ユウキ・カグラザカこそが諸悪の根源である、らしい。俺は元武偵ではあるがそういう諜報には疎い。基本的に、持ち込まれた情報を元に強襲を掛けるタイプの武偵だったからだ。本音はまぁ、細かい仕事は苦手ということに尽きるのだけれど。
そして、ヒナタ率いる西方聖教会──から今は名前を変えて自由調停委員会、とか言ったか──や魔王レオン、更には魔王ルミナスともいつの間にやら協力関係が構築されていた。俺はそんな風に世界が魔国連邦とリムルを中心に動いている中、1年丸々異世界へ渡る手段の研究や土木工事に汗を流していた。
何でも、鉄道を引くとのことで人手が欲しかったらしい。俺と一応雇われの身なので嫌とも言えずに手伝っていたのだ。
そしてその合間での研究。と言ってもこちらはあまり成果は芳しくない。やはり、元の世界へ戻るのは相当に難しそうだ。
俺の手に入れた究極能力もそういう移動系では無いし、リサも特に俺の魔王化に際して能力を得たりはしていない。
リムルが名付けた魔物達は大なり小なり能力や力を手に入れているのだが、俺とリサにはそれは無い。何せ、いくら将来を誓い合おうが肉体関係にあろうが、言ってしまえばそれだけなのだ。俺とリサは、肉体的にも魔法的にも完全に他人同士でしかないのだから。
だが別にそれを俺達は悲観していない。リサは戦う人間ではないのだから、それで何も問題は無いのだ。
そんなことよりも大きな問題が目下に1つ。
それは、俺達が評議会に招集されたのだ。
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ジュラの大森林周辺の諸国は寄り集まって評議会なるものを立てている。そして、その集まりはいつもイングラシア王国で開かれているとのこと。そして、魔王リムル、というか魔国連邦に対してもお呼びが掛かったのだ。
目的は東の帝国。どうやらブルムンドが火種を抱えていたジュラの大森林の向こう側の帝国に動きがあるようなのだ。結局のところ、魔王が2人になったからと言って、そもそも魔王の存在そのものが人間に舐められていては意味が無い。帝国が進軍してくるというのはそういうことなのだろう。
だがそれはそれとして、評議会としては俺達の戦力を利用したいらしい。
魔国連邦としては、どちらにしろ帝国とは戦争になるのだからこっちのやりたいようにやらせてくれるのなら利用されるのも悪くない。
むしろ、奴らを上手く利用して今後魔国連邦の利益になるように誘導したいというのがリムルの考えだった。
そういう細かい話は俺には分からんので今回は不参加。護衛は紅丸、朱菜、蒼影だ。今更俺が人間の国へ行ったところで有益な情報は得られまい。むしろ、今や魔国連邦の方が魔法やら何やらの研究は進んでいるのだから。
そして、リムル達が帰ってきた。一応事の顛末は蒼影の配下みたいな影から伝え聞いていた。どうやら人間側は俺の思ってた以上に随分とリムルを舐めていたようだ。結局、腕力に屈して魔国連邦に超有利な条件を無理矢理に嚥下させられたようだった。
そうして俺達が準備を整えている間に───戦争が始まった。
───────────────
俺の前には100隻の飛行船。
この世界にも航空兵器があるのかと驚いた。
俺が氷の上に立ってそれを眺めていると、
「まさか普通の人間達も空を飛べるとは思わなんですな」
「どうせ原理は魔法だろうし、大したもんじゃねぇだろうが……リムルが幾つか捕獲してきてくれってさ」
気持ちは分からなくもないが、また面倒な依頼だ。全部ぶっ壊して沈めるだけならわけないが、鹵獲となると中の奴らを退かさなきゃならない。すると必然、侵入の必要も出てくるのだ。
