「白崎、お前には大迷宮攻略前にやっておくことがある」
白崎がアンカジ公国で病に伏した人達を治療している間に俺達はグリューエン火山へと赴き静因石を集めて来た。かなり深部まで潜る羽目になったが、相当な量の静因石が必要らしく、それなりに奥まで潜る必要もあった上に、白崎を連れての大迷宮攻略を楽にするためでもあるから仕方あるまい。
そしてかなり強引ではあったが、数時間で火山とアンカジを往復した俺達は数人の医療関係者を癒すと即白崎を連れて公国の外れまでやってきた。俺が白崎を連れて大迷宮を攻略すると決めた時から考えていたことがあるのだ。そして、今それを実行する。
「武偵には
「うん」
「人によってはここで何らかのテストをする奴もいるんだけど今は時間が無い。天之河達から離れて態々俺達に着いてこようとするその度胸でクリアってことで良いとして。……そこでだ白崎。お前には選んでもらう」
「選ぶ……?何を?」
「そう緊張するな、たいしたことじゃない。ただの修行のコースをどっちにするかってだけだ。お前が選べ白崎」
───1つはお手軽簡単比較的安全に実力をメキメキ伸ばせるAコース
───もう1つは効果の程は保証出来ないし効果どころか命の保証もできない地獄の鬼も裸足で逃げ出すBコース
「さぁ、お前はどっちを選ぶ?どっちを選んでも俺達はお前に対する印象は変わらないし俺も手は抜かない。好きな方を───」
「もちろん、Bコース」
即答、か。まぁ、実はどっちを選んでもやることは変わらなかったりする。この世界で最も簡単に力を手に入れる方法は1つだからな。だからこれは単にコイツの度胸試しだ。
「……そうかい」
俺の出した選択肢に間髪入れずに答えた白崎に俺は宝物庫からある物を取り出して白崎に投げて寄こした。
「……え、何、これ……?」
俺が投げて寄越したもの、それはユエに凍らせてもらっておいた魔物の肉だ。それもオルクス大迷宮で八重樫と白崎を殺しかけたあの4本腕の魔物だ。天之河のあの魔力量でも倒しきれなかったっていうことは奈落の底基準でもそれなりに強いと踏んで俺も前にこっそりその肉を食ってみたのだが見立て通り新たな固有魔法を手に入れることができた。
「魔物の肉だ。焼いてはやるからこれを食え」
俺も纏雷を持っている狼を喰らった時は焼いてから喰ったからな。それくらいはしてやる。
「ちゃんと神水もやる。ユエ、シア、ティオ、飲ませるの手伝ってやってくれ」
「……んっ」
「えと……」
「うむ……」
ユエ以外の反応が悪い。シアのウサミミはペタンと垂れ下がり、ティオも浮かない顔をしている。そりゃそうか。人間に魔物の肉は劇薬なんて言葉じゃ生温いくらいに危険なものだってことは周知の事実。それを仲間に食わせようなんてこと進んでやりたいわけないか。
「……シア、ティオ。私やるよ。強くなるって決めたんだ。その為に皆に着いて行くって決めたの。だから、ね?」
「香織さんがそう言うなら……」
「うむ……覚悟はできておるのじゃな……」
渋々、といった体でシアとティオも神水を受け取る。俺はそれを確認すると肉を纏雷で手早く焼き、それを再び白崎に手渡した。そして4人を錬成で檻を作り周りから見えないようにした。
「先に少し神水を飲んでおいた方が良いかもな」
壁越しにそう伝え、俺はそれを背もたれに腰かける。少しの間を置いて中から白崎の絶叫と人がのた打ち回る音が背中を叩く。恐らくあの肉を食い、そして身体が内側から引き裂かれると同時に神水で無理矢理治癒されているのだ。
───アアアアァァァァァァッッッ!!!
