ありふれた異世界転移とありふれてない世界
ここは……?
視界を覆い潰す光の奔流が収まり、世界に色を取り戻す。それと同時に、閉じていた瞼を開けると目の前には何10人もの人間、それも比較的年齢層の高い奴らが祈るように手を合わせていた。
さらに周りを見渡すとそこにいたのは30人以上はいるだろう。ブレザーを着た高校生くらいの集団が俺と同じように辺りを見渡していた。どうやら今度は集団での異世界転移に巻き込まれたようだった。
だが、こんな奴ら武偵高にいたか?いや、いないはずだ。同じブレザーとは言え武偵高の臙脂色の防弾・防刃制服とはデザインからして全く違うし、何よりあの時俺の傍にいたのはリサだけだったはずだ。もしかしたら、本来呼ばれるはずだったのはコイツらだけで、俺は何かのイレギュラーによって巻き込まれたという可能性もあるかもしれない。もしくは、度重なる異世界への転移で俺の身体が捻り癖よろしく異世界転移癖が着いていて、おかげで召喚の際に混ざってしまったのかもしれないな。というか、多分そうだろう。
けれども、何にせよ俺はこの世界の情報を集めなければならない。そうして帰る方法に目星をつけなければ。
そんな風に今後の方針について思考を巡らせながら両脇のホルスターに収めた拳銃と背中側の腰に収めてある雪月花の柄の存在を確かめながらさらに見渡すと、まず視界に飛び込んでくるのは大きな壁画だった。その絵の中心に描かれていたのは男とも女ともつかない中性的な顔と体つきの人間。その背景には川や山、草原などの雄大な自然が描かれており、それらを中心の人間が抱きしめているかのような構図のものだった。
また、どうやら俺達は巨大なホールのような場所の中心、そこにある舞台のような場所にいるようだ。そして、やや高い位置にいる俺達を下から見上げているのは先程まで祈るような格好をとっていたご年配共だ。皆揃いも揃って白い装束に身を包み錫杖のようなものを抱えている。まるで理子にやらされたRPGのゲームに出てくる神官様みたいだった。そういえば、リムルのいた世界でも似たような格好の奴を見たことがあったな……。
……今回はコイツらが俺達を召喚でもしたのだろうか?
すると、その中で先頭に座って祈っていた男が俺達の前へ進み出る。
「ようこそトータスへ。勇者様とそのご同胞の皆様。異世界からこの世界へ渡って来た皆様を歓迎致しますぞ。私は聖教教会教皇のイシュタル・ランゴバルドと申します。以後、宜しくお願い申します」
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イシュタルと名乗った老人に連れられて俺達がやってきたのはやたらと縦に長いテーブルのある部屋だった。ドラマやなんかで偉い奴が食事を摂るような雰囲気のそこの上座付近へ、天之河光輝というらしい彼らのクラスの中心人物とその仲間連中が集まり、後は適当に席に着く。ここに案内されるまでの間、明らかに身内ではない俺のことを遠巻きに見ながら何やら話しているのを聞いていくうちに、コイツらが同じクラスの人間であるということ、お昼時に急にその時教室にいた人間がまとめてここに呼ばれたらしいということ、このクラスの奴らのなんとなくの力関係は分かった。そして俺はその輪には当然入れていないために、端っこに席を取らざるを得なかった……。
そうして各々が着席したあたりでこの異世界にも概念が存在しているらしい、メイドさんと呼ぶべきお揃いの給仕服を身に纏った若い女達が、紅茶のような飲み物を全員に配り始めた。個人的にはリサという完璧なメイドさんを知っているために彼女らにはあまり興味が湧かなかったのだが、他の男連中は皆このメイドさんたちに目が吸い寄せられていた。まぁ、他の女子組はそんな単純な男共を氷河期もかくやという冷たい目で眺めていたのだけれど。
「さて、貴方がたはさぞかし混乱されているでありましょうから、私が一から説明致します。まずは私の話を最後までお聞きくだされ」
イシュタルなる人物が話し始めた内容は、思いの外面倒な事情を抱えていたこの世界のことについてだった。
どうやら、この世界は「トータス」という名前の世界らしい。そしてこの世界には大きく分けて3つの人種があるようだ。それが彼らを含めた人間族、魔力なるものを一切持たないが人と獣の特徴を併せ持つ亜人族、人間族よりも数は少ないものの圧倒的な魔法の技量を持つ魔人族だ。
そして人間族はこの魔人族と数100年の間、戦争状態にあるという。個人技の差を数で埋めているおかげで拮抗状態にあった戦いだったが、最近魔人族が魔物の呼ばれる生物を支配下に置き始めたためそのバランスが崩れた。それにより人間族はかなり追い詰められているというのだ。
