セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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箸休め回となります。次回以降から本筋に戻りますが、一旦書き溜め補充期間とさせてください。終わり方はだいたい決めてるので、エタりはしません。


お茶会

 

 

「なぁ……俺まで練習する必要あんの?」

 

右腕を振れば、その先の手に握られたラケットが蛍光イエローのボールを捉えた。それは強く張られた網の反発力によって跳ね返り、ボールをネットの向こう側へと弾き返した。

 

「当たり前だろう」

 

するとネットの向かい側に立っていた銀髪碧眼の美人は半袖のウェアと同色の短いスカートを翻しながら俺の弾いたボールに追いつき、再度こちらへ打ち返してきた。

 

とある夏の日。俺とジャンヌは公営のテニスコートでテニスに青春を捧げている───わけではない。

 

いや、確かに俺達はテニスをしているのだけど、気合いの入った可愛らしいテニスウェアを身に纏ったジャンヌと違って俺は左の鎖骨付近に有名なスポーツブランドのロゴの入った白いシャツと裾にシャツとは別のスポーツブランドのロゴが入った黒い短パンを穿いただけのラフな格好だし、私物らしい派手な柄をしてグリップには滑り止めなのかテープが巻かれているジャンヌのラケットと違って俺のは受付でレンタルした安い借り物。明らかに初心者丸出しの素人が経験者にテニスを教わっているようにしか見えない。

 

そもそも、トータスじゃ魔物を喰いまくって人間の枠から飛び出た体力の俺が普通にスポーツに興じて良いわけもなく、今だって得点なんて競わずにただラリーを続けているだけだ。

 

「そりゃあ俺ならいくらでも勝てるけどさぁ」

 

ジャンヌが俺のコートに打ち返したボールを再びラケットで打ち返す。

 

「勝ち負けはそれほど問題ではない。それなりに上手く出来れば大丈夫だろう」

 

ジャンヌは武偵高じゃテニス部に所属していて実際の腕前もまぁまぁ良い。何度かジャンヌの試合も見に行ったことがあるけど、結構勝率は良いように思える。

 

「そろそろラリーにも慣れただろう。……サーブを打ってみろ」

 

ポーン、とジャンヌがボールを高く打ち上げた。それは5メートル程空に上がり、綺麗な放物線を描いて俺の元へと落ちてきた。

 

「サーブって……」

 

俺の右手前に落ちて弾んだそれをラケットを叩きつけるようにしてもう一度真下の地面へとぶつける。そして真上に跳ね上がったボールの軌道に合わせて俺も軽くジャンプしながらラケットを振り上げ───

 

「───こういうの?」

 

そしてラケットを振り下ろす。

 

ガットのど真ん中からやや上寄りにミートしたボールは──パカーン!──と軽快な音を立ててジャンヌ側のコートへと突き刺さった。

 

そのままジャンヌの真横を素通りしたボールを、ジャンヌは1つ溜め息をついてトコトコ追い掛ける。そしてこのコートを囲っていたフェンスにぶつかり地面に転がっているボールを拾ったジャンヌは俺をジト目で見ながらまた1つ溜め息。

 

「出来るなら良い……」

 

そうしてジャンヌはそのボールを再び俺の方へ打ち返してくるのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「イェー!ようこそハッピーパーティへ!ウェーイ!」

 

ハッピーパーティ、略称にしてHP。ホームページかヒットポイントか。しかしそんな単語とは縁遠そうな浅黒く日焼けした肌を持つ目の前の男。名前を西園寺聖真とかいったか。随分とフレンドリーな態度だが、言葉にどこか軽薄さを感じる。

 

ただ、俺達を迎えてくれたのは彼以外にも何人もいて、男女共それぞれ楽しそうな雰囲気でサークルに新たな仲間が加わることが心底嬉しそうに見える。

 

さて、俺とジャンヌが態々テニスのサークル───それも大学の垣根を越えたインカレサークルなんてものに加入した理由は、当然お遊びではない。(れっき)とした武偵の仕事で俺達はとある都内の大学のインカレサークルに潜入(スリップ)しているのだ。

 

「どーも、天人です。宜しく」

 

「ジャンヌだ。これから宜しく」

 

