帝国城に忍び込みカム達と合流した後に、俺達は帝国の外の岩場に集まっていた。向こうから出る時には空間魔法を利用した新製のアーティファクトを使わせてもらった。
そして助け出したカムから話を聞けば、どうやらハウリア達は帝国に誘い込まれていたらしい。樹海で相当数の帝国兵を諜報科……どころか完全にプロの
帝国側の襲撃のやり方やタイミングもあり冷静になりきれなかったハウリアはその隙を突かれて帝国内で包囲、捕縛されたのだとか。しかも捕らえてみれば樹海最大の脅威と謎を呼んでいた暗殺者の正体は温厚の代名詞であり亜人族最弱と思われていた兎人族だったのだ。それが精度の高いクロスボウや斬れ味鋭い刃物で武装していたのだから帝国としてもその武器の出処や鍛錬の手法などに興味が湧くのも当然だろう。
そして今日に至るまで尋問、と言うより拷問を受け続けてきていたのだ。それでも何も漏らさなかったどころか帝国兵を煽るは罵倒するわでどっちがどっちを追い詰める立場なのか分からなくなるような事態に陥っていたのは誰の育て方が悪かったのか……。俺か……。
「ま、これまでの流れはだいたい分かったよ。んで、それだけじゃあないんだろ?」
カムから彼らが捕まった流れを聞き及ぶが、恐らくこいつの本題はここではない。
「肯定です。……我々、ハウリア族は新たに家族に加わった者達と共に新生ハウリアとして帝国に戦争を挑みます」
その言葉に俺たちの間に漂っていた空気が凍りつく。だが痛いくらいの静寂に包まれたそれを溶かす奴が現れた。シアだ。既にその身体から彼女の淡い青色の魔力光が噴き出している。
「何を……何を言っているんですか父様───」
「シア」
「すみません天人さん、私は───」
「シア」
再び名前を呼び、グッと、俺はシアの腰を抱き寄せる。そのまま頭とウサミミを撫でてやれば膨れ上がった怒気も少しは落ち着いたようで、巻き上がる魔力光はその細身の身体に収まっていった。
「やり方は聞かない。だいたい分かってるからな。だから理由を言え」
そしてカムの口から語られたのは今回のハウリアの1件で帝国が兎人族そのものに興味を抱いてしまったということ。つまりハウリアだけでなくその他全ての、ハウリアの傘下に収まっておらず今まで通りの戦う力を持たない兎人族まで捕まえて戦力になるのかどうか見極めるつもりなのだとか。そうなれば戦闘力の欠片もないハウリア以外は愛玩奴隷か殺処分の2択だろう。そして帝国は非道だろうが強硬だろうがどんな手段であろうと躊躇わない。ならば戦うしかない、ということらしい。
「……今のお前らが皇帝に勝てないとは思わない。闇討ちなら獲れるだろうよ。けどな……」
そこで俺は言葉を切りもう一度シアの頭を撫でる。
「けどお前らは絶対に"帝国"には勝てない。意味は分かるか?」
「もちろん我々も戦争が今の皇帝を討ち取って終わるとは思っていません。その後こそが最も長く苦しい戦いだということも把握しているつもりです」
「いいや、分かってないよ。お前らはいつか負ける。たとえカムが生きている間に負けなかったとしてもだ。そのうち兎人族は帝国に狩られるだけの存在になるよ」
俺は、それだけは断言出来る。
「……ボス、いくらボスの言うことでもそれは承服できかねます。そこまで言い切る根拠を示してもらいたい」
「根拠、ね……。簡単だよ。単純に数が足りないんだ、ハウリアや兎人族には」
カムが何か言いたげにしているがそれを無視して俺は話を続ける。
「前よりは随分と増えたみたいだけど、それでも戦える奴の数を考えてみろ、帝国とどれだけの差がある?それに金も人脈も無いから武器や装備を揃えるのにも一苦労だ。そして、帝国の奴らはその気になれば樹海を丸ごと火の海にしたっていい。それだけじゃあない、帝国は人間族だ。つまり他から手を借りることもできるんだよ。これだけの数が揃えば相当色んな戦い方があるぞ?いくらお前らが戦えるようになろうと覆しようのない絶対的な差があるんだ」
