「ノーヘル、危険運転、速度超過、無免許運転……。そもそも車体が違法……は俺のせいか」
目の前で繰り広げられている道路交通法違反のオンパレード。飲酒運転と過失致死傷が無いのは救いか言い訳か……。きっと交通警察が見たら卒倒しかけた後、パトカーや白バイが唸りを上げるに違いない。
イルワから正式にミュウをエリセンまで送り届ける任務を受諾した後、俺達は四輪に乗って移動していたのだが、シアが二輪に乗りたいというので操作方法──と言っても魔力操作で動かすのでそう難しくもないのだが──をレクチャーし、渡したところ、元々バイクの風を切って走る感覚が好きだったらしいシアはどハマりして草原とライセン大渓谷の狭間を爆走している。やろうと思えばハンドル操作も魔力で行えるため、シートの上に立ってポーズを決めてみたり、どこで覚えたのかやたらと派手なドライビングテクニックを俺の動かす四輪車の眼前で披露している。フリフリと煽るように揺れるウサミミと尻尾が小憎たらしい。元の世界に帰ったら真っ先にシアには道交法を叩き込まねばなるまい。まさか異世界ウサギがハンドルを握ると性格が変わるタイプだとは思わなんだ。
しかもミュウがそれを見て自分もやるから乗せろと騒ぐので、俺の運転するバイクに乗るのは良いけどシアの運転するバイクにだけは絶対に乗るな注意しておく。もちろん、隠れて勝手に乗せてもらうのも駄目だと釘を指すことは忘れない。あの調子乗りウサギ……遂にはバイクに乗らずに自身を牽引させて滑りだしたぞ……。
「主の世界には面白い乗り物が多いのじゃな。しかも本当は誰でも動かせるのじゃろ?そういうのは作れんかったのか?」
このティオ、もう着いてくるのは諦めたのだが最初は俺のことを"ご主人様"と呼ぼうとしたのでそれだけは全力で却下した。コイツがどんなに俺を慕ってくれていようがその呼び方は他でもない、リサだけのものだからだ。まぁ、今の呼び方も意味合い的には変わらんのだけど、こればっかりは気分の問題なのだ。
「無理。あれだって俺の世界の動力の再現が出来なかったから妥協して作ったんだ。本物は魔力無しで同じように動かせるけど今手に入るこの世界の物質と技術じゃ不可能だな」
まずガソリン無いし。地面を深く掘ればもしかしたら原油くらい出てくるかもしれないけど、それをガソリンやらに精製する技術が無い上にエンジンの開発も俺には無理だ。電気だって必要になるから発電機も必要だし……。
もっとも、そういった現代技術で作られた機械駆動のバイクや車を今のシアように操縦するには途轍もない修練が必要になるだろうが。そういう意味では魔力駆動も悪いところばかりではない。
「ふむ……。妾も後であのバイク?というやつの後ろに乗っけてほしいのじゃ。シアのあの風を切る姿は気持ちよさそうなのじゃ」
「えぇ……、面ど……分かったよ、そのうちな」
ぶっちゃけ面倒臭かったのだがそれを見せた時のティオの顔があんまり寂しそうだったから思わず甘さを見せてしまった。すると俺の後ろでティオがニマニマと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「んんー、打たれるのも良いがこういう主も良いものじゃのぉ」
「……お前、乗せてやんねぇぞ」
「あぁん、乗りたいのじゃ乗りたいのじゃ意地悪は止めてたもぉ!」
俺の反撃に肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら乗せろと懇願するティオ。こら、前見えねぇだろうが。
ティオの手を振り払って運転に意識を戻そうとすると今度は横から冷たい目線が突き刺さるのを感じる。犯人はユエだ。
「……何だよ」
「……天人は甘い」
ジトーっと音が聞こえてきそうな程の半眼で俺を睨むユエ。言われなくても分かっている。最近の俺は甘すぎる。例え同じように召喚された高校生共を皆殺しにしてもリサの元へと帰る決意を固めていたあの時から比べたら胸焼けと吐き気がするレベルだ。けどま───
「そりゃあ、ユエのせいだろ」
「……私?」
「あそこからユエを出したあの時からだ。俺ん中でまた誰かを助けようなんて思えたのは。……とは言え、感謝はしてるよ。お前と出逢えたから俺は本当の化物にならずに済んだんだ。きっと独りだったら……俺ぁアイツに顔向け出来ねぇまま帰ることになってた」
きっとあそこにユエがいなければ、いや、あの部屋に入らなければ俺はあの奈落の底を出た後にもフェアベルゲンでシアを助けることも無くティオをその場で殺していただろう。リサと再び会う道を行くためにお前らは邪魔だと。きっと何の躊躇いもなく引き金を引いていたに違いない。だからあの出逢いは俺が俺であるために最も必要な出逢いだったのだ。
「……天人」
ミュウの頭越しにユエの頭を撫でる。するとユエは「……ん」と気持ち良さそうに頭を出来るだけ寄せてくる。
