セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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アリサ・イリーニチナ・アミエーラ

 

──ロシア支部からやって来る新型神機使いを保護しろ──

 

アラガミの壁内侵入事件から数日後、俺とリンドウ、サクヤさんに与えられた任務がそれだった。

 

結局のところ、突如現れたヴァジュラはリンドウ達が倒したらしい。あの後A地点から送られてきた分隊も合流し、数で押し潰したのだとか。

 

俺はその間、エリックや逃げ遅れた住民を避難させ、救急ヘリを要請しと、ゴッドイーターと言うよりは自衛隊みたいなことばかりやっていた。

まぁ、人類を守るためのゴッドイーターなのだから、やることとしちゃあ、あながち間違ってはいないと思うけど。

 

そして今回の任務。

 

正規の手順でやってくるゴッドイーターを何故保護しなければならないのかと言えば、輸送機及び護衛の戦闘機がアラガミに襲われているかららしい。

そういう訳で俺達は今、ヘリに乗ってその輸送機に近付いていた。

 

「ありゃあ……輸送機が保たねぇぞ」

 

リンドウ──歳上だしと思ったが本人から"さん"はいらねぇと言われた──がその惨状を見て呟く。

 

極東支部2人目の新型神機使いことアリサ・イリーニチナ・アミエーラを乗せた輸送機は飛行するアラガミ、ザイゴートの群れに襲われていた。既に護衛の戦闘機は落とされたようで、その姿は見当たらない。輸送機も、その質量の大きさ故に持ち堪えてはいるが、この数のアラガミ相手にそれがどこまで……といったところか。

 

「……あれは」

 

すると、アラガミ共の隙間の機上からマズルフラッシュが瞬くのが見えた。まさかアラガミ相手に銃火器で立ち向かうわけもないから、恐らくあれは銃型の神機だろう。

乗っているゴッドイーターは新型使い1人ということだから、多分あれがアリサ・イリーニチナ・アミエーラだ。

 

「おい!あいつと周波数を合わせろ!」

 

すると、同じものを見たらしいリンドウがヘリの操縦士にそう命令を出す。

それを受け取った彼が何やらチャンネルを回すと、リンドウが無線で彼女に話し掛ける。

 

「極東支部第1部隊雨宮リンドウだ。お前を保護しろとの命令を受けて来た。ヘリを寄せるからこっちに来い」

 

簡潔に、かつ過不足なく俺達の目的を伝えるリンドウだったが、それに対する新型の反応はといえば───。

 

「……そうですか。いいえ、結構です」

 

と、まさかの拒否。そしてそいつはそのまま戦闘を再開してしまう。

 

「なっ……保護を拒否なんて……。そんなに自信があるの?」

 

と、サクヤさんも驚きの表情を隠せない。

 

「……どっちにしろ、あれじゃあ回収も出来やしない。回収は拒否られたけど増援は否定されてないからな」

 

「……それもそうだな」

 

100や200じゃきかないくらいの数のアラガミがあの輸送機には集っているのだ。いくらゴッドイーターが3人乗っているとはいえ、他には申し訳程度で通常の火器しか積んでいないこのヘリじゃあそこから人を回収するのは無理がある。

だったら俺達も乗り込んであのアラガミ共を蹴散らすしかない。

 

「新入り、まずは任せたぞ。サクヤ、お前は新入りのフォローに回れ」

 

「まったく、しょうがないわね」

 

パラシュート無しで飛行中の輸送機にエア・ボーンとかマジの自殺行為なはずだが、ゴッドイーターの超人的な身体能力に身を任せた俺は、限界までヘリを寄せてもらい、即座に空に身を投げる。

 

「アリサ・イリーニチナ・アミエーラだな」

 

「……誰ですか?」

 

「神代天人。さっきの雨宮リンドウと共にお前を保護しに来たんだが……、どっちにしろこれをどうにかしないとな」

 

アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、一応写真は見せられたが、本物はそれに輪をかけて美人だった。空のように蒼い瞳に肩甲骨に届くか届かないか程度に伸ばした銀色の髪。赤と黒を基調にした服、なのだがアラガミに重たい鎧は意味が無いからとゴッドイーターは軽装が多い。それはそれで合理的ではあるが、こいつはへそ出しな上に着ているノースリーブのそれはチャックが半開きで、リサほどじゃないが、それなりに実った果実の下側がチラチラと目に優しい。

