窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。それは、初夏の朝に漂う爽やかな空気と相まって俺を眠りの底から引き上げる。
そして、半分ほど覚醒した意識が俺の腕に伝わる感触をダイレクトに伝えてきた。ふにゃふにょとした柔らかい感触。すべすべとしていて触り心地の良い、シルクの様な感触。それは例えるなら10代の女の子の瑞々しい肌の感触で───
またかと、俺はそう嘆息した。
「ん……」
俺の右隣ではリサが小さく寝息を立てていた。リサが俺より遅いのも珍しいが、むしろ今日に限っては俺の方が早過ぎるのだろう。枕元に置いてある時計に目をやれば時間はまだ5時丁度だ。あと1時間は眠れる筈だったのだが、俺の左腕から伝わってくる柔肌の感触は眠気というものをどこかへやってしまったらしい。
だが、それで態々リサまで起こしてしまうの忍びない。俺は閉じることに抵抗を示した瞼を力ずくで下ろし、再び視界を暗闇の中へと閉じ込めた。
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ピピピピピピピピ───
俺の意識がようやく微睡み始めた頃、甲高い電子音が部屋の中に鳴り響く。仕方なしに俺がその音を止めると、リサもその音でモソモソと起きだした。
「ん……おはようございます、ご主人様」
「おはよ、リサ」
眠気眼を擦りながら身体を起こしたリサがスルりと身体を寄せてくる。俺は朝から指通りの良いリサの長い金糸の髪の毛に手櫛を通しつつその小さな頭を抱き寄せる。
「ん……」
「う……ん……」
朝一の目覚めのキスでお互い完全に意識を覚醒させる。すると───
「んん……」
と、俺の後ろ側からくぐもった声が聞こえてくる。
「あぁ……」
と、リサも何かを察したような、諦めたような顔をした。俺も苦笑いと共に溜息を吐き出すしかない。何せ───
「
俺の上に被さっていた布団を剥げば、そこには一糸纏わぬ姿のラウラ・ボーデヴィッヒが猫のように丸まりながら寝ていたのだから。
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「……ん、なんだ、もう朝か?」
朝の日差しに美しい銀髪を輝かせながら起き上がったラウラは何故か全裸。自分の身体を全く隠す気の無いその姿勢には恐れ入るが、ジロジロと女の裸体を眺める趣味もない俺はさっきまで被っていた布団を投げて寄越す。
部屋に備え付けのテーブルにはラウラの制服が畳まれて置かれていたので腹いせ代わりにそれも上から被せるように投げ渡す。
何だかこれも手馴れてきている自分がいて、それがどうにも憎らしい。
と言うのもこのラウラ。あのSHRキス事件からこっち、毎晩のように俺達の部屋に侵入してはこうして無断で同衾を果たしているのだ。しかも寝る時に着る服を持っていないとかで常に全裸。せめて下の下着くらい穿けよとも思うが、ていうか言ったが、「夫婦とは包み隠さぬものだと聞いた」の一点張りで着用の気配が無い。その割に持ち込んだ制服の中にはしっかりと上下の下着が揃っているのだからもはや狙っているとしか思えない。
さすがに俺も何度か織斑先生に、部屋のセキュリティの強化を申し入れているのだが、それが叶う気配は今のところない。
俺はリサが寝癖を解いている横で顔を洗い歯を磨く。そのうち大雑把に着替えたラウラがやってくるので俺も洗面所を譲りつつ寝癖を潰していく。
何ならこの部屋には歯ブラシが3組ある。俺とリサのやつと、いつの間にやら持ち込んだらしいラウラの分だ。これもう住んでるだろ……。