「そこで貴方方を召喚したのがエヒト様です。エヒト様は聖教教会の唯一神であり、我ら人間族が崇める守護者でもあります。そのエヒト様から御神託があったのです。貴方方という救いを人間族に寄越すと。貴方方の世界は例外なくこの世界の上位に位置し皆様は全員この世界の人間を上回る能力と素質を持つと。皆様にはぜひその力を発揮し我ら人間族をお救い下さいませ」
どうにも狂信者の気があるらしいイシュタルは語りが進むにつれて恍惚とした表情となっていった。その上、俺達が別の世界からやってきたのにも関わらずこの世界の神様の言うことを一字一句信じることに疑いを持っていないようだった。
「ふざけないでください!!」
だが、そこでイシュタルに待ったをかけたのが彼らの中で唯一の大人である彼女だ。小柄でやたら童顔なため、下手したら生徒たちより年下にも見える程だが、これでも立派に教師らしい。
「それって、この子達に戦争をさせようってことでしょう!?そんなの先生は許しません!えぇ、絶対に許しませんよ!この子達の親御さんたちも心配しているはずです!早く彼らを帰してください!喚べるのなら返すことも出来るはずでしょう!?」
イシュタルのあまりに自分勝手な物言いに、我慢がならなかったらしい。生徒達がまだ状況を呑み込めずに混乱している中で、まずは生徒達の心配をしているあたり、人が良さそうな先生だ。
だが、その先生の言葉もイシュタルにはさほどの影響も無いようだった。彼はただただ残念そうに首を横に振る。それがどこか胡散臭さを感じさせた。
「残念ですがそれは出来ませぬ。……何故なら貴方たちをここへ喚んだのはエヒト様であり、我々ではありません。我々人間族には世界を超えるような魔法は使えないのです。ですから、元の世界へ帰れるかどうかはエヒト様のご意思次第、ということです」
なるほど……。やはりリムルのいた世界と同じように、向こうからは喚び出せるけれど元の世界に帰すことはできないらしい。
しかしそれを聞いた向こうの生徒達は大混乱だ。それも当然だろう。何せ訳も分からず知らない異世界とやらに召喚されたと思ったら今度は勇者一行として戦争をしろときた。これで混乱しない方がおかしい。
だがその様子を静かに眺めているイシュタルの目には侮蔑が込められているように見える。どうやら俺達がエヒト様とやらの意思に従わないことが気に入らないらしいな。しかし、そこで1人の生徒がテーブルを叩き立ち上がった。
「皆、ここでイシュタルさんに当たっても仕方ない。イシュタルさんにもどうしようも出来ないことなんだと思う。だから俺は……、俺は戦おうと思う。この世界の人達が危機にあるのは事実なんだ。それを知って見て見ぬふりをすることは、俺にはできないから」
この天之河光輝という男、クラスのリーダーのような存在だとは思っていたが、それはそれとして無駄に正義感が強いらしい。彼らの歩き方や話している内容からして、この学校の生徒達は戦う人間ではないのはずだ。確かに彼を含めて何人かは武道をやっている風ではあったが、それでもそれだけでは足りない。何せ魔法なんてものがある世界で戦争をするのだ。いくらなんでも考え無しでどうにかなるような問題ではない。
「それに、戦って人間族を救うために召喚されたのなら、戦いを終わらせればエヒト様も俺達を返してくれるかもしれない。そうですよね、イシュタルさん」
「そうですな。人間族を救った救世主の言葉であればエヒト様も無下にはしますまい」
「それに、俺達には大きな力があるんですよね?確かにこちらへ来てから身体中に力が漲っているように感じる」
へぇ、いやむしろ俺はそれを聞いてエヒト様とやらがどうにもきな臭い存在に思えてしまう。彼らはどうやら大きな力を与えられたようだが、俺は逆だ。ここへ来る前に何か俺という存在の深い部部をまさぐられる感覚があったものだからさっきからあれやこれやと試していたのだが、どうにも聖痕の力が閉じられているのだ。それだけではない。リムル達の世界に来る時に与えられた能力群に加え、向こうで手に入れた魔法やスキルがまとめて使えなくなっているのだ。
どうにも無くなっている訳ではなく力を引き出そうとしても何かに蓋をされていて引き出せないのだ。これはシャーロックに聖痕を閉じられていた時と似たような感覚だ。幸い、「変質者」で統合したオラクル細胞には違和感は感じないから、キチンと確認の必要はあるとはいえ、今後この力が俺の切り札になるだろう。しかし、本当にエヒト様が人間族と魔人族の戦争で人間族を勝たせたいのであれば俺の力をわざわざ封印する筈がない。そうなるとエヒト様とやらには他の目的があるということになるのだが……。
だが力を封じられて戦力ダウンも良いところな俺と違い、彼らはそれはそれは自分の中に力を感じているらしい。そして天之河の声に触発されたのか、さっきまで不安や恐怖に狼狽えていた筈の彼らの中では戦うことが決まってしまったらしい。先生だけはまだ不満げではあるが、どうにもこの流れは変えられない。
