あの後シアどころかユエまで斜めになってしまったご機嫌をどうにか宥めすかしてようやく船内の空気は平穏を取り戻した。結局ユエにもシアにもデコチューをする必要があったのだがそれはもう仕方ない。
「そう言えば天人さん、あの時アイツの不意打ちを予測してたようなこと言ってましたけど、あれってただのブラフですか?」
と、シアが問えば香織も
「あっ、そうそう。それは私も気になってた。最初はやたら煽ってたからその続きかなぁとは思ってたんだけどね」
と、バグアーとの戦闘の時の俺の言動が気になる様子。
「んー?あれか。まぁ簡単な話、アンカジのオアシスに魔物が仕込まれたのが4日かもう少し前だろ?で、その前にはまずウルの町を清水が襲撃した時に奴は強い魔物を借りたって言ってたわけだ」
清水の話は前に香織にも話してあるからこちらに関して驚きは無いようだった。
「で、オルクス大迷宮で香織達を襲った奴も強い魔物を上から貰ったって言ってたんだよ。んで、アンカジのオアシスにいた魔物も恐らく新種。でだ、魔人族はここまで2つの大規模作戦を俺に潰された。ウルの件で俺の存在は魔人族側に伝わってるだろうからオルクス大迷宮の方も俺に潰されたと考えるのが妥当だろう。そうなるとそろそろ直接俺を叩こうとするだろうなぁとな」
ちょうど数日前には魔人族は大迷宮に程近いアンカジ公国にも新種の魔物をオアシスに棲み付かせる形でちょっかいを出していた。その足で大迷宮を攻略し、1歩先で俺達を待ち構えていても不思議ではないのだ。だから俺はあのマグマ溜りに着いた時点で気配を走査していたのだ。だが反応は無かったからとりあえず大迷宮の攻略に集中しつついつ攻撃をされても良いようにと、途中から防御にも攻撃にも使える幅広の大太刀を使ってマグマ蛇を討伐していたのだ。
と、ここまでをユエ達に伝えれば何故か彼女達の目が点になっている。
「……なんだその意外そうな顔は」
「いえ、天人さんって基本的に戦うこと以外は何にも考えていなさそうな雰囲気があるので……」
「うん、絶対天人くんは推理とか苦手だと思ってた……」
「君達結構言うよね……」
前にリムルの世界でも同じようなことを言われたなぁと、悲しい思い出に涙がちょちょ切れそうになる。俺はどの世界に行ってもこんな扱いを受けるようだった。
「……ともかく、俺は傷と魔力がある程度戻ってきたからな。これから使い切ったこの船の武装を補給していく。しばらく船の操縦は任せたからな」
と、俺は自分が居た堪れなくなり、船の個室で次の大迷宮攻略に必要になりそうな物資の作成に取り掛かるのであった。
───────────────
───空から女の子が降ってくると思うか?
「妾も受け止めてたもぉぉぉぉぉ!!」
「うっそだろお前!?」
あの後数日大海原を彷徨っていたら何やら剣呑な雰囲気の魚人族に絡まれたので、お話して仲良くなった後、エリセンまで着いて行ったら今度は向こうの警備団に絡まれて仕方なく宝物庫からイルワの手紙を見せてやったらようやく納得してこれで穏便に入国……かと思ったらその直後に上空からミュウが笑顔でフリーウォールを敢行。
それを空力と縮地で怪我のないようにどうにか地上に降ろして、さてこれはお説教が必要かなと思ったその時、今度は同じくらいの高さからティオがミュウの真似をしてフリーウォールを実行しやがったのだ。しかもアイツなら魔法でも何でも使って普通に着地できるはずなのに何故かその気配は無し。
仕方なしに受け止めてやるがそのまま流れるように桟橋に正座の体勢で降ろす。あまりに後先考えない2人にはちょっとキツめのお説教が必要なようだからな……。
───────────────
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お家に帰るの!ママが待ってるの!!」
「あ、あぁ。分かってるよ、早く会いに行こう」
で、お説教も終わり、誘拐犯の謗りを免れた俺達はまずミュウを母親の元へ届けることにする。途中で聞いたところによれば、ミュウの母親は脚に酷い怪我を負っているどのことだが、今の俺達には香織がいるし、最悪神水もある。精神的にかなり参っているようでもあるが、それはミュウが帰ってくれば一先ずは解決できるだろうから、こちらを最優先にした方が良いという判断だった。
そうしてミュウに手を引っ張られながら着いていくとその先の方から何やら騒ぎが起きていた。どうやら誰かが暴れでもしていてそれを周りが押し止めているようだった。
「レミアさん!その脚じゃ無理だ!落ち着け!」
「そうだよ!ミュウちゃんならちゃんと連れて来るから!」
「嫌よ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?私が迎えに行かなきゃ!」
……どうやら暴れているのはミュウの母親のようだった。誰かがミュウが帰ってきた事を伝えたらしいな。誘拐された娘が帰ってきたことで興奮から取り乱しているようだ。
「ママーーー!!」
「ミュウ!!」
そして自分の母親の姿を認めたミュウが掴んでいた俺の手を離して、玄関先で、包帯でぐるぐる巻きにされた両足を投げ出して座り込んでいた女性に──恐らく彼女がミュウの母親なのだろう──に駆け寄り、その胸元に飛び込んだ。
もう二度と離さないと言うように固く抱きしめ合った2人だが、母親の方が何度も何度もごめんなさいと囁く。
だがミュウは母親の、包帯に包まれたその両足を見つけ、どうしたのかと叫ぶ。そして俺を呼び、ママが足を怪我している、治してくれと懇願しに来る。もちろん俺もそのつもりだったから、シアに頼んで彼女を自宅のベッドまで運んでもらう。その後は香織の出番だ。
そして、香織の診断の結果から言えば、治療に3日、その後リハビリをすれば、現状の、神経までやられてしまい歩くことはおろか、2度と自分の脚で立てる日は来ないと言われていたらしい両足は完全に元の機能を取り戻せるとの事だった。
ミュウの帰還からこっち、あまりに怒涛の展開が続いてレミアさんは頭が追いつききっていないようだったが、徐々に状況を飲み込んでいき、とうとう感情が追いついたのか再び泣き出してしまった。どうにかレミアさんを泣き止ませて一息付く。すると今度はミュウが超弩級の爆弾を投下した。
