「お邪魔しまーす」
俺が訪れたのはとある日本の一軒家───と言うか遠藤浩介の実家だった。
日本やバチカンでの悪魔騒動が一段落つき、俺の次なる寝床はこの家になった。しかしあれだな、こうやって知り合いの家を転々としているのとまるで家出少女のような気分になるな。
家出少女と言えば明磊林檎は元気にやれているだろうか。父親とは和解できたし、クラスメイトも良い奴らばかりで、待ち望まれていた復帰だったようだから、問題ないとは思うけど。
「やぁ、いらっしゃい」
俺を出迎えてくれたのは遠藤の父親だった。するとその奥からトタトタと天然物のウサミミを生やした美人───ラナ・ハウリアがやって来た。
「ようこそ、ボス」
そして遠藤の父親の横で片膝を着いて恭しく俺にご挨拶。ラナのその様子に遠藤の父は目を見開いて俺とラナを交互に見やる。
「んっ。今日はお世話になります、
いい加減コイツらのボス呼びを訂正するのも面倒臭くなった俺はそれだけ返すと遠藤の家の玄関に上がる。
遠藤の父が俺を奥に案内しようとするが、ラナはその場で顔を真っ赤に染めて蹲って動かない。振り向けば遠藤も耳まで朱に染まった顔を両手で覆っている。全くこの子達は……いつまでこんなに初心なのかしら……。
───────────────
「……あの」
どうして俺は遠藤宅に上がってそうそうに遠藤の兄───遠藤宗介氏から親の仇を見るかのような目で睨まれなくてはならないのでしょうか。それに、遠藤の妹らしい遠藤真実さんからも随分と厳しい目線を頂いているような気がする。俺が一体何をしたと言うのだろうか……。いやまぁ遠藤を危険地帯に放り込んだこともあるから、そりゃあ家族からは睨まれても仕方ないのかもな。
「この度は浩介くんを危険な戦いに巻き込んでしまい───」
「───違う!」
はて、危険なことがある可能性を分かっていて遠藤をそこに放り込んだことを怒っているのかと思って頭を下げたのだが、宗介さんからは食い気味に否定の言葉が入った。
「君、神代くん……随分と女性から人気があるみたいじゃないか」
「えぇ……まぁ嬉しいことに」
で、脈絡のないそんな宗介さんの言葉を受けると今度は妹の真実からの視線がさらに鋭くなった。いや、本当に何なんだよ……いや、もしかして───
「あぁ、遠藤のお兄さん」
「なんだ?」
俺はふと想像した。妹の方の視線は分からないけれど、もしやこの兄は……
「今度ケモっ娘美少女達とお茶に行きませんか?」
「ようこそ我が義理の弟よ!」
どうやら大正解だったようだ。この人、単に遠藤から俺の話を聞いて、悪魔騒動の時にでもユエ達を直に見て、超が付くくらいの美少女達に囲まれている俺に嫉妬してただけだったんだな。遠藤も遠藤で、ラナだけじゃなくてエミリーやクラウディアとも宜しくやってるみたいだし。完全に僻みだったのだろう。何せもう俺の肩に腕を回して組んできているからな。
「───チッ!」
ただ、妹の方からは特大の舌打ちを喰らってしまったが。どうやら妹は妹で俺に対して何やら思うところがあるご様子。
「あぁ……筋肉質で背の高い……その上ドライブにも連れて行ってくれる人にご興味は……?」
すまん武藤、俺の安寧のために売られてくれ。という俺の邪な気持ち───その打算的な部分だけは都合良く天には届かなかったようで、俺の言葉を聞いた遠藤真実も
「お義兄様と呼べばよろしいでしょうか?」
なんて、左手を胸の前に当てて深々とお辞儀をしている。そしてそんな2人を見て苦笑いの遠藤の父と台所から顔を覗かせていた遠藤の母親。
「神代……何やってんの……?」
そしてやっと羞恥の嵐から抜け出したらしい遠藤が戻ってきた。俺に肩を組む兄と恭しくお辞儀をしている妹と、そしてそれらを一身に受けている俺を見て呆れ顔だ。ラナはラナで何も状況が分かっていないらしく、キョトンと首を傾げている。
「おー遠藤。……いや、男女混ざってのお茶会に誘ってただけだよ」
「あっそう……」
ハァと1つ溜め息をついた遠藤はカクりと肩を落とした。どうやら想像していたよりも更に下らないやり取りがあったのだと悟ったようだ。
「───そろそろご飯できますよ」
と、遠藤の母親がふと俺達に声を掛けた。俺と宗介さん、真実はそれぞれ「はーい」と気前の良い返事をして、2人は席に着く。俺はと言えば遠藤からの「手を洗うなら洗面所はあっち」という言葉に沿って洗面所に向かうのだった。
───────────────
