セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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英雄とカリュブディス

 

 

「───というわけで、お客さんっす」

 

どういう訳かはよく知らんが、ゴブタがお客さんとして人間の集団を連れてきた。知ってる顔は3人。前にシズさんと一緒にいた冒険者パーティのカバル、ギド、エレンだけだ。この3人の中に加えて、前はシズさんのいた枠に強面のおっさんが代わりに入っている。部屋に入れたのはその4人と剣士の(ただし今は剣は折れてしまったらしい。そこをゴブタに助けられたんだとか)青年とその連れらしい若い魔法使い(?)が1人。ちなみに知ってる方の冒険者パーティは4人だったが、こっちの知らない方の青年の仲間内は他にも結構な人数がいて、そいつらは外で待ってもらってる。しかしまぁコイツら、やたらガラが悪い集団なのだが、こいつら本当に冒険者なのか?それともこの世界の冒険者とはああいう風なのもそこそこいるものなのだろうか。

 

「で、何の用だって?」

 

「知らないっすー」

 

リムルのごもっともな質問に軽く答えるゴブタ。

いやいや、それ連れてきちゃ駄目だろ……。なんで目的も分からん人間達を魔物の国へ連れてきちゃうかな……。

 

「……失礼」

 

コホン、と咳払いをして話し始めたのは強面のおっさん冒険者。こっちはカバル達の連れ、というよりこの人の連れがカバル達って雰囲気もあるな。

 

「私はフューズと申す者。ブルムンド王国の自由組合支部長をしています。私の目的は貴方に会うことですので、ゴブタ殿に案内を頼んだのです」

 

「俺に用?」

 

リムルに用、か。またオークロードの余波かな。

 

「今から10ヶ月程前になりますか。森の調査をしていた彼らから報告を受けました」

 

その彼らはポテチ擬きをうめーうめー言いながらバリボリ摘んでいる。確かにそりゃ来客用に出したものだけど、人が話してる時に少しは遠慮とか無いのかね。ま、ドライアドの姉ちゃんことトレイニーもやたら気に入ってボリボリ食ってたからそんなもんなのかもしれんが。

 

で、色々聞いたところ、結局彼らの用事とはシズさんの弔いに関してではなく、やはりオークロードに関して。

オークロードの出現の噂が流れ、調査の結果事実だと判明したのが数ヶ月前。その後その対策に浮き足立っていた頃に蒼影がその場に現れ、オークロードは片付いたというリムルからの伝言(かなり言うのが遅いが本人も忘れていたらしい。もちろんオークロードの噂もリムルが人間側も対策を取れるようにわざと流させたものなのだが)を伝えたっきりどっかへ行ってしまった。リムルの名前は噂では聞いていたが、森の魔物を統べる魔物の国の王。そんなものがいたんじゃオークロードがいなくなろうが人間からしたら脅威の度合いとしてはそんなに変わらない。そのためそのリムルがどんなもんなのか調べに来たんだとか。ガゼル王が来た時とほぼ同じ目的だった故、リムルがその名前を出し、本来この時間に打ち合わせの予定だったために入室してきたベスターを見てウチとドワルゴンの盟約というリムルの話に確信を持ちつつさらにカイジンの名前まで出されて完全にフリーズ。彼らドワーフ達は人間の社会の中でもかなり有名らしいな。

 

「で、そっちの兄ちゃん達は何しにに来たんだ?」

 

固まっちまったフューズはしばらく放っておいて、次はガラの悪い方の集団だ。

 

「君らもブルムンドの自由組合から来たのか?」

 

と、リムルが聞くと、

 

「その前に聞かせてくれ」

 

青年剣士の方からまずは質問が。

 

「───なんでスライムが喋ってんだよ」

 

そこかよ。てかこの世界のスライムって喋らんのね。リムルがペラペラ喋るから気にしたこと無かったな。というか、基本的にウチの魔物は皆喋る。そりゃ個人個人で口数に差はあるが、確かによく考えたらリムルに口無いな。言われるまで忘れてたぜ。

 

「だっておかしいだろ!何で誰も突っ込まないんだよ!!スライムだぞ!?後ろの強そうな奴らを差し置いてなんでこんなプルップルなのが偉そうなんだよ!?」

 

言われてみればごもっともすぎて返す言葉もねぇ……。そうか、そうだよな……。やっぱどこの世界でもスライムは雑魚モンスターの典型だもんな……。鬼人とか魔王とかいるのに真ん中にいるのスライムだもんな……。多分この人ミリムが魔王だって気付いてなさそうだけど。

 

「リムル様に無礼ですよ?」

 

「うるさい黙ってろおっぱい!!」

 

───ゴンッ!!ガンッ!!

 

「あ、つい……」

 

「ついじゃねーよ」

 

捲し立てた青年に対し、紫苑が文句を付けた瞬間に恐らくは反射的になんだろうがセクハラ紛いの発言で返してしまったのが運の尽き。短気が服着て刀振り回してるタイプの紫苑はこれまた反射的に鞘に仕舞ったままの大刀で青年の頭をぶん殴り、彼の頭が思いっきり机にたたきつけられた。うわぁ、痛そ……。半分は自業自得だけど……。ちなみにミリムはそれを見て「シオンは短気すぎるのだ」とわははーって笑っていた。さしもの紫苑もミリムにだけは言われたくないだろうなぁ……。

で、リムルに回復薬で治してもらいながら話してもらったところ、彼の名前はヨウム、横の少年はロンメルと言い、ロンメルはヨウムと外のガラの悪い連中のお目付け役らしい。彼らはファムルス王国という所から来た調査団で、オークロードの調査を任されていたらしい。だが目に見えて危険なこの任務。ファムルス王国は正規の軍隊を派遣せず、国の中でも下層に位置する人間達を寄せ集めてそれをヨウムに纏めさせて派遣することにしたらしい。どうりでガラ悪いと思ったぜ。また、もちろん装備も整える気は更々無い上に成功報酬を弾むタイプとも思えないのに、なぜ彼らはそれに従ってるのかと思いきや、どうやらロンメルが言うことに従わせる強制魔法とやらを掛けていたらしい。凄まじいなこの世界。

