セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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人間の国、異世界の子供たち

 

西方諸国評議会とはジュラの大森林周辺にある人間の国で形成された集団で、対魔物の互助組織として立ち上がったらしいが、今ではそれ以上の権力を持つのだとか。要は国連みたいなものだろう、多分。

そしてそんな強そうな組織の中心こそが俺とリムルの目的地であるイングラシアというわけなのだとか。

 

で、ブルムンドで取得した身分証明書の威力ここに極まれり。俺やリムルのような流れ者であっても冒険者ギルドに登録してあるというだけで関所はほぼ素通り。リムルは見た目とランクのギャップで驚かれたがその程度。この世界では冒険者というのは存外に信頼度の高い職業らしい。

そして入国したイングラシア、これが想像以上に都会だった。ビル群から成る摩天楼にショーウィンドウ。建物の作りも相まってアメリカか欧州の大都会と見紛う程だ。

 

ただ、治安の方はあまりよろしいとは言えないようだった。お揃いの鎧で身を包みご立派な鞘に収められた剣を腰に携えている警備員、というか兵士達がそこかしこで目を光らせている。昼間はともかく、夜に彼らの目が届かなくなる頃はあまり出歩かない方が良さそうだな。

 

ギド曰く、彼らは西方聖教会所属の兵士とのこと。で、その西方聖教会とは「唯一神ルミナス」とかいうのを信仰している集団で、魔物を討伐することに特化した集団らしい。ちなみに魔物の討伐に特化とは、魔物が人を襲った時にだけ出てくるヒーローという訳ではなく、魔物の殲滅こそを教義としているとのこと。リムルはもちろんのこと、下手したら俺やリサまで討伐対象にされそうだから、なるべくなら関わり合いになりたくはないな。そしてエレンの口からさらに重要な情報が漏れる。どうにもそいつらの団長の名前は「ヒナタ・サカグチ」というらしい。どの世界から来たのかは知らんが確実に日本人。そいつも異世界からの流れ者だろう。

 

 

 

────────────

 

 

 

その日はホテルに宿泊し翌日。

俺達はギルドの総本山へと乗り込んだ。

乗り込んだと言っても普通に自動ドアをくぐって建物の中へお邪魔しただけだが。というか、自動ドアとかあるのね。随分と都会───というか俺達のいた世界に近い街並みだと思っていたがまさかこんな文明の利器に出会うとは思わなかった。

 

で、俺達は受付のお姉さんにフューズから書いてもらった紹介状──ユウキ・カグラザカが見込み通りなら彼にだけ伝わるように、ちょっとした仕掛けをしておいた──を渡し、ここのボスに取り次いでもらうように頼んだ。

 

仕掛けと言っても別に大したことじゃあない。ただ簡単に俺とリサの名前をもう一度添えただけ。ただそれを見たフューズは「この記号はなんですか?」と疑問符を浮かべていたので伝わらなかったようだが、リムルは見てニヤリとしていたのでおそらくユウキ・カグラザカには俺の意図が伝わるだろう。

 

「あれ見て向こうはどう出るかね」

 

「右から読んだりしてな」

 

「その可能性は考えていなかった……」

 

「おい……。まぁ文字自体はそう変わらないから最悪意図だけは伝わるだろう」

 

と、俺とリムルが微妙にアホな会話を繰り広げているとさっきの受付嬢とは違い、耳が長く尖った──リムルが「思念伝達」で「エルフだ……」と伝えてきたから多分それ──の姉ちゃんこと専属の秘書が俺達を呼び出した。どうやら俺とリムルとリサの3人はここのボスにお目通りが叶ったらしい。

 

必要事項以外は一切喋らず、有無を言わさぬ雰囲気の彼女に着いて行くと、総帥さんのお部屋に通された。どうやらここの主はまだ到着していないようで「少々お待ちください」と待機を命じられたが、部屋を見渡す限りユウキ・カグラザカという人物は俺の見込んだ通りの人物のようだ。棚には向こうの世界で見たことのあるようなキャラクターの置物やバイクの模型なんかが置いてあり、明らかに俺かリムルの世界、しかも比較的近い時代に生きていたであろうことが推察された。

 

「お待たせ致しました。僕が自由組合総帥の神楽坂優樹です。僕のことは気軽にユウキと呼んで───うわスライム!?」

 

