機械仕掛けのディストピア世界は、人の手に戻った……だろう。この先この世界がどうなるかは知らない。きっとG10がそれなりに上手くやるのだろうが。
アイツも、取り敢えずマザーという支柱を失った世界が混乱に陥らないようにコントロールはするらしいし。もっとも、徐々に手綱を手放し、いつかは完全に人の手に世界を委ねるつもりらしいが。
しかもその証として俺と天之河、ジャスパーに自身の自爆装置の起爆スイッチを渡していたのだ。けれども俺はこの世界で生きていくわけじゃない。そんな俺がこの世界の何を握ろうと言うのだろう。そんなわけで、当然にそんなもの要らない俺はその場で絶対零度を使ってスイッチを消し去ったのだ。
そして、そんな俺を見て天之河もスイッチを俺に寄越してきたのでそれも併せてぶっ壊した。今あるスイッチはジャスパーのものだけだが、アイツだけはあれを持つ意義はあると思う。俺達のように別の世界で生きる人間ではなく、この世界で生きる人間がこの世界のスイッチを握っているのは当然のことだからだ。
今俺達は聖樹の馬鹿デカい枝の上で寝転んでいる。天之河もコチラに回収し、シア達は一旦砂漠の世界に戻ってもらった。この世界は人が科学技術で生きていく世界になるのだ。そこに俺達のようなオカルトチックな存在は必要無い。
「……シア達帰しちゃって良かったの?」
と、俺に膝枕をしてくれているユエが上から問い掛ける。シア達には砂漠の世界に戻ってもらったが、ユエだけは残ってもらっている。と言うか、帰る時にユエがイヤイヤしたのでまぁいいかとシア達だけで戻ったのだ。その時にはシア達に生暖かい目で見られていたけど、最近はルシフェリアやカーバンクルのことでユエには寂しい思いをさせたこともあるし、シア達もそれは分かっているから何も言わなかった。後であの子達ともそれぞれ2人で過ごさなきゃな。
「ま、後はアイツらの回収だけだから別に大丈夫でしょ」
アイツらとは生体ゴーレムに取り憑いた悪魔達のこと。今アイツらは機兵に乗り換えた奴も含めて、皆でマザーの残した超兵器の回収をしてもらっている。何に使えるのかは分からないけど、アーティファクトの作成やゴーレム達の強化、最悪誰かとの取引にでも使えるでしょうという、言ってしまえば何となく集めているだけだ。
一応、聖樹からもたらされた情報は共有してある。香織達の地球と、シアと共に落とされた地獄。ティオと飛ばされた竜の世界やエヒトが滅ぼした世界、シアが呼び出された世界、トータスにこの世界と砂漠の世界が全て聖樹、ないしは大樹やそれに類するもので繋がっていること。そして聖樹達は"素子"と呼ばれるそれらの世界に満ちるそれらの世界固有の異能の力の源をそれぞれの世界に合った形に変換して放出しているということ。それからもう1つ、聖樹ないしは大樹で繋がってる世界があるということ。ただし、地球と地獄の樹は既に存在しないらしい。
その他ウダウダと俺の頭の中に情報だけ叩き込んできたけれど、そのほとんどはあの大剣の使い道についてだった。しかもそれらの情報を言語ではなく概念で押し込めてこようとするのだから俺の頭が危うくパァになりそうだった。て言うか、思考加速と並列思考のスキルを働かせていなかったら確実に頭パァにされてたな。人の脳みその容量を考えてほしいものだ。
そうしてしばらくユエの太ももの上で甘えていると、下の方からワサワサと音が響いてきた。どうやら悪魔達が帰ってきたようだ。
「こりゃまた集めてきたなぁ……」
これ絶対後で回収品リスト作らないと駄目なヤツだ。いや、もう面倒くさいから全部G10にやらせよう。そんでG10が纏めたら紙で出力してもらおう。でなければ絶対に把握出来ない。俺の頭は今度こそ本当にパァになる。
「……G10、よろしく」
「はい。お任せを」
こういう作業は流石AIだけあって得意だし早い。悪魔達が機械の身体で差し出してきたこの世界の兵器の数々を一目見て把握し、記録していく。