「やっぱりお兄ちゃんはミュウのパパなの!」
と───
「パ、パパァ!?」
ユエ、シア、ティオ、香織、そして俺の声が重なる。レミアさんの旦那、つまりミュウの本当の父親はミュウが産まれる前後辺りで亡くなったと聞いていた。だからミュウに父親の記憶は無い。というか、そもそもこの言い方は本当の父親の記憶と俺が混同されたものでは無い。
「うん!ママとかお隣のおじちゃんとか色んな人が言ってたの!パパはママや子供を守って助けるものだって、パパはミュウのこと守って助けてくれたの!ママの足の痛いのも治してくれたの!だからパパはパパなの!」
ということらしい。一瞬背中からとんでもなく冷たい視線が突き刺さったのだが、続くミュウの言葉でそれは和らいだ……ハズだったのに───
「あらあら、どうしましょう、あ・な・た?」
などとレミアさんが乗っかってくるものだから再びユエ達の視線が凄まじいことになっている。悪いことなんて1つもしていないのに四面楚歌というのも中々に辛いものがあるな……。あれ、前にも似たようなことが……。
レミアさんはレミアさんで中々の強者のようで、ユエ達の「お?なんだその言い回しは?」というような視線も柳に風。ふわふわと躱しきっている。
「それに、ミュウを救った上に脚まで治してくださって……。この御恩は一生掛けても返さなければと思っているのですよ?」
「……パパはミュウのパパじゃないの?」
俺はそれにうんともすんとも返せない。確かにミュウの定義で言えば俺はミュウ達のパパ足り得るのだろう。だが"お兄ちゃん"はともかく"パパ"呼びはちょっと待ってほしい。そもそもレミアさんには1度は生涯を共にすると心に決めた人がいたわけで、そこに俺が収まるのは……。
「ミュウ?大丈夫、パパはパパよ」
レミアさんよ、何も大丈夫じゃないよ?その言葉が喉まで出かかったが、俺は溜息にして吐き出してしまった。
結局、レミアさんの足の治療が一段落付くまで滞在しようとどこかの宿に泊まろうとしていたのもレミア邸にお泊まりする羽目になってしまったし。少しずつ距離を置こうと思っていたのに余計に距離が縮まってしまった……。
それから3日、本気の色こそ見えないが俺を旦那として扱おうとするレミアさんと一々それに反応するユエ達の相手に気疲れしつつ脚の治療も落ち着いてきたところで、俺達はエリセン周辺の海域に眠る大迷宮──メルジーネ海底遺跡──に挑む準備が整った。
───────────────
「……っ!?何だ!?」
メルジーネ海底遺跡、その名の通り海底に沈んだ大迷宮はまずその入口からして複雑なギミックを作動させなければ挑戦すらままならないものだった。だが大迷宮の名に相応しい難易度だったのはそこまで。その後に現れた魔物はそこらの魔物と同程度が良いとこの強さしかない。火山の魔物もその能力よりも状況による鬱陶しさの方が勝っていたがここのそれはそれすらないただの雑魚だ。
これはおかしいと皆して首を捻っていたのだが、続いていた通路を抜け、開けた空間に俺達が足を踏み入れた瞬間、その出口が大質量のゼリーのようなもので覆われ塞がれてしまったのだ。最後尾にいたシアがドリュッケンでそれを叩き砕こうとするが、幾つかの飛沫がシアの衣類に付着しただけだった。
「ひゃわ!なんですかこれ!?」
だがそれはただ柔らかいだけではなかった。シアの服を溶かし、その柔肌まで溶かそうとする。
それを見たティオは───
「シア!動くでない!」
と、火属性の魔法でそのゼリーだけを綺麗に焼き尽くす。しかしどうやら少し肌にもゼリーが届いてしまったようで、シアの双丘が軽く火傷のように赤く腫れてしまっていた。
「っ!また来るぞ!」
俺が叫んだ瞬間、ユエが聖絶を展開。そしてその堅固な守護の背後からティオが炎を撒き散らす。
その炎は壁から飛び出してきたゼリーのような触手を焼き払っていく。それを安泰と見てか、シアが胸を両腕で寄せ上げて俺に寄ってくる。
「天人さぁん、火傷しちゃったのでお薬塗ってくれませんか?」
「……お前、状況分かってんの?」
アホ言ってないで自分で塗れと薬を渡そうとするがシアは受け取ろうとする素振りが無い。聖絶による防御を展開しながらユエの目が冷たくなっていくし、ティオすらも呆れ顔で触手を燃やしている。俺が面倒になって香織にアイコンタクトを送れば───
「はぁ……。天恵」
と、ため息混じりに香織の回復魔法が発動。即座に火傷を治してくれる。
「あぁ!?」
と叫びながら唱えられた残念ウサギのアホな主張は無視していると、ユエがピクリと眉を動かす。
「……コイツ、魔力ごと溶かしてる」
「ふむ、そういうことか。どうにもさっきから魔法の通りが悪いのじゃ」
確かに見れば聖絶が少しずつ溶かされている。その度にユエが魔力を重ねがけして補強しているが早くここを抜けないと魔力をごっそりと持っていかれそうだ。
ようやく大迷宮らしくなってきたな……。
「ユエも攻撃に参加して!防御は私が!聖絶」
壁から染み出してきたゼリーが徐々に形を取り全長10メートルはあろうかというクリオネのような姿を現した瞬間に香織の聖絶が発動。ユエとティオの炎の魔法、シアのドリュッケンから放たれた炸裂弾が全て奴に直撃する。
だが、ユエ達のしてやったりの顔は爆炎と煙が晴れると驚愕に染まる。奴の姿がそのまま健在だったからだ。
「……あぁ?あの野郎魔石持ってねぇぞ。しかも、この部屋全体がコイツの魔力で赤黒く染まってやがるな。……俺達はこいつの腹ん中ってことらしい」
だがなぁ、いつだって喰らうのは俺だ。お前じゃなく、俺が
俺は焔龍の右腕を展開。ハンニバルの炎を壁中に振り撒く。そしてそれを浴びてボロボロと剥がれ落ちるゼリー。だがそれでも奴には僅かな痛痒すらも与えられていないようだ。しかもユエ達の魔法を受けた傍から周りの魔物を喰らっては欠けた身体を取り戻していた。再生能力まであるのか……。しかし、奴の餌切れを狙っての籠城もまず不可能だ。奴は魔力すら溶かす。聖絶での守りでは足りないのだ。どうしたものかと俺が周りを見渡すと、既に俺の腰程に水位を増した中で壁の一部から気泡が湧き出ているのが見えた。向こうに空間がある!