はたして、ドアを開けて入ってきたその男は中学生か高校生か、そのくらいに見えるほど若い風体だった。

ちなみにリムルは下手に隠し事をするより包み隠さないことで信頼を得たいとのことで人型を止めて本来のスライムモードになっていたため、ユウキは部屋に入った途端に驚愕する羽目になった。

 

「初めまして。魔国連邦の盟主でリムル=テンペストという。俺の事はリムルと呼んでくれ」

 

つい、とスライムのまん丸ボディからちょっとだけ手のような形状を出して握手を求めるリムル。ユウキも少しビクつきながらも律儀に握手で返す。

 

「えと、そちらの方達は……」

 

「あぁ。俺は神代天人。天人でいいよ」

 

「私はリサ・アヴェ・デュ・アンクと申します」

 

「紹介状を読みました。天人さんとリサさんは向こうの……」

 

「うん。けど正確にはユウキと俺らのいた世界は違うかもしれない。そうだな……「武偵」って知ってるか?」

 

彼が俺の世界なのかリムルの世界なのかを見分ける質問。とは言え、もしかしたらリムルの世界ともまた違う世界かもしれないが。

 

「ブテイ……?いいえ、初めて聞きました」

 

「なるほど、だとすると俺とリサのいた世界とユウキのいた世界は違うんだな……。と言ってももしリムルの方と同じ世界だったならそうは変わらないから、ほぼ同郷みたいなもんだけどな」

 

「なるほど……リムルさんも」

 

「あぁ。ただ俺向こうで死んで、それでこっちに転生したんだ。だから身体はスライムだけど中身は人間、っていうところかな」

 

「にわかには信じ難い話ですが、紹介状の日本語を見てしまったら信じるしかありませんね」

 

と、どうやら俺とリサの書いた記号こと日本語の威力は中々に大きかったようで、話がスムーズに進む。

 

「しかし驚きました。魔物の国を興した者がまさか───」

 

「スライムだとは思わなかったって?でも俺の方も驚いたよ。その若さでここの総帥なんだろ?」

 

「いえ、実際には20代の後半です。どうやらお気付きのようですが、僕も異世界からの転移者なんですけど、この世界に来る時にスキルを獲得できなかったんです。ただ、その代わりなのか身体能力は以上に発達していまして、その影響か身体の成長はその時に止まってしまったんです」

 

なるほど、立場の割にはやたら若い見た目だと思っていたが、そういうカラクリか。

 

「そのせいにするのもなんですが、大人の男としては中々見てもらえず……。お恥ずかしながらいまだ女性とお付き合いもしたことなくて」

 

と、照れながらユウキが打ち明けると仲間を見つけたリムルはやたら嬉しそうにやたらぽよぽよしている。スライムスマイルって何だそれは……。

 

「ところでリムルさんはどうやってここに入ったんですか?入口のドアは魔物用の結界が張ってあるのでここには入れないはずですが……」

 

あの自動ドアそんな仕掛けになっていたのか……。なるほど、ここは対魔物の仕掛けが色々揃っていそうだな。

 

「あぁ、あの自動ドアのセンサーか。まず1つはこの仮面。これで妖気を抑えることができる」

 

リムルが取り出したシズさんの形見の仮面。だがそれを見たユウキの顔に驚愕が広がる。

 

「それは───!?シズ先生の!?」

 

「それから───」

 

だがリムルは話を止めない。人間の姿に擬態し、真実を告げる。

 

「その仮面の持ち主の姿と遺志を継いだ。俺は喰った相手に擬態できるんだよ」

 

「喰った、相手……」

 

 

──バチィッッッッ!!──

 

 

ユウキはその言葉を聞いた瞬間に躊躇うこと無くリムルの頭へ向けて上段蹴りを放つ。身体能力が異常発達したと言うだけあり、その蹴りは常人であれば頭蓋骨が砕ける程のパワーを秘めていた。

 

 

───けれどその蹴りはリムルへは届かない。

 

 

「一応俺はコイツの護衛でもあるんでな」

 

放たれた蹴り脚は最高速度へと到達する前に俺の足によって抑え込まれる。

 

「落ち着けよグランドマスターさん」

 