「うい、ご苦労様でした」
そして、兵器の確認が終わった奴から順番に宝物庫の中へと戻っていく。この宝物庫も整理というか、環境もどうにかしてやらなきゃいけないんだよなぁ。今は作ったまんまの飾り気どころか光すらまともに存在しない筈だからな。
つらつら……つらつら……先のことをどうしたもんかと足りない頭で考えていると、そのうちゴーレム達は皆宝物庫の中に戻ったようだ。
さて、この世界の引き継ぎももう済ませてある。意外とリーダーの適性の高かったジャスパーがG10と上手くやるだろう。あの時は完全には外しきれなかった素子配列変換システムも宝珠と力技で取り除いた。もうこの世界に俺達は不要だ。
「じゃあ、1回帰るか。G10、後で取りに来るからさっきのリスト紙にも出しといてくれ」
「承知しました」
と、俺は宝物庫から越境鍵と羅針盤を取り出そうとして───
──あぁっ!奇跡です!再び世界が繋がるなんて!!──
そして最悪を予感させる言葉が響いた。しかも聖樹までもが急に光り輝き出した。もう誰に何を言われなくても分かる。何なら何故か天之河の聖剣と俺の大剣も輝き出している。無駄な抵抗と知りつつもそれらの剣から放出されている光の粒子に対して氷焔之皇を発動。けれども、やはりと言うかやっぱりそうだよねと言うか……ともかく氷焔之皇は全くの効果無し。俺はもう全てを諦めてユエを抱き締める。
「……これは?」
「……異世界転移。しかも拒否権無し」
多分また飛ばされた直後には厄介事に巻き込まれ、そしてそれを解決すると誓うまでは帰らせてもらえないどころか越境鍵の使用すら封じられるのだろう。
「……逃がすか遠藤!!」
「ぐわぁ!!本気の隠形すら見破るだと!?」
こっそり逃げようとしていた遠藤を氷で引っ捕まえてコチラに引き寄せる。そんな遠藤を更に天之河が勇者の膂力で拘束。そして4人して身体が薄くなっていき───
「───人を掃除屋みたいに使うんじゃあねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そんな俺の魂からの叫びを余所に、皆仲良く別の世界へと飛ばされるのでありました。
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視界が開けると、そこは光に溢れた世界だった。そして、そんな光の向こうから一人の女が歩み出た。穢れを知らない真っ白いドレスのような衣装にプラチナブロンドの髪の毛、深緑の瞳を持つ彼女はきっと絶世の美女とか傾国の女とか呼ばれるのだろう。ただ、彼女がおそらく無意識に醸し出している神々しさというか、その見目麗しさとは別に持っている存在感は俺の義眼を使わなくても彼女が超常の存在だと俺達に理解させてくる。
「私の名はアウラロッド・レア・レフィート。天樹の化身、調停者、あるいは女神と呼ばれる者。しかし、もはや私の力は及ばずに世界は危機に瀕しています……」
そう静かに告げた女。そして天之河を真っ直ぐに見据えたまま言葉を繋げる。
「どうか……この世界をお救い下さい、勇者様!!」
女神……また神様か。もう嫌だなこんなのに関わるの……。という俺の思いは誰に届いたのか。天之河は少しの間空を見上げ、そして拳をキュッと握り締めて───
「どうしてそこで諦めるんだ!馬鹿野郎!もっと頑張れ!君ならできる!君を信じる俺を信じろ!!大丈夫だ!やれるよやれる!!」
なんて、益体もないことを心のままに叫んだ。どうやら2度の強制異世界転移と無理くりの世界を救えという世界からの命令に天之河ももううんざりのようだった。しかも、天之河がそんな叫びを悲壮感溢れる女神様にぶつけている間に越境鍵を空振りさせていた俺はただただ盛大な溜息をついて、女の子座りをしたユエのお腹に顔を埋めていた。
「えと……もう既に5000年ほど不眠不休で働いているんですか……まだ助けてもらうわけには……はい、ダメですよね……自力で頑張りますね……」
