「シャーロック、今回の任務は確かにモリアーティの狙いを潰すっていう大義はあるけどな。
と、俺は出掛ける前にまずはそこのところをハッキリさせておこうとシャーロックに告げる。するとシャーロックはニッコリ笑顔で
「では要求を述べてみたまえ。僕に可能な範囲であれば応えよう」
と、気前よく言ってくれるのであった。
「んー?……じゃあ家くれ、家」
なのでお言葉に甘えて大胆に言ってみることにした。しかも金があれば解決できる問題だからな。シャーロックのお財布事情とか知らないけど。
「家……?」
おぉ、珍しくシャーロックがキョトンとしているぞ。こんな顔も俺は初めて見たな。
「そう、家。俺達家族が住む家。買ってよ、今回の報酬ってことでさ」
今のマンションだって部屋を2つ借りているのだし、何よりこれから先家族が増えることを考えたら明らかに手狭だ。金ならそれなりにあるしリサという最強の
だったらこういう機会にシャーロックに金出させてしまえば良いのでは……?というのが俺の浅はかな考え。ま、伊・Uの時はリサに7割引させたとはいえ核弾頭とか買い付けられるくらいだからな。金くらい幾らでもあるだろ。
「君達大家族が住める家となると、いくら君がSランクとは言え、
「んー?……シャーロックよぉ、世界を混沌の渦に叩き落とそうとするモリアーティが7つの命と1000年を超える寿命を手にするのを防ぐ仕事だぜ?しかも宝物の奪取と呪いの解除、更にはレクテイアの神との戦闘の可能性まであるんなら……数億円くらいは安いもんじゃあねぇのかい?」
この仕事、俺だからある程度余裕でこなせると言うだけで普通に考えたら成功なんて有り得ない難易度だろう。それを相場程度の報酬でなんて、やってられるわけがない。
「と言うわけであとの細かい話はリサ、任せ───」
「───10億出そう」
後の交渉事はこういう話に強いリサに任せようとしたところでシャーロックから具体的な数字の提案が出てきた。多分、シャーロックは推理できたのだろう。俺にここでこの数字を飲ませる方が、リサと交渉するよりも確実に安価に済むということを。シャーロックは俺の行動を推理すると精度が落ちるがリサであればほぼ確実に推理できるだろうからな。
シャーロックの頭ならリサが何て言うかを推理しながら会話を組み立てることも可能なんだろうが、だからこそ、言って痛い所を突かれてある程度こっちの要求を飲まされることまで分かってしまったんだな。
「では、シャーロック様のご予算は10億円ということで宜しいですね」
すると、リサが1つ言葉を挟んだ。リサが入ってきたことでシャーロックが苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら俺が会話に入っていたせいでシャーロックの推理がズレたらしい。
「現金ではなく、10億円という予算の中でご主人様の希望される物件を購入。それが今回ご主人様がシャーロック様から頂く報酬と致します」
「おう」
「……了承したよ」
リサがそう言うのならそれが1番良いのだろう。俺には細かいことは分からないから、リサを信じることにする。ま、シャーロックの顔を見ればそれが最良なのは確定だな。
「じゃ、そういうことでよろしくな、シャーロック。……はい、じゃあリサ、メヌエット、ルシフェリア、エリーザ、こっち集まって」
報酬の話も一段落着いたことだしと俺は今回の遠征メンバーを一堂に集める。
「じゃあ取り敢えずエリーザ、移動の足って確保出来る?」
俺の魔力駆動式四輪車はインドで走らせるには大層目立つようだ。アメリカの砂漠地帯すら横断できる高性能マシンではあるが、どうやら今回はお披露目の機会に恵まれなかったようだ。
「任せるでち。インドにはマイクロバスのレンタカーもあるんでちよ?」
「ふぅん。……そういやエリーザって車の運転も出来んの?」
「当たり前でち。自動車だってバスだって運転できるでち」