遠藤家で食卓を囲み、風呂も頂いた俺は遠藤の部屋に戻っていた。それほど目を見張る物もない至って普通の部屋。整理整頓もそれなりに出来ているようで、本当に何も目立つものがない。ラナという彼女がいるのにも関わらず女っ気の無い部屋だ。まぁ、俺の部屋がどうなのかと問われると口ごもってしまうのだけれども。
「そういや、前に連れて来たアイツらとは上手くやってる?」
シアと2人でとある遺跡を散策していた時に出会った、ウィルフィードを中心としたアメリカの企業所属の裏チームの面々。彼らはこの世界に満ちている神秘を探して軍事転用を目論んでおり、ついでに帰還者に対しても調査を進めていたのだ。
とは言えそいつらの首には今は首輪が掛けられていて、コイツらや俺達にちょっかいを出すことは出来ない。
こっちの世界では俺がいつもいてやれないこともあり、彼ら帰還者に対して何かちょっかいをかけてきそうな奴らがいないかの見張り役としてウィルフィード達を登用。先日遠藤達と面通しを済ませておいたのだった。
「まぁ、やれてると思うよ。……て言うか、どうせお前の首輪があるんだろ?」
「まぁな。お前らん力はどうしたって色んな奴らを呼び寄せる。どいつもこいつも正面切って喧嘩吹っ掛けてくるならそんなに心配もしちゃいねぇけど……大人はそういうことしねぇじゃん」
どちらかと言えばアイツらにはそういう搦手を使ってくる奴らを退けたり先んじて情報を掴んでもらうためにキープしている。
「まぁな。とは言え、お前の脅しが効いてるのか、一時期と比べたら変なちょっかいはかなり減ったよ」
「そうけ。それなら良かったよ」
俺はそう頷いて足を伸ばす。すると、遠藤は前髪の奥の瞳を俺に向けて、ふと問い掛けてくる。
「それより、お前らはどうなんだよ。……聞いてるぞ、そっちもかなり大変だって」
はて、俺は遠藤達に俺達の世界のことを詳しく話した記憶はない。そうすると聞いたのはユエ達か……。いや、アイツらはそんな話はしないだろうから、ルシフェリア辺りが誰かに喋ったのが遠藤に伝わったのかな。
「んー?……ま、大丈夫だよ。アーティファクトも強化したし、アガレスっていう頼れる部下もできたことだし」
多重加速式のアーティファクト類にビーム兵器を模したアーティファクト。オリジナルIS───局地殲滅特化型外装もある。当然武器の類だけじゃなく、俺は俺の身体にだって手を加えている。
ユエやティオにも協力してもらって、変成魔法で筋肉や骨格、神経系を作り替えているのだ。更に魂魄魔法で俺に新たな固有魔法───魔力変換の身体強化を刻んでもらった。これと俺の持つ無限の魔力炉を併用すれば俺の強化の聖痕の真似事ができる。もっとも、所詮は真似事でありその全てを代替出来るわけではないのだけれど。
「だけど……俺達にも手伝わせてくれよ。神代達ばっかりこっちのことやってくれるけど、俺達は何も返せてない」
遠藤は俺の目をしっかりと見据えてそう告げる。その瞳には過信の色は無く、ただただ俺達の助けになりたいのだという意志があった。だけど───
「気持ちは有り難いけどな。俺達の世界の問題はあっちで生きる俺達のもんだ。……大丈夫だよ、俺達ゃ誰にも負けねぇ」
俺だけではない。例えばシアだって無限の魔力と身体強化があるのだから腕力勝負で負ける道理はなし。ユエに無限魔力はもう誰が何を言わなくても正しく最強の具現だと分かるし、ティオだってそうだ。ただでさえ俺の電磁加速式アーティファクトが通らないくらいに頑強な黒竜の鱗に、際限なく湧く魔力があればどんな攻撃にだって耐えられる最強の鎧になるんだ。
アイツらだけじゃない。モリアーティの主戦力であろうレクテイア人達に対してだって、コチラにはルシフェリアとカーバンクルというレクテイアの女神が2人もいるんだし、エンディミラやジャンヌだって戦える。
あの2人にも俺のアーティファクトを渡してあるからただ銃火器で武装しただけの奴らより何倍も強いんだ。
「……神代がそう言うんなら俺からはもう何も言えねぇよ。だけど、1つだけ言わせてくれ」
「んー?」
「俺は……俺達はお前のことを友達だと思ってる。……それだけだ」
遠藤の言いたいことは分かっているつもりだ。だけど、あれらはやはり俺の世界の問題で、あの世界の問題はあの世界に生きる奴らで解決すべきだと思うのだ。
それに、もうコイツらはこれ以上余計な戦いに首を突っ込む必要も無いと思う。いくら力があろうと彼らは所詮は平和な日本の学生であり、そんな世界を生きていくのだ。
