夜明け頃、俺達は宿泊していた「水妖精の宿」のすぐ外にいた。ここから北の山脈地帯に向かい、ウィル達を捜索するのだ。
既に消息を絶って5日が経過している。タイムリミットからは大幅に時間が経過してしまったため正直なところ生存の可能性は厳しいものであると言わざるを得ない。だがまぁ、それはあくまで災害に巻き込まれ身動きの取れない人間であれば、という前提だ。実際、人間は2週間は食わなくてもギリ生きていける。だが水を飲めなきゃ3日で枯れて死ぬ。これが72時間の理由なのだから。冒険者と一緒に森の中で襲われたのなら、上手く逃げられれば水だけは確保できるかもしれないし、食う物も少しはあるやもしれない。
それに、俺には夜目の固有魔法があるから夜通しの調査も出来なくはないが、その分ユエとシアの目──特にユエの探査能力はそれほど高くない──には期待できなくなる。その上、元々が死んでしまっている可能性の非常に高い人物だ。そのため、できるだけ急ぎはするけれども、だからと言ってそこまでの無理をする必要性も感じなかった、というのが一旦宿泊を挟んだ理由だ。
そして、まだ日の昇っていない薄暗さの中、俺達が町を出る門まで歩いて行くと、そこには畑山先生と、彼女が昨日連れていた生徒達が待ち構えていた。後ろに人数分の馬が控えているところを見ると、どうやら同行するつもりのようだが……。
「……何してんの?」
「私達も行きます。行方不明者の捜索だとお聞きしました。人数は多い方が良いですよね」
やっぱりな。けど───
「……別に、そっちが勝手に動く分には構わないっすよ。だけど一緒にってなら断らせてもらいます」
「何故ですか?」
「単純に移動速度が違うんで。そっちに合わせてチンタラ進む気は無いです」
俺は宝物庫からバイクを取り出した。本当は車で行くつもりだが、あれは席が多いので乗せろと言われても面倒だからだ。
「それ、バイクか!?神代が作ったのか!?」
確か相川と言ったか。その男子生徒は俺が虚空からこの大きさの物質を取り出したことよりバイクの存在そのものに興味を惹かれているようだった。
「あぁ、うん。……じゃあ俺達はもう行くから。そこ退いてくれ」
まさか轢いて行くわけにもいかないので退くように促すが、畑山先生はまだ諦めていないようで、退く気配を見せない。その行為でジッとユエに睨まれるが、畑山先生はそれを無視して俺に顔を寄せてくる。どうやら生徒達には聞かせたくない話のようだ。
「私はまだ神代くんから聞かなければならないことがあります。それを聞くまでは神代くんがいくら逃げようと確実に追い掛けます。これでも私、結構顔が効くんですよ?……いいんですか?それよりも今日1日、移動や捜索の合間に私の質問に答えた方が楽だと思いますけど」
この人、いい性格してるな。ここでこの人を放っておいたらそれこそ昨夜の熱狂的な神殿騎士達すら使うのだろう。それを一々叩き潰すのも面倒だ。別に今更この人から出てくる質問程度、話してどうなるわけでもあるまいし、それでこの先の面倒が減るのならここは我慢もしようか。
「……ちっ」
舌打ち1つで俺はバイクを仕舞い、四輪を宝物庫から取り出す。造作もなく大質量の物を出したり仕舞ったりする様を見て生徒達は驚きに硬直しているが一々構うのも面倒だ。適当に放り込んでしまおうか。
「……天人、連れてくの?」
「あぁ。ここで放っておいて後でウダウダと絡まれても面倒だからな」
ユエはやや不満げだが、仕方あるまい。
というか、多分ユエが不満なのはこの人を連れて行くことそのものよりも先生が俺の横に陣取ることなんだろうけど。
実際、道中の車内では先生は俺の真横、ユエは俺との間に先生を挟んだ位置に座っていた。時折ジトっと先生を睨んでいたから、俺の読みは当たったんだろうな。シアはシアで女子連中に挟まれて恋バナの標的にされて居心地が悪そうだし。なんかこっち側誰も得してねぇな……。
