セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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シア・ハウリア

 

魔法陣の輝きが収まり閉じていた目を開くとそこはありふれた洞窟だった。

 

「あれ……」

 

思わず疑問符を呟くとユエがクイクイっと俺の袖を引っ張る。

 

「……大迷宮は解放者の隠れ家。普通、入口、隠されてる」

 

それもそうだ。神から追われている身だったのだから出入口は隠されていても普通かと思い直し、俺達はそのまま歩みを進める。道中には様々な罠が仕掛けてあったが、その尽くにオスカーの指輪が反応し、解除していった。おかげでそう身構えずとも、罠に対して顔パスで進むことが出来た。そうしてしばらく歩みを進めると遂に洞窟の向こうに光が見えてきた。外の光だ。俺達が目標としてきたそれを見つけ、俺とユエは思わず顔を見合わせた。そしてその暖かそうな光目掛けて一斉に駆け出した。

 

「やっとだ……」

 

「んっ……」

 

本物の陽の光を浴びたのはいつ以来か。ユエに至っては数百年振りの空の下。俺達は手を取り合い抱き合い笑いあった。

 

「あはははははは、はぁ……」

 

「……無粋」

 

しかしその間に俺達はこのライセン大渓谷に潜む魔物に取り囲まれていた。上から見下ろすようにして俺達を睨むその目は殺意に濡れていた。

 

「……ここじゃあ魔法は使えないんだっけ?」

 

「……分解される。けどその前に殺る」

 

「……効率は?」

 

「……10倍くらい?」

 

「いいよ、ここは俺がやる」

 

「……ん」

 

渋々、といった体でユエが1歩引く。どうにもこのライセン大渓谷という場所は空気中に出た魔力を尽く分解してしまう場所なのだとか。そのおかげで魔法は全くと言っていいほど使えないらしい。それは魔法の技能と魔力量において反則クラスの能力を誇るユエであっても同じことのようだ。

 

その上ここの魔物は地上のそれと比べても凶悪で魔法の使えない人間では落ちたら最後、生きて出てくることが不可能と言うことから、過去には処刑場としても使われていたらしい。

 

だが俺の持つ兵器はその限りではない。そもそもが魔法などと言うオンリーワンの才能に頼らずとも人が人を殺すための道具なのだ。纏雷が使えない以上はアーティファクトとしての本来の性能は発揮出来まいが、炸薬兵器としてここいらの魔物の頭を吹き飛ばすだけなら問題は無いはずだ。

 

「ふっ……」

 

俺は指を僅かに動かしただけ。魔物にはそう見えただろう。だがその瞬間に瞬いたマズルフラッシュと共に、2体の魔物の頭が吹き飛ぶ。遅れて、電磁加速式拳銃独特の発砲音ではなくただ火薬の炸裂する、俺にとっては何より聞き慣れた音が渓谷に響き渡った。

 

──不可視の銃弾(インビジヴィレ)──

 

カナやシャーロックがやる曲芸撃ちの極みのような銃技。理屈はただの早撃ちなので、リボルバー式のピースメーカーではない俺の自動拳銃ではあれよりは一瞬遅いだろうが弾速ならこちらの方が上だ。

 

そこからは戦いとすら呼べなかった。ただの蹂躙。オルクス大迷宮深層の魔物の強さはやはり異常だったのだろう。このライセン大渓谷の魔物の強さも耳にする限りでは凶悪極まりないという話だったのだが、この有様だ。正直1番最初の階層にいたあのウサギやクマ共の方が強いだろう。

 

5分と経たずに俺達を囲んでいた魔物は全滅した。その死屍累々の中で俺は宝物庫から魔力駆動で動く二輪車を取り出す。纏雷を使って測ったここの魔力効率では重量のある四輪は流石に魔力の消費が重すぎる。だからと言って、どちら側に抜けるにしろ歩いて行くには少々面倒どころでは済まない距離だ。この二輪のタイヤにも錬成を生成魔法で付与した整地機能は付いているし、暫くはこれで進もう。

 

「取り敢えず、いきなり砂漠の横断は勘弁願いたいからな。まずは樹海側に行こうと思う」

 

「んっ。……そっちなら町もあるかも」

 

「あぁ。じゃあ行こうか」

 

「んっ」

 

まず俺がバイクに跨り、ユエが俺の後ろに乗る。本来はヘルメットを被って然るべきなのだが、この世界に自動二輪に関する道交法とか無さそうだし、俺は魔力を込められた攻撃以外は効かない上にユエも自動再生がある。正直被るのが面倒なのだ。

 

