「神代くん……ううん、天人くん、私、もっと強くなりたい。だから私も天人くんの旅に着いて行くね!」
「え、面ど───」
「よろしくね!!」
俺の言葉は一瞬たりとも聞いていないらしい。ミュウとティオとオルクス大迷宮の出入口で合流し、ギルドまで勇者御一行を送り届け報酬のうち手付金──残りの成功報酬と成果報酬はイルワから貰ってほしいとのこと──をキチンと受け取った後、さぁ旅の続きに行こうかという所で白崎が唐突に同行を宣言してきた。本人に許可を取るという発想は欠片も無いらしい。もうユエ達にもキチンとした自己紹介をし始めている。
これは完全に俺の意見が無視される流れだ。だがこの潮流に待ったをかける人物がいた。そう、"勇者"だ。
「待ってくれ香織!いきなりどういうことなんだ!?」
珍しいな天之河、俺も全く同じことを思っていたよ。
「私ね、思ったの。王国の皆からは凄い凄いって持て囃されてたけど、実は全然そんなことないんだなぁって。私がもっと強ければ今回だってどうにか切り抜けられたかもしれないのに。だから私、皆を守れるくらい強くなりたいの。その為には天人くんに着いて行くのが1番かなって。だから……」
「だからって、俺達の所にいたって強くなれるさ。もっともっと修行して強くなれば良い」
天之河が、だからこっちへおいで、とでも言うかのように手を差し出す。だが白崎は明確な否定を込めて首を横に振る。
「ううん。きっと魔人族はそれを待ってくれない。それにね、私、日本に好きな人がいるの。その人に想いを伝えるためには絶対にここじゃ死ねない。だから生き残る力を付けるため、皆を守れるくらい強くなるために、私は天人くん達に着いて行く」
どうやら白崎の決意は固いらしい。しれっと俺の呼び方が下の名前になっているとか、どう考えても俺に着いてくる方が危険度高いとか、そもそも守るためにどっか行くってどないやねん、とか色々言いたいことはあるのだが、多分俺が言っても聞いてくれない……これはそういう流れのやつだ……。
「……好きな人?何を言ってるんだ?そもそも香織は俺と幼馴染なんだからずっと俺と一緒にいるんだろう?」
いや待てその理屈はおかしい。実際、白崎にもそれは無いとバッサリ切り捨てられている。そして白崎の好きな人が南雲ハジメと聞いてやはり天之河は憤っていた。何やら、やる気がなくてオタクな南雲を〜とか何とか。コイツ、爽やかな顔しておいて結構酷いこと言ってるぞ……。
しかし、白崎の気持ちに気付いていないのは天之河だけだったらしい。他の奴らは白崎の気持ちにだいたい気付いていたようだった。
だがここで天之河の矛先が何故か俺を向く。この人、学習能力無いのかしら……。
俺がミュウも含め何人もの女性を侍らせていること、ティオが俺のことを"主"と呼んでいたことを根拠に俺が女をコレクションか何かと思っているのだと非難し、そんな奴の元へ行くなと、危ない目に遭うだけだと言う。ミュウは数に含めないでほしいと思ったけど多分コイツに言っても聞かない。あと俺に女をコレクションする趣味は無いし、基本そーゆーのは嫌いなんだけどな……。
そして、そんな天之河物言いにユエとシアだけでなくティオまで目線が冷たくなっていく。
その上今度はユエ達にまで俺の傍に居るな自分達と来るんだと言い出す。どうにも俺が何やら非道な手段で彼女達と一緒にいるのだと解釈し始めたようだ。え、何故……?当然それを受けた彼女達は───
「………………」
無言である。しかも全員俺の後ろに隠れた挙句グイグイと俺だけ押し出していく。アイツを早く黙らせてほしいということか。見れば3人とも腕に粟立つように鳥肌がたっている。……そんなに気持ち悪かったのかな……キモかったな……。いきなり呼び捨てだったもんな……。
しかし今までその端正なマスクで女性からそんな扱いを受けたことがないっぽい天之河はショックを隠せていない。