「面倒くせぇ、コイツぁ後回しだ。あの穴から一旦ここを離脱するぞ!」
そう言って俺は渦を巻いている亀裂へ向けて錬成を行い、穴を掘り広げていく。
「どこへ繋がってるか分かんねぇ。覚悟決めろよ!」
「んっ」
「はい」
「了解なのじゃ」
「分かったよ!」
全員の返事を耳にしながら俺は更に錬成で穴を押し広げていく。そして宝物庫からシュノーケルのマウスピースのようなものを取り出した。生成魔法で空間魔法を付与した酸素ボンベだ。小型だが30分位は持つ。それを咥えて水中に潜り、宝物庫から呼び出したパイルバンカーを最大出力で叩きつける。
その瞬間、凄まじい勢いで海水が穴へと流れ込み、俺達も引きづられるように流されていく。
そこは球体状の空間で、無数の穴から海水が流れ込み、また流れ出してもいて滅茶苦茶な潮流を形成していたのだ。視界の端でティオとシアが合流出来たことは確認できた。俺はユエと香織を探すが、運悪くユエは誰とも離れてしまっていて合流は不可能に思えた。そしてユエと目が合う。俺達は一瞬のアイコンタクトだけで会話を終えた。
そして香織の方と俺は近く重量のある鉱石を錘に使いながら合流を果たせた。だがある程度動けたのはそこまで。俺達は各々凄まじい勢いで流れる潮流に乗せられて3手に別れて別々の穴へと流されていった。
───────────────
「天人くんって優しいよね」
俺達は流れ着いた砂浜で濡れた服を手早く着替えると、茂みの方へ向けて歩き出した。すると香織はそんなことを言う。
「……俺は基本ろくな奴じゃないと思うが」
「んー、見てれば分かるけど、具体的にはティオを送り出す時とか。あとティオが降ってきた時に受け止めてあげてたよね。別に、ティオなら落ちても大丈夫なのに」
「別に、それくらいは……」
「ううん。やらない人はきっとやらない。だからユエもシアも天人くんのこと今でも好きなんだと思うよ。きっと天人くんは出来るからやってるだけだって言うんだろうけど、天人くんは強いからやるんじゃない、やりたいからやってるんだろうなって思う」
「……そうかい」
俺は、香織のその言葉に何と返したら良いのかも分からない。周りの奴は皆俺のことを優しいと言うけれど、俺は自分が優しい人間だなんて思えないからだ。きっと、本当に優しい人間っていうのは、これまで俺が迎えた選択肢で俺の選ばなかった方法で物事を解決できるだろうから。
───────────────
「……ここは、船の墓場、か?」
あの問答の後に無言の中で進んで行き、鬱蒼とした茂みを抜けた先にあったのは大量の船。それも、どれもこれも大きくしかも明らかに戦闘によって付いたと思われる傷があちこちにあり、恐らく戦艦と思われた。それぞれの船の帆には何やら模様が描かれていて、彼らの組織を主張しているかのようだった。
「でも、あれは客船っぽいよね、装飾も豪華だし」
香織が指差したその1隻だけは、他の無骨で機能性だけを追求した戦艦共と違って豪華さを優先した作りに見えた。
そして俺達がその船の墓場の中腹辺りに差し掛かった時───
───ウオォォォォォッッ!!
───ワァァァォァァッッ!!
「っ!?何だ!?」
「何これ!?」
いきなり墓場に響き渡る叫び声。それも、明らかに悲鳴ではなく雄叫びだ。続いて空間が歪む。一瞬異世界への転移かと思ったがそれだとさっきの叫び声の説明がつかない。そして気付けば俺達は───
──大海原に浮かぶ巨船の上にいた──
直ぐに周りを見渡せばそこにはさっきまで転がっていた沈んだ船なぞ無く、何百という帆船が2組に別れ相対し、乗組員達が武器を片手に雄叫びを上げていたのだった。
「何だこれ……」
「た、天人くん、私達本当にここにいるよね?ねっ?」
「あぁ、いるから落ち着け。……来るぞ」
そしてどこからか花火が打ち上がり、それを合図にしていたのか双方の船が衝突も辞さないような勢いで突っ込み、そのまま乗組員達は魔法を発動した。
───ドォォォォォンン!
