セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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最後の戦い、その始まり

 

 

 

「覚悟はいいか?……いや、愚問だったな」

 

もうすぐノアと───モリアーティとの合流地点らしい。艦内の誰もが慌ただしく駆け回る中、ここのボスであるネモは俺達の前に立ち、ただ俺達を見据える。

 

どうやら出すべき指示は全て出しているらしい。それでなくともエリーザがいるのだ。あの子に任せておけばこの艦は問題なく動き続けるだろう。

 

「覚悟も決意も、とっくの昔に済ませてるぜ」

 

嫌なことだけど、俺にとっては戦いだって日常。いつどこから俺の命を奪う怪物が襲い掛かってくるのか、常に気を張っている必要があるような所にだっていたんだ。敵が強いとか強大だとか、そんなことは俺にとっては差程の意味も持たない。戦うべき敵か、そうでないのか。俺の前にある選択肢はそれだけで、それを決めるに足る理由は俺達の歩みを阻むのかそうでないのか。それだけだ。

 

そして、モリアーティと奴の率いる潜水艦隊2隻は俺達の目の前に現れた壁で、それは壊さなければならないものだった。そうでなければこの世界はこの先一体いくつの屍を積み上げることになるのか知れたものじゃない。

 

そして何よりも、奴は俺の欲しい世界とは全く真逆に近い世界を生み出そうとするのだから。俺は俺の願いのためにも奴を───モリアーティを倒さなければならない。これは俺とモリアーティのエゴのぶつかり合いだ。どちらかに絶対的な正義があるのではない。俺の願いだって、この世界でただの人として産まれた奴らにとってはきっと鬱陶しいことだろう。

 

だけど、それでも俺は進むと決めたのだ。ネモと出会い、その理想を聞いた時からきっと俺はこの世界を変えるために戦う波に呑まれてしまっていたのだろう。

 

もっとも、それでも構いやしない。俺には信じられる女達がいる。誰よりも愛して、他の何物にも代えられない大切な女達だ。この子達がいる限り俺は負けやしないし、負ける気もしない。だから覚悟や決意なんてものは、とっくの昔に済ませた話なのだ。

 

「ならいい」

 

と、短くネモは返し、艦長の証である帽子を目深に被り直した。

 

「では、私も最後の準備に取り掛かる。貴様達も、怠るなよ?」

 

「あぁ」

 

俺はただ短くそう返す。それ以上に俺達の間には言葉は無かった。必要が無いからだ。ネモは艦橋へ向かう。俺達はいつでも外に出られるように待機。鍵があれば物理的な距離や障壁を問われることはない。

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

『こうなることは推理出来ていたよ』

 

俺達はMOBILIS IN MOBILI(動中動)の旗を掲げたノーチラスの甲板に立っていた。その斜め後ろには伊・Uも浮上している。───空気が張り詰める。

 

1キロ先にいるのは黄金の潜水艦(ノア)。そしてその艦橋にいるのはモリアーティ。ナヴィガトリアもノアの横に浮上しているが、こちらに艦長の姿は見えず。

 

「モリアーティ、私は貴様と戦う道を選んだ。Nは……私と貴様のNは今この瞬間に終わったのだ。これからはネモのNがこの世界のNとなり、人と人ならざる者達が手を取り合える世界を作る」

 

19世紀頃のフランス海軍の軍服を身に纏ったネモが通信機越しにそうモリアーティに伝える。だがモリアーティからは驚きや怒りなんてものはこれっぽっちも伝わってこない。ただあるのは

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけだよ、ネモくん。もう1度言おうか、()()()()()()()()()()()()()()()

 

感情なんてものが全く読み取れないただの言葉の羅列。言っている意味は分かる。言葉は空気の振動として通信機が大気を震わせて伝えてくれたから。だけどそれだけ。例え通信機越しであったとしても伝わるはずのモリアーティの感情というものが全く乗ってこないのだ。

 

レキのように言葉に抑揚が無いというのではない。ただ、決定的な何かが欠落している。俺にはそうとしか思えなかった。

 

前から超越者のような奴だと思っていたが、事ここに来てその印象は加速する。エヒトの方が余程人間味に溢れていると思えるような、そんな薄気味の悪さ。

 

「どういう───」

 

「───いいよ、ネモ」

 