「あぁ……、まぁその、何だ───」
「───神代!俺と決闘しろ!!」
誰か俺の話を聞いてほしい。オルクスの迷宮から出てきてこっち、今のところまともに俺の話を聞いてくれたのはギルドの支部長くらいだ。あとミュウとティオ。でもこの2人も普通に俺を押し出してるので駄目です。
「武器を捨てて素手での勝負だ!俺が勝ったら2度と香織には近付かないでもらう。そして、その子達も解放してもらうぞ!」
俺と天之河が戦うとなると素手での戦いが1番天之河の勝率が低い───と言うよりオラクル細胞を持っている俺に勝てる道理が無いのだが、それを知らない周りからすれば強力な武器を持っている俺がそれを使ったら天之河的には勝ち目が無いとみて素手での勝負に挑んだ風に見えるだろう。おかげで全員ドン引きだ。だが態々訂正するのも面倒だ。もうこれで俺に突っかかって来なくなるというならここで終わらせるのも良いかな……。
「あ、もうそれで良いです。はいどうぞ」
余りにぞんざいに受けたもんだから天之河は天之河で顔を真っ赤にして怒っている。そしてユエ達が後ろへ下がったのを見て、何度繰り返せば分かるのか直情的に真っ直ぐ殴りかかってくる。
相も変わらず直情的な攻撃、フェイントを入れようという気配の欠片も感じられない。だが、結果論だとは思うが天之河は身体に鎧を纏っている為に胴体へのカウンターは確かに通しずらい。だがまぁ、それだけだ。
俺は天之河の右ストレートを右手で受けると、その拳を流しながらそのまま反転。脚を払い背負い投げのように地面へと叩きつける。そのまま天之河の下腹部を踏みつける。そこはちょうど腰の可動域な為に鎧の防御の無い箇所だ。そこを踏みつけられた天之河は「ゲハァッ」と苦悶の声を吐き出す。俺は仰向けに倒れている天之河の豪奢な鎧の首元を掴んで持ち上げ、顔面を殴り飛ばす。地面をバウンドして数メートルほど転がった天之河にはもう俺は目もくれずにいた。
「……八重樫、俺ぁお守りで白崎と一緒に行くわけじゃねぇ。それは本人も分かってるだろうが……」
「えぇ、言ったら聞かないのは昔からだから、諦めてるわ。だから危険な目に遭わせるな、とは言わない。だけど私の親友なんだから、せめて仲間としてはちゃんと扱ってよね?」
「任せろ、勇者も真っ青な戦闘民族に育て上げてやる。……じゃあ
「え?……うん?ありがとう……?天人くん」
「待って待って待ちなさい!今の───」
「あぁそうだ八重樫。さっき得物折れてたろ。これやるよ」
「話を聞きなさい!!……まったく……で、これは?」
俺は宝物庫から黒刀を一振り八重樫に渡す。それは俺が錬成の修行のために作成した物だ。
戦闘民族は冗談だ、白崎のレンタル代だと言えば最初は憮然としていた八重樫も受け取ってくれる。強度と斬れ味は折り紙付きだし生成魔法の修練も兼ねていたので纏雷と、風爪の派生技能である飛爪が出せる優れ物ではある。
八重樫の扱う剣術は剣道を基礎にしたものだから、日本刀と同じような形状のこれなら違和感も無いだろう。王国支給のアーティファクト無しでこの先八重樫が死んだと知ったら白崎が悲しむだろうし、一応仲間として受け入れるのだからこれくらいの配慮はしてやる。
男から刃物を贈られて笑顔の八重樫も中々絵面としてはヤバいものがあるのだが、それには誰も触れられず、俺達はそれぞれの道を行くのだった。
……と思いきやそうは問屋が卸さない。まず真っ先に声を上げたのは檜山だ。曰く、ここで白崎に抜けられたら次は本当に死んでしまうとか。
なるほど、一理あるな。むしろ正直天之河の言うことよりも筋が通っている。そしてそれに釣られて他の男子達も同じように白崎を引き留めようとする。実際、白崎の回復魔法はオルクスからの帰路で見られたものだけでもそれなりの度量があることは分かっていた。確かに彼らのパーティーには欠かせないのだろう。
