セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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奈落の底での決意

 

 

「遂に、か……」

 

紆余曲折はあったものの、俺とユエは遂に大迷宮の最下層と言われている第100階層まで降りてきた。いや、正確には違うのかもしれない。何故なら俺がこの奈落の底に落とされてから数えて100の階層を降りたからだ。20階層からどこか──これまで見たことない階層だったから20階層よりは下だと考えられる──へ転移して、そしてそこから更に落ちた上での100階層。ユエはここが大迷宮だと言っていたが、なら本当は何回層あるのだろうか。

 

だがまぁ、ここがあのウサギやクマのいた階層から数えて100階層目ということには変わりない。用心も込めて、降りる直前に自分のステータスプレートを確認するとそこに浮かんだ文字列───

 

 

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神代天人 17才 男 レベル78

天職:錬成師

筋力:2000

体力:2090

耐性:──

敏捷:2450

魔力:1800

魔耐:1780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

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使う度に補充しなければならない銃弾を作り出すために数え切れないほどの錬成を行ってきた結果、錬成技能の派生が飛び抜けている。だが途中からは魔物を喰らってもステータスの数字はともかくあまり技能は増えなくなっていった。

 

「天人、いつもより慎重……」

 

「そりゃあな。上で言われてた大迷宮は全部で100層って話だったわけだし。ここには何があるのか……」

 

だが俺の予想に反して100階層には何も無さそうだった。あるのはただ高くて太い柱が左右にそれぞれ1列。部屋の奥の方までズラっと並んでいるだけ。だが俺たちが1歩踏み込んだ瞬間、全ての柱が淡く輝きだし部屋に明かりを灯す。

 

「ありゃあ……」

 

「……反逆者の住処?」

 

第100階層はただのただっ広い部屋のようだったがその奥には大きくてご立派な装飾の施された"いかにも"な扉があった。ユエの言う通り、あの奥には反逆者共の住処があるのかもな。

 

「行こう」

 

「……んっ」

 

この奈落の底で数多の魔物を屠ってきた電磁加速式拳銃を抜き、感知系の技能もフルに起動させ、部屋の奥へ向かってユエと2人並んで歩き出す。そうして最後の柱の脇を通り抜けたその瞬間───

 

「……あぁ?」

 

「……何が来る?」

 

扉から見たこともないくらいに大きな魔法陣が出現。どうにも、あのベヒモスやトラウムソルジャーが現れた魔法陣にも似ている気がする……。

 

「ここの門番ってわけか。……ユエ、やるぞ」

 

「……んっ!」

 

俺が両手に拳銃を構え、ユエは数歩俺の後ろに下がりいつでも魔法を放てるように身構える。そして俺達がいつもの陣形を組んだタイミングで扉の前のドデカい魔法陣から出てきたのは、体長30メートル程はあろうかという6つの首を持つ巨大なヘビだった。

 

──クルゥワァァァァァン!!──

 

そいつが全身を現した瞬間に俺は両手の拳銃を発砲。それぞれが致死の破壊力を持って全ての首に殺到する。しかし───

 

──カアァァァン!──

 

と、一際高い音を響かせ、白い色をした首を狙った弾丸が弾かれた。だが弾いたのは白い首の強度ではない。俺の銃撃の際の殺気に、真っ先に反応した黄色い首が白い首の前に自らを投げ出したのだ。その巨大さに似合わない鋭敏な動きで守られた白い首が大きく一声鳴く。すると俺の銃撃の元、一撃で頭部を炸裂させていた筈の4つの首がまるで銃撃なぞ無かったかのように元の姿へ戻っていく。そして、そのうち3つの首から炎、水、風属性魔法が飛び出す。

 

『面倒だ!あの白い首を吹き飛ばす。ユエは赤と青と緑の頭を抑えてくれ!』

 

『了解』

 

この大迷宮を攻略中に手に入れた魔物の固有魔法、念話でユエに指示を送る。そして俺は拳銃を両腿のホルスターに仕舞い、代わりに背中に抱えていたライフルを取り出す。

 

