遠藤が放つ俺の悪口はどうでもいい。ただ重要なのは遠藤がここにいることと、あの意味不明な発言の中からギリ分かる日本語を抽出すれば、コイツは無理矢理マザーに従わされている。しかもコイツらの会話の中で、マザーはある程度狙って異世界召喚を行なったことも分かった。どうやら地下での戦闘後、俺の魔力の残滓を回収し、G10がジャスパーに作らせた異世界転移装置を持って帰ったのか解析したのか、召喚装置を新たに製造したようだ。俺の魔力を回収したからこそ、力のあるルシフェリアや香織達ではなく俺のアーティファクトを1番身に着けている遠藤が呼ばれたのだろう。しかし、そうしていた理由は分からないけども、ともかく遠藤がフル装備で良かった。そうでなければ呼ばれたのはジャンヌになっていただろう。アイツも普段から俺のアーティファクトを結構持っているからな。
「ふむ……それでは自分が今どんな状況にあるのか説明してあげなさい。私がそうするよりも彼らの理解も早いでしょう」
俺達に投降の気配が無いこと、そしてこの遠藤と俺達がどうやら知り合いであると理解したマザーが遠藤をけしかけた。
「えっ!?い、嫌だっ!」
だが遠藤は説明することを強く拒否した。とは言え、拒否しようがしまいが、何があったかは正直読めているので別にどうでもいいのだけど。
「……腹ん中にあるそれは爆弾か?」
なので取り敢えず遠藤にカマかけ。普通に爆発物か、もしくは毒物か。ともかく遠藤の腹の中に何かあるのは熱源感知の固有魔法で分かっている。ただ、それの正体次第で取り出し方も多少は変わってくるんだよね。
「───えっ!?」
すると、華麗に引っ掛かった遠藤が驚いたようにこちらを見る。
「理解が早くて何よりです。なら───」
「……なら遠藤───『腹を捌いてそれを放り投げて』」
そしてマザーの声を遮り、鈴を転がしたような愛らしい声が凛と響く。遠藤の狼狽ぶりから強制執行を即断したユエの神言だ。それは、魂に直接作用する王妃の勅命。この命令に逆らうことは、世界の誰にもできない。
「えっ!?───おんぎやぁぁぁぁぁっっ!!」
「「えっ!?」」
マザーとG10の声が重なる。身内からのまさかのご命令。しかも勅命を受けた本人は嫌がりながら、しかも痛みに泣き叫びつつもどうしようもないかのように自分の腹を小太刀で引き裂いて、自らの臓物の中に手を突っ込んでいたのだから驚愕に声を上げしてしまうのも致し方あるまい。
今日日そういうホラー系の作品でも中々見られないようなスプラッタな光景。遠藤の足元も、本人の全身も彼の血で真っ赤に染まる。だがそれでも遠藤は自らの魂が命じるままに腹の中から引き摺り出した鈍色のそれを放り投げた。
「ユエさぁん!?」
遠藤のあまりの扱いに俺は思わず涙しそうになるがそれはそれとして拳銃で爆弾を撃ち抜き破壊し、床を踏み抜く勢いで遠藤に寄る。そして盛大に鮮血を吹き出している腹に神水をぶちまけつつ試験管容器の神水も口に突っ込む。
神水の尋常ならざる効能によって遠藤の命は繋ぎ留められた。ユエからのあまりの扱いの悪さと腹の痛みにシクシクと泣き続ける遠藤を抱え、俺は一旦ユエ達の元へ戻る。当然、アガレスも含めて全員ユエにドン引きしている。本人は周りからの視線と微妙な雰囲気に「おや?」というような顔をしているけど……。そんな空気の中、俺は遠藤を床にそっと降ろし───
「やいマザー!よくも俺ん仲間の腹をかっ捌いてくれたな!」
取り敢えずマザーに責任転嫁。後ろで「いや……犯人はお前の嫁……」という声が聞こえたような気がしたけど多分気のせい。ただ、俺の叫びは虚しくこの広い空間に木霊したことは事実だった。
