セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ハウリア隠れ里探索の旅

 

 

目の前に叩きつけられたのはこの国の通貨ではなく米ドル札だった。それも1ドル札が数枚なんて次元ではない。100ドル札が何10枚も纏めて俺とシアが食事をしていたテーブルに乗せられたのだ。

 

俺の目の前で金切り声に近い怒声で「あのボートをこれで買い取る。文句はないな?」と米語でまくし立てた男は量の少ないブロンド髪の中年男性。俺のボートを見て何やらこの店の店員にがなり立てた後、彼らが俺を指差したからかこちらへやってきたのだ。

 

コイツが引き連れてきたのはきっとさっきの高級車に乗っていた仲間内なのだろう。どいつもこいつも暴力で飯を食っている臭いがプンプンするよ。まぁ俺も人のこと言えた義理じゃないけどさ。

 

「悪いけどお断りだ。金をいくら積まれてもあれは売れねぇよ」

 

そんなわけで、俺からすれば怖くもない脅しに屈する必要も無い。金だってあんなもんを売っ払った後でどんなことになるやら。根本的にこの世界の物質で構成されていないのだから、価値から言えば到底こんな()()()金じゃあ届かない。

 

「貴様───」

 

「んー?」

 

しかしやはりこの男はこんな程度の言葉じゃ引きそうにもなかった。俺は仕方なしに強めに威圧の固有魔法をぶつけてやる。すると目の前の男は「ヒィッ───」と、尻もちをついて転がる。

 

すると、黒いスーツに身を包んだガタイの良い男共の間から爽やかな風貌の男が1人現れた。

 

「すまないね、自己紹介もせずに不躾だったのはコチラの方だ。そこで腰を抜かしているのはブランドン、私はウィルフィードだ。どうぞ宜しく」

 

片手を胸に置き、やけに芝居掛かった仕草でお辞儀をしてきたのはこちらもブロンド髪の男。ウィルフィードと言うらしい彼はともすれば俳優かと思うほどに整った顔立ちをしているが、彼からは何の匂いもしない。そう、有り得ない程に無臭なのだ。そんな奴が果たして表の世界の住人だとは思えない。爽やかな顔をしているがコイツも暴力の世界に身を置く人間なのだろう。

 

「こんな場所でこれ程に覇気のある日本人の青年と美しいお嬢様に出会えるとはね。やはり旅とは素晴らしいものだ」

 

仰々しく俺達を見渡したウィルフィードはシアを見やり微笑むとそっと手を差し出した。このキザな雰囲気からすれば手の甲にキスでも落とすつもりなのだろう。当然そんなことをしようとすれば、ウィルフィードの指先がシアの手に触れる前にその手骨を粉々に砕いてやるつもりだ。

 

だが、シアはシアでその差し出された手の意味が分かっていないようで、蒸された川魚の切り身をポスリと彼の手のひらに乗せてやっている。どうやらウィルフィードが飯をたかりにきたと思ったらしい。

 

そんな勘違いに俺は思わず「プッ」と吹き出し、ウィルフィードも顔を引き攣らせている。しかしコイツの胆力は中々のものらしく、そんな顔をしたのも一瞬で、直ぐに「どうもありがとう」とその魚を口にした。

 

「あぁ……で、話はさっきの続き?」

 

「うむ。君達にとっては生憎かもしれないがね。どうしても君達のあの立派なボートを買い取りたい。勿論キャッシュには限りがあるが……」

 

そう言ってウィルフィードが取り出したのは白紙の小切手。ここに好きなだけ数字を書けということらしい。しかし解せないな。あのボートは確かにアーティファクトであり値打ちの付けようもないものではあるが、その真価を分かるような奴ではないはずだ。しかもコイツらは元々はここに通常係留してあるボートを都合する風だったのに。もしくは、予定していた数だけのボートが用意されずに、どうしてもあと1隻の脚が欲しいのかもしれないが……。

 

「我々はレリテンス社の研究チームでね。ブランドンは研究者で、私はビジネスマンのようなものさ。経費で落ちるから好きな金額を書いてくたまえ」

 

おぉ、実際に「小切手に好きな金額を書け」なんて言われたのは産まれて初めてだ。まさか俺がそんなことを言われるようになるとはなぁ……。

 

「……何でボート1隻のためにそこまでする?アンタらは車でここまで来たんだろう?ボートが足りないならもう少し足を伸ばせばいい。ここじゃあ水路は珍しくねぇんだから探せばあるんじゃないのか?」

 

