鎧牙のハイパーセンサーは、シャルロット達を押し留める織斑先生の姿を捉えていた。だから、その当の本人に事情聴取をされるというのはどこか釈然としないものがあるのだけれど、向こうも仕事だろうからと思うことにした。
「くぁ……」
眠くなりそうな尋問を終え、俺は腕と背筋を伸ばしながら欠伸をする。
「ねむ……」
目に浮かんだ生理的な涙を拭いながら学園の廊下を歩く。すると、俺の視線の先の角からシャルロット、オルコット、凰が歩いてくるのを見つけた。向こうもどうやら同じようで、ふとシャルロットと目が合う。すると、シャルロットは2人に別れを告げ、こちらに小走りでやって来た。
「……どうした?」
「うん、ちょっと、ね……。聞きたいことがあって」
「んー?」
「あの時……一夏が割って入った時、どうしてあんな無理矢理止めたの?ISのエネルギーだって白式の方が沢山あった。止めるなら、天人より一夏の方が……それに……」
「一夏とラウラには織斑先生っていう因縁があるから、譲れって?」
「譲れ……とまでは言わないけど、うん……。一夏にやらせた方が確実だったんじゃないかって」
どこか、怯えているのか遠慮しているのか知らないけれど、シャルロットは身体を小さくしながら俺に疑問を口にする。
「他に出来る奴がいたとして、それは俺がやらない理由にはならないよ。それに、あぁいう力に呑み込まれた奴を引き摺り上げるのは、やっぱり俺のやるべきことだと思う」
「それは、なんで……?」
「…………」
シャルロットのその質問に、俺は一瞬押し黙ってしまう。別に、不幸自慢をする趣味はない。ここで俺の昔話をしたって何になるわけでもないしな。けれど、説明しなければシャルロットは納得しないだろうというのも分かってはいる。
「……昔、同じように力に呑み込まれて、全部失った奴を見たことがある。だから、アイツにはあんな風にはなってほしくなかった」
だから俺はこんな風に誤魔化すようなことしか言えない。あとの時のことを話す気にはまだ、俺はなれなかった。
「そっか……。うん、やっぱり天人は優しいね」
「……そうけ」
何となく、この場に居辛くなった俺は用事があると急ぎ足でその場を去った。そんな俺の背中に、シャルロットの視線が注がれている。それは暖かくて、俺を気恥ずかしくさせる何かが籠っていた。
───────────────
IS学園には大浴場が併設されている。
だがこれを俺が使ったことは無い。何せここはつい去年までは実質的な女子校。明確に女子しか入学できない決まりになっていたことは無いけれど、ISは女にしか動かせないというのがこの世界の真理だったのだ。当然設備の全ては女子校同然に作られている。
つまり何が言いたいかと言うと、この大浴場には男湯と女湯の概念が存在しないのだ。
強いて言うなら女湯しか存在しない。だから俺はこれを使ったことはない。一応昨日から、男も使えるようにタイムテーブルを調整していたらしく、これまで我慢していたサービスとして昨日と今日は男子オンリーの日だった。それにかこつけて一夏は1人、大浴場を満喫したらしいが、兎にも角にも俺はまだ使ったことはない。
が、俺は幼少期をオランダとイ・ウーで過ごしたとは言え両親は日本人。家にも日本式の風呂があったし日本に来て武偵になった頃からちょくちょく大衆浴場にも足を運んでいた。
つまりはまぁ、湯船に浸かるという行為に関してはそれなりに好印象なわけで。
たまには風呂にでも入るか。
と、こう言ってしまうと不衛生な奴っぽいが、一応毎日シャワーは浴びている。リサはシャワーだったり大浴場だったりまちまちだったが。
ともかくだ。俺は今日、IS学園に来て初めて大浴場に入ろうと思ったのだ。
そう思って脱衣場まで来たのだが……。
「……よう」