ちなみに俺は今だに車もバイクも免許を持っていない。そろそろ取らなきゃなぁと思っているのだが、実技はともかく学科試験受かるかな……。もうティオもレミアも持ってるから俺も欲しいんだけどな……。
「じゃあ運転もよろしく。無免でいいなら俺も運転はできると思うけど」
「良くないから私が運転するでちね……。───それよりも」
と、呆れ顔を向けていたエリーザが急に俺に詰め寄ってきた。それで揺れるエリーザの銀髪から漂う仄かに甘い香り。
「どうした?」
「天人はルピーを持ってないでちね?」
「んー?……あぁ。何日かかかるならどっかで円と両替しなきゃとは思ってるけど」
とは言え今の俺の財布に入っている現金は2,3万円程度だ。インドの物価がそんなに高いとは思ってないけど、出来ればもう少し欲しいところではある。
「じゃあこれ……5万ルピーを無利子で貸してやるでち。私はノーチラスからインドでの活動資金を貰ってるから問題無いでち。返す時も日本円でいいし、フロントで両替するより良いレートで取引してやるでちよ」
と、エリーザがジャンパースカートのポケットから取り出したのはインドの通貨───ルピーだった。数えれば確かに5万ルピーあるな。1ルピーは日本円で2円だから10万円か。まぁ、流石に1ヶ月も2ヶ月もかからないだろうからこれだけあれば十分だろう。
しかしこのお札、平気でメモ用紙代わりに使われているし汚れも目立つし何より変な臭いがするんだけど……。エリーザが気にしていないってことはインドじゃこれが当たり前なんだろうが……。
「あぁ、助かるよ」
とは言え、なんで急に俺に金を貸しつけたのだろうか。もしかして何かの罠だったりする?いや、エリーザに限ってそれはないか。
「これでお前と私は一緒に旅をして、一緒に戦う理由ができたでち」
と、エリーザはそう言って「うんうん」と1人で頷いている。エリーザはただ俺に金を貸し付けただけなのに随分と嬉しそうだ。その笑顔の理由が俺には分かったような、分からないような、そんな不思議な気分だった。
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神秘の器はチャトという町にあるらしい。そして、ムンバイからそこへの中継点となりそうなのはザンダーラという小都市。ムンバイからは約600キロ程も先にある。
本来の俺であれば羅針盤と越境鍵を使って一呼吸の後に辿り着ける距離ではあるのだが、シャーロックからの要請で今回の旅路には越境鍵は使えない。
旅の足ではなく神秘の器を奪取するためであれば使っても良さそうだがどっちにしろチャトまではこの便利な概念魔法もお預けだ。
そしてチャトまでは交通の便が最悪。鉄道じゃ途中の町までしか行けないからそこから先はバスになる。だがインドの公共交通機関はすし詰めが当たり前。バスなんかはルーフの上に乗ったり車体の側面や後ろにしがみついたり……それもう無賃乗車でしょってくらいの乗り方を平気でやるらしい。
俺だってそんなのに乗るのは嫌なのにそんな混雑している所にリサ達を同行させられるわけもない。しかし俺の魔力駆動式四輪車はナンバーもないし、錬成で適当にでっち上げてもそもそも見た目が目立つし、それで警察なんて呼ばれたら面倒なことこの上ない。ということでこれも封印。
しかしエリーザの言う通りインドにはマイクロバスのレンタカーもあるようで、今はエリーザに先に足を確保しに行ってもらっていた。
それで20分くらいしたらエリーザから電話があり、良さげな車を確保したからそれに乗ってホテルまで迎えに来るとのことだったので俺達はタージマハル・ホテルのロビーで待機することになった。
「では僕らは先に行こう。時間は有限なのだからね」
と、俺が渡したアーティファクトセットを入れたホテルのお土産屋の紙袋を片手にシャーロックがキンジ達を立たせた。
「おう。なんちゃらノッギンは任せとけ」
「
「ワ……何?」
待て待て待て!
