまで叩き潰す。

 

魔素を知らない奴らでも目に見える程の濃度で漏れ出る魔王覇気とバチバチと音を立てる赤い雷(纏雷)が俺の意思を伝えたのか、シャーロックはフルフルと首を横に振る。

 

「まさか。そんな野蛮なことはしないさ。ただ彼女達に伝えただけさ。教授の目的と、君達がどうしようとしているのか、その推理をね」

 

「天人くん、あの時と違って私達は自分達の意思でここにいるの。脅されてなんかないよ。私達も戦いたいと思ったからここにいるの」

 

「透華……だけど───」

 

シャーロックの言葉に続いて口を開いた透華。それに俺が何か言い返そうとするが、それを遮ったのは彼方だった。

 

「───天人さん。聖痕が使えない私達では力不足に思うのは分かっています。それでも私達は戦いたいんです。もう……見ているだけは嫌なんです……」

 

そう告げる彼方の瞳は今にも泣き出しそうで、でも気丈にもそれを堪えていた。その堪える涙の理由を、俺は今更聞かなくても充分に分かっていた。けど、それでも───

 

「それでも俺ぁ、お前達には待っていてほしいと思う。力が有るとか無いとか、そんなことじゃあねぇんだ。俺はもう……お前達にはこんな血塗ろの世界から抜け出してほしいだけなんだよ」

 

───それこそ俺の偽らざる本心。透華達はまだ引き返せる。この子達は俺達のいるような血と硝煙の匂いに塗れた世界からまだ抜け出せる。本当は暴力なんてない世界の方が理想なのだから。

 

俺はもうその世界から抜け出せないだろう。ここから出るには俺は自分の手を血で汚しすぎた。リサやユエ達も俺がいるならどんなところにでも着いて来るだろう。そして今の俺はもう彼女達が俺と別れてでもただ穏やかな世界で生きているのではなく、俺と同じ世界で一緒に生きてもらうことを望んでしまっている。だからこそ、俺にはあの子達の人生への責任があるのだ。

 

「……嫌」

 

「……透華?」

 

だが、透華は嫌だと口にする。呟くように小さい声だったけど、確実に俺の言葉を否定する。

 

「───そんなの嫌だよっ!もうただ待ってるだけなんて嫌っ!そんなの寂しい!耐えられない!私達がどれだけ待たされたと思ってるの!?あの時リサちゃんと一緒に異世界に消えた時……トータスって所に1人で行っちゃった時……っ!私達がどれだけ辛かったか分かる!?……分からないよね?天人くんはいつも行っちゃう側で、待つことなんてなかったもんね……」

 

最後は消え入りそうな程の声で紡がれたそれは、透華の───彼女達3人の慟哭。

 

「天人さんは私達をあの牢獄から救ってくれた。でもあの時も私達は何もしてない。ただ祈るだけ、待つだけだった。いつもそう。天人さんが別の世界に消えてしまった時も、私達はただ祈って待つばかり。そんなのはもう終わり。これからは私達も戦う。例え辛くても痛くても……貴方と一緒なら耐えられるから」

 

「遠山先輩やアリア先輩からも聞きました。天人さんがどんな世界を作ろうとしているのか。その世界はきっと、私達にとっても理想なんです。なのに、その世界を作ろうとしている天人さんがそこに居るのに、私達はただ見ているだけことなんてできません。戦うのは私達の意志。シャーロックさんにはその意志を実現させるための努力を手伝ってもらったに過ぎません」

 

透華達の叫びはやけに俺の耳に慣れていた。理由なんて1つしかない。あの時───オスカーの邸宅でシアも言っていたことだ。戦いたい。俺と並んで一緒に戦いたい、そして掴み取りたいのだと。

 

「言っとくけど私……ううん、私達、まだ天人くんのこと大好きだし、諦めてないからね」

 

「え……」

 

「分かる?好きな男の子が急に消えちゃって、戻ってきたと思ったら可愛い女の子いっぱい連れて来て。挙句にフラレ仲間だと思ってたジャンヌまでそっちに居るし。ホント、もう毎日枕を濡らしましたよ?」

 

透華がジャンヌの方を睨むと背中側でジャンヌが目を逸らす気配がした。

 

「実は、シャーロックさんとは結構前から知り合いだったの」

 

「……は?」

 

樹里のその言葉は俺には初耳だ。アイツがそんなに近くにいたなんて俺は知らないぞ。

 

「天人さんはきっと気にしていなかったでしょう?私達はシャーロックさんの教えで力を磨いてきました。天人さんが大怪我をしたあの日を境に学園島や……その後には関東全域でも聖痕を使えなくなりましたけど」

 

それは、奏永人が俺の前に再び現れたあの日。あの後から日本中の大都市を中心に聖痕が封じられ始め、今じゃ日本の大部分で聖痕を開くことができなくなっている。

 

「それでも私達は力を磨いてきたんだよ。聖痕の力だけじゃない。色んな力を付けたんだ。……例え天人くんと距離ができても、その間に天人くんが他にも色んな女の子と仲良くなってても。それでも私達は強くなったの」

