転移したらスライムが首領だった件
脈打つ右手を眺める。先日の任務の際に現れたアラガミ"ハンニバル"の強襲で切断された右腕。
そこを、聖痕の力で限界まで強化された左手に宿る神機の力でハンニバルをコアごと捕食することにより再生とアラガミの力の吸収を果たした。ペイラー博士はそれによって再び生えたこの右腕に宿る力を
実は隠れてこっそりと何度か試した結果、どうやら同時にこそ発現出来なかったが、それぞれであれば銀の腕の力の発揮も可能のようだった。
だが2体ものアラガミをコアごと吸収したことによって俺の身体は半分近くがオラクル細胞に置き換わっていた。それにより俺の身体はそのほとんどがアラガミと変わらない存在へと変質しようとしていた。そしてそれが分かるからこその恐怖。自分が自分でなくなっていく恐怖、ここの奴ら、そしてなによりリサを傷付けてしまうのではないかという恐怖に俺は支配されていた。戦いを続けるべきか降りるべきか、あの問答の答えもいまだに出やしない。
そうして恐怖に震える身体をリサに抱きしめられながら、アナグラの自室で右手を眺めている時にそれは起きた。
視界が、まるで壊れたテレビのようにチラつきを認識する。前にも経験した、聖痕の力やその他の要因によって現れた世界の扉を介さずに別の世界へと渡る時に起きる現象。思わずリサの手を握る。
次はそう、世界がモノクロになる。割れる。歪む。揺れる。ブツっと、それこそテレビの電源でも落としたかのように暗転する世界。リサの手を握ったまま振り返り、触覚を頼りにリサを抱きしめる。
「リサ……」
「ご主人様……、リサはここに……」
「あぁ、分かってる」
そう、それは分かっている。だけどこの身体は?アラガミと混ざりあった中途半端な身体。今はどうにか聖痕が抑え込んでいるみたいだが、ペイラー博士からは調整を続けなければいずれアラガミに飲み込まれてしまうと言われたこの身体。次の世界でもその調整ができるとは限らない。いや、できない公算のほうが高いだろう。何故ならオラクル細胞もアラガミもあの世界特有のものなのだから。
──確認しました。神代天人はユニークスキル「変質者」を獲得……成功しました──
声が響く。誰だ、お前は……。
──ドクン
また身体が脈打つ。奥底から響く声。
──喰らえ……喰らえ……──
こんな時でもそれかよ。本当に嫌になるぜ、アラガミの本能ってやつは
──確認しました。神代天人はユニークスキル「捕食者」を獲得……成功しました──
響く言葉、そう言葉だ。こうなった以上はまた次の世界へ渡ることは覚悟しよう。けれど言葉はどうなる?今までは最悪でも言葉だけは通じた。文字が読めないことはあってもそれだけはどうにかなったのだ。けれど次の世界は?今までは運良く俺の知ってる言語が通じたからどうにか生活できたものの、次の世界でも通じる保証なんてのは無い訳で。
──確認しました。神代天人はスキル「思念伝達」を獲得……成功しました──
──確認しました。リサ・アヴェ・デュ・アンクはスキル「思念伝達」を獲得……成功しました──
変質者だの捕食者だの思念伝達だの、訳の分からない言葉ばかり頭に響く。理子の持ってるボーカロイドの自動音声をもう少し流暢にしたような、けれどレキより起伏のないこの喋り方、一体どこから……。
しかし、そんな風に思案している間に、視界は変わる。世界は移る。
真っ暗闇だった視界に一筋の光が届く。やがてそれは俺の視界のすべてを覆う。一瞬目に入ったリサの、心細そうな表情すら覆い尽くしてしまう。
けらど、それでも俺はリサを抱きしめる。
「ご主人様、リサは、リサは次の世界でも……」
「あぁ、分かってる。どこへ行ったって俺とお前はずっと一緒だ……」
視界を覆う光がいっそう強くなる。俺は思わずリサを強く抱きしめる。
そして───
────────────
「うっ……」
目を開けると飛び込んできたのは眩しい太陽の光。それに思わず目を細めるが、少しずつ光に目を慣らすと見えてきたのは青い空、そして深緑の木々。ここは、どこかの森のようだった。だがどこだ?いや、分かるはずもないか。何故ならココは俺の知らない異世界だろうからな。
