「帰ってきた……のか?」
俺は思わず辺りを見渡した。視界に映るのは見慣れたリビング。テレビもテーブルも椅子も、何もかも記憶の通りだ。リムルの姿はもう既にない。俺達をここに届けて直ぐに帰ったのだろうか。
俺は隣にいたリサの手を握る。帰ってきた握力は思いの外強くて、それが本当に帰ってきたのだという実感に変わる。
「帰って、きたんだな……」
「はい、帰って……きました」
リサの声が震えている。俺の視界も何やら滲んでいるみたいだった。遂に、帰ってきたんだ、俺達の世界に。武偵校に……。
「リサ!!」
「ご主人様!!」
俺は思わずリサに抱き着く。リサも俺の背中に手を回し、肩に顔を埋める。密着したその身体が小刻みに震えていた。そして、グスッ……グスッ……と鼻をすする音も聞こえてくる。俺はリサの柔らかな長い髪に自分の指を通し、ゆっくりと撫でるように梳いていく。長かった。リムルの世界が1番滞在時間が長かったが、あそこを入れなくても数年の間は異世界を彷徨っていたのだ。リムルの世界も含めたら5年かそれ以上はここを空けていたことになる。
リムルの力で世界を時間軸ごと斜めに横断できなければきっと俺達はこの世界ですら居場所を失っていたのかもしれない。
けれど、結局そうなることもなく、テレビ棚の脇に置いてある電波時計に表示されている日付は 秋頃。流石のリムルも初めての異世界転移、それも俺とリサの記憶から世界を探して、その上で時間軸すらも遡るのはちょっと難しかったらしい。
本来は変装食堂が終わった後くらいに戻れれば良かったのだが、これでは体育祭の方が近い。まぁ戻れただけマシだと、リサが落ち着くのを待ってから俺はPCを立ち上げた。携帯はこれまでの異世界転移の中でどこかへいってしまっていたから無い。
パソコンを起動させた俺はメーラーとインターネットを開き、近況を確認していく。どうやら俺達は謎の失踪を遂げたことになっているようで、透華やジャンヌ、キンジ達からも心配のメールが入っていた。……取り敢えず、コイツらに顔見せてやんなきゃな。
幸いにも、財布やクレジットカードはまだこの部屋にあったからまずは透華達に顔見せてから、携帯と拳銃だな。
「……取り敢えず、皆に顔見せてやんなきゃな」
「はい……」
まだ瞳に涙を浮かべているリサのその雫を指で掬ってやる。時計を見ればもう夕方だった。この時間ならアイツらも寮の部屋に戻っているだろうか。
「……携帯で思い出した。リサは携帯とか残ってるか?」
「はい。ただ、充電が……」
「あぁ……」
そりゃそうか。1ヶ月以上も充電せずに放っておけば流石に空にもなるか。まずはリサの携帯を充電器に接続して、俺達は部屋を出た。
約1ヶ月分の埃が積もった部屋から外に出て、その空気を堪能する。数年ぶりに味わう懐かしい味に、俺はまた涙が出そうになった。だがそれを押さえ込んで俺達は女子寮の透華の部屋へと向かう。
そして、透華の部屋のチャイムを押した。ピンポーン、と呼び出しの電子音が響く。こんな何気ない音でも懐かしさを感じてしまう。何せ、最後にいたリムルの世界にはこんなものは無かったからな。魔法が普通に存在する便利なようでちょっと不便なファンタジー世界。そこには電子的な道具はほぼ無かったんだよな。
そして、ドアの向こうに人の気配がする。多分透華がドアスコープでこちらを覗いているのだろう。そして───
「天人くん!?」
ガチャリという鍵を開ける音とドアを思いっ切り開く音がほぼ同時に、さらに透華の叫び声も同じタイミングで響き渡った。
「リサちゃんも……」
そして、俺とリサが揃ってこの場にいることを認識した透華は目に涙を浮かべ、その顔を両手で覆った。
「……ただいま」
「───っ!?」
思わず俺がそう呟くと、透華は俺に抱き着いてくる。それに抱き締め返すことは出来なくても、ただ俺はそれを受け入れた。
「今まで、どこ行ってたのよぉ……」
「後で、話すよ……。長い旅だったんだ……」
