とある渓谷の上空。俺達はそこにいた。そう、お空の上にいるのだ。
重力魔法と感応石を使って物を動かす時はそれに掛る重力によって操作の難易度や魔力消費量が変わってくる。
俺はちまちまと重量魔法の修練を積みながら巨大な質量を持ち空を飛ぶ移動手段を作っていたのだ。つまり今俺達が足として使っているのは車ではなく飛行機というわけだ。
もっとも、俺には航空力学の知識なんてろくに無いわけであるから、地球の飛行機を真似しようとも中途半端で効率の悪そうなものしかできなさそうだった。なのでこの際ビジュアルは諦めて、とりあえず真っ直ぐ飛ぶ時に空気抵抗の少なそうな形状を考えたのだ。
そして今トータス世界上空を飛行する鉱石の塊こと魔力飛行機は傍から見たらやたらデカい鉛筆の芯かシャー芯かが空を飛んでいるように感じられるだろう。……この世界に鉛筆無かったけど。
とりあえず着陸の時にコロコロと転がらないための足は付けたが結局重力魔法と魔力で動かすので垂直に離着陸ができる上に揚力とか考えていないから翼の類は一切無い、綺麗な円錐状をしている。
ちなみに初お披露目の際にはユエすら冷たい目で見てきた。本物の飛行機を知っている異世界組からは「コイツ、原理が違うからってこの形はセンス無さすぎだろう……」という顔をしていた。もちろんその中には香織も含まれる。その際に「航空力学なんて知るか!!魔法があるんだから鉛筆の芯が空飛んでも良いだろうが!!」と逆ギレして色んな文句の出そうな異世界組を黙らせた。
ちなみにお披露目した時に「名付けてロケットエンピツだ!」と言ったところ香織にそれは止めろとマジ顔で詰め寄られた為にこの飛行機に名前はまだ無い。多分これから付けることも無い。あと香織の背中から般若が見えた。ポン刀担いでた。どうやらロケットエンピツには死んでも乗りたくないらしい。
で、そんな中俺達は生成魔法で作ったディスプレイを覗いていた。そこに映るのはこの飛行機の下、地上の景色だ。そしてそこには帝国の兵士と思われる集団に追い立てられている兎人族の女2人が映されていた。
俺とシアがたまたまそれを発見し、シアは同じ兎人族がまた酷い目に合わされているのかと酷く気にしていたので一旦移動速度を落として確認していたのだ。すると減速に気付いたのか天之河と八重樫、谷口と坂上もやってきた。そして俺達と同じ映像を見て、やはり天之河が声を上げる。
「不味いじゃないか!早く助けに行かないと!」
今俺達がいるここが高度何メートルなのか把握しているのかしていないのかまでは知らないが、天之河が飛び出そうとする。だがコイツは放っておいて俺はシアに確認を取る。
「シア、こいつらって……」
「……はい、この2人は───」
「2人共、何をのんびりしているんだ!シアさんは同じ種族だろう!?何とも思わないのかっ!」
「ちょっとうるさいんで静かにしてもらえますか?……はい、やっぱりラナさんとミナさんです」
「やっぱりか。見た顔だなぁとは思ったが……。しかしなんでまた……」
シアにバッサリと切り捨てられた天之河は思わず口を噤んでしまう。ちなみに同行する時にキチンと自己紹介をしたのだがその時にシアを呼び捨てで呼ぼうとした天之河に対してシアは、気安く呼び捨てにするなと静かに怒気を発していたので天之河と、それを聞いてビビった坂上はシアのことは最初から"さん"付けだ。天之河に凄んだ際に後ろ手に回されていた手が、小さく畳まれたドリュッケンを握っていたのは気のせいだと思いたい。
なお八重樫と谷口は呼び捨てが許されている。2人も最初はビビってさん付けで呼んだのだが、「お2人は好きに呼んでいただいて構わないですぅ」とキラキラの笑顔で言われたので各々好きに呼んでいるみたいだ。
そして、俺達が眺めている間に開けた場所まで逃げてきた2人がバランスを崩して転倒した。そしてそこに追いついた帝国兵。天之河はその次に起こるであろう状況に察しが付いたのか無理矢理にでも飛行機から出ていきそうだったがそれは首根っこ掴んで抑えてもらう。八重樫に。
「まぁ待て。……そういやハウリアのこたぁユエとシアしか知らないんだったな。ま、とにかくアイツらなら大丈夫だ」