ユエが俺の腰に手を回したことを確認し、車体に魔力を流す。エンジンの構造までは流石に把握していないのでこれの動力は魔力だけだ。魔力を直接操作できる奴なら誰でも動かせるし、実はハンドルも魔力で動かせるのだが、操作が複雑になるのであんまりやらない。

 

だがおかげでこのバイクの中は結構な部分が空洞になっており、見た目程の重量は無い。苦労したのはサスペンション周りだったが苦労しただけの甲斐はあり、乗り心地は非常に良いものが出来上がった。

 

しかし俺達が樹海側に向けて進みつつ大迷宮もあるというこの大渓谷を探っている間にも魔物はワラワラと出てくる。それを拳銃で撃ち倒しながら進んでいると向こうの方から魔物の咆哮が聞こえてくる。そう遠くない距離だ。30秒もあれば視界に捉えられるだろうか。

 

するとやはりそれくらいで魔物の姿が現れた。どうにも頭の2つあるティラノサウルスのような見た目の魔物だ。身体もそれなりに大きい。だがそんな見た目よりもその足元、何やら人間大の大きさの何者かがピョンピョコ跳ねながら頭2つティラノから逃げ回っているようで、俺はそちらの方に意識が向く。そしてよく見ると半泣きで逃げ惑うそいつの頭には立派なウサミミが生えていた。

 

亜人族、という奴だろう。聖教教会のお膝元であるハイリヒではその余りに強すぎる差別意識と潔癖さから奴隷としてすら見かけなかったが、帝国のような場所ではよく愛玩奴隷として飼われていると聞いたことがある。だが奴らは樹海の中が住処でこんな所にいるって話は聞いたことないが……。

 

「……兎人族?」

 

「なんでこんなとこに?……まさか処刑されたとか?」

 

「……悪ウサギ?」

 

アホな会話をしながらも進むことを止めていなかったため、もうすぐそこまで半泣きウサギとティラノサウルスっぽい魔物が来ていた。というか、ウサギの方は先程からこちらへ向けて助けてくれと騒がしい。

 

「だずげでぐだざーい"!!じんじゃう"ー!!」

 

兎人族の女がティラノサウルスっぽい魔物を引き連れてこっちまでやってくる。もちろんここの魔物が俺達を見逃してくれるはずもなく、こちらも獲物として狙いを定めたような眼を向けてくる。

 

「……面倒連れてきやがって」

 

どいつもこいつもギャーギャー五月蝿い。

取り敢えず会話の成立しないことが確定の魔物の方を撃ち殺して黙らせる。すると兎人族の女は何があったのか分からないような、キョトンとした顔をしていた。

 

「何をアホ面晒してんだ。お前が助けろって言ったんだろうが」

 

「あ、あ、あ、ありがとうございまずぅぅぅ!!ようやく会えまじだぁぁ!!」

 

だが俺の一言でトリップから戻ってきたらしい。せっかく助けたのにまた泣きわめきながら俺に縋り付く。あ、止めろ、鼻水を付けるな。

 

「んで、お前の耳ぃ兎人族だろ?なんでこんなとこにいるんだ?」

 

取り敢えず引き剥がして座らせる。

ようやく落ち着いたようでポツポツと俺の聞かれたことに対して答え始める。別に、こんな奴放っておいてもよかったのだが、最初に助けた時に少し気になる言動があったので仕方無しに話を聞くことにした。

 

で、泣き虫ウサギの話によればコイツらは今、樹海の亜人族だけでなく、帝国の奴隷調達係の兵隊の双方からも追われているらしく、今も樹海側の渓谷ではコイツらの一族が身を潜めているらしい。

 

何故そんな状態でこいつ1人が渓谷の中を魔物に追われながら爆走していたのかと聞くと、どうにもコイツの持つ固有魔法、未来視の能力でこっちに来れば俺という存在が助けてくれる、そういう未来が見えたらしい。

 

ただ、そこで命を救ってくれた固有魔法こそがコイツらが追われていた原因。本来亜人族は魔力も固有魔法も持たない。それが、見た目が良いと人間の中で評判の兎人族の中でも一際目立つ青みがかった白髪碧眼の見た目、そして本来亜人族が持ち得ないはずの魔力と固有魔法。それらを持つこのウサギの存在がバレれば当然、樹海の他の亜人族からも排斥されるのだろう。

 

だが兎人族というのは他の亜人族に比べて身体能力が低い代わりに一族の絆はとんでもなく強いのだとか。その強い絆がこのシア・ハウリアという異端の兎人を庇い、これまで外から匿ってきた。だがそれが遂にバレて樹海から追放。今に至るということだ。

