目が覚めると、視界に広がっていたのは知らない天井だった。いや冗談、多分ここは武偵病院だろう。ぶっ倒れたのは人工浮島だったからな。そして俺の腰辺りに感じる重みはもっと覚えがあるものだった。
「リサ……」
日付の見れるデジタル時計は枕元に無く、カレンダーだけを見ても今日が何日なのか全く分からない。だが空を見れば随分と暗いし少なくとも数時間は経過しただろう。
左手でリサの頭を撫でてやりながら点滴の針を刺された右手で自分の身体の状態を探る。……頭には何も巻かれていないな。毛布が被せられていて見えないけれど、感覚的には脚にもギプスは付けられていない。腕も右腕に点滴を刺されている以外は特に違和感も無いな。
「ご主人、様……」
寝言だろうか、リサの愛らしい声が漏れる。
俺はその音に至上の喜びを感じつつ、再び襲いくる睡魔に身を任せてまた瞼を降ろした。
───────────────
──秋葉原──
ここは武偵にとっては非常にらやりずらい街だ。何せ入り組んだ路地が多い上に人がわんさかいるから銃も使いずらければ逃げる犯人を追うのも難しい。そんなこんなでここは"武偵封じの街"とも呼ばれていたりする。
で、何で武偵である俺がそんな街にいるのかと言えば───
「おかえりなさいませ!!ご主人様ー!!」
と、メイドさん達にお出迎えされるためだ。いや冗談。作戦会議とかなんとかで呼び出されたのだ、理子に。
理子、峰理子。峰理子・リュパン四世、武偵殺し。キンジと神崎に追い詰められて最後は飛行機から逃走したらしいのだが、それが戻って来た。司法取引を済ませ、逮捕される心配をなくしてから。そしてまた犯罪を重ねようとしている。今度は殺しではなく窃盗。と言っても、元々は理子の物で、奪われたそれを再び奪い返すだけなんだけどな。
「で、やっぱりアンタらはそっち側ってわけ?」
理子、リサ、俺と並んだ席の反対側、テーブルの向こうでは神崎とキンジが並んで座っている。なのだが神崎は随分と不機嫌そうだ。さっきからその視線はチラチラとこの
「理子のこと知っているっていうのはこっちも知ってる。なら分かんだろ?」
「そうね、ま、私が入院した時の話で分かってはいたわ。けどそんな風に協力する奴とも思えなかったけど」
「仲間を信じ、仲間を助けよだろ?俺は仲間であるこいつを助けるだけだ」
「リサまでそんなことするとはね。何もかも予想外ね」
「ご安心を、神崎様。リサは戦闘は行いません。リサは戦いたくない、傷付きたくないのです」
「そゆこと。リサには理子達のお世話をしてもらうだけだよー。……長期戦になりそうだからね」
「……ふん、まぁいいわ。早く説明しなさい」
神崎の強めの態度に理子の眉がピクつくが声を荒らげるのはどうにか堪えて赤いランドセルみたいなカバンからノートパソコンを取り出した。そして作戦会議が始まる。イ・ウーNo.2、無限罪のブラドの館への潜入と理子のお宝奪取の作戦だ。
───────────────
「……なんだこれ」
作戦会議はどうにか完了した。そして時は進み、今俺は保健室のロッカーの中に収まっている。
「……こっちが聞きたい」
「なんだお前ら、お前らも覗きに来たんじゃないのか?」
「「断じて違う」」
武藤の失礼極まりない台詞に思わずキンジとハモる。いや、キンジは違うんだろうが、俺はそんなに強く否定はできないかな。何せ、一部の生徒のみを集めた身体測定の再計測とからしく、その中にリサもいたのだ。それだけではない、聞いたところによればその測定員は小夜鳴徹。つまり男だ。しかもアイツに呼び出された女子生徒が準備室からフラフラになって出てきたなんていう噂もある。そんな奴がリサの身体を見るというのが俺的にはもうギルティ。少しでも変なことをしようものなら記憶封印措置を施すためにここに居るのだから。
「ふーん。まぁいいや、キンジ。向こうの茂みにバイク隠してあるから最悪2ケツで逃げんべ」
「……おい、俺はどうすんだよ」
「天人は
3人乗れねぇのかよ。まぁいいけど。そっちの方が速いし。
