セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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大地の女神カーバンクル

 

 

通路を抜けた先に広がる光景───そこには豊かな農園が広がっていた。まるで大地が黄金でできているかのように錯覚させる程に見事に広がったそれはひよこ豆やレンズ豆、その合間には発芽したばかりの小麦。

 

豆と麦の二毛作に加えてブドウ畑が周辺に広がり、鶏も放し飼いにされていた。それだけではない、小規模ではあったが養蜂までしているようだ。

 

数ヘクタールはあろうこの農園は円形の盆地をしていて、チャトやザンダーラよ喧騒が嘘みたいに穏やかな光景が広がっていた。

 

そしてそこにいたのはカーバンクルと似たような格好をした10代前半から20代前半程度の10人の女達。確か攫われたのは12人のはずだから全員ではないのだな。

 

彼女らも着飾ってはいるが、身に着けているアクセサリーは全て花や羽根で作ったもの。皆楽しげに会話しながら畑の手入れをしたり白い石で淵を作った人工の川から水を汲んでいる。

 

見る限り痩せ細っていたり怪我をしている様子は見られない。むしろ、チャトの奴らよりも健康そうに見えるくらいだ。

 

「……アイツらだな」

 

俺が羅針盤を見ながらそう言えば、ワトソン1世も小さい単眼鏡(スコープ)を覗いて「皆、チャトの村で見たことのある顔じゃ」と確かめている。

 

「中世のインドの風景にも思えますが」

 

「いや、あれはカーバンクルの故郷の穀倉地帯にそっくりの風景じゃ」

 

と、メヌの予測にルシフェリアが答えを返している。きっと今回に限ってはルシフェリアの方が正解に近いのだろう。態々カーバンクルと似た服装をさせているあたり、ここにレクテイアの光景を再現しているんだ。

 

そして、奥の石造りの神殿と思われる建物から現れたのはカーバンクル……だろう。だろうと言うのは、カーバンクルの見た目が大きく変わっていたからだ。前に見たカーバンクルは小学生の低学年くらいの見た目だった。だが今のアイツは褐色の肌と兎人族よりも露出度の高い衣装は変わり映えしないが、上背は高くウサミミを除いたシアと同じくらい。スタイルも幼児体型ではなくむしろ大きく膨らんだ乳房。それもリサやレミアのような柔らかさ最優先の胸ではない。胸筋の土台がしっかりとしているからか、あんな紐で先端を隠しているだけの衣装だけを着ているのに上向きに張っていて大きいだけじゃなくて美しさまで兼ね備えている。

 

キュッと締まったウエストは女性的な柔らかさを感じさせながらも内側にしっかりと筋肉が仕込まれていてそれが背筋と協力してクビレを作っているのが分かる。

 

ヒップもこれまたボリュームがあり尻の肉が垂れるのではなく臀筋がしっかりと上へ引き上げていて張りがある。

 

額にある紅の宝石は大きさが倍ほどになっていて、それを収めている顔は凛々しく子供の姿の頃は薄かった表情に猛々しさが加わっていて()()()に見える。

 

そいつが紅い瞳の双眸でこちらを見る。その視線は男よりもむしろ女を虜にするような妖しい光を灯していて、実際彼女を見た女達は甲高い声で感激を表し、倒錯的な瞳を向けていた。

 

そんな彼女達を一瞥したカーバンクルは改めて俺達の方を見る。そしてその形の良い口が音を放つ。

 

「───私は大地。大地の神・カーバンクルの国へよく来た」

 

するとその視線で女達が俺達に気付く。そして、1人が驚いたのか物置小屋から飛び出してきた。ショートカットのそいつは風車小屋へ走って逃げこんでいくが、他の奴らはカーバンクルを守るように囲んで俺達を見ている。これじゃあまるでこっちが悪者だね。まぁ、女の園へ無断で足を踏み入れた男なわけだし、俺が責められるのは仕方がないのかもしれないな。

 

「……戦いは俺がやる。ルシフェリア、流れ弾は任せたぞ」

 

「応。しかし主様よ、いくらカーバンクルの砂になる技を封じられるとは言え、アイツは腕っ節も強いぞ」

 

「んー?……俺ぁそもそも腕力勝負の方が得意だぜ」

 

そもそも、俺はカーバンクルとの戦いではもう氷焔之皇を使うつもりはなかった。本来ならカーバンクルが力を取り戻す前にアイツとアイツの半身を隔てている魔術をどうにかして、アイツの半身が戻らないようにするのが今回の任務の一部だった筈なのだ。それが今やカーバンクルは己の半身を取り戻して全盛の姿をしているのだ。こうなったらもう戦いは避けられない。

 

だけど、アイツの全力を封じて勝っても最初の頃のルシフェリア同様に、あーだこーだとイチャモンをつけられて勝負をフイにされかねない。ただ、レクテイアの奴らは割と決闘を重んじる傾向にある。だからまずはルールで縛って、俺の勝ちを認めさせる。その上で勝利の報酬としてカーバンクルをモリアーティの元から引き離す。そうすればシャーロックからの依頼も果たしたと言っていいだろう。可能ならばカーバンクルをコチラの側に付けてしまいたいが、それをすると男女関係が大変なことになる可能性が高いので気を付けないといけない。

 

「まぁ見てなって。策ならあるからさ」

 

