──……また派手にやったな──
──うむ……いや、まずは来てくれないかの──
──あぁ──
完全に崩壊した神山の聖光教会本部。いくらティオのブレスや魔法が強烈とはいえこれは中々派手にぶっ壊したものだ。そう言えばさっきティオが空を抜けていく時に背中に誰かが乗っていた気がする。まぁあのタイミングでティオの傍にいた人間なんて1人しかいないのだから十中八九あの人なのだろうが。
予想通り、俺が崩壊した教会総本山へ踏み入るとそこにいたのはティオともう1人、畑山先生だった。
「……逃げなかったんですか?」
俺が問うと畑山先生は気丈に俺を睨み、言葉を返してきた。
「逃げたくありませんでしから。私達は私達の未熟のせいで神代くんの手を汚させてしまいました。今回だってティオさんが……。ですからせめて、目を逸らすことだけはしたくなかった。貴方達には出来るだけ負い目を作りたくないから」
「……俺らはアンタ達の為に誰かを殺したこたぁないよ」
これは紛れもない事実。俺はこの人達のために行動したことなんて1度もない。全部俺と俺の仲間のため。香織だって今は俺の仲間なのだから。
「清水くんを殺す必要はなかったでしょう?あの状況ならいくらでも言い訳は立ちましたから。でもそれでは私のせいで生徒が1人殺されかけたことになる。それなら神代くんが最期を担うことでその事実から目を逸らさせた」
「……買い被りすぎだ」
ただ、どうせ死ぬのならなるべく苦しまずに死なせてやろうとは思っただけだ。あの時の俺は畑山先生のことなんて考えてない。精々、ちゃんとこの人が俺を恨めるようにしたくらいだ。
「私はそうは思いません」
「だからって先生が手を出すことはなかったでしょう」
この破壊痕、明らかにティオだけのものではない。いくらティオが容赦しなかろうとブレスで結界を突破して聖光教会の奴らを皆殺しにするだけでここまで建屋が崩壊するとは思えない。爆撃機からミサイルでも落とされたのかと思う程の大破壊をティオの持つ魔法だけでそう簡単に起こせるとは思えないし。となれば当然この人が手伝ったことは明白。攻撃的な魔法を持たないこの人がどうやって手伝ったのかは疑問だが、それを聞く気は更々無かった。
「───っ」
それに先程から畑山先生の手が震えている。目を逸らすことだけは、なんて言っておいて、実際のところは彼女もこの大破壊に加担していたのだろうからな。それを誤魔化そうとしたのは俺達とは違うと言いたいのかただ自分のやったことが恐ろしくなったのか。
「別に、先生がどうティオを手伝ったのかなんてどうでもいいんですよ。もっと言えば何で手伝う気になったのかもね。だから吐きたいなら見ないでやるんでさっさと向こうで吐いてきてください」
俺は顎で瓦礫の奥をしゃくる。顔と唇を真っ青にして歯で噛み締めて堪えてはいるが自分が明らかに人を殺してしまったことに小さくない衝撃を受けているのだろう。どうせ降りる時はティオに運んでもらうのだ。そこでゲロぶちまけられてティオの着物が汚れるのは勘弁願いたい。
俺のその言葉を気遣いと受け取ったのか嫌味と受け取ったのかは知らないが畑山先生は俺を一睨みしてから散らばっている瓦礫の向こうへと消える。僅かに俺の耳に届く嘔吐きが彼女の心の悲鳴のように感じられた。
「あの人は───」
「何も言わなくていい。俺ぁそれだけのことをしてきた。誰かを殺すってことはあぁいうのも受け入れなきゃいけないんだ、本当はな……。どうにもこの世界は命が軽すぎる。俺もよく流されるけどな。本当はあれが正解なんだろうよ」
俺達の間に沈黙が降りる。ふぅと俺が一息付くと、そこで畑山先生が戻ってきた。俺は宝物庫から水の入った水筒とタオルを投げて寄越す。
畑山先生はそれを受け取り中の水で口を濯いだ。
「……主よ」
するとティオが何かを見つけたようだった。
「ん?」
「人……といって良いのかの。あっちじゃ」
ティオが指さす方を見れば確かにそこには人らしき何かがいた。いや、正確には人間ではないだろう。何せ奴の姿は半透明な挙句にユラユラと揺らめいているのだ。香織がいたらまた騒がしくなるなと思うが、その間にその半透明の禿頭にイシュタルのような法衣を着た幽霊は俺と目が合うとツイと顎で奥を指した。そしてそのまま本人も奥へと移動していく。途中で俺達を振り返りながら。
「……着いてこい、ということかの」
「だろうな……。どうせここには神代魔法を取りに来たんだ。先に貰っておこうか」
背中から翼を生やしたティオが畑山先生を抱き抱え、俺は空力で瓦礫の向こうの山へ飛び移る。そして揺らめく禿頭に先導されるように奥へ奥へと歩みを進めていくのであった。
───────────────
神山に隠されていた神代魔法は魂魄魔法と呼ばれるものだった。ラウス・バーンという解放者の残したそれは恐らくミレディ・ライセンがその魂をゴーレムに移したタネなのだろう。やはり俺には適性が欠片も無かったがいつの間にやらここの大迷宮の攻略が認められた畑山先生とティオには適性があったらしい。特にティオは魂魄魔法に対してかなり強い適性を示していた。
挑戦の条件は大迷宮2つを攻略していること。もしくは神を信仰しておらずまた神の被造物を倒していることだったようだが、異世界人である俺や畑山先生、実質世捨て人みたいなティオにとっては特に難しい条件でもなかった。本来はそれを試すあれやこれやがあるようだったがあの禿頭ことラウス・バーンの映像が現れた時点で攻略はほぼ確約されていたらしい。
