セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ディアウス・ピター

 

ある日、俺達のチームが受注した任務はアラガミの大型種の複数討伐。それもメインのターゲットはヴァジュラだ。ただし、参加者はサクヤさん、俺、コウタ、アリサの4人。リンドウとソーマは別の任務に出ていていない。それでも、エイジス計画とやらをなるべく早く完成させるには大型のアラガミのコアがあればある程良いのだという。なら、それに越したことはない。

 

雨の中、俺達はとある川の傍に来ていた。そこは岩に囲まれた荒野で、グボロ・グボロと戦ったあの砂漠よりも人工物の残っていない場所だった。

 

そうして俺達はヴァジュラを狩り始めた。だがここはヴァジュラの生息域として有名な場所らしく、任務上のノルマは2匹なのだが、辺りには結構な数のヴァジュラが闊歩していた。

俺とコウタでそれぞれ1匹ずつに止めを刺した瞬間───

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

と、この辺り唯一の人工物だった丸い塔から大勢の一般人が走りながら出てきた。

どうやら、この近辺に隠れ潜んでいたらしい。だが、ヴァジュラに見つかり追い立てられ、今そいつを連れて俺達の目の前に───

 

 

──ガッシャァァァン!!──

 

 

と、今度は俺達の後ろからその塔の窓を突き破ってアリサが飛び出してきた。それも、後ろにヴァジュラを連れて───。

 

更に岩場の上から数匹のヴァジュラが降りてくる。……完全に囲まれた。どうする?アリサかサクヤさんとの連携でどっちかに穴を開けて突破するか?いや、それだと一般人が巻き添えになる。それにこの距離だ。コウタと2人のどちらかだけじゃ俺達が突破口を開くまでにこの数のヴァジュラを相手に凌ぎ切れない……。

 

───どうする?

 

俺が逡巡したその時───

 

「ガルオォォォ!!」

 

と、獣のような叫び声と共に大きな影がこちらに降ってくる。

それは、降りてきたヴァジュラを踏み潰し、喰らい、俺達を取り囲んでいたヴァジュラ共を全て叩き潰した。

 

「なっ、ん───」

 

それは、黒いヴァジュラだった。いや、ヴァジュラと言うには身体が大きすぎる。それに、ヴァジュラ種特有のマントではなく背中からは刀のような翼が生えていた。そいつがこちらを振り向くと───

 

「ピィィィタァァァァァ!!」

 

いきなりアリサが飛び出した。銃形態に切り替えた神機でオラクル細胞の弾丸を乱射する。それを、サイズの割に軽やかな身のこなしで跳び退り躱すと、アリサはそれを追いかけるように神機の引き金を引き続け、遂には1人で奴目掛けて飛び出した。

 

「あぁクソっ!」

 

どうやらアリサ自身はあのアラガミに見覚えがありそうだが、ヴァジュラ数匹を瞬殺するようなアラガミが尋常な相手のはずがない。1人じゃ危険だと俺も慌てて飛び出す。

 

「サクヤさん、コウタ!俺達のフォローは任せます!」

 

俺に先んじて飛び出したアリサは一息で剣型神機の殺傷圏内に持ち込み、その白刃を振るう。だがピターと呼ばれたそいつもまた尋常ではない。それをクルリと回りながら躱し、強靭そうな尻尾の一撃をアリサに叩き込む。

 

「ガッ───」

 

砲弾のように吹き飛ばされたアリサに、俺は強化の聖痕も解放する。それによりオラクル細胞ですら到達しえない膂力を生み出した俺は地面を砕く勢いで踏み抜き、アリサの元へ跳躍。その瞬間、ピターと俺がすれ違う。その刹那、俺の脇腹を刃が撫でる。しかし俺は鮮血の跡を引きながらもスピードを緩めることはない。そして───

 

「ふっ───」

 

アリサの細身が地面へと叩きつけられる前にその身体を抱き留める。

 

「大丈夫か!?」

 

「神代さん……。平気です、このくらい」

 

「きゃあぁぁぁぁ!!」

 

「がぁぁぁっ!」

 

だが、俺がアリサを優先した代償はサクヤさんとコウタだった。奴から放たれた紫電が2人を直撃。

高圧の電流を浴びたショックで2人はしばらく動けそうにない。

そして、その隙を逃すようなアラガミではない。奴の背中から生える刃のような翼がその場で動けずにいた一般人を切り刻む。鮮血が舞い、悲鳴が巻き上がる。

 

「クソっ!」

 

アリサを降ろした俺はその刃が1人の男性の首を刎ねる寸前で神機を割り込ませる。

 

「とにかく逃げろ!ここから離れるんだ!」

 

強化の聖痕を開きつつある俺と拮抗するこの力。今まで見てきたどんなアラガミよりも強い……。だが、こっから先は負けらんねぇんだよ!