「リサ、は……?」
グッと身体を起こし、左右を見やると俺の左側にリサも気を失って倒れていた。近付き呼吸と脈を確かめる──良かった、正常だ。今はただ気を失っているだけか。
「リサ、リサ……」
頭を揺すらないように肩を叩き、名前を呼ぶ。すると……
「ん……あっ……」
うっすらとリサは目を開け、その目に飛び込んできた陽の眩しさにまた目を細める。
「リサ、気付いたか」
「ご主人、様……?」
「あぁ、俺だ。怪我は無いか?」
「ん……」
そう聞くとリサはとりあえず脚や腕を上げたり上体を起こしてあちこち自分の体を触ってみたりして異常がないか確認する。俺も、触れたり目視でリサの身体に特段の異常や怪我がないか確かめる。
「大丈夫そうです」
「あぁ、そうみたいだな、良かった」
「はい。けれどここは……?」
「それは俺にも分からん。俺も今さっき起きたばっかだからな。どうにも森っぽいが……」
「また、違う世界に……」
「かもな……。ま、ここでじっとしててもどうにもならねぇ。適当に行くか」
「はい。リサはどこまでも着いていきます」
リサの手を取り引っ張り起こすとそのまま俺達は手を握り合って歩きだす。進むべき方角すら分からないけれど俺はきっとこの温もりさえあれば大丈夫だ。
──────────
ジュラの大森林に2人の異世界人が現れてから数時間、その森の少し開けた所で向き合う炎の上位精霊ことイフリートと、同じく異世界からこの世界へと渡ってきた元人間の現スライムことリムルとその配下にある狼の魔物、ランガ。
さらにその後方で武器を構えるのはこの世界の冒険者3人組、カバル、ギド、エレン。
「ま、間違いありやせん!彼女は爆炎の支配者、シズエ・イザワ!イフリートを宿す最強の精霊使役者でやす……!!」
「イフリートぉ!?めっちゃ上位の精霊じゃねぇか!!」
「冗談でしょ!?伝説的英雄じゃない!!」
そう騒ぐ3人に対してリムルはただうるさいとだけ思う。
しかしその3人もただ驚き騒ぐだけではない。今まで世話になった恩人が苦しんでいる。例え相手が強力無比な上位精霊だったとしても、武器を取り戦う選択をする理由としてそれは充分すぎるものだった。
そして、それを感じ取れないほどリムルは無粋ではない。だからこそ、シズさんを救う、この3人と共に。そう決めるのだった。
「勝利条件はイフリートの制圧とシズさんの救出だ。……行くぞ」
リムルの声を狼煙にイフリートとの戦いが始まった。
つい、と空を指さすイフリートにリムルたちの視線が釣られる。するとイフリートの頭の周りに紅蓮の玉がいくつも浮かび上がる。それを腕を振り下ろすことでイフリートはリムルたちへ向けて殺到させる。
イフリートの放つ火炎弾をランガに騎乗したリムルは躱すことに専念する。ランガほどの機動力のないカバル達はカバルの持つ幅広の太刀を盾に、その雨あられと降り注ぐ炎弾を防いでいる。
ランガに接近するように指示を出すリムル。それに従い、イフリートの攻撃を掻い潜りながら炎の化身へ近付くランガ。
(くらいやがれ)
──水刃──
リムルが捕食者の胃袋に溜め込んだ水を圧縮。刃にして飛ばすスキル水刃。
しかしそれはイフリートの本体に届く前に蒸発して消えてしまう。
「我が主よ!精霊種に牙や爪などの攻撃は通用しません」
ランガの忠告を胸に刻み、攻撃手段を思案しながらイフリートの周りをランガ駆っているとイフリートの身体から炎が伸び、そこから複数のイフリートが姿を現す。
まだ有効な攻撃手段すら見つかっていない中での分裂。さらに苛烈に激烈に強烈になっていく火炎弾の嵐。しかしそこにエレンの愛らしい声が響く。
「水氷大魔槍!!」
エレンがイフリートに向けた杖の先から現れる魔法陣と、そこから飛び出す鋭い氷の礫。
それがイフリートの分身体の内の1体の肩を抉る。明確にダメージのある一撃。それはイフリートの分身体を消滅させるのには効果的な一撃だった。
──魔法なら効く──
リムルがそれに思い至り、彼女の氷結魔法を捕食しようとランガを氷の礫の射線軸に飛び出させようとした瞬間──
「赤雷よ……」
───バリバリバリ!!