が、どうにもそれは既に解いてしまったのだとか。ロンメルは自分たちを使い捨てる気満々の国よりこのヨウムという男に着いていくと決めたらしい。ちなみに、ロンメル以外は全滅したことにしてロンメルは1度国へ帰り報酬を受け取る。その後ヨウムたちと合流して別の国へ流れ、そこで冒険者パーティとして食っていくつもりだったらしい。このクソみたいな任務を請け負ったのも、実際にオークロードがいたならば国の奴らが危ないから、という理由だとか。なるほどねぇ、まさしく正義の味方って感じだ。ちょっと態度は悪いけどな。

 

「ちょっといいか、フューズさん」

 

「……はっ!?」

 

フューズもようやく気付いたようだ。で、このリムル、何やら企んでいる顔をしている。そしてコイツがこういう雰囲気の時は大抵周りは否応無く巻き込まれていくんだよな……。

 

「豚頭帝が倒されたっていう情報は既に知れ渡っているのか?」

 

「あ、いえ。使者殿が来た時に居合わせたのはそこの3人と私だけですので……。知らせたのはブルムンド王国の国王と1部の大臣のみ。一般には公表されていません」

 

ま、いきなり知らん魔人がやって来て流した情報だしな。確定情報として国中へ流すのはあまりに情報に対する意識が低すぎるか。

フューズもそのような理由でまだ公表されていないと続ける。

 

「なるほどな、なら好都合だ。……よし決めたぞヨウム君」

 

ポテチを1皿分平らげてまだ食い足りないらしいエレンがヨウムからポテチを笑顔でせしめているうちにリムルから話が振られる

 

「君、英雄になる気はないかね?」

 

 

 

────────────

 

 

 

リムルとしては、人間から見たらオークロードがいなくなってもそれを潰したのが魔物の国となると脅威が去ったとは言えないこの状況。

だが、そのオークロードの調査に人間様御一行が乗り出している今、その功績を全部そいつらに押し付けた上で自分らはただそれを支援した良い魔物って立ち位置を確立するのがリムルの狙い。また、こちらの国の状況をある程度は把握しているフューズも協力してくれるそうだ。もちろんヨウムは大反対だったが、この国の魔物の住民1万人余りが全員残らず名前持ちの魔物だと聞いて押し黙ってしまった。そしてどうやら俺はこの世界の魔物と人間の力関係を正確には把握出来ていなかったが、俺たちの国は人間の国1つ滅ぼすことは比較的容易いらしい。いやね、だからそういう反応を避けたくてリムルはこの計画を進めようとてるんだってば。

 

「この計画の要は君だ。良い返事を貰えたなら嬉しいけど無理強いするつもりはない」

 

「……ガラじゃねぇよ。それに、そんなのそっちの人間にでもやらせりゃいいじゃないか」

 

と、ヨウムは俺を指さす。けどそりゃ無理な相談だ。何故なら───

 

「そりゃ無理だぜ。なにせ俺は世間的には住所不定無職だからな。というか、俺はこの世界に生まれ落ちた記録が無い。世間的には俺という人間は存在してないんだ。そんな奴、誰が信用する?」

 

「何だよそりゃ……」

 

「そもそも俺は異世界から転移してきた人間だ。確かに俺の力ならオークロードを倒しても不思議じゃねぇ。けど、それを信用させるための身分が無い。だけどお前なら少なくともお前の故郷の人間がお前を知っている。そこに俺たちの力でちょっとばかし箔を付けるっていう話だ」

 

「異世界ってそんな馬鹿な話が───」

 

「あるのだぞ。この世界には時々他の世界から迷い込んでやってくる人間がいるのだ」

 

「あ?何だガキ、子供が大人の話に口出し───」

 

 

───ゴッ!!

 

 

「あっ……」

 

またもや不用意な発言でヨウムが殴られた。今度はせっかく良いことを言ってたミリムに。それに俺たちの声が重なる。

 

「ミリム様……」

 

「お前、このタイミングで暴力とか……」

 

「ち、違うのだ!アイツがガキとか言うからつい……」

 

必死に弁明するミリムだったけど、さすがに今回は俺もあんまり弁護できないな……。いやまぁ確かにヨウムも不注意だったんだけど。

 

「……で、俺に勇者の真似事でもさせようってのかよ」

 

「勇者はダメだぞ」

 

と、またもやミリムが会話に割って入る。しかし、さっきとはまた違った雰囲気だ。

 

「勇者は魔王と同じく特別なものなのだ。勇者を自称すれば因果が回る。長生きしたければ精々英雄を名乗ることだ」

 

あ?魔王とか勇者ってそんなルールあんの?前に軽い気持ちでミリムの誘いに乗ってたらヤバかったんじゃねぇかそれ?

 

「まぁ、勇者になれとは言わない。ただオークロードを倒した英雄になる話、本当に無理強いするつもりはないんだ。考えてくれないか?」

 

「……外に出ても良いか?」

 

「もちろんだ」

 

 

 

────────────

 

 

 

結局、ヨウムはリムルの提案の下に英雄になる決断を下した。その後ほ数週間ほど黒兵衛が武器を作り朱菜達が衣類を整え、白老が鍛え上げて、体裁を整えていく。

そしてようやく出立の日、ヨウムとその一団は英雄と名乗るに相応しい男共へと成長していた。ま、20万の軍勢だとか最後には魔王種へ進化したとかそこら辺のヤバさは知れ渡ってないみたいだし、大丈夫だろうよ。

 

「なんだ、もう行くのか?」

 

とてとてと、ヨウムを達お見送りをしている俺達を見つけたミリムが寄ってくる。

 

「あ、ああ。ミリムさん」

 

なおヨウムはミリムにぶん殴られた後から彼女には及び腰だ。

 

「しっかり頑張るのだぞ」

 

と、背中をぽすっと軽く叩かれただけで緊張しまくってる。

 

「良かったなヨウム君。魔王の激励なんてそうそう受けられるものじゃないぞ」

 

「え?魔王?」

 

あら?ヨウムはミリムが魔王だって知らなかったのか。それもいまだに。一緒にカレー掻き込んだりしてたのにな。

 

「そういえばちゃんと紹介してなかったな。こちらは魔王ミリム・ナーヴァ」

 

「なのだぞ!」

 

と、俺の紹介に可愛らしくピースで応えるミリム。なおヨウムは「えーーー!!?!?」と、大変に驚いていた。

最後はグダグダになってしまったが、そんな風にヨウム一行は旅立って行った。

 

 