そしてそれの狙いはもちろんあの回復魔法を使う白い頭だ。悪いがあぁいう役回りの奴は先に潰しておくのが1番なんでな。

 

俺の構えたライフルが明らかに危険と判断したのか奴らの攻撃が明らかに俺へと集中する。だがその攻撃はユエが同じく魔法を連発することで相殺していく。

そして俺は妨害を気にすることなく縮地と空力で射線を確保。

 

最大威力のライフル弾で白い頭を吹き飛ばす───

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

───ために俺がライフルの引き金を引く直前、ユエの絶叫が響く。何事かと視線を寄越すと戦闘中にも関わらずユエが頭を抱えてしゃがみこんでしまっている。そしてそこへ殺到する赤青緑の3色の首。

 

ヘビ如きの好きにやらせてなるものかと、縮地と空力で瞬間移動の如き速度を出してユエの前に立ちはだかる。そして、ユエの封印されていた部屋を守っていた1つ目の門番から奪った金剛すら纏わせた俺の身体にヘビの鋭い牙が叩き付けられる。

 

けどなぁ、俺の身体はオラクル細胞なんだぞ?たかが牙で傷付くわけねぇだろ。俺はそのままヘビに噛みつかせた体勢から刃翼を展開。その刃で俺に噛み付いた首を切り裂く。

 

断末魔の悲鳴を上げ咬合力が失われたそれを力任せに振り払い、緑光石を素材に作った閃光手榴弾を投げてヘビの視界を奪いつつ縮地でユエを抱えながらその場を離脱。柱の影に入る。

 

「ユエ!ユエ!!」

 

だがユエは俺の呼びかけにも反応せずただ青白い顔で震えているだけだ。俺がユエに駆け寄る直前、今まで唯一何もしていなかった黒い色の首がユエを睨んでいたような気がしたが、アイツが何かしたのだろうか。

 

声と念話で大声で名前を呼びながら頬をペチペチと叩いていると、ようやくユエの目がこちらを向く。

 

「……天人?」

 

虚ろだった瞳の焦点が合い、紅の瞳が俺を認識した。

 

「あぁそうだ。どうした?」

 

「……良かった……良かった……」

 

「あぁ?」

 

するとユエは目に涙を浮かべて俺の頬に手を触れ、そのまま首に回して俺のことを抱きしめる。

 

「……また、捨てられたかと……暗闇に1人で……」

 

「捨て……?何の話だ?」

 

俺の疑問にユエが答えてゆく。どうにもあの黒い首に睨まれた瞬間、俺がユエをどこか闇の中に捨てて彼方へ消えて行く映像が頭に浮かんだとのこと。しかもその時俺の脇には見たことの無い女が1人いたとのこと。

 

「ふん。黒いのはそういう幻覚を見せるのか」

 

だがここでそれはただの幻覚だと、そして今後も起こり得ないものだと口で言っても大した効果は無いだろう。なぜならユエが見た光景はあまりにも、ユエにとって起こり得ると思われる光景だからだ。だから俺は───

 

「……んっ!?……んぅ」

 

ユエの唇に自分のそれを重ねる。

俺はお前をどこにも置いてなんか行かない。俺とお前はずっと一緒にいるんだと伝えるために───

 

「……リサのことは後でちゃんと話をしよう。だけど大丈夫だ。俺とお前が離れ離れになるなんてことは絶対にない。だから安心しろ?」

 

「……んっ!」

 

ユエの返事を聞き、俺達は再び蛇の前に立つ。

すると黒いヘビが俺たちを睨みつける。その瞬間───

 

「───っ!?」

 

あの日、あの時の光景がまるでその場にいるかの如く、あまりに鮮明に頭に浮かぶ。血の匂い、両親と咲那の絶叫と呻き声。男共の汚い笑い声、俺の恐怖。そして暴走した力。吹き飛ぶ上半身と下半身。頭にかかった血と肉と臓物。けど───

 

──俺は……俺ぁこれを越えるためにこれまで鍛えてきたんだ──

 