そして俺とティオが畑山先生を天之河達の元へ送り返そうとまずは中央の広場へ辿り着いた時、そこに広がっていた光景は───
「……どういう、ことだよ……」
───香織が胸から刃を生やして息絶えている姿だった───
───────────────
「雫ちゃん!!」
白崎香織がその場に到着した時、自分の大親友である八重樫雫の首に白刃が迫っていた。それを結界の魔法で防ぎ、結界に流している魔力そのものを暴発させ、それにより爆ぜた結界の破片で白刃の主を弾き飛ばす。そして周りを見渡せば何故かクラスメイトのほとんどがハイリヒを守るべき騎士達に刃を突き立てられ、拘束されていた。
治癒師たる彼女は即座に回復魔法を発動。それも、死ぬより辛いあの痛みを経て手に入れた魔力の直接操作による無詠唱での魔法──聖典──の発動。それは光属性の最上級回復魔法であり、香織の首に掛けられているネックレスに刻まれた魔法陣に魔力を注ぐことで発動できるものだった。
そして、その回復魔法の癒しの光に導かれるように1人の男が現れた。檜山大介だ。
彼は香織に斬り掛かろうとしていた騎士の1人を後ろから斬り伏せる。そして、その身を返り血と、そして恐らく自分の身体から流したのだと香織達が推測した血に汚しながらも、息も絶え絶えといった風で彼女と、そして今も身綺麗なまま立っている中村恵里に状況の説明を求めているリリアーナへと近寄る。
「檜山くん!?」
「白崎、大丈夫か!?」
と、自分の怪我よりもまずは香織第一、といったような雰囲気で檜山が香織に近寄る。その様子に、全てを察した雫が声を上げようとするが、それよりも早く彼女を拘束していたニアというメイドが彼女の顔面を地面へと押し付ける。
そして、やはり白崎香織という人間は戦いの中に生きる人間ではなかったのだ。そして、リリアーナもそれは同じこと。リリアーナの戦う舞台はあくまでも陰謀渦巻く政治の世界。そのような世界での駆け引きはともかく、このような血で血を洗う惨状を経験したことはなかった。故に、気付くことができなかったのだろう。偽られた善意に、隠された殺意に。
この場にいたのがユエであれば、そもそもが人間不信の彼女であれば疑えたかもしれない。シアであれば、その冴え渡る直感が告げたかもしれない。ティオであれば、その聡明さが違和感に気付けたかもしれない。白崎香織の戦いの師匠であり兄代わりとなった神代天人であれば、戦いの中ででしか生きられなかった彼であれば、その経験則が警鐘を鳴らしたかもしれない。かもしれない、かもしれない。全てはたらればであり可能性の話。そして今、その可能性は尽く存在していなかった。この場にいたのはリリアーナと白崎香織だけ。全てを知った雫は声を封じられている。
故に───
「ごっ……あぁ……」
香織の背中に凶刃が突き刺さり、その血濡れた刃が彼女の胸の真ん中やや左から突き出ることになった。文字通りの致命傷。それも刃を横向きに差し込むことで見事に骨と骨の間をすり抜けて心臓を穿ち死に至る風穴を空けた。それは恐らく誰かの入れ知恵だったのだろう。いくら魔物との戦いに慣れている勇者組であろうと人を刺すことに関しては素人なのだ。確実に人間の心臓を貫き一刺しで殺すための手法を、彼は本来知る由もないはずだった。
だが結果として、檜山大介の突き入れた白刃は彼女の心臓を突き破り白崎香織を死へと至らしめる。そして、殺意に濡れた刃に破られる直前に鼓動した心臓が送り出した血液が、身体を巡る最期の1周の間に彼女の脳が見せたのは───
──ユエ、あの子は自分には最愛の人がすぐ側に居るからって、好きな人がすぐ側にいない私のことをそれをネタにしていつもからかってきていた。それでも彼女と話すたわいない雑談は楽しかったしユエのイタズラも、からかいも、本当はそんなに嫌とは思えなかったんだよね。それにやり返すのも、何だかんだで楽しかったなぁ──
──シア、自分の好きな男の子が目の前で他の女の子とイチャイチャしていて、それでもめげず諦めず、元気一杯天真爛漫って感じで、見ていて飽きなかったなぁ。私も、元の世界へ帰れたらあれくらいハジメくんにアピールしなきゃね──
──ティオ、最初会った時は"なんて残念な人なんだろう"って思ったけど、それで、やっぱり残念なところは残念なんだけど、とても優しくて周りが見れてて頭が良くて……憧れる部分も多かったなぁ。いつか私も、残念部分以外はあんな風になりたいなぁ──
──ミュウちゃん、あの歳であれだけ辛い経験をしてきたのに、いつも楽しそうで、明るくて可愛くて、もし私に妹がいたとしたら、あんな子がいいなぁ──
──天人くん、私と同じく好きな子を元の世界に残してこっちに来た男の子。誰よりも強くて、けれど弱い人。あの夜の約束を君は守ってくれたね。生きるって、絶対に死なないって。そして、私を強くしてくれた。守るための力を与えてくれた。スパルタだし彼女いるって言ってたのにこっちでユエと付き合っちゃうくらいには意志が弱いけど、私は君の強さに憧れたし、その優しさに勇気を貰えたんだよ?──
──雫ちゃん。私、絶対に諦めないよ。絶対に私は皆を守って、生きてあの世界へ帰るんだ。だから大丈夫。それに、私の新しい仲間は皆凄い人達だからね──
──ハジメくん、私、あなたが好きです。優しくて、腕力も喧嘩も弱いのに戦うべき時とやり方をちゃんと分かっている人。こんな暴力だらけの世界で生きた私を好きになってくれるかは分からないけど……絶対に好きにしてみせるからね、だから待ってて、ハジメくん──