「まぁいいや。そのノッギンもカーバンクルもどうにかしておいてやるからさっさとお前らは修行でも聖痕封じ返し作りでも何でもやってなさいな」
「それも、
そうでしたね。ゴメンなさいね、道具に名前を付ける習慣が無いもので。
と、俺が不貞腐れながら指先でひょいひょいとシャーロックを追い出すようにすると、シャーロックも1つ溜息を付きながらタージマハル・ホテルを出ていく。それの後にはキンジ、アリア、ワトソン、ヒルダと猴がそれぞれついて行く。シャーロックとアリア、ワトソンは「メヌエットに何かあったら承知しないぞ」という視線を餞別に残してくれた。
まぁあれだけの奴らがいれば
「……どうした?」
ギュッと、ネモは俺に抱きついている。これはまたあれか、昨日みたいに愚図っているのだろうか。
「……うん。もう大丈夫だ」
だがネモは10秒もそうすると自分から俺を解放した。そして少し腰を反って俺を下から見上げて
「では、行ってくる。……んっ」
トン、と俺の両肩に手を置き、それを支えにして少しジャンプしたネモの唇が、俺の唇に一瞬触れるのであった。
───────────────
「そういやルシフェリア、カーバンクルってどんな奴?」
羅針盤で探せばどこにいるのかは分かるし、その上でそこに行けば直ぐに分かることではある。戦闘になったとしても俺に超常の力は効かないが、俺以外が不意打ちでやられるかもしれない。一応特徴くらいは聞いておこうか。
「んー、褐色の肌をしていて、背が高くて胸の大きい美人じゃ。ただ、我はアイツが苦手なんじゃよなぁ。ナワバリ意識の塊みたいな女だし、考え方は古いし、キレると直ぐ人を呪うし、デカいハンマーで殴るし……」
「……なんかシアみたいな奴だな」
と、俺は思わず呟く。
「む?そうか?シアは確かに身長もあるし胸も大きいが、色白だし性格もカーバンクルとは似ていないと思うぞ?」
と、シアの戦闘を見たことがないルシフェリアはそんなことを言う。メヌエットもシアのことは知っているが実際にシアが戦っているところを見たことがないので同じように疑問符を一瞬浮かべたが、流石の推理力でもって直ぐに俺の言いたいことを思い至ったようだ。
「私はシアの戦闘を見たことがありませんが、簡単な推理です。
「そういうこと」
と、メヌエットの推理に俺が1つ頷けばメヌエットは「ふふん」と腰に両手を当てて自慢げだ。それを見たルシフェリアはちょっとムッとした顔をして
「何じゃ。そんな推理よりもカーバンクルの特徴を知っている我の方が偉い!」
とか言いながら俺の太ももの上にドカりと座ってきた。いや邪魔……。
「うわっ……何をするのじゃ主様!」
「え、だって邪魔……」
俺の上に乗ってきたルシフェリアには重力操作のスキルで退いてもらった。そしてこのまま放っておくとまた乗られてイタチごっこになりそうなので俺はリサの膝に腕を通して抱き上げ、そのまま自分の膝の上に乗せた。
「むぅ、リサばっかりズルじゃ」
「そうですよ天人。不公平です。それに、乗せるなら私の方が収まりが良いでしょう?」
リサばっかり狡いと言われても、ユエ達が言うなら兎も角ルシフェリアに言われてもな……。俺がリサを優先するのは当然だろう。まぁ確かにユエと身長の近いメヌエットなら膝に乗せて後ろからハグするのであれば1番収まりが良いだろうが、流石にそんなことできないし。それにそもそも……
「そんなことしたら浮気になるだろうが」
だから俺はルシフェリアもメヌエットも膝の上に乗っけて抱っこしてやる気はない。
「天人は今何人の女性と関係があるのでしたっけ?」
「……7人です」
「それで、浮気が何でしたっけ?」
「本気の恋しかしてないもん……」