俺はモリアーティの言葉を聞き返そうとしたネモを止める。奴に言葉を聞き返すことに意味は無いと思ったからだ。

 

「いちいちお前と問答してやる気は無いよ。……それより───」

 

俺がその続きを口にすることはなかった。何せ、ノアから砲撃が放たれたのだ。それもただの砲弾じゃあない。ありとあらゆる世界の原初たる力、その奔流にして本流。それに対して俺は、空間魔法を付与した円月輪を展開。2枚1対のそれはノアから放たれた聖痕の力による砲撃を空間魔法で繋がったもう片方のゲートから吐き出した。

 

──ゴウッ!!──

 

と、空を抉るような音を立てて白い破壊の権化はノアの主砲を掠めるような軌道を描く。だがそれがノアの武装の一部を破壊することはなかった。ノアの眼前に巨大な黒い球体が現れたかと思いきや、それが白い破壊の権化を吸収したのだ。闇に飲まれるように消えた聖痕の力を見て

 

「……重力魔法?」

 

ユエが俺の隣でそう呟く。恐らくユエの想像に近いだろう。あれはきっと重力を操るような聖痕の力だ。そして、俺の脳裏に()ぎるのはあの時の記憶。俺が自分の無力に押し潰されそうになったあの日、あの瞬間の記憶───

 

「……ふん」

 

だけど、そんなものは鼻で笑い飛ばす。今更そんなものには囚われてなんてやらないよ。あの時の無力感も怒りも悲しみも痛みも、何もかも全部俺は越えてきた。リサと、ユエ達と共に。

 

「ティオ、アガレス。後ろは任せた」

 

「おう」

 

「はい」

 

俺の呼び掛けに、2人は頷く。

 

「ユエ、シア」

 

「んっ」

 

「はいですぅ」

 

ユエとシアも小さく頷く。それ以上の言葉はいらない。俺達の間には共有すべきことは既に終わっているから。

 

「ジャンヌ、エンディミラ、ルシフェリア、カーバンクル。……頼んだ」

 

「あぁ」

 

「はい」

 

「おう」

 

「あぁ」

 

ジャンヌ達も、自分達がなすべきことを把握している。だから1つだけ頷けばそれでいいのだ。

 

「……行くぞ」

 

短く、俺はそれだけ呟いた。そして空力で1歩踏み出す。2歩目は縮地で一息に50メートル。3歩目にはダン!と空気を震わせる踏み込みと魔力の爆発を伴って俺とモリアーティの距離を一気に半分に詰め───

 

「……あ?」

 

視界が空を舞う。

 

視線が海面を向いている。慣性に従って身体が流れているようだ。腹が熱い……いや、これは気のせいだ。熱は感じない。熱変動無効のおかげでそんなものは感じなのだからい。だけど、身体が冷えている?それも否、これは血の気が引いている───

 

「───っ!」

 

気付けば俺は光に包まれ、海面に激突しようとしていた。直ぐに空力で空中に立ち、背後を振り返る。すると視界に一瞬映ったのは武偵高のズボンを穿いた男の下半身が血を噴き出して海中に落下する光景。そしてその3メートル向こうにはモリアーティの背中。

 

どうやら俺が何かを知覚する前に俺とモリアーティはすれ違ったようだ。だがそれに俺は全く気付けなかった。そして気付いた時には身体を両断され、そして俺の捕食者の胃袋に仕込まれた死者蘇生のアーティファクトによって蘇生された───つまり、俺は1度モリアーティに殺されたのだ。

 

ならばと、俺は氷の檻をモリアーティの周りに生み出し、モリアーティを拘束しようとした。だが───

 

「───っ!?」

 

気付けば俺の視界は真っ黒になり、そして直ぐに光を取り戻した。ただ、さっきよりも俺のいる位置が低い。一瞬前まで俺はモリアーティを2メートル見上げる位置にいたのに、今は5メートルほど見上げる位置にいる。どうやら今度は頭を潰されて即死し、そしてまたアーティファクトの力で蘇生したようだった。

 

するとモリアーティの直上の空間が一瞬光り、そこからドリュッケンを大上段に振り上げたシアが現れた。ユエによる瞬間移動だ。そしてシアは既に真紅の魔力光をすら纏っている。過重身体強化(オーバーイクス)、しかもあの真紅の迸りはXⅢまで届いている筈だ。

 

