セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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そうだ、異世界へ行こう

 

 

「タカト、決闘の前に飲んだ水、まだあるか?」

 

カーバンクルがチャトから攫ってきた……と言うか連れて来た女達を村に返し、俺達はザンダーラへと帰ることになった。

 

行きと違って帰りはチャトからも車がある。何せワトソン1世はチャトの診療所を次に来る医者に引き払う時に、家具ごと全部売っ払っていたのだ。おかげで彼の荷物は漢方薬の壺だけ。ワトソン1世が直々に運転する引っ越しのトラックの荷台にはたっぷりとスペースがあり、俺達はそこにそれぞれ座ることが出来たのだ。

 

とは言え、バスは宝物庫の中に放り込んだままで、これを町中で放り出すのは具合が悪いから、トラックの荷台に相乗りするのは途中まで。俺はワトソン1世にザンダーラのレストラン・シンの地図座標を送っておき、俺達は再びエリーザの運転するバスに乗り込んだのだった。

 

「んー?うん。まだあるよ」

 

10リットル単位でな。神水はトータスでの決戦に備えて大量に生産したから、浴槽が満杯になる程度には残されている。それに、減りそうなら神結晶を作るついでにまた増やせるしな。実際今も俺の宝物庫の中じゃ神水を垂らしている神結晶が幾つか入っていて、水を出し切ってアーティファクトの素材になるのを待っているくらいだ。

 

「怪我治した分の魔力?」

 

ワトソン1世の処置を受けたカーバンクルはその背中の怪我を数分で完治させていた。だが本人曰く、治療にも魔力は使うようで、それで使用した魔力を埋め合わせたいのだろうか。

 

「いや、そうではない。別に試したいことがある」

 

「んー?」

 

神水なんて怪我が治ることと魔力が全回復すること、あとは栄養失調を補ったりと、そんな程度しかできない。いや、それでも充分に凄いのだけど、結局は失ったものの補填と言うか、回復にしか使えないものなので、これで何を試そうと言うのだろうか。

 

「私の命はさっき返ってきた。ただ、減っていたり形が変わっていた。引き伸ばして直したい」

 

命に形とかあんの?て言うか返ってきたって……どういうことだ?ワトソン1世は何も言っていなかったが……。

 

「命ってそういう風に扱えるんだ……。いやまぁ、()()が命に効くかは分からんけど、まぁいいよ」

 

と、俺はスキットルに入れた神水をカーバンクルに渡す。それを受け取ったカーバンクルは蓋を開けてゴクゴクと一気に中身を飲み干していく。

 

「どう?」

 

「……命に変化はない。うぅ……」

 

と、何やらカーバンクルは悩ましげ。命2つもあるんだから別に片方が減ってたり形が変わってても大丈夫のような気がするんだが、それは命が元々1つしかない種族の知ったかぶりなのかもな。

 

「天人、私の脚を治した魔法では駄目なのですか?」

 

と、俺達のやり取りを見ていたメヌがふとそう尋ねる。だが変成魔法は生き物の肉体に働き掛ける魔法だからなぁ。カーバンクルの2つの命ってのがどんなものなのか俺はよく知らないけれど、変成魔法じゃあどうにもならないような気がする。

 

「んー?……あれは肉体の方に作用する魔法だからなぁ。髪の毛はともかく、カーバンクルの言う命にはあんまり干渉できないと思うぞ」

 

髪は女の命だったか。だけどカーバンクルが今言っている命はもっと直接的なもののようだし、ここは大人しくユエとティオの力を借りよう。

 

「それより、俺ん身内にゃもっと違う魔法が扱える奴がいるから、その子に頼んでみるよ」

 

と、俺は落ち込んでいるカーバンクルにそう伝える。するとカーバンクルは「本当か!」と、表情を一瞬で明るくした。

 

「そう言えば天人、ザンダーラには曾お祖父様とお姉様だけでなく、()()()も来るそうですよ」

 

と、メヌが携帯を片手にそう告げる。ゲスト、ねぇ。正直思い当たる節はないけれど、一体誰のことやら。

 

「リサは知ってる?」

 

ただ、こういう時は大概俺だけが何も知らないものなので、俺はリサにも聞いてみる。メヌの顔には「誰が来るかは秘密です」って書いてあったからな。

 

「はい。ですが、どのような方がいらっしゃるかはその時までの秘密です」

 

なんて、リサからもそう言われてしまう。だけど今のリサの「秘密です」はちょっと語尾が上がっていて後ろにハートマークが付きそうなくらいに甘ったるい声色だった。それに顔の前で人差し指をちょっと振って首を傾けて……つまりはまぁ、声も仕草も可愛いからそれでいいか、ということだ。

 

「……まぁいいか。着けば分かるし」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「やっぱりこうなったのだな……」

 

「まさか、カーバンクル様ですか……?」

 

ワトソン1世は床屋と服屋に捕まっている。俺達はその横を悠々通り抜けてレストラン・シンへと入店したのだが、そこで待っていたのはキンジとアリア、ワトソン、シャーロックの他に2人。銀髪が輝かしいジャンヌと金髪が美しいエンディミラだった。どうやら秘密のゲストとやらはこの2人らしいな。

 

「その耳、エルフ族か」

 

と、カーバンクルもエンディミラを見てふむと頷いている。流石は神様だけあって向こうじゃ有名人らしいな。エンディミラ……と言うかエルフ族もレクテイアじゃそれなりに有名なのか種族そのものはカーバンクルもご存知の様子。

 

「うん。こちら、レクテイアじゃ大地の女神と呼ばれていたカーバンクルさんです。モリアーティの仲間をやめて俺達と一緒に来ることになりました」

 

取り敢えずはカーバンクルのことを知らないジャンヌや、初対面のはずのキンジ達にカーバンクルをご紹介。戦いの中のあれこれは一旦言わないでおこう。後が面倒臭いから。

 

「んで、こっちの銀髪の子がジャンヌ、エルフ族のエンディミラ、あっちの小柄の子が───」

 

「あれはシャーロックの身内なのだろう。それとあっちはあの医者の子孫。似ているから分かる。あとタカト以外の男にはもう興味無い」

 

と、アリアがシャーロックの身内であることと、ワトソンがワトソン1世の子孫は一目で分かったらしい。そういやコイツはメヌのことも直ぐにシャーロックの身内だと分かっていたな。

 

「そう、あの子はアリア。メヌの姉で、シャーロックから見ればどっちも曾孫。あと隣の男はキンジ。ダイダラ=ダッダの子孫はエル・ワトソン。一応これから一緒に戦うんだろうから顔と名前くらいは覚えてくれ」

 

とは言ったものの、この子俺の名前も中々覚えてくれなかったんだよね。大丈夫かな……。

 

「分かった。タカトが言うなら覚える。……ジャンヌ、エンディミラ、アリア、キンジ、エル」

 

