「俺達は俺達のやり方でモリアーティの目的を止めるつもりだ」
透華達をどうにか引き剥がした俺にキンジがそう言葉を投げかけた。
「んー?……そうけ。ならそっちはそっちでやんな」
だから俺もただそれだけ返す。
「あたし達だってモリアーティのやり方が正しいなんて思ってないわ。だからこっちはこっちのやり方でモリアーティを止める。アンタだって、モリアーティの目的を阻止出来ればそれでいいでしょ?なら、手札は多い方がいいわ」
ま、それは確かにアリアの言う通りだ。最優先事項はモリアーティの目論見──この世界を戦争の坩堝にしながらその中にレクテイア人をも投入する。そして生まれる
「そうけ。ならそっちはそっちで動きな。協力できる部分は手伝ってやらんでもない」
ただし、もしキンジ達がサード・エンゲージそのものを止めようというのなら俺とコイツらの方針は決定的に食い違う。そうなれば晴れて俺達は敵同士だ。
「……あぁ、今はそれでいい」
キンジ達もそれは分かっているのだろう。アイツらがレクテイア人をどう思っているのかは知らない。キンジやアリアがレクテイア人を差別するとは全く思っていないけど、同じ世界で暮らしていけると思っているかどうかは別だ。それは自分達だけではなく、この世界の人間とレクテイア人と、というスケールでも同じこと。だから俺達はお互いに歯切れの悪い回答しか出し合えない。
「では涼宮くん達は任せたよ」
「……あぁ」
シャーロックはそれだけ言い残して伊・Uの中へと消えていった。キンジとアリアもシャーロックの後ろに付いていく。
そうして直ぐに伊・Uは海の中へと沈み始める。俺が見送るまでもなくシャーロックは伊・Uに乗ってアンダマンの海へと失せて行ったのだった。
───────────────
先ずは補給を、というエリーザの一声でノーチラスの組員達はそれぞれの持ち場へと散っていった。基本的には食料の補給がメインとなるこの寄港。俺もただボケっと待っていても暇だからと物資の運び込みを手伝うことにした。
とは言え俺に出来ることと言えば基本的には検品の終わったコンテナをノーチラスの中にある倉庫へと運び込んでいくだけ。もっとも、俺の腕力なら狭いノーチラス内部へと物を運ぶなんてことは朝飯前。中に入ってインド海軍の視界から消えれば俺は抱えた荷物を宝物庫に放り込み直ぐに戻って来てはコンテナを回収、裏で宝物庫に放り込んでいく。
そして、その先ではシアとティオが待っていて、ノーチラスの物資搬入係の指示に従って俺と中身が共有されている宝物庫からコンテナを取り出して、それを並べていく。俺達の力ならこうしてしまった方が早いし楽でいい。
そんな俺達の様子をユエ様はボウっと眺めていて、腕力的にこの搬入に貢献できない透華達からはジト目で見られていた。
「ねぇ……いいの?あれ……」
つい、と透華がユエを指す。良いか悪いかで言えば普通に最悪ではあるが、正直家だとユエさんぐうたらだからなぁ……。皆あーいうユエさんに慣れてしまったのだった。
「……いやほら、ユエちゃま割とお姫様気質だから……」
オスカーの隠れ家で甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれたユエはもういないのだ。いや、今も俺のことは存分に甘えさせてくれるけど、シアやリサにレミアがいる家ではユエが家事や炊事をやる必要はない。だいたいの家事はこの3人が分担しているし、最近はジャンヌやエンディミラもお手伝いをやっているからな。
「そんなのいいの?」
「可愛いからよし」
「……チッ」