そしてシアは無言のまま重力魔法で真下への重力落下を加速しながら、空気の壁を引き裂いた超々音速のドリュッケンをモリアーティの頭に叩き込もうとして───

 

「ッ!?」

 

ガァン!!と、直前でドリュッケンが何かに阻まれた。何やら光の膜のようなものがモリアーティの頭上に現れていて、それが壁となりシアの一撃を防いでいるようだった。過重身体強化の時のシアの膂力は俺をも遥かに凌ぐ。そんなパワーから放たれるドリュッケンの一撃を、ただ突っ立っているだけで受け止めるとは、やはりモリアーティは何かしらの聖痕の力を得ているのだろう。

 

俺はモリアーティが次手を打つ前に氷の槍を至近距離から奴に向けて射出する。だが、それらも全て謎の光る膜によって身体を貫く前に防がれてしまう。

 

俺の意思によって氷の槍が砕け、ダイヤモンドダストが舞う中シアが1歩モリアーティから距離を置く。すると、その隙間を埋めるように闇色がモリアーティの頭上から降り注ぐ。

 

ユエの壊劫(えこう)だ。それも、本来は広範囲を押し潰す重力場を敵に叩きつける魔法を、超圧縮して振り降ろしたのだ。

 

黒い重力場が海へと堕ち、水飛沫が水量の壁のようにそそり立つ。それを魔力の衝撃変換で打ち払うと、そこにモリアーティはいなかった。だが、それは海に沈んだのでも重力と海面の間で圧死したわけでもなかった。

 

アイツは瞬時に───文字通りの瞬間移動で元いた場所から離脱し俺の背後10メートルの位置に逃げていたのだ。

 

当然俺もモリアーティ目掛けて氷の槍をアイアンメイデンのように叩きつけてはいるが、それもさっきの二の舞い。(きっさき)はモリアーティに届くことはなく、如何程の痛痒も与えられてはいない。

 

そして俺が振り返る間もなく、俺の身体から閃光のようなものが飛び出た。まるでビームのような何かが俺の腹を貫通したのだ。

 

「ぼ───っ!?」

 

「天人っ!」

 

「───天人さん!!」

 

ユエとシアが俺の名を叫ぶ。大丈夫だよ、俺だって無傷でコイツらを捕まえられるとは思ってないからさ。だから負傷にだって備えてるさ。

 

俺の捕食者の胃袋の中には神水が大量に保存されている。それを自分の体内に少し放出してやればこんな傷、直ぐに癒えていく。

 

神水による尋常ならざる治癒すらも待ちくたびれるかのように俺は振り返る。そこにはただ無表情に俺を眺めるモリアーティがいた。物理的な破壊力ではそう簡単にモリアーティには届かない。ならば次はと、俺は右手に纏雷の嘶きを弾けさせる。そして一息にモリアーティの眼前へ踏み込もうと空力で空を踏みしめたその瞬間───

 

───俺の四肢が空を舞った。

 

 

 

───────────────

 

 

 

───何も見えなかった。

 

アガレスはノーチラスの上から海上で行われている戦いを見て、それだけを理解した。

 

気付いた時にはモリアーティと呼ばれる男が天人とすれ違っていたのだ。そして、慣性に従って天人の上半身と下半身は泣き別れた。もっとも、それによる負傷そのものは即座にアーティファクトの効果によって時を戻し、無かったことにしてしまえたのだが。

 

けれども、モリアーティの攻撃が見えなかったことには変わりない。実際、モリアーティの手元が光ったと思うが早いか天人の頭は消失していた。

 

天人の体内には死んでも即座に蘇生してくれるアーティファクトが仕込まれているから、やはり攻撃による死亡そのものはそれほど問題にはなっていない。

 

だが、地獄では公爵の地位に着いていた自分を圧倒した神代天人とシア・ハウリア。それに加えてあの2人が戦闘面で絶対的な信頼を置くユエの3人による攻撃であってもモリアーティには傷の1つも負わせられてはいなかった。その事実にアガレスは歯噛みする。あそこに自分が飛び込んで行ってもそれ程の役には立たないということをただ見ているだけでも感じさせられたのだ。

 

「……そら、貴様らも行くがいい」

 

だが、アガレス個人の思いを他所に戦いは続く。そしてモリアーティを倒すためには自分の後ろで海上の戦いを眺めている人間共を、彼らの戦場に送る必要がある。

 