 

────────────

 

 

 

「あっちにいるのだ」

 

「あいよ」

 

「こっちなのだ」

 

「了解ですぅ」

 

「お、あそこにもいるのだ」

 

「はいでやす!」

 

ヨウムが旅立った後、何故かフューズ御一行は魔国連邦にお泊まりしていた。なので飯と宿を提供する代わりにカバル達には俺達の食料調達という名の魔物狩りを手伝ってもらっている。そしたらミリムも着いてくると言うので、まぁ戦力的には最強なので特に文句も無く連れてきたが、やたらと魔物の発見が早い。おかげで不意打ちも決めやすく、狩り自体は非常にスムーズに進んでいた。

 

「こんなもんか?」

 

「これ以上は持ち帰りきれないですよぅ」

 

「そうだな。じゃあ俺達はコイツらを纏めて縛っておくから、ミリムとエレンはリムル達を呼んできてくれ」

 

「おう!」

 

「はーい」

 

まだまだ元気そうなミリムとそれに着いて行くエレンを見送る。さて、俺達も狩りに狩った魔物共を纏めておかないとな。

 

「あの氷の魔法、前にエレンのを喰ったやつっすか?」

 

と、ギドが聞いてくる。

 

「んー?あぁそうだよ。あれからずっと使わせてもらってる」

 

オークロードとの戦いの際も使ったが、今の俺の元素魔法は「変質者」で聖痕の力と魔素を統合したことにより1つ上の段階へと上っていた。そしてそれを使いこなす訓練も自分なりにはキチンとやっているつもりだ。前は俺一人か、良くてリムルや鬼人の誰かが手伝ってくれたが、今はミリムがそれに付き合ってくれている。最強魔王の特訓は、それはそれはハードなのだ。そのおかげで俺の魔法はさらにバリエーションや速射性も備わってきた。

 

「今じゃ姉さんより上手いっすよ」

 

「まぁそれなりに特訓してるしな」

 

「それに、その剣も流石カイジンさんと黒兵衛さんの打った刀って感じだな。すげぇ斬れ味だったし」

 

「これな。俺の魔素を通して斬れ味とか上げてるんだよ。もちろん魔素を通しやすくするために色々あの人らには無茶言ったけどな」

 

今の俺のこの世界での得物は「天星牙」という銘を持つ片刃の大刀だ。

これは、オークロードとの戦いの時に使った「夜天」を素材に、さらにリムルから魔鉱を提供してもらって打ったものだ。それも、ヴェルドラが封印されていたという洞窟の中、その奥の魔素濃度の高い所でだ。もちろん、そんな所カイジンさんでも難しいので鬼人である黒兵衛と俺だけでやることになった。そこで俺の魔素すら注ぎながら打ち込んだそれは、俺の魔素によく馴染み、斬れ味良く射程距離も自在に操れる魔剣と化した。その上込めた魔素を斬撃として飛ばすことや、俺の中にあるアラガミとしての力、ディアウス・ピターの赤雷やハンニバルの炎を纏わせることもできる。

 

「へぇ……。しかし、そんなデカい刀振り回すのもそうっすけど、何よりその刀とあれだけの魔法を連発してよく魔素が保つっすね」

 

「あぁ、まぁそこはほれ、異世界から来た人間は魔素量も多いんだと」

 

ちなみにコイツらは俺が異世界から来たことを知っている。言いふらすなとは言ってあるし、そもそも異世界人は珍しいとは言えそもそもシズさんもその1人だったのだ。コイツらの中に収まるなら問題はあるまいて。

 

「それより、俺はミリムさんとリサさんとの関係の方が気になるね」

 

と、魔物の死骸を纏めながらも話を進めていたところでカバルが話題転換。さっきまでの比較的真面目な話から急に恋バナに話が流れる。

 

「あ、それはあっしも気になってやした。前に会った時はそんなに話せなかったっすけど、リサさんとはそんな感じなのは分かりましたけど、今はミリムさんとも仲良いっすもんね」

 

「実際、今はどっちと付き合ってるんだ?」

 

「はぁ……」

 

ま、恋バナの方が盛り上がるのはどの世界も共通か……。別に、隠してるわけじゃないし、いいか。

 

「どっちともだよ」

 

「え?」

 

「は?」

 

「だから、どっちとも付き合ってる。元々俺はリサと付き合ってたけど、リサはちょっと特殊でな……。自分が愛されるのなら自分の男が他にも恋人作るの許容できる……っていうか英雄色を好む、とか言ってそれくらい甲斐性見せろとかで積極的に推してくる」

 

「え、えぇ……」

 

「で、前にミリムが俺達の街に来た時に戦ってな。どうにもその時に気に入られたらしいんだが」

 

あの後、実は俺はミリムに「どうして俺を好きになったのか」ということを聞いたことがある。だってそうだろう?ただ1度戦っただけの、それも人間の男。どうして魔王ミリム・ナーヴァが惚れる要素がある。別に顔が凄くイケメンって訳でもない。武偵高にいた時も「なんでアイツがリサさんと」とそれこそ女子から言われていたのは知っている。だからこそ気になるのだ。何故俺なんだ?と。

そうしたらミリムの返答はこうだ。

 

「さあな。本当のところはワタシにも分からないのだ。けど戦って、強い奴、面白い奴だと思って、話している内に、な……」

 

───話している内に?

 

「トキめいてしまったのだ。自分でもよく分からないのだ。けどリサがタカトに抱きついた時にワタシは確かに嫉妬したのだ。それに、お前は割と最初からワタシを女の子として扱ってくれている。他の男からそんな風に扱われたのは初めてだだ」

 

───それだけ、か?