「香織さん!」
「香織!」
シアとティオの声も聞こえる。その内に白崎の叫び声が数瞬程途絶え、檻の壁にぶつかる音もしなくなった。恐らくシアやティオ辺りに抑え込まれているのだろう。だが声が途絶えたのも数秒のこと。またすぐに痛々しい声がくぐもって響く。さっきの間は神水を飲まされたのだろう。俺も体験した地獄のようなそれは、俺の世界よりもさらに平和な日本という国で暮らしてきた白崎にとっては感じたこともないようなものなのだろう。俺だって腕を切り飛ばされたり身体に風穴空けられた経験があったからこそ耐えられたようなものだ。
それでもそれらよりも苦しく辛い。全身の筋肉が引き剥がされ骨を砕かれて四肢を引き裂かれるような痛みなのだ。魔物の肉を喰らい、肉体の崩壊を神水で無理矢理押し留めるというのは。
だがこの世界で強くなるために最も手っ取り早いのが魔物の肉を喰らうこと。そしてその地獄の苦しみから生き残ること、これしかない。俺達に着いてこようと思うのならちまちま努力なんてしていられないのだ。
「……収まったな」
しばらくして俺が背中に感じていた声や音が無くなったことに気付き錬成で檻を崩すと、シアに羽交い締めにさせられたままぐったりと動かなくなった白崎がいた。だが俺の義眼には白崎の魔力反応がきっちりと出ている。死んでしまったわけではないらしい。もっとも、身体は無事でも心がどうかは分からないけれど。
「天人さん……」
シアが白崎を抱えながら心配そうに呟く。
「白崎」
「天、人……くん……?」
俺が呼びかければ虚ろな目をして顔を上げる白崎。涙すら禄に出す余裕も無く痛みに耐えていたようだ。
「おう。よく頑張ったな、白崎」
「私、やった、のかな……」
「ステータスプレートを見てみろ。それで分かる」
ノロノロとした動きで自分のステータスプレートを取り出し自らのそれを確認する白崎は、そこに表示されたであろう技能欄を見て目を見開いた。
「天人くん……これ……」
俺に見せられたそれには予想通り、魔力操作と胃酸強化、さらにあの魔物の固有魔法である魔力変換とその派生技能である衝撃変換が刻まれていた。
「魔物の肉を喰らえばそいつの力を奪えるんだ。そして魔力操作、それがあれば魔法を使うのに詠唱が要らなくなる。恐らく魔物の固有魔法の正体はこれだ」
俺は四輪を宝物庫から召喚すると、荷台へ乗り込み、白崎へ手招きをする。
「ユエ、火山まで運転頼めるか?俺は白崎に魔力操作の使い方を教えなきゃいけない」
「……んっ、任せて」
俺達は各々車へ乗り込み、それぞれのやるべき準備を整えていく。
───────────────
「ゴアァァァァァ!!」
1度ある程度まで潜った経験から俺達は手早く大迷宮の最深部へと辿り着いた。即席とは言え白崎に渡したアーティファクトやシアのドリュッケンに追加した新機能等も上々の働きをしてくれているし白崎本人も魔力操作のコツを掴むのが上手く、元々適正の高かった光属性魔法と合わせて上手く立ち回ってくれている。
そして最深部に辿り着き何やら怪しげな小島があったのでそこへ上陸しようと宙に浮く不思議なマグマの川から飛び降りたその時、そいつは現れた。
例えるならマグマで構成された水蛇だ。この大迷宮に生息していた魔物は皆マグマを纏っていたり溶岩を発射したりはしていたのだが、身体そのものがマグマでできた魔物は初めてだった。
しかもこの場所、空間がマグマとそれの持つ高熱で満たされている上にそれらにも魔力が通っているらしく、俺の持つあらゆる探査に引っ掛からないのだ。俺は即座に拳銃を展開。空中で身を切って奴の顎門を躱すとその頭へ発砲。一撃でもって頭を撃ち砕くが……
「あ?」
オアシスにいたバチュラムと同じ原理なのか、頭の無いまま身を翻して俺の方へ再び向かってくる。俺は空力でその突進を躱しながらその全身へ弾丸を浴びせ、奴のマグマを剥ぎ取っていく。そしてようやく露出した魔石に狙いすました一撃を叩き込み、ようやくそいつはマグマの肉体を下のマグマ溜りへ落としていった。
