セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

38 / 154
ユエ

 

最初に落ちてきた階層から恐らく50くらいは階段を降りただろう。

 

最初に落ちた階層をいくら探そうが上への階段が見当たらず、仕方なく錬成で上への道を作ろうともしたのだが、上へも下へもある一定の段階で錬成が反応しなくなるのだ。

 

そこで諦めて俺は下へ続く階段を降り、出る魔物を撃ち殺し貪り食い、そうしてここまで降りてきた。その内に固有魔法も増え、錬成の派生技能も花開いていった。即席で作った巣穴で腰を落ち着けると、俺は確認のためにステータスプレートを開く。そこに現れた文字列は───

 

 

────────────

神代天人 17才 男 レベル52

天職:錬成師

筋力:900

体力:1000

耐性:──

敏捷:1040

魔力:800

魔耐:760

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔力操作・胃酸強化・言語理解

────────────

 

 

いつの間にやら魔力量が魔耐性を上回っていた。

相変わらず耐性の数値は現れないのだがこれはもう諦めるしかない。しかし、前から気になっていたのだが、俺の年齢は17でいいのだろうか。確かに初めて異世界転移をした時は17だったのだが、その後何度も異世界転移を繰り返しているうちに確実に数年は経過していたはずだ。実際、リムルの世界には数年は滞在していたのだから俺の実際の年齢的には20台前半位のはずだ。

 

確かに明確な誕生日は迎えてはいないしリムルの世界から元の世界に帰った時には時間軸を斜めにぶった切ったので消えてから1ヶ月ほどということになっているのだが。

 

「まぁ俺の寿命とか気にしてたらキリがないしな……」

 

いつの間にやらアラガミと化し、今じゃ魔物だ。もはや細胞レベルで人間やめている。

 

「後見てないのはあそこなんだよな……」

 

この階層を降りる階段自体はすぐに見つけられたのだが、どうにも1箇所だけきな臭い場所があるのだ。天井まである大きな門とその両脇に掘られた一つ目の巨大な魔物のような像。ここへ挑む前の準備として、俺は装備を整えていたのだ。

 

「行くか……」

 

銃を構えながら門の前まで歩みを進めるがその間特に何も起こらなかった。だが閉じられた門に刻まれていた魔法陣は初めて見る類のものだった。

 

「なんだこれ……。初めて見るな。まぁいいか……錬せ───」

 

鍵が掛けられていようが俺の技能なら問題ないだろうと錬成でこじ開けようとした瞬間、電撃でも流されたかのように手が弾き飛ばされた。そして次の瞬間、ゴゴゴ……と音を立てて門の脇に突っ立っていた一つ目の石像が動き始めたのだ。

 

「門番……か」

 

1人ごちて、そのまま拳銃を右手側の門番へ向ける。そしてそのままそいつの一つ目目掛けて引き金を引く。

 

───ドパァッ!!

 

と、普通の拳銃とは違う、何かを吐き出すような音が鳴り響き、タウル鉱石で作られた弾丸がターゲットの眼球とその奥にあった脳漿をブチ撒けた。

 

そいつはそのまま膝から崩れ落ち、轟音と埃を巻き上げて地面に倒れ伏した。

そして左手にいた門番の、これまた1つしかない眼球へ電磁加速拳銃の銃口を向ける。そして間髪入れずにそのまま発砲。

 

同じように目ん玉と脳みそを破裂させるかと思いきやそいつは俺が引き金を引く前に両腕をクロスさせ頭部をガード。だがその程度ならこのまま貫けるだろうと俺は纏雷を利用した超音速の弾丸を2体目の門番相手に放ったのだが───

 

「あ?」

 

これまでも散々魔物の硬い毛皮ごと内臓や脳みそを砕き貫いてきた弾丸が弾かれたのだ。

たが奴はただ両腕の強度のみで弾丸を防いだのではなさそうだ。その証拠に奴の身体が魔力か何かで光っている。恐らくそれは奴の固有魔法なのだろう。

 

「面倒な……」

 

そして俺の一撃を防いだそいつはそのまま頭部を守りつつ俺の直上へ足を振り上げる。このまま押し潰す腹積もりなのだろう。だがあまりに動きが遅い。

 

「シッ───」

 

俺は縮地で奴の軸足の傍まで寄るとそのまま固有魔法である豪脚を使い外側から足首を蹴り抜く。思わずバランスを崩し両腕が眼球から離れた瞬間───

 

───ドパァッ!!