しかしまぁコイツも案外図太い神経をしているらしい。何せ、好きな男が他の女と寝ている布団の中に毎晩のように潜り込んでくるのだからな。それも、お目当ての男は全く相手にする素振りがないときた。これで心折れないのだからこいつの神経はISの装甲で出来てるんじゃないかと思う時がある。
「……なんだ、人の顔をジロジロと」
と、結局面倒になってリサに寝癖を潰してもらいながらラウラの顔を鏡越しに眺めていたのに気付かれたらしい。え、今まで散々色々やっといてここで?と言いたくなるタイミングでラウラは頬を染めながらこっちを睨む。しかし歯磨きは続行中なので何だか間抜けな姿だ。
「いや、すげぇなぁって」
「何がだ?」
「図太さ」
「誰の?」
「お前の」
「そうか?」
そうか?じゃねぇだろ。俺は大きく溜息を吐く。
「終わりましたよ」
「ん、ありがと」
俺の髪の毛を梳かし終わったリサはそのままラウラの髪も梳かしに行く。ラウラもラウラでそれをそのまま受け入れてなすがままだった。
俺はそれを横目に大きな欠伸を1つ。洗面所から離脱し、ベッドの上に寝巻きを放り投げてクローゼットのハンガーから白が眩しい制服を取り出した。この制服、苦手なんだよな、色がやたら派手だし近未来チックというか、漫画の中から引っ張り出したみたいな。防弾性能も無いから着ていて心許無いのもマイナスだ。篠ノ之束に言ったら同じデザインで防弾性能のあるやつ作ってくれるかな……。いや、面倒な要求されそうだし止めておこうか。
ラウラの髪の手伝いまでやってくれたリサはエプロンをしてそのまま簡素なキッチンに立ち、昼の弁当を作り始めた。もっとも、ある程度は昨日の夜に作ってあるからそんなに時間のかかるものでもない。料理に関しては全く手伝えることの無い俺は朝のニュースをチェックしていく。もっとも、向こうもこっちも大したニュースは無い。それは世界共通なのだろう。どこも芸能人のスキャンダルやらドラマの宣伝やら、後は言葉の間違えた政治家の揚げ足取りとかそんなんばっかりだ。
俺の欲しいニュース、例えば異次元へ繋がっていそうな扉が見つかったとか、そういうのは今朝も無さそうだった。
制服に袖を通し、眼帯も着用したラウラがチョコんと俺の横に腰掛ける。その視線は壁に埋め込まれたテレビに向いており、俺からはその表情を窺い知ることはできない。
「ご主人様、お弁当の用意ができましたよ」
「んー。じゃあ行くか」
リサに呼び掛けられて俺は自分の、大して中身の入っていない薄っぺらい学生カバンと、リサのそれなりに重みのあるカバンの両方を手に取った。
「お前も、荷物取り行かなきゃいけないんだからそろそろ出た方が良いぞ」
「ふむ、それもそうだな」
もっとも、ここで別れても多分また朝飯を食うための食堂で顔を合わせることにはなるだろうけど。ともかく俺達は一旦別れ、食堂と自室へとそれぞれ向かっていった。
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週末、俺とリサは市内1の規模を誇るという駅前のショッピングモールに来ていた。リサも俺もあまり衣装持ちではないし、遊ぶよりまず調べ物を優先していたのでこういう所にはあまり来なかったのだが、今回はそうもいかない。
何せ夏休み前の7月には1年生合同で2泊3日で夏合宿が行われるのだ。
それも行き先は海、1日目は完全な自由行動ということもあり、俺達の学年は皆一様に浮き足立っていた。
久しぶりに海を存分に楽しめるとあって俺も結構楽しみだったりするのだ。
しかし、俺達は着の身のままにこの世界へと飛ばされた漂流者。武偵校の寮には水着もあった気がするがIS学園の寮には残念ながらそんなものは存在しない。一応学校指定の水着はあるが、俺のはともかくリサのスク水は背徳的なのだ。こう、色々と……。
