セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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再開と決別/懺悔と赦し

 

 

「ゲホッ……ゴホッ……クソ……ユエ、シア、大丈夫か?」

 

「……ん」

 

ミレディに汚物よろしく水に流された後、俺達はどこかの川に吐き出された。俺は水中から這い出て2人の様子を確認しようとするが、ユエの声は聞こえたがシアの声が聞こえない。まさか……

 

「……シア?どこ?」

 

俺とユエが慌てて周りを探すと戦鎚の重さによって再び川に沈んでいこうとするシアが見えた。

 

「シア!」

 

宝物庫から圧縮錬成の練習の結果出来た、重量の重い鉱石を取り出しそれを重り代わりにして水底へと沈むシアに一気に追いつく。そのまま重りと戦鎚を俺の宝物庫に仕舞い、水を蹴って浮上。河川敷に横たえて呼吸を確認するが───

 

「……くそ」

 

水を飲んでしまったのかシアは呼吸をしていなかった。俺はユエに人工呼吸をしてもらおうと呼びかけるがユエは人工呼吸というものを知らないようだった。封印されていたからか、自動再生の賜物か。それともこの世界にゃ元々そんなもんは存在しないのか、とにかくそれは俺がやるしかないようだった。

 

まずはシアの耳元で名前を呼び掛けながら少し顎を上げて気道を確保。それでも反応が無いのでシアのたわわに実った果実の上から胸部を圧迫。それを1分間に100回程のペースで繰り返す。そして、これは救命措置だと誰かに言い訳をしながらその唇に自分のそれを添える。そしてシアのその小振りな鼻を抑えながら呼気を数回吹き込みまた胸部の圧迫に戻る。その間、特に呼気の吹き込みの際にはユエがとんでもなく冷たい目で眺めていたがこれは仕方のないことだと心の中でごちる。

そうやって繰り返していくとようやくシアが水を吐き出して意識を取り戻した。

 

「……天人、さん?」

 

まだ朦朧とする意識の中、俺の姿を認めたのか名前を呼ぶシア。それに対して俺も「そうだ」と答えた矢先───

 

「───天人さん!!」

 

───ぶっちゅうぅぅ!!

 

と、シアが急に俺に抱き着きながらキスをしてきた。流石にこのタイミングは予想できなかったし、俺も覗き込みながらの体勢だったので上手いこと引き剥がせない。しかもシアは両脚を俺の腰に回し、両腕は俺の首に回してがっちりホールド。絶対に逃がさないという強い意志を感じる。

 

「んぐ───!?んんん───」

 

しかもシアの問いかけに返事をした瞬間だったのが災いし、口が開いたままだった俺のそこへシアは自分の舌まで入れてきた。

 

俺の舌をシアの舌が絡めて捕らえる。その、リサともユエとも違う唇とベロの感触。シアの髪から漂う女の子の香りと密着しているが故に俺の身体に触れる、溶けそうになるくらいに暖かく混ざり合ってしまいそうな程に柔らかな感触。肉感的でありながらだらしなさを感じさせることのない太ももが俺の脇腹を捕らえて離さない。シアを構成する全てに俺は一瞬絆されそうになる。

 

───それはそれとして、いい加減ユエの目線もヤバいし引き剥がそうと、俺はシアを抱えたまま立ち上がる。そしてシアの、間近で見ると思っていたより小さく感じるその顔を両手で引き離す。

 

「あぁ!?」

 

「……はぁ、はぁ……。いい加減離せ……」

 

それでもまだ唇を迫らせるシアの顔面を片手で抑えつつもう片方の手でシアが絡めてきた長い脚を解いていく……解いて……

 

「だぁもう離せ!!」

 

お互い水に濡れている状態で纏雷は不味いからと腕力で剥がそうとするがシアの抵抗が無駄に強い。全身で絡み付いてくるシアが中々引き剥がせないのだ。ユエはユエで何やら「今だけ、ご褒美……」とか何とかブツブツ言いながらこちらを見ていないので役に立たなさそうだ。

 

「ちょっとくらい良いじゃないですかぁ!減るもんじゃあるまいし!」

 

「どこがちょっとだ!いきなり舌まで入れやがって!だいたい、ここは外で人も見てるんだぞ!」

 