しかもイシュタルという男、どうにもここへ来るまでの彼らの会話、そして自分の話への反応を観察し、誰がこの中の中心なのか、そしてその人物はどんな性格をしていてどんな話に興味があるのかをつぶさに確認していた節がある。そしてやはり天之河という人間はこの世界の人間たちが他種族と戦争をしていて、滅亡の危機だと聞いた時の反応は顕著だった。探偵科でない俺でも分かるのだ。世界最大宗派のトップがそれに気付かないわけはない、ということか。イシュタルはそれを把握した上で話を構成していったのだろう。上手いやり口だ。向こうの世界なら詐欺師としてもやっていけるかもな。
「そこの君も、協力してくれるよな?」
と、そこで天之河から俺に話が振られた。さっきから誰も彼もがチラチラとこっちを見ていたのは気付いていたし、全員が「誰だこいつ……」と思っているのも把握していたので黙って聞いていたのだが、そういうわけにもいかなくなったようだ。
「あぁ、そうだね。まずは自己紹介からさせてもらうよ。俺の名前は神代天人。君達も高校生だよね?」
俺のその質問に天之河くんは頷いて答える。
「そうか……俺もだ。……うん。戦うしかないのなら俺も戦おう。けれどその前にイシュタルさん。あなたに幾つか聞きたいことがあります」
どうにもイシュタルは俺のことはあまり信用していないようだ。つぶさに観察していたのがバレていたのだろうか。
「……何ですかな?」
「まず先程、この世界を「トータス」と呼びましたが、それは誰が名付けたのでしょう。いえ、俺のいた世界では自分らの世界に名前なんて無かったものですから」
「ふむ、それはエヒト様です」
「なるほど、それともう1つ。過去にもこのような、つまり、人間族が魔人族や亜人族と戦争をしていて危機に陥ったとかで異世界から助っ人を召喚した記録などはありますか?もし文献などがあれば戦う際に参考にしたいのです」
これ以上の不信感や疑惑を持たれたくはないのであくまで戦うことは前提としていますよ?という風に質問をしていく。
「いえ、このようなことは今回が初めてですな。我々も突然のことで些か驚いているところです」
「なるほど……。いえ、無いのなら仕方ないです。ありがとうございます」
納得した風に俺は席に着く。だがなるほどな。
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まさか聖教教会が標高8000mの山の頂きにあるとは思わなんだ……。
いくら潜在的に凄まじい力を持っていようが、戦う意思を決めようが、この世界での戦い方なんて知るわけもない俺達のことは流石に向こうも把握しているらしく、この神山と呼ばれる標高にして8000mもの高さを誇る山の麓にある王国、「ハイリヒ王国」にて俺達の受け入れ準備が整えられているらしい。そしてまさかいきなり8000メートルも下山させられるのかと思いきや、魔法で移動するロープウェイのようなものが用意されていた。それを使って瞬く間に下山を終える。
雲海に突っ込んだ時には生徒たちは大騒ぎだった。やはり彼らは普通の学生で、部活や何かで武道をやっている奴はいても戦う環境になんてなかった人間達なのだろう。そんな彼らがいきなり大きな力を得てどうなるかは心配ではある。聖痕とスキル群がまとめて差し押さえ中である以上は俺も彼らと一緒に戦わなくてはならないだろうし。
もし全開が出せるのであれば今すぐにでも魔人族の本拠地に乗り込んで殲滅の上、エヒト様とやらにさっさと帰すように迫れたのだが……。
だがエヒト様にどんな思惑があろうと俺は帰るのだ。武偵高に、リサの元へ、必ず。その邪魔をするなら人間族だろうが魔人族だろうが、例え神が相手だったとしても叩き潰すだけだ。
ハイリヒ王国の宮殿で国王やらなんやらから有難いお話を賜っている間、俺は心の中で燃えるような殺意と決意を抱えていた。
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訓練は早速翌日から始まった。とは言っても、まずは俺達が手に入れた才覚の確認からということらしく、全員にステータスプレートなるのもが配られた。これは、この世界で最も信用のある身分証明書でもあるらしいのだ。どうやら原理は不明なれど少量の血液で個人登録を行い、今後は好きに自分のステータスを確認できるのだとか。
そんな説明を王国お抱えの騎士団団長たるメルドという人物から説明を受けた。また、どうやら彼は今後俺たちの指南役も務めるらしい。子守りご苦労様です。
で、俺も渡された針(を使った振りをして自分の歯で指先を切ったが。俺の全身で特にオラクル細胞の数が多い腕から先は普通の針じゃ傷つかないからな)で血を1滴垂らし、ステータスプレートに俺という存在を登録する。するとそこに浮かび上がったのは───
