セカイの扉を開く者   作:愛宕夏音

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最低最悪の試練

 

再び転移した場所はまたもや樹海の只中だった。だが今度の場所は天井も見えているし、明らかに目標と分かるくらいの大きな大木が奥にそびえている。一先ずはあそこを目指すのが早いだろう。

 

俺はぐるりと周りを見渡し、全員が揃っていること、その中に偽物が紛れていないことを確認して歩き出す。後ろで落ち込んでいる天之河と谷口には「死にたくなきゃまずは切り替えて集中しろ」とだけ伝える。大迷宮は自分の力の無さに打ちひしがれてる時間なんて無い。オラクル細胞を持つ俺でさえそうだったのだから、コイツらは自分の人生で最高の集中力を発揮しなけりゃ攻略なんて夢のまた夢なのだ。

 

それで一旦は皆が前を向いて、俺達は鬱蒼とした木々や草、蔓の間を掻き分けて進んでいく。

 

「……あっ」

 

と、そこで俺はふとあることを思いつき声を上げる。

 

「何か現れたのかっ!?」

 

俺の声に天之河達は思わず聖剣やアーティファクトを構えるけど、そうじゃないからとそれを納めさせる。

 

「いや、普通にこんな森の中通るの面倒だなぁって思ったんだけど、そう言えば楽に通り抜けられる手段があったなぁと」

 

と、俺が言えば勇者組は皆目が点になっている。そういえばコイツらの前ではまだ見せてなかったか。ユエ達はそれを聞いてあぁあれかと思い出したようだ。

 

「……そんな方法があるならもっと最初から使えたんじゃないのか?」

 

ごもっともです……。本当、忘れてたんです。

トータスに来てこっち、中々使えなかったから……。それを伝えれば皆呆れ顔だ。まぁ立場が逆なら俺も同じ顔をするしな。

 

「あぁでも……あれ使ったらここのエリアでの試練とかどうなるんだろ……」

 

と、俺が懸念を思い出せば皆も「あぁ……」というような顔をする。特にあの夢の世界を抜けられなかった3人はそれが顕著だ。試練をショートカットしてしまって神代魔法が手に入りませんでしたは洒落にならないからな。

 

「一応聞くけど、神代くんの思い出した手段ってどんなのなのよ?」

 

まさかまた全部焼き払う気じゃないでしょうね、と八重樫に釘を刺される。

 

「んー?あぁ、俺が取り戻した氷の魔法でここの樹海の上に道を作る。んで、一直線に向こうの大樹まで歩くってだけだ」

 

一応は非破壊ですよ。そんな俺が何でもかんでもぶっ壊す人に見えます?……見えてるんだろうなぁ。

 

「魔法……?取り戻す……?」

 

だが天之河達は疑問顔。方法よりも俺の言葉の方がよく分かっていない感じだが、あれ、話してなかったっけ?

 

「あぁ……まぁ、トータスがあるなら他の世界もあるよね?ということで」

 

詳しい説明は後でするからと俺は樹海の少し上に直径にして5メートル程の大きさで、氷の足場を作り出す。そして自力で上まで飛べる奴と飛べない奴を振り分ける。

 

「じゃあ八重樫と谷口は香織担当で。シアはユエ、天之河と坂上は俺が連れてく」

 

早速俺は2人を肩に抱えて縮地で跳び上がる。

 

俺が足場に2人を下ろすとちょうどそこへユエと香織がそれぞれ担当を抱えて、ティオも1人で身軽に上がってきた。そこで天之河から詰め寄られた俺は渋々この魔法の出処を話した。俺が天之河達とも違う世界から来たこと、異世界は他にも沢山あってこの氷の魔法はそこで手に入れたものだということ。そしてこの間までそれはエヒトと思われる奴に封印されていたということ。一応、俺が天之河達とも別の世界から来ているということは畑山先生からは聞いていたらしいが、それでもトータスとも違う世界の魔法を目の当たりにして天之河達は目を白黒させている。

 

「取り敢えず向こうまで道を作ってその上を歩いていくのが作戦なわけだが……」

 

どうする?と問う。俺としてはそもそもショートカットできる仕組みなのが悪いと思うんだが、捻くれ者だらけの解放者のことだからどういう判断を下すのかは正直よく分からない。特にここまで良い所無しの天之河達はここで乗るのは危ういかもしれない。もっとも、草木をかけ分けなくても結局大迷宮の試練が襲いかかってくる可能性は充分にある。そもそもここは戦闘力を測る試練ではないのだ。樹海の上を歩いたところでその上から何やら絆を試さんと試練が降って湧いてくることも考えられるのだ。……それすら屋根を作ってしまえば終わりなのだけど。

 

と、難しい顔をして天之河達が何やら思案していると、俺の頬に何やらポツポツと水滴のようなものが落ちてきた。何事かと上を見上げれば天井からそれこそ雨のようなものが降ってきた。だがここは大樹の中に敷設された大迷宮だ。雨なんかが降ってくるわけがない───!