透華の舌打ちは聞かなかったことにしようそうしよう。めっちゃジト目で俺のこと睨んでくるけど知らないフリで乗り切るしかない。
「はぁ……。検品手伝ってくる」
「おー」
俺がワザとらしく顔を逸らしたのを見て、透華は呆れ顔で奥へと戻って行った。向こうでは樹里と彼方も搬入を手伝っていた筈だから、そっちに行ったのだろう。
俺も、さっさと任された作業を終わらせないとな。
───────────────
俺達は一旦日本に帰ることになった。
モリアーティとの再接近は来月、西半球で行われるとのこと。まずはそれまでに聖痕持ちと正面からやり合える火力を身に付けること、それと聖痕封じに対する対策を整えること。これらが俺達に課された宿題になる。
シャーロックの推理ではこれらの条件を揃えなければモリアーティ率いるノアとナヴィガトリアの戦闘力には及ばず、俺達は力ずくで排除されるだろうということだ。そして、今のこの世界において俺達が排除されると言うことはつまり、この世界はモリアーティの思うがままに進んでいくということだ。
当然に俺達はそれを許すわけにはいかないし、そのためには何が何でもアイツらに勝つ戦力を整えなければならないのだ。だが───
「………………」
家族達からのジト目が辛い。背中に何本もの矢が突き刺さっているかのようだ。さて、なんで俺がこんな針のむしろのようなことを味わっているのかと言えば
「いやほら、部屋は置いておくからさ。通信用のアーティファクトもあるし」
「……離れたくない」
いざ日本へ帰ろうという段階になって急にネモがグズり出したのだ。
どうせアーティファクトでも何でも連絡は取れるし、ノーチラスへの移動も俺達が寝床に使っていたあの部屋を置いておくのでその気になればいつでも日本の俺の家とノーチラスを行き来できるのだが、ネモ的には俺とはなるべく一緒にいたいらしい。もちろんこの場には他のノーチラスの乗組員はいない。いたらきっとネモはこんな風には甘えてこないだろう。
そう思ってくれるのは大変嬉しいのだけれど、モギュッと俺に抱きついているせいでユエ達からの目線が大変に冷たくなっているのだ。……あぁ、リサまでちょっとジト目になってるぅ……。
「何故ルシフェリアは良くて私は駄目なんだ……?」
そう、一応ノーチラスの乗組員扱いになっていたはずのルシフェリアは俺達と一緒に日本へ帰るのだ。てか、帰る帰るって言ってるけど、要は俺達は拠点を日本に戻しますってだけなんだよな。俺達は距離なんて越えてそれぞれが移動できるのだから、ここで別行動になったとしてもそれほど気にする事はない、と思うんだけどなぁ……。
「いや、駄目って言うか……ネモはノーチラスでやることあるじゃん?」
なおルシフェリアにはノーチラスでやるべきことは何もない。て言うか乗組員の士気高揚以外にできることがない。精々他に期待できるのは戦闘能力くらいだが、それだって通信用のアーティファクトで俺達を呼べばそれで済むのだからここに残る意味は無いのだ。
「なるほど、主様はネモより我が一緒にいてくれた方が良いと───」
「言ってない。てか別に残りたきゃこっち残ってていいんだぞ?」
「むきー!何で主様はそう花嫁である我の扱いが雑なのじゃ!?」
あとその理論ならトンチキなこと言わない分ネモの方がいてくれて有難いが。言ったらルシフェリアがキレ散らかすから言わないでおくけども。
あとさっきから俺はユエ達に念話で救援を要請しているのだけれど、何故だか反応がない。いや、正確にはジト目だけがお返事なのだけど。いい加減助けてやくれませんか……?