俺が足場になりそうな岩石の上に降り立つとユエ達も追い付いてきた。そしてその瞬間、さらに8つのマグマ蛇が現れる。
「あそこに行きたきゃコイツらを倒せってことか」
「ふむ、こういう手合いには妾の出番じゃな」
背中から竜の翼を生やしたティオがその両手を組んで身体の前へかざす。するとそこから漆黒のブレスが放射される。さらに腕を薙げば瞬く間にマグマで出来た蛇はその魔石ごと存在を消滅させていく。
だが消し飛ばしたと思ったのも束の間、再びマグマの蛇が下から現れ俺たちを睥睨する。その数なんと20。
「キリがないよ……」
白崎が呟き俺もどうしたもんかと頭を捻る。するとシアが周りを見渡し何かを見つけたようだ。ウサミミがピンとしている。
「天人さん、周りの岩壁を見てください!光ってます!」
シアのその声に俺が遠見で見渡せば確かに岩壁とマグマが保護色になっていて見分けづらいが岩壁に沿うようにズラリと石か何かが埋め込まれている。そしてその一部、具体的には9つの石が光っていた。そしてそれはちょうど俺達が砕いた魔石の数と合致する。なるほど、そして光っていないものも合わせると100個の石。つまりコイツらを100匹倒すのがここの大迷宮の最終試練って言うわけか。
「……コイツらを100匹倒せってことらしいな。白崎、お前は俺とだ。魔石は俺が砕く。白崎はあのマグマ蛇の身体を砕け。他はそれぞれ各個撃破ということで」
「……うん、分かった。任せて」
「……んっ」
「はい!」
「了解なのじゃ」
返事と共に白崎が構えたのは王国から支給されたアーティファクトである錫杖ではなく俺が道中で錬成と生成魔法によって作成したロッドだ。両の先端には纏雷と飛爪、衝撃変換が付与されており元々勇者よりも高い魔力量を誇っていた白崎ならそれなりに使いこなせるであろう。彼女の回復魔法の補助に使われていた錫杖は俺の錬成により彼女の首飾りへと姿を変えて身に着けられている。更に彼女の履いている靴と巻いている腕輪には空力の固有魔法も仕込まれており、機動力と近・中距離戦闘力を確保している。空力の使い方と感覚はこの大迷宮を進む際に教え込んであるので後はあれに近付く胆力があるかどうかだ。
だが強くなりたい、生きて帰りたいからと態々俺達に着いて来ようとする覚悟は本物のようだ。触れれば灰も残らない高熱の敵に対して白崎は臆することなく接近、そのアーティファクトに込められた固有魔法でマグマの身体を打ち砕いていく。そして露わになる魔石を俺が拳銃で破壊すればそのマグマ蛇は力なく堕ちていく。
白崎の棒術も中々のものだ。俺は棒術はあまり触れないがそれでも基礎くらいは教えられる。大迷宮の中で一通り教えたきりだったがそれでも短い時間で飲み込んだ白崎は教えた通りの動きで魔物を討ち果たしたのだ。本当に俺達に着いて来られるのか不安だったのだが、本当の意味で認めなければならないだろうな、彼女の覚悟を。
───────────────
「はぁ!」
「……終わりだ」
白崎が残すマグマ蛇のラスト1匹の身体を打ち砕き、その場から飛び退る。それを確認しつつ視界の端でユエの満足気な表情を捉えながら俺は義眼に捕捉した奴の魔石に対して纏雷を付与した大太刀を叩きつける。そしてその瞬間───
───俺は極大の魔光にマグマ蛇ごと飲み込まれた───
───────────────
白く塗り潰された世界が再び茶色と赤の色を取り戻した瞬間、俺は自身をその場に留めていた空力を保つ集中が途切れ、重力に従う。
「天人ぉ!!」
ユエの叫び声が聞こえる。俺の身体を包む浮遊感。そして柔らかな感触が俺を抱き留めると降ろされたのは硬い岩盤のような所。恐らく足場にしていた岩のどれかに降ろされたのだろう。そのまま口に突っ込まれたのは神水を入れている試験管の容器。2本もそれを突っ込まれつつそれぞれを飲み干すと今にも泣きそうなユエの顔が迫っている。俺は右腕の感覚が戻らないため、左手でユエの金糸の髪を撫でてやる。