と、俺の心配を他所にカーバンクルは1人1人指さしながら名前を呼んでいく。一応、バスの中ではリサとメヌ、エリーザも自己紹介をして、3人の顔と名前は覚えてくれたようだった。

 

まずはこれでこの場にいる人間に対しての紹介は終わりだ。さて、後確認すべきことは……

 

「シャーロック、神秘の器の中に入っていたカーバンクルの命は元に戻った。その代わりにカーバンクルは俺達と来る。あと、その神秘の器も呪いを解いて取り戻した。……て言うか、最初から言えよ」

 

と、俺は半眼でシャーロックを見やりながら今回の遠征の戦果を告げる。それに対してシャーロックはニヤリと小憎たらしい笑みを浮かべながら

 

「それは何よりだよ天人くん。君は僕が考える最高よりも更に上の成果を出してくれた。それで、僕の器はどこだい?」

 

「そうね、まーたアンタは女の子を誑かしたみたいだけど、戦力が増えているわけだし、あたしには関係の無いことだから文句は言わないでおくわ。それよりも、神秘の器っていうのはどんなものだったの?」

 

「あぁ、俺としてもどんな宝物なのか見ていたいな。ちょっと見せてくれよ」

 

シャーロックは全部分かってて言ってそうで、アリアとキンジは取り敢えずシャーロックが大事にしているらしいお宝とやらを見たいだけの野次馬根性っていう雰囲気だな。まったくこの野郎は、人を食うにも程があるぜ。

 

「器は今は床屋で髭と髪を整えている。その後はスーツを仕立てるらしいからもうちょい待て」

 

「は……?」

 

「アンタ、遂に頭壊れたの?」

 

シャーロックの言う神秘の器が人間でありワトソン1世だとは知らない2人からは随分な言葉が飛んできた。ジャンヌとエンディミラを見ればシャーロックをジト目で睨んでいるから、どうやら2人は俺が何を取りに行ったのかは把握しているらしい。

 

とは言え頭壊れたをそのまま肯定してやるわけにはいかないので俺が神秘の器の正体を伝えるべく口を開こうとすると、カーバンクルが1歩出てきてキンジとアリアを睨む。

 

「今の言葉は取り消せ。タカトはカーバンクルと同格以上。タカトを貶すことはカーバンクルを貶すことと同じ、許さない」

 

「な、何よ。……悪かったわね、天人」

 

「だが器が髭や髪の毛を整えたりはしないだろ。意味が分からん」

 

と、アリアはカーバンクルの迫力に一瞬たじろぎ、そして確かに自分の言葉は強かったかと思ったのか素直に謝ってきた。もっとも、2人の疑問はもっともではあるので俺の説明不足な面も……いや、これ何も教えていないシャーロックが悪くない?だいたい、俺が羅針盤を持っていたから答えに辿り着けたわけだが、もしキンジ達が向かっていたら何も分からなくないか?

 

「あぁ。シャーロックが何か仰々しい名前の器だとか言うから悪いんだ。実際、神秘の器とやらは物じゃなくて人だったんだよ。だから髭も生えるし髪の毛も伸びる」

 

俺もシャーロックを睨みながらそう答える。だがシャーロックは俺達の視線なんて何処吹く風。それどころか「よく辿り着いたね」なんて言ってのけるくらいだ。

 

「その器が誰なのか、正体を明かすことはこの場では控えよう。本人の登場を待ってからの方が盛り上がるからね」

 

「……それよりジャンヌ、エンディミラ。また急にどうした?」

 

俺達がインドでシャーロックの依頼を受けて神秘の器を取りに行ったことは皆に伝えてあったが、こういう時にこっちに来るのは大概ユエ達だと思っていたから、ジャンヌとエンディミラがゲストだったのは驚いた。

 

「なに、たまには教授の顔でも拝もうと思っただけだ。それに、天人のことだからな。またレクテイアの神と仲良くなっている可能性もあるし……そうしたらユエ達ではまた戦いになるだろう?」

 

「ですが私達であればそうはなりませんから」

 

と、ジャンヌとエンディミラはカーバンクルを見やり、俺にジト目をくれながらそう答えた。なんと鋭い……実際カーバンクルとはこうなっているし、ユエ達だと確かにこの場で戦闘になってしまいそうだ。

 

「まぁ、確かにな……」

 

「───それより、タカト。彼女達は何だ?お前とどんな関係?」

 

すると、カーバンクルが俺の手を引いてジャンヌ達を見ている。

 

「んー?この子達も俺ん家族だよ」

 

俺はジャンヌとエンディミラを両手で抱き寄せてカーバンクルにそう伝える。それを見たカーバンクルはちょっと眉尻を下げて

 

「家族……番か?」

 

と、俺に尋ねる。俺もそれを否定することなく「うん」と頷く。バスの中じゃリサも俺の家族で嫁だと伝えてあるからカーバンクルもそれで納得したようだ。そしてジャンヌとエンディミラも俺に身体を寄せて微睡むような表情を見せる。するとカーバンクルは「そうか」とだけ呟いて終わる。……思ったより大人しいな。

 

「……どうした?」

 

俺がキョトンと首を傾げていると、カーバンクルはそれにこそ疑問を抱いたようで、こちらも首を傾げている。

 

「いや、()()()はそれ聞いてうるさかったから。思ったより静かだなぁと」

 

俺はつい、とルシフェリアを見やる。するとそこには俺に「うるさい」と言われて頬を膨らませたルシフェリアがいた。

 

「ヒトが、オスとメスで番うことは知ってる。優秀なオスが複数のメスと番うのは自然」

 

お、これは「なら我とも番うのじゃあ!」とか言っていたルシフェリアに比べると随分とアッサリしているな。しかしエンディミラの時も思ったけど、やっぱりレクテイアの奴らはこういうことに関してかなりドライと言うか、功利的だよな。

 

「───それで、カーバンクルとはいつ番う?」

 

あ、両腕が涼しい!右腕は氷でも当てられたように涼しくて左腕は風が吹き抜けたような涼しさ!俺の背中には冷や汗が伝う!

 

「待て待て待て!何がいつそんな話になったんだよ!?」

 

ちなみに後ろではキンジが頭に疑問符を浮かべ、アリアが顔を真っ赤にして拳銃(ガバメント)を抜いたところをワトソンに押さえられ……ていない!?アイツ、アリアに俺を撃たせる気満々だ!