俺はミュウを膝の上に乗せてユエが俺に寄り掛かれるようにしてやると、ユエは俺に身体を預けてくれる。その腰に手を回し、ギュッと引き寄せるてそのまま頭を撫でてやる。
「あぁ!まーた天人さんとユエさんで世界を作ってますぅ!」
するとバイクを乗り回していたシアが、開けていた車の窓からウサミミを突っ込んできてきた。俺は仕方なしに車の操作を魔力操作に任せてシアのウサミミをもふもふと撫でる。するとシアもニヘラと頬を緩ませ気持ち良さそうに頭を擦り寄せる。自分で撫でておいて何だが、運転に集中してくれ……。
───────────────
宿場町ホルアド。オルクス大迷宮への入口があり血気盛んな冒険者や傭兵に加えて国お抱えの兵士たちで溢れるここは本当の意味で俺のトータスでの旅の始まりの地であるとも言える。
そんな町のギルド支部はブルックにあるそれよりも薄汚れていた。中で屯している奴らもあまり友好的とは言えない雰囲気……というより何かに怯えているのかやたらとピリついている。俺はその妙な雰囲気を感じたまま奥のカウンターへと向かう。建屋の中に足を踏み入れた瞬間に俺達へと向けられた殺気に肩車をしていたミュウがビビってしまったので抱き抱えて周りの景色を見せないようにしてやった。それでも向けられる気配は何ら変わらなかったので威圧の固有魔法でそれらを押さえつけ、ただの数メートルにやたらと気疲れしながら目的の場所へ辿り着いた。
「……ここの支部長はいるかな?フューレンのギルド支部長から手紙を預かってきたんだけど、直接渡せと言われてるんだ」
俺は出そうになる溜息を抑えつけながら手紙とステータスプレートを受付のお姉さんに渡す。
すると、ギルド支部長からの直々の依頼というのは珍しいのか、訝しみながら手紙とステータスプレートを受け取った受付は俺のそれを見て目を見開いた。
「き、金ランク!?」
冒険者において金ランクというのは余程のことなのだろう。武偵で言えばSランクのようなものか。そう考えればイルワやこの人が金ランクを特別視する理由も納得いこう。
「しょ、少々お待ちください!!」
思わずランクを口走ってしまったことを顔面蒼白になりながら謝り倒そうとする彼女を宥め、取り次いでもらおうと促すと、奈落の魔物もかくやという素早さで奥へと消えていった。
だが受付の人がここの支部長を連れてくる前に誰かがこちらに駆け寄ってくる音がする。何事かと思ってそちらを見れば、駆けてくるのは黒い装束を身に纏った若い男が1人。その前髪で隠れがちな印象の薄い顔には、それでも俺は見覚えがあった。
「……遠藤?」
「神代!?」
俺の呟きが耳に届いたらしい遠藤は俺を見て幽霊でも見てしまったかのような顔をしている。そう言えば遠藤は畑山先生達とは一緒にいなかったな。つまり、今もオルクス大迷宮の表で修行しているという天之河達と一緒にいたというわけか。
だがその遠藤が1人でこんな所を大慌てで駆け回っている理由が分からん。だがその理由もすぐに本人から明かされる。
「お前……神代……生きてたのか……」
「あぁ。どうにかな」
「あぁ……良かった……それよりお前、金ランクって……」
「それが?」
「つまり、あの奈落の底から自力で脱出できて、冒険者の最高ランクを貰えるくらいには強いって事だよな?」
「さっきからどうしたお前」
「頼むよ!一緒に迷宮に潜ってくれ!早くしないと皆死んじまう!健太郎も重吾も皆!頼むよ神代!」
「待て待て待て。死ぬ?アイツらがオルクスでか?天之河やメルド団長はどうした?あの辺が居ればどうにか───」
普段あまり目立つ様子の無かった遠藤が、少なくとも俺の前では初めて見せる剣幕に思わずたじろぎながらもどうにかそう返す。
「……死んじまったよ」
「あ?」
「だから!皆死んじまったんだ!団長も!アランさんも他の皆も!迷宮に俺達と潜ってた騎士の人達は皆死んじまったんだ!俺を逃がすために!俺のせいで……俺のせいで皆死んじまったんだんだよぉ!!」
俺はその叫びに「そうか」としか返せなかった。調子に乗って1度大迷宮の罠に殺されかけたアイツらが、メルド団長がいる中で深く潜りすぎたなんてことは考えにくい。そうなると探知を掻い潜った未知の罠か、何者かの襲撃か。そして、殺された、逃がすために、という言葉で俺の脳裏に浮かぶのはウルの町を襲った魔物共。あれを操っていたのは他でもない異世界召喚組の1人、清水だったがそれを更に影で操っていたのは魔人族だった。今回もその可能性があるということか。俺がそれを確かめようとすると、後ろから声が聞こえる。
「続きは奥でしてもらおうか。そっちは俺の客らしいな」
ここの支部長なのだろう。見たところ歳は60程だろうが、鍛えられた筋肉で膨れ上がった肉体と左目に入った大きな傷が特徴的な人物だった。ハリがあり覇気をも感じさせる声に項垂れていた遠藤の顔も上がる。
「いや、もう話はついた。悪いがアンタは後回しだ。……遠藤、八重樫と白崎は生きてるのか?」