 

俺は、まるで人間のオッサンみたいな顔をしたその黒いアラガミの振るう刃を押し戻し始めるが、しかしそいつもそれで殺られるような奴ではないらしい。再びそいつは紫電を纏い始める。あの雷撃を喰らえば多分俺だってヤバい。一旦距離を置こうとした瞬間、俺の退路を塞ぐように何本もの刃が突き刺さる。……逃がす気はねぇってか?なら───

 

「グルフフ……」

 

まるで、人間のような感情でもあるかのように口を三日月に開いたそいつは、笑うような唸り声と共に紫電を放つ。俺もそれに合わせて強化の聖痕を全開にする。

 

「グッ……ううぅぅぅっ!!」

 

それにより肉体強度を増したことでどうにかブラックアウトも麻痺も逃れる。だが、確実に動きは止められた───っ!?

 

───バキィッ!!

 

と、奴の刃翼が俺の剣型神機の側面に叩きつけられた。そして、それは刃を砕き、真ん中辺りから破断させられた───

 

「がっ───」

 

俺が目を見開き、砕かれた神機に意識を取られた瞬間、上から何かが突き刺さった。どうやらそれは奴の刃翼のようだ。それが、俺の背中から腹を突き破り、俺を地面に縫い付けているのだ。

 

内臓を損傷し、口から血反吐が吐き出される。そして、それを良い気味だとでも思ったのか、再びニヤリと口を開いたそいつは逃げ遅れた市民を蹂躙する。アリサも駆けつけるが刃翼に殴り飛ばされ、岩場に叩き付けられて動かなくなる。……意識を刈り取られたのだ。

 

「舐め……んなぁっ!!」

 

次はサクヤさんとコウタの番だとでも言わんばかりにゆっくりとその黒い刃を伸ばしていくピターとやらだが、俺は最後の切り札(ジョーカー)を切る。

 

体内のオラクル細胞ごと強化の聖痕で全力強化。そしてそれは、腕輪を通して接続された神機にも多大な影響を及ぼす。

俺は強化の聖痕を半分暴走させたまま神機の捕食機能を発動させた。

そして現れた巨大な顎門が、俺を縛める刃翼を喰らい、そのままの勢いで黒いヴァジュラに喰らいつく。

 

「グルオォォォッ!?」

 

驚きと苦悶のような声を上げその場から跳び退さろうとするそいつを、しかし俺の神機は逃がさない。肩口から刃翼の一部を食い破り、その上暴走した神機は腕輪ごと俺の左腕を喰らう。神機もアラガミの1種なのだ。無理矢理に引き出されたオラクル細胞は僅かに、だが確実に腕輪の制御を離れ、俺の身体をも侵食したのだ。

 

「ッダァァァ!!」

 

俺の腕を喰い千切られる痛みが襲う。

顎門に肩近くまで飲み込まれる。だがそこまでだ。侵食は止まり、あるのはただ俺の左腕だけ。腕輪も神機も消えたが俺には分かる。あれら全てがこの左腕に収まったのだということが。

 

ピターがのたうち回ったおかげで俺も拘束から逃れられた。相変わらず腹には風穴が空いているが、そんなもの、戦えない理由になんてなりはしない。

 

ピターとか呼ばれていた黒いヴァジュラは重傷を負っているからか、すぐさま逃げ出そうとする。

 

「待ちやがれ!!」

 

「天、人……」

 

だが俺を引き止めたのは呻くようなコウタの呼び声だ。

 

「まずは、この人達を……」

 

振り返るとそこには、まだアイツに殺されていなかった人達が何人かいた。

だがピターの向かった先はアリサが倒れている方だ。もし見つかれば即殺されてしまう。

 

どうする……俺はどっちを優先すればいいんだ?