「う、うん」
何故かシャルロットがいた。一夏はもう既に入り終えたらしく、さっき廊下でホカホカした奴とすれ違った。
「あぁ、じゃあ俺は部屋のシャワー浴びてくるわ」
さすがに本当は女子であるシャルロットと同じ風呂に入るわけにはいかない。正直今日は疲れたから湯船にゆっくりと浸かりたかったのだが仕方あるまい。部屋に戻って汗を流したらリサに甘えるとしよう。いや……別にここで風呂に入ってもリサには甘えるからあんまり変わらんか。
じゃあと、俺が踵を返して帰ろうとすると、後ろから制服の裾を引っ張られる感覚があった。何事かと振り向けば、そこには顔を伏せているのに耳まで真っ赤に染めて羞恥を隠しきれていないシャルロットがいた。そしてその細く白い指は、俺の、ブレザー型に改造した制服の裾をちょこんと摘んでいた。
「……どうした?」
「えと、ほら……ここのお風呂って広いからさ。脱衣場も……。お互い背中向けちゃえば見えない、から……その……入ろ?ね?」
シャルロットは顔を伏せたまま、さらに横を向いてなるべく俺を視界に入れないようにしているが、そこまで恥ずかしいなら自分が出ていくか、俺を止めなければ良いのに……。しかしここで俺が断るのも、何となく意識し過ぎな感じもして出て行き辛い。
「……はぁ。まぁお前がいいなら別に」
もうこうなったらどうにでもなるがいいさ。別に俺に何か損があるわけじゃない。自由に首も振れないのは面倒だが大浴場なんてそんな周り見渡して入るもんでもないだろうしな。
俺は適当にシャルロットから影になるようなロッカーを選んでそこに脱いだ制服を突っ込む。そして、体を洗う用のタオルだけ持ってさっさと浴場の扉を開けてその中に入る。
大浴場は、確かに大浴場と言うだけあってかなり広く、視界を遮るように湯気が立っていた。
一応のマナーとして俺は先に全身を洗う。俺がワシャワシャとシャンプーで頭を洗っている時に再び大浴場の扉が開く音がし、ペタペタと足音が聞こえた。恐らくシャルロットが入ってきたのだろう。それて俺の陣取っているシャワースペースから2つ3つ程間を空けたシャワースペースの椅子が引かれる音がする。多分これもシャルロット。目は閉じているけれど、そもそも一夏が戻った以上あと入るのはシャルロットくらいだからな。
俺は頭のシャンプーを熱めのシャワーで落とし、そのままタオルで身体を洗ってそのタオルもお湯で濯いで……と、全ての準備を整えて湯船へと向かった。
脇目も振らず、いや、振れずに縁へと辿り着いた俺はそのまま足先で湯船の温度を図る。うむ、ちょい熱くらいだな。多分全身浸かれば少し痛いくらいかもしれないけれど、俺はこれくらいが好きだったりする。
「ふはぁ……」
そして俺はそのまま湯船に全身を浸けた。タオルは縁に置いておく。俺の全身に、湯船の熱量がチクチクとした痛みを与えてくるが疲れた身体にはそれも心地良い。あぁ……溶けてしまいそうだ。
湯気に魂でも紛れて換気扇に吸い込まれてしまったのか、俺はしばらく何も考えられずにボォっとしていた。すると、チャプンと音が聞こえる。そっちに顔を向けることはなかったがシャルロットだろう。て言うか、他にいないし。
「ねぇ」
「んー?」
少し離れた距離からシャルロットが話しかけてくる。当然俺はそっちを見ることなく声だけで返事を返す。返した……のだが、何やらチャプチャプと水音が風呂場に響く。どうやらこっちに寄ってきているようだ。俺は仕方なしに後ろを向く。
「話が、あるの……」
「……なしてこっちに?」
「いいから。私ね、ここに残ろうと思うんだ」
いきなり話があると思ったら何かと思えばその話か。
「あぁ」
「他に行くところもないし、それに……」
そこでシャルロットは言葉を切った。
それに……何だ?