まぁ、遠藤に対してだけ言えば、俺は他の奴ら程心配はしていない。遠藤の目標も俺は知っている。それは、俺には絶対に出来ない決断でもあった。
そんな遠藤がここまで言ってくれたのだ。俺はただ「あぁ」と頷く。それ以上の言葉は必要ない。今夜の俺と遠藤の間ではこれ以上戦いの話は出てこなかった。
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「折角皆来たんだから帰還者パーティーをやろうぜ」と、誰からともなく声があがり、何と俺やユエ達だけでなくリサやジャンヌ、エンディミラにメヌにネモ、ルシフェリアにカーバンクル、更に更に透華達までも呼び寄せた超大規模な催しと相成った。
当然そうなれば一も二もなく追求されるのは俺だ。ただでさえ美女美少女に囲まれている上にこんなに可愛い女の子達からも好意を寄せられているとなれば男女問わず俺を責め立てる。
その上女子連中はメヌ達に俺のどこが好きなのかとか、何があって惚れてしまったのか等、根掘り葉掘り取り調べていた。
そんな大喧騒の中、俺はただひたすらに丸まって耳を塞いでいた……のだけれどユエによって両手を塞がれて大勢の前に晒し出されたりした。
そんな風にして貸切にした園部の家の店で騒いでいると、これまた誰からともなく「トータスに行きたい」と声が上がる。何せ天之河が今トータスで魔物狩りをしているのだ。どうせならアイツも回収して二次会をトータスでやろうぜ、ということのようだ。
まぁ、トータスへの扉を開くのは今の俺ならそれほどの労力ではないことは皆知っているから気楽なもんだ。俺としてはリリアーナに会うのは気まずいので正直避けたいのだが、この世は民主主義、多数決で圧倒的に押し切られた
繋げた先はハイリヒの王宮……そこの俺達専用の広間だ。まだトータスと香織達の世界、それから俺達の世界を繋げる扉は置いていない。俺達は割と気軽に異世界転移しているが、本来別の世界というのは身体や衣類を清潔にして検疫も行って……別の世界の植物の種や病気を持ち込まないようにしてから渡るべきなのだ。
でないと未知の病気の蔓延や生態系の崩壊など、割と1つの世界が滅びかねない次元で不味いことになる。
そんな、渡る手段以外の諸々の問題が片付いていないためにまだ世界間を渡る門を設置できていないのだ。あれは、ほとんど誰でも好きな時に自由に世界を行き来出来てしまうからな。ちょっと海外旅行へ……みたいなノリで使えていい代物ではない。
で、まぁそれはそれとして一応身綺麗にしてトータスにやって来た俺達だったが、来訪を知らせるアーティファクトからの合図を受けてパタパタと迎えに来たリリアーナから告げられた一言。
「あ、天之河様が異世界に召喚されてしまったみたいなんです!!」
その言葉が、俺達をまた否応無く色んな世界で繰り広げられる騒乱へと巻き込むことになるとは、この時はまだ予想もしていなかった。
───────────────
「あれか……」
天之河は神域から逃げ出した魔物を狩るのだと俺の手を借りてトータスへ渡っていた。勿論それはこの1度の話ではなく、これまでも何度も行われていた。
と言っても長期休みや連休中に天之河をトータスに放り投げ、終わり際に回収するっていうだけだ。
当初は学校辞めてでも行くと言い出していた天之河だったが、マトモな学校を出ていることの重要さを感じていた俺が止めたのだ。ただ、確かに神域から逃げた魔物はその辺の魔物とは一線を画す力を持っているし、それは金ランク冒険者と言えど油断ならない……どころかあっさりと殺されかねない次元なのだ。そんなものを放っておくのは不味いので仕方なしに俺も天之河の行き来を手伝っていたし、取り敢えず近場の魔物の位置を羅針盤で教えてやる程度の協力はしていた。
ただ俺も自分の世界や香織達の世界でやることが多く……特に帰還から1年が経過した辺りで香織達の世界がまた騒がしくなったこともあり正直そっちの方に時間を割いていた。
だから天之河が戦っているのは久しぶりに見たのだけれど、随分とボロボロのようだ。今も、何人もの人間の集団を連れての移動中に黒いモヤのようなものを纏った異形の怪物共とぶつかり合いそうになり……そして向こうに頭数はいるとはいえ普段の天之河なら瞬殺出来そうな程度の奴らしかいないのに限界突破を使おうとして───
───ヒュボッ!!