 

エリーザもアリアの剣幕にビビってるし、メヌは当然我関せず……と言うかあの子はあの子で喋ると爆弾を投下するだけのような気がするからまぁいいか。

 

当然こうなった時はリサには何も期待しない。なので俺はルシフェリアに助けを求める他ない。

 

「ルシフェリア、飯屋で拳銃抜いたあのバカどうにかしてくれ!」

 

「えー?でも主様は1回くらい撃たれるべきじゃろ」

 

いや、確かに俺は撃たれても仕方ないかもしれないし大型拳銃(ガバメント)で撃たれた程度じゃ怪我もしないけど、だからって食堂で銃乱射はイカンでしょう。

 

「飯屋で銃乱射とか洒落にならないでしょ!止めさせて!」

 

という俺の叫びとシャーロックの「まぁまぁアリアくん。彼を撃つのは後でいくらでもできる。ここはこの美味しそうな香り漂うレストランの平穏を守ろう」なんていう言葉でアリアも流石にこの場で引き金を引くことは躊躇ったようだ。

 

だが俺を取り巻く問題は何1つとして解決していない。カーバンクルは可愛らしく小首を傾げているし、ジャンヌとエンディミラからは「はよ説明しろや」の視線が痛い。

 

「決闘でカーバンクルは負けた。だからタカトに支配される。そういう契約」

 

そういやそんな約束もしていたな。あの時は売り言葉に買い言葉だったから忘れてたぜ。まぁ、それが何故(つがい)なんて話に繋がるのかはよく分からんが……。

 

「あぁ、カーバンクル。あの時は売り言葉に買い言葉でそういう風に言ったけど、俺ぁ女の子をそんな風に支配したりとかは好きじゃないんだ。だからあれは……俺達と協力してモリアーティと戦うってことだと思ってくれ」

 

と、俺は本音のところを言っておく。俺は別にカーバンクルを奴隷みたいに支配したい訳じゃないし、むしろそんな関係はお断りである。それなら番として家族になる方が万倍マシだ。

 

「分かった。だけど、カーバンクルがタカトと番になりたいのは本心。ルシフェリアと話して、リサやエンディミラ達を見て気付いた」

 

これは大変なことですよ……。どうせ日本まで着いてくるんだろうなとは思っていたから、さてどうやってユエ達に説明しようかと思案していたのに。その上俺にそういう気持ちを抱いているとなると、本当に説明が大変だ。具体的には、俺が()()()()されないような説明をすることが大変だ。

 

「主様よ、これは主様の責任じゃぞ。男らしく責任を果たし、我とも番うのじゃ」

 

と、何故かルシフェリアまで便乗して俺と番おうとしてくる。いや貴女は今は関係ないでしょ。しかも聞きたくなくて敢えて意識を逸らしていたのだが、バスで2人が何かを話していたのは知っていた。まさかそれがそんな内容だったとは……。聞き耳立てておけばよかったな、なんてのは後の祭りか。

 

……まぁ、確かにここでカーバンクルだけを選んでルシフェリアを選ばないのは不義理だと思わないでもないけど。

 

「───待ちなさい」

 

なんかもう俺をジャンヌとエンディミラからかっ攫ってしまいそうな勢いで詰め寄ってきたルシフェリアとカーバンクルだが、その一言で動きを止めた。そして、その言葉を発したのは、メヌだった。

 

「天人は、その2人の前に決着をつけるべき相手がいるのではないですか?」

 

その言葉に俺は思わず押し黙る。メヌの言う通りだろう。まず俺はメヌと決着をつけねばならない。断るのならともかく、そうでなければ他の女の子と家族になるというのはメヌに対して大変不誠実だ。

 

そして、俺にはメヌの前にもまず決着をつけなければならない女の子達がいる。透華達涼宮三姉妹。あの子達とこそ、俺は結論を出さねばならないのだ。

 

「分かってるよ。順番だからな」

 

全てはこの戦いが終わってから。果ては見えている。モリアーティを強襲、逮捕してノアとナヴィガトリアからなるNの潜水艦隊を解体し、戦争と混沌が支配する世界を回避すること。それがこの戦いの目標。

 

「それならいいです」

 

メヌも、今は自分の番ではないことを分かっている。だからメヌはそう頷いた。

 

それをリサ達は呆れ顔で見ていたから、俺は手で「ゴメンね」とだけ返すのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

その後はレストラン・シンでチャイを飲みながら皆でワイワイと駄弁っていた。その頃にはカーバンクルも皆に馴染み始めていた。特に同格の女神らしいルシフェリアやレクテイア出身のエンディミラ、レクテイアじゃ貴族らしいエリーザとは共通の話題も多いようで話が弾んでいた。

 

それにレクテイアにルーツがあることが判明したリサや、魔術の使えるジャンヌもその輪に入り、遂にはこれまでほぼ無表情だったカーバンクルですら微笑むくらいには姦しい声が聞こえてきていた。

 

俺はと言えばそれを眺めながら時折巻き込まれたり追い出されたり……何だか久しぶりに同世代の友達とくぅだらない雑談に花を咲かせたような気がしていた。

 

すると、そこに1人の男性が入店してきた。いや、俺の右眼がその魂を捉えているから、それが誰なのかは確実なのだけれど、どうしても俺はそれを信じることが難しかった。

 

何せその男性の歳の頃は20歳ぐらいで、撫で肩気味の肩線、狭い返り襟、ウェスト高めの型の古い準英国風のスーツをステッキ片手に着ていたのだ。

 

髪柄は七三分けで黒髪、黒い口髭は古めかしくて、けれどそれがまったく変には見えない。二重の目は大きくて少し濃いめの顔。スーツの下に隠された身体には筋肉がしっかりと詰まっていそうだ。

 

そんな風体だから、俺はこの人が()()()だとはにわかに信じられない。だけど、こいつの持っている魂は正しく()()()のもので……。

 

「礼を言わせてほしい、ミスター・カミシロ。武偵───探偵の進化系に出会えて驚くと同時に光栄な気分だよ。それに、君の持つ力には何度も驚かされた」

 

まるでシャーロックが話しているかのような喋り方をする、古臭いガチガチのキングス・イングリッシュ。現代でこんな喋り方をするのはきっと俺とシャーロックだけだろうと思っていたのだが……。

 

「……ダイダラ=ダッダ」

 

俺はコイツの名前──もっともそれは偽名だけれど──を呟く。もちろん驚いているのは俺だけではない、リサやメヌ、ルシフェリアにカーバンクル、エリーザもコイツのことを見て驚いていた。

 

更に、今初めてコイツを見て、しかも聞いた名前は偽名にも関わらずアリアとワトソンはブフゥーー!!とチャイをお下品にも吹き出している。それから2人は目を見合わせてアリアは椅子からずり落ち、ワトソンは地べたに女の子座りで座り込んだ。

 

「うん。僕もかつてそうやって失神したことがある。この世にいないと思っていた者がこの世にいたのを見ると、なるほど腰を抜かしてしまうものなのだね」

 

「ミスター・カミシロ、今は色々聞きたいことがあるだろうけどね。簡単なことだったのだよ。何せ返そうと願った瞬間に、そうなったのだから」

 

そしてダイダラ=ダッダ……いや、ジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世は語り出す。カーバンクルの命の話と、呪いの話と、シャーロックの助力で自分の命を若返らせていたことを。

 

そしてシャーロックまた喋り出す。そのよく動く口は、ワトソン1世の正体を隠していた理由を遂に明かした。しかしそれは半分くらいは遊び心で、ただアリアやワトソンを驚かせたいばかりのようにも思えた。