すると、ユエのお腹に顔を埋めていたにも関わらずピカピカとやかましかった世界から急に色が失われていくのが分かった。暗くなった世界に何事かと仕方なく顔を上げれば露わになるこの世界の本当の姿。
と言うか、さっきまでの見栄えは映像の投影か何かで補正してたんじゃないかってくらいにアウラロッドさんの衣装もプラチナブロンドの髪の毛もヨレヨレで、やつれた肢体に目元には深ぁい隈が浮かんで……というかもうほぼ顔が死人だ。
で、そんな過労死寸前と言うか、過労死した傍から蘇生させられて働かされていそうな女神様に随分なお言葉を投げかけてあげた勇者様。しかし流石にこの様子を見て不味かったと思ったらしく、今度は優しく慰めてあげている。
「なぁ神代」
「言うな遠藤。帰るにはこの世界をどうにかしないと駄目だ」
でないと越境鍵が使えないので。鍵が刺さらないと異世界転移は出来ないんですよ。
というわけで俺は天之河に神水の入ったボトルを渡してやる。この女神様がどれほど役に立つのか知らんが少なくともこの世界の事情は把握しているだろう。俺達に必要なのは情報だ。戦闘力だけでなくユエもいるから色々できるだろう。最悪また世界に向けて宣誓してティオと香織を呼び出す。
で、天之河から受け取ったペットボトルに入った神水を飲み干したアウラロッドさんは空いたボトルの回収を断固拒否し、宝物だとか言い出す始末。面白そうだから動画を撮っていたのだが、やはりというか流石はイケメンというか、5000年振りに優しくされた女神様は見事に天之河に
「あーあ、これモアナに見せてやろーっと」
しかし人のピンチを動画に撮るってのは意外と楽しいものなんだな。まぁ流石に死に際を勝手に動画に収めるのはやっぱりどうなんだと思うけども。
「楽しんでないで助けてくれないかなっ!?」
「はいはい、どうせまたこの世界もどうにかしないと帰れないんですよね知ってます」
まったく、また世界の意思とやらに押し付けられた世界救済の旅かよ。俺は防犯装置じゃねぇんだぞ。仕方なしに立ち上がった俺は天之河ばっかり見蕩れているアウラロッドの頭を引っ掴んでこちらを向かせる。
「───と言うわけで、事情を全部話せ。アンタの都合なんか全部無視して俺ぁこの世界を救ってやる」
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まずは見た方が早いと言われて俺達はアウラロッドに連れられこの天樹と言うらしい巨大な樹木の外に出る。どうやら俺達が召喚されたのは木の洞と言うか、天樹の中だったらしい。
そして現れたのは雷撃を放ち九の尾を持つ巨大な狐のような化け物。遠藤曰く、あれは九尾という存在の化け狐らしい。尻尾の数がそのまま名前なんですね。
それと、この天樹はアウラロッドを絶対に死なせない。と言うか、気絶しそうになろうものなら不思議パワーでブラックアウトを防ぎ、どんな致命傷も瞬く間に回復させられていた。ある意味隷属に近い関係性のように思うのだが、言わないでおいてやろう。そんなこと言ったらアウラロッドが可哀想だ。
んで、九尾以外にもドンドコ妖怪や化け物の類が押し寄せてきていた。しかもこのドデカい天樹を狙って。
アウラロッドは天樹の
しかもこの天樹、目測で高さが3キロ程はある。直径もとんでもないくらいに広く、具体的にはよく分からない。ただ、多分ハイリヒの王都くらいは収まりそうだ。けれども、自然は残念ながら半径で1キロ程しか広がっておらず、その向こうは見れた光景ではない。
空には太陽こそあるが、空気が悪いのかスモッグが掛かっているようで、サンサンと輝く、とはお世辞にも言えない。本当にこの世界は危機的状況らしい。
九尾の方は天之河の聖剣が急に2キロ程伸縮して貫き殺した。その死に方も、ホロホロと崩れていくような死に様で、とても肉を持った存在とは思えない。
