セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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荒ぶる神を喰らう者

 

あの後俺達は救助ヘリとの合流ポイントで無事に救出された。

そしてアリサは精神的に不安定な状態だったためにオオグルマとかいう医師の元へ預けられた。どうやらロシアにいる時から彼女のメンタルケアを請け負っていたらしい。

そして俺も左腕の検査のために当然入院。

 

「驚いたね。まさか人体と神機が完全に一体化しているとは」

 

ペイラー・榊博士。フェンリル極東支部の技術部の長だ。

どうやら俺の左腕は今や神機、アラガミ、人間の腕のどれにもなれるらしい。……質量保存の法則はどこへ消えた?

 

だが1番の問題はその安全性だ。神機でさえ完璧な安全性を担保できているわけではないらしい。その上大量のオラクル細胞を取り込んで平気なのか、というのが目下のところの課題らしい。

 

調べたところ、発信機としての役割は死んでいるみたいだが、一応は腕輪としての最低限の機能は残っているらしく、その姿は見えないがいつも通りに偏食因子を注入することで他のゴッドイーターと同じくオラクル細胞の暴走を抑えることは出来そうだ、という話だった。

 

「……大丈夫そうなら任務出ていいですか?」

 

「いやいや、流石にこれは初めて見る現象だからね。検査し過ぎるということはないよ。だからもう少し様子を見させてくれないかな?」

 

多分この人は研究者としての興味が湧いているだけなのだろう。目の奥の輝きがあまりに純粋だ。

 

まるで、新しい玩具を与えられた子供みたいな顔をしている。

 

「まぁ、仕方ないですね……」

 

俺は諦めて用意されたベッドに横たわる。検査は鬱陶しいが、実は俺が検査入院している間、俺の生活の面倒を見てくれるのはリサだったりする。

 

精神的にも安定するだろうから、という配慮だそうだが、これなら面倒な検査でも乗り切れそうだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ゴッドイーターというのは慢性的な人手不足だ。まずなりたくても簡単になれるものではないし、あまりにも過酷で危険な仕事故、途中で命を落とす奴も多い。

 

だからなのか、しばらくすると俺にも退院してさっさとアラガミを狩りに行けという指令が下る。

 

ペイラー博士は折角の研究材料が出ていってしまうことで悲しそうな顔をしていたが、いくらリサと長い時間いられるのだとしても検査ばかりというのも中々に辛いものがあったので渡りに船だったのだ。

 

そうして呼び出しに応じてノコノコとやって来た俺に参加が求められた作戦は"メテオライト作戦"。特定の種族のアラガミを呼び寄せる装置を使ってアラガミを1箇所に誘導。それを一網打尽にしてエイジス計画の足掛かりにしようというものだ。

そしてそれを数箇所で同時に行うことで紛れも減らそうというのが趣旨。

俺はアリサも復帰した第1部隊に戻り、ヴァジュラ種のアラガミ担当となった。

 

『メテオライト作戦、発動!!』

 

インカムから届く雨宮三佐の号令に合わせ、俺達のヘリに乗っていた銃型神機使いがオラクルバレットを放つ。それは今回の作戦のために調整された特殊弾で、打ち上がった弾丸が弾け、花火かクラスター爆弾かのように散り散りとなって地上を襲う。当然眼下にいるのは、群れとなり1箇所を目指す数千匹ものヴァジュラ達。それらの頭上に死をもたらす豪雨が降り注ぐ。

 

───轟!!

 

と、地面を轟音と砂埃、爆炎が覆う。

 

それが晴れた時にはあれだけいたヴァジュラの数は激減していた。だが全滅ではない。あれだけの数だ。打ち漏らしはそれなりに出る。そして俺達の役割は───

 

「残りは各個撃破だ!行くぞ!」

 

リンドウの号令に合わせて俺達はヘリから飛び降りる。着地地点周辺のアラガミは上からの砲撃で潰していく。

 

そうして安全に降り立った俺達は各々神機を構え、近くのヴァジュラに肉薄、切り伏せていく。当然、捕食によるコアの回収も忘れない。……のだが今回俺は捕食を行うなと厳命が下されている。ただでさえ腕が神機とアラガミを取り込んでいるのだ。これ以上オラクル細胞を増やして変な反応を起こされては困る、というわけだ。なので銃型の弾薬にも限りがある俺は剣型神機を中心に戦っているのに捕食は出来ないというアンバランスを抱えて戦いに挑むことになっていた。

 