と、俺はリサと1つキスを交わしてカーバンクルが構える神殿の方へと歩いて行く。するとカーバンクルを守ろうとしていた女達をカーバンクルが退かせて、俺と対峙するように立ちはだかる。

 

「───ヒトの文明は誤り」

 

と、俺と向かい合ったカーバンクルは語り出した。

 

「富めるムンバイを見たか?貧しいチャトを見たか?ヒトには貧富の差がある。それもとても大きい。それがヒトを不幸にした」

 

俺は黙ってカーバンクルの言葉の先を促した。すると、カーバンクルは大仰に両手を広げて言葉を続ける。

 

「でも、カーバンクルの下は平等。そうなるようにカーバンクルが配る。ヒトは幸福になる。だからヒトはカーバンクルに支配されるべき」

 

ま、コイツは人の不幸を願っていないだけどこかの神様気取りよりは多少マシなのだろう。だけど

……

 

「甘くて優しい……与えられるだけのものにゃ価値も意味は無い。そりゃあ楽だろうぜ。お前ん下で草を食んで生きてくのはよ。けどさ、そりゃあ家畜と変わらねぇんだ。俺ぁ戦うぜ。戦って、勝ち取る」

 

俺にはそれしかないのだから。戦い、それに勝って居場所を勝ち取る。それしかしてこなかったし、もうそれしかできない。

 

「戦う?カーバンクルと?穴空き風情が?その穴も閉じられたここで?ふん、笑わせるな」

 

頭に疑問符を浮かべたカーバンクルはそのまま嘲るように口角を上げた。ふん、何年もこんな所に篭っているから俺のことを大して知らないんだろう。例え素粒子化で俺の攻撃を避けられないのだとしても勝てると、カーバンクルはそう思っているんだろう。

 

「はっ!随分と自信満々みたいだけどな。パラジウムで治安警察を買わないといけない程度の奴に俺ぁ負けねぇぞ」

 

「パラジウム……。ふん、ヒトはこんなもののために何でもする」

 

すると、つまらなさそうに鼻を鳴らしたカーバンクルはその場にしゃがみ込み、赤土にしばらく手を当ててから、一掬い手に取った。

 

カーバンクルが手のひらの土をサラサラと捨てると、残ったのは銀の輝き。あれはきっと土中のパラジウムなのだろう。分かっていたことだが、俺の錬成の派生技能である鉱物系探査や鉱物分離と同じようなことがやはりカーバンクルも行えるんだ。

 

けれどそれを見たメヌは目を見開いて驚いている。まぁ、確かに何の設備も無しに土中から望む金属元素を集めて冶金するなんて真似ができたら莫大な富を産むことは、例えメヌでなくとも推理できる。実際俺も似たようなことはこっちでもしているわけだしな。

 

「そーいやメヌには()()、見せてなかったっけ?」

 

俺が宝石加工の会社を興しているのはメヌも知っている……というか将来的には事業を手伝ってもらう約束をしているのだが、メヌに見せたことがあるのは鉱石や鉱物の形を変える普通の錬成だけだったか。

 

「……錬成」

 

俺は土中に魔力を送り込む。すると真紅の魔力光が迸り、俺の足元の土が盛り上がって俺の胸の高さまでせり上がる。更にそこに錬成の魔力を注げば現れたのは銀の輝き───パラジウムだ。

 

「お前も大地を操れるのか」

 

「大したことじゃねぇや。俺んこれはとある世界じゃ()()()()()技能だったからな」

 

錬成師という天職はトータスではありふれた天職だった。だけどどんな力も使い用だ。鉱物系探査と鉱物分離だってカーバンクルのように使えば莫大な富を産む。俺がトータスの鉱石に対して使えば化け物も一撃で屠るアーティファクトが生み出される。だからこんなもの、大したことじゃない。

 

「それで?一応聞いとこうか。カーバンクル、お前はどーしてモリアーティの味方をするんだ?」

 

決闘になる前にまずはそこをハッキリとさせておこう。コイツの目的が分かれば決闘の時の報酬も決めやすいからな。

 

「パラジウム……これだけじゃないが、今のヒトは必要の無いもののために生きてる。富、文明……必要の無いもののために生きるな。そんなものの為に命を無駄にするな。ヒトは大地と───カーバンクルと共に生きるべき」

 

なるほどな。そりゃあ文明を後退させようっていうモリアーティとも相性が良さそうな考えだ。それに、このまま放置すればきっとこの農園は広がっていくだろう。パラジウムで富を生み出し、外を守る武力を雇い、資本主義に疲れた奴らを取り込む。そうしてこの農園は楽園となり、一国を築くのだろう。この楽園のシステムの肝は土地とカーバンクルの存在だが、カーバンクルが存命で土地が広がれば更なる資源が手に入る。地中のレアメタルを掻き集めれるカーバンクルはきっとパラジウム以外の金になる鉱石資源をその手で集め、売り捌く。そうやって資本主義の力でこの古い共産主義的な楽園は発展する。形は変わらずに、ただ大規模に拡がっていく。

 

「それに、モリアーティはこの世界にカーバンクルを導いてくれた。この世界から帰らない限り、カーバンクルは礼をする」

 

ふん、そのお礼代わりに命を1つくれてやるってわけか。神様のやる恩返しは規模が大きいねぇ。

 