「まぁいい。お前ら、取り敢えずこのタオルで視界を封じろ」
「「何でだよ!?」」
「あ?これからリサも来るんだぞ。身体測定の再計測とかで。そりゃあお前らの視界に入れていいものじゃねぇ」
「……俺は理子に呼ばれたんだ。リサは見ないからちょっと待ってくれ」
「おい、誰か来たぞ」
確かにガヤガヤと話し声が保健室の向こうから聞こえる。この声は女子連中だろう。俺はすぐさまタオルで武藤の視界を封じた。
「てめっ───」
「……そのタオルを外したら殺す」
「……はい」
脇腹に拳銃を当てれば武藤は大人しくなった。
すると保健室に何人かの女子生徒が入ってきたようだ。声を聞けば装備科の平賀あや、諜報科の1年でキンジの戦姉妹の風魔陽菜、それから理子と神崎、リサもいるな。あとはあんまりよく知らない声だ。
だが、何やら「何で私達だけ」とか「面倒くさいよねー」とか言いつつもそんな不平不満の声に混じって衣擦れの音が聞こえてくる。……コイツら、まだ何の検査かも言われてねぇのに服脱ぎ出したぞ。流石は
しかし、俺の後ろでブーっと、携帯のバイブによる着信の知らせが耳に届いた。……俺の携帯じゃない。見ればキンジが携帯を弄っているようで、液晶の光が顔を下から照らしていた。
かと思えばいきなり「どけ天人」と、俺を押し退けてロッカーのスリットに顔を押し付け始めた。何事かと、俺はキンジの携帯の画面を覗くと、顔文字だらけで読み辛いことこの上なかったが、どうやら理子の下着の色を答えろ、さもなくばこのロッカーを開放すると書かれていた。そして数秒後、キンジの持つ雰囲気が変わった。
──
キンジの、と言うよりコイツら遠山家が持っている特殊な体質だ。
要は性的に興奮すると凄く強くなるというものなのだが、てめぇこの野郎誰でそうなりやがったと俺もスリットを覗けばキンジの視線の先にいたのは神崎だった。それも、服は脱いでいない。精々ニーソを脱いでるくらいだ。……え、それで?結構マニアックなんすね……。
神崎と理子が、貧乳の価値がどうだのこうだのくっちゃべっているのを耳にしながら、キンジの意外な性癖を見つけて辟易しつつ奥に引っ込もうとした時、目が合った。こっちをジッと見つめているレキと。郊外によくある某ショッピングモールで1セット980円くらいで売ってそうな白の木綿の下着の上下を着ていたレキと。……バレてますねこれは、確実に。
どうしたもんかなと思っていると、再び保健室の扉がガラガラと開けられた。すると───
「わぁ!何で皆さん服を脱いでいるんですか!?本日は血液検査なので服は着ていてください!!」
と、1人の男の声が聞こえた。……あぁ、小夜鳴か。
リサはまだ服は着ていた。ガーターベルトは脱いでたけどまだセーフ。命拾いしたな小夜鳴の脳みそ。リサがもう1枚脱いでいたらお前の記憶領域は俺に破壊されてたぜ。
流石に集団勘違いは恥ずかしかったらしいブッキー共はいそいそと防弾制服を着直し始めた。しかしその瞬間、俺がとある気配を感知した。
「だぁ!!」
「キンジ!?」
「ご主人様!?」
俺はロッカーの内側を蹴り、キンジごと自分をロッカーから放り出した。当然武藤も抱えて。だが同じタイミングでレキもこっちへ向かって来ていて、俺とキンジはレキと絡まってしまう。おかげで身体のデカい武藤を半端にしか出せなかった。そして───
「グゥッ!!」
ガダァン!!とデカい音を立ててロッカーが倒れた。武藤は脚をその下敷きにされてしまう。さらに、その上に白銀の毛並みをした大型の狼──俺はコイツらを知っている。コーカサスハクギンオオカミだ──が泰然とその姿を現したのだ。
今この場には防弾制服を着ていない女子共がわんさかいる。その上小夜鳴は非常勤講師。つまり戦闘力が欠片も無い一般人だ。この場での戦闘は避けなければならない。そこまで至った俺は───
「スゥ……」
強化の聖痕で脚力と肺活量を強化。時間が無いから普段の数倍程度だが───
「───アン!!」
