セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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神秘の器のワンダフル・ガイ

 

 

バスの修理を超特急で終えてもらい、俺達はチャトへの旅路を再開した。ただし、チャトはとんでもなく山奥にあるからバスでも途中までしか進めない。そこから先は、バスを俺の宝物庫に放り込んで荷馬車ならぬ荷ラクダに乗せてもらって断崖絶壁の道を通りながらチャトへと歩みを進めた。

 

途中で風景から人工物が消えていき、電気を引くための鉄塔と治安警察の詰所だけが唯一の文明だった。

 

そうして昼過ぎにはチャトへと辿り着いた俺達は村に入る前の赤土の小道でとある3人組に出会った。

 

出会ったと言うか俺達に寄ってきたそいつらは荷ラクダから降りてきた外国人の俺達を見て待ち構えていたらしい。

 

その子達───薄汚れた服を着て痩せた小学生くらいの男の子達。しかしそいつらは俺達に近寄りすぎることもなく5,6メートル程の距離を保ったまま、ポイポイと何かの瓶を投げて寄こした。

 

「んー?」

 

「買えってことでち。インドの田舎じゃ外国人は身分の序列にすら入らないから、物を手渡しすることすらできないでち。ちなみに買わないなら投げ返せばいいでちよ」

 

あっそ、そりゃあまた随分とお偉いことで。それなら全部投げ返してやろうかな。だがそれでこれから先の道中を邪魔されても面倒だ。

 

「瓶の中身はチャトで採れるスイート・アーモンドのオイルらしいでち。1瓶100ルピーらしいでちよ」

 

「……これから先邪魔しねぇなら1本だけ買ってやる」

 

と、俺は角の欠けた1瓶だけを手に取りポケットに仕舞う……振りをして宝物庫に放り込んだ。そして残りの2瓶と共に100ルピーを投げ渡した。

 

それを受け取った3人はたったの200円で大はしゃぎ。まぁ、見るからに栄養状態も悪そうだし今日はインドも平日のはずだが学校に行っているわけでもなさそうだ。これでもそれなりの稼ぎになったんだろう。

 

で、何やら少年達は俺達を指差しながらワイワイと騒いでいる。俺も言語理解でヒンディー語は理解できるので……

 

「嫁はこの子だけだよ」

 

と、リサの肩を抱き寄せてやった。コイツらさっきからずっと「誰が嫁なんだ?」ってずっと話し合ってたからな。

 

それで俺に抱き寄せられたリサはヒンディー語をエリーザから英語に訳されて頬を染めて俺に寄り添っているし、それを聞いたルシフェリアが「我だって主様の花嫁じゃ」とかうるさいし、メヌはメヌでムッとした顔を隠さないし。おかげで俺がとんでもなく女の子にモテモテってのが雰囲気だけでも彼らに伝わったようでまた大はしゃぎ。……なんで俺達は敵地のど真ん中でこんなくだらない大騒ぎをしているんですかね……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

チャトの町中を歩く俺達はあからさまにこの町の住人に避けられているようだ。道を通れば通りに面した家々は窓を占め、水をポリタンクで運んでいた奴らは俺達から離れるようにしてすれ違う。気分が良いとは到底言えないが、まぁこの国……と言うかこの地域にはそう言う独特な風習とかルールでもあるんだろう。こちとら鼻つまみもの扱いには慣れてるんでね。その程度は気になりもしない。

 

何も気にするふうもなく歩く俺にルシフェリアは不思議そうな顔を、エリーザは呆れ顔を、リサは悲しそうな顔を、メヌは何やら胸中に渦巻く感情の色が1色ではなさそうな顔を向けている。

 

そんな様々な視線を背中に受けつつ羅針盤で探したダイダラ=ダッダの居場所。そしてそれと同時に探した神秘の器(ワンダー・ノッギン)の座標。それらは俺にとある疑問を抱かせた。

 

「……メヌ。シャーロックから器の姿形は聞いてる?」

 

「いえ、私は聞かされていません。……天人もなのですね」

 

「おう。それと……マーヒさんの言ってたダイダラ=ダッダって奴ぁ()()()みたいだぜ」

 