「え?……あ、あぁ。あの二人がいなかったら今頃本当に───」
「天之河なんぞどうだっていいがあの2人には借りがあるんだよな……。……ティオ、ミュウを頼んだぞ。ユエ、シア、悪いが手伝ってくれ」
「……ん。天人のやりたいように」
「はい、天人さんにお任せします」
俺は抱き抱えていたミュウをティオに預ける。ミュウはそれで俺達がどこか遠いところへ行ってしまうのではないかと思ったのか、涙目でこちらを見つめてくる。
「ミュウ、ティオお姉ちゃんと良い子でお留守番してるんだぞ?大丈夫だ、絶対戻ってくるから」
俺がそう言って頭を撫でてやればミュウも納得したようで目を細める。この変態に預けっぱなしも心配だからな。早く戻るに越したことはない。
「さて遠藤。お前らを襲ったのは魔人族か?」
「っ!?……そ、そうだけど、何で……」
「それは後でな。ギルド支部長、アンタは俺に依頼するんだ。オルクス大迷宮で魔人族に襲われた勇者一行を救出しろと」
「あ、あぁ……。イルワからの手紙は読んだ。信じられんがお前達なら───」
「手付け金で100万、魔人族を殺す、もしくは捕縛して連れて来たら300万、勇者である天之河光輝を救出したら500万ルタ、それ以外の勇者一行は1人につき10万。俺達が戻るまでに即金で用意しろ。それが報酬だ」
八重樫と白崎にはあの夜の義理は果たすつもりだ。だがここで安請け合いして後から後から面倒な仕事を押し付けられるのも癪だ。俺は簡単には動かないぞ、ということを知らしめてやらなくてはならない。
「っ……」
「困ったらイルワにでも泣きつくんだな。もしイルワが用意するというのなら金の回収はそっちからやらせてもらう」
もっとも、イルワも金だけで人類の希望たる勇者が助かるなら文句は無いだろう。例え俺達が行った時に既に死んでいたとしても、そんな勇者を殺せる魔人族の奴を潰せるのだ。問題はあるまい。
「遠藤、道案内は任せるぞ。担いでってやるからな」
俺は遠藤を肩に担ぐと足早にギルドを出て行く。早くしないとアイツらが死んじまったら俺の報酬が減るからな。
───────────────
「そう言えば借りって何ですか?」
オルクス大迷宮を駆けながらシアが問いかける。俺が思い切り良く誰かを助けに行こうとしたのが不思議らしい。失礼な奴だと思わんでもないが、日頃の行いだろうなぁ……。
「んー、奈落の底に落ちる前の夜にな、2人にはちょっと愚痴聞いてもらったことがあってな。それに、白崎って奴と俺は色々と似ててな。まぁそれだけなんだが……」
白崎の言っていた南雲ハジメという生徒。本当ならこの世界に呼ばれるのは俺ではなく彼だった筈だ。そんな彼に白崎は再び会いたいと、そして自らの秘めた想いを告げたいと言っていた。それは奇しくもリサにもう一度会うんだ、また抱き締めるのだと誓った俺とよく似ていた。だからまぁ、白崎がこの世界で死にそうなら助けてやらんこともない。それだけの話。
へぇ、とシアは自分から聞いた割には興味が無さそうだった。ユエも特に白崎に興味があるわけではないらしい。だが別のことが気になっていたようで、会話を続けてくる。
「……天人、やっぱり素直じゃない」
「……何が?」
実際、俺が奴らを助けようとする理由なんて本当に今言った通りなのだが……。
「……態々大勢の前で助けに行くと宣言した。勇者が危機にあると聞いて皆不安だったから」
「……奥まで行ってる時間が勿体無いと思っただけだ」
「……天人、照れてる」
「照れてないやい」
「あの、魔物を屠るかイチャつくかハッキリしてくれませんかね……?」
遠藤が割り込んできてこの俺を辱めるだけの会話は終わりを迎えてくれた。ユエとシアのニヤケ顔がムカつくな……。
そうしてしばらく無言で迷宮を突き進んで行くと、ようやく89階層まで辿り着いた。遠藤の話ではこの階層に天之河達は隠れて休んでいたらしい。だが魔人族の配下の魔物が襲ってきていたということはどうやら彼らも見つかったみたいだな。
「……あれか」
俺が遠見の固有魔法で行く先を睨むとそこには4本腕の魔物に吹き飛ばされる八重樫がいた。この階層に踏み入れた瞬間に感じた天之河のものと思われる魔力の奔流は既に潰えていた。あれだけの魔力量があってまだ八重樫が危機に陥っているということは、時間切れでなければ甘さを見せたのだろうな……。
「飛ばすぞ」
俺は縮地と空力を使って加速していく。ユエとシアは流石にこれには着いては来れないがもう真っ直ぐ進むだけなので問題あるまい。
途中で遠藤も捨て置き、俺は更に加速していく。遂に俺は己の殺傷圏内にその魔物捉えた。
「ルゥオオオオ!!」
俺の胴体よりも太い腕を振りかぶり、八重樫と白崎を叩き潰そうとする魔物。俺は縮地で最後の一歩を踏み出すと宝物庫から呼び出した金剛を付与したトンファーでその剛腕をかち上げようとする。
───バゴッッッ!!!