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神代天人 17才 男 レベル1
天職:錬成師
筋力:500
体力:500
耐性:──
敏捷:550
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解
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メルド団長の説明によれば、レベルはそいつがどれだけの潜在能力を発揮しているかの基準であり、レベル100というのが最大値であり極地であるとのこと。また、(絶対オラクル細胞のおかげで俺だけおかしな基準になっているのだろうが)本来は肉体的なステータスは魔力が高ければ高いほどそちらも高いらしい。どうにも魔力が身体能力を補強しているのだとか。詳しいところは分かっていないらしいが……。
あとこれ大事。どうやらステータスにおけるレベル1の段階のこの世界の平均値はどれもだいたい10前後らしい。……どうやら俺はただの筋肉ゴリラのようだ。いやこれ絶対オラクル細胞のせいですよね……。多分物理攻撃に対するって意味だろう耐性に至っては数字出ないし……。あと魔耐っていうのは魔法に対する耐性だろうか、これも魔力量と同じようにとんでもなく低い。どうにもオラクル細胞は物理的な力には強いが魔法のような超常の力にはかなり弱いらしい。それは、リムルのいた世界でも何となく感じていたことだが、この世界では、殊更にそれが顕著のようだ。
ていうか、この訳の分からない耐性の数値からすると天職は錬成師ではなく肉壁ではなかろうか?
ただまぁ、こうやって体力を明確な数字として出る世界ということはあまりに残酷だ。何故なら1でも数字が上回ればそれでそこに関しては押し切れるということだからだ。そこに気合いやら何やらの不確定要素は存在し得ない。
俺がそんな風に色々と空恐ろしさを感じながらも最後になってメルド団長にステータスの報告へ行った。で、俺のステータスプレートを見たメルド団長は───
「君だけ別の場所から呼ばれたんだってな?皆に馴染むところからで大変だろうがよろしく頼む。で、ステータスプレートは……んん?ん?ええ……?」
何やらかざしたり振ったりしているが俺のイカれた数値に変動は無い。どうやら俺以外のステータスの最高値はレベル1の時点での天之河がオール100、天職も勇者で技能欄にも技能なるものがかなりの数があるらしかった。で、鍛え上げたメルド団長はレベル68時点でステータスは平均どれも300前後。成長具合によっては天之河にあっさり抜かれかねない数値ではあるが現状人間族ではトップレベルとのこと。まぁ白崎香織というらしいクラスのマドンナっぽい女子生徒の魔力量は天之河のそれを上回っているようで、一点に限れば天之河より上の奴もいるにはいるらしい。だがそれでも俺の数値は異常だ。何せ魔力量はそこらの一般人程度か下手したらそれ以下にも関わらず身体的ステータスは既にメルド団長を大きく上回り耐性に至っては表記すらされていない。
なのに天職は錬成師とかいう明らかに戦闘向けではないそれ。技能も錬成と言語理解しかなく、言語理解に至ってはこちらの世界に転移した全員が持っているため実質1つ。なんならあらゆる言語を把握出来る言語理解が俺の中で1番強い技能かもしれない。
「あぁ、うん。まぁこんなこともある、よな……?」
いえ、ないと思います。筋肉ゴリラでごめんなさい。
「あの、錬成師と技能の錬成っていうのは……?」
だがそれはそれとして気になったことを聞いておく。字面からして何となく想像はつくが……。
「あぁ、錬成師ってのは鍛冶職の人達がよく持っている天職で、錬成ってのは鉱物とかの錬成、つまり加工が魔法で行えるっていう技能なんだが……」
なるほど、ステータスはやたら戦闘向けだし何なら世界一の肉壁なのに技能は裏方、それも戦闘時の後方支援どころか武器やら道具やらを作る側っていうあべこべも良いところな状態なわけですね……。ちなみに他の全員は先生を除き皆戦闘向け天職らしい。なお先生は先生で作農師とかいう天職で、どうやら食物の育成に大きく寄与する天職と技能を持っているとかで、これはこれで、下手したら勇者何かより戦争の行方に関わりかねない能力のようだった。
「あぁ、まぁはい。数字だけならそれなり以上には戦えそうなのでもうそれでいいです……」
半分投げやりだが、もう決まってしまったものはしょうがない。何人かが様子のおかしいメルド団長が気になって俺のステータスプレートを覗き見していたが、その全員がギョッとした顔をして戻っていくものだから、武偵的にはこういうのはあまり晒したくはなかったのだが、もうメルド団長に俺の数字を全部言ってもらった。
