セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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インドとの邂逅

 

 

インドで迎えた初めての夜。インドで通用する運転免許を持っているのがエリーザ1人だけなので今は車を舗装された道路の脇に止めて1晩ここで過ごすことになった。

 

1日運転し通しだったエリーザは随分と疲れた様子で俺に喉元を撫でろと要求してきたし。とは言え、ホントに1日ずっと運転してくれたエリーザには感謝する他ないから、俺は前にノーチラスであしらった時のような適当なものではなく、エリーザが満足いくまでしっかりと喉元を撫でてやった。

 

その時のゴロゴロと喉を鳴らす幸せそうな顔をしたエリーザは、猫を飼ったことのない俺にすら「猫を飼ったらこうなのだろう」という確信を抱かせるものだった。

 

後ルシフェリアが同じように"撫で"を要求してきたけどそれは却下。なんかブチブチ文句言ってたけど君今日殆ど何もしてないじゃんね。

 

バスの方は空間魔法で内部の空間を広げたベッドルームを4部屋用意してある。俺とリサの部屋、メヌ、ルシフェリア、エリーザの個室がそれぞれと言った具合だ。今は皆その中で休んでいる。

 

俺はと言えば、車通りが無いのを良いことに、リサと2人、満天の星空───光の奔流のような天の川の下に宝物庫から取り出した大きなソファーを置いて寄り添いあっていた。

 

「───月が綺麗ですね」

 

すると、空を見上げたリサがふと漏らした言葉。

 

「私死んでもいいわ、だっけ?」

 

日本の昔の文豪が「I love you(愛してる)」を月が綺麗ですね、と訳したとか何とか。そしてそのアンサーを「私死んでもいいわ」としたのは同じ奴だったか別人だったか。風情があるんだか何だか知らないけど個人的にはもっと直情的に言ってもらいたいし言いたいものだと思ったな。とは言え、リサが態々こんな言い回しを使った意味も、俺には何となく分かっているのだけれど。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、俺の返しに満足したらしいリサは寄り掛かっていた身体を倒して俺の太ももに自分の頭を乗せてきた。リサの珍しい甘えモード。普段リサはこういう形では甘えてこないからこれは貴重だ。

 

「……んっ」

 

チラリと俺を見上げたリサの瞳に誘われるように俺はリサの頭を撫でる。指通りの良いリサの絹糸のような金髪を梳いたり指先で弄んでみたり。やってることはいつもと変わらない気もするが、それをリサが俺に膝枕をされているというこの状況でやるのは俺自身もそんなに経験はない。

 

「リサ」

 

「はい」

 

「大好きだよ。愛してる」

 

俺は囁くようにリサに愛を告げる。左手でリサの髪を梳き、右手をリサの白くて小さな手に重ねながらリサの顔を覗き込む。リサも嬉しそうに微笑みながら

 

「リサも、ご主人様を愛しています」

 

と、返すのであった。そして俺達の距離は一瞬ゼロになる。唇同士が触れるだけの軽いキス。何百何千と繰り返してきたこの儀式。きっと俺達はこれからも何万回何億回と同じようにこの触れるだけのキスを繰り返すのだろう。

 

俺達は何度も交わる。触れるだけの心の交換も、深く蕩け合う愛の溶融も。朝に昼に夜に……俺達はこれから先も数え切れないくらいに愛を交わし合う。

 

その誓いを込めて、俺はリサの花弁に唇を押し当てるのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

小都市ザンダーラ。時間延長のアーティファクトでもある部屋で休むことで、外の世界じゃ殆ど夜通し走った俺達はムンバイを出立した次の日にはここに辿り着いていた。

 

しかし人間は休憩すれば体力も回復するがバスは使えば使うほどに摩耗していく。そして元々がオンボロだった俺達の移動手段は夜通し走らされたことで遂に限界を迎えそうとのこと。

 

取り敢えず整備の必要があるということでエリーザが整備工場への連絡と、ホテルとレストランの予約も済ませてくれた。流石はノーチラスの副艦長だけあって仕事が早くて気が利くね。

 