なんか西園寺聖真さんが右手を上げてきたので俺は彼の手のひらにパチンと自分の手のひらを当てる。すると西園寺さんは「ウェーイ」と声を出すが、顔からしてどうやら俺の行動で正解らしい。それを見たジャンヌも俺に倣い彼とハイタッチ。再び西園寺さんは「ウェーイ」と反応してニコニコと笑っている。

 

するとそれが何らかの合図だったのか彼の後ろにいた男女がそれぞれ俺とジャンヌのところへ集まってきた。

 

「ジャンヌちゃん肌キレー!え、マジ何人?」

 

「君かなり鍛えてるでしょ?見れば分かるよ」

 

などと、女子達はジャンヌへ、俺の元には男子がそれぞれ集まって質問をぶつけてきている。それに対してジャンヌは生真面目に「ありがとう。フランス人だ」なんて返している。俺は俺で「まぁ、男は筋肉っすよ」とか何とか、思ってもないと言うほどでもないけどだからって真面目でもない緩さで適当に返していく。

 

やはりと言うか何と言うか、最初はジャンヌにはその美しさについて、俺には趣味とかテニス歴とか、そんな当たり障りのない質問ばかりが飛んでいたのだが、遂に質問の種類が変わる。つまりはまぁ……

 

「ジャンヌちゃんってカレシいんの?」

 

「天人は彼女いるのか?」

 

最初、想定される質問について俺とジャンヌで口裏を合わせる時答えに一瞬迷った質問。だが俺達の間ではやっぱりこの答えしかないなと頷きあった。

 

「天人だ」

 

「ジャンヌ」

 

俺達は一呼吸も置くことなくお互いを指さしあった。今回の任務の性質上、俺達はお互いに初対面、もしくは知り合い程度の関係性として振舞おうかという案もあったのだ。だけど、コイツらに見せる顔なんてほとんど全部嘘ではあるけれど、ジャンヌとの関係にだけは嘘をつきたくなかったのだ。そしてそれはジャンヌも同じ気持ちだったようで、結局俺達はお互い恋人同士であることを隠さずにこの潜入に臨むことにしたのだった。

 

そしてそんな俺達の答えに外野がキャイキャイ騒いでいる。だが俺達にとっては今言ったことは全て嘘偽りの無い事実であるし、何ら後ろめたいことはない。

 

『今んとこは、普通の大学生って感じ?』

 

『さっき、西園寺聖真がウェーイと何度か意味も無く言っていただろう。彼らは所謂"陽キャ"という人種のようだ。理子からそう教わっただろう?』

 

なるほど、確かにな。言われてみれば他の奴らの喋り方も独特で、理子の言う"陽キャ"っぽさがある。

 

俺達の今回の任務は武偵高───もっと言えば国から降りてきた任務で、この大学……と言うよりもこのインカレサークルを発端にして違法な薬が流行っている可能性があり、その調査及びここが発端だと判明した場合はその対処をしろ、というものだ。

 

元々は俺個人にきた以来なのだが、潜入(はい)る前にどんなところか情報科のジャンヌに探ってもらっていたのだ。そして、その結果を持ってくると共に自分も一緒に行くと言い出して今に至る。

 

前にも別のところで似たような任務は完遂したことはあったがその時とは随分と違う人種のようで、そういう奴らのノリというのを理子に聞いたところ"陽キャ"なる存在について教えてくれたのだった。

 

それを思い返した俺は彼らのノリも「そういやそういうもんだったな」と納得する。まぁ、アリアがキンジにベルト投げ返した時の武偵高の教室も似たような騒ぎだったし、恋バナで盛り上がるのは人類の共通点なのだろう。その中でも彼らはこう……特に意味の無い単語の羅列が多いというだけで。

 

 

 

───────────────

 

 

 

さて、まだ確定したわけではないのだけれど、今回は潜入調査と言っても事件(ヤマ)事件(ヤマ)だ。ちょっとトロイの木馬宜しく内側から暴れ回るなんてことはできない。加害者の逮捕と(いるのならば)被害者の救出の他にこの手の任務の最重要課題は流通経路を見つけることとそこを押えることだ。そして出来ればその先の組織の一網打尽まで行えれば尚良しとなる。

 

そのためにはまず彼らに信用され、深くまで潜り込む必要がある。コイツらが適当にばら蒔いているのならともかく、きっとそうではないのだろう。そもそもそんな十把一絡げな売人程度なら態々武偵の俺にまで仕事は回ってはこない。