「天人さん……」
そしてもう1人、部屋の奥から出てきたのは栗毛色の髪の毛を後ろでポニーテールにした女の子、樹里だった。その樹里もまた、俺に飛び付いてくる。それを俺は受け止め、その頭を撫でてやる。そして、リサはそんな2人にそっと寄り添った。
───────────────
「そんなことが……」
あの夜の出来事から、俺達が別の世界へ飛ばされたこと、何度も異世界転移を繰り返しながらも最後は時間軸ごとぶった切ってこっちへ戻ってきたことを2人には話した。彼方も、携帯のスピーカーモードで話を聞いていた。
「何となく感覚だけでは感じていましたけど、本当にあるんですね……」
聖痕持ちはパラレルワールドの存在を認識している。とは言え、本当に何となくの感覚だけであり、実感としてはそうそう持てるものでもない。だから俺達の話を冗談だろと思うことは無いのだろうが、まぁこんな反応になるのは仕方ない。俺だって実際に飛ばされた時には少しは驚いたもんだからな。
「取り敢えず拳銃と、後は携帯だな。あ、制服もねぇや」
とにかく今は物が何も無い。金は大丈夫なのだが、異世界転移で消耗した物が多すぎるな。これは何日か学校には出られないかもな。学校と言えば……。
「透華達は何にもなかったか?変な奴に襲われたとか」
もしかしたら極東戦役に巻き込まれたりしていないだろうか。それに、あの異世界への扉を開く奴と、もう1人、あの鎌の男に狙われたりしてないかなと俺が聞くと、そんなことは何もなく、俺達がいない以外はほとんど変わらない日常だったようだ。けれど───
「遠山くんに、妹ができた───」
らしい。意味が分からないが、1年生に遠山かなめと名乗る栗毛色の女の子が転校してきたらしい。そしてそいつは遠山キンジの妹を名乗り、実際四六時中キンジと一緒にいるのだとか。
「へ、へぇ……」
正直反応に困るな、それは……。樹里によれば、遠山かなめは随分とカリスマ性のある人物のようで、転校してきて瞬く間に学年の女子連中を纏め上げたらしい。もっとも、全員とはいかず、何人かは彼女のグループには入っていないようだ。具体的には間宮あかりとその周辺人物、それから樹里がそれに属するようだった。だがそれで樹里自身が何かされるということもないようなのだが……。
「まぁ、遠山かなめに関してはよく分からんが、向こうから手出ししてこない限りは放っておくか。……俺達も今日は帰るよ」
じゃあまた明日と俺が立ち上がり、帰ろうとしたその時、透華に手を掴まれる。
「どうした?」
「……今日は、泊まってって」
「え?」
「お願い……」
見れば透華と樹里の目にはまた涙が浮かんでいる。急に俺達が消えてしまったことが随分とショックだったのかもしれない。
「分かったよ」
と、リサをチラリと見ればリサも頷いているし、今日はここで寝よう。随分と埃の溜まってしまった部屋の掃除に携帯の契約と拳銃の購入……。やることはあるけれど別に今すぐ必要なものでもない。
ジャンヌも極東戦役のことがあるだろうし、顔見せは後ででも良いだろう。明日にはリサの携帯の充電だって回復しているだろうしな。
結局、異世界から帰ってきた初日は、中学の寮から駆け付けてきた彼方も含めた5人、同じ屋根の下で眠ることになった。
───────────────
その後俺は携帯を買い替え、拳銃も購入した。
俺が普段使用している拳銃はSIG Sauer P250、そのフルサイズで、9ミリルガーを17発装填できるダブルアクション拳銃だ。安い拳銃じゃないので正直これを無くしたのは痛いのだが、だからって今更他の拳銃を試す気にもならない。
やはり命を預ける拳銃なのだから手に馴染むものの方が良いし、あれは信頼性も高いからな。
数日後、リサ経由で平賀さんを通し、銃検を通してもらったそれが俺の手元にやってきた。イ・ウー時代にシャーロックのツテでザウエル&ゾーンと繋がりを作れていたのも大きかった。