それは記憶と決意。走馬灯ではない。諦めたのではなく、信じているのだ。自らの師でありこの世界での兄であるあの男を。神代天人という人間は絶対に諦めない。地獄の底から這い上がってきた彼ならば、この状況を変えてくれる。なればこそ、自分がやるべきはこの場の人間を1人でも多く癒すこと。彼は言っていた。抗うということはただ我武者羅に拳を振るうのではないと。逃げることすらも、時には抗うことになるのだと。
それだけではない。これはそんな可能性の低い賭けではない。彼は予想していた。このハイリヒ王国の神山に眠る神代魔法を。既に4つの神代魔法を手に入れていた天人は、それに加えて魔物を作り出すか改造する神代魔法、人の魂を別の物へ移せる魔法があると言っていた。もう1つの神代魔法は分からないが、魔物に関する神代魔法は魔人族が使っていたから高い確率で魔人族の領地のすぐ隣にある雪原に眠っている可能性が高い。とすると神山にはまだ見ぬ新たな神代魔法か、もしくは魂に関する魔法だと。つまり、2分の1に近い確率でここには魂に関する神代魔法が眠っているのだ。ならば仮にこの肉体が死に絶えてもその魂を移すことで"白崎香織の死"は避けられるのではないかと、香織は踏んでいたのだ。
だからこそ香織は選ぶ、己がこの場で使う最後の魔法を。治癒師としての誇りにかけて───
香織はきっと頭ではなく直感で分かっていた。突き立てられた刃が自分の命を奪うこと、そしてこの場で魔力の衝撃変換を使って檜山大介を吹き飛ばしてもそれで終わり、いくら魔物を喰らい強靭な肉体を得ても、心臓を突き破られた自分ではもう1度"聖典"を使う力は残されていない。当然、ただの最上級魔法とは一線を画す消耗を要する再生魔法もだ。
だから香織は最後に呟く、魔力を動かす。その矛先は自分の首に掛けられたアーティファクトでありそこに刻まれた魔法陣が示すのは───
「……聖……典───」
その言葉と共に癒しの波動がその場を駆け抜ける。放たれた治癒の魔力は組み伏せられた生徒達の肉体の細胞分裂を促し、突き立てられた刃すら押し退けて傷を癒そうとする。それは術者本人も例外ではない。もし例外があるとすればそれは物言わぬ死体の肉体であり、そして白崎香織の肉体は今、その命の灯火を完全に消していた。
───────────────
まだ瞬光は使っていないはずだった。
だがそれでも俺の身体は一瞬で香織を背後から抱いている気持ちの悪い存在の腕を切り飛ばしその腹に衝撃変換を叩きつけていた。
声すら上げる暇もなく壁に叩きつけられるそれは人の形をしていた。確かあれは檜山とかいう名前の存在だったはずだ。
「ティオ!!」
「分かっておるのじゃ!!」
「し、白崎さん!!」
俺達の備えている神代魔法は今や死をすら超越する。魂魄魔法は、肉体的に死を迎えた人間の魂が身体から抜けて取り返しようのない死を迎える前に、それを捕らえておくことで短い時間であればそれに抗うことが出来るのだ。
俺の声にティオが駆け寄り畑山先生も事態の深刻さを察して香織に駆け寄る。俺は周りを見渡して、倒れ伏す天之河とこの国を守っているはずの騎士に拘束されて押さえつけられている他の生徒たちを見やる。そして何故か王国の騎士達に拘束されていない生徒が2人。中村とかいう眼鏡を掛けた女子生徒と近藤という名前の男子生徒だった。だが近藤の方は何やら様子がおかしい。どこか目が朧気で足元もふらついている。しかし、反対に中村は俺の存在に驚いてはいるものの意識も足もはっきりしているようだ。
それだけで俺はだいたいの事情は察することができた。中村もまた魔人族側に着いたのだろう。条件や動機までは知らないし興味も無いが、リリアーナが言っていたやけに無気力な騎士達、そして今目の前にいる、話に聞いたような状態の近藤。
中村が彼らを操り勇者共を不意打ちにしたのだろう。そして香織もまたその不意打ちを受けて凶刃に倒れた。天之河だけ拘束されていないのは彼だけは何らかの方法で拘束を逃れたのだろうが、それでも今は戦闘不能。なら俺のやることは1つしかない。
「あはは。無駄だよ?もう死んじゃってるしぃ。まさか君達がここに来るなんて……いや、香織が来た時点で予測しておくべきだったかな。……うん、檜山はもう駄目みたいだし香織は君にあげ───」
「───るっせぇな」
「……何?」
だがもう俺には会話なぞする気は無い。そんなものは邪魔な兵隊を潰して中村からじっくり聞き出せば良い。香織はティオを信じる。それだけ。
だから俺の背後に回った近藤が俺の心臓に槍を突き出してきてもただ纏雷をぶつける。それだけ。念の為胴体と両手脚を斬り裂いて完全に機能を停止させておく。そしてそのまま中村方へ振り返り───
「───殺れ」
中村の声と共に四方八方から俺を殺さんと殺到する傀儡達へ向けるのは銃口だけ。俺は宝物庫からガトリング砲を取り出しそれを両腰に構えて引き金を弾く。
「皆!伏せなさい!!」
八重樫の声がイヤに遠く響く。
吐き出される死を齎す破壊の権化が、俺の首を、心臓を、腹を、脚を貫き引き裂かんと得物を構える人形共の五臓六腑を、脳漿を、手足を、血と肉と共に辺り一面にぶちまける。人の形を失っていく人形の中には見知った顔もあったような気がしたが俺の意識にそれが強く残ることはなかった。
