セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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トリデンテ

 

横浜ランドマークタワー。高さ296メートル。その屋上に俺は居た。何故態々こんな所にいるのか。理子が俺達に依頼した理子のお宝の奪還。その報酬をキンジ達に支払うためだ。ちなみに俺とリサへの報酬は現金で、それはもう貰っている。だが俺の仕事はもう1つだけ残っている。今からそれを実行するのだ。

 

理子の取り返してほしかったお宝はとある宝石の着いたネックレス。母親の形見だそうだ。そしてそれを自らの首に、敢えてキンジに掛けさせる。その瞬間───

 

 

──チュ──

 

 

と、理子がキンジの唇へ、口付けを落とした。それを契機にキンジの雰囲気が変わっていく。そう、ヒステリアモードへと。

 

「変わったなキンジ」

 

アリア──紅鳴館での任務中に苗字呼びはよそよそしいから止めろと言われた───が理子にヒステリックに叫んでいるがキンジはそれを放ってこっちを向く。そして───

 

「……そういうお前は変わってないな」

 

振り向き様に皮肉交じりのキツイ返しが返ってきた。

いいね、その雰囲気。腹の具合さえ良ければ俺も戦いたくなってくる。

 

「今日の主役は俺じゃない。俺はただの記録係だ」

 

「俺達と理子、どっちが勝つかか?」

 

「そうだ。だから俺のことは気にしなくていい。()()()お前らの戦いには手を出さない。何に誓ってもな」

 

「そういうことだキンジ。あたしはお前らを倒してひいお爺様を越えるんだ!」

 

理子はそう叫びながら銃を抜き、()()()()()でナイフを2本構える。二丁拳銃と二刀流、それを()()()()()双剣双銃(カドラ)の理子、その本領が、異様が、今発揮される。

アリアも観念したように両手に拳銃(ガバメント)を構える。痺れるような空気が場を支配する中、俺もビデオカメラを構える。今日の俺の得物はこれだ。このカメラの中に、理子が彼女の曾祖父を越えられたのかどうか、それを収めるのだ。

 

「……風穴開ける前に1つ教えなさいよ」

 

戦闘直前、一触即発の空気の中アリアが問う。

 

「なんでそのネックレスにそこまで拘るの?それ、ただの形見ってわけじゃあないんでしょ?」

 

「……アリアは繁殖用雌犬(ブルード・ビッチ)って呼ばれたことある?」

 

それを契機に理子の口から語られたのは過去の記憶、時間。理子がブラドに監禁されていた時の辛い記憶。俺はこの話がどうにも苦手だ。どうしても、理子のいた所にリサを置いてしまうから。そして勝手に怒りが燃えてきてしまうのだ。だからファミレスでも俺は話せなかった。

そして理子の心の叫びは続く。銃を向け、ナイフを構え、真なる双剣双銃(カドラ)の姿を現しながら。

 

「オルメス!遠山キンジ!お前達は!私の踏み台になれ!!」

 

その瞬間、響いたのは銃声ではなかった。むしろ、この空間に響いた音が静寂をすら引き連れてきた。そう───

 

──バチバチバチッというスタンガンの奏でる電撃音が──

 

 

「ガッ───!?なっ、何で……お前が……」

 

理子が後ろを振り向き、そこに現れた人間の姿を確認してそう呟く。そして俺も、()()()()()()()()()()()姿()()銀の腕・天墜をノータイムで発動。身体の奥が燃えるように熱くなるがそれは無視。即座に自身の周りへ白焔を撒き散らした。

 

「……お前、何者だ」

 

理子を真後ろから強襲した犯人は小夜鳴。武偵校の非常勤講師にして紅鳴館のハウスキーパーだった男だ。だが纏う雰囲気がどこかおかしい。あの粒子の聖痕の男程ではないが、ただのハウスキーパーと非常勤講師を務める優男の出す雰囲気ではない。

だが小夜鳴は俺の質問には答えなかった。代わりに出てきたのは保健室で俺達を強襲したあの銀狼共。……ブラドとそこまで繋がってるってわけか。

 