その忘れたくて、けれどいつまでも忘れられない記憶を振り払う。そして俺はそのままライフルを発射。また黄色い頭が先んじて白い頭との射線軸に入り込むが、その防御ごと目標である白い頭の脳漿をぶちまけ、その奥の天井まで打ち砕いた。

 

取り回しの悪いライフルを床に置くと再び両手に拳銃を構え、残った頭をユエの魔法とでぶち抜いていく。

 

そしてユエの炎属性魔法である緋槍が緑色の頭を貫いた時、そのヘビは土埃を巻き上げて地面に倒れ伏した。

 

「……ふぅ」

 

「……終わった」

 

「あぁ」

 

俺達はそれぞれ神水を飲んで失った魔力を回復していく。だがそこで俺の直感と感知系技能が一斉に警鐘を鳴らす。

 

「ッ!?」

 

俺は反射的に左腕の神機のタワーシールドを起動。更に防御力を上げる固有魔法である金剛を使い、魔力的な防御力も引き上げる。

 

そうしながら俺が後ろを振り向いた瞬間───

 

「天人!!」

 

ユエの絶叫が響く。そしてそこには確実に全ての頭を砕いたはずのでかいヘビが、銀色に輝く7つ目の頭を現し縦に割れた爬虫類独特の目でこちらを睥睨していた。そして───

 

 

 

──極光が放たれた──

 

 

 

───────────────

 

 

 

振動と爆発音が体を揺らす。

 

新たに現れた白銀の頭から放たれた極光に対して俺は神機のタワーシールドと固有魔法である"金剛"を使って対抗した。だが俺はその光に飲み込まれ、どうやら意識を飛ばして倒れていたようだ。

 

しかし、どうにも視界がおかしい。右側の視界が極端に狭いし、左腕が燃え盛るように熱い。見れば左腕は焼き爛れて骨まで見えている。その気になればオラクル細胞の力で即座に戻せるのだろうが、傷口が焼けていることで新たな出血はほとんど無いし、ここで必要以上に体力を削られるのは避けたいな。

 

俺は両足と右腕で地面を這い、あのヘビとユエを探す。探す、とは言っても遮蔽物は柱しかない上にヘビはあのデカさだ。すぐに見つかる。そしてユエが奴の光弾に撃たれ吹き飛ばされる姿もだ。俺の中に声が響く。

 

 

──また、失うのか──

 

──また力に屈するのか──

 

──また目の前で奪われるのか──

 

──目の前で女が傷付く。これで何度目だ?──

 

うるさいと、声を振り払う。

だが声は止まない。同じことを繰り返す。

 

 

──許すのか?この理不尽を──

 

───許せるものか

 

──ならどうする。いつまでそうして伏している──

 

 

───俺は……

 

───俺はこんな所で……

 

───もう二度と……

 

───俺の大切な何かが奪われるのは!!

 

───目の前で大切な女が死ぬのは!!

 

───絶対に許さない!!

 

 

その瞬間、俺は縮地を発動し、俺の拳銃を抱えたユエの元へと駆け寄る。しかし、いつも縮地を使う時は周りの景色が流れていくのに今はやけにハッキリと見える。砕けた瓦礫や柱のヒビまで丸分かりなのだ。

 

「泣くなよユエ。お前の勝ちだ」

 

「天人!」

 

泣きべそかいてるユエを抱えてまた縮地でその場から離脱。

 

「血を吸え、ユエ」

 

「でも、今の天人は……」

 

「大丈夫だ。それより蒼天の火力が欲しい。……俺を信じろユエ。俺もお前を信じてる」

 

「天人……。んっ!」

 

カプりと、魔力操作で歯に魔力を通して、俺の首筋へそのちっさい犬歯を通すユエ。俺はユエに血を分けながら縮地でライフルを取りに行く。その間も白銀のヘビから雨あられと魔力弾が放たれるが狭い視界の割にこの目に映る範囲はいやにクリアでスローに脳ミソがその動きを捉えるので最小限の動きで避けていくことが出来ていた。

 

その内にライフルの回収とユエの吸血が終わる。だが予定に反してライフルの方はあの極光の初撃で溶けて原型を留めていなかった。これでは使い物にならない。だが問題は無い。ライフルが無いなら別の手段で奴を叩き潰す。