「それに、ここに居ていいって言ってくれた天人がいるから、僕もここに居たいって思えたんだよ」
そうか。俺が居るから、か。けれどそれは……。それなら俺はきっと言わなければならないのだろう。何も言わないというのは、きっと不義理なことだと思うから。
「……シャルロット」
「何?」
「少し、話があるんだ。ちゃんと話したいことが」
「うん、聞くよ?」
「あぁけど、風呂場じゃあれだから、俺の部屋に来てくれ。俺とリサと、シャルロットの3人で話さなくちゃいけないことだから」
「……分かった」
「じゃあ、先に上がってる」
「うん……」
俺はシャルロットに背を向けたまま湯船から上がる。視界の端で、シャルロットが手を伸ばしていたような気がしたが、その手は宙を彷徨うばかりで、俺に触れることはなかった。
───────────────
「それで、話って?」
俺が部屋に戻ってから直ぐにシャルロットは来た。照明の白い光に照らされた部屋には俺とリサ、シャルロットの3人だけが各々ベットに腰掛けている。さながら、罪の告白でもしようかという雰囲気がこの狭くも広くもない部屋を支配していた。
「シャルロット、お前がここに残るという決断を俺は尊重したいと思う。けど、"俺がいるから"という理由なら、話さなきゃいけないことがある」
「それは……?」
「……俺は、いや、俺とリサは……IS学園を去る」
去る、いや、去りたい。一刻も早く俺は元の世界に帰りたい。まだ帰る手段も、手がかりすら見つかってはいないけれど。
「えっ……?」
俺の言い回しはいつか卒業するとかそういう風ではないことくらいシャルロットは分かっている。卒業なら態々言う必要もないからな。同じタイミングでシャルロットだって卒業するわけだし。
「これを知っているのは、この学園じゃ織斑先生と山田先生、あとはまぁ、ラウラだけだ。だから、黙っていてほしい」
そう言って俺は銀の腕を出す。白い炎に包まれ、そして銀色に変わったその腕を見て、シャルロットの顔が驚愕に染まる。驚くだろうな、そりゃあ。そして分かるはずだ。これがISなんかじゃないってことも。
「俺は、俺とリサはこの世界の人間じゃない。住む世界が違うとか、そういう問題じゃないんだ。本当に別の、それこそ異世界から来たんだ」
「え……えっ……?」
「きっと俺がISを扱えるのは、別の世界から来たからだ。俺は元の世界でリサと一緒にこの世界に飛ばされた。なんでここだったのかは知らない。偶然かもしれないし、狙ったのかもしれない。けど兎に角、俺達は気付いたらIS学園のアリーナにいて、この建物がなんなのか調べてたら織斑先生に見つかって、何やかんやで今こうしている。確かなのはそれだけだ」
「待って、待ってよ。僕……何が何だか……」
「シャルロット様。混乱しているのも分かります。いきなりこんな話をされて、信じられない気持ちも分かります。けれどまずは、ただ話を聞いてください」
リサのその言葉に、シャルロットは一旦の落ち着きを見せた。すぅ、はぁと数度の深呼吸をして心と身体を落ち着ける。そして、何か覚悟を決めたような顔でこちらを見据える。
「分かった。まずは、話して。2人の話を」
「あぁ。そういう訳で俺達は元の世界に帰る方法を探している。手がかりはまだ、見つかってないけど。けど俺達は絶対に元の世界に帰る。一刻も早く、な。だからシャルロットには話しておかなきゃいけないんだ。俺を理由にIS学園に残るって言うのなら、これを話さないのは不義理だと思うから」
俺の話を聞いたシャルロットは少し視線を落とし、「そっか」と呟いた。そして再び顔を上げ、質問していいかなと問う。俺も当然イエスと答える。
「その、IS学園卒業までに帰れる確率は、どれくらいなの?」
「さぁな。何せ、本当に何も分かっちゃいないんだ。俺達をこっちに飛ばした方法は大雑把には分かるが、それはこの腕みたいに超常的なもので、俺達には再現できないんだ。だから別の方法を考える必要があるんだが……」