「……アンタが無限罪のブラドなのね!!紅鳴館では会ったことがないなんて言っておいて!全部演技だったんでしょ!!」

 

アリアの推理に、しかし小夜鳴は首を横に振った。

 

「いいえ、確かに会ったことはありません。私達は会えない運命にあるのです。……ですが、心を通わせてコミュニケーションを取ることはできる。今もそうしています」

 

そこで小夜鳴は理子の背中を踏みつけにした。

理子がその苦痛に喘ぐ。

 

「……そして、彼はもうすぐやって来ます。それを狼たちも察して昂っている」

 

昂っているかどうかは知らないが銀狼共は理子か、拳銃とナイフを取り上げた。

 

「あぁ、動かないでくださいね。この拳銃は30年も前の粗悪品なものでして、()()()()()()()()()んです。誤って()()()()4()()を殺してしまったら勿体ないでしょう?」

 

リュパン4世、なぜその呼び方をお前が知っている。お前は一体誰なんだ。

 

「分かっているとは思いますが、神代くん。君もですよ?」

 

そんなこと、言われなくても分かっている。理子を傷付けないようにあの銀狼2匹と小夜鳴の拳銃から守るのは至難の業だ。それに、あの透明人間達がどこに潜んでいるかも分からないからな。俺も下手には動けない。

 

「……さて、遠山くん。先生らしくあの時の小テストの補講といきましょうか。ええそうです、君がこの4世とふしだらな行為をしていたあの補習の時のです」

 

え……何やってんのキンジ。小夜鳴のその言葉にアリアも凄まじい勢いでキンジを睨み付けている。うん、今回ばかりは気持ちは分かる。補習のテストだろそれ?そんな時に何やってのさ。

 

「遺伝子、DNA、それらは遺伝するものだと教えましたね?両親のそれが優秀であればある程、その子は優れた遺伝子を持つことになる」

 

そこで小夜鳴は言葉を切り、俺を見る。だが直ぐに視線を戻した。

 

「けれど生物とは不思議なものです。優秀な遺伝子を持つ両親のそれが全て子に受け継がれるとは限らない。親の優秀さが発揮されないこともまた有り得るのです」

 

「そういう意味では神代くんはとても優秀ですね。まさか聖痕なんていう1つでも中々遺伝し、発現しない力を2つも発現させているのですから」

 

さっき俺を見た理由はそれか。だがそれがどうした。俺はこの力のせい1度は全部無くなっちまったんだぞ。それが優秀だなんて、本当に言えるのか?

 

「私はブラドに頼まれてこの4世の遺伝子を調べたことがありました」

 

「……お、前か。ブラドに……余計なことを吹き込んだ……のは」

 

理子が途切れ途切れになりながらも声を上げる。

 

「そして驚愕しました。あの優秀なリュパン家の人間であるこの4世は───」

 

「止め、ろ、それは……オルメス達には……関係……ない……」

 

そこから続く言葉に察しがついているのか、理子は止めようとする。だが小夜鳴は止まらない。止まろうともしない。むしろ、その理子の反応を愉しんでいるかのようだ。

 

「───両親の優秀な遺伝子が全く受け継がれていなかったのです!」

 

それは明かされた。俺も知らない理子の秘密。そんなこと、考えもしなかったからな。

だって俺からすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「つまりこの4世は遺伝的にはまったくの無能!」

 

小夜鳴が理子の髪を掴んで引っ張り上げる。その顔にはもう隠そうともしていない、嘲りの色が浮かんでいた。

 

「……てめぇ」

 

「ふん、1歩でもそこを動こうとすれば首を刎ねます」

 

俺はその言葉に奥歯を砕けそうになるくらいに噛み締める。

 

「1人じゃ満足に盗みも出来ない低脳の出来損ないが。4世、お前にはこれがお似合いですよ」

 

小夜鳴が取り出しのは理子が盗ませたのと同じ色形の十字架のネックレス。小夜鳴は理子の持つそれを奪い取り、偽物の方を理子の口に押し込んだ。

 

「4世、お前にはそれが大事なんでしょう?ならちゃんと持っていなさい、昔ブラドの所から逃げ出した時のように。口の中にキチンとねぇ!」

 