と、俺がそう告げるとルシフェリアが「おぉ!」と声を上げた。エリーザとメヌも俺の言った言葉の意味をすぐに察したようで、驚きに目を見開き、リサも「まぁ!」と両手を重ねて頬に置いていた。

 

「ダイダラ=ダッダが神秘の器を持ってる……て言うかこの感覚……ダイダラ=ダッダが器そのもの……なのか……?」

 

「どういうことですか?」

 

と、メヌが俺を見上げる。その勿忘草色の瞳を見ながら俺は羅針盤から生まれた疑問を口にした。

 

「座標がな、同じなんだよ。ダイダラ=ダッダと神秘の器のある位置が。しかもただダイダラ=ダッダが肌身離さず持ち歩いてるんじゃあない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まるで、神秘の器はダイダラ=ダッダそのものかのような答えを羅針盤は俺に差し出したのだ。例えば器がネックレスみたいな形をしていて、それをダイダラ=ダッダが首に掛けているのなら羅針盤もそういう位置を返してくる。仮に器がダイダラ=ダッダの腹の中にあるのならそれもまた羅針盤はそのように示すのだ。だが、今回羅針盤が示したダイダラ=ダッダの位置と神秘の器の位置は完璧に全く同じ場所。これはダイダラ=ダッダと神秘の器が全くの同じものでなければ成り立たないと思えるくらいなのだ。

 

「なんじゃ?ダイダラ=ダッダとか言う奴が器を飲み込んでしまったのか?」

 

するとルシフェリアが俺の背中に寄りかかりながらそんなことを言ってきた。うーん、背中の柔らかさが悩ましい……。

 

「んー?……いや、それなら器の場所はダイダラ=ダッダの腹ん中って答えになるはずだ。だけど、羅針盤はダイダラ=ダッダと神秘の器を全く同じ場所だと示してるんだ。……何となく、答えも分かりかけてるけどな」

 

とは言え、そんなことはおくびにも出さしてはやらずに話を続けた。

 

「なるほど。では天人の推理を聞かせてください」

 

メヌの興味深げな視線に俺は1つ頷き、口を開いた。

 

「……俺ぁ魂に干渉する魔法も持ってるから何となく分かるんだけど、そういうのって生き物か、限りなくそれに近いものにじゃないと入れ辛いんだよ。俺ぁ最初シャーロックから器って聞いて、杯とか皿とかバケツとか、そんなんを想像してたんだけどな。そもそもカーバンクルの命をぶち込んでるんならそれは難しい筈なんだ」

 

と言う俺の言葉にメヌは「ふむ」と1つ頷き、チェリーの香り漂うパイプで俺の言葉の先を促した。

 

「それに、そもそも神秘の器ってのはシャーロックのパワーを10倍だかに引き上げるんだろ?そう言われると超能力(ステルス)的な何かかとも思えるけど、そもそもが()()シャーロック・ホームズさんだぞ?本当はもっと単純なんじゃねぇかって話よ」

 

「それは……結局何なんでち?」

 

「俺ぁ昔、理子に……理子ってのは俺ん友達な。その、峰理子リュパン4世に、キンジと組んだアリアと戦う様を撮影しろって頼まれたことがある」

 

すると、そこまで聞いたメヌは何やら得心いったような顔をした。だけどどうやらその先も俺に任せてくれるようで、1つ頷いて顎をしゃくった。

 

「ホームズ家の奴らは真にパートナーになり得る奴と組むと力が上がる。理子はキンジと組んだアリアを倒して、自分が初代リュパンを越えたと証明したかったんだ」

 

「じゃがそれと()()シャーロックが言っておる器と何の関係があるんじゃ、主様よ」

 

「んー?……簡単な話、ホームズ家の奴を強くするのは相性の良いパートナー。ならシャーロックを強くするのは?何だか得体の知れない器?……いやいや、普通は当時の相方でしょ。それで、初代シャーロック・ホームズの相棒は?」

 

「……ジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世、ですね」

 

すると、リサがその名前を呟く。そうだ、フルネームは俺も今初めて聞いたけど、それこそがシャーロックを本当に強くするもの。

 