 

「では改めて紹介しよう。天人くん、キンジくん、僕に続く第4の男、ジョン・ハーミッシュ・ワトソン1世。19世紀からの僕の相棒。ワトソンくんだ」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「じゃあ、約束忘れんなよ、シャーロック」

 

「勿論だとも。僕はこれでも記憶力は良い方だからね。それに義理も守るさ」

 

シャーロックからの依頼をこなした俺達は一旦日本に戻ることになった。日本というか、もう1つの世界に行くつもりだからだ。あっちでもやることがあるし、きっとこの世界にいても俺はこれ以上は強くなれないだろうという予感もあったからだ。

 

この世界の力の頂点は聖痕の力だ。だからそれが蓋をしているこの世界にいても俺はもう新たな力を得ることは出来ない。精々がアーティファクトに新たなアイデアを投入するくらいで、それの元となる発想力だってこの世界じゃ限度がある。

 

だから俺としては新たな力を手に入れられる可能性として別の世界を選び、向こうの日本で新たな想像力を手に入れるつもりだった。

 

そして俺は扉を開く。光が輝き世界の境界が揺らぐ。仄かに香るその匂いはこっちの風の香りとよく似た香り。だけど似ているということは違うということ。俺達はその扉の向こうへと、足を踏み入れた。

 

 

───────────────

 

 

 

「ここが……」

 

「お、ちょうど昼間?」

 

俺達が降り立ったのは香織の家の傍、人目に付かない場所を羅針盤で指定して飛んだ俺の知る日本とは少し違う日本。鼻腔を通る香りは俺の知っているそれとほぼ変わらない、現代文明の匂い。

 

「さてさて香織さんは、と……」

 

と、俺は羅針盤を取り出してそこに魔力を注ぐ。だが俺の希望にそぐはずに香織はどうやら自宅にはいないようだった。

 

「……体育館?」

 

どうやら香織がいるのは市民体育館のような場所のようだ。

 

「……香織は?」

 

すると、特に意味は無いのだがユエが羅針盤を覗き込んできた。どうやら余程香織に会いたいらしい。ユエ、トータスじゃしょっちゅう揶揄っては2人で喧嘩してたけど何だかんだで香織のこと大好きなんだよな。もっとも、本人は頑なにそれを認めようとはしないけど。ま、傍から見ればそれもまた照れ隠しなのは分かってるから尚更愛らしく映るんだが。

 

「んー?ちょっと遠出してるみたいだな。まぁいいや。取り敢えず行ってくるよ」

 

「……私も行く」

 

「私も行くですぅ」

 

「妾も久しぶりに香織の顔を拝むとするのじゃ」

 

「ミュウも香織お姉ちゃんの所いくの!」

 

レミアもミュウが行くなら行くだろうし、どうやらトータス組は皆俺に付いてくるつもりらしい。そうなれば当然に透華達やルシフェリアも一緒だ。勿論カーバンクルだってついて来ている。そんなに大所帯で行っても仕方ない気がするけどな。

 

正直この街が何県の何市なのか知らないし、例え知っていたとしても土地勘の働く土地とも限らない。だから俺は羅針盤だけを頼りに香織のいるらしい体育館へと足を運ぶのだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……大会やってんのか」

 

羅針盤の指し示した香織の居場所は思いの外遠かった。て言うか隣町まで行く羽目になった。途中で面倒くさくなった俺は気配遮断のアーティファクトを全員に配ってティオの背中に乗せてもらうことにしたのだった。

 

「……お、いたいた」

 

竜の背に乗り辿り着いたのは大きな体育館。その2階の観客席に香織はいた。横には彼女の親友である雫もいる。案内板で確認したが、今フロアでやっている競技は剣道だったから雫は自分とこの学校の剣道部の応援に、香織もそれに付き合っているのだろうか。俺が香織達を驚かせようと少し遠くから声を掛けてやろうかと思った瞬間、前に少しだけ見た顔───南雲ハジメ君がやって来た。どうやら飲み物を買ってきたらしい。お優しい彼は香織と雫の分まで買ってきていて、ペットボトル飲料のお茶をそれぞれに渡していた。

 

「香織!!」

 

「───えっ!?」

 

まだ10メートルほど距離はあったけどあんまり近付くと、固有魔法で隠さなければ香織や雫には気配を気取られかねないので俺はこの距離で大声で香織を呼ぶ。

 

香織も、まさかここで聞くとは思っていなかった声に驚いた様子で振り向いた。

 

「た、天人くん!?───それに皆も!?」

 

「えっ!?」

 

香織のその声に雫もこちらを振り向いた。それを見て南雲くんも「えっ?」と当たりをキョロキョロと見渡している。

 

俺は「よっ」と手を挙げて2人に応えてやりながらそちらへ向かう。すると南雲くんもこちらに気付いたようで、キョトンとした顔をしている。ま、俺は彼の顔を見て一方的に知っているけれど南雲くんは俺の顔なんて知らないからな。

 

「な、なんで天人くんが?」

 

「そうよ、急にどうしたの?しかもそんなに大勢で……」

 

「え、えっと……」

 

三者三様、それぞれの困惑が顔に表れている。俺は「ちょっと2人に話があってな」とだけ返して南雲くんを見やる。背はそれほど高くない。少しだけ幼い顔立ちで身体の線も細い。だがその瞳は優しげで、そして見た目よりも意志の強そうな光を灯していた。

 

「初めまして。神代天人だ。……香織達の話は聞いてる?」

 

きっとトータスでの話は多少なりとも香織から聞いているだろうし、ニュースでも散々ぱら取り沙汰されているのも聞き及んでいた。だが俺のことを香織達が彼にどれほど話しているのかは知らないのでその確認。

 

「え、まぁ、少しは」

 

「信じてほしいのは、コイツらは嘘を言っていないってことだけだよ。香織は……向こうで俺ん弟子、みたいなもんだったんだ」

 

「あぁ、それも聞いています。少しだけ」

 

「そっか。……敬語はいらないよ。俺ぁそんなに偉くもないし、歳だけで敬語使われるの苦手なんだよ」

 

と、俺は南雲くんに手を差し出す。握手しようぜってことで。

 

「あぁ、うん。分かったよ。えと……神代、君?」

 

「名字でも名前でも好きに呼んでいいよ。南雲」

 

俺の言葉に南雲は「うん」と頷きながら俺の手を握り返してくれた。その握力は思いの外しっかりしていた。

 

「ちょっと待っててね、今試合が良いところだから」

 

と、俺のお弟子さんは俺の事を華麗にスルーして、もう眼下の試合に見入っている。雫も、まずはそっちが優先らしくちょっと俺に手を合わせて下で行われている剣道の試合に視線を戻していた。俺も南雲に肩をすくめて見せてから香織達の視線を追って下で響く竹刀のぶつかり合う音に意識を運ぶ。それに習ったのかユエ達も皆眼下で行われている剣道の試合に意識を向けた。

