「おーい、そろそろ昼にするぞ」
リムルの声に、5人が揃って「はーい」と答える。そして我先にとリムルの持つバスケットに駆け寄る。今日は校庭ではなく、校外学習と称しての街の外れでの模擬戦だ。リムル(というか大賢者)の見立てでは子供たちの体内を駆け巡る魔素を安定させるには上位精霊なる奴らを彼らの身体に宿し、そいつらに魔素を制御させるのが良さそう、とのことらしい。
当面の間はリムルが上位精霊を探しつつ彼らとの模擬戦やらを行い、少しでも魔素を発散させる。そして俺は、例え気休め程度にしか効果がなかろうとも彼らに自分らでも魔素をコントロール出来るように指導を行う役目。「大賢者」はともかく、リムルは魔素の扱いはそれほど上手くはないが、俺に関しては聖痕のおかげで「体内を自分の肉体以外の力が駆け巡る」状態でそれをコントロールする術に関しては一日の長があるからだ。というか、俺がこの世界に来て割とすぐに魔法を体得出来たのはこれのおかげだ。
学内で飯を食う時はリサが作ってくれるのだが、こうして課外授業をやる時はランガが普通の犬のフリをして買ってきてくれている。だが今回はやたら張り切ったのか弁当の中身がぐっちゃぐちゃに片寄っている。
シュンと小さくなっているランガやそれでも美味そうに飯を頬張る生徒達を眺めながら飯を食っているとリサが何やら反応する。
「ご主人様……」
「あぁ、殺気だ……」
リサは巨大な生き物の気配に。俺はそれが放っているのであろう殺気に、それぞれ反応する。
すると───
──グギャアァァァァ!!──
と、耳をつんざくような獣か何かの叫び声。
「あれは……」
立ち上がり声のする方を見ると晴れ晴れと広がっている爽やかな蒼天にはデカい竜が飛んでいた。
「まずい……」
あれだけの殺気だ。あの竜が王都へ入ろうと並んでいる人々を襲う気なのはすぐに分かった。
だが間に合うか……?距離も遠い、今までほぼ隠し通せているはずの銀の腕をまさかここで使うわけにもいかない。となると取れる手段はこの瞬間には一つだけ。
──
竜が何やら雷と炎の中間みたいな攻撃を口から放つ瞬間、竜の叫び声に気付き逃げ惑う人々と竜の攻撃の射線のちょうど合間に魔法陣を形成。そこからなるべく大きくかつ複数枚の氷の壁を生み出す。
俺はそれで竜の攻撃を防ごうとしたが───
「遠いっ!」
竜の吐き出した攻撃により氷の壁が砕け散る。いくらなんでも距離がありすぎる上にあの竜、かなりの魔素を持っていやがる。
それでも多少は軌道をズラす程度のことは叶ったようで、集団のど真ん中への直撃は避けられた。ただ、直撃は避けられたと言っても砕かれた地面から巻き上げられた石や土砂に潰される人も大勢いた。さらに竜の2発目。さすがに間に合わず、さらに大勢の人間へと蹂躙が到来する。
「ランガ、リサとそいつら任せたぞ!」
「あぁ!」
ランガの返事が届くのを待つまでもなく俺は竜目掛けて空へ飛び出す。カリュブディスとの戦いで捕食した、奴のお供たるメガトロンとかいう巨大な鮫の持つスキル、「重力操作」の解析と獲得、修練は終わっている。それを応用すれば翼なぞ持たなくてもミリムのように空を自在に飛行することも可能なのだ。
「ふっ───」
俺が奴に到達するまでに既にもう一撃が放たれている。そしてさらに4発目を放とうとする黒い竜。
これ以上は撃たせてはならないと俺はその竜の顎を下から蹴り上げる。
「ギッ───ガアァァァ!!」
だがその竜は喉元に溜めたエネルギーをそのまま至近距離で俺に放つ。
けどなぁ、この距離なら割らせねぇよ。
俺の眼前には巨大な氷の壁。
さっきはあまりに距離がありすぎな上に広く張ったから砕かれたが、このゼロ距離で数メートル程度の大きさならお前の攻撃なんぞ通さねぇよ。
「ギギッ……」
殺気の込められたその両眼を睨み返すとその巨躯を翻し空へ昇っていく。だが感じる気配からすると、まだアイツはヤル気のようだな。
そうして予想通り奴は地上へ向けて急降下。だが俺はそれをわざわざ追いかけはしない。なぜなら地上には既にリムルが構えているからだ。
「はっ!」
リムルがその腰に携えた刀を一閃。竜を肩口から切り裂く。
それでも立ち上がるしぶとさを備えた竜に対し、リムルは「暴食者」でそいつを消し去る。
「終わったな」
竜が喰われたのを確認していると、何やらリムルと助けられたらしいオッサンが話し始めたので適当なところで地上に降りると───