 

「なるほどねぇ……」

 

「天人さん、ユエさん!私たちハウリアを助けてください!お願いします!」

 

あれだけ泣き喚いてまだ涙が出るらしい。本来なら随分と整った顔立ちのはずが涙と鼻水と土埃で普通に小汚い。あと民族衣装なのか個人の趣味なのか、元々露出度高めと思われる服も千切れて目に優し……哀れなことになっている。

 

「まぁいいけどな。タダで、とはいかない」

 

「っ!!はい!はい!!何でもします!!」

 

「俺達は樹海に用がある。だがハルツィナ樹海の霧は亜人族以外の感覚を狂わせるんだろ?だから俺達の目的地までお前らが案内しろ。それを約束するならお前もお前の家族も、そこまでの命は保証してやる」

 

ハルツィナ樹海は常に濃霧に包まれている。そしてその霧は亜人族とそこに住む魔物以外の全ての者の感覚を狂わせる。故に安易に足を踏み入れたが最後、2度と出てこれないというのは有名な話のようだった。だから俺としては友好的に道案内をしてくれる亜人族を雇いたかったのだ。そして、このままいけばどうにも面倒事を抱えてはいるものの、これ以上なく好意的な案内人を引き入れることが出来そうだった。

 

そう、それだけ。コイツの境遇を透華達に重ねたわけじゃあないと俺は自分に言い聞かせる。

 

「あ"、あ"り"がどう"ございまずぅぅぅ!」

 

だが俺の打算的な考えは気にせずただ感激しているだけのシアはこの有様。

 

「だから抱き着くな。鼻水をつけるな涙を拭くな!」

 

「アババババババ」

 

だがそれはそれ、何度言っても鼻水を付けてくるような聞き分けのないウサギにいい加減纏雷を浴びせて無理矢理引き剥がす。

 

「ほら、もうそれやるから顔拭いて服を着ろ」

 

大の字にぶっ倒れたウサギにオスカーの邸宅から押収したハンカチと俺が着るために拝借していた外套を投げて寄越す。

それをシアはやたら感激したような目で見ているが、ユエの方は何やらジットリとした目で俺を睨んでくる。

 

「……何だよ?」

 

「……天人、甘い」

 

「コイツらに恩を売っておけば樹海の探索が楽になるからな。ただの取引の一環だよ」

 

「……私の時は疑ってた」

 

「だって怪しかったし……」

 

むぅ、と頬を膨らませてシアと俺を交互に見やるユエ。すると何かに気付いたのかシアの一部と自分の同じそこを凝視する。俺とシアが揃ってキョトン顔をしていると───

 

「……大きい方が好き?」

 

と、ユエが自分の胸に手を当てながら爆弾を投げ込んでくる。シアはシアで興味津々といったふうにこちらに寄ってきては殊更に大きいその果実を腕で寄せ上げ、見せつけてくる。俺はその魅惑の果実からしっかりと目を逸らす。

 

「どうなんですか天人さん!」

 

だが尚もそれは俺の目の前に寄せられてくる。

 

「……ユエ、大きさじゃない。誰のものかが重要なんだ」

 

まだリサの容姿に関しては細かいことまではユエには話していない。なので俺は何とも曖昧な答えを返すに留まった。ユエとしては満足、とはいかないまでも及第点の答えだったのか、溜息1つで許された。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……未来が見えるって言っても実はその未来は確定したものではないんです」

 

バイクのシートの一番手前にユエ、それを後ろから抱くように俺がハンドルを握りさらにその後ろにシアが乗る。シアは初めて見る乗り物に恐る恐るといった体だったが段々と風を切る感覚の虜になっていったようで、出発からしばらく経った今では俺の肩に手を置きウサミミをパタつかせながらそのスピードを堪能している。

 

……俺が運転しながらも魔物のド頭に弾丸を叩き込んでいるのにコイツは1人で風を楽しんでいた……のだが急に真面目な声で話し始めた。

 

「あぁ?……あぁ、まぁそりゃそうだろ。未来なんて選択の果ての結果だ。……予定調和だって言われてもそんな簡単なもんじゃない。それだって、最後まで間違えられないんだからな」

 

「はい、そうなんです。あそこに行けば助かる未来が見えました。けどそれだって途中で逃げ方を間違えれば魔物に殺されたり、頼み方を間違えて断られたり……」

 

文字通り、必死だったのだろう。このウサギは。死ぬ思いで、そしてやはり死にそうになりながら、それでも自分を想い匿ってくれていた家族達に報いたくて、助けたくて。それは、あの頼み様を見れば伝わってくる。だが、だからと言って───

