セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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ブルックでの夜

 

 

「貸し1つ。それと、お前らの醜聞もキチンと伝えておけよ?亜人族最強のはずの熊さんが最弱のはずの兎ちゃんに負けたってな」

 

シアとユエが戻ってきてから少しすると、今度は最後の試験として小グループで一体ずつ魔物を狩ってこいと命じておいたカム達が戻ってきたのだ。まぁその、戦うことなぞ知らないへっぴり腰達だったので割と手荒に戦える精神性を身に付けさせようとしたらやり過ぎてヤバめの集団になってしまったのだが……。

 

そしてその軍人もかくやという兎人族達が見つけてきたのが大樹の元へと進む熊人族達。どうやら俺達の目的地へと先回りして俺達の目的を潰そうという腹らしかった。で、カム達が奴らを潰してくると言うのでフェアベルゲンが今後変な気を起こしてハウリア達を再び襲撃することがないように、見せしめの為に許可したのだ。

 

だが俺も武偵校では戦姉妹(アミカ)を持っていたがそいつは元々戦える奴。つまり俺は戦闘技術を教えることは出来ても1から戦闘者を育てることは初めてだったのだ。なので取り敢えず武偵高、特に強襲科での訓練を参考にしたのだがこれが不味かった。

 

この世界で見敵必殺くらいはまだ良かったのだが、急に強い力を手に入れてしまったものだから精神的に暴走。熊共を必要以上に弄び苦痛を与えるような戦い方をしていたのだ。

 

で、その現場にシアと到着。熊のボスにトドメを刺そうとするハウリアの一斉攻撃をシアがその膂力と戦鎚で薙ぎ払い、言葉による説得でカム達の驕りを正したのだ。

 

そして俺はどさくさに紛れて逃げようとした熊をとっ捕まえてフェアベルゲンへと釘を刺したのだった。

 

「で、どうする?態々邪魔しに来たんだ。ここでぶっ飛ばしてもいい訳だが?」

 

「わ、分かった!全部伝える!」

 

「是非そうしてくれ。勿論、後で惚けでもしたら……」

 

分かってるよな?と固有魔法の1つでたる威圧を使い心に刻み込む。

さて、とほうほうの体でフェアベルゲンへ帰っていく熊共を後目に俺はカム達へ向き合う。

 

「まぁ、今回は俺が戦うことしか教えなかったからだ。けどな、さっきシアも言ってたろ。弱い奴をあんな風に追い詰めていくのはお前らを奴隷としてしか見てない帝国兵と同じだ。強くなってはしゃぎたくなるのは分からんでもないがな……」

 

「ボス……」

 

カム達が落ち込み気味に呟く。

ボス呼びは止めろと何度言っても聞かないのでもう放置することにしている。

 

「武偵憲章3条、強くあれ、その前に正しくあれ。……何が正しいのかなんてのは俺もよく分からんけどな。まぁでも、その力は何のために求めたのか。それを考えれば多少は身の振り方も見えてくるんじゃねぇの?」

 

はい、この話はここでお終い。と、らしくもないお説教をかましたせいでしんみりした空気になってしまった。なので俺は手を叩いて空気を変える。

 

「ほら、今日が霧の薄くなる日なんだろ?さっさと行こうぜ」

 

しっしっ、と追い出すようにしてハウリア達を歩かせる。そうすればやっとハウリア達も歩き出し、俺達もそれに先導されながら大樹を目指すのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……なんじゃこりゃあ」

 

15分くらいだろうか。亜人族であるハウリアの先導のおかげて迷うことなく大樹まで辿り着いた俺達。だが直径で50メートルはあろうかという威容の木は、その枝葉を枯れさせていたのだった。

 

「大樹はフェアベルゲン建国前からここに在ったそうです。ですがその時から既に枯れていたとか。しかし枯れていても朽ちることはない。この霧と相まって神聖視され観光名所のような扱いになっています」

 

俺はカムの説明を聞きながら根元をペチペチ叩いたりするが当然変化は無い。フェアベルゲンに伝わる口伝も聞いてはいたが入り方に関しては特に聞かされていなかった。これは謀られたかな、と思っているとユエが俺の袖を引く。

 

「……これ、オルクスの扉の」

 

「あぁ……同じだな」

 