「そんな顔すんな、俺は生きてるよ」
「天人!天人ぉ!!」
見れば俺の右腕は千切れてはいないものの肉は消滅し骨まで露出している。腹も見てはいないがろくなことになっていないのだろうというのが感覚で分かる。何せ赤熱化した焼きごてでも当てられているのかと思う程に腹が熱い。力もほとんど入らないし、これは下手したら表面は炭化してるかもな。
そしてユエの顔の向こう側ではまだ誰かの攻撃が上から降り注いでいた。それをティオが逸らし、攻撃に一瞬の隙間が出来た瞬間───
「聖絶」
ユエの魔法が発動し俺達は結界で守られる。
しかしその守りへ容赦なく降り注ぐ光がユエのそれを軋ませる。
「天人さぁん!!天人さぁん!!」
「待つのじゃシア!今妾の守りから出たらお主でも死ぬぞ!」
「でも天人さんが!天人さんが!!」
シアの、聞いてるこっちまで泣きそうになる叫び声と、今にも死の渦中へ飛び出しそうな彼女を押し留めるティオの声が聞こえる。
白崎も聖絶を貼りどうにか堪えているようだった。俺は今最も精神的に不安定になっていたシアの方へ手を振り、無事だと伝える。
そしてティオやユエ、白崎の魔力が遂に尽きかけたその時、向こうの雨あられと降り注いだ死の光が止んだ。そしてそこに残されたのは少しの足場となる岩石と白煙ばかりだった。ユエ達が肩で息をしながらどうにか魔力を貯めた魔晶石から魔力を補充するとそれに被せるように上から声が響く。男の声だ。
「……看過できない力だ。やはりここで待ち伏せていて正解だったな。お前達は危険過ぎる。特にその男は……」
俺達が見上げるとそこにはいつの間にやら無数の竜がいた。夥しい数の灰色の竜と男の乗る白く大きな、勇壮な竜だ。そしてその男は魔人族なのだろう。赤い髪に浅黒い肌、それに長い耳を持っていた。
「まさか我が白竜がその全力の一撃をもってしても殺しきれんとは。それに周りの女共もだ。灰竜50の掃射を受けてなお傷一つ付いておらんとはな……。貴様ら何者だ、一体幾つの神代魔法を習得している」
奴の質問に律儀に答える必要は無い。俺の答えなんぞ決まっている。
「はっ……魔人族は礼儀も知らねぇのか。まずはてめぇが名乗れよ」
俺の安い挑発には乗らずに魔人族の男はフンと鼻を鳴らして言葉を返してくる。
「これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんのだが」
「同感だ。だからてめぇも俺の名前なんぞ知る必要はねぇだろう?」
「ほざけ……」
俺はユエに支えられながら身体を起こしていく。そしてそれを見たシアとティオ、白崎も俺の周りに集まってくる。
「ところで、お友達の腕の調子はどうだ?」
ウルの町で、俺が片腕を吹き飛ばしたものの取り逃した奴もまた魔人族だった。さてコイツは奴とどの程度の繋がりがあるのかと聞いてみるが、どうやらビンゴに近かったらしい。奴は眉をピクリと動かすと口を開いた。
「貴様……。気が変わった。貴様は私の名前を骨身に刻み沈め。我が名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を降す神の使徒である」
「ふん、神の使徒、ねぇ。大仰だねぇ……。魔物を作るのか改造するのか、手前の神代魔法はその類いだろう?たったそれだけで随分と伸びやすい鼻をしてるんだな」
俺は1歩前へ出ながら奴と話を続ける。そして後ろ手に事前に決めておいたハンドサインでユエ達にメッセージを伝える。
「舐めるなよ小僧。この神代の力を手に入れた私にアルヴ様は直接語り掛けてくれたのだ、"我が使徒"と!!故に私は!己の全てを賭けて我が主の望みを叶える!!その為に貴様は邪魔なのだ!消えてもらう!!」
