セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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6万もの軍勢

 

 

「それが、神代くん達が旅を続けている本当の理由……」

 

夜明け前、町の外周に錬成で高さ4メートル程の外壁を作り終えた俺は、武器弾薬の確認をしながら澄んだ空気の中で畑山先生と向かい合っていた。俺は畑山先生とオスカー・オルクスやミレディ・ライセンから聞いた、この世界の狂った神の秘密について情報を共有しておいたのだ。

 

「今聞いた話をどう使うかは畑山先生に任せます。誰に喋っても良いし、誰にも言わなくても良い」

 

「……分かりました。でも何故今この話を……?」

 

神に人間の認識を操作する力がある以上、この話をしたところで大した意味は無い。だがそもそも奴はこの地上で起きたことを全て把握出来る程に万能なのか、という疑問はある。何せ奴は神ではない可能性すらあるのだ。だから俺はあくまでも役に立てば上々という程度の楔だという認識だった。そしてそれを過不足無く伝えれば畑山先生はまた俯いてしまう。結局のところ、俺はこの人達を仲間として見れないのだということが伝わったらしい。

 

「……神代くん」

 

「んー?」

 

「ティオさんの仰っていた黒ローブの男ですが……」

 

「あぁ、清水だっけか……。いいよ、連れてきます」

 

「まだそうと決まったわけではっ……!……でもそうですね、ありがとうございます」

 

先生としては生徒のことを信用したいのだろうが、ティオによれば他の生徒達と同い年位の人間族の男。そして丸一日掛けたとは言え伝説の竜人族を洗脳出来、かつ数千から数万の魔物を操る術を持つ奴なんてのは限られてくる。そして俺の記憶では確か、清水の天職と持っていた技能は魔物を操ることに長けていたものだった。それに加えこのタイミングでの本人の失踪。しかも今だ行方知れず。確実な物証こそ無いものの、状況証拠が物語るこの件の犯人は十中八九清水なのだろう。もっとも、いきなり人間族を裏切って魔物を操るとなると清水の奥にはまた別の黒幕がいるのかもしれないが……。

 

だが確かに先生の言うことにも一理ある。状況証拠は揃いに揃っているものの、確実な物証は現状では手元に無い。ならばここでとっ捕まえて白黒はっきりさせるのも1つの手だ。

 

「ふむ、話もまとまったところで少しいいかの?」

 

そのうち集まってきた生徒達や神殿騎士の間から俺の耳に届いた聞き慣れない声に振り向けば、そこには金と赤の刺繍の入った黒い着物を艶やかに着崩した、背が高く長い黒髪の女が立っていた。

 

「……ティオか」

 

正直存在を忘れていたので「お前居たの?」というような顔でティオを見れば、それすら快感のようでティオは己の身体を掻き抱くような仕草をする。

 

「えっとじゃな、お主はこの戦いが終わればウィル坊を届けてまた旅を再開するのじゃろ? 」

 

おっほん、なんてわざとらしい咳払いでユエ達の冷ややかな視線を誤魔化すと、ティオは話を続けた。

 

「でじゃ、その旅に妾も同行させてほしいのじゃ」

 

「嫌だが?」

 

シア以上にややこしい事情を抱えているコイツを連れていく気は無いのでそう即答してやる。

 

「……ハァハァ、予想通りの即答。流石ご主……ではなく、もちろんタダでとは言わん。これよりお主をご主人様と呼び、妾の全てを捧げよう!身も心も!全てじゃ!」

 

「今すぐ帰ってくれねぇかな……」

 

この際勇者周りの話を一通り全部話してやるから帰ってほしい。ていうか、畑山先生に話した神のくだり聞いてたのならもう良くない?任務達成でしょ。あと、他人の性癖に文句付ける気は無いけど、それを俺に向けるのは勘弁してほしい。俺にそっちの気は無いのだ。

 

「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな身体にしたのはご主人様じゃろうに……責任取ってほしいのじゃ」

 

その台詞にギョッとする畑山先生とやたら冷ややかな目線を俺に向けるユエとシア。待て待て待ってくれ、俺は何にもしてないだろうが。

 