戦いの基本は数だ。そして、帝国及び人間族とハウリアや兎人族、亜人族にはその数に決定的な差がある。例えハウリアがフェアベルゲンの亜人族と徒党を組もうとも、な。
「……そんなことは分かっています。それでも我らは立ち上がらなくてはならないのです。これは我々が始めたこと。我々が責任を持って兎人族を守らねばならないのです」
「そうだな……。だけど俺としてもハウリアを見殺しには出来ないんだよ」
「シアのため、ですな?」
「あぁ」
カムの問いに正直に俺は答える。そしてより強くシアを抱き留める。その柔らかさを糧に俺はさらに言葉を繋げる。
「分かっちゃいるだろうが兎人族じゃ帝国を火の海にすることは出来ねぇ。精々1度だけ大将首を狩れるくらいだ。だが帝国もアホじゃあない。ただでさえお前らを警戒してるんだからな、今の皇帝を殺ればもう2度目は来ない」
そしてそんな帝国にハウリアが勝つには1度の戦闘で帝国から反抗の可能性を完全に摘むしかない。だが奴らの火力ではそれは望めない。今のシアがいればそれも不可能ではないのかもしれないが、きっとそれは、例え俺やユエが望んだとしても承諾しないだろう。
「……ボスと言えど、我々を侮ってもらっては困ります。だからこそ、警備の比較的薄くなるであろう側近や近親の者から狙っていくつもりです」
「それで恐怖を煽って皇帝を交渉のテーブルに座らせようって?俺が皇帝ならそれを口実に樹海を焼くね」
ハウリアにとって痛いのは、諜報は出来てもスパイができないところだ。闇には紛れられてもそのウサミミが人に紛れることを許さない。
「だが我々には───っ」
「戦うしか残されていないって?あぁそうだな。だから聞くけどな、お前らの敵は帝国だけか?」
「それは、どういう……?」
「兎人族を、亜人族を蔑み見下してる奴は帝国の奴らだけかって聞いている。お前らはどう感じてるんだ?」
「……ほとんどの人間族は我ら兎人族と亜人族を下に見ているでしょう。そうでないのはボスや異世界から来たという勇者達くらいです」
「あぁ、お前らが不利な理由はそれだ。だからこそやるなら1度の戦闘で完全に終わらせる必要がある」
まぁ、それが出来ないからあぁしたゲリラ戦術に頼らざるを得ないんだけどな。だがそれに頼るのも限界がある。
「……我々にどうしろと」
「俺は亜人族の奴隷解放運動なんぞやる気もない。けどお前らを見殺しにする選択肢は当然無い」
俺にはシアが悲しむようなことはできない。だからこいつらを見殺しにする選択は有り得ない。
「今お前らにある選択肢は4つ。結末の分かっている泥沼の戦いをする、諦めて帝国の言いなりになる、自分達だけでもと逃げ続ける───」
「4つ目は?」
「兎人族の兎人族による兎人族のための革命を成功させること。この4つだ」
「それは───」
「俺は逃げることがそこまで悪いとは思わないよ。逃げは諦めじゃない。生存するために最後まで足掻き続ける手段の1つだ。そして俺は、元の世界に帰る手段が手に入ればハウリアなら一緒に連れて行ってもいいと思っている。そうすれば帝国の追手も届かない」
「それは、我々に他の戦えない兎人族を見捨てて自分達だけ安穏と生きろと?」
「それもありだってだけだ。まだ4つ目があるだろう?」
俺が懇切丁寧に可能性を潰した4つ目の選択肢。
この革命を成功させること、つまり帝国に打ち勝つという結末。
「お前らだけじゃ絶対に無理だと言ったのは俺だ。いいか?お前らに4つの選択肢があったように俺にも2つの選択肢がある」