けれども白崎はそんな彼らを見ても決心は揺らがないようだった。頭を下げてこそいるが、結局それはこいつらの元を離れる選択をすることは変わらないという意思表示に他ならない。
しかし、先の戦いで天之河達への戦闘力への信頼が薄れたのかと思っていたが、それにしては、特に檜山の反応がおかしい。あの時だって白崎がいようがいまいが、どっちにせよ俺達が来なければ全員死んでいるか魔人族の元へ連れ去られていたのだ。それを今更白崎1人が抜けるだけでここまで騒ぐだろうか。居ないなら居ないで迷宮攻略のペースを落とすとかあるだろうに……。
そしてその時、俺の脳裏を過ぎったのは奈落に落ちるその数瞬前、俺目掛けて放たれた火属性の魔法だった。確か檜山は魔法の適正は風属性の方が高かったはずだが、今白崎を映しているその瞳の濁りは、かつての清水を思い起こさせるものだ。正直興味も無いし今更気にもしていなかったのだが、あの魔弾の射手、もしやコイツじゃないだろうな……。適当にカマかけてやろうかとも思ったが一々相手するのも面倒臭いなぁ、どうしようかなぁと悩んでいたところにスっと白崎と檜山の間に割って入る人物がいた。八重樫だ。
「檜山くん、香織が抜ける穴は私達がもっともっと強くなって埋めるわ。神代くんに凄い武器も頂いたことだしね。……だから私の幼馴染の決意を、尊重してくれないかしら」
言葉は優しいが八重樫の放つ迫力に気圧されたのか檜山達は思わず押し黙る。
「それに香織も。帰って来るのよね?」
「うん、帰って来るよ、必ず。皆を守れるくらいに強くなれたと思ったら、絶対に帰ってくる」
「ほら、香織もこう言っていることだし、私達は信じて見送りましょう?」
八重樫の言葉が檜山達を黙らせる。何となく解散の雰囲気になったことで俺は白崎に集合場所と時間をもう一度伝え、ユエ達を連れてその場を後にするのだった。
───────────────
そこは赤銅色の世界だった。
熱と大気により酸化した砂。それが常に吹き荒ぶ風によって巻き上げられ、太陽に虐められた砂の熱が生み出す蜃気楼すらもかき消してしまう。その中を俺達は冷暖房完備の四輪に乗って騒がしく突き抜けて行く。むしろこれ無くしてよくミュウは衰弱死しなかったものだ。何せ彼女は4歳の海人族なのだ。生まれ故郷であるエリセンとは真逆の環境は心身共に想像を絶する負荷を与えた筈だ。
だがそれも今は昔、全部の動力を魔力で補っているため普通に車を運転するよりも疲れるのだがそれでもこの快適さには変え難い。快適を維持するにはコストが掛かるのだ。
「そう言えば天人くん」
「んー?」
「これってどうやって動かしてるの?エンジンの音とかしなくて凄い静かだよね」
「あぁ。魔力の直接操作でタイヤを回してる。だから俺とユエとシアとティオしかこれは動かせないんだよな」
要はこれは白崎には動かせない。勿論魔力を全く持っていないミュウもだけど。
「へ、へぇ……。天人くんって車の免許持ってるの……?」
「そりゃもちろん───」
「だ、だよね……」
「無免許運転だ」
「やっぱりね!!」
いや、取ろうかなぁとは思ってるんだよ?今持ってないだけで。車輌科の奴らはもうとっくに持ってるし、俺も時々バイクや車があれば便利かなぁと思うこともあるのだ。
「エンジンとかガソリンとかバッテリーとかこの世界に無いからな。流石にあんなもん作れないし。もちろん減速機もギヤも無い。足周りのパーツはほぼ車輪と軸だけだ。だがあらゆる動力を魔力に依存する代わりに圧倒的な静音性と軽量化に成功したんだぞ?」
「もしやプラモデルより部品が少ない!?……ブレーキは!?ブレーキはあるよね!?」
「当たり前だ。前後輪にディスクブレーキが着いてる。もちろんこれも魔力操作だ。……もし魔力が切れたら暫くは惰性で走るな」
「やっぱりこの車、人を乗せて走るには欠陥が多すぎるんじゃないかな!?かな!?」