「悪ぃが俺ぁモリアーティを倒すぜ。けどその前に、お前を倒さなきゃならねぇみたいだな」

 

俺はそこでふぅと一息入れるとカーバンクルの整った顔をもう一度見やる。

 

「決闘だ、カーバンクル。俺と戦え」

 

「ふん。穴空き風情が。それすらも使えないお前は毛虫のようなもの。幾らカーバンクルの魔術を封じようとも人間では話にならない」

 

おぉ……レクテイアの奴らは挑まれた決闘は絶対に受けると思っていたからこの返答は意外だった。ここで決闘をしてモリアーティから手を切らせるのが目的だったのに。

 

とは言え、まだ手はある。アイツはこの場では聖痕を使えない俺を見下して、ろくな勝負にならないから決闘なんてやらないという態度だった。なら俺が氷焔之皇無しでもレクテイアの神に匹敵する戦闘力を持っているとカーバンクルに理解させられれば決闘も受けるはずだ。

 

「───主様はヒトではない」

 

と、俺達の会話を聞いていたらしいルシフェリアがやってきて口を挟む。しかしルシフェリアさん、貴女随分と酷いことを仰るのね……。

 

「主様は我の番じゃからな。女神同格と言っていいし、何ならヒトから男神に格上げしてやっても良い。それよりカーバンクルよ、お主こそ負けるのが怖くって、挑戦されたのに逃げるのか?」

 

プククと、ルシフェリアはカーバンクルを煽るような笑い方をする。それを見たカーバンクルはイラッとしたような顔をして

 

「カーバンクルは逃げない!」

 

俺達よりもどちらかと言えばチャトから攫ってきた女達へ向けて宣言するかのようにそう言った。そういやルシフェリアもナヴィガトリアの船員の前で負かされたことを根に持ってたな。なるほど、レクテイアの神を煽るならアウェイに乗り込んで向こうのギャラリーに囲まれている中でそいつらに格好付けさせれば話が早いんだな。

 

「こういう奴なんじゃよ」

 

と、してやったり顔のルシフェリアが俺の耳元に日本語で囁く。俺もふと微笑みながら「さんきゅーな」と返す。するとルシフェリアが急に何か詰まったかのように「うっ」と胸を抑えて頬を赤く染めている。

 

「んー?……まぁいいや、カーバンクル。やると決まったわけだし、場所を変えたい。俺だってこの農園を戦いの余波でぶっ壊すのは忍びないからな」

 

「当たり前だ。……付いてこい」

 

つい、とカーバンクルが視線で示したのは神殿の中。どうやらあの中では戦闘ができるだけの空間があるっぽい。俺は大人しくカーバンクルについて行くことにした。

 

「……あぁは言っているがな主様よ。カーバンクルはきっと主様と戦うつもりだったと思うぞ」

 

すると、ルシフェリアがまた俺に耳打ちする。見ればルシフェリアだけでなくリサやメヌ、ワトソン1世まで俺達に付いて来ている。あんまり近くにいると流れ弾を気を付けなきゃだから離れていてほしかったんだけどな。まぁルシフェリアがこっち来ちゃったし仕方ないか。

 

「んー?」

 

「カーバンクルの魔力の現在値はザンダーラで(まみ)えた時よりも減っておる。半身を取り戻し、その上で融合するのは相当に魔力を消費するのじゃ。本来ならカーバンクルはここの女達からコツコツと魔力を集め直してからそうしたかったはずじゃ」

 

なるほど、それなのに態々合体を急いだってことは、俺の氷焔之皇を相当に警戒したってことか。それに、流石はレクテイアの神だな。あれが魔術の類にのみ効くと直ぐに見抜いて、魔術の選択肢を減らしてでもより体力のある大人の姿に戻り、白兵戦に備えたってことか。

 

「何をこそこそ話している。カーバンクルの知らない言葉で喋るな」

 

と、日本語で会話していた俺達をカーバンクルが睨む。俺達は「おー怖」とでも言うかのように肩を窄めて「何でもないですよ」のポーズ。するとカーバンクルは「ふん」とまた視線を前に戻した。

 

そうしてカーバンクルに連れられてやって来た神殿は外周を数十本の石柱に囲まれた直径30メートルくらいの円形の建造物だった。屋根のないスタジアムみたいな形をしているここを囲む石の柱には神様やら動物やらの姿が所狭しと彫刻されていた。

 

「それと、カーバンクルの命に掛けた呪いを解いたのもお前だな?」

 

と、カーバンクルがその長い三つ編みのポニーテールを靡かせながら振り向いてそう言った。

 

「おうよ」

 

「カーバンクルの命はどこにある。昔シャーロックがどこかに隠した。でもカーバンクルは自分の命なら、どこにあるのか分からなくても呪える。呪えるのならそれが解かれればそれも分かる。カーバンクルから遠くに離れられない呪いも、シャーロックが近付けない呪いも、解いたのはお前だ。ならお前は、カーバンクルの命の在処を知っているはずだ」

 

「あぁ。知ってるよ。それで?それを俺が教えるのが俺が決闘に負けた時の報酬でいいのか?」

 

「あぁ。それと、シャーロックをここに連れて来ること。そしてもう1つ、お前はカーバンクルに服従し、永遠にカーバンクルの下で生きろ。誤った文明から離れ、ここでカーバンクルと共に大地に生きろ。お前の大地を操る力は認める。お前はここで生きるべきだ」

 

「はっ!俺にそう言った奴は全員俺ん足元に(ひざまず)いてんだよ。あと、いい加減名前くらい覚えろよ。ザンダーラで言っただろ。俺の名前は天人。神代天人だ」

 

「タカ……カミ……?ええい、ヒトよ、分かったか?」

 

おい、コイツ俺の名前覚えられなかったぞ。しかも長いこと会ってなくて忘れたとかじゃなくて今この瞬間に覚えられないって……それは俺より頭悪くねぇか?