 

「ユエ、俺が合図をしたら蒼天を頼む。それまでは奴の気を引いていてくれ」

 

「んっ」

 

「じゃあ行くぞ」

 

俺は魔弾の雨の中へ飛び出すがただ真っ直ぐ飛ぶだけのそれなんぞ今の俺には単純にして遅すぎる。そのまま縮地と空力で奴の頭の上を取り、そこから拳銃を撃ち込む。案外素早い動きを見せ、いくつかの弾丸は躱される。しかし回避しきれなかった弾丸が頭を掠めた。だがそれは奴の鱗を多少削った程度でダメージという程ではない。やっぱり硬いな……。

 

けれどそんなことは予測済みだ。俺は奴の頭上の天井に向けて拳銃弾を等間隔で撃ち込んでいく。

そして錬成も加えて天井の強度を落としていく。そうして銃弾を撃ち込みながら錬成をしていくと、遂に天井の一部が崩落。ヘビ野郎を上から質量で押し潰した。

 

「グウァワァァァン!!」

 

とヘビはその質量の拘束具から抜け出そうと暴れるが数10トンはくだらないその重さに簡単にはいかないようだった。さらにその上から俺が錬成で形を整えさらに出られないようにしていく。そこに───

 

「今だ!ユエ!」

 

「んっ!……蒼天!!」

 

ユエの最上級魔法が降り注いだ。

 

「グガァァァァァ!!」

 

叫びながらさらに強くのたうち回るがそれも段々と勢いが失せていく。

そしてユエの魔法の効果時間が終わる頃にはその白銀のヘビもほとんど動かなくなる。そこに俺がだらしなく開かれた口腔内へ向けて拳銃を3発放つと、一瞬の痙攣の後、完全に動かなくなり、感知系技能からも奴の反応が消えていく。……ようやくこの図体のデカい蛇は死んだ、ということだ。

 

「天人!!」

 

ユエが満面の笑みで駆け寄ってくる。が、俺はユエが辿り着く前に視界が……いや、身体が揺れる。

 

「あぁ、もう無理……」

 

そこで俺の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

暗闇に沈んでいた筈の意識が覚醒していく。

目が覚めると視界に飛び込んできたのは見知らぬ天蓋だった……。さらに言うなら俺は今何やら柔らかな感触に包まれながらベッドの上に横たわっているということも分かった。というか、この右腕に伝わる感覚は確実に女の子の身体なわけで、そして俺の記憶では現状俺にそれを伝えてくる人物の心当たりは1人しかいないのだからそれは必然───

 

「……ユエ、何してんの?」

 

身体に掛けられた布団を剥ぐと俺も俺の腕に絡まって寝ていたユエも何故か真っ裸だった……。いや本当に何してるの……?いや、俺は分かる。服を着ていないとはいえ身体中に包帯を巻かれているからな。きっとユエがやってくれたのだろう。だがユエが脱ぐ必要性は特に無い筈だ。いや、彼女は寝る時はいつもこうなのかも……なわけないか。迷宮を攻略中にそんなことしてなかったし。

 

「えい」

 

腕を抜こうにもやたら密着して絡み付いてるし動かしたら動かしたで何やら悩ましい声を上げるので、面倒になった俺は軽く纏雷を発動。強めの静電気程度の衝撃だが確実に起きるであろう電流を流す。

 

「ひゃわっ……!」

 

「おはよう」

 

俺の電撃は狙い違わずユエを起こすことに成功。

 

「……天人?」

 

ユエは小首を傾げている。あざと可愛い。

 

「おう」

 

「天人!!」

 

と、寝ぼけ眼を擦っていたかと思えば俺を認識した途端にいきなり抱き着いてくる。

 

「悪いな、心配かけた」

 

「……ん。心配した」

 

とは言え看病してもらって、挙句泣きながら抱きつかれたらこちらとしても頭の1つも撫でてやらなければならないだろう。そうしてユエの頭を撫でながらあの後何があったのか聞いていく。その話からすれば、やはりユエが態々服を脱いで俺の傍で寝る理由は特になさそうだったのだが……。それはそれとして、そしてどうやらここが反逆者の隠れ家のようだった。