「天人、お前やるならちゃんと仕留めろよ?」
と、リムルに半眼で睨まれる。
「いや、お前いたの見えてたしいいかなぁって……」
良かぁないだろ、とこちらを睨むリムルのその眼は語っているようだが、それよりも───
「そっちは平気か?」
と、リムルの後ろでこちらを窺うように覗くオッサンに話を振る。
「ええ、おかげさまで。貴方が先程氷の魔法で竜のブレスを逸らしてくださった……」
「あぁいや、防ぎきれなくて悪かったな。タカト・カミシロだ」
「いえ、あれがなければさらに犠牲者が増えていた。貴方のおかげで助かった者がいます」
「そう言ってくれると助かるよ」
ミョルマイルとかいう名前らしいそのおじ様、どうやら魔国連邦で回復薬を大量購入したお客様らしく、リムルの名前も実はスライムだということも把握していた。
「おい、そこの3人」
と、そうこうしている内に王国外壁周りの警備部隊と思われる、鎧を着た男に呼び止められる。
この状況、実は少し不味い。リムルは正体が魔物だということはこの国では公にはできないし、俺もあまり辿られるとそれがリムルの正体に繋がってしまう。何より人命の為とはいえ割と大技を使ってしまっているので追求されるのも面倒なのだ。
どうやら向こうは俺達の素性よりも知性のあるはずの竜がやたら滅多に人を襲った部分が気になるらしく、それについて聞きたいらしいのだが、俺とリムルが渋い顔をしていると───
「聴取かね?私をミョルマイルと知ってのことか?」
と、やたら自信満々にミョルマイルさんが前に出てくる。魔国連邦の回復薬、性能が良い分大量購入は安い買い物ではないはずだが、それが出来るだけの地位にあるということか。
「おい!その人はいいんだ!」
と、そのやり取りを見ていたらしい別の騎士様が駆け寄ってくる。
「失礼しました。奴はまだ新人で……」
と、先輩騎士らしい彼が後輩くんを押しやってミョルマイルさんとの会話を引き継ぐ。
それは良いのだがこのオッサン、イヤに慣れた手つきでその騎士に金を握らせやがった。しかも、受け取る方も受け取る方でそれを隠す動きが無駄にスムーズだ。なるほどねぇ。ちょこちょここうして賄賂を渡して見逃してもらっているのだろう。本当にこの国の治安は信用ならないな……。
────────────
その日の夜、俺達はミョルマイルさんによってとある店に招待された。
とある……といっても要は高級キャバクラなのだが。
今夜はミョルマイルさんの口利きで貸切ということらしいが、どんだけ金持ってんだこのオッサン……。
で、リムルは憧れだったらしくいきなりシャンパンタワー。店の人も「凄いねぇこれ。先生の故郷で流行ってんの?」なんて言われてた。流行ってはない、かな……?俺とリムルの世界じゃ西暦的には8年かそこら違うみたいだから分からんが。
また、店員達が声を潜めて会話していたのが「魔力感知」で丸聞こえだったのだが、ミョルマイルさん、実はここの店長だったらしい。商人にキャバクラの店長とか、手広くやってんだなぁ……。やはり向こうとしてはどう見てもまだ10代の女の子であるリムルの外見について気になるらしい。俺の方は若いがまぁ酒が飲めなくはなさそうな歳に見えたのか、それほど気にはしていないようだったが。
だがこのミョルマイルという人間、自分の体裁よりもリムルの事情の方を汲んでくれたらしく、店員の方も下がらせてくれた。確かに誰もいない方が話しやすいからな。
で、こっからまずは真面目な話。
どうやら昼に襲ってきた竜、「大賢者」曰くスカイドラゴンとかいうらしいが、そいつの襲撃で瓶自体が割れたり──なんとミョルマイルさんが他の怪我人にも使ったりして──少なくない数の回復薬が売りに出されずに消費されたことになる。
で、リムルとしては宣伝も兼ねてあそこで消費してしまった分に関しては補填すると申し出たのだが、向こうがこれを固辞。ミョルマイルさんとしてはむしろ今後この世界で交易の中心地となるであろう魔国連邦への投資、またそこの盟主とお近付きになれたというのが理由らしい。
なるほど、せっかくの高級商品を関係の無い他人に使える優しさ、警備の騎士に賄賂を渡す狡猾さ、そして上がると見極めた相手には投資を惜しまない度胸。まぁ、信用してもいいんじゃないかね。
────────────
「ご主人様から他の女性の匂いがします」