 

と、俺はこの頭の残念な美人に内心少しばかりガッカリしたが、それは表には出さずに「分かった」とだけ告げる。

 

「カミ……穴空きのヒトよ、お前が勝ったらお前の願いを私が6つ叶える。しきたりだからな」

 

「へぇ、そりゃあ気前が良いね。あと俺ん名前は神代天人だ」

 

俺の要求はモリアーティとは手を切ることとここの女達をチャトに帰すことの2つ。1個なら決闘の報酬で飲んでくれそうだったけど2つはどうかな、最悪無理矢理奪い返すしかないかな、と思っていたから6つもお願いを聞いてくれるなんてラッキーだぜ。

 

俺の言葉を肯定と受け取ったのかカーバンクルは女達に3メートルはある棒を取って来させていた。それは鉄の棒で彫金とメッキで華やかに飾られていて、後端には20センチ程の直径をしたリングが付けられていた。

 

「そこの男にも武器を選ばせてやれ」

 

と、カーバンクルが女達に指示を出すと彼女らは円形の神殿を回り込むようにして何かを取りに行った。どうやら柱の裏側には武器が隠されているらしいな。

 

「いや、要らないよ。武器は自前のを使う」

 

俺は宝物庫からトンファーを取り出す。勿論俺のトンファーはアーティファクトだから、並の武器じゃあない。空間魔法で内部に鎖が仕込んであるし、その鎖だって空間魔法で敵を削り斬れる。外周にだって纏雷だけじゃなくて空間爆砕や空間固定の神代魔法が付与されていて、一振で人間なんか粉々に出来る。

 

旋棍(トンファー)か。やはりヒトの文明の中で生きるには惜しいな」

 

「誰も武器がこれだけなんて言ってないぞ」

 

俺はホルスターにも宝物庫から取り出した拳銃のアーティファクトを仕舞い込む。ここに入れておけば不可視の銃弾(インヴィジビレ)が必要になった時も使えるからな。

 

「銃……。そんな弱者の道具を使うのか」

 

しかし、俺の拳銃を見たカーバンクルは露骨にガッカリしたような顔をした。どうやらカーバンクルにとっては銃火器はお気に召さないご様子。ま、文明嫌いのコイツからしたら、文明の権化みたいな()()が気に食わないってのはさもありなん、って感じだな。

 

「ヒトは石器、鉄器、火器を作った。それで自分達がよく進化した強い種族だと思っている。でもそれは逆だ。進化する必要があったのはヒトが弱い種族という証」

 

カーバンクルが俺を見下すような視線を向けてそう言った。さっきまでとは全く違うその視線には敵意よりも呆れの方が強く浮かんでいた。

 

「カーバンクルを見ろ。カーバンクルは原初の時代からカーバンクル。自然と共に生き、進化しない。必要がないからだ。大地が原初から大地であったように───」

 

「───そうだな、その通りだよカーバンクル。ヒトはこんなもんを発明して強くなった気でいる。銃なんてあっても、手前の腕力も身体の強さも何にも変わっちゃいねぇ。お前にだって銃弾は効かねぇだろう」

 

ま、実際これはカーバンクルの言う通りだ。銃火器は人を強くしたんじゃあないし、これを発明することが進化なわけもない。そして、銃やミサイル何かを発明して、人間は強くなった気でいる。これもカーバンクルの言う通りだ。本来の人間の肉体なんて差程も強くなっちゃいねぇってのにな。

 

「だけどな、力は使い用だ。こんな()()()なもんでもお前と渡り合えたりするかもよ?」

 

実際、この拳銃のアーティファクトは俺の弱さを補うために作ったものだ。魔素も聖痕も封じられた俺が、それでも生きて足掻くための手段。それがこの拳銃の始まりだ。

 

「それにな、俺ぁもうただの人間じゃねぇ。聖痕なんて無くたって俺ぁヒトの領域から外れてんだよ。だからザンダーラで使った、魔術を封じる技だってこの決闘じゃ使わねぇでやるよ」

 

ドロリと魔王覇気を漂わせながら俺はカーバンクルを見やる。アイツの魔術は自分と身の回りのものを粉のようにしたりそれを再構成したりするものだ。特にそれ自体には攻撃力は無いし、後で変なイチャモンをつけられても面倒臭いからな。

 

「さて、6つも願いを聞いてくれるたぁ気前が良いね。カーバンクルの要求は聞いた。だから俺も、幾つかお願い事を言っておこうかな」

 

「思い上がりも甚だしい。だけど、言ってみろ。大地を操る力を持つ者同士、聞くだけはしてやる」

 

随分とまぁ上から目線だが、まぁいいか。

 

「まず1つ、モリアーティとは金輪際手を切ること。2つ目、チャトの女達への支配を止めて解放すること」

 

