セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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聖痕持ちとの戦い

 

 

モリアーティ達との合流地点が確定した時点で、そこに罠を貼るべきだという意見は出ていた。だがシャーロックはそれを是とはしなかった。理由は単純、自分の戦力の全てを明かしていないモリアーティが、ネモの裏切りを想定していないはずがないからだった。それも、もし裏切るのならノーチラスやネモ個人ではなく、確実に神代天人とその家族は味方に付いているし、シャーロック・ホームズもそこに加わっているとモリアーティなら推理できる。その上で当然、遠山キンジとチーム・バスカービルも加わっていると想定することは、モリアーティにとっては容易いことだと知っていたからだ。

 

そして実際にその通りの戦力でシャーロック達はモリアーティとは相対している。だから天人の越境鍵を使って海中にアーティファクトの罠を置いたところで、それ程の意味は持たないだろうとシャーロックは推理したのだった。

 

むしろ、事前に罠があればその時点で裏切りが露見する。ならば、推理と準備は可能でも、まだモリアーティに確定情報として渡っていないネモの裏切りをその直前まで伏せ札として残しておくことをシャーロックは選択した。

 

もっとも、シャーロックであればここまで推理して「何も置かない」ことを選択するということも、モリアーティには推理できていたのだが……。

 

だが───

 

「ガ───ッ!?」

 

モリアーティの声が初めて乱れた。そして焼けるような痛みを発している自分の鳩尾を見やる。そこには直径で9ミリ程の穴が空いていた。そしてそれは何よりも、モリアーティが自分の身体に仕込んでいた小型の聖痕封じと、それを無効化する装置を破壊されたことを意味していた。

 

しかし誰が?神代天人は現在モリアーティの手により再生する傍から絶命を繰り返している。故に天人にそんな暇は無い。ユエとシアは現在ナヴィガトリアとノアで交戦中。ティオとアガレスに対しても粒子の聖痕による超光速レーザー攻撃をノーチラスと伊・Uに放ち続けることによってその場に張り付けにしていた。

 

モリアーティはそれでも事前にこの海域を調査していた。シャーロックは罠を置かない選択をしたとしても、それに神代天人が従わない可能性があったからだ。

 

異世界の力を身に付けた天人の行動はモリアーティの推理でも確実に読みきることはできない。当然、異世界からやって来たユエ達の行動もだ。だからモリアーティは念を入れてこの海域を調査した。そしてその結果、確かにここには何も無かった。

 

モリアーティは知らなかった。いや、例え知っていてもどうにもならなかっただろう。実際、空にある死者蘇生のアーティファクトを破壊するではなく天人を直接攻撃し続けているのもそうだ。

 

認識阻害、気配遮断のアーティファクト。それに加えて樹里の聖痕による切断。それらの組み合わせにより、モリアーティは死者蘇生のアーティファクトの居場所を探せないでいた……と言うよりも、それの存在を長時間認識し続けることができないでいた。それはまるで、()()()()()()()を見た時のように───

 

 

 

───────────────

 

 

 

 

1歩目で距離を半分に詰め、2歩目で黄金の潜水艦の甲板に立つ。聖痕の力の放出による砲撃の第2射が放たれる前にシアはノアに乗り移っていた。

 

だが甲板上には誰もいない。シアがウサミミをピンと伸ばそうと気配を探ろうと、そこには誰もいなかった。ただ、シアが甲板上を見渡すと、そこには1門、異様な砲塔が置かれていた。

 

それは戦艦の主砲や副砲とはまた違い、どちらかと言えば歩兵の携帯式地対空兵器のように見える。ただもちろん、常人が持って抱えられるような大きさではなく、砲門の大きさはシアが1人丸々入れるくらいに太く長さも3メートル程度はあるように見えた。

 

「ではでは……」

 

と、シアはおもむろにドリュッケンを振り上げ、ツカツカとその砲台に近付いていく。おそらくこれがあの聖痕の力を放出する砲台なのだろうと、シアは確信を持っていた。そして近付くにつれ、その確信は正しかったと悟る。

 

天人とモリアーティという、この戦場で最高火力を持つ2人が初手で両陣営のド真ん中でぶつかりあったことで4艦もの潜水艦が向かい合っているのにも関わらず、この戦いではどこからも火線が飛ばなかった。それなのにこの砲塔だけは少し熱を帯びていたのだ。それはきっとあの砲撃によるものなのだろうとシアは考えていた。

 