 

「それだけで充分だったのだろう。それに今もこうしてタカトはワタシを女として扱ってくれるじゃないか。だからどんどんお前のことが好きになっていくのだぞ?」

 

───そうか。

 

「そうだ!」

 

 

 

その時のミリムの笑顔はいまだに瞼に焼き付いている。俺が思っていたより薄い理由だったと思う。けど、人が、いやたとえ魔王であっても誰かが誰かに恋をするというのは案外そんなもんなのかもしれない。

そして俺はそれに応えた。確かに外堀を埋められて、半ば強引に頷かされたと思わないでもない。けど、それでもそれは俺が出した答えなのだ。だって、俺にはリサがいるから応えられない、俺は1人しか愛せないと言えばそれで何も問題はなかったはずだ。戦うにしたって、あそこではなくもっと誰にも被害の出ない場所を選ぶくらいの猶予はあったはずだ。それでも俺はミリムの想いに応えることを選んだのだ。ミリムの、拙くて曖昧だったけど、確かにそこにあった想い。だけど俺は、ミリムに同じように恋を出来るだろうか……。

 

「……ま、それはともかく、さっさと纏めちまおうぜ。早くしないとリムル達が来ちまうよ」

 

「あ、誤魔化した」

 

「うっさいよ」

 

「へーへー」

 

「ん?来たか」

 

「あ、おーい!こっちでやすよー」

 

そんな話をしているうちに魔物の死骸は纏め終わり、ちょうどよくリムルと紫苑、ミリムにランガがやってきた。が───

 

「あ?」

 

背後から何者かの気配がする。

 

「ミリム様!!」

 

「うむ!」

 

「何者です!?」

 

紫苑がリムルをミリムに預け、刀を抜き警戒モード。俺も地面に突き刺して置いてある「天星牙」を抜き払う。

 

「いや、その人は敵じゃない」

 

が、リムルはいち早くそいつが誰か気付いたようだ。魔物を纏めた麻袋の影から現れたのはどうやらドライアドのようだ。だがトレイニーじゃあない。見たことはあるような気がするんだけどな。

 

「……私は樹妖精のトライア」

 

「覚えてるよ、ガゼル王が来た時にトレイニーさんと一緒にいた」

 

あぁ、あの時にいたのか。

 

「で、その殺気はどうした?」

 

ドライアドならまさか襲いにきたって訳じゃないだろうが、やたらと殺気を纏っているのが気になる。まさかそれで獲物狩りすぎだなんて言うつもりじゃないだろうし。

 

「ご報告申し上げます。暴風大妖渦(カリュブディス)が復活致しました。そして、かの大妖はこの地を目指しております」

 

 

 

───────────────

 

 

 

『困ったな』

 

『あぁ、非常に困ったことになった』

 

目の前では白老やリグルド、その他ゴブリンの重鎮たちがてんやわんやの大騒ぎ。そして俺と俺に抱えられたリムルは思念伝達でこっそりこの非常事態に困惑していた。そう、俺たちの思いは共通だった。

 

 

───カリュブディスって何?───

 

 

 

────────────

 

 

 

カリュブディス、暴風大妖渦(カリュブディス)

「大賢者」によると、そいつは知性も理性もなくただ破壊を繰り返す災厄級の魔物。しかも、死亡後一定期間で復活を果たす性質を持っていたために勇者により封印されていたと。

しかも肉体を持たない精神生命体とかいうものらしく、顕現には死体やらの依代となるものが必要なんだとか。何でそんなもんが復活出来たのか、そして何故こっちへ向かっているのかは不明。だがそいつを堕とさなければ俺たちの街が潰される。それだけは確定のようだ。ならやるしかねぇだろう。

 

リムルも俺と同じ意見。そしてフューズによるとカリュブディスはその能無し故に災厄級止まりらしいが、パワーだけなら天災級、つまり魔王にも匹敵する化け物らしい。そして魔王と聞いてリムルが退けるわけがない。魔王レオンをぶん殴るのがリムルの目標なのだ。その程度の相手に臆している場合じゃない。

 

「ご主人様」

 

「あぁ、行ってくるよ」

 

「はい、ご武運を」

 

「ああ」

 

そっと、リサに口付ける。俺達のいつものルーティン。戦いに出る時はなるべくこうするようにしている。こうすると俺も絶対に帰ってくるという気持ちがより強くなるからな。

 

「あぁ!?」

 

なおミリムはそれを見て「ワタシもワタシも」とキスをせがむ。まぁ、ここでミリムにはしないってのも悪いよな……。

なおその瞬間には周りの皆さんからは凄まじく刺々しい視線を頂きました。

 

で、カリュブディスを迎え撃つのはドワーフ王国へと伸びる街道。せっかく整備してくれたゲルド達には悪いが、街中でやらかすよりはマシだろう。もちろん非戦闘員は皆避難してもらっている。

 

「ヴェルドラの申し子?」

 

ドライアドからもたらされた情報によれば、カリュブディスはヴェルドラから漏れ出た魔素溜まりから発生した魔物らしい。つまり、本能的にリムルの中のヴェルドラを目指している可能性がある。また、カリュブディスはエクストラスキルである「魔力妨害」を持っていて、魔素を媒介とする攻撃はほぼ効かないらしい。さらに「超速再生」すら持ち合わせ、物理攻撃も当てた傍から回復されるらしい。……頭おかしいのでは?

しかもしかもその上で異世界から召喚した魔物、空泳巨大鮫(メガトロン)を複数従わせているんだとか。で、そいつらも「魔力妨害」を持ち合わせているらしい。アホか。

 

「ふっふっふ。何か忘れているのではないかね?」

 

「ミリム!!」

 

リサにやったのはあれはお見送りのキスだったのに、何故か着いてきてしまったミリム。まぁミリムなら戦闘に巻き込まれようと足手まといにはならないからマシなんだけど。ていうか戦ってくれるならこれ以上の戦力はない。

 

「デカいだけの魚などワタシの敵ではない」

 

だろうな。けど、俺は───

 

「そのような訳には参りません。ミリム様」

 

と、その魅惑の誘いをお断りする紫苑と朱菜。彼女ら的には俺たちの街の問題であって、何でもかんでもミリムには頼れないんだとか。本当に困ったら相談しますとは言っているが、リムルは本当に思案顔してますよ……?ま、ミリムに頼らないってのは俺も同意見だがな。

 

なおミリムも「そっか……」としょんぼりしながらチラリとこっちへ助け舟を求めてくる。

 

「……あー、まぁ今回は俺もいるから大丈夫だろ。それになミリム。……俺は自分の女はなるべく守りたい質なんだよ。だから今回は俺に守られてくれ」

 

「うぅ……」

 

最後に小声で付け足し「な、リムル」とリムルの肩を叩けば、リムルも半ばやけクソで「俺を信じろ」と胸を張る。

 

「……来たぜ」

 

その直後に感じた気配に俺とリムルが一斉に顔を上げる。すると、空の彼方から黒い影が数十個。おでましだぜ、カリュブディスとメガトロンとやらがな。

 

「腹括るしかないな」

 

「ミリムじゃないけどな。デカい魚なんぞ3枚に下ろして終わりにしてやるよ」

 

カリュブディスと奴が従えるデカい鮫が30匹程。

 

 

───さぁ、開戦だ。

 

 

 

────────────

 

 

 

───ボオッ!!