取り敢えず2つ。とは言えいきなり6つとか言われてもそんなに思い浮かばないな。俺別にコイツにしてほしいこととか無いし。あぁいや、そう言えば……

 

「俺に服従しろとか言ってたな。良いぜ、なら俺が勝ったらお前が俺ん下に支配されろ。それが3つ目だ」

 

コイツを味方に付ければシャーロックからも文句は出ないだろう。モリアーティに命は渡さず、ワトソン1世も確保し、更なる戦力の増強を図る。我ながら完璧な作戦だぜ。

 

「はっ、ヒトのオスがカーバンクルに勝てることはない。カーバンクルに負けて一生ここで暮らす運命。お前はカーバンクルが飼ってやる。お前は首に鎖を掛けられて、カーバンクルの支配を受ける定めだ」

 

「馬鹿言え。飼われんのは手前だぜ、カーバンクル。今からちゃあんと自分が俺に支配されて飼われる姿をイメージしとくんだな」

 

売り言葉に買い言葉。カーバンクルからすれば本当に俺に負ける気はなくて、俺を支配する気満々なのだろうが、俺だってカーバンクルに負けてやる気は無いし、氷焔之皇を使わなくたって勝算は幾らでもある。だからこその言葉だったのだが───

 

「……?」

 

ふと、カーバンクルが首を傾げる。どうやらコイツはコイツで随分と真面目なようで、素直に俺の言うこと───自分が俺に飼われている姿を想像したらしい。そして───

 

「───わぁ」

 

と、胸を抑えてその内側の高鳴りを抑えるかのようなポーズをとった。

 

「なんだ。なんだ。カーバンクルに今、(まじな)いをかけたのか?お前も呪いを使うのか?」

 

なんじゃそりゃ。て言うか、カーバンクル的には俺に支配される絵面はそんなにドキドキするもんなの?頬まで真っ赤にしちゃってさ。

 

「俺ぁ呪いなんて使えねぇよ。そりゃあもっと別のもんだと思うぜ。それが何なのかは……俺に負けてからじっくり考えな」

 

これはあんまり下手なことを言うと後が大変なことになるやつだと悟った俺は敢えてボカすようにそう言った……筈なのだが、俺の背中から聞こえてくるのはリサとメヌの溜息。それからルシフェリアの「我は主様のこういう言葉にやられたのじゃ」という囁きとエリーザの「分かります」という頷き。

 

「訳の分からないことを───っ!お前は叩き潰して支配してやる、カミ……穴空きのヒトよ!……拝むがいい、貴石の槌、ナブラタン・ガダーの輝きを!」

 

「……いい加減覚えてくれ。俺ん名前は天人。神代天人だ」

 

一体コイツはどうやったら俺の名前を覚えるんだよ。なんてボヤきそうになるけれど、カーバンクルが鋼鉄の棒を、何やら祭壇と思わしきものがある方へと向ける。そこには高さが5メートルほどの半円形の石壁があったのだ。そして、そこには金の針金で同心円状に描かれた魔法陣と思わしき記号。

 

それの手前には赤御影石の台があり、台の周りには赤、青、黄色に緑……色とりどりの宝石が散らばっていた。あれ、全部まとめて売り捌いたらいくらになるんだろうな。あれだけでも一財産だろうな……。

 

と、俺のそんな想像を他所に、それらがカーバンクルの構えた棒の先端に集まっていく。エメラルド、トパーズ、オパールにアクアマリン、ガーネット、ルビーにサファイア、ダイヤモンドもあるな。そんなカラフルで豪奢な夢の宝石群が集まり形を作っていく。しかも床に転がっていた貴石だけでなく、地中からもどんどんと宝石の類が飛び上がってきて、カーバンクルの掲げた棒の先端に集まり膨らんでいく。

 

そして出来上がったのは7色に輝く巨大で美しいハンマー。シアの持つドリュッケンは基本的に飾りっ気がなく無骨な印象を与えるのだが、このナブラタン・ガダーは全くの逆。華美で高価で輝いている。装飾過多で脆いかと思いきやこれを形作っているのはどれもモース硬度の高い貴石なのだ。ただの拳銃程度ではあれを傷付けることはそうそう叶わないだろう。

 

するとカーバンクルはそのハンマーの石突きを地面につき、仁王立ちをした。それに合わせて今度はチャトの女達がそれぞれ大きな壺を運んできた。

 

ゴトリと床に置いたそれに次々に手を突っ込んで中からドロリとした甘ったるい香りの液体を手で掬い、それをカーバンクルの手足や肩やら腹、背中にも塗り始めた。肌がテカっているしあれはオイルの類なのだろう。何か知らんがヒラヒラとした衣装の飾り布を外して水着なんだか下着なんだか分からんような薄布にまでオイルを染み込ませている。

 

俺は一体何を見せられているのだろうか。いや、肌にオイルを塗るのはそれなりに理に叶ってはいるのだ。あれだけヌメヌメしていたら投げ技はすっぽ抜けるし関節技(サブミッション)からも逃げ易くなる。前にリサやユエ達とも()()()()()()でお互いの全身にローションを塗ったことがあるから俺も実感としてそれは分かる。

 

……いや、今は夜のコミュニケーションを思い出している場合ではないな。ともかく、目の前の相手に集中せねば……集中して、いいのか?こんなオイルでヌルヌルテカテカになった完璧プロポーションの美人に、集中して……良いのだろうか?