と、俺が先程から目を逸らしてはいたが存在には気付いていた冒険者と思われる集団とブルックの町で泊まった宿の娘達がいる方を指差す。するとようやくシアも「仕方ないですぅ……」と俺の拘束を解いて自分の足で地面に降り立った。仕方なくはないでしょ……。

 

宿屋の娘の方は気付かれていたことに気付き、お邪魔しましたーと逃げ出そうとしたので手早く確保。しかし、宿屋の娘の横に仁王立ちしていてやたら目立つ筋骨隆々の男──の顔をしているが着ている服や身に着けているリボンは女性向けのデザインだった──はどうやらユエとシアと知り合いのようだった。シアが店長と呼ぶので買い物に出た際に知り合ったのだろうか。

 

「あぁ……ブルックってどっち?」

 

 

 

───────────────

 

 

 

「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、"雷龍"」

 

空から現れたのは雷でその身を構成した竜。それもこの世界で一般的に知られている竜──おおよそデカいトカゲに翼の生えた欧米のドラゴン──とは違い、日本や中国での伝承に出てくる竜──翼や手足が無い龍──に近い形をしている。それが顎門を広げ、100以上いる魔物の群れに突っ込んで───否、その顎門に魔物の群れが自らその身を投げ出しているように見える。

 

──雷龍──

 

ライセン大迷宮で手に入れた重力魔法と雷魔法の複合魔法。顎門に構成された重力場に敵は吸い込まれ、その身を雷に焼かれ引き裂かれるというユエの完全オリジナル魔法である。本来は詠唱も要らないのだが、今俺達はブルックの町を出る前に商隊の護衛任務を請け負っていた。その道程の終わり際に現れた魔物の群れ。流石に衆人環視の中、無詠唱で魔法を使うわけにもいかないので適当に詠唱っぽい何かをしてもらったのだ。

 

しかし、それでも見たことのない魔法が魔物の群れを一掃していく光景は一介の冒険者達には刺激が強かったらしい。雷龍よりも大き開いた顎は閉じることができるのか心配になるくらいだ。

 

とは言え雷龍の暴威もそう長くは続かない。とぐろを巻いて残りの魔物を消し去ったユエの魔法。使用者たるユエがそれを確認すると同時にその雷の龍が威容を消すとそこにあったのは炭化した大地だけ。

 

混乱して訳の分からん事を口走る冒険者達をやり過ごし、俺達は再びモットー・ユンケル氏の商隊のフューレンまでの護衛を再開する。道中、一悶着ありながらもユンケル氏から「龍の尻を蹴飛ばす」というこの世界の諺──俺の世界で言えば「虎の尾を踏む」とか「竜の逆鱗に触れる」とかそんな意味の諺──を聞いたりしながら、ようやく俺達はフューレンの街中へ足を踏み入れた。……のだが───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「断る」

 

フューレンに入ってから紆余曲折あり、今俺達はフューレンのギルド支部長の前に座っている。広い街を案内人に案内されすがら入った食堂で、金だけは持ってる馬鹿に絡まれた結果ここまでしょっぴかれたのだ。

 

仕方なしに俺はブルックを出る前にキャサリンという名前の例のおばちゃんギルド職員から貰った手記を彼に渡したのだ。どうやら彼女はこの辺りのギルドでは相当に顔の効く人間らしく、何が書かれていたかは俺も読んではいないが、その紙1枚で素性の怪しい上に初っ端から騒ぎを起こした俺たちの身分証明が成されたのだった。そして今はフューレンのギルド支部長から直々に依頼の申し出をされたところ。だが俺達にはそんなことをしている暇はないのだ。ここで飯や水なんかの物資や装備を整えたら次の大迷宮の探索へと移りたい。

 

「ふむ……。とりあえず話を聞いてくれれば今回の件は不問にするのだが……」

 

だがそれは、聞かなければ正当な手続きに則って俺達の起こした騒ぎの処遇を決める、ということだ。非は俺達に半殺しにされた向こうにあるのだが、それを一々決まりに則って当事者双方の意見を聞いて云々とやっていたらいつまでこの街に拘束されるか分かったものではない。確実に俺達の正当防衛は認められるだろうが、結果の分かっている判決にそこまで時間を割いてはいられない。