 

 

開戦の狼煙は紅丸から。

紅丸の放った黒炎獄がカリュブディスを中心にお供ごと焼き尽くす。

だが堕ちてきたのはメガトロンとかいうでかい鮫が1匹だけ。そもそも、あの技はまともに喰らえば炭化すら許さずその結界内のモノを消滅させるような火力の技だ。それを食らってなお焼け焦げただけの時点で「魔力妨害」ってのがどれだけ厄介かはすぐに把握出来る。しかも、本命のカリュブディスはもはや痛みすら感じていないようだ。

 

 

──グギョオオオオオオッッッ!!──

 

 

カリュブディスが吠える。耳を塞ぎたくなるその高音に呼応するように、メガトロン達が一斉にこちらに向かって飛び掛ってきた。コイツら、どうやって飛んでんだ?翼もなく推進力も無いのに飛べるもんかね。まあ、それはそれ。細かいことは後でリムルが調べるだろう。俺のやることなんてただ1つ、つまり───

 

──目の前の敵を切り裂く──

 

俺に向かってきた1匹に対し、俺は「天星牙」を抜き放つ。そしてメガトロンとすれ違うようにその刃を叩きつける。「天星牙」の斬れ味は流石のもので、メガトロンの硬い鱗と分厚い肉とをメガトロン自身の重さと速度によって容易く切り裂く。

 

流石に顎から頬を切り裂かれた程度では死なないらしいが、これで終わりだ。

 

俺はメガトロンの頭部へ跳び上がると、そのまま「天星牙」を叩きつける。そして刃を食い込ませたところでその刀身から魔素を放出。脳ミソまで破壊する。それにより流石に完全に沈黙するメガトロン。俺は学校のプール位はありそうなその巨体を左腕で「捕食」。少し時間が掛かったが丸呑みにした。さて、コイツは後でじっくり解析だな。

 

「先に空泳巨大鮫を片付ける!各隊引き付けて各個撃破しろ!」

 

と、リムルの命令を受けたらしい紅丸からの指示。見るとカリュブディスには動きはなく、あくまでメガトロンに俺達を相手取らせる腹のようだ。知能は無いって触れ込みだったんだが、これも習性とかなのかねぇ。

 

俺は、ちょうど目の合ったっぽいメガトロンの周囲に魔法陣を展開。「水氷大魔裂破」による氷の槍で滅多刺しにしていく。しかし、どうにも魔法のキレが悪い。魔法陣の維持も何やら揺らいでいるし、なるほどね。これが「魔力妨害」ってやつか。

 

「……2匹目」

 

されど俺は物量で押し込み、魔氷の槍を100程打ち込んだ辺りでメガトロンは墜落していく。そいつを氷の足場を伝って頭をかち割り確実に息の根を止めておく。

 

……気になるのは、何故ヴェルドラすら封印し続けられた勇者の封印を破ってコイツが出てこれたのか、だ。俺の見立てでは恐らく第三者が封印を解き、コイツを解放したんだと思っている。だがそれが誰かまでは流石に分からない。オークロードとの戦いを見ていた他の魔王、クレイマンとフレイとか言ったか。アイツらのどちらか、もしくは両方が結託している可能性はある。また、そいつらじゃななくとも少なくともカリュブディスを解き放った奴はこの戦いを見ているだろう。ならば俺はあくまで白焔の聖痕に頼らず、かつ強化の聖痕にもあまり頼らずに戦い抜いた方が良いだろう。もちろんアラガミの力もあまり使いたくはない。さっきは「捕食者」を使うために左腕を使ったが、もうあれは使わない方が良い。

 

そうしている間にさらに数匹のメガトロンがゲルドとガビルのタッグや蒼影ら鬼人組の活躍によって撃墜されていく。

 

 

残り22匹───

 

 

さらに俺の元へ1匹のメガトロンがやってくる。

なら試してみようか、俺の大技を───

 

 

───絶対零度(アブソリュート・ゼロ)───

 

 

ありったけの魔素を練り上げて生み出した氷の元素魔法による絶対零度の世界。その中ではあらゆる物質の分子運動は停止に近付く。たとえ「魔力妨害」とかいうスキルで魔素の動きを乱されようが、それすら上回る魔素量とコントロール、密度で押し潰すだけだ。

 

コイツらには確かに魔法は効き辛い。けどな、無効にしてるわけじゃねぇのは紅丸の先制攻撃で分かってんだよっ!

 

 

──ドオォォォン──

 

 

と、メガトロンが氷漬けにされて地に落ちる。

 

「天人!!」

 

リムルの叫び声が聞こえる。

安心しろよ、何の問題もねぇから。

 

俺は振り向き様に天星牙を振り抜く。その切っ先からは圧縮された魔素が斬撃となって飛び出した。やってることは鎧牙に積まれてた黒覇と同じだ。だが単純故に扱いやすく火力も出る。

 

俺が凍らせたメガトロンのさらに背後から別のメガトロンが突進してきたのだ。だが来るのは分かっていた。だから俺も誘わせてもらったんだよ。

 

──裂空天衝──

 

これは、天星牙に込めた魔素を斬撃として飛ばす技。この機能こそ俺が求めた力。もちろん、それだけに留まるわけじゃねぇがミリム以外には初お披露目になるな。

 

圧倒的な密度の魔素の刃を受けて、「魔力妨害」を備えたメガトロンを真っ二つに引き裂く。その間にも少しずつメガトロンは減っていき、これで残り15匹。

 

俺は空を見上げると天星牙から魔素を放出。それもさっきのように斬撃として飛ばすのではなく、推進力として地面へ向けて放出。それにより俺は空へと跳び上がる。さらに狙いを定めたメガトロンの頭上まで高度を上げると今度は刃に魔素を溜めながら足元に氷の足場を作り、それを蹴ってメガトロンへ向かう。

 

そしてすれ違いざまに一閃。

魔素によりリーチの伸びた天星牙の一撃でメガトロンの首を落とす。

 

「ゴアァッ!!」

 