まぁ、俺はアリサ程は銃型を使わないからそんなに問題も出ないだろう。何せ、かなり減らしてもまだ数百はヴァジュラがいるのだ。距離をとって戦うなんていうのは困難だろうしな。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「これは……」

 

俺達が地表に降り立ってからしばらくして、ヴァジュラ達の動きが急に変わった。さっきまではただひたすらにマシンのある一点を目指していたこいつらが、急に進行方向を変えたのだ。

 

目指している方向は北西、だがこの先には───

 

「極東支部、ヴァジュラ達の進行方向が変わった。そっちの先には何がある!?」

 

「確認します。───ヴァジュラ種の進行方向の先、北には大きなダムがあります、けど……」

 

けど他には何も無い、そう言いたいのだろう。俺は「分かった」とだけ返してリンドウに声をかける。

 

「リンドウ」

 

「分かってる。この先には───」

 

この先には、リンドウが匿っているあの人達の集落がある。

何故奴らがあっちに向かっているのかは知らない。だが確実に、何かがある───。

 

「……言うか?」

 

「あぁ。それしかねぇだろ」

 

「……雨宮三佐」

 

「どうした?神代」

 

「ヴァジュラの向かってる先、ダムの辺りには人の住む集落があります。数百人規模です。この異変の調査も兼ねて俺達はそっちへ向かいます」

 

「……何故お前がそんなことを知っている」

 

「……ディアウス・ピターとの交戦後、一旦俺達がそこに身を寄せていたからです」

 

俺達が回収された地点は森の外だ。元々の合流ポイントが俺達が彷徨っていた都市部だったというのもあるし、あそこにヘリを寄越されたら面倒なことになるだろうというリンドウの判断もあった。だがことここにきて、あそこを隠し通すのは無理がある。

 

「なるほど。……分かった。だが無理はするなよ」

 

「ありがとうございます」

 

「……うし、じゃあ行くか」

 

この辺りのヴァジュラの討伐は他の奴らに任せ、俺とリンドウはこの戦線を一時離脱。ヴァジュラ共は俺達には一瞥もくれずに皆同じ方向を目指して歩いていく。一応、俺達も隠れながらそれを追い掛けていく。そしてついにあの森の目の前へと辿り着いた───

 

「……関係無く入っていきそうだな」

 

「あぁ。止めるぞ」

 

ダンッ!と俺達はヴァジュラ共を飛び越えて先頭に割り込む。俺達の姿に一瞬ヴァジュラ共が怯んだ隙にリンドウが閃光手榴弾を投げた。

 

視界を塗り潰すような白い光が晴れ、目を眩ませたヴァジュラ共に俺達は神機を振るう。

 

だがヴァジュラ共はやたらと数が多い。切り捨てても切り捨てても、ワラワラと湧いて出てくる。

 

その数にうんざりし、キリがないと辟易しながらもこの後ろに通すわけにもいかない俺達はただ無心で神機を振るい、刃を突き立てていった。

 

しかし、再びヴァジュラ共の動きに異変が出る。

 

奴らが急に動きを止めたのだ。そして、何やらモーゼの海割りのように群れが真ん中から左右に別れた。左右に分かれ、跪くように伏せたヴァジュラ共の間から現れたのは───

 

「……ディアウス・ピター」

 

あの黒いアラガミだった。

 

 

──ディアウス・ピター──

 

 

最初に目撃されたのはロシアらしい。そして、アリサの両親はこのアラガミに殺されたと聞いた。それを聞いてようやく納得がいったのだった。あの時アイツが、普段の様子からは考えられない程に激昴し、拘った理由が。

 

同時に思い起こされるのは俺達が復隊した時の「もう私に恐怖はありません」と語っていたアリサの濁ったような、もしくは無機質な瞳。

PTSDと呼んでも差し支えないくらいには取り乱していたアリサがそんな風に変われるものなのだろうか。それとも、この世界のメンタルケアは俺が知っているそれよりも大幅に進歩していて、精神安定剤的な薬の効果も強いものがあるのかもしれない。だがどうしてもあの瞳に俺は違和感を覚えてしまった。

 

しかし、なにはともかくまずは目の前のコイツだ。コイツは俺が出会ったどのアラガミよりも強い。俺が捕食した刃翼はまだ回復していないようだが、見る限りでは胴体の傷はほぼ完治していそうだ。

 

「……新入り、お前は先に行ってアイツらを避難させろ。それまでコイツは俺が引き受ける」

 

「……分かった」

 