 

しかし、迷った俺の耳に待望の声が聞こえてくる。

 

「あぁぁぁぁ!!」

 

アリサの咆号だ。悲鳴ではない、どうやら意識を取り戻し、ピターへと立ち向かっているようだ。

 

それなら───

 

「あんた達はこっちだ。この2人と一緒に向こうにある装甲車に乗れ!!」

 

「待って、天人はどうするの?」

 

と、どうにか立ち上がりつつあるサクヤさんが俺を睨みつける。

 

「俺はアリサを回収する!今の戦力じゃアイツには勝てねぇ!」

 

俺の左腕に消えた神機。それがどこまで信用できるのか分からない以上、ここはまず撤退して体勢を整えるべきだ。

俺のその判断を聞いてサクヤさんは安心したように「なら早く行ってあげて」と返してくれた。

 

「はい!」

 

と、俺は返事をして、岩場の向こうに駆け出す。そこからは、断続的に乾いた発砲音が聞こえるのだ。あれはアリサの神機の、銃型形態の音だ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「アリサ!!」

 

ピターがアリサの首に刃翼を振るう。俺はその刃が彼女の首を刎ねる寸前でアリサをその場から引き離す。

 

「神代さん!?」

 

「一旦フェンリルへ戻るぞ!サクヤさんとコウタも負傷してまともに戦えない!」

 

「……嫌です」

 

「何……」

 

「コイツは、私1人でも倒します!!」

 

だがアリサは人の話を聞き入れる気は無いようで、神機を構えて突撃していく。

だがいくら気合いを入れようと熱意があろうとも、勝てないものは勝てない。

アリサの神機の一振は奴の刃翼に阻まれ届くことはない。そして、再び振るわれるのは荒ぶる神の刃。それがアリサの細い首を両断しようと迫る───

 

───ガッ!!

 

と、俺は強化の聖痕を開けて細胞の結合力を強化し、その一撃を受け止める。

当然、ただの皮膚では強化したところでアラガミの刃に立ち向かえるかは分からない。だからこその左腕だ。オラクル細胞をたっぷりと含んだこっちなら強化すれば或いはと思ったが、予想通りピターの刃翼も受け止めることができるようだ。

 

だが、ヴァジュラすら戯れのように屠るアラガミが、この程度でどうにかなるような尋常な奴ではないことは、当然のことだった───

 

 

───バリバリバリバリ!!

 

 

と、降り注ぐ槍のように放たれた紫電が、俺達を襲う。それは地面を抉り、電圧で俺達を吹き飛ばす。

身体を駆け巡る電流が筋肉を痙攣させ脳みその命令を阻害する。

 

「ごっ……べあっ……」

 

さっき貫かれた腹から再び血が溢れ出す。筋肉を締めることで出血や、内臓がまろび出ることを防いでいたが、今の一撃でそれも緩んでいる。

刀傷なのが幸いして臓物が零れ落ちる程には広がらなかったが、それもいつまで保つか……。

 

しかし、ぶっ飛ばされたアリサの方は完全に気を失っている。2度目の失神だ。多分もう、しばらくは戦えないだろう。……逃げなければ。幸い奴も手負いだ、アリサ1人を抱えて逃げるくらいならどうにかなる……ハズだ。

 

俺は再び聖痕を全開にして、痺れる身体に鞭打って立ち上がる。振るわれる刃翼を掻い潜り、アリサの身体を背負い、地面を爆発させるように跳び退った。だが俺の希望的観測も虚しく、向こうも俺達が重傷なのは把握しているのか、手前だってそれなりに大怪我を負わされているはずなのにしつこく追い立ててくる。

このままサクヤさん達の方へ逃げても被害が大きくなるだけだ。なら、俺達は別の方向へ逃げるべきだ。こいつ1人抱えるくらいなら皆で装甲車に乗って逃げるよりは小回りもスピードも俺の方が効くし速い。

 

だが、あの雷槍の一撃がまだ残っているのか、強化しているはずなのに思ったように脚が動かない。

腹の傷もあるし、このままだと追いつかれる。そう思って俺は一瞬後ろを振り返った。すると───

 

「ぐうっ───!!」

 

ピターが刃翼を振るってきた。俺はアリサを庇うように反転。しかし左腕を出すのは間に合わず、逆袈裟斬りにされる。その勢いも利用して後ろに跳んだ俺達の足元には、谷と、雨で氾濫した河川が伸びていた。そしてその間には1本の石橋が。

 

しかしこれは人工物ではなさそうで、強度としては心許ない。だが行くしかないと俺がそこに足を踏み入れた時、なんとあのピターが俺に飛び掛ってきたのだ。俺は真後ろに逃げるしかないが、俺の跳躍とピターの着地を受けて橋──というより石のクレバスだ──は崩落。俺達は荒れ狂う激流に飲み込まれていった───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「うっ……」