動力源がないのにスクリューだけはある魔力操作のボート。それも詳しく調べればその躯体に使われている物質はこの世界の物ではないときた。そんなものをおいそれと誰かにやるわけにはいかないしな。

 

「我々は時間を無駄にはしたくないのだよ。金で解決できるのならそれに越したことはない」

 

さっきコイツは自分らを研究チームだと言っていたが、小型のボート1隻にそこまで金を掛けられる研究ねぇ……。しかも明らかにカタギじゃない奴らを侍らせて……。具体的な部分までは知らないが、どう見たってコイツらはろくな研究をしていないようだ。

 

「悪いけど他を当たってくれ。なに、ボートの分時間は取られるかもしれないけど、それはその研究の利益になったと思いなよ」

 

こんな僻地でどんな研究資料が得られるのかは知らないが、俺達に関係無いのなら関わりたくはない。ボートだって金で譲れるものじゃあないしと、俺は完全に交渉を終わらせようとしたのだが───

 

「ふぅむ。日本人は妥協が得意と聞いていたのだが。どうやら最近の若者は空気を読むのが苦手らしい」

 

会話の度に瞳から陽気な色が抜けていったウィルフィードだったのだが、ここで完全に声色からも温度が消えた。

 

「こんな昼間っからレストランで拳銃抜く(音鳴らす)方が空気読めてねぇと思うけどな」

 

ウィルフィードの後ろで構えていた5人ほどの男がそれぞれジャケットの腋や腰の後ろに手を回したのを見て俺はそう牽制する。

 

しかしそれでも奴らの1人が止まらずに拳銃を腋下のホルスターから抜いた瞬間

 

「……ッ!?」

 

奴がシアに照準を合わせるより早く、俺も宝物庫から魔力光を迸らせることもなく拳銃(シグ)を取り出してウィルフィード頭に銃口を向ける。

 

「先に抜いてくれてありがとう。これで正当防衛だ」

 

「仮に私を撃ち殺したとして、これだけの人数差でどうにかなるとでも?」

 

ふむ、このウィルフィードとやら、案外肝が座っているな。俺が拳銃を抜いたことには驚いても、自分が銃口を向けられていることにはそれ程の焦りはないようだ。これは中々に場馴れしている人間だな。

 

「どうにかなるから抜いたんだろ?悪いけど、こちとら死ねと言われる度に1ドル貰ってりゃ豪邸が立つんだよ」

 

強襲科のあるあるネタ海外バージョンである。100円でも通じるのかもしれないが、ここはやはり向こうの通貨の単位に合わせてやった方が伝わりやすいだろう。

 

「……何者だ?まさかお前らも"あれ"を狙って?」

 

「あれ?……さぁな。俺ぁただの平和ボケした日本の高校生だよ、偏差値低めで荒っぽいな」

 

「チッ……。ただ悪いカードを引いただけか。人生は常に予想の斜め上をいく……」

 

コイツらは視認できていないだろうが、ドロリとした魔王覇気を漂わせて脅しをかければ寒気程度は感じたようで、ウィルフィードは苦虫を何匹も噛み潰したような顔をして肩を竦めた。

 

「邪魔したね。ボートは他を当るよ」

 

「悪いね」

 

そして背後に控えていた男共を顎でしゃくるとブランドンを担ぎ上げながらウィルフィードは俺達の前から去っていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「天人さん天人さん。私も運転したいです」

 

「駄目、座ってなさい」

 

幅の広い川を魔力操作のボートで上っている途中、ウサミミを風に靡かせていたシアがお目目キラッキラにしてボートの運転を申し出てきた。当然断るけど。

 

「何でですかぁ!」

 

「その柔らかな胸に聞いてご覧なさい。浮かぶでしょう?ワニも流木もボートの強度に任せて蹴散らし進む光景が」

 

シアさんハンドル握ると人格変わる……と言うか道交法なんてぶっちぎってでもその身で風を切るのが大好きな暴走ウサギさんなんですもの。そんな人にハンドルを握らせるわけにはいきませんって。

 

「しませんよ、そんなこと」

 

「……よく車輌科に入り浸ってバイクでコースを爆走してたと武藤から聞いてるけど?」

 

ふいと顔を逸らすシア。しかもこの子、ウサミミがあるから仕方ないのだけれどノーヘルで乗りたがるのだ。まぁ武偵高だからそれでも許されているけれど、シアは絶賛無免許運転なのである。

 

「最近は魔力駆動二輪で夜の公道を爆走してるしな」

 

「………………」

 

やはり無言で目を逸らすシアさん。ちなみに流石に公道でノーヘルは不味いのでシア用にウサミミが出せるヘルメットを錬成で作ってある。耳が出てるヘルメットに意味があるのかは知らない。