ヨヨヨ、とティオがしなだれたのでそれに「どういうことだ」という目線をくれてやればコイツはそれもまた甘美なようで喜ぶだけ。もう本当勘弁してくれよ……。

 

仕方ないのでちゃんと語弊の無いように伝えろと言えばティオ曰く、里でも一二を争うくらいには強く、頑強だった自分の鱗の防御を抜いてダメージを与え、あまつさえそれを連続でしかも大量に叩き込まれたことで新しい扉を開いてしまったらしい。え?これ俺のせい?とユエとシアの方を振り向けば、彼女達は彼女達で溜息を付きながら首を横に振る。両肩を竦め、やれやれだぜ、みたいなお揃いのポーズをとりながら。どうやら俺のせいらしい。

 

「それにな、妾、自分より強い男しか伴侶と認めておらなんだのじゃ……。じゃが里にはそんな奴はおらん。それがここへ来て初めての敗北……いきなり組み伏せられ……初めてじゃったのに……いきなりお尻になんて……もうお嫁に行けないのじゃ……責任取ってほしいのじゃ……」

 

このティオ、なまじ見栄えが良い上に確かに嘘は付いていないからか、一々言葉に真実味がある。しかも案外演技派のようだ。こっちとしては洒落にならないが……。ていうか畑山先生達もユエ達も、全部知ってるんだから何か言ってくれ。騎士たちなんて、完全に俺を見る目が犯罪者を見るそれになっているじゃないか。

 

だがユエ達も「あれはない」というような顔で味方をしてくれる素振りすら見せてはくれない。ケツに杭バットを何度も叩き込むのは流石に駄目らしかった。ていうかさ───

 

「……お前、語弊の無いようにって言ったろうが。完全におかしなことになってるじゃねぇかよ……。ちゃんと言わねぇならここでバラすぞ」

 

お前が竜人族だということも秘密の任務とやらも全部白日の元に晒されたくなければ誤解を解けと迫ったのだが、何がいけなかったのか周りのざわめきがより一層大きくなる。

 

何故?と思ったがどうやら「バラすぞ」が良くなかったらしい。今までの誤解も積み重なり、俺がこの場でこの女を裸にひん剥くと脅しているように取られたらしい。ユエさん、シアさん、冷たい目で眺めてないで助けてください、社会的地位が無いのと社会的に死ぬのは全くの別物なので……魔物の大軍が来る前から既に四面楚歌です……。

 

だがそこで俺の無人偵察機の視界に待望(?)の影が映った。

 

「……来たぞ」

 

アホ極まる会話劇を繰り広げていたらいつの間にやら黎明の輝きが到来。空が白み始めるのと対照的に地上を黒く染めながら地響きを立てて有象無象の大群がやって来た。万を超える魔物の侵攻だ。まだ肉眼で捉えられる距離ではないがもう30分もすれば俺の殺傷圏内に入るだろう。というか、俺が北の山脈地帯で確認した時より数が増えている。既に6万に届こうかという数の魔物共だ。あの野郎、流石は異世界転移組ということか?

 

「……天人」

 

「……天人さん」

 

想定よりかなり多い数の魔物にユエとシアがこちらを見る。だが関係無い。たかが数万増えただけだ。俺はこの2人を信じている。

 

「私達を信じろと言ったのはお前らだろ?俺は信じてるぞ。武偵憲章第1条、仲間を信じ、仲間を助けよ。だからお前らも俺を信じろ。大丈夫だ」

 

俺の言葉に強く頷く2人に俺も頷き返し、畑山先生の方へと目線をやる。こちらはその顔に不安が浮かんでいた。

 

「そんな顔しなくても、依頼人との約束は絶対に守る。武偵憲章にもそうしろとあるからな」

 

武偵憲章の第2条は依頼人との約束は絶対守れ、だからな。

 

「はい、神代くんを信じます」

 