 

どうやら今俺の眼下で始まった試合は個人戦の決勝戦のようだった。香織達の学校の選手と他校の選手が向かい合う。それにしても、相手側の選手は随分と背が高いな。女子の部のはずだが180センチは越えていそうだ。上背だけでなく、防具の上からでも鍛え上げられた肉体を持っていることがよく分かる。かなりガッチリした骨格と隆起した筋肉は、男のそれとも張り合えそうなくらいだ。

 

「アイツすげぇな」

 

俺は思わずそう呟いた。実際、試合が始まると強烈な気合いの咆号を上げながら竹刀を打ち込んでいる。だがアイツの剣はただ恵まれた体格と鍛えたパワーに任せたものではない。小賢しいフェイントこそないものの、正確にこちら側の選手の体勢を崩しにきている。考えられた攻め手と、その技術を更に昇華する膂力により、相当の───それこそ剣道だけに限れば強襲科の奴らにも勝てそうなくらいには上手だったこっちの生徒も遂に耐え切れずに竹刀を泳がせてしまった。

 

そして、そんな致命的な隙を見逃してくれるほど相手は甘くない。

 

ハスキーな、そして剣道特有の大きな叫び声に乗せた竹刀の一撃が、彼女を捉えた───

 

試合開始直後に取られた面の1本と合わせて、勝者はあの背の高い他校の生徒だった。

 

そして、試合終了後の礼を終わらせた彼女達だったが、何やら背の高い方がこっちの生徒に何やら話し掛けている。話し掛けていると言うよりもあれは───

 

「なんか揉めてんな。……雫、お前んことらしいぞ」

 

「そうみたいね」

 

トータスで魔物を喰らってから俺の耳はシアのウサミミ程ではないけれど、それでも人間としては広い範囲の音を拾えるし聴き分けもそれなりだと思う。ちなみに中空知の耳の聞き分けの精度だけならシアすらも遥かに凌ぐのでアイツはアイツで凄い耳を持っているなと思う。

 

で、そんな俺のお耳が捉えたのは向こうの背の高い女がこちらの生徒に詰め寄り何やら雫がどうして試合に出ていないのかって話をしている音だった。

 

もしや選手生命関わる怪我かとも心配している辺り、どうやらアイツも悪い奴ではなさそうだ。だが怪我でないのなら、どうして雫はあそこで見ているのだと更に凄まじい剣幕で迫るそいつ。

 

だが雫が剣道部を辞めた理由が至極個人的なものであると聞いた途端、そいつは面をかなぐり捨てるように脱いでコチラを鬼の形相で睨んできた。そしてその視線が雫の横にいた俺も捉え───そして彼女を止めようとしがみついていた向こうの生徒すらも引き摺ってコチラに来ようとしている。

 

「ありゃあもうお前が出ないと引っ込みつかねぇだろ」

 

「……そうみたいね。行ってくるわ」

 

「おう」

 

と、俺は2階から降りようと階段へ向かう雫を見送ったのだが───

 

「何?」

 

それはそれは湿気ったジト目で香織が俺を睨んでいる。今の俺の言動の何が不満だと言うのだろうか。

 

「……分かったよ」

 

その目は俺に「雫ちゃんに着いて行け」と言っていた。アイツが剣道部を辞めた理由なんて俺のせいじゃないだろうが、まぁアイツのあの目線は変な勘違いを起こしているかもだしな。余計なことに巻き込まれるのも嫌だし行ってやるか。

 

と、俺も駆け足で雫に追いつき、仕方なしに1階の試合会場に足を踏み入れた。

 

すると目の前にいたのはやはり背の高いあの女。日本人で俺より背の高い女ってのはそうそういないから中々新鮮だ。

 

そして、そいつは俺と雫をギョロりと見渡すと───

 

「八重樫ぃ!あなた、それでも武士なの!?」

 

試合中にコイツの発した抱合は随分と野太いものだったがあれがまるで冗談だったかのように可愛らしい声でそんなトンチキなことを言い出した。

 

「武士ではありません」

 

そして雫のその至極真っ当な───そして質問が質問だけにやはり傍から見たらトンチキ極まりない回答に俺は思わず頭を抱えるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

問い詰められたのはやはり雫が剣道部を辞めた理由。そんなもの、トータスで与えられた圧倒的身体能力(フィジカルギフテッド)はこの世界の人類とスポーツに興じるには強すぎるからに他ならない。だがお優しい雫さんはそれを素直に伝えるのに少し躊躇い、そしてそのホンの数秒が目の前で怒りを隠そうともしていないMs.ブシに余計な詮索をする隙間を与えてしまった。いや、元々その詮索を持っていた、と言うべきだろう。

 

「なるほど。……信じたくはなかったけど───男に走ったわけね」

 

そいつは俺を見やりながらそんなことを言い出した。ほらな、やっぱりそんな誤解をするんじゃないかと思ったよ。で、雫がそれに何かを言い返す前に何やらとっても怒っているらしい視線が俺に突き刺さる。ガタイの良いその女の視線を見て周りの奴らがビビり散らかしているけれど、そんなの、蘭豹や綴の方が何億倍も怖いんだよね。

 

「くわぁ……」

 

と、たかが剣道が強い程度の一般女子高生に睨まれた程度じゃ凄みにもならない俺は思わず欠伸。

 

「───っ!!」

 

それを当たり前に挑発と受け取ったそいつは俺をさらに強く睨む。周りの奴らは俺の行動で今までより更に輪をかけてビビり散らかしている。

 

「そーゆーの、東京武偵高校(ウチ)の先生達の方が怖いんだよね」

 

斬馬刀背負って事ある毎に大型拳銃(リボルバー)ぶっ放ちバスを素手で横転させてコンクリのプールを拳で破壊するアル中女とか、年中違法っぽい臭いの葉巻咥えながらラリってる拷問大好き女とかに比べたら、コイツなんてアキバのメイド並みに可愛らしいんだよ。

 

「あぁもう!天人も煽らないで!……えっと、それで、どうしてそんなに私に拘るのかしら?」

 

ようやく話が進みそうなので俺は1歩下がって上を見やる。そこでは香織だけでなくユエ達までもがこれ見よがしに大きな溜め息をついていた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

決闘は数日後に行われるとのこと。決闘は犯罪とか言ってはいけない。それ言い出したら俺も逮捕されちゃうからね。俺はそんなものには興味は無いのだが、香織からは"来なけりゃ分解するぞ"的な視線を頂戴してしまったので仕方なくまた来ることにした。けれどそもそも俺の本題は雫の決闘なんかじゃなく、ハウリアの拠点確保と最近また騒がしくなってきたらしいこの世界への対策だというのに……。

 