ユエの指さす所を見やれば大樹の根元には石碑が立てられており、そこにはオスカー・オルクスの部屋の扉に刻まれていた物と同じ文様が刻まれていた。七角形とその頂点に同じ文様。つまり、ここがハルツィナ樹海に隠された大迷宮というわけだ。しかしどうしたって入口が見当たらない。しかし、ユエは何かを見つけたようでこちらに手招きしてくる。

 

「……天人、これ見て」

 

「んー?これは……」

 

石碑の裏側、そこには表側の紋様に対応するかのように窪みがある。しかもその窪みにもご丁寧に文様が刻まれていた。大きさもちょうど良さそうだしと試しに俺はその窪みにオスカー・オルクスの指輪を嵌めてみる。すると、石碑が淡く輝きだした。しかしそれも束の間。光はやがて収まり代わりに何やら文字が浮かび上がる。言語理解がもたらすのはリスニング(聞き取り)能力とスピーキング(話す)能力だけではない。リーディング(読み取る)能力までも俺に与えていたのだった。

 

───4つの証

 

───再生の力

 

───紡がれた絆の道標

 

───その全てを持つ物に新たな試練の道は開かれるだろう

 

「……あんだこれ。暗号か……?」

 

そういうのは苦手なので止めてほしいのだが……。

 

「4つ証は、多分他の迷宮の証?」

 

「……他は?」

 

「紡がれた絆の道標は私、というか亜人族のことじゃないですかね?亜人族は基本樹海から出ませんし、ここまで案内してくれる亜人族がいる人は珍しいですから」

 

確かに、実際に関わってみて分かったが、亜人族はかなり排他的な種族のようだった。同じ亜人族同士ならともかく、人間族や恐らく魔人族にも良い思いは持っていないだろうから、仕方ない面もあると思うが。

 

「……再生は、私?」

 

と、ユエは自分の指先を軽く切り出血させる。そして自動再生の固有魔法を発動させながら大樹に触れる、が───

 

「何も起きないな……」

 

「……ん。もしかしたら再生に関わる神代魔法を手に入れるのかも」

 

「はぁ、どっちにしろここは後回しってことか」

 

完全に無駄足を踏んだ、という訳でもないか。あそこでシアを助けなければハウリア達による案内は得られず、紡がれ絆とやらは示せなかったのだから。

 

「そういうことだ」

 

と、俺は振り返り後ろに控えていたカム達と向かい合う。

 

「大樹への案内ありがとう。確かにここが俺達が目指していた大迷宮だということも分かった。けど俺達はまだ挑戦権を得られてないみたいでな。まぁそのうち戻ってくるけど、今はここでお別れだ。……シア」

 

俺達に着いてくると言うならここでカム達とはお別れだ。最後の挨拶を済ませておけとシアを前に出すが……。

 

「とうさ「ボス!お話があります!」ま……?」

 

愛娘の挨拶をぶった切ってカムが割り込んできた。え……怖……何……?

 

「ボス!我々もボスのお供に連れて行ってください」

 

父様父様と呼びかけるシアを完全に無視して話を続けるカム。可哀想だが一先ずシアは置いておこう。今はこっちの方が面倒臭そうだ。

 

何か知らんが俺の特訓のせいで変な自信と俺への従属感を付けちゃったらしいハウリア達は、シアがいない間に一族の意見を纏めて俺達に着いてくることにしたらしい。あとシアが羨ましいとか。けどまぁ……

 

「断る」

 

「何故です!?」

 

答えは決まっている。そして理由は簡単───

 

「足でまといだからだよ」

 

これから人間族の街にも行くだろうにウサミミ40人以上とか無駄に目立ち過ぎるし大迷宮攻略の戦力としてはまだまだハウリアじゃ不安だ。シアならいざ知らず、こいつらレベルじゃまだ無理だろう。

 

「しかしっ!」

 

「しつけーよ。お前らじゃ大迷宮攻略の邪魔だ。だからまぁ……精々大樹でも守ってろ」

 

「……っ!?ボスっ!それは───」

 

「手前らが使えると言うならそれくらいはやって見せろよ?」

 

「Sir!Yes!Sir!」

 

お前ら軍人かよと思うくらいに揃えられた見事な敬礼。てか英語教えたっけ?