「まぁいいや、取り敢えず俺が2,3隻残してあと全部潰すから、中制圧してとっ捕まえようぜ」
「承知」
ガビルからの返答があった瞬間には俺は氷の槍を雨あられと飛行船団に叩き付け、キッチリ3隻残して残りを海の藻屑に変える。
何やら防御手段を用意していたみたいだが、そんなのものは俺の氷焔之皇を纏わせた氷の魔槍には効果が無い。氷焔之皇からもたらされた魔素も大したことはなかったし、これも所詮俺達の敵ではない。
「じゃ、後は残ったヤツの中に侵入。船はなるべく壊さないように鎮圧だな」
と、横で呆れ顔を晒しているガビルにそう声を掛け、俺は適当に真ん中の船へと近付いた。
リムル的には多分1隻あれば十分なのだろうが、制圧戦なんてものはガビル達はやったことないだろうし、飛行船なんて見たこともないから間違って船を沈めてしまうかもしれない。もちろん俺だってジャックは解決する側であってする側じゃなかったからな。トチる可能性も無くはない。2,3隻残したのはその保険程度の気持ちではある。
そして、俺は楽々と1隻の船の内部に侵入し、迎え撃とうとする兵士達を氷の槍で串刺しにしながら中を探索していく。途中リムルから「全員本気出して敵を潰せ」的な放送が入ったが多分その全員に俺は含まれていないので無視。
少し船内を歩くと、何やら騒がしい部屋が1つ。俺がその部屋の扉を開けると───
──ベシャアッ!!──
と、いきなり何かが飛んできたのでそれをしゃがんで避けた。見れば、首の無い男の死体だった。
「……何の嫌がらせだよコレ」
と、俺がその部屋に入るとそこはまさに地獄絵図。紫紺の長いポニーテールをした美少女が血塗られた部屋の真ん中に佇んでいたのだ。
確か、ディアブロが連れてきた悪魔の1人で、ウルティマとかいう名前をリムルに付けられていた筈だ。
「あぁ、タカト・カミシロ、だっけ?リムル様の御友人の」
興味無さげに振り返ったそいつは手に持っていた頭を適当に放り投げた。どうやらこの部屋はウルティマによって完全に皆殺しにされてしまったらしい。
「かわい子ちゃんの覚えが良くて何よりだよ。……あぁ一応、そのリムル様のご命令でこの船何隻かパクってくから、あんま物壊すなよ」
「はーい」
と、随分と気だるげだがやることはやっているらしい。どうやらこの部屋にいた奴らの頭から記憶や知識だけを抜き取って情報を仕入れていたのだとか。しかし、これどうやって鹵獲するか……。俺、流石にこんなの運転できないし、神機使って捕食するか?いや、流石にそんなに大口開けるのもなぁ。あぁそうだ。
「お前、この船動かせるならリムル様の元へ持って帰ってくれるか?」
「……あんたに言われなくとも、リムル様のためならやるよ」
コイツらがリムルに従順で助かったぜ。おかげで俺も楽できそうだ。
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特に被害も無く俺達は帝国の第1陣を殲滅した。どうやら24万人がこの戦いに動員されていたらしいがその全てが死んだのだとか。リムルの元へは24万もの魂が捧げられたから間違いないとのこと。その代わりに、魔国連邦側の死者はゼロ。負傷者は出たがそれも全員回復薬で治療済み。幾つかの戦車の残骸とウルティマの持ち帰った飛行船が戦利品だ。
ガビル達はどうやら鹵獲には失敗したらしい。失敗したと言っても、やられたわけではない。ただ単に加減を間違えて船を沈めてしまったのだ。まぁ、船内で戦いながらの鹵獲なんて難しいにも程があるし、仕方あるまい。
そしてその1週間後、帝国の本隊が魔国連邦近郊へと到着した。しかしそこにいた70万の兵士もその命の尽くを散らし、リムルの元には合計で94万もの魂が捧げられることになった。