そしてエリーザが町の女学生に道を尋ねながらやって来た整備工場。町の一角にあるここにはホテルやレストラン、床屋に紳士服屋までが集まっていた。そのどれもが「シン(Singh)」という看板を出しているから、きっとここいら一帯はシンさんの経営している店が並んでいるんだろう。

 

そんなレストラン・シンに入ると紫のワンピースを着た恰幅の良い女将さんが出てきた。

 

「あら、日本人(ジャパニ)かい?ほら、入って食べなさい。食べ物は奇跡(フード・イズ・ミラクル)!」

 

そしてそんなことを言いながら俺を引っ張っていく。しかし訛った英語だな。俺には言語理解があるから問題無いけど、生粋のイギリス人であるメヌなんかこれ何言ってるのか分かるんだろうか。

 

古いが清潔な床とテーブル。目を引くのはかなり大きくて何人かで集まっても手を洗えそうな手洗い場。まぁここはインドだしな。飯屋なら手洗い場くらいはあるか。

 

俺達5人は1つの大きなテーブルにそれぞれ座る。それで俺、リサ、ルシフェリアとエリーザ、メヌの二手に分かれてラミネート加工されたメニューを眺めるのだが表がヒンドゥー語でルシフェリアが読めないから裏面を見ると英語でメニューが書いてあった。表と見比べれば全部同じことが書いてあるだけだな。

 

ちなみにリサは……というか俺以外の家族全員は仮にトータスでステータスプレートを発行してもらったとすると技能の欄に「言語理解」が表示される。

 

前にユエとティオと協力して家族全員の魂魄に干渉し、言語理解の技能を扱えるようにしたのだ。今のユエはエヒトが出来たことはだいたい出来る。エヒトが俺達を召喚した際にやったようなことをやってもらったのだ。更にジャンヌとエンディミラには追加で魔力の直接操作の固有魔法も扱えるようにしてもらっていた。

 

それに加え、トータスの魔力と、それを体内で保有するのに適した存在になるように手を加えてもらっている。おかげで彼女達も俺の作るアーティファクトを魔力の直接操作によって扱うことができるようになったし、俺も彼女達のためのアーティファクトを作る時にいちいちスイッチ式にする必要もなくなったのだった。

 

そんなわけでここにはヒンドゥー語を読める人間が3人いる。いるのだが……文字を読めてもその料理がどんなものなのかを知っているということは全く関係がない。つまりはまぁ、俺には英語だろうがヒンドゥー語だろうが結局この店にどんな料理があるのかすら理解できないのであった。

 

「メヌ、分かる?」

 

「いえ、名前だけは知っていても実物は見たことがありませんね」

 

博識なメヌも駄目、料理については一過言あるリサもインド料理の───それも日本にある()()()()()やつはともかくここまでローカルなインド料理はお手上げのようだった。するとルシフェリアも肉が食いたいとか酒も少し欲しいとかリクエストがあり……どうしたもんかと頭を捻る。

 

すると、そんな俺達を見渡したエリーザが随分と優越感に浸ったような顔をしてナンやら何やらはインドじゃ日常的には食べないこと、インドじゃ昔からある身分制度───カースト制度の中で卵や肉、魚を一切食べない人達がいることなどを話してくれた。

 

「エリーザ、俺ぁインドの文化とかよく分からん。取り敢えずもう任せるよ」

 

なので俺は両手を上げて降参の印。それを見たエリーザは「ふふん」と1つ含み笑いを滲ませて

 

「昨日ここへ電話をした時、食事も頼んであるでち。バラモンはいないって連絡としてあるから肉も出るでちよ」

 

と、やはりエリーザはノーチラスの副艦長らしく気の利いた予約の取り方をしてくれていた。いやまぁそういうことはもっと早くに教えてほしかったもんだけどね。

 

とは言え、食うもんは出るんだ。あの笑みにちょっとイラッとしたけど強く文句は言うまいて。

 

すると、俺をこの店に引っ張り込んだおばちゃんが多段式のワゴンに料理を盛り付けた皿をこれでもかと乗せて運んで来た。

 

「───さぁ食べなさい。食べ物は奇跡(フード・イズ・ミラクル)!」

 