俺は人差し指と中指を立ててその数を示す。そしてまず1つ目だと中指を折る。
「1つ目、ハウリアに革命は無理だとお前らをここで畳んじまうことだ。そして樹海に送り返す」
俺の言葉にハウリア達がザワつく。俺には勝てないことは悟っているのだろう。誰もが歯噛みしている。俺はそれを見渡して人差し指も折り、言葉を続ける。
「そして2つ目、お前達に首輪を渡す。皇帝の首に嵌めるやつをだ。それによってお前らはハウリアの力を示し、その上で帝国から反抗の芽を詰むんだ」
俺の言葉にまるで時が止まったかのようにハウリア達は静まり返る。
「それは……」
ポツリと、カムが声を漏らす。
「シアが不安に思うような稚拙な作戦なんて全部却下だ却下。俺が手伝ってやるからお前らがシアを悲しませるようなことをしようとするんじゃねぇ!やるなら完膚無きまでに叩き潰せ!てめぇらの手で帝国を完全にぶっ壊すんだ!」
俺のその声に反応したのはカムだけではない。その場にいたハウリア達は皆雄叫びを上げる。ウサギ達の天まで届かんとする咆哮こそがシアの不安を吹き飛ばす何よりの手段であり彼らの心からの叫びなのだ。
「お膳立てはしてやる。だがこの戦いはお前らの手で完遂しなきゃならねぇ!じゃなきゃ阿呆な人間共はまた兎人族を奪いに来る!いいか!兎人族にハウリア在り!兎人族に手を出した奴は文字通り首が空を舞うって人間族の骨身に刻んでやれ!!」
俺の命令にハウリア達も咆哮で返す。
空気が揺れる、数十の手が空へと掲げられる。それは兎人族は弱くなどない、狩られる側ではなく狩る側なのだとこの世界に挑戦状を叩きつけているかのようだった。
───────────────
本来帝国城への侵入は至難を極める。
まず魔法すら併用した入城許可書を門番に提示しなければならない。その上で1つ1つの荷物を丁寧に検査されるのだから隠れ潜んで中に入ることはほぼ無理だと言っていいだろう。そしてもちろん俺達は正規の入城ルールに則ることは出来そうもない。だがここで天之河達の肩書きが役に立った。実態の伴わないポンコツ勇者であってもそれを知る奴はそう多くない。帝国の人間からすれば天之河達は破竹の勢いでオルクス大迷宮を攻略していっている上に、神から人間族を守るために遣わされた文字通りの勇者様なのだ。故に許可書なぞ無くとも彼の言うことを無下にはできず、結果俺達は悠然と待合室までは入ることが出来た。
だがその待合室で───
「よぉウサギちゃん。ちょっと聞きてぇんだが……俺の部下をどこへやった?おかしいよなぁ……俺の部下は誰一人として戻ってこなかったのになんでお前だけが生きていて、こんな場所にいるんだ?あぁ?」
リリアーナにも確認が取れたとメッセージを伝えてきた何番隊かの隊長という男が、シアを見た途端にこの有様だ。こっちからは今のところ何もしていないのに既に額に青筋が浮かんでいる。
しかしシアと帝国兵の接点なんぞ限られている。大方ライセン大渓谷で俺が全滅させた奴らの上司なのだろう。そしてシアにとってその頃の記憶はトラウマもいいところだ。何せ家族が目の前で次々に嬲られ捕えられ殺され……だからシアにはここに来る前に伝えてある。胸を張れ、相手が誰であっても堂々と顔を上げて睨みつけてやれと。それでも尚、辛く忘れ難い記憶が蘇ってそれに囚われそうになっているシアの肩に俺は手を置く。
ユエもシアの手を握ってその瞳を見つめる。"この程度の相手に臆するな"それが俺達からの言外のメッセージ。そしてそれが伝わったようでシアの目に輝きが戻ってきた。そのまま帝国兵を睨みつけ、余裕たっぷりの嘲るような笑顔で言葉を返す。
「知りませんよそんなの。随分と頭の悪そうな人達でしたし、魔物にでも食べられたんじゃないですか?」