そして唯一俺の敵として生き残っていた中村の元へ歩み寄る。右手に構えるのは普段の物より一回り小さい電磁加速式では無い方の拳銃。それを中村へ突き付けながら目前へと迫る。だが───
「がぁぁぁみぃぃぃぃしろぉぉぉぉぉ!!」
何やら音が聞こえる。それは突き刺すような殺意を持って俺に向けられた怨嗟の声のようだ。そして放たれたのは炎の塊。だがそんなものが俺に届くわけがない。即座に左手に構えた電磁加速式拳銃でその魔法の核を撃ち抜き霧散させる。そしてそのまま引き金を弾き続け音の発生源を完全に破壊する。さて、と雑務を終えて中村から今度の魔人族のお話を聞いてやろうと振り返ればその瞬間に俺の真上が光り輝いた。
反射的にその場から飛び退ると直前まで俺のいた座標に純白の光が降り注いだ。それが示す事実はただ1つ。
「そこまでだ少年。大切な同胞達と王都の民達をこれ以上失いたくないなら大人しくすることだ」
火山で俺達と合間見えた魔人族のフリード・バグアーの登場だ。相も変わらず白竜に騎乗し、周りには灰色の竜をワラワラと連れている。
だがこいつと一々会話してやる暇もない。俺は宝物庫から拳大の感応石を取り出すとそこに魔力を注ぐ。もちろんバグアーだってただ見ているわけじゃないが俺の拳銃での牽制によって白竜からの一撃を繰り出せないでいた。そしてその時は直ぐに訪れる───
───キュワァァァァァ!!
独特な音を響かせ地上に舞い降りたのは同じく白い光の柱。しかしそれは俺達ではなく王都外縁に構えていた魔物や魔人族の尽くを焼き滅ぼさんと殺到した。それを目の当たりにして一目散に王都内へ逃げ込めた奴らは助かったみたいだが、そうでない者はその命と肉体を文字通り塵も残さずに焼失させていった。
俺が操ったのはこの星の衛星軌道上に打ち上げた衛星兵器。重力魔法と空間魔法を応用して太陽光が持つ熱量を圧縮。空から照射して敵を滅ぼす殲滅兵器だ。それだけではない。オスカーの隠れ家にあったあの擬似太陽を模して作られたエネルギー源を使ってのチャージも可能なのだ。というかそうでなければ意味が無い。そしてその暴威が粗方の魔物と魔人族を消し飛ばすと同時に消える。奴らに教える義理はないが単に耐久の限界値を越えて壊れたのだ。
リムルのメギドなる技を模倣して作ったアーティファクトであり、まだ試作段階で威力は上々だが課題も多いな。だがそれを知らない奴らからしたらこれ以上はない絶望だったのだろう。バグアーも歯を食いしばっている。
「……悪いがお前らみたいな三下に構っている暇はない。さっさと失せろ」
「……ぐっ……この借りは必ず返す……覚えていろ……っ!」
この際中村もどうだって良い。コイツを逃がすのは業腹だが香織の命には変えられないからな。
バグアーはいくら自分らが頭数を揃えてもアレには勝てないと察したのだろう。捨て台詞を残しながらバグアーが3色の煙を打ち上げると魔人族や魔物達が続々と王国から去っていく。そして中村もだ。何やら天之河に未練でもあるかのような視線を送りつつ竜に乗り込み、飛び退っていった。そしてそれらと入れ違うように空からユエとシアが降ってきた。
「……んっ、天人、あのブ男は?」
「あの野郎はどこですか?次こそぶっ潰してやります!」
降ってきた2人の第1声、ユエはもう驚く程罵倒100%だしシアはシアで物騒極まりない。怖いよ怖い。しかし、どうやらこの2人をして取り逃したらしいな。まぁ奴には空間魔法があるし、不可能ではないか。だが今は奴を追いかけている暇はない。それを説明しようとした瞬間───
「主よ、どうにか固定は出来たのじゃ!じゃがそれも半端な状態では長くは持たんぞ!ユエ!シア!手伝ってくれたもう!」
ユエとシアは倒れた香織に何かしているティオを見て香織に何かあったと素早く察してくれた。
「俺も後で行く。ユエ達は神山で大迷宮を攻略してその神代魔法でティオと協力して香織を助けてくれ」
「んっ!」
「はいですぅ!」
ティオも香織を抱えて3人は即座に神山に向かって飛び出していく。俺は直ぐに振り返り、八重樫に神水を手渡す。
「天之河に使ってやれ。あんまり良かぁなさそうだからな。……それと、飲ませてからでいい。……何があった?」
「それより!香織は!?香織は大丈夫なの!?」
幼馴染みが重傷なんだからそれよりってことはないだろうと思うが言わぬが花かな。
「あぁ。香織は絶対に俺達がどうにかする。信じてくれ」
俺の言葉に八重樫は小さく頷く。もう後は自分に出来ることなど無いことは悟っているのだろう。天之河に神水を飲ませると今度は俺の質問に答え始めた。
八重樫から聞かされたのはやはり俺の予測通りだったようだ。裏切っていた中村か騎士を操り、皆を捕らえた。そして手を組んでいた檜山は香織を手に入れる為に彼女を手に掛けた。
そして操られておらずに唯一拘束されていなかった天之河は、自力で抜け出したらしい。元々アイツも不意打ちで捕まるも、そこへ香織がやってきて発動させた回復魔法の効果で力を取り戻した天之河だけは、勇者としての力を存分に発揮して無理くり拘束から脱出。香織の仇を討つべく、自分に襲いかかる操られた騎士達を切り伏せていった。だが操られたメルド団長の発した言葉──それも中村が操っていただけなのだが──に動揺。その隙を突かれて遂に倒されてしまったようだ。そして俺が現れたのが丁度その直後だったらしい。他の生徒達は、香織が2度放った回復魔法の力と、俺を殺すために騎士達が拘束を止めたことで皆無事なようだった。
「そうか。ありがとな。俺も行く。あとは任せた」