だからまずはこれを潰せば一先ずは作戦完了。その次はあの戦いに割り込むよりもこのノアの制圧を手伝った方が効率的だろうか。さっきから天人が何度も何度も消し炭すら残さずに死と蘇生を繰り返させられているのには腸が煮えくり返るが、だからこそ感情に任せるのではなく、より全体のために動くべきなのだろうとシアは考えていた。

 

「だから、これで───」

 

そしてシアはドリュッケンをその特異な砲台に叩きつける。

 

──ゴグシャアッ!!──

 

と、ひしゃげた砲塔をシアは宝物庫へと仕舞い込む。これで完全に脅威を1つ排除できた。だが───

 

「───ッ!?」

 

その瞬間、シアの未来視が発動した。それは己の死を感知して自動で発動するシアのお守りのようなもの。それが発動したということはつまり───

 

「あら?」

 

───シアは死の光景から飛び退る。そうでなければシアは今頃上半身と下半身が分たれていたはずだった。それも、ただ業物の刃で切断されるのではない。絞られた雑巾のように身体を捻じ切られる。そんな不条理な未来が見えたのだった。

 

「完全に不意を突いたと思ったのだけれど、中々上手くはいかないものね、ウサギさん?」

 

ズルズル……と、這い出でるように虚空から現れたのは病的な迄に色白な長身痩躯の女。歳の頃は20代前後といったところか。短く切り揃えた黒い髪は陽の光を受けて輪が見えるほどに艶がある。羽織ったロングコートのポケットに手を突っ込んでいるせいか、その細身が際立って見えて、紐のような女だ、とシアはふと思った。ただ───

 

(コイツ……どうやって……?───いや)

 

この女の能力の想像はつく。おそらく空間を捩じ切る能力だ。そしてその応用で自分の気配や姿を消していたのだろうとシアは思い当たった。似た能力は1度見たことがある。それはシュネーの雪原での大迷宮攻略後、天人とユエが世界転移の概念魔法を生み出す際だった。あの時(つまび)らかにされた天人の過去。あの時に力を使っていた人間は男だったが、似たような力は同時に存在し得ない、という話は聞いていない。

 

捻じることに特化した空間魔法の使い手と思えばシアは混乱することなく頭の中で対抗手段を組み立てていく。とは言え出力はユエの扱う空間魔法よりも余程上なのだろう。聖痕とはそういうものだとシアはついさっきのモリアーティとの交戦で悟っていた。ならば───

 

(様子見なんてしてられねぇですぅ。最悪殺したってこちらには蘇生のアーティファクトがありますからね)

 

それに、手足くらいなら捥いでも構わないだろう。後は目も潰しておくべきか。とにかくコイツに力を使われて対抗されては厄介極まりない。倒した後は一切の抵抗を許さないようにしなければならない。

 

幸い、聖痕持ちの肉体強度は普通の人間とさして変わらない。聖痕の力を応用して強度を高めたり何らかの防御手段を備えていることはあるが、推測される敵の聖痕の能力であれば少なくとも身体能力や肉体強度の補強は無い。そこまで思考を回したシアはドリュッケンを振り上げ、一息にその女の眼前まで踏み込んだ。

 

───ッダン!

 

と、ノアの鋼鉄の甲板を踏み砕かんばかりの勢いでシアは距離を詰める。そしてドリュッケンの殺傷圏内に苦もなく持ち込み、トータス製の大槌を彼女の脚目掛けて左手1本で振り抜いた───

 

「───ッ!?」

 

しかしその一撃がその女の木の小枝のように細い膝から下を捥ぐことはなかった。いくら片手で振り抜き、その膂力も手加減したものとは言え、常人であれば粉砕骨折どころか脚が千切れ飛ぶ威力で放たれたのにも関わらず、だ。しかもあろうことか───

 

(ドリュッケンが……捻じ曲がったですぅ!?)