「……98年前だっけ?シャーロックがカーバンクルと戦ったのは。その頃ならワトソン氏も健在だろう?そして、神の命は人の寿命を伸ばす。初代ワトソンはシャーロックが奪ったカーバンクルの命を使って寿命を延ばし、名前を変えてこの地に隠れ潜んでいる……っていうのが俺の予想」

 

難しいことじゃない。むしろ、あの野郎に当てられて他の奴らは皆難しく考えてしまっていたんだ。だけど俺は頭が足りないことが幸いして難しく考えられなかった。だからこの答えに辿り着いた。

 

「えぇ、私の推理も天人の推理と全く同じです。もしダイダラ=ダッダと神秘の器が全く同じであるなら、その可能性が最も高いでしょう」

 

そしてこちらは本当に頭が良くて辿り着いたメヌ。俺みたいに難しく考えられないからこそ直情的にワトソンの名前に思い至った俺とは違って、これまで聞いた様々な情報から筋道を辿ってこの答えに辿り着いたのだろう。それでも、確信を持てたのは羅針盤による検索結果によるところが大きいみたいだが。

 

「なら神秘の器は手に入れたも同然でちね。器が人なら言葉が通じるし、シャーロックの相棒だったというのなら味方してくれるでち」

 

「それに、脚が付いているのなら態々運ばなくても済むしな。……いや、主様ならむしろ物の方が楽じゃったか?」

 

安心したようなエリーザと俺を煽るような声色のルシフェリア。俺はどちらかと言えば物言わぬ器であってくれた方が楽な気がするけどな。

 

「それに、天人なら呪いの方もどうにかできるでちね?」

 

「おー、それは問題ねぇよ」

 

ま、カーバンクルから離れられない呪いの方は問題無い。俺が行けば氷焔之皇でパパッと呪いなんて解いてしまえるからな。

 

そうしているうちにどうやらダイダラ=ダッダのいる場所へ着いたようだ。羅針盤が示したのはチャトの町の他の家と大差ない石材と木材を積み上げて建てられた古民家の中だった。

 

ただ、この家の木の扉には緑色の十字架が描かれていて、病院であることも分かった。そういや、ワトソンの家は医者の家系だったっけか。

 

あまり人の気配も無かったから俺はその古民家のドアをノックして

 

「ダイダラ=ダッダ先生。カーバンクルのことでお訊ねしたいことがあります」

 

と、単刀直入に要件をヒンディー語で申し出た。すると直ぐに木の扉は開き、中からは思いの外背の高い───酷く曲がってしまっている背中を伸ばしてやれば170センチ程度はありそうな老人がいた。引きずる程に長い白髪と白髭のこの人は、これまた長くて白い前髪と眉毛の隙間から俺達を黒い目玉でギョロリと見渡す。

 

そこで俺は自己紹介。まず自分とリサ、メヌエットにルシフェリアとエリーザをそれぞれ紹介した。すると、ダイダラ=ダッダと思われるこの人物は流暢な英語で

 

「そろそろ来ると思っていたぞ。今ここにはワシを紹介してくれる人が1人もいないから自分で自分を紹介するしかない。ワシはダイダラ=ダッダ。諸君も英語で喋っていい」

 

そう(しゃが)れ声で告げたダイダラ=ダッダは俺達を屋内へと招き入れた。見た目は100歳を超えてるんじゃないかってくらいだけど、足つきはしっかりしているな。

 

「……俺達が来ることを誰かから聞いてたんですか?」

 

さっきこの人は「そろそ来ると思っていたぞ」と言っていた。まるで、既に俺達が来ることを誰かから聞いていたかのような言葉だ。コイツがワトソンならシャーロックから先に連絡だけ貰っていたとしても不思議ではないが……。

 

「いいや、ワシは知っていた。しかし……さても人生とは意外なことの連続だ。お迎えに来た5人中4人がただの人間じゃないとは!しかしそこの黒髪の君はとても上手に隠しているようじゃな。とは言え青年、何も誤魔化していない1番普通の人間に見える君こそが1番只者じゃないように思えるな!」

 

この野郎……ルシフェリアがアーティファクトで姿を誤魔化していることを知覚していやがるぞ。しかもリサやエリーザは見た目だけはただの可愛い女の子だっていうのに、それすらも看破しているようだ。

 