リムルが「精霊の棲家」とかいう所へ寄ると言うので1人でイングラシアの寮の一室へ戻った瞬間、リサからヤンデレ臭漂う怖めのセリフを吐かれた。
「え?あ、あぁ。接待受けててな……」
そういやリサに言うの忘れてたな……。夜に出掛けるとは言っていたが、そもそもあのオッサンの招待した店がどんなところなのかは向こうに着いて初めて知ったのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
「香水とアルコールの匂い……。接待……。キャバクラ、ですか?」
花丸満点。ていうかそこまで匂い着いてたのか。歩いて帰ってきたからある程度は取れていたと思ったのだけど、リサは思いの外鼻も利くらしい。
「あぁ。俺も店に着いて初めて知ったんだ」
「なるほど。いえ、リサもそのようなお店に行くな、とは言いませんけど……」
俺の裾の端をキュッと掴むリサ。こっちに来てからは子供たちに掛かりきりだったせいか、寂しい思いもさせていただろう。武偵校にいた頃は俺が仕事で数日空けていてもそんな素振りは見せなかったリサだが、世界を渡ってこっち、やはりリサも不安なのだろう。怖いと思うこともあるだろう。俺だってそうなのだ、リサが思わないわけがない。
「俺は言ってほしいんだけどな」
と、リサの手を取りそのまま巻き込むようにしてベッドに倒れ込む。
「久しぶりですね。こういうの」
「あぁ」
手は絡めたまま至近距離でお互いに見つめ合う。俺はリサの頭に反対の手を回し、抱き寄せる。
そしてリサの柔らかい唇に自分のそれを付ける。
「ん」
「ふっ」
けれどこれから、というところでドアを拳で鳴らす音がする。
気配からして数人。多分あの子達だろう。
「……行ってあげてください」
少し、いや、かなり寂しそうなリサの声。
そんな顔をされたら俺は逆に全てを投げ打ってリサだけに尽くしたくなってしまう。けれど、リサの言葉がそれを許さない。
「……あぁ」
リサに促されてドアを開けるとはたしてそこにいたのはリョウタ、ケンヤ、ゲイルの3人だった。
「どうした?」
何事も無かったかのように尋ねる。ここに彼らが来た理由は実際のところ、察しはついているのだが。
「先生……俺達……」
明日も大丈夫だよね?とその6つの眼は不安そうに尋ねてくるのだった。
意味は分かっている。彼らだって異世界に放り出され、挙句自分らが後数年の命だと知っている。それがたまらなく不安なのだ。きっとそれは俺達の比ではないものがあるだろう。それに、彼らは今日のお昼にも何人もの人間が傷付くのを見ていた。それが今まで溜まっていた不安を刺激したのかもしれない。
「あぁ。大丈夫だ。……そうだな、食堂へ行こうか。リサも、な?」
と、ベッドに腰掛けていたリサも呼ぶ。
俺はリサとゲイル、リサは俺とリョウタとそれぞれ手を繋ぎ、ケンヤは俺の肩に乗って食堂へ5人で向かうことにした。
食堂へ着くと、入口のドアが少し開いており、そこから光が漏れていた。
行儀は悪いが両手が塞がっているので足先でドアを開くとそこではリムルとクロエ、アリスの3人が何やら飲み物を飲んでいた。
「おう、お前らもいるか?ホットチョコレート」
「あぁ、頼む」
リムルから渡されたホットチョコレートを飲んで少し落ち着いているとリムルから明日の課外授業に関して話があるとのこと。
「……行くのか?」
「あぁ」
「行くって、どこへ?」
ゲイルが尋ねる。
「ウルグレイシア共和国ウルグ自然公園」
リムルが、今だに俺はつっかえて上手く1発で言えないその名前をスラスラと口に出す。
「ウル……外国ですか?」
「精霊の棲家だ」
───────────────
リムルが設置していたワープ用の魔方陣を抜けると、目の前に現れたのは天に届こうかという程に巨大な樹木とその根の間で閉ざされたこれまたどデカい扉だった。
だが、その開かずの扉と思われたそれも、俺達が近寄ると誘い込むようにその口を開く。今回ここへ来たのは俺とリムルにランガ、それと5人の子供たち。リサは危険があるかもしれないので学園に残してきた。
もちろんここへ来る前に出発のキスは済ませてきたので俺は確実に帰ると覚悟を決めている。
「行くぞ」
リムルがまず「精霊の棲家」へ1歩入る。その後ろに俺達が続く。
誰が何もせずとも勝手に閉まる扉を無視して奥へ奥へと歩みを進めていくが、これまで特に変わったところはない。リムルの話ではここに入って帰ってきた奴はいないらしいが、とてもそうは思えないくらい大人しいもので、道も特に別れておらず、ただ真っ直ぐに石畳の回廊が続いているだけだ。