 

とは言えヘルメットにも魔力駆動二輪にも認識阻害の機能を生成魔法で付与してあるし、何なら普段使いしないからナンバープレートも付いていないので特定もされていない。

 

シアの反射神経と魔力駆動独特の追随性ならいくら首都高を200キロオーバーで超暴走しても事故になることはないだろうし、流石にそんなことをやらかしたらシアも俺達には申し出るだろうから、それほどそこを心配はしていないけど……。

 

「1人で乗るならともかく、誰かが乗ってる時にはシアには運転させません」

 

何度もお巡りに追い回されているし何なら最近はヘリまで出動する騒ぎにもなっているようだが、フルフェイスのヘルメットとマシンの認識阻害によってもはや男か女かすらも記憶されない。しかもその効力はカメラすらも欺き写真にもボヤけてしか写っていない。ここまで何も残らないとメディアすら出張ってこなかった。

 

「……バイクに乗ることは止めないんですね」

 

「んー?……だって好きなんだろ?」

 

そんな手の込んだことをする必要はあるけれど、シアが走るのが好きだと言うのなら止めはしない。迷惑……は多分に多方向にかけているしルールもぶっちぎっているけれど、怪我人が出ないのなら見逃す他ない。惚れた弱みと言われればその通りなのだった。

 

「………………」

 

するとシアは珍しく黙り込んだままシュルりと俺に抱き着いてきた。舵取りも魔力操作で行えるから運転に支障は出ないのを分かっているな……。

 

そのまま俺の後ろに回り込んでまた抱き着き直してスリスリとその柔らかな頬を俺の頬に擦り当ててくる。

 

俺達は無言のままただ甘ったるいだけの時間をそうして過ごすのだった。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

そのうちに陸に上がった俺達はそのまま熱帯雨林の中をしばらく歩いてる。

 

「そう言えば、昼間のあの人達は何だったんでしょうか?」

 

「んー?……さぁな。ま、嘘は言ってなかったしほっとけ」

 

本当にアイツらは直ぐに動かせるボートが入り用だっただけで、俺のアーティファクトにもそうとは気付かずにそれ以上の価値は感じていなかったのだろう。あの後尾行もされていないからそれほど強い恨みを買ったわけでもなさそうだ。シアも俺の言葉を聞いて「ふむ」とすぐに興味を失ったようだ。

 

それからシアに羅針盤の使用を禁じられつつ何時間か歩いて行くと───

 

「これか」

 

シアが時折30メートル越えの大ジャンプを繰り出して空中から見つけた遺跡。真上からでは生い茂る草木が邪魔をしてその姿を隠していたのだが、どうやら斜め45度の角度からだと辛うじて人工の建造物があることを視認出来るらしい。つまりは、ハウリアの隠れ家にピッタリということだ。

 

「雰囲気ありますね〜。ここだけ草木が密集してて周りより少し薄暗いというのも人払いになりそうですぅ」

 

紅鶴寺でヒノトが作り出した雰囲気を天然で持つここは、確かに人はおいそれと近付きはしないだろう。ついでに俺がアーティファクトを置いて人払いをすればここにはきっと誰も近付こうとはしない人の目の空白地帯になるはずだ。

 

「中入ってみるか」

 

「ですねっ!何だかワクワクしてきました!」

 

冒険心たっぷりなシアにとって人の近寄らない薄暗い遺跡は興味の対象のようだ。俺としては変な仕掛けが施されていなければそれで良いのだけれど、そこはハウリア代表の代わりに来てもらったシアの興味の赴くまま、俺も従うとしようか。

 

 

 

───────────────

 

 

 

それから探索すること15分程だろうか。この建物は平屋で上に続く階段のようなものは無い。窓と思わしき四角い穴が点々と続いているが扉は無く玄関の代わりにぽっかりと入口と思わしき空白があるだけ。それ以外には何も無い。

 

「……思った以上に何もねぇな」

 

「まったく、雰囲気だけはありましたけどねぇ。とんだ期待外れですぅ」

 

いやまぁ俺達が勝手に期待しただけなのだが、何か壁に彫ってあるとかすらない。昔誰かが調査にやって来ていて、そこを削って持っていった形跡も無い。本当にここには何も無かったのだ。

 

「まぁいいや。これがあればこの奥には余程でもない限りは誰も来ねぇし。何も無いなら無いでアイツらもイジりやすいだろ。ちょっと見て回って何もなさそうなら後でカム達にも見てもらおうぜ」

 