リンドウがそれを知る由もないが、この場で役割を2つに分けるとしたら確かに足の速い俺がダムの集落へ行ってあそこの人達を避難させるのが効率的だ。もっとも、それはとりもなおさずリンドウがあの化け物を1人で相手取るということに他ならないわけで。この作戦の要はリンドウがどれだけ生き長らえられるかという1点に集約される。

 

まぁ今はそんなことを考えていても仕方がない。俺はディアウス・ピターに背を向け、森の中へと駆けていく。そして、木々に俺の姿が紛れた辺りで聖痕を開放、反射神経と脚力を強化し、どんどんと加速していく。

アラガミの木に触れないように気を付けながらその森を駆け抜けていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

住民の避難誘導は比較的手早く終わった。何せ、彼らからしたらアラガミがあの森を抜けて来るのは想定内の事態だし経験もある。

俺の顔も知っているということもあってか皆素直に避難を始めてくれたのだ。

 

おかげで俺も直ぐにリンドウの元へと戻ることができた。

そして、やはり急いで森を引き返した俺の目の前に現れたのは───

 

「ピター……」

 

リンドウと戦うピターだった。しかも、どうやらこの森のアラガミの木をも操れるらしく、触れてもいないのに幹からオラクル細胞の槍が突き出てくる。

 

「リンドウ!」

 

「来たか新入り。向こうで第1部隊の皆が足止めされている。先にあっちを助けてくれ」

 

「分かった」

 

この状況ではさしものリンドウも、いつも通り圧勝とはいかないようだが、まだ保ちそうだった。俺はリンドウの指示通り、さらに森を戻っていく。すると、道中で木のアラガミに拘束された第1部隊の皆がいた。

 

「みんな!」

 

「天人!?」

 

「神代さん!?」

 

俺は左腕の神機で皆を縛めている木の槍を切り落としていく。そうして全員を解放するが、何故かアリサだけはその場に蹲ってしまう。

 

「アリサ?」

 

「ごめんなさい……私……私、全然強くなんてなくて……」

 

「何が……?」

 

アリサに何があったのか聞けば、サクヤさんが答えてくれた。曰く、ピター目掛けて引き金を引こうとした瞬間、何やら錯乱したように銃を乱射したのだそうだ。それによりアラガミの木が反応し、全員磔にされてしまい、さらにピターもリンドウ1人で追い掛ける羽目になったのだとか。

 

「お父さん……お母さん……助けて……」

 

そして、その話の間もアリサはずっと、何かに祈るように両手を結び、ガタガタと震えていた。

 

「アリサ」

 

「ごめんなさい……助けて……」

 

「アリサっ!」

 

俺は、アリサの頭を引っ掴んで無理矢理に顔を上げさせる。その顔は、恐怖と絶望に歪んでいた。

 

「祈るな。神に祈ったところで、何にも助けちゃくれない」

 

「───っ!?」

 

「強くあれ。ただし、その前に正しくあれ。ここでガタガタ震えながら祈ることが正解だと思うか?」

 

「いえ……」

 

「お前は、何のために神機を手にした」

 

「……ピターを殺すため、両親の仇を取るため……人を、守るためです」

 

「なら今お前がすべきことはなんだ?ここで座ってることか?」

 

「いいえ……私は戦います!アイツを、ピターを倒します!」

 

そう言って立ち上がったアリサの瞳には、もうあの時のような濁りは見られない。そこにあったのは決意と、燃えるような信念だけだった。

 

「行こう、ディアウス・ピターを駆逐する」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

「ええ!」

 

アラガミの木々で構成された森に、声が木霊する。決意の声だ。それは、人を喰らうクソッタレな神々への反乱の産声だった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「あれは、リンドウの腕輪!?」

 

逢魔が時を過ぎ、日が沈めば夜が世界を支配する。月と星だけが地上を照らす中、俺達はディアウス・ピターと向かい合っていた。だが、奴の老け顔の口から見えたものがそれだった。サクヤさんが驚いた反応を示したことで気を良くしたのか、そいつは意地の悪い人間のようにニタニタと嗤うような顔をする。

 

人の腕と、その赤い腕輪。コイツと戦っていたのはリンドウだけだ。つまり、リンドウはコイツに殺されたということになる。

 

俺は殺気を隠すことなく左腕の神機を露わにする。ピターはそれを、何やら嫌なものでも見たかのように睨み付ける。ふん、どうやらコイツも、自分の身体を喰われて俺に扱われるのは気に食わないらしいな。

既に俺は強化の聖痕も開ききっている。この前みたいな出し惜しみはしない。全力全開で叩き潰す。

 

グッ、と俺が両足に力を込めた瞬間にピターも四肢に力を込める。その瞬間───

 

───ドォォォン!!