 

シアはもうそれを見ても俺を白い目で見たりはしない。というか、既にこっちを見てもおらず、ひたすらいじけて地面にのの字を書いている。あぁうん、悪かったって、ほら行くぞ。と、シアを引っ張り上げキッチリ決まった敬礼と特大の掛け声が木霊する中、俺達はハルツィナ樹海を抜けていった。だから止めろって……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

私、不満ですぅ!と言わんばかりにプリプリとした態度を振り撒くシアさん。ハルツィナ樹海を抜け、一旦食い物やら何やらの補給へと立ち寄った町ブルックの、その楽しげな喧騒とは真逆の雰囲気にユエも胡乱げな目線を向ける。まぁ、シアの気持ちも分からんでもないけどな……。

 

何せこの町に入る前の門で俺がシアに渡したのは無骨な首輪。しかも物理的には簡単には外れない仕組みになっていて、兎人族であること、シアが女であることも併せ、それらが余計に彼女を"奴隷"だと周囲に認識させている。ていうか直接そうとは言わなくともそう思わせるようにさせたのだから。

 

「天人さん酷いですぅ!私は皆さんの仲間じゃなかったんですか!?」

 

「……俺だってくだらないとは思うけどな。けどしょうがないだろう。お前みたいに見栄えの良い兎人族は、そうでもしないと余計なトラブルに巻き込まれるの確定なんだから」

 

亜人族は奴隷にしてもいいなんて決まり、くだらないにも程があるとは俺も思う。だがそれがこの世界の常識である以上、いくら俺達がそれの埒外に存在する奴らであろうと無用な騒ぎを起こしたくないのなら従うしかない。

ただ一応奴隷にも決まりはあるようで、他人の奴隷には基本的に手出し無用。欲しいならキチンと交渉しなさいということらしい。もっとも、ここトータスは俺の世界よりも更に"力ずく"が横行する世界でもあるのだが……。

 

「……えへへぇ、ユエさんユエさん、聞きました?天人さんったら、私のこと、世界一可愛くてスタイルが良いだっデンベルグッ───!?」

 

「……調子に乗っちゃダメ」

 

クネクネと気持ち悪い動きをしだしたシアにユエの黄金色の右ストレートが炸裂した。それをモロに受けたシアは謎の奇声を発しながら地面に叩きつけられる。周りの目線がその奇行に吸い寄せられるが誰もが皆、シアの首元を見て目線を逸らす。それを見て──自分で叩きのめしたわけだが──ユエがシアに手を差し伸べる。

 

「……有象無象の評価なんて気にしちゃダメ」

 

「ユエさん……」

 

「……大切な事は大切な人が知ってくれていればいい。違う?」

 

「……そう、ですね。そうですよね!」

 

「……ん。シアは不本意ながら私が認めた相手。小さいことなんて気にしちゃダメ」

 

「ユエさん……。えへへ、ありがとうございます」

 

なんやかんやで仲の良い2人を見ていると、俺も"これくらい"なら、と思わないではないわけで……。

 

「……シア」

 

「何ですか?」

 

「アゴ上げろ」

 

つい、とシアのアゴを指で持ち上げる。途端に顔を赤く染めるシアだが残念ながらそういう意図ではない。俺は宝物庫から適当な鉱石を少量取り出してシアの首輪に錬成していく。

俺にはあんまりデザインのセンスとかがないからありふれた十字架のモチーフしか作れないけど、何も無いただの奴隷の印です!よりはマシだろうと付けてやった。

 

「これ……」

 

「何も無いよりはマシかなって」

 

「天人さん……」

 

ほわわぁっていうような音が聞こえてきそうな程に幸せそうなシアの表情。大したもんでもないのに、それほどまでに喜んでくれるならこっちとしても嬉しいけどな。まぁ、こういうことしてるからユエからとんでもなく冷たい目で見られるんだろうな……というのは俺でも想像が付く。

 

「……はぁ」

 

というユエの溜息は頭を撫でてやってお相子にしてもらう。俺達はそのまま門番に教えてもらったブルックのギルドへと足を向ける。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「冒険者ギルド、ブルック支部へようこそ。両手に花なのにまだ何かお求めかい?」

 

思っていたより清潔なギルドの奥、そこにあった受付にいたのはユエ2人分はありそうな横幅をした人好きのしそうな笑みを浮かべたおばちゃんだった。そして何故か初手で煽られる。あとユエさんシアさんは「私達お花でーす」みたいな雰囲気で俺の両腕に抱き着くのは止めましょうね?周りの男連中の殺意がマッハで背中に突き刺さってるので。

 

「……素材の買取を」

 

「はいよ。ステータスプレートを見せてね」

 

「はい」

 