畑山先生の言葉に俺は「そうか」とだけ返し、魔物の群れをもう一度見れば、もう肉眼でもその暴威が確認出来るほどに近付いてきていた。そして後ろを振り返る。彼らにも夥しい数の魔物が見えたのか、町のために戦うと残った奴らの顔にも不安が浮かんでいた。

 

「聴け!」

 

俺はそんな彼らと相対し、錬成で壁を更に少し盛り上げて1歩登り、そこで語りかける。何事かと俺に注目が集まる中、夜通し考えていた口上を述べていく。

 

「我らの勝利は既に確定している!!」

 

なんだなんだと下に控えていた人達だけでなく神殿騎士達も顔を見合わせている。

 

「何故なら!我らには勝利を運ぶ女神がついているからだ!!そう!皆も知っている!豊穣の女神、愛子様だ!!」

 

そうして畑山先生を指し示せばいきなり話を振られた畑山先生もギョッとしている。だが関係無いとばかりに演説を進める。

 

「彼女は我ら人間族の為に神が遣わせた御使いである!豊穣と勝利を司る彼女がいる限り敗北は有り得ない!!私は彼女の剣にして盾!彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た!見よ!これが彼女に導かれた力だ!!」

 

そこまで言い終えると俺は宝物庫から対物ライフルを呼び出し、空を飛びこちらに向かってきている翼竜の様な魔物に向けて、込められた弾丸を撃ち放つ。空気の壁を容易く切り裂き、大気が悲鳴を上げるより早く一条の紅の閃光が魔物の肉体を砕き去る。もちろん全力で放たれたこれがたったの一体のみしか貫けぬ訳が無い。更に数匹の魔物の肉体を、翼を打ち砕き、地面へと叩き落とす。更に二射目、清水と思われる黒いローブを被った男の乗っている魔物の翼を砕き、彼ごと地面へと叩き落とした。流石にこの数を相手にしながら気遣っている余裕は無い。最悪生きて喋ることが出来てさえいれば良いのだ。怪我くらいは勘弁願おう。異世界召喚組は普通の人間よりも余程頑丈だからな。どうせ魔物が拾うだろうしそう大怪我もしないだろうよ。

 

そして俺は対物ライフルに差した弾倉に残っている弾丸を全て撃ち尽くし、空を駆る魔物の尽くを叩き潰したところで民衆の方へ振り向く。

 

「愛子様!万歳!!」

 

俺のその声に合わせて響く皆の「愛子様万歳」のコール。当の本人は口パクでどういうことだとブチ切れているがこれも依頼料だと思ってもらおう。

 

過ぎた力は振るう本人の意思に関係無くそれを見た周りに恐怖を与える。そしてそれは時に排斥の方向へと動くのだ。それを俺はリムルのいた世界で嫌という程思い知った。だからこれは弾除けだ。俺達がここで力を振るったとしてもそれは愛子様のお力。俺達のような住所不定無しょ……今は冒険者か。けどまぁそれでも一介の冒険者風情が強大な力を持っていたとしたら不安に思う人間も多いだろう。だが、元々が高い知名度と信頼を兼ねていた畑山先生が持つ力というふうにすればしばらくは誰も俺達の邪魔に入らないだろうという算段だ。そしてそれは今のところは上手くいっているようだった。

 

「ティオ」

 

鳴り止まない万歳コールは放っておいて俺はティオに神結晶の欠片で作った指輪の魔力タンクを投げて寄越す。それを受け取ったティオはそれが何だか分かったのか、パチクリとこちらを見やる。

 

「ここで頑張ればウィルも許してくれるんだろ?ならそれ貸してやるから役に立てよ?」

 

ティオの洗脳が解けた時、尊敬していた冒険者一行を殺されたウィルはティオを許す気は無いと言っていたのだが、どうやらもしここで町を救うことが出来たのなら、それを贖罪として受け入れる気になったらしい。俺としても、完全に洗脳されていた奴を殺すのは気が乗らないのでその方が助かるのだ。

 

「それで渡すのが指輪とな……。もしや公開プロポーズ!?」

 

「……ユエ」

 

「……これが黒歴史」

 