俺の頭の真横を銀色の閃光が突き抜けていった。それは過たず黒い異形共を貫き分解し、消し去っていく。そしてアガレスはキチンと俺の前に立ち、そして
「……香織」
「え?だって光輝くんが」
俺のジト目に香織はさして気にした風でもなく小首を傾げている。幾ら急ぎだからって俺の真横を分解の砲撃で攻撃するやつがあるか。危うく俺の頭まで消し飛ぶところだったぞ。香織の魔力は俺の氷焔之皇の効果範囲外にしているんだから気をつけてほしいのものだ。
「まぁいいや……。行こうぜ」
と、香織がこちらの事情を気にしないのはいつも通りなので俺はこちらを見上げてあんぐりと大口おっ
「か、香織!?それに神代も!それと……」
天之河は香織と俺を順繰りに見てそしてアガレスで視線が止まる。そういやこの2人は初対面だもんな。
「こちらアガレスさん。地獄の悪魔で今は俺の部下」
俺がそう紹介するとアガレスはフンと鼻を鳴らしてチラリと天之河の近くにいた人間に視線を移す。
「じ、地獄……?悪魔……?」
「ま、細かいことはいいじゃんね。取り敢えず帰るぞ」
目を点にしている天之河と周りにいた女の子やガタイの良い男共にに銀色の光が降り注ぐ。香織の再生魔法だ。それで先程まで大小怪我をしていた奴ら全員綺麗さっぱり元気になる。香織の力を知っている天之河はともかく、他の奴らはまだ現実に頭が追い付いていないようだ。
「……悪い、俺は帰れない」
だが、扉を開こうとした俺に天之河はそんな風に答える。なるほどね、またコイツは変な問題に頭突っ込んでいるんだな。ちびっ子が天之河の袖の端を掴んでいる。しかもいい加減分かってきたけど、コイツは人の上に立つことを当然のように求められ、そしてそれに応えられる奴だ。
「その殿下がそんなに大事か?」
「あぁ。けどそうじゃない。俺には救いたい人が沢山いるんだ。……例え多くの命を斬り裂いてでも生きていてほしい人達がいるんだ。だから、その人達を救えるまで……そしてそれでここから一生帰れなくなったとしても、今は帰れない」
天之河がエヒトに召喚されてトータスへ来た頃、コイツは浮ついていたと思う。急に強い力を与えられ、そしてそれを振るう大義名分も貰えて、だから俺にも突っかかってきた。
けれどその力が足りないこと、意志と覚悟の無い力に成し遂げられるものなど無いことをトータスの旅の中で学んだ。思い込みの激しさや自分こそが正義の味方であるという考えも薄れてきたと思う。それに、自身は1人ではなく、仲間がいて、例え間違うことがあっても彼らが自分を正しい道に引き戻してくれるという信頼も得たと思う。
その代わりにほんの少し自信を失って、それでコイツはトータスから帰ってきた。その後に中村との確執は解消できずに仲間がいれば何でもできるっていう万能感も失った。
「……お前は、家族も友達も捨てるのか?」
「分かってるよ。皆の気持ちも。けど、俺は決めた。例え大切な誰かを見殺しにしても、俺はより大勢を助ける。きっと後悔もするよ、何であの時って思うよ、もっと力があればって思うよ。けど……それでももう、何も選べないのは嫌なんだ!」
この世界でコイツが何を見て何を感じたのかは知らなし、知る必要もきっと無い。
ただコイツの瞳からは迷いがなかった。コイツは俺とは違う道を選んだんだ。俺はきっと大切なアイツらの為なら他の全ての人類を見捨てられる。だけどコイツは違う。見知らぬ大勢のためなら大切な数人を見捨てられる……いや、見捨てる覚悟がある。それで感じる後悔も流す涙も受け入れる気でいるのだろう。
「はぁ……。……何見てんだよ香織。だいたい、コイツはお前の幼馴染みだ。ぶん殴ってでも連れ帰るのか、放って帰るのかお前が決めろよ」
ちなみにここにいるのは俺とアガレス、香織の3人。雫は俺達に比べて足が遅いので置いていった。ユエ達は天之河に興味が無いのでこっちには来たけど山の中で待っている。
「私は光輝くんが困ってるなら助けたいよ。だから天人くんは待っててくれる?」
どうせ雫が追いついて来ても同じことを言うだろうってのは想像に難くない。それが分かっているから俺は大きく溜息をつく。まったくこの戦兄妹は……。
「そういうワケだ天之河。取り敢えず香織と……あと雫もそのうち追い付くから、そいつら2人はまぁ助けてくれんだろ」
「あ、あぁ。ありがとう香織」
「……で、一応こっちにゃ坂上と谷口も来てる。だからこの2人もオーケー。それと、一応ユエ達もいる。……それで、お前はこの世界で何を見て何を感じたんだ?」
