セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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戦車・ミサイル・魔法

 

 

空気の壁を突破した宝槌ナブラタン・ガダーと俺の超々音速の拳、崩撃(カノーネ)がぶつかり合う。その衝突の果ては破壊以外は有り得ない。莫大なパワーのぶつかり合いはしかして宝石の硬さと重みよりも俺の拳の速度と強度が上回った。

 

飛び散る宝石の散弾を魔力放射で吹き飛ばし、振り抜いた拳の残心もそこそこに俺はナブラタン・ガダーを砕かれて崩れ落ちるカーバンクルの身体を支えてやる。とは言え、全身に塗られたオイルのおかげでヌルヌルと俺の手をすり抜けてしまうのでそっと膝を着かせてやるのが精一杯だったが。

 

「……ナブラタン・ガダー……大地の輝きが、光が、失われるなんて……そんなこと……」

 

と、コチラはコチラで光を失ったかのような瞳で砕け散ったナブラタン・ガダーの破片と残された金属の棒を虚ろに眺めていた。

 

「……失われてなんかないさ。大地は蘇るよ、何度でもね。……錬成」

 

カーバンクルの眼前にしゃがんで目線を合わせた俺は、彼女が前を向けるように頬に手を当て、少しだけ顔を上げさせた。そしてバチバチと、真紅の魔力光が広がる。俺の錬成により砕かれた宝石が再び集まり、スルりと俺の手に収まった鉄の棒に輝きは取り戻される。

 

またあの美しい宝槌の姿を取り戻したナブラタン・ガダーを見てカーバンクルの瞳は驚きに溢れていた。

 

さて、綴梅子が前に言っていたな。調きょ……もとい、拷問にはまず相手の権利を奪っていくのが良いと。俺は宝槌ナブラタン・ガダーをカーバンクルの手が届かないように俺の背中側に置いておく。これで武器を使う権利を没収できたわけだ。

 

さて、支配下の女達はカーバンクルが決闘に負けたからこれで没収。残るはこのカーバンクルを完璧に屈服させてこちらの仲間に引き入れるだけだな。

 

「この決闘、俺ん勝ちでいいね?」

 

カーバンクルの顔を上げさせたまま俺がそう告げると、カーバンクルは頬を染めたまま目線を逸らした。どうやら自分の負けだと感じてはいるようだが、まだそれを認めたくないらしい。

 

「それで?俺に支配される自分の姿は想像出来たかい?」

 

そう耳元で囁いてやふと、カーバンクルはビクッ!と肩を跳ねさせた。

 

「よ、止せ!近寄るな、怒るぞ」

 

カーバンクルが手で自分のその大きな胸を押さえて ズリと後ろに下がるので

 

「んー?……逃げるってこたぁ図星なんだな?俺に支配される自分の姿が頭に浮かんだと」

 

俺はその手を取り逆にカーバンクルを引き寄せる。カーバンクルの右手を左手で取り、左肩に右手を置く。そしてカーバンクルの赤い宝石のような瞳を見やると、カーバンクルはきゅぅっ……とまた赤面して押し黙ってしまう。だがその沈黙も一瞬。直ぐにカーバンクルは顔を上げると

 

「ここはカーバンクルの世界じゃない。別の世界。絵や本の中の世界と同じ。そんな世界でカーバンクルが誰かに支配されるなど、有り得ない。あってはならない」

 

と、カーバンクルは頭をブンブン振ってその長いポニーテールを左右に揺らしている。さて、そろそろ終わりにしたいものだ。

 

何せ道中でルシフェリアに聞いているのだ。レクテイアの神はだいたいもう一段階変身を残していると。ルシフェリアもあるし、カーバンクルもそれを持っているとのこと。そこまで急ぎの旅でもないけれど、ちゃっちゃと負けを認めてくれないおかげで後ろからの視線が大変に鋭くなっているのだ。そんなに時間をかけてじっくり口説くのは大変宜しくないだろう。それに、このままだと俺は後でリサやユエ達に自分が誰の男なのか()()()()られてしまう。別に痛いとか辛いとかではないけれど、あの子達を不安にさせるのは良くないことだ。ここいらで1歩引いてくれると助かるのだが……。