と、俺を囲み食い千切ろうと突撃してくるメガトロン達が4匹程。考えたつもりかもしれねぇけどな……。

 

 

──水氷大魔裂破──

 

 

俺の周囲に20程の魔法陣を展開。そこからありったけの氷の槍を射出。喉や眼球、果ては頭蓋までも貫く魔槍。さらに自然落下している俺はすぐにメガトロン達の腹へともう一度10の魔法陣から「水氷大魔裂破」を叩き込む。目や頭や内蔵を貫かれて俺と共に地面に落ちていくメガトロン達。けれど俺は寸前で氷の足場を展開。地面に降りることなくメガトロン共を見送る。残り数匹。鬼人だけじゃない、ゲルドやガビル達も獅子奮迅の活躍だ。さて、じゃあ俺も魅せてやりますかね。

 

俺がこの戦闘で見せて良いのは最初の捕食に加え、氷の元素魔法と天星牙の通常機能。それと、それらの合わせ技まで。つまり、あと1枚まで俺は伏せたカードを切ることができる、というのが俺が「カリュブディスをけしかけた奴がいて、そいつが見ている」前提で自分に課した制限だ。

そしてその最後のカード、元素魔法と天星牙の合わせ技、拝ませてやるよ。

 

「ミリム!!」

 

空でリムルと一緒に戦況を見つめているミリムに声を掛ける。

 

「何だ?」

 

「俺からお前に華をプレゼントしてやる!」

 

「おぉ!それは楽しみなのだ!」

 

「よく見てろ!!」

 

 

──さぁジャンヌ、お前の技、借りさせてもらうぜ──

 

 

俺は、天星牙に魔法陣を展開。そのまま氷の足場を作りながらメガトロンへ向かっていく。向こうも俺に狙いを定めて突撃してくる。

 

「これが!俺がお前に贈る氷の華だ!!」

 

 

──オルレアンの氷華!!──

 

 

振り切られた天星牙から溢れ出る魔力の奔流。それは魔氷となりメガトロンを貫く。そして腹から背中側へと突き抜けた氷の槍は、その穂先から大輪の華を咲かせる。

元はイ・ウーの参謀役であったジャンヌ・ダルク30世の必殺技。それを俺が元素魔法と聖痕と統合させた魔素により大規模に再現したものだ。

巨大な氷の華を咲かせ、敵を貫く。別に華なんて咲かせなくても良いのだけど、そこはそれ。必殺技感を大事にした。あとは理子的に言えば原作再現ってやつだ。理子曰く、これが大事らしい。

 

「凄い!凄いのだ!!」

 

と、巨大な氷花にミリムも大喜びの様子。

そして、同時に他のメガトロンも狩り尽くしたようで、空に浮く巨大な影は残り1つ。さて、残るはお前だけだぜ。カリュブディス。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ギギ……キィィ……

 

最後のメガトロンを倒されたカリュブディスから高音域のやたら耳障りな音が響く……。

ようやくカリュブディス様直々に動き出すってことか?

 

「来るぞ……」

 

ギギギ……ギギ……キイィィィ……

 

 

──パッ──

 

 

それは鱗なのだろうか、カリュブディスの身体から放たれた無数の刃のようなものが俺達を切り裂こうと迫ってくる。

 

「地上は任せろ!」

 

「おう!」

 

リムルは空へ、俺は地上で、それぞれカリュブディスから放たれたそれを迎え撃つ。

俺は頭上5m程の位置に大量かつ大型の魔法陣を複層展開。

 

 

──水氷大魔防壁(アイシクル・スヒルトゥ)──

 

 

ガガガガガッ──

 

俺の作りだした氷の壁に鱗が激突していく。それにより氷の壁は多少削れるが、問題はなさそうだ。

 

「かたじけない」

 

「こ、これ大丈夫でありますか!?」

 

「あ?今は仲間だろ。気にすんな」

 

地上のガビルやハイオーク達、それからゴブリンライダー部隊を守るように壁を展開していく。

そして、空中ではリムルの新技がお披露目されているようだ。一瞬にして無数の鱗の刃を消し去る大技。そして、そのままカリュブディスに張り付き、捕食を試みるリムル。だが流石に本体の捕食は難しかったようで、弾かれてしまった。さらに目からビームを放つカリュブディス。

 

「全員持てる手段を尽くしてカリュブディスを攻撃しろ!効きが悪くても構うな。奴に回復する隙を与えるな!!」

 

そのビームをリムルが躱したところで紅丸から号令。とにかく一斉攻撃とのこと。

その声に合わせ

朱菜やドライアドらが魔法での負傷者治療に回り、攻撃部隊はひたすら攻撃に転じる。さらにドワーフのペガサスナイツも応援に来てくれた。

 

「水氷大魔豪槍雨!!」

 

カリュブディスの頭上にその全身を覆うほどの魔法陣を展開、氷の槍をその巨体に叩きつける。

が、それに如何程の効果があったのか。引き裂いたその肉体は壊した傍からスキルの効果によってか回復していく。さらに、放って消費したと思っていた鱗も「超速再生」によって復元されつつあった。まったくもってキリがない。、

 

カリュブディスは精神生命体と言っていた。その「精神生命体」ってのが具体的には何なのかよく分からないが、俺の白焔の聖痕でなら消し去れるかもしれないだろう。

ただ、この戦闘は恐らく魔王の誰かに監視されている。その中で異世界の力であり切り札でもあるカードの1枚を、それも俺がこの世界で最も決定力があると思っているそれを見せてしまうのは憚られた。それにより、俺の戦略はかなり制限されている。それによりカリュブディスの持つ「超速再生」に対して決定打の欠けた俺達の戦いはそこから8時間にも及んだ。

 

「で、大見え切った割にこれだよ。どうする?」

 

リムルとミリムは自力で空に浮き、俺は氷の足場に立つ。「大賢者」のない俺はメガトロンの解析には至らずメガトロンが翼もなく空を移動できていた理由を得られずにいたからだ。

 

「どうするったってなぁ……」

 

皆の消耗が激しい。

魔素もそうだがリムルの腹にある回復薬もそろそろ底を尽きそうだという話だ。

高出力のビームに定期的に放たれる鱗の散弾。さらに強烈な「魔力妨害」と「超速再生」により、俺達はジリ貧の様相を呈している。

一応、それなりには削れてきているが、俺とリムルはともかく他が保たないだろう。

 