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「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………いいでしょう。無意味に果てたいと言うのならその望み、叶えて差し上げます」
それはそれは長い間を置いてマザーがそう告げる。コチラとしても、とてもとても居た堪れない気持ちにはなるが、悪いのは全部ユエ様なので許してほしい。
そして次の瞬間には天井や壁、床からも鉄色の流体金属が溢れ出してきて、瞬く間に空間を埋めていく。そのまま流れるようにそれらは集まりあのヒトデの化け物を形作る。ただ、大きさは前に見たあれの比ではない。サイズは縦に10メートルほど。金属の触手も2本とは言わずに数多生えている。もはやヒトデと言うよりはただの化け物だ。
「これが最後のチャンスです。もし私に協力し、その未知のエネルギーを解析させるのであれば悪いようにはしません。元の世界にも帰してあげましょう。……いえ、必要はありませんよね。どうやら貴方達は自力でも世界を渡れるようですし」
ふと、俺はそもそも越境鍵の存在を知られたくなくてマザーの居城へ正面突破を仕掛けたことを思い出した。なのにこうやってゾロゾロと別の世界から呼び出した仲間を連れていればそりゃあマザーだって気付くよな……。
「……いえ、言おうとはしたんですよ?でも天人さんのことだから何か作戦があるのかと……」
「シアよ、天人にその手のことを期待するでない。むしろ可哀想じゃ」
その発言が1番俺にとっては可哀想なんだけどティオさん分かってます?
「問題ありません、我が魔王。敵を全て討ち滅ぼしてしまえばそれで解決なのですから」
アガレスさん必死のフォロー。けど実際、ことここまできたらもうそれしか手は残されていない。それに、まだマザー的には俺達は異世界へ渡る手段がある、という認識でしかない。これが実はもっと便利で物理的な距離も障壁も関係ございません。任意の座標に瞬間移動だってできます、という代物であることまでは知られていないのだから。
「……そうですね。取り敢えずマザー……お前は───潰す」
俺の一言を狼煙としてマザーの生み出した巨大ヒトデの全身に青白い光が迸る。そして頭頂部からは青白い稲妻が収束し、さらにその触手でもって俺達を穿かんとこちらへ伸びてくる。
「───時間を稼いでください!統合コアを特定します!」
「───遅い」
G10の叫びをアガレスが叩き落とす。誰よりも早く前へ出たアガレスが右手に構えるは
───ズッッッバァァァァァァァァンン!!
と、莫大な炸裂音と共に空間が砕け、その衝撃波で流体金属のヒトデが青白い閃光共々砕け散る。コイツは多数のコアを持ってその巨体を維持していたようだが、それらも全て今の1振りで砕かれた。
強みの再生力も全身をコアごと砕かれれば発揮されることはない。背後の壁にまで大穴を開けた指向性のある衝撃波により、異界の自律型金属兵器はスクラップと成り果てた。
「……ふん」
さらに、壁から俺達を蜂の巣にしようとセントリーガン達が顔を覗かせるが、アガレスは俺達の周りに空間遮断結界を張る。空間そのものの断絶を超音速の鉛玉では越えることができず、それらは無造作に弾かれる。そして俺達を囲っていた空間の断絶が歪み……直ぐにそれも弾けた。その勢いで四方と天井の壁まで届いた衝撃波がこの部屋に仕掛けられた銃火器や小型ミサイルの類を全て捩じ伏せる。
「……では行きましょうか」