だからこうやって全員と一緒に暮らしているのだ。俺は遊びで誰かと付き合ったことはない。ミリムとは……ちょっと外堀埋められた感じはあったが、遊びのつもりはなかった。
でも結局俺とミリムの間には殆ど進展はなかったんだよな。キスですら数える程。それに結局、俺はあの子を心の底から愛せなかった。あの時から俺は決めていたのだ。リサ以外の女の子との仲を進める時はその子を一生愛すると自分に誓った時だけだと。
だから俺はまだ透華達やメヌエット、ネモ、ルシフェリア──そしてきっとエリーザも──に対して答えを出せないでいる。いや、俺は何度もその気は無いと透華達やルシフェリアには伝えているんですよ?だけど、雫やリリアーナと違って同じ世界に住んでいるからか、中々彼女達と距離を離せないでいるのもまた事実。
そろそろ、俺もしっかりと答えを出さなければならないのかもしれない。けれど、どんな答えであれ明確にするのなら今の関係とは変わってしまう。受け入れるにしろ受け入れられないとするにしろ、今のぬるま湯に浸かるような関係ではいられないのだ。でも、答えを出さなければ俺は彼女達をずっと傷付け続けることにもなる。せめて……透華達だけでも答えを出す必要があるんだろうな……。
「それよりも天人」
「……んー?」
全然別のことを考えていたら目の前にメヌエットが来ていた。しかしその顔はさっきまでの呆れ顔と違って何か決意を固めたような熱さを秘めた瞳を湛えていた。
「好きです」
唐突に放たれた言葉。そう言えば、俺はメヌエットから直接好きだと言われたのは初めてだった気がする。メヌエットは態度では隠す気が無かったみたいだから分かってはいたことだし、そもそも似たようなことは言われていたからそれをいいことに何となく避けていた話題。だけどもうこれで無視できなくなった。俺はもう、メヌエットと本気で向き合わなければならない。
「うん」
理由は聞かない。無粋だし、そんなことは今更だからだ。
「私は天人と一生を共にしたいと思っています。けれど、そこには幾つもの障害があることもまた、分かっています」
それは俺の気持ちとかリサやユエ達のこととか、そういう問題だけではない。メヌエットの……ホームズ家という鎖やメヌエットの中にある感情───今もルシフェリアを見るメヌエットの目は鋭い。多分これは宗教的な問題も絡んでいることで、簡単に取り払うことの出来ないものなのだろう。
その瞳を受けたルシフェリアも「むっ」と1つ身構える。俺の家族はそのほぼ全員が人間───トータスで言う人間族ではない。メヌエットはユエ達のことはシアのウサミミやティオ達の人とは形の違う耳を含めて受け入れつつあるが、多分ルシフェリアはこれからも俺達といるのだろう。それは俺も何となく感じていることではあるし、俺が分かることならメヌエットだって当然に思い至る。
「メヌエット……」
「分かっています、分かってはいるのです。何かしてやろうという気もありません。だけど、どうしても……」
それはメヌエットの中に深く根付いてしまっているのだろう。そして、俺達家族と関わって、そんなものが何らそいつの人間性に関わりがないということも頭では分かっているのだ。だけど身体と心が反射的に反応してしまう。
「いいよ。そうやって頑張ろうとしてくれるだけで俺ぁ嬉しいから」
俺は、ギュッと唇を噛み締めたメヌエットの頭に手を置く。ポン、ポン、と撫でるように数度、その柔らかな金髪に手を置いた。
「ご主人様?」
「うす」
そうしていたらリサから笑顔で睨まれた。そりゃあそうだ。膝の上に乗っけておいて他の女の子と頭を撫でているのだから、怒られて当然。俺は謝罪の意も込めて左手でリサの透けるような金髪を梳いてやる。
「ふふっ」