 

「どの世界がカーバンクルの世界か、決めるのはカーバンクルだ。だけどね、産まれた世界だけがカーバンクルの世界だとは限らない。もしかしたらこの世界の方がカーバンクルは幸せかもしれない」

 

もうさっさと終わらせたい俺は耳元でカーバンクルの名前をしつこく呼びながら語り掛ける。俺がカーバンクルの名前を呼ぶ度にカーバンクルは喉の奥で唸り声を発するが、耳が真っ赤になっていてその唸り声が威嚇の声でないことが丸分かりになっている。

 

「カーバンクルが一緒にいたい奴がいる世界に居ればいいよ。カーバンクルが一緒にいたい人は誰?そいつはどこにいる?」

 

俺がそう語り掛けるとカーバンクルが俺を見た。その赤い瞳が俺の瞳を掴まえる。その顔に浮かぶ表情は大変に見慣れたもので、俺は内心「またやってしまった」と自己嫌悪すら浮かんでくる。だけどそんなものは外には出さず、俺は敢えて首を傾げる仕草。

 

「うう……うう……」

 

俺の言外の「言葉にして言ってみて?」というメッセージを受け取ったようだが、カーバンクルはただ唸るだけ。だがカーバンクルの額の宝石が輝きを増していた。そして、それに呼応するかのように、そこら中に散らばっていた宝石が浮かび上がる。

 

それらはどれも小粒だったが、エメラルドにトパーズ、ダイヤモンドといった宝石達がキラキラと輝きながら連なり、車のハンドル程度の大きさのリングを形作る。それはカーバンクルの頭上で花冠のように輝きを放っている。

 

どうやら俺の目論見通りに事は進まなかったようで、カーバンクルの体内からバキッバキッ!と音が鳴っていく。これは筋繊維が圧縮されていく音で、俺もよく自分の体内で聞いていたよ。

 

もっとも、俺の時とは違ってカーバンクルの全身に激痛が走っているわけではなさそうだ。ただ、カーバンクルの身体にはこれまで以上の膂力が宿っていくようで、それを証明するように、既にカーバンクルの身体は一回り大きくなっていた。

 

更に足元からは大小の宝石が浮かんでは褐色の肌に吸い付いていき、膝や肘、額や側頭部。さらにお腹や背中に並び、プロテクターとなると同時に美しい紋様を描いていく。

 

まだ宝石は浮かび上がり、カーバンクルの背中を守るように尻尾や背びれのような形を作っていく。そして今やカーバンクルの身長は180センチ程度となり、これまでとは逆に俺が見上げるような上背になっていた。

 

「まだやるのかい?」

 

という俺の問いかけにカーバンクルは1つ頷き

 

「カミシロのことをもっと知りたくなった。もっとお前と関係したい。だけどどうやって接したらいいか分からない」

 

「そうけ。ちなみに俺ぁ名前───天人って呼ばれる方が好きだぜ」

 

何となく、俺の苗字は仰々しいからな。親から貰った大切な形見の1つだけど、呼ばれるならファーストネームの方が好きなんだよな。理由を問われても具体的なものは出てこない、ただの感覚だけど。

 

「そうか、タカト。なら私と戦ってほしい。相撲をしよう」

 

ここからもう1発戦闘かと思っていたから少し拍子抜けしてしまったが、相撲か。

 

「んー?……いいよ、やろうか。でもルールは?相撲って言っても結構色んなルールがあるぞ」

 

日本式、モンゴル式、あとはセネガルにも相撲はあったな。

 

「カーバンクル相撲。両手と両手を繋いで、足の裏以外が地面に着いたら負け。手と手が離れたら引き分け」

 

なるほど、カーバンクル式なんてのもあるのか。でもルールは分かりやすくていいかもな。

 

「オーケーだ。それでやろう」

 

そう言えばルシフェリアもナヴィガトリアの上での戦闘のあと、日本に来てからもずっと俺に色んな戦いを挑んできていたな。エンディミラもテテティとレテティとは決闘で上下を決めたらしいし、レクテイアじゃこうやって戦う以外に分かり合う方法がないのかもしれないな。

 