炎の魔法が帆を焼き風の魔法がロープを切り裂く。水の槍が乗組員を突き刺せば降り注ぐ灰が触れた物を石へと変えていく。
文字通りの戦場。つい数瞬前まで船の墓場だった場所が血で血を洗う戦場へと姿を変えたのだ。さして炎弾水槍風刃入り乱れる中、炎弾の1つが俺に向かって飛んできた。
「…………」
俺は拳銃を抜くと魔法の核に弾丸を叩き込む。
魔法にはそれぞれ小さな核が存在し、それを破壊することで雲散霧消に出来るのだ。もちろん普通はそんなものは見えない。俺の義眼に仕込まれた魔力感知が見せるそれは、魔法の才において当時は、そして恐らく当代も比肩する者がいないユエすら知り得なかった魔法の秘密の1つなのだろう。だが確実にそれを撃ち抜かれた筈の炎弾はそれでも勢いそのままに俺へと向かってくる。
「……あん?」
思わずそう呟きながら俺はそれを躱すと射線の向こうへと再び発砲。射手を撃ち砕こうとする。だがその弾丸も空振り。当たっているはずなのに弾がすり抜けるのだ。
更に飛んでくる炎弾。今度は香織が結界魔法で弾く。霧散していく魔法に、俺は違和感を覚えると共に1つの仮説を立てる。
飛来してくる炎の弾を弾こうとする香織を抑え、俺はすれ違うように風爪で核を切り裂く。すると今度はきっちりと炎弾は消え去った。なるほど、物理攻撃はすり抜けるけど魔力が込められているのなら通用するのか。
「天人くん、今のって……」
「あぁ。どうやら魔力があれば触れられるみたいだな」
面倒な事だ。ここからの脱出条件は恐らく全員の殲滅なのだろうが、それを全て魔力で行わなければならないとなると魔力消費が半端ではない。普通の手段でここに挑んだ奴はそれだけでもかなりの量の魔力を使っている筈だ。それに追い打ちをかけるような殲滅戦とは、さすが大迷宮、趣味が悪辣極まりないな。
しかし悪辣だろうと何だろうとようやく攻略の手掛かりを俺が得たその時、近くにいた男が苦悶の声を上げてカトラスを落としてうずくまる。どうやら氷の槍を受けたらしい。思わず香織が駆け寄り回復魔法をその男に掛けたのだが……。
「……消えた?」
「え……なんで、私……」
「落ち着け香織。どうにもこれは現実じゃないらしい。幻覚か何か知らないが、回復魔法を掛けられて消滅するような奴ぁ人間じゃあない」
人を殺してしまったのかと顔を青くしていた香織だったが、俺の言葉に落ち着きを取り戻したようだ。そして今ので俺たちの攻撃のバリエーションは大きく増えた。とにかく魔力を当てれば良いのならむしろ香織の独壇場だ。
「……まずは上だ。飛ぶぞ」
「うん」
俺と香織は空力で今いる船のマストの見晴台まで一息で飛び上がる。そこにいた男を纏雷で消滅させ、陣取るとこの戦場が一望できた。船は全部で600程はあろうか。あちこちで怒号が響いている。耳を澄ませばそこには聞いたことのある名前も混じっていた。つまり───
「死ねぇ異教徒共!!」
「全てはエヒト様の為にぃ!!」
なるほどこれは宗教戦争らしい。他の聞き覚えのない名前も恐らく別の神様なのだろう。そしてよく見れば、一部の帆船の帆に描かれた紋章に何やら見覚えがあるような……。
「香織、あの模様って……」
「もしかして、さっきの船のお墓にあった船……?」
まさか、これは過去の戦争の再現なのだろうか。そしてそこに大迷宮から少しのアレンジが加わったということか……?
しかし、俺が思案していると戦場の空気が変わった。今まではそこら中に溢れていただけの殺気が、明確に俺達を撫でているのだ。下を見ればそれに合わせてグルりと勢いよく回る首首首。どうやらアレンジは魔法が届くだけではないらしいな。
「香織、広範囲の回復魔法をやってくれ。とにかく範囲優先だ」
「うん。……聖典」
香織の発動した魔法は広範囲の人間をまとめて癒す治癒の光。しかしそれはこの場においては何よりも強烈な殲滅兵器と化す。
香織を中心に放射円状に広がった波動はそれに触れた狂気の尽くを消し去っていく。一息に1キロほど広がったそれの効果で目に見えて海の兵士達が減っていく。
「さて、ここからの脱出条件は何だと思う?」
「んー、この戦争を終わらせる、とか?」
「殲滅戦だなんて香織さん、過っ激ぃ。短い間で随分と染まってきたじゃないの」
「そこまで物騒なことは言ってないんじゃないかな!?かな!?」
「ま、俺も殲滅戦には同意だ。……やるぞ」
「はぁ……聞いてないし……。分かったよ……」
俺はマストから飛び降りながら着地地点を纏雷で綺麗にしてしまう。そして甲板に降り立った瞬間にも纏雷を放射。周りに集ってきた気の触れそうなくらいに血走った目をした水兵達を消滅させる。
───さぁ、戦闘開始だ。
───────────────
「うっ……ごぉ……げぇ……ごめ……」
「気にすんな。我慢しないで吐けるだけ吐いちまえ」
小一時間程で狂気に満ちていた空間から水兵達が消え去った後、直ぐに空間が歪み、俺達は再び船の墓場へと戻っていた。しかし香織の方はどうやらあまりに多くの狂気と殺気に触れたことで精神的なバランスを崩してしまったらしく胃の中から内容物を吐き出している。
俺だって気分の悪くなりそうな程だったのだ。こっちに来てからそれなりに荒っぽい事にも慣れてはいるのだろうが、香織は元々は蝶よ花よと愛でられていたのだろうし、こうなることも致し方ない。
「ほら」
と、水の入った容器を手渡せば香織はそれを素直に受け取り口の中を濯いでいく。