「モーイ!ご主人様にはやはりその拳銃が1番似合います」
拳銃に似合うも似合わないもないだろうと思ったが、確かにリサには拳銃は似合わんからやはりそういうのもあるのかもしれない。なんて、コロコロと変わる俺の思考を放って、自分の装備を点検していく。時間はもう夜と言って差し支えない頃だ。
「はぁ……今日日流行らんぞ、
と、俺はこれから向かう先で行われるらしい出来事に思いを馳せ、そして溜息しか出ない。
昨日、俺はジャンヌから連絡を受けたのだ。夜に、グラウンドで
一応、決闘は犯罪なのだがそこは武偵校、普通に黙認されているし、誰も訴訟沙汰にしようとはしない。そんなことをしても、皆の笑いものにされるだけだからだ。
俺はこっちに戻って来た次の日に顔見せに行ったジャンヌのしおらしい顔と、昨日の電話越しに幻視した勇ましい顔が上手く結びつかない。
アイツがあんなに大泣きしたの、初めて見たんだがなぁ……。数日もしたら今度は決闘するから見に来い、か。本当、どこの世界よりも1番ここが普通じゃない。なのに、何故かここが1番居心地が良いんだから不思議なもんだ。
「行ってくる」
「はい、ご主人様。お気を付けて」
「あぁ」
別に、俺が戦うわけじゃないんだけどな、という言葉は飲み込んだ。どうやらバスカービルの面子は全員揃っているようだし、何より相手は"遠山かなめ"だとか。ジャンヌまで参加してる意味は分からんが、どうせバスカービルはキンジ周りのいざこざだろう。何があればキンジの妹とバスカービルが戦うことになるのかは皆目見当がつかないんだけどな。
ともかく、呼ばれたしまぁ見るだけ見に行くかと俺が月明かりに照らされた第2グラウンドへ行くと、既にキンジを含めたバスカービルとジャンヌ、それから見たことのない女子生徒が1人。栗毛色のボブっていうのは透華に似ているが、もう少し小柄だ。多分あれが、遠山かなめなのだろう。レキの姿だけ見えないがどうにも視線を感じるから、どっかからドラグノフで狙っているのだろう。
「来たか」
と、俺に気付いたジャンヌが声を掛けてくる。
「あら、天人。アンタまで来たの?」
「ジャンヌに呼ばれたんだよ。何か知らんが決闘するから見に来いって。……そっちの栗毛が遠山かなめか?」
「そうだけど……あぁ、お前が神代天人か。へぇ……戻って来たとは聞いてたけど」
と、遠山かなめは武偵校の制服を着ている割には学年が上の俺にも敬語を使う雰囲気は無い。まぁ、俺も歳が上だからってだけで敬語を使われるのは苦手なので別に構わんが。
ともかく見飽きたのか遠山かなめは俺から目線を切り、バスカービルの女子面子を順に睨みつける。
「1度負けた私にまた挑むなんて非合理的だと思ったけど、聖痕持ちのアテがあったんだね」
俺には全く話が見えないが、どうにも遠山かなめは俺がバスカービルの助っ人だと思っているようだ。そして、コイツも俺の力について知っているらしい。
「……俺にはマジで何がどうしてこうなったのか分からねぇけどな。1つ言っておけば、俺はバスカービルの味方じゃねぇぞ」
ていうか、これだけの面子が集まっていて、決闘なんて聞かされたら否が応にも分かってしまった、決闘の方法が。
──ランバージャック──
武偵校じゃポピュラーではあるが、最も辛くて血なまぐさい決闘の方式だ。俺も1度、
「……へぇ」
「キンジはどうすんだ?」
「……俺はかなめの
「そうけ。なら遠山かなめ、俺ぁお前の味方側の壁やってやる」
どんな恨みがあってランバージャックなんてやろうとしてるのかは知らないが、流石に1年の女子捕まえて袋にしようっていうのは気が乗らない。1人くらい味方の壁がいてもいいだろう。
説明もろくにしないで呼び出したんだから恨みっこ無しだぜとジャンヌを見れば、アイツもどこか満足気だ。……あの野郎、俺がこうすると分かっててここに呼びやがったな。てこたぁジャンヌは遠山かなめには何も思うところはないのか……?