すると、俺のステータスプレートを見たおばちゃんが怪訝な顔をする。ステータスは隠匿しているから問題ないはずだが……。

 

「おや、あんた冒険者じゃなかったのかい?」

 

「冒険者だと何かあるんすか?」

 

「冒険者登録しておけば買取額が1割増になるんだよ。それに高ランクの冒険者なら色々特典も受けられるからね。……どうする?登録するかい?登録には1000ルタ掛かるけど」

 

ルタ、このトータス世界における貨幣単位だ。感覚的には1ルタが1円程度だろう。分かりやすくて助かる。でも向こうに帰っても両替できないんだよね。残念。

 

「あぁ……そういや今文無しなんだよな。……買取額はそのままで良いからそっから差っ引いてくれません?」

 

「そんな綺麗どころ連れて何やってんだい。冒険者価格で査定してやるから不便させんじゃあないよ?」

 

何このおばちゃん格好良い。そして初対面のおばちゃんにこんな風に怒られてる俺は多分相当に格好悪い。

 

「ありがとうございます……」

 

もうこうなると俺も項垂れるしかなくなる。

それを見ておばちゃんはケタケタ笑い、ユエとシアもクスクスと笑みを零す。

おばちゃんにはユエとシアも登録するか聞かれたが断っておいた。2人はステータスプレートを持っていないし、発行するにしてもコイツらの技能欄が異様なことになっているだろうことは想像に難くない。隠匿が間に合わないうちにはそれは控えた方が良いだろう。少なくともまだ、この2人の存在を公にする時ではない。

 

で、俺に渡されたステータスプレートには職業:冒険者が追記された。ちなみにランクは青と最低ランク。天職持ちであっても非戦闘系天職での最高ランクは黒、上から3番目だ。最高は金ランクらしいがこれは戦闘系の天職持ちに限られるらしい。結果を出しゃ問題無いだろとも思うが、そもそも非戦闘系天職の戦闘力はそう高くはなれない。それが無茶をして命を散らさないようにでもしているのだろう。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ」

 

と、おばちゃんに肩を叩かれる。ま、ランクなんぞ何でもいいけどコイツらには格好悪いところ見せたくないからな。

 

「そうします。……で、買取はここでいいんだっけ?」

 

「あぁ。あたしは査定資格も持ってるからね。見せてみな」

 

このおばちゃんはそこらの青ランクの冒険者なんぞよりも有能なのではなかろうか。そう思いつつ事前に袋に移しておいた樹海の魔物から剥ぎ取った皮や爪、牙に魔石をゴロゴロと買取専用のカゴに入れていく。宝物庫なんて見せたら大変な騒ぎになるからな。そして、袋から転がり出たそれらを見たおばちゃんは目を丸くした。

 

「これは……樹海の魔物だね」

 

あぁ、と俺が頷くとおばちゃんはシアの方を見る。樹海に行って魔物をこれだけ狩って帰って来れるのは亜人族を連れていなければ不可能に近い。だが樹海以外にいる亜人族はその大概が奴隷だ。シアもそうなのかとその目は勘繰るがそれにしては綺麗な身なりをしているシアを見て不思議そうな顔をしている。

 

「長いこと一緒にいるんだから、仲良い方が良いだろ?」

 

と、小声で伝えれば直ぐにおばちゃんも納得顔になる。まぁ、そもそも奴隷じゃないけど、そこはこの世界の常識とやらに合わさせてもらう。

 

結局、査定自体は滞りなく終わり、全部で48万7千ルタ。結構な額になったし、しばらくは食う寝るには困らないだろう。服も、シアの分はサイズが無いから買い足さなくてはならなかったがこれだけあれば充分以上だろう。どうせこっちにゃ防弾繊維の服とか無いし。

 

「……そう言えば、門のところで聞いたんだけど───」

 

と、ここでこの町の地図が貰えると聞いたと伝えれば渡されたのはもはやガイドブックに等しい代物。これお金取れるだろ……と思ったがおばちゃん、書士の天職を持っているらしく、趣味の延長線上なのだとか。それにしても宿屋や店の情報まである程度記されており、こんなのタダで良いの?むしろ怖いんだけど……とビビってしまう。ていうかなんでこの人こんな田舎町でギルドの受付とかやってんだろ?