と、明らかに肉とトンファーがぶつかったとは思えない音が響く。俺のトンファーと奴の腕が衝突したその瞬間、この4本腕のゴリラ野郎の固有魔法だろうか、打撃面から衝撃の波が発生したのだ。俺は空力を使って足を空中で踏ん張り、腕力に物を言わせて左腕を跳ね上げる。そしてそのまま右手に電磁加速式拳銃を召喚。4本腕ゴリラの頭、胸、腹を目掛けて引き金を弾く。
───ドパァン!ドパァン!ドパァン!
と、何かを吐き出すかのような独特の発砲音が迷宮の中の大気を震わせる前に、既に巨躯の魔物は超音速の弾丸によってその生命を肉と血と臓物とを共に散らせていた。
「……神代、くん……?」
俺の方に降り掛かるそれらを魔力放射で押し退けながら地面に降りた俺の耳に届いた声は久々過ぎて忘れかけていた白崎の声。その白崎の呼び掛けに驚いた声を漏らす八重樫。
「相変わらず仲良いな、お前ら」
死の直前まで寄り添う2人を見て思わず呟く。
「え……?あれ……え……?」
八重樫の方はいまだに混乱から抜け出せていないらしい。まぁ、死を覚悟したその瞬間に、死んだと思っていた奴が助けに入ったのだからその気持ちも分からないではないけど。
「……少しは落ち着けよ八重樫」
時間が止まってしまったのかと思うくらいに静寂に包まれていた空間だったが、ゴロゴロと人が転がってくる音が割り込んでくる。見ればユエを抱えながらも俺に追いついたシアが遠藤も引っ掴んでいて、追い付いたからと投げ捨てたのだ。
「ってぇ……っておい神代!置いてくなよ!てか捨てんな!」
俺に捨てられシアに捨てられ、文字通りゴミのように扱われた遠藤が憤っている。だが正直もう遠藤に構っている暇は無い。
「……シア、あっちで倒れている騎士甲冑の男を診てやってくれ。ユエはコイツらとあっちで固まってる奴らの守りを頼むよ」
「はい!」
「……んっ」
とてとてと、軽い足取りでメルド団長の方へ向かうシアと八重樫と白崎を立たせて身体強化を使って他の生徒達の方へ担いで行くユエ。どうやら天之河も生きているようだし、依頼料はMAXで貰えそうだ。
俺はトンファーを仕舞い両手に電磁加速式の拳銃を構え、そのままユエとシアの周囲の虚空へ向けて引き金を弾く。発砲音がこの空間を占領するより早く、何も無いように見えたそこから血飛沫と肉片が撒き散らされた。ゴトリと音を立てて倒れたそれは獅子の身体に翼を持ち蛇の頭の形をした尻尾を持った魔物達だった。姿を消す固有魔法を使っていたようだが、あまりにお粗末な上に魔力の気配そのものは消せていなかったので俺の義眼に付与された魔力感知には丸裸も同然だった。
「……お前か?この魔物共を仕切って勇者達を襲ったのは」
俺は奥にいた赤毛の魔人族と思われる女に話しかける。姿を消していたはずの魔物が瞬殺されたからか、そいつは俺を強く睨みながら返す。
「……だったら何だって言うんだい。どっちにしろ人間族は殺すんだ。……殺れ」
魔人族の女がその言葉を発した瞬間、俺の真横の空間が揺らぐ。だがそこに魔物がいることは魔力感知で分かっていたことだ。俺は縮地でその場を真上に離脱するとそのままそこへ発砲。混ざりものの魔物を撃ち砕く。それを戦いの狼煙として大型犬くらいある猫のような魔物、ブルタールとかいう力自慢の魔物に似た奴、ウルの町を襲った中にもいた4つ目の狼の魔物達が一斉に俺やユエ、シアに襲いかかった。だがそもそも奴らの隠匿の固有魔法は動いていない時しか十全に発揮されない中途半端なものだ。しかもその固有魔法を持っていたのはデカい尻尾の伸びる猫の魔物が持っているものだったらしく、奴が触れている間だけ効果を発揮するのだろう。一斉に魔物が動き出した今、殆どの魔物がその姿を現している。猫だけは姿を消しながら上手いこと俺の死角に回り込もうとするのだが、他の魔物はユエの魔法に消し飛ばされるか串刺しにされ、シアのドリュッケンに叩き潰されるほか無い。俺は、自分に向かってくる奴のその尽くを拳銃弾で砕いていく。すると───
──キュワァアアア──
と、甲高い鳴き声がしたかと思えば魔人族の影に鎮座していたデカい亀の姿をした魔物が大口を開けてそこに大きな魔力を蓄えていた。……あれは決め技の類だな。