突如として現れた赤い雷撃が空を引き裂くような音を立てながらイフリートの分身体を襲う。
けれどその赤雷は炎の精霊に対しては如何程の効果も影響も無くイフリートたちをすり抜ける。だがリムルが驚いたのはそこではなかった。
「に、日本語……!?」
そう、リムルの元に届いた言語。それは最近聞きなれた魔力感知でのこの世界での言葉でも世界の言葉でも大賢者の言葉でもなく、懐かしい、まだリムルが三上悟だった頃に使っていた言語。地球という星の、日本国という地域で使われる言語、日本語だったのだ。
リムルが雷撃の来た方向へ意識をやると、そこにいたのは左肩から爪のような翼を携えた異形の黒髪の人間の青年と、その背後で薄く透けるような美しい金髪を湛えた白人の美少女だった。
──────────
「なん、だ、あれは……」
リサと2人、森の中を歩いていると向こうの方でどデカい火柱が上がっていくのが見えた。この世界に来てからの唯一と言っていいこの世界を知るための手がかり。これを逃してはいけないと、俺の中の何かが告げる。
「リサ、飛ばしてくぞ」
「はい、ご主人様」
リサを背負い、俺は地面を蹴る。
前の世界でアラガミと戦うためにゴッドイーターとなった際、俺の身体には一定量のオラクル細胞が取り込まれていた。これのおかげでわざわざ聖痕を開かなくても常人には到達しえない身体能力を俺は手に入れていた。さらに左肩からディアウス・ピターのマントを展開、リサを覆うようにして風圧から守る。
グッ、と大地を蹴る脚に力を込める。聖痕を開ける。全身に力が漲っていくのを感じる。
──ダンッ──
さらに大地を蹴る。地面に蜘蛛の巣のようなヒビが入る。景色が流れる。オラクル細胞によって何倍にも引き上げられた身体能力をさらに強化の聖痕の力で激増させる。
そうして森を疾駆していくとすぐにいくつもの爆発音が耳に届く。そこで俺は地面を削りながら減速し、聖痕を閉じる。そうしてからまた駆け足で音のする方向へ向かっていくと、遂に森の開ける場所へ辿り着いた。そしてそこでは世にも奇妙な光景が繰り広げられていた。
そこにいたのは人型をした複数の炎の塊とそれが放つ炎の弾丸を躱しているどデカい黒い狼。と、その背中には何か水色の物体が乗っているのが見える。
また、その奥には炎の弾丸をガードするのに精一杯の男とその背後にそいつに守られている男女が1組。戦っているようだが、さてどちらに付くか、それとも静観すべきだろうか。どちらかと言えば、どっちかに肩入れしてそちらの信用を得、そいつからこの世界のことを聞く方が早そうだ。となると問題はどちらに付くか、なのだが……。
「ま、考えるまでもないか」
明らかに話の通じなさそうな化け物と背中の水色と何やら会話してる狼、さらにそいつらの敵ではなさそうな人間3人組。どちらに味方するかと言われたらまぁまずこちら側だろう。