「……どうしてまだその段階なのに、話してくれたの?もっと、それこそバレた時にでも良かったんじゃ……?」
「お前のここに残るっていう決断の重さに、
「そっか……。うん、ありがと」
その言葉の後に少し押し黙ったシャルロットだったが、時々言っていた"ブテイ"って何?とか、そもそもなんでボーデヴィッヒさんは知ってるの?とか、いくつかの質問を俺達に投げかけて、それに俺が答えると、「話してくれてありがとう」とだけ残してシャルロットは部屋に戻って行った。
「ご主人様……」
「んー?」
シャルロットの出ていったドアが閉まると、リサが俺にしなだれかかってくる。その肩を抱いてやれば、リサは頭も俺の肩に預けてきた。
「ご主人様は優しい方です」
「ここに残るっていう決断が出来ない奴がか?」
本当に優しい奴なら、シャルロットやラウラに言った言葉の責任を取ってこの世界に残るだろう。リサも一緒にいるのだから、それは酷い決断ではないはずだ。けれど俺はそうしなかった。だから俺は優しい奴なんかじゃないよ。
「それはリサのことを想ってのことだと分かっています。この世界はリサ達の世界とよく似ています。けれど決定的に違う世界……。そしてリサはこのISのせいで戦いに巻き込まれている。だからご主人様はこの世界から一刻も早く出ようとしてくださっています」
そう、リサは篠ノ之束によってISを与えられた。与えられてしまったのだ。そして、この世界でISは超重要な戦力と考えられており、このIS学園もその扱いを学ぶ場だ。そうなればこれからも、今回の学年別トーナメントみたいに望んでもいない戦いの場にリサは巻き込まれるだろう。
誰もリサの意思なんて気にすることはなく、ただISがあるから、動かせるのだからという理由で彼女を戦いの場に放り込もうとする。
イ・ウーを潰したことから、その後に出てきた極東戦役に巻き込まれたキンジとは違う。本人には何の落ち度も責任もなく、ただ動かす才能があるからと担ぎ上げられたのだ。
これじゃイ・ウーにいた時と同じだ。俺はそれが嫌だからイ・ウーからリサを連れ出そうとしたのだ。あの時はシャーロックによって多少捻じ曲げられたものの、最大の目的であるイ・ウーからの脱退とリサを
けれどIS学園は───いや、ISを取り巻く環境は否が応にもリサを戦わせようとする。ISを持っているのだから、ISを扱えるのだから、力があるのだから、だから戦えと。
けれど俺は、そんなことは絶対に許さない。リサは絶対に戦わせない。リサの代わりに俺が全て戦う。
あの時俺はそう誓ったのだ。
「言ったろリサ。お前は戦わなくていい。誰かを殴るのも、殴られるのも、全部俺の仕事だ。お前に降り掛かる火の粉は全て俺が打ち払う」
それが例え世界そのものであっても、俺は抗い打ち砕く。リサを戦いに駆り出そうとするその全てに俺は反逆する。
「あぁ愛しのご主人様……。リサは幸せです。今日はお疲れでしょう?どうかリサの胸の中でお休みください」
そう言ってリサは俺の頭を抱き抱える。俺もそれに逆らわずにリサの甘い香りを胸一杯に吸い込みながら布団の中へ倒れ込む。ボフリというマットレスの沈む音とギシリというベッドのスプリングが軋む音が俺の心をくすぐる。
俺は体操の鞍馬でもやるかのように身体を回して掛け布団の下に下半身を潜り込ませた。
リサ一旦ベッドから降りつつ布団を捲り、その中へ収まる。
頭上にあるスイッチを押せば、部屋の灯りは消え、更にスイッチを捻ると頭上の電球が明るい白色の光から穏やかなオレンジ色の光へと変わる。
光量の落ちた部屋の、俺とリサだけの花園の中、俺はリサの瞼と唇に触れるだけの軽いキスを落とす。するとリサも俺がした所と同じ場所にキスをくれる。
「お休み、リサ」
「お休みなさい、ご主人様」