降って湧いた鼻の長い化け物は多重加速式拳銃で死角から頭を砕く。そうすればそいつもホロホロを灰になって消えた。あとさっきから宝物庫の中が騒がしい。て言うかなんで空間ごと断絶されているはずの宝物庫からそんなに要求を飛ばせるんだこれは……。
「……はいはい」
しかし煩いものは煩いので俺は仕方なしに宝物庫から黄金の大剣を召喚。何かもうやる気満々って感じだ。
「───えっ!?それは……」
で、どうやらアウラロッドさん、この体験の存在を多少はご存知の様子。これは後でお話してもらわなきゃなぁ……。
「取り敢えず……」
俺はこの天樹の周りに氷の壁を張る。それは高さが3キロもあり、直径だってこの聖樹を囲むくらいにはある超巨大なもの。さながらマザーが聖樹を囲っていたように俺も氷焔之皇を纏わせた氷の筒で天樹を覆う。
「それで?あれは何で、ぶっ殺しちまっていいのか?」
「───えっ!?あ、はい、彼らは狂いし妖魔。世界が断絶されたことで理性を失い、伝承という名の本能に引きずられた存在。ただ想念の源流たる天樹を求めるのです」
「……ユエ、解説」
「……はぁ。……アイツらは頭がパァになったから本能のままにこの天樹を襲うらしい」
溜息をつきながらもユエ様が俺にも分かりやすいように噛み砕いて説明してくれた。まったく、アウラロッドもこれくらい分かりやすく言ってくれればいいのに……。
「……女神様、話し合いの余地は?」
相変わらずお優しい天之河がそんな問い掛けをする。頭パァなんだから言葉なんて通じないと思うんだけどな。
「要は、だ。アウラロッド。アイツらは殺す他ないのか?」
「ご安心を、勇者様。彼らを討つことは死には繋がりません。妖魔の死とはただ1つ、世界からの忘却だけ。ここで討伐しても彼らはいずれ復活するのです」
「復活?生き返るってことですか?」
「正確には死んでいませんから生き返るわけではありませんので、再生とでも捉えるべきですが、おおよそそのような認識で構いません。むしろ、一時的とは言え狂った彼らを討伐することは少しの救いになるでしょう」
「……じゃあ俺からもう1個。俺ぁ不思議パワー……アイツらの放つ雷とかそういうのを吸収して自分の力にできる。アイツらは身体が血と肉じゃなくてそういう力で構成されてると思うんだけど、それごと吸収してもアイツらはそのうち再生されんの?」
物理的にぶっ潰すのは大丈夫そうだが、正直面倒なので俺の氷焔之皇が届く範囲はそれで全部終わらせてしまいたいものだ。
「……仮に、そんなことが可能なのだとして、問題ありません。彼らは様々な世界から流れ込む想念によって構成されますから。今の肉体にはそれほど意味は無いのです」
ふむ……ということはここは俺の独壇場ってワケか。て言うか、あの機械仕掛けのディストピアが面倒だっただけで基本的に魔法とか超能力とか溢れてる世界なら俺の敵なんてそうそう居やしないのだけれど。
「じゃあ行きましょうかね。ここで引き篭っててもどうにもならないし」
そう告げた俺はアウラロッドに先導させて天樹の上へと登る。道中でアウラロッドが天之河に抱っこされてデレているのは当然録画している。後でしっかりと
そして天樹から見下ろせばウジャウジャといるわいるわ、見上げても色々といる。理子とやったゲームで見たような奴からよく知らん奴までワサワサと気色悪いくらいに化け物共が湧いていた。
「それで天之河、お前はどーすんの?」
コイツがそれでも命を奪いたくはないと言うのなら別にそれでもいい。コイツらの相手なんて俺1人でも充分。そこにユエと魔法が十全に使える遠藤がいるのだから何の憂いもない。
「やるよ……今は女神様を信じる」
「あっそ、じゃあ1人で方角1つ分な」
と、俺が適当に歩みを進めようとしたその時───
「───皆さん伏せてっ!神鳴りがきます!」
アウラロッドがいきなり叫んだ。そして、空を舞うデカい竜から極大の雷撃が放たれた。だがその瞬間には俺は氷焔之皇の壁を展開。何の抵抗も無くそれは全て俺の力へと変わる。
「……え?」