「ですね。まだ日が落ちるまでには小一時間程度はありそうですし」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「誰かが遺跡にいるみたいです。それも大勢」

 

案の定何も無かった遺跡周辺を探索した俺達。とっぷりと日も暮れた頃、急ぎ足で遺跡まで戻ろうとしたのだが、途中でシアがウサミミで人の音を捉えたらしい。

 

「こんな時間に?……大勢で肝試しもねぇだろうが」

 

「行ってみます?」

 

「あぁ……。まさかとは思うけどな……」

 

俺は宝物庫から気配遮断のアーティファクトを2つ取り出して1つをシアに渡す。これがあればそこにいる奴らが何をやっているのか隠れずとも目の前で拝めるからな。しかしシアはそれを受け取りつつも身に付ける素振りは見せない。そして───

 

「これがいいですぅ」

 

ギュウっと俺の腕に抱き着いたシアはその柔らかな双丘に俺の腕を埋めた。確かにこうすればアーティファクトは1つでも効果は発揮できるな。

 

「あいよ」

 

俺はシアのおデコにキスを1つ落とすと一旦埋められた右腕を逃がして左手をシアの膝の裏に、右手を背中に回してシアを抱き上げた。

 

「んじゃ、行こうか」

 

「えへへ。はいですぅ」

 

お姫様抱っこがそんなに嬉しいのか紅に染めた顔を綻ばせたシアが俺の首に腕を回して頬にキスをしてくる。それを合図に俺は地面を蹴り、あの遺跡へと駆け出す。

 

そうして舞い戻った遺跡には見知らぬ男共が何やら機材を並べ、投光器で煌々と周辺を照らしていた。

 

しかもあちこちにテントを張っていて、明らかに長期戦の構えを見せている。しかも見る限り外国人……それも多分アメリカ人が20人程度。他にもガイドと思わしきここら辺の奴と、そして遺跡の中の気配からすれば全部で30人はいるだろうか。随分な大所帯でここまで来たらしいな。

 

心当たりはある。あのウィルフィードとか言う奴らだ。アイツらは何かを研究するために来たと言っていて、水路を進むためにボートを欲しがっていた。それもかなりの数。ここには車では来れないし、そうなると最接近するためには水路しかない。この人数と機材の量からすれば当然ここにいるのら彼らだろうと思い当たる。

 

そして、俺の予想は直ぐに的を射ていたことを知る。一際大きなテントの中からタブレットを持った男───ウィルフィードが現れたのだ。

 

「ふぅん。ここにゃあまだ見つかっていないお宝が眠ってるみたいだな」

 

しかもブランドンまで現れて他の研究者然とした奴らに指示を出している。まったく、まさかこんな所で再開するとはなぁ……。

 

「どうします?」

 

「別に。取り敢えずは見届けるけど、あんまり長居するようなら帰ろうよ。多分金銀財宝を掘り返して終わりってわけじゃあないだろうし」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。アイツら、俺のボートには手っ取り早く動かせるボート程度の価値しか感じてなかった。なのにどんな法外な金額でもあれを買い取ろうとしてただろ?俺がどんな数字を書くかも分からねぇのに、だ」

 

俺が国家予算並の数字を書いたらどうするつもりだったのだろうか。そしたらそれを破ってもう1枚の小切手に数字を書き直させるつもりなのかもしれないが、そんな手間を取り、タダでさえ有って無いような信頼を損ねるくらいなら新たなボートを探した方が時間と金額の効率はマシだろう。

 

「えぇと……つまりは、どういうことですか?」

 

「建物や物質の年代なんてもんはその気になれば幾らでも測定できる。つまりあそこにあるのは価値とかいつの時代のものか分かりやすいものじゃあねぇんだろう」

 

仮にあの奥に黄金が眠っていたとして、正直そんなものは売っぱらってしまえばそれで現金になって終わりだ。そもそも、そんなものの為に学者なんて連れて来る必要はないし、あれ程の機材も要らない。正体の分かっているお宝を回収するために必要なものは腕力とスコップとずた袋なのだから。

 

「あそこにはそれこそ……緋緋色金みたいに宇宙から降ってきた物質とか何とか……そんなこの世界にはこれまで存在していなかった物があるんだろうな。そしてそれは、研究次第で継続的にとんでもない利益を産む。ウィルフィード達はそう睨んでたからあそこまで必死なんだろ」

 

「なるほど……」

 

「ま、だからって俺ぁそれをどうこうって気は───」

 

ないけどな、そう言おうとしたその時

 

「───ァアァアァァァッッ!!」

 