俺が指輪の形をした神結晶を渡した時に奈落の底でも同じような反応を示したユエだが、傍から見るとそれがどれだけアホっぽいかが分かったようだ。俺は溜息1つでロケットランチャーをシアに渡し、自分はガトリング砲2門を構える。

 

「それじゃあいくぞ」

 

任務開始だ。あの魔物の群れを叩き潰し、この町を守る。

 

 

 

───────────────

 

 

 

ティオの放つ黒いブレスが魔物を薙ぎ払えばシアに渡したロケットランチャーが火を噴き敵を焼き滅ぼす。そして右の弾幕が薄いと見るや飛び出して来た魔物は尽くユエの重力魔法の餌食となった。

 

俺も2門のガトリング砲を限界まで撃ち尽くすと今度はアサルトライフルでの射撃へと切り替えた。そうして迫り来る魔物の数を8割ほど削っていくうちにまずティオの魔力が尽きた。それでも当初のノルマ以上は1人で駆逐しているから伝説の竜人族の面目躍如というところだろう。だがこのままではまだ魔力効率の悪い重力魔法を連発したユエの魔力が保たないだろう。そうなれば俺のガトリング砲の冷却が間に合わないと数で勝る魔物達に町ごと飲み込まれる可能性が出てくる。

 

「シア、魔物の違いは分かるか?」

 

もう少しで俺の渡したロケットランチャーの残弾を撃ち尽くすシアはこれ以上の遠距離攻撃を持たない為、局地戦へと突入する。だから狙いを定めなくてはならない。

 

「はい。操られていた時のティオさんの様な魔物とへっぴり腰の魔物ですよね?」

 

「へっぴり……まぁうん。多分、敵は群れのボスを操って間接的にその支配下にある魔物を動員しているんだと思う。だから俺とお前で群れのボスをピンポイントで叩いていく。……行くぞ。町の守りはユエに任せろ」

 

「はいですぅ!」

 

セレクターでフルオートに切り替えたアサルトライフルの今差している弾倉の残りを全て吐き出し、ちょうどロケットランチャーを撃ち終えたシアと共に、だいぶ数を減らした魔物の軍団の中へ飛び込んでいく。ここまでの損壊を出しておきながら撤退する気が無いのは、それでも数で押し切れると思っているのか、ただのやけクソか。どちらなんだろうな。

 

だがそんなことは俺には関係が無い。向かってくるというのならその尽くを叩き潰すだけなのだから。

 

俺は外壁を飛び降り、バイクの後ろにシアを乗せながら魔物の群れへと突撃。瞬光を発動しながら宝物庫から新兵器を展開する。

 

──BT兵器──

 

ISの存在する世界で出会ったクラスメイト、セシリア・オルコットの駆るIS、ブルーティアーズに搭載されていた遠隔操縦兵装──ブルーティアーズ──

 

ビット兵器とかBT兵器とか呼ばれていたそれを参考に重力魔法を付与した重力石と感応石を組み合わせて俺が製造した武装だ。

 

俺の腕輪に付けられた感応石とリンクしており、瞬光発動状態でなら7機まで同時に操作可能となっているそれは、強度の高い鉱石で造られた十字架を模した外観に実弾兵器を載せたものだ。これにより手数や遠距離にいる味方のサポートまで行える。

 

俺は地上を魔物共目掛けて駆けるバイクをわざと急制動で前輪のブレーキだけを掛けてジャックナイフを起こす。シアはそれに合わせて宙を舞いながら魔物の群れへ飛び込む。俺も車体の浮き上がったバイクを宝物庫に仕舞いつつ空力で空中でもって前宙を切り、体勢を整えながら2丁拳銃とビット兵器で群れのど真ん中に風穴を空ける。そしてそこから縮地で群れの中心部へと飛び込んだ。

 

ここからは単純だ。とにかくリーダー格と思われる振る舞いの魔物を潰していくだけ。現在展開しているビット兵器は4機でその中からシアに2機付けている。それに加え、上空には無人偵察機を飛ばしてそこからの情報でボスを索敵。見つけ次第空力と縮地で急行し撃ち砕く。それを繰り返していると俺の前に現れたのは他の魔物とは一線を画す気配を持った4つ目の狼の魔物だった。