それを見たアウラロッドの目が点になっている。壁で防ぐにしてももうちょい大きなぶつかり合いが起きると思っていたらしい。
「言ったろ、吸収できるって」
「諦めてください。コイツはこういう奴なんです」
えぇ……というアウラロッドの呟きはふわりと漂って消えた。ただ、竜の方は流石頭がパァ。何も理解していないようで今度は四方八方に雷撃をぶちまけている。けれどそんなもの俺の氷焔之皇の前では何の意味もない。面倒になった俺は氷の槍で竜を貫く。もちろん氷焔之皇を纏っているそれで貫かれれば、その存在をこの世界での魔力に相当する力で構成されていた竜はそれそのものが俺の力に変換されて収められた。
「───っ!?この気配は呪詛です!物理的な障壁は意味を成しません!浄化するまで耐えて───」
俺はアウラロッドの言葉を待つまでもなく天樹を覆っている氷の壁に蓋をした。すると呪詛もやはり壁にぶつかり、俺の力と変わる。とは言えこうなると俺以外は外に出れないな……。
「あ、あれ……?」
「えぇと……確かこの辺に……」
基本的に自分が使わないから存在を忘れていたあれを宝物庫をほじくり回して取り出そうとする。えっと……中々出てこないな……。あ、あったあった。
「はい、遠藤と天之河……あとアウラロッドもこれ」
神域に入る時のために作ったアーティファクト。魂への干渉を防いでくれるペンダントを3人に投げ渡す。元はシアがライセンで受け取ってきた珠である。
「……私のは?」
「ユエは俺ん氷焔之皇でいいでしょ」
あれなら飛んできた傍から俺の力になるし、ただ防いでくれるアーティファクトより有用性があるのだ。
「むぅ……私も天人から贈られたい」
「どうぞっ!」
俺は咄嗟にアーティファクトを取り出して恭しくユエの首に掛けてやる。ユエ様にそんなこと言われちゃあ出さないわけにはいかないよね。
「勇者様には私からもお渡ししたいものがあります」
と、俺が天之河に空力入りのシューズと金剛を張れるガントレットを渡していると、アウラロッドが胸の前で手を組みながら天之河を見つめている。その視線は……どこか見惚れるようにうっとりとしていて……何故か俺まで嫌な予感がしてくる。
「あ、はい」
「勇者様には聖剣ウーア・アルトがあるようですが……」
サラリと明かされる聖剣の銘。しかしその程度は些事のようでアウラロッドさんはお話を続ける。
「どうぞ!私のこともお受け取りください!」
「それは断固拒否したいです!」
「遠慮なさらずに!私の全てを勇者様捧げます!」
お願いだから話を聞いて、天之河のそんな切ない思いはぶった切られてアウラロッドは祈るように手を組み、そして───
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
きっと女神と呼ばれている奴が出してはいけない類の叫び声を上げながらビキビキと音を立てて身体の内側から木の根を生やしていく。いや怖……。え、なんか木の根に覆われて光だしたぞコイツ……。あ、なんか木刀が出てきた。でも木の割には切れそうな刃をしている……。
天剣アウラロッドと名乗るその不審な剣がピカピカ光ながら天之河に持たれようとしている。しかも天之河が元々持っている聖剣がペカーッと光出して何やら不満を漏らしているようだ。
だがもうここまできたら天之河にはアウラロッドを拒否することはできない。否が応でも天剣を振るうしかないと悟った天之河は嫌々ながらも天剣を手にした……その瞬間───
「うわ……」
何故か天剣から黒い光が放出されて天之河を覆ったのだ。そして光が晴れるとそこには───
「………………あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
元々の茶髪に白いメッシュが入り、左の瞳が緋色、右の瞳は翡翠色、しかも顔面の右半分には蔦と木の枝が絡まったような紋様が浮かび上がったのだ。これは……なんと痛々しい姿!!