「リサ」
「はい。お気を付けて」
リサを背中から降ろし、左肩のマントを刃翼へと変化させる。
そしてそれをつい今しがた分裂し複数に増えた炎の化け物へ向けると、同じタイミングで奥にいた女が持っていた杖から何やら氷の礫のような物を生成、射出。分身体の内の一体を貫き消失させた。
それに驚きつつも俺はそのまま雷皇の左腕を構える。
「赤雷よ……」
そしていつものように言葉に出すことでイメージを具現化。
並程度ならアラガミですら一撃の元に屠る神撃、赤い雷撃を炎の怪物へと叩きつける。
……が、向こうの世界では何であろうと貫き、破壊し、蹂躙し尽くした神の如き一撃は、炎の体を持つ化け物には全く効果が無く、ただただ空間を貫くだけだった。
「な、に……?」
まさかディアウス・ピターの赤雷が全く効果がないとは思わなかった。あれには物理攻撃は効かないということだろうか。
すると、先程氷の礫を放った金髪の女がもう一度杖を構える。その頭から、理子にやらされたゲームに出てきそうな所謂魔法陣的なそれが出現。ならばと俺は左腕を捕食形態に切り替え、一息に炎の化け物の頭を飛び越え、ちょうどその瞬間に発射された氷の礫を捕食。
「──……?」
着地際に左腕からタワーシールドを展開。炎の怪物が放つ炎弾から俺と氷を放つ女を含めた3人組を守る。
見やれば驚愕に染まった顔の3人。男2人の年齢は20~30代ずつだろうか。女の方はむしろ10代半ば、高校生くらいに見える。
それにしてもこいつらの服装、やけに既視感というか、見慣れた感じがするのは気のせいだろうか。
「……あ、れ?」
が、ここで問題が1つ。
さっき神機で捕食した氷の礫の魔法?が出ない。というか、完全には俺の中に捕食しきれていないのが分かる。胃袋には入っているけど消化しきれてないみたいな、そんな感じ。
「──、──!!」
すると、空中から水色の物体が飛び出してきて何やら音を発している。というか、何言ってるか分からんが言語っぽい。
そして何より、その水色、どうにもゲームに出てくる雑魚モンスターの代表格"スライム"のようなビジュアルをしていた。
「──!」
すると、金髪の女がその呼びかけ?に答えたのか、ただの迎撃か知らんが、もう一度杖から魔法陣を展開、そのスライムに向けて氷の礫を発射した。
実は三つ巴の戦いだったのだろうか。
しかしスライムは全身を大きく展開。自分に向かって放たれた氷の礫を取り込んでしまう。
「──!!」
そして(非常に分かりづらいが)反転。なにか叫びながら今度はそのスライムが自身の周囲にさっきの魔法陣を複数展開。そこからいくつもの氷の礫を射出し、分裂していた炎の体を持つ怪物を打ち消した。
「────。──」
スライムが何か言ったのは分かる。だがそれが何を言っているのかが今だに分からない。一体何語なんだ……?