「……車じゃここまでかな」
畑山先生からは俺のこと、旅の目的について根掘り葉掘り聞かれた。当然"武偵"に関してもだ。もっとも、武偵なんて職業の1つでしかないからそんなに聞かれても……とは思わんでもなかったけどな。
そして、俺達はようやく北の山脈地帯の麓に辿り着いた。ここから先は木の根もあるし車では難しい。徒歩での移動になるだろう。紅葉が見事だったが残念なことに今はゆっくり見上げている時間もない。
俺は宝物庫から、感応石含めミレディから強だ……もとい、譲り受けた幾つかの鉱石と、重力魔法を付与した重力石を組み合わせて作り上げた無人偵察機を4機程飛ばし、上空からも探査を掛ける。
「何ポカンとしてんの。置いてくぞ」
まさか異世界で無人偵察機を見ることになるとは思わなかったのだろう。顎が外れんばかりに口を開けてる生徒達を起こして、俺達は山の中へと足を踏み入れた。
───────────────
北の山脈地帯、一直線に抉り取られた河原、そこの源である滝の裏側にはたしてウィルはいた。今は疲れて寝ているようだが近くにはカバンがあることから多少の食料は携行していたと思われる。
幸い、服の中までは分からないが外から見る限りは大きな怪我もしていなさそうで、ここまでの道中で見つけた武器や荷物を鑑みると彼を連れた冒険者一行は彼を逃がすために
さてと、俺は寝ているウィルの頬をペチペチと叩いて起こす。するとモゾモゾと起きだしたウィルは俺を見て一瞬ギョッとしたがすぐに魔物ではないと気付いたのか目を瞬かせた。
「確認だ。お前がウィル・クデタか?クデタ伯爵家三男、ウィル・クデタ」
「……え?……あぁ、はい。そうです。私がウィル・クデタです。えと、あなた方は……」
「俺は天人。神代天人だ。フューレンギルド支部長のイルワからの依頼によりお前達の捜索に来た。本人から身元の確認が取れて幸いだ」
「イルワさんからの……。そうですか、私はまたあの人に大きな借りを……。あの、貴方も。ありがとうございます。あの人から直々の依頼だなんて余程の凄腕なんですね」
ウィルの目には俺への憧れの念が混ざっているように見える。元々が冒険者として旅立ちたいというような奴らしいから、腕の立つ冒険者の人間は憧れなのだろう。
「あぁ、まぁな。で、何でこんな所で寝ていた?魔物に襲われたのは分かるが、外の戦闘痕は半端じゃなかった。アレを作れるような奴はここいらにはいない筈だが……」
「あぁ……そう、そうなんです。実は───」
ブルりと、追われる恐怖を思い出したのかウィルは震えながら語りだした。恐怖の記憶を。ここに来るまでに何があったのかを……。
「わ、わだじは、ざいでいでず……。皆じんでじまっだ……何のやぐにもだだないのに……いぎのごっだごどをよろごんでいる……」
それなりに整った顔をそれはもう涙と鼻水とでぐっちゃぐちゃに汚しながらウィルは後悔と懺悔を繰り返す。何故自分が生き残ってしまったのかと、そして何故尊敬する人たちを犠牲にしてまで生き延びて、あまつさえそれを喜んでしまっているのかと。俺はそんなウィルを見て、思わず彼の胸ぐらを掴んでしまう。
「生き残ったことを喜ぶことの何が悪い。何故お前が生きているかって?決まってる。他の奴らがそれを望んだからだ。だからお前を助けた。お前は喜ぶべきだ。手前の尊敬する冒険者達が命を賭して繋いだ生存の道を、お前は掴み取ったんだ。だから死んだ奴らのことを想うのなら、お前は生きろ。これからも何があっても、意地汚くてもいいから生きるんだ。そうすりゃいつか、生きてて良かったと思える日も来るはずだ……」
そこまで語って、何やってんだかと我に返った俺はウィルを適当に放る。溜息を付く俺の袖をユエが軽く引っ張り、そっちを向かせる。
「……ユエ」