そこまで言えとは言ってないけど……まぁでもそれでいいんだシア。あの記憶がお前にとって辛いものだってのは分かっている。だけどもうお前はあの頃のお前じゃあない。あの時よりも何100倍も強くなっているんだ。家族の死を悼んでも、帝国兵に臆することなんてないんだからな。
「随分と調子に乗ってるじゃねぇか……。勇者殿達と一緒にいるから大丈夫だとでも思ってんのか?奴隷ですらないのなら───」
「なぁおい、ちょっといいですかい?」
「は?なんです?」
天之河と一緒にいるからか、俺も勇者一行と思われているらしい。まぁ元々はそんなだったのであながち間違いでもないのだけれど。
「リリアーナ姫には確認が取れたんでしょう?あっちだって暇じゃあないんだから早く連れて行ってくれませんかねぇ」
だがこいつの答えは半ば分かっている。俺がこんな風に言ったってどうせ聞きやしないんだろう。
「……申し訳ありませんがね、使徒様。そこな兎人族は2ヶ月前に行方不明になった俺の部下に関して何か知っているようでして。御引渡し願えませんかね?兎人族が必要なら別に用意させますんで」
ほらな?どうせこんなだと思ったから俺の返す答えだって決まっている。
「うるせぇな三下」
だいたい、シアはシアだからここにいるんだ。亜人族……兎人族だからここにいるんじゃない。兎人族の女と見れば卑しい視線を向けやがって。街の喧騒こそ俺にノスタルジックな感傷を覚えさせてくれたけどな、こういうのは反吐が出る。
「は?」
「お前の部下なんぞこっちは誰も、何も知らねぇよ。それよりさっさとリリアーナ姫の所へ連れて行けって言ってんだよ。こっちはお前ら雑魚に拘っている暇はない」
俺の物言いにそいつの顔が怒りで真っ赤に染まるがそれでも一応は神の使徒様に切り掛るような愚行は残った理性で抑え込んだらしい。今にも俺を殺しにかかりそうな目をしながら後ろに控えていた部下に目配せして俺達を案内する。俺の背中には刺すような殺気が纏わり付くがそんなものに構っている暇はない。今はただ、必要な作業をこなしていくだけだ。
───────────────
トラウマを乗り越え、そして反動とばかりに後からきた激烈な殺意を無理矢理押さえ込んでいるシアをユエと2人で撫でたり甘えさせたりで宥めながら、アポも無しにいきなりやって来た俺達に向けて青筋をバリバリ浮かべたリリアーナから話を聞く限り、どうやら皇帝には聖光教会がぶっ潰れたことや今の神がろくなもんじゃないことは伝えてあるようだった。
とは言えここはやはり帝国。だからって何が変わるわけでもなく、いつも通りに強い奴が正義だというのだ。だが皇帝ことガハルドが気にしていたのは王国襲撃からあまりに早くここへ辿り着いたリリアーナの移動手段と10万の魔物の軍勢を蹴散らしたその方法だったらしい。
もっとも、王国と帝国が手を組む協議をするのだからそこら辺は全部説明して良いとは言ってある。おかげでガハルドは俺の持つ力についてもそれなりには知っているようだ。
そして、適当に口裏を合わせる算段だけ付けた時には時間切れ。ガハルドが待つ部屋へと案内するための人間が部屋の扉をノックしたのだった。
そいつに通された部屋にいたのはガハルドとその後ろに護衛と思われる男が2人。そして隠れてはいるが物陰や天井裏、部屋の外にも数人ずつ配置されている。あえて知らせているのかそれとも隠しきれていないのか、とにかく俺の気配感知の固有魔法にはバッチリと反応がある。
そしてその部屋のど真ん中にいる男、この帝国の皇帝であり荒くれ者共を力で支配する人間、ガハルド・D・ヘルシャー。トータスに召喚された時も思ったけど、ミドルネームをアルファベットで略す文化なんてトータスにあるのかね?それともこれは言語理解の技能が俺に日本語として見せているだけで本当は別の形なのだろうか。
