セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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神の使徒との戦い

俺達が再び赤銅色の世界に足を踏み入れて1日半ほどが経っていた。

 

タールの大爆発に呑まれた俺はその衝撃に意識を失って彼方までぶっ飛ばされたが、それもユエ達に拾われてエリセンで休息と武装の調整も兼ねて6日ほど滞在していた。そして出立の前に俺達はミュウに誓ったのだ。絶対にまたミュウの元へ戻ってくると、その時は俺の生まれた世界、国を見せてやると。もちろんレミアさんも一緒だ。

 

そして俺達は旅立った。その道中、手に入れた再生魔法でアンカジ公国のオアシスを元に戻せないかと香織が提案したのだ。ハルツィナ樹海へ行くには通る道でもあるしあそこのフルーツは絶品だと有名であるから、今後の旅のお供にも欲しいところだったので試してみることにしたのだ。

 

そして遂にアンカジ公国が見えるところまで車を進めてた頃───

 

「……やたら人が多いな」

 

「……ん、時間がかかりそう」

 

「物資や水を入れてるんですかねぇ」

 

どうやらユエの用意した水と俺たちの届けた静因石で稼いだ時間でハイリヒ王国へ救援を出せたようだ。おかげで入場門から長蛇の列となっていて、普通に並んでいたら国に入るだけで日が暮れそうだった。

 

だがまぁ入場門まで行けば俺達の顔を知っている奴もいるだろう。シアなんかは特に派手に街中を駆け回っていたみたいだし、香織は公国の領民を大多数直接癒した本人だからな、コネはキッチリと使わせてもらおうか。

 

俺達は商人や何かと思われる並んでいる集団の脇を四輪で通り抜け、守衛のいる門の傍まで寄せる。するとそれを見た守衛の1人が何事かと俺達の方へ走って来た。

 

そして中にいるのが香織だと認めるやいなや即座に同僚と思われる他の人間を走らせ、こちらに声を掛けてくる。

 

「あぁ、やはり使徒様達でしたか。戻ってこられたのですね」

 

ここでの知名度は俺達よりも香織の方が高い。相手は全部任せよう。

 

「はい。実はオアシスを浄化出来るかもしれない術を手に入れたので試しに来ました。領主様にお話を通しておきたいのですが……」

 

香織のその言葉を聞き守衛の顔色が変わる。

 

「オアシスを!?それは本当ですか!?」

 

「は、はい。まだ可能性が高いというだけですが……」

 

「いえ、流石は使徒様です。……こんな所で失礼致しました。既に領主様へは伝令を送ってあります。入れ違いになってはいけませんから待合室でお待ち下さい。使徒様が来たと聞けば直ぐにやって来るでしょうから」

 

と、俺達は待合室へ通される。門をくぐる前には相変わらずの好奇の目に晒されるが今更慣れたものだ。気にすることもなく素通りして、俺達は再びアンカジ公国へと足を踏み入れた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「ゼンゲン公、こちらへ、彼らは危険だ」

 

香織が再生魔法でオアシスとその周辺の土壌の毒素を消し去り、さて後は他の土壌と果実の類だと次の場所へと向かおうとした時だった。

 

何やら不穏当な雰囲気を纏って甲冑を着込んだ奴らと豪奢な法衣を着た男が俺たちを取り囲んだのだ。

 

「フォルビン司教?これは一体何事かね。彼らが危険?2度に渡って我等公国を救ってくださった英雄ですぞ?彼らへの無礼はアンカジの領主として見逃せませんな」

 

「ふん……英雄?言葉を慎みたまえ。彼らは異端者認定を受けている。不用意な言葉は貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

 

俺達の話をどこかで聞いたのだろう。今のところ目立つところではそう悪いことはしていなかったはずだが、神に従う姿勢を見せなかったことが癪に触ったのか、もしくは既に接触が始まったのか───

 

さて、コイツら全員ぶっ飛ばすにしてもここじゃアンカジに迷惑が掛かるだろうからどうするかと俺が頭を捻っている間に話は進んでいたらしい。

 

というか、いつの間にやら集まった野次馬たちが神殿騎士達に石ころを投げている。どうやらここの人々は神は信じていても人は別らしい。どんどんと大きくなる司教達への批判の声。遂にそれは屈強であるはずの神殿騎士達の心を折るに至った。

 

そして、出直すと言って司教なる人物と周りの騎士達が去っていく。俺達のことは放っておいても良かったのだが、ランズィとしては俺達を敵に回すような真似は絶対に出来ないとのことだ。それは心理的にも戦力的にも。

 

俺はそれに「そうかい」とだけ返す。いつかは教会とぶつかることがあるとは思っていたが、まさかその初戦が全く別の人達の手で終わらせられるとは思わなかったな。これも畑山先生の言っていた"寂しい生き方"を選ばなかったからかな……。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「帰っても絶対運転させないだからぁぁぁぁ!!」

 