「うん、香織を香織をお願いね!」
「言われなくとも」
兄は妹を守るもんだ。もう2度と俺の前で死なせるものか。絶対に、何をしてでも俺は香織の命を繋ぐ。その決意を胸に俺も神山にある大迷宮へと飛び出して行った。
───────────────
「ほれ、この身体ならちょうど良いだろ。……って、なんだお前らその顔は」
宝探しから帰還したら女性陣全員から非常に冷たい目で睨まれた。どうして……?
俺が宝物庫から取り出したのは先程破壊したノイントの残骸だ。作り物のように整った顔面は下半分が無くなってるし右腕も肘から下が付いていないけど。あと左肩も抉れてる。勿論身体のど真ん中にも俺が撃ち抜いたために出来た穴が空いてしまっているけれど、欠損は全部再生魔法でどうにかなるのだ。問題あるまい。
なぜこうなったのか、それは取り急ぎユエとシアに大迷宮を攻略させて魂魄魔法を入手。何故か死体、というか魂だけの香織も攻略を認められたと聞いた時には色々放り投げたくなったけど……。
そして何はともあれ香織の身体を再生魔法で戻していざ魂魄魔法で死者蘇生!というところでまさかの香織本人から待ったがかけられた。
曰く、今回不意打ちとはいえ殺られてしまったこと、メルジーネの大迷宮でもあんまり役に立てなかったことからもっともっと強くなりたいらしい。そしてそのために俺に超強いゴーレムを作って魂はそっちに入れてくれと、魂魄魔法で魂だけになっても会話ができた香織さん(幽霊)からお願いされたのだ。で、それを聞いて強い肉体が欲しいならと俺が高所落下の衝撃でボロボロにひしゃげた上に俺が顔面の下半分を吹き飛ばした絶世の美女の身体を持ってきたのだ。そしたらあの顔。皆ドン引きだよ。顔の良い奴の顔と肉体は粉砕してはいけなかったらしい。
「……こんなでも俺と殺り合えるくらいには肉体強度は折り紙付きだ。魔力の直接操作もできるから俺が1から作るよりよっぽど良い。それにほら、ゴーレムよりも見栄えも良いだろ?」
「……見た目だけならどうにでもなるのでは?」
「ユエ、そうなったら俺は確実に顔面を自分好みの顔にする。それは人として色々駄目だろう」
だが多分リサじゃない。リサはリサでなければならないので香織の魂の入ったリサとか俺が認められない。けど当然この中の誰かの顔でもない。
「……むぅ、私じゃないの?」
「それなら私でもよいですよね!?ねっ?」
「いやいや、そこは妾にすべきじゃろう。ほら元々の香織と同じ黒髪じゃし?香織も違和感は少ない方が良かろう?」
「いくらなんでも同じ顔2人はないだろ……」
「私も出来ればそれは止めてほしいかな……」
ということで効率的にも性能的にもノイントが相応しいということで香織の魂はノイントの身体に移すことになった。ユエが再生魔法を使って、俺に破壊され尽くしたノイントの身体を元に戻し、空っぽのそれにティオと協力して香織の魂を定着させていく。それにはどうやら時間がかかるようで、俺は消耗した武器弾薬の整備と補充。それからぶっ壊れていてここに来るまでに回収しておいた衛星兵器の改良に専念することにした。
───そして5日の時が過ぎた。
「……ん」
「ふぅ……」
「おぉ!!」
ユエとティオの溜息。そしてあの鈴を転がしたような声。どうやら成功したようだな、香織のノイント憑依実験。
「お疲れ様。ありがとな。香織も身体に違和感は……あるだろうが不調はあるか?」
「……んっ」
「妾も褒美を所望するのじゃ」
「ううん、それは大丈夫。いきなりこの身体の機能を使いこなすのは難しいかもしれないけどね」
「それはまぁおいおいだな。……それと、ユエとティオには悪いがもう1つ付き合ってくれ。次に魂魄魔法を掛けられるのは俺だ。香織も魂魄魔法に適性がありそうだし手伝ってくれ」
「……天人、鬼畜」
「んんっ……5日も限界まで集中させられた直後にこの追加要求……。優しくされるのも良いがこういうのもやはり良いのぉ……」
「うん、この身体に馴染む訓練だと思ってやってみる」
「悪いなユエ。けどこれは俺ん力を取り戻せるかもしれないんだ。そうすりゃ残った大迷宮の攻略だって瞬殺だ」
リムルの世界で手に入れたスキル群と聖痕の力、これらさえ手に入れば大迷宮の攻略なんてそう難しいものじゃなくなるはずだ。まぁ、力押しが通じないことが多いのもまた大迷宮の嫌らしさではあるのだれけど。
「ということは、天人さんがこの世界に来る時に封印されたっていう……」
「そうだ、手に入れて分かったけどあの封印は魂魄魔法の類みたいだ。それなら似たような力の魂魄魔法で無理やり引き剥せるかもしれない」
「……ん、やってみる」
「承知したのじゃ」
「うん、やってみるね」
そして、今度は俺の施術が始まった。
───────────────
───パキ
水が固体になってくような音が聞こえる
───パキッ
そう、これは氷だ
流れ込んでくる
魔素が身体中を駆け巡る感触
肉が凍る
血が巡る
───パキ
凍った肉が溶ける
あぁ、戻ってきた
魔素が
力が
覚醒する
意識が
魔王として君臨した俺という存在が
───
「……天人?」
───────────────
まず目に飛び込んできたのは輝くような金髪をした愛おしい女の美しい顔。それから長い黒髪を湛えたこれまた整った女の顔。そしてもう1人、銀髪に作り物のような綺麗な顔をした女。その奥にはウサミミを震わせた可愛らしい白髪の女。俺の手には無意識のうちに4本の薔薇が産み出されていた。