「……天人は間違ってない。……生きて、全力で。一緒に……」
「あぁ、俺は生きるよ。絶対に。ユエを1人にはしない」
「……んっ」
そうしてしばらくユエと見つめあった後、俺達は下山を開始することにした。存外早く結果を得られたこと。そして得られた結果は最高、とまではいかないが最優先だったウィルの生存により上々と言って良いだろう。もちろん、死んだ冒険者のことを考えれば俺達が大喜びするのも違うのだけれど。
そして滝の裏側から出てきた俺たちを迎えたのは───
───漆黒の鱗を纏った竜だった───
───────────────
上空数メートルから俺達を黄金の瞳で睥睨するのは全長にして7メートルはあろうかという黒い竜だった。爬虫類を思い起こさせる縦に割れた黄金の瞳は、なるほどウィルが先程己に刻まれた恐怖と共に語った死神のそれなのだろう。そしてその鎌首は今俺達に向けられている。
低い唸り声が奴の喉から漏れ出ている。そこに宿る殺意と全身から溢れ出る圧力はかつてライセン大渓谷で会敵したハイベリアとかいう魔物とは比べ物にならない。奴らがまるで赤子のように思える程の圧倒的存在感。それに畑山先生達は身体を硬直させ、ウィルに至っては腰を抜かしてガクガクと震えてしまっている。そのウィルの方へ黒竜が視線を移すと、その地獄へと誘う顎門が大きく開かれる。
「ユエ!シア!」
「んっ!」
「はいですぅ!」
あぁなってしまったら畑山先生達やウィルはろくに動けないだろう。ならば動ける俺達が守るしかない。ユエが聖絶を展開、シアはドイツ語で"押す"というような意味を持つドリュッケンと俺が名付けた戦鎚──名前が欲しいと言うので態々考えた──を構える。
そして俺は縮地でさらに前へ出るとウィルと奴の射線上に入り込み、そこで大盾を宝物庫から展開。ギリギリのところで骨は繋がり、そこに神水の効力が追いついて欠損こそ免れたが、奈落の底の100層であの白銀色の蛇野郎にぶち抜かれた神機のタワーシールドではこの世界の魔力相手には分が悪い。故に俺はオラクル細胞に頼らない防御手段が必要だったのだ。
それがこの大盾。タウル鉱石をメインに、シュタル鉱石を挟んで表面をアザンチウム鉱石でコーティングしたもの。そしてその大盾を魔力操作でさらに展開、杭を地面に突き刺し固定。俺の踵にも錬成で土を盛り上げて吊っかえを作った上で鉄板を仕込んだ靴の裏からも錬成でスパイクを出して足元を固定した。
その瞬間に放たれた漆黒の殺意が俺の盾に叩き付けられる。
「ぐっ……」
思わず俺の喉奥から呻き声が漏れた。金剛すら付与して絶大な防御力を誇る大盾、しかもアザンチウムが仮に突破されても錬成師である俺ならばすぐに修復が可能だ。その上シュタル鉱石は魔力を注げば注いだだけ硬度を増す。それ故この盾が貫通されることなぞほぼ無いだろうが、それでも黒竜はその顎門から放たれた黒いブレスの圧力で盾ごと俺を吹っ飛ばそうという算段なのだろう。だが後数秒耐えれば俺の勝ちだ───
「禍天」
そしてやってきた待望の声。
その声が響いた瞬間、黒竜の頭上に直径にして4メートル程の渦を巻く黒い球体が現れた。そして見る者を吸い込まんとするかのような闇色のそれが、黒竜を叩き落とそうと落下した。
「グルヴァァァァ!?」
凄まじい音を立てて地面へと墜落させられる黒竜。それと同時に俺に掛かっていた圧力も消え去る。ユエの放った重力魔法───禍天。
消費した魔力量に比例した超重力の塊を作り出しそれによって敵を叩き潰す魔法。ユエの魔法の才覚を持ってしてもいまだ発動には10秒程時間を要し、効率もあまり良くはないとのことだが、それでも威力は絶大の一言。さらに───
「しゃおらぁぁぁぁ!!ですぅ!!」
雄叫びを上げたシアが空中へ飛び上がり、ドリュッケンに仕込まれた撃発の反動も利用した一撃を、黒竜の頭に叩きつけた。
───ドッガァァァァァンンン!!