そこで俺は問う。坂上と谷口はともかく、天之河に加えて香織と雫がいれば大概の問題は解決できるだろう。それも、見る限り暴力が物を言う問題のようだしな。だから、俺が手伝うかどうか、そしてユエ達の力も借りるかどうかはコイツの返答次第と決めた。特に基準は無いけれど、天之河がどんな答えを見つけたのか気になったのだ。
すると、さっきの幼女が俺の服の袖をクイクイと引っ張り、見上げている。
「あの……お姉ちゃんを助けてください!お願いします!」
と、ご立派にも頭を下げてそんな懇願。
「そりゃあ天之河の答え次第だよ。……それで、どうなんだよ?」
けれど俺はそんな懇願も袖にして天之河に問う。お姉ちゃんとやらは香織と雫、坂上に谷口が来ている今それほど問題ではないしな。
「……俺はこの世界に来て……きっと初めて意志のある生き物を殺した。彼等には生きるために人を殺す理由があったんだ……。けど、それでも俺は彼等を殺した。守りたい人を……生きていてほしいと思う人を守るために」
「それで?……お姉ちゃんとやらは?」
「モアナは……大切な人だよ。迷っている俺に手を差し伸べてくれた。酷い八つ当たりもしたのに、それでも俺を見捨てなかった。迷っている俺も肯定してくれたんだ」
天之河が……吐き出すように言葉を紡ぐ。それはコイツがこの世界でした経験、後悔。感じた痛み。
「それで、そのお姉ちゃんとやらはどうしたんだよ」
助けてくれというこの子の言う通りならきっとモアナお姉ちゃんとやらはさっきの黒い奴らにでも襲われているのだろう。さっきの殿下を誰も否定しないあたり、お姉ちゃんはもしかしたら王女様なのかもしれない。そんな奴の傍をこの勇者様が離れて、何をしているのかは知らないけどな。
「それでも俺は……1人でも多くの人を助けたい。諦めたわけじゃない。助けられるなら俺が助けたいさ!けど……っ!」
大事な大事なモアナ様が死ぬことになっても、それでも天之河はより多くの人間を助けることを選んだ。それがコイツの選択。さっきの言葉の覚悟。なるほどね、まったく……ここで俺がコイツを手伝わなかったらまるで俺が大悪党みたいじゃないかよ。
「……いいよ、ならお前はモアナって奴を助けに行きな。その他大勢は……俺達が全部守ってやる」
「神代……っ」
俺は念話でユエ達に連絡を入れる。天之河やクーネと言うらしい幼女様から聞いた情報を元に、人員を振り分けていく。幸いなことに今ここに来ている人間だけで足りそうだった。
「さて、お前らにゃこれぇ貸してやる」
と、俺は宝物庫からグリフォンというらしい伝説上の生き物の姿を模した生体ゴーレムを召喚。あの神霊世界で相対した獣達の中にこんな姿の奴がいたので後でネットで検索したのだ。
ちなみに最近これには
おかげで俺は戦車や戦闘機を模した生体ゴーレムを解体して新たに生き物を模したゴーレムを大量生産する羽目になった。仕方なしに1000倍の時間の檻の中でえんやさほいやさとゴーレムを作り、地獄の悪魔達に取り憑かせた。
まぁ、中の人がいてくれる方が扱いに幅が出るから便利で良いんだけどな。作るのが滅茶苦茶大変ってだけで。
そして、見たこともない生物のような何かに及び腰なクーネを天之河が抱えて乗せてやり、クーネの護衛だか知らないが残りの奴らもおっかなびっくりといった風でそれぞれグリフォンに乗っていく。
「あとこれ、渡しとく」
「ありがとう。これは……神水?」
「おう」
俺が渡したのは神水の入った試験管容器。コイツが使うも良し、モアナとやらに使ってやるもよし。それはお任せだ。
そして、天之河がコクリと頷くとグリフォンもこちらを見て頷く。はよ行けと手を振りながらそれが飛び立つのを見て俺は念の為アガレスを護衛に付けてやる。そうして俺は扉を開き、香織を連れてそれをくぐった。
───────────────
「じゃあさっき伝えた通りに宜しくな」
ちなみに坂上と谷口の所にはルシフェリアとカーバンクルを保険で置いておく以外は1人1エリア担当。戻ってきたアガレスは予備戦力として置いておく。コイツは空間魔法で移動できるからな。戦闘能力もシアとやり合えるくらいにはあるから不安もないし。
俺が天之河に協力するのがそんなに面白いのか、やたらとニヤニヤしていた坂上をアイツの担当エリアへ放り投げ、それに谷口とルシフェリア達が付いて行ったので俺はユエ達に改めて声を掛ける。