するとリサは冷えた笑顔が打って変わってウットリとした表情を浮かべて俺の肩に頬を寄せる。で、それを見たメヌエットとルシフェリアはムッとした顔を浮かべたのだが……
「……何やってるでちか」
というエリーザの声に全員の意識が集まる。
「おう、おかえり」
「まったく……。まぁいいでち。それより車を持ってきてやったんだから感謝しろでち。当然、準備はできてるでちね?」
「あたぼーよ」
まぁ俺には準備なんて殆ど要らないんだけどな。どうせ必要なものは宝物庫に放り込んであるのだ。基本的に身一つで何処へでも。それが例え世界の果てでも異世界でも。……いや、急に呼んで世界を救ってくれなんてのは御免蒙りたいけどね。
「じゃあ行こうか」
と、俺はリサの唇に1つキスを落として彼女を床にゆっくりと降ろす。それでまたルシフェリアが騒ぐがそれは放っておいてエリーザの先導に従い、この豪華絢爛なタージマハル・ホテルに似つかわないくらいに汚れてサイドミラーすらも無い小さなバスへと乗り込むのだった。
───────────────
「───るっくぶっくびっきにょーん、びっきにょーん、にょーん」
カーステレオから流れてくるのは違法コピーしたっぽいCD-Rから流れるアゲアゲな映画音楽。しかし音飛びしているのかずっと同じ1曲が流れ続けている。それをエリーザが楽しげに歌っていたのだが、途中で歌詞を覚えたのかルシフェリアも一緒に歌い始め、それが5,6周もする頃にはリサやメヌエットまで一緒に歌い出した。
それは別にいいんだけどエリーザさん、貴女両手を上げて人差し指グルグルしてますけどハンドルは?
俺がそこはかとなくエリーザの運転に不安を感じていると、ふとメヌエットが俺の横に来ていた。
「んー?」
構え構えと五月蝿いルシフェリアに、角の間を小突いて抵抗していた俺は一瞬触れた瞬間に重力操作のスキルを使ってルシフェリアを後ろの座席に放り飛ばした。それでメヌエットに向き合うと更にもう少しメヌエットが俺との距離を詰めてきた。
「天人、私のことはこれから"メヌ"と呼んでください」
メヌ……そういやアリアはメヌエットのことをそう呼ぶ。とは言え俺の家族以外でメヌエットと俺の共通の知り合いだったのは他にはキンジとワトソンくらいで、シャーロックですらメヌエットとは今日が初対面だったがな。
「んー?あいよ、メヌ」
俺としても特に断る理由も無い。メヌエットがそう呼んでほしいのなら構わないと俺はメヌエットのことをメヌと呼んでやる。するとメヌはそれだけで嬉しかったのか顔を綻ばせている。
「ふふふ……これでまた少し天人との距離が縮まりましたね」
遂には2人掛けの座席にメヌが無理矢理乗り込んできた。元々窓際にリサがいて、通路側に俺がいたのでかなり狭い……と言うかメヌは俺の上に座るようにして乗っかってきた。
「君こんなにグイグイくるタイプだったっけ……?」
最後には俺の膝の上に収まるようにしてメヌは座り込んだ。フワりと香るチェリーの匂いはいつもメヌが吸っているパイプのものだろうか。
「…………」
無言のままのメヌを上から覗き見れば耳まで真っ赤に染めて俯いてしまっていた。そんなに恥ずかしいと思うならやらなきゃいいのに……。
「だって……」
ポツリとメヌが言葉を漏らす。
「分かったよ……」
久しぶりに俺と直接会って、そしたらルシフェリアがいつの間にか俺の横にいたのだ。俺はルシフェリアを引っ
もう埋まっているかもしれない(俺としては是非そうしたい)俺の家族の席。そこを狙う奴が1人増えている。しかもメヌにとってはエンディミラだって自分の知らない間に俺の家族になった女の子である。