「くちゅくちゅ……ぺっ……。うぅ……天人くんは平気なの……?」
「平気って程でもないけどな。死ねと言われる度に100円貰ってれば今頃豪邸が建てられる」
これは俺に限らず強襲科の2年ともなれば大体の奴がそうなので、強襲科武偵定番のジョークだ。まず挨拶が死ねだし。
「円……っことは元の世界にいた頃から……」
「そんなに深刻なもんじゃないさ。俺のところ、まず挨拶が死ねから入るし」
そこまで話すと何やら香織が可哀想な人を見る目で俺のことを見てくる。いやホント、そんな大層なもんじゃないっすよ?これはあれだな、1回強襲科を見せるべきだな。
「……まぁいい。とりあえずしばらく休もう。俺もかなり魔力を持っていかれた」
物理無しであれだけの数の人間を倒すのだ。2人で分担したとは言え俺もかなりの消耗を強いられていた。
「……うん。……ねぇ天人くん、あれは何だっのかな?この船のお墓と関係あるよね?」
「さっき戦ってる時、何隻かのマストに描かれてた模様がこの墓場にある船のと同じのがあったんだ。多分、昔あった戦闘を再生してたん……」
「何?どうしたの?」
俺が言葉に詰まると香織が何事かと聞いてくる。
「いやな、ハルツィナ樹海にも大迷宮があるんだけど、そこには挑戦条件があって、それの1つに再生に関する神代魔法を手に入れることってのがあるんだよ。で、さっきの過去の再生でもしかしたらここの神代魔法が再生の魔法かもなぁって」
「あぁ、なるほど」
「まぁそれだけだ。……そういやティオがグリューエンの大迷宮で言ってたこと覚えてるか?」
「大迷宮のコンセプト、だっけ?」
そう、火山の中の大迷宮に挑んでいる時にティオが言っていたのだ。大迷宮にはそれぞれ解放者が設計したコンセプトがあるんじゃないかと。そして恐らくそれはあるのだろう。何せ大迷宮は解放者が狂った神に対抗出来る奴を選別する為のものなのだ。オルクス大迷宮は数多の魔物との戦いで戦闘力を、ライセン大迷宮では魔法を封じられた状態から不意に訪れる物理的な殺意高めの罠への対応力を、グリューエン大迷宮では過酷な環境下での極限の集中力を、そしてここは……。
「まだ始まったばかりだから分からないけどな。まぁあぁいうのを見せてくるってことは、狂気に飲まれない精神力を示せ、とかかな」
「うん、私もそう思う……」
───────────────
しばしの休息を経て俺達の魔力が回復したため再び行動を開始する。次に調べるのは地球でも中々お目にかかれないような大きさ
空間の歪みが収まると俺達がいたのは満天の星空の下、大きな客船と思われる船の上で煌びやかに盛り上がりを見せているパーティ会場だった。それもただバカ騒ぎをしているのではない。その場の全員が高そうな服を着てお行儀良く立食パーティーに臨んでいる。
「これ、パーティー、だよね?」
「あぁ、多分な」
よく見ればここにいたのは人間族だけでなく亜人族や魔人族の奴も大勢いて、それぞれが種族の垣根無く楽しげに談笑していた。これが過去の再生だと言うのなら何があれば今のトータスになってしまうのか。俺はむしろこの光景に薄ら寒いものを感じてしまった。
しかもこのパーティー、聞き耳を立てて聞いてみれば終戦を祝うものなのだとか。それも、3種族の内どこかが降伏したとか完全に征服したとかではなく、対話による和平が結ばれての終結を迎えたらしい。ここまでくるとむしろ先程の俺達の考察の方が間違っているのかもしれないと思い始めた。
それでも急に襲われやしないかと俺は警戒しつつその穏やかな喧騒を眺めていると、壇上に数人の人間族が上がってきた。
このパーティーの主催だろうか、立派な身なりをした初老の男性とその側近と思われる人間数人。そして何故か1人だけ場違いなコートを着てフードで顔を隠している。この場でそれはドレスコードとか大丈夫なのかと思うがそれを言う奴はいなかった。
そして彼がステージの中央に来れば自然と話し声も収まる。そしてそれを見渡した男が話し始める。この和平の意義、ここに至るまでの決して平坦ではなかったという道程、そして───
「───こうして和平を結んで1年、私は心からこう思っているよ。……実に愚かだったと」
急に、急にだ。男の纏う雰囲気が変わった。キンジが
さっきとは全く違う雰囲気の喧騒の中から一人の魔人族が歩み出て、彼を問い詰めようとする。しかしその問いへの返答は、彼の胸に刃を生やすことで返された。そしてその魔人族が倒れ伏すのを合図に四方八方から魔法や風を切って飛来する矢がその会場にいた魔人族と亜人族を襲う。
それをエヒト様に捧げているのだと、恍惚とした表情で叫ぶ壇上の男。ヨダレが口の端から垂れ、一言発する度に唾が飛ぶ。明らかにイッちゃった顔をしている。
俺達はいつ魔法や矢が飛んできても良いように構えるが今度はこの映像を見せることそのものが目的だったのか、俺と香織に殺気が向けられることはなく、会場が血の海に染まり人間族以外が全てそこに沈んだ後に景色は元の死んだ客船へと戻っていった。
最後に見えたのはフードを着た1人がその場から立ち去る時、その隙間から一筋の銀髪が露になったところだった……。
───────────────
「あれを見た上でこの船を探索しろってのは、この世界の人間にとっちゃ果てしなく気分が悪いんだろうな」
「やっぱりこの大迷宮のコンセプトって……」
「多分当たりなんだろうな……。香織、少し休もう。俺も準備したいものがあるし」