 

と、電磁加速拳銃が超音速の弾丸を吐き出した。

火薬の爆発力と電磁的な加速を経て吐き出されたそれは、狙い違わずもう1体の門番の脳天まで貫き奥の壁まで打ち砕いた。

 

「さて……」

 

門番と思わしき魔物は倒した。後はこの扉の開け方だ。よく見ると真ん中にはデカい南京錠のようなものがあり、そこには鍵穴は無い代わりに2つほど丸い窪みがある。大きさとしては俺の拳よりは大きいだろうか。そしてふと後ろを見やると頭を炸裂させ倒れ込んでいる図体のデカい魔物が2体。確か、魔物には1匹につき1個ずつ魔石がある筈だ。

 

「まぁ、試してみるか……」

 

俺は肩からディアウス・ピターの刃翼を展開。そのまま一つ目門番共の身体を切り裂いていく。すると腹の中から俺の拳より一回り大きい魔石が転がり出た。

 

「さてさて……」

 

それを掴みあげ、門の鍵となっているかのようなそこへと魔石を当てがう。

 

どうにもそれが正解だったらしく、魔石から魔力が門へと流れ込み、眩いばかりに光輝いたかと思えば門はこれまたゴゴゴ……と鈍重な音を立てて開いていく。

 

奥に隠されていた部屋は真っ暗で明かりが無ければ何も見えなさそうだった。だが俺には夜目の技能がある。これのおかげで新月の夜のように暗かろうが視界に困ることはない。

 

「……誰」

 

俺がこの部屋の内装を見渡し、中央にある何かに意識を向けたその時、どこからか声が響いてきた。いや、どこからか、ではない。ちょうどこの部屋の中央にある赤い立方体の何かに下半身と両手を埋めたまま頭を垂れている何者か。夜空に浮かぶ満月のように美しい金髪を湛えたそいつが声を発したのだ。そしてその金髪の隙間から紅色をした瞳が俺を覗く。

 

下半身は赤い立方体のようなものに埋もれていたが、見えている範囲だけでも相当に痩せ細っているのが分かる。しかしそれでもその女は非常に美しい容姿をしている。

 

「お前が誰だ」

 

その美しさに思わず見蕩れそうになったが、その誘惑を振り払うように質問を投げ返す。

 

「……」

 

答えが返ってこない。

 

「……じゃあな」

 

この部屋にあるのはあの囚われの女1人。わざわざ助けたところでこの化け物共が蠢く大迷宮を抜けられるとは思えないし、俺も足手まといを連れて行く余裕はない。それゆえに俺はこの部屋を出ていこうとする。

 

「ま、待って……!!助けて……お願い……」

 

もう長いこと声を出していないのかきっと本来なら美しく響いたであろうその声は掠れすぎていて今にも消えてしまいそうだった。

 

「断る」

 

だがそれは俺がコイツを助ける理由にはならない。助けて得られるメリットが思いつかない代わりにデメリットだけはポンポン浮かんでくるのだから。

 

「どうして……何でもするから……だから……」

 

それでも彼女は必死に懇願する。ろくに動かせない身体で出来る限り頭を垂れながら……。

 

「助けて、どうする?態々こんな所に閉じ込められている奴をここから出してろくなことになると思うのか?それに、何でもする?お前に何が出来るって言うんだ」

 

「違う……!ケホッ……わ、私は裏切られただけ……。私は悪くない……」

 