トータスでは空間魔法と呼ばれるような魔法をアガレスは得意としている。その中には当然瞬間移動の類も含まれている。アガレスはそれを使ってキンジ達をノアとナヴィガトリアへ運ぶ役割も任されていた。

 

いや、本当はユエと2人で分担してジャンヌ達も輸送する手筈だったのだが、モリアーティの想像以上の戦闘力と、天人が一瞬にして真っ二つにされたことに憤ったユエが向こうへ行ってしまったのでアガレスが1人でそれを担う必要が出てきたのだ。もちろんこのような状況も想定はしていた。ただ、それは想定の中ではあまり良くない可能性として、ではあったが。

 

キンジ達を輸送する際にはどうしてもこちら側の防御は多少手薄になる。向こうが軍艦2隻だけであればティオがいればなんら問題は無いのだが、向こうに聖痕の力を放つ砲台があるとなると話は変わる。

 

聖痕の力の種類にもよるが、ティオの防御とアガレスの空間遮断による守備陣系であっても突き崩される可能性があると天人は考えていた。だから天人がモリアーティとの戦いに集中する以上、なるべく守備の布陣も崩したくはないのだ。

 

だが、それでもキンジ達をノアとナヴィガトリアに送り込む必要はある。キンジ達は向こうが起動させている聖痕封じと、特定個人の持つ聖痕だけを解放する仕掛けを破壊する必要があるのだ。そしてこちらも聖痕封じと天人と透華達の聖痕だけを解放する|聖痕封じ返し()()()()()()()()()()を起動させてモリアーティの聖痕を封じつつこちらの最大戦力を解放する。

 

そこからのカウンターで一気に形勢をこちらに引き寄せ、モリアーティを逮捕しこの戦いに終止符を打つ、それが天人達の作戦だった。

 

「……分かった」

 

キンジ達もそれは分かっているから、頷くしかない。それをアガレスは横目で見やると、己の魔法を展開する。いくらアガレスと言えど全く見た事のない戦艦の内部の狙った座標にピンポイントで転移することは出来ない。アガレス1人であれば壁や床に挟まってしまっても問題はないが、今回はキンジ達人間がいる。

 

天人曰く、キンジは人間離れ人間なんて言っていたが、鉄板に身体を挟まれて平気なわけはないから、アガレスは見えている範囲───ノアの甲板上に送る他ない。

 

「行くぞ」

 

その一言と共にアガレスとキンジ、そしてバスカービルの面々とワトソン、そして彼らを守護する生体アーティファクトにその存在を移した悪魔達──バルバトスとシトリー──の姿がその場から消える。

 

もっとも、その刹那の後にはアガレスの姿が再び現れる。そうして今度はジャンヌとエンディミラ、ルシフェリアにカーバンクルを伴ってまた再び姿を消すのであった。

 

行き先はナヴィガトリア。これにて戦力の輸送は完了。あとは天人達とモリアーティの戦いに目を光らせ、このノーチラスと伊・Uを守り抜くだけ……

 

「───ッ!?」

 

その筈だった。だがナヴィガトリアから戻ったアガレスの意識は瞬間、掻き消えた。その後直ぐに真紅の魔力光に包まれて目が覚める。今のは天人が上空に展開していた死者蘇生のアーティファクトの光だ。

 

つまり今、アガレスは1度死んだのだ。どうして?何によって?そんなのは分かっている。アガレスに何も意識させることなくその命を奪える存在なんてものはこの世に2つしかない。アガレスの主たる神代天人と、そして今も尚正体不明、不可視の攻撃によって天人とユエ、シアを翻弄しているモリアーティだけだ。

 

「あれは……」

 

すると、アガレスの真横に1人の男が立つ。もっとも、彼がその場に現れたことにはアガレスも驚きは無い。足音も気配も把握していたから。そしてその少し後ろにもう1人。器……ではなく1人の人間、ワトソン1世だ。

 

「粒子、だね」

 

シャーロック・ホームズはそう短く呟いた。アガレスは、それがモリアーティの聖痕の力なのだと直ぐに理解した。ただ、それがどうしてあぁも不可視かつ強大な火力を持つに至るのかまでは分からない。

 

「それは、どんな力だ」

 