「お前が神代天人か?」
バンッ!と、叩きつけるような重圧が俺達を襲う。リリアーナはそれを直接受けた訳でもないのに既に顔が青い。天之河達もビビってしまっている。だが香織はもちろん俺達大迷宮を攻略してきた奴らからしたらそんなものはそよ風ほどの圧にすら感じられない。ていうか、そういう凄むのとか、俺からしたら蘭豹や綴にやられるのに比べたらなぁ……。アイツらの方がこんなのより万倍怖い。
ボケっとしている俺達に皇帝陛下も満足したのか直ぐにそれも止めてしまった。そして何が面白いのか口の端が釣り上がるガハルドに対して俺も返事をしてやる。
「あぁそうだ。そういうアンタは帝国の皇帝様ってことでいいんだよな?」
俺の物言いににわかに後ろの2人から殺気が溢れ出る。そして、それは当然歳下のガキに初対面でタメ口をきかれた目の前の男も同じだ。
「ふん、口のきき方のなってねぇガキだ」
「あぁ?ここは強い奴が正義だって聞いていたんだがな。だから俺もお前らのやり方に合わせて答えてやったんだろうが」
「……どういう意味だ?」
帝国の弱肉強食主義と俺のタメ口に繋がりが見えなかったらしい。ガハルドもその圧を上げながら俺を睨みつける。だから、そんな風に凄んでも武偵高の先生達に比べたら可愛いもんなんだよ、本当に。
「帝国より俺の方が強い。ならこの場において俺がへりくだる必要がどこにある?」
そう、ただそれだけ。強い奴が正しいというのならこの場で1番の正義は俺だ。なら例え相手が皇帝であっても俺が下る必要はどこにもない。
「……この場でこの俺にそれだけの大口を叩けるんだ。なるほどリリアーナ姫の言っていたことにも説得力が増すな」
だが皇帝の台詞とは裏腹に彼の背後に控えた2人の男の殺気が増す。そしてそれに呼応するように隠れ潜んでいた奴らの気配が薄くなっていく。けどそれは───
「おっせぇよ」
俺の呟いた一言で消えかけていた気配が揺れる。バレていることにようやく気付いたようだ。そもそも最初にあった気配がこうも分かりやすく消えていけば警戒するに決まっている。消すなら最初から消しておかなければ大した意味は無いだろうに。それから目線を逸らすための後ろの2人なのだろうが、そんな見え透いたミスディレクションに引っ掛かるほど阿呆ではないつもりだ。
「はははっ!きっちりバレていやがる!止めだ止め!こんなのと今殺りあったら皆殺しにされちまう!」
何がおかしいのかカラカラと笑いながらガハルドは腹を抱えている。無駄話しないのなら帰っていいかな……。
「ふむ……で、聞くがお前は10万の魔人族と魔物の軍勢を退けるアーティファクトを持っているらしいな」
リリアーナから聞いたことの確認か、それとも何か別の意図があるのか。だが何であれ、今更隠すほどのことでもないか。
「あぁ」
「王国からここまでを2日で踏破できるアーティファクトも持っていると」
「そうだな」
「そしてそれらを俺達に提供する気も開発に協力する気も更々無いと?」
「当たり前だろ」
「そんな力、1個人が独占することが許されるとでも?」
「……過ぎた力はむしろ排斥される、当然のことだ」
それは魔国連邦にいて痛いほどに分からされたことだ。
「……へぇ、その割にはよく分かってるじゃねぇか」
「で、だからってどうするつもりなんだ?」
言外にお前らに何が出来る?と問いかける。だが何も出来やしないだろう。コイツらには衛星兵器を撃ち落とすことはできないし今この場で俺達を始末することも出来やしないのだから。この世界はあの世界の奴ら程には強くないのだ。だから例えここでコイツらが俺達を殺そうとしても何の問題も無い。