 

腕も細く締まっており、オラクル細胞の効果で見た目通りの腕力ではないと分かっていても本当にその細腕でこの重たい神機を振るえるのかと不安になる。

そしてその脚線は残念ながらロングブーツでその殆どが秘されているが、赤いチェックのミニスカートとの僅かな隙間から見える大腿部は黒いタイツで覆われながらも、筋肉と女性らしい柔らかさが同居しているのが見て取れる。

 

「何ですか?人のことジロジロと」

 

と、胡乱げにこちらを睨みつけるその瞳はしっかりとこちらを見据えており、意志の強さも垣間見得る。

有り体に言えば滅茶苦茶可愛いのだ。個人的にはリサとジャンヌの次くらいには。

 

ISのあるあの世界を出て以降、これ程の美少女を見る機会は中々なかった。サクヤさんも相当な美人だがこいつとはまた少しタイプが違う。

だがこの状況でそんなことばかり考えてもいられない。俺はそんな邪な考えを神機と共に振り払っていく。

 

「ただの本人確認だよ。悪かったな」

 

「いえ、別に」

 

その間にも飛んでくるアラガミを切り払い、撃ち落とす。

 

「……貴方も」

 

「あぁ。新型ってやつだ」

 

「そうですか」

 

切り裂き、撃ち落とし、喰らい尽くす。神を喰らう者(ゴッドイーター)の名の通り、俺達は荒ぶる神を喰い千切っていく。

 

そうして100かそこらのアラガミを倒した頃、輸送機上にアリサの姿が見えないことに気が付く。

 

「アリサの姿が見えない。そっちで把握してるか?」

 

「えぇ、彼女は一旦機内に戻ったわ。後部ハッチが空いているの。そこからよ」

 

「了解です」

 

これまでの戦いの中で、1部のザイゴートが進化したのを確認している。

しかもそいつは他のザイゴートをどこからか呼び集め、その大軍が今こちらに向かっているのだ。目視できる範囲でも空を覆うほどのアラガミの群れ。しかしそれを前にして貴重な戦力が一旦離脱しやがったのだ。

一応進化した個体は潰したが、俺は何があるのかとアリサの後を追う。

解放されている後部ハッチから機内に入ると、そこは随分と静かだった。まるで息を潜め、隙を伺っている生き物かのような───っ!?

 

タンッ!と足音と共に視界の端で影が動く。俺が咄嗟にそちらを向けばアリサが素手で俺に掴みかかってきた。

腰を落としたタックルに対して俺も重心を落として転がされないように堪える。接触際に両足を前後に開くことで衝撃も逃がしたのだ。

 

数多のアラガミが迫って来ている中でコイツをボコって戦闘不能にするわけにもいかず、俺が判断を迷った瞬間、アリサは膝を振り上げ、俺の股間を狙ってきた。脚をズラして金的を防ぎ、アリサの両腕を引っ剥がしながら機内の奥へと力ずくで投げ飛ばす。

 

「はっ、悪いが俺はアラガミ相手より対人格闘の方が得意だぞ?諦めて訳を話せ」

 

今の攻防で、自分では俺を打倒し得ないと分かったのか、アリサは不機嫌そうにこちらに背を向け、機内へと戻っていく。

俺も、また不意打ちされかねないから警戒しながらアリサの入っていったドアを開け、中に入る。するとそこには───

 

「これは……怪我人?こんなにいたのか」

 

恐らくこれがアリサが俺達の救助を拒んだ理由。あのヘリではこの人数は入りきらないし何より───

 

「貴方達の要救助者リストに彼らの名前はありますか?」

 

そういう事だ。俺達はこのアリサ・イリーニチナ・アミエーラを救助しろとの命令しか受けていない。そして、そこには彼らのような技術者達は含まれていなかったのだ。だがアリサは彼らを見捨てる気は更々無く、だから俺達を拒んだ。

 

「なるほど。お前の信頼を勝ち得なかったのはこちらの不手際だ。……リンドウ、聞こえるか?」

 

俺は無線の周波数をリンドウに合わせる。

 

「どうした?」

 

「この輸送機に負傷者がいる。具体的な人数は数えてはいないが、少なくともそっちのヘリには入り切らない。……アリサ、この中で今すぐ命に関わるような奴は?」

 