 

「チッ……」

 

俺は思わず舌打ちをして頭上にも魔法陣を展開。足場と同じ大きさの氷の塊を出現させる。

 

そして俺が氷を見やればそこに溜まっていくのは水ではなかった。乳白色のドロリとした半固体、スライムやなにかだろうか。だが俺の気配感知や義眼の魔力感知を通り抜けるということは相当なレベルで気配や魔力を遮断していなければできないことだ。流石は大迷宮の罠ということだろうか。しかも、下を見れば地面だけでなく木の幹や枝葉からもその乳白色の何かは絞り出されている。あのまま下にいたら埋もれていたかもな……。だが安心するのはまだ早いようだった。

 

 

───ドバァッ!

 

 

と、俺達の眼下の樹木からその白く濁ったスライムが噴き出し屋根の内側にぶち当たって跳ね返り、俺達に降り注いだ。俺は纏雷を発動してそれを弾き、坂上とシアがそれぞれの武器に仕込まれた衝撃変換で大きな塊をまとめて吹き飛ばした。

だがそれが不味かった。

 

俺の纏雷はともかく、シア達の弾き方では周りに飛び散ってしまうのだ。おかげで2人を含めて俺以外の全員がその乳白色を被ってしまった。

 

「……何これ」

 

「俺に聞くな……」

 

ユエの呟きにもそう答える他ない。いや、本当に何これ……。何かをする訳でもなくただひたすら湧き出るだけ。下にいたら面倒だったが上にいる今では囲いを作ってしまえば何のことはない。そもそも下にいたところで聖絶とか何か、これらを弾く方法があれば埋もれずに済むだろう。

 

意味は分からないが取り敢えずこれが試練だというのなら俺達はそれを回避する手段を持ち合わせていることになる。俺は1つ溜息を付きながら今度は四角い筒のような通路を氷で生み出しながら先へ進むことにした。

 

──あぁ、香織、皆に付いたやつを分解で消してくれ。特に女子優先で──

 

と、俺が香織にこっそりと念話で伝えれば周りを見渡した香織も直ぐに理解したようで、手早く乳白色のスライムを分解しにかかってくれた。

 

そうして全員を綺麗にしながら数分ほど歩いた時───

 

「……はぁ、はぁ……天人、何か変……天人が欲しくて堪らない……」

 

「は……?」

 

急にユエが抱き着いてきたかと思えば赤く火照った顔と濡れた瞳でそんなことを宣う。チロチロと誘うように出し入れされる舌や、官能的な台詞も合わさってまるで発情でもしているかのようだ。だがさっきまで普通にしていたのに急にそんな風に変わることなぞ有り得ない。そうなると原因は自ずとあのスライムのような何かだろう。大きな変化と言えばそれしかないからな。俺はしなだれかかってくるユエを抱き留めながら周りを見渡す。するとユエだけじゃなく、ティオ以外は男も女も関係なく皆一様に堪え難い衝動に襲われているようだった。

 

俺に抱き締められてさらに大きく身体を震わせたユエ。さらにシアも、ユエと同じように明らかに自分の性衝動が我慢できない様子で俺に抱きついてくる。香織は流石に俺に抱きついてくるようなことはなさそうだったが自分の身体を掻き抱きへたり込んでしまっている。谷口も同じような感じだ。

 

八重樫は何か精神統一の心得でもあるのか1度大きく身体を震わせるとそのまま座禅を組み目を閉じた。残る男2人もそれぞれ堪えようとはしているみたいだが、それも直ぐに限界を迎えたらしく、坂上は谷口へ、天之河は八重樫へと手を伸ばしていた。谷口は谷口でそれを受け入れようとしてしまっていて、八重樫は迫る天之河に気付いていない。俺は足場から更に氷を出現させて3人をバラバラに離しながら拘束する。もちろん逃れようと暴れるが俺の氷がそんなことで砕けるわけはなく、ただただ体力を浪費するだけに終わる。

 