"裏切られた"その言葉が俺の脳裏にあの時の光景を思い起こさせる。俺に向けて放たれたあの魔弾。だが俺だって打算で奴らに近付いていたのだし最悪奴らを背中から撃つ覚悟でいたのだ。俺に文句を言う筋合いは無い。それに俺は───

 

「それを信じろと?」

 

囚われの女の目を見る。

確かにコイツが嘘をついているようには思えない。だが……。

 

「……私、先祖返りの吸血鬼。凄い力を持ってる。だから国のため、皆のために頑張った。でも……いきなり家臣にお前は必要ないって……おじ様もこれからは自分が王だって……私、それでも良かった……けど私の力が危険だからって……ここに……」

 

「尚更危ねぇじゃねぇか。……いや待て、なら何で封印された。何でお前が生きてる?封印出来たのなら殺せても良いはずだ」

 

「……私、自動再生の力持ってる……魔力があれば怪我も勝手に治る……歳も取らない……」

 

「なるほど。で、お前はここを出られたら復讐でもするのか?」

 

「……しない。……それに、もう死んでると思う……あれからどれくらいかは分からないけど」

 

「そうかよ。で、お前の力はそれだけか?」

 

「……魔力を直接操れる。魔法陣も詠唱も要らない」

 

「……再生の力はどうなってる?無限に再生し続けるのか?」

 

 

「……魔力量次第。……魔力が無くなれば再生もできなくなる」

 

「……へぇ。……俺はこの大迷宮を出るのが当面の目標だ。精々役に立てよ?」

 

「……それって」

 

「錬成」

 

再生の力が魔力量次第と言うならばここで裏切られても魔力が尽きるまで引き裂き続ければいいだけだし、最悪錬成で生き埋めにでもしてしまえばいい。ま、そもそもそれならここに封印した後に死ぬまで殺し続ければ良いだけなのだし、それをせずに帰ったということはコイツが封印なんてされた裏には何かがあるのだろうよ。

 

だが、それなりに利用は出来そうだしまぁいいかと、改めてそう考えた俺はコイツを戒めている何かに手を触れ、錬成を発動させる。

だがこの立方体は俺の魔力に抗って変形を許さない。まったく、面倒なことだ。

 

だがそれでも俺は強引に魔力を注いでいく。俺の視界が紅色に変色した俺自身の魔力光で埋まっていく。だがそれでもと俺は魔力を押し込み、立方体を侵食していく。

 

「ぜあぁっ!」

 

俺がさらに魔力を注ぎ込んだ直後、この立方体がドロりと形を変え、その中に半分埋められていた女は戒めから解放されペタリと地面へ座り込む。

 

やはり全身痩せ衰えていたがそれでも神秘的な雰囲気を纏ったこの女はどこまでも美しかった。

 

「はっ……はぁ……」

 

ここまで一気に魔力を消費したのは初めての経験だったので思わず息が切れてしまう。また、おかげで空っぽになってしまった魔力のせいで酷い倦怠感が全身を襲う。

まだこの女が信用できるのか疑っている俺は失った魔力を回復させようと神水を取り出すがその手を金髪の女が両手で包む。

 

「……ありがとう」

 

その時の彼女の顔を俺は一生忘れないだろう。

全てを薙ぎ払ってでも帰るのだと決意したその心に、何か別の光が灯ったような気がした。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……名前、何?」

 

「……天人。神代天人だ」

 

「天人……天人……」

 

そう言えばお互いに名乗ってもいなかったなと苦笑いしながら名乗る。すると目の前の女はまるで抱きしめるように俺の名前を囁く。

 

「お前は?」

 

「……天人が付けて」

 

「は?」

 

まさか長いこと封印され続けて忘れでもしたのだろうか。そういえば吸血鬼の一族は数百年前に滅びたと記されていたはずだ。

 

「……前の名前、もういらない。天人が付けた名前がいい」

 

「はぁ……。そうは言ってもなぁ……」

 