しかも、この本隊との戦いに俺は参加していない。というか、俺が出るとそれだけでほぼ戦いが終わるので、他の奴らに経験を積ませる為という名目で俺は後ろに控えさせられたのだ。
そして、戦争は一旦小康状態へ。残る300隻の飛行船団こそが帝国の真の力なのだとか。
しかし、それらがこちらにやって来るには多少時間が掛かる。その間、リムルは配下の魔物達を強化させる腹積もりらしい。
先の戦いへの報奨として捕まえた魂を代償に特に戦果の大きい魔物達へと更なる力を授けるリムル。一応俺にも褒賞はあったのだが、俺への褒美は魂を捧げることによる強化ではなく、世界を渡る研究を進め、その成果があれば俺とリサを元の世界に返す約束をするというものだった。
あと紅丸とテングのモミジって奴が結婚した。
まぁ、それはともかくとして、第2陣の動きをリムルの構築した遠距離監視システムで眺めていた時、リムルが急に叫ぶ。何かと思えば、さっき何やら慌てた様子で出ていったヴェルドラの進行方向にその帝国の第2陣があるのだ。つまり、あと小一時間でこの世界最強たる竜種と最強の軍事国家である東の帝国とが激突する。だが───
「……竜?」
ヴェルドラと帝国軍飛行船団の間に現れたのは真紅のオーラを纏った巨大な竜だった。その体格は、ヴェルドラとほぼ同じ。そして、帝国軍の飛行船が後ろへ退避したことを確認した紅の竜はヴェルドラと向かい合う。この時はこの竜がヴェルドラの姉でありコイツもまた世界最強の竜種であるなどとは知る由もなかった。
だがそれは俺の事情。アイツらにはそんなことは関係なく、今ここに、世界最悪の姉弟喧嘩が勃発したのだった。
そして、それをただボケっと眺めていたのは失敗だったのだろう。何せ、後ろに控えていたと思っていた100隻の飛行船が再び戦域に入り、あまつさえ甲板に人間共が現れるなんて考えもしなかったのだ。そして、光り輝く鎧を纏った男がヴェルドラに向けて両手を翳すと───
「お待ちくださいリムル様!!今出向くのは危険です!!」
いきなりリムルが静止を振り切り、ヴェルドラの元へとワープしていってしまったのだ。
「あぁもう!先行くぞ!」
俺は他の幹部連中を置いて外へ飛び出す。
強化の聖痕を開く、対象は俺の肉体と重力操作の能力。爆発的に強化されたそれをもって俺は大空へと飛び出した。俺にはリムルみたいに色んな便利能力は無い。魔王へと至ろうがそれは変わらない。
そして、そんな俺の移動速度はそんなに早くはない。ていうか、それでも超音速で移動しているのだ。瞬間移動だのなんだのと、この世界の上位に位置する奴らが異常なのだ。
いくら聖痕があらゆる世界の力の源になっているとは言っても、使うのは所詮俺のような人間ということだ。
そして、俺が戦場に辿り着いた時には───
「誰もいねぇじゃねぇか!?」
リムルはおろか、帝国兵すらもいなくなっていたのだ。だが、どうやら訳分からんくらいに激しい戦闘があった痕跡はある。一応、ここで戦ったらしい。
「あぁ、タカト様」
と、せっかく着いたのに置いてけぼりを喰らって頭を抱えている俺に話しかける奴が1人。誰かと思えばよく知らん悪魔だった。またぞろディアブロの奴か、アイツが連れて来た強い悪魔共の誰かが更に連れてきたのか召喚したんだろう。
「どうせそのうち来るだろうから伝令役を仰せつかりました。リムル様達は帝国へと向かったようです。如何します?」
「……もう、どうでもいいです。帰ろ……」
どうせ何かあればまた呼び出されるだろう。