 

「……分かってるとは思うが、俺がお前らを守ってやるのは樹海の案内が終わるまでだ。逆に言えば、そっから先お前らはまた帝国と他の亜人族に追い回される。それを忘れるな」

 

流石に俺達もそこまでの面倒は見きれない。

今コイツらの家族は減っていなければ40人ほどだと言う。だが戦力外のお荷物を40人も抱えてどうにかなる程甘い旅ではないはずなのだ。だからコイツのしたことはほんの数時間か、長くて数日の延命。どちらにしろそれが過ぎれば奴隷か死か。ユエがいてくれるとはいえ、今の俺にそこまでの余裕は無い。結局何かを捨てなければ大切な何かを守れないのであれば、俺は迷い無く切り捨てる。

 

「分かっています。それでも───」

 

「ふん……。……あれは」

 

ライセン大渓谷に誰かの絶叫が響き渡る。魔物ではなく人の声だ。俺の見上げる天空には、遥か過去の地球に生きていたらしい翼竜こと、プテラノドンのような魔物が何匹も旋回し、地上の獲物を品定めしているようだ。

 

そして見えている範囲でもウサミミが20組に届かない程度。隠れている分を含めればなるほど、40人くらいにはなるかもしれない。

 

「ハイベリア……」

 

シアが声を震わせ呟く。ハイベリア、それがあの空の魔物の名前か。ふっと一息付くと、俺は宝物庫から電磁加速式アサルトライフルを取り出す。そして今兎人族の塊に狙いを付けて急降下したそいつの頭へ超音速の弾丸を叩き込む。

 

───ドパァッ!

 

と独特の音を渓谷に響かせるより早くハイベリアの頭が消し飛ぶ。更に空にいたハイベリアにも弾丸をぶち込んで半身を千切って墜落させる。

 

「みなさーん!!助けに来ましたよー!!」

 

──ばよんばよん──

 

シアが俺の頭の上で大声を上げながら跳ねる。

だがその体重は全部俺の肩に乗せた手に乗っかっている。それはつまり───

 

「……シア」

 

「はい?……え?何で私の胸倉を掴むんです?そして何故振りかぶるんですかぁあぁぁぁぁ───!?」

 

「骨は拾ってやらぁ!!」

 

頭の上でスイカが跳ねる感触は見事だったがそれはそれとして戦闘中は普通に邪魔だ。おかげで頭ぁ吹き飛ばすつもりの奴も仕留め損ねた。

 

なので随分と元気が有り余っているらしいシアにもこの戦闘を手伝ってもらうことにしたのだ。主に囮となってハイベリアの意識を釣る役目として───

 

目の前をカッ飛んでいく兎人族に思わずハイベリアの視線も釘付けになる。その隙にそいつの頭にアサルトライフルの弾丸を叩き込む。

 

「……少しは落ち着いたか?」

 

そのままバイクを突進させ落ちてきたシアをキャッチ。それを地面に放って他のハイベリア達を潰していく。いくら空を飛べるとはいえ弾速に比べたら遅すぎる。先読の技能もある俺にとっては止まっている目標を撃つのとさして変わらない。

結局、数分と経たずに6匹いたハイベリアを殲滅させた俺を兎人族達が遠巻きに見つめている。

 

「……シア!無事だったのか!」

 

と、俺にポイ捨てされ地面に座り込んでいたシアに寄ってきたのはナイスミドルのウサミミ。

 

「父様!!」

 

どうにもシアの父親らしい。俺はアサルトライフルを宝物庫に仕舞い込み親子感動の再会的な瞬間を遠巻きに眺めているだけだ。しかもそこに他の兎人族まで加わって中々の大騒ぎ。だがそれもすぐに落ち着き、シアの父親らしいウサミミがこちらに気付いたようだ。

 

「天人殿、で宜しいか。私はカム。カム・ハウリアと申します。シアの父親にしてハウリア一族の族長を務めている者です。この度はシアだけでなく我々ハウリア一族の窮地も救っていただきなんとお礼を言っていいか……。その上ここからの脱出まで助力くださるとのこと……。族長として、深く感謝致します……」

 

そう言って深々と頭を下げるカム・ハウリア。

 

「善意で助けたんじゃない。お礼ならキチンと報酬を支払ってくれればそれでいい」

 

と、俺は手を振って答える。

 

「ええ、ええ。もちろんですとも。我々に出来ることなら何だって致します。シアから聞きました。樹海に用事があると」

 