ハイリヒのイシュタルを思い起こさせる程に恍惚とした表情で"アルヴ様"を語り、狂気に飲まれた表情で俺への殺意を滾らせるバグアーを睨みながら俺は魔力を治癒力に変換し止血を終えた。そして即座に攻撃へ移る。まずは宝物庫から拳銃を召喚するがもちろん右腕は筋繊維が消失してしまったから使えない。銃撃は左手でやるしかない───
「っ!?」
───なんてことは無い。俺の右手から放たれた弾丸に奴の顔が驚愕に染まる。舐めるなよ?俺はてめぇの世界の常識で生きてねぇんだよ。
俺の右腕から炎が噴出する。俺の内に眠るハンニバルのオラクル細胞が文字通り火を噴き俺の右腕となる。太さはそれほど変わらないが明らかに人間のものではない形状をしたそれを支えに奴の顔面を撃ち抜こうとするがそれは灰竜の持つ固有魔法なのか知らないが三角形の結界のようなもので阻まれる。
「馬鹿なっ!?右腕が───っ!?まさか貴様も変成魔法を……っ!?」
「はっ!足りねぇんだよてめぇは!俺をお前の常識で測るな!俺ぁなぁ!そんなもんの内側にはいねぇんだよ!雑魚が!!」
俺は大太刀と拳銃を宝物庫に仕舞うと両手にガトリング砲を展開する。魔物ごとフリード・バグアーと名乗った魔人族を挽肉に変えるべく死の概念が形を得たかのようなそれの引き金を弾く。深紅を纏った死が無数に飛び出していく。
だが俺がガトリング砲を構えた瞬間に前へと躍り出た数匹の灰竜とか呼ばれていた体長数メートル程の竜が再び結界を張る。そんなもの、俺の兵器の前では数秒と保たないのだが即座に貼り直し、かつ多重に展開される為中々弾丸が奴まで到達しない。ユエも雷龍を召喚し、シアも炸裂弾を放つがそれでも防御は破られない。よく見れば竜の背中には亀の姿をした魔物が居座っていた。この結界は奴の固有魔法か。
「私が連れている魔物が竜だけだと思ったか!」
だが白崎の回復魔法も徐々に効果を表して来たおかげで腹部の激痛も段々と収まってきた。近接戦闘まであと少しか……。
「はっ!有象無象が何匹居たってなぁ!」
「威勢ばかり良くてもな!……見せてやろう。私が手にしたもう1つの神代の力を!」
やはりコイツはここの神代魔法を手に入れていたか。さて、どうせ手に入れる魔法だ。態々使わせる必要もねぇな。
俺はガトリング砲の掃射を止め、それらを宝物庫に仕舞って今度は対物ライフルを呼び出した。これで結界ごとぶち抜く!
だがそれも多重に展開された結界を全て抜くには足りず、ガトリング砲程の連射力も無い為に奴の詠唱の完了を許してしまう。
「っ!?」
そしてその瞬間、バグアーの姿が白竜ごと消えた。正確には何か光る膜のような物が出現しそれに飛び込んだのだ。俺は膜が現れた瞬間には大盾を召喚し殺気を感じた瞬間には後ろに控えていた白崎を脚で転がしながら盾を構える。
果たしてそこにいたのは大口を開けてあの極大のブレスを吐こうとしている白竜とそれに乗っているバグアーだった。
そして再び放たれる純白の殺意。俺はそれを盾で受け止めるが、奈落の最深にいたあの蛇を凌ぐ威力のそれに、まだ回復しきっていない体力では堪えきれずに盾ごと吹っ飛ばさせる。空力で踏ん張ろうとするがそれごと押し出されていく。
身体から血が噴き出す。この類のブレスはやはり神水の効力にすら対抗しうる毒素が含まれているのだろう。白崎の回復魔法と合わせてもまだ完全には治癒しきれていないのだ。
このままでは押し切られると判断した俺は限界突破と瞬光を発動。そして逆に空力を解き、極光の勢いのままに後ろへ吹っ飛ばされることで足場から身を投げ出し、瞬光の反射神経で盾を上に跳ね上げて、敢えて自ら眼下の灼熱の海に落ちるようにそのブレスから逃れる。そして再び発動させた空力で宙に着地。
「何というしぶとさ!紙一重で決定打を放てないとは!!」
俺からすれば攻撃の一つ一つが力任せで雑なのが原因なのだが、それを教えてやる義理もない。敗因に気付けないまま終わらせてやるよ。
だが今の俺の身体では縮地を使った高速近接戦闘は出来ない。しかもビット兵器と取り回しの良い拳銃の火力では奴の下僕の作り出す結界を抜けない。そしてその隙に奴は白竜で逃げ回りながら詠唱を唱えていく。またあの空間を飛び越える神代魔法を使うつもりなのだろう。