どうやらこのおばちゃんの口癖らしいそれと共にテーブルに供されたのはこれまた様々な料理。あとサービスで水もコップに注がれて運ばれてきているな。だが、エリーザはそれを見て「飲むな」と教えてくれた。どうやらインドの料理屋で出るサービスの水は水道水らしいのだが、これが池や井戸の水と同じようなもんらしく、慣れていないと1発で腹を下すらしい。だが───

 

「そーゆーのは早く言ってくれよ。もう既にちょっと飲んじゃったよ」

 

俺はコップがテーブルに置かれて早々にそれに口を付けていたのだった。まぁ胃酸強化とか色々あるから俺は多分平気だけどね。

 

「なんで人の話を聞かないでちか!?1番の戦力が戦う前からお腹痛いとか洒落にならないでちよ!?」

 

「へーきへーき。俺ぁ胃袋も頑丈だから」

 

「お前はどこまで化け物なんでちか……」

 

「いや何、前に『食ったら身体がバラバラになる肉』を食って生き延びてからは食いもんで身体ぁ壊すことぁなくなったんだよ」

 

すると、それを聞いたエリーザは力なく項垂れて

 

「もう天人は好きにするでち……」

 

と、溜息と共にそんな愚痴を零すのだった。

 

「それよりもエリーザさん。ナイフとフォークはどこかしら?」

 

すると、メヌがエリーザにそれを問いかけた。

 

「んー?……真のインドのレストランにはそんなもの無いでち」

 

「あの、ではどのように食べるのでしょうか?」

 

と、リサはエリーザの答えが薄々分かっていそうな雰囲気ではあるけどそれでも恐る恐る訊ねる。そして返ってきたのは、分かっちゃあいたけどなるべくなら避けたい答えだった。

 

「手で食べるでち」

 

ノーチラスかレクテイアじゃそれもありだったらしく、ルシフェリアは涼しい顔をしているが、メヌは顔を青くしていて、リサも「やっぱり……」というような感想が顔に出ている。

 

俺も焼いただけの魔物の肉を素手で掴んで食っていた時期もあったから実は素手での食事にはそれほどの抵抗は無い。インドは右手で飯を食うってのも聞いたことがあったしな。

 

「だからインドでは常日頃から右手を清潔に保っておいて、左手はそうでなくてもいい感じで暮らすでち。あ、左利きの人は逆でもいいでちよ」

 

それを聞いた俺達は店に設置されていた手洗い場でしっかりと手を洗う。そしてエリーザが配ってくれた大皿を前にして

 

「じゃあ、頂きます」

 

と、俺はドライカレーと思わしきものへと、文字通り手を付けた。パラパラのインディカ米と混ぜられた何かの豆やキノコは淡白な味だったが、豆の殻の中にはスパイスが入っていて、それがピリリと俺の食欲を刺激する。

 

「美味いよ、エリーザ」

 

「ふふん。当たり前でち」

 

俺が目の前の料理を褒めればエリーザは自分が作ったわけではないのに自慢げ。まぁ美味しいから良いけどね。

 

 

 

───────────────

 

 

 

あの後もオバチャンからインド料理を大盤振る舞いされた。多分昼飯だけで3000キロカロリーは摂取したと思う。

 

あとメヌはあぁ見えて意外と辛いものが好き、ルシフェリアも辛いものは大丈夫だということも知れた。

 

そんな俺達がシャーロックの神秘の器探しの拠点(キャンプ)で使うのがレストラン・シンに併設されているホテル・シン。ちなみに団体向けの大部屋が1つ。一応男女を分ける衝立はあるが、内装が随分と派手派手。パステルカラーの壁紙にペルシャ絨毯っぽい文様をした───言ってしまえば偽物(イミテーション)のカーペットやジャラジャラしたプラスチックのシャンデリア。

 

どうやらルシフェリアはこの部屋の雰囲気が気に入ったらしく、部屋に入ってすぐにベッドでトランポリンをして遊んでいる。エリーザは窓を開けて換気、リサは部屋の設備や置いてあるアメニティ等を細かくチェック、メヌは背負っていたリュックから取り出した黒いノートPCを部屋の隅にあった机に付いていたLANケーブルと接続させている。

 

「取り敢えずはここを拠点にするか」

 

「えぇ。ただ、神秘の器のあるチャトの町では警察が屯しているようです」

 