「仕方ないだろ。油圧ブレーキとか電磁ブレーキとか作れないし」
「それにしたって、もっとこう……」
「魔力全開なら500キロも夢じゃないドラッグマシーンだ。スピード違反以外にもありとあらゆる道交法をぶっちぎるぜ」
「地球に帰ったら絶対に乗らないでよね!?」
まぁ乗っても白崎にはバレないけど。俺達はもし全員が帰れれば違う世界に分かれるのだし。
「安心しろ、まだ飲酒運転と過失致死傷はやってない」
「当たり前だよ!?」
「ちなみにこの車は原動機が付いていないからな。理論上は軽車両……つまりチャリンコと同じ扱いのはずだ」
「そんな法律間違ってるよ!!」
後ろのシートで頭を抱えて叫んでいる香織さん、思いの外ノリと勢いのある奴だったみたいだ。意外な一面を発見したぞ。
「のう主よ、楽しんでいるところ悪いのじゃが、右前方の方向で何やら騒ぎじゃ」
自動車も自転車も道路交通法も無い世界の人達からしたら白崎が何にブチ切れているのか分からないのか、皆ポカンとしていた中でティオが何やら異変を見つけたらしい。俺も言われた方向へ目線をやれば確かにおかしな光景が目に入った。この砂漠に生息するサンドワームとか言う異世界魔物なのに何故か名前が完全に英語な巨大肉食ミミズが数匹、グルグルと一点を中心に回っていたのだ。
「……何やってんだあいつら」
「さぁのぅ。じゃが何やら獲物を前に食うべきか食わざるべきか迷っているようにも見えるの」
「アイツらがんなことするのか?」
「奴らは悪食で有名じゃからのぉ……。妾は聞いたことがないのじゃ」
500年以上を生きるティオが知らないというのならそうそうあることではないのだろう。だがそうなると逆に気になるな、あの悪食で有名な魔物が獲物を喰らうことを迷うような事態。とは言え好奇心猫を殺す。どうせろくなもんじゃないのだろうしここは無視して先へ行こうと思ったその時───
「───っ!?掴まれ!」
魔力感知に反応のあった俺は一気に四輪を加速させその場から離脱。その瞬間に車の後部をカスりながら現れたのは牙の生え揃った大口を開けたサンドワームだった。どうやら運悪く間近を通ってしまったようだ。しかも2匹3匹と次々にサンドワームが現れる。俺はS字に車体を振り回しながらその顎門を躱していく。遠心力に振り回されてミュウや白崎、シアの叫び声が聞こえるがまぁ声が出せるだけの余裕はあるのだろうと放っておく。今はコイツらを振り切る方が先だ。だがいくら魔力駆動で速度制限の緩いこの四輪であってもこれだけ柔らかい砂地だと錬成をしながらの走行となる。おかげでサンドワームの追撃を振り切る速度が出せないでいる。このままだと埒が明かないな……。
「ユエ、ハンドル任せた」
「……んっ」
俺はユエにハンドル操作を預け、自身は錬成で天井をこじ開けて外に躍り出る。この車は窓が開かないからな。そんな細かい仕組みまでは作りこんでないのだ。吹き荒ぶ砂が俺の視界を塞ぐが魔力感知の固有魔法を付与した義眼は別だ。その視界には奴らの魔石がハッキリくっきり映っている。俺は宝物庫から拳銃を召喚すると赤黒く光るそこへ銃弾を叩き込んでいく。サンドワームの肉体が砕け散り、吐き出すような発砲音が砂漠に響く。だがそれも直ぐに砂と風の中に掻き消えていく。
しかし俺の発砲音に気付いたらしい砂丘の下に屯っていたサンドワーム達がこちらへ向かって来た。またもう1戦かと溜息を付かずにはいられない。俺ははっと一息吐くと拳銃からアサルトライフルへと持ち替える。そして遠見を付与したスコープを覗くとそこから見えるミミズ共の頭を端から順に撃ち砕いていく。
全ての敵を撃ち砕き、俺は車内へと戻った。
「ハンドルありがとな」
「……んっ、お疲れ」
錬成と動力の魔力は射撃しながらも送っていたがハンドルの操作までは意識が回らなくなるからそちらをユエに任せていたのだ。キッチリと足元の安定性を確保してくれた彼女の頭を撫でていると、白崎が前方……先程変な動きをしていたサンドワーム達がいた辺りに何かを見つけたようだ。