「天人、前にミリムとやった時の───」

 

「あれはダメだ。おそらくこの戦いはどっかの魔王に監視されている。あのカードは切れない」

 

「けどこのままじゃ……」

 

そんなことは分かってはいるんだけどな。どうしてもって時になったら次はアラガミの方を解禁するしかなさそうだ。

 

「……リム」

 

「ん?」

 

「ミリム……」

 

「お……の、れ……」

 

「ミリ、ムめ……」

 

途切れ途切れではあるが、確実にカリュブディスが言葉を発した。コイツ、知能なんてものは無いっていう話だったが……。

 

「ふむ。この感じには覚えがあるのだ」

 

と、ミリムが俺の背中からカリュブディスを覗き込む。どうやらミリムアイとやらでその深層を見抜いているようだ。

 

「確かフォビオとかいう魔人だ」

 

フォビオ?あぁ、魔王カリオンの配下だったあのガラと態度の悪い三下魔人か。「大賢者」の見立てでは紅丸よりは強そうだという話だったが、第一印象からしてミリムに瞬殺されたり、その割に態度がデカかったりで強そうには見えなかったんだよなぁ……。

 

ん?ていうことはもしかして……。

リムルと顔を見合わせる。どうやらリムルも俺と同じ考えに至っていたらしい。

 

「なぁなぁ」

 

と、ミリムが上から俺の顔を覗き込む。

 

「あー、ありゃあお前の客だな……」

 

「あぁ」

 

ニンマリ、と笑みを浮かべるミリム。今まで余程暇だったらしい。

リムルが全員に退避命令を出す。ドワーフからの応援組は「まだやれる」と息巻いていたが巻き込まれるから退いてくれと押し切る。

 

「ミリム、こっちの退避は終わった。あとはやっていいぞ」

 

「うむ!」

 

カリュブディスの周囲を撹乱するように飛び回るミリム。俺とリムルはミリムの攻撃の余波から皆を守れる位置に着く。

また、リムルからミリムへはカリュブディスだけ吹っ飛ばしてフォビオは残しておいてほしいとお願いが出ていて、ミリムはこれを快諾。どうやら手加減してくれるらしい。

 

「これが、手加減というものだ」

 

 

──竜星拡散爆──

 

 

前に俺とやった時よりもやや出力の低い竜星拡散爆がカリュブディスに向けて放たれる。それでもフォビオごといったかな?と思わずにはいられない辺りが流石の魔王ミリムなのだが。

すると、土煙の向こうで地面に落ちていく人影があった。おそらくフォビオだろう。リムルもそれを見つけると即座に飛び込み、それをキャッチ。

 

空からこっちにピースをしてきたので俺達も同じように返す。

 

「で、どうすんだ、そいつ?」

 

落ちてきたフォビオは気を失っていた。しかしその胸にはグロテスクな心臓のような物が脈打っていた。おそらくこれがカリュブディスなのだろう。たが聞いた話じゃカリュブディスは放っておけばまた復活するらしい。そうしたら元の木阿弥だ。

 

「「変質者」で分離させた傍から「暴食者」で喰らい尽くす」

 

なるほどね。そういや「変質者」は統合以外に分離の能力もあったな。俺は今までそっちは使ったことがないからこの瞬間まで忘れてたが。

 

 

 

────────────

 

 

 

「スマン!いや、すみませんでした!!」

 

潔いフォビオの土下座。

結局リムルの手術は成功。リムルはカリュブディスを喰らい、フォビオは一命を取りとめ、俺達の街は一時の安寧を取り戻した。

 

「今回のことは俺の一存でしたこと。カリオン様は関係無い。だからどうか俺の命1つで……」

 

いやいや、それじゃあ何のために助けたのか分からなくなるでしょ。

 

「それより質問に答えてくれ。……トレイニーさん」

 

「はい」

 

リムルに呼ばれ、トレイニーが前へ出る。そう、俺達は色々聞かなきゃならないことがある。というか、コイツのこの態度からすると、全部聞いたら殺す、なんてことにはならなさそうだ。

 

「貴方はなぜ暴風大妖渦の封印された場所を知っていたのですか?あそこは封印した勇者とそれを託された樹妖精以外には知らないはず。偶然見つけた、とはいきません」

 

……ということは何らかの秘匿術のようなものも働いていたはずなのか。そしてそれを見破り封印を解いた奴がいる。

 

「……教えられた」

 

と、フォビオは頭すら上げずに答える。

 

「仮面を被った2人組の道化だった……」

 

道化、ピエロ……?

 

「それはもしや、こんな仮面でしたか?」

 

と、トレイニーは地面に自分が心当たりのあるらしい仮面を書いていく。

 

「いや、俺の前に現れたのは涙目の仮面の女と怒った仮面の太った男だった……」

 

「……っ!太った仮面の男だと……」

 

と、そこで紅丸が反応する。そう言えば、オーガの里を襲ったオーク共は魔人に率いられていたとか言ってたな。へぇ、結構な暗躍っぷりじゃないの。

 

「怒った仮面の太った男……。確かゲルミュッドの使者でフットマンとか名乗っていました。中庸何とかとかいう組織の者だとか」

 

「中庸道化連だ。奴らは何でも屋だと言っていた」

 

何でも屋、ねぇ。その単語は一応武偵の身である俺としては気になるな。

 

「そのトレイニー殿の描いた仮面、見覚えがありますぞ。ゲルミュッドの使者でラプラスと名乗っておりました。確か……」

 

と、今度はガビルからの目撃情報。そして、トレイニーの書いた仮面に何やら書き足してゆく。

 

「こんな感じの頭巾を被っていました。」

 

仮面の上に頭巾ってまた珍妙な……。

各々因縁のある相手の名前を刻んでいると、ミリムもそれを覗き込んで思案顔。どうやらオークロードの計画はゲルミュッドの持ち込みらしいが、こんなピエロ共は知らないらしい。もしかするとクレイマンとか言う魔王の采配かもだとか。奴はそういう悪巧みが大好きらしい。

 

「じゃあ次は俺からだな。……フォビオ、あんたは何て言われてこいつらの話に乗ったんだ?」

 

「それは……」

 

「この力を制御できればミリムへやり返せる、とかか」

 

「うっ……」

 