 

天人が……トータスという異世界で当代並ぶ者のない錬成師が高強度の鉱石を使って生み出したアーティファクトが、何かしらの攻撃を受けたわけでもないのに打撃部分からその根元辺りまで反るようにひしゃげているのだ。

 

とは言えそれ程問題はない。シアは指輪のアーティファクトに魔力を注ぎ、そこに付与された再生魔法を起動させる。するとひしゃげたドリュッケンは直ぐに元の形を取り戻す。

 

「あら、治っちゃったわね」

 

目の前で余裕綽々に首を傾げるその女に、シアの心持ちは穏やかとは言えない。けれどそれを表に出すことはしない。寧ろ、自分の方こそが余裕なのだと見せつけるように口角を吊り上げてやる。

 

「ドリュッケン・神装(ネーメジス)───アドヴェント、ライラ!」

 

シアは一息にその場から飛び退る。そしてドリュッケンに宿る神霊を呼び出した。ライラの権能は精神支配。そしてドリュッケンから放たれる黒い槍は物理攻撃ではなく精神に狂乱を齎す───

 

「通らないわよ?」

 

だが、その黒い槍が女の心をかき乱すことはなかった。槍の先端が身体に触れる前に雲散霧消してしまったのだ。どうやら空間が捻じ切られているらしく、女に届かないのだ。

 

「せっかちな子ね。私の名前くらい聞いたらどうなの?」

 

聞く気なんてなかった。敵の名前なんて今更興味は無い。その上この場限りの敵であれば殊更だ。

 

だからシアは「お前の名前なんて興味は無い」と言わんばかりにドリュッケンを振るう。そうすれば雷撃が放たれ真空の刃が叩きつけられる。けれども、例えオルクス大迷宮最深部の銀蛇であろうとその肉体を砕け散らす程の威力を秘めた一撃であっても届かない。その女の毛先揺らすことすらできずに神霊の攻撃はただ掻き消えるのみ。

 

ならばと、空力のブーツで1歩虚空へ踏み出したシアは(いかづち)を司る神霊ウダルの雷撃を放つ。そしてその瞬間には爆発的な脚力でもってその女の背後に回り、更にドリュッケンを1振り。当然正面の雷撃は意味を成さずに消え去るが、認識外の方向からの一撃であればどうか。その答えは───

 

(これも駄目ですか……)

 

背後からの雷撃も、やはり掻き消えるのみだった。思わず嘆息しそうになる理不尽を飲み込み、シアは無駄とは思いつつも頭上からも雷撃を放つ。そしてそれはやはり掻き消えてしまい

 

「無駄よ。そんなものは通らないわ」

 

トン、と超重量の戦鎚を手にしているとは思えない軽さでシアは甲板上に舞い戻った。しかしその顔に明るさはない、と言うより、これまでほぼ無表情でシアは戦っていた。それに対してなのか、女は1つ溜息をつくと再び口を開いた。

 

由賀(ゆが)芽衣(めい)。覚えて逝きなさい。貴女を殺す女の名前を」

 

その名乗りに「お断りだ、お前になんて殺されてやらないしきっと名前も直ぐに忘れてやる」そんな言葉が口から出かかったシアだが、それを飲み込んでドリュッケンを振るう。次は太陽を司る神霊、ソアレの権能だ。

 

それが起こすのは炎の津波。オレンジ色の灼熱が由賀芽衣を飲み込まんと迫り、そして───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「…………」

 

ユエは天在による瞬間移動で直ぐ様ナヴィガトリアの甲板に現れた。ただし、この鑑の甲板上にはもう1人、ユエの知らない女が立っていた。

 

「…………」

 

ただ、お互いに無言で睨み合う時間が数秒ほど続いた。そしてユエはその女に興味を無くしたように視線を逸らし、ナヴィガトリアの甲板を観察し始めた。

 

(……砲弾。あれを飛ばしたのは多分この女。おそらく聖痕の力。それが何かは分からないけど)

 

まぁ、分からなくても問題はあるまい。最悪幾らでも蘇生は可能なのだから。蘇生さえ可能なのであれば誰も文句は言うまい。

 

と、端から蘇生頼みの制圧しか考えていないユエは重力魔法───黒天穹を発動。圧倒的な重力の力で甲板に転がされている砲弾の類だけでなく、黒天穹を操ることで甲板上に存在する全てを消滅させた。しかし───

 

(……微動だにしない)

 

目の前の女だけはその忘却に一切微動だにせずに生き残っていた。ユエは当然、この女にも黒天穹をぶつけていた。それでも生きているということは、何らかの方法で黒天穹による消滅を免れたということ。当然それは聖痕の力に違いないが、その力の権能は───

 

───バンッ!!