「……ありゃあ……白い……人間?」
「お願い天人くん。私は"治癒師"だから……」
治癒師は白崎に与えられた天職。それを司る白崎からすれば砂漠で倒れている人を見捨てることは出来ないのだろう。俺としてもここで倒れている理由や、あの不可思議なサンドワームも気になることだしと、その望み通り倒れている白い人間の方へ向かう。
「……これって」
地球で言うところのエジプトの民族衣装に酷似した白い装束を纏ったそいつのフードを取り払うと現れたのは20代前半くらいの若い男性の顔。だが普段は端正に整っているように思えたその顔は今は苦痛に歪んでいた。目や鼻といった粘膜から出血が見られ、脂汗が顔中を覆っている。呼吸は荒く脈も異常に早い。服をまくれば血管が浮き出ており高熱も出ているようだ。明らかに熱中症や脱水等ではないその症状に俺は異世界の見知らぬ伝染病か何かを連想し、車外に出ようとしていたユエ達を留める。
その間に白崎は浸透看破という魔力を対象の全身に浸透させ診断。その結果をステータスプレートに表示する技能の準備を整え、実行していた。
「……魔力暴走?」
「どうした?」
「これなんだけど……」
と、白崎から見せられたステータスプレートに表示されたそれに俺も目を見張る。
───────────────
状態:魔力の過剰活性、体外への排出不可
症状:発熱、意識混濁、全身の疼痛、毛細血管の破裂とそれに伴う出血
原因:体内の水分に異常あり
───────────────
医療にはそれほど詳しくはないがそんな俺でもこれが命に関わること、そして一刻を争うことは理解出来る。体外に排出できない魔力の圧力が原因ならこれから先は毛細血管なんて言わずに主要な血管が破裂したり筋肉や骨、内臓の圧壊に繋がる恐れもある。
「……まずは魔力の強制排出だな」
「分かった。……光の恩寵を以て宣言する。ここは聖域にして我が領域、全ての魔は我が意に降れ、廻聖」
それは他者の魔力を奪い自分のモノとする魔法。と言うと聞こえが悪いが要は誰かの魔力を誰かに回す魔法だ。流石に悪さをしていた魔法を自身に収めるわけにもいかないので俺が旅立ちに際して渡していた神結晶の腕輪に魔力を貯蔵しておく。
しかし、本来なら12節は詠唱の必要なこの光属性の上級魔法をこれだけの詠唱の短さで出せるのはかなりの修練が必要だと思うのだが、遠藤や八重樫からこいつは俺が落ちた後も誰よりも、それこそ勇者よりも努力していたと聞いた。その努力は裏切らなかったようだな。
自然な排出こそ叶わなかったが、魔法により強制的に魔力を手放させられたその男の容態は取り敢えずは落ち着いたと言えるだろう。荒かった呼吸も少しは落ち着き、粘膜からの出血も一旦は止まったようだ。だがこれは対処療法に過ぎない。抜本的な治療が必要になるのだが、さてどうするか……。白崎はまず彼の外傷を魔法で癒し、その後状態異常回復の魔法を掛けたがそれも効果無し。どうやら深く身体に染み付いた病魔かウイルスか、ということらしい。
「……魔力の暴走だけを引き起こして他の症状がそれによるものなのだとしたらミュウはともかく俺達は診てくれ。水からの感染なら呼気の中の水分から空気感染の可能性もある」
「うん」
魔力暴走を引き起こす病であれば亜人族であり魔力を一切持たないミュウならば発症の心配はいらないが俺達は別だ。そういう訳で白崎に全員診てもらったのだが、今のところ俺達には感染していないらしい。その直後に意識を取り戻した青年に大雑把な事情を説明。この衣装は確かこの先のアンカジ公国の民族衣装だった筈だ。グリューエンの火山へ向かう途中に寄るはずだったオアシスのある国が未知のウイルスによるバイオハザードなんてのはゴメンだからな。話を聞かせてもらうことにした。