フッと微笑みあった俺達はほぼ同時に瞼を閉じる。すぐに微睡みはやって来る。夢の世界への扉も既に開いていて、俺達は直ぐにその扉をくぐった。この手の温もりこそ最愛だという確信がそこにはあったのだ。
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次の日の朝、教室で一夏と大浴場の感想をぶつけ合っていたのだが、山田先生がやけに疲れたふうにして教室へ入ってきた。訝しみながらも、昨日の今日だしなと思いながら俺は席に戻った。
すると、開口一番、溜息を吐きながら山田先生が告げる。
「はぁ……おはようございます。今日は皆さんに転校生を紹介……いえ、紹介はもう済んでるんですよね……はぁ。えと、どうぞ」
要領を得ないとはまさにこのことだろう。
普段から自信なさげで小さくなりがちな人ではあったが今は一際小さく萎んでいる。もっとも、今のこれはただひたすらに疲れているだけのようだが。
ともかく、そんな意味不明な説明でザワつく教室へ入ってきたのは、確かに既に自己紹介なんて終えていた人物だった。
後ろで束ねた色の濃い金髪にミニスカートから覗く細くもしっかりと締まっている白く美しい太ももとふくらはぎ。その持ち主は美男子にも見紛う整った顔をした───つまり掛け値無し純度100%女子のシャルロットだった。
「えぇと、シャルルくんはシャルロットさんでした……。はぁ……また部屋割りを考えないと……」
奇想天外な今よりも1寸先の現実に打ちのめされている山田先生を放って、シャルロットの本当の姿を見たクラスは大騒ぎだ。だが……。
「あれ?そういえば昨日のお風呂って男子の番じゃ───」
「一夏ぁぁぁぁ!!」
ドッバァァァン!!と、我らが1年1組の教室のドアを全力で破壊せしめたのは隣のクラスの凰だった。その身体には既にマゼンダのISを纏っており、その膂力でぶん殴られたらしいドアが哀れくの字に曲がって吹き飛んでいた。
「死ね!!」
そして凰のISの特殊兵装である衝撃砲は2門とも最大出力でチャージ完了。後は凰の意識1つで一夏は名も無き肉片へと姿を変える。
凰的には本当は女の子だったシャルロットと一夏が風呂に入ったっぽいのが気に食わないのだろうが、シャルロットと風呂を共にしたのは俺だ。謂れのない誤解で殺されるのはあまりに可哀想だし、何よりあの出力で衝撃砲を放たれたら俺も死ぬし何なら一夏の周りの席の奴全員死ぬ。
凰がそれでどうなろうと知ったこっちゃないが、理不尽な大量殺戮を発生させるわけにもいかないので俺も即座に鎧牙を起動。リサの星狼から物理シールドを3枚呼び出す。これで衝撃砲を受け止めるのだ。
凰の殺意に満ちた剣幕と目の前にいきなり現れた巨大な金属塊に後ろから見ても分かるくらいには一夏が驚くが、俺の予想していた衝撃は中々訪れない。
「……?」
衝撃砲の発射とシールドの展開はほぼ同時の筈だ。あの凰が寸止めするとも思えないし、何よりふーふーと凰の荒い息遣いは聞こえてくる。何があったのかと俺がシールドからゆっくりと顔を出して覗き込むと───
「……ん?」
凰は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そしてその視線はこちらではなく教室の窓側に向いていた。俺もその視線を追うとその先には───
「……ラウラ」
長い銀髪と眼帯が目立つそいつは、昨日戦った時と比べて随分とこざっぱりした黒い機体に身を包んでいた。凰の衝撃砲はAICで相殺したのだろう。相変わらず反則臭い性能だ。
「随分さっぱりした機体だな」
「壊れた部分を急ぎ予備のパーツで組み直したからな。全開とはいかない」
肩のレールカノンの姿が無いのはそういうわけか。確かに、よく見ればそれ以外はだいたい揃っているようにも見える。……さっぱりしたように見えたのは、あのレールカノンの存在感が大きすぎるからなんだろうな。俺は役目を果たすことなくただ鎮座しているシールドを全て星狼へと格納する。パッと粒子を瞬かせて3枚の、身の丈以上あるどデカい盾が教室から消えた。