 

「……いい性格してるぜ」

 

結局俺はフューレンのギルド支部長こと、イルワの話を聞くことにした。別に、依頼を受ければ、とは言われていないかならな。

 

「話が早くて助かるよ。それで本題だが───」

 

イルワによれば、ウィルという貴族階級のお坊ちゃまがとあるランクの高い冒険者のパーティーと一緒に北の山脈地帯に出掛けたところ、誰も戻って来ないというのだ。しかも最近はあちらの方でも強力な魔物の出現報告もあり、その生死を確認してきてほしいとのこと。やけに拘ると思って深く聞けば、そのウィルとイルワは個人的に中々懇意にしていたらしい。癒着、と言うよりは個人的な友情という雰囲気ではあったけれど。

 

だが武偵は金で動く。金、と言えば聞こえは悪いが結局は任務の難易度と報酬が釣り合っているかどうかだ。後は個人のやる気。だがこちらとしては旅の目的がある以上は一々余計な寄り道はしていられない。それも北の山脈地帯には特に用も無いのだ。そんな面倒には構っていられない、ので、断ろうとするがそれでもイルワは食い下がる。報酬に金だけでなく冒険者ランクの"金"、つまり最高ランクの冒険者ランクに格上げしてやる。更に金も上乗せし今後何かあったら口利きもしてやろうというのだ。

 

どうやら本当に彼のことが心配らしい。ふむ、だがそこまで出せるのなら───

 

「……いや、金は適正のもので良い。けど代わりにこの2人にステータスプレートを発行してくれ。それと冒険者ランクの金への格上げと口利きだっけ?いいよ、だがアンタは全てのコネクションを使ってでも俺達の要望に応えてもらいたい」

 

「ステータスプレートと冒険者ランクの件は了解した。……だがもちろん犯罪行為や倫理に悖るようなことは出来ない。逐一内容は話してもらって、こちらで判断するがいいね?もちろん、なるべく私個人は君達の味方でいると約束しよう」

 

「あぁ。それで構わないよ。別に変なことをしてもらおうってんじゃない。これから先、教会に目をつけられたり指名手配?とかになった時にも施設を使わせてもらうとかそんなんだ」

 

「教会に指名手配されることが確実なのかい……?なるほど、そう言えばユエくんは見たことのない魔法を……シアくんは種族に似合わない怪力だと……」

 

と、イルワは何やらぶつくさと独り言を漏らしながら思案中となってしまった。だがふと顔を上げる。

 

「なるほど、承知した。その条件を飲もう」

 

「話が早くて助かるな。じゃあウィルって奴の遺品があれば見つけてくるよ」

 

「……ありがとう」

 

「俺ぁ報酬さえキチンと支払われるのなら構わない。ユエ、シア、寄り道になっちゃったけどな。行こうか」

 

「……ん」

 

「はいですぅ」

 

俺としてはこの世界でやたらと提出を求められるステータスプレートを手に入れられればそれで構わなかった。行く先々で一々この2人が持っていない理由を説明するのが面倒だからだ。シアは奴隷と言ってしまえば問題ないのかもしれないが、そもそもシアのことをそんな風には思っていないし例え嘘でもそんな扱いはしたくないからその言い訳は使いたくはないのだ。

 

だが俺達の力が教会の教えから逸脱すること、そして奴らに迎合する気が無い以上はそのうち世界中のお尋ね者になる可能性も高い。別に俺1人であれば野宿だっていいが、町で宿泊できるのであればコイツらにそんな不便もさせたくはない。

 

さて、どうせならウィルとやらが生きていた方がイルワの印象も良いだろう。しかし災害時の生存リミットは基本的に72時間が限度と言われている。それを過ぎると人間は急激に生存確率が下がるのだ。人間、何も食えなくても2週間程度はギリ生きていける。だが水を飲めなければ3日で死ぬ。これが72時間のおよその理由。まぁ、魔物や獣に襲われればその場で死ぬが。

 

仮にウィルが魔物から逃げきれてどこかへ隠れているとして、冒険の途中なら水や食料も少しはあるかもしれない。だがその最中に怪我をしていたら結局は生存の確率は大幅に下がってしまう。それ故に俺としてはそれなりに急いでこの任務に取り掛かりたかったのだ。そんなわけで、俺はユエ達を連れ立ってさっさと支部長室を後にする。