と、そんな期待を込めて首だけ振り向けば───
『……自力で解いてみせて』
というユエ様からの試練のお達し。しかもシア達も皆その念話に頷いている。どうやら俺は自力でここからネモを振り解かないと日本には帰してもらえないらしい。
「───とにかく!……俺達は一旦日本に戻るよ。なんか知り合いの世界もきな臭くなってるみたいだからさ。……むしろ、そっちの解決にネモの力を借りたいくらいだし」
遠藤の元に飛ばされた時に向こうの話は多少聞き及んでいる。やはりまだ彼ら帰還者と彼らの持つ超常の力を探り、手に入れたいと画策する輩は消えていないようなのだ。まったく面倒なことだがこっちの世界の現状を鑑みたらあんまり他人の世界のことをとやかく言えたもんじゃないしな。仕方ない、既に解消した関係とは言え元戦兄妹や義理の兄になるかもしれない奴のいる世界だ。もう少し面倒を見てやるとしようかね。
「───本当か?本当に私が欲しいと思ってくれるのか?」
「んー?……そりゃあそうだろ」
ネモだけじゃない。きっとメヌエットの力も必要だろう。あの世界は色んな奴らが色んな思惑で動いているみたいだからな。裏の組織の奴らならまだ脅しやすいし最悪全部叩き潰してしまっても構わないけれど、政府なんてものが絡んできた日には俺の手には到底負えない。それそこ全部洗脳してしまうという手もあるけれど、それはなるべくやりたくはないしな。
そもそも、そんなのそのうち政治家が入れ替わってしまったらまたやり直しになる可能性も高い。無駄なイタチごっこをするよりも「アイツらに下手な手出しは無用」というのを共通認識にしてもらった方が長い目で見れば楽な筈だ。
「そうか……」
何故ネモさんはそこで俺をより強く抱きしめるんです?ていうかそろそろ本当にユエ達の視線が洒落にならなくなってきたからここいらで一旦お開きにしたいんですが……。
「すぐ連絡するよ。それに同窓会もあるし、明日にはまたインドに来るよ。……またな」
俺はネモの手を取ってそっとその抱擁を外す。そしてそれを見て溜息をつきながらのティオが起動させた空間転移のアーティファクトを通って日本の、俺達の家へと帰る。一瞬振り向いた時に見えたネモの顔がいやに寂しそうだったのが俺の脳裏に強く残っていた。
───────────────
「それで?女の子にモテモテの天人くんはこれからどうするの?」
日本に戻ってきて早々に透華から嫌味をぶつけられる。まったく、貴女だって合流早々にユエ達を飛ばしてまで俺に抱きついてきたでしょうが。
という意思を込めたジト目を返してやるのだが透華には暖簾に腕押し。まったく意に介していない風で流されてしまう。
「……どうするって言うか、取り敢えず知り合いの世界の方に行ってどんな感じか見てくるよ。ちょっと向こうでもやりたいことあるし」
具体的にはハウリアの拠点作りを本格的に行いたいのだ。特にこっちの世界ではなく向こうの───香織達の世界に、だ。何せ向こうは帰還者騒動が再燃している雰囲気があるのだ。前にわざわざアーティファクトまで使って情報統制をキメたって言うのに、あっちには超能力も魔術も無いと思っていたのだけれど、どうやら不思議は世界にありふれているようで、でもその中でもありふれていない彼らの超常はちょっとあの世界では刺激が強かったらしい。
だからハウリアには俺に代わってあの世界を───もっと言えば帰還者達に余計な下心を持って近付く奴らがいないか見張っててもらいたいのだ。
ウサミミを誤魔化すアーティファクトならあるし、そういう
「香織さん達、元気にしてるでしょうか?」
「本当に不味い状況であればこちらにも連絡が来るじゃろうから、便りがないことが無事の知らせということじゃろう」
「……んっ、香織達がただの人間に負けるわけがない」
「みゅ?パパ、香織お姉ちゃん達の所に行くの?」
シアから香織の名前が出たことでミュウも俺がどこに行く予定なのか分かったようで、どこか期待した色が瞳に滲み出ていた。まぁあの世界であればミュウ達を連れていってもそれほど問題にはならないか。
「んー?あぁ、そんつもりだよ。ミュウも行くか?」