と、思ったのも束の間。壁の向こうとでも言うのだろうか、方向や距離感を感じさせずただクスクスと笑い声だけが空間に響く。
これが精霊とかいう奴らなのだろうか。リムルが敵意は無い、用が済めばすぐに立ち去ると言ってもあまり聞く気は無いようだ。その証拠に───
──上位精霊?教えてあげてもいいよ。ただし、試練に打ち勝ったらね──
と、しち面倒臭いセリフと共に背後から突然足音を立てて現れたのは───
「ゴ……
ゴーレムとかいう巨大な戦闘兵器だったのだから───
そのゴーレムの1つ目が俺達を捉える。すぐさまリムルの後ろへ逃げる子供たち。振り下ろされるのは大の大人が丸まった位はあろうかという巨大なゴーレムの拳。石の回廊が蜘蛛の巣状に砕ける。だがただの人間であれば一撃の元に圧殺される一撃が、再び振るわれることは無かった。なぜなら───
「これじゃあ足んねぇよ」
リムルはランガと共に子供たちを守るように後ろへ下がる。それと入れ替わるように俺が前に出てその拳を受け止めたからだ。その拳の重さに地面は耐えきれずに悲鳴を上げていたがそれだけ。俺に掴まれたその拳は再び振り上げることすら叶わずにゴーレムは硬直を強いられていた。
「しかし、随分食い気味に潰しにくるじゃあねぇか。試練ってのはコイツを壊せばいいのか?」
──そうだよ、できるならね──
「天人、時間が無いし子供たちに怪我させたくない。俺がやる」
「あ?俺がそんなヘマ……あぁ、分かったよ」
俺が後ろを振り向くとリムルの手には既に黒炎が現れていた。あれは紅丸の技の元になったやつだ。俺はそれを見て後ろへ跳び退がる。もちろん、ゴーレムの足元を凍らせて動きを止めておくのを忘れてはいない。
俺が安全圏へ退避したのを確認するが早いかバッとリムルが両腕を突き出すと、リムルから放たれた黒炎がドームとなりゴーレムを包み込む。数瞬の後に黒炎が消えるとそこにはゴーレムの姿は跡形もなく消えていた。
──うそぉ!?アタシの聖霊の守護巨像が一撃で!?──
リムルの本気の一端を初めて見た子供たちは唖然とした様子で大口を開けている。だがそれをリムルは意に返さずにあのゴーレムを操っていた黒幕に出てこいと命令する。リムルにしては珍しくやらた強い口調でゴーレムのように燃やし尽くしてもいいんだぞと、脅しもかけている。すると、観念したのか岩陰から何やら光り輝く小さい奴が飛び出てきた。よく見るとそいつは薄い4枚の羽を背中から生やして耳はエルフみたいにとんがっている。正しくゲームで見る妖精のような姿をしていた。で、本人曰く「我こそは偉大なる十大魔王が一柱。"
というか、コイツを見ていると無性に腹が立つのは何故なのか。別に普段ガビルと話していてもそうイラつくこともないのだけど。
まぁいい、細かいことはリムルに任せよう。俺の目的は上位精霊とやらを子供たちに憑かせることによって彼らの魔素が安定させられるまで無事に守りきることだからだ。
「ええぇぇ!?」
と、ラミリスが何かに驚愕したらしい叫び声が耳障りに響く。
「あ、あんたあのミリムと付き合ってるの!?」
「あ?あぁ、一応な」
「えぇ!?リサ先生は!?」
ラミリスの言葉に今度はケンヤが反応する。ちなみにクロエとアリスはめっちゃ冷めた目でこっちを睨んでいる。もう慣れたよそういうの。
「そらリサも公認だ」
「ど、どういうこと……?」
「これが大人ってことなの……!?」
ヒソヒソと、5人は頭を寄せあって何やら会議を開催している。うん、その大人像は間違ってると思うんだ。
「いや、別に───」
俺が5人の将来を案じて間違った大人像を正してやろうとすると、フッと今まで心を占めていたイラつきが消えた。リムル曰く、ラミリスが「精神支配」とやらを試みていて、俺達はそれに抵抗していたためにやたらイライラしていたらしい。ちなみにこのラミリス、今までこの迷宮にやってきた奴らは軒並みどっか遠い異国の地へ送っていたらしい。なるほど、それで誰も帰ってこないわけだ。
───────────────
「はぁ、なるほどねぇ。この子達も苦労してんのねぇ……」
と、俺が懸命に彼らの将来を導いていると、ラミリスがフワフワと漂ってきた。なんとこの魔王様、リムルがお会いしたかった精霊女王でもあるらしい。属性詰め込みすぎでは……?