 

それなり以上に巧妙に隠されていて、広く一般──最近じゃそこらの主婦ですら薬は手に入る──には出回っていないのだろう。少し前にはオリジナルドラッグなんてもんもあったくらいだ。こっちも似たようなものがある可能性は充分だ。

 

正直なところ、この手の任務であればユエの神言と俺の羅針盤の出番なのだが、仮にも国に結果を報告するレポートのどこに「魂に働きかけて言うこと聞かせました」だの「望んだものの在り処を指し示す羅針盤で発見しました」だのと書けようか。

 

多少の超能力(ステルス)ならば超偵も認知されているからには問題なかろうが、いくら何でもユエの神言や概念魔法の付与されたアーティファクトは報告には些か差し障る。

 

それに、俺はこれでも公安0課───今は武装検事達に身柄を狙われている身。あまり手の内を明け透けにはしたくない。

 

というわけで俺は有難くジャンヌの申し出を受けることにしたのだ。こういう他人との距離感が近い男とシアは相性悪いだろうし。……いや、別にジャンヌなら大丈夫というわけではないが、シアよりは上手にあしらえるだろう。シアだとかなり冷たく突き放すのは目に見えているからな。

 

ま、ジャンヌもスポーツをやっている程度の一般人には喧嘩で負けるわけもないし、戦闘力に関してはそれほど心配もしていない。問題は如何に彼らの懐に潜り込むかの1点であった。

 

そんなわけで───

 

「───それじゃあ新しい仲間にカンパーイ!!」

 

「「「カンパーイ!!」」」

 

俺達は今、西園寺聖真の主催する歓迎会に参加していた。場所は新宿の居酒屋。全国的にチェーン展開している店で、秘密の取引なんてものには適さない。とは言え、ここはまだ彼らの信用を得る段階で、焦る必要も無いだろう。俺はトータスで得た耐性もあって酒には酔わないし、ジャンヌの口の中にはそれ用のアーティファクトを仕込んであって、アルコール飲料の類は全てそっちに流れるようにしてあるのだけど。

 

そんなわけで俺達は配られたビールのジョッキを勢いよく傾ける。酒に酔えない俺にとってはアルコールなんてものはどうでもよくて、味よりも喉越しを楽しむこの飲み物にも如何程の感動も無いのだけれど、取り敢えずビール、というのがこのサークルの風習のようだしそれに逆らう必要も無い。

 

ジャンヌも周りの奴らとグラスを突き合わせたそれを口に運ぶ。魔力感知の固有魔法のおかげで、アーティファクトがジャンヌの飲んだビールを正常に取り込んでいるのも分かる。

 

一応、ジャンヌとの関係で嘘をつきたくないという以外にも、俺達の関係を話せる範囲で明かしているのにはもう1つ理由がある。

 

元々、理子からこのサークルは"チャラい"と聞いていた。そして、とんでもないくらいに美人のジャンヌは男連中から相当にモテるであろうことは想像に難くない。と言うか、当たり前のようにちょっかいをかけられることは分かっていた。

 

だが、ここはトータスではないので、目の前に彼氏がいるのであればそのように()()()()になろうとする輩はかなり少なくなるはず、というのも理由の1つであった。

 

果たしてその牽制の効果の程がどれくらいあったのか。取り敢えず今のところジャンヌは女子組に囲まれているようだ。ま、あの子は女子からもかなりモテるからな。武偵高でもファンクラブができているようだし、あれはあれで男避けになるだろう。

 

なんて安心していられたのも束の間。飲み会が始まって30分くらい経った頃だろうか、西園寺聖真くんがフラフラと席を立ちジャンヌの傍に寄ってきた。女子達も西園寺がジャンヌに話しかけに来たのを認めると直ぐにジャンヌの真横の席が空く。このサークルの力関係で言えば彼がトップカーストなのは分かっていたが、結構露骨だな。まさか女子もその順位付けの中に含まれていたとは。

 

「どう?楽しんでる?」

 

と、西園寺は新入りのジャンヌを気遣うような言葉で会話を始めた。て言うかその言葉、まず近くにいた俺に言うんじゃないんかい。

 

そんなツッコミが喉から出かかったがどうにか堪える。とは言えジャンヌも流石にこれを冷たくあしらう気は無いようで、ふと彼を見やると「あぁ。皆気の良い人ばかりだ」と女子達を見渡しながら返していた。