そうして俺がトボトボと、と言ってもひとっ飛びで傍から見たら何事かと思われるような速度を出してはいたのだけれど、そんな風に魔国連邦へと戻った俺は、そのまま大迷宮の管制室へと戻った。そこには紅丸が控えていて、俺が戦場に到達した時には既にそこがもぬけの殻になっていたことも把握していたらしく、俺の顔を見るなり苦笑いだった。
「……あぁ、俺が出た後何かあった?」
「あぁ、色々あったぞ。魔王ディーノが裏切ったり天使が何人か攻めてきたりな」
「……めっちゃ色々あるじゃん───」
「まぁ、どれもリムル様の予測の範囲内だったけどな。おかげで俺達の被害はほぼゼロだ」
「そりゃ良かった……」
全部予測してたってのは凄いけど、多分リムルじゃなくてラファエルさんの予測なんだろうな。まぁ、あれもリムルの能力だからどっちでもいいんだけど。
と、一息付いた俺達に知らされた新たな動き。それは───1ヶ月後に天使達が攻めてくるというものだった。
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戦争は思ったよりあっさりと始まった。
ヴェルダとか名乗る神楽坂の肉体を使った奴がこの世界を滅ぼすと宣言し、そして天使達が一斉に攻めてきたのだ。目標は各魔王の居城。当然、俺達は情報共有を行っており、しかもリムルが各魔王の城に転移用の門を作ってあるのでわりかし簡単に手助けにも出られる。
当然、人間側にも手を貸すように言ってある。というか、協力しなきゃどっち道全員滅ぶのだ。四の五の言っていられる状況ではない。
だが、戦争が始まって少しすると、問題が発生した。なんと、魔王ダグリュールが裏切り、魔王ルミナスへと軍を差し向けたのだ。
いくら魔王ルミナスと言えどダグリュール達とまで戦ってはいられない。しかし、なんとミリム達の方でも問題が発生。なんと、ミリムを上回る力を持つ奴が現れたのだ。しかも、個々人だけでなく、元々カリオンやフレイの手駒だったミリム軍すらも押され始めている。どうやら敵は相当に力を付けているらしいな。
「……天人、紫苑、ルミナスの方へ向かってくれ。ミリムの方は俺が行く」
ミリムは何やら怒り狂っていて敵の思う壷らしい。急に現れた銀髪の女、どうやら攻撃力は無いらしいがその防御性能はミリムの本気パンチすら凌ぐほど。どっち道、俺かリムルのどちらかでしか対処できまい。
そして、ルミナスの構えるあの地点は防衛上、絶対に落とされてはならないのだ。あそこが陥落すれば天使軍は即座に西方諸国へと乗り込むだろう。そうなると俺達はともかく人類は絶滅を免れない。であるならば防御性能だけならリムルをも凌ぐ俺がそっちへ向かうべきという判断だ。
そして、それには俺も同意する。ミリムの元へ行けないことに思うところがないわけではない。けれども今は私情を挟んでいる場合でもない。俺はリサと1つキスを交わし、生きて帰ると誓う。そして、紫苑と一緒に転移門を潜る。俺達は吸血姫にして夜の帝王たる魔王ルミナス・バレンタインの元へと馳せ参じたのだった。
だがそこにいたのは、長椅子にしなだれかかる戦時中とは思えない程に気の抜けたルミナスだった。
「たかが天使との戦いで応援を寄越すとは」
「……魔王ダグリュールが裏切ってここへ来る。俺達はそれを迎え撃つ為に来たんだ」
と、俺達が突如やって来た目的を告げるとルミナスは余裕そうだった表情を一瞬で凍り付かせた。そして、ちょうど時刻も夜になり、暗いのは嫌いなのか天使達も一旦引き上げたこともあってか、ルミナスは7大貴族や七曜の老師や聖騎士アルノー等の幹部をまとめて呼び出した。
そして、紫苑が皆にリムルの予測を伝える。当然、人間側は混乱する。空と地上から挟み撃ちにされ、ここが落ちれば一気に中央まで崩されるのだから。魔物達からすれば、最悪人間が滅びても問題は無いので落ち着いたものなのだが……。