 

と、甲板上に何か硬くて重いものを叩きつけたような音が響いた。しかし、それをユエが耳にすることはなかった。何故ならば叩きつけられたのはユエ自身で、それによってユエはその小柄な肉体を全て甲板のシミにさせられていたからだ。

 

だが、そこらの生命体あればそれで絶命する筈だが、ことユエに至っては普通ではない。かつてトータスに世界最強の吸血姫ここにありと恐れられていた女が、たかが()()()()()()()()()()()で不可逆の死を迎えるわけがない。

 

「え……」

 

ズルズルと、まるで逆再生されるかのようにユエの小柄な体躯が現れる。血と肉と臓物に塗れた赤い防弾セーラー服もいつの間にか綺麗さっぱり元通り。ユエの再生能力と時間の不可逆性に逆らう再生魔法により潰される寸前に戻ったのだ。

 

ユエはふと自分の足元を見た。大きな球状のものが落とされたように凹む甲板。まるで巨大な禍天を落としたかのような……。

 

「……ユエの名において命ずる───眠れ」

 

とは言え、それはそれ、これはこれ。どれだけ強力無比な力を備えていようとも、その魂に命ぜられた言霊に逆らうことは出来ない。ユエにとって人を1人制圧することなぞ、今や赤子の手をひねるかのように行える。例えそれが聖痕持ちであろうとも、だ。

 

カクン、とその場で眠りに落ちた女が崩れ落ちる。それをただ見やったユエは、甲板に寝落ちしたその女を普段使っているのとは別の宝物庫───人身捕縛用のアーティファクトに放り込んだ。

 

今代において、局所的な戦闘において世界で最も制圧力の高い者は神代天人ではない。今やユエも魔王覇気を使う天人と同じ程度の制圧力を持って戦闘局面を圧倒できる。

 

むしろ、感情や本能に働きかける必要のある魔王覇気よりも、その生命の魂そのものに干渉するユエこそが現在世界で最も局面制圧力の高い存在であった。

 

そしてその圧倒的な制圧能力でもって1つの戦闘を終わらせたユエは、つまらなさそうに辺りを見渡すのであった。さて次は───そう考えた直後、ノアの方で何かが爆発していた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

(まぁ、ですよね)

 

ソアレの権能による灼熱の津波が芽衣を焼き尽くすことはなかった。まるで空間魔法による結界に守られているかのように炎は芽衣を避け、彼女を迂回するかのように流れていった。

 

「魔法と言うのも、見た目が派手なだけでやっぱりこんなものなのかしら」

 

芽衣にとって、シアの扱う神霊の権能は俗に言う魔法と区別の付かないものだった。もっとも、それが芽衣にとって何らか意味のあることではなかったし、実際シアと戦うとして、魔法と神霊の権能との区別をハッキリとさせておく必要性はそれほどないのもまた事実。結局のところ、芽衣が把握する必要があるものは、それが何を成すのか、そしてそれがどこまでできるのかということだけだ。その意味において、ドリュッケンから放たれる神霊の攻撃は聖痕による防御を抜けられないのだから、芽衣にとってはただ確実に力を使って攻撃を防いでいけばそれで良かった。

 

(さて、ではもう1つ試してやるですぅ)

 

勿論、今この場にいるシアの攻撃手段が神霊の権能とドリュッケンによる単純な打撃だけ、というわけでもない。まだシアには見せていない手札がある。その内の1枚が───

 

───ドッッッッッ!!!!!

 

ドリュッケンの打撃面に付与された空間魔法による爆砕攻撃だ。地獄の下層に居城を構えていたアガレスの防御すら貫いた空間激震攻撃。直撃しようものなら鉄筋コンクリートでできたビルすら吹き飛ぶような破壊力のそれを、あろうことか肉体強度はただの人間と変わらない芽衣に向けて放つ。当然直撃すれば肉片が残るかすら怪しい一撃だったが

 

「……だから、通らないってば」

 

余波で海面が破裂し水柱が高く上がる。空間ごと破壊する一撃をもってしても由賀芽衣の身体には傷の1つも付けられなかった。

 

「もう諦めて、捻じ切れなさい」

 

芽衣が明確にシアを見る。その瞬間にシアは横に跳び、芽衣の視界から一瞬にしてその姿を消した。そして芽衣がシアのスピードに追いつけない内にドリュッケンを砲撃モードに、衝撃変換の付与されたスラッグ弾を放つ。

 

(……これも捻れたですぅ)

 

けれども、その弾頭は暴威を撒き散らすことなく捻れ、千切れて落ちた。芽衣の防御は無意識下に発動し、自動的に本人を守る、もしくは既に張ってあるものかのどちらか。半径は芽衣を中心に1メートルといったところか。

 