悔しげに顔をしかめるユウキに語りかける。

 

「話は最後まで聞くもんだぜ。いきなり殺したとあっちゃ、立場的にも不味いんじゃねぇか?」

 

「貴方は……」

 

本当に人間なのか?とユウキの目が問い掛ける。

 

「俺の素性なんぞどうだっていい。……リムル、ちゃんと話してやれ。今のはお前の言葉選びも悪かったぞ」

 

「分かったよ……。けどなユウキ、先生を敬愛していると言うなら形見は大事にしろよ?今の蹴りで壊れるところだったぞ?」

 

「はい……」

 

渋々、といった体でユウキはソファーに腰を下ろす。その間に、いつの間にやらお茶を届けに来てくれていたエルフの秘書さんが吹っ飛ばされたテーブルを元に戻していた。その時も何も驚いたような表情を見せることはなくただ機械的に淡々と片付けをこなしていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

リムルが話すシズさんとの出会いと別れをユウキは噛み締めるように聞き入っていた。特にシズさんの最期は一言たりとも聞き漏らさないように、という気概を感じた。

 

結果的には俺とリサ、それからリムルのことはそれなりに信用に値する人物ということになったようだ。また、リムルも日本人であるという証としてリムルの記憶の中から日本の漫画を布に転写して吐き出すとこれがユウキには大ウケ。棚に飾られていたグッズやらで何となくそうかもとは思っていたが彼は漫画やなんかが好きなようだった。リムルもそれを把握しての作品チョイスらしく、特にユウキがこっちへ来てから完結したりまだ続いていたりするやつを選んで取り出したのだとか。

 

で、ユウキの漫画鑑賞も一旦落ち着いたようで、本題を切り出しにかかった。

 

「そう言えばまだ要件を聞いていませんでしたね。わざわざいらしたのには何か理由があるんですよね?……やはり帰還方法を探している、とか?」

 

「あるのか!?」

 

"帰還方法"という言葉に反応の遅れるリムルだったが、俺からしたらこれがこの世界で1番知りたい情報だ。死んでこちらに来たリムルと違い、俺とリサは様々な世界を転移させられてここへ流れ着いた。どこか特定の世界を選んで転移できる方法があるのなら是が非でも知りたい情報だ。

だがユウキの表情は暗い。それは暗にその方法は存在しないと告げているようだった。

 

「可能性が無いとは思っていません。喚ぶことが出来るのなら還すことが出来たっておかしくない」

 

リムルの話ではシズさんは魔王レオン・クロムウェルとかいう奴に召喚されたという話だった。

だから俺もユウキと同じような考えは持っていたが……。

 

「喚ぶ?」

 

リムルはそこが気になったらしい。だがユウキはそこははぐらかした。

 

「さっき言ったろ。シズさんの遺志を継いだって。もし知っていたら教えてくれ。イングラシアにいる彼女の心残りだ。5人の子供たちの現状を教えてくれ」

 

俺の本題が帰還の方法ならリムルの本題はこっち。

 

「シズさんに代わってあの子達を助けるために俺はこの国へ来たんだ」

 

「……確かにボクはそれを知っています。ですがそれは簡単なことではありません」

 

「分かってるよ。シズが成し遂げられなかったんだ。覚悟している」

 

「……そうですか。あの子達のことを話す前に先程の話をキチンと伝えなければなりません。それがシズ先生の遺志だというのなら、僕も貴方に託してみます」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「皆さんの魔物と人間の力関係の認識はどのようなものですか?」

 

シズさんの遺志を継ぐなら先生という役割を担うのが1番早い。シズさんの心残りの子供たちは今学校にいるが彼らを教え導く先生はシズさんのいなくなった後には誰もいない。

そんな話をユウキから聞かされた後に彼からのこの質問。それに対する答えは───

 

「まぁ、魔物の方が強いんじゃないか」

 

と、リムル。

 

「圧倒的に魔物だろう」

 

俺はこっち。ジュラの大森林の中には人間はほとんど寄り付かないしな。

 

「……そうです。人間からすれば強靭な肉体と数多のスキルを持つ魔物は脅威以外の何物でもない」

 

だから、とユウキは続ける。

 

「人々は希望となる勇者の存在を求めています。しかし、人間は生来スキルを持ちません」

 