アクセル全開、と言うより魔力全開で四輪をぶん回す車が1台、正面のとある集団に向かって直進する。もちろん俺の運転する魔力駆動車だ。

 

俺達はアンカジで土壌や回収した果物を再生した後数日ほどアンカジに滞在しており、その後、さてようやくハルツィナ樹海へ向かうぞという道中で、俺はとある集団目掛けて四輪をぶん回しているのだ。

 

目の前には、今まさに奴らからしたら謎の高速移動物体に対して魔法をぶつけているのが明らかに盗賊か山賊の類と分かる40人ほどの集団。そして元々彼らに襲われていた商隊と思われる、元は15人ほどと思われる集団。これを香織が助けたいというので、仕方無く道交法をぶち破ってボンネット下部の左右から短いブレードと風爪を、屋根とボンネットの突起からも風爪を展開した魔力駆動車で突撃する。

 

で、もちろん奴らの低級魔法なんぞ俺の車に効果があるわけが無いので普通に突っ切り普通に賊の後ろ4分の1くらいを吹っ飛ばした。

 

そして香織が勢い良く飛び出し、キレて襲いかかってきた賊共を衝撃変換と纏雷でぶっ飛ばして、傷付いた商隊の人間を癒していく。俺達はもちろんその援護だ。と言ってもユエが商隊を聖絶で包み、俺とティオが銃撃や魔法で山賊を潰していく、それだけの単純な作業だ。こっちは車体を盾にしてしまえば向こうの魔法なんて通らないし。

 

そして、苦もなく賊を叩き潰し、その場でまだ息のあった商隊や護衛の冒険者を纏めて癒した香織に1人のフードを被った奴が飛びついた。もっとも、俺達が彼らを見つけた時に結界の魔法を使ってどうにか持ち堪えていた奴だというのは分かっていたので問題は無い。そいつはフードを脱ぐとその金髪碧眼とまだ幼さを残しながらもその美貌を露わにして香織に抱き着く。

 

「香織!!」

 

「リリィ!?なんでリリィがこんな所に!?」

 

どうやら香織の知り合いのようだ。純日本人で構成された香織達のクラスにこんな見事な地毛の金髪は居なかったはずだからこちらの世界に来てから出来た友人だろう。2人の様子から、それなりに仲が良かったことが窺える。

 

「あの結界、見覚えがあると思っていたからもしかしてとは思ったんだけど……」

 

「私も、こんな所で香織とまた会えるとは思っていませんでした。……僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいなかったのですね」

 

「リリィ……?それはどういう……」

 

と、そこでリリィなる人物は周りを見渡し、フードを再び真深に被り、口元に指先を当てて自分の名前をそれ以上呼ぶなと伝える。治療も終わったみたいだし、いい加減死屍累々のここにいるのもあれなので俺も声を掛ける。

 

「香織、話は進みながらにしよう。ここじゃ臭いが酷い」

 

ふと俺が歩み出るとそのフードの女が俺を見て何やら発見したような顔になる。

 

「……神代くん、ですよね。生存は雫から聞いていました。生きていて何よりです」

 

「……雫、八重樫か?……いや待て、まずお前誰だ?」

 

いや、見たことはある気がするんだよな。こう、喉までは出かかってるんだけど……。んー、でもやっぱり思い出せねぇな。

 

「へっ?」

 

「いや待て。ここまで、ここまで出てるんだよ……」

 

と、俺は自分の喉元に手を置いて"あと少しっ!"というのをアピールしておく。

 

「た、天人くん!王女!王女様だよ!!天人くんも話したことあるでしょ!!」

 

「……………………………………あぁ!」

 

香織の言葉でようやく思い出せた。そうだそうだ。言われてみればハイリヒの王女様はこんな顔だった。あんまり興味もなかったんで中々記憶の引き出しから掘り返せなかったな。

 

だが忘れられていたというのは王女様とっては非常に辛いことだったようで、それだけで泣きそうになってしまっている。しかも何故か……いや、忘れていた俺が悪いのだけれど、香織から俺は普通じゃないから気にするな的な罵倒が飛んできた。

 

しかし微妙な空気になっていた俺たちの間に意外な人物が割って入ってきた。

 

「お久しぶりですな、神代殿」

 

「……ユンケルさんか」

 

この商隊の主は俺にこの世界の商人がどんなものなものなのかを学ばせてくれた人だった。そしてやはりと言うべきか、俺と握手するその指は俺の宝物庫をさすっていた。

 

どうやら、アンカジ公国での商売が上手くいっているようで、彼も一旦は商品を売り終え、今はホアルド経由でアンカジ公国へと、再び仕入れた商品を売りに行くところだったらしい。そして、今しがた賊に襲われたばかりのユンケルさんは俺達にアンカジ公国までの護衛を依頼してきた。しかし、それに待ったをかけた人物がいた。リリィこと、リリアーナだ。

 

「すみませんが、彼らの時間は私が頂きたいのです。ホアルドまでの同乗を許可して頂いたにも関わらず身勝手だとは分かっているのですが……」

 