 

と、俺の後ろと奴の真横からオラクル細胞の砲撃が襲いかかった。俺の後ろから放たれた弾丸をこそ奴は横っ飛びで躱すが、真横から放たれたそれには反応出来ず、思わずバランスを崩した。

その瞬間、俺は大地を踏み割り、空気の壁をも瞬時に突破してピターの顔面に神機の刃を突き立てる。しかしそれは読まれていたのか、アラガミと言えどとんでもない反応速度で俺の刃が届く前に奴の刃翼が白刃を防ぐ。

 

さらに、左右から挟撃してくるソーマとアリサにも雷撃を放つことで牽制。その雷槍は俺をも巻き込もうとした。

だが当然、こちらもピターの動きは見ている。俺は紫電が迸る寸前で跳び退り感電を回避。

 

雷撃の範囲外に出た瞬間に、俺は再び地面を踏みしめる。もう一度眼前に現れ、神機を振り下ろそうとする俺に、ピターは刃翼でそれを弾こうとする。だが俺は防がれるのを前提に、むしろその刃を神機で押さえつける。そして、この攻防の間にピターの斜め後ろに回り込んだサクヤさんとコウタ、距離を置いたまま神機を銃型に切り替えたアリサの3人による銃撃が炸裂した。

 

「グルルルァ……」

 

だが、それを受けてもなおピターは健在で、刃翼のうち数本が俺の拘束から逃れ、首を刎ねんと襲い掛かる。

俺は左手側の刃を神機で受けつつ後ろに跳ぶことでそれを躱す。

だがピターの視線が俺に釘付けになった瞬間、奴の背後からソーマが神機を振り抜いた。

どういう仕組みか、ソーマの神機は振り被って()()を作ると黒覇のエネルギー圧縮斬撃のような攻撃ができるのだ。それを背後からまともに喰らったピターが思わず体勢を崩した。

 

その隙に俺は体内のオラクル細胞と神機の捕食機能を限界まで強化。ピターを丸呑みするかの如く膨れ上がった顎門でオッサン顔のアラガミを刃翼ごと頭から呑み込む。

 

絶叫しながら暴れ、どうにか顎門の拘束から逃れようとするディアウス・ピターに、アリサ、サクヤさん、コウタの3人がそれぞれ別方向からオラクルバレットを連射する。普段防御にも用いていた刃翼を俺に飲まれ、無防備な身体を晒しているピターに情け容赦無く弾丸が降り注ぐ。

さらに、ソーマも再び神機を振り被り、あのタメ技を解き放った。

 

そうしていくうちにピターの動きが鈍くなり、俺の神機もピターの刃翼を完全に噛み砕き、遂にその頭すら飲み込んだ。

 

限界を超えるくらいに強化されたオラクル細胞がさらにピターの黒い身体を噛み砕く。

それが決定打になったのか、ピターの四肢の動きが止まり、ダラりと垂れ下がった。俺は捕食機能を一旦戻すと、今度はコアを回収するために神機の顎門を体内に突っ込んだ。

 

ブチブチと肉を引き裂く音を立てながら俺の神機はディアウス・ピターのコアを肉体から引き剥がした。そこで俺は普通の神機使いがやるように捕食形態を解いたのだが───

 

「がっ!?───ぐうぅぅぅっ!!」

 

俺の左腕に強烈な違和感。そして、左肩からは焼け付くような痛みが発せられた。バキバキと、骨が砕け別の何かが組みあがっていくような不快感が俺の左上半身を襲う。

 

「た、天人……それ……」

 

すると、コウタが俺を怯えた目で見ている。正確には、俺の左肩の上を、だ。

 

何が起こったのかと、俺も自分の左肩の後ろを見上げる。するとそこには───

 

「ピターの、刃翼……?」

 

ディアウス・ピターの振るう刃のような翼が生えていた。

 

「ぐぅっ!」

 

ドクン!と、左腕が脈打つ。神機の姿をしていたはずのそれは、今度は黒い獅子のそれのような腕に変わっていた。

 

ドクン!さらに脈打つと、俺の腕は元の人間のそれに戻り、背中の刃翼も消えていた。だが、背中に手をやれば、俺の着ていた服は肩甲骨の辺りで破け、肌が露出していた。

 

まさか、俺の身体はアラガミに変質していっているのか……?それも、ディアウス・ピターのあの身体に近付いているように思える。

 