遺跡の奥から叫び声が響いてきた。飛び出してきたのは地元民と思わしき男が1人。そいつは顔を抑えながらのたうち回り、やがて動かなくなる。倒れて顔から落ちた手。そのカーテンが開かれるとその顔は───まるで溶けているかのように崩れていた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

アーティファクトで自分達の存在解像度を下げたまま見て回ればどうやらこの遺跡には埋めて隠された地下通路があるようだった。しかもコイツらは明らかにそれがここのどこかにあることを知っていたようで、その為の機材をも取り揃えていた。

 

どうやら先程息絶えた男は秘密の地下通路を暴いている途中で罠にでも嵌められたらしい。だが随分な量の強酸を浴びせられたらしく、骨まで溶かされていたのだがそれはそれで結構な気の入りようだ。

 

どうにも昔ここにいた奴らは随分と用心深く殺意の強い者達だったようだ。

 

それほどまでに厳重に隠された秘密。そして死者が出ているにも関わらずそれの捜索を止めようとしないウィルフィード。一体何が彼らをそこまで掻き立て、そして駆り立てるのか。俺とシアはそこに興味が湧いた。湧いたので錬成で奴らより先に潜って確かめます。

 

「随分と進みましたねぇ」

 

「そうだな。それにしてもここ、ライセンかと思うくらいに罠だらけだな」

 

それも全て致死性の。槍は飛び出すは強酸は吹きかけられるわ槍衾の落とし穴はあるわ炎は噴き出してくるわ。それら全ての罠を正面から叩き潰し、作動していない罠を見つけた傍から破壊はしているのだが、如何せん数が多すぎるからきっと全部は壊しきれていないだろうな。

 

とは言え、それでもどんとこ殺意高めのトラップが作動してはシアが正面から打ち砕いていく。そうして何時間歩いただろうか。

 

───グゥゥ

 

何だか可愛らしい音が致死の大迷宮の奥に響く。

 

「えへへ。お腹空いちゃいましたぁ」

 

「そういやもうずっとこうしてるもんな。……向こうも今日は一旦終わりにするらしいし、俺達も休憩にしようぜ」

 

俺は下に降りる前にクモを数匹地上に残してきている。それで奴らを監視しているのだが、これまでに更に3人もの死者を出してガイドや労働力として雇った地元民が仕事を嫌がり出したのだ。それでも報酬を釣り上げてどうにか引き留めようとしているウィルフィード達だったが、どちらにしろ今日はもうお休みにするらしい。

 

向こうはまだ15メートル程度しか掘り進んではいないから、俺達が追い付かれることもないだろう。

 

俺が宝物庫からソファーベッドやテーブル、イスを取り出している間にシアも自分の宝物庫からキッチンセットを取り出していく。そうして直ぐに簡易的なリビングルームを完成させた俺達は、シアの作る料理に舌鼓を打つのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

目の前にあったのは白骨死体だった。

 

翌朝、探索を再開した俺達は遂にこの遺跡の最奥へと辿り着いたのだった。だがそこで俺達を出迎えたのは、いつからあるのかも分からないような完全な白骨死体。風雨には晒されていないからかあまり風化は進んでいない。

 

それが1人分。鎧や武器も辺りに落ちている。そう、たった1人分だ。ライセン大迷宮もかくやという程に致死性の罠に塗れたこの迷宮においてようやく1人目の死体だった。そしてそいつの背後にあったのは閉じられた扉。窪みがあり、どうやらどこかで鍵を探してこなければならないらしい。とは言えここはトータスの大迷宮ではない。事ここに来てそんな手間は掛けられない。

 

俺は錬成でその扉をバラバラにしてしまう。インゴットでできていたそれは俺の魔力にろくに抗うことも出来ずにその姿を崩して最奥を献上した。

 

「……女か」

 

そこにあったのは恐らく女の死体。これもやはり骸骨となり果てている。そして、その骨が後生大事そうに抱えているのは1つの箱。6畳程度の広さのガランとした部屋において、ほぼ唯一の無機物だった。

 

「アイツらはこの箱を……?」

 

「この人には悪いですけど、中を見てみましょうよ」

 

どうやらシアはこの冒険と厳重に厳重を重ねて秘されていたこの箱に随分と興味があるらしい。俺はシアのキラキラお目目に押されながら骸から黒い箱を抜き出す。

 

この金属製の箱はどうやら溶接されているみたいだった。鍵穴も無く、そもそもこれは封印することそのものが目的だったのではないかと思えるほどだ。

 