「……ふん、食えないガキだ。……さて、話は変わるがね。俺としてはお前のアーティファクトもだが、お前が侍らしているその兎人族が気になるな。白髪の兎人族なんて聞いたことがないし、その強気な目付き、前に拾った玩具を思い起こさせる」
"玩具"という言い草にシアの目元がピクつくがユエがテーブルの下で手を握ってやることですぐに落ち着く。
「いや、いきなり玩具だの言われても知らんが……」
「心当たりが無いってか?なら後で見るか?まだ生きの良い女子供が何匹かいてな……」
「興味ねぇよ」
そもそもがハッタリだ。捕まった奴は全員解放してあるしそれはカムにも確認してもらっている。
「ほぉ、そいつらはとんでもねぇ業物のショートソードやナイフを揃えていたんだがなぁ、そこん所、錬成師としてどう思うよ?」
「別にどうとも」
こっちで俺が作った武器って基本重いんだよね。ジュラルミンの大盾とかなら欲しかったけど。
「そうかい……。ところでなぁ、昨夜地下の牢屋から脱獄した奴らがいるんだが……この城に侵入して易々と脱出できるアーティファクトとか魔法なんてものは知らねぇかい?」
「知らねー」
「はぁ……ならいい。で、お前さんは神についてどう思う?」
「心底興味が無い」
俺が素っ気なく答えてやればガハルドはガリガリと頭を掻きながら何やら悪態を付く。まぁ、どうせ俺がやったことだと分かってはいるのだろうが。だからってそれに律儀に答えてやる義理もないけど。
そしてタイムリミットは訪れた。後ろに控えていた男の1人が何やらガハルドに耳打ちをした。するとそれを聞いたガハルドが立ち上がり聞きたいことは聞けたと俺達も席を立たせる。
「あぁそうだ、今夜リリアーナ姫と我が息子の婚約パーティーを開く。良ければ来てくれ。なに、例え真実でなくとも勇者や神の使徒の祝福は外聞が良いからな。頼んだぞ」
予測できていないわけではなかった。王国と帝国、どちらも魔物や魔人族の襲撃に遭ったとは言え被害は雲泥の差だ。国の建て直しと今後の争乱に備えての対策を協議するというのなら、これも当然あってもおかしくない。何せ俺たちの世界じゃカビの生えた政略結婚なんていう文化だって残っていそうなほどに古風な世界だからな、ここは。
だが天之河達にとっては唐突でありとんでもないことであったらしい。バタンとガハルドが部屋から出ていき扉を閉めると、その音で正気に返った彼らはリリアーナに詰め寄る。だがリリアーナから聞かされる言葉は俺の予想した通りのことばかり。国王も急逝し、王妃は表に出ることが得意ではない人柄らしく、次に年長なのがリリアーナらしい。リリアーナの弟であり、本来正当な王位継承者であるランデルはまだ国を治め、魔人族達と戦う指揮を執るにはあまりに幼い。自然、帝国を頼らざるを得なくなる。そしてそうなれば当然帝国は足下を見る。これはそういう流れだ。
しかし、俺がハウリア達を焚き付けた時に傍に天之河達もいたはずだが、細かい内容はともかくその目的すら失念していそうなところを見るとむしろ全く話を聞いていなかったのだろうか。いや、聞いていなければ態々皇帝への謁見に利用されるはずもないと思うのだが……。まぁ突然明かされた事実に色々ぶっ飛んだのだろうと思う他ないか。
───────────────
その夜、俺は新造したアーティファクトを瞬光も利用していくつも同時操作していく。途中、あまり気分の宜しくないものを見てしまったので仕方なくこれを排除したが、それ以外は滞りなく進んでいって、全体の6割程度を完遂した所で時間が来た。残りは適当に誤魔化しながらやるしかないと、俺達はパーティー会場に足を踏み入れた。そうすれば流石は表向き神の使徒御一行にしてオルクス大迷宮を破竹の勢いで踏破していっている実力者集団。