 

あれからどれくらい経ったのだろうか。冷たい雨に意識を取り戻した俺は周りを確認する。どうやらアラガミの姿は無く、俺の身体も一応五体満足のようだ。

オラクル細胞の影響か、出血も収まりつつある。

落ちる瞬間に僅かな時間だけ銀の腕を発動させ、衝撃を和らげたことが命を繋げたか、とにかく俺はまだ生きている。脇腹や胸を斬られ、腹には風穴が空けられているが、それでもまだ俺の心臓は止まっちゃいない。なら、戦えるはずだ。

どうやら骨も無事な様だし、俺はゆっくりと立ち上がる。

この雨でも水かさは随分と浅い。かなり下流に流されたようだ。

 

「アリサは……」

 

周りを見渡すと、アリサも岩に引っかかっていた。まずはその身体を引き揚げ、気道を確保する。心臓は辛うじて動いているが、呼吸は止まってしまっていた。

直ぐに俺は心臓マッサージを始める。アリサの大きく柔らかな胸部を押し潰すように心臓に刺激を与えていく。何度目とも知らぬ胸部圧迫の後、アリサはガハゴホと水を吐き出し、息を吹き返した。

 

「あ……神代さん……」

 

「良かった……怪我ぁないか?」

 

「……えぇ、大丈夫なようです。それより、ここは……?」

 

「……随分流されたみたいだな。兎に角、一旦上に上がろう」

 

こんな左右を壁に囲まれた川じゃアラガミに襲われた時に戦い辛い。俺はアリサを抱え上げると、非難がましい視線を無視して一気に跳び上がった。だが───

 

「……多いな」

 

アリサを降ろしながら周りを見渡せば、この辺りにはどうにもオウガテイルが大量にいるらしい。まだこちらは気付かれていないが、何匹もの姿だけは見える。

 

とにかく今は逃げるしかない。俺の左腕は信用ならないし、アリサは神機が無い。武器が無い以上はアラガミとの交戦はなるたけ避けるべきだろう。幸いアリサには腕輪が残っているから、フェンリルの支部でもこれの反応を手掛かりに捜索隊も出されるはずだ。それまでは、一旦大人しくしているのが吉のはずだ。

 

「冷えるだろ、着とけ」

 

とにかくまずは隠れる場所へ行こうと、住宅街だったらしい廃墟を歩き出す。だがアリサは相変わらずのノースリーブの格好だった。どうやら戦闘中に上着を無くしたらしい。この雨の中肩出しは流石に寒いだろうし、寒さは筋肉を強ばらせ、冷える体温を補おうとカロリーも消費する。

長期戦が必至のこの状況ではなるべく体力は温存しておきたいからな。

 

やはり寒かったのか、アリサにしては大人しく俺の差し出した上着を身に纏う。そして、俺達はどうやら元はホテルだったらしい建物へと身を隠した。

ここならベッドもあるだろうし、建物で目線も切れるからアラガミにも見つかり辛いはずだ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「ピター!!」

 

「うおっ……」

 

ホテルの一室に身を隠して少しすると、アリサは疲れからかそのままベッドで寝てしまっていたのだ。俺も壁際に背中を預けてウトウトしつつも番をしていたのだが、アリサのくそデカい寝言と起き上がる音に、思わず驚いて目が覚める。

 

「あ……神代さん……私……」

 

「起きたなら番を変わってくれ。俺も少し寝たい」

 

シッシッと、ベッドから追い出す手振りをしてアリサを追い立てる。

もそもそと布団から出たアリサと入れ替わるように布団に潜り込もうとするが、何やらものっ凄い勢いで睨まれているのを感じる。

 

「何……?」

 

「いえ、ベッドならこちらにも同じものがありますよ?」

 

確かにここはツインの部屋で、ベッドは2つある。態々女の子が使ったばかりの布団に寝なくてもよいというのは合理的な判断だ。

ただ単に俺が僅かでも歩くのを面倒臭がっただけなのだが、まぁ確かに俺もデリカシーがなかったな。

 

「あぁうん」

 

歩くのがそこまで億劫な理由は1つ。腹を貫かれ、逆袈裟に切り裂かれ、俺の身体は出血多量なのだ。挙句感電のダメージもある。ここまでは聖痕の力で無理矢理歩いてきたが、そろそろ身体に強いた無理も限界。