本当に今の戦闘が何でもないかのようにアガレスがこちらを振り向く。俺やシアはアガレスの実力を知っているからそれほど驚きはしない。ユエとティオも驚きと言うよりは感心といった風だ。だが天之河と遠藤は開いた口が塞がらないというような顔でこっちを見ている。
「……こっちが不意打ちかまされたとはいえ、アガレスは俺とシアの2人を同時に相手取れんだよ。この程度は余裕だろ」
他に罠や仕掛けが発動する気配は無い。アガレスの一撃で纏めて粉砕されたようだった。
「それで遠藤。お前……どうしてあんな目に?」
「そうですよアビスゲート。次期ハウリア族長ともあろうものがあんな醜態を晒すなんて。帰ったら修行やり直しですぅ」
さっきまでさめざめと泣いていた遠藤も流石に戦闘の気配を感じて立ち上がっていた。だがシアの"修行"の一言に「うっ……」と項垂れる。それでも話すべきことは話すべきだと顔を上げて口を開いた。
「……いきなり召喚されて右も左も分からない上に魔法も使えない。それでも一応機械の兵隊100体くらいは倒したんだぞ?それも、神代達が天之河を追い掛けた後にリリアーナに頼まれてな。神域の魔物討伐してた時に召喚されたんだ」
おかげでフル装備してたからそこは多少助かったけども、と遠藤が付け足す。なるほどね、それでコイツが呼ばれたのか。
「ふぅん。じゃ、シアと2人で召喚装置壊してきてよ。また誰か呼ばれたら面倒臭い」
「えっ……私ですか?」
シアは遠藤と2人きりということでちょっと嫌そう。だからって魔法がまともに機能しないこの世界で遠藤1人に行かせるのは中々厳しいと思う。道中にも機兵はいるだろうし、電子ロックの扉だってあるだろう。物理的に破壊する必要がある以上、火力のある奴が1人欲しいのだ。
「遠藤が道案内、シアが道中の護衛と破壊。次期ハウリア族長と現ハウリア最強でやってきてよ」
天之河も今は魔法がろくに使えない以上は火力不足になるかもだしな。
「むむ……ティオさんじゃ駄目ですか?」
「んんっ……!嫌なものを妾に押し付けようとするその魂胆……こういうの久々じゃなっ!」
「泣いていいですかね……?」
シアはそんなに遠藤と行くのが嫌なの?ティオさんも変なところで悦ばないでほしいんだけどさ……。
「いやまぁお前らがこっちにいるなら俺が行ってもいいけどさ……」
「え"っ……天人さんいないのに勇者さんがいるのはもっと嫌ですぅ」
「……んっ、むしろ勇者が1人で行ってこい」
「遠藤……分かるよ、その気持ち……」
天之河くん今だに嫌われすぎでしょ。ほらもう、君達のせいで男2人がさめざめ泣いてるんですけど。
「あの……我が行きましょうか……?」
と、そこで半分呆れながらも救いの手を差し伸べてくれるアガレスさん。これが地獄の悪魔だってんだからユエ達も見習ってほしいものだ。
「宜しくお願いします……」
アガレスの悪魔なのに天使のような一声でようやく役割分担が終わる。たかがこれだけの話で何でこんなにゴチャゴチャしないといけないの……。
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雲上界と言うらしいここを俺達は駆け抜けていった。G10曰く天機兵と言うらしいあのヒトデやこれまでの機兵の特徴を良いとこ取りしたような機兵や下界ではほとんど見られなかった空間魔法や謎の力場を形成する機兵──これは上界機兵と言うらしい──を俺とシアと天之河で捻り潰し、叩き潰し、切り裂いてきた。基本的にユエとティオの魔法は温存だ。魔力が霧散する中でいつも通りの力を無限の魔力に物を言わせて放つのは疲れるし、何よりなるべくマザーには情報を与えたくない。
「……信じ難い程の戦果です。たったこれだけの人数でこれだけの機兵と罠を潜り抜けるとは……。私の時代の兵士なら……どれだけの損害を覚悟しなければならなかったか……」