多分動くのは俺達と遠藤が中心になるだろうからミュウとレミアは香織か雫の家にでも預かってもらおう。多分他の召喚組もミュウがいると聞けば会いに来るだろうし、騒ぎの的を集めるのはちょっと不安要素ではあるが、まぁアイツらがみんな集まっているんなら安心でもある。
「みゅ!ミュウも行きたいの!久しぶりに香織お姉ちゃん達に会えるの!」
ふむ、じゃあ決まりだな。
「じゃあリサ、俺達は1回向こうに行ってくるよ。そんなに長居する気も無いし、こっちにもちょこちょこ顔出すようにするからさ」
「かしこまりました、ご主人様。ご主人様のいない間、この家はリサが守ります」
「んっ」
とは言え向こうに行くのは少し先かな。インドの時間で明日の朝9時から同窓会らしいし。
だいたい宝物庫に放り込んでいるから特に用意する荷物もないけれど、さっきまで潜水艦に乗ってインドまで行ってたんだ。今日くらいは家でゆっくり休んでも文句は言われまい。
「あ、天人くん。そっちに私達も行っていい?」
すると、透華が俺の袖を引く。
「んー?……まぁ別にいいけど」
透華達ならば諜報科や狙撃科で鍛えられているからな。向こうなら聖痕も使えるし戦力的に足でまといにはならないだろう。
「やたっ!」
「じゃあ同窓会終わったら連絡する。取り敢えず今日はお休み」
「はーい」
と、俺と一緒に行けるのがそんなに嬉しいのか、透華達は嬉しそうな顔をして部屋を出ていった。すると何やら俺に冷たい視線が。どうやらまたユエ達にジト目を食らっているようだ。
「……何?」
「……あの子達と、どう決着つけるの?」
あの子達とは、きっと透華達だけじゃない。そこにはネモも含まれているし、もしかしたらメヌエットやルシフェリアも含まれているかもしれない。
「少なくとも今、透華達は妹みたいにしか思えてないよ」
「……ふぅん」
あ、これあんまり納得してもらえていないやつだ。という俺の予想はやっぱり正しかったらしく、ユエのジト目は普段よりまだちょっと湿度高め。けれど、納得はしていないけど俺がそうやって言葉にしたことで多少の溜飲は降りたのか、ポスりと俺の身体に頭を預けるユエ。
俺はユエを抱きしめるとそのままソファまでフラフラと向かってそこへ身体を投げ出す。俺とユエの体重を受け止めたスプリングがギシりと音を立てて抗議の声を上げるが俺はそれを放ってユエの柔らかな金色の髪を梳く。
ふとリサの気配を感じて俺が上半身だけ持ち上げれば、そこにするりとリサが入り込み、ソファに腰掛けた。そして俺が身体を倒せば俺の後頭部はリサの太ももに乗せられる。俺がユエの髪を梳き、リサが俺の頭を撫でる。リサとユエの香りに包まれながらの至福の瞬間。しかし無音のそれも長くは続かなかった。
「むむむ……っ!なんで主様は花嫁の我を放って他の女とくっ付いているのじゃあ!」
分かりやすくむくれたルシフェリアが俺の身体の上に乗っかっているユエを退かそうと迫る。しかしルシフェリアはあと1歩のところで手が届かなかった。俺が氷の柵を張ってルシフェリアを押し止めたからだ。
「むぅっ!」
けれどもルシフェリアはそう簡単には諦めない。今度は超能力か何かでユエの身体を浮かせようとしたので、それも俺は氷焔之皇で力を吸収してしまう。そして左手でユエを抱きしめたまま氷の柵を動かして、ルシフェリアを少し遠ざける。
「……ルシフェリア、うるさい」
俺に押し出されたことにまたそれはそれで文句を言っていたルシフェリアにユエがポツリと呟く。
「……天人は今私が独占してるんだから邪魔しないで」
「主様は我の主様じゃぞ!」
「ルシフェリア、
今はこうしてリサの膝枕の上でユエを撫でていたい気分だった俺はルシフェリアにそう言った。もっとも、ルシフェリアがそれで納得するわけはなくて
「嫌じゃ嫌じゃ、ノーチラスでだって主様は我を放ってばかりだったのじゃ!他の女には構うクセに何で主様は我ばっかり放っておくんじゃあ……」
最初は勢いが良かったのに、段々とルシフェリアの語気が弱くなっていく。しかも終いには目に涙すら浮かべていた。別に、ノーチラスで俺はルシフェリアを無視していたわけではないのだが、他の子達と比べたら当然ルシフェリアの相手をしている時間は少なかった。まぁ、ルシフェリアが勉強スペースへ入ってこなかったのも理由のうちの半分くらいはありそうなのだが……。