で、やはり全員数字の大きさ以前に表示されない耐性の欄に疑問があるらしいが、オラクル細胞の話なんてできない以上は適当に誤魔化すしかない。ちなみに魔法の適性もほぼ無かったために、この日から俺は裏でこのクラスの連中に筋肉ゴリラと呼ばれることになった。
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初めての1人での異世界転移から2週間程がすぎた。その間、座学や戦闘訓練等を行っていたが、実際のところ俺は戦闘訓練よりも、錬成の練習と、図書館に通いつめてこの世界のことを勉強していることの方が多かった。そのおかげか錬成の範囲や錬成速度は少しずつではあるが広がったり早くなっていった。そしてどうやらこの技能、割と色々な物に適用できるみたいで、直接触れなければならないが訓練場の砂地でも出っ張りや穴を作ることができるため、最初に貰った錬成の魔法陣の刻まれた手袋以外にメルド団長経由で靴にも魔法陣を刻んだ物を用意してもらった。ちなみに渡された武器は、他の連中はアーティファクトなる国宝級の武具を支給されたのに対して、技能欄が終わっている俺は普通の剣が一振。一応鎧やら何やらも用意されていたらしいが個人的には身軽な方が良いので断ってある。ただし、高いステータスのおかげか、剣は特殊な機能は無いものの、中々の業物を賜ることができた。
雪月花の柄はともかく、拳銃と予備の
で、そんな風に過ごしている中で訪れた、ここ最近のいつも通りの戦闘訓練の時間。だがここで珍しく天之河から話しかけてきた。
「ちょっといいかな、神代。確かに君は凄いステータスだ。けれど俺もそれなりにレベルも数値も上がっているし、何より真面目に訓練もしている。数字に胡座をかいている君にはもう負けないつもりだ」
この天之河、訓練2日目にして俺の実力が見たいとかで模擬刀を使っての練習試合を申し込んできたのだ。こっちも実力を見るついでに相手をしたのだが、どうやら本人は元の世界で剣道をやっていたらしく剣の扱いにはそれなりに自信があったらしい。だが武偵として訓練を積んでいた上にステータスも圧倒している俺には手も足も出ず完敗。それ以降割と避けられていたのだが、俺が図書館に篭もるか錬成の練習ばかりやっているのを尻目にかなり本気で頑張っていたらしく、俺のレベルがまだ2な上に魔力以外の数値の上昇が無いなのに対して天之河は既にレベルは10だしステータスも倍に伸びている。確かにそう簡単には負けないと思えるだけのものはあるだろう。
「あぁ、分かった、良いよ」
と、また模擬戦を受ける意を伝える。
「そうこなくちゃな。前はステータスの差が大きすぎてやられたが、今度はそうはいかない」
さて、負けたのがステータスの数字によるものだと思っている以上は結果は変わらない気がするがそれは言わないでおいてこちらも準備を始める。だがまた模擬用の木刀でやるのかと思いきや、天之河は真剣での勝負を申し入れてきた。まぁ何かある前にメルド団長が止めるだろうし、多少怪我をしても治癒師とかいう天職を持つ白崎香織という天之河の幼馴染もいるからそう大したことにはならないだろうと思い、俺も了承する。さて、やりますかね……。
「始め」
メルド団長の声と共に天之河が一瞬にして10メートルの間合いを詰めて突っ込んでくる。縮地とかいう技能で、今の天之河のように瞬時に間合いを詰める技能なのだが……。
「っ!」
寸止めでもするつもりなのか、思いっ切り上段に振りかぶっての唐竹割りを右手の剣で弾き、バックステップで天之河と距離を置く。すると今度は真っ直ぐ向かってくるのではなく左右や斜めに動いたり背後に回ったりと、撹乱する動きをしながら俺の隙を窺う天之河。なるほど、初手で突っ込んできて先と同じように躱され、次手も同じように突っ込んできたところを逆に1本踏み込んで喉元に突きを入れられてKOされたのから学んだらしい。それに、縮地も前よりさらに速くなっていた。どうやら訓練の成果は現れているようだった。けどまぁ───
「うおっ!?」
天之河が俺に一撃を入れようと背後から1歩踏み込んだそこは、俺が既に錬成で地中に穴を開けていた部分だ。そこに片足を突っ込みバランスを崩したところに素早く詰め寄り天之河の手を捻り、聖剣と呼ばれる彼に用意されたアーティファクトを奪い取る。そしてその刀身を天之河の首筋に当てて───
「これで俺の勝ちってことで」
「そこまで!」
そこでメルド団長から止めの声が入る。天之河には悪いが流石に戦闘に関しては経験値が違うんでな。
「クソ……。落とし穴なんて、卑怯だぞ!」
だが、天之河は俺のやり方が納得いかないようだ。いやいや、それ魔人族とかにも言うのか?