最悪駄目そうなら直上から帝国兵を狙い撃ちにするけど。とにかく奴らが他の兎人族ならともかくハウリアであるなら恐らく平気だろう。て言うか、逃げてる顔に余裕がありすぎるんだよ。逃げるふりならもうちょい必死な顔しとけって。
そしてやはりと言うべきか、2人に近付いた帝国兵2人の内の片割れがどこからともなく飛来した矢に撃たれて倒れる。そしてそちらに気を取られた帝国兵も追い詰められていたはずのラナに首を斬り飛ばされていた。天之河達が唖然とする中惨劇は続いていき、結局後から追いついた馬車から出てきた帝国兵も含めてまとめてあっという間に最弱の亜人族であるはずの兎人族に狩られてしまっていた。
何事だとシアを見やる異世界組に、シアがハウリアがこうなったのは全部俺のせいだとしてしまったので天之河達に睨まれたのだが、これに関してはあんまり言い訳できないのが辛いところだ。
「……ま、70点かな。詰めが甘いけど」
俺はハウリア達に知らせる目的も含めて鉛筆飛行機の下部ハッチを開ける。そして宝物庫から対物ライフルを取り出して帝国兵の馬車の荷台を撃ち砕いてそこに隠れ潜んでいた魔法使いをぶっ飛ばす。今まさに魔法での奇襲を仕掛けようとしていたのだがそれは俺の魔力感知で丸見えだった。
そして俺のその一撃により発生した紅の閃光を見たハウリア達は物陰に隠れ潜んでいた奴も皆出てきては空を見上げ、そこにいる飛行体に敬礼をかましてくる。おかげで戻った時にはリリアーナやその近衛隊、異世界組とティオから非常に冷たい目で見られる羽目になった。
「天人さん天人さん。早く降りましょうよ。樹海の外でこんなことをして……。もしかしてまた暴力に呑まれてるんじゃ……」
殺しに
すると谷底にいたのはハウリア達だけではなかった。様々な種族の亜人族が100人以上はいたのだ。特に女子供が多く、帝国兵が運ぼうとしていたのが何であるかはすぐに察せられた。
空から降りてきた巨大な物体とそこから出てきた人間達に亜人族の大半は目が点になるか大きく見開くかのどちらかだった。そして混乱を通り越してただただ圧倒されていた亜人族を掻き分けて現れたのは兎人族であるハウリア達だった。
そしてクロスボウを担いだ少年ハウリアがビシィッと音の鳴りそうな敬礼をかましつつこれまたバッチリ決めてきたっぽい挨拶をすれば後ろからの視線が痛いのなんの。
「あぁ、うん。で、お前らいつの間に奴隷解放軍なんてやってんの?」
捕らえられていた亜人族の中には同じ兎人族もいるがコイツらはそれを理由に帝国兵とやり合っていたのだろうか。
それならそれで変な具合に暴走する前に釘を刺しておいた方が良さそうだ。下手にやりあって人死にが出ればシアが悲しむ。
「えぇ、実は───」
だが、ふと暗い顔になった少年ハウリアことパル君の表情でそれよりもろくなことになっていないのは察せられた。だがその口から語られたハルツィナ樹海の今は想像よりもずっと最悪なものだった。つまり───
「樹海が燃やされました。魔人族と人間族の襲撃を受けて」
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まず最初に樹海に来たのは魔人族とその配下の魔物だったらしい。その上、魔人族はともかく魔物の方は見たことのない昆虫のような魔物で、樹海の濃霧による感覚の狂いをものともしなかったのだとか。それにより甚大な被害を被ったフェアベルゲンは隙を突いてハウリア達へ救援を依頼。他の非力な兎人族を助けたいという思いもありカム達ハウリアは未知の魔物と戦ったらしい。
そしてどうにか奴らを撃退し、ハウリアも集落の奥へ引っ込んでいた頃、今度樹海に攻め入ったのは帝国兵。どうやら帝国も魔人族の襲撃にあい、その復興の為の労働力や自分達の慰労に
そこで彼らは半数を里に残して残りの半数で帝国へと忍び込むことにしたらしい。しかし途中でカム達侵入組からの連絡が途絶え、そこで更に選抜隊を組んで帝国へと向かう途中にあの帝国兵達を見つけ、そこで更にそれを俺達が見つけた、という構図のようだ。
「なるほどね、大体は把握した。で、お前らはこれから帝国へ潜入してカム達の情報収集を続けるのか?」