 

「寂しかったよ?辛かった。天人さんと距離ができてしまって……しかもその間に他の子が挟まっているのを見て……でも、それでも決めてたから」

 

「シャーロックさんが言っていました。いつか天人さんは大きな戦いの渦中に飛び込むって。その時に後悔しないために、私達は覚悟を決めたんです」

 

俺と一緒の戦場に立つために。そのために彼女達は俺と距離を置いてでもシャーロックの元で修行を積んだのだと言う。場合によっては伊・Uに乗って聖痕を封じる領域の外に出てその力の扱いを極めていったのだと。

 

「決まりですねっ」

 

と、不意にシアが俺の横に並んでそう言った。

 

「覚悟を決めた女の子は強いんですよ?それに、私は───私達は透華さん達の気持ちが痛いほどに分かっちゃいますから。だから私達はどうしたって透華さん達の味方ですぅ」

 

腰を屈め、下から俺を悪戯っぽく見上げるシア。するとティオも「天人の負けじゃな」とか言って俺の背中に寄りかかってくる。ユエも溜息をつきながら「……透華達の勝ち」なんて告げてきた。

 

「……でも、そう簡単に天人は落とさせない」

 

ギュッと、ユエが俺を抱きしめる。するとシアもそれに倣うように俺に抱きつきティオも俺を後ろから抱く。

 

「そうですよ〜?このまま放っておくと大家族になっちゃいますぅ」

 

いやもうそれはなってるんじゃないかな?だってもう既に11人家族とルシフェシア(メイドさん)が1人だからね。我が家だけでも随分な大所帯だ。ま、一族でまとまって暮らしていたシアやティオからすればまだ少ない方なのかもしれないけどさ。

 

すると、それを見た透華達がちょっとムッとした顔をして───

 

「───とうっ!」

 

一瞬にして俺達の眼前、ノーチラスの甲板に現れた。これは……距離の切断か。

 

「あ、今のは樹里ちゃんのですよ?」

 

俺が知っている樹里に出来たのは物質の切断くらい。『距離』なんてものを切断できるのは彼方の方だった筈だが、それはそれだけ俺がこの子達との間に距離があったということと、3人がそれだけ修行を積んだのだということなのだろう。

 

「んえ?」

 

そして俺の口から思わず情けない声が出てきた。何せ急に視界が切り替わったと思ったら俺はユエ達の抱擁から切り離され、透華の目の前にいたのだから。そして、3人揃ってしてやったりの顔をした透華達に抱きしめられる。どうやら俺と透華の距離を少し切断されたらしい。

 

「捕まえた」

 

「逃がさないよ」

 

「ユエさん達には渡しません」

 

「……むっ」

 

急に俺という支えを失った3人がバランスを崩しかけるが、そこは流石にトータスで鍛えられているだけあって転ぶことはない。だが俺を奪われたユエ達もこれまたムッとした顔をして、そしてユエが俺に触れようとする。ユエの天在ならば触れた相手ごと瞬間移動ができるからな。それで俺を再度奪還するつもりなのだろう。だが───

 

「えぇっ!?」

 

「ふむ……」

 

ユエ達は3人とも背後に瞬間移動させられていた。これも距離の切断だろう。

 

「───これで分かったかな?」

 

と、俺がすっかりその存在を忘れていたシャーロックが話に割り込んでくる。

 

「少なくとも、聖痕の力が使える状況下であれば彼女達はこの上ない戦力になる。だから君達や僕が教授の計画を阻むために必要な力は2つ。1つは搦手無しで、聖痕を持っている者にも打ち勝てる戦闘能力。もう1つは聖痕を封じる力場を更に無効にする何か。これらが揃って始めて教授との戦いに挑める」

 

確かに、ノーチラスの甲板で聖痕持ち2人と戦った時には1人があまりに戦闘慣れしていない奴だったからどうにかなった。だがアイツがもう少し戦闘慣れしている奴だったら俺が白焔の聖痕を発動できるエリアまで出られたかどうか……。そしてそうなれば俺はあの火力に押し切られていたかもしれない。

 

認めるのは癪だが、シャーロックの言っていることには筋が通っているのだった。

 

「……分かったよ。俺もちょうど終わらせておきたい問題があるんでな。取り敢えず今すぐにモリアーティに仕掛けるのは止しとくよ」

 

どうせノーチラスの乗組員達にもキチンと説明してやらねばならないのだ。それと、事ここに来てもう1つ重要な問題も発生してしまった。

 

「……天人、いつまで抱きつかれてるの?」

 

「早く離れてくださいですぅ」

 

「………………」

 

俺の背後で俺と透華達をジト目で睨んでいる3人……。無言のティオが怖い。あとリサ達もジトっとした瞳で睨んでるな。ルシフェリアだけはなんか口喧しく騒いでいるけど。

 

「はぁ……」

 

俺から漏れたのは溜息。そして後ろからは「溜息つきたいのはこっちだよ」とでも言いたげな視線が飛んできていたのだった。

 


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