なのでリサには是非とも普通の夏感溢れる水着を着用してもらいたい一心で俺達はここに来ていた。俺も一応買うつもりだが、まぁ別に何でもいいだろう。ただでさえ男の水着なんてレパートリー少ないんだし。女尊男卑のこの世界ならマジで2,3種類くらいしか置いてなくても不思議ではない。
「水着は……あっちか」
「そのようですね」
しかしここは週末ともなると結構な量の人がいる。まぁ、人がいてもいなくても俺とリサは手ぇ繋ぐんですけどね。
指を絡めあって結ばれたリサの手を引いて歩き出す。するとリサはそのまま身体を寄せ、腕を絡めるようにしてピッタリとくっ付いてきた。俺は何も言わずにそれを受け入れる。その時にフワリと漂うリサの香りが、いつも通りに俺の鼓動を跳ねさせるのだった。
そうして歩いていると、視界の先に水着コーナーが見えてきた。派手な色の女性用の水着が目印となっているようだ。
「あっちか」
「やはりこの時期だと分かりやすいですね」
「そうだな」
そして水着コーナーへと辿り着く。取り敢えずチラッと見ただけだが、流石に2,3種類ということもなかったが、それでもそうイロドリミドリってわけでもなさそうな男性用水着は後回しにして、まずはリサの水着から見ていくことにした。
「ご主人様は、どんな水着が好きですか?」
装飾は派手に可愛らしいのに紐で結ぶタイプのやつが好きです。
とは流石に言えない。いや、言えば多分リサは何を思うこともなく普通にそれを着てくれるんだろうけど、男が俺1人ならともかく今回は一夏も同じ浜辺にいるわけだし、そういうお楽しみなやつは無しの方向でいこう。
ていうかヒモ水着なんてあんのかね。あれって結んであるように見えて実は普通に穿いたり紐は後で着けたりってやつらしいけど。
「……パレオのあるやつで」
「パレオ、ですか?」
どんな御要望にもお応えします!みたいな雰囲気で聞いたのに返ってきた答えはむしろ大人しいもので、リサはちょっと小首を傾げている。
「だって一夏もいるわけだろ?……あんまり他の男にリサの肌見せたくない」
最後の方は正直自分で言ってて小っ恥ずかしかったから、小声になってしまったけれど、流石に目の前で聞き漏らしてくれるわけはない。
リサは俺の答えにどこか嬉しそうにしている。
「他には、色とかの希望はありますか?」
「いや、特には無いかな。あ、でもフリルとか着いてる方が好き……かも……」
あれ、水着の好みを伝えるのってこんなに恥ずかしかったっけ?ちなみにフリル付きを希望した理由もやはり
「では、こういうのはいかがでしょう?」
と、リサが取ってきたのはハイビスカスやなんかの南国っぽい雰囲気の花柄が散りばめられた水着だった。同じ柄のパレオ付き、バスト用の方にもヒラヒラとしたフリルが付いていて派手さの中にも可愛らしがある。うん、好き。
「あ、あぁ。いいと思うよ」
「では、試着してみますね」
と、水着を持って近くにあった試着室にリサは入っていく。カーテンで区切られたその部屋の目の前に置かれたリサの、踵の低いミュールが俺の心をザワつかせる。
ストンと落とされたリサのノースリーブのワンピースが、フワリと持ち上げられるのが隙間から見えた。2本見えていた脚が片方ずつカーテンに消えては現れる。着替えどころかその柔肌だって何度も見ているはずなのに、この布切れ1枚向こうじゃ今はリサが何も身に纏っていないんだよなと思うだけで俺の心拍数が上がっていく。
思わず俺はリサがその衣類を脱いでいく様を、カーテンに幻視してしまった。
普通に洋服を買いに来て入った試着室じゃあこんなこと思いもしなかったのに、不思議な感覚だった。俺はただ一心不乱に、いや、一心に乱れまくった心で、俺とリサを区切るカーテンを見つめ続けた。