「肯定です。それで、ボスには悪いのですが……」
「あぁ。捕まってた奴らはフェアベルゲンに帰しといてやる。どうせ道中だしな」
「ありがとうございます!!」
パル達が一斉に頭を下げる。横でシアが何かを言いたげにしていたし、何を思っているのかも手に取るように分かるが俺もユエも何も言わないでいた。武偵憲章4条、武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用のこと、だからな。
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俺達は帝国近くでリリアーナとパル達ハウリアの潜入組を降ろすとそのまま樹海へと足を踏み入れた。相変わらずの濃霧が俺達の感覚を狂わせる。燃やされた、と言っていたが完全に焦土にされたわけではないようで、この濃霧なら多少の誤魔化しは効くのだろう。そしてシアの先導の元、少し進んだ俺たちの前に現れたのは───
「お前達は……あの時の……」
数瞬前にシアが警告した通り、武装した亜人族が現れた。虎の亜人族で、見覚えのある顔だ。確か俺達がここへ最初に踏み入った時に哨戒の任務で出ていた奴だ。
「今度は一体何の……って、アルテナ様!?ご無事だったのですか!?」
と、俺の後ろを歩いていた亜人族の女に気付き、驚いた様子のそいつ。名前は確かギルとか言ったか。アルテナは亜人族の長老衆の1人の孫娘と言っていたので彼女が攫われたことは特に大きなニュースだったのだろう。ギルからは、ここに来る前に亜人族を救うポリシーでもあるのかと聞かれたが、俺にそんなものは無いとだけ返す。
聞けば、どうやらフェアベルゲンにハウリアが数名常駐しているようなので、そちらへと案内してもらうことにする。前と違ってすんなりと話が進むのは長老衆から何か聞いているのかハウリアに助けられたからか、とにかく揉めずに済むならその方が楽なので助かるな。
そうして案内されたフェアベルゲンは酷い有様だった。本来ここに辿り着いた者に威容を示す筈の巨大な門は崩れ落ち、その残骸も放置されたままだった。更に、中へ入れば美しさと荘厳さを兼ね備えていた木の幹で作られた空中回廊や水路もボロボロとなっており、所々途切れてもいて用をなしてなかった。
しかし、俺達に連れられてフェアベルゲンへと戻ってきたアルテナの顔を見るなり寒々しかったフェアベルゲンの空気が一変。俺達はどんどんと取り囲まれていき、お祭り騒ぎのようになっていった。
それをどうにかやり過ごし、ハウリア達と合流したらしたで今度は奴らの軍人かと見紛うような敬礼や挨拶に天之河達が噴き出したりとただ伝言を伝えるだけでも大騒ぎだった。
しかもハウリアはいつの間にやら勢力を拡大しているようで、俺と出会った頃は40人程度しかいなかったのが今では120人を超える大所帯と化していた。どうやら志願してきた他の兎人族を吸収しているらしい。
で、ようやくイオという名前のハウリアにパル達からの伝言──自分達もカム達の情報を掴むために帝国へと侵入すること、そして救援が欲しい旨──を伝える。
そして俺はそわそわと落ち着きのないシアに話を振る。本当に分かりやすい奴だよ。
「シア」
「は、はい?」
「武偵憲章の4条にはこうある。武偵は自立せよ。要請無き手出しは無用のこと、ってな」
「はい……」
目に見えてシアの雰囲気が沈んでいく。ウサミミが垂れてるからな、すぐ分かる。だが俺はそれを放って言葉を続ける。
「そして武偵憲章1条にはこうある。仲間を信じ、仲間を助けよ、ってな。俺は武偵で、お前は俺の仲間だ。そんなお前は、誰に何と言えばいいんだ?」
「───っ!……私、父様が心配ですぅ。一目でいいから無事な姿を見たいです……」
「言うのが遅い。シア、お前が俺に何遠慮してんだ」
「私、遠慮なんて……」
「してなかったらあんなにそわそわそわそわとしねぇだろうが。いいか?俺だけじゃない、ユエもティオも香織もお前のことが大切なんだ。お前の為なら俺ぁ俺の持てる全部を使うことを躊躇わない」