「おや、もうホアルドまで行かなくてよろしいので?」

 

「はい。ここまでで結構です。もちろん、ホアルドまでの料金は支払わせていただきます」

 

俺達は逆にホアルドを経由してフューレンへ行き、そこでイルワにミュウの護送が完了したことを伝えてからハルツィナ樹海へ行くという話をユンケルさんと話していたのを聞いていたのだろう。

 

「そうですか……。いえ、お代は結構ですよ」

 

「えっ?そ、そんな訳には……」

 

「……2度とこういうことをなさるな、とは言いませんが、本来相乗りの料金は前払いが基本。それを請求されないということは向こうが良からぬことを企んでいるか、もしくはお金を取れない相手だということです」

 

バレていた、ということなのだろう。当たり前だ。商隊を組むような奴の知識の中に一国の王女様の顔が無いなんてことは有り得ない。いくらフードで顔を隠そうと少し見れば分かることだ。むしろ俺に忘れられていたことに泣くほどショックを受ける程の知名度を自覚しておいて何故あれで隠し通せていると思ったのか……。案外ポンコツなのかもしれない。

 

ユンケルさんとしてはお金よりも王国からの信頼の方が大事だと運賃の受け取りを固辞。目先の端金よりこれからの信用とそれがもたらす利益の方が優先だとリリアーナを説き伏せた。それが俺に、どことなくリムルの世界で出会ったミョルニルさんを思い起こさせた。

 

そして先を急ぐユンケルさん達を見送り、こちらを振り返ったリリアーナから告げられた報告は、俺が想像していたことの数倍最低だった。

 

 

 

「愛子さんが、攫われました……」

 

 

 

───────────────

 

 

 

最近、王国内、特に宮内の様子がおかしいことにリリアーナは気付いていた。元々国王は聖光教会に熱心ではあったがここのところそれに輪をかけて熱に浮かされたように信心深くなっていったらしい。そしてそれに感化されるように周りの大臣達も以前より深く信仰していった。だがそれだけでは無い。それと反比例するように宮殿内の騎士達の雰囲気が暗くなっていくのだ。ただ、落ち込んでいるのではなく、何処と無く覇気がなくボゥっとしていることが多いようで、話しかけても少し反応が鈍いのだとか。

 

その上頼みの綱のメルド団長も何故か姿を見せず、リリアーナは誰にも相談できない時期が続いた。

 

そしてその内畑山先生がウルの町から帰還。そこで起きたことの仔細を報告した。その場にはリリアーナもいたらしいがその場でなされた決定は強引の一言。どうやらそのタイミングで俺の異端者認定が確定したらしい。豊穣の女神の御意見や俺達のお仕事の功績も何もかも一切合切無視。

 

流石にリリアーナもこれには抗議したらしいが国王リヒドの考えは変わらず。

 

逆にリリアーナのことを信仰心が足りないだの何だのと言い出し、終いには親の仇でも見るかのような目で睨みだしたのだとか。そしてリリアーナはその場では理解した振りをして撤退。自分の意見があまりに理不尽に退けられて憮然とした雰囲気でその場を立ち去っていた畑山先生へと相談を持ちかければ、俺から畑山先生へ話した神の正体について多少聞き及んだとのことだ。そして畑山先生が夕食の時間にそれを詳しく生徒達へ話すと言うのでリリアーナも同席してくれ頼まれたらしい。

 

それに頷き畑山先生と別れたリリアーナだったが、夕食の時間となり食事を摂る部屋へ向かっていたところ、向こうから畑山先生と誰かが口論するような声が聞こえ、覗いて見ると、銀髪の修道服を着た女が畑山先生を気絶させ担いだ瞬間を目撃したのだ。リリアーナは咄嗟に、王宮に張り巡らされている隠し通路に逃げ込み彼女を撒いたのだが、畑山先生は夕食の時間になっても現れず、あのまま銀髪の修道女に拉致られてしまったのだろうということだ。

 

俺の脳裏にはメルジーネの大迷宮で見せられた光景が浮かぶ。神に心酔し、狂気を宿し、そして例え同じ人間族であっても殺し合う。もっとも、人間同士の殺し合いに関しては俺の世界も人のこと言えないのではあるが……。だが気になるのは銀髪の修道服を着た女だ。確かメルジーネの見せた過去の映像にも銀髪の女がいた。もっとも時代が大きく違うから流石に同一人物とは思えない。

 

だが、あの時も今も共通しているのは銀髪の修道女は神の教えから外れた者の傍に現れているということだ。畑山先生然り、人間族、魔人族、亜人族の融和に取り組んだあの男然り。

 

俺の直感はこれをただの偶然で片付けてはいけない気がしている。3倍の法則もあるし聖教教会の総本山に乗り込むのは正直気が乗らないのも事実。だが畑山先生が攫われた原因に俺が伝えた事柄が絡んでいるのもまた事実なのだろう。

 