だが───
──そうはさせんよ──
空間に直接響くような不思議な聴こえ方をする声が響く。その瞬間にバグアーの乗っている白竜が何者かにタックルを喰らって吹き飛ばされる。
「黒竜だと!?」
そしてそこにいたのは勇壮荘厳な黒竜、ティオだ。竜人族という存在は隠しておきたいはずだが見せてくれるのか……。
──紛い物風情が調子に乗りおって。もう我が主は傷付けやさせんぞ。見せてやろう……これが本物の竜のブレスじゃ!──
そしてティオが放つのは全力で構えた俺をして押し戻される程の威力を持つ漆黒の一閃。
それに白竜も超絶的な技巧で反転、純白の一閃を放つ。
拮抗しているかに見えた黒と白の衝突はしかしティオのそれが上回っている。徐々に押し返され始めた白竜のブレスを見てバグアーがまたもや空間に働きかける魔法を唱えようとするが……。
「───ッ!?」
背後に回った俺の銃撃に咄嗟に亀が結界を貼るがこの距離だ。全く同じ場所に釘打ちのように連続して放たれた6発の弾丸にそれは喰い破られた。
そして一気にゼロ距離へ接近。風爪を纏わせた拳銃を振り抜く。バグアーは寸でのところで後ろへ下がることで胴体を両断されることを避け、胸に一文字の切創を刻まれるが致命傷には至らない。俺は左手に構えたトンファーを反転させながら振り抜きそこに付与された衝撃変換も加えてバグアーを白竜の上から叩き出す。
俺の次手も左腕でガードすることで辛うじて直撃は避けられたがそれでも片腕を砕き内臓までダメージは届いたようだ。更に主がぶっ飛ばされたことに気を取られた白竜にティオの極黒のブレスが直撃。腹を大きく抉られたそいつはそれでも火口の出口付近まで飛び退る。そしていつの間にやら灰竜に乗ったバグアーも合流していた。
俺は空力で1歩踏み出そうとするが───
「ゴホッ……!」
重傷の上に限界突破を重ねたおかげでリミットが早くきてしまったようだ。空力が解け落ちそうになる俺を飛んできたティオが拾う。そしてユエとシアを抑えていた灰竜達もバグアーの元へと集っていく。
「天人!」
「天人さん!!」
ユエ達には隙をついて奴の背後を取れと指示していたのだが灰竜に抑えられ、俺も奴の隙を作り出せなかったせいで作戦は失敗に終わってしまった。挙句俺は限界突破のリミットで動けない。だがまだ詰んだわけじゃねぇ。コイツは俺の敵だ。敵は、潰す。
この状態じゃティオの高速空中機動には着いて来れない為に残っていた僅かな足場に俺は降ろされる。そしてそこに集うのはユエとシア、そして白崎。白崎もあの灰竜共をどうにか凌ぎ切ったようだ。
「……恐るべき戦闘力だ。侍らせている女共も尋常ではない。無詠唱無陣の魔法の使い手に竜人族の生き残り、有り得ない膂力と未来予知に近しい能力を持つ兎人族、そして異教の呼んだ神の使徒が1人、か。よもや神代の力を使ってここまで追い詰められるとはな……。最初の一撃を当てられなければ蹴散らされていたのは私の方か……」
「あぁ?てめぇと俺なんてなぁ、分かりきった不意打ち決めさせてやってやっとトントンなんだよ、舐めてんじゃねぇぞ三下ぁ!」
俺はそれでも奴を挑発し続ける。だが奴は奴で自分の傷が痛むらしい。あまり戦いを続ける気は無さそうだ。
「ふん、相も変わらず安い挑発だ。……だが貴様の1番恐ろしいのはその精神力か。齧り付いてでも生を勝ち取るという気概、意志の強さ……執念……」
何かを勝手に納得したらしいバグアーは1度目を伏せると決心の着いた顔をしていた。……野郎、何をする気だ。
「この手は使いたくはなかったのだがな。貴様を殺せるのなら必要な対価だと思おう」
「あぁ?死ぬのはてめぇ───」
だが俺が言い終える前に火山が揺れる。そして───
「天人さん!水位が!!」
果たしてこれは水位という言い回しで良いのか知らないがとにかくマグマがせり上がってくる。てことはまさかあの野郎……っ!