オオカミに向かって特大の大声と床を踏み砕かんばかりの震脚。
だが流石と言うべきかやはりと言うべきか、このコーカサスハクギンオオカミはそんなものではビビらなかった。だが俺を見て、スっと視線を逸らし、そのまま窓際にいた小夜鳴に体当たりをかましてぶっ飛ばした。そしてそのまま窓ガラスをぶち破って外へ。
チッ……あんなもん、人里に放っていいような動物じゃねぇぞ。この学園島には一般人も大勢いるんだ。下手したら大惨事だ。
「キンジ!!バイクを使え!!茂みの中に隠してある!!」
すると、武藤が脚を挟まれながらもバイクのキーをキンジに投げ渡した。
そして俺も……
「レキ、これ着てキンジに着いて行け!」
「はい」
俺はレキに防弾制服のジャケットを投げ渡す。それを受け取りざまに羽織ったレキは先に窓から出ていたキンジの元へと向かって行った。
さぁ、俺も御役目を果たそうかな。
「出てこいよ」
俺が虚空に向かって話しかける。すると───
「っ!!」
ダンッ!という踏み込みの音と共にしゃがんだ俺の動きに取り残された髪が数本切り落とされた。
踏み込みの音は俺ではない。何も無いはずの空間から聞こえたものだ。なるほど、姿を消す能力か。こりゃあ厄介だな。けど目に映らないだけだろう?今の俺は強化の聖痕を聴力に傾けているからな。手前の心音や呼吸の音、その他諸々聞こえてんだよ。教えてやらねぇけど。
さっきの咆哮と震脚を放った時、俺は他にも伏兵がいないのか音響で精査したのだ。その時に引っかかった奴がいた。そして恐らくそれがコイツ。
「来いよ臆病者。てめぇじゃ俺は取れねぇぞ」
俺の一言で心音が跳ねた。ふむ、案外心が動かされやすい奴らしい。俺はそう言いつつも1歩下がる。早くこの部屋から出なければ……。ここにはまだ下着姿の女子連中や動けそうもない小夜鳴がいるからな。どうにも今は両手で刀を構えているみたいだが、いつ拳銃を取り出すか分からん。そうなったらこんな狭い部屋で超音速駆動で庇うなんて出来ねぇぞ。悔しいことに、俺の力は誰かを守ることに向いてねぇんだ。
───────────────
袋小路。
別に俺が追い詰められたわけじゃない。いや、確かに壁を背にしているのは俺だけれど、でもここは俺が狙って誘い込んだ場所。しかし透明化の聖痕なのか、それとも超能力か。いや、超能力は聖痕の大幅な劣化品だ。粗悪品と言ってもいい、それくらいパワーや使い勝手に差があるのだ。そして、既に保健室から10分は経過している。ここまで完璧な透明化を行いつつ戦闘もそれなりにやってこの時間保つのは至難の業だ。やはりコイツの力は聖痕と考えていいだろう。だが透明化の能力だけで俺がやられるわけはない。
俺は強化の聖痕を脚力に込めて真上に飛び上がる。そして自分の身体の奥底に命じる。
──来い、
そして現れた銀色の腕から白い焔を放つ。そうすれば奴を透明にさせていた聖痕の力が燃え、白い焔の中から俺に斬りかかってきた奴の正体が白日の元へと晒される───。
「……くっ」
「……女?」
出てきたのは身体のラインがくっきりと表れる黒いボディスーツを纏った女だった。綺麗と言うより可愛い系に整ったその顔付きからすれば年齢は恐らく俺と同じくらい。いや待て、なんでこいつはこんな服を……。あぁ、なるべく音を出さないためか。コイツ、音は消せないんだったな。
「悪いか……」
「別に。だが逮捕はする」
白焔を上から喰らって膝を付いているそいつの肩を蹴り背中から壁に叩き付ける。
既に白焔は燃料だった透明化の聖痕の力を燃やし尽くして鎮火している。銀の腕を解き、俺は背中を壁に強打して力無く垂れているその細い腕を取って聖痕用の手錠を掛けようとした、その時───
「あ?」
手錠が、いや、腕を掴んでいた俺の手もすり抜けたのだ。こいつの能力は
そして───
「ッ!?」
真横から感じた殺気に、咄嗟に頭を守りながら地面を転がった。だが防弾だけでなく防刃性能もあるはずの俺のワイシャツごと右腕が斬り裂かれる。1人だと思っていたがまさか2人だと!?