どっちにしろもう聖教教会は俺達を敵と認識している。ならば遅かれ早かれぶつかることは必定。そうなったら武偵憲章5条、行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし、だ。神山に眠る神代魔法を回収するついでに畑山先生の救出と、敵対するようなら聖光教会の壊滅を果たしてしまっても良いだろう。

 

「……いいよ。畑山先生の救出は請け負った。今も生きていれば、だけどな」

 

人を殺すのは案外面倒なのだ。さっきの俺達のように証拠が残ろうが気にせずぶっ殺すだけならいざ知らず、ライセン大渓谷の時のように殺された事実自体を露見しないようにするにはそれなりに用意や手間がかかる。宮殿のど真ん中で人1人殺そうものなら暴れられて声を上げられても面倒だし血痕の処理だって一苦労だ。証拠を消したという事実すら誤魔化そうというのなら特に。だったらむしろ本当に誘拐してしまってからゆっくり時間と手間をかけて消せば良いのだ。ハイリヒ王国の中枢に入り込めているのならそれが1番容易だろう。そこら辺をリリアーナ達に伝えれば香織も一緒になって泣きそうになりながら唇を噛み締めている。

 

「……攫ったってことは何かに利用するつもりかもしれないし、単に俺の話した事実が向こうの都合の悪いタイミングで露見しないよう時間を稼いでいるだけかもしれないからな。とにかく行くだけ行くぞ」

 

だからそんな顔すんなと肩を叩けば香織からはデリカシーが無いだのもうちょい空気を読めだの散々に言われる。しょーがねーだろ。助けに来ましたけど既に死んでましたとかなったら2人ともショックデカいだろうから予防線張っとかなきゃなんだし。まぁそれを言っても言い方が悪いだの言われるんだろうなぁと思うので言わないけど。

 

「……宜しいのですか?」

 

リリアーナとしては八重樫辺りから俺が彼らに興味の欠片も無いことは聞いているのだろう。その俺が思いの外すんなりと畑山先生を助けに行く決定を下したことに驚きがあるらしい。

 

「あぁ。畑山先生が拉致られたのには俺にも責任がありそうだしな。それに、さっき話に出た銀髪の女だ。俺としちゃあそいつの正体は知っておきたい」

 

最悪神山を吹き飛ばす気があることは伏せておく。それを言ったら多分本当に泣かれる。

 

「ありがとうございます……」

 

俺は四輪に付着した血と肉と臓物を落とすとその車輪をハイリヒ王国の方へ向けて回転させていった。

 

 

 

───────────────

 

 

 

空に月が鎮座し星が夜空を彩る中、俺はこの世界で最も空に近い場所にティオと連れ立って駆け上がっていく。

 

そして魔力感知で畑山先生のおおよその居場所に当たりをつけるとティオを抱えたまま一気に飛び上がる。

 

「……なぁティオ、お前さ───」

 

「ん?いいのかの?」

 

「てめぇ本当に良い性格してるよな……」

 

ティオは俺に抱き抱えられたまま一緒に空を昇っているのだけど、そもそもティオは人の姿をしていても背中から翼を出せるしそれでそのまま飛行もできるのだ。どうせ神山じゃ人目につかないしそうしろと言ったのだが抱き抱えて行かなきゃ後であることないこと言い触らすと脅されてしまった。背中に乗せるのも駄目だとか言い出すおかげで仕方なくこうして運んでいるのだが正直邪魔だ。いつ聖光教会の奴らが襲ってくるともしれないのだ。なるべく両手は空けておきたい。

 

「ったく。先生拾ったら任せたからな」

 

「了解しておるのじゃ」

 

「……お、ここだ」

 

俺は神山に建てられた建物からさらに100メートル程昇った塔の上の一室に先生を発見した。そしてそこに付けられた格子から中を覗けば畑山先生が三角座りで1人項垂れているのが見えた。

 

俺は義眼を通して部屋に罠の類がないかを確認していく。少なくとも俺の感知系固有魔法に引っ掛かるものは無いようだと判断し、錬成で壁に穴を開ける。

 

すると錬成の音と光に気付いた先生が顔を上げる。その顔は標高8000メートルの神山、更にそこから上空100メートルにあるこの部屋に外から人間が現れたことにより驚愕に染っていた。そしてそれが俺だと認識した途端に押し殺しきれていない嫌悪も浮かぶ。いいさ、俺はそれくらいのことをしたのだから。

 

俺はティオを空へ残して部屋に足を踏み入れる。

 

「……神代くん」

 

「リリアーナに聞いて来た。外に俺の仲間を待たせてる。天之河達と合流したら後は好きにすればいい」

 

一々細やかなコミュニケーションを交わしている暇も無いし、俺は当然として、向こうにもその気は無いだろう。俺は畑山先生を立たせるとそのまま部屋に入って来ていたティオに先生を預ける。

 

「任せたぞ」

 

「よいのかの?」

 

「あぁ。話は後でも出来る。まずは色々落ち着いてからだな」

 

竜の翼をはためかせ先生を抱えるティオと一緒に俺は空力で地上へ降りようとする。しかしその瞬間俺の首筋を殺気がヒリつかせた。

 