とは言え俺もルシフェリアがあそこへは入りたがらないのを知っていて敢えてあそこに居たからな。ルシフェリアからすれば、敢えて避けられているようにも思えたのかもな。いやまぁその通りと言えばその通りなんだけども。
「ルシフェリアはあくまでユエのメイドで、俺ぁお前の恋人でも……ましてや花嫁でもねぇだろうが。そりゃあ家族を優先するのが当たり前だろうよ」
花嫁なんてのはあくまでもルシフェリアが勝手に言っていることで、俺はルシフェリアを嫁にする気は無い。だったら当然に家族達を優先する。それに俺はあそこで皆の信頼を得なければならなかったのだからルシフェリアよりも他の子を優先するのも当たり前の話だ。だからルシフェリアが言いたいことも分からないではないけれど、俺からすればそれでもそれらはあくまでルシフェリアが勝手に言っていることでしかないのだ。
「主様は我を大勢の前で負かして辱めた挙句、尻尾まで掴んでおいて責任を取らぬつもりか!?」
「それも、ルシフェリアの価値観だろう?俺にゃそんな事情は関係ねぇ。だいたい、何で負けた側の要求を飲まにゃならねぇんだよ。しかもお前はユエとの決闘でも負けて、生殺与奪も誇りも全部ユエん物になってんだろうか」
ユエの旦那である俺を主様と呼ぶのはまぁ100歩譲っていいだろう。結果的にはそれなりに筋も通っているからな。だけど俺はルシフェリアを花嫁にしたつもりはないし、現状そんな風に扱うつもりがないってことも何度も伝えている。なのにコイツはそれを改めようともしないどころか、自分を優先しろと言っているのだ。俺としては当たり前にそんな要求は飲めやしない。
「それは……そうじゃが……。でも我だってたまには主様に甘えたいし優しくしてほしいのじゃ!い、意地悪で素っ気なくされるのはそれはそれで良いものだけど……その後は優しく頭を撫でてほしいのじゃあ……」
えぇ……面倒臭い。てかこれもうティオの領分だろ。ティオは結局何だかんだでMっ気があるからなぁ。俺としては惚れた女に意地悪はあまりしたくはないけれど、まぁ変に叩いたりとかでないのなら、そういう
けどそれはあくまでもティオが───大切な人の求めることだからであって、そりゃあそこら辺の奴らよりもルシフェリアの方が大事ではあるけれど、だからってそこまでしてやりたいと思えるほどでもない。少なくとも今はまだ、な。
しかし段々と言葉が弱くなっていく上に零れそうな程に瞳に涙を溜めているルシフェリアをそのまま放っておけるほどには、どうやら俺はルシフェリアのことに無関心でもないらしい。
「はぁ……ちょっとこっち来い」
と、仕方なしに俺はルシフェリアをちょいちょいと呼び寄せる。そしてそれだけで何かを期待して喜色満面のルシフェリアを座らせると、俺は左手ではユエの金糸の髪を梳いたままルシフェリアの角の間に手を置いて、頭を撫でてやった。
「ま、ノーチラスじゃルシフェリアの一言で俺もだいぶ皆から認められたからな。助かったよ、ありがと」
だからこれはそれの褒美だ。仮にも俺を「主様」と呼ぶ相手が俺のことを助けてくれたんだからな。褒美の1つくらいやるのも務めってもんだろう。
それに、ルシフェリアにとっては俺から一言お礼を言われて頭を撫でられるだけで充分に嬉しいのか、さっきまでの涙目はどこへやら。今はもうこれ以上ないくらいにデレッデレした顔で両手を頬に交互にペチペチ当てていた。それがルシフェリアにとっては喜びの表現であることは知っているので俺は「はぁ」と一息。て言うか、ユエが俺の上に乗ったまま顔だけ上げてジト目で俺を見ている。
なので俺はユエの髪を撫でていた手を動かしてユエの頬や耳を撫でる。するとユエは瞳を閉じたまま俺の手のひらに自分の頬を擦り当ててくる。そしてユエが1歩登ってきたので俺もちょっとだけ身体を起こしてユエのデコや頬にキスを落とす。そしてその触れ合いは直ぐに唇同士となる。