だが───
「静まれ」
と、ルミナスの低く冷たい声が響く。この地はさっさと捨てて、新たなる土地を探そうという者とここを死守しようとするもので意見が割れていたのだ。だがルミナスの思いは1つ。誇りにかけて、この地を捨て人類を贄としてまでも逃げることは許されないと。生きるために生きるのではない。誇り高く生きるために天使達に背は向けられないというのだ。
「当たり前だ。そのために俺達が来たんだ」
「……タカト、我儘だと分かってはいる。けれど、私を魔王ダグリュールと戦わせてはくれないか」
と、紫苑が俺に問う。
「分かった。天使の方は俺と、あと数人いればここに来る奴らは全部潰す。残りは全員ダグリュールの軍団を相手してくれ。紫苑とダグリュールの戦いを邪魔させるな」
ダグリュールがここへ到着するのは戦争開始から3日目、明日は全軍でもって天使達の迎撃だ。ここに来る天使達は数こそいれど個々人の能力も連携も大したことはないらしい。その上、今この瞬間にも紫苑の親衛隊達が続々とこの城へ転移してきている。勝負の時は3日目だろう。
そして2日目、俺の先制攻撃である氷焔之皇を纏わせた氷の魔槍の雨で一息の間にルミナスの城に攻めてきた天使はその数を6割程減らした。
だが、普通これだけ減れば撤退も止む無し、どころか逃げ帰って当たり前の状況なはずなのに、天使共はその歩みを止めない。
だが、止めないならそれでも構わない。むしろ、魔王になってから発動速度も威力も段違いに上がった氷の槍を試す良い機会だ。
しかも、最近は聖痕の最大出力が随分と上がっているように感じる。いくらこの力の根源に限りがないと言ってもそれをコントロールするのは人間の肉体。つまりはまぁ最大出力ってのは存在するわけで……。まぁ既に細胞単位で昔の俺とは別人なのだが……。それはそれとしてここ最近は限界値がかなり上昇しているようだった。
肉体強度そのものはオラクル細胞を取り込んでからはそう変わっていないはずだが強くなる分には構わない。俺は自身の性能実験を無数の天使共を相手に行わせてもらうことにしたのだった。
───────────────
「また随分滅茶苦茶したな」
と、まだ太陽が空の頂点に来る前にやって来た天使達全てを撃滅した俺の元へ、ルミナスが呆れ顔でやって来る。
「これでも一応、魔王なんでね」
「ふん。種族は人間のまま、それ程の力を振るうなんて、そうそう聞いたことがないな。まるで……」
「勇者、みたいか?」
「……あぁ」
「はっ、俺はそんなご立派なもんじゃないさ───」
「今の状況を教えてあげるよ───」
と、俺が更に言葉を続けようとしたところで再び世界にヴェルダが姿を現す。そして告げたのは、リムルの消失と、それを成したのがミリムだということ。そして7日後に世界に神の雷を落として滅ぼすということだった。
ヴェルダがその姿を再びどこかへ消した瞬間、紫苑やルミナスが色めき立つ。だが、敵の言葉をそこまで信用していない俺は2人を押えた。どうやら紫苑はリムルとの繋がりが絶たれたことを感じ、奴の言葉をすんなりと受け入れたようだった。
「待て待て。そうだな……紫苑、お前確か、リムルから何か加護みたいなの受けてただろ?あれは残ってるか?」
と聞けば、リムルから受けた加護はまだ働いているみたいだった。つまり、リムルは姿を消しただけでまだ生きているはずだ。死ねば、加護も消えるだろうからな。後は他の奴らがどれだけそれに気付けるのかだが、まぁ蒼影達もいるしどうにかなるだろう。
「本当に手酷い傷を負って隠れたのか、何か作戦があるのかどうかまでは知らないけどな。ともかくリムルはまだ生きている。生きてるなら……まぁアイツのことだ。どうにかするだろ」