「てめぇ!まさか静因石を!?」
「貴様は常に理解が早いな!一体何を経験すればその判断の速さと正確さが身に付くのやら」
このグリューエン火山、記録上今まで噴火したことが無いらしい。この世界の噴火の基準は知らないが少なくともマグマが火口から噴き出したことがないのは確実らしい。それだけならただ活火山でないだけのことかと思ったがどうやら活火山ではあるらしいのだ。そしてこの火山の奥にある大量の静因石、そして不自然な軌道を描き、時に空中すら流れるマグマ。ここまでくればこの火山の活動が静因石でコントロールされていることくらい簡単に想像が着く。そして今の振動、奴がこの火山の噴火を抑え込んでいた大質量なのか配置が良いだけなのか知らんが、ともかく要となっている静因石を何らかの方法で退かしたのだ。そして静因石に抑え込まれていたマグマが一気に噴き出す───!
───────────────
「はぁ……」
あの後バグアーが逃げる時間を稼ぐためか確実に俺達を殺しきるためか知らんが居残った灰竜の掃射を掻い潜りつつ中央の小島から大迷宮の主の部屋へと入った俺達は空間魔法の神代魔法を手に入れた。そしてメルジーネ海底遺跡を捜索するために必要となるであろうから作成しておいた潜水艦を利用してマグマからの脱出を測ったのだが、何故か海底火山に流されそこから射出。今は大海原のど真ん中なのだ。
ミュウをアンカジに置いてきている以上さっさと陸地に辿り着きたいのだが見渡す限り海海海。景色が全く変わらないのもストレスだった。辛うじて夜の星で方角だけはどうにかなっているのだが、この潜水艦、勿論動力が魔力操作なのだ。
香織が車に乗ってる際に危惧していたことが現実になりつつある。
つまり、操作可能な搭乗員全員の魔力切れによる操縦不可能状態。
俺達は大迷宮攻略と壮絶な戦闘をこなした直後なのだ。俺に至っては重傷を負いその回復に香織の魔力すら割いてしまっている。空を飛べるティオの魔力はなるべく使いたくないため、現在はユエとシアの魔力が当座の要なのだ。しかも、火山から噴き出す際に色々とぶつかったもんだからほぼ大破。辛うじて一部のスクリューは動くのでどうにかなっているが高速航行は不可能、どころかそのスクリューにも無理はさせられないからちょこちょこしか動かせていない。
更に具合が悪いことに、海に放り出された直後から海の魔物と連戦だったのだ。おかげで潜水艦に仕込んだ武装は弾切れ。ユエも魔法を沢山使わされたせいで魔力切れ。オラクル細胞の働きからか毒素は抜けており、ユエに吸血させる分には問題ない。ないが、だからって俺の血量にも限界はある。
「仕方ない……。ティオに頭を下げよう」
このままではアンカジに置いてきたミュウが心配過ぎて夜も眠れない。まずはそっちの心配を解消するかと、俺はティオだけを甲板に連れ出した。
「どうしたのじゃ、主よ」
「……ティオ、お前に頼みがあるんだ」
「ほう、主からの頼みとは。申してみよ」
「……陸地までの方角は分かるよな?俺達は今エリセンに向かってる訳だが……ティオにはアンカジまで飛んで行ってミュウと合流、エリセンまで2人で来てほしいんだ」
この中で今1番長距離移動能力があるのはティオだ。というかこれができるのはティオしかいない。そのためにティオの魔力や血液は一旦使わないで温存しておいたのだから。
けれどこれをするということはティオが竜人族であることを晒してしまう危険がある。というか確実にバレる。竜人族は本来滅びた種族なのだ。今は隠れ里に潜むことで人の目から逃れているだけだ。それを俺の都合で……。
「妾には主が何に悩んでいるのか手に取るように分かるよ。しかし嬉しいのじゃ、主がそれ程までに妾のことを想ってくれておるのがな」