「感心するのはまだ早いですぅ。そもそも、マザーを倒すことが勝利条件。ならこんな雑兵共に手こずっていられません」
「こ、これが雑兵……」
シアの強気な言葉にG10が戦慄している。とは言えシアの言う通りだ。こんな前哨戦で消耗なんてしていられない。マザーの元にはどんな切り札があるのか分からないのだから。
ま、だからこっちもユエとティオを隠してるんだけどな。
「神代様、光輝様……そして神代様のご家族様……ここまで連れてきていただいてありがとうございます」
「だから……まだ何も終わってないぞ。ここからだ。マザーを倒す、全部はそこからだよ」
俺の言葉にG10がピカピカと光って返す。まるで微笑んでいるかのようだ。
「品切れ……ですかね」
「……んっ、でも戦闘中に横槍を入れてくるかも」
「とは言え、今は行くしかあるまい」
それでもここまで用意された戦力は異常の一言。完全に文明から切り離し、思想教育も行い下界民に至っては一生のうちに摂取できる栄養量すらもある程度管理さているのだ。例え一斉に蜂起されたとしても人間に勝ち目は無いだろう。そんな中でこれほどまでの軍事力を有する理由は───
「臆病者ほど長生きするってな」
「言ってやるなよ、心配性なんだろ?」
天之河も言うようになったねぇ。昔ならそれこそマザーの心中すら察しようとしただろうに。それがこんな嫌味まで言えるようになって……。
「お父さん嬉しいよ……」
「誰が俺の父親だっ!」
「あの……そろそろ……」
と、G10が目の前の障害をクラッキングして突破した。それと同時に熱線の格子が消えて道が開かれる。その道の向こうからは眩しいくらいの光が届いていて、通路を歩いていけばその先にあったのは直径にして10メートルほどはある円柱形をした何らかの装置だった。
それは内部で莫大なエネルギーを秘めているようで、それが道の向こうまで光り輝いていたのだ。青白いスパークを発していて、きっとこれも電力なのだろうと想像させる。
これを中心に半径にして100メートルほどの空間。サッカー場が横並びに3面は入りそうなほど広大な空間ではあるが、ここはさらに縦にも広い。どうやら俺達は最上階付近にいるようで、手摺のない鉄柵が十字に伸びており、それがあそこで光り輝くタワーを中心に回廊となっていた。
「凄いなこれ……エネルギータワーって言うのかな。映画でしか見たことないよ」
「エネ……?……俺ぁこんなん初めて見たわ。……お?」
何やらタワーの上がさらに輝き出した。何本もの光の柱が現れ、荘厳な雰囲気を演出しようとしている。ただ、だからってここで黙って突っ立っていても仕方がないので俺達は
「驚きです。まさかここまで人間が辿り着けるとは。よもや異界の人間は皆これほど恐ろしいものなのですか……?」
なんて、1ミリも恐ろしさなんか感じていないような声色でマザーの声がどこかのスピーカーから響く。すると色んな所から生えている柱からあの鉄色の流体金属が流れ出してくる。しかもそれはマグマのようにただ地を這うのではなく宙に浮いたままうねり、たなびき、1つの地点で集合しようとしていた。
「んー?いやぁまぁ……俺なんて何度死にかけたことか」
───ドパァッ!と、今も際限なく流体金属を吐き出し続けている柱の1つに、何かを吐き出すような発砲音を置き去りにして超音速の弾丸がぶつかる。だが、何ものをも砕くはずのそれは俺の想定していた破壊をもたらすことなく、柱の一部を欠けさせる程度に留まった。