 

「……」

 

だがそんなことは関係無いとばかりに俺は無言でそいつらの頭を撃ち砕きにかかる。しかし俺の射撃はたかが10メートル程の距離しかなかったはずなのに全て躱される。まるで俺がそこへ弾を放つことが分かっていたかのように。

 

もしかしたら、先読かそれに類する固有魔法が使えるのかもしれない。だがそうなるとこの魔物は下手したら奈落の底、真のオルクス大迷宮に存在する魔物クラスの力を持っていることになる訳だが、そんな奴がこの辺りにいるのか……?それともまだ誰も知らないだけであそこ以外にもとんでもない魔物は結構潜んでいるのだろうか……。

 

「ふぅ……」

 

息を吐き、もういい加減必要なくなった無人偵察機を回収しながらシアの方へ更にもう1機ビット兵器を飛ばす。どうやら向こうにも4つ目の狼が現れたようだ。

 

──どうにもソイツらは誰かの配下って感じじゃないな。気を付けろ──

 

シアのチョーカーに着けてある念話石を通じて通信を飛ばす。そこから威勢の良い返事が返ってきたのを確認して通信を切る。さて、俺もいい加減こっちに集中しなければ。

 

俺の周囲には黒い体毛と4つ目を持った狼が12匹ほど居た。どいつもこいつも俺を引き裂こうと殺意に濡れた瞳でこちらを睨んでいる。先程までガンガン襲いかかってきていたのだがビット兵器でそれを凌いでいると作戦を変えたのか俺をじっくりと取り囲むような仕草を見せたのだ。

 

この数の割に連携もスムーズ、攻撃位置か何かを読む固有魔法まで持っている、しかし火力を上げるような固有魔法は無いとなると真のオルクス大迷宮の低層くらいの強さだろうか。それでもこのレベルの魔物が外にいるとなると、新種の魔物を魔人族は発見したかもしくは───

 

 

───魔物を作れる魔法か。

 

 

そう言えばミレディが俺のアラガミの力を見てシュネー雪原の大迷宮がどうだの言っていたな。あそこにも大迷宮はあるみたいだし、何より魔人族の領土から1番近い……。まぁ、今考えても詮無いことだ。この瞬間にやらなくてはならないのはコイツらを潰すこと。それだけに頭を回さなければ。

 

とは言っても、思考の間に襲ってきた奴らのうち既に2匹は肉片だ。先読系の固有魔法を持っているらしいが、連続した第2射までは読めないらしく、ビット兵器と拳銃の連携で簡単に潰せた。

清水の件もあるし、さっさと終わらさせてもらおうか。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「畑山先生、連れてきました」

 

ウルの町の外れに集まっていた畑山先生や生徒達、それに護衛の神殿騎士達の目の前にこの襲撃事件の主犯でありティオを洗脳した張本人である黒ローブの男だった奴を転がす。もっとも、今はもう正体を隠していたローブなど身に纏っておらず、それに隠されていた素顔を存分に晒しているのであるが……。

 

両腕を後ろ手に拘束され、暗器や魔法陣の類も俺に剥奪されたソイツはやはり生徒の1人、清水幸利だった。暗く濁った瞳で周りをギョロギョロと見渡す清水だったが、畑山先生の姿を認めた瞬間、彼女を強く睨んだ。

 

「……神代くん、清水くんの拘束を解いてください」

 