「っ!?」

 

俺はティオを引っ掴んで縮地でその場を離脱。

その瞬間、俺の背後を白銀の光が通過。さっきまで先生が幽閉されていた塔を音も無く消滅させた。

 

パラパラと牢獄を形作っていた石の破片が落ちていく。消し飛んだと言うよりこれは───

 

「……分解?」

 

「ご名答です。異常存在(イレギュラー)

 

鈴を転がしたような愛らしい、けれども無機質で抑揚の無い冷えた鉄のような声色に俺が振り返るとそこには───

 

 

 

──銀髪碧眼に黄金比の肉体を備えた女が浮いていた──

 

 

 

───────────────

 

 

 

遠くで爆発と何か、硝子のような物が砕け散る音がする

 

 

 

──……天人、火山で戦った白い竜の魔物が結界を破った。そこから大量の魔物が飛び込んでくる──

 

全体の連絡役として配置していたユエからの念話が届く。リリアーナの元を離れたがらなかった香織に加えて念の為シアを彼女の護衛に、ティオは先生を回収したら直ぐに離脱できるように俺に着いてきてもらっていたのだ。そしてどうやら万が一の備えとしてこの配置にしたのは大正解だったらしい。魔物の集団はユエとシアが向かえる。リリアーナの護衛なら香織がいれば充分。そして俺は目の前の銀髪の女と足でまとい無しで(タマ)の取り合いに集中できる。

 

──りょーかい。そっちは全部任せた。俺ぁしばらく足止めみたいだ──

 

──……んっ。……あの魔人族も見つけた。泣くまでボコる──

 

ユエが物騒極まりない捨て台詞を残して念話を切った。俺はと言えば前方に浮かぶ戦装束を身に纏った銀髪の女を視界に収めながらティオにここから離脱するように指示を出す。一緒に戦うにしろ畑山先生が邪魔だからな。

 

「ノイントと申します。神の使徒として主の盤上に不要な駒を排除します」

 

背中から銀翼をはためかせ、ガントレットが同じ色に光る。するといつの間にやら彼女の両手には2メートル近い大剣が握られていた。

 

「……表情筋の鍛え方が足りねぇな。てめぇらの身内は皆そうなのか?」

 

どんなに均整の取れた肉体をしていようと、顔の大きさから各パーツから黄金比と思われる程の完璧なサイズと配置をしていようとも、全ては氷より冷たそうな無表情で台無しだ。

 

「私達に感情はありません。ただ機械的に主の理想の盤上を作り出すだけ」

 

グッと、ノイントの大剣を握る手に力が込められた瞬間───

 

──ダンッ!!

 

「っ!?」

 

奴のほっそりとした右腕、その肘から下が俺の身の丈より大きい大剣と共に夜の闇に消える。そして空に瞬く星のように鮮やかに散るのは奴の鮮血───かと思ったがあの肉体は血が通っていないようだ。腕を捥ぎ肩を抉ったのだが血の一滴も滴りやしない。まぁ元から失血死による決着なんて狙っていない。失血による機能の低下が図れないのであれば四肢を捥いででも殺し切るだけだ。そしてその目的は既にある程度達せられた。

 

──不可視の銃弾(インヴィジビレ)──

 

カナの得意としていた拳銃技の1つだ。普通はHSSでなければ出来ようもない絶技だが俺には瞬光がある。これならば遠山家に伝わるHSSに匹敵するかそれ以上の思考能力反射速度肉体駆動を可能にする。だが本来なら土手っ腹にぶち込んで初手で終わらせようとしたところを二丁拳銃で1発ずつ放った不可視の銃弾は紙一重のところで躱されてしまった。一応片腕は奪えたがまさか初見でこれを躱すとはな……。超速の早撃ちというのがタネである以上、不可視の銃弾では纏雷による電磁加速が行えなかったとは言えそれでも音速は軽く超えているのだ。中々どうして侮れない相手だ……。

 

そしてどうやら反射速度だけでなく判断も早いらしい。今の俺とノイントの距離はおよそ7メートル。モロに拳銃の平均交戦距離だ。もちろん奴がそんなことを知っているわけはないがそれでも今の一撃がこの距離で俺と戦うことを避けさせたのだろう。銀に輝く翼を広げるとノイントはそこから雨あられのように銀の羽を弾丸のようにして撒き散らしながら俺と距離を置きにかかった。

 

俺も空力で空を蹴ってその銀雨から逃れる。そして左手にガトリング砲を召喚し、弾切れなんて概念が存在しないかのように撒き散らされるそれを撃ち砕いていく。面を埋めるように放たれる銀羽の弾丸のうち、俺に撃ち落とされることなく後ろに飛んでいったそれを目線で追うと、やはりと言うべきかそれが当たった物は尽く分解されているようだ。俺の電磁加速式ガトリング砲ほどの威力があればその分解の作用が効ききる前にそれを打ち払いさらに数発の銀羽を迎撃できるようだが、あれは攻撃にも防御にも応用できる力だ。それに加えて空中での機動力に初見で不可視の銃弾を躱す反応速度。確かに神の使徒として君臨するに相応しい戦闘力だな。けれど、それだけじゃあ俺には届かないぜ。