「けど異世界からやって来た奴はその時にスキルを───」

 

なるほど、"喚ぶ"ってのはそういう事か。

 

「天人さんは察したようですね」

 

「おい……まさかそれって」

 

「ええ。この世界の人間はスキルを持ちません。厳しい修練の上で稀に獲得できることはありますが、それでも強力な魔物に対抗出来る程では……」

 

「だから喚ぶのですね……。異世界から強力なスキルを身に付けた人間を……」

 

リサが呟く。この世界の人間の、その行いを。

 

「そうです。彼らは決断した。万の犠牲を覚悟しても1人の英雄を生み出すことを」

 

それは、国レベルで行う誘拐だ。それも、絶対に足の付かない方法で行う最悪の手法。呼ばれた奴のことなんて微塵も考えていない所業。

 

だが、それよりも俺には気になることがあった。

 

「そういや異世界人がスキルを獲得する仕組みってのはどうなってるんだ?」

 

「それですか……。どうやら、世界を渡る時に1度肉体が滅び、再構成される際に大量の魔素を取り込むのです。そしてその膨大なエネルギーが本人の望む形で定着したのかスキルになるようです」

 

望み、か。あの時の俺はアラガミの本能とそれを抑え込めるのかという不安の中にあった。

だからこその「捕食者」と「変質者」なのだろう。それと言語の不安から獲得した「思念伝達」。こっちはそもそも使い方が分からずにこの世界の住人とのファーストコンタクトには役に立たなかったが。……ていうか、俺の身体、本当に滅んだのか?俺の肉体は聖痕の力である程度保護のようなものをされているらしい。それがオラクル細胞の侵食を抑え込んでいたっぽいのだから。しかも、スキルは獲得できたが俺がここに来た時は魔素なんて身体には流れていなかった。リサはあったようだから、きっとそうなったのだろうが。

 

まぁ、俺の場合は魔素が無くともどうにかなるのだから問題は無いけれど。

 

「ですが偶発的にやってくる異世界人を待つだけでは人々の不安は解消されません。だから各国は秘密裏に召喚の儀式を執り行っているのです」

 

「けどそんなの、国家ぐるみの誘拐じゃねぇか。しかも無理矢理に呼ばれた方はわけも分からずに魔物なんぞと戦わされる」

 

けどそれだけで上手くいくのか?いくらスキルを持っていようが戦う気のない奴や、下手したら俺みたいにスキルなんぞ無くてもそこらの冒険者レベルの人間なら瞬殺できる奴だって呼ばれかねない。まぁ、呼ぶ奴を選べるというのなら話は別だが。

 

「はい。……兵器として期待される彼らは逃げ出したり反抗したりしないように魔法で制限を受けます。殆どが護衛として王族や貴族に仕えているでしょう」

 

そう言えば、ヨウム達のお目付け役だったロンメルが言ってたな。なんでも、言うことを聞かせる強制魔法があるとか。おそらくそれの類か。

 

「はっ、胸糞悪い話だ。しかもせっかく呼び出せた勇者様の卵を、怖い怖い魔物の殲滅に使わずに手元で飼い慣らすのかよ」

 

寒い話だ。しかも人間側の理屈であれば多少は筋の通る「人間にとっては強くて怖い魔物を排除する」役目として呼び出した勇者の卵を結局それに使わずに自分らの保身にのみ費やす意地汚さには反吐が出るね。

俺が吐き捨てるように告げるとユウキも「返す言葉もありません」と、溜め息。そして後ろに控えていた秘書さんにとある資料を要求。

渡された資料とやらはクラス名簿のようなもので、リムルがそれを受け取り「大賢者」に読んでもらう。

 

「は?」

 

「これ……」

 

「ちっ……」

 

リムルとリサが勢いよくユウキの方を見る。俺も、思わず舌打ちが出る。

そこに書かれていたのは5人の名前と年齢、それから───

 

 

「おいユウキ!どういうことだ!?」

 

リムルはユウキに食ってかかる。そらそうだ。シズさんの心残りとやらは全員10歳になるかならないか程度の子供でありながらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

───全員推定余命1,2年───

 

 

それがシズさんの心残りの子供たちに残された時間であり、俺達が彼らのために行動を起こせるタイムリミットでもあるのだ。

 