気付けばディアウス・ピターの肉体は塵となって消え去った。これまでで1番の強敵に勝ったというのに、リンドウを喪った俺達に喜びは無かった。あるのはただ、これから先への不安だけだった───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「まったく、君という人間には驚かれてばかりだ」

 

帰還した俺を待ち構えていたのはペイラー博士だった。あのヴァジュラ達の謎の行動は仕組まれたものだったらしく、あのダムの水底からアラガミを引き寄せる別の装置が発見され、そして俺達の手によって破壊された。

また、俺達が最初に守っていた装置にもハッキングが仕掛けられており、その発信源はフェンリル極東支部。つまり内部犯というわけだ。

 

武偵としてはそれの調査もしたいが、残念ながら俺は強襲科でもさらに輪をかけて腕力担当。

俺の頭蓋に収められている小さじ1杯程度の脳みそで解決できるほど相手も甘くはないだろう。

 

おかげで俺は犯人探しを早々に諦め、そしてペイラー博士のモルモット(玩具)にされることも早々に認めざるを得なかった。

 

しかし、ペイラー博士の頭脳と技術は本物だった。俺の、質量保存の法則を捨て去った肉体の変質の正体も遂に見破ったのだ。

 

どうやら、俺の体内のオラクル細胞が俺の意思で瞬間的に凄まじい速度で細胞分裂を繰り返し、あの変質をもたらしていたらしい。

元に戻る時は逆に細胞が細胞をとんでもない勢いで捕食しているのだとか。

難しいことはよく分からないとゴネたら、とにかく出すにも仕舞うにも結構な体力を消費するから栄養は一杯摂ってね、ということらしく、固形の栄養食を渡された。

 

また、ペイラー博士の許可の元、難易度の低い任務でその性能を試したところ、サイズ感以外はほぼ本物のディアウス・ピターと同じレベルだった。刃翼の鋭さも、雷槍の破壊力もだ。ただ、あのディアウス・ピターの雷撃は紫色だったのに、俺の雷撃は赤い色だった。

 

何故かはペイラー博士もよく分からないと言っていたのだが、それも直ぐに解決した。

再びディアウス・ピターが現れたのだ。だが、今度のピターは雷の色が赤色で、それも何匹も目撃されたようだ。つまりあの紫電のピターだけが特別だったらしい。

赤い雷のピターが、あの紫電のピターよりも弱かったこともその説を後押しした。また、俺は刃翼だけでなくマントのような物も出せるようになっていた。どうやら、ディアウス・ピターには刃翼を持つ個体よりもマントを持つ個体の方が多く、むしろそれが一般的のようだった。有り体に言えば、刃翼ごと捕食したからこその刃で、あれが無ければもしかしたら刃翼は出せなかったかもしれないのだとか。

 

そして当然、俺は、他のゴッドイーターよりも念入りな点検が求められるようになった。そらそうだ。これ程までに大量のオラクル細胞を取り込んだ人間はこれまでいないのだ。

しかも、コアまで身体に溶けて消えてしまったらしいから、本来ならフェンリル本部をすら右に左に揺るがす大騒ぎになる事態でもおかしくない。

 

それを、この支部長であるヨハネス・フォン・シックザールが情報を抑えてくれているのだ。ペイラー博士が担当だから俺の人権も保証されたモルモット生活なのだ。本部になんて送られたらマジで頭に電極貼られて死ぬまで実験動物(奴隷)生活だ。足を向けて寝られないよ。

 

しかし、そんな生活にもいつしか終止符が打たれる。この日雨宮三佐が告げた一言は、俺のゴッドイーター生活が終わろうとするカウントダウンの、その第一声だったのだと、この時は気付きもしなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「新種のアラガミが発見された」

 

それが、雨宮三佐の告げた一言。

 

極東支部の北、あのダムのさらに向こう側で、見たことも無いアラガミが見つかったとのことだ。

この頃にはリンドウの捜索もほぼ打ち切られており、既に二階級特進も決まっていた。

 

サクヤさんはまだ諦めきれていないようで、任務にかこつけて探しているみたいだが手掛かりもなし。そもそも、ゴッドイーターの捜索には腕輪の反応を探すのが一般的で、今のリンドウにはそれが無いのだから、難航するのも当たり前だ。

 

その上、その腕輪はディアウス・ピターが咥えていたため、オラクル細胞を抑えきれないリンドウは既に亡くなっていると考えられていてもおかしくはない。

 