 

俺は右手にロングマガジンを挿した電磁加速式のサブマシンガンを召喚。これまで中々使う機会が無くて、本格的な戦闘ではお蔵入りしていたがちょうど良い機会だ、天日干しといこうか。

 

俺は瞬光も発動し縮地で降り注ぐ銀羽の魔弾の隙間を縫うようにノイントへ接近していく。

 

奴も近付かれまいと俺と違って曲線を描けるその機動力を存分に活かして交戦距離を一定に保とうとする。俺は奴の進行方向へガトリング砲の弾丸を撒き散らして牽制、誘導していく。そしてもう一手というところまでいくのだが───

 

「却火狼」

 

直前で奴の銀羽が俺と奴を隔てるように魔法陣を描く。そして現れたのは神山上空から世界を飲み込まんとする業火の津波。

 

属性魔法の欠点として魔法の核を破壊されればその瞬間に魔法は霧散するのだがこれだけの大きさだ。それを見つけている時間が無い。そしてタイムリミットは数瞬後に訪れた。

 

ゴウッ!と音を立てて炎が俺に迫る。それはただでさえ薄い酸素を奪い、その熱量でもって俺を死に至らしめようと牙を向く。そして瞬きする間も無く俺をその顎門で飲み込んでいく───

 

「……これも凌ぐのですか」

 

見上げた視界で奴がそう唇を動かした。ビット兵器に仕込まれたワイヤーが収納されていく。空間魔法を付与したワイヤーと鉱石をビット兵器に搭載し、それを4基で連動。ビット兵器の内側を空間ごと遮断することによってあらゆる攻撃をシャットアウトする防御兵器だ。まだ試作段階といったところだったのだが、上手く機能したようだ。もっとも、空間ごと遮断する欠点としてこちらからも攻撃が出来ない為、俺は直ぐにビット兵器を宝物庫に収納し、反撃を再開する。

 

ノイントも銀羽の弾丸を放ちながらさらに魔法陣を展開し、属性魔法と連携させて俺を襲う。俺は片腕の無いノイントなら分解の魔力を考慮に入れても近接戦闘が有利と踏んでむしろ奴の懐に飛び込もうとする。しかしその瞬間、神山を揺るがすような大きな歌声が響き渡る。そしてそれは俺の身体に看過できない変化をもたらした。

 

「なん……」

 

俺は思わずノイントとの距離を取り声のするほうを見やる。するとそこには法衣を纏った男達が大勢身体の前で祈るように手を組み何やら歌を歌っていたのだ。

 

そしてそれは俺の身体から魔力を搾り出しまとわりつく光の粒子のようなものが動きを阻害する。面倒な魔法だ……。

 

「イシュタルですか……。あれは自分の役割というものを理解している。良い駒です」

 

イシュタル……聖光教会のボスか。確かにあのオッサンもいるな。本当の神の使徒であるノイントの戦闘に貢献できることが何よりも嬉しいらしい。随分と恍惚の貌をしているよ。今にも涙が溢れそうだぜ。確かにあれは神の思惑通りに動く、便利で都合の良い駒だろうよ。

 

しかしいくらノイントの片腕が無かろうとイシュタル達の魔法の効果は絶大。俺は抜けていく魔力と堪えきれない虚脱感を膨大な魔力量で無理矢理補ってはノイントの銀羽と致死の魔法の連撃を躱していく。今の状態じゃ瞬光を使っても、詰めきれなければ逆に俺が詰む。しかしそうして思案している間に奴の魔法が俺を捉える。

 

ノイントの放つ、不規則な軌道を描く雷撃を放つ魔法の核を近接戦闘に備えて右手に構えた拳銃で撃ち抜いていたのだが、遂にそれが間に合わなくなったのだ。左手はガトリング砲で銀羽を吹き飛ばすので手一杯。右手の拳銃だけでは今のコンディションでは手数が足りない。寸でのところで直撃こそ躱したものの俺の身体を掠めたそれが全身の動きを一瞬止める。そしてその隙はノイントを前にしては致命的だった。

 

「ッ!?」

 

ノイントは残された左腕を振り上げ、直後には銀に輝く大剣を唐竹割りに振り下ろす。俺はそれを拳銃に付与し風爪で逸らし自分も硬直から抜け出した瞬間に縮地で飛び退る。それでも左肩を切り裂かれる。

 

「グッ……」

 

足元で魔力を爆発させて距離を取りつつ俺はディアウス・ピターの赤雷を放つがそれはノイントの銀翼に掻き消される。だが俺は翼が一旦左右に開ききった瞬間に纏雷で最大まで加速した弾丸を放つ。

 