まぁいいさ。戦うのには慣れている。ここは1つ、レクテイアの、カーバンクルの方法で分かり合うとしようじゃないの。

 

俺はカーバンクルから差し出された手に自分の指を両手とも絡めるようにして握ると、カーバンクルはそれだけで頬を赤く染めている。しかし俺より背の高い女は久々に見るな。俺もそこまで上背が高いわけでないが、それでも日本人の成人男性の平均よりは高いから、特に女を見上げるのは珍しい。

 

だからと言って俺が相撲で押し負けるわけもなく、グッと下半身に力を込めて押していけば、カーバンクルもズルズルと後ろに下がっていく。そしてその度にカーバンクルからは「んっ……はっ……」 と悩ましい吐息が漏れてくる。

 

そしてそのまま上半身を押し込むようにすると、カーバンクルがブリッジをするような体勢になった。

 

「髪の毛は地面に着いていいのか?」

 

と、カーバンクルの長い黒髪のポニーテールの先が石床に着いていることを指摘するが、カーバンクルからは「い、いい……構わない」という返答がある。どうやら髪の毛はノーカンらしい。

 

そしてカーバンクルは魔力を使って膂力を強化。思いっ切りヘッドバットでもするかのように頭を振り抜いてきた。

 

───バオォォン!!

 

という轟音を響かせて俺のデコ目掛けて放たれた頭突きを俺は首を振って躱す。何せ受けたら受けたで逆にカーバンクルの額の宝石が砕けそうだからな。あれが割れるとどうなるのかは知らないが、どっちにせよ痛そうだ。

 

だがその頭突きの勢いでカーバンクルは俺の首筋に顔を埋めるような体勢になり、そこまで密着されると俺の顔もカーバンクルの首筋に押し当てられている。すると俺の鼻を擽るのはカーバンクルの塗ったオイルの香りとカーバンクル自身の香り。それらはまるでケーキとパフェを同時に目の前に出されたかのようで、胸焼けがしそうなくらいの甘美で蠱惑的な香りだった。

 

思わずそこで深呼吸をしたくなるが、流石にそんなことはせずに、俺もお返しとばかりに身体を反らせてからの頭突きをお見舞する。もっとも、そんなのは当然カーバンクルは避けてしまうから、俺達はまたお互いの首筋に顔を埋めることになる。

 

で、カーバンクルはそこから頭突きを再度放つのではなく、自分に塗られたオイルを俺の身体に擦り付けてきた。まるで犬や猫が自分の縄張りを主張するかのようなその行動に、俺の背中側からは大変に冷たい視線が突き刺さってくる。だがカーバンクルはそんなものには気付かず、俺に「好き好き」とでも言うかのように身体を擦り当ててくる。その身体の柔らかさは筆舌に尽くし難い気持ちよさで、こういうことをされると弱い俺は思わずカーバンクルを抱きしめてお互いの身体を擦り合わせたくなる衝動に駆られていた。

 

だけどそんなことをしたら後がどうなるか知れたものじゃないから本能をグッと堪えて我慢。だがカーバンクルは俺の耳元で「ふふっ」と両手を繋いだまま微笑んでくる。その顔がまた可愛くて俺の理性を揺さぶる。

 

物理的な距離は心の距離なんて言ったのは誰だったか、それとも誰も言っていなくて思わず俺の頭に浮かんだだけなのか、語彙力の乏しい俺にはその出処は掴めなかったが、ともかくそんな言葉が頭に浮かび、そして今の俺達の物理的な距離はほぼゼロだった。

 

そしてカーバンクルはグリンと手首を回してきたり、右手を引っ張って左手を押すとか、そういう小技も使っていた。まぁ、その程度を躱すのはわけないのだが、俺の小内刈りも縄跳びを飛ぶようにしてカーバンクルは躱すし、段々と2人でダンスでも踊っているかのようだった。

 

女とダンスを踊るのは帝国でのユエとリリアーナぶりだなぁなんて、懐かしのトータスでの記憶を掘り起こしながら俺はカーバンクルとの相撲(ダンス)に興じていく。

 

カーバンクルが笑っているのを見て、それに釣られてか俺も段々と顔が綻んできた。何だかこれが決闘だと言うことを忘れてただずっと踊っていたいような、そんな不思議な心持ちになっていたその時

 

 

───ヒュルルルルッ

 

 

俺の耳に届いたのはそんな不吉な風切り音。リサ達の方には流れ弾防止のために氷の壁を張っていたのだが、咄嗟にそれを拡大展開。そしてその瞬間───

 

 

───ドォォォォォォンンッ!!