4世、4世と執拗に理子を虐め抜く小夜鳴。……何故そこまでする必要がある。キンジ達がやろうとしていることに気付いていながら見逃したみたいだし、報復ということもあるまい。

いや、何かがおかしい……小夜鳴の雰囲気が少しずつ変わっていっている。まるで別の何かに変質していくような……何か大きい力が流れ込んでいるような……。しかし当然、そんな光景を見せられればアリアはキレる。

 

「いい加減にしないよっ!!理子を虐めて何の意味があるの!?」

 

「絶望が必要なんです。彼を呼ぶためにはね……」

 

理子の顔を押さえつけ、背中を踏みにじり、4世4世と理子の大嫌いな呼び方を続ける。そしてその合間に俺達への言葉を繋ぐ。

 

「彼は絶望の歌を聴いてやってくる。……十字架を一旦盗ませたのもぬか喜びさせてからより深い絶望に落とす為───」

 

「よく見ていてください。私は他人に見られながらの方が()()()()()()()()()

 

そして、小夜鳴は理子を踏みにじりながら言葉を続けた。補講、と称して。イ・ウーが遂に他人の遺伝子から能力をコピー出来るということ、吸血鬼という一族が昔から吸血によって優秀な遺伝子を集めてきたこと。その時の中で人間の血を偏食したいたブラドはいつの間にか人間の(小夜鳴)に隠されることになったこと。そして小夜鳴(ブラド)からしたら人間の雌はただの加虐対象でしかないこと。そしてコイツはそれで()()()()()ということ。

 

そして、小夜鳴がついに恍惚の表情になりながら───

 

「さぁ、()()()()()

 

そう、呟いた。

 

「っ!?」

 

その瞬間、細身の小夜鳴の身体が膨れ上がった。そして綺麗な白い肌が黒く、毛むくじゃらになっていく。背もぐんぐん伸び、骨格レベルでの変質が起きている。そして終いには背中から翼が生え、顔は人間のそれではなく狼のような顔になってしまった。そう、俺のよく知る()()()()()()()だ。

HSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)によって小夜鳴という人間の外殻を破って現れたのは───

 

「ブラド……」

 

「コイツが……」

 

「無限罪のブラド……」

 

「ゲハハハハハハハハハ!!グハハハハハハ!!」

 

品性を感じない薄汚い笑い声が横浜の上空に響く。無限罪のブラド、世界を股に掛ける秘密結社、イ・ウーのNo.2が俺達の目の前に現れた。

 

 

「ゲハハハハハハハハハ!!よォ、久し振りだなァ神代ォ」

 

「あ?てめぇこそ元気そうじゃねぇか」

 

「あぁ、気分は良いぜェ。……それより、お前こんな所で油売ってていいのかよ?」

 

は?お前を潰すことの方が先決だろうよ。何言ってやがるんだ?

俺が訝しんで返事に困っていると、ブラドは愉快そうに口元を歪めて嘲るように喋り出す。

 

「聖痕持ちは聖痕持ちにしか倒せないんじゃあなかったのか?」

 

その言葉で俺は気付く。さっきからずっとあの透明女共の気配を探っているのに全く気配がしない理由。それはアイツらが上手く隠れているからでも、俺がそういうのが苦手だからでもない。

 

アイツらは()()()()()()()()()()()()

 

やられた……。アイツらの存在は俺をここで足止めする為のブラフ。透明化した小夜鳴が不意打ちで現れれば俺は否が応でもアイツらの存在を疑わざるを得ない。そうやって、アイツらがいる()を装っていやがったんだ。

 

「……理子!!俺の優先順位は分かってるな?けど絶望するな!お前は俺なんぞよりよっぽど上等な人間だ!俺はこの力に振り回されっぱなしで、多分これからもずっとそうだ!けどお前は違う!抗って抗って、ここまで来れたんだ!それを俺は心から尊敬してる!!だから諦めるな!お前はそんな奴に負けない!!」

 

そこまで言って理子の返事は聞かず、俺は背中のスラスターを吹かして横浜の夜空を切り裂くように飛び出した。念の為にとジャンヌの元へ預けたリサの、俺の最愛の元へと。

 