そして次の瞬間、それは発射された。吐き出されたのは口元で圧縮された魔力の塊だった。俺はそれに合わせてティオとの戦いでも使った大盾を召喚、それを受け止める。あのティオの破滅的な
俺は盾を跳ね上げてその攻撃を斜め上へ逸らす。そしてそのまま奴の顔面へ向けて発砲。
いくら硬い甲羅を持っていようが所詮は亀。攻撃の射線をなぞるように射撃をすれば頭を引っ込めようがその頭ごと内臓まで弾けさせることが出来る。
さらに俺は大盾を仕舞い、左手に拳銃を呼び戻すと魔人族の女の肩に乗っていた白い鳩の様な魔物も撃ち殺す。とはいえ、弾丸を直撃させては余波で魔人族の女まで一撃の元に殺してしまうのであえて撃ち砕かずに射線を逸らし、超音速の弾丸によって引き裂かれた大気から発生するソニックブームでその鳩を切り裂いて絶命させた。俺は残りの魔物共も叩き潰していきながら少しずつ魔人族の女に寄っていく。そうしてユエやシアの攻撃もあり、奴が連れていた魔物共を全部片付けた後、それでもなお魔法の詠唱をしていた魔人族に縮地で距離を詰め、その鳩尾に宝物庫から拳銃と取り換えたトンファーを叩き込む。
「ゴッ───」
一瞬身体を浮かせた後、崩れ落ちるように倒れ込んだ魔人族の足の指を踏み抜き、骨を砕く。痛みで魔人族の女は叫び声を上げようとするが鳩尾に一撃喰らったおかげで息が詰まっているのだ。声を上げることすら出来ない。
「……さて、あの魔物共はどこで手に入れた?」
「……言うと、思うのかい……?」
やっと出てきた答えは俺の想像通りのものだった。息も絶え絶えながら強気に振る舞うそいつに、俺は返事の代わりにもう片方の足の指の骨を踏み砕く。今度は聞きたくもない絶叫が響く。
「あの魔物共はどこで手に入れた?」
「……私がっ……人間族の、有利になるようなことを……ベラベラとぉ……喋ると、思った……のかい……?」
再び同じ問いをするが、思っていたよりコイツの口は固いようだ。俺はその口をこじ開けるべく、潰された彼女の右足の指をさらに踏み躙る。再び響く声を無視して俺は質問を続ける。
「俺は人間族として聞いているんじゃない。俺個人として興味があるから聞いているんだ」
「はっ……」
だがそれでも俺を睨むだけで喋ろうとはしない。まぁこれくらいならまだ喋らない奴も多かったからな。そう珍しくもない。
「ま、大方予想は付く。ここに来たのは勇者の勧誘以外にも、本当の大迷宮を攻略するため、だろう?」
遠藤から、コイツがまず最初にしたのは勇者の魔人族側への勧誘だというのは聞き及んでいた。まぁ、どっちにしたってコイツはここで殺すのだ。オルクス大迷宮の裏を話して予想が外れていても問題はあるまい。
「……アンタもあの方と同じって訳か。この化け物じみた強さも納得だね」
あの方、ねぇ。そう言えば清水は清水で何やら強い魔物を貸し与えられたとか言ってたな。ということは魔人族の誰かがどこかの大迷宮を攻略し、それは魔物を強くするのか新しく作り出せるのか、その類の神代魔法だったということか。そういや、俺達がこっちに呼ばれたのも魔人族が魔物を操り始めたことが切っ掛けだったな。
……なるほど、もう充分だ。俺は拳銃の銃口を奴に向ける。
「……いつかあたしの恋人がお前を殺す」
そんなことはどうでも良いことだ。もう既に2回も大きな計画を邪魔されているのだから魔人族からしたら俺は殺害の最有力候補だろう。そのうちまた魔人族とは大きなぶつかり合いになるのは承知の上だ。奴の言うことは放っておいて、俺はそのまま引き金を引こうとするのだが───
「待て!」
と、後ろから天之河の声が響く。……久々にその声を聞いたな。
「待つんだ神代、彼女はもう戦えない。殺す必要は無いだろ!」
だが奴の言葉に一々耳を傾けてやる必要は無い。いくら肋と足を砕かれようとまだ魔人族には強力な魔法がある。それは詠唱さえ行えれば発動できるのだ。そして俺のオラクル細胞を貫く致命の一撃は例え裸にひん剥いても血でも何ででも魔法陣を描けてしまえば俺の背後から放たれる。俺は天之河の方を振り返ることもなくただ機械的に引き金を引き、胸と頭を弾く。奴が死んだことを確認してから俺はそのままシアの方へ歩いて行く。