「……むぅ、主よ無事かの?どうにもあの粘液が強力な媚薬のような効果を持っておるようじゃな」

 

「……ティオ」

 

さっきはどこかぼぅっとしていた様子のティオだったが、今は多少頬の赤みはあるものの他の奴らとは違ってかなり落ち着いている。俺の記憶が確かならあの時飛び散った粘液を1番浴びたのはティオだった筈だ。竜人族というのはこういう毒のようなものにも強いのだろうか。

 

「ふむ、妾にも効果がない訳ではないのじゃ。実際今も強烈な快楽に襲われていて魔法もろくに使えん」

 

「そうなのか……」

 

やはりあれはそういう効果か。

 

「そしてあの量じゃ。全く浴びないというのは不可能に近かろう。……特にこうして空中を歩く術を持たぬ者はの。そして恐らくそれがここの狙いじゃろうな。襲いかかる快楽と衝動を仲間との絆で耐え切るか、もしくはその絆を頼りに"例え関係を持ってしまっても"元の関係に戻れるのか、と言ったところかの」

 

なるほどな。確かにそれは俺達はともかく、天之河達や他の奴らにはかなり厳しいものかもしれない。武偵だって護衛対象とは深い関係にはなるなというのが鉄則だ。そうなってしまったらなぁなぁになっていざと言う時に適切な判断が下せない場合があるからだ。

 

「まぁ、それは俺にも分かる。だけどなティオ、何でお前は抑えられてるんだ?確かあれを1番浴びたのはティオだったはずだけど……」

 

「ふむ、主と言えど舐めてくれるなよ?妾は誇り高き竜人族じゃ。確かに湧き上がる快楽で魔法は使えんが、この程度の衝動に呑まれるほどヤワではない」

 

「かっけぇ……」

 

ティオさんが格好良いです。出会いからしてポンコツっぷりを晒したりちょいちょい駄目ドラゴンさんな部分があるティオだけれど、こうしていると頭も良いし長生きしているだけあって知見もある。その上ユエですら呑み込まれそうな程の情動にも泰然としている。しかもこうも美人とくれば───

 

「あれ……俺にはあの粘液効いてない筈なんだけどな……」

 

浴びた量も少なければ毒耐性で弾かれているはずなのに俺が呑み込まれそう。あ、ちょっとドヤ顔してる。あぁもう畜生、そういうの可愛いなぁ……。

 

「ともかく!……ユエ、シア、香織、お前らがこんな試練程度に負けるのか?そんな訳ないだろう?」

 

と、ティオに見惚れてしまったことを誤魔化すように俺が問えば

 

「……んっ、当たり前」

 

「当然ですぅ〜」

 

「大丈夫だよ……っ!こんなの、天人くんのシゴキに比べたら……!」

 

これと俺のとは比較しないでもらいたいのだが、まぁ大丈夫そうだ。3人とも唇を噛み締め、香織は勝手に八重樫の肩を借りて再び耐えようとしている。ユエとシアも逆に俺にギュッと掴まる。辛くないのかと聞けばこの方が落ち着くとのこと。それを聞いた俺はまずは腰を下ろし、2人を抱きしめ直す。それを見たティオも俺の背中に背中を合わせるようにもたれ掛かると、そのまま深く数度呼吸を繰り返すとそのままいつものリズムで呼吸に戻った。

 

 

 

───────────────

 

 

 

「ん?」

 

「あら?」

 

「ふむ……」

 

そうしてしばらく経つと、ユエ達がコテりと首を傾げる。何かと思ったが、どうやら襲いかかる快楽と衝動が無くなったようだ。度を過ぎる快楽は苦痛と何ら変わらないから、それが去ったようで何よりだ。

 

「終わったみたいだな」

 

「ですね〜」

 

完全に呑まれてしまっていたようで、途中から気を失っていた3人を氷の拘束から解放すると、ドサリと音を立てて氷の床に落ちたがその衝撃で目も覚めたようだ。八重樫にも香織が声を掛け、深く潜っていた集中状態から引き摺り上げてやる。

流石だと声を掛けて腕を離そうとしたが、逆に2人はより強く俺を抱き締めてきた。どうやらもっと褒めてということらしい。

 

「皆、よく頑張ったな。お前らなら絶対大丈夫だと思ってたけど、それでもよくやった」

 