だからアガレスは問う。アガレスはシャーロックとは短い付き合いという言葉ですら尚足りない程の、付き合いなんて言えるような関わり合いすらなかったが、それでも彼の性格の一端だけは理解していた。だからなるべく彼には問い掛けをしたくはなかったのだが、それでも聞かざるを得なかった。それ程までにモリアーティの攻撃は異常だったのだ。

 

「僕も実物を見るのはこれで2回目なのだけどね。簡単に言ってしまうと()()()()。この一言に尽きるのだよ」

 

「何……?」

 

思わず、アガレスの声が低くなる。この状況下において何をふざけたことを言うのだと。そしてお前から見ても正体不明とはどういうことなのだと、アガレスの声のトーンからそれらを受け取ったシャーロックは珍しく苦笑いを浮かべていた。

 

「とは言え出来ることはある程度分かっている。熱量による融解だけでなく速力による物理的な破壊力も兼ね備えた光線と、粒子を高速振動させることで斬る刃。それと相手の思考を読み取る領域を展開すること。自身の肉体を分解、再構成することによる瞬間移動のようなもの。そしてどうやら、これは今初めて確認出来たのだが、モリアーティ教授は()()()()()()速度での移動が可能なようだ」

 

アガレスにとって超光速というものが実際にどれほど異常なのかは理解の及ぶものではなかったが、兎に角目にも留まらぬ速さなのだということは理解出来た。そして、モリアーティの攻撃力についても、それが天人の肉体強度をもってしても容易に貫かれるものだということは理解出来ていた。

 

それ故に歯痒い。今自分がすべき最適な行動とはあの場に飛び込んで大鉾を振るうことではなくここに控えてノーチラスと伊・Uを守ることだと分かっているから。

 

「そこまで分かっていてどこが正体不明なのだ」

 

「簡単なことだよ。粒子の聖痕の力については、()()()()()()()()()()()()

 

ここまでは分かっている。だがそこから先は何も分からない。今目の前で起きている事象以上のことが起こせるはずなのに、その底が全く見えない。故に正体不明。

 

「…………」

 

アガレスは無言でシャーロックを見やる。だが横目でチラリと目線をやっただけで、直ぐに海上での戦いに視線を戻した。天人達とモリアーティの戦いは、光の速度を越えて展開されている。

 

 

 

───────────────

 

 

 

光が降り注ぐ。上空に展開している再生魔法と魂魄魔法の複合アーティファクトからの光だ。それを浴びた俺は直ぐさま失った四肢を取り戻す。

 

何となく、奴の力の正体は掴めてきたぞ。どこか既視感を覚えるあの戦い方。だとしたら最悪だな。俺が考えうる限りの最強の力を、モリアーティは手にしていることになる。

 

そして最悪は加速していく。

 

───ゴウッ!!

 

「───っ!?」

 

放たれたのは力の奔流。それを空間魔法を付与した円月輪で進行方向を海面側に向けてやる。爆音と共に水柱が高く立ち上る。あの聖痕の力を放つ砲台は面倒臭いな。

 

『シア、あの砲撃潰してきてくれ』

 

『分かりました、ですぅ』

 

ただでさえモリアーティの持つ力は強烈なのに、これ以上の聖痕の力を相手になんてしていられない。だから俺は念話でシアにそう指示する。すると背後から空が砕き割れるかのような音が鳴り、シアは一息にノアの甲板へと距離を縮めていた。しかし、モリアーティはそれを見逃すように微動だにしなかった。アイツにとってはそれほど重要なアシストではないと思っているのだろう。きっとコイツは自分が全てを終わらせられる力を持っていると確信している。

 

さて次は、と思うが早いか俺の視界がまた真っ暗になる。そして再び白く染まる世界。今度は俺の頭上で灰色の煙が上がり、熱変動無効の力で何ら影響を受けはしないが、そこには強い熱が発生していた。どうやら火器……というか砲弾で身体ごと吹き飛ばされたらしい。

 

ノアとナヴィガトリアにはそれぞれキンジ達とジャンヌ達を向かわせてはいるが、アイツらには船内の制圧と聖痕封じをどうにかすることに注力してもらっている。だからアイツらを送ったところで砲撃が止むわけではない。

 

『ユエ、頼む』

 

『んっ』

 