完璧に絶命した彼女を見て、天之河が叫びながら俺に飛び掛ってくる。だがいくら勇者様とは言え、既に魔力切れの身体だ。せいぜい俺の胸ぐらを掴むのが精一杯。俺はそれを振り払い天之河を放り捨てる。
「なぜ、何故殺した……。捕虜……そうだ捕虜にすれば良かったじゃないか!!」
だがこの男の正義感は留まることを知らないらしい。地面に転がりながらもそんな訳の分からない妄言まで出始めた。正直、相手にするのは面倒なのだが、どっちにしろ上まで連れて帰らなければならない以上はここで黙らせるのも一つの手か……。
「……捕虜にして、その後はどうする?見てなかったのか?アイツは足を砕かれても喋ろうとはしなかった。喋る奴は1枚でも話すからな。あぁいう手合いは中々話さないぞ?」
「そ、それは……」
「それとも連れてって話すまで剥がし続けるか?それを誰がやる?お前がやるってのか?それとも自分じゃやりたくない事は他人に押し付けるか?」
「いや、いや……。ていうか剥がす?何のこと───」
「爪だよ爪。喋る奴は目の前にペンチを置くだけでも口ぃ回るけどな。ま、そもそも捕虜1人捕まえての拷問なんて効率悪いぞ?助かりたくて適当に喋る奴もいるからな。何人か別々に捕まえてそれぞれ話させて裏取らないと駄目な場合も多い。……それに、話した後はどうする?戦争法なんてこの世界には無いだろうから確かに捕虜に拷問しても後で問題になることはないだろうけどな。捕虜だって生きてるんだぜ?情報聞き出すなら生きてないとな。で、生かすなら水と食べ物は必要だろう。で、それはどうやって用意する?」
「そんなの、普通に用意してやれば……」
「誰が?どうやって?言っとくが、ハイリヒ王国も国民の税金で動いていることを忘れるなよ?捕虜の飲み食いだって税金から出すんだ。それを国のトップが納得するかな?それに、聖教教会の上の方は随分とエヒト様にご心酔だったからな。魔人族の捕虜なんて連れてってもお前らの見てないところでどんな殺され方をされるかな。一思いに殺してくれれば楽だろうけどなぁ」
俺の事情以外にもアイツをこの場で殺す理由はいくらでもあるのだ。そもそも俺がこの場に来た以上、奴はこの場で俺に殺られるのが最も楽で戦士としての尊厳を踏み躙られない死に方なのだし。天之河の様な甘ちゃんに何を言われる筋合いも無い。
「それは……。お前だって、彼女に拷問してただろう!?」
「俺のはただの答え合わせだからな」
もう話は終わりだとばかりに俺はシアの方へ向かう。ユエももうお守りは必要なくなったと判断したのか、こちらへ向かって歩いて来る。
「シア、メルド団長の方はどうだ?」
「あと少し遅かったら分からなかったです。……けど良いんですか?言われた通り神水を使いましたけど……」
「うん、その人にはそれなりに世話になったからな。それに、ここでこの人がいなくなってアイツらに変な教育係を付けられても困るし」
実際、1人だけ素性の違う俺がクラスの連中と上手くやれるように気を回してくれたのはメルド団長だったのだ。天之河の甘さまでは矯正出来なかったようだが、それでもここで亡くすには惜しい人だからな。
「……天人」
「ユエ、ありがとうな。頼み聞いてくれて」
「……んっ」
ユエ様は頭を差し出し、撫でろとの御用名だ。手伝ったご褒美ということらしい。俺は思わず苦笑しながらもそれに応える。するとユエも頬を綻ばせて喜びを表す。そうして2人で見つめ合っていると、間からシアが冷たい目をしながら割り込んでくる。
「……まったく、空気読んでくださいよぉ。ほら、皆さん集まってきましたよ?」
シアに言われて周りを見渡せば、確かに生徒達が足取り重く俺たちの周りに集まってくる。
「……神代、なぜ彼女を殺した───」
「神代くん、色々聞きたいことはあるのだけれど、メルドさんはどうなってるの?見たところ、傷も塞がっているし呼吸も安定してる。致命傷だった筈なのに……」