「もう一度私の提案を考えてはみませんか?……そもそも、自力で世界を渡れるのなら素直に帰れば良いでしょう?むしろ、私に協力してくれるのなら報酬も出しましょう。別に人体実験をさせてくれと言うのではありません、貴方達の持つ、私にとって未知の力の解析をさせてくれれば良いだけなのです」
「───うわ、本当に硬いな。どんな金属で出来てるんだろう?」
と、マザーの言うことなんて1ミリを聞いていない天之河が聖剣で柱を半分ほど斬る。両断とはいかないのはそれだけ柱が硬いのか、それともこれを半ばまでとは言え刃を通した天之河と聖剣が凄まじいのか。
「……愚か者共。機兵を倒した程度で私を打倒できると思っているのですか?お前達は私には絶対に勝てません」
その言葉は勝利を確信した奴にしか言えないセリフだ。そして、それだけの後ろ盾がなければそれを確信することはできない。
「条件を引き上げてあげましょう。報酬とは別に、この地での栄華も保障します。協力してくれれば、一旦元の世界に帰り、そしてまたこの地に戻ってきても構いません。そこでお前達に土地と人間を提供します。管理された世界の中で神になれるのです」
当然、元の世界とこちらの世界での行き来は自由です、とマザーが告げる。なるほど、確かにコイツにとっては最大限の譲歩なのだろう。例え俺達が自分の世界の軍事力を持って侵攻を仕掛けたとしても、それすら返り討ちにする自信もあると見える。それだけの後ろ盾の存在は気になるところだが……
「……天人天人」
クイクイと、ユエが俺の袖を引っ張る。
「んー?」
「……これは"世界の半分をお前にやる"という魔王お約束のセリフ。天人のセリフが盗られた」
「あっそうなの……」
ユエさんも最近ナチュラルに俺のこと魔王様扱いしてくる……。いやまぁここのところ俺も魔王を自称している気もするし、もうそれでいいか……。
「言ってやれよ神代、本当の魔王を見せてやれ」
俺が心の内で溜め息をついていると、何故か天之河までユエに便乗して俺とマザーを煽ってくる。そしてマザーの方は見事その挑発に乗ってバチバチと青白いスパークを瞬かせていた。
「よろしい。では被検体として飼うことにします。脳が無事ならばそれで良いのです。身体が残るなんて思わぬよう。愚かな選択を後悔しなさい」
マザーがキレた風でそんなことを言うと、床から鉄色の人型がせり上がってきた。そして垂れ流されている流体金属を羽衣のように纏ったマザー。
「…………」
「疾っ!!」
俺は
「無駄なことです。お前達の手札は既に解析済み」
俺の電磁加速された弾丸と聖剣の斬撃は不可視の力場に阻まれてマザーまで届かない。まったく、普段ならこんなもの氷焔之皇で封印して叩き潰してやれるのに。科学技術のなんと不条理なこと。
「……天人、それ全部敵が天人に思ってきたこと」
「あれ?声出てた?」
「……ううん。でも天人の考えてることくらい分かる」
あら可愛い。好きな女の子に心の中が筒抜けってのもむず痒いものがあるね。
「……舐めるな」
と、マザーから鉄色の触手が槍となり俺達に襲い掛かる。それを全員飛び退って躱せば今度は壁から銃火器がお見えになる。真ん中のエネルギータワーとやらの外殻はそれほどまでに頑丈なのか、放たれるフルメタル・ジャケットの弾丸もそれに考慮するような射線を通す気はさらさら無いようで、鉄の床を跳ねた跳弾がスパークを散らすタワーにぶつかる。けれど弾丸は更にそこから弾かれて明後日の方向に消えていった。
さらに、光の中から1歩出てきたマザーは白銀の髪の毛に黄金色の瞳、ファッションモデルのように細く長い手足。何故態々人型なのかは知らないけれど、傾国の美女と言って差し支えないほどの造形をした