だからもっと甘えろと柔らかい髪に包まれた頭を撫でてやればさっきまでとは違った風にそわそわ、もじもじ。顔を伏せてはいるがその頬が赤くなっていることは隠せていない。俺達のその様子を八重樫や谷口が何か言いたげに見ているがそれは放っておく。俺だっていい加減ケリつけなきゃいけないってのは分かってんだから。
「そういうわけだ。さっさと行く奴決めろ。まとめて乗っけて行く」
「了解であります!直ちに!」
シュバッ!なんて音の聞こえてきそうな素早さでどこかへ消えていくイオ達。かと思いきや数分後には用意が出来たとイオがやって来る。元々こうなった場合の想定はしていたのだろう。
ほら行くぞと、いまだに固まっているシアの背中を押してやれば顔を伏せたまま俺の服の袖を指先で摘んでそのまま俺にピッタリとくっつきながらシアも歩き出した。そのいじらしさに俺達は苦笑いするしかないのであった。
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──雑多──
それこそがこのヘルシャー帝国の首都を最も言い表す言葉だろう。街並みは区画整備なんてされておらず蜘蛛の巣よりもあちこちに路地が伸びているし露店の店主も本当に客商売をしているのか疑わしくなるほどに客の扱いが雑だ。その上阿呆がよく絡んでくること。それを適当にド突いてぶっ飛ばしても誰も見向きもしない。この程度の諍いは日常茶飯事なのだろう。力こそ正義、何もかも自己責任。そんな帝国の風景は女性陣には大変不評のようだった。
だが俺にとっては───
「……懐かしいな」
「……天人、来たことあるの?」
「いや、帝国に来たのは初めてだけどな。雰囲気が武偵高に似てんだよな」
東京武偵高校に入学した最初の頃はリサと連れ立っているだけで先輩や中学から実績のある同輩からよく絡まれたもんだ。その度にそいつらをのしてたからその内そんな面倒事も無くなったが、それはそれとして、この粗野で雑多な感じや、所構わず喧嘩してる風景は俺のよく知る武偵高───て言うか強襲科とよく似ていた。
「私、向こうに行ったら天人さんと同じ学校に通うの夢だったんですけど……」
「……んっ、それは私も。けどここと似てるのは……」
「いや、結構良い奴ばっかりなんだぞ?ちょっと阿呆でトンチキな奴が多いだけで……。それに、誰かを奴隷にしようなんて奴もいない」
俺は頭からとあるピンクツインテールの顔を振り払うように周りを見渡す。そこには帝国の使えるものはなんでも使う主義の犠牲こと亜人族の奴隷達が働かされていて、それを見た天之河も歯軋りをしている。確かに見ていて気持ちの良いものでもないけれど、だからと言って今ここで突撃されても困るのでそこは八重樫の出番だ。今もどうにか突撃勇者ボーイを宥めすかしている。ハイリヒは亜人族への差別意識があまりにも強く、逆に王都にこうした奴隷はいなかったのだ。どうやら目に入れるのも嫌だったらしい。だがおかげでここの光景に慣れていない天之河の正義感が暴走しそうでそれはそれで恐ろしいのだから困った話だ。八重樫さん、頼みますよ、マジで。
そして当然シアも、扱き使われている亜人族の奴隷を見て表情を曇らせている。兎人族でないとは言え、やはり同じ亜人族としては思うところもあるのだろう。
「気にするな、とは言わねぇ。けど、見ていてどうにかなるもんでもねぇだろ?」
「……はい。分かってます……」
「……そうだ坂上。ちょっと出来る限り悪そうな顔してくれ」
「は?何でさ」
俺の思いつきに訳が分からないという顔の坂上。だが俺はまぁまぁと、とにかく顔を作らせる。するとニヒルっぽい笑みを浮かべ目を細めた坂上はその筋骨隆々の肉体と相まって中々に悪そうな奴になったと思う。んー、これならちょうど良さげだ。
「とりあえず坂上はその顔を維持して付いてきてくれ。他は先にここの冒険者ギルドに向かっててくれ。……絡んでくるゴロツキをぶっ飛ばすくらいなら良いけど、くれぐれも、憲兵やなんかと余計な騒ぎは起こすなよ?帝国のルールには従え」