なお魔王というのはこういう凄い奴が堕落してもなれるらしい。堕落って何だよとは思うがラミリスのダラダラっぷりを見ていると確かに精霊女王なんて威厳のありそうな奴が堕落していそうではある。そうなると生活力ゼロの俺も下手したら魔王堕ちがあるかもしれない……。気を付けよう……。あぁそういや武偵は闇・毒・女に落ちるとも言うからな。リサに落ちっぱなしの俺はもう堕落してるかもだ。
で、結局ラミリスは上位精霊を呼び出すことには協力してくれるらしい。そんなラミリスに着いて行く道すがら、周りに漂っていたフェアリーちゃん達から聞くところによると、ラミリスは転生と成長を繰り返しているらしい。しかも前世の記憶をも引き継ぐのだとか。おかげで唯一世襲制を許されている魔王とのことだが、それ世襲って言っていいの?
俺が世襲制とはいったい何ぞやという所に頭を悩ませているといつの間にやら精霊を呼び出す場所まで着いたらしい。そこにあったのは大きな岩とその周りを囲む光の螺旋。
精霊を呼び出し憑依させるだけ、ラミリスに聞く分には危険も無さそうだと俺は奥で欠伸をしている間に4人の憑依が終わった。その内ケンヤだけは本物の上位精霊。しかも勇者の素質が無いと現れてくれない超レア物らしい。ケンヤ、あれで実は凄い奴だったんだな……。ちなみにゲイル、リョウタ、アリスの3人には上位精霊は現れてくれなかった……のだが現れた下位の精霊共をリムルが「暴食者」で引っ捕らえ、それを「変質者」で何やら統合。擬似的な上位精霊を作り出しそれを彼らに憑依させることで無理矢理に儀式を成功させていた。
だが順調なのはここまでだった。最後にクロエの番が回ってきたが彼女の呼び掛けに応じた奴、何かがおかしい。あれは今までの精霊とは違う。あまりに感じる存在強度が桁違いだ。
あれは、駄目だ……。
──来い、銀の腕!!──
俺はすぐさま銀の腕を発現させ、背中のスラスターを吹かせる。そのまま一直線にクロエの頭上に在るその存在へ向けて拳を振るう……が───
「ッ!?」
フッと、あの存在感の塊のような奴が視界から消える。銀の腕の白い焔であいつを焼却せしめるつもりで放った拳が空を切る。勢い余って大岩に背中から激突。超音速駆動はクロエや周りを巻き込みかねないために元々速度は制限した状態で突っ込んだのが幸いして大破壊には至らなかったが、そいつはいつの間にやら、一歩下がってクロエを見守っていたリムルの眼前に現れていて、何やら口付けでもしているかのようだった。
「リムル!そこ動くな!」
今度こそと俺が飛び出した瞬間には、奴はクロエの元へと戻っていた。
俺が身体を無理矢理に捻ってそちらへ振り向くと、その刹那に奴はクロエの中へと消えてくのであった……。
「クロエ、何ともないか?どこか痛かったりしないか?」
と、クロエの身体を案じるリムルに対し、クロエは何ともない、平気だと返す。確かに、先程までの圧倒的な存在感は不思議な程に雲散霧消している。ラミリスもあれが何なのか、正確なところは分からないようだが、唯一時間軸のズレを感じた、おそらく未来から来たのだろうという推論だけは出てきた。そして目的は多分クロエに宿ること、らしい。
だが幸いなことに、クロエも含めて全員の魔素が安定しているのは感じ取れる。つまり、色々あったがここへ来た目的は果たせたという訳だ。
「一件落着、でいいのか?」
「そうだな」
頷くリムルを見て思い出す。そう言えばキンジも一件落着という言葉は時々使うが、その度に新しい一件に巻き込まている気がするなぁと。というか、本人もそれを自覚していてボヤいていた記憶も蘇る。まぁ、もう今更何を言っても仕方がないのだ。その時に出来うる最善を尽くしていく他ないのだろう。
───────────────
魔王で精霊王なラビリスの元で子供たちに精霊を宿らせ魔素の安定化を図ってから1ヶ月程が経った。
その間彼らの魔素は安定しており、もう暴走や崩壊の心配も要らなさそうだった。この頃にはリサはもう魔国連邦へと戻っていた。
そこで俺とリムルは5人と別れを済ませ、リムルが新たに習得した空間移動のスキルで魔国連邦へと帰ろうとするのだが……。
「あれ?」
「どうした?」
「スキルが発動しない……」
「は?」
「リムル様!!」
リムルのスキルが発動しないことに戸惑っていると、蒼影が慌てた様子で影から現れた。それだけではない、あれだけの機動力と戦闘力を持つ蒼影が傷だらけなのだ。一体何が……。