 

 

屋根のない神殿の内側で轟音が炸裂した。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「なんだ……?」

 

あの音は迫撃砲弾だった。しかもこの威力はM374榴弾と言ったところか。神殿内部の石柱が何本も破壊されている。だがそんな石の柱なんかよりも───

 

「───リサ!メヌ!ルシフェリア!エリーザ!大丈夫か!?」

 

気配感知の固有魔法は4人の気配をキチンと捉えている。だが命に別状はなくとも何らかの負傷を負った可能性がある俺は4人の名前を叫ぶ。

 

「大丈夫です、ご主人様。ご主人様の守りのおかげでコチラに怪我人はいません」

 

すると、リサから元気な返事が返ってきた。良かった……取り敢えずアイツらには怪我は無い。

 

「コラ!もっと年寄りを労らんか!まぁワシも怪我なんてしとらんがの!」

 

忘れてたよ、ワトソン1世さんのこと……。まぁあの人も元気そうでよかった。

 

「大丈夫か、カーバンクル」

 

そして、俺は目の前のカーバンクルにもそう声をかける。だがカーバンクルは言葉を返してはこずに

 

「問題無い」

 

とだけ返ってくる。だが彼女の足元には血溜まりができていて、その大きさは彼女から多量の血が失われていることを意味していた。カーバンクルを抱き寄せるようにして彼女の背中を覗けば、カーバンクルの綺麗な背中には榴弾の破片が深く突き刺さっている。これ、常人なら即死している傷だぞ。だがカーバンクルにはユエの自動再生のような魔法があるのか、そんな傷さえも治癒が始まっていた。だが突き刺さった破片を押しのける力は無いのか、泡立つような流血は止まらない。

 

とは言え、この治癒力であればこれを外から引っこ抜いても傷は直ぐに塞がり、致命傷にはならないだろう。

 

「カーバンクル、榴弾の破片を抜く。スゲェ痛いだろうけど我慢してくれ」

 

と、俺は両手を繋いだままカーバンクルの膝を地面につかせ、絡ませていた指を(ほど)こうとする。だが、カーバンクルはそれでこの決闘を終わらせる気がないのか、俺の足技を躱していく。

 

「カーバンクルは痛みなど感じない。痛覚は弱い種族が身に付けた、危険を察知する力。それに、この程度はどうってことない」

 

そりゃこういう時には便利ですね。その治癒力と相まって戦いには向いてそうだな。まぁ、痛みが無いってのも考えものな時はいつか来そうだけどな。実際、今も身体の方が無理矢理に傷を治癒しようとしているのだが、破片が邪魔して中々それも進んでいない。

 

「大丈夫なわけあるか!……それに、カーバンクルが怪我をしているのを見るのは俺が嫌なんだよ」

 

「うぅ……。なら、仕方ない……」

 

と、カーバンクルは俺の言葉に頬を染めて俺に身体を預けてきた。

 

「そうか。じゃあ遠慮なく……失礼しますよっと」

 

俺はカーバンクルの膝をゆっくり地面につかせると、左手でカーバンクルの肩を抱き寄せ、右手を背中側に回す。俺に再び抱き寄せられたカーバンクルが胸の中で赤面しているのを感じるが、今はそれに構っている暇はない。て言うか血流を良くしないでもらいたいもんだね。傷に障るでしょうよ。

 

「……んっ、大きいのは抜けた」

 

だがカーバンクルに突き刺さったと思われる破片はこれ一つではない。幸い背中は宝石で守られているから背骨は無事だったけど、随分な数の榴弾の破片がカーバンクルの背中から彼女の体内へ潜り込んでいるようだ。

 

「ゴメンな。俺が近くにいたのに怪我をさせた」

 