 

ビックリするくらいには美人のジャンヌがそういうことをすると、女子でも()()奴はクるようで、何人かはちょっとポゥっとした顔をしてジャンヌに魅入っている。

 

「や、それならマジ良かった。ジャンヌちゃんマジ美人だからみんな嫉妬してんじゃないかと思ってサ」

 

何がジャンヌ"ちゃん"だ、はっ倒すぞ。なんて思ったがどうにか顔には出さずに堪える。ジャンヌも距離感の近さに一瞬眉根が動いたがそれだけ。お澄まし顔で「ありがとう」なんて返している。

 

ふむ、ジャンヌもようやく褒められ慣れてきたな。前は俺がちょっと可愛いだのなんだの言うだけで顔を真っ赤にしていたが、最近はそれも大人しくなってきていたしな。それに、今は俺という相手がいて、他の興味のない男から多少言い寄られてもそれで何か感じ入るものもないのだろう。これは彼氏としては1つ安心できるな。

 

で、そんな俺の心の内を知ってか知らずか女子連中はそんな西園寺の言い様に「ひどーい」とか「そんなことないよー」なんてブー垂れながらも笑っている。まぁ、西園寺がこの手の冗談を言うのは日常なのだろう。他の誰もあまり気にした風ではないようだ。

 

すると、俺の肩に腕が置かれる重みがあった。見れば、(設定上20歳ということになっている)俺と同い年というサークル仲間の進藤がジャンヌと西園寺達を眺めていた。

 

「んー?」

 

「や、聖真くんってマジイケメンじゃん?天人も彼氏だからってウカウカしてらんないかもよ?」

 

確かに西園寺の顔はそれなりに整っている。男ではあるが美容にもそれなりに金を掛けているようで、肌もかなり綺麗だ。俺?俺は変成魔法でちゃちゃっと済ませてます……。

 

ちなみに西園寺は21歳。進藤よりも1つ年上なのだがこのサークルでは年上にはくん付けで呼んでも大丈夫という風習があるようだ。そこら辺は武偵高よりもだいぶ緩いな。

 

「んー?……ま、仮にジャンヌが俺んことを好きじゃなくなったとしても、俺以外ん男に惚れるなんてねぇよ」

 

「うぃ〜。スゲェ自信じゃん」

 

「自信ってか……まぁ、そうね」

 

ジャンヌとはイ・ウーの時だけでなく、ジャンヌが武偵高の預かりになってからだって何度も任務を一緒にこなしているし、今や恋仲である。こうなってからもそれなりのことはしていると思っているし、他の男がそう簡単に割って入れるとは思えない。

 

まぁ、だからと言ってジャンヌに愛情を注ぐことを疎かにするわけでもないのだけれど。そんなことをするのは今の俺達の関係である以上彼女に失礼だし、他の子にだって顔向けできない。そもそも、そんなことをするくらいなら、最初からジャンヌのことを受け入れたりしていない。

 

───という話を彼にすることは当然できないので俺はこんな曖昧な言葉を返すに留まるが、進藤にとってはこんなんで充分だったらしい。何やら納得したような顔をすると俺にサムズアップを向けてきた。正直「ダッセェ」とは思うけど、ここでそれを鼻で笑うのも悪いので俺も同じくサムズアップで返してやる。すると今度は「うぇーい」とハイタッチを要求されたのでそれにも応じる。

 

で、何故かそれを見た他の奴らからも「うぇーい」の謎音声と共にハイタッチを要求されたので俺はそれらにも全部応える。

 

「うぇーい。なになに、楽しそうじゃん」

 

と、俺達の奇行を見かけたらしい西園寺がこちらに戻ってきた。俺の横にいた進藤がズレるとそこに入ってきた西園寺が俺の肩に手を回す。ふわりと香る男性用香水の匂いがどこか俺の警戒心をくすぐる。

 

だがそんなことは他の誰にも関係がなく、ただ喧騒の時間が過ぎていく。その間、結局彼らの話す言葉の3割は意味が分からなかった。言語理解というのはどうやら若者言葉は対象外のようだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