自分の方が先に俺と知り合ったのに……透華達のようにメヌもそう思っていたのかもしれない。それだけ真剣に俺のことを思ってくれているメヌ。俺もしっかりと答えを出してやらなければなるまい。俺はメヌに対しての何度目かのその誓いを胸に秘めるのであった。
───────────────
「ぬぅー!行け!追い越すのじゃエリーザ!!」
なんて、バスの窓の外を睨みながらそんな大人気ないことを言う奴はルシフェリア。先程俺達の乗るバスを追い越したバスがいたのだ。しかし何が嬉しいのか楽しいのかは知らんがそのバスに乗っていた乗客達は俺達の方を見て「ヤッター!」とでも言いたげにはしゃいでいたのだ。で、それにキレたルシフェリアが運転手のエリーザを煽り、エリーザはエリーザで
「もちろんでち!ふおおおおおっ!!」
と、ツインテを逆立てんばかりの勢いでブチ切れて、クラクションをプッププップ鳴らしながらバスを急加速させている。そして一気に先程のバスに追い付いて車線からクイッとはみ出して追い抜こうとしたのだが
「おい、エリーザ!前前前!!」
対向車線からやって来たのはこちらもバス。だがエリーザは「負けんでち!」とか言いながら逆走を止める気配が無い。いや、勝ち負けとかいらないから安全無事に俺達を神秘の器のある町まで送り届けておくれよ……。
なんて、俺のエリーザに対する祈りは全くもって届く気配はないし、こちらが悪いのは重々承知の上で、避けてくれりゃあいいのに対向車線からのバスも俺達を避ける気配が全く無い。なんで……なんでなの?インドじゃ追い抜かれたり車線譲ったりしたら負けとかあんの?負けて何が失われるの……?
「きゃあぁぁぁぁ!」
と、リサが俺に(若干のわざとらしさを出しつつも)抱きつけばそれを見たメヌは
「きゃ、きゃあぁぁぁ」
と、これまた凄い棒読みで俺にしがみついてきた。でもその顔はやっぱり真っ赤っかで何だかそのいじらしさが可愛く思えてくるのであった。
だが今はリサの柔らかさやメヌの可愛さを堪能している場合ではない。マジで目の前にバスが迫っているのである。しかもインドでは「安全なドライブにはブレーキ、クラクション、それと幸運さえあればいい」という諺があるとエリーザは言っていた。そのせいか知らないけどダッシュボードには小さな額縁に入れられた神様の絵が祀られた神棚があむたり花やらお香が供えられてあるのだ。
そして対向車線からのバスにも置かれているそれらがハッキリと見えるくらいの距離まで来たところで───
「あぁもう!」
俺はリサとメヌを安全のために抱きしめてやりながら重力操作のスキルを発動。俺と俺に触れているものにかかる重力を操るこのスキルで俺はこのバスにかかる重力を操る。それでほんの数ミリだけ道路から浮かせて、これまたほんの少しだけ車体を傾ける。そしてそのまま重力加速を進行方向に加えてさっき追い抜かれたバスの前方にこのバスを置いた。
「む?今のは主様か?」
「おう。……お前ら、マジで安全に運転してくれ……」
「何を言うでちか。負けたままじゃいられないでち」
「そうじゃぞ、あんな風に煽られて黙っていてはルシフェリアの名折れ。そんな恥をかくわけにはいかないじゃろ」
あっそうですか……。これなら国際免許を持っているっていうワトソンもつれて来るべきだったな。バス旅で大事なのは運転手が安全に運転してくれるかどうかなんて、当たり前のことを再認識することになるとは……。インド、広いなぁ……。
「ありがとうございます、ご主人様」
キュッと俺にしがみついているリサがこちらを見上げてそう言った。ただ、その顔は恐怖心よりもどちらかと言えば喜色の方が浮かんでいて、俺に抱きしめられているのが心の底から嬉しいと言わんばかりだ。
「んっ」