そんな俺の背中には、イルワの秘書の疑いの目線だけが残された。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「天人さんって、時々ユエさんと2人きりの空間作りますよねぇ。あれ結構寂しいんですよぉ?」

 

「んなこと言われたってなぁ……」

 

「……シアも天人が欲しいならもっと積極的に来なきゃ駄目。まだ見ぬライバルは強い」

 

「ユエさん……。天人さん!今夜は寝かせませんぶへっ!?」

 

シアがこの場に相応しくない発言をしようとしたのでデコピンで潰しておく。いくら日も沈んだとは言えまだその手の話には早すぎる時間だ。何よりここは食堂。知らん奴らの目もあるのだからそういう話は控えてもらいたい。

 

「……時と場所を考えて発言しような?」

 

夕飯時、俺達は湖畔の町ウルで食事を摂ろうと宿舎のレストランへと降りていった。こういう作りは俺の世界とあんまり変わらんな。どいつもこいつも考えることは同じってことかな。

 

日の入り前にこの町へ着いた俺達は、稲作の活発なここを中継地点として翌明朝に北の山脈地帯にウィル一行の捜索を本格的に開始することにしたのだ。そしてレストランのあるフロアに降りたその時───

 

「……神代、くん?」

 

記憶の片隅に引っかかる声が聞こえてきた。

 

「………………畑山先生?」

 

俺が記憶の奥底からその声の主を引っ張り出すと同時にカーテンで区切られた個室から現れたのは俺と一緒にこの世界に呼び出された一団の先生、畑山愛子先生だった───

 

「神代くん、なんですね……?」

 

畑山先生のその小柄な体躯はしばらく見ないうちに少しだけ逞しくなっているように感じた。太ったわけじゃない。多分、平和な日本にいる時よりも運動量が増えたからだろう。

 

「あぁ、畑山先生。久しぶりっす」

 

「やっぱり……。生きていたならどうして戻ってきてくれなかったんですか!?」

 

畑山先生は俺が神代天人だと認めた瞬間に掴みかからんばかりの勢いで俺に迫ってくる。それに俺がどう対応するか苦慮していると、流石こういう場面では頼りになる女、ユエ様がご登場なすった。

 

「……離れて。天人が困ってる」

 

だが、そのユエの冷静さも今の半分混乱している畑山先生には燃料としかならないようだった。

 

「何ですあなたは!?今私は神代くんと大事なお話があるんです!」

 

「……なら、少しは落ち着いて」

 

しかしさらに燃え上がりそうだった畑山先生をユエはその冷たい声色と瞳で押し潰す。ユエの迫力に気圧されたのか、畑山先生も大人しく俺の襟を離してくれた。

 

「……すみません、取り乱しました。それで、聞かせてくれますか?あの後、神代くんの身に何があったのかを。生きていて、これまで戻ってこなかった訳を」

 

「あぁ、うん。そうっすね。ちょうど、俺も聞きたいことがあるんで」

 

と、俺はユエとシア、それから畑山先生を連れて大人数用の個室へと通された。……何故か一緒に異世界転移した生徒達以外にも、やたらと顔面偏差値の高い、こんな食堂には似合わない騎士甲冑を身に付けた男も着いてきたのだが───

 

「とりあえず食べながら話しましょう。俺達も腹減ったんで」

 

「えぇ。私達も自分のお皿持ってきますね」

 

トテトテ、と音が鳴りそうな雰囲気で自分らのお皿を取りに戻った先生を見送り、俺達はメニューへと目を通した。

 

「おぉ、これだこれ」

 

そこで俺がお目当てのメニューを見つけた。それは、俺達の世界ではカレーと呼ばれていた料理によく似ている。異世界でもあった稲作から生み出された米と辛味の効いたスパイスを組み合わせたそれは、俺に郷愁をすら抱かせた。

 

「天人さんが言っていた故郷の料理に近いやつですか?」

 

「うん。折角だし俺はこれにする」

 

「……じゃあ私も。天人の故郷の味、知りたい」

 