横に転がっていたおかげで右腕の両断は免れたがそれでも半分くらいは斬られ、鮮血が路地を赤く染め上げる。
「グゥッ!」
俺は銀の腕を再び発動させ下手人がいるであろう所へ白焔を叩き込もうとする。だが俺の耳に届いたのはザッ!という踏み込む音。そて目の前の空気が揺らめく風が俺の後ろ毛を逆立てる。咄嗟に後ろに飛び、急所は銀の腕で庇う。だが俺の鮮血が飛び出したのは右腕の届いていない左肩。刀を突き刺され、斬り上げられたようだ。なんつー斬れ味だよ。今の俺は強化の聖痕で狙撃銃の弾丸すら貫通しない程の強度なんだぞ。
──
俺は両腕両足、それから胸にも銀色を纏う。
天墜、これが銀の腕の次の形。命名はリサだ。天を墜す程の怒り、そんな言葉をあの時の戦いを見ていて思い付いたらしい。これの負担は片腕の時とは比べ物にならないが相手のあの斬れ味はまともじゃない。こっちもこれを出さないと殺られる気がするんだよ。
そして俺はすぐさまこの袋小路を埋め尽くすように白焔を放つ。これは物質は燃やせないからな、多少派手にいっても問題あるまい。
だが聖痕を燃やしたにしては思いの外早く白焔は晴れ、その後には俺以外の誰もいなかった。逃げられた、ということか……。
「……リサ」
アイツらのターゲットが俺だけならまだ良い。だが俺を狙う為にリサにまで危険が及ぶ可能性もある。
そう思い至り俺が駆け出そうとしたその時───
「ズッ───」
身体に激痛が走る。発生源の腹を抑えればその掌は真っ赤に染まっていた。見れば脇腹も、白いワイシャツを赤く染めていた。
あの時の戦いの傷、正直に言えばあれはまだ癒えていない。腕や脚の傷はどうやら銀の腕の顕現と共に治ったみたいだが、腹のど真ん中や脇腹はまだまだなのだ。本当は今の俺は戦闘に参加することは叶わない程度にはまだ重傷だ。
武偵病院?ベッドを空けろと2,3日で追い出されたよ。
ていうか、今日の本来の予定はベッドでゴロゴロしながら1日リサに甘えること、だったのに再検査だとか言うから俺もこっそり着いて行ったのだ。それがこのザマだ。あん時失った血もまだ完全には戻りきってはいないし今の戦闘でもだいぶ失った。
「くっそ……」
俺は悲鳴を上げる身体に鞭打って聖痕の力を流し込む。それによりブラックアウト寸前の意識を無理矢理に引きずり起こした。そして地面を踏み割る勢いで真上に飛び上がり、ビルの屋上へと辿り着いた。とにかく今は学校へ、リサの元へ駆けつけなければ、そう思い俺はまず携帯を取り出した。
「……リサか?今どこにいる?」
───────────────
あの後俺は無事にリサの元へ辿り着けた。と言っても、携帯で居場所を聞き、普通に待ち合わせたのだけど。そしてその間、どういう訳かあの透明人間侍共は俺達の前に現れることはなかった。あいつらは俺だけが狙いだったのだろうか。しかし、不意打ちはするのに人質は使わないのか、よく分からん奴らだったな。
そしてそれから数日後、俺はとある人物から呼び出しを受けていた。今度はあの時とは違って正体のはっきりした奴だ。呼び出されたのは武偵校の音楽室。俺とリサが来た時には既にそいつは備え付けのピアノの椅子に腰掛けていた。
武偵校の赤いセーラー服に身を包んだそいつは俺達の気配に気付くとその綺麗な銀髪を揺らし、顔を上げた。
「よ、ジャンヌ」
「来たか」
「お久しぶりです。ジャンヌ様」
「あぁ、リサも久しぶりだ」
「で、いきなり呼び出してどうした?」