 

「これは……神水でも治らなかったか」

 

俺は狭まった視界の中で右の瞼を擦る。どうにも俺の右目は神水の回復力を持ってしても元には戻らないようだった。あのヘビの一撃はそれ程までに強烈だったのだろう。アラガミの再生力でも、眼球なんてものを再生できるのかはよく分からない。と言うか、アラガミそのものならともかく一応人間であった俺には多分無理。まぁ失ったものをいつまでも嘆いていても仕方ない。

 

俺がぶっ倒れて意識を失っている間、ユエがこのベッドルームに隣接されている屋敷の中から見繕ってきた服を適当に着る。いつまでも真っ裸のミイラじゃいられないからな。それから俺達はこの反逆者のアジトをくまなく漁ってみることにした。

 

 

 

───────────────

 

 

 

地下深くのはずなのに空を思わせる天井には輝く太陽があり、草木が完璧に手入れされた状態で生い茂り、更には小川すら流れているこの不思議な空間に佇む建造物。どうにも欧州の屋敷のように見えるそこに足を踏み入れるとやはり絵に書いたような時代掛った欧州的建築様式。細かいことはよく知らんが異世界と言うより漫画か何かのファンタジー世界に来たような雰囲気がある。

 

1階と2階を色々見て回ったが、特に何も無いような部屋と封印された部屋くらいしかなかった。何故か温泉のようなものはあったのだが……。そして3階。ここには一部屋しかなかった。だが問題はその1つしかない部屋にある様々な物体だ。まず床に敷設された魔法陣があり、さらにその奥には豪奢な椅子に腰掛けた白骨死体が眠っていた。

 

着ている服や綺麗に残っている骨格から男だろうとは推測が付く。それも肉が一切付いていない綺麗なまでに骨だけの死体なのだが、この家からは腐敗臭は全くしなかった。

 

いや、それ以前にこの空間は謎が多すぎる。擬似的だとは思われるが地下奥深くに太陽が存在し、誰も手入れをするわけもない無人の家の周りに花や草木が生えているにも関わらず、それらが全く荒れている様子が無いのもおかしい。お風呂場も綺麗に磨かれていて水垢なんぞどこにもない。そしてこの家、どこにも埃が溜まっていないのだ。人が1人骨になるまでの間に、これだけ使われていない家や土地がこんな風に綺麗に保たれるだろうか。

 

「……怪しい」

 

「明らかにな……」

 

だがこの部屋も調べないわけにもいかない。何せ地上への帰り方も分かっていないのだ。明らかに怪しかろうがここも見ておかなくてはならない。そういう訳で俺は拳銃を抜き、構えながら白骨へと近付き、魔法陣の中へ踏み込んだ。

 

その瞬間俺の視界は白い光に塗り潰され、それが消えたと思ったらそこには───

 

 

──1人の青年が目の前に立っていた──

 

 

 

───────────────

 

 

 

「試練を乗り越えよく辿り着いた。私の名前はオスカー・オルクス。"反逆者"と言えば分かるかな?」

 

魔法陣が淡く輝き、目の前に現れた青年がいきなり語り出す。しかも妙なことに、奥の白骨死体とこの青年が全く同じ服を着ているのだ。体格からすれば、もしかしたらこの白骨死体と同一人物なのかもしれないな。しかしオルクス、か。ここもオルクス大迷宮とかって名前だったな……。

 

「あぁ、質問は許してほしい。これは記録映像のようなものでね。生憎と質問には答えられない。ただ、ここに辿り着いた者に世界の真実を知っておいてほしいと思っただけなんだ。……そしてどうか信じてほしい。我々は世に言う"反逆者"ではないのだということを」

 

やはりあの骸骨と目の前の立体映像の青年は同一人物のようだ。

 

そして映像のオスカー・オルクスが話し始めた内容はそれこそ聖教教会の奴らが聞いたら卒倒するか怒り狂って頭の血管がブチ切れそうなものだった。

 