「……これは?」
「氷の薔薇。オルレアンの氷華だ」
ちっさいけどな。
「……天人さんって氷の固有魔法持ってましたっけ?」
「違うよシア。これは魔物の固有魔法じゃない。人間の使う魔法だ」
「天人くんってそういう魔法使えたの?」
「いや、主よ。妾には分かる。これはこの世界の魔法ではないのじゃ」
「……ん、これ、見たことない」
「あぁ。戻ってきたんだ。俺の力の一部。ここへ来る前の世界で手に入れた力。この世界と同じようで違う魔法の力だ」
「……それじゃあ」
「あぁ。本当にありがとうな!!」
俺は思わずユエとティオを抱き締める。そのまま身体を回して自分の上に乗せたまま2人を掻き抱く。
「……んっ」
「うむっ」
「あぁ!ユエさんティオさんずるいですぅ!」
「香織も、ありがとな。いきなりで大変だっただろうけど」
「ううん、むしろこの身体に馴染めてきた気がするよ」
「俺の全部、っていうわけにはいかなかったがこれが戻ってきただけでだいぶ変わる。とりあえずは色々確かめてみるよ」
俺は重力操作を使ってフワフワと空中に浮きながら魔法やスキルを色々試して調子を確かめてみる。どうやらほとんどキチンと機能するようだ。そうなると最後に試みたいことが1つ……。
「………………」
俺は心の中でスキル・変質者を発動する。統合するのは魔素とこの世界での魔力。俺はあの世界で魔王として覚醒した時に莫大な魔素量を獲得していた。今の俺の魔力と魔素を統合して共有出来れば戦闘時における選択肢が膨大になる。特に氷の元素魔法が選択肢に加わるのは非常に大きい。とは言え、あの時みたいに無限にある魔素に物を言わせて出鱈目に力を振るうことは出来ないだろうがそれでも充分以上に使えるだろう。
そして、魔素と魔力の統合が完了した。その瞬間、俺の身体に莫大な魔力が身体を駆け巡っていくのを感じた。そして、その中に混ざる懐かしい感覚。これは……まさか……。
「聖痕の力……?」
俺に対して掛けられた魂魄魔法はエヒトが俺に施した封印の一部を破って俺にスキル群を取り戻させることに成功した。だがあの封印は実際のところそこまで強いものではなかったのだ。急いでいたのかかなり粗が目立っていたらしい。だが聖痕に施された封印は違う。むしろこっちに全力を注いだ結果スキルへの対応が疎かになったのだろうと類推出来るほどに強固なものだったのだ。おかげでまだ魂魄魔法を完璧に掌握しきれたと言いきれないユエ達ではこれを破ることが出来なかった。
だが俺のスキルに使う魔素は変質者によって聖痕と繋がっている。スキルそのものは封じられていても前に使った効果そのものが無効になった訳ではないことはオラクル細胞が完全に俺のコントロール下にあったことで証明されていた。
そしてその変質者のスキルが解放されたことで、それにより繋がれていた聖痕の力が俺の中に再び流れ込んできているのだ。もっとも、今はこじ開けようとして開かなかった封印の隙間から漏れ出ているに過ぎず、強化も白焔も使えそうにはないけれど、それでもそこから引き出される力は膨大にして無限。俺は慌てて自分のステータスプレートを取り出してそこに記載されている魔力の欄を覗く。するとそこに書かれていた数値は───
魔力:──
オラクル細胞により物理攻撃に対して絶対的な強度を誇る耐久の欄と同じ表記。それはつまり魔力量に関してはほぼリソースの制限が無くなったということだろう。もっとも、聖痕の力が完全に戻ってきたわけではないから瞬間的に莫大な魔力を使えば少しの間すっからかんにはなるかもだが。
というか、感覚的には無限と言うより魔力の回復速度が通常考えられるそれより異常に早い、と言うべきだろう。つまり表記に騙されていくらでも使えるとは考えない方が良いということだ。
だがそれでも充分。戦闘中に使った魔力がその間にも回復していけるというのなら大迷宮攻略のペースも上げられるかもしれない。魔晶石への補充も即座に行えるのならユエ達の総魔力量も上がると考えられるからな。これは大きいぞ……。
「……天人、悪い顔してる」
「天人さんのその顔、久々に見ました」
「まったく、子供みたいじゃのぉ」
俺は3人の頭を撫でてやりながら、遂に取り戻した力の一端を噛み締めながらさてそろそろ地上に戻ってやらねばと地に足をつけるのであった。
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ノイントの身体を手に入れた香織と共にハイリヒに待機していた八重樫達の元へ戻ってからも身体が違うことの説明に一悶着あったがそれは香織本人の決断ということで納得してもらった。
しかし、その流れで俺達の旅の目的、狂った神のことを説明することになり、畑山先生の補足、というかノイントに捕まった辺りの説明を混ぜてもらったのだが、ここでまた天之河が食ってかかってきた。
「な、なんだよそれ……。ということは俺達はずっと手のひらの上で踊らされてたっていうのか……。ならどうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!オルクスで再開した時に伝えられただろう!?」
まぁ、こうなるだろうなとは思っていたよ。けどさ……。
「お前は俺があの時これを言っても信じやしなかっただろうよ。今だって畑山先生の言葉や香織のこの身体が無けりゃ信じる気にはなれてないだろうし」
「だからって……。何度もキチンと説明してくれれば俺だって───」