もっとも、唇同士の戯れは数度も触れ合えば直ぐに終わり、ユエは俺の胸板に頬を擦り当てて「ん〜」と猫のような声を出している。俺はユエの髪を掬い上げてその香りを楽しみ、指にクルリと巻いてみたり、それで少し乱れた金糸を梳いて整えたり。右手はずっとルシフェリアの頭を撫でてやっているから両手がそれぞれ別の動きをしていて大忙しだった。
すると柔らかな黒髪の中に沈んでいた俺の右手がルシフェリアに取られる。横目でそちらを見れば、自分への褒美と言いながらも実際は俺がずっとユエだけを見ながらユエと戯れていたのが気に入らなかったのかルシフェリアはちょっと唇を尖らせていた。
そして俺の手を取りそれを自分の胸の谷間へと持っていこうとしていて───
「……ほれ、もういいだろ?」
俺は絶対に天国のように暖かく柔らかいであろう谷底に落ちそうになっていた自分の右手を救出した。
「───きゃん」
そして、ちょっと身を乗り出していたルシフェリアの形の良いおデコを小突いて座らせる。
「ご褒美終わり」
取り敢えず俺も向こうに行ってどうするかを考えたり何か宝物庫に放り込む必要があれば用意しなければならないので仕方なく、名残惜しさを後頭部に残しながらリサの太ももから頭を上げた。
ユエを抱きしめながら身体を起こせばルシフェリアが再び唇を尖らせて俺達を睨んでいる。
「ルシフェリアも、どうせついてくるんだから色々用意しろよ?入れ物はお前の分もあげるから」
ルシフェリアをこっちに残していくのはあまりに不安が大きい。特にユエ達───最悪の最悪ルシフェリアのイタズラを力づくで止められる奴らが皆香織達の世界に行ってしまうからな。だったら最初から俺達について来させてしまえばいい。そして俺の思惑通りルシフェリアは
「我もちゃんと連れて行ってくれるのじゃな!?」
と、それだけで随分と上機嫌になっていた。この子が単純で助かったな。
「おー。どうせこっちいても暇だろうしなぁ」
「では早速用意するのじゃ!……して、何を持っていけばよいのか?」
そっからかい。いやまぁルシフェリアがこっちに来た時はどうせ至れり尽くせりだっただろうからな。必要なものは全部用意されていたんだろう。服だってアイツはあの下手な水着より露出度の高い栄えある衣装しか持っていないっぽいし。
「あぁ……まずは服かな。お前のあの黒い衣装は目立ち過ぎるし。向こうじゃ武偵高のセーラー服も悪目立ちするしな」
「む、主様よ。何度も言うがあの衣装はルシフェリアの誇りにして───」
「では私がルシフェリアの服を見繕おう」
「私もお手伝いします、ルシフェリア様」
あの衣装には一過言あるルシフェリアが語り出そうとしたその時、ジャンヌとエンディミラが割り込んできた。どうやら2人ともルシフェリアに洋服を見繕う気マンマンのようだ。
「んー?じゃあお疲れのところ悪いけど何か買ってきてくれ」
本当はシア辺りから服を借りるつもりだったのだけど、買うなら買うでいいか。どうせそのうち必要になるものだったからな。この機会にある程度揃えてしまってもいいだろう。
ちなみに俺は一緒には行かない。て言うか、ユエ達はもう俺を服を選ぶ時には連れて行ってくれない。何でも、彼女達が何を着ようとも俺は全部褒めるから何の参考にもならないらしい。なので呼ばれる時があってもその時にはもう皆買う服が決まっていて、俺は半分荷物持ちだ。だってさ、この子達顔が良すぎて何着ても似合うし可愛いんだから仕方ないじゃんね。
「主様は来てくれないのか?」
「んー?正直面倒臭い」
ちなみに俺がついて行かない理由は実際面倒臭いが先立つ。ルシフェリアだってどうせ何を着ても似合うのだからわざわざ俺が行かなくてもいいだろう。しかも一緒に行くのがジャンヌとエンディミラなのだ。この2人に任せれば洋服は何ら間違いのないものが出てくるだろうことは想像に難くない。
「むー!主様は我の新たなる装いを見たくないのか?」
「どうせルシフェリアも何着たって似合うし可愛いんだからいいよ。俺ぁ褒める言葉しか持たねぇから行く意味もねぇ」
だからさっさと行ってこいと指先で「シッシッ」とルシフェリアを追いやろうとしたのだが
「───んんっ!」