「凰、ブチ切れているところ悪いが、一夏は昨日1人で風呂に入ったことは俺が証明する。俺は風呂上がりの一夏とすれ違ったし、その後に入ろうとするシャルロットとは脱衣場の前で鉢合わせになったからな」
実は一夏は途中からシャルロットが実は女だってこと知ってました、とは言わない方が良いだろう。言ったらほら、今の俺の言葉で落ち着き始めている凰がまた暴れだす。眠れる獅子は眠らせたままにしておこう。
あと俺とシャルロットが一緒に風呂に入ったことも黙っておこう。入る前に鉢合わせたのならどっちかが遠慮しただろうという想像になるだろうし。真実は語らなければ嘘を付くことにもならん。
「む……それならいいわ。お邪魔したわね」
そういうと凰はパッとISの展開を解除してそそくさと立ち去っていった。いやお前、ドアどうすんだよ。という言葉が俺の喉から出ることはなかった。何故なら───
「天人」
「ん?───んうん!?」
呼ばれて振り返れば眼前にはラウラの整った顔が迫っていた。しかも胸倉を捕まれ腰を曲げられるとそのまま俺の口にキスをかまされたのだ。
そして数秒程唇を押し当てて満足したのかラウラは俺を解放した。しかしビシッと俺の顔を指差し───
「お前は私の嫁にする!これは決定事項だ、異論は認めん!!」
と、宣ったのだ。
「嫁……?婿じゃなく?」
辺りに突然の出来事に俺は俺で的を射てるんだか射てないんだか分からない反応しか出せない。
「日本では気に入った相手を嫁にするという文化があると聞いた。だからお前は私の嫁にする」
誰だよラウラに理子みたいなこと言った奴。しかも信じちゃってるし。
「……その理論だと俺はもうリサに嫁に貰われてる」
あと俺もリサを嫁に貰ってるから。
「ふん、ならば奪うまで。恋とは奪うものだと聞いたぞ」
落ちるもの、とは聞いたことあるけどな。まさか奪うものだったとは。ていうか本当に誰なんだ、ラウラに理子的文化を教え込んでいる奴。マジで出てこい、1発殴らせろ。
しかしこのIS学園、実質女子校だけあってこういう話題への盛り上がり方は凄まじい。二股だの略奪愛だの刺激的な単語が飛び交っている。……ここら辺は武偵校に似てるな。嫌な似方だ……。
「……ねぇ天人?」
ゾッとした。地獄の底から響いてきた声というのはこういう声のことを言うのだろうか。
俺が振り返ればそこには目の笑っていないシャルロットがいた。
「……なんだ?」
「天人は、付き合ってる女の子がいるのに他の子とキスしちゃうような人なんだね」
……何故か知らんがリサではなくシャルロットがブチ切れている。なるほど、キンジはこれを味わっていたのか。……帰ったらもう少し優しくしてやろう。
俺は武偵校に置いてきた友人に思いを馳せつつどうやってこの場を切り抜けようかと思案していた。そして───
「山田先生!」
「はぁ」
疲れているのかこの騒ぎすらどうでもよさげな珍しい雰囲気の山田先生だ。だがまぁもうこれでもいい。
「確か1限目はグラウンドでISの実習でしたよね!?」
「はぁ、そうですね」
「男子は更衣室が遠いので先に行きますね!!では!!」
とりあえずこの場から逃げることにした。三十六計逃げるにしかず、ってやつだ。
脱兎のごとく逃げ出した俺を追おうとする動きもあったがちょっとだけ強化の聖痕も動員した俺にはさすがに付いて来れなかったようで、俺は1人、落ち着いて更衣室で着替えを済ますことができた。まぁもっとも、この後グラウンドで顔を合わせるのだからこの逃走にどれだけの意味があったのかは、分からないけれど。
それでも怒りは時間を置けば案外収まるものだ。
それ故に"逃げ"という選択もそうそう捨てたもんじゃあない。生存を諦めない、不格好でも諦めるよりは恥ずかしくない選択肢だと俺は思っている。
だからそう、目を逸らすんじゃなくて逃げるのはOKというのが俺の信条なのだ。