それでも彼女はあくまで教師と生徒として清水と接するつもりなのだろう。だが俺の立場では素直に奴の拘束を解くことはできない。武器や魔法陣の類はもう無いとは言え、万が一を考えれば両脚も地面に固定したいくらいなのだ。両腕を石の枷で縛るに留めている時点で感謝してほしいくらいだ。だが、それを伝えても畑山先生は頑なに拘束を解けの一点張りで譲らない。神殿騎士も流石に先生を諌めるがそれも聞く気は無いようだ。この分だと俺が後ろで銃を構えることにも反対するだろう。幸い、こちらは神殿騎士や俺とシアがいる。ユエとティオは魔力が枯渇しかけているからあまり当てにはならないが、どちらにしろこの清水は直接的な戦闘がこなせるような天職ではなかったはずだし、何より丸腰だ。俺が仕方なしに錬成で拘束を解き、それを畑山先生が確認してから、ようやく彼女は清水へと語りかけ始めた。

 

 

だが───

 

 

「……畑山先生、アンタを殺すことだよ」

 

清水の口から溢れた慟哭と共に語られた事実。それは彼のコンプレックスや不平不満が詰まったものであり、人間族への明確な裏切りを示すものだった。まぁ、人間族への裏切りがどうとかなんてのは、俺が言えた義理じゃないのかもしれないけどな。

 

更に叫ぶように語り始めた清水の言うところでは魔人族の最初の狙いはまず戦時下の食料問題を一気に解決するだけの力を持つ畑山先生の殺害。そのために魔物を操ることに長けた清水に声を掛けた。彼の力に加えて貸し与えられた強力無比な魔物達があればそれも成せるたはずだろう。

 

「なのに……なのに何でだよ!?何で6万の軍勢がたった4人に全滅させられるんだ!?魔人族から超強い魔物も貸してもらえた!!なのに!なんであんな兵器がこの世界にあるんだよ!?お前は一体何なんだよっ!!死んだんじゃないのかよ!?」

 

だが現実はこれだ。魔人族が清水に持ちかけた作戦は失敗し、そして清水の叫びは俺へと向けられる。魔法なんて非科学が跋扈するこの世界には似合わない現代兵器を模した武器の数々。清水最大の誤算は俺の存在なのだろう。死んだはずの人間。一緒にこの世界に飛ばされてきたクラスメイトではない誰か。それがここに来て清水の目的を阻む壁となって立ちはだかったのだ。だが俺にはそんなことは関係無い。ただ己の仕事を、成すべきことを成すだけだ。

 

「……俺が何者なのかお前に教える義理はない。お前は今から俺の聞くことに嘘偽り無く答えろ」

 

俺が拳銃を抜き、清水の頭へその銃口を添える。だが───

 

「止めてください!!」

 

そこへ畑山先生が割り込んできた。俺が清水へ向けた銃口を逸らすように俺の腕に飛び掛り、無理矢理俺と清水の間に身体を入れ込む。

 

「……先生、そこ退いてください」

 

「退きません!!私の生徒を傷付けさせませんから!先生は許しませんよ!えぇ、絶対に清水くんをこれ以上傷付けさせません!」

 

そして畑山先生は俺を強く睨むとそのまま清水の方へと向かい合う。

 

「……清水くん、先生達と戻りましょう?今ならまだ引き返せます。"特別になりたい"それは誰しもが持っている当たり前の気持ちです。今回は少しやり方を間違えてしまったかもしれません。ですが、使い方さえ間違えなければ清水くんの力は素晴らしいものです。だって、これだけのことが出来たんですから、天之河くん達と一緒に戦えばきっとこの世界を救えます。それに、清水くんはとっくに私の"特別"ですよ?」

 

確かに現状今回の襲撃の主犯が清水であるということを知っているのはここにいる俺達と畑山先生達、それに畑山先生大好きクラブ会員の神殿騎士くらいだ。ここで口止めさえ出来れば清水が行方不明だったことなんていくらでも言い訳が出来る。それこそ、魔人族に拉致られていたところをどうにか逃げ出してその時にようやく保護できた、とかな。ウルの町襲撃の罪は全て魔人族におっ被せてしまえばいい。実行犯が清水なだけで提案は向こうからなのだし、嘘ではないからな。

 