「ふん、好きにすればいいよ。……それにさ、どっちにしろこんな大きなリングは要らないんだよ。非合理的ぃ」
と、遠山かなめはケンケンパでもするかのように地面に足で円を描いていく。直径にして10メートル程のそれには俺やキンジ、星伽にジャンヌまでが入っていた。
「ここから1歩でも出たら私の負けでいいよ?」
遠山かなめはこの戦いに余程の自信があるらしい。確かに近接戦闘の鬼であるアリアが壁役なのであれば分からなくはないが、星伽も何かあればM60機関銃をぶっ放つ危険人物だ。それをコイツは知っているのだろうか。
「……じゃあ俺はこの辺にいる。こっちに飛ばされたら優しく戻してやるよ」
幇助者はキンジお兄ちゃんが自らやると言うので俺は遠山かなめの描いた円の外周に陣取る。一応、アリアと理子の射線からは外れている位置だ。遠山かなめはこちらを見やり、フンと鼻を鳴らして星伽達に向かい合った。キンジがルールの再確認をし、理子がウィンチェスターのポンプアクションを、まるで見せつけるかのように鳴らす。ホント、あの音は嫌いだ。自分で使ったこともあるが、やっぱりショットガンなんてのは相手したくねぇんだよな。しかもあれ、ソードオフに改造されてるし……。ていうかあのウィンチェスター、俺がイ・ウー出る時に理子にやったやつじゃんか。あの銃まだ使えるんだな。
このランバージャックにおいて、実際にリングで戦うのは星伽と遠山かなめ、星伽の幇助者はジャンヌらしい。
キンジもやはり乗り気ではないのか、もう一度バスカービル達の説得を試みるが、やはり駄目らしい。どうにも、極東戦役の戦略としてこの遠山かなめを師団側に引き入れるのが目標の1つのようだ。それもこれも、遠山かなめというこの1年、不意打ちらしいがバスカービルの面々を相手にして、各々タイマンで勝利したらしい。……そりゃあすげぇな。確かに1度勝った相手だ、遠山かなめの余裕の態度も一応理屈があるようだ。
けどな、不意打ちでの戦闘と入念に準備を整えてからの戦いじゃ、人間は何倍も戦闘力が違うもんだぜ。そこら辺読み間違えると、コイツらを相手じゃ致命的なんだ。
そんな俺の心配を他所に、ランバージャックが始まる。アメリカ生まれのイカれた決闘の火蓋が今、切って落とされたのだ。
───────────────
先手を取ったのは遠山かなめ。木の葉が舞い落ち、それが星伽の視界を遮った瞬間に動き出したのだ。振るわれるのは近未来チックな遠山かなめの刀剣。そのデザインは、どうにもISの武装に似ていた。そして星伽はそれを刀で受けようとはせずにただ纏わせた炎で炙るだけ。
さらに星伽は返す力で炎を撒き散らす。本来なら危険な温度の輻射熱が俺に叩きつけられるが、どうやら熱変動無効はこっちでも正常に機能しているらしい。
普通なら息もし辛い筈の熱量を受けても俺の身体には何の差し障りも無いようだ。どうやら今日は
星伽の戦い方でやりたいことは読んでいるようだが、随分と自信があるみたいだった。だが、それも直ぐに崩れた。星伽の幇助者であるジャンヌが、1度だけの介入権を使って動いたのだ。
星伽が刀を鞘に仕舞い、何やら力を貯め始めた瞬間、それと入れ替わるように前へ出たジャンヌが放つのは彼女の必殺技。
「オルレアンの氷花!!」