なるほど、図星らしい。

 

「貴方ならカリュブディスも操れる。けどあまり時間が無い、俺がやらないなら他に当たるとも言っていた」

 

「そりゃ典型的な詐欺師のやり口だな……。じゃあミリム」

 

「ん?」

 

「もしカリュブディスがお前を狙わなかったとして、つまり魔国連邦に来ないで普通に暴れ回ったら1番困るのは誰だ?」

 

本来、わざわざフォビオを依り代にする意味が無いのだ。「大賢者」曰く、依り代は死体でも良いと言っていた。つまり必要なのは肉。依り代にフォビオを選ぶというならそれなりに理由がいるのだ。それも、恐らくミリムへの復讐では無い別の理由。

 

「んー、困るとしたらフレイだな。アイツは魔王の中でも空を支配しているからな。それに、フレイではカリュブディスを完全に封じ込めるのは難しいだろうな」

 

フレイ……。クレイマンと共に俺達とオークロードの戦いを覗き見ていた奴か。

 

「マッチポンプ……」

 

「どういうことだ、天人」

 

「並大抵の奴じゃカリュブディスの封印されてる場所を見つけることも、ましてやそれを解くなんてこと出来ない。けど魔王なら?そういう奴らなら可能かもしれない」

 

「それは……」

 

「そして魔王は何か魔王同士の約束事をする時は提案者と他2人の賛同がいるんだったな」

 

「うむ。そうでなければ拘束力はないのだ」

 

「つまり、カリュブディスをこっそり復活させたクレイマン一行はフレイにこう持ちかける「私の策略で、封印の解けたカリュブディスを再び封じましょう」と。そうすれば奴は大きな1票を手に入れられる」

 

「そしてフォビオを選んだのか」

 

「そうだ。魔王ならミリムが魔国連邦にいること、フォビオとミリムの因縁。そしてミリムならカリュブディスも瞬殺出来るくらいは把握していたはずだ。というか、把握していたのはフォビオから言質を取ってるわけだしな」

 

「つまりアイツらは俺とカリュブディスを倒させるつもりで……」

 

「恐らくな。……というのが俺の推理だ。ま、聞いた話を纏めただけだから証拠出せとか言われても無いからな」

 

そもそも肝心寛容なクレイマンとピエロ共の繋がりが既にミリムの予想だけが頼りなのだ。確証とか言われても困る。

それに、俺は元々推理は苦手なんだ。そういうのは探偵科辺りに任せっきりだったから。武偵とは言え、俺は専ら"武"専門なのだ。

 

「ま、それは保留にするとして……。今は変な仮面の奴らに気を付けるってことで。とりあえず今日はお開きだ!皆ゆっくり身体を休めてくれ」

 

リムルの一声で皆一斉に武器やらを放り出す。

あーあ、最初からミリム狙いだって分かってればこんな苦労しなくて済んだんだけどな。

 

「じゃ、そういうことで。フォビオも気をつけて帰れよ」

 

「はっ!?いやいや、俺は許されないだろ!?」

 

「あ?いいんだよお前は。利用されてただけみたいだし、ダッセー利用のされ方も白状しもらったんで、それでチャラだ。な、カリオン様」

 

「……何だよ、バレてたのか」

 

俺が呼びかけると奥の茂みからカリオンが出てくる。ま、カリオンとか顔初めて見たけど雰囲気で分かるもんなんだな。

 

「まぁ見てるの気付いたのはリムルが手術始めた辺りからだけどな。何となくミリムが誰かがいるのに気付いてたっぽいから探してみたんだよ」

 

「うむ!ワタシは最初から気付いていたぞ」

 

「はっ。まぁいいや。そいつを殺さないでくれてありがとな」

 

「アンタが魔王カリオンか。……わざわざ出向いてくるとはな」

 

スライムの姿に戻り紫苑の腕の中に戻ったリムル。

 

「俺はリムル=テンペスト。この森の魔物達で作った魔国連邦の盟主だ」

 

それを聞いたカリオンはズイっとリムルを睨め付ける。だがリムルがあまりオーラを隠していないからか、オークロードを喰ったことはもろ分かりのようだ。だがそれに対し「何が悪いのか」とリムルも人型になりながら返す。しかし、最近リムルも強がるのが板に付いてきたな。

 

が、どうにもカリオンはその胆力が気に入ったらしい。今回の件は自分の監督不行届で許せとのこと。まぁこちらとしてもこの件はそこまで突っ込む気はないのだが。また、この件は1つ貸しにしてくれるとのこと。それをリムルは早速使い、カリオンの治める獣王国と不可侵協定をその場で結んだ。しかしこのカリオンとかいう男も中々に豪胆な奴だ。お互いに戦いません、程度とはいえ国の方針をその場で決めてしまうんだからな。俺がいた日本でそれやったら次の日には非難轟々だと思うよ。

で、俺らがその器のデカさというか胆力に感心していると───

 

 

───ドガァァァァン!!───

 

 

と、凄まじい音が鳴り響いた。

どうやらフォビオがカリオンにぶん殴られたようだ。そしてカリオンは自分でぶっ飛ばして気絶させたフォビオを担ぎ、のっしのっしと帰ろうとしている。いや、フォビオさん血塗れっすよ?まぁ、生きてはいそうだが、体育会系と言うかなんというか。こう、野性味あるし蘭豹を思い出すな。あの素手でコンクリートのプールを叩き壊しバスを横転させる化け物。

 

「後日使者を送る。今度は礼節は守らせるさ。また会おう、リムル」

 

と、カリオンは流石に徒歩ではなく魔法か何かで転移して行く。

こうして俺達の街を盛大に巻き込んだカリュブディス襲撃事件は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

────────────

 

 

 

「そう言えば天人」

 

「なんだ?」

 

「お前ってあんなに色々考えられたんだな。もっとバトル一直線の脳筋だと思ってた」

 

「うむ。ワタシも思ったのだ。意外と頭も使えるのだな」

 

「お前達は俺を何だと思っていたんだ!?」

 

そもそも、リムルも含めてお前ら魔物勢が全員直情的だから俺が無い頭捻って苦手な推理しなきゃいけないんだよ!

だがその場の全員が「何を言わんや」というような雰囲気でケタケタ笑いだしたので俺はその言葉を飲み込まざるを得ない。

 

「あぁもう!帰る!!」

 


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