しかしやはり喋れば喋る程にコイツがワトソンなんだろうなというのを確信していく。この爺さんの喋るキングス・イングリッシュは訛りは無いが古臭い喋り方をする。まるで俺がシャーロックから教わった英語のようだった。

 

しかし町医者しにちゃあ随分と()()()設備だな。外科と内科の両方を見れるのはいいが、奥の部屋には実験室まである。部屋には血液と思われる液体の入った試験管、電子顕微鏡、遠心機、データの解析用と思われるPC……。およそこんな村だが町だか分からん規模のチャトで医者をしてるって雰囲気の奥間じゃあねぇな。

 

そんな俺や同じことを考えたらしいメヌの視線を知ってか知らずかダイダラ=ダッダは色あせた絨毯の上に腰を下ろして

 

「まずはチャイをご馳走しよう。湯が沸くまではそこの英字新聞に目を通しておくといい。チャトには数日分が纏めて届くから最新とは言えぬが、インドの新聞には警察の動きの仔細が赤裸々に書いてある。読んでおいて損は無いじゃろう」

 

「……メヌ、あれのフルネームって何だっけ?」

 

神秘的で絶対的で(ワンダー・アブソリュート・)真実で最強で(トゥルー・ストロンゲスト・)圧倒的な器(オーバーヘルミング・ノッギン)ですか?」

 

「そうそれ。……ダイダラ=ダッダ先生、俺達はその……ワンダー……なんちゃらノッギンを探しに来たんだ。その中にはカーバンクルの弱点が入ってるらしい」

 

「ふむ……しかしこの辺の警察は動かんぞ。嘆かわしいことに、治安警察はカーバンクルに買収されて言いなりじゃからな」

 

ダイダラ=ダッダは俺達に素焼きの碗を配りながらそう言って溜息をついた。

 

「カーバンクルは昔は宝石、今はパラジウムを官憲に与えて自分の手駒にしてしまっておるのじゃ。チャトの治安警察はパラジウムをザンダーラの粗鉱商工会議所で売り捌き、莫大な金を手にしておる。その代わりにカーバンクルの人攫いを見逃し、あまつさえ奴の棲む山野を警護さえしておるのじゃよ」

 

パラジウム……ねぇ。まぁレアメタルを売り捌けば今はそれなりの金額になるだろうな。しかし山の中からパラジウムを取り出す……まぁ大地の神なら難しいこっちゃないんだろうな。俺だって錬成の派生技能を使えば大掛かりな施設が無くたって冶金と同じことは出来る。

 

「別に警察になんて頼らないよ。それよりもその……ノッギンは俺達の知り合いんものらしい。……面倒だから単刀直入に言う、シャーロック・ホームズと言う男に心当たりはありますか?」

 

俺はメヌやシャーロックじゃないんだ。迂遠な言い回しなんて思いつかないし思い付いても面倒臭いから言わない。それよりももっと直線的に話を進めたい質なのだ。そして、俺の言葉を聞いたダイダラ=ダッダは「ふむ」と1つ頷き

 

「知っておるよ」

 

と、そう告げた。なるほど、もしかして何らかの理由で記憶を失っている可能性をちょっと考えたけど、どうやらそれはなさそうだな。

 

「ならもう1つ単刀直入に。さっきも言った通り俺達はワンダー……何とかノッギン───これはシャーロックが勝手にそう名付けたんだ。ともかくそれを探している。そして俺達は……ダイダラ=ダッダ先生、アンタがその(ノッギン)だと考えている」

 

神秘的で絶対的で(ワンダー・アブソリュート・)真実で最強で(トゥルー・ストロンゲスト・)圧倒的な器(オーバーヘルミング・ノッギン)ですよ、天人。ダイダラ=ダッダ先生、私達はそれを探しております」

 

と、メヌが再度フルネームで神秘の器の名前を呼ぶとダイダラ=ダッダは笑いを堪えたような顔をして

 

「その男はそれを何と言っておった?」

 

ニマニマとしながらそんな質問を飛ばしてきた。

 

「んー?……秘宝だっけ?なんかそんな風に言ってた気がする」

 

すると遂に堪えきれなくなったのか「ぶふーっ!」とダイダラ=ダッダが笑いを吹き出した。まぁ、俺達の推理からすればこの人はきっと初代ワトソン氏なわけで、そんな人に対して「アンタの相方がアンタのこと秘宝とか言って死ぬほど長い名前付けてたよ」って言われたら笑いもするか。