コイツはきっと生まれ変わりたいのだ。話が本当なら信用していた奴らに手酷く裏切られ、あまりにも長いことここに1人で幽閉されていた。この世界の吸血鬼一族は300年前に滅びた。ならばコイツは少なくともそれくらいはここに閉じ込められていたことになる。この何も無い真っ暗な部屋で、1人、気が狂わなかっただけでも僥倖という他ない長い長い時間を───。

 

それに、名前ってのは大事だ。名前とはそいつを表す言葉。定義付けと言っても良い。だからこそ俺はトータス()という名前のついたこの世界に疑問を持ったのだし。

 

そして今はこいつの名前だ。俺は精巧に作られた人形のような顔を見つめる。紅の瞳。月のような金髪。それを見て俺はふと理子やキンジと話していた雑談を思い出した。

 

 

 

───────────────

 

『ツモ〜』

 

『げ……』

 

あの時俺と理子はイカサマ防止とか言ってわざわざ全自動卓を買ってきて麻雀を打っていた。他のメンツはリサとキンジ。リサは俺の手牌を読んで的確にアシストしてくれていたが、今日の理子は絶好調。今も6巡目にしてツモ和了したのだ。

 

『風牌にトイトイ、赤もあってツモりで三暗刻もか……』

 

『そう言えば知ってる?一筒って麻雀だとよく月に例えられるけど、中国語だと月はユエって言うんだって〜。なんかさ、響き可愛いよねぇ〜』

 

『海底撈月の月だろ?』

 

『可愛いって……理子の言うことはよく分からん』

 

『あぁ〜!キーくんってばまたそういうこと言う〜。ほら、早く16000点寄越せ〜』

 

『花鳥風月が役満なのはローカルルールだろうが!』

 

───────────────

 

 

 

「……ユエ、ってのはどうだ?」

 

「ユエ……」

 

「あぁ。月っていう意味を持つ言葉だ」

 

「……ユエ……ユエ……んっ。私はユエ。ありがとう、天人」

 

そう言った時のユエの顔に俺は思わず見蕩れてしまった。それほどユエの笑った顔というのがどこまでも綺麗で、俺を惹き付けるのだ。

 

「……あぁ。……まぁとりあえずこれ着とけ。いつまでもそれじゃあ寒いだろ」

 

俺が着ていた外套を差し出すとユエはようやく自分の今の格好を顧みたようだ。一糸纏わぬ己のその姿を。

 

ボンッと音が聞こえてきそうなほど勢いよくユエの顔が赤く染まる。

 

「……天人のエッチ」

 

別に俺が脱がせたわけでも意地悪で服を着せなかった訳でもないだろうが、基本的にこれは言われたら負けのやつだ。なので俺は喉から出かかった文句を神水で流し込む。そして戻った魔力で発動した魔力感知と気配感知が俺の頭の上のそれにレッドアラートを鳴らす!!

 

「───ッ!?」

 

ユエを抱えて縮地でその場から飛び退る。

それと同時に俺達がいた場所に魔物が降り立つ。

その魔物は巨大なサソリだった。だが本来なら毒を持つはずの尾が2本もある。

 

それに、そいつの放つ気配は尋常ではない。明らかにこれまでの魔物とは一線を画す強さだ。しかし、こんな魔物がいたら俺が部屋に入った時に気付かない何てことがあるだろうか。それに、俺がユエを錬成で掘り出している時ならあまりにも無防備だったはずだ。ということはユエをここから解放することで奴はこの部屋のどこからか現れるという仕組みなのだろう。そんな仕掛けを作った理由はただ一つ。

 

──ユエをここから出さないため──

 

「面倒な……」

 

チラリとユエを見るとユエも俺を見つめていた。

その瞳は俺に全てを託すと、そう物語っていた。

そして俺はもう1本、神水を入れた容器を取り出し、ユエの小さな口に突っ込む。んむっと驚くユエだったが吐き出すことなく神水を飲み干した。そして飲んだだけで活力を取り戻した自分の身体に驚いているのだろう。さらに目を見開いている。