だが"特別"か。……それはきっと畑山先生にとっては生徒全員がそうなのだろう。この人はどこまでいっても教師なのだ。だがそんなことは清水にも分かっている。その"特別"が自分だけ向けられたものではないということくらい理解している。それだけではない。きっと清水が天之河達と一緒に戦っても、もうこれ程のことは出来ない。そもそも魔物を洗脳する清水の魔法は準備に時間が掛かりすぎるのだ。その上今回の6万という軍勢はティオを一時的にとは言え支配下に置けていたこと、魔人族からの強力な魔物の提供があったことが大きな要因だ。それ無しにこれだけのことは出来ないということは本人が最もよく分かっている。だから畑山先生の言葉は清水の心には届かない。

 

「ふっ……ふざけんな!俺が欲しいのはそんなんじゃない!!」

 

そうして清水は激昴する。だからといってこの人数の前では武器も何もかも剥ぎ取られた清水は何も出来ない。それが分かっているからこそコイツはここで叫ぶしか出来ない。

 

「清水くん、落ち着いて───」

 

「もういいか?」

 

もう清水が人間族に戻ってくることは無いだろう。人間族の側では清水の欲望を満たしてやることは出来ないのだ。清水からすれば、それが出来るのは魔人族だけ。だが、どうせコイツも利用されるだけされて捨てられる可能性の方が高い。なら精々ここで情報を吐き出して俺達や、ついでに少しは人間族側の役に立てば多少の免罪にはなるだろう。

 

「……良くないですよ!神代くんもそれを仕舞ってください!!」

 

「断る。……清水、魔人族について知ってることを話せ」

 

俺は畑山先生を押し退け、清水に魔人族のことを問う。しかし畑山先生もそれに抵抗してくる。面倒になった俺は畑山先生を突き飛ばす。

 

「きゃっ───」

 

だがそれでもこの人は怯まない。諦めない。突き飛ばされてなお俺の前に立ちはだかろうとする。

 

「……シア───」

 

この人に退いてもらえと、そう言おうとしたその時───

 

「駄目です!避けてぇ!!」

 

シアが急に叫びながら飛び込んできたと思ったら畑山先生を抱き抱えその勢いで清水も突き飛ばそうとする。そして飛来したのは青色の水流。それが通過した箇所は畑山先生の頭があったはずの場所。だがシアがその身を捻って畑山先生を庇う。

 

「クソっ!」

 

即座にシアの守りに入ってくれたユエに感謝しながら俺は拳銃で恐らく破断と思われるその魔法を打ち払い、遠見の固有魔法で射線を辿ってその射手を探し出す。はたしてそこにいたのは空を飛ぶ魔物に乗って既に退避し始めた尖った長い耳を持った男だった。俺はそいつ目掛けて電磁加速式拳銃の弾丸を、その弾倉の中身が尽きるまで撃ち続ける。

 

ドッッッッパァァン!!

 

と7連発された銃弾が、俺の反撃と攻撃方法を予測してバレルロールで回避を試みた魔物の片脚と魔人族と思われる奴の片腕を引き千切る。だがそこまで。流石にこの距離だ。拳銃の銃身と弾丸のサイズでは精密射撃には期待できない。魔人族を仕留めるまではいかず、取り逃してしまう。だがそんなことは今はどうだっていい。今は───

 

「シア!!」

 

俺は真っ先にシアに駆け寄り傷の具合を確かめる。

 

「うっ……ぐっ……」

 

シアの怪我は重傷だった。見たところ、運良く主要な内臓こそ傷付いていないものの、腹部に1センチ程の風穴が空けられていた。

 

「神水だ、飲めるか?」

 

「先生を……先に……」

 

「あ……?あぁ……」

 

傍で倒れていた先生の方も確認すれば、シアよりも確かに先生の方が重傷だ。こちらは生命維持に重要な臓器まで穴が開けられていて、このまま放っておけば数分かそこらで命を落とすだろう。俺は仕方なしにシアの言う通り先生を優先することにした。まずは試験管のような容器に入れられた神水を半分ほど傷口に掛け、残りをその容器ごと先生の口へ突っ込む。

 

「飲め、助かる」

 

「はっ……んぐっ……!……んく……ん……はぁ……っ!?」

 