「では私もそれにしますぅ」

 

ササッと3人分の注文も決まり、店員にオーダーを伝えたところで先生達も自分の皿を手に戻ってきた。

 

「先に聞かせてもらいますけど、白崎と八重樫はまだ生きてるんですか?」

 

畑山先生が席に着いたのを見計らって俺から先に質問をぶつける。

 

「……えぇ。手紙のやり取りだけですが、彼女達は生きています。特に白崎さんは貴方の生存を諦めていませんでしたよ」

 

「……そうか。……いやまぁ、俺が聞きたかったのはそれだけなんですけど……」

 

「……では神代くん、貴方の話をしてもらえますか?君があの後何をしていたのかを、そして何故私たちの元へ戻ってこなかったのかを」

 

その目付きは真剣そのもので、冗談や誤魔化しは許さないと、そう語っているようだった。

やはり俺も、覚悟を決めなければならないようだ。きっとこれは俺に対する罰なのかもしれない。ここで畑山先生と再会してしまったこと、そしてそれでも俺はこの人とは話さなくてはならないのだろう。きっと俺は逃げられなかった。それはユエやシアの前で見せていい格好じゃないのに、誤魔化しなんて効くわけがないからだ。だから俺は俺の罪を、ユエの前で話さなくてはならないのだ───

 

「……と言っても大まかにはそんな語る程のことも無いですよ。落ちた後、俺ぁ出口を探して奈落の底を彷徨った。そして途中でユエと出逢い、一緒にオルクス大迷宮を抜け出した。で、その直後にこっちのシアと出逢って一緒に旅をすることになって今ここに至るってだけです」

 

そりゃオルクス大迷宮での魔物との命のやり取りやライセン大迷宮のウザさやら、ここまでの道すがら何があったかは細かく語ればキリがないけれど、要点で言えばこんなもんだ。それに、魔物を喰っただのなんだのは飯の時間にする話でもないしな。

 

「……なるほど、本当に大雑把には分かりました。まぁ、眼帯の理由とか、もっと細かい部分は今は聞くのは止めておきます。ですが、どうして戻って来なかったのですか?私達仲間の元へ」

 

それか……。俺はチラリとユエを見る。ユエはジッと俺を見つめ返してくるだけだ。何も言わない。俺は思わずその目に気圧されるように畑山先生の方へ視線を戻し、話を再開した。まるで、懺悔をするように───

 

「……そもそも、そっちは俺の戻る場所じゃあない。俺はアンタらとは仲間じゃないから」

 

俺の言葉に騎士の1人が殺意の籠った目で俺を睨む。だが俺はそれを無視して話を続ける。

 

「そんな馬鹿なって顔されてもね。畑山先生、アンタ考えなかったんですか?自分達の世界とこの世界、既に2つの世界が存在することを知った上で、世界がこの2つだけだと何故思うんです?しかも傍らには明らかに自分の学校の生徒じゃない奴がいたわけで……3つ目の可能性は考えなかったんですか?」

 

「……3つ目……まさか、神代くんは……?」

 

「その通り、俺はここともアンタらとも違う世界からやってきた人間です。だから俺はアンタらの仲間じゃないし今後も戻る気は無い。むしろ敵になるかもしれない」

 

「敵って……どういうことですか?例え私達とも違う世界から来たのだとしても、目的は同じでしょう?」

 

「……もし、帰りの異世界転移がどちらか一方の世界にだけだと言われたら?有り得ない話じゃないでしょう。そもそも白崎に聞いたけど、ここに召喚されたのは貴女のクラス全員ではなく召喚された時に教室にいた人間だけ。まぁ、南雲ハジメ君だけは呼ばれなかったみたいだけど……。けどま、だからこそ本来ここに呼ばれるべきは弾かれた南雲ハジメであって俺はアンタらの召喚に巻き込まれただけ。俺の存在は根本からしてイレギュラーということになる。そうなると俺が自分の世界へ帰れる可能性ってのは低くなるんじゃないですか?……例えば、世界を跨いだ移動には非常に労力が掛かるからどちらか一方の世界にしか飛ばせません。もう片方の世界へ繋ぐには100年かかります、とか」

 