さらにもう1発、榴弾が落ちてきた。幸い狙いは外れて畑の方に落ちたようだが、次弾がいつこっちに飛んでくるか分からない。この砲撃の理由も分からんし、止めようにもリサ達やチャトの女達を守ってやらなきゃいけない。

 

プロペラ音に気付いて顔を上げれば何やらドローンがこちらを見ている。どうやらあれでおおよその狙いをつけているんだろう。俺はシグでそのドローンを撃ち抜いて撃墜し、まずは1つ目を潰しやる。

 

そして、今の最優先事項は───

 

「ダイダラ=ダッダ!!カーバンクルの背中に榴弾の破片が刺さってる!アンタ、元軍医ならどうにかできるか!?」

 

───カーバンクルの傷だ。再生魔法を使ってやってもいいが、可能ならこの子は人間の技術でどうにかしたい。破片さえ抜ければあとはこの子の再生力で傷は塞がるだろうし、さっき抜いた大きな破片の傷はもう塞がりかけだ。跡も残らずに綺麗な褐色の肌に戻りそうで良かった。女の子の肌に何かあっちゃあ男の恥だろう。

 

「おう、任せろ。何とでもしてやるわい」

 

「なら頼んだ。治療の間の露払いは任せろ」

 

この砲撃の狙いをどのようにしてやっているのかが分からない以上、俺の氷の元素魔法をどの程度晒して良いものか悩みどころだ。もっとも、そんなの無くても全員を迫撃砲の嵐から守ることは俺にとってはそれほど難しいことでもないが……。

 

「他の奴らも皆こっち来い。纏まってくれた方が守りやすい」

 

ではもう一度失礼して、と俺はカーバンクルの背中と膝裏に手を回して抱き上げ、自分でもワトソン1世達の方へ歩いて行く。

 

「大丈夫だよ、カーバンクルは俺が守る。……魔力は治癒に回そう。その変化(へんげ)は解ける?」

 

俺にお姫様だっこをされたカーバンクルはもうそれだけで赤面して俺から目線を逸らしているのだが、それでも無言で頷くと、パキパキと音を立ててカーバンクルの背が少し縮む。身体から宝石もパラパラと落ちていき、どうやら変身も解除してくれたようだ。

 

するとそこにワトソン1世達も追いつく。俺は氷の台を作り、そこに宝物庫から毛布を2枚ほど敷くように取り出した。

 

そこにカーバンクルを座らせると、うつ伏せに寝転ぶように言った。するとカーバンクルは「うん」と素直に従ってその綺麗な───しかし今は血塗れで今も出血の止まらない背中を俺達に晒した。

 

「ダイダラ=ダッダ、他に用意すべき環境は?清潔な空気の空間が必要か?」

 

一応カーバンクルの手前、俺はワトソン1世を偽名で呼ぶ。するとワトソン1世は首を横に振り

 

「これだから最近の若者は。ワシは戦場でもっと不衛生で騒がしい場所でも軍人を切り貼りしてきたわい」

 

と、頼もしいことを言ってくれる。ならここはこの人に任せよう。

 

「カーバンクル、技術はヒトを不幸にしたり付け上がらせたりするだけじゃあない。ヒトを救うことも出来る。……見ててごらん」

 

チラリと俺を見上げたカーバンクルにはそう囁いてあげる。するとカーバンクルは「うん」と小さく頷いて腕で自分の顔を覆ってしまう。まぁ、取り敢えず納得してくれたようで何よりだよ。リサ達からの視線は相変わらず冷たいけどね。

 

「まったく、さっきのは治安警察の曲射砲、迫撃砲の音じゃぞ。何でアイツらいきなり戦なんて始めたんじゃ」

 

「チャトの人達は全員無事のようですよ、天人。12人全員」

 

と、頭に疑問符を浮かべているワトソン1世と、何やら含みのありそうな言い回しのメヌ。どうやらメヌにはこの砲撃の理由の心当たりがあるようだ。

 

「メヌら力を貸してくれ。俺にゃこの砲撃の理由が分からん。止めようにも、戦車でも追っかけて叩き潰すしかねぇのか?」

 