「笑いすぎだろっ!!」
腹を抱えて笑い転げている俺に天之河がキレる。けど聖剣の刃に反射した自分の姿のあまりの痛々しさにそれも鎮まってしまう。
ちなみにこの間にもずっと俺の張った氷の壁にはボコスカと色んな攻撃がなされている。物理攻撃以外は全て何の抵抗もなく俺の力になっているからそれほど労力は割いていないが、このまま待っていても埒はあかないだろうな。
「あ〜笑った笑った……。ほんじゃま、行きますか?」
生理的な涙を拭いつつ俺はユエを後ろからハグしてそう告げた。それには天之河も遠藤もちょっとジト目をくれやがったがそれはいつものこと。
「……んっ」
「あぁ」
「おう」
俺の黄金の大剣もさっきからピカピカ喧しいし、さっさと終わらせてしまおう。きっとこんなもの、俺にとっては戦いにすらならないのだから。
「……ん」
「……んっ」
俺はユエと1つキスを交わし、俺達は4方向に別れる。目の前に広がるのは有象無象の群れ。狼煙代わりだと俺は前方に魔法陣を大量展開。視界を埋め尽くすそれらに魔素を注ぎ、極大の氷の槍を超音速で射出した。
音は無い。魔槍はそんなものを置き去りにした速度で放たれたから。瞬く間に妖魔とやらをまとめて吹き飛ばし、俺は左手で大剣を振るう。今度は莫大な熱量を誇る火線が妖魔の群れを消し飛ばした。更に右手には闇色の大剣───覇終を召喚。圧縮された漆黒の魔素を斬撃にして叩きつけた。
氷の槍が降り注ぎ黄金の熱線と夜色の斬撃が空を蹂躙する。10数秒後には俺の視界に妖魔とかいう存在は消え果てていた。
───────────────
あの程度の妖魔を退けたところで、この世界の滅びの道は続いているのだとか。まぁそりゃあそうか。アイツらは何らかの理由があって5000年もの間狂い続けているんだもんな。
で、アイツらが天之河や遠藤、果ては俺ですら知っている妖怪やモンスターの類によく似ている理由。それはあらゆる──きっと聖樹らで繋がっている世界に限るのだろうが──の伝承が具現化した存在だかららしい。どうにもこの世界のエネルギーは念素と呼ばれていて、アイツらはそれらを束ねることで具現化しているのだとか。
そして、色んな世界の伝承や伝説、果ては畏れや願いや祈り、尊敬や崇拝も全ては想念であり、この世界は天樹を通じてその想念を念素に変えているらしい。
……という話をアウラロッドからされたのだが、面倒な言い回しをされてよく理解できなかったのでユエに解説してもらったらそういうことのようだ。
ちなみに妖魔達の中でも特に強力な力を持つ奴らは今はアウラロッドが封印しているのだとか。とは言え、それを理由にアウラロッドの力もかなり制限されているらしいが。
「それで、妖魔達があーなってる理由は……その想念とやらが入ってこないから腹ペコなんだろ?んで、想念が入ってこない理由は、世界がそれぞれ断絶されたから」
この辺の知識は聖樹から無理矢理頭の中に突っ込まれたものだ。あんまり思い返そうとすると頭がパァになりそうだから出来れば考えたくはないのだけれど。
「なっ……何故それを……!?それに、貴方の持つその黄金の剣、それは一体どこで……」
「んー?知識はアンタが俺達を呼び出した時にいた世界でこの天樹と似た存在……向こうじゃ聖樹とか呼ばれてたけどな。それから教えられたんだよ。剣の方は……聖樹のエネルギーが尽きかけてたからたらふく食わせてやったんだけど、そのお礼だってさ」
これと一緒に渡された宝珠も見せてやればアウラロッドはただでさえ大きな瞳が零れ落ちそうになるくらいに目を見開いてこれを凝視している。
「……そう、ですか。えぇその通りです。加えて言えば、想念の循環が滞って濁ってしまったことも原因です……」