主に帝国の中でも武官を務めている奴らから話しかけられる。俺はあまりに生返事にならないようにも気を配りながら作業を進めていく。
───こちらラビット1、ポイントH4制圧完了
───こちらラビット2、ポイントJ全て制圧完了
───こちらラビット3、皇子、皇太孫並びに皇女2名確保
そのうちにハウリア達からの通信が届く。改良した念話石で、トランシーバーのように扱えるのだ。だがハウリアには魔力を扱う術が無い。なので俺は魔力を貯められる鉱石に魔力を貯めつつそれに高速魔力回復を付与、さらに魔力放射も付与して魔力操作の代替としている。それだけではない、魔法発動用の魔法陣を敢えて欠けた状態にしておき、スイッチを入れればそれが完成するという方式をとることで誰でもアーティファクトの機能を使えるようにしたのだ。無線機以外にも幾つかハウリアには渡してあるが、この方法を使ったアーティファクトは他にも色々と使えそうなのでそのうちハウリアに与えたのとは別に試してみるつもりでもある。
そうしているうちに今度は真っ黒なドレスを身に纏ったリリアーナが出てきた。その表情もこの晴れの日に相応しい明るさとは無縁の、不機嫌そうな顔。ドレスの色と言い仕事ですからと言わんばかりの表情と言い、本当に晴れの舞台なんですか?と問いたくなるような姿だった。まぁ、原因は分かっているのだけど……。その頃には俺の仕込みも終わり、過重労働を強いられた俺の脳みそは甘味を寄越せと大合唱だ。
その声に従って俺も適当に菓子の類を皿から拾ってきては口に運んでいった。3つ4つも食えば脳みそからの指令も落ち着きを取り戻したようで、俺はまた会場の隅へと戻っていく。しかしそこにはジトッとした目線を俺に向けてくる八重樫と香織がいた。しかも戻ってくるなり「リリィに何かしたんでしょ」とまるで容疑者だ。
俺が誓ってリリアーナには何もしていないと言っても信じる様子は無い。いやいや、本当だって。
俺はその視線から逃れるために思わずユエをダンスに誘う。ユエも理由はともかく、誘ってくれたことが嬉しいのか喜んで俺の手を握ってくれた。そしてユエを連れ立ってダンスホールへと抜け出し、元姫様でありこういう場でのダンスも経験のあるユエにリードされながら再び瞬光を利用してその踊りに合わせる。俺自身はダンスの経験なんぞろくにないのだが、瞬光の知覚拡大によってユエの全身の筋肉の動きを把握することで次の動きを予測、それに合わせることで辛うじて形にはなっているだろう。
やがてユエとのダンスの時間も終わりを告げる。俺は恭しくというかわざとらしくというか、ユエの手の甲にキスを1つ落とす───フリで実際には口を付けないイギリス式で締めた。気付けば周りの奴らから拍手が贈られているのが気恥しい。
周りからの視線を感じながら香織達の元へ戻れば次は自分だと言わんばかりに期待に満ち溢れた目をしてティオが手を差し出していた。瞬光の連続使用は疲れるので少し時間を空けたかったがまぁいいかと思ったその時、俺たちの間にスっと1人入り込んできた。月も星も見えない潰れた夜空のような漆黒のドレスを纏ったリリアーナだ。
「神代さん、私と1曲踊っていただけませんか?」
まさか今日の主役からのお誘いを断るわけにもいかないし、ティオには悪いが次はお姫様だな……と、俺は溜息を1つ入れて差し出されたリリアーナの手を取る。
「……ヒメノオサソイトアラバ」
それはそれとして正直面倒だなぁと思ってしまうのは許してほしいものだ。
「……心底面倒臭そうなのはこの際気にしません。えぇ、何せ私心の広いお姫様ですからっ!」