「……そうだな。私としたことが、取り乱してしまったようだ」
いや、お前はいつも取り乱してるだろう、とは言わぬが花。言って無駄に殴られたくはないしな。
とは言え最近は紫苑もだいぶ落ち着いてきた。親衛隊とか言う部下を預かる身になったからなのかな。まぁ落ち着いているのは良いことだ。
そして迎えた3日目、遂にダグリュールの軍勢10万が俺達の視界に入った。だが天使達は来る気配を見せない。警戒は怠れないが、昨日のあれでこっちに回す予定だった天使共が全滅したというのならそれはそれで良い。挟み撃ちになる心配が無いのなら俺も思いっ切り暴れられる。
「じゃあ紫苑、先制攻撃は俺からだ」
「あぁ」
もはや定番となりつつある俺の先制氷槍。相も変わらず上空から氷焔之皇を纏わせた氷の槍を降らせるだけなのだが、単純にして明快なこの技を防ぐには物理的な防御しかない。だがそれも、1本が2,3トンはあろうかという鋭い槍が雲の上から音速を遥かに超えて降り注ぐのだ。これで生き残れる生命体は、そうは存在しない。
そして天空より乱れ落ちる氷の魔槍。それは巨人達の持つ能力や防御魔法を貫き、全て俺の力へと還元し、その肉体を穿ち砕く。
しかし、それで6割程の巨人を屠ったものの、それ以外は仲間の死にも空から降り注ぐ槍にもその足を止めることなくこちらへと走り続ける。どうやら防御手段は貫通したものの、凄まじい勢いで身体が再生しているらしく、即死した巨人以外は次々に起き上がって向かって来ているのだ。
それに、こう何度も同じやり方をやっていればそろそろ作戦も読まれようもので、巨人軍の中でも上位に位置すると思われる奴らはそもそも槍を避けて無傷に近い。
紫苑とその配下の魔物達はルミナスの張った結界の外に構えている。何せ彼女の結界は魔物達を弱めるような仕組みになっているのだ。そして、おかげで紫苑達と巨人共はもうすぐぶつかる。
入り乱れてしまえば俺の槍の雨は使い辛い。撃てる内に撃ちまくって1人でも多く削ろうと、俺は槍を撃ちまくる。
だが、数が減り、更に避けやすくなったらしい俺の槍は次々に躱されている。これ以上はどうにも無駄らしい。後は各個撃破するしかないか。
俺は紫苑の横に並び立つ。上背のある紫苑と俺の目線はほぼ同じ。
「ダグリュールはお前がやるんだろ?」
「任せてくれるのか」
「死にそうになったら嫌でも割って入るさ」
「分かってる。私は死ぬわけにはいかんからな」
きっと紫苑が死ねばリムルの心は再び荒れ狂うだろう。ヴェルダや、それに操られているらしいミリムに、その他にも強い天使もいるかもしれない。それに、イングラシアでユウキの元にいたクロエという少女は実は勇者らしい。そして、彼女も今、呪いのような制約を受けてヴェルダの元にいる。ギィ・クリムゾンにぶつけるつもりらしいが果たしてどうなるのやら。
そんな強敵達が控えている中で平静を失ってしまうのは自殺行為だ。アイツが今何をしているのかは俺にも分からないがここで紫苑を失うことだけはあってはならない。だが、この数を前にすればどうしたって紫苑にも戦ってもらわなくちゃいけない。なら俺に出来ることは1つ。
紫苑がダグリュールとの戦いだけに集中できるように、露払いをしてやることだ。
「有象無象は任せろ。お前はダグリュールを倒すことだけ考えればいい」
「承知した」
俺は捕食者の胃袋から剣を取り出す。俺の体内の魔素を馴染ませた鋼で鍛えた剣だ。当然、天星牙もその素材に含まれている。魔鋼──俺の魔素を注ぎ込み続けた結果ヒヒイロカネとかいう鉱石に変質していたのだが──と天星牙を溶かし打ち直した刀剣──
───ゴッッッ!!