と、轟音を立てて大地をも砕く一撃はこれまでの比では無い。あのドリュッケンには重力魔法を付与してあり、重さ軽さがシアの思うがままなのだ。シアの膂力と相まって破滅的な威力を誇る一撃を受けた黒竜は───
「グルワァァ!!」
咆哮と共に舞い上げられた粉塵の中から炎の砲弾が打ち上げられる。どうやら無理矢理首を振ってシアの致命的な一撃を回避したらしい。そして撒き散らされる炎弾を重力魔法によって横に落ちることで回避したユエだが、それによって禍天の拘束も外れてしまう。解き放たれた黒竜がその長大な尾を振るい、シアを叩き飛ばす。ドリュッケンを間に挟むことで直撃そのものは避けたものの、森林の奥まで飛ばされたシアはしばらく戦線復帰は叶わない。ならばと俺は拳銃を2挺抜き、黒竜へ向けて構える。
「ユエはそいつらの守りを頼む。コイツは俺が叩き潰す」
荘厳さよりも狂気を感じさせるその黄金の瞳を睨み、俺はロングマガジンを差した拳銃の引き金を引く。
ドパァッ!と、拳銃が独特の発砲音を響かせそれを置き去りにした弾丸は空気の壁を突き破り、黒竜の肩の辺りに着弾し奴を水面へ叩き落とした。だが弾丸は貫通せず、俺の放った銃弾はその黒い鱗を僅かに欠けさせただけで決定打にはなり得ないようだった。
「またか……」
本来ならここで両腕をもいでしまいたかったのだがどうやらそれは叶わないようだ。そしてウィルが奴と俺の一直線上にいるのは不味いから、さらに回り込んで奴を這いつくばらせようとするも、黒竜は俺には興味が無いような雰囲気で炎弾をウィルへと吐き出す。
「ユエ!」
「んっ、波城」
ユエの生み出した水の壁にぶつかり、炎弾は消え去る。さらにここまできてようやく異世界から来た生徒達も我を取り戻したようで、一斉に魔法の詠唱を開始する。
次々と放たれる炎や風の魔法。しかし異世界からやって来て途方も無い才を与えられた彼らでも、根本的に戦闘から離れていたことは致命的だった。いくら才能があろうと、鍛えられていないそれではあの黒竜には届かない。放たれた魔法は尽く黒竜の咆哮の1つで掻き消されてしまう。
「お前ら邪魔だ!こっから離れてろ!」
しかし、さっきから俺も何度も弾丸を放ってはいるのだが一向に奴の注意を引けない。確かに拳銃では火力不足のようで奴の鱗を薄く砕くに留まってはいるが、それにしても異常だ。まるで、ウィルを狙うことだけしか頭にないようだ。
なら───
「ユエはウィルの守りに専念してくれ!」
「んっ」
そして俺は拳銃を宝物庫に仕舞い、対物ライフルを取り出す。こいつの貫通力ならどうだ?
炎弾ではユエの城壁を破れないと悟ったのか、再び顎門を開き、例の黒いブレスの準備をする黒竜。だが俺の対物ライフルの気配を感じ取り流石に無視出来ないものと判断したらしく、その矛先を俺へと移す。対物ライフルへの纏雷の充填とブレスの充填の完了はほぼ同時。時を同じくして放たれた2つの殺意は漆黒と真紅の閃光となりぶつかり合う。だが俺の放つ対物ライフルの弾丸が持つ貫通力は莫大だ。ブレスの真っ只中を突き破り、多少軌道は逸れたがそれでも奴の顎門を掠め、歯を砕きブレスの軌道の根本を逸らしたことでその黒の暴威が俺へと降り注ぐことは無かった。ただの熱量であれば、オラクル細胞の結合を破ることは出来ない。さらに歯を砕いた程度では運動エネルギーをまだまだ残している俺の弾丸は、奴の背中の方へ抜けて片翼を突き破る。
その衝撃で黒竜は錐揉みしながら地上へ落下する。その隙に俺は対物ライフルを仕舞い、拳銃を左手に、右腕は焔龍の右腕を顕現。一気にゼロ距離戦闘を仕掛ける。
俺は縮地と炎の加速で一瞬にして近付き、地に伏した黒竜の腹に炎の推進力で速度を増した拳に豪腕の固有魔法を乗せて叩き込む。地面が蜘蛛の巣状にヒビ割れ、黒竜が苦悶の声を漏らす。更に豪脚を入れた蹴りで黒竜を浮かせると、そのまま腹に拳銃弾をばら撒いていく。
「ゴッガァァァ!!」