「……んっ」
「やったるですぅ」
「応とも」
「任せて」
「えぇ」
それぞれが頷き、俺は扉を開いていく。そうして最後の雫を送り出した俺も、自分のエリアへと扉を渡った。
敵は最低限の統率を保った数千の集団。意志があり、理性があり、知性があり、生きるために人を喰らう理由がある。だが、それが何だと言うのだろう。これはイデオロギーのぶつかり合う戦争ではない。ただの生存競争だ。獣畜生と見下すことはない、けれど道を譲ってやる気もない。戦わなければ生き残れないのだから戦う。できれば生きていてほしい奴が戦うというのなら仕方ない。気の合う奴ではないけれど、無関心と言うには放っておけなくて、嫌いと言うには眩しく見える。そんなアイツが
───これは、その最初の1歩だ。
───────────────
巨大な獅子が爪と牙で異形を切り裂き、口腔内から放たれる砲撃で逃げ惑う黒い敵を撃ち砕く。
空からは大鷲やグリフォンが地上目掛けてミサイルを撃ち込み地面が捲り上がる。
6本の足と4本の腕を持った怪物が腰に抱えたガトリング砲を放ちながら手に持った刃ですれ違い様に異形の肉体を2つに分けた。
初めての実戦投入だったが、悪魔を中に据えたゴーレム軍団の戦闘能力は中々だ。敵の強さも最初の試験と考えれば上々。
俺の作った生体ゴーレムin悪魔の軍団は、基本的に俺が最高司令官となり地球でもそれなりに名の知れているらしい──よくゲームとかで見る名前の奴ら──がそれぞれ部隊を持ち、さらにその下に名前の無い悪魔達が従っている形だ。ちなみにミュウの元にいる7柱の悪魔達は別枠。あれはミュウに心酔してるみたいだからな。あれはあれで別運用の方が楽だ。
結局、俺は自分の担当エリアを全部ゴーレムに取り憑いた地獄の悪魔達に任せて終わらせた。
しかしこれ楽だな。地球じゃロクに使えないやり方だけど、場合によっちゃありかもしれない。特に最近は香織達の地球で戦うことも多いから手札が多いに越したことはない。
あと、例に漏れずコイツらにも名前を付けろと言われているけど……要るかな?各部隊なんてそっちのボスが付けてやればいいし、俺としては悪魔ゴーレム軍団くらいの感覚なんだよね。別にそんな格好良い名前必要無いでしょ。
っていう話をしたらユエどころかシアとティオにまでジト目を食らってしまった。面倒臭いので名前は後で考えると御為倒して保留で放り投げた。
だってねぇ……。なんか恥ずかしくない?そういうの。
───────────────
天之河光輝とは、自分以外の誰かを守る時にこそその力を発揮する人間だ。いや、それは何も特別なことではないのかもしれないけど、それでもコイツはそうなのだ。だから神話大戦の前にオスカーの隠れ家で天之河を散々ぱら追い詰めた時には出来なかったことが、神域で中村恵里とアイツが率いた魔物の集団を相手にした時にだけ発動した力があるらしい。しかもそれは、結局トータスで神域から逃げた魔物を狩っている時には使えず、そしてさっきモアナを守るための戦いでは発動することができた。
そして、香織や雫への執着をようやく捨てられ、
「んー?」
俺と天之河の頭上にまるでブラックホールのような孔が現れた。しかもそれは俺達をその穴の中へと引っ張り込もうとする。
「神代……これ……」
「あぁ……」
あ、これ絶対異世界召喚じゃん……っていうのは直ぐに理解した。誰がどこに俺達を呼び出そうってのかは知らないが、正直相手にしてられない。だから俺は氷焔之皇でこの召喚の孔を消してしまおうとしたのだが───
「あ……?」
消えない。まさか聖痕の力なわけはないだろうし、そうなるとこれは世界の意思による召喚ということで……。
「か、神代?」
天之河が不安げに俺を見る。まるで急にハシゴを外された奴の表情だ。しかももう俺達の身体は半分くらい浮き上がっている。越境鍵を出している暇はない。これは……こうなったら───
「行くしかねぇか……」
「えぇ!?」
もう間に合わない。俺達は急に現れた孔に吸い込まれるようにして砂漠の世界からその姿を消すことになった。
───────────────
視界が晴れると飛び込んできたのはまず喧騒だった。何やら人が騒いでいるようだ。見渡せば、30人くらいの大人の男女がいる空間なのだが、大半が気絶しており、辛うじて意識を保っている奴らも「失敗だった!」とか「もうお終いよ!」とかまるでこの世の終わりのように絶望している。まったく意味が分からない。きっと召喚そのものはコイツらが行ったのだろうが、最後には世界の意思が介在していた筈なのだ。