───────────────
倒れていた男はビィズという名前らしい。そしてこの男、俺達の目的地であったアンカジ公国の領主の息子という大物でもあった。
しかし何故そんな奴が1人砂漠のど真ん中で病にぶっ倒れていたのかと思えば、そもそもアンカジ公国は4日前からビィズが伏したのと同じ病に国中が侵されているらしい。そして水から感染するこの病、なんと命の源たるオアシスが汚染されて始まったものなのだとか。
オアシスが使えないとなれば砂漠のど真ん中にある国が干上がるのは必定。その為他国へ助けを求めようと、強権の発動出来るビィズが護衛と共に出発したらしい。しかし彼もまた病魔に侵されていた。潜伏期間を過ぎ、そのウイルスが本領を発揮した為にあそこで行き倒れていたようだ。しかしこの病魔を抑える鉱石が火山にはあるらしい。静因石と呼ばれるそれは魔力の働きを阻害する効果を持っているため、それを細かく砕き服用することで一時的に魔力の暴走を抑えられる。だが火山の奥へ行ける実力者は既に病に倒れた。外から呼び寄せる前に恐らく国は干上がる。しかも頼みの綱のビィズがこれだ。だが───
「……貴殿らにアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私達に力を貸してくれ」
だが彼の目の前には表向き神の使徒である白崎に加えステータスプレートだけなら金ランク冒険者の俺達がいる。こっちからしても、ちょうどミュウを預けようと思っていた国の人達が皆病に倒れそれどころではないときた。それに、強くなりたいと言って着いてきた白崎をミュウのお守りに残していく訳にもいかない。かと言ってユエ、シア、ティオの内誰かを欠いた状態で大迷宮攻略に挑みたくもない。こうなると必然───
「……はぁ、やるしかないか」
こうなる。
「本当か!?」
「あぁ。……ユエ、水頼める?」
「……んっ」
よし、まず水の問題はどうにかなりそうだな。後はオアシスの異変の調査と静因石の確保か。
だがビィズとしてはいきなり水はどうにかなると言われても信用できないようだ。
それもそうだとユエが魔法に関しては当代随一の腕前であること、魔力の回復手段についても幾つかあることを掻い摘んで説明した。それに加え神の使徒たる白崎の言葉もあり、一応の納得は得られたようだ。
───────────────
特命を帯びて公国を出たはずの息子が見知らぬ集団に担がれて戻ってきたことは領主にとって大きな驚きだったようだが、ビィズの口から語られた事情を聴いて領主も一旦は俺達に任せてみようということになった。
そしてまずは水の確保だ。白崎とシアはビィズにやったのと同じ方法で公国の住民への治療とユエが水を確保するための魔力補充を行ってもらっている。
領主に案内させた土地は俺の指定した200メートル四方の空間があと何個かは収まりそうな程に広大だったそこへユエが一言唱える。神代魔法を発動するキーだ。
その瞬間、空中に丸い黒塊が出現。引き伸ばされちょうど200メートル四方程になったその時それは墜ちた。だだっ広い土地に引き伸ばされた重力魔法と同じ大きさで深さ5メートルの大穴が空く。
「……ふぅ」
と、魔力が枯渇する程ではないが大量の魔力を一気に消費したことによる倦怠感でユエが溜息をつく。そしてそのまま後ろに倒れ込むように身体を倒した。もちろんそこには俺がいて、ユエは俺が受け止めてくれることを確信しているし、俺も端からそのつもりだ。背中からこちらに倒れてきたユエを抱き抱え、こちらを向かせてからダンスでも踊っているかのように反転し座り込む。そのまま首筋を差し出せばユエの犬歯が俺のそこへ突き刺さる。
───あむ……むちゅ……ん……ちゅ……ふ……ん……
微かな喘ぎ声と共に淫靡な水音が鳴り渡る。最後に首筋を一舐めしたユエの唇に俺がそのまま口付けを落とし立ち上がると何やら周りの目線がいやに冷たいことに気付いた。