なるほど、水だって流れなければ腐るもんな。と言うか、何事も巡り巡って循環していかなければいつか朽ち果てるのだろう。きっと、それへ魂であっても同じこと……かもしれない。
「ま、完全にゼロになったワケじゃあなさそうだけどな。お互いの世界を繋いでる天樹達だって完全に消えたのはこの勇者と中二病患ってる忍者の世界と地獄世界の2本。トータスのはいつでも復活できるようにはしてあるけど、今は意図的に枯らされてる。知ってる中で元気なのはルトリアのところと、ついちょっと前まで死にかけだったこの大剣の世界のやつだな」
ここら辺の知識もそれはそれは強引に聖樹に叩き込まれた。まったく、俺はそろそろ頭痛がしてきたよ。だからユエさんや、俺にお膝を貸してくださいな。
と、戦いも一息ついて俺のために女の子座りをしたユエの太ももに頭を乗せて横たわる。そしてそのまま言葉を続けた。
「この天樹達で繋がってる世界は全部で9つ。その全てが別の1つの世界───魔力やら星精力の源になった素子とか言うやつを生み出す世界に繋がっている」
アウラロッドの「何故それを!?」みたいな顔は放って俺は話を続ける。だからだいたいは聖樹に聞いたって言ったでしょ。
「で、今の奴らをぶっ飛ばしただけじゃあ終わらないんだろ?何をどうすればこの世界は救われる?やってやるから全部話せ」
俺がユエに膝枕をしてもらいながら睨めば、アウラロッドは諦めたようにこの世界を救う方法とやらをポロポロと語り始めた。
───────────────
「じゃあ行ってくるよ」
遠藤を越境鍵で送り出し、俺とユエも向こう側への扉を開いてこの世界を救う第1歩を踏み出そうとしていた。
この世界を救うには根本的には9つ全ての世界から想念がこの世界に送られるようにしなければならない。そのためには各世界の天樹復活が必要なのだが、地球や地獄、エヒトが滅ぼした世界等からは消えてしまっている上に砂漠の世界は詳細不明。マザーの支配していた世界は、想念を生み出す人間の数が根本的に足りていない。
そのため、それらを力技で復活させるにしろ、それまでにこの世界が滅亡する公算のほうが高い。だからまずはこの世界をある程度持ち直させなければいけない、というのがアウラロッドのご説明だった。
そして、この世界の女神はなんと半分職業でアウラロッドも5000年前に前任者から引き継いだのだとか。しかも前任者はこの世界の四方に小天樹なる枝分けした小さな天樹を植えたらしい。それが復活すればその周りの妖魔は正気を取り戻すだろうとのこと。ただ、これも4本のうち2本は既に朽ち果てて終わってしまっているらしい。
なので俺とユエ、遠藤は残りの2本を復活させてこの世界の均衡を多少なりとも取り戻す。そして今度は繋がっている9つの世界の天樹をどうにかする、というのがこの世界を救う方法らしい。
で、その復活にはアウラロッドが用意した天樹を更に小分けした枝を使うらしい。俺達はそれを受け取り、遠藤は既に旅立った。
ちなみに天之河は防衛役。またいつ妖魔共が攻めてくるか分からないからな。こういう大人数を守る役割はやはり勇者がふさわしい。それに、天之河が1番天樹の恩恵を受けられるからな。
「あぁ、こっちは任せてくれ」
「では、お願い致します。神代様、ユエ様」
「ん」
「……んっ」
2人のお見送りを受け、キスを交わした俺達は扉をくぐる。そして視界が開ければそこはこの世界の北の果てだった。
「……思ったより暖かいな」
「……んっ。北って言うからもっと寒いかと思った」
この世界はどこもそれなりに温暖な気候なのだろう。まぁ俺にとってはそれほど関係は無いのだが、景色が寒々しいのはあまり好みではない。