ただでさえ俺は異世界転移に巻き込まれやすい体質になっていそうなのだ。今回だって本当に呼ばれるべきはこの人達だけの可能性が非常に高い。そうなると、この人達を元の世界に返した上で俺が元の世界に帰れる確率は低いかもと思わざるを得ないのだ。

 

「……だとしたら、どうするつもりですか?」

 

「そりゃあ、俺ぁアンタら全員を皆殺しにしてでも俺を元の世界に返せと要求するつもりだったよ、最初にイシュタルさんに話を聞いた時から。もっとも、あくまで可能性の話だからこそ俺は、積極気には敵対していませんでしたけど」

 

「そんな───じゃあなんで貴方はクラスの皆とあんなに積極的に関わっていたんですか?私は聞いていますよ、神代くんがクラスの皆に馴染もうと色んな人と交流をしようとしていたと」

 

「それか……。そりゃ単純にアイツらの天職や持ってる技能を聞き出そうと思ってただけ。味方になるならもちろん、敵になった時にも情報は多ければ多い程良いから」

 

「なっ───」

 

やはり畑山先生はショックを受けているようだった。そりゃそうだ。たとえ自分の生徒でなくともこの人は俺のことも他の生徒と同じように扱ってくれていた。だから俺も畑山"さん"ではなく"先生"と呼んでいたのだし。だが俺の裏切りとも取れる発言により反応を示したのは生徒ですらなく───

 

「……貴様」

 

バンッ!とテーブルを叩き大きな音を立てて立ち上がったのは何故だか最初から席にいた騎士さんの1人。そいつの顔には俺への殺意で溢れていた。

 

「愛子を殺すと、そう言ったのか……?」

 

あまりの怒りに声が震えてしまっている。どうやら彼は畑山先生に随分とご執心のようだ。俺は運ばれてきた食事を受け取りながら言葉を続ける。

 

「可能性の話と言ったろうが。……ていうか貴方誰ですか?呼んでもないのに我が物顔で席に座ってるけどな、俺はお前らの同席を認めた覚えは無い。さっさと向こうの席に戻れ」

 

他に畑山先生の後ろに控えている何人かの生徒ならともかく、見ず知らずの騎士が堂々と席に着いている違和感に俺が触れ、さっきまで自分らがいた席に戻れと指差すと、どうやらそれも奴のカンに障ったようで、さらに青筋を立てて喚き始める。

 

「貴様ぁ……、我らが神殿騎士と知っての狼藉か……?そもそも自分が師と仰ぐ者への口の利き方だけじゃあなく、そこの獣風情と人間を同席させている時点で無礼なんだ!……せめてその耳を切り落としたらどうだ?少しは人間らしく見えるだろう?」

 

と、今度は俺だけでなくシアにもその矛先を向ける。ブルックでは出会う奴らは阿呆と変態ばかりだったが基本的に俺達を害してやろうというような奴はいなかったせいで忘れていたが、本来この世界でシア達亜人族は人間族からしたら差別の対象。しかもコイツは自分らを神殿騎士と言っていた。ならばその差別意識もまた格別なのだろう。別にこれはこの世界では普通のことで、俺がどうこうできるものではないのだし、シアにも今後旅を続けていくのなら少しは慣れてもらわなければならないのだ。だからそんな風にシュンとするなと、俺はシアにはそう言わなければならない筈だ。なのに、何故俺はこの口から糞以下の言葉しか出せない三下の首を締め上げているのだろうか。

 

「ガッ……ぎ、ざま……」

 

「もういい。もうお前は喋るな」

 

俺は自分が何故こんなことをしているのかも分からぬまま、目の前の薄汚れた男の首を握力で握り潰そうとしたその時───

 

「……天人」

 

俺の名前を呼ぶ声。愛おしいその声に俺の握力は決定的に緩んだ。

 

ゴドリと、俺の背後で何か重いものが床に落ちる音が聞こえたがもう何が落ちたかなんて一々気にならない。今俺の視界には愛おしくて美しい1人の女しか視界に映っていないのだ。

 

「……そんな小さい男、天人が殺す価値すら無い。早く食べないと折角の食事が冷める」

 