正直力技でそれも可能ではある。羅針盤でこの砲撃を行っている戦車を突き止めてそこに重力操作で空中からでも強襲して叩き潰す。やるだけならやれるが治安警察やインド軍───ひいてはインド政府にまで俺の力をそこまで晒す必要があるのか?可能ならばある程度は俺の力も伏せておきたい。でないとこれから先余計な詮索をされても面倒だしな。

 

「分かりました。では小舞曲のステップの如く順を追って説明しましょう」

 

 

 

───────────────

 

 

 

ドサリと、ルシフェリアによってショートカットの女の子が1人俺達の前に運ばれてきた。メヌの推理曰く、この子はインドの治安警察のスパイで、先程の俺とカーバンクルの決闘の最中にでもチクりを入れたらしい。

 

そして、治安警察が何故カーバンクルを巻き込むような砲撃をしたのかと言えば、アイツらはカーバンクルが大人の姿に戻ったことを知らないのだろう。そもそも戻ったのもついさっきのことらしいし。そして頼みの通信機もさっきの砲撃の衝撃で破損。アンテナは折れているし電源も入らない。これでは使い物にはならなさそうだ。

 

そしてその子──ラルと言うらしい──はカーバンクルの様子を見て短く悲鳴を上げて、半分泣きべそをかきながら面倒な事実を喋りだした。

 

「───おいおい」

 

ヒンディー語の分からないリサとメヌにも分かるように俺が慣れない同時通訳をしたところ、どうやら印パ戦争の頃にここは郡の基地だったらしいのだ。そして、パキスタンの空軍が爆撃の際に落とした不発弾───1000ポンド爆弾が遺跡の出口付近の地下5メートルほどに埋まっているらしい。そして、インド陸軍はそれを遠隔で起動できるように改造。そして最悪なことにそれは既に起動されていて、あと数分もすれば爆発するとのこと。

 

「インド陸軍はカーバンクルが地中を自由に移動できることを知っている筈です。ならば敵───私達だけを生き埋めにするために虎の子の爆弾を使うことも理解できます」

 

「ったく、んなもん爆発したらチャトの遺跡が崩壊するだけじゃなくで、この辺一帯の土砂が全部崩れてみんな生き埋めだ」

 

しかも、いくらカーバンクルが逃げられるからと言ってそんな判断が何故即決で降りたかと言えば、軍はカーバンクルの姿を知らない。だから今の治療を受けているカーバンクルは知らない誰かどころか俺達の身内判定らしいし、奴らの知っているカーバンクルの姿がないから既にカーバンクルは逃走。神様のカーバンクルが逃げるんだから俺達も神か悪魔か、確実にぶち殺そうってわけだ。

 

しかもこの子の他11人の女達は治安警察が迫撃砲なんて使ったもんだから怯えて外に出たからないんだとさ。ホントに何もかも裏目だな。

 

ただ、そうやっている間にカーバンクルの背中に刺さった破片は全てワトソン1世が抜き取ったらしい。痛覚が無いカーバンクルには麻酔が要らないから手持ちの手術キットだけでどうにかなったんだな。それにしても凄い手際だよ、この短時間で全部終わらせちゃうんだからさ。

 

「……それならカーバンクルがどうにかする」

 

と、破片が抜けた傍から傷口が塞がっていたカーバンクルが身体を起こした。まだ魔力も多少は残っているようで、あの素粒子化の魔法で爆弾を地中奥深くに埋め直すつもりらしい。

 

「いいよ、そんなことしなくても。大丈夫だ、カーバンクルもここの子達も、リサ達も全員俺が守るよ」

 

そんな七面倒くさいことをしなくても爆弾程度の処理は俺がどうにかしてやれる。俺は羅針盤と越境鍵を取り出し、1000ポンド爆弾の座標を特定。鍵で地中のそこに通じる扉を開く。パラパラと、少し湿った土が零れ落ちてきた。

 

「んな……」

 

ワトソン1世は顎が落ちんばかりに大口を開けている。カーバンクルも驚きに目を見開いていて、コチラはその大きな紅の宝石が零れ落ちそうだ。

 

さりとて、時間が無い俺はそのまま絶対零度を発動。インド軍が改造した不発弾を消滅させる。

 

「はい、終わり」

 