「背後から一刀両断しようとするのは卑怯とは言わないのか?」
「う……それは……」
「人質を使ったわけでも、寝首を搔いた訳でもなしに、卑怯なんて言われる筋合いはないな」
まぁもういいさ。俺は俺で錬成の練習に入らせてもらおう。俺は背中に天之河の重苦しい視線を受けながら、自主練へと戻っていった。
───────────────
「明日からは実践訓練の一環としてオルクス大迷宮へ遠征へ向かう。必要なものはこちらで用意するが、王国外縁の魔物との戦闘訓練とは一線を画すものになるからな。覚悟しておくように」
訓練終わりに集められた俺たちはメルド団長から明日以降の予定について聞かされている。とは言え、オルクス大迷宮へ向かうなんてことは初耳であったため、皆驚きの反応を示していた。
オルクス大迷宮、この世界に7つあると言われている大迷宮の1つで、オルクスは全100階層あると言われている。今のところは65階層まで踏破実績が確認されているが、そこまで行けたのもだいぶ昔の話で、今はもうそんなに深くに潜れるような奴らはいないらしい。どうにも潜れば潜るほどに出てくる魔物は強力になるという話だ。
また、態々そんなに深い所まで行かなくとも浅い階層でも良質な鉱石や魔物の核たる魔石が採れるらしく、専ら冒険者の稼ぎ口となっているらしい。
何かの拍子に下層の魔物が上がってきたら不味いんじゃないのかとも思うが、どうにもそこの魔物たちは上にも下にも行かず、常に同じ階層に留まる習性があるのだとか。都合の良いことだ。リムルの作った迷宮だってそこら辺には結構気を遣っていたというのに。
───────────────
「はぁ……」
オルクス大迷宮のあるホアルドという宿場町のとある宿屋。ここでも俺に用意されたのは一人部屋。完全にあのクラスの中で俺という異物は浮いていた。というか、いきなり天之河を圧倒した時から既にクラスの奴等からは避けられ気味になってしまったため、コミュニケーションには苦労した。本来は全員の天職と技能を聞き出したかったのだが、あれの印象があまり良くなかったらしく、割と警戒されてしまったのだ。それでも訓練の合間にちょっとずつ聞き出していき、それなりの人数の情報は集まった。
何故情報をかき集めたか、簡単だ。このクラスの連中と俺の世界は別の世界だということは分かっていた。初日の内にさりげなく「武偵」という存在について何人かに聞いていたのだがそいつらの誰も武偵を知らなかった。というか武偵高の制服を見れば武偵だと分かるはずなので、確認程度だったのだがやはり誰も知らない。つまり彼らは俺のいた世界とはまた違う世界にいたということだ。そして、もし帰るにしてもエヒト様経由で世界を渡るのが1度だけだった場合、俺か奴等かのどちらかは元の世界に帰れないということになる。そうなった場合俺は確実に彼らを皆殺しにするだろう。情報を集めているのはそれに備えてのことだ。
もちろんそんな本心は隠しているからか、警戒されていたとは言え何人かは俺に気を許してくれたらしく、世間話や元の世界の話をするくらいには打ち解けた奴もたまにはいた。そいつらの話を聞く限り、どうやら俺と彼らの世界は武偵の存在以外はほぼ同じ世界のようだ。もしかしたらリムルの元いた世界と同じかもしれない。
そうして思考を回しているうちに眠気が来るかと思いきや、思いの外目は覚めたままだった。
「少し歩こう」
最近また増えた気がする独り言は声に出してから気付いた。というか、こっちに来てから眠りが浅くなっている。
多分、というか確実にリサがいないからだ。俺は、不安なのだろう。リサがおらず、頼みの綱の聖痕とスキル群が差し押さえられている上での再びの異世界転移だ。しかも俺をここへ引っ張りこんだ元凶はきな臭いときている。せめて、せめてここにリサが居てくれたのならと思わずにはいられない。
「はぁ」
と、溜息をひとつ。不意に右手を見ると所在なさげに宙を漂っていた。あぁ、リサの温もりが欲しい。