西園寺聖真の通う大学の最寄り駅から30分程度。近からず遠からずの距離感の位置に借りたアパートの一室。それが今回の任務における俺とジャンヌの拠点(キャンプ)だった。学生2人で同棲するならそれなりに妥当と思われる家賃。それゆえに普段俺達が暮らしているマンションと比べるとセキュリティも何もかもが心許ない。

 

とは言え俺にはアーティファクトがある。壁の防音は空間遮断によって為されているし、侵入者対策も用意してある。ま、入ってくる奴に対しては俺がいればそれだけでこれ以上ないセキュリティではあるんだけどな。

 

そんな仮住まいの我が家へ俺達は帰ってきた。あの後の西園寺は何だかジャンヌの近くにばっかりいたような気がするが、特にベタベタとジャンヌに触れるわけでもなかったからある程度放っておいた。

 

帰りしなに女子達の様子をジャンヌに聞いてみたが、人気者と思われる西園寺をジャンヌが独り占めみたいな状態になっても彼女らの態度は変わらなかったようだ。お手洗いにも何人かの女子と一緒に行ったようだが、その時も西園寺について何かを言われたわけではないとのこと。

 

西園寺はサークル内でも人望を集める人物のようではあるが、どうやらあのサークル内では特定の人物と深く付き合っているわけではない様子。もっとも、西園寺の恋愛対象が女性であるという確認はしていないし、仮にそうだったとしてもあのサークルの女子全員が西園寺の……所謂ハーレムを構成している可能性もあるのだが……。

 

「……そういえば」

 

「あぁ。天人も気付いていたか」

 

俺があの場でふと感じた違和感。もっとも、それは特段おかしなことではないのだが。だからこそ、俺も見逃しそうになったのだ。

 

ただ、どうやらジャンヌも俺と同じことに気付いていたようだ。チェーン店の居酒屋にあって少人数ならともかく、20歳以上の人間が10人以上いたらあまり見かけないであろう、ただし可能性としてゼロではない上にここ最近であれば有り得ても何ら不思議ではないという半端な絵面。つまり───

 

「……誰もタバコ吸わなかったな」

 

「あぁ。……おかげで髪や服にあまり臭いが付かなくて良かった」

 

「んー?……ふんふん。確かに、いつも通り良い香りだ」

 

と、俺はジャンヌの銀髪のポニーテールを手で掬ってその香りを楽しむ。漂うのは若葉のような爽やかさとクリームのような甘い香りの入り交じったジャンヌの香り。俺の大好きな香りの1つだった。とは言え所詮は居酒屋。やっぱり服やなんかはそれ相応に臭いが付いている。

 

「……ん」

 

俺に髪の香りを嗅がれたジャンヌが擽ったそうに身を捩るが俺は後ろから手をジャンヌのデコルテに回して抱き寄せる。そうして髪の毛だけでなく耳の裏や首筋に鼻を埋めてジャンヌの香りをもっと深く楽しむ。恥ずかしいのと擽ったいのとでジャンヌが俺から離れようとするけれど、俺はジャンヌの膝裏に右手を回して自分の膝の上に乗せてしまう。そうして今度は前髪を上げて、晒された白くて形の良いおデコにキスを1つ落とす。

 

すると今度はジャンヌの方から唇を向けてきた。俺が瞳を閉じてそれを受け入れるとジャンヌの唇が俺のそれに触れる。チュッと小さなリップ音が鳴り、それを合図に俺達は互いの唇と口腔を貪るように求め合う。

 

「んっ……ちゅ……んんっ……」

 

「ちゅ……んっ……んぁっ……」

 

舌と舌が絡まり合い唇同士が押し付けられる。鳴るのはリップ音と水音、それから俺とジャンヌの吐息ばかり。夏の夜は更けていく。昼間にたっぷり吸い込んだ太陽光の熱が冷めやらない都会の夜の熱に浮かされるように俺とジャンヌも情欲の熱の中にその身を投じていくのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「西園寺から()()()に誘われた」

 

あれから少し経った頃、ジャンヌからそういう報告を受ける。この頃には俺とジャンヌは西園寺達のやっていることにある程度の調べがついていた。

 

どうやら西園寺達は()()()と称して男女複数人で薬物パーティーを開いているようなのだ。ただ、あのサークルの男子でこのお茶会に参加していると思われるメンバーは西園寺と他に2名。女子の方もたった数人だけで、殆どの奴らはこのお茶会の存在自体を知らないであろう。