曰く、神代の少し後の時代。まだ世界は戦争が絶えず様々な種族が入り乱れて争っていた。その時代はまだ国々や種族が今より細かく別れていてそれぞれに信仰する神様が違っていた、それが戦争の理由だったらしい。

 

だがその騒乱の時代に終止符を打とうとした存在がいた。それが"解放者"と呼ばれる集団だ。しかし彼らは知ってしまった。この戦争がただの宗教戦争でも何でもないのだと。ただ神が自分らの暇潰しのためだけに地上の生き物たちを戦い争わせていたということを。それを知った解放者たち、その中でも先祖返りとして特に強力な力を持ったグループの中心の7人はそのイカれた神共の住む神域を探し出し、遂に乗り込もうとした。

 

 

───だが神はそれを許さなかった。

 

 

なんと人々の認識を操ったのか彼ら解放者を神に逆らう神敵として本来解放者たちが守ろうとした人間たちと戦うように仕向けたのだ。その結果、解放者たちは中心の7人を除いて全滅。その7人もこの世界の各地にそれぞれ迷宮を作り隠れ潜み、自分たちの力を受け継ぎその狂った神を打倒しうる存在を待ち望んでいるのだとか。

 

そして話の結びに入ったのだろか。映像としてのオスカーが人好きのしそうな優しい笑みを作る。

 

「君達が何者でどんな目的があってここへ辿り着いたのかは分からない。神殺しを強要するつもりも無い。ただ願わくばこの力が悪しき心を満たすために使われないことを祈る。そしてまた君のこれからが自由な意志の元にあらんことを」

 

そう締めくくってオスカーの映像は消えていった。それと同時に頭の中をまさぐられるような感覚と、何かを無理矢理記憶に刷り込まれていく感覚。だがこれは……なるほど……。

 

魔法陣の光が収まり違和感も抜けていった俺は思わず息を吐く。

 

「……大丈夫?」

 

溜息をついた俺の袖を、ユエが心配そうな顔をして掴む。

 

「あぁ。けどまぁいきなりえらいことを聞いちまったな」

 

「……ん。どうする?」

 

どうする、とは神殺しについてだろうか。だがそれに関しては答えは決まっている。

 

「別に?俺が帰るのを邪魔するなら潰す。何もしないなら放っておく。それだけだよ」

 

もっとも、態々呼び出された俺達を、あんなことをしでかす神がそう簡単に手放すとも思えないのだが。

 

「……ユエは、どうするんだ?」

 

俺にとってこの世界は牢獄以外の何物でもない。だがユエは違う。この世界で生まれ育ってきたのだ。もしそのユエがこの世界を見捨てられないのだろしたら俺は……。

 

「……私の居場所はここだけ。他は知らない」

 

と、俺の腕に自分の腕を絡める。……と、その拍子に思わずユエも魔法陣の中に踏み込んでしまったため、またそれが起動。オスカーさん退場から数秒で再びのご登場と相成った……。

 

「試練を乗り越え───」

 

 

 

───────────────

 

 

 

手に入れた神代魔法は「生成魔法」というもので、鉱石に魔法の力を付与できるというものだった。これがあればアーティファクトなる便利道具を色々作れるらしい。なるほど、錬成師たる俺には非常にありがたい力だ。もっとも、神代魔法にも相性や適正というものがあるようで、ユエには中々難しいとのことだった。

 

また、休息と武器弾薬の補給がてらこの屋敷にしばらく居座ろうということになった。だがそんな家の中に白骨死体があるのは正直嫌だったのでオスカーのご遺体は丁重に埋葬させていただいたのだが、彼が骨になっても着けていた指輪、これが凄まじい物だった。

 

宝物庫と呼ばれるアーティファクトのようで、中には無限とも思える空間が広がっており、魔力を流せばどんなものも半径1メートルの範囲内で出し入れが可能という優れものだった。銃弾やライフルは嵩張って仕方ないのでこれがあると非常に助かる。それに、弾薬補充用の鉱石等の持ち運びもこれで全て解決だった。

 

「……なぁユエ」

 

「なに?」

 