「いえ、そこまでの重傷者はいません」

 

「……リンドウ、死にそうな顔をしている奴は多いが、死にそうな奴はいないらしい。……俺はこの輸送船で極東支部まで行く」

 

「なるほど……。分かった。俺もそっちへ行く。作戦を立てよう」

 

 

 

───────────────

 

 

 

リンドウの立てた作戦は至って単純。

俺とアリサで進化する個体を優先的に撃破、サクヤさんはそれのフォロー、リンドウは普通に目の前のアラガミを撃破していく、それだけ。

そうご立派な作戦でもないがまぁやることはっきりさせた方が動きやすいからな。俺も納得し、再び機上へと舞い戻る。

 

「狼煙を上げろぉ!!」

 

と、リンドウがサクヤさんに命令。するとサクヤさんはオリジナルで作り出したらしいオラクルバレットをぶちまける。

 

炸裂したオラクルバレットが輸送機を覆っていたアラガミ共をまとめて吹き飛ばす。

 

それに合わせて俺とアリサも散開。

飛んでくるザイゴートを切っては捨て、切っては捨てていく。

すると、俺の前後から同時にザイゴートが大口を開けて襲いかかってきた。その挟撃に対し、俺は後ろのザイゴートに神機の白刃を突き立てる。そして前方から迫ってくるザイゴートには突き刺した神機を起点に飛び上がり、頭に蹴りを入れて跳ね返す。そして背筋と腕力で神機を振り上げ、アラガミの肉体から引き抜いたそれを蹴り飛ばしたザイゴートに叩き付ける。さらに神機を銃型に切り替えて引き金を引く。俺の銃型神機は機関銃のように連射性に優れているから、こういう個体は弱くて数だけは多い相手には都合が良い。

 

そうして時折現れるザイゴートの進化した個体や追いついてきた大量のザイゴートも含め粗方のアラガミを駆逐し終えた頃、太陽は半分沈みかけていた。

アラガミの血液で赤黒く染った機体の上で俺達は空を焦がすように煌めく夕日を眺めていた。

リンドウは既に機内で休んでいる。

 

「終わった、か」

 

「えぇ、きっと」

 

「……さすがに冷えてきた。中入ろうぜ」

 

「ですね」

 

もう夕方だしこの高度だ。機上は風もあるし結構冷える。オラクル細胞を注入されてからこっち、ある程度劣悪な環境にも耐えられるのだろうがこういうのは気分の問題なのだ。

 

そうして結局ずっと開きっぱなしだった後部ハッチから機内へ戻ると物陰で風を凌いでいたらしいリンドウがひょいと顔を出して手を振ってくる。

 

「よう、お疲れさん」

 

「うす」

 

「お疲れ様です」

 

ハァと俺は一息つき、神機を脇に置いて手を枕に後ろに寝転がったのだが───

 

「……これ邪魔」

 

腕輪が微妙に邪魔で再び起き上がる。頭の後ろに手をやって寝転がると、これが床に当たるのだ。おかげで寝転がり辛い。

 

「子供ですか……。仕方がないでしょう?」

 

そうは言われても、邪魔なものは邪魔なのだ。はぁ、膝枕が欲しい……。

 

「……しませんよ」

 

「声出てた?」

 

「はい。ドン引きです……」

 

そりゃあお見苦しとこを晒してしまったな。

 

「俺ので良ければ貸すぞ?」

 

「冗談でしょ?」

 

「ははは、そりゃあそうか」

 

「ったく……」

 

「気を付けて!大きなオラクル反応があるわ!!」

 

「っ!?」

 

と、俺が再び寝転がりベストポジションを探そうとしていた時、無線から急にサクヤさんの慌てた声が響いてきた。

 

「サクヤ、ダミーを最大にしろ!!」

 

リンドウがそう命令を出し、少しするとサクヤさんがヘリの運転手を背中に括りつけて輸送機に降りてきた。どうやら、とんでもなく大きいアラガミが現れたらしい。

 

「これで保つといいが……」

 

タバコを咥えながら不安げにリンドウが呟く。すると、夕焼けに染まる雲海の向こうから、まるで山1つ分位はありそうな巨大な影が降りてきた。

 

「あれも、アラガミ……」

 

それは、高層ビルくらいありそうな触手を揺らしながら雲海を突っ切り、下へと降りていく。山に触角でも生えたかのような化け物。その、巨大という言葉ですら生易しい大きな身体で俺達が乗っていたヘリの方へとゆったり、歩くように降りていく。あれを……あんなのをこんなちっぽけな神機で倒さなくちゃいけないのか……?