ふむ、確かにそんな話はムンバイの街中でも耳にしたな。戦車がいただの道が封鎖されていただの、随分と物騒な話題ばかりだったのは気になる。

 

「みてぇだな。まったく面倒臭い話だ」

 

「ここザンダーラからチャイの町に入る際には屯している警察の目から逃れられる経路を通らなければならないでしょうね。それに、時間的制約があるからカーバンクルに器を隠されても困ります。私達が奪還しようとしていることを向こうに悟られぬよう、聴き込みを行うにしても注意するように」

 

「んにゃ、そこら辺は大丈夫だよ。取り敢えずまだノーチラスの出航までは多少余裕あるし、今日はもう休憩だな」

 

「……また魔法の道具ですか?」

 

「おう」

 

本来ならここからチャイに入るまでの、現地の警察共に見つからないような経路も、神秘の器の在り処かそれを知っている奴の居場所も、そして可能ならカーバンクルの居所も、全て地道にかつ隠密に調査を行う必要があるのだが、導越の羅針盤を持っている俺ならばそこら辺は全部解決したも同然なのだ。

 

とは言え、器の在り処やカーバンクルの居場所や寝床はともかく、移動経路にまで羅針盤を使わなければならないのは面倒だけどな。

 

「そういう訳で、今日はお開きだな。インド観光……って趣きの町じゃなさそうだけど、騒ぎにならんようにするなら好きにしてていいぞ」

 

まぁ、それでカーバンクルに俺達の存在を悟られようが神秘の器の座標を特定するのはこれから先の話なのだ。だから今暫くは好きに動かさせてやるさ。こっちはそんなことを無視した後出しジャンケンなんだからな。

 

「天人はどうするでち?」

 

すると、エリーザが何やら期待するような顔をしながら俺にそんなことを聞いてくる。

 

「んー?……俺ぁこの部屋にいるよ。シャーロックからの宿題も形にせにゃならんし」

 

と、俺は仕切りで区切られた男用のベッドの上にもう1枚タオルを敷き、そこに宝物庫からジャラジャラとトータス製の鉱石を取り出す。

 

シャーロックから出された宿題の1つ、聖痕持ちに対して正面からやり合えるくらいの火力を持つこと。まぁ、相手の力の種類次第ではあるが、俺がどんなアーティファクトを作ろうが火力勝負じゃ敵いやしないだろう。

 

とは言え、力は全て使い用。そして、その使い道の選択肢を広げるためにもまずはちょっとでも高い火力を出せるようなアーティファクトを作らねばなるまい。

 

空と竜の世界で太陽光集束兵器こそパワーアップをしたけれど、それ以外の俺のアーティファクトは実際にはトータスでのエヒトとの戦争の準備に作ったものをそのまま使っているのだ。ここいらで1つ、俺の持つ銃火器のアーティファクトもお手入れをするべきなんだろう。

 

「む……その大量の石で、何をするつもりでち?」

 

エリーザはちょっとガッカリした風だったが、直ぐに俺のやろうとしていることに興味が湧いた様子だ。

 

「んー?俺ぁこれから魔法の道具を作る。バスん中で色々思い返してアイデアだけは浮かんだからな。まずはそいつらを形にする」

 

俺のこれまでの異世界での旅、インフィニット・ストラトスとかいう機動兵器のあった世界から始まったあの旅。アラガミとか言う理不尽な化け物と戦うこともあればリムル達と一緒に魔物の国を興したりもした。そしてトータスではユエ達と冒険の旅をして……今はこうしてインドにいる。その中で俺が経験した戦い、ただ見ているだけの戦い……色んな戦闘の中で見た色んな奴のアイデア。それをほんの少しばかり借りようというわけだ。

 

「そうでちか。なら私は町で情報の収集と、買い出しに行ってくるでち。天人は何を食っても平気みたいだけど、ルシフェリア(しゃま)やリサさん、メヌエットちゃんはそうもいかないでち」

 

「おう、頼んだ。ルシフェリアも、エリーザを手伝ってやってくれ」

 