で、その決闘の前日、放課後の時間に何故か俺は雫に言われて1人で雫の家を訪れていた。それまではユエ達は香織の家や雫の家にそれぞれお泊まりだったり一旦俺達の世界に戻ったり。俺は坂上の家だけでなく、何故だか南雲の親に呼ばれて南雲家にお世話になった。いや、呼ばれて直ぐにトータスどころか武偵についても質問攻めにあったからきっとあの人達は異世界の話をしこたま聞きたかったんだろうなぁ……。俺が答える度に楽しそうにメモ取ってたし。

 

「んー?」

 

そして、呼ばれたものは仕方ない。辿り着いたこのは羅針盤で確かめてもやはり雫の家だ。中には雫がいると羅針盤も示しているし。だがこの広い武家屋敷みたいな雫の家から漂う気配が尋常じゃあない。どうやら家族が俺に会いたがっているからとか何とか言われたが、これ全く歓迎するムードじゃないよね?前に来た時はこんなじゃなかったような気がするんだが……。

 

「まぁいいや」

 

俺は、多重結界も気配感知の固有魔法もオフにしておく。何となく、どんな歓待を受けるのか興味があったのだ。トータスで見た雫の体捌きはただの剣道のそれとは違っていて、どちらかと言えば柔術……それも日本の古武術に近いものがあった。見慣れたところで言えばキンジの戦兄妹だった風魔陽菜やアリアの戦姉妹だった間宮あかりとか、この辺の奴らによく似ていた。

 

実は間宮の方もジャンヌや透華達に調べさせたことがあって、コイツも公的な忍者だったら奴らの末裔だってことが分かっていた。

 

つまりはまぁ、雫の動きはそういう忍者的な奴らの動きに近かったのだ。天之河も同じ八重樫家の道場に通っていたらしいのにコイツはただの剣道家の動きだったので、余計に雫の技能が気になっていた。

 

「……」

 

木製の門に取り付けられた、やや浮いた雰囲気のチャイムを鳴らせば雫の母親と思わしき人物が出て、中に入るように促された。

 

見た目が厳ついだけで特に施錠はされていなかった門を押して開けばそこには日本庭園の様な庭が広がっており、門から玄関まではやや蛇行した石畳が連なっている。

 

それを踏みしめて玄関まで真っ直ぐに歩き出せばすぐ真後ろから殺気。俺は咄嗟に前方に転がるようにして距離を取ろうとすれば、俺の首のあった場所には迷いなんて1ミリも感じられない勢いで白刃が煌めいていた。

 

まったく……強襲科や諜報科でもこんな歓迎のされ方は中々しねぇよ。

 

先に手を出したのは向こうだし、売られた喧嘩は買わなきゃ強襲科の名折れ。俺は1歩踏み込むと忍者刀を構えた男の懐に入り込み、その鳩尾に拳をめり込ませる。そしてそのまま腕を振るってそいつを投げ飛ばし、これまた後ろから俺の頸動脈を狙って振るわれる刃──今度は黒刀だ──をしゃがんで躱すとそのまま肘を振り抜いてレバーに一撃。振り返り様に股間に掌底を入れる。

 

嫌な感触はあるがそれで悶絶する男を放って歩き始めた俺の内腿を狙って地面の中から吹き矢が飛んでくる。

 

それを半歩ズレて避けると今度は屋根の上と、庭に植えてあった立派な松の木から俺の頭を目掛けて十字砲火(クロスファイヤ)のスリングショットで球が放たれた。

 

先に到達した俺の側頭部を狙って放たれた球を、潰さないように捕まえた俺は、デコを狙ってきた奴目掛けてそれを指先で投擲。更に足元の石ころを拾ってそれは吹き矢を放った奴と松の木にいる奴に投げ付ける。

 

どうやらスリングショットから放たれた物は催涙弾のようなものだったらしく、屋根の上に隠れていた奴が悶絶している。そして、ここまで騒げば流石に雫も気付いたらしく、ガラリと玄関の扉を開けて何やら俺の周りでぶっ倒れている奴らに怒鳴り散らかしている。その後ろから透華達が呆れ顔でこちらを覗き込んでいた。

 

取り敢えず向こうには手を振ってやり、ここではこれ以上の襲撃はなさそうなので俺は歩いて雫達の元へ。まったく、玄関に行くまででこの騒ぎかよ。まぁ、こういう歓迎のされ方は慣れてるって言えば慣れているけどね。

 

 

 

───────────────

 

 

 

結局、雫曰く、彼女の祖父と父が俺に会いたがっているらしく、彼らは俺に道場まで来いと言い残したようだった。そして、それに律儀に従っていたのだが、雫が部屋に戻った途端にまたもや襲撃の嵐。壁から槍は突き出てくるわ一部がクルリと回って奇襲を仕掛けてくるわ、角の向こうからは鎖鎌が飛んできたりもした。と言っても、その程度ならどうとでもなるから、俺はいちいち襲撃者を引き摺り出しては適当にボコって放って先へと進んでいったのであった。

 

そして俺はようやく道場にまで辿り着いた。そこには襲撃もなく先回りできたらしい雫と、雫の祖父と父親と思われる人物が白い道着を着て、正座して俺を待っていた。

 

「まさかここまで無傷かつこんなに早く来られるとは」

 

「……それ言っちゃいます?」

 

せめて、今までのは全部手が滑っただけとかにしてほしかったんですけどね。完全に故意なの認めちゃったよ。結局家族が何をやらかすのか心配で付いてきちゃった雫はもう頭抱えてるし。てか雫さんはお家が忍者屋敷なの知らなかった感じです?

 

「しかしなるほど。魔法の道具に頼らずとも相当に強者のようだね」

 

「そうすかね。あれくらいなら東京武偵高(ウチ)の後輩でも大丈夫そうな奴は大丈夫そうですけどね」

 

同輩なら不知火辺りは余裕そう。キンジもヒスれば確実に抜けられる。後輩だとライカはどうだろうな。無傷じゃ無理でも来れないことはなさそう。それに、風魔陽菜とかはこういうの得意そうだな。透華達も今なら聖痕を使わなくても抜けられるだろうか。

 

「さて、では私達と手合わせ願いたいのだが、宜しいかね?」

 

と、雫祖父からそんな申し出が。ま、断ったら分かってるよな?みたいな雰囲気出してる時点でイエス以外の答えを求めていないのが丸分かりですけども。

 

「ちょっとお爺ちゃん!?」

 

「いいよ雫。……良いですよ、売られた喧嘩は買わなきゃ俺が先生に怒られます」

 

俺も一応強襲科だからね。

 

「ふむ。涼宮さん達からも聞き及んではいるが、君らの通う学校は中々愉快なところらしいね」

 

「別に普通ですよ。ちょっと偏差値低めで荒っぽいですけど」

 

ゴメンなさい。本当は偏差値ちょっとどころじゃないくらいに低いと思いますけど、ここは少し盛らせてくださいな。

 

「ふははは。そうかそうか。では……」

 

「私から、手合わせ願おう」

 

まずは雫父から俺とやるらしい。雫は溜め息1つと俺に視線をくれてきた。その目は"やりすぎるなよ"と言っているようだったから俺は「はいはい」とだけ返す。もちろん目線だけで。