「召喚の儀式には膨大な手間と費用が掛かります。そこで簡略化された召喚術が編み出されたのですが……。その方式では失敗が多く、スキルを獲得していない子供たちが喚ばれてしまうのです。そして本来はスキルに還元されるべき大量のエネルギーは行き場を無くし、やがてその身を焼き尽くす……」

 

「そんな……」

 

「不完全に召喚された子供はその殆どが5年以内に命を落としてしまう」

 

理不尽と言う他ない。勝手な都合で呼び出され、戦う力が備わってないと分かれば失敗作だと異世界に放り出される。しかも5年と生きられない身体にされているのに、だ。俺だって明るい世界ばかり見てきたわけじゃないから人間が皆性善説で動いているなんて思っている訳じゃあないけれど、ここまで腐った奴らもそうそういない。

 

「シズ先生の後任がいない理由がお分かりでしょう」

 

ユウキも、自分の力不足は痛感しているのかソファーに沈むように続ける。

 

「皆責任が持てないのです。あの子達は───理不尽に喚び出されて死を目前に控えた、勇者のなり損ないなのですから───」

 

 

 

────────────

 

 

 

「理事長の紹介であれば信用したいのは山々なのですが……。あの子達の面倒は難しいですよ……?」

 

ユウキが名誉理事長を務めるこの学園は「自由学園」というらしい。そしてここにシズさんの残した5人の子供たちがいるんだとか。

で、彼らのいる教室まで案内してくれているこのおじさんはどうにも俺達のことをあまり信用はしていないようだ。まぁそうか、方やパッと見子供、方や20に届くか届かないか位の若い男女だ。先生と言うには違和感がある。精々ボランティアの先輩が良いところだろう。けどまぁ……

 

「分かってるよ」

 

「いやぁ、まして君たちもまだ若いじゃないですか……」

 

「見た目よりは歳いってるので大丈夫ですよ」

 

と、リムル。まぁ俺とリサは見た目相応の歳だから何も言えないけど。

 

「はぁ……。あぁ、ここです」

 

と、指し示されたのは他の教室のそれと何ら変わらない扉……かと思いきやドアには黒板消しが挟んである。そのイタズラはどの世界でも共通なのね……。ちなみにそれを見たおじさんはまたかと呆れ、リムルは「可愛らしいイタズラ」と笑い飛ばす。まぁ、無視されるよりはマシだろう。

 

「ちーっす。今日から君たちの担任に───」

 

と、リムルは普通に扉を開けて教室に入る。わざと当たるのか避けるのかは知らんが、つっかえを外された黒板消しがリムルの頭へ向かって落ちて───

 

「どぉぉりゃあぁぁぁ!!」

 

叫び声と共にリムルの脳天へ向かって炎を纏った刃が振り下ろされる。だがリムルはこれを素早く回避。その炎剣が斬ったのは黒板消しだけだった。……おいおい。

 

「派手にやってんなぁ……」

 

「ん?」

 

絶賛学級崩壊中の教室に俺が顔を覗かせると向こうも新たな来客に気付いたようでこっちを見やる。

 

「あんた達が新しいせんせー?」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「えー、先生の名前はリムル=テンペスト」

 

「俺はタカト・カミシロ。副担任です。よろしく」

 

「リサ・アヴェ・デュ・アンクと申します。同じく副担任となります。よろしくお願いします」

 

「というわけで、先生達も君たちの顔と名前を早く覚えたいので呼ばれたら返事をするように」

 

5人を席に着かせて自己紹介。

金髪で気の強そうな女の子がアリス・ロンド。背の高く真面目そうな雰囲気の男の子がゲイル・ギブスン。長い黒髪の女の子がクロエ・オベール。同じく黒髪の男の子がリョウタ・セキグチ。

 

そして───

 

「ケンヤ・ミサキ」

 

唯一名前を呼ばれても返事のない男子。

 

「ケンヤ・ミサキくん?呼ばれたら返事しなさい」

 

役に入ってるのかやたら先生ぶるリムル。しかしケンヤの方はぷるぷる震えるだけで返事が返ってこない。

 

「お、おーぼーだ……」

 

反応があったかと思えばこれだ。まぁ仕方ないと言えば仕方ない。

 