とは言えあんなに冷たい目で睨まれたら動かないわけにもいかず、ノソノソと、這うようにして入口側のベッドへ辿り着いた俺は、これまた転がるように布団の中へ潜り込む。

かなり砂っぽいが無いよりはマシとシーツを被り目を閉じる。疲労の溜まった身体は即座に意識を放り捨て、俺は眠りの中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「っ!?」

 

突然の金切り声に俺は飛び起きた。

周りを見渡せば、暗い部屋にオウガテイルが1匹。そしてそいつの視線の先にはアリサがいた。どうやらこの建物の中に入ったアラガミが人間の匂いを嗅ぎ付けたらしいな。

 

俺は直ぐに聖痕を開くと、床が抜けそうだから本気では暴れられないがそれでもオウガテイル1匹を抑え込む程度なら余裕だ。

いくらゴッドイーターの超人的な身体能力と言えど、流石にオウガテイルを窓の外に蹴り出すのは中々見られる光景でもないので、俺はアラガミの脳天にカカト落としを決め、一瞬怯んだ隙にタックルを当てて壁際に挟み込む。

 

「アリサ!立て!外へ出ろ!」

 

だがアリサは今までの強気な雰囲気がどこえへ消えてしまったのか、布団の上でガタガタと震えてばかりだ。しかも、赤ちゃんかのように指を口に咥えて怯えている。

 

俺が寝ている間に何があったのかは知らないが、精神的に幼児退行しているのか……?

 

だがとにかく逃げるしかない。俺の左腕はアラガミに噛まれる程度なら盾代わりになるが、攻撃手段として使って良いのかはまだ未知数だ。

 

俺は最後っ屁とばかりにオウガテイルを蹴りつける。壁に少しばかりの穴が空くが、気にしている場合ではない。

アリサは自分じゃまともに走れそうもないから抱え上げると、俺は背中で窓ガラスをぶち破り外へ飛び出した。俺達が寝ていた部屋は3階にあったため、ゴッドイーターの体力なら人を1人抱えても飛び降りるのにはそう支障は無い。

 

ダンッ!と着地すると、俺は聖痕を開きっぱなしのまま走り出す。雨はまだ冷たく降り注ぎ、夜の闇が俺達の視界を遮る。それでも俺はアリサを抱え走り続けた。そして、今はもう使われてはいないらしい公民館のような建物へと足を踏み入れた。

適当な広さの部屋に入り、腰掛ける。この部屋は何やら手前側が1段高くなっている構造で、学校の教室を思い起こさせる。

俺はその段差に腰掛け、アリサを横に座らせる。

ここに来るまでこっち、アリサはずっと俺にしがみついて震えていた。あれだけ嫌悪し刃を振るい、弾丸を叩き込んできたアラガミに、ただ恐怖し怯えていたのだ。

 

「……落ち着いたか?」

 

「はい……すみません」

 

「気にすんな。さて……」

 

ここからどうするか、川伝いに上流へ進めばそのうち元の場所へ辿り着けるだろうが……。

 

「……私の神機は?それに、神代さんの神機も……」

 

「あぁ。俺のはよく分からん。どっかいった。アリサのは……多分上流の途中に引っ掛かってると思うが……。気付いた時にはもう無かったんだよな」

 

「そう、ですか……」

 

「取り敢えず、上流に戻りながら探そうか」

 

 

───アラガミもここを察知したみたいだしな。

 

 

俺の視線の先にはオウガテイルがいた。まだこちらには気付いていないがそれも時間の問題。

俺の視線を追いかけたアリサもオウガテイルに気付いたようだ。無言で頷くと立ち上がり、別の出入口へと向かっていった。

 

外へ出ると、俺達は河川を伝いながら上流の方へ歩いて行く。途中でアラガミに追い立てられもしたがそれもどうにかこうにか逃げて隠れてやり過ごしていく。

そうして数時間は歩いただろうか。ようやく川の中の岩に突っかかっている神機を見つけた。

その赤い神機は正しくアリサのもの。戻るにしろどうするにしろ、アラガミに対抗できる神機があるのは頼もしい。

 

アリサが神機を拾っている間、俺が周りを警戒していると───

 

「アリサ!逃げろ!」

 

上からオウガテイルが数匹アリサを狙って降りてきた。アリサも直ぐにそれに気付き、神機を拾いつつ飛び込んできたオウガテイルを躱した。

 

だが───

 

「ひっ……」

 

やはり、何かトラウマでも刺激されたのか、アリサは直ぐに神機を落としてしまう。その上、腰が抜けたのかその場にへたりこんでしまった。

 