顔を真っ青にして口を押さえている香織を座らせて、俺も宝物庫から鉱石をバラバラと取り出す。
いくら地獄の苦痛を経験し、乗り越えられたとしても凄惨な光景に対する抵抗力にはならないからな。こういうのは大なり小なりこれから旅をしていけば遭遇するだろうから、徐々に慣れていくしかない。
「……それは?」
「あぁ、最初に出てきたあのデカいクリオネみたいなのいたろ。どうにもあれが引っかかってな……」
俺は浴槽くらいは容積のありそうな樽を錬成で作っていた。とにかく中身が入れば良いので強度はあまり考えていない。寧ろ目的の為には多少ヤワな方が都合が良いのだ。それを見た香織が不思議そうにこれらを窺っていた。
「確かにあれはヤバかったよね。魔力まで溶かしちゃうし……。けど引っ掛かったって何がなの?」
「あぁ。アイツだけこの大迷宮のコンセプトに合わない気がしてな……。もしアイツがこの大迷宮に関係無いただのヤベー奴だったら、この大迷宮を出た途端にまた襲われるかもと思ってな。それの対策だ」
それに、俺の仮説が外れていて、奴がこの大迷宮の仕掛けの1つだったとしても、やはり道中で鉢合わせになる可能性がある以上、今のうちに対策を立てておこうという訳だ。奴の弱点はさっきの戦闘で想像がついている。後はそれを突けるだけの装備を整えるだけだ。武偵憲章7条、悲観論で備え、楽観論で行動せよ、だ。
「それ、石油……?」
俺が樽の他に更なる兵装を作成し終え、最初に作った樽に並々とフラム鉱石を溶かしたタールを注いでいるとそれを見た香織がまさかと言った顔で聞いてくる。
「んー?違うよ。石油は俺も欲しいけどな。これはフラム鉱石ってのを溶かしたタールで、火をつけると摂氏3000度で燃え上がる」
「……太陽って何度くらいだっけ?」
「表面で6000とかだったかな」
「太陽の半分!?ていうかそれどう使うつもりなのかな!?かな!?」
「んー、見た通りアイツ何でも溶かすだろ?しかもめっちゃ再生するし。でも炎で燃やした時だけはそれが弱かったんだ。だから樽ごと投げ込んで、体内にこれを浸透させたらそのまま俺の炎で内側から爆発させる」
「それ天人くんも巻き込まれるよね!?」
「オラクル細胞は物理攻撃には無敵に近いからな。衝撃でぶっ飛ばされるだろうけど五体満足でそこら辺に転がってるから拾ってくれ。悲観論で備え、楽観論で行動せよ、だぞ」
「楽観が過ぎるよ!!」
まぁ大丈夫だろと元気になった香織を立たせて俺達はこの客船の探索を始める。渋々といった様子で香織も着いてきたが、異変は直ぐに起きた……。
「あ、ああああああああれって……」
「だろうなぁ」
「ひうっ!」
緑光石で作ったライトで暗い船内を照らしながら歩いていると、通路の先に白い服を着た女が立っていた。長い髪を顔の前に下ろしているから顔そのものは見えないが、あまりにお決まりの展開だ。何だかなんて考えるまでもない。
そして予想通り、そいつは両手足が変な方向に曲がるとそのままケタケタと笑い声を上げながら俺達の方へ突っ走って来た。香織が叫びながら俺にしがみつくので拳銃からの魔力放射は諦めて纏雷でその女を掻き消した。
「お前、ホラーとか苦手か」
「……こんなの得意な人いるの?」
「……悪いが何人か心当たりがある」
「うそぉ……」
お化け屋敷とか超楽しみそうな理子、全く動じなさそうなレキ。あとは武装巫女の星伽とかな。アリアは何やかんやで駄目そうだがキンジはどうだろうな。強襲科にいたことあるしお化け屋敷なら平気かな。透華達の中なら1番平気そうなのは彼方だな、透華は三姉妹じゃ1番こういうの苦手そう。ジャンヌはどうだろうな。アイツなら案外平気そうな気もするが。
「ほら、行くぞ」
「うぅ……」
どうにか俺に抱き着くのは解いてくれたが俺の服の裾は掴んだまま離さなかった。背後からは絶対に離さないという強い意志を感じる。俺達に着いてくると宣言したあの時のような強さが瞳に宿っていた……。
その後も船内を進めば進むほどに激しくなる怪奇現象もとい、お化け屋敷。しかし実際手の込んだお化け屋敷以上にリアルで底意地の悪い仕掛けに香織は完全に心が死んでいた。今じゃもう俺の背中に張り付いて「雫ちゃんに会いたいよぉ……」と、完全に幼児退行してしまっている。俺の背中が南雲ハジメ君じゃなくてごめんね……。
それでも香織はどうにか回復魔法をぶつけて怪奇現象を消し飛ばしていく。そしてようやく俺達は船倉まで辿り着いた。残されたままの荷物の間を縫って奥まで歩いて行くが、少し歩いたところでバンッ!と音がして開けておいた扉が勢いよく閉じた。
「ぴっ!」
香織が奇っ怪な声を上げて背中が伸びる。そして室内の筈なのに濃い霧が立ち込めてきて、あっという間に視界が完全に潰されてしまった。
「た、たたたたたたた天人くん!?」
「落ち着けって。今まで通り魔力でぶっ飛ばせば良い」
だが、ヒュンと風切り音がし、咄嗟に掲げた俺の腕に細いワイヤーのようのものが絡まっていた。さらに風切り音が矢の飛来を知らせる。ここにきて物理トラップか。本当に趣味の悪いことで……。
だが俺には物理攻撃は一切と言って良いほど効果が無いため香織の防御に専念する。しかし突然凄まじい突風が吹き荒れる。
「きゃあ!?」
俺は錬成で靴裏からスパイクを突き出して堪え、香織の腕を掴もうとするが一瞬遅く指が空を切った。しかもこの霧、ハルツィナ樹海と同じような効力があるらしく、俺は視界の悪さも相まって一瞬で香織を見失ってしまった。