しかも、マザーの周りには何やら菱形をした3対6枚の翼のようなものが浮遊し……それがこちらを向けばまるで銃口のような穴が見える。
浮かび上がりながらこちらを睥睨し、流体金属の帯を幾本も侍らせたマザーが指でこちらを指し示し───
「ここは私の楽園。侵入者よ、私に全てを捧げなさい」
そう、命令を下した───
「……私の全ては天人のもの」
「お前にくれてやるものなんて、1つも無いんですよ」
「神を気取る臆病者よ、直ぐにその座から引き摺り堕としてやるでの。待っておるのじゃ」
「───限界突破っ!」
ユエ達の口上に続き、天之河が限界突破を発動。不味いぞ、俺はそんな格好良い口上なんて用意もしてなければ当然思い付きだってしないし限界突破を使うほどでもない……。マジで格好付かねぇ……。
マザーから放たれる雷撃を躱しながら俺は何か格好良い台詞はないかと思案する。その雷撃は槍や球状ではなく、ただ放電現象そのままに放たれたようで、閃光が描く軌跡は不規則で俺達を飲み込むように襲い掛かる。結局それで時間切れ。俺は何を言うでもなくただ無言のまま戦闘に入ることになった。
そして、内心でさめざめ泣きながらもそれを躱せば、あの機械の翼から向けられた銃口───そこから放たれる電磁加速された弾丸が俺達を撃ち砕こうと青白い閃光となって空気を灼いた。
俺と天之河はそれを身を捩って躱す。シアはドリュッケンで弾丸を跳ね上げ、ユエは絶禍で自分とティオに迫るそれを吸収する。
「ユエ、コイツ持ってて」
と、俺はG10をユエに投げ渡す。そして肩に掛けていた電磁加速式アサルトライフルを腰だめに構えて引き金を引く。しかし放たれた弾丸は力場に全て受け止められた。んー、本当はあんまり俺達の力を晒さずにコイツを倒したかったのだが、中々どうして守りが固い。
「……お前達に使うことになるとは思いませんでしたよ」
と、マザーが憎々しげな言葉を何の感情も込められていなさそうなトーンで告げると、天井が開き、この世界の空が見えた。しかし雲の上の筈のここの天井には曇天が漂い、白い稲妻が迸っていた。そう言えば、G10はマザーが天候を操作できるとか言っていたな。これのことか。
「や、ヤバい……」
すると、マザーが何を繰り出そうというのか察したらしい天之河が顔色を変えて焦っている。確かにいくら勇者のスペックとは言っても自然界の雷の直撃を受けては命すら危ない。仮に生きていたとしても重傷、さらに回復に俺達のリソースを大きく割くことになるだろうな。
「ユエ、ティオ、任せたぞ」
「……んっ」
「応なのじゃ」
雷速の攻撃の処理はユエ達に任せる。とは言えそう何発も撃たせやしないさ。俺は両脚に力を込め、鉄の足場が歪むくらいに強く踏み抜く。ダカァンッ!という金属を強かに叩く音を響かせて、俺はマザーへ肉薄を試みる。だが俺が何の手もなくただ近接戦闘を仕掛けるとは考えていないらしいマザーは真っ直ぐ……まるでレールに乗っているかのように高速で後ろに逃げる。……どうやら本体も電磁加速しているんだな。しかも、雷の槍を空から降らせながら俺達に電磁加速の弾丸やレーザービームを放ってくる。
幸いマザーのレーザービームは緋緋神のそれとは違って光速ではない。銃口から曲がることもないし、瞬光を使っている俺ならばギリギリ見切れる速度だった。
だが頭上が光るのと同時に落雷が俺を襲う。雷による狙撃はしかしユエの絶禍に呑み込まれる。
さらに1歩踏み込む。今度は俺の眼前に鉄色の槍が下から現れ、俺の顎から脳天を貫こうとした。それを身体を無理矢理に反らせて躱す。2発目の雷撃はシアがドリュッケンで吹き飛ばした。え、貴女いくら落ちる場所が分かってたとしても、ドリュッケンで雷打ち落とせるの……?