俺はリサの肩に回していた手でリサの柔らかな薄い金糸を梳く。指通りの良いリサの髪の毛と小さな頭を撫でてやればリサは「んん」と、心地良さげな声を漏らし、更にギュッと俺に身体を寄せてくる。リサの身体の柔らかさと甘い香りが俺の五感を支配していく。
「んー?」
すると、俺の足に僅かな感触。見ればメヌが足を伸ばして俺の足の甲を踵で踏みつけようとしていた。
「どうした?」
「別に……」
何でもありませんと続けたそうな言葉尻のメヌ。だけどその言葉の切れっ端とは違って僅かに覗ける顔からは何か言いたげな表情が浮かんでいた。
まぁ、言いたいことは何となく分かる。メヌは頭の良い子だ。きっと俺がメヌの言いたいことを何となく察していることも、それを俺が今ここで言うことがないということも分かっているはずだ。
「メヌはさ……例えば俺が人を殺したことがあるって言ったらどー思う?」
「どう……?別に、どうとも、です。天人が手に掛けた人間と私はきっと何ら関わりはありませんし、私は法の番人でもないのですから」
俺はメヌを横の席にヒョイと置いて問い質したのだが、メヌはいとも簡単にそう返してきた。
「はぁ……。天人の考えていたことを小舞曲のステップの如く順を追って説明しましょうか?」
それで俺が口を
「天人、貴方のことはそれなり以上に理解しているつもりです。確かにこうして直接同じ時間を過ごすことは久しぶりではあります。けれどあの家での時間が、そしてこれまでのやり取りが、そんなに浅いものだったとは言わせません」
メヌの、勿忘草色の瞳に込められた決意は強く輝いていた。俺はその瞳から目を離せない。離してしまえば俺はもうメヌとは対等ではいられなくなる。
「小舞曲のステップの如く順を追って説明しましょう。そもそも貴方の過去の経歴なんてお姉様とワトソンから聞いていますし、
何だよ、メヌももう知ってたのか。多分ユエ達は惚気と言うか自慢話のつもりだったんだろうけど、メヌの類まれな推理力があればその
「それでも、私の気持ちは変わりませんでした。むしろ、天人達の旅を見てみたいとすら思った」
そう言えば、何だかんだでまだリサにもトータスでの俺たちの旅路を見せられていなかったな。近いうちに俺達のトータスでの旅を皆に見せてやらねばならないかもな。
「ですから、天人の考えていることは杞憂です。後は、天人の気持ちを如何にして私に向けるか。そして、私の心の問題……」
メヌにしては珍しく、最後には絞り出すようにして吐き出された言葉。だから俺も応えなければならない。メヌのこの儚く純粋な想いに、答えを出さなければならない。だけどそれを今すぐに出してしまうのは、メヌの心に抱えた重みを思えば不誠実だろう。俺も、真剣に考えて俺の中の答えを見つけなければ。例えそれがどんなものであろうとも、そうでなければメヌの想いに相応しくない。
「何を難しい話をしているんじゃ。主様もメヌエットとやらも」
「んー?」
ヒョイと俺達の前の座席から顔を覗かせたのはルシフェリア。どうやら珍しく話の腰を折らずに黙って聞いていたらしい。
「我は主様達と一緒に暮らして愛とは何かを学んだよ。我は主様を愛しているし、ユエ達のことも愛しているよ。愛の形は違えど我は主様とあの家族を愛している」
「何故、そう言い切れるのですか?」
「信じているからじゃ。主様達なら子供を泣かせることなく新しい世界の秩序を作れると。愛とは信じることと受け入れること。我は主様の過去の罪も受け入れ赦そう。主様が背負うものを我も背負おう」
ルシフェリアが俺を見る。その瞳の中に俺を捉える。その強い炎を秘めた瞳が、燃えるように熱い言葉が、俺を逃がすまいとする。
「ルシフェリア……」