 

「それで?ダイダラ=ダッダ先生、貴方はシャーロックが言う器でいいんですか?」

 

俺は嘘を見通すアーティファクト越しにダイダラ=ダッダを見やる。しかしダイダラ=ダッダはそれを見ても顔色1つ変えずに頷く。

 

「そうじゃ。恐らくホームズの言う神秘的で絶対的で(ワンダー・アブソリュート・)真実で最強で(トゥルー・ストロンゲスト・)圧倒的な器(オーバーヘルミング・ノッギン)とはワシのこと。……そこまで掴めておるのなら、ワシのことも検討が付いているのではないか?」

 

「おう。アンタの今の名前……ダイダラ=ダッダは偽名。本当の名前は───」

 

「───ジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世」

 

俺の言葉を掻っ攫ったメヌがその名前を告げる。そしてそれに頷くダイダラ=ダッダ───ジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世もまた、その所作に嘘は無かった。

 

「お会いできて大変光栄です。ジョン・ハーミッシュ・ワトソン様。私はメヌエット・ホームズ。貴方の盟友、シャーロック・ホームズの曾孫に当たります」

 

と、メヌはダイダラ=ダッダ……ワトソン1世に恭しくお辞儀をする。スカートの端をちょいと持ち上げ、頭を下げたのだ。

 

「……アンタの中にはカーバンクルの命が1つ入っている。それを使って今まで延命していたってことでいいんだよな?」

 

「そうじゃ。なるほどお前さんは存外に頭が良いらしい。やはり人は見た目じゃ分からんのう」

 

と、どうやらそこまで答えに行き着いた俺の頭を珍しく褒めてくれる人が。しかもまさかそれがあのワトソン1世だなんて。

 

「天人、感激に咽び泣いている場合ではありませんよ?」

 

「……分かってるよ。それにワトソンさん。俺ぁ頭が良いから答えに辿り着いたんじゃあない。むしろ頭が悪くて難しく考えられねぇから辿り着いたんだ。……あのシャーロック・ホームズを強くするのは普通相性の良いパートナーだろう。それならアイツの相方はジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世しかいないだろうってな」

 

珍しくお褒めに預かれた俺の脳みそには悪いけど、ここは俺も正直にネタばらし。俺が答えに辿り着けたのは頭の悪さがたまたま良い方向に転がっただけなんですよね、悲しいことにさ。

 

「それに、俺ぁ望んだものの在り処を示す道具を持ってる。ザンダーラでアンタの話を聞いて、神秘の器と一緒に場所を探したらアンタと全く同じ場所を示した。だから"ダイダラ=ダッダ"と"神秘の器"が同一だと分かった。俺ぁ頭なんてこれっぽっちも使っちゃいねぇんだ」

 

それを聞いたワトソン1世はしかし「ふむ」と1つ考え込むような素振りをすると

 

「しかし辿り着いた結果は正解じゃ。お前さんには足りない頭を補う力がある。それは誇るべきことじゃろ」

 

「……ありがとう」

 

ワトソン1世の言葉に俺は何を返したらいいか分からず、ただそれだけを呟いた。しかしワトソン1世にはそれで満足だったのか「ははは」と大きく笑うと

 

「ではこれからどうする? お前達の目的はワシと会ったこの瞬間に殆ど達成したようなものじゃろ?」

 

そう言って膝に肘を乗せた。

 

「そうだな。後はカーバンクルが仕掛けた呪いを外せば終わりっすね」

 

と、俺は氷焔之皇でワトソン1世を探る。そうすれば直ぐにカーバンクルが仕掛けた呪い───彼がカーバンクルの近く──半径15キロ程──から離れられなくなる呪いとシャーロックが近付けなくなる呪いを燃焼させる。

 

「……ふむ、何やら憑き物が落ちた気分じゃわ」

 

自分に掛けられた呪いが消えたことを感じ取れたのか、ワトソン1世はそんな呑気なことを口にする。

 

「取り敢えず、シャーロックが(アンタ)に近付けない呪いも、アンタがカーバンクルから離れられない呪いも無くなった」

 