微妙に冷たい目線を向けられるがそれは放っておいて再びダンスホールでの社交ダンス。2回目ともなれば少しずつ感覚は掴んでくるもののようで、先程ユエと踊った時よりは瞬光で脳みそを酷使せずに踊れている。
その踊りの合間を縫ってリリアーナが俺の肩口に顔を寄せて話しかけてくる。
「……先程はありがとうございました」
「やっぱりそれか……」
俺がアーティファクト越しに見た気分の良くない光景。それは、リリアーナが婚姻関係を結ぶはずの皇太子に乱暴されている光景だった。どうにか最後の一線は越えさせずに皇太子を落としたのだが、恐らくそれもあってリリアーナのあのつまらなさそうな表情と真っ黒なドレスなのだろう。
「えぇ。まぁ、遅かれ早かれ……だとは思いますが」
「だろうな。あれじゃあ根本をどうにかしないとその場凌ぎにしかならねぇ」
それに対してリリアーナはあれを見られたらもうお嫁に行けないっ!なんて言ってわざとらしくしなだれかかるように俺に引っ付く。それも、ダンスの流れに合わせてごく自然に。
「……香織や雫から貴方に助けられた時のことを聞いて、正直少し憧れていたのです」
精神的に元々早熟なのか環境がそうさせたのか、リリアーナは歳の割には大人びた言動が多い。ていうか、多分俺より余程大人だと言えるだろう。だが本来の彼女は俺達の世界で言えばまだ中学生くらいであり、本来蝶よ花よと愛でられたり、恋に恋する乙女だとか言われていてもおかしくはないのだ。
であれば自分のピンチに王子様のような奴が助けてくれる!というシュチュエーションに憧れるのも無理はない。それをしたのが俺であり、しかも蜘蛛型の小型遠隔操作アーティファクトで行ってしまったところは申し訳ないが……。
「そりゃ悪かったな。助けたのが俺で、しかもあんなんで」
「いえ、それでも私は嬉しかったです。……もし私が、あんな人と結婚したくない、助けて、と言ったら、助けてくれますか……?」
きっと、リリアーナは断ってほしいのだろう。ここで完全に退路を断ち、そしてあの暴力的な男と否が応でも結ばれる。今後の大多数の人間の幸福のために、自分の幸福をかなぐり捨ててでも。そして、この言葉はそれでも彼女の本心なのだろう。誰かのために自分を殺せる女の子の、最期の叫び。
「……武偵憲章1条、仲間を信じ、仲間を助けよ」
「それは……」
「俺ぁアンタを仲間だとは思ったことはねぇが、良かったな。どっちにしろ今の帝国は今夜で終わる。そうすりゃまたあの皇太子と結婚することになっても今度はお前の方が立場は上だよ」
「………………はい?」
何のことだと完全なキョトン顔になったリリアーナを尻目に俺の耳にはハウリアからの言葉が入り込む。
───こちらラビット8、Sポイント制圧完了
───こちらラビット10、ポイントYの制圧完了
「気にすんな。それより、アンタぁ年の割に甘えんのが下手だな。言葉通りに受け取られたらどうするつもりなんだ?」
「───っ!?それは……」
俺はそれ以上には言葉を紡がずにダンスに意識を戻す。そうして睨まれつつもどうにかダンスタイムを終え、拍手に囲まれながら僅かながらの余韻に浸っていると、リリアーナと繋いだままだった手が軽く引っ張られる。そちらを見れば何か言いたげなリリアーナがいたが俺はそういえばと手を離そうとした。だがそれはリリアーナが手に力を入れて拒否。ん?と疑問符が浮かぶが俺が何か言う前にリリアーナの方から口を開いた。
「ありがとう」
そう呟いたリリアーナは咲き誇るような笑顔で、きっとそれは14歳の少女の持つ本来の魅力なのだろう。俺は「あぁ」とだけ返して、他の人とも踊る必要があるらしいリリアーナと別れて身内の元へと戻っていった。
「天人くんは意外と女ったらしだよね」
だが俺を迎えたのは香織のそんな酷い一言だった……。だから別に誑してねぇってば。