「くそっ……」

 

俺は聖痕を開けてアリサとアラガミの間に割り込む。まだ傷はろくに塞がっちゃいない。オラクル細胞に任せて暴れても出血が増えるだけだし、これ以上血を失うと俺まで戦闘が行えなくなりそうだった。

 

ただ、神機というのは適合した持ち主以外は使えない。下手に触れれば、それだけで触れた者を喰らい尽くしてしまうのだとか。

やはり、神機はアラガミと同種の存在なのだということを強く思い起こさせる。

 

「アリサ、神機を持て!」

 

「嫌……いやぁ……」

 

しかし、アリサは伏せたまま首を横に振るだけでどうにもなりはしない。本来なら神機をアリサに持たせて、それを俺が抱えて逃げようと思っていたのだが、アリサがこれじゃあ神機を持つこともままならない。

 

ならもうやるしかない。一体何がどうなってこうなったかなんて知りはしないし、これを使うリスクだってよく分からん。だから使いたくはなかったのだけれど、ここを突破するには使うしかない。今を逃せばアリサの神機を回収する余裕は無くなる。

それに、俺は知っておかなくちゃいけないんだ。()()が、何を意味するのか、どこまで何ができるのかを。

 

だから俺はイメージする。()()()()()()()()()()()イメージ。ISの武装を展開するように、強く、強くイメージする。

 

そこにあるのは分かってるんだ。だから───

 

 

 

 

 

───来やがれ!!

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

果たして、俺の左腕から現れたのは正しく神機だった。ただ、いつも使っていた明るい色の神機ではない。黒い、暗い色の神機。ブレードは前の物より細く長くなっていた。おそらく、あのピターとかいうアラガミを捕食した影響だろう。折れた部分をそれで補ったから、奴の色が強く出ているんだ。だが、これがあれば───

 

 

───俺は5匹いたオウガテイルを即座に斬って捨てた。

 

 

「アリサ、もう大丈夫だ」

 

ISの武装を格納するイメージで神機を仕舞うと、俺の左腕は元の人間のそれに戻った。どうやら、自由に出し入れが出来るらしい。便利なもんだな。

 

 

「え……」

 

俺が肩を揺すると、アリサは何が起きたのか分かっていない風で顔を上げる。そして、周りを見渡し、オウガテイルの死体が転がっていることに一瞬驚き、そして俺を見た。

 

「大丈夫だアリサ。俺が守ってやる」

 

「あれ……?」

 

「まぁ、取り敢えずその神機だけ拾っといてくれ。他人の神機には触れないからさ」

 

「私、何を……」

 

アリサは茫然自失になりながらも取り敢えず転がっている神機は拾ってくれた。

 

「乗れ。上まで一気に運ぶ」

 

俺はアリサに背中を向けしゃがみ込む。そして「あぁ、はい」とただただ俺の言うことに従うだけのアリサを背負い、聖痕の力も借りて一気にコンクリートの地面まで戻った。そこでアリサを降ろすと、俺達は再び上流へ向けて歩き出した。しかし今回は川に目を向けることはない。今俺達がやるべきはフェンリル極東支部への帰還だ。アリサの腕輪の信号を目指してフェンリルからも救助隊がそのうち来るだろうから、俺達も出来るだけそっちの方に近寄っておこうということだ。

 

そしてそこから数分も歩くと───

 

「お、思ったより元気そうじゃねぇか」

 

俺達の目の前に、リンドウが1人で現れた。

 

 

 

───────────────

 

 

「リンドウ?どうして……?」

 

「何、お前らを探せってご命令だよ。しかし新入り、お前、腕輪はどうした?アリサの腕輪の反応だけでお前の腕輪の反応は無かったから、てっきり死んじまったもんかと」

 

「あぁ。神機の捕食機能を暴走させたら腕輪ごと喰われてな。今じゃ神機と人間の腕を行ったり来たりできるようになった」

 

「へぇ、便利なもんだなぁ。まぁ、怪我までは治せないらしいけど」

 

リンドウは軽い口調の割にはよく見ていて、俺の腹を睨む。着ていたフェンリルの制服は、その白色を俺の血で赤黒く染め上げていた。

それに、服に付いた血はピターとの戦闘で吹き出した鮮血が隠してくれているが、俺はこれまでの戦闘でもかなり無茶をしたせいか、実は何度も傷口が開いては血を流していた。

 