「なるほど。これでワシは心置き無く奴の元へ行ける、というわけじゃな」

 

「そうですね。俺達はこのままカーバンクルの元へ行きます」

 

2つの呪いを解いたのだからもうこの人に俺は用はない。後は越境鍵でこの人をシャーロックの元へ放り投げて、俺達はカーバンクルが力を取り戻すことを防げばそれで一件落着ってやつだ。

 

「ふむ。それならワシも連れて行ってはくれぬか?……なに、ワシはアフガニスタン戦争にも軍医として従軍した男じゃ。お主は腕っ節には自信があるようじゃが、カーバンクルとて尋常ではない。ワシなら手足や胴が千切れても生還させてやるぞ?」

 

この人の人格は信用して良いのだろうが、いくら元気そうとはいえシャーロックと同じ世代のおじいちゃんをカーバンクルの元へと連れて行っても良いものだろうか。それに、これは推理でも何でもない俺の勘だけど、きっとカーバンクルとは戦闘になる。いくらルシフェリアもいるとはいえ、これ以上足手まといを増やしてもなぁ……。

 

「ワシもこの村からもうすぐ去る。しかしこの村には世話になったからの。カーバンクルが嫌いなだけではない、攫われた娘達を助けて恩返しがしたいんじゃ。老人の頼みと思って聞いてはくれないか?」

 

俺が渋っているのを見てワトソン1世はそんな、断り辛いことを言ってくる。まったく、ここで無理にシャーロックの元へ投げ渡したんじゃ俺が自信無いみたいになるじゃんよ。仕方ない、神水も再生魔法と魂魄魔法のアーティファクトもある俺に軍医が必要とは思えないけど、連れて行くだけなら問題あるまい。

 

「分かりましたよ。確かに、村娘達を連れて帰るんなら顔の広そうなアンタも必要かもしれない。ただ、戦闘は基本的に俺がやります。そこのルシフェリアも戦えますから、最悪の最悪はその子に守ってもらいます」

 

何だか結局この人選で正解だったのかもな。ルシフェリアがいればある程度皆を守りながらも戦いやすいし、メヌがいてくれると俺の足りない頭を補ってくれるし、考えも纏めてくれる。リサとエリーザだけいれば大丈夫だと思っていたが、結局この2人には助けられているな。

 

「それでいい。ありがとう」

 

と、しおらしく礼を言うが早いかワトソン1世はそのまま立ち上がるとズカズカと居室を歩いていき、サンダル履きのまま家から出ていってしまう。いやいや、早いって行動が。

 

置いていかれそうになった俺達は、皆揃って溜息をつきながら白髪白髭のワトソン1世を追いかけるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「あれがチャト遺跡じゃ」

 

さっさと出ていったワトソン1世に着いていくと洋風の、城のような建造物が黄土色の断崖の壁面と一体化していた。俺が羅針盤で検索すれば確かにこの中にカーバンクルがいると指し示される。

 

「……あぁ。この奥にカーバンクルはいるみてぇだな」

 

俺は一瞬この遺跡を見やり、そして象やラクダ、鳥、他にも馬や猿、ライオンの浮き彫りが置かれた石の動物園の中を歩いて行く。ワトソン1世も俺達の先頭に立ってズカズカと進んでいく。流石は元軍医……軍人だけあって健脚だな。

 

途中で何やら木の看板があるが、書いてあった注意書きはデーヴァナーガリー文字とペルシャ文字、アルファベットでそれぞれ「チャト寺院はヒンドゥー教の寺院なので牛革製品の持ち込みは禁止します」というような内容が書かれているだけだ。まぁ俺は牛の革製品は身に着けていないし、あったとしても今更関係ないね。

 

するとワトソン1世が貫頭衣の中からマグライトを取り出して入口から遺跡に入っていく。羅針盤の示す方向とも合致しているし、取り敢えずは歩かせようと俺も何も言わずに着いていく。リサやメヌも俺の様子を見て方向は間違っていないのだろうと判断したのか、何も言わずに俺の後ろを着いてきた。

 

「ルシフェリア、殿だけ頼む」

 