 

 

───────────────

 

 

 

情報科の寮、ジャンヌの住むその建物の前に俺は着陸した。超音速で駆け抜けて来たからコンクリート砕けたけど、そんなものを気にする余裕は今は無い。

 

しかし俺が顔を上げた瞬間に強い殺気を感じる。俺は瞬間的に背中と腕から白焔を撒き散らした。

 

「きゃぁ!!」

 

女の叫び声が2つ。俺の前と後ろからだ。そこには夜闇に紛れる黒いボディスーツを着た栗毛の女がいた。姉妹なのだろうか、2人とも顔が似ている。俺は即座に目の前の女の懐に飛び込み、その鳩尾に拳をめり込ませる。それで呼吸が詰まり、力を再び発現させる余裕を奪ってから聖痕持ち用の手錠を填めた。この手錠、聖痕の扉を閉じる力があるのだ。欠点は力を無効にしているわけではないこと。だからコイツらの能力の方が先に発動してしまえば、学園島で逃したようにこれで捕えることが出来ないのだ。

 

「うっ……」

 

更に俺の後ろにいたもう1人は今度は姿を消すことなく俺に太刀を振りかぶって斬りかかってきた。だが前に襲われた時にも感じた違和感、それがここにきてやっと分かった。コイツら、動きが素人臭いのだ。多少は訓練を受けた痕跡はあるがまだまだ素人に毛が生えた程度。これならヒスっていないキンジの方がまだマシなレベルだ。

確かに聖痕の力は脅威だが、それでも本人の技量がこれならどうにかなる。

 

俺は唐竹割りに振り下ろされた太刀を半身になることで躱し、左の拳で顎を打ち据える。

 

ゴッという骨に響く音を鳴らし、そいつは膝から崩れ落ちた。脳震盪を起こさせたのだ。当然そいつにも聖痕用の手錠を嵌めて制圧。今だに腹を抑えて蹲っている女へ話しかける。

 

「お前ら、どうして俺を狙う?誰に言われた?」

 

「……言えない」

 

「無限罪のブラドか?」

 

「……名前は聞かされていない」

 

「あっそ。まぁ誰でもいいや。で、何て言われて俺を狙う?金か?」

 

ていうか、十中八九ブラドだろう。だって小夜鳴はこいつの聖痕の力を借りて姿を消していたんだし。

 

「……言えない」

 

「……脅されてんのか」

 

伏せたままだから表情までは分からないが、俺の言葉にビクリと肩を震わせた。本当に素人だな、コイツら。

聖痕持ちはその全員が戦闘向きの力とも限らない。そして戦闘向きの力だとしても、俺やあの粒子の野郎みたいに暴力の世界に身を置く奴ばかりとも限らない。というか、案外そういう奴は少ないのだ。理由は簡単、目立てば狙われるから。過ぎた力は排斥される。聖痕持ちは同じ聖痕持ちでなければ倒せない。確かに正面切ってのタイマンならそうだ。能力によっちゃあ、例え重火器で武装した100人の軍人相手でも圧倒できるだろう。

 

だかいくら聖痕持ちと言えど不意に2キロ先から対物ライフルでの狙撃を喰らっては致命傷だ。

それだけではない、中にはいるのだ。聖痕を使って聖痕持ちを狩ろうとする頭のイカれた連中が。

そもそも、この力はそう簡単に遺伝するものではないのだ。親が持っていたからと言ってその子が同じ力を発現させられるとは限らない。むしろ現れない可能性の方が余程高いのだ。事実、俺の両親は聖痕のことを知ってはいてもその力を使うことはできなかったし、俺に対してもその力であまり目立つことはするなと教えてきた。そして親に力が無いということは子供にとっては庇護が無いということでもある。力を上手く扱えないうちにそれは致命傷だ。

 

だから俺達聖痕持ちはその力を隠す。排斥されない為、力を持った悪意の塊に狙われないために。

 

だからコイツらのように力を持っていてもほとんど使ったことがなかったり戦闘経験が皆無なんてこともままあることなのだ。

 