「その傷、どうしたんだ!?」
「これは分身体ですので本体は無事です……。それよりリムル様……、敵です。それも、想像を絶する強さの……。どうか、お逃げ───」
と、そこまで言いかけて蒼影の分身体が消滅する。あの蒼影をしてここまで言わしめる敵、か……。そりゃあ───
「そこのアンタか?」
「───っ!?」
「あら、バレてたの」
俺が背後に声を掛けると現れたのは短髪で切れ長の目をした女とその後ろからさらに数名、武装した男共。
「ま、もうすぐサヨナラだけど」
「はっ、本気で隠れる気もねぇクセによく言うよ」
「ふん。君にはあまり興味が無いの。……ねぇ、魔物の国の盟主さん?君達の国が邪魔なのよ。だから潰すことにした」
「魔国連邦を……?てめぇまさか───」
「気になるなら確かめたら?まぁもっとも、今頃どうなってるかなんて知らないけれど」
「あぁけど───」
グッと脚に力を込める俺を遮るように刀を抜き放つその女。
「今君たちに帰られるのは都合が悪いの」
ザワりと、目の前の女から溢れ出る殺気が肌を撫でつける。ついさっきは俺には興味が無いと吐き捨てたわりに俺のことも簡単に帰す気も無いようだ。
「……初めまして。西方教会聖騎士団長、ヒナタ・サカグチ」
女から無遠慮に放たれる殺気を無視してリムルはそいつに挨拶をする。ヒナタ・サカグチ……コイツがか……。確かシズさんの教え子の1人だったはずだ。
「リムル、雑魚は適当に狩ってやる。俺は先に行くぜ」
不味い、不味すぎる……。いや本当に不味いことになった。何をしたのか知らないが思念伝達が使えないだけじゃない。聖痕の力まで封じられている。シャーロックの元で嫌になるほど経験した、聖痕の扉そのものに鍵が掛けられて開けなくなる感覚。偶然の産物なのだろうが、俺には効果絶大にも程がある。まさか聖痕持ちや向こうの世界の人間がもたらしたものでは無いと思いたい。
まさかこんな所で人目に晒す羽目になるとは思わなかったが……、だがこんな所で時間を潰してるわけにもいかないんでな。使わせてもらうぞ、聖痕とも違う、異世界の力をな。
俺がターゲットに視線を移すと、やはり雑魚呼ばわりされた後ろの男共がこちらを睨みつけている。おいおい、あんまりそんな目で見ないでくれよ。
左肩から刃翼を広げる。その異様に、所詮は人間の騎士ということだ、動揺が走る。けどそれはこの場では致命だぜ。
「シッ───」
オラクル細胞により強化された脚力で飛び上がりサカグチの護衛なのか保険なのか着いて来ていた騎士共にディアウス・ピターの刃翼を振るう。
「ゴッ!?」
その気になればこいつらをまとめて両断も出来るのだが、一応リムルはまだコイツらと本気で事を構える気ではないみたいだから峰打ちで留めておく。だが10メートル以上は吹き飛ばされて確実に戦闘不能だろう。
そして俺は騎士共を吹き飛ばしながら巻き上げた砂埃の中へ着地する。
「リムル!後は任せた!!」
おう!というリムルの声を背中で聞きながら俺は草原を駆け抜けていく。
無事でいてくれよ、リサ───!
───────────────
刃が振るわれる。冷たい感触が肌を撫で、鮮血を散らす。切られた場所が熱い。向けられた冷たい殺意と相反するように傷口は燃えているかのように熱く疼く。そうして幾度かの殺意の刃をやり過ごすもそこが限界。嘲るように口元を歪ませた目の前の人間の手にある刃、死を意味するそれが彼女の身に降り注ぐ。次の瞬間にやってくるはずの結果を受け入れた彼女は強く目を瞑る。だが、数秒経っても確定されたはずの結末が自身の元へ訪れることはなかった。変わりに届いたのは金属のぶつかる音だけ。それを不思議に思い、閉ざしていた目を開けるとそこには───
「タカト様!!」
「あぁ」
背中から生えた刃のような翼で騎士の剣を受け止めている男がいた。タカト・カミシロ。この国の盟主であるリムル・テンペストという名のスライムが戦闘面に於いて最も信用しているというこの国の最高戦力。
しばらくリムルと共にこの国を空けていたがその彼が土壇場で戻ってきた。
──助かる──
その確信が彼女の中へ広がる。
取り返しのつかない惨状に見舞われた魔国連邦にあって、これ以上の惨劇は起こりえないと、そう思わせる程の何かが目の前の男から発せられていた。
「楽しいかよ……」
天人の口から漏れる呟き。
それと同時に溢れ出る殺気がこの空間を包む。
魔国連邦の住人の一人に刃を振るおうとした騎士の背中を冷や汗が伝う。