 

「ユエ、柱の影に隠れてろ。アレは俺が殺る」

 

抱えていたユエを降ろし、両手に電磁加速式拳銃を構える。そしてそのまま発砲。

 

独特の発砲音を轟かせながら2発の超音速の弾丸がサソリの脳天を打ち砕こうと殺到する。だがサソリの反応速度を上回り頭部に直撃したはずのそれは奴の硬い外殻に阻まれてその中身を叩き潰すには至らなかった。

 

「かったいな……」

 

電磁加速式拳銃で撃ち抜けないならアラガミの力でもあの甲羅は簡単にはブチ抜けない。まさか一撃で火力不足が露呈するとは思わなかった。

 

「けどまだ……」

 

やりようはあるかもしれない。

一撃の元にあの硬い殻を抜けなくともハンニバルの炎とディアウス・ピターの赤雷があの外殻の1部でも溶かしてくれればそれでいい。

俺は右手の拳銃を錬成で作ったレッグホルスターに仕舞い込み焔龍の右腕を、左肩から刃翼を顕現させる。

 

そして縮地でサソリの目の前に飛び出し、空力と縮地の合わせ技で真上に急上昇。鋭角の動きにサソリが一瞬俺を見失う。その瞬間に炎の槍を生成した俺はさらに空力と縮地を発動。

サソリの背中目掛けて高速落下しつつ右手に構えた炎の槍を外殻に突き立てる。

 

「ぐっ……」

 

だがそれでもやつの甲羅を貫くには足りない。威力だけではない。炎の熱で溶かそうにも温度も足りないようだ。

 

「まっ───だぁ!」

 

俺はそのままディアウス・ピターの赤雷を展開。刃翼を突き立てて赤雷を叩き込む。サソリは甲高い悲鳴を上げるが鎧自体は健在だ。

そしてそこに影が迫る。俺が目線を上げるとサソリの持つ2本の尾が俺の脳天を狙っていた。

 

「ちっ……」

 

俺がその場を縮地で離脱した瞬間に奴の尻尾の先端から散弾のように針が飛び出した。己の外殻に当たってこちらに跳ねてきた針を弾きながら着地する。

 

「まさか火力不足とは……」

 

そうなるとは思わなかった。

ここにきて俺の火力を凌ぐ防御力を誇る魔物がいるとは思わなんだ。とりあえず作戦を練り直そうと俺が飛ばされてくる針の散弾を弾き、躱しながら柱の影に入るとユエもそこにいた。

 

そして───

 

「……逃げないの?」

 

「は?何で?」

 

ユエから疑問を投げかけられる。

確かに、アレはユエがここから出ないために置かれた魔物なのだろう。だとすると、ユエを置いてこの部屋を出ていく分には奴は何もしないかもしれない。けどそれがどうした。

 

「武偵憲章2条、依頼人との約束は絶対守れ。俺は、お前をここから出すという約束をした。だからそれを守る。俺だけがここから出られたところで意味がねぇんだよ」

 

だから俺はユエを守る。武偵憲章は所詮ただの心得でしかない。けれど、これこそ俺が本当の意味で化け物になりきらないための一線だ。きっと、この世界でこれを1度でも超えてしまったら俺は胸を張ってリサの元へ帰れなくなる。だからこれだけは守ろうと決めたのだ。

……まぁこの魔物を倒す必要は無いから最悪ユエを連れて逃げることはあるかもしれないけどな。

 

「……そう。……なら、私も戦える。信じて……」

 

「あ?」

 

と、何やら俺の言葉に覚悟を決めたっぽい表情をしたユエがいきなり俺に抱き着きながら首筋に噛み付いてきた……が───

 

「……歯が通らない」

 

「ったく。……歯に魔力を通せ。それで刺さる」

 

……折角の良い雰囲気が台無しである。

 

にじり寄ってくる巨大サソリから縮地で距離を取りつつユエにアドバイス。俺のオラクル細胞混じりの身体には普通に歯を立てたくらいじゃ傷は付かないのだが……そういやユエはさっき自分のことを吸血鬼だとか言ってたな。血を吸うと力が増すのか?それならそれで俺のオラクル細胞入りの血液を吸わせて良いものなのか?