浮き上がった黒竜はその体勢のまま純粋な魔力の塊を放出。その圧力で俺を押し潰そうとする。だがその瞬間に俺は縮地で黒竜の真下を脱出し、拳銃弾で翼膜を撃ち抜き飛行能力を奪っておく。そして空力で奴の頭上を旋回するように動き回りながら拳銃で後頭部、牙、翼や後脚の付け根等を中心に狙い撃ちしていく。そうして射撃によって黒竜がバランスを崩せばまた接近して豪腕や豪脚を使って顎や眉間、腹を打ち、地面を転がしていく。
対物ライフルやガトリング砲を使わずに黒竜を痛めつける理由は1つ。畑山先生達から俺のことがハイリヒ王国へ伝わった際に無闇矢鱈とちょっかいをかけられないようにするためだ。勇者一行や神殿騎士共に俺達の討伐任務を請け負わせるような愚行をさせない為、この黒竜には俺の力を存分に見せつける的になってもらっている。
また縮地と空力で近付き豪脚を乗せたカカト落としを奴の眉間に叩き込む。さらに頭が下がったところに炎の推進力と豪腕を乗せた裏拳とアッパーカットを連続で入れて奴の視界から俺の姿を切る。その隙に身体の下へ潜り込み、腹へ拳を叩き込み、少し浮かせた後に力任せに引っくり返す。見せしめももうこれくらいでいいだろう。
と、俺はライセン大迷宮では威力が十全に発揮できなかったパイルバンカーを取り出す。そしてアームで照準を固定。総重量4トン、世界最高硬度の鉱石すら撃ち砕く魔杭の準備を整えていく。だが───
「グルグゥワァァァァ!!」
窮鼠猫を噛む、と言うよりは手負いの獅子の方が相応しいだろう。
2度目の魔力の爆発だ。それに加え、身体強化を全開で使ったのか、パンプアップなんて言葉じゃ到底収まらない程に筋肉が膨張し、パイルバンカーのアームを振りほどく。俺はその衝撃とパイルバンカーの自重によってたたらを踏み、思わず杭の先端を上に向けてしまった。そして発射直前のタイミングだったこともあり杭の射出は止められない。そのまま虚空を突き破っていく魔杭を見ることもなく俺は黒竜の腹の上から振り落とされる。杭が無ければ無用の長物である発射機構を宝物庫へ仕舞う隙に黒竜は最後の足掻きだろうか、ウィルの方へと爆進する。
「シア!」
「はいですぅ!!」
だがその前には先程ようやく戦線復帰したシアがいる。シアは戦鎚・ドリュッケンを大きく振りかぶり、空中へ跳躍。己の持つ身体強化と撃発の反動、更にドリュッケンへと魔力を注ぎ重量を増すそれを、全力で猛進する黒竜の頭に、轟音と共に叩きつけた。その威力に黒竜は地面へと頭をめり込ませ、慣性の法則に従って下半身はほぼ垂直に起き上がってから地へ落ちた。あれを喰らってもまだ頭部は鱗をやや砕かれた程度で原型を留めているのだから空恐ろしい耐久力だ。
そしてタイミング良く俺と黒竜との間に降ってきたのは先程空へと打ち上げてしまったパイルバンカーの杭。俺はフューレンに来る前まで同行していた商人の言葉を思い出しながらその杭を掴みあげる。その重量故に振り回すのも一苦労だが、豪腕の固有魔法も使ってそれを持ち上げ、まるで野球のバッターの様に構える。もちろん狙うのは奴のケツだ。俺の狙いを察したのかウィルや畑山先生、生徒達も頬を引き攣らせる中、俺は4トンの杭を黒竜のそこの中心部へ向かってフルスイング。そしてその門を行儀良くノックした杭はゴッ!というような鈍い音を立ててその衝撃を全身に伝えていく。その瞬間───
──アッーーーーなのじゃぁぁぁぁ!!──
どこからともなく女の声が響き渡った。
──お尻がぁ……妾のお尻がぁぁ……──
諺の通りならもう一暴れくらいあるかと思ったのだが、思いの外普通の反応をされてしまった。いや、竜から女の声が響く現状は意味が分からないのだが……。それはそれとして予測とは違ってあんまり面白い反応とは言えなかったので、もう一度杭を振りかぶり、叩きつける。
──ヒイィィィン!!──