「任せておけ主様よ。我がいる限り背中からの不意打ちなんて卑劣な真似はさせぬわ。もっとも、レクテイアの神とあろうものがそんな手を使うとは思わんがな」

 

「カーバンクルは使わなくても他にもいるかもしれねぇだろ。アイツなら俺達がここにいることも察知しているだろうし、治安警察とかが来るかも」

 

カーバンクルは誇り高い戦いしかしないのかもしれないが、奴の手先がどんな手段に出るかは分からない。だから念には念を、だ。

 

「ふむ、そういうことなら任せておけ」

 

そう言ってルシフェリアが後ろに入る。そしてそのままあちこち風化はしているものの床や壁はある程度舗装された通路を歩いていく。しかしさっきからワトソン1世が蘊蓄を語っている通り、ここは人の手もある程度入っていた形跡があるな。今はもう管理されていないからか荒れているが、頭の上には電線と電球を張り巡らせた跡もある。

 

途中で進入禁止の鎖が張られていたが俺達はそれを乗り越え、階段を降りて地下1階へ下る。なんか、オルクス大迷宮みたいだなここ。

 

「なんか懐かしいぜ」

 

ワトソン1世が地図でも頭に入っているかの如く迷いなく進んでいくので俺も羅針盤で道を確かめつつ地下2階に降りるが、何となくそんな言葉が口をついて出た。

 

「……それはトータスの頃の話ですか?」

 

そう言えばメヌには前にトータスにいた頃……と言うかオルクス大迷宮の話をちょっとしていたなと思い出した俺は1つ頷いた。

 

「うん。あの奈落の底もこんな感じだった。ま、やべー魔物が出てこないあたりここぁまだ安全だけどな」

 

「ここの雰囲気は充分怖い所のように思うでち……」

 

と、エリーザは戦慄したような顔をしている。

 

「ご主人様」

 

するりとリサが俺に寄り添う。俺はリサの頭を1つ撫で、リサの白くて細い指先を弄ぶ。

 

「……んっ、大丈夫だよ」

 

とは言えいつ戦闘になるかも分からないここでずっとイチャイチャはしていられないからそれだけでリサ成分を補充した俺は1歩離れ、また歩みを進める。何だか周りからは呆れるような視線を頂戴しているような気がするけど無視無視。

 

 

 

───────────────

 

 

 

地下3階。ここもやっぱりオルクス大迷宮みたいだった。ただ、壁には松明を引っ掛けるフックがあったり飲料水に使うのか小さな泉が壁にあったりと、どちらかと言えば真のオルクスよりも()()オルクス大迷宮のようだった。

 

「ワシが知っているのはここまでじゃ。上の階の構造からすると更に下の階へ続く階段があってもおかしくはないが───」

 

「んー?……それならこっちだぜ」

 

羅針盤で探した下の階へ続く階段。その前へ俺は先頭に立って歩いていく。

 

「……壁ですよね?」

 

メヌが半信半疑といった風で俺を見上げる。

 

「主様よ、あっちじゃないのか?」

 

すると、どうやらレクテイアの建築様式にも通じているらしいルシフェリアが少し離れた壁を示す。そっちに何があるのかは知らないけど……

 

「んにゃ、そっちに何があんのか知らないけど階段はこの壁の向こうだぜ。……まぁ見てなって」

 

と、俺は壁に手を付いて錬成の魔法を発動させる。俺の魔力光である真紅が手のひらから放出されて暗い洞窟を照らす。すると岩の壁が開き、奥から下り階段が見えてきた。

 

「なんと、主様も大地を操れるんじゃのぉ。本当に凄いのじゃ」

 

と、ルシフェリアは相変わらず語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声色と喋り方で俺に抱き着いてくる。そんなルシフェリアを引き剥がしながら俺は階段を降りていく。

 

「ほぉ……お前さんもまた面白いことができるんじゃのぉ」

 

するとワトソン1世も目を見開きながらも階段を降りてきた。

 

「モーイです、ご主人様!」

 

「天人の魔法はいつ見ても美しいですね」

 

で、リサとメヌは俺が魔法を使う時が結構好きらしくニコニコ……というか少しうっとりしている感じだ。そういやメヌは俺がホテル・シンでアーティファクトを錬成している時もジッと見ていたな。

 