主に天之河への牽制だ。ここならユエ達が絡まれたとして、そんな阿呆をぶっ飛ばしても特に騒ぎにはならないようだが見回りの帝国兵はそうはいかない。特に今は、だ。先に受けた魔物の襲撃のせいで厳戒態勢が敷かれているのだ。そんな所で無計画に奴隷解放運動なんてしてみろ、ろくなことにならないのは想像に難くない。
全員が横目で天之河を見ながら頷くのを確認して俺は自称悪い顔をした坂上だけを連れてフラフラと集団を離れる。
「……アイツでいいか」
と、俺が路地を抜けた通りで見つけたのは道端で亜人族の奴隷を売っている商人だ。
「なぁ」
「なんだ?冷やかしならゴメンだぜ?」
奴隷を買うには少しばかり俺達は若すぎたか、胡乱気な眼差しを向けられてしまう。
「なに、最近ここいらで大捕物があったって聞いてな。帝国兵と殺りあえる兎人族なら是非飼ってみたいと思ってね。……今どこにいるか知ってるかい?」
俺はわざと上着のポケットからルタ札をチラつかせる。それを見た奴隷商がつまらなさそうに鼻を鳴らすと適当に取り出した札をその少し油っこい手に握らせる。
そうすると奴隷商は俺と俺の背後にいる悪い顔をした坂上を交互に見やり、そして俺と自分の掌の間にあるルタ札を見る。少しの逡巡の後、ペラペラ、とまではいかなくても知っていることは大概話してくれた。彼から得られたのは10数名の兎人族が帝国兵と殺りあった結果帝国兵を何人も殺したこと、その後100を超える帝国兵に囲まれ捕らわれたこと。どこにいるか知っていそうな奴を知っていると思われる人物のこと、ここまでだった。俺は彼にそのまま札を握らせてお礼を言って立ち去る。すると、路地を入ったところで坂上が疑問顔で話しかけてくる。
「喋るなと釘を刺されたから黙っていたが、あんな奴に金を渡してよかったのか?」
「今のところアイツはこの世界のルールに従っているだけだ。俺ん敵になったわけじゃあない。一々暗がりに引き摺り込んで絞り出すのも面倒だろ」
こっちもそんなに時間の余裕があるわけじゃないからな。適当に金握らせて解決できるならその方が早いことも多い。どうせ奴隷商が知っている情報なんてたかが知れている。ゴールまであと数手に迫れる情報まで引き出せたのだ、むしろ首尾は上々と言ったところだろう。
「ギルドはこっちか……あ、もう顔は崩していいからな」
「結局俺は何のために……」
「んー?まぁ、単に脅しだよ。向こうがお前を見てどう思ったかは知らないが、ろくな想像はできねぇだろ?」
金を握らせてくる若い男とその後ろに付き従っている様子の、怖い顔のマッチョな兄ちゃんだ。素直に喋らなかったらどうなるかなんて馬鹿じゃなきゃ何となく想像が着く。他の奴に喋ったらどうなるかも、な。その為にあの中で一番ガタイの良い坂上を連れて来たのだ。天之河じゃ顔が綺麗すぎるし、何よりこういう手段は大嫌いだろうから、黙ってろと釘を刺していても多分聞かない。
今は一緒にいるのが坂上1人だからか、先程とはうって変わって誰かに絡まれることもなく真っ直ぐにギルドまで辿り着けた。しかしその入口から入ろうとした瞬間、俺の義眼が魔力のうねりを察知。反射的に1歩下がった瞬間、扉を突き破って何かが飛んで来た。俺は咄嗟に金剛を発動させつつそれを打ち払うが、腕に感じる感触は思いの外柔らかく、例えるならそう、人の身体のようだった。
「あ?……誰?」
ようだった、と言うか本当に人間だった。ちなみに男。だが面識はないと思う。ピンボールのように弾かれてうつ伏せに地面に沈んでいるから顔は見えないけれど、見た覚えのない背中だ。念の為坂上にも確認するがやっぱり知らないようだった。しかし先程感知した魔力の色は俺のよく知っている色だった。なので俺はまた同じように人間が飛んできても良いように構えながら、空いた時と同じくらいの勢いで閉まっていったギルドの扉を再び開けた。すると───
「うわぁぁ!」
と、男が数名俺と坂上の脇を駆け抜けていった。あぁ、うん。こういうことね……。と、1人で納得してギルドの中を見遣れば───
「「どうしてこうなった!?」」
思わず坂上と声が揃う。何せ天之河が猿轡を噛まされた挙句に香織が前の身体で戦闘に使っていた棒に縛られて吊るされていたのだから。天之河も何かを悟っているのか諦めたのか、ぐったりとしていて動く様子がない。何があればそうなるの……。