大したことはしていないという認識の俺が振り向くと、リサとメヌはニコニコと、ルシフェリアは何故か自慢げに、エリーザは溜息をついて頭を抱え、ワトソン1世とカーバンクルは驚いたまま表情が固まっている。

 

「……何?」

 

「モーイです、ご主人様」

 

「完璧な働きです、天人」

 

「流石は我が番じゃ、主様」

 

なんて、3人はそう言うけど、エリーザ達は何だか何かを言いだけで、でも言葉が出ないみたいな、傍から見るとクシャミでも我慢していそうな顔をしている。

 

「……タカト、私との決闘では本気を出していないのか?」

 

と、カーバンクルが不満げな顔をして俺を見ている。まぁ、それに関しては言い訳のしようがないことなのだが。

 

「まぁな。今の()()を使えば粉になって逃げてもその粉ごと消し飛ばせただろうね」

 

するとカーバンクルは頬を膨らませてより一層のご不満を現してくる。しかしそんな顔をされても俺からすれば素粒子化で逃げるだけの技と地面から宝石が飛び出してくるくらいの相手ならさしたる驚異ではないんだよね……。そうなると必然、俺の全部を出さなくてもいいかなぁなんて思ってしまうのもやむを得ないと言いますか……。

 

「それよりも……」

 

俺の人外の耳が捉えた音。それは戦車のキャタピラ音だ。音がした東の方を見れば稜線の向こうから見えたのはこちらを確認しているのであろう潜望鏡と通信装置のアンテナ。更に、すり鉢状のここの急斜面をラジコンカーと思われる物が何十台も降りてくる。

 

「エリーザ、あのオモチャは何?」

 

「あれは敵に近付いて自爆するラジコンでち……。それがあんなに……」

 

と、エリーザは歯噛みしているが、その程度のものであれば全部潰すことも簡単だ。だが、これらに加えて稜線から突き出てきたのは125mm滑腔砲。それを砲塔に構える黄土色の戦車はアジェヤMk-1。最新の戦車って訳じゃあないが、車体長は6.86m、重量48トンの1200馬力は流石に拳銃(シグ)じゃ抵抗のしようがない。

 

「じゃあメヌ、任せた」

 

「何をですか?」

 

───ドォォォォォォンンッ!!

 

アジェヤは西側の斜面を削るようにキャニスター弾を着弾させている。どうやら斜面の土砂を崩して俺達を埋めるつもりのようだ。そのための足止めがあの自爆ラジコンなのだろう。

 

ま、負傷者でも出した日にはカーバンクルとの癒着がバレちまうからな。軍人が小銃を構えて突っ込んでこないのはこちらにとっても好都合だが。

 

「何って、作戦だよ。ここから出るための」

 

まぁ、この神殿の真上に天蓋が如く氷で屋根を張って、内側では自爆ラジコンを仕留めつつカーバンクルとルシフェリアにチャトの女達をここに集めさせてから全員まとめて越境鍵で逃げ果せることも可能ではあるのだが……。

 

「恐らく天人の考えた作戦でいけると思いますよ」

 

と、メヌは面倒になったのか俺が丸投げにした筈の脱出手段の考案を再度投げ返してきた。

 

「ま、インドはパスペルミアの扉派だからな。多少の超常は見せても大丈夫なんだろうけど……」

 

あれもこれも見せるのは、できれば裂けたいところである。とは言えこの状況を突破するにはいくつかの魔法かアーティファクトを晒さないとどうにもならないだろう。

 

ルシフェリアも崩れた柱の影からカラリパヤットの弓矢を持ってきて継がえている。更にメヌが俺の左手にやってきてリー・エンフィールドを構えた。

 

「内圧は最大にしてあります。下手な拳銃よりも強力ですよ」

 

「そうけ。なら任せた。俺ぁ大きいやつ担当だ」

 

さて、まずは1つ、アーティファクトを使わせてもらおう。俺は宝物庫から電磁加速式拳銃を取り出すと、こちらにその鼻先を見せているアジェヤMk-1の砲塔に電磁加速した弾丸を叩きつける。

 

───ドパァッ!