だからコイツらには何か危機が迫っていて、その助っ人として誰かを呼び出そうとしたはずなのだ。確かによく見れば、俺と天之河の召喚されたこの地点を中心に爆発が起きたことは直ぐに分かる。機械……そう機械だ。今までのファンタジーな魔法陣とかではなく、PCのようなものやケーブルなどが散乱している。
「やっぱり……」
氷焔之皇で召喚を中断できなかった時点で何となく分かっていたけれど、越境鍵を虚空に刺そうとしても全く刺さる気配がない。俺たちを召喚しようとしたはずの奴らは何故かこっちを無視しているのはよく分からないが。
「あ、あんた達は一体何者なんだ……?」
天之河は気絶した奴らの介抱に向かっていた。そこで俺に話し掛けてきた声が1つ。見れば歳の頃は40歳くらいだろうか。顔も手も着ている服も機械油や皮脂脂で汚れ、髪はしばらく風呂に入っていないかのように不潔な光り方をしていた。
さて、一体どう答えたものかと俺も天之河も頭を悩ませるが、その少しの空白の間に向こうでは勝手に話が進む。ジョウカイだの楽園だのと俺達の出自が勝手に脚色されていくが、暫くは勝手に喋らせておこう。どうせこの世界も危機を迎えていて、それで俺達を呼び出したのだろうから、その危機が何なのかコイツらからお話してくれるならそれでも構いやしない。
「な、なぁ神代」
「んー?」
すると、天之河が小声で俺に耳打ち。
「お呼びじゃないらしいし、帰らないのか?」
「……鍵が刺さらねぇんだよ。多分、俺達を召喚したのはコイツらだけど、それにはこの世界の意思か何かが関わってる筈だ。……多分コイツらを助けてやらねぇと帰れねぇ」
という俺の言葉に天之河が「それってどういう……」と、疑問を口にしかけて直ぐに閉じた。ガチャガチャと響く音。金属のぶつかる音で、きっとここに来るのはろくな奴らじゃないんだろうなというのが他の奴らの声で分かる。しかもほとんど全員直ぐに逃げていったし。ただ1人だけ殿のように残った最初に俺達に正体を問うた男は───
「……ちょっと寝てろ」
邪魔なので蹴り飛ばして機械の残骸の山の中に埋めておく。さっきから音がする割に気配感知には引っ掛からないのだ。ということはこれから来る奴らは人間どころか生き物ですらないってことで……そんな得体の知れない相手に喧嘩ってなったら、この一般人は邪魔でしかない。
「……まだこっちに来るには時間がありそうだから少し話しとくぞ。……まずこの世界じゃ俺ぁ聖痕を使えない。理由は知らんが閉じられてる。それに、魔力も雲散霧消して魔法がろくに使えねぇ。音はするのに気配感知に引っ掛からねぇってことは下から来るのはロボットで、アイツらの言葉からしたら親玉が別にいる。それとこれは魔力の霧散に関わらずだが、越境鍵は使えない。理由の説明はもう少し落ち着いたらしてやる。逃げる前に追っ手を潰したいから今から戦闘になる。準備しろ」
と、俺は一息に共有すべきことを全て話しておく。すると天之河も覚悟を決めたのか神妙な顔で頷いた。幸いなことに俺達はさっきまで戦闘をしていて、おかげで俺のジャケットの裏には予備弾倉が何本かあるし電磁加速式拳銃もホルスターに収められている。本当は多重加速式の方が火力は出るし実戦で扱い慣れたいのだけれど、これだけ魔力が雲散霧消するとなると神代魔法の連発は疲れる。だったら取り敢えず手に慣れた方を使っておくべきだろう。
それと、トンファーも出したが、これに付与されている魔法も多分そう簡単には使えないだろう。どうやらライセン大迷宮と同じように瞬光みたいな体内にのみ影響する魔法はいつも通りに使えるみたいだが、宝物庫を開くのですら相当な魔力消費なのだ。俺は神水の試験管を3本天之河に渡すとそれで召喚は一旦終わりにする。
そして現れたのは人型のずんぐりむっくりなロボットが30体。だが、俺と天之河の敵ではない。そもそも電磁加速のしていない銃弾が通り、天之河の聖剣で斬れる程度の敵なら何ら問題はないのだ。だからこのロボット達を全て潰すのにそれほど時間は掛からなかった。
───────────────