本家本元のオルレアンの氷花だ。地面から絶対零度の氷が遠山かなめに迫る。アイツは自分で自分の戦闘範囲を決めてしまったから、赤熱化したその刀剣で氷の侵食を止めようとする。地面に刀を突き刺し、猫みたいな運動神経を発揮して「んっ……」とその柄の上に逆立ちしたのだ。
そして見事にそれは成功し、星伽の焔で熱せられた刀の温度も下げられ、迫る魔氷も抑え込んだ。
だが刀から降りた遠山かなめに星伽の居合い一閃が迫る。それも、先程までとは比べ物にならないくらいの大きさの炎を纏って、だ。しかもこれまでと違って、星伽の剣筋は切り結ぶことを恐れていない。当然、遠山かなめはそれを自身の刀で受け止める。だが───
───パキン
と、遠山かなめの持っていた刀が砕け散った。恐らく、熱膨張と収縮を繰り返したために金属が劣化したのだろう。そして今の衝撃に耐えられずに刀が折れたのだ。物理現象としてはありふれたものだが、遠山かなめはこれを想定していなかったらしく、慌ててその破片を手に取ろうとして、あまりの熱量に手を引っ込めた。
それを見たキンジが遠山かなめの前に立ち、星伽達に向けてデザート・イーグルを構え、そのトリガーガードに指をかけて銃を指先に吊るした。
──降参の合図だ──
見れば、遠山かなめの片足が最初に本人の描いた円から出ていた。さっき、星伽は刀を折ったついでに峰打ちで遠山かなめを押し出したのだ。だから、今回は遠山かなめの負け。自分で言い出したことだしな。守らないわけにもいかない。
「はぁ……」
溜息を付くと幸せが逃げるなんて言っていたのは誰だったか。敗北したことを受け入れられないのか泣き出してしまった遠山かなめと、それをネタに星伽を煽る理子は放って、仕方なしに熱に強い俺が燃えるように真っ赤に染まった遠山かなめの刀剣の破片を拾い集め始めると、横で驚いたような顔をされた。まぁ、こんなもん確かに人の触れられる温度じゃないよな。
「……色々あって熱には強いんだよ」
だからそれだけ答えてやる。実は異世界で身に付けた能力で熱変動無効ってやつなんです、なんて言ってもどうにもならないからな。俺だってよく分からんと思うし。そもそも、コイツは俺がどっかに行っていたことは知っていたが、異世界に飛ばされたことまで把握しているのかは分からん。どうにも極東戦役も絡んでいたらしいこの戦い、余計なことを言ってまた巻き込まれたくはない。
バスカービルの面々にも細かくは説明していないしな。この中で異世界の話をしたのはジャンヌだけだ。
で、何やら驚愕の顔で眺めてくるバスカービルの面々も放っておいて、俺は散らばった刀剣の破片をあらかた集め終えた。とは言え、星伽の焔で焼かれたそれらは今だに人が触れるには熱すぎる熱量を持っていた。その気になれば冷やせるが、多分それをやるとただでさえ温度変化で脆くなったこれらは決定的に崩れそうだったから自然に冷えるのを待つしかないな。幸いにも季節は秋だから、この時間なら冷めるのにそう時間は掛からないだろう。
「ジャンヌ、これ着とけ」
なので俺は着ていた防弾ジャケットをジャンヌに投げて寄越す。先の一瞬の攻防の際に、ジャンヌの防弾制服の背中が切られ、肌や下着が見えていたからだ。防弾制服を切り裂くとかどんな斬れ味なんだよと思うが、それを知っていたから星伽は最後の一撃以外は切り結ぶのを避けていたんだな。
「あ、あぁ。済まない」
ジャンヌも、自分の背中が見えているのは分かっていたのか、少し照れながらも俺のジャケットを羽織った。