「あぁそうだ。その案内を頼みたい。……俺が言うのもあれだけどさ……亜人族は人間にいい思い出はないから、簡単に信用しないって聞いたことがあるが、随分簡単に俺達のことは信用するんだな」

 

「もちろん、シアの信頼する方達ですから」

 

「そうです。天人さんは女の子にも容赦ないし対価無しじゃ動かないし人を簡単に囮にするような人ですけど、裏切ったりするような人じゃないです!」

 

「なるほど、照れ屋なんですな。それなら安心だ」

 

今のシアの話のどこをどう受け取れば照れ屋になるのか……。周りのハウリアもやたらと生暖かい眼差しを向けてくる。

 

「……んっ。確かに天人は照れ屋。あと意外と寂しがり屋」

 

「……ユエさんは誰の味方なんです?」

 

俺はまさかのフレンドリーファイアに肩を落とすしかない。それを見てまた朗らかに笑うハウリアの面々は、確かにこの中で育てられたらシアもこうなるのだろうなと確信を抱かせるものであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ウサミミ42人を連れて随分と歩いた。その間にも数えるのが面倒な程魔物が襲いかかって来たがその尽くを射殺し、ようやくライセン大渓谷の出口に辿り着いた。どうにもここからは長い九十九折りの階段になっており、遠見の技能で見やれば樹海も微かに視界に入る。

 

「……帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

「さぁな。いたらいたで暇なんだなぁと思ってやればいいよ」

 

ていうか確実に暇なんだろ。この上でずっと待機とか、左遷された奴らでもないのならただ単に帝国兵は暇なんだとしか思えん。力仕事に向かない兎人族の為に長時間人員を割けるんだからな。

 

「天人さんはその、帝国兵の人がいたら……」

 

と、シアが不安そうに聞いてくる。まさかこれまでの魔物との戦闘を見て戦力として不安がある訳では無いだろう。そう、これは単に───

 

「人殺しには慣れてる。奴らが引き下がらないなら、引金を引くことに躊躇いなんぞあるものか」

 

俺のような奴が、今更忌避感なんて持てるはずがないし、持ってはいけないのだ。それくらい俺は、人を殺し過ぎた……。

 

「って言うかシア、お前は見えたんじゃないのか?俺と帝国兵が戦う未来」

 

湧き上がりかけた仄暗い感情を押し込めるために俺は話題を変える。

 

「はい、見えましたよ。天人さんと帝国兵が戦う未来。なのでこれは確認です。帝国兵と戦うということは人間族と戦うということと同じです。同族と敵対して、本当に良いのかと」

 

それは、一族内での結束が強い亜人族故の疑問なのだろう。本来同族殺しなぞ忌むべきものに他ならない。ましてや今後も敵対し続ける覚悟はあるのか、そういうことなのだろう。

 

「お前らはそもそもが間違ってる」

 

「そもそも?」

 

「あぁ。俺ぁ人間族の味方なんかじゃない。俺ぁ俺の味方だ。それにな、俺はお前らに樹海の案内を依頼した。そしてその報酬として案内が終わるまでのお前ら命を保証した。ただそれだけだ。それが終わるでハウリアには死なれちゃ困るんだよ」

 

ハウリアを守るのはただの仕事。それだけだ。そこに正義感も義理も人情も何も無い。俺は機械的にコイツらを守りハウリアには樹海の案内をしてもらう。たったそれだけの関係性なのだ。

 

「なるほど、仕事という訳ですか。分かりやすくて助かる。樹海の案内はお任せくだされ」

 

カムも下手に感情論を持ってこられるよりも俺のギブアンドテイクの考えの方がしっくりくるようだ。

 

そして、お互い考え方も把握したところで長い階段を上っていく。そこいらの人間なら途中で何度か休みを入れた方が良いのだろうが、そこは腐っても亜人族。ここまでろくに飲まず食わずに逃げ回っていたはずのハウリアは誰も、音を上げるどころかこの階段もそこまで苦ではないようだった。

 

そうして階段を登り終えるとそこには帝国兵と思われる30人程の集団がいた。全員お揃いのカーキ色の服を着てそこらに剣やら鎧やら盾やらが転がっていた。するとそいつらも俺達に気付いたようで、ジロジロと──特にユエに──不躾な視線を投げてくる。

 

「お……?おぉ?おぉ!マジか生き残りやがったのか。隊長の命令なもんで仕方無く残ってたが調度良い土産ができそうだ」

 

「しかも白髪の兎人族もいますよ!隊長が欲しがってた奴ですよね」

 

「おぉ!益々ツイてるな!おい、年寄りはいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

「小隊長ぉ、女も結構いますし少しくらい味見しても───」

 

───ドパァッ!!