しかしそれすらもノイントは首を振ることで直撃を躱す。さらに身体を流すことで超音速の弾丸が突き抜けた空気の発生させるソニックブームの刃を頬を浅く切る程度で受けきった。

 

「イレギュラー、お前の戦い方は学びました。確かにアーテイファクトの威力も絶大。ですがお前の戦い方は全て基礎を積み重ねただけのもの。端的に言えば驚きがない」

 

銀羽と最上級クラスの魔法の連撃を辛うじて躱しながらノイントの言葉を聞く。確かに奴の言う通りだ。俺の技術は全て基礎を極めただけのもの。単純な戦闘力だけならともかく、戦闘時の瞬間的なアイディアという面では俺はキンジやアリアには遠く及ばない。確かに力任せにアイツらの絶技を真似することは出来る。だけど俺はそれを発明できないのだ。見たものを真似する、それだけ。だから俺の戦い方には目新しさが無い。不可視の銃弾だって元は俺の技術ではなくカナのものだ。

 

「そのアーテイファクトの特性も既に掴みました。礫を最速で真っ直ぐ飛ばすだけ。イレギュラー、お前の持つアーテイファクトの攻撃は全てそれだけ」

 

どうやら俺の銃火器の特性も見抜かれてしまったらしい。ま、こんだけ撃ってりゃ嫌でも分かろうものだけど。

 

「先制攻撃もただの早撃ちでしかない」

 

魔法を避けきれずにバランスを崩した俺に大剣が横薙ぎに振るわれる。それは俺の胸を真一文字に切り裂く。その傷に俺は思わず奈落の底で戦ったあのクマを思い出す。

 

さらに至近距離から放たれる銀羽を金剛と風爪を使って捌いていく。しかしノイントはその近距離で銀翼をカッと輝かせる。その閃光に俺の視界は白く塗り潰される。

 

それでも俺の感知系技能は十全に働き、奴の気配が背後にあると警告してくる。俺は後ろなんて確認せず振り向きざまに右手に構えた拳銃をマガジンの残弾が許す限り連射する。

 

何かを吐き出すかのような発砲音が炸裂する。しかし俺の放ったフルメタル・ジャケットの弾丸が穿いたのは銀羽で出来た木偶の坊。つまりこれは奴の置いたトラップ───ッ!?

 

俺の本能がけたたましく警鐘を鳴らす。ノイントは後ろだ。奴は動いてなどいなかったのだと。

だが反転は間に合わない。ならば振り返らずに刃を振るうしかない───!!

 

俺は少しでも傷を浅くしようと固有魔法である金剛とその派生技能である集中強化を背面に施しながら縮地で足元へ魔力を集め、爆発させる。そしてそれと同時にディアウス・ピターの刃翼を生やしながら振るっていく。だが刃翼の一撃はノイントの左手で構えた大剣の分解の力で寸断、その勢いのまま俺の背中に刃が振るわれる。

 

「がっ───」

 

俺は切り裂かれる威力も利用してその場を離脱。骨まで絶たれることは免れた。そしてようやく色彩を取り戻す視界にあったのは銀に輝く女が1人。そしてその背後斜め下で殺意の籠った眼でノイントを睨む漆黒の竜───!!

 

「グルワァァァァ!!」

 

咆哮と共に放たれたのはノイントの分解の魔力にも勝るとも劣らない破壊力を持った闇色のブレス。それは殺気に瞬時に反応したノイントの片翼を捥ぎ、その熱量でもって奴の体勢を崩した。

 

 

──ティオ!あっちのオッサン共を頼む!!──

 

──承知しておるのじゃ!!──

 

聖光教会の奴らのクソやかましい合唱をどうにかしてくれと念話でティオに伝える。ティオもそれに応えて、ノイントの脇を抜けて一気に上空まで飛翔。その背中に小さい人影が乗っていた気がしたがそれが誰かを俺が判別することは出来なかった。

 

そして今俺にはそれよりもやらなくてはならないことがある。せっかくティオが奴の猛攻に穴を開けてくれたのだ。それに応えてやらねばなるまい。

 

──限界突破──

 

このコンディション、今の魔力残量で使うには効果切れのタイムリミットが気になるがここで決めきれなければどっちにしろジリ貧だ。

 

理由は簡単、戦闘が開始してからしばらく経つが奴の魔力が減っている様子がないのだ。それもただ莫大な魔力を有しているというのではない。俺の義眼にははっきりと写っている。奴の、人間であれば心臓がある位置に内蔵された輝く何か。それはどこからか魔力の供給を受けているようでそれが奴の超高威力の魔法と銀羽を惜しみなく使い続ける秘密なのだろうと察することができる。

 

かたや俺は魔力のリソースに制限がある。そうである以上は奴の戦闘のペースに付き合ってはならないのだ。むしろ瞬間の火力で上回り手早い決着をこそ臨まなくてはならない。

 

それ故の限界突破。俺は紅の奔流となって立ち上る魔力光すら自身の身体能力に変換していく。この戦いに余剰魔力なんて有り得ない。血の一滴、魔力の一滴たりとも無駄にはできないのだ。