とは言え、気温がそれなりだからと言って景色もそれ相応かと言われるとそうでもない。やはり滅亡寸前の世界。"小"天樹と言っても300メートルくらいはありそうな巨大な樹木と、それが雑草にでも思えてしまいそうな程に巨大な人型の化け物。所謂巨人とやらが咆哮をあげながら小天樹を殴っている。どうやら結界のようなもので守られていて、それなりに持ち堪えてはいるようなのだが、それが一体いつから続いていていつまで保つのか、きっと時間的猶予は人間の感覚であっても幾許も無いのだろう。
むしろ、ビキビキと響く不吉な音が知らせるのは頼みの綱の結界があと数発も巨人の鉄槌を耐えられないのだということだけだった。それはとりもなおさず、小天樹がへし折られるまでのタイムリミットであった。
さて、と1歩踏み込んだ俺は左手の大剣を強く握る。ピキピキと音を立てたそれから俺の体内に電流が流れていく。足元で魔力を爆発させ、重力操作のスキルも相まって一息の間に俺は振り上げられた巨人の鉄拳と小天樹の間に身体を滑り込ませた。
そして俺の存在なんて全く眼中にないかのように振り下ろされる巨人の拳。大きさを考えれば、いくら俺の身体が化け物であっても一瞬の抵抗すら許されずに結界と拳の間で小さな羽虫のように潰れて終わるだけのストーリーは、しかしその結末を迎えることはなかった。
「───オォォォォォォォッッ!?」
巨人が蠢く。自身の右手が手首から消え去ったからだ。
──絶対零度──
速さも大きさも関係なくただそこに触れた物質の全てをゼロにする氷の元素魔法の極地。それが、まるでサッカースタジアムくらいはありそうな巨人の拳を消し飛ばしたのだ。
そして俺は左手の大剣を振り上げる。その刃から放たれた星精力は莫大な熱量を持つ光となり巨人の身体を縦に割いた───
「オォォォォォォォッ!」
───と思ったのだが、やはり大きさが根本的に違いすぎるのか、巨人的には薄皮1枚切り裂かれた程度にしか感じていないらしい。
「……もうちょい出力上げられる?」
と、俺は大剣に聞いてみる。ダメ元だったけどペカーッ!と光ったそれは、多分"いけるよ"とでも言ったのだろう。きっと。
俺はそれを了解と受け取り、大剣を握る左手に力を込める。するとペキペキと大剣から音が響く。何かと見やれば大剣の鍔から木の根っこのようなのもが生えてきて、俺の腕に触れてきた。しかも多重結界をすり抜けて俺の体内に侵入している。……コイツ、俺の
まぁいいかと俺は体内の星を回す。そしてもう一度黄金に輝く大剣を斬り上げるように振り抜いた───
「オォォォォォォォォォォォッ!!!」
今度の熱線は巨人の胴体の厚みの半分ほどまでくい込んで焼き切った。更に大剣を振り下ろせば黄金の光が莫大な熱量を伴い放たれた。それは巨人の腹に大穴……しかし巨人の体格的に比べると小さい──人間なら9パラが貫通したような──虚空を空けた。
「……千断」
そして響くユエの声。それは空間魔法の引き金を引く音であり、もたらされる結果は無数の切断。バラバラに引き裂かれた巨人がホロホロと消滅していくのを尻目に俺とユエは小天樹の天頂に降り立つ。
そしてアウラロッドから渡された天樹の小枝を頭上に掲げれば、それから小天樹へ光が降り注いだ。その光を浴びた小天樹は元の輝きを取り戻し、枯れていた枝葉は生命力をの産声を上げる。アウラロッドから聞いた目安では約半日ほどこれを掲げていれば小天樹は再び力を取り戻すということだった。さて……
「……天人、横着」
「だってさぁ……半日もこれ持ち上げてんの面倒臭くない?」
俺は氷でポールを作って小枝を頭上に固定。さてさて、あと半日は妖魔の襲撃を警戒しつつこの場でダラダラと過ごさせてもらいますかね。
と、俺は宝物庫からソファーベッドを召喚し、ユエと共にそこに身体を横たえるのであった。