だがもうユエは魔力操作で自分の歯に魔力を通し、それで俺の首筋の皮膚を破って血液を吸っている。今更遅いか……。自動再生とやらに頑張ってもらう他ない。

 

「……んっ」

 

血を吸っているユエから時折艶かしい声が聞こえるがそれは無視。というか、今はそれどころではない。サソリの野郎が甲高い声で叫んだかと思ったらいきなり部屋の床が隆起し始めたのだ。どうにも奴の仕業なのだろがこちとら錬成師の端くれ。その勝負で負けるわけにはいかないのでこちらも錬成で床の隆起を抑え込んでいるのだ。

 

そうしていると、ようやくユエが俺の首筋から口を離した。……最後にペロリと一舐めしてから。

 

「……ごちそうさま」

 

「……お粗末さまでした。早速で悪いが───」

 

「……ん。あの甲羅を溶かす」

 

そしてサソリに向かって片手を掲げるユエ。するとその小さな体のどこに貯め込んでいるのか莫大な魔力が唸りをあげる。そしてそれは──それこそが彼女の魔力光なのだろう──黄金色となって薄暗い部屋の闇を打ち払い、その全てを輝き照らす。

 

「蒼天」

 

その名は炎属性の最上級魔法。それが魔法陣も詠唱も無く発動された。ユエがその魔法名を呟くとサソリの直上に7メートルほどの蒼い炎の球体が浮かぶ。それが触れていないにもかかわらずサソリは毎度の甲高い声を上げるが、それは今までのものとは違ってどこか奴自身の感じている恐怖が声色に乗せられているようだった。

 

慌ててその場を離れようとするサソリだが、それは力を取り戻した吸血鬼の姫が許さない。

ただ機械的に、残酷なまでにあっさりと振り下ろされた指先に合わせ、尽くを焼き尽くす蒼い炎がサソリを覆い尽くす。

 

──キシャアァァァァァ──

 

サソリの絶叫が響き渡る。だがそれを飲み込まんとばかりに蒼炎がその熱量でもってサソリの化け物を死の淵へと導く。

だがそれも長くは続かなかった。やがて魔法の効果時間が切れたのか炎が収まるとそこには俺の攻撃の尽くを防いできた厄介極まりない鎧をドロドロに溶かして悶え苦しむサソリの姿があった。俺は空力を使っていまだ蠢くそいつの真上へと降り立つと、拳銃を2発発砲。腹側も硬いのか貫通こそしなかったものの俺の放った超音速の弾丸は奴の中身をズタズタにしたようで、そのままサソリはその巨体を力なく地に伏せさせる。

 

「とっ……」

 

俺は動かなくなったそいつにそれでもまだ油断はせずに近付き、その口腔内に向けてまた2発ほど撃ち込む。これで完全に息の根は止めた。やたらと苦労させられたがユエの力は想像以上だった。

俺がユエを労おうと振り向くとそこには肩で息をしながら座り込んでいるユエの姿があった。

 

「大丈夫か?」

 

「……んっ、……最上級、疲れる」

 

「お疲れさん。助かったよ」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「へぇ。って言うことはやっぱユエは300歳以上ってことか」

 

「……天人、マナー違反」

 

古今東西、というかどこの世界に行っても女性に年齢を聞いたりするのはNGらしい。

 

はたして俺達はどうにかサソリを倒したわけだが、ユエはさすがに自分が数百年も封印されていた部屋はなるべく早く出たかったらしい。なので一旦部屋の外へ出て錬成で簡単な拠点を設置したのだった。

 