だがそんな時間も長くは続かない。サッとカーテンが引かれ、その中からさっきの花柄バカンスチックな水着を纏ったリサが現れたのだ。
「どう、でしょうか……?」
「結婚してください」
「喜んでお受け致します。ご主人様」
その可憐さに思わず求婚してしまったがリサも受けてくれたので問題無し。俺の差し出した手をリサが取ってくれたのでその手の甲にキスを落とした。式はいつにしようかな?いや待て、まずは俺が18にならないと駄目だ。
……あれ?そういや俺もう18歳と言っていいのでは?誕生日はもう迎えたし。
「どう思う?」
「まずは、向こうに帰ってから考えましょう」
「うす」
冷静なリサに諭されて俺も正気に戻った。戻ったついでに俺も水着探さなきゃなということで、リサの水着カゴに入れ、男性用水着の一角へ。と言っても、俺は特にこだわりが無い。1番最初に目に付いた、黒地に赤いラインの入った短パン型のこれでいいや。
「それになさるのですか?」
「うん。まぁパッと見他に目ぼしいのも無いし、これでいいや」
「かしこまりました」
その後は2人でお泊まりに必要な物を探したり昼飯を食ったりと、久々に普通のデートを楽しんだ。こういう、普通の日常ってやつを過ごせば過ごす程に、俺の中で違和感が膨らんでゆくのだった。リサさえいれば他には何も要らないと誓ったはずなのに、どうしたって俺の心はあの
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「それでは、よろしくお願いしますね」
「はい」
遂に夏合宿が始まった。とは言え、初日の今日は完全自由行動な訳だが。そして俺とリサも当然海に来ている。そして、水に入る前にまずはということでリサから渡されたのは日焼け止め用のサンオイル。今俺の足元で水着のトップを外し、シートにうつ伏せで寝そべっているのがリサだ。
俺は渡されたサンオイルのボトルを手でコネ回し、中のオイルを人肌程度に温めていく。夏の陽射しも手伝ってか直ぐにそれは温まった。
「じゃあ塗るぞ」
「はい」
一応予告だけ入れて、俺は手に垂らしたサンオイルをリサの背中に塗っていく。リサの背中は白く滑らかで、柔らかな感触が手に心地よい。それでいて無駄な脂肪が付いているわけではないから折れてしまいそうな程に細く、丸く、小さかった。
「んっ……」
少しくすぐったいのかリサの口から声が漏れる。それはどこか艶やかで俺の心を撫で上げる。
だからと言って手を止められるわけはなく、その魅惑の柔肌を堪能しつつ、俺はリサの腕や首にもサンオイルを塗っていく。しかしその度にリサが短く息を吐くものだからこちらとしてもたまったものではない。脇の下や脇腹にも塗れと言われてしまったので仕方なしに──いや、正直かなり喜び勇んではいたが──塗っている時のリサの艶やかな声はもうこのまま旅館に連れて帰ろうかと思ったほどだ。
「ふふっ……ご主人様?下もお願いしますね」
俺が背中側を塗り終えたと思ったら、リサはこれ絶対分かって言ってるよね?って言うくらいのわざとらしい微笑みで脚も塗れとの御要望。
「はぁ……」
心臓に悪い、だからと言ってここで止めるのはご主人様の名折れ。神代天人、いきます!!
ふっと一息吐いて気合いを入れ直した俺は再びサンオイルを手に垂らす。そしてそれをリサのモモ裏に塗っていく。モモに塗っている時に内モモにも当然触れるのだが、その時のリサの吐息は多分一生忘れない。そしてふくらはぎ、足と下半身にも大概サンオイルを塗り終えたところでリサに声を掛ける。
「終わったぞ」
「いいえ、ご主人様。まだお尻に塗ってもらえてません」
……マジですか?いいんですか?