 

いや、大丈夫だろうよ、だってこれ戦いだよ?決闘だよ?それもちゃあんと(?)腕力勝負。まったく、俺がいつもいつも邪なことばかりを考えていると思っているのならそれは大いなる誤解だぜ。

 

「……そうだ、カーバンクル。これやるよ」

 

浴室でカーバンクルにあの甘ったるいオイルを塗っているところを幻視しそうになった俺は、その妄想を振り払うように宝物庫から取り出したスキットルをカーバンクルに投げ渡す。

 

それを受け取ったカーバンクルは頭にはてなマークを浮かべて俺を見る。

 

「そりゃあお前ん魔力を完全に回復させる水だ。効果の程は、ルシフェリアで試したから確かなはずだぜ」

 

ムンバイからここに来る道中、俺はルシフェリアに、魔力がスッカラカンになるまで魔法を使ってもらっていた。と言っても、俺の氷焔之皇にひたすらPKの類の力をぶつけてもらっただけだけど。

 

ともかく、それで消費させた魔力に対して、この神水は有効に働いたのだ。魔素の回復はしてくれなかったくせにレクテイアの魔力は回復してくれるんだから、何とも面倒な水だな。

 

「……信じろと?」

 

「後になって魔力がもっとあればとか言われても鬱陶しいんでね。疑うんならチャトから連れて来た奴らに1口2口飲ませてみれば?ま、ただの人間に飲ませてもめっちゃ元気になるだけだけど」

 

すると、カーバンクルは近くにいた女の1人にスキットルを手渡した。恭しく受け取ったそいつは手の油でそれを滑らせないよう丁寧に掴み、恐る恐る神水を口にした。

 

「……うわ」

 

それで自分が今までにないくらい元気になったのが分かったのだろう。自分の身体を見回して驚きに目を見開いている。

 

「カーバンクル様。少なくもと安全ではあるようです」

 

と、そいつはそっとスキットルをカーバンクルに返してやっている。

 

「待て待て待つのじゃ主様よ」

 

「んー?」

 

だが、今度はルシフェリアが口を挟んできた。どうやら俺がカーバンクルの魔力を回復させることには反対の様子だな。

 

「せっかくカーバンクルの現在の魔力が小さくなっているのに何故回復させるのじゃ。あのまま押し切ってしまえばよかろう」

 

「だーから、決闘の後で難癖つけられたくねぇから回復させるって言ってんの。……安心しなよ、氷焔之皇が無くたって俺ぁ負けねぇから」

 

心配そうに俺を見上げるルシフェリアの角の間に手を置いて少し撫でてやればルシフェリアは「むぅ」と唸るようにして1歩下がる。その頬は朱に染まっていて、そんなんで照れるルシフェリアをちょっと可愛いなと思ってしまう。

 

「自惚れもいい加減にしろ、痣の男。お前は今この場で叩き潰す」

 

「はっ!俺にそーゆー口聞いて這い蹲らなかった奴ぁいねぇんだってば」

 

スキットルの神水をゴクゴクと飲み干したカーバンクルがそれを俺の方へ投げ返しながら睨む。その身体に魔力が充実していくのが分かる。そして、レクテイアの神とやらは魔力を身体能力の底上げに使うこともできるんだったな。カーバンクルがそれをやると本当にシアみたいだ。

 

「……来な」

 

ちょいちょい、と俺は指先でカーバンクルを挑発する。すると、カーバンクルは怒ったような顔をして

 

「舐めるのも、いい加減にしろ!」

 

カーバンクルはハンマーを大きく後ろに振りかぶった。ハンマーの重量で後ろに片寄った重心のバランスをとるために右脚を臍の高さまで持ち上げてもいる。

 

戦闘が始まったことを察したルシフェリアも急いで後ろに下がっていく。リサやメヌ、エリーザは既に柱の方まで距離をとっていたから問題ない。

 

そして宝槌が振り下ろされる。右脚の震脚と共にハンマーが地面を叩く。それは地表を震源とした地震となり、大地を揺らす。震度は7。だけど揺れた程度で身体をグラつかせる程度の体幹はしていないんだよね。

 

だが俺がブレなくても地面が耐えられるかどうかは別の話。俺の足元の石床はバキバキと割れ、その下の地面もパックリと割れてしまう。空力でヒョイと地割れを避けるが、今度は足元のクレバスから宝石が勢い良く飛び出してきた。

 

それらを纏雷で叩き落とすとさらにその赤雷をカーバンクルへ向けて発射する。だがカーバンクルは素粒子化の魔術でナブラタン・ガダーごと掻き消えると、俺の背後へと瞬間移動の如く回り込み、ハンマーを下から掬い上げるようにフルスイングした。

 

それをその場で前宙を切って躱すとそのままもう一度纏雷を放つ。指向性を持った赤雷がカーバンクルわ貫かんと迫るが、それをカーバンクルは素粒子化を使って回避、今だ空中の俺を叩き潰さんと真横に回り込み、ハンマーを振り下ろす。

 