おかげで正直そろそろ限界だ。水と、食い物がほしい。何か補給しなければいくら俺でもこれ以上は保たない。

 

「……アンタが来たってことは救援のヘリか何かも近くまで来てるんだろう?」

 

「あぁ、だが回収ポイントまでは少しあるし、何よりアラガミが多い。まずは休める所へ向かう」

 

「分かった」

 

そうして俺達はリンドウの後ろに着いて歩いて行く。道中のアラガミはどうにかやり過ごしながら少しずつ歩みを進めていく。

相変わらずアリサは戦闘不能で俺は無闇に神機を使っていいのか不明。いくらオウガテイルばかりとは言え、リンドウ1人で俺達2人を庇いながら進むというのはそう簡単でもない。

 

しばらく進んだところで随分とアラガミが多くなってきた。俺達は手頃な廃墟の中に入り様子を伺う。適当に座り込むと、やはりアリサは自分の肩を抱いて縮こまってしまう。

 

リンドウが外の様子を伺いながら何やら支部と連絡を取っている間、アリサに声を掛けておく。

 

「落ち着け、大丈夫だから」

 

「私……私……」

 

「大丈夫だ。お前は俺が守るから」

 

「……さて、そろそろ出るぞ」

 

「……あぁ」

 

そのうち、リンドウの報告も終わったのだろう。出発の合図がかかる。

そして、またしばらくアラガミを避けつつ歩いた俺達の前に現れたのは───

 

「……森?」

 

ほとんどの資源がアラガミに喰らい尽くされ、緑も花も無くなった荒廃した世界だと聞いていたが、なんと俺達の目の前には青々とした森が広がっていた。

木なんて、こっちに来てから初めて見た気がするな……。

そして、その森に入っていくリンドウ。俺達もその後ろに着いていく。

 

「……?」

 

しかし、周囲に生えている木に、俺は何となく違和感を覚えたのだ。そして思わずそれに触れようとした時───

 

「それに触れるな」

 

と、リンドウが俺の手と木の間に神機を差し込んできた。

 

「あ、あぁ」

 

リンドウのそのただならない様子に気圧された俺はそのまま手を引っ込めて、理由を深く聞くことはなかった。

そしてその森を抜けると───

 

「……町?集落……?」

 

そこにあったのは人間の住む集落だった。この荒れ果てた世界では随分と清潔な町に見える。それに、随分と施設が整っているみたいだった。これまで見てきたような廃墟と言ってしまえる場所ではない。

 

どうやらここは、ゴッドイーターの適性が無く、フェンリルから見捨てられた人々をリンドウが集めて匿っている場所らしい。

 

しかも、リンドウが勝手に支部から物資を持ち出していたらしく、それもあってか最低限の暮らしは出来ているらしい。

 

というような話を俺は、フェンリルの補給食を貪りながら聞いていた。

紛いなりにもカロリーと水分を摂取できた俺はそれなりに回復してきたようだった。ゴッドイーターの身体は随分と頑丈に作られているみたいだな……。

 

そしてあの森、どうやらアラガミをこの町から遠ざける役目を担っているようだ。だが、その守りもそう完璧なものではないらしく、時々死者も出しているようだ。

 

そして俺はリンドウと見回りに出ることになった。アリサは、落ち着きこそ取り戻したけれどもまだ手の震えが収まっていなかった。

 

「その手で神機を握れるか?」

 

「え……」

 

「雲を眺めるんだ。……落ち着くぞ?」

 

「雲……?」

 

リンドウの言葉に、アリサは頭に疑問符を浮かべていた。

 

「ま、大丈夫だ。お前はゆっくり休んでろ」

 

俺はアリサの被っている赤いベレー帽を目深に被せると、リンドウに着いて再び森へと向かった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

俺が違和感を感じた木々の正体。それはなんとアラガミだったのだ。アラガミは人間よりも食い物の好き嫌いが激しい。偏食因子とも呼ばれるその趣好を利用して、このアラガミの木であの町を他のアラガミから守っていたのだ。

 

だが───

 

「突破されたか……」

 

この木々の守りを突破したアラガミが現れたらしい。町から聞こえるのは爆発音。どうやらろくな事態になっていないらしい。

しかも運の悪いことに、この森にヴァジュラまで侵入してきたのだ。

 

「新入り、お前は町に行け。そしてアイツらを救うんだ。……分かってると思うが───」

 

「あぁ。俺は死なない。誰も死なせやしない」

 

それだけ返すと俺は即座に反転、町へと急いだ。徐々に聖痕も開いていき、どんどん加速していく。そして───

 