しかしどんなに固く閉ざしていようと、それが鉱石や鉱物で構成されているものであれば俺にとっては大した障害ではない。俺は箱の中央に指を触れ、そこから錬成の魔法を行使しようとして───

 

「───駄目です天人さん!!」

 

バシン!と、シアが俺の手からその箱を叩き落とした。

 

「……まさか」

 

シアがそうする理由はただ1つ。そう……

 

「久々に見えました。その箱を開けて……私が死ぬ未来が」

 

シアの固有魔法───未来視。それはシアが死ぬという数秒先の未来を見せるもの。もっとも、未来とは確定した事象ではなく、その瞬間に見た未来と違う選択肢を取れば全く別の現実となるのだが。

 

シアがウサミミの毛を逆立てて警戒しているそれを俺は何の気なしに手に取る。さて……

 

「これ、開けた時に俺も死んでた?」

 

「いえ。天人さんは生きてました。ただ、氷焔之皇で無効にしたという感じではなかったですぅ」

 

「んー?……すると、効いたのは多重結界かな」

 

て言うか、氷焔之皇を貫通するってことはこれ物理攻撃じゃんね。それもシアの肉体をも破壊する超火力。よく俺の多重結界でどうにかなったな。

 

「どうします?それ」

 

「どうするってなぁ。開けたらシアが死ぬような何か不明なものをおいそれと開けるわけにもいくまいて」

 

まぁ別に開けて死んでも死者蘇生のアーティファクトはあるのだが。しかも俺が無事ということは直ぐにそれを行えるのだ。それほど大した問題ではない、ないが、それはそれとしてシアが死ぬところは見たくない。

 

「さてさて、アイツらはこれの正体を知ってるんだろうな」

 

「えぇと、何さんでしたっけ?」

 

覚えてないんかい。結構印象に残る奴だったと思うんだけどな……。

 

「あ、いえ。顔は覚えてるんですよ?ただ、名前がちょっと……」

 

可哀想なウィルフィードさん。訳も分からず魚の切り身を恵まれた挙句俺達には出し抜かれ、そしてシアからは名前も覚えてもらえていないなんて……。

 

「……ウィルフィードな。あれだけの機材装備を揃えて金もかけて研究者みたいな奴らまで大勢引っ張ってきて……これがある程度何なのかの目処は立ったんだろ」

 

「ですね。聞きに行きます?」

 

「んー?そういやアイツらがどっから出てくるのはよく分かんねぇんだよな。……まぁ上に戻れば合流できるだろ。アイツらがここで無駄に捜索しないためにもメッセージだけ残しとこう」

 

と、俺は壁に分かりやすく錬成でメッセージを残していくことにする。メッセージはそうだな……

 

───ガコンッ!

 

「……え?」

 

急に背後で響いた嫌な音に俺は思わず振り返る。そこにはウサミミを跳ね上げさせているシアがいて……

 

「……シア、何したの?」

 

「い、いえ。私はただこの骸さんを地上に───」

 

シアはパンドラの箱を抱えていた骸骨を抱き上げようとしていたらしい。そして、その骸が動いたことで何らかの装置が作動した……のだろう。

 

何せ遺跡から地鳴りのような音が響いてきていて、シアが持ち上げた女の骸があった箇所の石畳が少しだけ浮き上がっているのだから。

 

なんで金属製の箱を持ち上げても作動しなかった罠が骨を持ち上げただけで作動するのか……。しかしそんな疑問はチョロチョロと俺がメッセージを掘っていた壁から漏れてくる水音によって掻き消される。

 

振り返れば、ビキビキと音を立てて壁が崩れていく。そしてその奥からはどんどんと水が溢れ出てきていて……

 

「嘘でしょ……?」

 

残念水責めは現実です。

 

そう言わんばかりの轟音と共に一息で四方の壁が崩壊し莫大な量の水が雪崩込んでくる。まるでライセン大迷宮から強制排出された時のようだ。

 

そして岩と水圧で大迷宮へと押し流された俺達は水流にもみくちゃにされながらもどうにか水面から顔を出す。

 

「シア、大丈夫か!?」

 

「はいですぅ!」

 

直ぐにお互いを抱き寄せあった俺達だが、さっさと越境鍵でどっかに逃げようとする前に

 

「た、退避ぃ!逃げろぉ!!」

 

前の方からウィルフィードの絶叫が聞こえてくる。どうやらここを掘り進めていたらしい。しかしいくら逃げようとしても鉄砲水の速度に人類の脚力が敵う訳もなく一瞬でウィルフィード達もこの濁流に巻き込まれた。

 

「お久しぶりですねウィルフィードさん!」

 