完全に空間を遮断していると言うより、空間に捻れや歪みのようなものを発生させて攻撃から身を守っているように思える。

 

(隙間も、無さそうですね……)

 

魔力を変換した衝撃波や空間爆砕、炎の波をすら受け流した結界だ。そんな簡単な穴は無いのだろう。だがその程度の理不尽で諦めるシアではない。そんなもの、壊して押し通る。それがシアの理不尽だった。

 

そしてシアはまだ試していない、未知の可能性を選ぶ。シアがドリュッケンを甲板に叩き付ければ、放たれたのは再び炎の津波。それがもう1度芽衣を襲う。当然それは芽衣の周囲を流れていくだけで芽衣の髪の先を焦がすことすらなく背後へと流れていく。

 

更に、ウダルの雷が間断無く襲い掛かり、芽衣の視界を覆っていく。これだけで大概の存在はその肉体を消し飛ばしてしまいかねない飽和攻撃だったが、空間を捻れさせている芽衣には届かない。もっとも───

 

「───ぎゃあっ!?」

 

突然足元から飛び出してきた円月輪の刃に片目を切り裂かれた芽衣は、一瞬の叫び声をあげる。それは甲板をぶち抜いて不意に現れた刃の付いた円盤。シアの狙いは力業で芽衣の防御を抜くことではない。炎と雷で目眩しをしている間に空間魔法の付与された円月輪で足元から芽衣を強襲することが本命。

 

本来遠隔操作式のアーティファクトは天人の瞬光が無ければそうそう操れない。そうであるならば瞬光を使えるようなアーティファクトがあれば良い。それが天人の考えだった。

 

今、武偵高の赤いスカーフで隠されたシアの胸元にはネックレスのようなアーティファクトが輝いていた。

 

それは魔力を注げば本人に瞬光の効果をもたらすアーティファクト。それによって知覚を拡大させたシアは遠隔操作式の円月輪を操ったのだ。

 

そして円月輪をもう少し操れば、芽衣のまだ開いている右目も空間魔法の刃が切り裂く。

 

「───っ!?」

 

しかし、それで制御を失ったらしい歪曲した空間が元に戻る。その勢いで芽衣の周囲の空間が爆ぜる。空間魔法による空間爆砕にも似た破壊の嵐が吹き荒れる。

 

もっとも、シアにとってその程度のことはどうということもない。身体強化と変成魔法で肉体強度を底上げし、並の人間なら破裂しかねない破壊の嵐の真っ只中ですら立ち続ける。

 

そして音も無く踏み込み、芽衣の鳩尾と背中を強かに打ち据える。呼吸を潰されて意識を失った芽衣を拘束用の宝物庫に投げ込んだシアはそこでふぅと一息付いた。

 

「力業じゃあ対抗できないなんて、流石ですぅ」

 

とは言え今のシアは遂に聖痕持ちにすら対抗できる力を手に入れた。それはこの世界においては最強とほぼ同義。もっとも、そんな事実すらもシアにとっては差程に意識するようなものではない。シアが欲しいのは結果だけだ。この戦いに生き残り、勝ち、次の世界を───異形も異様も差別されることのない世界を作り、そして天人達と共に生きる。それだけがシアにとって大事なことだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

死を齎す光と熱の暴力がようやく終わりを迎えた。どうやらシャーロックがやってくれたらしい。

 

俺がシャーロックに持たせたのは概念魔法───トータスの魔王城で俺が発現させたもので、俺の邪魔をするものの存在を消し去る概念魔法。それを込めた弾丸。それをアイツが俺の渡したアーティファクトの狙撃銃でモリアーティに叩き込んだのだ。

 

そして、不意に訪れた痛みにモリアーティが意識を一瞬逸らした隙に俺は宝物庫から対聖痕持ち用の手錠を取り出し、モリアーティの手首目掛けて振るう。だが───

 

「……?」

 

俺が振るった鈍色の手錠の輪はモリアーティの手首をすり抜けて虚空を切った。それどころか、俺の振るった手錠は、モリアーティの身体に触れた箇所だけ綺麗に溶けている。これ、聖痕の力塞がれていないんじゃないのか……?