ルシフェリアの言葉に俺も1つ思い至ることがあった。俺は今この時、ルシフェリアのことをリサやユエ達のように愛しているかと言われるとそうでもないが、その理由を考える。それはルシフェリアがレクテイアでは神と呼ばれる存在だからなのか、それともルシフェリアの見た目とか性格とか、普通に女の子として見た時に恋に落ちていないからなのか。
俺は神様って奴が大嫌いだった。文明を喰らう怪物、人を高みから見下して嘲笑うクソ野郎。俺が出会った神はそんなんだったから緋緋神のことだって当然に嫌いだと思った。ただ、あれは戦と恋を愛しているだけのやんちゃ娘で、戦だって上から眺めるんじゃなくて自分が戦いたいという奴だった。だからアイツのことは鬱陶しい奴とは思っていても、エヒト程には憎々しいとも思っていなかったのかもしれない。
そして今俺の目の前にいるルシフェリアも、レクテイアの神ってのは、実際には地球人類を滅ぼしうる奴らのことを総称しているだけであり、その本能のままに喰らい尽くすアラガミや、全能を気取るエヒトのような存在とはまた違った存在ではある。
だから俺はルシフェリアを神だなんて思っていないし、もしルシフェリアが神を自称することを止めるのなら……いや、俺ももうそろそろ考えを改めるべきなのかもしれない。
神なんて、良い奴もいれば悪い奴もいる。シアが飛ばされた先にいたルトリアや神霊達だって願っていたのは世界の存続だった。むしろあの世界を追い込んでいたのは人間の側だったのだから。アイツらは世界を省みない人類と世界そのものを天秤にかけて、その苦渋の決断の中で世界の存続を選んだだけだった。
「なら俺も、1つ考えを改めるよ。俺ぁ神って奴が大嫌いだった。俺が今まで出会ってきた神様気取りの奴らは大概ロクなもんじゃなかったからだ。だけどそりゃあ俺ん偏った経験だった。だからこれからは神なんて肩書きじゃなくて、そいつの存在そのものを見るよ」
今の俺がルシフェリアに返せる言葉なんてのはこれが精一杯だった。
「むふふ、主様よ、遂に我を1人の女の子として見るということじゃな?」
「さてな。俺ぁ神様って奴もちゃんと人格を見てやるって言っただけだぜ。ルシフェリアをリサ達と同じように好きになるかは別ん話だよ」
俺がルシフェリアをどのように思うかは全く別の話。ただ、神様って呼ばれてるからと言ってそれを毛嫌いするのを止める。それだけの話だ。
「天人、やはり私は貴方と在りたいです。リサやユエ達がいたとしても、ルシフェリアがいても、それでも私も貴方といたい。貴方達の中に私も入りたい」
俺に適当にあしらわれて膨れっ面のルシフェリアわ放って、メヌは己の想いを口にした。そして俺の腕に自分の腕を絡め、俺の肩に顔を埋めた。
ふと視線を感じて右を見れば、さっきからずぅっと無言だったリサが相変わらずの無言でニコニコ……今だに俺には真意が読めない笑顔で俺と俺の腕に絡み付いているメヌを見ていた。
「ご主人様」
「んー?」
すると、リサが口を開く。リサの甘い声が俺の耳を擽る。次にその桜色の唇から発せられるものは───
「……ん」
それは言葉にならず、行動に移された。リサはただ俺に身体を預けるだけ。何を言うでもなくその瞳で俺を捕えることもしない。だけどこの所作1つでリサの今の気持ちは伝わってきた。
だから俺はリサの頭を撫でてやりながら
「メヌ」
「はい」
メヌのその声は震えていて、今にも死の宣告を待つ者のようだった。
「メヌの気持ちは分かってるよ。だけど今は、俺に時間をくれないか?」
それに、メヌにももう少し時間は必要だろう。メヌは俺よりも頭の回転が早いから、俺よりも時間は要らないのかもしれない。だけどこれは俺達の一生に関わる問題だから。
「はい。分かっています」
と、メヌもそう返してくれた。その声色からは、震えは消えていた。