 

ここまで絵に書いたような小悪党が存在するのかと唖然となっていたがいい加減聞くに耐えない。そのゲスな口を閉じさせてもらおうと拳銃弾を放つが、電磁加速されたそれは最初に狙った奴だけでなくその後ろにいた兵隊5人の上半身を纏めて打ち砕いた。今までは奈落の底の魔物か電磁加速無しでの銃撃だったが、これはアレを用意しておいて正解だったかもしれない。

 

「───なっ!?……てめぇ!!」

 

小隊長と呼ばれていた男が最も早く味方の腰から上が消え去った事実から立ち直った。

そしてトップが立ち直れば流石は鍛えられた帝国兵。その場の全員がお揃いの武具を構え、魔法の詠唱の準備に入った。だがやはり、頭の方は少しばかり足りていないようだ。俺は宝物庫から今までより一回り小さい拳銃を取り出し、左手でそのまま3発発砲。

 

ダンッ!ダンッ!ダンッ!

 

と、それぞれの弾丸が誤たず手前3人の帝国兵の胸元に着弾。それを喰らった奴らは胸の鎧を突き抜けた弾丸の空けた穴から血を吹き出しながら真後ろに倒れる。さらに俺は右手の電磁加速式拳銃を宝物庫に仕舞い、両手とも見慣れた大きさの拳銃を構える。

 

「……お前、何者だ?兎人族じゃねぇだろ」

 

小隊長とやらが精一杯ドスの利かせた声で凄んでくるが残念。そういうの、蘭豹や綴の方が余程怖いんだよ。

 

「あぁ。人間族だ」

 

「……今ならまだ命は許してやる。その兎人族共と横の金髪の女を置いてけ」

 

俺の、何も気にしていなさそうな答え方が気に障ったのか、益々鋭い視線を向けてくる帝国の兵士。

 

「本当に頭が足りねぇようだな」

 

だがここまできて出るセリフがそれか。本当にガッカリだ。よく考えてくれよ。

 

「足りねぇのはどっちだ!てめぇ!帝国に逆らうってのがどういうことか教えてやろうか!」

 

「……俺が帝国に逆らったって、誰が認識する?」

 

本当に、少しは頭を回せば分かるだろう?ここに兎人族がいる意味を───

 

「あ"ぁ"!?」

 

「兎人族を追ってきた帝国兵の皆さんは上司の命令を無視してライセン大渓谷までウサギ達を深追いしてしまいました」

 

魔物の強さと魔力を分解してしまう性質故に、処刑場としても使われたこのライセン大渓谷を、本来ろくな力の無い兎人族が出られたということの意味を───

 

「……何言って───」

 

「しばらくして様子を見に来た上司はライセン大渓谷で発見するのでした」

 

渓谷の奥に入り込んだ兎人族が見知らぬ人間を連れて脱出してきたということ───

 

「ライセン大渓谷の魔物に食い殺された部下たちの姿を───」

 

その人間が、帝国兵ですら入ることを躊躇うライセン大渓谷を、足でまといを連れながらでも脱出できる用心棒かもしれないという可能性───

 

ダンッ!ダンッ!

 

炸薬が破裂する。その勢いを一身に受けた弾丸が銃口から飛び出す。それは小隊長の腹と胸を突き破り、9ミリ程の致命の穴を空けた。

 

「分かれよ、コイツらがここを出られた理由を。そこに俺がいる意味を」

 

戦い、と言えるのだろうか。アル=カタは拳銃が刺突武器にならない防弾服を着ていること前提に組み立てられた近接拳銃格闘技術だ。だが別に防弾性能の無い相手とのゼロ距離戦闘で使えないという訳では無い。ただ相手が致命傷を負うだけ。それに加えて俺は拳銃に生成魔法で風爪を付与している。普通のアル=カタのように銃を逸らそうとしても、腕や手が地面に滑り落ちるだけ。

 

それ故俺がこの集団戦において遅れをとることはない。それに加えてユエが、ライセン大渓谷ではろくに使えなかった魔法をこれ幸いとばかりに帝国兵に叩きつけていく。俺たちの連撃にみるみるうちに戦闘可能な数を減らしていく帝国兵。その数が尽きるのもそう時間は掛からなかった。

 

やがて意識のある兵士1人だけとなった。だがその兵士も肩と脚を撃たれもはや戦闘不能。ただ兎人族を狩りに来ただけのはずだった帝国兵の部隊は全滅の憂き目にあったことになる。

 

「た、助け……」

 

「あぁ?それはお前次第だけど……。そうだな、他にも兎人族がいただろ。そいつらはどうした?」

 