「……私は何も知らない」
容疑者ユエは目を逸らした。
「さっきの男連中はまぁいい……。で、天之河君はどうして豚の丸焼きみたいになってるんだ……?」
目が死んでるので豚より魚っぽいけどそれはそれ。まぁ、予想がつかないと言えば嘘にはなるのだが……。
「ぷはっ……はぁ……香織や雫まで協力するなんて酷いじゃないか……」
猿轡をしたままじゃモゴモゴ言うだけで仕方がないので、とりあえず坂上と2人で拘束を解いてやると、思いの外元気に周りの女性陣を睨む天之河。どうやらさっきの死んだ目は信頼する幼馴染み達にまでやられたのがショックだったらしい。
「仕方ないでしょ?貴方こうでもしないと収まらないじゃない」
「……どうせ働かされてるか酷い目に合わされてる亜人族を見て突撃しようとしたんだろ?」
「……なんで分かるんだよ」
「ここでお前が縛られる原因なんてそれしかないだろ……」
俺の予想は奴の図星だったらしい。天之河は俺の指摘に言葉を詰まらせていた。
「さて、とりあえずあっちだ」
と、俺が顎で指したのはギルドに併設されている酒場だ。あそこのマスターなら何か知っているだろうということはさっき金を握らせた奴隷商から聞き及んでいる。
そして俺は既にピカピカに輝いているグラスを何故かまだ磨き続けているマスターの前のカウンター席に座る。
「これでボトルごと飲めるやつをくれ」
と、まずは酒を注文する。メニューなんて見ずに適当に5千ルタほど出したがまぁこれだけあれば安酒の1本はボトルでも買えるだろう。
マスターはふんとつまらなさそうに鼻を鳴らして適当なボトルを持ってきて俺の前に寄越した。俺はそのボトルの首を風爪で切り飛ばし、そのまま中身を口の中に注ぎ込む。ラッパ飲みどころか被るように酒を飲み始めた俺に周りが驚愕するのが感じられた。とは言え俺は毒耐性で酔わないし、そもそも今は捕食者のスキルを使ってそちら側に酒を注いでいるので実質口を開けているだけなのだ。胃袋に液体を入れている感覚すらなくただ注いでいるだけ。それも直ぐに瓶が空になることで終わりを告げる。俺は酒瓶をカウンターに置くと身を乗り出してマスターに話し掛ける。
「そういや最近帝国じゃあ兎人族が暴れ回って兵隊に連れてかれたって聞いたんだが……アンタそいつらがどこへ連れてかれたか知ってるか?」
「さぁな。だが兵隊に連れてかれたんなら城だろうよ」
やはりカム達は生きていそうだ。帝国に牙を向く兎人族なんぞその場で処刑してしまった方が安全に決まっている。だがそれでも連れて行ったということは奴らに何らかの価値を感じたのだろう。
腕っぷしの強さこそが正義の帝国のことだ。兎人族とは言えその強さの秘密でも探ろうというのだろうか。もしくは首輪でも付けて子飼いの兵隊にするか、だ。どっちにしろ生きている可能性が大きくなったことでシアの心配も少しは和らいだのだろうか、カウンターの下で手を握ってやればシアも力強く握り返してくる。
「城、ねぇ……。金なら言い値で払ってやる。城の情報はどこまで出せる?」
俺は固有魔法の威圧を使い、マスターに徐々に圧力をかけていく。それを感じたのだろう、マスターの額に冷や汗が浮かぶがまだ思案顔だ。まぁそれも無理はない。何せそれを話したことが帝国側に伝われば彼は確実に消されるだろう。だがもちろん俺に出し渋っても碌な目には合わないことも俺の固有魔法が彼に想像させる。
「……これは独り言だ」
と、マスターは再び鏡のように磨かれていたグラスを手に取りまたそれを拭き始めた。
「警邏隊の4番隊にネディルという元牢屋番の男がいたなぁ……」
「酒は美味かったよ」
と、本当はろくに味わってもいない感想だけ残して俺は威圧の固有魔法を解き、全員を連れて酒場を去る。俺がマスターに背を向けた時に漏れた溜息は聞かなかったことにしていた。
「で、だ。俺はユエとネディルって奴に話を聞きに行く。他は適当に飯でも食って時間潰しててくれ。……香織はどうする?着いてきても良いけど、これを見てもお前の欲しい強さは多分手に入らない」
ユエには再生魔法だけでなく、魂魄魔法による嘘発見のお仕事も行ってもらうつもりだ。前にオルクスで天之河にも話したが、拷問で得られる情報は案外嘘が混ざるもんだからな。