「くそ……そこ動くなよ!」
俺は背中側の方を探そうと振り返るがそこから現れたのは白刃だけだった。俺はそれを叩き折り、それを振るった騎士のような格好をした男を纏雷で葬る。相も変わらず魔力による攻撃で泡と消える大迷宮の亡霊共が次々に襲いかかってくる。香織がどこに倒れているかすら分からない以上は纏雷を全方位に展開する訳にもいかず、纏雷を付与したトンファーでもって、続々と現れるやたらと戦闘技術の高い幽霊共を屠っていく。そうして50程の亡霊を消し飛ばしたところで俺は香織の名前を呼ぶ。すると───
「ここだよ天人くん……」
「……無事だったか」
香織がふらっと霧の中から現れた。だが───
「凄く怖かった……」
「そうか……」
「だから、慰めてほしいな」
フッと香織が俺の首に腕を回す。鼻がくっつきそうなくらいに顔を寄せた香織に俺は───
「きゃっ!?」
魔力放射で返答した。
俺の不意打ちにバランスを崩し、手からナイフを零れ落とした香織は俺を信じられないものでも見たかのような目で睨んでくる。……だから効かないってば。
「そんな顔すんなよ亡霊。見えてんだよ、お前の薄汚ぇ魂が香織の身体ん中に巣食ってるのがな」
「天人くん……?一体何を───」
「何を?じゃねぇよ。お前がその声で喋るな、その身体を勝手に動かすな。それはてめぇなんぞが触れていい女じゃねぇんだよ」
俺に正体がバテいることに気付いたのか、香織に取り憑いた亡霊はその整った香織の顔を醜く歪めて笑いだす。だが俺はそんなことは許さない。再び魔力放射で魔力の弾丸を放ち黙らせる。奴が大声で喚いてバラしてくれたが、どうやら奴の魂ごと吹き消せば香織の魂まで傷付くらしいが関係無い。ならばコイツが自主的に出て行きたくなるように生かさず殺さず痛めつけ続ければ良いのだから。そしてコイツ相手なら殴る必要なんてない。魔力をぶつければそれだけで肉体を傷付けることなくこの幽霊風情を痛めつけられるのだから。
「お前の未練だの想いだのは関係無い。ただお前は俺の
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「……天人、くん?」
「おう、起きたか香織」
数分撃ち続けただけで亡霊もどこかへと消えてしまった。魂ごと消滅したのかどっかに飛んで行ったのかは知らないがともかく香織の身体は香織の手元に戻ったのだ。
「ありがと……」
「気にすんな。兄は妹を守るもんだ。それが例え契約上のものであってもな」
「そっか……」
───────────────
「ありゃあ魔法陣か……?え、もう終わりか?」
あの後転移用と思われる魔法陣に乗って飛ばされた部屋には1つの魔法陣があった。恐らくあれが大迷宮攻略の合否を判定し、神代魔法を脳みそに刻むのだろう。見渡せばユエとシア、ティオももう辿り着いていたようだ。
「……んっ、天人、遅かった」
「主がいなかったからまだ続きがあるのかと思ってたのじゃ」
「今回の試練ならむしろ天人さんが一番最初にゴールしそうでしたけどね。何があったんですか?」
「あぁ。念の為の準備をしてたんだよ。……使わないことを祈るがな」
「……まさか、最初の?」
と、ユエは直ぐに俺の考えを当ててきた。
「あぁ。武偵憲章7条、悲観論で備え、楽観論で行動せよってな」
「ふむ。じゃが主がそう言うのなら心構えだけはしておこうかの。……さて、では今回の大迷宮の目的といこうか」
うん、と俺達はティオの言葉に頷き、皆揃って魔法陣の上に乗る。その瞬間脳ミソをまさぐられる感覚と頭に流れ込んでくる映像。これは……まさかユエ達が見てきた光景か。
その凄惨極まりない光景により香織やシアが思わずといった様子で口元を押さえ、ユエとティオも顔が青ざめている。俺だって何度見ても気分が悪くなる光景だ。本当、最後まで趣味が悪いな、再生魔法の大迷宮は……。
「ったく、大陸の端と端じゃねぇかよ」
「……ん。けどようやく見つけた、再生の力」
ようやく見つけた再生の力。これで4つ目の神代魔法と再生の力を備えたことになる。これでハルツィナ樹海の大迷宮への挑戦権を得たのだ。
そして、魔法陣の輝きが薄れるのに合わせてか俺たちの目の前の床から直方体の物体がせり出してくる。それは淡く輝いたかと思うと人の形をとった。どうやらオスカーと同じくここの奴もメッセージを残したらしい。
そいつは海人族だった。スタイルの良い美人で、どことなくレミアさんに似ている気がする。そしてそいつは自分の込めたメッセージを発する。
「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志の下にこそ幸福はある。貴方に幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」
メイル・メルジーネ、この海底遺跡を大迷宮として構え、再生の神代魔法を遺した解放者の1人。
彼女の遺した最後の言葉が俺達の耳へと消えるとメルジーネ自身も淡い光となって消えていく。そして残されたのは攻略者の証としてのコイン。それが人数分。
「これで証も4つですねー。ようやく樹海の大迷宮にも挑戦できます。父様達、どうしてるでしょうか」
俺の脳裏に浮かんだのは軍人染みた規律で樹海を跳び回るウサギ共だったがそのイメージは首を振って振り払う。それを見たユエとシアはジト目になるがそれは無視。