「当たり前だろ……。バグアーとの戦いだって悪かったと思ってるんだ。魔人族なんぞにお前の正体を晒させて……」
「ふふっ……」
「……何だよ」
「いやの、この人を好きになって良かったなぁと思っただけじゃ」
「お前……」
ティオが俺をそれなりに慕っているのは言動から分かっている。だがそれはある意味性的趣向とか、調査ついでの興味対象とか、その程度だと思っていた。実際、シア程積極的なアピールがあった訳でもなく、彼女本人も苛めてもらえればそれで良いというようなことも言っていた。だけど今のティオはそうじゃない。本気で、俺に恋をしていると、そういう顔をしているのだ。
「調査対象に恋心を抱くのは不自然かの?」
「いや、たまに聞く話だ。珍しいことじゃない」
何なら監禁されてた側が監禁した側に好意を寄せる場合だってあるんだ。恨みも何も無いただの調査対象なら
「そうじゃの……。請け負ってやるから何かご褒美が欲しいのぉ。あのマグマの蛇も妾が1番倒したのじゃぞ?」
「……何がいい?」
「それは主が決めておくれ。……そうじゃのぉ、では今妾が1番欲しい物をくれ」
そう言ってティオは目を閉じ顎を少し上げる。それだけでティオが何を欲しいのかなんて丸分かりなのだが……。
「……今はこれで許せ」
俺はティオの前髪をかき上げるとそこに自分の唇を落とす。まだ、俺にはそこまでの覚悟を決められない。きっとこれは狡いのだろうよ。だから俺は謝るしかない。
「……主は狡いのじゃ」
ほらな……。
ティオはそう言って俺の肩に顔を埋める。その時に舞った髪から漂う香りが俺の鼻腔をくすぐる。俺はそれに思わず顔を赤らめてしまったのが自分でも分かる。ティオは顔を伏せているから彼女にはバレてないと願いたい。
「……ティオ、頼めるか?」
俺はティオの肩を押してその顔を見やる。分かってはいたがティオの顔は真っ赤に染っていて、その朱は耳まで届いていた。そして言葉も無くコクリとティオは頷く。
「……ありがとう」
そう言って俺は幾つかの魔力の回復薬と電磁加速式の拳銃を一丁、そして予備の弾倉を2つ、レッグホルスターと共に渡す。
「一応渡しておく。使い方は何となくは分かるな?」
「うん……」
うん、て。ティオよ、それは反則だろう。いつも飄々としていて掴みどころの無い奴だと思っていたのに、ここでそんな反応をされたらなぁ……。
「じゃあ、任せたぞ」
レッグホルスターを装着し、拳銃と弾倉を装備したことを確認して俺は頷く。
「任せるのじゃ。妾もミュウのことは心配だからの。必ずミュウを連れてエリセンへと向かうのじゃ」
そう言ってティオは勇壮な黒竜の姿へと成るとそのまま蒼穹へと飛び立っていった。俺はそれの姿が見えなくなるまで見送ると、船内へ戻ろうと振り返る。しかしそこには───
「……見てたのか?」
梅雨よりジットリとした目で俺を睨むユエとシア、それから顔を赤くした白崎もいた。どうやらさっきのやり取りを見られていたらしい。
「……天人、メッ」
「ティオさん狡いです。私もまだ天人さんにデコチューしてもらったことないのに……」
「…………」
ユエ的にはシアより先にティオにあれをしたことがお怒りポイントらしい。そして香織は完全に硬直している。……まだ刺激が強すぎたかな?
「んんっ……。とにかく、俺達もさっさとエリセンへと向かうぞ」
「……ん」
「……はぁい」
「…………」
どうしたらいいんでしょうかね、この空気。
リサがいたら教え……てくれないだろうなぁ。あのメイド、普段は従順なくせにこういう時だけは意地悪なのだ。
「はぁ……」
俺は思わず溜息が出てしまう。この航海、全速前進ヨーソロー、とはいかないようだった。