「別に、用という程でもない。私もここの
ジャンヌ、ジャンヌ・ダルク30世、フランスの聖女の末裔。銀氷の魔女、
するとジャンヌはピアノの蓋を上げ、曲を弾き始めた。それも自分らの祖先が火刑に処されたところをモチーフにした曲。もっとも、史実とされているそれは影武者で、本人は逃げ延びて力を磨いていたらしいのだが。そしてその子孫がコイツというわけだ。
挨拶、と言っても俺達が何か言葉を交わす必要はない。イ・ウーの同窓であり同い歳の俺達はまぁそれなりに仲も良かった。イ・ウーと一口に言っても派閥はあり、俺とリサ、ジャンヌは別の派閥だったのだが、それでもやはり同い歳というのは大きかった。リサが半ば強引に過激派に組み込まれ、俺もそれを庇うようにそっちに行っただけで別に俺達が自分らのグループに帰属意識があるわけではなかったのもあるだろうし、リサのメインの仕事が会計で、派閥の垣根を越えて接することが多々あったのもまた理由の一つではあるはずだ。
そういうわけで、再び違う場所で同窓生になったところで特段何かあるわけじゃない。連絡だってちょこちょこしてたしな。それでも、理子は今ここにはいないとは言え、この3人で同じ場所同じ学校にいるというのは中々に感慨深いものもあった。ジャンヌがピアノを演奏しだしたのも同じ感傷に浸ったからだろうし、俺達はただ何も言わずにジャンヌの奏でる音色に耳を傾けていた。
しばらくの間聴き入っていると、ジャンヌが窓の外に目配せした。ふと見ればそこにはキンジがいた。音に釣られてやってきたらしい。
少しすれば校舎を回ってきたキンジが音楽室に足を踏み入れる。
「……同窓会か?」
俺とリサがイ・ウーに居たことをもう知っているキンジはジャンヌまで揃っている様子を見て皮肉気味に呟いた。
「ま、そんなとこだ」
「それより遠山、お前は横浜の紅鳴館へ潜入するそうだな」
「……天人から聞いたのか?」
「
「無限罪のブラド、か?」
「あぁ。……天人、お前は遠山と多少仲が良いらしいが、良いのか?」
「直前でいいかと思ってただけだ。……まぁいいや、一応ブラドって奴のことを教えといてやる。取り敢えずここで聞いたことは今は神崎に言うなよ?」
「……何で」
「聞いたらアイツは無鉄砲に突撃するからさ。それにイ・ウーは私闘を禁止していない。自分の情報を喋られたと知ったらこっちまで襲われるからな。……今の俺はブラドを相手取れる程暇じゃない」
結局、今だに傷は癒えていないしあの透明コンビがいつ襲ってくるとも限らない。全快の俺ならブラドをぶっ飛ばすくらいはワケないが、逮捕となると話は別だ。アレはそういう面では意外と面倒な相手なんだよな。
「……なるほど。で、ブラドってのはどんな奴なんだ?」
「ふむ……私も日本語では何と言っていいのか分からないのだ……。天人、あれは日本語で何と言うんだ?」
結局俺かい……。まぁいいか。ブラド、ねぇ……。
「んー、まぁ吸血鬼じゃないか?前にパラッと歴史の資料集を捲ったらいたんだけどな、ブラド3世、ルーマニアの串刺し公だよ、ブラドは」
「……吸血鬼ってお前」
「別に不思議じゃないだろ。お前、ジャンヌと戦ったならジャンヌの───」
「あのぉ……」
と、そこで音楽室の扉を開ける奴がいた。見れば教科書か譜面か何かを抱えた女子生徒が申し訳なさげに立っていた。どうやらここを使いたいらしい。
「……場所変えるか」
───────────────