リサの誘うような視線俺は当然1発KO。覚悟を決めてリサのその柔らかく形の良い臀部に手を伸ばした。
……触るの、別に初めてじゃないんだけどな。
しかし海辺で水着の間に手を突っ込んでサンオイルを塗るというのはこうも扇情的な行為だっただろうか。それに、さっきからずっと視界の中にチラついているあれ。そう、リサの身体に押し潰されてはみ出した胸が俺の視線を吸い寄せるのだ。しかもなんか、水着に手ぇ突っ込んで塗ってるからか、まるで揉みしだいているようにも見えるこの光景。何だかこれだけで俺は疲れてきたよ……。
「はい終わり。前は自分でやってくれ……」
「ありがとうございます、ご主人様。……そういうのはまた別の機会に」
最後の言葉は俺の耳に顔を寄せて小声で呟いたリサ。それに俺は思わず崩れ落ちてしまった。
……おかしい、主は俺のはずなのに何で俺の方がこんなに翻弄されてるんだ……?惚れた弱み?それなら仕方ない。
「終わったー?」
と、崩れ落ちた俺の頭上から声が掛かる。寝返りを打って仰向けになった俺が目を開けるとそこにはクラスの女子が何人かいた。ビーチボールを持っているからこれから遊びに行くのだろう。
「あぁ」
「えぇ、終わりましたよ」
「じゃあさぁ、あっちでビーチバレーしない?どうせなら織斑くんとの男子対決見してよ」
「ん、あぁ、一夏もういるんか?」
「いるよー。さっきまで凰さんと泳いでたみたいだけど」
「うい」
じゃあ行ってくるよとリサに声を掛けて俺は着ていた半袖のパーカーを脱いで渡した。
しかし、俺に声を掛けてきた女子──多分岸本さんとかそんな名前だった気がする──は俺の身体を、というかとある一点を見て固まっていた。
「あ?どしたの?」
「それ……」
と、岸本(仮)が指差したのは俺の腹、そこに出来た大きな傷だった。あぁ、前に粒子の聖痕の奴にやられたやつか。
銀の腕を出すと、腕や脚は新たに作りかえられるからか、そこに付けられた傷はその度に消えて無くなるのだが、他の部位に関してはそうもいかない。別にそうそう見られるところでもないので特に気にしていなかったし、武偵校にいる奴らは身体に傷があることなんて日常茶飯事。別に一々聞いてもこなけりゃ誰も気にしちゃいなかったから忘れていたが、ここはそんな傷を負うことが日常の世界ではないのだ。
だからと言って不幸自慢をする気にもなれないし、俺自身はこれを負い目だとは思っていない。強いて言うなら己の未熟さを戒めるためのものだから、ここであえてまたパーカーで隠す気にもなれないのは事実だった。
「昔ちょっとな」
「そ、そう」
しかしその子は明らかに引いてしまった雰囲気だ。俺がいいから行こうぜと言って歩き出した時なんて後ろから「ヒッ」ていう悲鳴すら聞こえたよ。そりゃそうか。さっきの傷、貫通してるからな。背中の同じ場所にも似たような痕がありゃそうもなるか。
だがまぁ、そんなのことを気にしても仕方ない。俺はそんな反応を丸っと無視して波打ち際まで歩いていく。その間にも何人かの女子が「お、鍛えてるねー」みたいな声をかけてくるが、近寄る度に俺の傷跡を見て少し引いていく。
そして一夏達の元へと着くと、やはり一夏も俺の腹や身体に付いた切り傷の痕なんかに目線がいったが、コイツは何も言ってはこなかった。まぁ気にされてもどうしようもないものだからこの反応の方が俺としたは助かるのだが───
「……この妖怪タオルまみれは何だ?」
俺の目の前には上背が140~150センチくらいのタオルのお化けがいた。しかも、それを連れているのはシャルロット。何やら「大丈夫だから」とか、「似合ってるから」とか声を掛けている。しかしそのタオルから聞こえてくるのはうーうーという唸り声だけ。というかこの唸り声、聞いたことあるぞ。
「それ、ラウラか?」
「……そうだ」