どちらかと言えばルシフェリアはエリーザの護衛の意味の方が強いけど。ルシフェリアには諜報活動なんて期待できないしな。だからってエリーザみたいな女の子を1人町中に放り出すのも忍びない。ただでさえここは敵地のド真ん中になる可能性もあるんだからな。

 

「むぅ、我も主様と一緒にいたいんじゃが」

 

すると、やはりルシフェリアは駄々をこねる。まぁ、ルシフェリアを乗せるだけならそれほど大変でもないと最近は分かってきたんだけどな。

 

「んー?……いやいや、これはルシフェリアにしか頼めないんだぜ?リサやメヌじゃいざとなった時自分も身も守れるか怪しいんだ。どうにも最近この辺はきな臭いみたいだからな、ルシフェリアくらい強くないと頼めないのよ」

 

「おぉ!主様は我に期待してくれているのじゃな!」

 

「おー、期待してるぜ。聴き込みはエリーザに任せるけど、そんなエリーザを守れんのはルシフェリアだけだ。よろしくな」

 

「任せておけ!帰ったら褒美を所望するぞ!」

 

はいはい、分かりましたよ、と言う風にルシフェリアに手を振れば、ルシフェリアは喜び勇んで部屋を出ていこうとする。エリーザも俺を一瞬呆れた目で見やりながらも慌ててルシフェリアの後をついて行った。バタンという扉の音がこの部屋に静寂を呼び寄せる。しかし一瞬の空白が生まれたこの部屋は随分と湿気っているようだ。具体的にはリサとメヌの俺を見る目が大変にジトジトとしている。

 

「悪質ですよ、今のは」

 

「ご主人様、責任はちゃんと取ってくださいね?」

 

「……うす」

 

ルシフェリアへのご褒美、どうしようかなぁ……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その日の夜8時頃、俺達が拠点としているホテルにとある女性が1人、やって来た。夕方頃に戻ってきたルシフェリアとエリーザから聞いていた話では、この人はチャト出身の教師で、名前をマーヒと言うらしい。

 

そんな話を新たなアーティファクトを作りながら聞いていたのだが、話半分だったせいでいつの間にやら日本に戻ったら1日ルシフェリアと2人きりでデートの約束を取り付けられていたようだ。それすらもメヌからジト目を頂戴しながら聞かされたのだが。

 

───閑話休題(それはともかく)

 

俺達の拠点としている部屋に入ってきたマーヒさんは顔を隠していたスカーフを外すと

 

「───女神様、私達を救いに来てくださったのですね……」

 

と、ルシフェリアを拝みだした。エリーザ曰く、この人の信用を得るためにルシフェリアの角を隠していたアーティファクトを外したのだそうだ。ルシフェリアの角は確かに牛のそれに見えなくもない。牛を神聖な生き物として扱うインドではルシフェリアの見た目は、その美しさも相まって神様みたいに思えるんだろうな。

 

「……救いに?それはどういうことでしょうか?」

 

と、メヌがマーヒさんにそう訊ねる。

 

「チャトの村からは若い女が攫われていくのです。何年か前に私の親友も攫われました。村はそれに長年苦しみ、悲しんでいるのです」

 

若い女がだけが攫われる村……、ねぇ。

 

「もう少し詳しく聞かないと確かなことは言えぬが、カーバンクルの仕業じゃな?」

 

ルシフェリアがそう言うと、マーヒさんは息を飲んで膝を落とした。どうやらカーバンクルってのはこの人か、チャトにとってはとても大きな恐怖をもたらす言葉のようだな。

 

「恐れるでない。我はカーバンクルと同格の神よ」

 

しかし、ルシフェリアは優しげにそう告げ、マーヒさんに肩を貸している。

 

「……俺達ゃ昔にカーバンクルと戦った男の知り合いでな。今もそいつの依頼でここに来ている。目的はカーバンクルがこれ以上のさばらねぇようにすることと、依頼主の宝物だっていう───俺達が勝手に神秘の器って呼んでる物をチャトに取りに行くことだ」

 

さて、これはついでに探す物が増えた感じだな。神秘の器、カーバンクルの寝床、更には攫われた女の子達。しかし何でまた若い女達ばかり……。カーバンクルは魔力を貰うのに手頃な子機を持っていないのだろうか。

 