そんな風にリサを思い起こし、帰還への決意を新たに外を歩いていると、不意に風切り音が耳に届く。どうにも誰かが素振りでもしているようだ。気になった俺はそちらへ足を向けると、そこにいたのは艶やかな黒髪を頭の後ろで縛った、所謂ポニーテールを作った女が1人、片刃の剣を虚空に向かって振るっていた。彼女も剣道をやっていたらしくその素振りは俺から見ても美しいフォームでしかも安定していた。
俺がそれをただ黙って眺めていると、規定の回数に届いたのか満足したのか知らないが、その女──八重樫雫という名前で天之河と白崎香織の幼馴染らしい──は素振りを止め、こちらを見ずに声だけで話しかけてくる。
「覗き見とは感心しないわね」
「いや、邪魔しちゃ悪いかなと思ってさ」
「ふぅん?」
「なんだよ」
「別に」
と、ようやくこちらを振り返った八重樫。そこにいたのがクラスの連中ではなく俺であることにもあまり驚きはないようだった。
「……それで、神代くんはどうしてここに?」
ちなみにこの八重樫、俺と話をする数少ない異世界転移組の1人である。
「こっちに来てから眠りが浅くてな。今も寝れずに、な」
「そう。私も似たようなものよ」
納得したのか、八重樫は剣を腰にぶら下げた鞘に納刀しながらこちらへ歩いてくる。そして石段に腰掛け、自分の横を手のひらで叩いてくる。座れ、ということだろう。
「なぁ八重樫」
俺は誘いに乗って八重樫の横に腰掛けた。
「何?」
「お前、元の世界へ帰りたいか?」
「そりゃそうよ。貴方は違うの?」
「いいや、違わない。むしろ、きっと俺は誰よりも元の世界へ帰りたい。あそこに、俺は絶対に帰るんだ」
「へぇ……」
「なんだよ?」
「いえ、神代くん、あんまり自分のこと話したがらない雰囲気だったから。こうして本心を話してくれるのが意外だっただけよ」
「あぁ。そういやそうかもな。そうだな……。ちょっと愚痴でも聞いてくれるか?」
「あら珍しい。いいわ、聞かせてちょうだい」
「ありがとな。俺さ、向こうに付き合ってた奴がいたんだ───」
そうして俺は語りだした。何故俺がここまで強く帰郷を望むのか、そのための覚悟──魔人族を皆殺しにしてでもというそれ──を、この世界にいることの不安を。それを八重樫はただ黙って聞いてくれていた。
「……ありがとな。聞いてくれて」
「ふふっ、神代くんの新しい一面が見れて楽しかったわ。貴方、意外と寂しがり屋なのね」
「みたいだな。俺も初めて知ったよ。──もう夜も遅そうだ。じゃあな、また明日。お互い気を付けようぜ」
「えぇ、本当に。……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
そうして八重樫と別れ、自分の部屋へ戻ってきた。もう寝るかと、寝巻きに着替えようとしたその時、部屋のドアをノックする音が響く。
「ん?……はーい?」
と、この時間だ。流石にいきなりドアは開けずにドア越しに声を掛ける。すると向こうからの返事があった。
「あの、白崎です。神代くんにお話があって……」
白崎、白崎香織。さっき俺が愚痴を零した八重樫の幼馴染で実は2人とも付き合ってんじゃないかって思う程に距離が近い奴だ。しかし、八重樫と違って白崎とはそんなに話した記憶は無いが……。まぁ変に天之河が来るよりはマシなのでドアを開けてやる。
するとそこに立っていたのは薄い寝間着、ようはネグリジェの上にカーディガンを1枚羽織っただけの白崎が1人で立っていた。
「あの、あんまり聞かれたくないことだから、上がっても良いかな?」
「え、あぁ」
話の内容よりお前のその格好の方が男の一人部屋に上がるのには宜しくないと思うのだが、まぁ本人が気にしていないなら今言うことでもないか。
そうして白崎を部屋に通し、部屋に備え付けてあった不味い紅茶のような何かを淹れてやる。
「俺の部屋、このくそ不味い紅茶っぽい何かしかなくてな」
「ううん。ありがと」
月明かりの中で白崎香織という人間はよく映える。元々がかなり整った顔立ちとスタイルを誇っている上に今はその格好も中々に扇情的だ。部屋に2人きりという雰囲気も相まって、柄にもなく少し緊張してしまう。
「で、話って?」