「日本の青年!?何でここに……っ!?」

 

「ただの通りすがりですよ?」

 

「斜め上すぎるぞ!嘘をつくにしてももう少しマトモな嘘はないのかねっ!?」

 

そしてその直後には足元の通路がパカッと開いて俺達は莫大な水量と共にどこかへ流されていくのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「はぁ……酷ぇ目に遭った」

 

まさか地球でもあんな風に流されて放出されるとは。

 

「本当ですねぇ」

 

浅瀬に降りた俺とシアはお互い苦笑いでずぶ濡れになった服を絞っていく。ここは気温も高いが湿度も高い。放っておいてもあんまり直ぐには乾かなさそうだなぁ。

 

「人生はいつもいつも予想の斜め上をいく……っ!おい青年!どういうことか説明してもらおうか!」

 

すると、一緒に吐き出されたウィルフィードが被りを振りながらコチラにズカズカと歩いてくる。どうやらブランドン他、一緒に流された15人ほども無事なようでそれぞれ呻きながらだったり頭を振りながらだったりしながらもしっかりと立ち上がってきた。

 

「タオルいる?」

 

「どうもありがとう!それで?どうして君達がここへ……いや、その箱を見れば分かるとも」

 

俺が投げ渡したハンドタオルで顔や頭を拭きながらウィルフィードは俺の手にある黒い金属の箱を見る。なるほど、やはりコイツはこれが何なのかある程度は分かっているみたいだな。

 

「知らねぇな。俺達ゃたまたま拾っただけだぜ」

 

実際、この箱の中身については推測はあってもキチンと把握しているわけではない。しかもあそこにあるのがこんな箱だとは思っていなかったのだ。特に嘘は言っていない。

 

「この際君達のことは置いておこう。どうやって我々より先んじたのかもだ。……さて、先日のレストランの続きだ。その箱を我々に売ってもらいたい。勿論言い値で払おう」

 

しかしこの男、まだ金で解決しようとするのか。ま、ここでいきなり腕力に頼らないあたりはまだ理性的と言うのか、盲目と言うのか……。もっとも、その瞳の奥には冷たい殺意ばかりが見え隠れする。ここでこいつの小切手とこの箱を交換する分には後ろから撃たれる心配も、夜道で背中を気にする必要も無いのだろうが、明らかに人を殺すこれをコイツらに渡したとして、未来視の無い俺にだってろくな未来は見えないんだよな。

 

「この箱の中身を知っているんですか?」

 

すると、俺が何かを言う前にシアがウィルフィードに訊ねる。

 

「知っているとも。君達もだろう?そうでなければあそこで再開するはずもないし、このタイミングでそれを手にするはずがない」

 

「それじゃあ、この危険物を……えと……」

 

「ウィルフィード」

 

「───さんはどうするつもりなんですか?」

 

シアさん、マジでこの人の名前覚えていないのね。ウィルフィードも俺にハンドタオルを投げ返しながらも呆れ顔だよ。

 

「───別に、アンタらが何に使うと言おうが売る気も渡す気もない。俺ん調査能力ならアンタらが……仮にビジネスであっても世の中への貢献に使おうとしていたのかどうかは後で分かる。だからこの場での回答は1つ、ノーだ」

 

「そうか。……ならば仕方ない」

 

つい、とウィルフィードが手を振れば周りにいた男共が懐や腰から拳銃を抜く。さっきから隠れて弾倉や銃身の中の水分を取り除いていたのは知っていた。コイツらだって馬鹿じゃあない。レストランでのやり取りで、最悪俺達と戦闘になることは想定していたのだろう。

 

それだけではない。遺跡の方からも大勢の人間が駆けつけてくる気配がある。当然そんなの待ってやらないけどね。

 

俺は宝物庫から拳銃(シグ)を取り出すとそのまま発砲。仕舞っちゃいないから不可視の銃弾(インヴィジビレ)ではないけれどこの早撃ちに反応できたものはおらず、銃を構えた男共の肩を弾丸が貫く。

 

「ぐわぁっ!」

 

どうやら誰も防弾繊維の服を着ていないらしい。そういやこの世界には防弾繊維なんてものはそうそう無いんだったか。そして俺は宝物庫からもう1つ取り出す。それはただのスタングレネード(M84)。トータスの鉱物でなくこの世界でも手に入れられるただの量産品である。だが向こうもただの人間。これで効果は充分である。

 

───カッ!