「しばらくここに留まらないか?宝物庫が手に入ったおかげで武器弾薬の持ち運びに制限が無くなったからな。色々と装備を整えたいんだ」

 

この大迷宮はユエが数百年は閉じ込められていた文字通りの監獄だ。ユエとしたらさっさと出たいかもしれない。そう思って俺はユエに確認を取る。だが彼女の答えは───

 

「んっ。……天人と一緒ならどこでもいい」

 

「そうかい」

 

そう言ってユエは俺の指に自分の白く細いそれを絡めてくる。しかし、ここまで好意を前面に押し出されると中々に気恥しいものがあるな……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

大迷宮の最深部、奈落の奥底で、別の世界からやってきた化け物と300年間封印されていた吸血姫が同じ布団に包まっていた。

 

月のように輝く金髪をした美しい吸血鬼の姫、その少女が愛おしげに見つめるのは自分をあの牢獄から救い出してくれたとある男。しかしその男は今宵、悪夢に魘されているようだった。

 

それは今に始まったことではない。かつて解放者の住んでいたこの安全な寝床で寝るようになって以来、この男の夜の夢は悪夢か、彼が自分の世界に残してきたという女が出てくるか、その2択だったのだ。そしてどうやら今日は悪夢の日みたいだ。

 

ずっと何かに謝罪の言葉を述べるだけ。ごめんなさい、ごめんなさい、殺したのは俺だ、ごめんなさい、と。ずっとそれだけを繰り返しているのだ。彼の過去に何があったのか、詳しくは知らない。何故ならこの男は自分の過去を語りたがらなかったし、この少女もそれを深く聞こうとはしなかった。聞いたのはほんの一部。幾つもの世界を渡り歩いたということ、彼の世界のことと、残してきたという女のこと、それだけ。

 

美しき吸血姫の横で悪夢に魘されているこの神代天人という男の戦闘力は、かつてこの世界にその名を轟かせていた彼女から見ても比類無きものだった。そんな男が、誰かに懺悔するように言葉を重ねているのだ。まるで怖いものなんて何も無いかのように振る舞う彼が、怯えるように、悔いるように……。何も話さないということは何か後ろめたいことでもあるのだろう。きっと、悪夢に出てくること自体は自分に関係の無いことだと吸血姫は思う。けれどもそれはこの男と自分との関係に何かヒビを入れかねないことでもあるのだろうというのは察せられた。

 

最初から、彼の心の中に大きな瑕疵があることは分かっていた。燃えるような決意の色の中に、どこか自分を卑下するような色がいつもその瞳に浮かんでいたからだ。いつもはその傷を癒していた女が傍に居たのだろう。けれどもそいつは今この場にはいない。いるのは自分だけだ。ならばその役割を今は自分が貰ってしまおう。そして欠けた心の隙間に自分という存在を、ユエという名を嵌め込んでしまおうと思った。決して逃がさぬように、愛しいこの男の中に自分(ユエ)という存在を永遠に刻み込むのだ。

 

そのためにはまず、彼が起きたらめいいっぱい甘えさせてやろう。最初は代償行為でも良い。彼は自分のことも好きだと言ってくれた。愛していると伝えてくれた。その愛はまだ見ぬ"リサ"に対するそれよりは小さいのかもしれない。けれどもいつかは凌駕させてみせると、小柄な吸血姫は溢れんばかりの愛を己が心に誓ったのだった。

 

「……天人、愛している。……もう逃がさない」

 

男の瞼に口付けが落とされた後に吐き出されたその呟きは誰に聞かれることもなく夜の闇に消えていった。その夜、男の懺悔の声は聞こえてこなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

この奈落の底の最奥に辿り着いてからどれだけの時間が流れただろうか。記録している限りでは2ヶ月程だったが、俺達はオスカーの部屋を起点にしてこの屋敷でも調達できない素材があれば態々大迷宮まで出向いてそれらを集めたりもしたから正確なところは分からない。

 

それにしても、あのヘビの肉は中々に凄まじかった。何せ何度食ってもあの地獄の様な激痛が身体を襲うのだ。おかげで残り少ない神水にも手を出してしまった。まぁ、そのおかげもあってかステータスの数値もとんでもない数になってしまったのだが。