外へ出る道中、流体金属で構成されたヒトデみたいな追っ手にも襲われたが、どうやら地下にあったらしいこの施設と外を繋ぐ猿梯子を駆け上がりながら下にトータス製の手榴弾──神話大戦に備えて色々作ってた中の1つ──を放り投げてヒトデ共を潰しておく。その召喚の際には懐に手を入れていたから多分宝物庫の存在はバレていない……ハズ。
バックルのワイヤーで縛って連れてきたあの男……他の奴らとの会話からジャスパーという名前らしいコイツは、そこでようやく気絶から目覚めた。しかしさっきの奴らも──道中で誰かに惨殺されていたが──コイツも衛生的に宜しくない環境にいるだけでなくあまり栄養も取れていないようだ。それも、殺された奴らも含めた平均身長からするときっと子供の頃からずっとだ。
しかもせっかく外に出たというのに聖痕は閉じられたままだし魔力は霧散するし景色はほぼスクラップの山に覆われているし。
まったくろくな世界じゃないな、ここは。
しかもこのジャスパー、分かってはいたが教養も俺以上に無いようで、召喚装置の組み立てはどこからか聞こえてくる声を頼みに作ったとかで、発電という単語すら知らない始末。
という話は、道中歩きながらジャスパーから聞き出した。その合間にも空から機械の兵隊が降ってきたのでゴミ山に隠れたりと忙しない。
しかしジャスパーから聞けた情報は、この世界を理解するのにそれなりには有益だった。ゴミ山の向こうにある霊峰コルトラン……マザー……上界と下界で分かたれた人類。
その下界ではその日にやること、飲む水の量、食事の量……全て決められているという。なるほど、徹底したディストピアってやつか。しかも、どうやらこの世界はそのマザーとやらが管理する霊峰コルトラン───またの名を要塞都市コルトランによって秩序を、一時の安寧を保っているようだ。どうにも外からの侵略者って奴がいて、マザーはそれから人類を守ってくれているらしい。
そんな話を、俺達は再び地下に入ってから聞いた。ここからトロッコで──当然運転の仕方はジャスパーもマザーとやらから聞き齧っただけ──下界の町の中へと向かうらしい。だが───
「神代、暫くこの地下に留まるか?」
天之河は俺にそう聞いてきた。そして俺はそれに頷く。
「そうだな……。その方がいいか」
町中に出てこの世界の支配者の視界に入るリスクを負うよりはこの誰の目も届かないような地下で準備を整える方が得策だろう。
「ジャスパー、俺達ゃ山頂に行く。その準備を整えるからここに残るよ」
「なっ……死ぬ気か!?」
「んー?……まさか。俺達の目的は帰ることだ。アンタの言う楽園にな。そのために無駄な寄り道はしてらんねぇ」
「だったら……楽園の主を探した方がいいだろ!上界に行くなんて自殺行為だ!」
コイツは知らないことだが、俺達の召喚に世界の意思が関わっている以上はどっちにせよ俺達は上界とやらに足を踏み入れることになるのだ。それが遅いか早いかの違いでしかなく、それなら俺は最も早いルートを選ぶだろう。
「それで?自分も楽園に連れて行って欲しいのか?……悪いけど、家族が待ってるんでね。最速で終わらせる」
天之河の魔力も神水がある以上回復には手間取らない。それに、どんなに魔力が散らされようと全く機能しないわけじゃないのだ。ならば俺は永遠に廻る天星の出力に任せて戦えばいい。俺達が生きて帰るにはこの世界をどうにかしてやらねばならないのだから、ジャスパーのお願いを袖にしたところで心を痛める必要も無い。
だから俺達はここで降りる───そう言おうとしたその時……
「あぁもう……」
後ろから物音。というか、あのロボット兵士──機兵と言うらしい──が迫る音が聞こえる。明確にこちらを捉えているってわけじゃなさそうだが、
「ジャスパー、逃げるぞ」
「あ、あぁ!」
と、ジャスパーが素早くハシゴを昇っていく。その後を俺と天之河が追随し、そしてまた地上に戻った俺達はジャスパーの先導のもと民家の壁を外したり裏通りを何度も曲がったり人混みに紛れたり……秋葉原ですらもうちょい簡単に歩けるよと言うくらいには七面倒臭い逃走をし……そしてその甲斐あってか追っ手を突き放すことに成功したようだ。
そして辿り着いたのはジャスパーの暮らす家。そこでは何人もの孤児達とジャスパー、それからミンディという20歳くらいの女が身を寄せあって暮らしているようだ。
ちなみにそこで天之河が即座にイケメン面を発揮したので俺はそれをこっそり録画しておいた。後でモアナやクーネと言った天之河に好意を持っている女子達に見せてやろう。きっと面白いことになる。