台場のファミレスにやって来た俺達はそれぞれドリンクバーだけ注文した。リサが各々の飲みたい物を持ってくると行ってマシンの方へ取りに行き、ドリンクバーが物珍しかったらしいジャンヌもそれに着いて行った。
「いいのか?」
2人がドリンクバーの機械まで行って声が届かないと判断した途端、キンジがこちらに顔を寄せて小声で聞いてくる。
「何が?」
「腹の怪我、治ってないみたいだが、そんな状態でブラドって奴から物盗る手伝いなんかして」
あぁ、それか。
「俺もブラドは嫌いだからな。それに、俺は直接紅鳴館に入るわけじゃない。理子の護衛みたいなもんだし、理子とリサを逃がすくらいなら余裕だよ」
「ふうん」
「まぁあそこにはブラドは帰って来ないみたいだしそう心配することじゃねぇよ。ただ、悲観論で備え楽観論で行動せよ、一応アイツの弱点は教えといてやる」
「十字架とかニンニク以外でな。あと日光もいらないぞ」
「はっ、んなもんとっくに克服してるよ、アイツは。そうじゃない。アイツの身体には"魔臓"って呼ばれる臓器が4つあるんだ。そして、それのどれか1つでも機能している限り、あの野郎はどんな怪我でも即座に再生する」
「……なんだよそれ」
「だから面倒なんだ。俺ならぶっ飛ばすだけならワケないが、逮捕って観点での勝ち目が薄いのはそういうことだ。何せアイツに勝つにはその魔臓を4つ同時に破壊しなけりゃいけない」
「そんな臓器、身体の中ってだけじゃどこを攻撃していいか分からんだろ」
「あぁ、けど3つまでは場所は分かる。アイツは───」
「昔ヴァチカンから送り込まれた
すると、飲み物を注ぎ終えたのかジャンヌとリサがコップを2つずつ持って戻って来た。キンジとジャンヌはメロンソーダ、俺とリサが烏龍茶。
「秘術?」
「そうだ。奴の魔臓の位置には目玉模様が浮かび上がっている。その中心にブラドの唯一の弱点、魔臓がある」
「……ま、4つ目も何となく予想は着いてるけどな」
「……そうなのか?」
「確かめたことはないけどな。候補だけなら幾つかな」
「それって……」
「まず足の裏。足首の真下なら模様が見えなくても仕方ない。あとはベロだな。ここは身体の表面だけど内側にあるから、もしかしたら、な」
「なるほど、だが舌はともかく足の裏にあったらどうするのだ?」
「……知らねー。ベロにあることを願うしかないな」
残りの3つは肩とか脚だったはずだが、最後が足の裏にあったらわりとお手上げだな。流石に足の裏も含めての4点同時攻撃は手段が思い付かん。
「おいおい……」
「ま、基本は逃げろってことで。……この辺の情報は緊急時にだけ神崎と共有な」
「あぁ。……そういや、イ・ウーってどんなとこなんだ?お前らを見てると仲が良さげなんだが、天人は前にイ・ウーのボスから刺客を送られたとか言ってたし」
「……知りたいのか?イ・ウーのことを」
キンジの質問に、ジャンヌの目が鋭くなる。
「アリアも理子も天人もリサも教えてくれないんでな」
まぁ、確かにアイツらならキンジには教えたがらないか……。俺も同じだ。俺が居た時のイ・ウーのメンバー本人達はともかく、そいつらがツテを使ってあの時みたいに強力な聖痕持ちを動員しないとは限らないからな。
「ふむ……。イ・ウーは知ってるだけで身に危険が及ぶほどの国家機密だからな。何もかも話すわけにはいかんのだ」
「……誰かに話すなと言われてるのか?」
「違ぇよ。単に喋ったら喋られた奴が報復に来るかもってだけだ」
イ・ウーなんて、そんな高尚な組織じゃないからな。