「ふっ───」

 

盾を構えたサソリのようなアラガミの振るう、槍のように鋭い尾の一撃から、町の住民を抱き抱えて躱す。そいつはどうやら殿を務めていたようで、効きもしないボウガンを抱えていた。

 

「あんたは……」

 

「他の皆は!?」

 

「あぁ、皆避難所に隠れているけど、いつまで保つか……」

 

「森から来た奴はリンドウが相手している。こいつは俺がやる」

 

「けどアンタ、神機は?」

 

「……神機を持ってる奴がゴッドイーターなんじゃあない。神を喰らう奴がゴッドイーターなんだよ」

 

「なんだよそれ……」

 

そこで、俺達の会話は聞く気がないのかアラガミが再び尻尾を振るう。俺はボウガンを持ったその男を抱えながら跳び退る。

 

「とにかく逃げろ。こいつは俺がやる」

 

「信じていいのか……?」

 

「あぁ。俺ぁ受けた任務はやり遂げる」

 

「……なら、任せたぞ!」

 

俺はそいつが走って行くのを横目に見ながらそのサソリのようなアラガミに向かい合う。……神機はあれしかない。幸いにもここはダムの傍で、電気も通っていると言う。ならばあの神機を使わずともこいつを追い出す算段は着いている。

 

着いてはいる、けれどもそれは強化の聖痕でダムにぶん投げて貯まった水の放水に合わせて下流に流すというものだ。だがこの手段ではこのデカいアラガミを殺せない。

 

あんなのを放っておくのは流石にゴッドイーターとしてどうかと思うので、奴はこの場で殺す。

 

そのためには左腕の神機を使うしかない。

 

俺は左腕から黒く変わった神機を生やす。そして、俺の頭目掛けて突き出された槍を右手で掴み取る。それを放り出し飛び上がると奴の尾っぽを神機で切り裂く。さらに着地した瞬間にもう一度刃を振るい、後ろ足を1本奪う。それでもそいつは残った脚で無理矢理にこちらをに振り向いた。だが俺はその間に神機を銃形態に切り替え、開いたそいつの口の中に銃口を突っ込んだ。

 

そして、引き金を引く───

 

 

──ドゴゴゴゴゴッ!!──

 

 

と、回転式の銃身が火を噴いた。そこから放たれたオラクル細胞の弾丸はサソリの贓物を打ち砕き、身体をその内側から引き裂いた。

 

そして完全に沈黙したそいつはそのまま粒子となって消えてしまう。いつものことだ。死んだアラガミは少しするとオラクル細胞が霧散し、跡形もなく消える。

 

「……終わりだ」

 

俺はふととある建屋を見やる。それは俺達が最初に案内された建物。そこにはアリサがいたはずだが、1番近かったアイツはついぞ姿を見せることはなかった。

 

「はぁ……」

 

確か、アリサは風呂に入っていたはずだ。俺達が出る前にここの施設の女の人に入浴を勧められていたからな。

 

「アリサ、いるか?」

 

もしかしたら一緒に避難所へ逃げていたかもしれないが、オウガテイルに襲われた時の様子からすれば、もしかしたら怯えて動けなくなっていたかもしれない。

 

声を掛け、ドアをノックするが返事はない。一応空けて確認しようと扉を開けると、部屋の真ん中辺りに置いてあった浴槽がひっくり返ってお湯が床に零れていた。その温度も随分と冷めており、ここ数分で零れたわけではなさそうだった。すると、部屋の端から何やらゴソゴソと音が聞こえた。

 

俺がそっちに目線をやると、部屋の脇にポツンと置いてあったクローゼットの扉が少し空いていた。俺がそっちに近寄ると、中から人の声がする。

 

「あっ……ちょ、ちょっと待ってください。今服、服着れてないのでっ!」

 

その声の主はアリサだった。何故風呂上がりにクローゼットに入っているのか疑問符があるが、まぁ多分、アラガミにビビってそこに隠れたんだろう。で、戦闘音が消え、俺が入ってきて正気に戻った、というところか。

 

「あ、あぁ悪い。……こっちに入ってきたアラガミは倒したからもう大丈夫だ。外出てるから、ゆっくり着替えていてくれ」

 

「……すみません、ありがとうございます」

 

それだけ声を掛けると俺はそのまま部屋の外に出る。そのうちリンドウも戻ってくるだろうから、これで一件落着、かな。

 

 

 

 

 

 

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