すると、拳銃を腿のホルスターに仕舞ってスタスタとこちらへやって来たアリアは流石の切り替えの速さでキンジにコーヒーを要求しだした。
どうやら、このままお月見と洒落込むらしい。
コーヒーなんて持ってきていないキンジは武藤に、ろくなコーヒーがないことを悟ったアリアは戦姉妹の間宮あかりに、俺はリサに、それぞれ連絡を取ってこの場に呼ぶ。
5分もすれば、武藤の運転する車からリサと間宮が現れた。女子がいると聞いて「5分で行く」と即答した武藤は宣言通り、きっかり5分で到着したのだから凄まじい執念だ。
「……お前、どこ行ってたんだ?」
と、女子連中から省かれたキンジが聞いてくる。どうやら、任務ではないらしいことは把握しているらしいな。
「涼宮が俺にまで聞いてきたぞ。お前が急にどこかへ消えたって」
透華か。まぁ、透華は武偵になりたてだから、あまりこういうのは慣れていないのだろう。バスカービルの奴らはあそこまでの心配はしてこなかった。武偵なんだし急な任務もあるだろうと、メールで連絡を寄越してくれた奴らは皆そんな感じだったのだ。
唯一理子とジャンヌだけは、リサまでいないことで強烈な違和感を覚えたようだが。
「んー、なんて言うか、別の世界……漫画的な異世界に行ってた」
「は……?」
正直に話したらキンジが呆れ顔になってしまった。まぁ当たり前の反応だと思うけれども。
「いやマジで」
「……武偵なら証拠を出せ」
「じゃあ……異世界の魔法」
と、俺は手の平サイズとは言え、わざとらしく魔法陣を出し、そこから氷の塊を生み出していく。魔王になってからこっち、この程度であれば魔法陣なんか展開する必要もなく氷の槍を放てるのだが、今回は見せるのが目的だ。分かりやすいそれに、キンジも頭を抱えてしまった。
「マジかよ……」
「マジだ」
武藤も会話には入ってこなかったが、口をあんぐりと開けて驚いている。俺が出していた魔法陣を仕舞うと、生み出した氷もダイヤモンドダストになって散っていった。
「……超能力って本当にあるんだな」
武藤だって武偵の端くれ。超能力の存在くらいは知っている。東京武偵校にだってSSRがあるしな。まぁ、この反応を見る限り、自分の目で見たのは初めてらしいけどな。なので俺は「あぁ」とだけ返す。
それっきり血生臭い話題は終わり、俺達は3人でどうでも良い無駄話に花を咲かせた。そうして夜も更けてきた頃、俺達は三々五々自分の部屋へと帰っていった。
───────────────
それは、ランバージャックから数日したある日、週末に
この場にいるのはどうやら俺達だけで、少しの高揚感と穏やかな空気の入り交じった少しの非日常を味わっていた俺達の足元に現れたのはこれ以上ないくらいの"非日常"
それは光る魔法陣のようで、そんなものが氷焔之皇のある俺の足元に現れたことに驚きを隠せない。けれども俺の脳みそのどこかはどうやら乱れることなく機能していたらしい。
咄嗟にリサを突き飛ばし、その光の円の外へと弾き出したのだ。
「ご主人様!!」
リサの叫び声が聞こえる。
「来るなリサ!!」
「でも!!」
「俺は帰ってくる!絶対に!!……だから待っててく───」
最後まで言い切れたのかは分からない。だが、その瞬間に目も開けていられないほどの光に包まれた俺の意識は、白く冷たい光の中へと溶けていった。