「ん?先生の奥の手がどうかしたか?」

 

何せケンヤの頭には───

 

「こんなのおーぼーだ!ちょっと強い犬を従えてるからって!!」

 

リムルの影の中で待機していたランガが本来の大きさに戻ってケンヤの頭を背後から咥えているのだから───

 

「ふっ……くくく……」

 

ちなみに俺はそれを見ながらずっと笑いを堪えている。いや、これでも堪えてるんですよ?本当なら今すぐ腹抱えて笑い転げたいところなのだから。

 

「卑怯だぞ!!」

 

「着任初日の先生をいきなり斬りつけるのは横暴とは言わないのか?」

 

「うぐっ……」

 

「くっ……ふふっ……」

 

いまだに笑いが収まらん。

 

「シズ先生なら簡単に躱してるし……」

 

と、ケンヤが呟く。

 

「なるほど、一理ある」

 

一理は無いと思います。躱せるなら斬りつけても良いわけはないでしょうよ。ここは武偵校じゃないんですよ。

 

「よし、予定変更だ。今からテストを行う。運動場に行くぞ」

 

テストという単語にえー!という分かりやすい反応を返されるもそれには取り合わないリムル。ちゃっちゃと5人を運動場へ移動させると、体育か休み時間なのか知らんが他のクラスと思われる子供や先生──おそらく元からこの世界の住人──がヒソヒソと声を潜めながら驚きを示し、何やらこちらを注目している。

 

「テストって、何をするんですか?」

 

と、机で筆記のテストでも想像していたらしいゲイルがリムルに問い質す。

 

「模擬戦だよ」

 

と、リムルは上着を脱ぎながら答える。

 

「全員いっぺんに来てもいいぞ」

 

と、煽るのを忘れないリムルさん。

 

「信頼を得るのは難しそうだしな。シズさんに劣らないところを見せてやる」

 

それを聞いた子供たちはムッとした雰囲気。彼らの中でもシズさんは英雄で憧れなのだろう。

 

「別に相手はリムルじゃなくてもいいぞ。そうだな……俺をこの中から出してもお前らの勝ちだ」

 

と、俺も彼らの信頼は得なくてはいけないのでこれに参加。脚を大きく広げ、コンパスのように使って自分の周りに円を描き、そこから俺を出せたら勝ちにしてやると告げる。

 

「どっちかだけに挑んでも良いしどっちに挑んでも良い。誰か一人でもリムルに勝つか、俺をここから出せればお前らの勝ちだ」

 

もちろん俺に全員で掛かっても良いぞ、と付け足す。

 

「自分たちがシズ先生に並ぶと?」

 

1番年長に思えたゲイルが真っ先に反応。

 

「随分と大口を叩くんですね」

 

イラついた様子で手を上に掲げ、魔素を集中させ、大きな魔力の塊を生み出した。

 

「大怪我しても知りませんからね!」

 

と、その魔力弾をリムルに向けて放つ。

だがこれはリムルの「暴食者」で喰われて終わり。

 

「なっ!」

 

なにそれ汚い、とゲイルは叫ぶが「大人は汚いのだよ」と大人気ないリムルは何処吹く風。

 

「なら!」

 

と、ゲイルはこちらに狙いを切り替える。

同じく放つのは魔力弾。異世界から来た時に大量の魔素を取り込みそれがスキルに昇華されなかっただけあって、2発目でも威力は変わらず。けどまぁ……

 

「まだまだ」

 

俺はそれをサマーソルトキックで真上に蹴り上げる。多少は威力があろうが、俺の身体にダメージを負わせる程ではない。これならミリムの拳の方が余程威力があるな。

 

「えぇ……」

 

口を広げて驚くゲイルを余所に、ケンヤとクロエ、アリスはリムルの方へ、そして───

 

「ぐるおぉぉ!!」

 

と、獣のような唸り声を上げてリョウタは俺の方へ向かってくる。

振り抜かれる拳を受け止めるがそのパワーは10やそこらの子供のものではない。どうやら理性と引き換えに暴走し、戦闘力を得るのがリョウタの技能のようだ。

 

「ふっ」

 