「……───」
コイツは何を言っているのか分かるらしく、それに反応するようにしゃがれ声で炎の化け物が何かを告げる。
その瞬間スライムの足元から魔法陣が出現。そのままそこから火柱が上がり、スライムを業火で包み込む。
「──!!」
脇で見ていた狼が何やら叫ぶ。
が、それも束の間、炎は効かないらしいスライムが炎の檻からスルりと現れ、糸を出し炎の化け物を捕らえる。どうやらあの糸もスライムと同じく炎では燃えたり溶けたりしないらしい。
「────。──────、─────。」
何かを、告げる。これは多分「俺に炎は効かないぜ」とかそんなんだろう。後は「覚悟しな」とか多分そんな感じ。
すると、スライムはまた先程氷の礫を飲み込んだように全身を伸長し、炎の化け物を呑み込む。
そして炎が消え、陽炎の中から現れたのは明らかに日本人と思われる黒髪の美少女だった……。
「スライムさん、ありがとう……」
───────────────
「で、お前らは一体何者なんだ?」
「あ?」
爆炎の中から現れた美少女を受け止めたスライムが日本語で俺に問い質す。そして、木の影に隠れていたはずのリサにも気付いていたようだ。
後ろの3人はこのスライムの発する言語が分からず頭に疑問符を浮かべているが、どうにもこのスライムにそれを気にする素振りは無い。
「別の世界から来たって言ったら、信じるか?」
「……あぁ。実は俺もだ」
「……は?」
「いやな、実は俺、この世界に来る前は人間だったんだけど、その世界で通り魔に刺されて死んで、気付いたらこの世界に転生してたんだ」
「……へぇ、死んでも世界って渡れるのか……」
割と衝撃的な答えが返ってきている気もするが、それはさておき。
なるほど、この世界はいろんな世界に通じているようだ。そして、このスライムのような渡り方があるということは俺たちのような横紙破りの世界転移では無く、ルールに則った世界の渡り方がこの世界にはあるという可能性が出てきた。つまり今までのように世界を壊したり偶然を待つ以外にも帰る方法がある。それは俺たちにとっては大きな希望だ。
「異世界からの転生は珍しいみたいだけどな。けど異世界人は時々来るらしい。このシズさんもそのうちの1人だ」
「そりゃいい。俺達は帰る方法を探してるんだ。来れるなら帰れる可能性もあるだろ」
「かもな。俺は向こうで死んじゃったから帰る気も無いけど。……さて、行こう。シズさんが心配だ」
「俺らもいいのか……?」
「当たり前だろ。色々話も聞きたいしな」
「助かる」
「困った時はお互い様だ」
スっとこのスライムに従っていた狼が主を守るように寄ってくる。スライムは糸でシズさんなる人物を固定しながら自分もその背に乗る。
「足の速さには?」
「連れを乗せながらでもそれなりに」
「じゃ、少し急ごう」
────────────
あれから1週間ほど経った。
その間に俺はあのスライムのリムルからこの世界のことを教わった。
曰く、世界を渡る時に聴こえた声は「世界の声」という代物らしく、この世界が何らかの成長を認めた時とかにそれを告げるんだそうだ。
また、この世界には魔素と呼ばれるものが空気中に漂っていること、それを感じ取れば「魔力感知」とかいうスキルなるものが体得出来るらしい。というか、やったら出来た。世界の声も耳に届いた。ちなみにリサも「魔力感知」を獲得した。
また、俺が世界を渡る時に聴こえた「世界の声」をリムルに伝えると、スキルとかいう能力群についてもそれなりにレクチャーしてもらった。また、俺とリサの持っているスキルに関してはリムルも同じものを獲得しているらしく、(リムルのスキルであるらしい大賢者に)使い方や効果に関しても教わった。
まず俺の持つ「変質者」とかいう名前が既にヤバいスキル。これの機能は統合と分離。これを使い俺と俺の中のオラクル細胞を統合。結果的に俺の身体はほぼ完璧にアラガミとなったがまぁもう仕方ない。