 

しかしこのお茶会、幾つか別の問題がある。まず1つ目はこれの主催が西園寺ではないこと。と言うか、このサークルのメンバーではない。もっともOBではあるようで、サークル内でも名の知れた人間ではある。名前は椎名拓也。

 

2つ目、コイツの()が結構デカい。て言うか当然に堅気じゃない。壊滅までやろうとすると俺1人では時間が掛かる。

 

そして3つ目、このお茶会の()()()は近隣のお嬢様学校からも集められた、女子高校生や、なんと中学生をも含めた女ばかりだということ。言い淀みつつも言い替えれば、ただ薬打ってラリって楽しむだけの()()()()()()ではないということだ。て言うか、ゲストの女の子達が揃いも揃ってみーんな可愛いツラしてたからな……。

 

下手したら西園寺の薬物検査は陰性になる可能性もある。まぁ……薬物使用以外の大半の法律に引っかかってはいるだろうから、しょっぴくのはそれほど難しくはないのだけれど……。

 

そんなわけで、ジャンヌもお茶会に呼ばれた。こっから先は危険度が段違いに高くなる。薬を盛られるのは女だけだろうし、どうにかして飲ませるか打つかさせるだろう。ちなみに俺の見立てでは飲ませるタイプ。ジャンヌも同じ推理のようで、だから俺達はあれをお茶会と呼んでいるのだ。

 

「分かった。……俺も直ぐに行くけど、気ぃ付けろよ?」

 

「分かっている。お茶は飲まない」

 

当然ジャンヌには小型のカメラを付ける。場所はメガネ。ちょうど視線と同じように見える。ジャンヌは少し乱視で、メガネを掛けることがあるのだが、こういう場合に備えて彼らの前でも時折メガネを着けさせていた。だからジャンヌが眼鏡をかけて来ても違和感のある奴はいないだろう。俺も気配遮断のアーティファクトで近くには待機する。だから言葉ほどの危険は無いと思われた。

 

「んっ」

 

それ故に俺はジャンヌの言葉にも素直に頷く。そして俺達はそのお茶会の日時を確認し、制圧が必要になった場合の手順を確認していく。

 

 

 

───────────────

 

 

 

『ようこそジャンヌちゃん』

 

「今日はお招きありがとう」

 

夜7時、都心のど真ん中にある超高級タワーマンションの一室でそのお茶会は行われるらしい。当然オートロック程度のセキュリティはあるけれど、空間魔法のアーティファクトがあればそんなセキュリティはあってないようなもの。俺は気配遮断のアーティファクトで存在の解像度を下げて部屋の傍に腰かけていた。

 

映像は多少荒いが携帯の液晶に映し出されているし、ジャンヌの服に仕込んだピンマイクで音も拾えている。感度良好、ってやつだ。

 

身体検査がこれっぽっちも行われなかったのは、どうせ女は薬でラリってしまうと高を括っているのか信用されていることの証か。

 

どうやらこの部屋にはまだ西園寺以外にも何人かの人間が既にいることが俺の気配感知でも分かっている。この気配は……あのサークルの人間だな。西園寺以外にはまず4人、知っている気配がある。

 

それ以外にも成人、ないしはそれに近い大きさの気配がいくつもある。どうやら今日は結構な規模で行われるらしいな。

 

すると、階下からも幾つかの気配がやってくる。ジャンヌと西園寺のくだらない世間話にも多少の意識は裂きつつ見やれば、まだ高校生くらいと思われる女の子達と成人男性が数名。高校生の方は私服で雰囲気だけなら大人っぽく見えなくもない。そして、成人男性の内の1人は椎名拓也だな。やはり来たか。

 

あと、あの中の女の子の中で1人は中学生だな。そいつは上背は高いし雰囲気も歳の割には大人びているけれど、調査を進めていくうちにここに出入りするとこを見て、素性は調べたからな。

 

そいつらは当然俺のことを気に止めるわけもなくジャンヌ達のいる一室へと消えていった。俺も、そろそろ待機しようかとアーティファクトの用意をする。

 

『お、タクトさん。……こちら、ジャンヌちゃん。今日のゲスト』

 

と、さっき入っていった成人男性の1人に対して西園寺がジャンヌを紹介している。この間、ジャンヌは出された飲料には一切口を付けていない。ジャンヌのカメラから映し出された映像でも、タクトさんの目線が一瞬ジャンヌのカップに動いたのが分かる。