俺はそれを空力と縮地の合わせ技で回避、カーバンクルと5メートルほどの距離を置いてようやく地面に戻る。するとカーバンクルはさっき俺が撃ち落とした宝石をそのハンマーで撃ち抜き、俺に向けて放ってきた。そんなものは再度の纏雷で叩き落とすが、当然カーバンクルも素粒子化で躱し、再び俺の真後ろへ。今度は俺の脚を打ち砕くつもりの低いスイング。けれどそれも纏雷を放つことでキャンセルさせる。

 

また素粒子化で消えたカーバンクルは今度は俺の真上に逆さまに出現。俺の側頭部を目掛けてナブラタン・ガダーを振り抜いてきた。

 

常人が喰らえば首がもげて脳漿が飛び散るような打撃はしかし、俺の多重結界プラス金剛の合わせ技で受け止める。

 

まさか正面から受け止められるとは思っていなかったのか、カーバンクルの身体の動きが一瞬止まった。その瞬間に俺は纏雷を放つ。だがカーバンクルも尋常の存在ではない。それでも自分だけは素粒子化で逃げ(おお)せると、地面に向けて落下しかけている宝槌をキャッチ。反時計回りの横薙ぎで俺の胴体をへし折ろうという軌道だ。

 

さっき受け止めた感じだとこの宝槌ナブラタン・ガダーは重さ約1トン。今のドリュッケンよりもかなり重い。ドリュッケンの射撃機構は空間魔法も使っているから性能の割にかなり軽いのだ。まぁ、あれには重力魔法も仕込んでいるから、重さはある程度自在なんだけどね。

 

翻って今俺に迫っているのは1トンのハンマー。それも宝石が寄り集まっているから打撃面がかなり凸凹していて、掠めても裂傷が生まれそうなのだった。とは言え、俺に受け止められない重さじゃあないんだよね。

 

「───ッ!?」

 

カーバンクルの驚愕が伝わってくる。俺がトンファーを振り払って横薙ぎの一撃を弾いたからだ。生まれてこの方、きっと宝槌ナブラタン・ガダーの打撃をこんな風にされたことはないんだろうね。

 

今のぶつかり合いで宝石が多少欠けたらしく空中にはキラキラと光り輝く破片が舞っている。俺はそれを吹き飛ばすように纏雷を放つ。

 

カーバンクルは「ぐぅ」と唸りながらも素粒子化で回避。俺の前にこちらも5メートルほどの距離を置いて再び現れた。

 

「いいぞ主様!」

 

「モーイです!ご主人様!」

 

「天人、押してますよ!」

 

「このままなら勝てるでちよー!」

 

と、後ろから応援団の声援が聞こえる。ただ、決闘の最中にその声に応えてやるほどの隙を見せる気にはならず、俺はカーバンクルを見据えたままだ。

 

さて、受けに回ってばかりじゃ芸もないしな。そろそろコチラからも行ってみるか。

 

と、俺は1歩カーバンクルの方へ踏み出した。その瞬間にカーバンクルはハンマーを地面に叩きつける。すると地面からは土の壁が現れた。だが大した強度ではないな。であるならこれは目眩(めくらま)し。

 

そして俺の予想に違わずカーバンクルは俺の真下の地面から現れた。どうやら素粒子化で潜ったようだ。そして俺の首と顔面を掴もうと伸ばした手を───

 

「う……あっ……」

 

トンファーを宝物庫に投げ込みながら、逆に俺が指を絡ませるようにして捕まえてカーバンクルの作った土壁に追い込む。その壁は俺がカーバンクルを捕まえて押し付ける刹那の間に錬成である程度の補強を施してあるからこの程度では壊れない。

 

「それで?」

 

この程度では戦いにもならない俺はカーバンクルの端正な顔に自分の顔を近付けてそう煽る。だがカーバンクルは「う、あ、さ、触るな……」と、顔を赤く染めて目を逸らすだけだ。さっきまでのように素粒子化を瞬時に使って逃げることもしない。しかしこうやって近くでマジマジと見ると本当にカーバンクルは美人だ。身体に塗りたくっていたあのオイル以外にもなんか良い匂いするし。

 

「うぅ……っ!」

 

バン!とカーバンクルが馬のような後ろ蹴りで背中の土壁を壊して俺の手を振り払い、転がるようにしてナブラタン・ガダー を取りに行く。

 

「お、お前やっぱりあの飲み物に変なものを混ぜただろう。お前の顔を見ると心臓が破裂しそうになる。頭もワーッてなる。卑怯者め」

 

「あぁ?……まったく、そりゃあさっきの水のせいじゃないぜ。お前の前に飲んだ奴に聞いてみろよ。アイツは俺を見ても何とも思わねぇから」

 

つい、と俺が顎で示した先にいたのは柱の陰に隠れながらもこの決闘を見ていた女性。そいつは心配そうにカーバンクルを見ていて、もはや俺のことは見ていないようだが、それが逆に、カーバンクルの飲んだ水にはそんな変なものが入っていないのだと彼女にも理解させられた。

 

「なら何だこれは、痣の男、お前の呪いか?カーバンクルを呪うなんて不遜な奴だ。ルシフェリアもこれに屈したんだな、解け」

 

「そりゃあ俺が掛けたんじゃあない。お前が掛かったんだぜ」

 

決闘と言い繕おうとも俺からすればこんなのはまだ戦いにもならない。そもそも、きっとカーバンクルとは言葉を交わす必要があるのだろう。レクテイアと地球、男と女。違う者同士が分かり合うためには会話が必要不可欠だからな。