 

と、何かを吐き出すような発砲音を置き去りにして、超音速の弾丸が砲身を貫いた。すると砲身が使い物にならなくなったアジェヤは割とあっさりと引き返していく。まずは厄介なデカブツを1つ、稜線の向こうに追いやれたな。

 

だが排除すべき障害はまだまだある。俺のシグとルシフェリアの弓矢で撃退している自爆ラジコンと、稜線越しに山なりで飛んでくる迫撃砲弾だ。

 

迫撃砲弾の方は俺の纏雷によって空中で爆発させているのだが、次々に放ってくるのでキリがない。

 

するとメヌが空気銃のリー・エンフィールドをほぼ真上に向けて発砲。落ちてきたのはインド軍が目の代わりに使っている民生用ドローンだった。

 

「石礫よりも、まずは投げる者の目を潰すべきかと」

 

「おー、さんきゅ。んじゃあ、そろそろ帰るとしようぜ。メヌ、それんカメラ生きてる?」

 

「えぇ。そのためにプロペラを狙って撃ち落としましたから」

 

と、メヌがさっき自分で撃墜したドローンを拾ってくる。俺は紙とペンをラルとかいうチャトの女子に渡してここにいるカーバンクルがあの小さいカーバンクルと同一人物であることと、カーバンクルが怒っているから攻撃を止めろというメッセージを紙に書いてドローンのカメラを通して伝えろと命令しておく。

 

だが俺がそれを伝えた瞬間───

 

 

───バシュゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!

 

 

と、激しい噴射音と共に稜線の向こうから大空に向けて白い煙が伸びていく。その白煙はみるみるうちに伸びていき、遂に300メートルを越えた。

 

あれは対地ミサイル───レフレークス(9M1195)だろう。型は古いものの、強襲科の副読本にも諸元が乗っているくらいの傑作誘導弾だ。しかも問題は、あれの弾頭には炸裂弾(BMX)以外にも化学弾頭や、最悪の場合は小型の核弾頭である可能性だってゼロじゃないのことだ。

 

炸裂弾であれば俺のアーティファクトで撃ち落としてしまっても問題はないが、そうじゃない場合は弾頭の中身が辺り一面にぶちまけられる地獄絵図となる。やるなら一息に絶対零度(アブソリュート・ゼロ)で弾頭ごとミサイルを消滅させるしかない。

 

「……ホント、ミサイルだのなんだのと、人を殺すことばかり上手になっちゃって」

 

レフレークスの高度は1000メートルを越えた。水平打ちじゃ加速しきれない時のセオリー通り、上にぶち上げて加速距離を稼ぎ、最後は赤外線誘導でこの神殿内部に斜め上から叩き込むつもりなのだろう。

 

「カーバンクル、お前がヒトの文明を嫌う理由も俺ぁ何となく理解できるんだ。人間はこんなのばっかり作りやがる」

 

俺は空を見上げ、絶対零度を()()座標を睨む。

 

「けどさ、人間の文明はあんな破壊の道具ばっかりじゃなくて、人間を幸せにもしてきたんだ。だからカーバンクルには、そういう文明も見て回ってほしい」

 

ミサイルが高度を落としていく。やはりここに向かってくるか。だがその赤外線誘導の視線の先は、まったくの()()が待ってるんだぜ。

 

「ヒトは過ちを犯す。それが神たるカーバンクルには許せないのかもしれない。だけどさ、ヒトはその間違いを少しずつ正していけるんだ。それがヒトの強ささ。俺も、ネモと一緒にその手伝いをするつもりだよ」

 

レフレークスがこちらに向けて白煙の尻尾を振り撒いて落ちてくる。

 

「だからカーバンクル、お前も一緒に来ないか?それで見守ってほしい。ヒトの文明も、その歩みも……。俺も、きっと長生きするからさ」

 

もはやその目玉のようなセンサーすら見える範囲にまでレフレークスは近寄ってきている。だがそれが俺の引いた1と0の境界線(アブソリュート・ゼロ)に触れた瞬間───

 

「……分かった。カーバンクルもタカトに着いていく」

 

───炎も神経ガスも放射能も何も発生させることなく、跡形もなく消え去(ゼロにな)った。

 


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