と、タオルお化けからくぐもったラウラの声が聞こえてくる。
「何してんの?」
まさか日焼けが怖いとかではあるまい。それなら最初から浜辺になんて出てこないはずだしな。
「大丈夫だってラウラ。変じゃないよ?」
と、中々タオルのシールドを解こうとしないラウラにシャルロットも声を掛けるがどうにも苦戦しているようだった。
「前髪でも切りすぎたのか?」
「あぁ、そうじゃなくてね……」
変じゃないだの似合ってるだのとシャルロットが言っていたので、髪の毛でも切りすぎたのかと思って聞いたが、違うみたいだ。
「まぁいいや。俺あっちでバレーやってるからタオル取れたら来いよ」
ラウラも最初は誰も寄せつけないような、冷たい雰囲気を纏っていたのがだいぶ変わった。今の同部屋はシャルロットらしいから、アイツがその氷を溶かしてくれたのだろう。
次は寝る時にパジャマを着るまでに成長してほしいものだ。
「ほら、天人行っちゃうよ?……あーあ、じゃあ僕も先行っちゃおうかなぁ」
「ま、待て!……ええい、脱げばいいのだろう?脱げば!」
それだと何だか違う風に聞こえるような……とは言わぬが仏。振り返って黙って見てると、ババッと、ラウラはその身を覆っていたタオルを砂浜にぶちまけた。
「うう……」
そして中から現れたのは黒い水着を着たラウラだった。
その水着は大人用のセクシーランジェリーのような布面積でありながらも腰やバストの正面にあしらわれたリボンが可愛らしさを演出しており、小柄ながらも綺麗な顔立ちをしているラウラの美貌と、珍しく結われた銀髪のツーサイドアップと相まってさながら妖精のような愛らしさを醸し出していた。
「隠すようなもんじゃないだろ。似合ってるぞ」
女が新しい服を着ていたら取り敢えず褒めろとのリサとジャンヌからの教えに従い俺は思った通りに褒めておく。服を褒められて嫌な女はいないのは世界共通だと言っていたジャンヌの言葉通り、どうやらラウラもそれなりに嬉しかったようで、普段さっぱりハキハキとしている姿からは想像もできないほどにモジモジとしている。
「シャルロットも、水着似合ってるぞ」
「あ、うん。ありがと、天人」
と、一応シャルロットにも言っておかないと後で不機嫌になられても面倒だからな。
だが幸い俺の打算はシャルロットには伝わらなかったようで、シャルロットも心から喜んでいる風だった。
「あぁ、で、何だっけ?男子対決だっけ?」
と、既にポールやネットまで準備されていた即席のコートには一夏と(確か)櫛灘さん、それから布仏さん(だったかな……?)がいた。
「おう、そうらしいぜ」
「ではリサは審判を務めさせていただきます」
「チーム分けはどうする?俺と一夏は別れるとして……」
「じゃあそっち代表候補生2人いるしこっち4人でいいよね?」
と、岸本さん(仮)が一夏のいるコートへ入った。まぁ、それくらいで調度良いかな。
「どうせ男の子同士の対決なら派手にいきたいよね。10点先取でスパイクとかありでいこうよ」
「ん」
「分かった」
こっちのチームはどうやら俺とシャルロットとラウラで決定のようだ。そしてボールを上に投げた櫛灘さんは───
「7月のサマーデビルと呼ばれた実力を見よ!」
謎の異名を叫びつつ勢いのあるジャンピングサーブを放つ。それは俺の守備範囲を越えて後ろに流れるが───
「任せて!」
後ろはシャルロットとラウラで半分づつに分かれて守っている。自分の方にボールが飛んできたシャルロットはしっかりと落下地点に入り両腕でポンと跳ね上げる。
「ラウラ!」
「あぁ」
そしてそれを受けたラウラもパン!とボールをネット前の上空に打ち上げた。かなりの高さまで打ち上げたみたいだが問題無い。
俺は助走をつけながらボールの落下点に寄ると落ちてくるタイミングに合わせて両足で地面を踏み締めてジャンプ。