 

「何が違う」

 

「何もかも違うよ。……いや、1つ同じ部分はあるな」

 

「なんだ、とにかく解け」

 

「無茶言うなよ。そりゃあ俺にゃ解けないよ。俺にはもう、どうしようも出来ない」

 

そう、俺にはどうしようもないのだ。そもそもおれがそうしようとしてしたわけじゃないし。だからリサさん、その怖い感じの笑顔を止めてくださいな……。

 

と、俺は後ろでニコニコ……感情の読めない笑顔をしているリサに怯えつつもカーバンクルに向き合う。

 

「ならお前を殺せば解けるのか?」

 

「さぁね。むしろ解けないんじゃない?まぁ、殺されてもやらないけど」

 

「黙れ。それよりもまだ遅くはない。カーバンクルの下で大地と共に生きろ」

 

なんと、この期に及んでまだ勧誘ですか。この子も諦めが悪いねぇ。けどまぁ、何度誘われようとも俺の答えは変わらない。

 

「それだけ俺のことぉ考えてくれるのは嬉しいけどね。お生憎様、俺ぁカーバンクルの元へは行けないよ。むしろカーバンクルが俺のところへ来い。それなら歓迎してやるよ」

 

カーバンクルが元の力を取り戻してしまったことがシャーロックからの報酬を減額する口実になるのが嫌だった俺はそう言った。だが今の俺の言葉がカーバンクルには変な方向に作用したようで

 

「うぅ。何だかお前の言葉は擽ったいように感じる。何故だ……」

 

と、更に頬を赤らめる原因になっているようだ。うーむ、俺は本格的にマズイかもしれん。いや、シャーロックからの報酬的には何ら問題は無いのだけれど、この後の諸々が大騒ぎになりそうだ。

 

「こうなったら仕方がない。お前を───土に還す」

 

おーらら。遂にカーバンクルは俺を殺す気か。いや、さっきまでもちょいちょい殺意高めの攻撃してたと思うんですけどね、態々言いませんけど。

 

「───土より生まれし者よ」

 

カーバンクルが右手で掴んだのはハンマーの柄に着いていたリング。それを掴みハンマー投げのように腕を伸ばして身体の周りで大きく振り回し始める。

 

更に左手でもしっかりとリングを掴んだカーバンクルはハンマーの軌道を右斜めや左斜めなどに変えて振り回していく。それに合わせて真昼のインドの太陽光がナブラタン・ガダーの宝石に反射して7色に輝く。そんな世界一美しいハンマーに見蕩れそうになるが、カーバンクルがハンマーを振り回しながら左手の小指と薬指だけで器用に俺をチョイチョイと煽る。

 

「来い、痣の男。餞別代わりに先手をくれてやる」

 

「いらねぇよ。てか、俺ん名前は神代天人だ。いい加減覚えろ」

 

「後悔するんじゃないぞ。悪いのはお前だ、痣の男。このナブラタン・ガダーで飛び散らせる。血の一滴まで全て……この大地に」

 

「来な。全部砕いてやるよ」

 

スッと、俺も拳を構える。その拳には多重結界と金剛が張られている。さらに全身の筋肉と骨を変性魔法で強化。

 

「─── أوم(オーム)

 

───大地に還れ!

 

カーバンクルのハンマーが狙うは俺の正中線。そこを真っ直ぐ真上から叩き潰すコースだ。だから俺も、そこに正面から拳を合わせる。それに最近、シアとのトレーニングで身に付けた技術があるんだ。

 

シアはそれを見た瞬間にほとんどマスターしていたけれど、俺はシアみたいな格闘センスは無いから少し手間取ってしまったのだが問題無い。ここで()()を失敗しても別に死ぬわけじゃないし、ここは1つ実践で試してみようじゃないか。

 

俺は足首、膝、股関節と順番に加速させていく。更にそれを腰、背中、肩、肘、手首まで一気に連動させる。前にキンジがやっていてた全身の骨格と筋肉を瞬間的に連動させて爆発的な速度と威力を生み出す技だ。あれをシアは見た瞬間に体得し、俺もシアに付き合ってもらってどうにかモノにした。

 

技の名前は知らない。まだキンジには俺が()()をできることを伝えていないから聞いていないのだ。

 

さりとて俺とキンジでは同じものにはならないだろう。何せシアが言っていたのだ。これは人間の肉体でやっても精々が超音速にようやく辿り着く程度だと。だがドリュッケンのスイングだけで音速の壁を突き破るシアや人間の膂力なんてものを超越した俺の肉体でこれを行えば出せる速度はちょっと音速を超える程度の()()()なもんじゃあ収まりはしない。

 

まだまだ修行不足で完璧な連動とまではいかないから俺の放つこれの瞬間最高速度は控えめだが、それでも俺の持つ電磁加速式対物ライフル並の速度は出せる。

 

 

───パァァァァァン!!

 

 

俺の拳が大気の壁を貫きウェイバーコーンが舞う。俺はそんなの要らないと言ったのだが、シアがどうしてもと言って名付けたこの拳の名前は

 

──崩撃(カノーネ)──

 

超音速の宝槌と超々音速の拳がぶつかり合う。

 

俺の視界に広がったのは、ステンドグラスを砕いたかのような7色の光が乱反射する光景だった。

 

 

 


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