俺を問い詰めようとした天之河を押し退け、八重樫がメルド団長の傍に膝をつき、厳しい顔付きで彼の容態を確認してくる。
「あぁ……。まぁ死んでなきゃどうにかなる薬だ」
「そんなの……聞いた事……」
「俺も、前に本で読んだっきりだったけどな。ま、そんだけ貴重な物だからな、お前らは治癒魔法で対応してくれ」
魔力を回復させる薬を投げて寄越しながら俺は最初に撃ち殺した4本腕の魔物の肉を回収しに行く。俺のその行動の意味が分からない生徒達はただそれを見ているだけだったが、俺が戻ってくると再び天之河が俺に詰め寄ってくるのだが……。
「おい神代、メルドさんを助けてくれたことには礼を言う。だけどなんで───」
「ありがとう神代くん。メルドさんのことも、私達のことも、助けてくれて」
またもや割り込まれている。今度は白崎だ。天之河くん、不憫な子……。
「別に、タダで助けたわけじゃない。キチンと報酬の用意された仕事だ。ほら帰るぞ。お前らを連れて帰らないと金が貰えない」
ほら帰った帰ったと、手を下から扇ぐようにして生徒達を帰路へと赴かせる。……何となく、引率の先生みたいだな。
───────────────
「……待てよ、何で彼女を殺す必要があった?捕虜に出来ないというのならあそこに置いていけば良かったじゃないか!そうすれば、戻って来ない彼女を心配して仲間が来たはずだ」
大勢を連れて帰り道を歩いているとやはり天之河が俺に絡んできた。もはや言ってることが滅茶苦茶だ。だが本人はその事に気付いていないのか目を逸らしているのか。どっちにしてももう相手をしてやる気は無いのだが……。
「……くだらない奴。天人、行こ?」
俺に再三絡んでくる天之河をユエはくだらないと切って捨てて俺の手を引く。俺もそれに応えてさっさと帰り道を行く。
「待て、待ってくれ。俺の話は終わっていない。神代の本音を聞かないことには仲間とは認められない。捕虜に出来ないにしても、殺す理由にはならない筈だからな。それに、君は一体誰なんだ……?助けてくれたことには感謝するけど、初対面の相手にくだらないなんて失礼じゃないか?」
あぁもう本当に煩いな。この際宝物庫に押し込んでやろうか……?もう既にユエは天之河には完全に興味を無くし視線も合わせようとしない。だが天之河はそれでも優しげな笑みを浮かべてユエに話しかけようとしている。まぁあの顔だ。これまでここまで女の子に無視されたことなんて無いのだろうが……。
「……天之河、お前が何を勘違いしてるのか知らないが俺ぁお前らの仲間じゃない。これまでも、そしてこれからもだ。それに、あの場でアイツを放っておけばその内仲間が助けに来る?あの怪我だ。その前に出てきた魔物に喰われて終わりだ。それにな、オルクス大迷宮に仲間が来るってことは人間族の町に魔人族が入り込むって事だぞ?それも戦争の真っ只中にある相手だ。そんなこと許していいわけねぇだろ。連れて帰れない以上はあそこで殺すしかない。いい加減分かれよ」
ここで天之河如きのせいでユエの機嫌を悪くするのも癪に障るからな。言わせてもらおう。そもそもあそこに魔人族の奴が大勢の魔物を引き連れているだけでも本来は大問題なのだ。オルクス大迷宮に入る入口は1箇所しかないはずで出入りの管理もしている筈なのに魔人族が魔物を引き連れて入り込んでいたんだからな。
「うっ……」
俺に言い負かされた天之河はそのまま黙り込んでしまう。おかげで静寂が俺達を包み込む。もっとも、俺達にしてみれば五月蝿い奴を相手にしなくて済む分、マシとも言えるが。
そうして歩いていきあともう少しでオルクス大迷宮の出入口だという所で天之河がポツリと漏らした。
「……それでも、殺人は悪いことだと思う」
もう俺は構う気も無いので無視して進もうとしたが、ここで意外な人物が天之河に食って掛かった。
「……貴方は天人さんの敵ですか?」
シアだ。既にドリュッケンを構え、天之河を叩き潰す気でいるようだ。殺気がダダ漏れ。気配の操作に長けた兎人族とは思えない程だ。……いや、これはわざと分からせているのか。
「待てシア、ソイツは───」