だが、そんな理屈を通り越してでも探し出そうと血眼なのが今のサクヤさんであり、なまじ俺のような特殊な事例を見てしまったためか、そのアラガミがリンドウの手掛かりになるやもと、そいつの調査、可能ならば討伐の任務を請け負ってきた。

 

まぁ、俺としてもあの任務の終わりは寝覚めの良いものではないから、気持ちは分からないでもない。リンドウが抜けたとは言え、実績も実力もある俺達第1部隊ということもあり、案外すんなり任務へ出る許可も降りたようだ。俺も、ディアウス・ピターの赤雷や刃翼が大型のアラガミすら屠る威力を誇っていることは実証済みで、難易度の高い任務にも再び何度か出ていたことが大きいのだろう。

 

「……写真で見る限り、大きさとしてはヴァジュラ種程度か?」

 

「そのようね」

 

とある廃墟、最初にそのアラガミが見つかった辺りのエリアだ。このアラガミ──ハンニバルと呼称されることになった──は俺達が前に見た山のようなアラガミとは違い、割と戦える現実的なサイズであろうというのが事前情報だった。

 

「静か、ですね……」

 

アリサが周囲を警戒しながら呟く。確かに、静かすぎる。他の小型のアラガミの姿すら見えないのだ。まるで、何かに怯えて影で縮こまっているような、そんな薄気味悪い静寂を感じる。

 

シン───と静まり返る廃墟の中で砂を踏む俺達の足音だけがこの空間に響いている。

 

ザッザッと、砂を踏みしめ歩いている俺達だったが、中が空洞になっている廃墟の脇に通り掛かったその時、頭上に影が差した。

 

「っ!?」

 

俺が反射的に見上げると、上から何やら黒い影が降ってきた。俺は即座に左腕を神機に変え、タワーシールドを呼び出す。その分厚い盾に何かがぶつかる。

 

───ドンッ!!

 

と、凄まじい衝撃が俺を襲う。しかも何やら非常に熱い。これは空から照りつける太陽の熱じゃあない。まるで、目の前で炎が燃え盛るような熱さだった。

 

俺は力ずくでそいつを振り払い、神機を剣形態に変形させる。それに合わせてコウタとサクヤさんが距離を取り、俺の両翼にアリサとソーマが構える。そんな俺達の眼前で姿勢を低くし唸るような声を出して威嚇しているのは───

 

「……ハンニバル?」

 

雨宮三佐から告げられた新種のアラガミ、ハンニバルだった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

発達した両の前脚、黒い体躯。そして何より特徴的な右腕の篭手。そのほとんどが動物の趣きをしていたアラガミとは思えないほどに人工的な髑髏の意匠はそれだけでこのアラガミの特殊性を物語っているようだった。

 

俺は徐々に強化の聖痕を開いていく。少しずつ身体に力が漲っていくのが感じられる。

それと同時に左腕──ペイラー博士からは雷皇の左腕(ディアウス・イスキエルド)と名付けられた──の神機にも強化の聖痕の力を流していく。すると、ハンニバルの身体が強張り、足元を爆発させるような勢いでこちらに突っ込んでくる。その右腕には、炎の槍が構築されていた。

 

俺達は跳び退って串刺しを回避。砂煙が舞い上がる中へ、サクヤさんとコウタの神機が火を噴いた。火線がハンニバルの元へと殺到する。

 

しかし、その砂煙の中からハンニバルは真っ直ぐ俺に向かって再び飛び込んできた。その右手に構えられた炎槍が眼前に迫る。

 

「───っ!!」

 

俺は左腕の神機を跳ね上げ、その槍を弾く。さらにそのまま後ろに倒れ込むことで身体ごとぶつかられるのを避けた。

そして、勢いのまま俺達と距離の開いたそいつに、アリサも加わった3人で一斉射撃を加える。その弾幕に思わず足の止まったハンニバルに、ソーマが神機を振り被って近付く。それを見た俺も神機を銃形態に変形させ、さらに弾幕を厚くする。両腕で頭を守るようにしたそいつの脇腹に、ソーマがタメに溜めた一撃を解き放つ。

 

 

───ズドォォォォン!!