 

『そうなんだ。宜しくね、ジャンヌさん。……飲まないの?』

 

と、ジャンヌの斜向かいに座ったタクトさんがジャンヌに飲み物を勧めている。正直あれの中身を少し頂いて成分分析にでもかけてしまいたいのだけれど、中々その隙も無い。

 

て言うか、さっき入っていった女の子達はジャンヌとは別の部屋にいるみたいだな。ジャンヌのいる部屋がリビングで、その手前で女の子達と椎名を含む数人の男はタクトさんと別れていた。

 

本当はスポイトでちゅちゅっとあのドリンクを回収したいのだが仕方がない。ジャンヌの口腔内には俺の捕食者と繋がっているアーティファクトが仕込んである。それで俺の捕食者に繋げてもらって、後はこちらで分析しよう。取り敢えず踏み込んでさえしまえばそこから先はどうとでもなるのだからな。

 

「……頂こう」

 

そういう話を俺が念話で飛ばすと、それを受けたジャンヌが飲み元に口を付ける。だが当然ジャンヌの口に入ったものはその瞬間に俺の捕食者の胃袋に注がれる。そして俺はそのまま捕食者の分析機能を使ってそれを調べていく。

 

…………………………ふむ、やはりか。

 

そしてやっぱりジャンヌに出されたハーブティーには違法な薬が混ぜられていることが確定。さて……ジャンヌが面倒なことに巻き込まれる前にさっさと踏み込むか。

 

『どうだい?そのハーブティーには特別な茶葉を使っていてね。自慢の逸品なんだ』

 

と、タクトさんがジャンヌにそんなことを語っている。もっともジャンヌの方は味なんて皆目見当もつかないだろうけどな。全部俺のところに流れているわけだし。

 

「あぁ。……もういいだろう」

 

そうジャンヌがピンマイクに向かって呟く。さて、やっとこさ俺の……と言うか、俺の本領か。

 

俺は宝物庫から空間魔法を付与した円月輪を一組取り出す。そして片方は玄関扉の向こう側、もう1枚は俺の手元に。そしてそれぞれをゲートで繋げて広げる。マイクの向こうではタクトさんと西園寺が首を傾げている様子が伝わってくる。

 

消灯されて薄暗い玄関に踏み込んだ俺は人の溜まっている部屋の扉を外から氷の元素魔法で封じる。間取り的に、あの部屋には窓が無いからな。逃げ場は無い。

 

そうしてジャンヌのいる部屋に俺は踏み込んだ。ドアが開く音で西園寺とタクトさんがこちらを振り向き、怪訝そうな表情を浮かべた。とは言え2人の疑問はそれぞれだ。

 

何故ここにお前が?という疑問と誰だお前は、という疑問。そして俺はその2つの問いに短く答える。

 

「武偵だ。違法薬物所持の疑いでお前らを逮捕する」

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

「ば……化け物……」

 

男が1人俺の足元で呻いている。千葉県内某所の雑居ビルの中の一部屋。そこは死屍累々の有り様だった。いやまぁ窓ガラスには氷で壁を張ってそのまま魔力の衝撃変換を全員に叩きつけただけなんだけどさ。

 

もっとも、逃げ場のない全方位への衝撃波はたかが人間を制圧するには充分以上の威力を持っている。

 

あのマンションの一室で行われたお茶会を叩き潰した俺はそいつらから聞き出した情報を元にここにやって来ていたのだ。あの場にいたお茶会の()()は未成年ということもあり、あの場で何が行われていたのかは世の中には一切公表されていない。もちろん、それは女の子達に限った話ではなかった。まぁ、表立って騒がれたらコイツらをとっ捕まえるのが面倒になるからそうしてくれないと困るのだが。

 

「がぁぁぁっっ!!」

 

と、俺の右手側にいた巨漢が木刀を振り被って俺に迫る。俺は溜息を1つ吐きながらそいつの木刀を叩き割りながらの拳を叩きつける。拳に伝わるのは人の鼻の骨が砕ける感触。

 

「……仮病使った方が痛くなく済むぞ?」

 

まるで部屋の中に台風でも直撃したかのように荒廃した部屋の中で、俺の一言だけが嫌にうるさく響き渡っていた。

 

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