 

「始める前に1つ聞きたい」

 

「何です?」

 

「君には流派はあるかね?」

 

「んー、何でもあり(バーリ・トゥード)、ですね」

 

俺は、スキルや魔法を使わない時の戦闘スタイルは基本的にシャーロックから叩き込まれたバリツが基本で、後は八極拳とか色々ごちゃ混ぜだ。故に文字通りのバーリ・トゥード(何でもあり)

 

「そうか。……ではいざ!」

 

と、雫父が俺目掛けて突っ込んできた。俺の襟を掴もうとするその手を払い、右のショートフックをアゴ目掛けて放つがそれは上体を反らすだけで躱される。

 

だが俺は更に左拳でも追撃を掛ける。それも躱されるが俺は右のローキックから左後ろ回し蹴りへと繋げる。それらを少しずつ下がって躱した雫父は、俺の左脚が床に着く前に一息で距離を詰めてくる。俺も、この人達の戦い方は何となく分かっていたから予め力を溜めていた右脚で飛び上がり片足でサマーソルトを放つ。

 

それを無理矢理に転がって避けた雫父は低い位置から俺の膝目掛けてスライディングタックル。それも着地際を狙っての両膝蟹挟みだ。この野郎……何の躊躇いもなく人の膝の靭帯ぶった切るつもりだな。

 

俺はそれをその場で前宙を切って躱す。そして振り返り、スライディングから素早く立ち上がった雫父が立ち上がりの勢いのまま放った中段蹴りを股の力を抜いて躱す。さらに俺はそこから膝や肩も抜いて一瞬で彼の視界から消え、そして床に手を着いて、そこを起点にバネ仕掛けのように跳ね上がりながら彼の側頭部に蹴りを入れた。更に脚を仕舞い、今度は全身をバネにして雫父の腹に両足で腕の力も入れたドロップキックを決める。

 

中段蹴りを卍蹴りで返されたおかげでボディのガードが甘く、彼はそのまま壁まで吹っ飛んでいった。で、俺は強襲科の癖で壁に叩きつけられて沈んだ雫父まで一息に寄るとそのまま肩を蹴り抜───きかけて咄嗟に壁に目標を切り替えた。

 

 

───ダンッ!

 

 

と言う音がこの試合の終わりを告げる鐘の代わりとなった。

 

「……次」

 

俺が道場の真ん中に戻ると雫の祖父もスっと俺の正面に立つ。そしてそれを見て俺はフッと1つ息を入れて───

 

───ダンッ!

 

と、飛び上がり、大して高くない道場の天井に右手を着いて衝撃を吸収しながら左の掌底で天井板を打ち抜く。すると50センチ四方程の大きさに板が外れ、その板の端の方に何か硬い───具体的には人のアゴを打った感触が伝わると共に「ギッ───」という呻き声が聞こえてきた。天板が外れたので俺は右手でその縁を掴みつつ身体を背筋(はいきん)で持ち上げ、その声の主の襟首を掴んで引き摺り降ろす。

 

出てきたのは短いドスを持っていた30歳後半くらいの男性。コイツ、完全に俺を不意打ちで殺す気じゃん。俺はそれを壁際に投げ捨てるとそのまま床に降りながら身体を捻り反転。伸縮式の警棒を振り被って俺に迫る男の腕を取り、背中側へと捻る。そのまま俺はそいつの背中に乗ったまま体重で彼を押し潰し、警棒を奪い取り立ち上がる。

 

何せこの警棒男を制圧した途端に雫の祖父が俺に突進してきていたのだ。しかも踏み込み、縦拳を繰り出すと見せかけて最後に指を俺の眼球狙って突き出してくるオマケ付き。

 

俺はそれを上体を後ろに反らすことで躱し、右手に持った警棒でアゴを砕かんとそれを振り上げる。まぁ、そんな単純は攻めは簡単に躱されるのだが。しかも、横合いから殺気を感じて振り向けば飛んできたのは何本もの苦無(クナイ)

 

どうやら雫父が復帰して投げ飛ばしてきたようだ。あぁもう、流石は忍者だよ、不意打ち闇討ち暗器に乱入と何でもありだ。けど武偵だって何でもあり。この程度じゃやられてやれないよ。

 

俺は投げられた苦無を警棒で逆に雫父へと打ち返した。そして雫祖父の振り被った右拳───と見せかけた左手からの手裏剣の投擲を身体を外に逃がして躱す。更に勢いのままに警棒を、元の持ち主の足元へと投げ付ける。

 

既に立ち上がり、俺の死角に潜り込もうとした彼の足の間に入った警棒は、その男の足運びを阻害し、そのまま転倒させる。

 

そして指を猛禽類の爪のように開いた雫祖父が俺の顔面にそれを突き立てようとしてくる。目を潰す、と言うよりは眼球を抉り出そうというのだろう。まったく物騒な技だ。だけど物騒な技ならこっちも幾つか持っているんだよね。

 

俺は身体を反転させながら床を踏み込み、肩甲骨で殴るようにして雫祖父にぶつかる。更にもう一度反転しながら今度は心臓の真上に掌底をぶち込む。この掌底の瞬間に俺は瞬光を使わせてもらっている。こればっかりは中々難しい技なんでね。

 

俺の掌底を受けた雫祖父は「カッ───」と一言呻き、思わず胸に手を当てながらそのまま膝から崩れ落ちた。明らかに普通に掌底を受けたダメージとは思えないそれに雫が目を見開いている。俺はそれを放って背中側に回り込み、両手で背中と胸を殴る。これも、衝撃が体内で暴れるように調整をしたものだ。

 

そして俺の目論見通り、一旦は()()()()()()()()()()()()()()()()が、俺の乱暴な心臓マッサージによって動き出した。

 

そして、急に心肺が動き出したもんだから雫祖父は咳き込みながら俺を見上げている。

 

「心臓さん、束の間の休息はいかがでしたか?」

 

雫祖父の異常な倒れ方で場の空気は戦闘モードから解き放たれていた。挙句に俺のこのセリフでこの場を支配していた緊迫感は完全に雲散霧消。

 

雫の溜息がやたらと大きく響いた気がした。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「いやぁ、流石は世界を救った魔王というところな?」

 

鷲三さん──雫の祖父──はあっけらかんとした雰囲気でそんなことを宣う。雫の父である虎一さんもそんな雰囲気だし、まったくタフな一族だよ。鷲三さんに至っては一瞬とは言え心肺停止に追い込んだってのに。

 

「これでも強襲科のSランクやらせてもらってるんで。勝てなきゃランク返上ですよ」

 

アリアや理子、ヒスったキンジとかならあの程度なら勝てる相手だ。ま、流石に最後の掌底と蘇生はキンジくらいじゃないと出来ないかもだけど。

 

「て言うか、八重樫流ってやっぱり普通に忍者やってんすね」

 

と、俺が気になっていたことを指摘すると2人とも目を逸らし───

 

「いやいや、忍者なんているわけないだろう?漫画の読みすぎだよ」

 

なんて言われてしまった。いやいや、もう今更隠さなくてもいいでしょう。

 

「いやいるでしょ忍者。俺も知り合い……って言うか後輩に2人はいますよ、忍者」

 

間宮あかりは忍者って言うか暗殺者って感じだけどな、しかも公式の。まぁあれも半分忍者だ。さっき鷲三さんが俺の眼球を抉り取ろうとしたのとよく似た技を間宮も持ってるし。

 

だが俺の言葉は2人には意外だったようで、心の底からポカンとしている。え、忍者ってこっちだとそんなに珍しいの?