「い、言えば助けてくれるのか……?」

 

可哀想に。痛みと出血と恐怖でガタガタ震えている。言葉もたどたどしい。

答えるのも億劫になった俺はただ拳銃でそいつの頭を小突く。これがどんな威力を持って何を成すのかをこの短い時間でキッチリ把握しているその男はそれだけで「ひっ……」と短く悲鳴を上げる。

 

「話す!話すから!……多分、全部輸送済みだと思う……。人数は絞ったから……」

 

人数は絞った。その意味を正確に把握している兎人族達は思わず顔をしかめる。身内の身に何が起きたかを想像してしまったのだ。

 

「そうか……」

 

「は、話しただろ!?ほ、他にもか?何でも喋るから───」

 

「いいや。もういいよ。お前はもう黙れ」

 

「ひっ───!?い、嫌だ!!離して───あっ───いや……」

 

 

俺はそいつの頭を掴むとそのまま崖の向こうへ投げ飛ばす。絶叫が響く。これで向こうへ投げ飛ばした人間は10人目だ。もちろんその中にはただ人の形をしただけの肉もカウントされているが……。

 

さて、他の奴らもさっさと捨ててしまおうと振り向くとシア達ハウリア一行は随分と怯えた目をしていた。どうせ、俺のやったことに動揺しているのだろう。だがそんなことに一々拘っている暇も無い。俺は残る20人を崖の下へ投げ捨て、血と臓物とそれらの跡、それと散らばった野営セットを錬成で埋めてパッと見はただ暇を持て余した挙句に調子に乗ってライセン大渓谷へ踏み込んだように見せかけた。これで帝国兵の上の奴らが来ても態々ここの地面を掘り返さない限りはしばらく誤魔化せるだろう。もっとも、アイツらが態々兎人族にどれほど固執するのか知らないし、たとえ俺のところへ殴り込みに来ても叩き潰すだけなのだが……。

 

「……あの───」

 

「……ただ守られていただけのあなた達がそんな目を天人に向けることがお門違い」

 

何かを言いかけたシアに対してユエがピシャリと言い放つ。それを受けてシア達は押し黙ってしまった。正直空気は最悪だ。だがそれを破る者がいた。カムだ。

 

「ふむ……。申し訳ない、天人殿。別にあなた達に含むところがあるのではない。ただ我々はこのようなことに慣れておらなんだ。少々、驚いただけなのだ」

 

「天人さん、すみません」

 

と、カムに合わせてシアも謝罪の言葉を述べる。別にそんなものが欲しいわけでもないのだが、くれると言うのなら貰っておこう。俺は「そうかい」とだけ返して帝国兵の使っていた大きな馬車の荷台を宝物庫から呼び出した魔力駆動の四輪車と繋げていく。樹海までまだ距離がある。魔力を分解するライセン大渓谷は抜けたことだし、手っ取り早く歩みを進ませてもらおう。

 

 

 

───────────────

 

 

 

この世界は俺を閉じ込める牢獄だ。そして、俺が帰る邪魔をする奴には容赦しない。いくらそう言ったってこの世界の全人類を喜んで敵に回す気にもなれない。多少の労力で避けられる面倒があるならたまには人の手伝いをする時もあるだろう。

 

そこで人員輸送の可能性も考え、宝物庫があるのにも関わらず敢えて車に荷台を作っておいて正解だった。馬は殺すのも面倒なので、生活出来るのかは知らないが野生に返し、荷台だけ貰った。乗り心地はあまり良くないだろうが、オスカーの邸宅からパク……借りたまま返していないだけの布団類は敷いたのでそれで我慢してもらおう。物盗りによる殺人を疑われる線も考えたが、争った形跡は無いし一部は残してあること、そもそもあそこに荷物を放置していたのが悪いと考えられるだろうと、荷台だけは使わせてもらっている。

 

魔力駆動四輪車には現代の車に必要な要素の殆どが存在しない。そもそも魔力操作によって全ての動作を行えるので、運転席には操縦の簡略化の為のハンドル位しか必要無いのだ。

 

おかげで座席は各列余裕のある3人乗り3列シート。更に荷台付き。正直大きさはかなりのものだが、小回りを効かせたい時には二輪があるのでそう問題も無いだろう。

その3列シートの最前列。一応の運転席には俺が、その横にユエ、シアと座っている。

すると、しばらく無言だったシアが口を開く。

 

「あ、あの!お2人の……天人さんとユエさんのこと、もっと教えてくれませんか?能力とかではなくて、旅の目的とか、これまでのこととか……」

 