だがまぁ俺は首を傾げるだけでそのままユエの作った貯水池を四輪に仕込んだ錬成とその派生技能である鉱物分離を活用しコーティングしていく。
そうして砂で出来ていた貯水池に金属コーティングを施して崩れたり染み出したりというようなことが無いようにして上に戻った俺はそのままユエを抱き抱えたまま池に背を向け腰を下ろした。
「ユエ、頼んだ」
「……んっ。虚波」
ユエがその魔法の名を唱える。身体を首ごと反って後ろを見やると虚空から現れたのは横幅150メートル高さ100メートルの大災害。本来は10メートルから20メートル程の高さの波を発生させる上級魔法なのだが、そんな範疇には到底収まりきらない莫大な水量が全て大穴へ落ちていく。反らした身体を戻した俺の目線からはユエの起こした強烈極まりない魔法により顎が外れるんじゃないかと思う程に大口をあけた領主達がよく見える。それを無視して俺はユエの頭を撫でる。艶やかで指通りの良い絹糸のような髪を梳いてやれば、ユエがより一層俺を強く抱き締めるのが伝わってくる。
そしてユエが俺の血液から魔力を補充しては大波を起こしてを繰り返す。そのうちに俺の出血量が危うくなってきたところでシアが大量の魔晶石を抱えてやって来た。公国中から掻き集めてきた魔力だ。1人1人の魔力量は少なかろうがここの人口27万人だ。その全員からは集められなくとも充分に過ぎるくらいの魔力は確保できる。そしてユエが再び大波を起こせばようやく貯水池は満タンになった。
「……こんな、ことが……」
アンカジ公国の領主であるランズィから思わず盛れた言葉。だがまだ安心はできない。これは所詮水を貯めるだけの物。使えば減るし使わなくても勝手に蒸発して減っていく。オアシスと違って水源から水が流れ込んでくることも無い。稼いだ時間で本格的な救援を得るかオアシスの問題を解決しなくては国中が干からびる運命からは逃げられない。
「……まだだ。オアシスへ行くぞ」
そしてやってきたオアシス。太陽の光を反射して煌びやかに水面は輝いている。だがその水底に俺の義眼が赤黒いモノを捉えた。
「……あれは?……ねぇ、このオアシスにはアーティファクトでも沈めているんすか?」
「いや?このオアシスを守る結界のアーティファクトは周りに敷設されているが水の中には何も沈めてはいない」
なるほどな、じゃああれは何なんだろうな……。
俺は宝物庫から500mlのペットボトル程の大きさの物体を取り出し魔力を流し込む。そしてそれをそのままオアシスへと投げ込んだ。
数秒もすればくぐもった爆発音が鳴り響きオアシスの水面が盛り上がり中で泳いでいたらしい魚が腹を見せて浮かび上がる。
「なっ!?何を!?」
俺はランズィの言葉を無視してさらに数個のそれを投げ込む。それは手投げ式の魚雷だ。大迷宮の1つが海底にあることはミレディから聞き及んでいたので水中でも使える火器を製造していたのだ。だが桟橋も水中で泳いでいた魚も破壊し尽くしオアシスが血に染ってもまだ水中の赤黒いそれは消えていなかった。そして次の瞬間、血濡れて赤黒くなった水が無数の触手となって俺達に襲いかかった。ユエはそれを凍らせ、ティオは炎で蒸発させた。俺はと言えばそれをトンファーで打ち払うともう片手に拳銃を呼び出し水中の赤黒く光るそれに向けて発砲。だが水中へ撃った弾丸はその本来の威力を発揮できずに魔石を砕くことは叶わない。弾丸っていうのは水ん中に撃てば即座に威力を減衰させてしまうからな。
そして次の瞬間、水面が10メートル程はせり上がり、小さな丘のようになった。
「……なんだ、これは……」
ランズィの声がいやに明瞭に響き渡った───
───────────────
現れたそいつは理子のやってたRPGゲームやリムルの世界で言えばスライムといったところか。だがそれにしてはサイズが桁違いに大きい。