「……狙われてもお前らくらいの戦闘力があればやり過ごせるだろ」
「天人なら、な。だが私は無理だ。私の戦闘能力は、イ・ウーの中で最も低いのでな……」
ジャンヌのその言葉に、キンジの方こそ言葉に詰まる。だがジャンヌの言う通りだ。コイツは正面切っての戦いであれば恐らくあの中じゃ1番弱い。
「俺も、この前みたいにリサをあんまり危ない目に合わせたくないからな。ブラドみてぇに人望の欠片も無い奴のことなら喋ってやれるが……、まぁ組織の概略くらいは良いけどよ」
「概略、ねぇ……」
「て言っても、まぁ要するに学校みたいなもんだよ、イ・ウーは。教える奴と教わる奴がいて、でもその垣根は無い、みたいな」
「どういうことだ?」
「簡単な話だ。イ・ウーは世界中から天賦の才を持った者が集まり、お互いにその技術を教え合い、高め合う。そういう場所なのだ」
俺の言葉をジャンヌが引き取って答える。
「理子がお前に変装技術を教え、作戦立案を理子に教える、っていうのもその一環か?」
「そういうことだな」
「じゃあ天人の、聖痕……とか言う力も伝わってるっていうのか?」
「あぁ……あれは教えてどうにかなるもんじゃないからあれは俺だけのもんだ。だからま、戦闘力はあっても伝えられる物が無い俺はあそこでも爪弾きだったんだよな」
「そりゃ何よりだ。人工浮島をあんな風にできるような能力が皆使えたんじゃ洒落にならん。けど、ていうことはイ・ウーってのはそんな自己啓発集団の集まりか?」
自己啓発集団って……。まぁ間違っちゃいない気もするが……。
「そこら辺は色々だな。世界征服したいような奴から何かの目標のために力が欲しい奴、それこそただただ力のみを求める奴。色々いた。組織っつってもそんなに結束力のある集団じゃねぇよ」
「……理子は、どんな目的でそんなとこにいたんだ?」
その質問に俺は答えなかった。答えを知らないわけではない。けれど、何となく答えを言うのがはばかられたのだ。だがそんな様子の俺を見て、ジャンヌが口を開く。
「理子は、ブラドに監禁されていたのだ。幼少のころに」
「監禁……だって?」
「そうだ。リュパン家は理子の両親の死後、没落したのだ。財宝は散り散りになり使用人達もバラバラになった。そんな理子の元へ親戚を名乗る人物が現れ、理子はそれに騙された。そいつがブラドだった」
「……理子様がお洋服に拘るのはその当時ボロ布しか纏う物がなかったから。お身体が小さいのはキチンとした食べ物を与えられなかったから。ですが理子様は自力でその檻から脱出なされました」
リサがジャンヌから言葉を引き継いだ。
「……そしてイ・ウーの門を叩いた。だがブラドもまた理子を追いかけてイ・ウーにやって来た。そして理子は負けた。……だが成長著しかった理子に免じて、とある約束をしたのだ」
「それが、シャーロック・ホームズ4世……アリア様と戦って、勝つことができれば永遠に解放するというものでした」
それこそが理子がアリアに拘っていた理由。そしてアリアの全力を出させるためにキンジと組ませたがっていた理由でもある。そうでないと、理子はいつまでもあの野郎から解放さないから。
その告げられた言葉に、事実に、過去にキンジは押し黙る。
そして、どこか重苦しい雰囲気を残したままこの会合はここでお開きとなった。
俺はリサと寮に戻ったのだが、ファミレスを出る際にジャンヌが何か言いたげな顔をしていたのがやけに印象に残っていた。