頼もしい味方に戦慄しながらもさらに踏み込んだ俺の眼前に光の膜が現れた。それに迷うことなく飛び込めば、次に視界に入ったのはマザーの背中。ティオの空間魔法により俺はマザーの後ろへ肉薄したのだ。
「なっ───!?」
───
あらゆる物質の働きをゼロにする魔法。ユエ達の使うトータスの魔力による魔法ではない。あそことは別の世界で手に入れた魔素を媒介とする魔法。今までこの世界ではずっと隠し続けてきた新たな理論による一撃。それはマザーの力場を貫き、彼女の見目麗しい機械仕掛けの肉体を銀氷にしてこの世界に飛び散らせた───。
───────────────
「終わ……った……?」
G10は、この結末が信じられないかのように呟く。ユエの手から離れ、ふよふよと不安定に浮遊しながら俺の目の前……マザーが霧散してまだ銀氷が輝いているここまでやって来る。
空にはまだ曇天が我が物顔で鎮座しているが、人の心を掻き乱すようなゴロゴロといった雷鳴は聞こえてこない。むしろ雲が流れていっているから直にこの曇り空も晴れるだろう。と言うか───
「え……何を?」
俺は太陽光収束兵器を2門呼び出し、それを空に向けて解き放つ。極太の銃口から放たれた熱と光がこの世界の空を覆っていた暗闇を打ち払う。すると空から降り注ぐのは───
「綺麗……」
ふと聞こえた声は本当ならここでは聞けないはずの声。振り向けばそこにはアガレスと遠藤、それからジャスパー達までこの戦場に来ていた。
「空が、こんなに美しいだなんて知らなかったな……」
広がる青空を見上げたジャスパー達が見惚れたかのような溜息をついた。
「いきなりアガレスさん達が現れた時は何事かと思ったけど」
「でもこんな空を見られるなんて、思わなかった」
どうやらさっさと召喚装置を壊したアガレスと遠藤はジャスパー達を回収しに行っていたようだ。ま、マザーに人質として使われる可能性もあったし、回収してくれるのならそれに越したことはないか。
けど、まだ戦いは終わっていない。あれだけの自信を誇るマザーがまさかこの程度で終わるとは思えない。そもそもがAIなのだ。別の肉体───と言うか機兵やボディにバックアップを取っていたところで不思議ではない。
そして、俺の予感は直ぐに形になった。けたたましく鳴り響く警報。激しくスパークを散らすエネルギータワー。G10が即座に手近なコンソールから接続し、何が起きたのか把握しようと努める。
「そんな……発電施設の機能停止!?いえ、これは自壊プログラム!?」
「止めろ、G10!」
さすがにこの規模の施設を爆破されて全てを守りきる力は無い。ここにいる俺達だけならどうとでもなるが、こんな大きさと規模の施設が吹き飛べば、被害は下界にまで及ぶだろう。大質量の金属が大量に、高高度から降り注ぐのだ。傘も盾もない人類はほぼ絶滅だ。
「やっています!!しかし───っ!」
すると、鉄橋からガシャガシャと音を響かせ、ぎこちない歩き方でマザーによく似たロボットが現れた。
「言ったはずです……お前達は……決して……勝てないと」
「マザー……っ!まさか───」
「G10、お前はお前のやるべきことをやれ!コイツにバックアップがあることくらい、予想出来てねぇわけがねぇだろ」
「───はいっ!」
そうしてG10は作業に戻る。マザーも最後にゴルドランを放棄し真の軍勢とやらで俺達を叩き潰してやるのだと捨て台詞を吐いてボロっちい身体を捨てて動かなくなった。
「神代様……」
「んー?」
「コルトランの設備の9割が機能停止。発電施設も勿論含まれます。また、見せつけるようにデータが送られてきました」
G10が空中に映し出したそれはマザーの真なる軍勢とやらなのだろう。天機兵の軍勢がこちらへ向かっているらしい。その数は10万。聖地シャイアなる場所が本当のマザーの楽園……そう告げるG10の声色は、絶望に染まっていた。