「俺だって、何だ?お前が何を勘違いしてるか知らないけど、俺とお前らは仲間じゃない。態々そんな時間と労力を割いてやる義理はねぇよ」
そう。こいつらの世界の人間で、香織以外は誰一人として俺は仲間だとは思っていない。そんな奴らのために何故俺が苦労してやらねばならんのか。もちろん、これが言って聞いてくれるような奴なら別だろうが、天之河は俺の話なんぞ聞かなかったろうしな。
「でも、これから一緒に神と戦うなら……」
「待て待て待て。言っておくが俺ぁ神なんぞと殺り合う気は無いぞ。向こうから突っかかって来ない限りはな」
「なっ───、それじゃあ神代はこの世界の人達がどうなっても良いってのか!?」
「あぁ。悪いけどな、俺にゃこの世界のことなんてどうだっていいんだよ。ここにいない2人ほど一緒に元の世界に連れていく約束してるけどな。ただ、それ以外がどうなろうが知ったことじゃあない」
「お前は!大勢の人の命が危ないっていうのにそれを見捨てるのか!?」
「俺は命に優先順位を付けてる。明確にな」
「お前っ!!」
「なら天之河、お前は付けていないのか?」
「当たり前だろっ!?誰がそんなこと───」
「なら何故迷った。オルクスでお前は魔人族を手に掛けることに躊躇い、結果香織と八重樫は殺されかけた。少なくとも俺達があそこに来なければ2人は確実に死んでいた。命に貴賤が無いと言うなら、お前はあそこで魔人族を殺して2人の命を優先すべきだった。何故なら人数が多いからな。それに、それなら尚更お前は人間族と魔人族の戦争に積極的になるべきだ。……理由?簡単だよ。魔人族より人間族の方が数が多い。命に優先順位を付けないっていうこたぁそういうことだぜ」
「そんなっ───」
「……じゃあな」
もう話は終わりだ。俺が席を立つとユエ達も特に何を言うでもなく立ち上がる。唯一香織だけは一瞬迷ったような顔をしたが、それでも八重樫と視線を交わすだけで何か言葉を発することはなかった。しかし───
「待てよ……」
「……」
天之河のその言葉を俺は無視して行こうとする。
「なんで、何でだよ……。なんでそれだけの力があって……。それだけの力があればなんでも出来るじゃないかっ!力があるなら!それは正しいことに使うべきじゃないのか……っ!」
俺は天之河のその言葉に思わず足を止めて振り返ってしまう。そこにいたのは項垂れる勇者が1人。俺はコイツに何も言う必要はなかったはずだ。けど、俺にはどうしてもその言葉を肯定も無視もできなかった。
「……強くあれ、ただしその前に正しくあれ」
「は……?」
「強いから正しいんじゃない。正しくある為に強くなるんだ。それに俺はな、大切な1人を犠牲にしても見ず知らずの大勢を助けることがそんなに正しいとは思えない」
けどまぁ、より大勢の人間を救える道を選ぶ、という選択がそれほど間違ってるとも思わないけれど。言ってしまえば、俺と天之河では正義に対する基準が違うのだろう、だから絶対に相容れることはない。ただそれだけ。だが俺はきっとそれを天之河に伝えることは無いだろう。
「そんなのあんまりにも───」
「自己中だって?そうだな。その通りだ。ま、確かに俺に絶対的な正義があるたぁ思わねぇけどな、手前みたいにフラフラ迷ってるよか余程マシだとは思うぜ」
実際にそれで仲間を死に晒しかけた記憶が俺への反論の力を奪ったのだろう。天之河がそれ以上何かを言うことはなかった。けれども別の人物が立ち上がる。
「どうしても残ってはいただけないのでしょうか。せめて、王国の防衛体制が整うまでは……」
リリアーナだ。王国の防衛機構たる3枚の大結界を張るアーティファクトが破壊されたのだ。当然国としては対応に追われている。天之河とのような不毛な議論でもないだけマシだな。けど……。
「6日もここに留まっちまったからな。明日にはここを出る」
「せめてっ……、あの光の柱……あれも神代さんのアーティファクトですよね?あれを貸していただけないのでしょうか?」
「ありゃあまだ実験段階だったからな。あの一撃で壊れたよ。まだ直しきれてもないし、悪いが出来ない相談だ」
俺の言葉に香織や八重樫、畑山先生の目線が突き刺さる。その目は「お前なら何か残しておいてやれるだろう?」と、雄弁に語っていた。
「……出る前に大結界は直しておいてやる。それでいいか?」
あんまり3人の目線がしつこいんで仕方なく折れてしまったが、俺の言葉に3人の溜飲は降りたようで、リリアーナも目を輝かせている。
「ありがとうございます!!」
「それで、神代くん達は次はどこの大迷宮へ行くの?西から帰って来たなら、樹海かしら?」
と、八重樫が聞いてくる。俺がそれに頷くとリリアーナがふと何かを思いついたような顔になる。
「でしたら帝国領の傍を通りますよね?」
「んー?……あぁ、そうだな」
「それなら私も着いて行ってよろしいでしょうか?」
「は……?何でまた?」
「今回の襲撃でハイリヒ王国は甚大な被害を被りました。それに加えてこの王国侵略という事態で帝国と話し合うことが沢山出てきました。既に使者は向かわせていますが会談は早い方が良い。神代さんの移動用のアーティファクトなら帝国まで直ぐでしょう?だったら私が直接乗り込んでしまおうと思いまして」
この王女様、香織を探すために商隊にお忍びで潜り込んだり今回のこれだったりと、どうやらとんでもなくフットワークの軽い奴らしい。一国の主がそんなポンポコ飛び回って良いものなのだろうか……?