と俺の視界が一瞬黒く染まる。この覇終は俺の魔素を圧縮、剣戟と共に刀身から放出する機能がある。やってることはISの兵装であった黒覇と変わらない。ただ、その火力が段違いであるだけだ。
視界に色が戻ると、大地は真っ二つに割れていたが巨人の死体はそれ程生まれていない。威力はあるが単純な攻撃故、避けられたのだろう。
降らせた氷の槍で俺の攻撃は防御系の能力を貫通すると悟っただろうから、まさか普通に受けようとした奴はいないはずだからな。
「……思ったより減らねぇ。てかおい、ダグリュールジュニア共。お前らの父親以外でヤバい奴はいるか?」
と、紫苑の親衛隊に所属し、しかも普通に奴らと戦う気満々らしいダグリュールの息子3人に問う。そいつらは俺が相手すべきだからだ。
「へい、あの両手大剣を持ったグラソードさんとあっちで鎖に縛られてるのがフェンの叔父貴です。あの2人は父の弟で、多分親父以外じゃ1番強いっす」
「分かった。あの2人は俺が行く。後はお前ら任せたぞ」
へい、と3人の調子の良い返事を聞いて俺は飛び出す。まずはデカい剣を構えている奴からだとそっちへ向かおうとする俺に、一陣の風が迫る。
「っ!?」
さっきまで鎖に縛られていたフェンとかいう奴だ。随分な快足のようで、瞬く間に距離を詰めて俺に拳を放ってくる。
100万倍に引き伸ばされた思考速度がそれを躱させた。アラガミの肉体を手に入れても、究極能力でどんな魔法や能力を無効化出来ようが、多分この挙動はどうにもならないだろう。身に刻まれた癖なのだ。
フェンとかいう巨人は、巨人と言うには背が低く、そして拳で戦うには少し痩せすぎのようにも思える。だが今の素早さは、こいつの体力が見た目通りのそれではないということを如実に語っている。
けれど───
「───っ!?」
フェンがなにか言葉を発することはなかった。その前に、俺の氷焔之皇と絶対零度にてその存在の全てを凍結されたからだ。能力も耐性も、その肉体を構成する全ての物質や魔素の働きを文字通りの"ゼロ"にされたその痩せすぎの巨人は、銀氷となってこの世界に散った。
もう1人のダグリュールの弟はアルノーが抑えていた。その戦いは拮抗しているように見えて完全にアルノーが不利。
なので俺は即座に大剣を振り回す巨人を凍結、完全に破壊した。
「……大丈夫か?」
「あぁ、助かった。こっちは任せろ。お前は、ダグリュールの方へ行け」
「あぁ、分かった」
どうやら、俺がフェンと大剣の巨人を屠る間にダグリュールは紫苑達の方へ行ったらしい。見れば、結界の傍で紫苑と3メートル以上ありそうな巨漢が戦っている。
その後ろには魔王ルミナスが控えて傷付く紫苑を回復させてやっているが、どうにもそれすらも上回る速度でダメージを受けているようだった。さて、どうするか。
俺は向かってくる巨人達を剣の1振りで纏めて屠る。だが直ぐ様別の巨人達が襲いかかってくる。どうやら、お互いに向こうの戦いを邪魔させたくはないらしい。
まぁ、紫苑の方はルミナスがいるから今しばらくは大丈夫だろう。なら俺は、コイツらを纏めて叩き潰すとしようか。
俺は、巨大な牙のような刀身を持つ大太刀──覇終──に魔素を込めて振り抜く。その斬撃に合わせて切っ先から放たれる凝縮された魔素が巨人達の強靭な肉体を切り裂き、死をもたらす。
しかし、重傷を負いつつも死を免れた奴らはその回復力に身を任せて再び俺を殺さんと向かってくる。そんな奴らの頭と胸に氷の槍を突き刺し、更に背後からくる敵には赤雷を叩き付けて動きを止めて、覇終でその首を空に飛ばす。
更に左肩から刃翼を生やし、手数を確保する。そうして俺に群がる巨人共を引き裂き、突き殺し、凍てつかせ、砕く。