 

「だからそんな、誤魔化さなくていいですよ。雫の動き見れば、ここがただの剣術道場からの地続きじゃないことは分かってたんで」

 

「……いや、ここはちょっと雑技に精通しているだけの剣術道場だよ?」

 

どうやら八重樫家の男児はここの秘密を絶対に明かさない腹積もりらしい。まぁそれならそれでもいいけど。無理に聞き出して言質取る必要も無いし。

 

「……まぁ何でもいいですけどね」

 

「それでだな。君を呼んだのは、雫を振った男がいると言うからどんな男かと興味があってね。しかし、想像以上に多芸のようだ」

 

「そうでもないですよ。心臓震盪による外傷を与えない殺害とか、殺し屋(スイーパー)でもないのに使い道ないですし」

 

ここでさっきの掌底のタネ明かし。あれは掌底による衝撃で心臓震盪を起こし、余剰エネルギーで肺の働きも止めて心肺停止状態を作り出す技なのだ。ちなみに外傷もほぼ無い。もっとも、武偵法9条をぶっち切る技だからろくに使えないのだけれど。

 

「それより、こっちはどんな感じですか?」

 

いつの間にやら透華達だけでなく香織の所にいたはずのユエ達もこちらに来ていた。あとはユエが呼んだのだろうか、なんとメヌまでもが八重樫家の道場に集まっている。

 

「ふむ……やはり静かとは言えないね。日本国内にも諸外国からあまり歓迎できない雰囲気の方達も入ってきているようだし」

 

へぇ……。まだまだ色々目ぇ付けられてんだなぁ。

 

ちなみに俺達……と言うか帰還者と呼ばれているアイツらは当然この国からも睨まれている。そりゃあそうだ。白昼の普通科高校から1クラス分程度の人間が急に消え去り、そして2週間もの間何の音沙汰も、そして必死に行われたであろう警察その他の捜索でもってしても何の手掛かりも掴めなかったのだ。それが急に帰ってきたと思ったら生徒は3人足りないし、戻ってきた奴らは奴らで「異世界で魔人族や魔物、神様と戦ってました」なんて訳の分からないことを宣うのだ。しかも1人は完全に塞ぎ込んでいて、周りはその理由を「向こうでの戦いでショックなことがあったから」なんて戦場帰りの兵士かのように語るのだから。

 

あとこれは香織から聞いているのだが、俺の存在も一応話されているらしい。曰く、「別の日本から一緒に召喚された奴で自分らの中で1番強い。私達に危害を加えたら総理官邸と国会議事堂ごと貴方達を消し飛ばします」だってさ。

 

酷い言われようだよな。やるなら人払いしてから建物だけ消し飛ばしますよ、ちゃんと。人死には考慮致します。勿論それが可能であるということは現代の映像記録媒体に残してしっかりとお見せしてある。……いや、本当は何人かのお偉いさんをトータスに拉致って太陽光収束兵器の火力を目の前で見せつけたんだけど。

 

しかもなまじ俺が出張って世間様からの追求や裏手からの調査も全部、まるで潮が引くように大人しくなったもんだから、腕力以外の搦手もあるぞということで向こうも相当にビビっているらしい。

 

それで日本政府と帰還者達は間に代理人を立ててやり取りをしたりしなかったりなのだが、今のそれは服部幸太郎という人物が担わされている筈だ。

 

この人とは俺も会ったことがあるが、正直やり合いたくはないね。何と言うか、公安0課の奴ら程じゃあないけど、それでも充分に強者の香りがするんだよね。ま、これまで割と何人ものエージェントが入れ替わりになったからな。今のこの人は長続きしているらしいから大事にしてやらんとな。

 

エージェントが辞める理由はだいたいが探り過ぎに尽きるし。俺は香織や雫、遠藤に魂魄魔法入りの洗脳アーティファクトを渡してあって、もし国の用意したエージェントが()()()であるようならそれを使って追い返せと言い含めてある。

 

だが今の担当者───服部さんはそこら辺弁えているのか興味が無いのか、取り敢えず今のところはコチラにも深入りせずにいてくれている。

 

そして当然俺達の側も子供達だけで大人と対峙するわけがない。特にこっちには俺がいてやれないのだから……いや、俺はアーティファクト以外は大した役に立ちはしないのだが、代わりにそういう戦いが得意なリサがいない。だからこそこっちもそれなりに()()()()大人の力に頼っているのだ。

 

それが八重樫家の大人達。彼らは警察官にも顔が効くらしい。しかも雫の親や祖父であるから俺達の事情もしっかり把握し、また信じて庇ってもくれる。

 

他の奴らも各々親や家族には自分の魔法を見せてやって信じてもらってはいるらしいのだが、こんな風に大人の世界の戦いを手伝ってもらっているのは八重樫家だけだ。て言うか、殆どの奴らが一般家庭なのでそんなことはさせられないし。

 

「なるほどねぇ……。ローマだかバチカンだかの方は何か聞いてます?」

 

ちなみにイギリスとは良好な関係を築くに至ったので当然そちらにもお願いをしている。イギリスとしても俺達からの好感度が高ければまた異世界(別の日本)の縫製技術や科学技術のお零れに預かれるかもしれないし、何より帰還者達に何かあって俺とマジの喧嘩になれば空間の隔たりを無視できるコチラに対して勝ち目がないので出来る範囲で手伝ってくれているらしい。

 

現金な奴らだと思わんでもないし、何より俺には防弾繊維を除けばそんなにアイツらの利益になるような物は出せやしないから半分化かし合いに近いものがある。アーティファクトなんて配ってられないしな。

 

「いや、そちらはまだ何も。と言ってもまだ数日だからねぇ。そう一筋縄ではいかないだろう」

 

「ですね。まぁ何かあればまた香織辺りが俺んこと呼びつけると思います」

 

あの子俺の扱い雑だからね。

 

「じゃ、俺ぁ暫くこことあっちを行き来してるんで」

 

日本にはあんまり居ないかもだけど。さてと、ずっとこの道場で座り込んでする話でもないからと俺達は立ち上がる。そうして皆でリビングに戻る途中でもやっぱり俺は四方八方上下左右から不意に襲撃されるのであった。

 

ホントこの家は仕掛けが豊富ですね……。

 

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