 

そして重ねて瞬光も発動する。瞬間、世界が色褪せ動くもの全てのスピードがスローに感じる。左手に召喚したのは電磁加速式のマシンガン。それが放つ超高速の魔弾がノイントに襲いかかる。それをノイントは紙一重で躱しながらお返しにとばかりに銀羽や魔法を次々と放っていく。俺は宝物庫を利用して右手に持った拳銃のマガジンを空中で差し替える。そして俺に牙を向く魔法の、その核を撃ち抜くことでそれを霧散させていく。さらにビット兵器も召喚して四方を取り囲むようにして逃げ場を消していく。不思議な感覚だった。限界突破に加え、瞬光により俺の知覚能力はかつてないほどに引き上げられている。だがそれはこれ程までだっただろうか。今ではノイントの僅かな身体の震えや予備動作から次の動きまで手に取るように分かる。そうだ、もっと、もっと寄越せ、限界を超えた力を!!

 

 

俺はノイントを正面に捉えて向かい合うと宝物庫を使って武装を入れ替える。右手にトンファー、左手に拳銃を構えて縮地で足元へ集めた魔力を爆発、奴の左手に握られ、カウンター気味に振り抜かれる大剣に、金剛を付与したトンファーを叩きつける。そこから魔力で編み出された衝撃波が発生。その威力に奴の身体が外へ開き、俺はノイントの鳩尾に銃口を差し向ける。だが俺が引き金を引くと同時に奴は弾かれた勢いに任せてさらに大きく身体を振り回し放たれた弾丸を躱す。そしてその勢いのまま分解の魔力を込めた銀翼で俺の胴体を両断にかかる。俺は拳銃で首と頭を守りながら右手側手前に飛び込むようにしてそれを躱す。拳銃の側面が少し削られるがこの程度なら機能に支障は無い。俺は振り向きざまに右手の武器をトンファーからロケットランチャーへと取り換える。そしてその引き金を引く。飛び出した12発のロケット弾に対してノイントは下がりながらも銀羽を飛ばして撃ち落としていく。だが轟音と共に爆発するそれは俺の狙い通り───

 

 

───ドオォォォォォンン!!

 

 

イシュタル達の方へ向かったティオへの意識を逸らすことに成功した。

 

爆発はノイントの背後から。

 

奴は殺気にも敏感に反応するがそれも自分に向けられたものまで。流石に別の誰かに向けられたそれにまでは反応できない。そして直撃すれば無視出来ない損害を被ることになる俺の火器に対して放置は出来ない。そうなれば完全にマークの外れたティオから全力で放たれる漆黒のブレスがイシュタル達を結界ごと死に至らしめる。

 

それに、たとえ全滅していなくとももうティオがあの合唱の魔法を使っている余裕は与える訳がない。

 

俺はと言えばティオの砲撃で崩れ去った合唱魔法から解放された瞬間に右手に電磁加速式対物ライフルを召喚。ノイントへ向けてその火力を叩きつける。その貫通力にノイントは分解より前に貫かれると判断したのか翼による防御ではなく回避を選択。斜め下から銀羽の弾丸を放とうとするがその周囲には追加で召喚されたビット兵器が2機。衝撃変換を付与された炸裂弾の十字砲火をノイントに叩きつける。銀翼で直撃こそ防ぎ全身をバラバラに砕かれることは回避したがノイントの体勢が決定的に崩れる。さらに限界突破による爆発的な魔力の向上と瞬光状態による引き伸ばされた知覚により俺は縮地によって刹那の間にノイントへ肉薄する。

 

「───っ!?」

 

瞬きするよりも素早く武装を切り替えた俺は右手のトンファーを裏拳気味に振り上げ奴の顎を強かに打ち付ける。衝撃変換の付与されたそれがその身に備えた機能を十全に発揮した結果、ノイントの完璧に整えられた顔面の下半分が吹き飛ぶ。それでもノイントは死なない。逆手に持ち替えた大剣を俺の胴体へ向けて横薙ぎに振るう。だが瞬光で引き伸ばされた俺の知覚はそれをスローモーションに捉える。いや、それどころか止まっているようにすら思えるそれに俺は左手で空力を発動。バク宙の体勢を左手だけで支え、金剛の集中強化で固めた両膝でノイントの振るう大剣の腹を強く打つ。それだけではない。極限まで引き伸ばされた俺の知覚と集中力はその瞬間に膨大な魔力量を爆発的な衝撃波に変換。ノイントの大剣を爆裂させる。刹那、時間が停止したかのようにすら思える程引き伸ばされた知覚は、飛び散る刃の破片1枚1枚すら鮮明に俺の視界に映した。さらに身体を捻りながら俺を空に支えている左手で縮地を発動。跳ね上がる腕に握られているのは電磁加速式の拳銃。その銃口からマズルフラッシュを瞬かせ飛び出した弾丸は、引き絞られた視界の中で確かに、ノイントの胸の中央を貫いていた。

 

 

 


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