「……もしお前らが誰かに脅されていて、今後聖痕の力を暴力に使うことなく生きていくと約束するのなら、助けてやってもいい」

 

俺のその言葉にやっとそいつは顔を上げた。その顔には不安と期待が入り混じっている。当然か、さっきまで自分の命を狙っていた奴らの助けになろうなんて、早々信用できるものでもあるまい。

 

「て言うか、そう約束しろ。約束するまでこっちの奴の骨を1本ずつへし折る」

 

そう言って俺は意識を失っているもう1人の頭を掴み上げた。

 

「あっ……待っ……」

 

「待たねぇ。答えろ」

 

俺は気絶している方の小指を取り、少しずつ人間が曲がらない方向に曲げていく。

 

「する!します!約束します!!だから……」

 

「なら良い」

 

俺は抱えている方の奴を丁寧に地面に横たえる。本当に素人なんだな……。ここまで起きないということはあのフックが完璧に入ったってことだろうからな。いくら何でも弱過ぎる。

 

「……お前ら、名前は?」

 

よくよく考えたら俺はコイツらの名前しか知らないからな。

 

「透華です。涼宮透華(すずみやとうか)。そっちは妹の樹里(じゅり)

 

トウカ、ねぇ。てかコイツ、名前と聖痕の力が同じなのか……。え、面倒くさ。

すると、涼宮姉は俺の方を見てそっちの名前は?というような顔をしている。

 

「俺は天人、神代天人だ」

 

「神代、さん……」

 

「あぁ。お前らの聖痕の力は透……姉の方が物を透かす透過で、妹の方が自分の持ち物を強化するでいいんだよな?」

 

「……私のはそうです。けど樹里のは違います。強化ではなく切断です。相手の強度に関係無く物質を切断できる」

 

なるほど、俺を最初に襲った時に膂力を向上させていなかったから本人以外の触れた物質の性質を強化するのかと思っていたが、切断か。

 

「しかし、透かす方はかなり離れていても使えるんだな。横浜からここまで、相当あるだろ」

 

「えぇ、基本的に1回使ってしまえば距離は関係無く解除するまで保ちます。切る時は合図を貰いました」

 

そこまで言ってしまったらもう誰から言われたか漏らした様なもんだぞ……。カマかける気もなかったんだが、本当に少しだけ剣の振り方を教えられただけで、ズブの素人なんだな。

 

「で、何をネタに脅されてんだ?」

 

「……妹です。1番下の」

 

「樹里、じゃなくてか」

 

「はい。私達1つ違いのは3姉妹なんです。……1番下の妹、彼方(かなた)を人質にされて……」

 

「そいつには聖痕は発現しなかったんだな」

 

コイツらの能力があればブラドからも逃げ切れたかもしれない。だが力は使えても本当に素人みたいだからな。あの鼻の効く銀狼も使われちゃ逃げきれなかったんだろう。特に妹に聖痕が無ければ足枷にしかならないだろうからな。

 

「いいえ、妹には……彼方には私達のどちらよりも才能がありました。神代さんと同じ二重聖痕、特に切断の聖痕は……物質だけでなく空間みたいな概念的なものにも作用させられる程でした」

 

それは、凄いな。使いこなせれば俺の白焔よりも余程戦闘向きの力だろう。いや、むしろそれだけの力があってどうしてブラドに捕まったんだ?だがその答えは透華の口から直ぐに出てきた。

 

「けれど彼方はそれを上手くコントロール出来ません。ちょっとした拍子に力が暴走してしまうのです。だから昔から彼方は聖痕を閉じるブレスレットを身に付けていました。あの時も、それで……」

 

……それは、あの時の俺と同じっていうことか。俺には雪月花があって、あの粒子の野郎との戦いの中でコントロールも身に付けられたけれど。けど彼方って子にそんなチャンスは訪れなかった。いや、訪れない方が良いはずなんだ。殺し合いの最中に力を身につけるより、例え無力でもそんなのとは縁遠い生活を送れる方がきっと幸せだ。

 

「事情は分かった。……樹里の方はブラドには何も能力を付与してねぇよな?」

 