俺は思わず手に握り込んだ己の神機を見やる。それは、あのまさしく神と呼ぶに相応しい巨躯を誇るアラガミに相対するには、どうしたって小さく貧弱で、これじゃ刃の根元まで突き刺してもアイツの薄皮1枚くらいにしかならないんじゃないかと思わざるを得ない、それくらいに頼りなく思えてしまったのだ。

 

けど、それでも───

 

──殺してやる──

 

──俺を、リサを喰らおうってなら相手になってやる──

 

──俺がお前らを喰らい尽くす──

 

そのために俺は、この神機を手にしたのだから。

 

 

 

───────────────

 

 

 

アリサ・イリーニチナ・アミエーラの護送任務から帰ってきた次の日、俺とアリサは雨宮三佐に連れられてブリーフィングルームへと来ていた。

そこには先客がいて、コウタが緊張の面持ちで突っ立っていた。

 

「コウタ?」

 

「天人」

 

俺の顔を見たコウタの表情が少し和らぐ。どうやら呼び出されたのが自分だけでなくて安心したらしい。

 

「藤木コウタ、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ、神代天人。この3名を現時刻を持って第1部隊配属とする!」

 

「はい!」

 

雨宮三佐のその発言に俺達は同時に返事を返す。横を覗き見れば2人とも敬礼をしていたので俺も慌てて敬礼で合わせた。それを見て満足したのか雨宮三佐はすぐにその場を退席した。俺がその後ろ姿を目で追いかければブリーフィングルームの座席にはリンドウやサクヤさん、ソーマが座っていた。

 

「第1部隊隊長、雨宮リンドウだ。リンドウでいい」

 

「はい、リンドウさん!」

 

「副隊長の橘サクヤよ、宜しく」

 

「はい、サクヤさん!」

 

「……お前の番だ、ソーマ。自己紹介しろ」

 

黙りを決め込んでいたフードの男、ソーマがリンドウの言葉を受けて不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「ソーマだ、覚えなくていい」

 

「はい、ソーマさん!」

 

ちなみにさっきから律儀に返事を返しているのはコウタだけだ。俺とアリサも話は聞いているが、そもそも自己紹介は既に済ませているし一緒にアラガミとも戦っている。今更何も言うことは無いのだ。

 

「任務は明日からだ。今日はゆっくり休め。……早く背中を預けられるくらいになってくれよ?」

 

と、向こうも別にそれ以上何も言うことは無いのか自己紹介もそこそこに帰っていく。

それを見送ったアリサもスっと歩き出した。

 

「あ、ちょっと」

 

しかし、コウタはアリサを呼び止めた。「なんでしょう」とアリサは振り返るがその顔は微妙に不機嫌そうに見える。

 

「折角だしさ、飯でも行かない?親睦会ってことで」

 

「すみませんが、用事がありますので」

 

しかしコウタのその誘いはすげなく断られる。そして言うことはもう言ったとアリサはスタスタと、早足でこの場を後にした。

 

「あぁ、天人はどう?街行かない?」

 

ふむ、今日は特に予定は無いし、リサも昼はシフトが入っているとかでデートには出られない。折角組むのだ。アラガミには白焔の聖痕が通じない以上はしばらくこいつらとは付き合っていかなくてはならないし、いいか。

 

「あぁ、行こうぜ。……あ、その前に医務室だけ寄っていい?」

 

それはそれとしてリサの顔を拝んでおきたい。

 

「うん。あ、最近医務室とか食堂にリサさんっていう超可愛い子入ったんだけど知ってる?」

 

……まだこっちに来て数日だと言うのにもうリサの顔は広まっているのか。まぁ、狭い世界だし何よりリサは可愛いからな。気持ちは分からんでもない、けど───

 

「知ってる。けど手ぇ出すなよ?」

 

「なんだよー、いくら高嶺の花とはいえチャレンジくらいいいだろ?」

 

「違ぇよ、リサは俺と付き合ってるから人の女に手ぇ出すなってこと」

 

「え……」

 