畑山先生の容態が落ち着いたことを確認してからシアへも同じように神水を与える。

 

「……神代くん、清水くんも……」

 

シアの傷も塞がり一先ず安心したところで畑山先生が清水も診ろと急かす。見遣れば清水もかなりの重傷だった。こちらは胸に穴が空いており、それこそ今すぐに神水を与えなければ確実に死ぬだろう。

 

「カホッ……カヒュッ……いやだ……死にたく……ない……なんで、俺が……」

 

だが俺は正直清水を助ける気は毛頭ない。そもそも、ティオと違ってコイツは自分の意思で俺の敵に回ったのだ。完全に洗脳されていたというのならまだ情状酌量の余地もあろうが、自分の意思で敵に回ったコイツに貴重な神水を使ってやる気は無い。だが仮にも依頼人の言葉だ。そう無下にもできまい。

 

「清水、俺にはお前を助ける事が出来る。……聞くが、お前は俺の敵か?」

 

だから俺は形だけの質問をする。けれどこいつがこの場面でどんな答えをするか、だいたい想像はついている。そして俺の答えも───

 

「違っ……敵じゃない……俺、俺どうかしてたんだ……ゴホッ……あんたの為なら何だってする……魔物の軍隊だって……女だって……何でも操るから……」

 

やはり清水は俺の想像通りの答えを返してきた。濁った目で、卑屈な笑みを浮かべて。その瞳は欲望と嫉妬と憎しみと怒りと……およそ考えつく限りのあらゆる負の感情が混ざりあって、底の見えない汚れた沼の様だった。

 

「違うよ清水……。俺が欲しかったのは、例えそれが嘘でもそんな言葉じゃない……」

 

だから俺は神水の代わりに弾丸をくれてやる。電磁加速もしていないそれであっても、現代の拳銃とは炸薬の質も量も違うそれで一撃の元に胸を吹き飛ばすことは容易だった。それは致命傷となって清水の命を決定的に吹き飛ばす。誰が見ても死亡は確実だった。俺の気配感知の固有魔法も、目の前の人間の死を明確に伝える。

 

「なんで……っ!!神代くん……っ!!」

 

「……清水はもう戻れないよ。戻れないのなら俺の敵だ。敵は、殺す」

 

「そんな……」

 

「畑山先生からの依頼はウルの町をこの魔物の侵攻から守ること、そしてその主犯をアンタの前に連れてくること。依頼は完了し、報酬も既に貰っている。これでお別れだ」

 

「待って!待ってください!別に殺すことはなかったはずです!」

 

「……一緒にいれば、ハイリヒに帰ればって?悪いがそれを信じられるほど俺は優しい世界は生きてこれなかったよ。それにな、これだけのことを出来たんだ。またいつ魔人族が清水と接触してくるか分かったもんじゃないでしょう?その時はアンタらだけじゃない、確実に俺達もターゲットだ。つまりこいつはもうずっと俺の敵になるんだよ」

 

だから殺したのだと、畑山先生に伝える。清水の能力は、確かに準備に時間が掛かる。だが言い換えれば、その時間さえあれば今回みたいな結果をもたらせるのだ。もしもっとコイツに時間があれば、もっと魔法の腕が上がれば、そして魔人族から更に強い魔物の貸与があれば……それはきっと俺達をして無視できない脅威になり得るだろう。例え最後には捨てられるだけであっても、魔人族からすれば清水にはまだ利用価値がある。そんな奴を野放しにはできないのだ。

 

「別に恨んでくれても構いません。何にせよ俺はアンタの教え子を殺したんだ。だがそれで俺の敵になるというのなら、アンタも殺す」

 

そして絶対に俺達が相入れることもないのだと、明確にする。じゃあなと、俺は四輪車を宝物庫から呼び出し、ウィルも引き連れてそれに乗り込む。崩れ落ちる畑山先生達を捨て置いて、俺達はフューレンへの帰路を急いだ。残されたのは畑山先生の怨嗟の籠った眼差しと、喉の奥につっかえた後味の悪さだった。

 

 

 

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