 

 

と、脇腹を抉るように放たれたその一撃は、大型種のハンニバルをして致命的だったようだ。砂煙が晴れれば、そこには横たわる黒い体躯が。

俺がトドメとばかりに奴の眼前に踏み込もうとしたその時───

 

「───がぁッ!?」

 

俺の右手側から何かが飛んできた。視界の端に一瞬移ったそれに、強化された反射神経が身体を動かし、致命傷を避けることに成功した。

だが───

 

「……また腕かよ」

 

俺の右腕、その肘から下が砂にまみれていた。俺の肘からは出血は無い。傷口が燃えるように熱い。きっと、肉が焼けて血が出ないのだ。

そして、それを為した奴は───

 

「ハンニバル……もう1匹!?」

 

最初に戦っていた奴とは違い、白い巨躯を誇るハンニバルだった。

 

「邪、魔……だぁ!」

 

俺は強化の聖痕を全開にしてオラクル細胞と神機を強化。ディアウス・ピターを相手にした時のように巨大な顎門でハンニバルの右半身に喰らいつく。当然、白いハンニバルも抵抗し、力の限り暴れ回り顎門の拘束から逃れようとする。

その上、そういう特性を持っているらしい。背中から急に炎を噴き出して俺の神機から逃れようともがいている。

左右に暴れ回り逃れようとする様はまるで魚釣りでもしているかのような気分になる。だが神機の牙は奴の細胞の結合を喰い破り、しっかりと組み付いて離しはしない。

そして俺は十分に牙が喰い込んだところで奴の身体を捕食。その腕から背中にかけてを喰らい尽くす。ブチブチと肉を引き裂く音が辺りに木霊し、神機の顎門は俺の中へと吸い込まれていく。

 

「グルオォォォ!!」

 

と、白いハンニバルは叫び声を上げ、倒れ伏した。そして、俺の身体に再び異変が起きたのだった。

 

「あっ……がぁっ……つい……」

 

身体が、腕が、背中が熱い。燃えるように熱いのだ。だがこの感覚、覚えがある。あの時、神機の適合試験として体内にオラクル細胞を注入された時、ディアウス・ピターをコアごと取り込んだ時。あの時と同じような感覚と痛み方だ。

 

そして───

 

───轟!!

 

切り落とされた俺の右腕が再び現れる。しかし、その肘から下はまるであのハンニバルの右腕のようだった。さらに、背中からも制服を突き破り何やら炎が噴き出す。しかしそれも束の間。

 

背中の炎山は直ぐに収まり、右腕も気付けば元の人間のそれだ。どうやら俺の身体はアラガミを捕食すればする程にその特性を取り込んでいく肉体へと変質してしまったらしい。そして───

 

「うわっ───!?」

 

一旦収まったと思った右腕から再び火が噴き出す。……コントロール出来ていないのか?

 

いや、まさかコアを取り込んでいないからか?確かにピターの時は、最初は刃翼と脇腹の一部だけ。大量に捕食した時はコアごと取り込んだからな。コアはアラガミの中心だ。あれがオラクル細胞をコントロールしているとも言えるらしい。

 

ならば、それを取り込むしかあるまい。

俺はもう一度神機の捕食機能を発動。倒れ伏すハンニバルの身体に顎門を突っ込む。そして───

 

「……収まった?」

 

コアを摘出し、それを取り込んだ瞬間に俺の右腕から噴き出していた炎は鳴りを潜めた。やはりコアが必要だったらしい。

 

「……天人」

 

と、コウタが心配そうに話しかけてくる。俺はその声に周りを見渡すと、どうやら黒い方のハンニバルはどこかへ行ってしまったようだった。

 

「大丈夫なのか……?その、アラガミを……」

 

「あぁ。どうやらコアさえ取り込めば大丈夫みたいだ。……まぁ、帰ったらペイラー博士の元に直行だろうけど」

 

「そうね……。黒いハンニバルもどこかへ行ってしまったし、帰りましょう」

 

ソーマも何を言うわけではないがこちらを一瞥だけした。怒っている、というような雰囲気はしないが、よく分からん。

白い方のハンニバルも霧散して消えてしまったため、俺達は特に何を得るでもなく手ぶらのまま帰ることになった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「君という人間は軽率が服を着ているのかい?」

 

フェンリル極東支部に戻った俺達だったが、俺は即座にペイラー博士に連れられて研究室へと叩き込まれた。その上でこの辛辣極まりない評価だ。まぁ、俺も同じことを思わないではないのだけれど……。

 

「いや……腕を切り落とされてるむしゃくしゃしてまして……」

 

というのは嘘で、本当は腕を生やすためだ。銀の腕を使えば腕だけならどうにかなるのだが、まさかあれだけの人間の前で腕を焼き落とされておいて、いつの間にか戻りましたは通じないだろう。だが、どうやら俺はアラガミの身体と人間の身体のちゃんぽんに近くなっているらしいからな。それに、左腕も人間のそれだったり神機だったり色々と変えられるわけだし、もう少しオラクル細胞があれば出来るだろうという算段はあったのだ。だがそれを言っても怒られるだけな気がするので言わないでおく。