「はい。今はもう透過も消しましたし、何も無いはずです」

 

「ならいい。……ブラドは今俺の友達が戦ってる。ブラド本人はアイツらに任せておけば大丈夫だと思う。俺達は彼方の方へ向かおう」

 

「……はい、彼方が今囚われているのは───」

 

 

 

───────────────

 

 

 

彼方が捕らえられている牢獄はなんと紅鳴館にあった。

小夜鳴の研究室の更に奥、理子すら知らない地下の最奥に彼女は居た。

道中は俺達を殺す為のトラップもブラドを呼ぶ為の警報も色々と仕掛けられていたが、物理的な罠なんぞ俺達には効果は無いし、そもそも館の主本人も今はランドマークタワーでキンジとアリア、理子と戦闘中……というより道中で既にブラド逮捕の連絡は受けている。銀狼も徘徊していたが当然それも蹴散らすだけ。思いの外労せずに人質である涼宮彼方は救出(セーブ)できた。

姉2人と同じ色の栗毛を2つ結びにした子だった。ちなみに透華はボブ、樹里はポニーテールなので似た顔で若くなるほど結び目が少なくなっていることに気付いた時には笑いそうになった。

 

「……あの、神代さん」

 

「なんだ?」

 

「妹を、私達を救ってくれて、ありがとうございます」

 

「礼ならさっき貰ったぞ?」

 

「えぇ、けれどもう1つ、お願いがあります」

 

「……なんだ?」

 

「私達を武偵にしてほしいんです」

 

「……は?」

 

透華の思わぬお願いに俺は目が点になる。

 

「私達の故郷では皆、都合が良い時はこの力を便利に、悪い時には私達を鬼子のように扱ってきました。おかげであんな奴にも目をつけられて……。私達には既に両親がいません。祖父母も私達を気味悪がっています。もうあそこには戻りたくないんです……。さっき力は使わずに生きるって約束しておいてって、私自身も思います……けど、絶対に私利私欲には使いません!!だから、お願いします……。私達を、助けて……」

 

透華が頭を90度下げる。樹里も彼方もそれを見て覚悟を決めたような顔をして、そして同じように頭を下げてきた。おいおい……。

 

「なんでもします!だからお願いします!!」

 

その勢いに、想いに、俺は折れるしかなかった。力を持っていても幸せになれるわけじゃない。力に振り回され、望んでもない戦いに巻き込まれたり、誰か大切な人を、時には自分自身も傷つけてしまうことがある。その姿はどうしたって俺自身の過去と重なってしまうのだ。

 

「……協力はしてやる。けど絶対に武偵校に通えるかは限らない。それでいいか?」

 

だから俺はこうするしかない。こうならざるを得ない。

はぁ、理子とジャンヌにいくら積めばいいのやら……。いや、でもコイツら元々裏の人間ってわけじゃないし別に平気か……?

 

「それと、もし武偵校に通えたら、の話だが、彼方、お前はその枷は付けっぱなしにしろ。外すのは俺との訓練の時だけだ」

 

「はい!」

 

あんまり元気良く返事されるとその期待が重いなぁ……。ああ、編入できるまでのコイツらの住処どうしよう……。ていうかコイツらの故郷ってかなり閉鎖的っぽいし出さしてくれんのかな……。まぁ、ブラドに連れてかれた時点でもうどうでも良くなってそうだな。酷い話だと思うけど。まぁ今回に限っては面倒が少なそうで良かったのかな……?

あ、リサになんて説明しよう……。ていうか俺、ジャンヌの部屋の目の前で暴れたんだよな。もしかしたら会話聞かれてたかもしれん。あぁもう……これにて一件落着、とはいかねぇよなぁ。

 

──勘弁してくれ──

 

思わずそんな言葉が口をついて出そうになったけれど、それを押さえ込んで頭を掻き毟る。

 

「じゃあ東京に戻るか」

 

俺の言葉に3人は揃って「はい!」と嬉しそうに答えてくる。つい数時間前まで俺の命を狙っていた奴らを引き連れて、俺は東京へととんぼ返りをするのであった。

 

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