 

俺のその疑問に答えてくれたわけではないだろうが、モリアーティの掌に光球が現れる。それは、超光速のレーザー攻撃の前触れで───

 

「……さんきゅ」

 

「勿体ないお言葉です」

 

それが放たれる寸前に俺はノーチラスの甲板上に飛ばされていた。アガレスの空間魔法による瞬間移動だ。

 

『おいシャーロック。どうなってんだよ』

 

俺は念話のアーティファクトで繋がっているシャーロックへそう問い質す。向こうのはスイッチ式なのでトータスの魔力の無いシャーロックでも扱えるのだ。

 

『現状では分からない、と言う他ないね』

 

とは言え、返ってきた返答はこんなんだ。これじゃあ何の解決にもならない。だからってそれに愚痴っていても意味が無い。どうやらモリアーティは自分の展開している聖痕封じにはハマらないようだし、こっちも同じものは展開しているのだが、それも意味が無い。

 

そうなるとまずは向こうの聖痕封じをぶっ壊し、こちらの聖痕封じだけを展開する状態にして、後は俺と透華達の力で押し通るしかないか。どうやらユエとシアの方も戦闘は一段落付きそうだし、それ程時間はかかるまい。

 

──変成魔法、昇華魔法、身体強化──

 

俺の中の星が廻る。莫大な魔力を用いて俺は自分の身体能力を底上げしていく。当然、瞬光と思考加速も発動させて脳みそもフル稼働だ。パキリ……と音を立てて俺の身体が変質していく。俺の中に刻まれた黒竜の因子が俺の皮膚を黒い鱗で覆っていく音だ。

 

そして俺は空力で虚空を踏み込み、音を置き去りにして海の上に躍り出た。──パァン!──という破裂音が背後で響くが、その音が届くよりも早く、俺はモリアーティの脇腹に黒い鱗で覆われた爪を突き刺し、(はらわた)を引き摺り出すように腕を振るった。

 

「……私もまた"教授"と呼ばれる身。1つ教えてあげよう」

 

もっとも、俺の一撃なんてものはモリアーティにとっては避ける対象ですらない。熱変動無効によって俺の手が溶けて海に落ちることはなかったが、代わりにモリアーティに僅かばかりの痛痒を与えることすらなかった。

 

「私のこの力が聖痕に拠るものだということは皆得心がいくと思う。そして、私は既に小道具に頼らずともそれを閉じられることはないんだ」

 

そんな気はしていた。さっきシャーロックが与えた一撃も、溢れ出した粒子が肉体に再変換されて塞がっているようだし、コイツは聖痕を閉じられることはないのだろう。全く厄介なことだ。ただでさえ強力無比な聖痕の力……その中でもおそらく最も戦闘向きの力であろう粒子の力を、よりにもよって世界最高の頭脳を持つモリアーティが扱うのだから。

 

だからと言って、それが諦める理由にはならない。コイツをこのまま野放しにしておけばきっと世界中を……いや、別の世界をも巻き込んだ戦争になる。そして幾万の屍を積み上げて地球とレクテイアの人類はそれぞれ混ざり合う。異能も異形も、大した意味の無い世界がそこにある。だけど、そのために流れる必要の無い血が垂れ流される。人が死ぬ。緋緋神が起こしたかった超人達による戦争なんて比ではない。戦いたがり同士がぶつかる程度なら別にいい。けれどモリアーティの起こす戦争は、きっと後に歴史の教科書なんてものがあるのなら「第三次世界大戦」なんて書かれるような代物になる。そんな未来を、俺は許しておけない。

 

パキパキ……と、音を立てて俺の手に氷の三叉槍が現れる。そして魔法で生み出された無機物たるそれに俺は生成魔法を掛ける。付与した魔法は空間魔法。穂先に触れた箇所を空間ごと削り取る氷の魔槍。

 

その槍を腰に構え、空に1歩踏み出して───

 

「ふむ……」

 

モリアーティはそう呟いた。俺は槍を持って踏み込むと見せかけて空間魔法を付与した氷の檻をモリアーティの周囲に展開。モリアーティをその中に捕らえたのだ。

 

『……天人くん』

 

すると、念話のアーティファクトから透華の思念が届く。どうやら()()が整ったようだ。

 

『分かった。タイミングは合図する。任せたぞ』

 

ビット兵器のアーティファクトによる空間断絶結界と同じように、内と外とを遮断する檻に囚われたモリアーティだが、果たしてアイツがあそこで大人しくしているとはこれっぽっちも思えない。何せ今もその全く感情の読み取れない視線を巡らせているのだからな。

 

そしてモリアーティはふと俺と目線を合わせると───

 

「───こんにちは。神代天人くん」

 

俺に全く知覚されることなく俺の眼前に現れた───

 

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