その直後、コウタの絶叫がフェンリル極東支部中に木霊した。

 

 

 

───────────────

 

 

 

医務室にいたリサに顔見せに行くと、そこで俺とリサの関係にようやく確信を持てたらしいコウタの魂が抜けそうになった。

 

それを無理くり口の中に押し戻してようやく俺達は外の空気を吸うことができた。

 

「へぇ、じゃあ天人は外から来たのか」

 

「まぁな」

 

「すげぇんだな。……あ、こっちだよ」

 

今俺達がいるのは市街地から出た壁の内縁。この前アラガミ共が侵入したエリアの方だ。そこは掘っ建て小屋のような家が乱立し、食料も配給制の場所だ。ここは、フェンリル極東支部の中に入れなかった人達が暮らす町なのだ。

 

「ただいまー」

 

と、コウタはとある家の玄関を無遠慮に開けた。どうやらここがコウタの実家らしい。

すると、奥から1人の女性が顔を出す。顔や髪の色はコウタによく似ていて、親子なのだろうということが察せられる。

 

「コウタ!?」

 

「ただいま、母さん」

 

コウタにはノゾミという妹がいると聞いていたが、どうやら今は不在のようだった。

 

「まぁいいや、これお土産。こっちは神代天人。俺の同期で同じく第1部隊に配属になったんだ」

 

しかし、コウタの言葉に、俺を見て、そしてコウタの顔を再び見据えたその人の表情は、第1部隊に配属、という言葉で一気に暗いものに変わる。

 

「……外に、出るのかい?」

 

どうやらこの人はコウタがゴッドイーターになることをあまり快く思っていないらしい。分からないでもない。ゴッドイーターはあまりに危険な仕事だ。確かに稼ぎは良いが、常に命の危険が付き纏う。母親からすれば、貧しくとも家族一緒に安寧した生活を求めたいという思いがあっても不思議ではない。

コウタもそれを感じ取ったのか、どこか居心地が悪そうだ。そして、逃げ出すようにこの家を後にする。俺もコウタに手を引かれ、会釈もする間もなく立ち去った。

 

「コウタ……」

 

「分かってるよ、母さんは本当は俺がゴッドイーターになるのを望んじゃいないってことくらい。……けどさ、俺は母さん達にもっと良い暮らしをさせてやりたいんだ。そして、ここじゃなくてさ、もっと安全な場所で暮らしてほしいんだよ」

 

少ししてコウタは立ち止まり、吐き出すように想いを漏らした。

 

「……なら迷うな」

 

「え……?」

 

「そうと決めたなら迷うな。それを達成するまで一直線に進め。そして死ぬな。……いいか?お前がアラガミに殺されたら、死ぬのはお前だけじゃない。お前の家族も死ぬんだ。……それくらいの覚悟で戦え」

 

「天人……」

 

「俺はその覚悟でここにいる。神だろうがなんだろうが、俺とリサを殺そうって言うのなら、神様だって喰らい潰してやる」

 

荒ぶる神だろうがなんだろうが、俺達の前に立ち塞がるのなら容赦はしない。

 

「天人、俺、やるよ。絶対エイジス計画を俺の代で達成してみせる」

 

と、どうやらコウタも随分とやる気になったみたいだ。なのだが1つ気になる単語が……。

 

「エイジス計画?」

 

「あぁ、天人は外から来たから知らないのか。見せてやるよ、こっちこっち」

 

と、コウタの後を付いてしばらく歩く。すると、海の向こうに何やら大きな島のようなものが浮かんでいた。

 

「あれがエイジス計画の要、エイジス島だ。アラガミに襲われる心配のない、理想郷」

 

それは人工の浮島なのだろう。ドームのような形をしている要塞。

 

「あの中に、今生きている全人類が入れるんだ」

 

「……全人類を、あそこに?」

 

「あぁ。そのためにはすげー沢山のアラガミのコアが必要みたいなんだけどな」

 

「へぇ……」

 

全人類を、あの島に、ねぇ。

 

「どうした、天人。やっぱ想像も付かねぇよな。全人類なんてさ」

 

「いや、むしろ、これだけデカい地球の中で、たったあそこだけが人類の領域なのかと思ったら、やるせないなって」

 