「……まさか、バチュラム、なのか……?」
バチュラム。リムルの世界で言えばスライムの魔物と同義だ。だが本来のバチュラムは1メートル程のサイズ感だったはずだがコイツはその10倍はありそうだ。
だがまぁ、こいつが何者かなんてことはどうでも良い。とにかくこのオアシスに潜んでいた魔物を倒さなければ始まらないのだ。そう思って俺は拳銃で奴の魔石を狙って弾丸を撃っているのだがまるで意思でもあるかのように体内を動き回り弾丸を躱していく。
いくら電磁加速された弾丸がバチュラムの肉体を砕いたところで所詮は水だ。そしてここはオアシス。奴の身体を構成する水はいくらでもある。俺も触手を躱しながらペチペチ撃っていくのにもいい加減飽きた。俺は宝物庫を使って拳銃をガトリング砲に取り換えるとそのまま掃射。弾丸を躱す隙間なんぞ与えずに魔石を叩き砕いた。
その瞬間、オアシスの水で構成されていたバチュラムの身体が崩壊。とは言えガトリング砲から放たれた弾丸の火薬の燃焼と纏雷が伝える熱量でその身体のほとんどを蒸発させてしまったので大した高波も起こせずにただ飛沫を上げてオアシスは平面へと戻っていった。
「終わった、のか……?」
「えぇ。魔力反応はもう無いです。とは言え、これでオアシスが浄化されたのかどうかまでは分かんないけど」
その場で行われた簡易検査の結果はやはり汚染されたまま。もっとも、これ以上の汚染もないし時間が経てばゆっくりと浄化されていくのだろうが、それには何年何十年、下手したら数百年は掛かるかもな。
「……それにしても、あのバチュラムは何だったのだろうか」
「……推測でいいなら、もしかしたら魔人族の仕業かも」
「っ!?魔人族だと……っ!神代殿、心当たりがおありで?」
「まぁね」
ウルの町で食料問題を解決出来る畑山先生を狙い、オルクスでは勇者一行を狙った魔人族。恐らくここにきて奴らの軍備は整いつつあるのだろう。これまでは数の差を埋めるべく様々な下準備を行ってきたのだろうがそれが芽吹き始めたのだ。だからこそまずゲリラ的に厄介なところから潰していく作戦を発動しているのだと思う。そして今のターゲットは豊富な果実や食糧生産量を誇り水産資源の一大産地であるエリセンへと繋がるここアンカジ公国を潰す算段だったのだろう。しかもここは1度潰せば地理上簡単に孤立してしまう。お生憎様、その尽くを俺に叩き潰されてしまっているのだが……。
それをランズィに伝えれば彼は低く唸り、絞り出すように言葉を繋ぐ。
「魔人族のことは聞き及んでいた……。こちらでも独自に調査を進めていたのだが、まさかあんなものまで使役出来るようになっていたとは……。見通しが甘かったか……」
「未知の魔物なんてのはまだハイリヒ王国も知らないはずです。何せ勇者一行が襲われたのもついこの間のことなんで」
「いよいよ本格的に動き出したということか……。神代殿、貴方は冒険者と言っていたがあのアーティファクトといいその実力と言い、やはり香織殿と同じ……」
「違うよ。俺は神の使徒じゃない。それだけは言っておきます」
明言する必要は無かった。けれども俺はどうしてもそれだけは曖昧にできなかった。俺は呼ばれるべくして呼ばれた人間ではない。ただ召喚されたという結果でしかない。まぁ、当の神様自体が眉唾物だから神の使徒に何か拘りがあるわけでもないのだけれど。ただ俺は、この世界の人間が期待するような奴ではないのだ。
「……そうですか。いや、そんなことはどうでもよいのです。ただ我々は貴方方に救われた。ただその事実があるのみなのですから」
そう言ってランズィは頭を垂れる。それに続いて周りの奴らも一斉に俺達に向かって頭を下げた。だが俺は形だけのお礼が欲しいわけでもない。
「……まだ終わってない。後は大量の静因石です。……シア達と合流しよう」
大迷宮を前にしてやることはまだまだあるのだ。
手早く済ませていこうか。