「ううん、私はちゃんと見るよ。気分の良いものじゃないだろうなっては分かるけど。でもそれでも私は知っておいた方が良いと思う」
「……そうか。なら来い。ついでに再生魔法も使ってもらうからな」
「うん」
香織が頷くの確認して俺達は歩き出す。
……結局ネディルの我慢が足りずに、小一時間探し回った割にはものの5分で全部聞き出せてしまったのだが……。
───────────────
ネディルは困惑していた。魔人族の襲撃に遭い混乱の真っ只中にある帝国の街中を見て周り怪しい影がないか隅々まで確認するのが自分の任務だったはずなのだから。なのに何故、何故自分は気付けば暗い部屋で拘束されているのだろうか。
ここに来た記憶が無い。仕事中に何やら視界の端に金髪の人間を見た気がしてとある路地に入り込んだところまでは覚えている。そして誰かに話しかけられたのだ。だがそこからの記憶が無い。そして今は視界を闇が覆い、街中の喧騒が遠く聞こえる。風を感じないし部屋にいることは分かる。何やら頭に被せられているのも分かる。光すら透けてこないからきっとここが薄暗い部屋なのだろうというのも分かる。だが何故だ。何故自分がこんな目に遭っているのか、それだけが分からないのだった。
すると、急に誰かに肩を叩かれる。強くはない。街中で知り合いに声を掛ける時のような気安さだった。だがあまりにも人の気配が感じられなかったから思わずネディルの身体がビクリと跳ね上がる。
その瞬間、ガツッ、と手首と足首に固い何かが当たる感触が鈍い痛みを与える。どうやら両手足に石枷を嵌められているようだ。肩に感じる手の大きさからネディルは自分の後ろにいるらしい人間は男だと予想する。そしてその予想は的中したようで、何か袋越しに聞こえる声は若い男のそれだった。
「気付いたか。……これじゃあ何にも分からないよな」
と、男の声が聞こえたと思ったら自分の視界を遮っていた何かが取り除かれる。ネディルが意識を失う寸前、話しかけてきた声とそっくりだったと記憶が語りかける。確かそう、自分が元牢屋番だと確認してきた声だと、ネディルは思い出していた。だがそんなネディルの目を明るい光が襲うことはなかった。やはりここは室内で、外の光は遮断されていた。隙間から僅かに光が漏れているから、今は夜ではないのだろう。ということは意識を失ってからそんなに時間は経っていないのか。
しかし、パキパキという音と共に自分の周りに何かが現れた。段々と闇に目が慣れてきたネディルにはそれが氷のように見えた。詠唱は聞こえなかったが魔法の類いだろうというのは予想が着いた。そして足音と共に誰か──先程自身の方を叩いた男だろうか。ただ鼻から下を布で隠していてよく分からない──がネディルの正面へと立つ。その手には何かが握られているように思えた。声でなんとなく気付いていたがネディルよりも若い。恐らく10台後半か20代でも前半だろう。そしてその男がネディルの足元にしゃがむと何か硬いもので足の指を挟まれる感覚。そして次の瞬間───彼の足の指に激痛が走った。
「ア───ッ!?ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
想像もしたくないことだが自分の左足の親指が引き千切られたような痛みがネディルを襲ったのだ。しかもそれは1度ではない。何度も何度も、足の指10本全ての感覚が消え去るまでその痛みは断続的に襲いかかってきたのだった。
だが両足の10本目こと右足の小指が引き千切られる痛みの直後、まるでそれまでの苦しみが無かったかのような感覚と共に足の指全てに感触が戻ってきた。
「はっ……あっ、え……?」
だがネディルの困惑の声に答える者はいなかった。代わりに質問だけが飛んでくる。
「帝国城の牢屋までの道程を教えてもらおうか」
再び自らの足の指を挟む硬い感触にネディルの心は潰されてしまった。
その口から漏れ出た機密事項に男は満足したのか、ネディルが全てを話し終えた時には音も無くどこかへ消えていった。足元には人間1人分のの足の指だけが残されていた。