しかし、それ以上タカト・カミシロが何か言葉を紡ぐことはなく刃翼が振るわれる。騎士の持つ剣がその手を離れ宙を舞う。そして再び一閃。天人のディアウス・ピターから簒奪した刃翼がその騎士の胴体を中程から真っ二つに別れさせる。
「リサは……」
既に天人の目には息絶えた騎士など写ってはいなかった。いや、最早助けた国民すらも意識の外だ。その目が探すのは彼の最愛ただ一人だけだった。
───────────────
「なんだよ、これ……」
ハンニバルの炎の噴射によってさらに加速し聖痕に蓋をする結界を抜け、そこからさらに銀の腕のスラスターを噴かせ、超音速で魔国連邦つ辿り着いた俺は、リサを探しながらもここの国の連中をいたぶっていた人間の騎士達を切り伏せていった。
そして、国の中央にある広場に辿り着いた俺を迎えた光景。それは───
───死屍累々、という程ではない。湿地帯でのオークとの戦闘時の方が余程それに相応しかった。けど、けれど、そこにあったのは紛れもなく死体だった。
この街の、この国の住人。男も女も子供も何も関係無い。何人かの顔には見覚えもある。だがそこには戦闘を受け持つような奴らは一人もいなかった。彼ら彼女らはその全員が非戦闘員なのだ。それがこれだけの数死んでいる。その傷を見ればすぐに分かる。これは事故でも災害でもない。確実に、誰かが悪意と敵意を持って魔法か武器かのいずれか、もしくはその両方で持ってコイツらを死に至らしめたのだ。思えばここに戻った直後に遭遇した騎士も、襲っていたのは戦闘員ではなかった。
何故、と疑問が湧き出る。そして───
「リサは!?」
この場に姿を見せない最愛の女の名前を叫ぶ。焦燥が胸を焼く。呼吸が浅く短くなる。ここへ来るまでも姿を見せなかったリサ。しかもいまだ魔国連邦には何やら出入りを制限する結界が貼ってあった。もっとも、移動を制限されるのは魔物だけらしく、この世界ではギリギリ人間の扱いらしい俺はそれに干渉されることなく突破することは出来たが。だがいまだ消えない結界の気配と、姿を見せてくれないリサが俺と焦りを増長させていく。
「───タカト」
その時、俺を呼ぶ声がした。だがその声は俺の求めていた声ではなかった。
「紅丸!!リサは!リサはどうした!?」
後ろから現れた紅丸に思わず詰寄り、その襟首を握り締める。
俺に掴まれて少し苦しそうにしている紅丸の、その呼吸の苦しさとは別の苦々しい表情が物語る。リサに何かあったのだと……。
「リサ……」
「タカト、落ち着いて聞いてくれ。リサはまだ生きている」
「───ッ!?本当か!?」
「あぁ。だが奴らに連れていかれた。ファムルスから来たと言っていたからきっと───お、おい!どこへ───」
紅丸を放り、俺がどこかへ行こうとしたのを見て紅丸が静止に入ろうとする。だがそれを俺は殺気だけで黙らせる。
「決まってる。───俺の女に手ぇ出して無事に帰れると思うなよ……」
───────────────
「ねぇ、こんな奴攫ってきちゃってよかったわけ?」
揺れる馬車の荷台に乗り国へ帰る道すがら、面倒くさそうに問いかけたのは水谷希星、仲間内からはキララと呼ばれる女であり自分の言葉を聞いた者の意識を誘導するスキルを持った異世界人であった。
「へっへっへ。魔物の国への潜入とかっていう超危険なお仕事を見事に完遂したんだ。これくらいの役得はあっても良いだろう?」
と、黒髪を、付けすぎた整髪料で逆立てた柄の悪そうな男が答える。その腕にはロープや魔素の働きを阻害する手錠で拘束された、透けるような金髪を湛えた美しい女が1人。その女の顔には心を許していない男に触れられている不快感とそんな男達に縛られどこかへ連れられて行く恐怖感とが浮かんでいた。
「確かに、あんな国には勿体ないくらいだよね、この子さ」
と、細身細目の男がその女──リサ・アヴェ・デュ・アンク──の顎を指で持ち上げる。その男の目の奥に浮かぶ下卑た濁りに思わず目を逸らす。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。大丈夫だよ、優しくするからさ」
もちろんそんな言葉でリサの恐怖や不安が和らぐわけがない。むしろ、これから起こることが簡単に予想できてしまい、より気持ちが暗く沈んでいく。だがリサの抱えるその薄暗い未来への恐怖は長くは続かなかった。
「えっ!?」