「天人さん、1ついいですか?」
シアの目が据わっている。これは良くない。
「いや、ここにずっと居てもあれだからな!さっさと出ようか!」
「駄目です!逃がしません───っ!?」
俺の言葉に応えてくれたのかは知らないが急に部屋が揺れる。地震かと思ったがそう言えばこの世界に地震なんてあっただろうか。いや違う。周りの水位が急に上昇し始めたのだ、これは───
「あぁ、ここでもこれか……。全員掴み合え!」
「……んっ」
「ら、乱暴過ぎるよ!」
「もうライセン大迷宮みたいなのは嫌ですよぉ!」
「水責めとは、やりおるのぉ……」
1人だけ感想がおかしい気がするがともかく俺達は潜水艦に乗り込む暇もなく一気に水没する。どうにかお互いの服を掴んで酸素ボンベだけは取り出し口に填められた。
そして俺達は大迷宮から広い海中へと放り出された。メイル・メルジーネ、見た目に反して絶対に大雑把で乱暴者だったに違いない。オスカー・オルクスが几帳面な性格だったのに同じ解放者でもここまで違うもんなのか……。
そして放り出された海中では俺の悲観論通り、そして最も出会いたくない奴がお出迎えだ。つまり───
──ユエ!──
──んっ!凍柩!──
あの巨大クリオネだ。俺は念話でユエに先制攻撃を指示し、即座に半球状のカプセルを宝物庫から取り出す。
──全員入れ!ユエは界穿を頼む!──
──んっ、でも40秒はかかる──
──それは俺が稼ぐ!──
──んっ、任せて──
ユエの張った氷の障壁ごと奴の触手でぶっ飛ばされるが俺達はどうにかカプセルの中に収まった。それを確認して俺は更にこれの片割れとなる半球状のカプセルをとりだし、錬成で繋ぎ合わせる。そして奴の身体に捕まって溶かされ始めるがとにかく俺は錬成で凌いでいく。そしてその間に口頭で全員に俺の作戦を伝える。流石に全員反対のようだがここで奴が現れた以上はこれしか手は無い。───そして時は来た。
──界穿──
ユエの言葉と共に球体の障壁の中に光の膜が現れる。これは点と点を結ぶワープホールだ。これに飛び込めばユエの設定したもう1つの出口に俺達は飛び出ることになる。そして俺達は躊躇いなくそこへ飛び込む。
俺達が現れたのは海面から上空100メートルの地点だった。ユエがあの短時間でここまで距離を跳べる魔法を作ってくれたのだ。そして即座に竜化したティオの背中に乗り込む。
「流石だユエ。ありがとな」
習熟の難しい空間魔法をこの短期間でここまでの練度に仕上げられたのは流石魔法に関しては天賦の才を備えたユエだ。だがおかげで魔力が枯渇したようで、急いで魔晶石から魔力を補充していく。そして香織やシア、ティオからの賞賛に頬を赤らめている。だが今はその愛らしい反応を愛でている場合ではない。俺はすぐさまシアの宝物庫からドリュッケンを召喚し、肩に担ぐ。
その瞬間、俺達の背後から津波が発生。それも高さ100メートルを超える大津波、いや、ここまでくると最早水圧の壁だ。それが俺達へ向けて倒れてくる。だが俺は空力で水の壁へと1歩踏み出す。義眼にはその水の中で赤く光る反応を捉えている。あの巨大クリオネだ。
「ティオ!行け!」
──承知したのじゃ!──
バン!とティオの翼が空気を叩く。俺はドリュッケンを構え、そこにありったけの魔力を注ぎ込んだ。そして───
───俺達を呑み込まんと唸りを上げる津波とクリオネに対してドリュッケンを振り上げ、それに付与された衝撃変換の固有魔法を叩きつける。
───ッッッッドッッッッンンン!!───
と、凄まじい衝撃波で津波の一部が割れる。そして凹んだ津波は俺を避け、同一直線上にいたティオ達も潜り抜けるように水圧の暴威から逃れられた。
だがまだだ。クリオネは砕けた身体を即座に修復。その毒手でもって俺達を拘束、融解しようと襲いかかる。俺はそれを空力と縮地、ドリュッケンの衝撃変換で躱していく。ティオ達の方は流石に庇っている余裕は無いからあっちはあっちを信じるしかない。
そして俺は宝物庫からドリュッケンと取り替えるようにあの樽を召喚。それに魔力を込めていく。
この樽、ただタールを詰め込んだだけじゃない。底には生成魔法でとある固有魔法を付与してあるのだ。
──ダンッ!──
と、上面を奴の方へ向けた樽がクリオネのその身体へ向けて吹っ飛んでいった。何故か?俺が付与した固有魔法は縮地。縮地は脚力を強化する固有魔法ではない。溜めた魔力を爆発させてそれを推進力にする固有魔法なのだ。であれば樽に付与されたそれが効果を発揮すれば、凄まじい勢いで飛んでいくだけだ。こんなもの、そこらの魔物に使っても当てるだけでも面倒だし普段なら使いやしないのだが、ことここに至ってはこれが切り札足り得るのだ。
どうせ奴は避けないのだから真っ直ぐ飛べばそれで充分。樽ごと喰わせて中のタールを奴の体内に行き渡らせることが出来れば良いのだ。
そして俺は縮地のパワーで砲弾と化したタール入りの鉱石の樽を5個全て奴の体内に叩き込んだ。そして外殻が溶かされタールが奴の体内を黒く染める。俺は自分も縮地を使い奴の懐へ飛び込む。そして右腕からハンニバルのそれを顕現し、奴の真っ黒になった体内へ自ら突っ込む。魔力すら込められているその身体が俺のオラクル細胞ごと溶かし始める。だが俺はその場でハンニバルの炎を噴射。勿論その焔は火が点けば摂氏3000度で燃え上がるタールに触れ───
──俺の世界から音が消えた──