けどそれじゃあ足りない。俺は拳を掴まれた状態から振り上げられたリョウタの脚を掴んで振り回し、砲丸投げの様に投げ飛ばす。

すると、円の外周より少し広い範囲を水が取り囲む。

 

「流れる水流よ、我が敵を捕らえよ」

 

と、呪文のようなものを唱えたのはクロエ。彼女は水を操るのが得意らしい。

すると、その水の檻の内側が変形。水圧の刃のようなものが現れる。

 

「切り刻まれたくなかったらその円から出てください」

 

クロエ……大人しそうな雰囲気の割に恐ろしいことを考えるな……。

別に受けてもこの程度の魔素量の刃ならダメージは無いだろうが、受けてばかりも芸が無いな。

 

 

───絶対零度───

 

 

俺が(最近その気が自分でもしてるが)身体能力だけの奴と思われても癪なので、ここいらで1つ大技を見せてやろうと、俺がクロエの水の檻を完全に凍らせ、停止させる。

 

「あ、あれ……?」

 

と、機能不全に陥った檻に困惑するクロエを余所に、ウォータージェイルなる水と刃の監獄は銀氷となって砕け散った。

 

「っりゃああぁぁぁ!!」

 

気合一閃と言うべきか、せっかく俺の背後を取ったのに大声で刀を振りかぶり突撃してくるケンヤ。炎を纏い、横一文字に振り払われた短めの日本刀を鷲掴みにして受け止める。

 

「なっ……素手!?」

 

「悪いな。その程度の魔素じゃ痛くも痒くもないんだ」

 

嘘、本当はさっきの魔力弾を蹴り上げた時も身体に魔素を纏わせてガードしてたんだよね。念の為。オラクル細胞と言えど、魔素みたいな超常の力にはその細胞の結合力も絶対じゃないらしい。

まぁ言ってやらないけど。

で、俺は掴んだままの刀をグイッと引っ張りケンヤを引き寄せるとそのデコを指で弾く。

 

「ってぇ!」

 

と、デコピンされて悶絶するケンヤを放って周りを見渡すとだいたい皆リムルと俺にやられたようだった。

 

「先生、その仮面……、シズ先生の……?」

 

と、クロエがリムルに問い掛ける。それにリムルも肯定で返す。

すると、クロエは俺達のことを信じても良いと言ってくれた。そしてそれにリョウタやゲイルも続く。それによりアリスもやたら上から目線ではあったが俺達のことは信用してくれるようだ。

けれどケンヤは───

 

「シズ先生だって俺達を見捨ててどっか行っちゃったじゃんか……。今更新しい先生が来たからってなんだって言うんだよ!俺達皆もうすぐ死んじゃうんだぞ!!」

 

その叫びに込められた悲しみも痛みもきっと5人の中で同じものだったのだろう。ケンヤのそれを聞いて皆押し黙ってしまう。もちろん俺達はそれを否定するために、定められた筈の結末を変えるためにここに来たのだ。だから───

 

「それは───」

 

「……2つ、間違いを正してやる」

 

俺が言いかけたところでリムルがケンヤに寄り添う。俺よりもよりシズさんのことを知っていてその遺志を引き継いだというリムルの言葉だ。俺はそこで言葉を切って任せることにする。

 

リムルの言葉に耳を傾ける5人。

 

「俺達を信じろ。絶対に助けてやる。約束だ」

 

その"約束"は誰に向けた言葉か。けれど子供たちには届いたようだ。皆、目の色が変わる。

 

「───ではその前に、少し早いですがお昼にしましょう」

 

と、校舎の方からリサがバスケットを抱えてやって来た。俺達が外でドンパチやっている間にリサは食堂で昼飯の用意をしてくれていたのだ。

 

「だな……。リサの飯は美味いからな。驚くぞ?」

 

と、俺の言葉に釣られて子供たちがリサに駆け寄っていく。

 

「こうしてると本当に年相応なんだけどな……」

 

と、リムルが寄ってきて向こうに聞こえないように囁く。

 

「だからこそ、それを守るのが俺たちの役目なんだろ」

 

「そうだな……」

 

晴天の下に俺達は絶対にこの子達の、空の太陽にも負けない笑顔を守り抜こうと誓いを立てたのだった。そして、この選択が俺の行先を大きく捻じ曲げてしまうことになると、この時は思いもしなかった。

 

 

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