巨大なサソリの死骸をここまで運ぶのは苦労したが魔力による身体能力の強化も行えるユエにも手伝ってもらってあの部屋から運び出すことに成功した。そして俺は門番共とサソリの肉を焼きながらユエの身の上話や魔法の能力について聞いていたのだった。しかし、ユエには時間の感覚なんぞ当に無くなっているだろうが、伝聞によれば吸血鬼の一族は約300年前に滅びたとされている。ユエが封印されたのが20歳かそこらの時らしいので最低でもそれくらいは生きているだろうということだ。

 

ただ、裏切られたショックで封印された当時の記憶はあまり無いらしく、ここからの脱出方法やあのサソリの正体等については分からないらしい。

 

「……帰り方は分からないけど、この大迷宮は"反逆者"が作ったものらしい」

 

「……反逆者?」

 

「……反逆者、神代に神に挑んだ神の眷属だった者たち。……世界を滅ぼそうとしていたらしい」

 

「神、ねぇ……」

 

「……どうしたの?」

 

「いや、その辺のことに関してはちょっと気になることがあってな。まぁ今はこの大迷宮から出るのが最優先だ」

 

「……それなら、最深部に反逆者の住む場所があるらしい。……そこなら、地上への移動手段があるかも」

 

なるほどな。確かに一々上まで登ってたんじゃ途轍もない苦労になるだろうからな。ショートカットの手段くらいは存在するかもだ。

 

「なるほどなぁ。じゃあ当面はそこが目標だな。……お、焼けたぞ?食う……いや、流石にやめておこうか?」

 

何せ魔物の肉は食っただけで人間は死ぬのだ。俺だって神水が無ければ危うかった。そういえば、吸血鬼ってのは腹が減るものなのだろうかと思ったがどうやら吸血行為自体で栄養も空腹感も抑えられるらしい。それはそれとして食事を楽しむこともできるらしいのだが。

 

ちなみに、俺の血は極上らしい。そこら辺はグルメリポーターよろしく熱く事細かに語られたが正直自分の血の味にはあんまり興味が無い。俺が自分の血を吸ったところで鉄の味しかしないしな。

 

「門番は金剛……あのサソリは魔力操作からの派生技能の魔力放射と魔力圧縮か……。使ってんの見れなかったけど……」

 

門番とサソリの肉を喰って得た技能をステータスプレートで確認していく。ちなみにあのサソリの外殻、やたら硬いので何か秘密があるんじゃないかとまずは鉱物系鑑定をかけたところ、まさかで引っかかった。シュタル鉱石とかいう、流し込んだ魔力量によって強度を増していくという性質を持つ鉱石だったのだ。

 

なので俺は新たな兵器の製作に着手することにした。何分俺もまだ聖痕とスキル群が無いと火力不足に陥ることが発覚したためだ。今度はとにかく火力だ。だが持ち運べる物量にも限界があるからな。そこは考えなくてはならない。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「そんなに面白いか?」

 

コクコク、と無言でユエが頷く。

俺が新たな武器を錬成を駆使して作っている間、ユエはじっと俺の手元を覗いているのだ。まぁ、ユエには物珍しい物ばかりかもしれないが……。

 

「……天人、何でここにいる?」

 

すると、ユエから質問が飛ぶ。

独り言が増えるくらいには会話に飢えていたらしい俺も、別に隠すこともないかとこの世界に来てからのことをユエに話す。すると、さらに矢継ぎ早に質問が飛ぶ。俺の能力、使った道具、人間なのに魔力を直接操って固有魔法が使えていること、俺がサソリ戦で使った炎と雷、変質したように見えた腕と翼。俺はそれらの質問にもつらつらと答えていく。元々俺はこことは別の世界から来たこと。幾つもの世界を回った時に手に入れたアラガミの力のこと。すると───

 

「……グスッ……グスッ……」

 

「何故ユエが泣く……」

 

「……天人、辛かった。……天人辛いと、私も辛い……」

 

「……別に、辛いわけじゃない。慣れちまったよ。痛いのも、怖いのも全部……」

 