「そうか?取り敢えず降りようぜ。……メヌ、疲れてないか?」

 

メヌは生まれてこの方ずっと自分の脚で歩けなかったのだ。それが自分の脚を自分の意思で動かせるようになってまだ1年も経っていない。洞窟の中は足元が不安定で歩き辛いし、そろそろメヌの顔にも疲れが浮かんできた頃だった。

 

「……えぇ。しっかりリハビリに励んでいますので」

 

「そうけ。ま、汗かいてるみたいだからな。水は飲んどけ」

 

と、俺は宝物庫から出したスキットルをメヌに渡す。メヌはそれを受け取ると特に何も言うことなく中身を飲んでいく。

 

「いただきます。……んく、んく……これは───」

 

そして、直ぐに自分の身体の変化に気付いたようだ。多分メヌは今これ以上ない程に身体から元気が溢れているだろう。何せ今俺がメヌに飲ませたのは神水だからな。

 

メヌには回復するような魔力は持っていないがあれは体力も回復させてくれる。疲れた身体からみるみるウチに疲労が抜けていくのをメヌは感じているのだろう。

 

「ありがとうございます。しかし、これの中身は何なのですか?」

 

メヌは少し飲んだだけのスキットルの口をハンカチで拭いて俺に渡して尋ねてきた。まぁそりゃあ気になるよね。

 

「んー?……そりゃあ神水って言ってな。千切れた手足は治らないけど、それ以外の怪我とか疲労なんてのは一瞬で吹き飛ぶ魔法の水だよ。トータスで拾ったもんだけど、今は俺が自力で生み出せる」

 

具体的には加速させた時間の中で莫大な魔力を注ぎ込むことでな。あれはあれで疲れるのだけど、神水も神結晶は便利だからな。いざって時には神水があればどうにか切り抜けられるし神結晶を組み込んだアーティファクトは強力なのだ。その場限りの疲労であれば受け入れてでも生み出す価値がある。

 

「そんなのがあるならワトソン?ダイダラ=ダッダ?はいらなかったのではないか?て言うか主様は腕が取れてもまた生やせるじゃろ」

 

「ひでぇこと言うな……。いやまぁ確かに俺がいれば死んでも生き返れるけど……」

 

俺がいる以上は医者の腕なんて別に必要ないのは確かではあった。とは言えご老人の強い意志を無碍にするのも悪いかなと思ったのだ。それに、レクテイアの神程度では考えられないが、億が一にも俺の手が離せなくなったとして、その時にこの人がいれば応急手当くらいはどうにかなるだろうし。

 

「まるで神じゃな」

 

「神様なんて上等なんもじゃないっすよ。魔法使いが精々だ」

 

俺は1つ鼻を鳴らすと、ついと顎で先を示す。そこには寝食の痕跡があったのだ。小麦粉と水だけで作ったらしい無発酵のパン、水で戻している途中のひよこ豆、新鮮なマスカット。草を編んで作ったらしい敷物を辿っていけば石で作られた小さな椅子もある。

 

壁にも消されてはいるが最近まで使われていたと思われる蝋燭。攫われた女達が使うらしいベッドもあった。だがそのどれももぬけの殻。カーバンクルも攫われた女達も見当たらない。

 

もっとも、カーバンクルはもう少し奥にいると羅針盤は示していたからこれはそれほど大した問題ではない。ともかく、ここに攫われた女達は、裕福ではないしにろそれほど酷い扱いは受けていなさそうだと分かる。

 

「しかし原始的な生活をしておるな。わざとじゃろうか」

 

ワトソン1世はこの風景を見渡してそう呟く。するとルシフェリアは

 

「良いところではないか。我は嫌いじゃないぞ」

 

と、逆にここが気に入った様子だ。多分これはカーバンクルの趣味だな。ただ、ルシフェリアが共感しているということはレクテイアもこれに近い光景ということなのだろう。そういやエンディミラのいたエルフの集落と思わしき所も自然の中だったな。

 

ここの光景に、何か感じ入るものがあるわけではないが、女の寝床を物色する趣味も無い俺はこの居住空間の先の通路、そしてその向こうから入ってくる光へと歩き出した。羅針盤が示したカーバンクルの居場所はあっちだ。あっちに、カーバンクルがいる。

 

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