そう、この世界の人口は知らないが、西暦からしたらアラガミの現れる前は相当な人数の人間が生きていたはずだ。それも世界中に。それが、今じゃたったあの程度の島1つに収まりきってしまうなんてな。この惑星全てが活動領域だった筈の人類が、今じゃあの中に閉じ込められそうになっているということか……。

 

「それは、仕方ないよ。だって外にはアラガミが───」

 

「そうか……。ま、これは俺の勝手な感想だから気にすんな。……家族には豊かで安全に暮らしてほしいって想いが悪いなんてことは絶対にないからさ」

 

コウタの気持ちは至極当然のことだと思う。ただ俺は、人類としてはアラガミから逃げて引き篭るんじゃなくて、もっと自由を求めてほしいと思っただけなのだから。

 

「どっちにしたって、しこたまアラガミをぶっ殺すことには変わんねぇんだよな。よろしくな、コウタ」

 

「あぁ、よろしくな、天人」

 

俺とコウタは握手を交わす。いつか俺はこの世界を離れるとしても、できるならこの明るくて家族思いの男の願いは叶ってほしいと思う。

俺のこれまでの所業を知ったら、例えこいつでもこの手を振り払うだろうとしても、だ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

次の日、俺達はハマーのような装甲車に揺られて任務地へと向かっていた。

コウタはこれが初のアラガミとの戦いになる。そのせいか、随分と緊張した顔をしている。まぁ、浮かれているよりはマシだろうか。

 

今日のターゲットはグボロ・グボロとかいうアラガミ6体。地を這う魚みたいな奴で、頭に砲台がついているらしい。……なんじゃそりゃ。

アラガミってのは案外動物と人間の文化や文明と結び付いたビジュアルをしている奴が多いみたいだ。

 

「今回はツーマンセルだ。新入りはサクヤと、コウタはソーマと。アリサは俺とだ」

 

「は、はい!……よろしくお願いします。ソーマさん」

 

「あぁ」

 

相変わらずソーマの態度は素っ気ない。聞いたところによると、コウタとアリサはまだ15歳らしい。俺は一応17歳ということにしている。別の世界に飛ぶ度に日付の概念が滅茶苦茶になるから、もうあれからどれ程経ったのか正確なところは分からないのだ。

 

「倒したら捕食を忘れないでね」

 

「うす」

 

──捕食──

 

新型神機の剣形態及び旧型の剣型神機には捕食と言われる機能が付いている。これは、神機もオラクル細胞で作られていることを利用してアラガミと同じように神機にアラガミを喰わせるのだ。それにより旧型の神機であればアラガミのコアを、新型であればそれに加えて相手のオラクル細胞を取り込み銃型の弾薬にすることが出来る。

 

そして、エイジス計画の達成にはこのアラガミのコアが大量に必要なのだとか。

そのため、俺達ゴッドイーターはこういう任務ではアラガミを捕食し、コアを回収することが求められている。

 

とまぁそんな説明をリンドウがコウタにつらつらと述べている間に、サクヤさんの運転する装甲車は任務開始地点へと辿り着いた。

 

どうにもここは昔団地だった場所のようだ。もぬけの殻になったマンションの影にはアラガミの姿も見える。

 

「それじゃあ俺から出す命令は3つ。死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ。運が良ければ不意を突いてぶっ倒せ」

 

一言ずつ指折って数えていくリンドウだったが、それじゃあ4つだろう。

 

「……これじゃ4つだな。まぁいいか」

 

何とも締まらない解散となったが、取り敢えず俺達は各々ターゲットを狩る為に散っていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

5分もすると、俺達の視界にグボロ・グボロが1匹現れた。だが面倒なことに隣にはコンゴウも1匹。

 

「どうする?」

 

「俺がコンゴウを派手に潰すんで、グボロの横っ面にキツいの入れちゃってください」

 

「了解」

 

俺はまずサクヤさんから離れるようにして走り出し、彼女と90度程角度を付けるようにしてコンゴウの後ろに回り、そこから助走をつけて跳躍。真上からコンゴウに神機の刃を叩き付ける。

 

コンゴウの脳天に白刃を突き刺し、押し潰されるコンゴウによって砂煙が舞う。それと落下の音とでグボロもこちらを認識。ズイっと身体をこちらに向けた瞬間───

 

───ドォン!!