立ち話では出来ないような内容の話って、一体なんだ?それもこのタイミングで、だ。
「あのね、さっき夢を見たの」
「夢?」
「うん、夢。その夢の中で神代くんは私たちの前から消えちゃうの。待ってって叫んでも届かなくて、追いかけてもどんどん先へ行っちゃって、そして───消えちゃうの。明日からオルクス大迷宮に行くでしょ?だから、もしかしたらそこで神代くんに何かあるのかもって思ったら伝えなきゃって」
「……心配してくれるのか、俺のこと」
ろくに話したこともないような俺のことを。
「うん。だって私たち、確かに同じ学校の生徒じゃなかったけど、それでもこうやって今は同じ時間を過ごしてきたから」
「……そうか。ははっ」
「……どうして笑うの?」
「いや悪い。心配されたのなんて久し振りでな。つい」
「そう、なの……?」
「あぁ。で、まぁさっきの話だけど、夢なんだろ?ただの」
「うん、だけど何故か凄く真に迫ったような夢で、だから……」
──だから私が君を守る──
そう告げた白崎の瞳には強くその意志が燃え盛っていた。コイツ、こんなに強い目をできる奴だったんだな。
「ありがとな。……けど大丈夫だ。俺ぁお前らより強いからな。それに、絶対に帰るよ。元の世界に。絶対に生きて帰る。だから俺は明日にゃ死なない。それは絶対だ」
あぁそうだ。俺はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ。絶対に、絶対にリサの元へ帰るんだ。何があっても、誰を何人殺すことになってもだ。
「神代くんは、強いね。私ね、帰ったらやりたいことがあるんだ」
「やりたいこと?」
その台詞はどことなく死亡フラグのような気がしないでもないが。
「私ね、向こうの世界に好きな人がいるの。でもそれ、こっちに来てから、会えなくなってから気付いたんだ。それまでは、自分がこんなにあの人のことを好きだなんて気付かなかった……」
「それは、あの時教室にいなかった奴か?」
「ううん。いたよ。あの時あの人はあそこにいたの。でも彼だけはこっちに来なかった。何でだろうね……」
「それは……」
まさか俺か?俺という存在がそいつと入れ替わったということだろうか。
「でも良かった。その人は別に喧嘩が強いわけでもないし、こういう戦うのとか絶対苦手だろうから、だから安全な向こうにいてくれて良かったなって思うんだ」
「そっか。俺も同じだ……。俺も向こうに付き合ってた奴を置いて来ちまったんだ……」
「神代くんも?」
「あぁ。だけど俺はアイツにもこっちに来てほしいと思った。寂しいし、不安なんだ。確かに俺ぁ喧嘩は強いかもしれないけれど、……白崎から見たらきっと精神的にも強く見えるんだろうな。けどな、それはそいつが、リサがいてくれてたからなんだ。俺はリサの為に強くなった。俺の力は全部アイツのもんだ。……あぁ、何言ってんだろうな、俺は」
本当に、何を語っているんだ俺は。白崎にこんな話したって何にもならないだろうに。
「ううん。話すだけで楽になることってあると思う。それに神代くんっていつも自分のことは喋らないみたいだから聞けてよかった」
「そっか」
「うん。……私もう戻るね?おやすみなさい。そして、気を付けて……」
「あぁ。肝に銘じておく。お互い、好きな人にもう一度会えるまで」
「うん。それまで私たちは絶対に生き残ろうね。……それじゃあ、また明日」
そうして白崎をドアまで送る。
「あぁ。おやすみ。けど白崎。男の部屋に来るならもう少し格好は考えた方が良いぞ」
「えっ……?あっ……。ご、ごめんなさい!」
「いや、まぁ目の保養ということで……」
「もう!神代くんの変態!せっかく人が……」
「悪かったって。ほら、もう遅いしあんま大声出すな。じゃあ明日な。おやすみ」
放っておくと周りの部屋の奴らの迷惑になりそうだったのでさっさと白崎を追い返す。そうして白崎も渋々戻っていったのを確認して俺も部屋に戻った。どうにもその瞬間に、粘つくような殺気を感じたのだけれどそれはきっと俺の中の不安が作り出したものだろうと結論づけて、眠りに意識を委ねることにしたのだった。