何故だかルシフェリアが顔を真っ赤に染めて仰け反っている。そして直ぐに両頬に両手をペチペチと当てている。どうやら俺の言葉が嬉しかったらしいけど、今のってただ単に選ぶの手伝うのが面倒臭いって言っただけだと思うんだけど……。
だがどうやら今の言葉は女子的にはちょっと俺の思っていた伝わり方をしないものらしく、俺は家族全員───それこそミュウやテテティ、レテティからすらもジト目を頂戴してしまっていた。
───────────────
「まったく天人は……。本当はルシフェリアを
ルシフェリアがジャンヌとエンディミラに連れられて服を見に出掛けると、ティオが呆れ顔で呟く。
「何でだよ。俺が行ったって何の参考にもならねぇから面倒だし勝手に行ってこいって言っただけじゃんよ」
「あれがそう伝わるのはウチだけですぅ」
「普通はこれ以上ない程に褒められているように思いますね」
「……んっ。ベタ褒め」
と、俺の言葉は皆からは全否定されている。どうやら"褒めるだけなら行く意味無いから俺は行かない"でただ単に面倒臭いという意味になることは殆ど無いらしい。とは言えどうせルシフェリアがどんな服を着ようともあの子なら存分に着こなすだろうし、
「ご主人様は女性をその気にさせるのが大変上手ですから、ご主人様にその気がないのであれば例え本当に思っていることであっても心の内に留めておく方が良いかと思います」
と、リサからもこう言われてしまった。
「……そもそもジャンヌが天人に女の子の服を褒めろって教えたのはジャンヌがそうされたかったからで、リサが止めなかったのも自分が天人に褒められたかったからでしょ?」
すると、ユエがリサをジト目で見ながらそう言った。しかもリサはリサで臆面も無く「はい」と頷いているし。そういや前にユエはジャンヌに同じようなことを言ってたな。だからって俺も言う相手はそれなりに考えているつもりだ。
「……前も言ったけど、俺だって言う相手は考えてるぞ?」
「ふぅん……例えば?」
「んー?例えば他に相手がいる奴とか、なんか既に誤解を生んでる感じの奴とか」
だから俺はアリアの顔をいくら可愛らしいと思っていてもそれを本人に対して言うことはない。もちろん理子にだってそんなことは言わないし、香織に対しても同じこと。それはアイツらが好きなのは俺ではなくキンジや南雲くんで、特に香織の容姿や服装を褒めるのは俺ではなく南雲くんの役割だと思っているからだ。
あとあんまり気にしないで褒めた結果、その子が俺に対して「アイツは私に気があるのでは?」とか思われてしまったかなという時も気を付けようと思っている。具体的にはネモとか。でもネモはもうあんな感じなので気にしなくても良いのでは?という気もしている。
「そう言えばアリアさんには言わないようにしているとか言ってましたね」
「……じゃあ、既に誤解を生んでいそうな奴とは?」
「んー?……ネモとか?」
「でも天人さん、ネモさんからの誘惑に負けそうになってますよね?」
どうにか1人名前を出せたと思ったが、シアに痛いところを突かれてしまった。
「いや……まだ負けてないから。もうホント……何でどいつもこいつも嫁のいる男を誘惑するの……」
こっちには既に7人もの嫁がいるのだから一旦俺のことは諦めてほしい。て言うか、他に誰かと付き合ってる奴を相手でもそんなに好きになれるもんなの……?
「……それはこの場のほとんどの女の子が当てはまるのでは?」
とはレミアの鋭い指摘。うん、何せユエですら俺にはリサという別世界に置いてきた女の子がいることを知って尚俺のことを落とそうとしてきたわけですからね。
「パパ……」
あぁ、ミュウの駄目な大人を見る目が辛い……。ゴメンね、こんなだらしのないお父さんで……。
「英雄色を好む。これだけ沢山の魅力的な女性に好かれてていて、その上で大勢を愛せるご主人様はまさに英雄です。
というリサのフォローに感激した俺は、右手でリサを抱き寄せてその額にキスを1つ落とすのだった。
でもよくよく考えるとフォローになってたかな……?英雄って言葉に引き摺られてるけど、実際はただの節操無しって言われてない?大丈夫?