突然荷台の天井が消えたのだ。4人の視界には森の木々と夕暮れの薄暗い空が映る。するとそこに現れる影。それはよく見ると人の姿をしてこの荷台へと迫ってくる。
「なっ、だ───」
キララの声が本人の意思を最後まで伝えることはなかった。上空から現れた人間の背中から、それこそ冗談のように生えてきた刃が馬車の荷台の壁ごと彼女の首を切り裂いたからだ。
飛び散る鮮血からリサを庇うように降り立ったのは異形の、噴き上がる鮮血で血濡れた翼を持つ青年。その背に、刃のような翼に、頭に、今しがた命を刈り取った女の身体から吹き出る赤い生命を浴びながらも、そんなものは些事ですら無さそうな雰囲気を纏い、ショウゴ・タグチ──髪を逆立てリサの肩を抱く男──の左腕、つまりはリサに触れている汚物をその翼で切り飛ばす。
「あっ───?ぎゃああああああああああ!!!!」
その叫び声が既に不愉快だとでも言うように、文字通り降って湧いたその死神は、命の温かみを頭を無くした首から吹き出し続けるキララの方へショウゴを蹴り飛ばす。
その頃になってようやく馬車が急停止。それにより細身の男──キョウヤ・タチバナ──もバランスを崩しそうになり、思わず床へ着いていた手をさらに大きく広げて身体を転倒から支えようとした。しかし───
「う、うわぁぁぁ!?」
その手が着いた場所にあったのは床ではなく数瞬前に胴体と強制的に物別れさせられていたキララの首から上だった。ゴリッという生理的な嫌悪を抱きそうな音を響かせキョウヤの体重を支えるその顔面に浮かぶのは苦悶ですらなかった。そんなものを感じる間も無く彼女はその生涯をこの異世界で終えたのだから。
「ご主人様!!」
その地獄絵図もかくやという惨劇の中にあって、リサという女がその美しい顔に浮かべるのは恐怖でも嫌悪でもなくただただ弾けるような笑顔。その輝く花のような笑顔に降り立った死神も同じく笑顔で答える。
「リサ!」
「はい、はい!リサですご主人様。リサは信じていました。ご主人様が必ず助けに来てくれると」
「当たり前だろう。それより、平気か?さっき触られていたみたいだけど、あれだけか?」
「えぇ、えぇ。腕や肩を触れられはしましたがそれ以上はまだ」
「そうか。あぁ良かった。もしそれ以じょ───」
「てめぇ!!」
リサと青年の余りに周りを無視した会話に割り込んだのはショウゴだった。その顔をキララの鮮血で濡らした男は自分の腕を無造作に切り飛ばし顔面を蹴りつけた不届き者に強烈な殺気を叩き付ける。
「リサ」
だが目の前の男はそんな鬼の形相をしているショウゴに一瞬視線を動かすが何事も無かったかのように無視して自分が捕らえた女の名前を呼び、そのまま女を抱えて荷台から飛び退った。そうしてショウゴ達から距離を取り、リサを拘束する枷を全て取り払ってから彼らと相対した。
「さて、手前ら。何の断りもなくその薄汚ねぇ手で俺の女に触れやがった訳だが。俺は優しいからな。希望は聞いてやる」
「あ"ぁ"!?」
ショウゴが血走った目で目の前の男を睨みつける。だがそいつはそんなものはそよ風よりも些細なものだとでも言いたげに肩をすくめる。それがショウゴの精神を余計に逆撫でする。
「まぁ聞け。で、お前らどうやって死にたい?あぁ、馬車の運転手、お前も考えるんだぞ?まさか自分は運んでいただけだから助かる、なんて思ってないだろうな?そんなわけないだろうが。お前もここで俺に殺される。いいな?」
良いわけがない。そう言うかのように馬を走らせていた騎士も馬から降りて腰の刀の柄に手を添える。周りにいた数台の馬車からも何人もの騎士がその手に刀剣を構えて降り立つ。だが、美しい女の腰を抱いたその男はもはやそれらに目線を向けることも無く言葉を続けた。
「だからそんな殺気立つなよ。……聞け、殴殺斬殺撲殺滅殺焼死水死感電死、他にもあるぞ?引き裂かれて死にたいか?身体に風穴空けられて?さぁどれがいい?何がいい?今なら好きな死に方で殺してやるよ」
両手を広げ、指折り数えて殺し方の希望を募る目の前の男に、ショウゴは怒りの臨界点を超えて肩を震わせる。そして───
「ふ───」
「ん?ふ?……腐乱死体がお好みか?」
「巫山戯るなぁ!!!!!」
あまりの屈辱に腕や顔の痛みすら吹き飛び、味方を死に追いやり今も悠然と自分達に死に方の希望を募るその男にその爆発した感情を全て殺意に換えて襲いかかる。だが───
「なるほど。では鏖殺に決まりだな」
背中に大鎌を携えた死神の──神代天人の──蹂躙が始まった。