「まず聞きたいのは治安警察の配置と武装です。マーヒさん、それらを貴女はどの程度把握していますか?」

 

というメヌの質問にマーヒさんは

 

「……ここやここには治安警察が駐屯しています。武装は……携帯している武器までは詳しくは分かりませんが、ライフルは持っています。それと、こっちには装甲車のような大きな車輌の影を見たことがあります。カバーをされていたので、形までは定かではありませんが」

 

と、俺が携帯で出した地図に指をさしながら丁寧に示してくれた。ライフルってのが狙撃銃(スナイパー・ライフル)なのか突撃銃(アサルト・ライフル)なのかはこの人では分からないだろうが、まぁ念の為どっちもあると思っておこうか。

 

「なるほど。では彼らに出くわさないような経路は分かりますか?」

 

「それは、こう行って、ここからこう行き……車とラクダを乗り継ぐのが安全です」

 

聞く限りはマーヒさんの答えにはそれぞれ矛盾は無いな。取り敢えずは嘘は言ってなさそうだ。ただ1つ、マーヒさんの教えてくれた情報で気になることがあった。

 

「……装甲車?なんでまたそんなもんを……。ライフルに加えてそんなもんまで持ち出す必要あんの?」

 

「どうしてなのかは分かりませんが、治安警察はチャトにある遺跡を守っているようです。村ではパキスタン対策と噂していましたが……」

 

いくら歩兵にもそれなりの装備を渡しているとは言え、パキスタン対策というのなら装甲車1台というのは心許ない気もするんだよな。まぁ、もしかしたら監視のために置いているのかもしれないが。

 

「……人攫いの話に戻るが、今のところ何人くらい攫われてるんだ?それと、カーバンクルが攫う女の特徴は?年齢とか、見た目とか」

 

「今までで12人攫われました。それと、共通点ですか……。見た目……には思い当たるような共通点はありません。ただ、年齢は12歳から25歳くらいまでだと思います」

 

「ふぅん。じゃあ、その年齢層はチャトにゃ何人くらいいるんだ?」

 

「そうですね、チャトは若い村なので比較的人数も多く……100人くらいでしょうか」

 

なるほど、100人のうち12人ね……。

 

「……リサ」

 

「はい。おおよそ9分の1程度です」

 

計算が面倒臭かった俺の意図を読んだリサがその数字を即答してくれる。割合としては9人に1人……か。やはり()()()と全く同じ割合だな。

 

「分かった。聞く限り、カーバンクルも予測出来なかったくらいに余程のことがない限りは、攫われた子達も皆生きてると思うよ。情報提供のお礼代わりと言っちゃなんだが、攫われた子達を取り返すことも不可能じゃないと思う」

 

カーバンクルが女の子達をそれぞれどうやって攫い、12人もどのように囲っているのかは不明だけど、俺の推測が正しければその子達は皆無事に生きて暮らしているだろう。健康の具合は分からないが、そこまで衰弱もさせていないとも思う。

 

チラリとメヌを見やれば、メヌも小さく頷く。どうやらメヌも俺と同じことを推理したようだな。

 

「本当ですか!?……チャトの村に着いたらダイダラ=ダッダ様に会ってください。彼は村に1人しかいないお医者様で、昔からカーバンクルを悪く思っています。きっと皆さんに力を貸してくれるはずです。長生きでチャトの生き字引のような人なので、もしかしたら皆さんが探している宝物?のこともご存知かも……」

 

そんな人がいるのか。まぁ、神秘の器の在り処そのものはそれほど困ってはいないのだけれど、カーバンクルの目的の答え合わせはできるかもな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「んー?」

 

6人の人間がいた部屋からマーヒさんが帰って5人になった。はずなのだが、いつの間にやらまた6人になっている。俺の気配感知をすり抜けてここに存在したそいつは、褐色の肌をした8歳くらいの髪の長い女の子。

 

氷のよう、と言うよりは削ぎ落としたかのような無表情とちょっと見た目年齢的にそれは不味いんじゃない?ってくらいには過激な衣装───秘さなくてはならない部分だけが辛うじて布で隠れているだけのそれを身に纏ったそいつの魂は、俺の右目では人間のそれとは掛け離れているように見える。そいつが今、メヌと同じテーブルに音も無く座っていたのだ。

 

カーバンクルは左右にぶった切れて半分になったとか言い出したのはシャーロックだったか。しかし半分ってまさかこういうことだったのか?