───────────────
「ふふん、どうじゃ主様よ。装い新たな我に見惚れているな?」
帰ってきて早々に騒がしいのはルシフェリア。どうやらこちらの世界の洋服もそれなりに気に入ったらしく11月だってのにヒラヒラした黒のオフショルダーに黒のスカート、その上から向こうが透けて見えるトップスと同色のスカートを履いている。
ルシフェリアがスケルトンスカートの裾をちょっと持ち上げクルリと一回転。黒で統一されたその洋服はこれまたルシフェリアの艶のある黒髪と相まって、彼女の持つ圧倒的な美しさを強調している。しかし彼女の咲かせた笑顔はまるで少女のようで、その愛らしさが彼女の美の中で1つ大きなアクセントになっていた。
「似合ってるぞ、可愛い。見惚れはしねぇけど」
武偵高のセーラー服とあの栄えある衣装以外じゃ水着ぐらいしか見たことなかったがやはりコイツも普通に可愛いんだよなぁ。
ルシフェリアも俺にそう言ってほしそうだったし俺も本当にそう思っていたので素直に褒めてやる。ただ、別に見惚れてはいないからな。そこはキチンと訂正させていただこう。
「ふふふ……主様が我の服を褒めてくれたぞ」
と、しかしルシフェリアは自分に都合の悪い部分が聞こえていないのか両手をペチペチと自分の頬に当てて喜びの舞を披露している。
「て言うか、結構買ってきたな」
ある程度はジャンヌとエンディミラが持たされていたが、ルシフェリアも自分でそれなりの量の紙袋を抱えていた。その紙袋のメーカーはどれもそれほど高級な店ではないが、あれだけ買えばそれなりの金額にはなりそうなんだけどな。
「問題ありません。ジャンヌと2人で折半でしたし、お互いそれなりに手持ちはありましたので」
「私も武偵活動でそれなりの実入りはあるからな。それに、メイド服はともかくルシフェリアにとっては今日がこちらの世界の───所謂洋服のデビューのようなものだろう?小さいことは気にしないさ」
おおう……ジャンヌさん男前じゃんね。そう言ったらジャンヌはちょっと口をへの字に曲げそうだから言わないけど。
「ふふん。我はどんな衣装でも着こなしてしまうのじゃ。主様よ、我が購入した愛らしい衣装の数々をとくと見よ」
いや、買ったのジャンヌとエンディミラじゃんね。
「いや面倒臭いからいい。それより飯にしようぜ。俺ぁ腹減ったよ」
その床に置かれた紙バッグの中に入ってる服は全部で何セットあるんだよ。しかもジャンヌとエンディミラが選んだってことはきっと色んなパターンでの着回しもできるはずだ。それを全て見てたら丸1日使っても足りなくなりそうだし、そんなに暇ではない。
「むー!なら主様よ、ちゃんと我の新たな装いを見る度にキチンと褒めるのじゃぞ!それが花嫁に対する主様の義務じゃ!」
「んー?……面倒臭いから先払いでいい?」
どうせ何着てたってルシフェリアは可愛いに決まっているのだからいちいち褒め倒す意味も無いだろう。だったらもう先に褒めておいてそれで終わりにしてしまいたいんだが……。
「褒めるのに先払いなんてなかろう?まったく主様は……。でもそう言うということは我の魅力に気付いておるのじゃろう?我は分かっておるぞ?」
だからその語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい喋り方を止めろって。
「お食事ができましたよ」
さてどうやってこの七面倒臭いルシフェリアをあしらおうか頭を捻らし始めたところでタイミングよくリサが夕飯を持ってきてくれた。レミアとミュウも手伝ったらしい今日の夕飯を、シアだけでなく帰ってきたばかりのジャンヌとエンディミラも直ぐに手を洗って配膳の手助けをしていた。
ティオもリビングの物を退かしてテーブルとイスを宝物庫から取り出し、全員分の席を整えていく。それを俺とユエとルシフェリアが眺めつつ……いや、ルシフェリアはユエに小突かれて配膳を手伝い始めた。一応ユエには決闘で負けたというだけあってこの程度なら言うことを聞くんだよな。俺が絡むとまったく言うこと聞かないのに……。
そうして全員分の配膳が終わりそれぞれが席に着いたところで
「いただきまーす」
と、全員揃って食事のご挨拶。相変わらず美味いリサの飯に俺達は舌鼓を打つのであった。