また、イフリートというらしい炎の化け物との戦いの時に俺が神機の捕食機能で喰ったと思っていた氷の礫の魔法だが、実はあの時既に俺の持つスキル「捕食者」で捕食していたらしい。その「捕食者」に備わっている解析の機能が遂にあの魔法の解析を終え、俺のものとなった。
ただし、俺には魔素というものが全く無いため、魔法なんぞあっても使えないかと思いきや、これも「変質者」の力で解決した。
そもそも俺の持つ聖痕の力はあらゆるパラレルワールドが誕生するその前、世界がまだ分岐していない時の力を流入させる扉のような力で、そこに俺らのような聖痕持ちの身体をフィルターにすることで個々人様々な力を発現させているのだ。
それ故に、この世界の魔素なる力の大元は俺の持つ聖痕から流れてくる力なわけで、それが数多の分岐を経て変質したのが魔素なのだ。そして俺は「変質者」で解析した魔法と聖痕から流れてくる力、さらにオラクル細胞をも纏めて統合することにより、俺はほぼ無限の魔素量を手に入れたも等しかった。
また、元々この世界を渡る時に獲得していた「思念伝達」は、新たに獲得した「魔力感知」との組み合わせによって俺とリサのこの世界における言葉の問題はほぼほぼ解決したと言って良いだろう。
「いったのか」
魔法の訓練の為に篭っていた洞窟から帰ってくると、リムルの小屋から出てきたのは中性という言葉が良く似合う銀髪で小柄な人間だった。
しかし、その顔はシズさんに非常に似ていて、俺はそれで大概のことは把握した。
「それは、どっちがだ?」
「どっちもだよ。皆それぞれ、な」
「あぁ、逝ったし、行った。それでお前たちはどうするんだ?」
「お前らが良いなら、俺とリサはここに残りたいと思ってる。しばらく居て分かったよ。ここの奴らは信用できる。それに、帰り道を探すにしろ、拠点は欲しい」
「リサには話したのか?」
「あぁ。リサも同じ意見だった」
「そうか。なら歓迎するよ。神代天人、いや、タカト・カミシロとリサ・アヴェ・デュ・アンク」
「ありがとう。……俺達もこの町を発展させるのに協力しよう。俺は力仕事と戦闘力を、リサは対人交渉と金回りに家事全般を提供できる」
「そりゃ頼もしいな。何せこの世界は力で決まることも多そうだし。……リサは交渉事が得意なのか?」
「……少しだけだが俺の世界の事も話したと思うが」──
「武偵、か……」
「リサは俺たちの世界にいた頃は、金額交渉が出来るなら大概の物は7割引くらいで買ってきてた。おかげで銃弾には困らなかったな。ま、ここじゃ常識も違うだろうからそう簡単じゃねぇだろうけどな。それでも役に立つ時は来るだろうぜ」
今でこそこの町は森の魔物だけの閉じた世界だが、もっと外との交流や外交なんてものをやっていくならリサの力は必ず役に立つだろう。それこそ、俺の武力なんてもんは必要なくなる可能性もあるわけだ。
「ま、役割は後々決めてけば良いさ。とりあえず天人は狩猟班だな。魔法を使う練習にもなるしな」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
そうして、俺とリサが元の世界へ帰るための足掛かりとなる拠点が決まった。
けれど俺達はまだ知らなかった。この選択が、いや、俺とリムルがこの世界にやってきたことそのもそのがこの世界を大きく揺り動かす要因になるということを……。
────────────
「で、結局オーガさん達も連れてきちゃったと」
「テヘペロ」
「まぁ良いけどな。何せ今日は食い切れねぇ程肉がある。問題は無い」
今日の俺の警邏任務と食料調達のシフトはお休みだったため、急遽行うことになった宴会の準備を手伝っていた頃、洞窟に行くと言っていたリムルがその任務に出ていたゴブタやリグル、ランガらと共に戻ってきた。
戻ってきたのだが、面子がリムル以外に6人ほど増えている。
今日の宴会はリムルがシズさんを喰ったことで得た人間の姿、その人間に備わっている味覚の機能でもって普段は食べなくても良い食事を摂りたいと言い出したところから始まった。