 

と、俺が訝しみながらそのロリっ子を眺めると

 

「そちは……カーバンクルか……?随分と小さくなってしまったものじゃの……」

 

と、ルシフェリアが驚いていた。いやぁ、俺も驚きだよ。まさかカーバンクルが半分になると()()()()変化をするなんてな。

 

「……やっぱり、ルシフェリア。見るのは久しぶり」

 

で、どうやらというかやはりというか、彼女がカーバンクルで確定。片言で、抑揚もないけれどその声色だけは美しい。透けるように、(よご)れや穢れなんてものを知らないような、そんな声。

 

しかし随分あっさりと見つけられたもんだな。それに、この部屋は窓も扉も閉められていた。そしてそれらには開けられた形跡なんてものが一切ない。どうやってこの部屋に入ってきたのか……まぁ神様お得意の魔術の類だろうけど。

 

「ルシフェリア、なぜカーバンクルを狙う?」

 

確かにこの場でまともな戦闘力があるのは俺以外ではルシフェリアだけだ。そしてカーバンクルは、俺を完全に放ってルシフェリアにだけ話しかけている。もっとも、身体も視線も全く動かさずに口だけを小さく動かすだけのその発声からは、カーバンクルの感情なんてものは読み取れないのだけれど。

 

「カーバンクル、どうやってここを探したんだ?それに、ここに態々何しに来た?」

 

俺達は一応カーバンクルを包囲している……と言えなくもない配置になっている。だがカーバンクルの1番近くにいるメヌはろくに戦闘が出来ない。しかもカーバンクルが音も気配も破壊痕もなくこの部屋にいたということは、コイツが瞬間移動ないしはそれに類する力、もしくは壁を通り抜ける類の力を持っていると予想される。そうなると今でこそ座っていて隙だらけに見ても存外そうではなく、今すぐにでもメヌを捕えられてしまう恐れもある。

 

しかもメヌ以外にもこの部屋にいるのは俺とルシフェリア以外はエリーザとリサなのだ。エリーザなら最悪リサの手を取って走って逃げる程度ならできるだろうがその程度。正直この狭い部屋での戦闘では足でまといもいいとこ。

 

まずはコイツの持っているであろう厄介な魔術を封じる……前にコイツの目的を喋らせよう。それで言葉で追い返せそうならそうするまで。と言うか、打ち倒すだけなら難しくはないけど、このチビッ子をぶん殴るのは流石に気が引ける。

 

「カーバンクルにはナワバリがある。ナワバリでうろつく奴らの気配は分かる。でもカーバンクルは人前に姿を晒したくないからただ見張るだけにした。ただ、チャトの村のヒトと話し、チャトと関わろうとするのは許さない。カーバンクルはチャトの村に畏れられ、禁忌として適度な距離を置かれている。お前達が下手に騒いでチャトやザンダーラから女が全部逃げ出したら困る」

 

そして、カーバンクルはヌルりと赤い瞳だけを動かしてメヌを見る。

 

「だからお前達を追い払うためにここに来た。そうしたら思いがけないものがいた。シャーロックの子孫。似ているから分かった」

 

どうやらシャーロックに恨み骨髄のカーバンクルはシャーロックの子孫であるメヌに目を付けたようだ。そして、メヌを捕まえて仕返ししてやると、シャーロックへの復讐にメヌを使ってやると宣言した。そうして立ち上がっても120センチ程度の身長しかないカーバンクルがメヌへと手を伸ばし───

 

「───ッ!?」

 

バン!とそのままカーバンクルは後ろの壁───窓の真下まで吹っ飛んだ。俺がカーバンクルを指先の力で投げ飛ばしたのだ。

 

「天人!!」

 

「……んっ、怪我ぁねぇか?メヌ」

 

「えぇ、勿論ですとも。貴方が守ってくれましたから、指先1つ触れられていません」

 

「おう」

 