 

と、俺が手元から投げた数瞬後には眩い閃光を放ち甲高い音を掻き鳴らす。その光と音に紛れて俺は宝物庫からボートを取り出してシアと共に乗り込む。すぐさまスクリューに魔力を流してボートを動かした俺達は、一息の間にウィルフィード達の前から姿をくらますのだった。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

「意外ですね〜」

 

パタパタとウサミミを風に靡かせているシアが呟く。

 

「んー?」

 

「さっさと越境鍵で逃げなかったので」

 

「あぁ。どうせ地元の奴らに聞いたって何も出てこないからな。それに、奴らぁ素早く動けるギリギリの人数で来るだろうし、ここなら人目も無いから何だって使い放題だ」

 

そして俺の予想通り、ウィルフィード達は自分達で用意したらしい足の速いボート5台に分乗してそれぞれ追ってきた。それも全員が銃火器で武装したガタイの良い男共。現地で調達したガイド達は放ってきたらしいな。

 

しかもダラダラと走っていて俺達に対して一気に距離を詰めたウィルフィード達のボートから覗くのは幾つもの銃口。お揃いのアサルトライフル(FN SCAR)を構えたそいつらはセミオートでダダッ!ダダッ!と熱帯気候の朝の中に銃声を響かせて弾幕を張ってくる。

 

んー、この距離だと拳銃(シグ)は届かないな。俺は通常の銃火器は拳銃しか持っていないのだ。別にイギリス保安局から武器供与を受けているわけでもないしな。アサルトライフルの距離で戦われると俺は聖痕か魔法を使うか、アーティファクトの類に頼らざるを得なくなる。

 

仕方なしにトータス製の大型拳銃を抜いた俺は、その本領を発揮させることなく引き金を引く。

 

とは言えトータス特有の火薬と錬成でもって作られたこの拳銃の威力と射程距離は地球の同サイズの火器の比ではない。

 

しかも弾倉を差し替えて放ったのはいつもの弾丸ではなく空間魔法を付与した爆砕弾。銃弾の弾頭に付与した程度で作動させられる魔法の規模なんてユエの放つ空間爆砕とは比べるべくもないが、そこは腐っても神代魔法。手前の水面に叩きつけた1発で奴らのボートを1隻宙に打ち上げひっくり返す。

 

そしてもう1発放った弾丸がボートのエンジン部分を破壊する。それにより爆発炎上したボートから組員が吹き飛ばされていく。

 

「さ、散開!散れ!散れ!!」

 

するとウィルフィードがボート3隻を散らせた。今度は通常の弾頭で俺達の左右に回り込んだ奴らのアサルトライフルを撃ち砕く。更にボートにも風穴を開けて1隻沈めると、もう1隻に乗っていた男の1人がロケットランチャー(RPG-7)を取り出し、それを無遠慮に放つ。

 

だが俺の拳銃弾の火力であれば例え相手が携帯型の対戦車榴弾だろうとその弾頭を撃ち砕ける。

 

虎の子の1発を空中で撃墜されたそいつは顔を恐怖に歪めているが、そんなことを気にする必要はない。そいつのボートにも弾丸をくれてやり沈める。

 

「───冗談じゃない!斜め上が過ぎるぞ!」

 

ウィルフィードが血相を変えて叫んでいる。だがそうは言いつつも奴から放たれる弾丸は先程までの誰が放ったものよりも正確無比だった。とは言え、それだけと言えばそれだけなのだが……。

 

「馬鹿な……」

 

ただ正確なだけじゃあ俺に銃弾を当てられるわけもなし。銃弾で銃弾を撃ってそれらを全て叩き落としてやると、ウィルフィードが今度は一緒に乗っていた男からSCARを奪い取ってセレクターを入れ、しっかりとストックを肩に当てて固定してフルオートで弾丸をぶちまけてきた。さてさて……俺も練習の成果を見せなければ……。

 

「……そんなことが」

 

放たれたのは30発の5.56mm×45弾。ただしそれが俺やシア、ボードを傷付けることは無かった。それらは全て俺が抜き直したシグから放った9mmルガーで軌道を逸らしたからだ。ただしシグの装弾数はSCARの半分程度。弾倉の差し替え無しでは手数が物理的に足りない……というわけで俺はルガーが5.56mm×45弾を弾く時に逸れる角度を調整して1発で数発の弾丸にぶつかるように放ったのだ。

 

そしてもう片手で放ったトータス製の弾丸がウィルフィードの乗っているボートのエンジン部をはかいする。それで完全に動きの止まったウィルフィード達に俺はゆっくりと自前のボートで近付き───

 

「さてさて……ゆっくり語り合おうじゃないの」

 

背中からドロリと魔王覇気を垂らしながら微笑むのであった。

 

 

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