 

 

────────────

神代天人 17才 男 レベル──

天職:錬成師

筋力:12000

体力:13500

耐性:──

敏捷:13500

魔力:15000

魔耐:14780

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

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遂にはレベルまで表示されなくなった。もっともこのステータスプレート。冒険者にとっては命の次くらいには重要な情報が書き込まれるため、ある程度非表示にする機能が付いている。そのため外で誰かに提示を求められた時には名前と年齢、天職の表示だけにするつもりだ。

そうでもしなければ身分証明書なのに見せた瞬間に身分を疑われてしまう。

 

というか、見た目は既に怪しさが増してしまっているのでこれ以上怪しさを出しては不味い。何せ無くした右眼を補うために、遂に神水を出せなくなった神結晶の一部を用いて義眼を作ったのだが、神結晶の魔力を蓄える性質と生成魔法により2つの魔法の付与が可能だったこの目には魔力感知と先読の技能を生成することで、通常の視界は得られないものの逆に普通では見えないものが見えるようになった。

 

それも、例え何かで視界を潰されていても機能するのが便利だ。だがしかし、なんと神結晶で作ったためにこの義眼、常に淡く光っているのだ。さすがに右眼の常時発光は絵面が面白すぎるので眼帯で遮光することにしたのだ。おかげでビジュアルの怪しさは中々のもの。せめてステータスプレートの怪しさだけは隠し通しておきたいのだ。

 

そうして装備が整い色んな技能や銃技の鍛錬もしっかり行えた頃、俺達は遂にこのオスカーの隠れ家を出て地上へ戻ることにした。

 

もちろんその間にユエとはリサのことについてしっかり話し合っている。とは言え基本的にリサの方は問題が無い。あるとすればユエの方だったが、出会ったばかりの頃の50階層で話しておいたおかげか、スムーズに話は進んだ。

 

というか、ユエとしては前にも自身で言っていたように、俺が元の世界に恋人がいようが今俺の横にいるのは自分であり、向こうの世界に帰る前に自分が籠絡してみせるとのことだった。全く、敵わないよな。

 

それともう1つ。オスカーの言っていた狂った神のことだ。これもユエには俺の仮説を話した。解放者達の頃のようにこの魔人族との戦いもエヒトが仕組んだことなのだとしたらもしかしたらエヒトは神という存在ではないのかもしれないということだ。あの日オスカーの話を聞いて俺の中に浮かんだ仮説。名前のある世界、前例の無い意図的な異世界召喚、人を駒のように扱い自分の愉悦を満たす神。だがもちろん仮説は仮説に過ぎないし、何よりどうでも良いのだ、そんなことは。

 

俺にとって大事なのはユエと共にあの世界に戻ること。この世界のことなど知ったことではないし、この世界の問題はこの世界の人間で片すことが、1番世界にとって健全なのだということを、俺はいくつもの異世界転移で学んだ。

 

「ユエ、俺達の力は異端だ。きっと面倒に巻き込まれるだろう」

 

既に失われたはずの神代の魔法、この、俺達の世界からすれば時代遅れの世界にあって、有り得ざる現代兵器の数々。

 

「んっ」

 

今や魔物しか扱えない筈の魔力の直接操作に固有魔法。それに加えて無詠唱無陣で発現させられる魔法の数々。

 

「けどそんなものは関係無い。俺がユエを守る」

 

「私が天人を守る」

 

「邪魔する奴は潰す。俺達2人で世界を越えよう」

 

「んっ!」

 

地上への転移の為の魔法陣に2人で足を踏み入れる。淡く輝く魔法陣の中で、俺達は手を繋ぐ。決して離れ離れにならぬように。その意志と決意を示すように……固く、硬く、堅く───

 

 

 

──幾つもの世界を渡ってきた異世界の化け物と数百年封印されていた吸血姫が奈落の底で出逢い、今同じ道を歩き出す。その歩みと絆を阻む一切を灰燼にするという決意を胸に──

 

 


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