それにしても、アイツに触れた瞬間に力の流入があったな。ちょいと氷焔之皇で探ればなるほど、カーバンクルは自分の身体を砂状……もっと言えば素粒子のレベルにまで細かくできるのか。それだけじゃない、自分の周りの物質も同じように素粒子レベルにまで分解できるようだ。

 

ふむ……俺達の目の前に気配もなく現われられた理由はこれか。なるほど面倒な奴だ。俺にとっては何でもない力ではあるが、これを俺以外の奴に不意打ちで使われると厄介だな。

 

「……お前、モリアーティが言っていた痣の男」

 

何だよ、モリアーティは俺の名前をカーバンクルには教えていなかったのか。それに痣の男って……そのレベルの認識しかないんなら確かに半分のまま俺達の前に現れられるか。このザンダーラ、カーバンクルの縄張と言うだけはあって、この町に入ってから俺の聖痕は封じられているのだ。もっとも、俺の力はもうそれだけではないんだけどな。

 

「そうですよー。神代天人って名前です。今日はそれだけ覚えて帰ってね」

 

「そうか。ルシフェリアはこの男に負けたのか」

 

「んー?……まぁ確かに我は主様に負けたがな。主様は痣の力なんて使わずとも我よりも強いよ。実際、我は痣の力を使わない主様に負けたのじゃからな」

 

「そーゆーこと。カーバンクルはルシフェリアと同格の神らしいけど、それじゃあ俺にゃ勝てねぇよ」

 

「……光の女神であるルシフェリアが、たかが男に負けた?」

 

カーバンクルが訝しげに俺を見る。ようやく、その紅寶玉(ルビー)色の瞳が俺を映した。

 

「主様はただの男ではない。誰よりも強く、このルシフェリアの花婿に相応しい力を持っておる」

 

と、俺のこと全肯定ウーマンのルシフェリアさんが大々的に持ち上げてくれる。それをカーバンクルは怪しげに見やりながらも、上から全否定することはない。

 

カーバンクルだって気付いている。俺に身体を触れられたこと。自分や周りを粒子にする力があるにも関わらず、それが発動せずに俺に投げられたのだ。きっとその力でもってルシフェリアを凌駕したのだろうと想像した筈だ。

 

「ルシフェリアが……大地の神カーバンクルと同格である光の神ルシフェリアがそう言うのならそれは信じよう。だけど、カーバンクルの縄張りを穴空きがウロウロするのは許さない」

 

すると、カーバンクルは柔らかく両手を広げ

 

「── خان(カーン)──」

 

ポツリとアラビア語を唱える。人差し指を丸め、中指と親指で輪を作る。更に右膝を直角になるように曲げて、その細い腰ごと左へツイスト。そして不思議なことに身体のどこにも力が入っていないようなのにその芯は全くぶれていない。

 

「── صقر(サク)──」

 

そして、その声と共に足が振られる。極自然に、力みもなく、まるで踊るように───。しかし───

 

「ッ!?」

 

ドンッ!!と、爆発するような衝撃が俺を襲う。その力の爆発をある程度は多重結界が逸らし虚空に逃がしてくれたけれど、一部は俺の中に流れ込んできた。とは言え魔物を喰らって人の領分を大きく離れた俺の身体だ。クリーヒットならまだしも、多重結界にある程度阻まれた力であれば受け止めるのは容易い。

 

「力が逃がされた……?」

 

どうやらご自慢の一撃だったらしい上に、俺に避けられることなくそのベリーショートキックを当てて、それでも俺が平気そうな顔で立っていることが余程不思議らしい。だが俺だって体力勝負でこんなチビッ子に負ける気もしない。

 

「帰りなよカーバンクル。今のお前じゃ俺にゃ勝てないよ」

 

パキパキと俺は指の骨を鳴らす原始的な脅しをかけつつカーバンクルに1歩寄る。するとカーバンクルは嫌そうな顔をしながら()()()()()()()。どうやらこれが自分の身体と周りのものを粒子にする力みたいだな。

 

そうして直ぐにカーバンクルの姿は消え、念の為に羅針盤で探ってもカーバンクルはどんどんと離れていくのが分かっただけだった。

 

インドの夜は更けていく。ホテル・シンの一室は夜の帳が降りたこと以上の静寂に包まれていた。

 

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