そうして立ち回っている内に、手練の兵士達はその殆どが地に伏してしまったようだ。後はルミナスの配下達でどうにかなるだろうと、俺は一旦紫苑の方へ戻ることにした。見れば、やはり苦戦しているようで、今この瞬間にも紫苑は地面に叩き付けられ、次はルミナスがその暴威に晒されそうになっていた。
そろそろ、選手交代の時間だ。俺は地面を砕く勢いで踏み込み、駆け出した。そして、ルミナスの小さい頭を叩き割らんと迫るダグリュールの拳に、俺が覇終の刃を突き立てようとしたその瞬間───
───世界が停止した───
未知のその感覚に、しかし俺は刃を止めることなくダグリュールの腕に突き刺した。そして時を同じくしてヴェルドラが現れ、ルミナスの眼前でその拳を受け止めた。
「む、お前は停止世界ですら動けるのか?」
と、呑気そうに問うヴェルドラ。俺はダグリュールの腕を切り飛ばしながらルミナスを庇うような位置に立つ。
「停止……あぁこれか。何か、水の中にいるみたいだな」
周りを見ればルミナスも含め俺とヴェルドラ、それからダグリュールと紫苑以外はその動きを完全に停止させていた。それどころか、空気も何もかもが停止しているようで、色彩も無く、何やら身体も重い。
そして、紫苑が刀を杖代わりにフラフラと立ち上がった。
「ヴェ、ヴェルドラ様……タカト……その者はら私の獲物です……譲ってはもらえない、でしょう……か……?」
俺としては倒せるのなら誰が倒しても良いので問題無い。ヴェルドラも、傷付きながらも諦めることなく闘志を燃やす紫苑に満足なのか「我の力を貸してやる。思う存分に戦うがよい」と、快くそれを受け入れた。そして、ヴェルドラから気前よく魔素を受け取った紫苑は───
『個体名:紫苑が能力進化を行い、究極能力『
と、停止したこの世界においても相変わらずの世界の声が響き、紫苑は究極能力を手にした。
そして、再び戦いは始まる。
どうやら、時間の停止した世界においては通常の物理法則は通じないようだ。当たり前といえば当たり前だ。空気すらその動きを止め、光も何かに吸収されたり反射されることは無いのだ。俺の目には何も映らない。だが、俺の感知系統の能力がその戦いを無理矢理に理解させてくる。
停止した世界において紫苑とダグリュールはほぼ互角。だがそう、あくまでも互角なのだ。そして、恐らくそれはこの停止世界の中だけでのこと、ヴェルドラは再びこの世界の時間は動き出すと言っていた。それも、止めたのは姉であり、多分そう長くは止まっていないと。
そして時は来た。文字通り、時間が動き出したのだ───
───────────────
紫苑とダグリュールの戦いは紫苑の勝ちだった。ダグリュールが地に膝を付いたのだ。
それも、時間の動きだした世界の中で、だ。まぁ、死なば諸共の特攻で、最後はルミナスに蘇生させてもらったおかげで掴んだ勝利なのだが、そもそも別にこれは1対1の決闘ではない。そこまで考慮した紫苑の作戦勝ちだ。だが、どうやら魔王というのはそうそう甘いものでもないらしい。
「ふはははは、千数百年振りだぞ、地に膝を付いたのは!!ましてワシに血を流させたのもヴェルダナーヴァ以降誰もおらぬ!誇るが良いぞ、シオンよ!!」
と、紫苑の一撃を受けてなお立ち上がるダグリュール。いくらルミナスから蘇生してもらったとは言え、紫苑はもう満身創痍だ。
俺は何を言うでもなく氷焔之皇でダグリュールの全ての能力を凍結し、その肉体をも絶対零度で停止させる。近くで見てハッキリ感じられたが、どうにもこいつの身体は全身エネルギーで構成されているようだ。つまり、ここで肉体を砕くのはそんなに意味のある行為ではないということ。
ならば、俺は左腕の神機の捕食形態でもってダグリュールを飲み込む。そのうちリムルが出てきた時にでもコイツはくれてやれば良い。俺は別にこいつの力なんて要らないからな。
こうして、リムル軍とルミナス軍の混成勢力は西方都市の防衛に成功したのだ。