俺はその言葉にふと自分の中の熱が冷めていくのを感じた。そして、それもそうだと俺はユエに頷きながら、席に着くとようやく食事を開始した。すると、シアが恐る恐るといった雰囲気で俺とユエに質問を投げかける。

 

「……やはりこの耳は人間にとっては気味が悪いのでしょうか」

 

ふよふよと、シアのウサミミが所在無さげに揺れている。

 

「……そんなことない。シアのウサミミは可愛い」

 

と、ユエが答えれば、シアは今度は俺の方へそのウサミミを向けてくる。ユエも最近とんとシアには甘くなっているようで、はよ答えろと言う風に無言の圧力をかけてくる。

 

「……前にユエが言ってたろ。有象無象の言うことなんて気にするな。大事な事は大事な人が知っていれば良いって」

 

正直に話すのは気恥しいので前にユエの言っていた言葉を引用させてもらう。だがユエ的にはそれは許されないようだった。

 

「……シアのウサミミは天人も大好き。シアが寝てる時によくモフモフしてる」

 

「ユエ!?それは秘密だって───」

 

「天人、……メッ」

 

こういうことはちゃんと伝えないと駄目だぞと、ユエ様に叱られてしまった。そしてシアには秘密にしてね、と言っておいた筈のそれを聞いたシアは両手を頬に当ててクネクネしながらもウサミミがバッサバサしている。……だいぶ嬉しかったようだった。周りの、特に男連中からの視線が痛い。

 

「……とにかく、俺はアンタらに大した興味は無いし仲間意識も無い。ここへも仕事で立ち寄っただけだ。明朝にはここを出るからそれでお別れだよ」

 

俺は何かを誤魔化すようにここでの本題をまとめて話題を切る。そしてもう話すことは何もないのだという風に食事を再開するのであった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

畑山先生達と別れ、俺達は自分らの部屋に戻っていた。月明かりが部屋を照らす中で、俺はユエに語りかける。いや、これは懺悔だ。そしてユエに許しを乞うものではない。ただ己の罪を告白するだけ。

 

「……なぁユエ」

 

「……ん」

 

まるで言いたいことは分かっている、とでも言いたげにベッドの上で膝立ちになって両手を広げるユエ。それは全てを慈悲により赦す女神の様にも思える。だけど俺は、その腕の中に飛び込む資格なんて無くて───

 

「……分かってるだろ、ユエ。俺は───」

 

自分の目的の為なら簡単に誰かを後ろから撃てる人間なんだと、そう言おうとした瞬間、俺はユエの胸の中に収められていた。

 

「……何も言わないで。天人の気持ちは分かってるつもり」

 

「……離してくれ。俺はユエ、お前にだけはこうやって抱かれる資格なんて───」

 

そんなものは無いと、ユエの腕を解き、そう言おうとした。けれども俺が決定的なそれを言う前に再びユエの胸の中へ押し込められてしまう。

 

「……天人は私を裏切らない。違う?」

 

ギュッと、ユエのその言葉は俺の心臓を強く締めつける。胸が痛くて、息も出来ないくらい苦しくて、それなのに俺はユエから離れられない。

 

「違くない……違くないけど、俺は───」

 

「……なら大丈夫。私だけ……じゃないのは悔しいけど、それでも天人は私を大切にしてくれる。愛してくれる。ずっと一緒に居てくれる。だから大丈夫」

 

「ユエ……」

 

それでも俺には、お前にだけは言っておかなくちゃいけないことがあるんだ───

 

「……天人」

 

「ユエ、世界を渡るためには幾つか方法があるんだ……」

 

「……方法?」

 

「あぁ……」

 

これは、これこそが俺の罪。これをユエに言わないでおくことは本当の意味で彼女を裏切ることになる。これだけは、ユエには言っておかなくちゃいけないことなんだ。

 

「世界を渡る方法は能力や何かで越える以外に2つある。1つは偶然飛ばされること。何度も異世界転移を繰り返すと飛ばされやすくなるらしいけど……これは俺にもいつ起こるか分かんねぇんだ。そしてもう1つ……」

 

───それは、世界の運命を決定的に捻じ曲げること。そうすると、その世界の運命に縛られない俺のような存在はその世界から排斥される形で別の世界へと飛ぶことになる。

 

「……世界の、運命?」

 