最初こそ勢いのよかったシアだが恥ずかしかったのか段々と尻すぼみになっていく。

 

「……聞いてどうするの?」

 

と、ユエは面倒臭そうに返す。シアはユエのジト目に一瞬言葉に詰まったものの、それでも言葉を続ける。

 

「どう、というよりただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山の迷惑を掛けました。それが、すごく嫌で……。皆はそんなことないと言ってくれていましたし、今はそこまで自分のことも嫌いではないです。ですがそれでもやっぱり私は世界のはみ出しもののような気がして……。だから私、嬉しかったんです。お2人に出会えて、私と同じ体質で……。私は世界に1人きりじゃないんだって思えて……。その、勝手ながら仲間、みたいに思えて……。だからもっと天人さんとユエさんのこと、知りたいんです」

 

まぁコイツらに特段隠すほどの事も無いし、道中は距離もあり暇だ。それを潰すくらいにはなるだろうと各々話し始める。もちろん俺はこっちに来てからのことだけだが……。

 

だがそれを聞いたシアは───

 

「うぇ……ぐずっ……酷ずぎまずぅぅ……天人さんもユエさんもかわいそうでずぅ……。ぞ、ぞれにぐらべでわだじはなんて恵まれてて……」

 

大号泣だった。俺としてはそこまで感情移入されても困るところはあるのだが……。

 

「決めました!天人さん!ユエさん!私、お2人の旅に着いていきます!これからはシア・ハウリアが影に日向にお2人を助けて差し上げます!遠慮はいりません!私達は世界でたった3人の仲間!共に困難を乗り越え望みを叶えましょう!!」

 

何故か決然とした表情になったと思ったら急にトンチキなことを言い出した。

 

ていうか───

 

「現在進行形で守られてる足でまといが何言ってんだ……」

 

「……さり気なく「仲間みたい」から「仲間」に格上げされてる。面の皮厚ウサギ」

 

大迷宮攻略にこいつのような戦力にならない奴を連れていく気はない。いくら未来視があろうがそれでどうにかなるほど甘いところではないのだ。

 

というか───

 

「お前、旅の仲間が欲しいだけだろう?」

 

「っ!?」

 

ウサミミがビクッと反応する。……分かりやすい奴め。

 

「大方、自分が家族から離れればコイツらは樹海に戻れるかも。けど自分のような目立つ奴は一人旅なんて出来ない。だから俺達に引っ付こうとか思ったんだろ?」

 

「う……で、でもそれだけじゃなく本当に私はお2人に……」

 

図星だったらしいシアはしどろもどろになってしまう。まぁ本当に俺達に仲間意識を感じてはいるのだろうが、それだけで同行を許す気にはなれない。

 

「別に責めてるわけじゃないけどな。どっちにしたって大迷宮の攻略にはお前じゃ足でまといだ。未来視程度の力しか持たないお前を庇っている余裕は無い」

 

会話は終わりだとばかりにぶった切ると、シアも落ち込んだ様子で俯いてしまう。言い過ぎた、とは思わない。言わずに着いてこさせて死にました、ではこちらも寝覚めが悪いからな。

そうして少し経つと樹海の姿がハッキリと見えてきた。いや、霧に覆われているからハッキリと見えたと言っていいのかは議論の余地がありそうだが……。

 

俺は濃霧に包まれたハルツィナ樹海とまだ視界の利く平原の境界線ギリギリまで車で寄せると、そこで全員を降ろした。

 

「では、ここからは我々の円の中から出られないように。はぐれてしまうと危険ですから。行き先は樹海の深部、大樹の元でよろしいかな?」

 

「あぁ。そこに真のハルツィナ大迷宮があると聞いたんでな。俺も最大限警戒はするけど魔物がいそうなら確信がなくても遠慮無く言ってくれ。そっからは俺ん仕事だ」

 

ハルツィナ樹海の霧が俺の感知系技能を上回るのなら俺より亜人族であるコイツらの方が察知は正確かもしれないからな。

 

「頼もしい限りです。天人殿は……気配の消し方が上手いですね。ユエ殿も気配の方お願いします。大樹自体は神聖視こそされているものの重要視はされていない為に近寄ることも禁止されてはいません。観光地のようなものです。ですが我々はお尋ね者なもんですから……」

 

「分かってる。それも承知で俺達はお前らに頼んでる」

 

「……ありがとうございます。では、行きましょうか」

 

カムの言葉に続き、俺達はウサミミ達に周りを囲まれながら第2の大迷宮があるというハルツィナ樹海の霧の中へと足を踏み入れた……。

 

 

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