これでもビクビク震えるだけであまり期待していたものは見れそうもない。だがそれはそれ。人の言葉を解す竜なぞこの世界では見たことがない。その上さっきまでの執拗、というより何かに取り憑かれたかのようにウィルだけを狙い続けたこともよく考えなくても異常ではある。気になることは多いので聞き出すならこの状態で進める方が良さそうだ。まぁ、こいつの正体に関しては人の言葉を話した時点で当たりは付いているのだけれど……。
「お前、竜人族か?」
更に杭を振りかぶり、もう一度ケツのド真ん中に向けて金属バットよろしく振り抜く。
──アッ───!?……ふぐ……うぅ……い、いかにも……妾は誇り高き竜人族の1人じゃ。偉いんじゃぞ?凄いんじゃぞ?だからお尻を執拗に叩くのは止めてたもぉぉぉん!?──
「妾って面かてめぇ」
竜人族であると言うだけで何が偉いのかさっぱりだったのでとりあえず杭でもう一度ドツく。だが思っていた程の効果は無いかもしれないな……。しかし竜人族か……確か500年前に滅びたとか書かれていた記憶があるが、こいつの言いぶりからすると、一族皆でどこかへ隠れ潜んでいるのかもしれない。
「……なぜ、こんな所に?」
俺が誇り高いことで有名だったらしい竜人族の、残念で駄目駄目な姿に呆れているとユエが黒竜へと質問をする。その目には珍しく好奇心が溢れて輝いている。
──こ、答えるから……尻を叩くのを止めてたもう……魔力残量がもうほとんど……あっ!?止めるのじゃ、グリグリ刺激するでない!振動がっ!──
「止めてほしいなら質問に答えろ」
とは言えグリグリしていても話は続けられなさそうなのでそれは止めておく。黒竜も振動が止まったことにホッとしたようで、質問に答えてゆく。その声に若干の艶が感じられる気がするのだが、気のせいということにしておく。
そしてコイツから飛び出た情報は、俺達をウルの町へ帰らせるのには充分以上のものだった。
───────────────
「武偵である神代天人さんに依頼します。魔物の侵攻からこの町を救ってください」
竜人族の女はティオ・クラルスという名前だった。そしてそのティオが言うには彼女はその昔、竜人一族とともに世界の果てへ姿を隠した。そしてしばらくの時が経ち、膨大な魔力と共に何者かがこの世界へやって来たことを察する。それの正体を確かめるためにここへやって来たというのだ。
だが世界の果てからここへ来るまでの間に消耗した体力を回復させるために森の中で竜の姿で寝ていたら人間族と思われる若い男に丸一日掛けて洗脳され、ウィル一行を襲ったということらしい。いや、一日中洗脳されて起きないってどういうこと?とは思うが割とコイツは駄目な奴っぽいので気にするだけ無駄かもしれない。そしてティオ曰く、自分を操っていた人間はさらに数千の魔物を支配下に置き、軍勢を作っているらしい。
その話を聞いた直後に俺の無人偵察機が捉えた情報では、数千どころか数万の魔物の大軍がウルの町に迫ろうとしていた。そして俺達は可及的速やかにウルの町に戻って来てそれを伝えたのだが、その直後の畑山先生の言葉がこれだったのだ。確かに畑山先生には武偵という存在についても話をした。だから俺達を引き留めたのだろう。確かに今すぐ訪れる数万という数の魔物の侵略からこの町を守るにはこれしかない。だけどな───
「……車ん中でも話しましたけど、武偵は金で動く。別に金である必要は無いけど、要は報酬を払えるのかということです。畑山先生に払えますか?数万の魔物と戦うという仕事に見合う報酬を。強襲科のSランクは安かぁないですよ」
こうやって脅してみてはいるが、正直魔物と戦うなんていう任務の相場なんて知らないから適正金額も分からないのだが。それでも万の大軍と戦えというのだ。100万や200万では代えられないのは確かだろう。
「……お金でなくてもいいのなら、私は神代くんに生き方を支払います」
「……生き方?」
「はい。今の神代くんは何か見返りが無ければ動かず、かつ自分の大切なもの以外は全て切り捨てようとしています。違いますか?」
「……そう、ですね」
耳に痛いがそれは頷くしかない。俺はこの世界ではそのように生きようとしていたからな。