「あぁ。世界にはある程度決まった運命があるらしい。そして、それに逆らえるのはその世界の奴じゃない奴。……要は、俺みたいな別の世界から来た人間だけなんだ……」

 

「……それは、どうやるの?」

 

「……大概は、その世界の中心になってる、もしくはこれからなる奴を消す。……それが1人とも限らないけど」

 

俺の言葉に、ユエは「……この世界だと?」と問う。だが俺はその問いへの明確な答えは持ち合わせていない。

 

「……それは俺もまだ分からない。……ともかくユエ、俺はその方法で何度も世界を渡ったんだ。隠しててごめん……これから話すことは、きっとユエには許せないことだと思うから……シアも、その時はユエに付いて行ってくれ……」

 

「……天人さん」

 

そこから俺は話し始めた。俺が1番最初に飛ばされた世界のこと。ISなんていう兵器のある世界で俺が何をしてきたのか、特に、その最後に何をして俺が別の世界へと渡ったのかを。織斑千冬と、篠ノ之束を殺したことを。

 

そして、全てを話し終えた俺が顔を上げると、そこには優しく微笑むユエの顔があった。人類の技術の粋を集めて作られた精巧なビスクドールの如き美貌を備える少女。300年の時を封印されながらも過ごした彼女は、今だって人を信じることが難しいのに……。それでもユエは───

 

「……さっきも言った。天人は私達を裏切らない。……それに、オスカーの屋敷で天人はよく魘されてた。……だから何かまだ言ってないことがあるのは知ってた。……それでもいつか話してくれるって信じてた」

 

「ユエ……俺は……」

 

「……大丈夫。私は天人を信じてる。だから天人も、私を信じて?」

 

ユエの白く細い指が俺の目元を拭う。それは俺が流したことにも気付けなかった涙。そしてユエは俺の頬に手を当て、ただ俺が愛おしいと微笑むのだ。俺の罪を受け入れ──それは本来彼女からすれば耐え難いトラウマの筈なのに──それを俺が彼女に向けることだけはないと信じている。信じてくれているのだ。だからこそ俺は───

 

「誓うよユエ。俺はお前と離れることは無い。何があっても、誰を敵に回しても。俺はお前とずっと一緒だ。愛してる、ユエ」

 

俺はユエの手を取り、その甲にキスを落とす。

そしてそのまま今度はユエの柔らかな唇へ。決して今の言葉を違える気は無いと伝えるために。俺は自分の熱をユエに送っていく。

 

「……んっ……はっ……天人……」

 

「ユエ……ユエ……」

 

もう今の俺にはユエしか映っていなかった。ユエから伝えられる熱と自分の奥底から煮え滾るそれに浮かされるようにユエを求めて───

 

「ゴッホンゲッホンふんるぬらばっしゃぁぁん!」

 

謎の奇声によって現実に引き戻された。

 

「折角盛り上がってるところ悪いんですけどね、いい加減私の存在も思い出してほしいですぅ」

 

「……シア」

 

「ていうか、天人さんも天人さんですよ?さっきはわけも分からなくなるくらい私のことで怒ってくれたのに。すぅぐユエさんの方に流れるんですから」

 

「そんなん言われたってなぁ……」

 

「天人さんはもっと私にも甘えてください。天人さんの過去に何があろうが、それでも天人さんは私達を救ってくれました。天人さんの昔の罪が変わらないように、私達にしてくれたこともまた、不変なんですよ?」

 

「……んっ。天人、おいで」

 

誘われるがまま、ユエを抱き留めればそのままユエは後ろに身体を傾けて俺共々ベッドへ飛び込む。それを見たシアが「私もですぅ」とさらに上から飛び乗ってきた。

 

「……重しウサギ」

 

「ユエさん?」

 

シアの圧力が怖い。自分で言ったくせにユエも目を逸らしている。俺は1つ溜息を付いて2人の間から抜け出し、そのまま2人をまとめて抱き締める。

 

「……天人」

 

「た、天人さん!?」

 

落ち着くユエと慌てふためくシアとで反応は対照的だ。けれどどちらの反応も俺にとってはどうしようもなく愛おしい。だから俺は何も言わずに眠りに落ちるまで2人を抱きしめ続けた。

 

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