 

「……なるほど。助かるよ」

 

だがまぁ、ここは色々飲み込んでお礼を言ってお暇する。俺達が出た後に残されたおばちゃんの呟きは俺達の耳には届かなかった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「いらっしゃいませ!マサカの宿へ!本日はお泊まりですか?お食事だけですか?」

 

ブルックのギルドで貰った地図を頼りに見つけた宿はマサカの宿。何がどうマサカなのかは知らないが、できることなら落ち着いて泊まりたいところだ。

 

「1泊食事付き。風呂は……どの時間が空いてる?」

 

対応に出てきたのはここの宿屋のバイトだろうか。元気が良くハキハキと対応してくれている。

 

「お風呂は……この時間が空いています。15分100ルタですが、いかが致しますか?」

 

「じゃあ2時間で」

 

男女で分けたとしても1時間くらいは欲しかったので2時間と伝えたが、どうにもこのトータス世界、普通は風呂はあまり長いこと入らないようだ。宿屋の看板娘?みたいな奴は随分と驚いた顔をした。

 

「2時間ですか!?……あぁいえ、了解しました。えと、お部屋は2人部屋と3人部屋がありますけどどうしますか?」

 

チラチラと、俺とユエとシアを見比べる女の子。どうしたものかと思ったがとりあえず───

 

「2人部───」

 

「3人部屋で」

 

聞き耳を立てていたらしいロビーの客がザワつく。俺が2人部屋を2つ取ろうとしたらユエが3人部屋と割り込んできたのだ。何故……。

 

「……シアには、知っておかなきゃいけないことがある」

 

「私ですか?」

 

「……何かあったか?」

 

俺もシアも心当たりが無い。俺の出自も、旅の目的もリサのことも俺は話したはずだから、特に隠していることも無いと思うんだが……。

 

「……天人は知らなくていい」

 

えぇ……。じゃあ俺1人で部屋借りて良くない?そう言ったらそれはそれで駄目らしい。なるほど分からん。

 

「……えと」

 

「……3人部屋で」

 

「了解しましたー」

 

俺は諦めてユエに従う。マサカの宿の受付の女の子の声には少しの畏れが含まれているように聞こえた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……なんだその目は」

 

「えぇ?何がですかー?」

 

「そのやたらと生易しい目の理由を聞いているんだ」

 

朝起きたらシアがやたらと生易しい目をしてこちらを見ている。睨んで返したら休んでていいんですよーとか言って頭を撫でられた。全くもって意味が分からん。いや、そう言えば前にもこんなことがあったな……。

 

「……ユエ」

 

「……シア、買い物に行こう。天人、宝物庫貸して」

 

言うが早いかユエは俺から宝物庫を奪っていく。

だが俺もタダで持っていかれるわけにはいかない。宝物庫を強奪したユエの腕を掴み、捕らえる。

 

「待て待て待て」

 

「……シア」

 

「あいあいさぁですぅ」

 

だがユエのご命令に従ってシアがユエを捕らえている俺の指を力ずくで開かせようとする。それも全力の身体強化まで使って……。君達、案外仲良いね……。そしてシアに羽交い締めにされた挙句ユエと2人がかりで頭を撫でられる。……何故?

 

「……天人さん」

 

「……何?」

 

「寂しかったり、甘えたかったらいつでも私達に甘えていいんですかね?私達はいつでも準備万端ですぅ」

 

「……訳が分からん」

 

俺の呟きは風のように町中へと姿を消したユエ達が残した、部屋の扉を閉める音によって掻き消された。1人宿屋に残された俺は、ただ黙々と自分の作業に移るのだった……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「リサ……」

 

ブルックのとある宿屋の一室。夜の帳も降りた深夜に漏れた声は眼帯を着けた、少年と青年の中間のような顔立ちをした男のものだった。その声が呼ぶのは愛おしき女の名前。だがその名前の人物はここにはいない。それが彼の心を常にざわつかせていたのだ。

 

そしてそれを、これもまた愛おしげに見つめるのは2人の美しい少女。1人は輝く月のような金髪を湛え、幼さを残しながらも精巧に作られたビスクドールのような美貌を持つ女。もう1人は青みがかった白髪にウサミミを携えた女。老若男女問わず世の人間の目を惹き付ける2人が愛する男の見るその夢の中に、彼女達が登場することは少ない。代わりにいつも彼の夢を占めているのが"リサ"という女だった。

 

「……これが、ユエさんが言っていた」

 