それに合わせて一夏も跳ぶが、俺の方が高い。一夏の伸ばされた腕の上からボールを叩き付け、俺に弾かれたボールは誰の手に触れられることもなく砂浜に丸い跡を刻んだ。
「まずは1点、ですね」
つい、と右手の人差し指を上に伸ばしたリサが点数をカウントする。試合も夏も、始まったばかりだ。
───────────────
ビーチバレーはあの後織斑先生まで加わっての大混戦だった。布仏さんが実質戦力外の一夏チームに織斑先生が加わり、一時同点まで迫られた俺達だったが、俺かシャルロットがボールを空高くに打ち上げ、さらにスパイクを打つラウラを俺が空に跳ね上げるという荒業を用いることでどうにか勝利を引き寄せたのだった。
俺の腕力とラウラの猫みたいな運動神経を組み合わせた大技で、決めきったから良いが、もし拾われたら滞空時間の長さから向こうの反撃に対応できない場合があるのが弱点ではあったのだが……。ま、勝てば官軍なのだ。
そして、そんな風に過ごした1日目も時は流れ夜の帳も降りた頃、風呂も夕食も済ませた俺は旅館のロビーでリサと寛いでいた。
男子は他の女子が消灯時間を無視して部屋に遊びに行かないように織斑先生と同室になっていたのだが、正直織斑姉弟の間に入るのは肩身が狭いし、消灯直前にでも戻ればいいかとフラフラしていたのだ。
最近は皆俺とリサの関係に理解を示してきたようで俺達が2人の時にはあまり人は寄ってこない。
例外はシャルロットとラウラだが、あの2人からは告白紛い、というかそのものを受けているのであんまり気にならない。だからと言って、それに応える気も無いのだけれど。
「なんか、久々に目一杯遊んだ気がする」
「はい。こちらに来てからは色々調べることが多かったですから」
俺の右半身とリサの左半身はピッタリと、それこそ隙間無くくっ付いている。薄い浴衣の布を通してリサから伝わる温度は暖かく、その肢体は柔らかい。リサの膝の上で固く結ばれた俺達の両手は閉じられた貝のようだった。
海抜がゼロメートル以下のオランダや、そもそも潜水艦であるイ・ウーにいた頃はあまりビーチで遊ぶなんていうことはなかった。日本にいても面倒な輩にリサがナンパされるだけだったから直ぐに行かなくなった。
「……楽しかったな」
「えぇ……」
楽しかった、楽しかったのだけれど、どうしたって武偵校の奴らと行ったらもっと楽しかったかもな、なんて思ってしまうのだ。理子が、ジャンヌが、透華や樹里、彼方が、キンジが、武藤が、不知火が、武偵校の奴らの顔が頭をよぎるのだ。そして、その度に俺の胸に去来するのはどうしようもない疎外感。どれだけ仲良く遊んでいようと、俺はこいつらとは違ってしまっているのだという思いが拭いきれない。
「……ご主人様?」
思わず、リサの手を握っていた俺の手にも力が入ってしまったようだ。
リサが心配そうにこちらを見ている。
「……リサ、お前は……帰りたいか?武偵校に、あの世界に」
俺は、問い掛ける。リサの希望を、想いを。意思を。
「リサは、帰りたいです。あの世界に。皆のいるあそこに……。どうしても消えないのです。自分のいるべきところはここじゃない、あそこだという思いが。誰もそんなことを考えていないはずなのに、どうしても疎外感が胸につっかえて取れないのです」
リサが一言言う度に、握られた手に力が込められていく。それは、リサの心がどれだけ追い詰められていたのかという証なのだろう。
「あぁ、なら帰ろう……あの世界に。武偵校に」
だから俺は誓う。何があろうと、何をしようとも帰るのだと。
「はい、リサはどこまでもご主人様に着いて行きます」
この手の中にリサの温もりがある限り、俺は戦える。絶対にあの世界へ帰るのだと、何度目とも知らぬ誓いを、リサの瞳に、掌に、俺達の間に立てるのだった。