「ゴメンなさい天人さん、待てません。こんな、ただ逃げた人に天人さんのことを否定されるのは許せません」
だがシアは珍しく殺る気だ。敵でも無い天之河を本気で殺そうとしている。
「……んっ。勇者がいないと満額貰えないけど、こいつが生きているよりはマシ」
なんとユエまで殺意が溢れている。天之河には興味を無くしたものと思っていたのだが、既に身体から黄金の魔力光が漏れ出していてこのままだと天之河はマジで死ぬ。
「待て待て、待ってくれ!逃げた?俺がいつ逃げたって言うんだ!?」
「……あのフロアに入った時に感じた魔力量なら魔人族か天人が最初に殺した4本腕の魔物のどっちかは倒せたはず。なのにどっちも生きていたということは、お前が躊躇ったから。違う?」
「……それは」
恐らく図星だろう。俺もユエと同じことを考えていた。恐らく限界突破の類だろうがあれだけの魔力量なら例え時間切れで打ち漏らしが出ても魔人族くらいは殺れただろう。それが出来なかったということはそういうことだ。
「助けられただけの上にそんな腑抜けた奴が天人さんの事を否定するのは許しません。これ以上何か言うのなら、この場で貴方の存在そのものを終わらせます」
もう完全にその気になっているシア。ドリュッケンを握る手や踏み込む脚にも力が込められていて今すぐにでも飛び出してしまいそうだ。そんな一触即発の空気に触れ、他の生徒達が震えている。それだけシアとユエの殺気は凄まじいのだ。
「……ユエ、シア。お前らの気持ちは嬉しいよ。けどな、コイツはそこらの下衆でもなければ兵士でも戦士でもない一般人だ。お前らが殺す価値も意味も無い。コイツをこの場で殺るってことはお前らが下衆以下まで落ちるってことだ。いいか?俺はそんなことは絶対に許さない」
だけど俺はそんな2人を抱き締める。天之河はこの2人が手を下す必要なんて無い。これだけ俺のことを想ってくれていることは嬉しい。だけどここで天之河を殺すことは違うと思うのだ。絡んできた雑魚共をぶっ飛ばすのとは訳が違う。コイツらをそんな底辺まで下げるのは俺が許せない。
「……天人」
「……天人さん」
「……ほら行くぞ。早くしないと日が暮れちまう」
俺は2人への抱擁を解くとそのまま2人の腰を抱いて前に歩き出す。後ろから着いて来ていた生徒達もどうにか歩き出せたようだった。
「……天人」
「はい?」
掛けられた声に俺が振り向くとそこに居たのはメルド団長だった。遠藤に肩を借りながらどうにか着いてきていたこの人だったが、何か言いたいことがあるようだった。
「それに光輝もだ」
「……なんですか?」
「まず天人には礼を言う。生きてくれていたこと、助けてくれたこと。助けたのは仕事と言っていたが、それでも俺は嬉しく思う」
「……そうすか」
「あぁ。それに、光輝達に覚悟を持たせられなかったのは俺の責任だ。責めるなら俺を責めてくれ」
「……そんな」
「俺は教官には向いていなかったのかもな。本来ならもっと早くに教えるべきだったのだ。戦争をするということの意味を。魔人族とは言え、人を殺す覚悟を」
「そんなの、持たないで済む方がきっと幸せだ」
だから俺には責任があるのだ。ユエとシア、それからティオに対する、人を殺めさせてしまった、その人生への責任が。
「かもな。……だが光輝達は持たなければならないのだ。そのために、どこかのタイミングでそこらの賊でもけしかけて光輝達にそれを教えようと思っていたのだが……。平和なところで育ったコイツらを見ているとな、まだその時じゃあないんじゃないかと、な……。だがその半端な覚悟のせいでお前たちを殺しかけてしまった。本当に申し訳ない」
天之河達も、信頼していたメルド団長が自分達に人を殺させようとしていたことにショックを受けていたようだった。だが今にも土下座しそうな勢いのメルド団長をどうにか留め、顔を上げさせる。そしてまた俺は2人と連れ立って歩き出す。後ろから様々な情念渦巻く視線が突き刺さるがそれは無視していくと、ようやくオルクス大迷宮の出口だ。俺が数時間ぶりの光に目を細めていると───
「あ!お兄ちゃん!」
「お、ミュウか」
太陽の輝きを背にミュウが駆け寄ってきた。