 

「だからってアラガミを喰らうやつがあるかい?いいか?君のその神機はもはや人間の口と同じなんだ。それで捕食するということはアラガミのオラクル細胞を体内に取り込むのと同義なんだよ」

 

えぇ、重々承知していますとも、なんて返そう日にはきっと烈火の如くお説教が始まるだろう。

俺はとにかく平身低頭、ペイラー博士の言うままに頷き、されるがままに実験体となった。

 

しばらく任務も禁止にされ、俺はただただモルモットとしての日々を過ごすことになった。

ディアウス・ピターの力やハンニバルの力がどれだけ出せるのか、オラクル細胞が今どうなっているのかetc…etc…調べることは山のようにあった。

 

そして、そんな生活が何日か続いたある日、ペイラー博士が何やら神妙な顔つきで俺の身体をペタペタと触りだした。

 

「……何か?」

 

「ふむ……。いやなに、君の体内で奇跡的なバランスで均衡を保っている多量のオラクル細胞。何故そんな風に大人しくしているのかという話さ」

 

「はぁ」

 

「今や君の細胞は半分近くがオラクル細胞だ。それでこれだけ普通に人の色形を保っているのだから適合率が高いとかそういう問題ではないのだよ。しかし、細胞の動きを調べれば調べるほど1つの仮説が浮かんでくるんだ」

 

それは?と返せばペイラー博士はこれまた神妙な顔で大きく頷く。

 

「何か、別の大きな力がオラクル細胞の働きを抑制している気がするんだ。……心当たりはないかい?何せ君自身の身体のことだからね」

 

心当たりは、ある。多分聖痕の働きだろう。あれにそんな力があるとは思わなかったが、聖痕の力は原初のセカイから俺という肉体を通して外の世界に放出されるものだ。きっとその力が防波堤のような役割を担っているのだろう。だが───

 

「さぁ……。ただ、最近頭の中に声が響くんです」

 

「言っていたね。喰らえ、喰らえと声がすると」

 

「えぇ。だから、その抑え込んでいる何かがどこまで保つのか……」

 

「……できるなら君はもう戦いには出ない方が良い。これまでの戦いで天人くん、君は充分にゴッドイーターとしての務めを果たしたと僕は思っているからね」

 

それは、俺がリサに神機の腕輪を付けることを徹底的に拒んだ時のことを言っているのだろう。

その上で、俺は当初言っていた通りの結果を出したとこの人は言っているのだ。

 

「それに、いざ何かあって周りを巻き込むくらいならここで僕の実験を手伝ってくれる方が余程人類の役に立つと思うよ?」

 

それは1つの真実だろう。俺としても、これ以上この世界でアラガミと戦っていても世界を渡れるとは思えなくなっていた。それに、ディアウス・ピターを取り込んだ時からペイラー博士には言われている。"調整を続けなければそれでもいつかは───"と。当たり前の話ではある。

 

ここだっていつアラガミに襲われるのか分からないのだ。そうなった時に俺がここに居れば真っ先にリサの元へ駆け付けられる。確かにその選択肢はアリだ。けど───

 

「……少し、考えさせてください。どっちにしろ任務はもうしばらく休みますけど、その先は、まだ……」

 

リンドウがいなくなったのには俺の責任だってある。俺がもう少し早く駆け付けていれば、リンドウは居なくならなかったかもしれない。俺がもっと強いところを見せていればもしかしたらリンドウは自分がダムの集落の人達の所へ向かったかもしれない。そうすればもっと確実に彼は生きていたはずだ。

愛する人を失う辛さは俺には想像が付かない。けれど、想像がつかない程に痛いことだと分かるから、俺はそれに恐怖している。もし俺がリサを失うことになったらと思うと、震えが止まらなくなりそうなのだ。だからサクヤさんにも同情しているのだろう。そして、その責任を取らなければいけないと感じているのかもしれない。それが、俺がこの世界での戦いを辞められない理由……。

 

だが、俺は決めているのだ。絶対にリサを最優先にすると。その優先順位に従うのなら、俺はきっとこの戦いから降りるべきなのかもしれない。

 

自分が何をすれば良いのか分からなくなるのは多分初めてだ。その日俺は布団にくるまり、ただただ思考の渦の中へと沈んでいった。

 

 

 


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