それを聞いたゴブリン達はてんやわんやの大騒ぎ。リムルに如何に美味しいものを食べてもらうかでお祭りのようだった。
普段は貯めている肉等も放出するつもりだったため、今回の狩りで獲ってきた分も含めると、いくら森中のゴブリン達が集うこの町と言えどそう簡単に食いきれる量ではないから、中々食えそうな奴らの加入は歓迎するところでもあった。
「人間もいるのか」
俺の姿を見た赤髪長身のオーガが呟く。
後ろの色とりどりのオーガ達も一様に俺の姿に驚いているようだ。
「人間っていうならもう1人いるけどな。ま、そっちは後で紹介する」
「コイツは神し──あぁ……タカト・カミシロ。人間だけどここじゃ俺と並ぶ強さだ。縁あってここで暮らしてる」
「よろしく。えと……」
「俺達に名前持ちはいないよ」
「そんなこともあるのか」
「むしろこの町の魔物は全員名前持ちなんだろ?俺達からしたら、そっちの方がおかしい」
この町の魔物は一人残らず名前持ちなので、それが普通だと思っていたが、実はそんなことはないらしい。何だか本当にゲームの世界のようだ。
「ま、それはともかく今日は宴会だ。楽しもうぜ」
スっと割って入ってきたリムルの一声で、宴会が始まる。俺もリサの所へ向かうかな。
────────────
「オークがオーガに仕掛けたって!?そんな馬鹿な!!」
宴会の最中、ドワーフの国を追放されたらしい鍛治職人のカイジンの絶叫が響く。
俺達は今オーガ達がここに流れてきた理由を聞いていたところだった。
オークっていうと、二足歩行で槍を持った豚というイメージだが……。
ちなみにリムルはどっかで肉を頬張っている。
「事実だ。武装したブタ共数千に襲撃され、里は蹂躙され尽くした。300人いた同胞はもう6人しかいない」
「信じられん……。そんなことが有り得るのか」
「そんなにおかしいことなんすか?」
カイジンが赤鬼の話に驚愕していると、ゴブタが肉を頬張りながら顔を覗かせる。
「当たり前だ。オークとオーガじゃ強さの桁が違う。格下のオークが仕掛けるとは思えんし、何より……」
「──襲われる理由に心当たりはあるのか?」
カイジンの言葉を遮り口を挟む。
オーガ達からしたら全滅、なんて言葉は聞きたくないだろうしな。
「さぁな。俺達はオークとはそんなに関わりが無かったはずだが。だが仮面を被った魔人がブタ共の指揮を執っていた」
「魔人、ねぇ……」
魔人とやらがどんなものなのかは知らないが、つまりオークは誰かに唆されたってことなんだろか。しかし……。
「強さの格が違うなら例え数で圧倒されてたってそれなりの損害は向こうにもある筈だ。そんなミツバチみたいな戦法取るってことは、それなりにオークの中で目的がありそうなもんだけどな」
関わりが少ないということは恨みの線は薄いだろう。ということはそれ以外に何か、犠牲を出しても達成したい、オークの一族にとって大きな目的があるはずだ。
「それは……」
「───そりゃあ悔しいわなぁ」
「……リムル殿。肉はもうよろしいので?」
空気が重くなってきたところでリムルが乱入。
食休みだと言っているが、ここいらで一旦空気の入れ替えってことか。
そこでひとしきりオーガ一族の姫君、桃色の鬼の娘を褒めたところで話題転換。オーガ一族の今後の方針に話が及ぶが、こっちはどうにもノープランっぽい。そこでリムルから「この町を拠点にしないか」との提案。
実際、数千のオークが個体単位の実力差を無視してオーガの里に攻め込んだのだ。いずれこの町に来ないともしれない。その際にはこちらも戦力は多い方が良い。何せ戦いの基本は数なのだ。いくら俺でも数千か、下手したら万に上るやもしれない魔物の軍勢に対して、町そのものを守れる自信はない。
「悪いが少し考えさせてくれ」
「おう、じっくり考えてくれ」
悩んだ表情を見せたオーガの若長は、フラっと森の中へ歩いて行った。