 

と、意識を俺に向けたグボロの横っ面にレーザービームのような砲撃が直撃。サクヤさんの狙撃で大ダメージを負ったグボロに対し、俺はコンゴウの死体に突き刺さった神機を引っこ抜きつつ再び跳躍。動けないグボロ・グボロを捕食する。

 

まるでアラガミのような黒い顎門がグボロの脇腹を食い破り、その身体の中のコアを引き摺りだした。コアを無くしたアラガミは少しすると霧散し、跡形もなく消え去る。

 

まずは1匹目、討伐だ。俺達のノルマは最低後1匹、コイツは背中の砲塔にさえ気を付ければそう強いアラガミでもなさそうだな。

 

「ナイス狙撃です、サクヤさん」

 

「貴方も、3度目とは思えない程動けるわね」

 

「まぁ、訓練したんで」

 

俺の答えに納得したのか、そもそも答えなんて別に期待していないのか、サクヤさんは「そうなの」とだけ返して団地の中へと入っていく。俺もそれに合わせて歩き出す。四方から感じるのはきっと、アラガミの視線なのだろう。

 

 

 

───────────────

 

 

 

時折、パパパパパ、と、乾いた音が連続する。恐らくこれはアリサの神機の射撃音だ。

アイツもどこかこの近くで戦っているのだろう。

 

俺達の銃型神機は一撃こそ軽いものの、連続して弾丸を放てる上、反動も軽いので動きながらの射撃がやりやすいのが特徴だ。

 

基本的にターゲットはグボロ・グボロだけなのだが、こちらに襲いかかってくるアラガミまでも無視するわけにもいかない。俺とサクヤさんも2匹目のグボロ・グボロと対面する前に何匹かのオウガテイルやコンゴウとやりあっていた。

 

すると、マンションの中庭のような場所に出たあたりで、俺がふと上を見ると、上階でオウガテイルが闊歩しているのが見えた。

こちらには気付いていないのか、直ぐに奥に引っ込んでしまう。

 

「サクヤさん、上にオウガテイルがいました。一応、上に行くなら気を付けて」

 

「えぇ、私も見えたわ。……それより、2匹目よ」

 

と、俺がサクヤさんの指先に視線を誘導されるとその先には俺達に背を向けて上へと上がっていくグボロ・グボロの姿があった。

 

「行きましょう」

 

盾もある剣型神機の扱える俺が前に出て、銃型オンリーのサクヤさんが後ろ。そんな基本に忠実な陣形でグボロの後を付いて行くと、マンションの屋上のような場所へ出た。

 

物陰から様子を伺っていると、どうやらそこには先客がいたらしい。

アリサだ。動けなくしたらしい他のグボロを捕食している。俺達の追ってきたグボロもアリサの方へ近寄っていく。アリサは捕食に集中しているのか、近寄ってくる2匹目に気付く様子がない。

 

それを見たサクヤさんが2匹目のグボロ・グボロに弾丸を撃ち込む。その音にこちらを見るアリサだったが───

 

「アリサ、止めを刺しなさい!」

 

ほぼ死んでいるグボロよりもまだ一撃受けただけのグボロの方が元気だ。硬い部分に当たったのか、まだ割と動けるらしいグボロがノソノソとアリサに寄っていく。だがアリサは興味無さげに視線を捕食中のアラガミへと戻してしまう。

 

「ったく」

 

なんであんなにやる気が無いのかは知らないが、だからと言って放っておけるわけもなく、俺は飛び出していく。

 

俺の足音に気付いたそいつは案外機敏な動きでこちらを振り返った。そして背中の砲塔から水を固めたらしい砲弾を発射。だが遅い、もうここは俺の距離だ。

 

俺はその砲撃の射線を見切ると身体を捻るだけでそれを回避。返す力で白刃を振るい、グボロの魚っ面を真一文字に切り裂く。そのまま口の中に神機を突っ込み捕食。コアを引き摺り出して終わらせた。

 

そのうちアリサも捕食を終えたのかこちらにやってきた。

 

「おう、そっちは?」

 

「私達はノルマを終えました」

 

と、つまらなさそうな答えが返ってきた。

まぁ、終わったならいいけどさ。

 

取り敢えずこっちもノルマ分は狩り終えているので、周囲を警戒しつつ各々休むことにした。……したかったのだが、どうにもサクヤさんの腹の虫は治まっていないようで、アリサを連れて少し離れた場所へ、肩を怒らせながら行ってしまった。