今度はユエが瞬間移動で消えた。ナヴィガトリアの方へ向かったのだ。多分あっちには重力の聖痕の使い手がいるはずだ。きっとその力で砲弾を直接ブン投げたのだろう。俺の銃火器のアーティファクトも今や似たような機構を備えているからな。聖痕の力であれば火薬を使うよりも高速で砲弾を飛ばせるんだろう。

 

先程の砲撃が聖痕の力を機械に与えたものなのか、力を持った人間が行っているのかは分からない。だけど今のユエであれば例え聖痕持ちと言えどそう遅れをとることはあるまい。

 

そしてユエに対してもモリアーティは動くことなくただ俺と相対している。すると直ぐに背後から衝撃と爆音が響いてきた。どうやらシアが暴れ回っているらしい。それに続いて強大な魔力の奔流も。こっちはユエだろう。どちらも派手に暴れているみたいだ。

 

「───っ」

 

その思考の直後、俺の胸には人の腕位の太さの風穴が空いていた。どうやらモリアーティに心臓を貫かれたらしい。けれどもそんな致命傷も直ぐに回復する。するとモリアーティは小さく「ふむ」と声を漏らす。その声は、今日のコイツのどんなセリフや仕草よりも人間的だった。

 

「ではこれはどうだろうか」

 

その一言と共に俺の視界は真っ暗に潰される。意識が途切れ、そして次に目覚めると───

 

「───っ!?」

 

眼前にあったのは光り輝く球。その光球に俺は見覚えがある。それは、人体を容易く貫く粒子と熱の槍───

 

そこで俺の意識は途絶えた───

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

光の槍が天人の身体を蹂躙する。頭を消し飛ばされ、手足を切断され、それでも天人の体内のアーティファクトや神水、更には上空に展開されている再生・魂魄魔法混合のアーティファクトによる再生と蘇生。それらが天人を死の闇から常世へと引き摺り出している。

 

ただそれでもモリアーティの攻撃は止まない。何度天人の肉体が再生しようと、何度天人の命が死の中から再構成されようともモリアーティは天人の肉体を殺し続ける。この再生に無限は無い。今の神代天人は聖痕の力を使えない。それはモリアーティが封じている。

 

どうやら仲間をノアとナヴィガトリアに向かわせて聖痕封じの仕掛けを破壊しようと試みているようだが、それは無駄だとモリアーティは分かっていた。

 

何故ならノアとナヴィガトリアだけではなく、影響半径こそ大したことはない代わりに小型化し携行を簡易にした聖痕封じとそのカウンターをモリアーティは所持しているからだ。だからキンジ達やジャンヌ達をアガレスが潜水艦隊に送り込んだ時も、ユエとシアがそれぞれ乗り込んだ時もモリアーティは放っておいた。彼ら彼女らが例えノアとナヴィガトリアを制圧しようとも、結局のところは神代天人の白焔を封じたままモリアーティ1人がいれば全て逆転できる。その確信があるからこそモリアーティはそれらを(ほう)ったのだ。

 

もちろん、万に一つ、億が一にもの可能性を封じるにはモリアーティが直接アガレスやユエとシアを叩き潰すのが最善だろう。ただ、それでは駄目だとモリアーティは考えていた。ただ正面から全て潰そうとしたのでは彼らは折れない。それがモリアーティには分かっていたからこそ、この戦場で天人達のやることを見逃し、そしてそれでも尚自分の方が上にいるのだと分からせる必要があると考えている。

 

それは何も神代天人達だけの話しではない。むしろ、これはモリアーティの宿敵であるシャーロック・ホームズに対して向けられたシナリオであった。ワトソンを手に入れ、神代天人とその一行という最高の戦力を手に入れた彼を、そして彼の作戦をある程度泳がせて尚叩き潰す。そうして彼らの心を折る。力で蹂躙するだけでは、きっと雌伏を経てまた再び彼らは立ち上がるだろう。

 

それではせっかく描いた脚本を、条理の完全に外側にいる彼らに横紙破りされかねない。モリアーティはそれを懸念していた。

 

だから示す。このモリアーティに勝てる存在などこの世界には居ないのだと。例えどれほど異世界で力を身に付けようともそれを上回る力を持つ存在がいるのだと、彼らに示してやる必要がある。世界最高の頭脳を持つ犯罪者が導き出した答えはそんなシンプルなものだった。けれどもその脳は、彼らのような者達にとってはそれこそが最適解だと解を出した。

 

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