そう言って俺は思わずユエの頭を撫でる。その行動に自分自身が驚いていた。最初に会った瞬間はあれだけ警戒して、疑っていたというのに。今じゃこの世界に来てから会った奴らの中で誰よりも俺はユエに心を許していたことに気付いた。

 

「……んっ」

 

ユエは気持ち良さそうにさらに頭を差し出す。それに合わせて頭頂部だけでなく頭全体を撫でていく。するとユエは甘えているのか、頭を俺の肩に擦り寄せてきた。

 

「……天人は、この大迷宮から出たらどうするの?」

 

「帰るよ。元の世界に。まぁまずは方法を探さなきゃいけないけどな……」

 

「……私には、帰る場所……無い……」

 

そう言って縋るような目で俺を見るユエ。分かっている、コイツの気持ちは。俺のことをどう思っているのかも。けど、だからこそ俺は言わねばならないのだ。

 

「……ユエ」

 

「?」

 

可愛らしく小首を傾げるその仕草に俺は思わず言葉に詰まる。けど、それでも俺はコイツに嘘はつけない。ついてはならないのだ。

 

「聞いてくれ。俺は……俺には向こうの世界に置いてきた恋人がいるんだ……」

 

「……っ!?……そう……」

 

「だから、俺を居場所にしていいなんて、軽々しくは言えない。けど、それでもとユエが言うなら、俺が向こうへ帰る時にユエにも着いてきてほしいと思ってる」

 

我ながら最低なことを言っている自覚はある。何せ言い繕いようのない二股宣言だ。ここで物別れになっても文句は言えない。

 

「……天人は、ズルい……。……んっ」

 

だがユエはボソッと呟くと、そのまま桜色が美しい小ぶりで柔らかな唇を俺のそれに当ててきた。

その接触は数秒ほどだったが、俺には数時間にも感じられた。

 

「……これが、私の気持ち。……私の居場所はあの時から天人の傍だけ。……天人に他の女がいても構わない。……今ここにいるのは私。……その人じゃないから、私が天人を惚れさせれば良いだけ」

 

そう言ってペロリと舌舐めずりをするユエ。その仕草が見た目の割にあまりにも扇情的だったもんだから、俺は返す言葉が見つからない。

見つからないもんだから俺は新兵器の作製へ意識を向ける。すると、さっきよりも近い距離、どころか色々当たってるような感覚があるくらいにユエは俺に密着しながら作業を覗き込んでいる。

 

「……これは何?」

 

「んー?あぁ、さっき俺が使った武器は見せたろ?あれの強力なやつを作ってんだ」

 

ふうんと、ユエは分かったような分からなかったような顔で、しかし興味はあるらしく俺の作業している手先に目線を戻した。

俺が今作っているのはセミオートのライフル銃だ。装弾数は6発だが口径は拳銃のそれよりもかなり大きく、炸薬量も増量。それにバレルを拳銃のそれより遥かに長くすることで纏雷での電磁加速距離を延長。拳銃の約10倍程は威力が出るだろうと思っている。拳銃を作った時の経験が活きているのか、あの時よりもスムーズに銃そのものは完成した。弾丸も、1発作れてしまえば後は複製錬成で素材がある限りいくらでも量産できる。

 

「おし」

 

そうしている間に1挺の大型ライフル銃が完成した。拳銃と同じく黒に赤いラインの入ったボディ。あくまでメインで使うのは拳銃なのであまり弾丸は携行していけないから使うにしても奥の手になるだろうが、いつ何時必要になるかもわからない。それがこの大迷宮の恐ろしいところなのだ。

 

「……おっきぃ」

 

「あぁ。けどその分火力は増し増しだからな。あのサソリみたいなのが出てきたってこれでぶち抜いてやる」

 

「……ふふっ、楽しみ」

 

舌舐めずりをするその仕草は、やはり本来の歳相応の妖艶さを秘めていて、どうしたって俺はたじろいでしまうのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。