 

それから少しして日も陰ってきた頃、リンドウとコウタ・ソーマペアもこちらにやって来た。

そしてサクヤさんがアリサにお説教しているのをBGMに座り込んでいる。

 

「……お前ら、何匹倒した?」

 

「2匹」

 

「……コウタ」

 

「2匹です!……ソーマさんが」

 

最後は小さくなったコウタ。どうやら戦闘のほとんどをソーマがやったようだ。

 

「で、俺とアリサが1匹ずつ。……帰るか」

 

計6匹のグボロ・グボロを討伐した俺達だった。

サクヤさんのお説教を聞いている限りアリサがさっき2匹目のグボロ・グボロに興味なさげだったのは、あの捕食していたグボロ・グボロが既にチーム2匹目だったかららしい。自分のノルマは達成したのだからもうやることはないと、そういう理屈だ。

とは言え、負傷していたり弾切れだったりでもないのに、あの場面で自分の分は終わったからと何もしないのは部隊を危険に晒す可能性もある。

そもそも、1組2匹というのは3チームで均等に割ったらそうなるというだけで、別にかっちりと決まったノルマというわけでもない。

 

やる気とか常識とか以前に、理論的にはあそこはアリサが行くべきだと俺も思う。

 

まぁ当のアリサはサクヤさんのお話なんてまるで耳に入っていないような態度なせいで、よりサクヤさんの神経を逆撫でしているのだが。

そしてそのせいで余計にサクヤさんのお小言が長引いてもいるのだけれど、それを本人が把握しているかは別の話だ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

帰りの装甲車の雰囲気は最悪だ。そもそもこの部隊は静かな奴が多い上にサクヤさんとアリサの間には亀裂が入っている。唯一お喋り大好きなコウタも今日は芳しい成果を挙げられなかったからか、落ち込んでしまっているのだ。

リンドウはタバコを吹かしているし俺はこういう時なんて言ったらいいか全く分からないし、とにかく車の振動とエンジン音のみがこの空間を支配していた。

 

しかし、その痛いくらいの沈黙にも終わりが訪れた。俺達の進路上に数人の集団が現れたのだ。

こちらに手を振り、「おーい」と声を掛けてくる。……俺はその姿に既視感を覚える。それは、いつだかの俺達だった。きっと彼らも一縷の望みを掛けてフェンリルへ行こうというのだろう。車の荷台には余裕がある。彼らを乗せても問題はあるまい。

 

と、俺の思った通り、数人の大人と1人の子供を乗せてもまだ少し余裕のある装甲車は彼らを乗せて走り出した。

そして、再び沈黙が降りてくる。彼らも疲れているのだろう。ゴッドイーターの乗る車に乗れたことで道中はかなり安心のはずだが口を開く者はいない。

しかし、身内ならいざ知らず。特に関わりもない彼ら相手であれば逆にこういう時話しかけやすい。

俺は、隣で膝を抱えている女の子にペットボトルに入った水を差し出す。

 

「飲むか?」

 

それを受け取った女の子は横に座っている保護者の大人の顔色を伺うが、その人も「先に飲んでいいよ」と微笑んだ。

それを受けてパァっと顔の華やいだ彼女は蓋を開けてゴクゴクと水を飲んでいく。どうやらかなり喉が乾いていたようだ。まぁ、砂漠のような所を歩いていたのだから仕方あるまいて。

 

だが、情を移してはいけない。彼らが無事にフェンリルに入れるかはまだ分からないのだ。むしろ、入れない可能性の方が高いはずだ。

ゴッドイーターになれなければあの中には入れないし、1人がなれても親族以外は入ることができない。この中の全員が血の繋がりがあるとは思えないから、おそらく誰か、多分全員、再びあの砂漠を彷徨うことになるのは想像に難くないのだ。

 

だから俺は目を逸らす。俺達と一般人用のゲートは違う。だがアナグラに戻る時にはどうしたってその傍を通るのだ。だから逸らさなければ見てしまう。

 

彼らの中に適合者がおらず、全員があの地獄のような砂漠とアラガミの世界へと再び放り出される後ろ姿が───

 

あの、ただの水をこれ以上なく美味しそうに飲んでいた女の子の、失望したような瞳を───

 

 

 

 

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