「……そう。大迷宮の中での野営の時とかは、寝ていても張り詰めてるからか、こうなることは無いけど、今日みたいに安全な場所で寝る時はいつもこう。天人が呼ぶのは自分の生まれた世界で愛していた女……ううん、天人は今も何よりもこの"リサ"を愛してる」

 

「敵は強大ですね」

 

「……ん。でも天人は私のことも愛してるって言ってくれた。向こうに帰ってもリサの説得をしてくれるって」

 

「むむむ、私はまだ天人さんにそんな風に言われたことないですぅ……」

 

「……本当に私達と一緒にいたいならシアも天人に愛されないと駄目」

 

「みたいですねぇ。……でも天人さん、案外寂しがり屋なんですねぇ」

 

「……そう。それに甘えん坊」

 

「でも普段はそれを出そうとしないんですよね」

 

「……ん、でも天人は自分に甘えてくれて甘えさせてもくれる人が好き。可愛いでしょ?」

 

「はい、とっても」

 

シアのその言葉を聞いているのかいないのか、ユエは返事もせずそのまま天人の左目の瞼に溜まった滴をすくい取り、愛おしい男の瞼へとキスを落とす。それを見たシアは自分もと天人の顔へと迫るがそれはユエによって阻止される。自分の顔を押し退けるユエの、自分と比べてもまだ小さな手を外しながらシアは不満を露わにする。

 

「……なんでですかぁ」

 

「……シアにはまだ早い」

 

それに、とユエは続ける。

 

「……私達はもっと強くならないといけない」

 

「……はい、それは分かってます。狂った神とかそういう問題ではないですよね。私達は───」

 

──天人さんの心を守るためにも強くならなければ──

 

シアが零した言葉にユエも頷く。

 

「……帝国兵とぶつかった時、天人は容赦無く殺したように思えるけど」

 

「はい。天人さん、本当はあんまり人を殺すの得意じゃないですよね」

 

うん、とユエはまた1つ頷く。

 

「……天人は本当は誰も殺したくない。全部慣れたって言って飲み込んではいるけど、ただの強がり」

 

「基本的に良い格好しぃなんですよね」

 

「……残念ウサギのくせによく見てる」

 

「もう……。だって、私はお2人のこと大好きですから……」

 

「……ん、きっと、天人は殺さなければ自分や大切な誰かが殺されるっていうことが何度もあった。そしてその度に相手を殺してきた」

 

「その経験が、"自分は必要なら容赦無く誰かを殺せる人間だ"っていう自分像を作ってるんですよね」

 

「……ん、けれどそれは天人の望みでもある。なのに"自分はこういう人間である、こうありたい"という天人の願いと、本当の天人が乖離している」

 

「いつもはその歪みとか痛みをリサさんが癒していたんでしょうけど……」

 

「……ん、ここにリサはいない。そもそも、私達が天人に願ってしまったから……」

 

「……私はあの時、天人さんに願ってはいけなかったんでしょうか」

 

「……それは違う。天人の願いは"敵ならば情け容赦無く殺せる人間"であること。だから天人はシアの前でそう在れて良かったと思っているはず」

 

ユエのその言葉にシアは優しく微笑み、男の黒髪を優しく梳いた。

 

「あぁ、本当に難儀な性格してますよね、天人さんって」

 

敵を殺せる人間になりたくて、その力も充分に持っていて、でも誰かを殺すことは嫌いで。矛盾と葛藤ばかりを抱えている。なんて、なんて───

 

「───愛おしい」

 

ユエの唇から零れた言葉は、別に自分に向けられた言葉でないと分かっていながらもシアの頬を赤く染めるだけの破壊力があった。

 

「……はふぅ。本当に、可愛らしくて愛おしくて……。大好きですよ、天人さん」

 

「……ん、だから私達が強くならなきゃいけない」

 

「えぇ。天人さんにばかり戦わせては駄目です。天人さんを守れるくらいに強くなりましょう。それで目一杯甘えさせてあげましょうね」

 

「……ん」

 

それはシアへの返答か、それともただ愛する男の唇に自分のそれを触れさせた時に漏れた吐息か。

ユエはただ天人の唇にキスを落とすとそのまま天人の右手側の布団に潜り込む。シアも天人の左腕に自分の腕を絡ませながら同じく布団へ潜り込む。少しすればユエの静かな寝息が聞こえてくる。その夜、シアが自分の唇を天人に触れさせたかどうかは、本人しか知らないことであったが、この後この夜、2人の美しい女が愛する男の吐息に他の女の名前が混ざることは無かった。

 

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