「ですが、それはあまりに寂しい生き方だと思うのです。それはきっと貴方の大切な人にも幸せをもたらさない。貴方が彼女達の幸せも願うのなら、出来る範囲で良いです……、もっと周りの人を思い遣る気持ちをもってください。そして、まずは手始めにここでウルの町を魔物から救ってください。そこから見える景色はきっといつもと違って見えるはずです」
畑山先生の言葉はきっと正しい。けれど……
「なるほど。言いたいことは分かりました。……けど駄目だ。それじゃあ俺は動かない」
「……っ!」
「畑山先生の言っていることが間違ってるとは思いません。けど、俺は前にそれで大切な人を失いそうになったことがある。だから俺は───」
「……天人」
優先順位は動かさない、あの時調子に乗っていた阿呆な自分を何度目とも知れず殴りつけながらそう続けようとした時、ユエが俺の袖を引っ張って呼びかける。
「……私達を失うのが怖いの?」
「当たり前だろ」
俺はもう大切な女を失いたくない。目の前でコイツらを失うようなことがあれば俺はもう……。
「……なら大丈夫。私達はどこへも行かない。万を超える魔物が来ようが何が来ようが───」
「私達はずっと天人さんのお傍にいます!それを邪魔するような奴は全員叩き潰してやります!」
ユエとシアが、決意の籠った瞳でこちらを見る。私達を舐めるなと、たかだか数万の魔物程度ではどうにかされてやるものかという強い想い。俺の恐怖なんて力ずくで吹き飛ばしてやるんだという決意がその目からは溢れていた。
「……ユエ、シア……」
「……武偵憲章3条、強くあれ。ただしその前に正しくあれ」
ユエが唱えたのは武偵憲章。前に俺が教えたのを覚えていたみたいだ。
「天人さんの守るべき矜恃、なんですよね?……何が正しいのかは私にも分かりません。大切な人を失ってしまうくらいなら、いっその事その他全てを切り捨ててもその人を優先することが間違ってるとも思えないです」
「……けど私達は天人から離れない。天人が私達を失うことは絶対に無い」
ユエがその小さな両手で俺の手を握る。その手は暖かく、俺の指先はその温度に包み込まれた。
「ですから、天人さんは天人さん自身が正しいと思ったことをしてください。それでも私達を失うことが怖いのなら私達はそれに従います」
俺はリサを失いそうになったあの時、気が狂うかと思った。いや、実際に狂いかけていたのだろう。いくら異世界とは言え、普段ならあんな必要以上に恐怖を煽るやり方で誰かを殺すようなことはしない筈だ。
その上、他の奴らが殺られたこともあったにしても、態々他の国に戦争なんて仕掛けた。いつもの俺ならリムルを止めた筈だ。だがあの時俺はそれをせず、むしろリムルの中の炎を煽っていた。結果的に俺は魔王へと覚醒し究極能力を得ることになったわけだが、それはとりも直さず1万の命を消し飛ばしたという事に他ならない。それだけあの時の俺は心に余裕が無かった。リサを失いかけた、それが俺の中に影を落とすのだ。ただそれでも、ユエ、シア……お前らにそんなことを言われたら俺は……。
「ここでウィルを引き摺ってでもフューレンに戻ったら、俺ぁお前らを信頼していないことになるだろうが……」
「いえいえ、ただ天人さんはとても臆病で怖がりなんだなぁと思うだけです。それで幻滅したり失望したりなんてしませんよ?」
シアがわざと煽るような顔をして俺の反応を伺う。まったくコイツは……。
「アホか、大して変わらんわ。ったく……いいよ、畑山先生。やってやるよ、魔物風情が何匹来たって纏めて叩き潰してやる」
「神代くん……!」
「それはそれとして、戦えない奴はフューレンの方へ逃がしておいてください。頼みました」
「はい!」
さて、有象無象とは言え数が数だ。戦いの基本は頭数だからな。こっちもそれなりに準備を整えなくちゃ町単位での防衛戦なんてやってられない。……あまり時間も無い。人目はこの際気にしないでやっていくしかないな。