まぁ、途中まで乗せていくくらいならいいかとその申し出を受けるとさっきまで項垂れていた筈の天之河がガバりと顔を上げる。
「それなら俺も着いていくぞ!この世界のことをどうでもいいと思ってる奴になんかリリィを任せられるか!」
俺の移動手段はその全てが魔力駆動である。そしてガソリン等で動く現代の乗り物と同様に積載物の重量によって消費する魔力も増えるのだ。なので俺としてはあまり余計な荷物は乗せたくはない。……本当は人間が数人増えたところで増える消費魔力より回復する魔力量の方が多いから特に問題は無いのだけど、それはコイツらには言わないでおく。……つもりだったのだけれど───
「天人くん、今なら重さの分増える使用魔力より回復する魔力量の方が多いんじゃないの?」
香織だ。だが空気が読めないが故の発言ではない。このちょっとニヤついた顔、確実に分かってて言ってやがるな……。強くなりたいとは言っていて、実際この身体にもう少し慣れれば勇者なんぞ歯牙にも掛けないくらいには強くなれそうなのだが、こういう強かさも身に付けているらしい。
「香織……」
香織の発言に何やら天之河は感激しているし八重樫は何かを悟ったように諦めの表情だ。
「……後で死ぬ程キツい特訓だからな」
「はーい」
と、俺の嫌味も柳に風。まったく意に介してない。誰だよこんな風に育てたの。……俺か。
「ねぇ神代くん」
「嫌だ」
八重樫が何かを申し出るような雰囲気で話し掛けてくる。俺は何だか嫌な予感がするので即答で拒否。
「大迷宮の攻略、1箇所で良いの。一緒にやってくれない?私達だって元の世界に帰りたいの。神代魔法が1つでもあればきっと他の大迷宮の攻略にも大きな差が出るわ。だから……」
八重樫は俺の話を聞いてはくれないようだ。
「場所なら教えるから勝手に行ってきてくんねぇかな……」
「天人くん、雫ちゃん達は私が責任を持つから……駄目、かな?」
「鈴からも!お願いします!もっと強くなって、もう一度恵里と話がしたいの。だからお願い!このお礼は必ずするから鈴達も連れてって!!」
と、俺に頭を下げたのは谷口鈴。小柄な女子生徒だ。確か自分らを裏切った中村と仲が良かったはずだが。お友達に裏切られて谷口も思うところがあるらしい。八重樫も不退転の決意で挑むからと続けて頭を下げる。その光景に天之河の眉がピクリと動くがそれ以上何かを言うことはなかった。
この時俺の頭に浮かんだのは神山で殺り合った神の使徒ことノイントだ。その身体は今は香織が扱っているが、あいつの発言から神の使徒は複数いることは分かっている。そうなるとあんな化物を何匹相手にすることになるのか分かったものではない。あんまり数がいなくて小出しにしかできないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。武貞憲章7条・悲観論で備え、楽観論で行動せよ、だ。
であれば俺の持つスキル群がどれだけ効果があるのか分からない以上はこの世界で確実に通用する力である神代魔法を勇者達に与えて神の使徒迎撃に当たらせるのも良いかもしれない。どうやら彼らも神と戦う腹積もりではいるようだし、問題はないだろう。
「着いてくるだけじゃ神代魔法は手に入らない。ちゃんと大迷宮を攻略したんだと言えるだけの結果が必要になる」
何せゴール地点でそこまでの記憶を読み取られるからな、と付け足す。俺のその返事を肯定と受け取ったようで八重樫と谷口の上げた顔が明るくなる。そこに天之河とその親友である坂上が同じく大迷宮攻略に挑戦すると名乗りを上げ、俺達は思いの外大人数での行動を開始することになった。
残された大迷宮はあと2つ。長かった旅もようやく終わりが見えてきた。俺はこの世界で手に入れたかけがえのない人達と、共にリサの元へと帰るのだという決意をもう一度胸に灯すのであった。