多分、俺達なら快楽に飲まれたとしても問題は無いのだろう。けれどもそうなってしまえば何となくこの大迷宮に負けた気がするのだ。だからこそ俺達は耐える道を選んだんだから。そうしてお望み通りに褒めて頭を撫でてやれば2人とも嬉しそうに俺の掌に頭を擦りつけてくる。ティオもティオで「妾も褒めてほしいのじゃあ」と背中から抱きついてきたので撫でてやれば気持ち良さそうに声を上げる。

 

「さて、皆1回汗拭いた方がいいかもな。……そっちのお前らも、汗で匂いが酷いぞ?着替えとタオルはやるから着替えてこい」

 

氷で足場を拡張し、大きなタオルと氷で簡易的な更衣室を作る。俺がタオルと服をそれぞれに投げて寄越してやり、皆が魔法で作り出した水を使って汚れを落とすのを待つ。

 

 

 

───────────────

 

 

 

記憶はきっちり残るようで、大迷宮の思惑通りに雰囲気の暗くなった勇者組。それを八重樫が身を切るフォローでまず谷口を多少立ち直らせ、天之河と坂上もそのまま暗いと鬱陶しいだけなので仕方なく前を向けるようにしてやり、俺達は次の試練の場へと足を踏み入れた。

 

そこはまるでフェアベルゲンのようだった。あまりにも巨大な木の枝が通路となり、それがそこかしこで入り組み繋がり、空中回廊を形成しているのだ。そしておそらく目標となるであろう洞も最初からその顎門を開けて待ち構えており、俺達は警戒しながら歩き出した。

 

「あれは……」

 

俺が上を見上げればそこには石壁があり、ここが地下空間であることは分かる。だが俺たちの背後にある馬鹿でかい木とそこから生えるこれまたドデカい枝。まさかこの世界にそう何本も大樹のような存在があるとは思えないのだが……。

 

「やっぱりここは大樹なのか……?」

 

「そういうことになりますよね。ここは大樹の真下の空間……」

 

「でも、そうだとすると地上に見えてた大樹って……」

 

「ふむ……地下の幹からも枝が生えていると言うことは本当の木の根はもっと下にあるということじゃ。大樹の存在は知っておったがまさかここまでとは……」

 

「……待て、そう言えば前に帝国からフェアベルゲンに亜人族を帰しに飛行機で行った時には見えなかったぞ。それこそ雲を突き抜ける高さのはずだったのに」

 

この世界では亜人族の奴隷というのはあまりに一般的過ぎたため、混乱を和らげるために奴隷の解放はエヒト様の御意思である、という建前の元に亜人族の解放を行ったのだ。その時に人間族の奴らの印象に強く残らせるために俺達は態々空間魔法を利用したゲートではなく飛行機で亜人族の運搬を行ったのだ。だがその時にフェアベルゲンを訪れた際には大樹なんて見えなかったはずだ……。いや、本当ならそれがおかしい。何故あれだけ巨大な大樹が空から見えない……?

 

「神代魔法の類で姿を隠したか認識をズラしたか……?」

 

「……んっ、けどそれをするには途轍もない……」

 

「あぁ。理論だけなら出てくるが全部机上だな。……まぁ、今は考えても詮無いことだ」

 

ここの仕組みがどうであれ、俺達には試練を攻略していくしか道はないのだと、俺は歩を進めた。

だが───

 

「……これ、何の音です?」

 

と、シアがウサミミをヒクつかせながら枝の淵まで行って下を覗き込んだ。どうやら暗くて見えないようだったが、何かが這い回るような音で気色悪いのだとか。シアの腕には不快感の具合を示すように鳥肌が立っていた。シアに確認してくれと頼まれたので俺は同じように深淵を覗き込んだ。

 

「んー?………………」

 

夜目の固有魔法で暗闇も問題のない俺が遠見の固有魔法も使って代わりに覗き込む。だが俺の視界が捉えた光景は、即座に巨大な魔法陣を展開し、眼下に広がる深淵を氷で蓋をする決断を下すことを躊躇わせなかった。広さ故にそれなりの魔力を持っていかれたが、魔王に覚醒している俺の魔力量であればそう問題は無い。……と思ったのだが、この世界の魔力であの世界の能力や魔法を使うのは相当に効率が悪いらしい。ここまで大規模に使ったのは初めてだから驚いたが、想像以上の魔力量を持っていかれた。

 

「か、神代、いきなりどうした?何を見たんだ?」

 

いきなり氷に包まれた光景を受けて狼狽える天之河達に俺はただ首を横に振る。

 

「……奴だ、奴が出た……」

 

「奴?」

 

天之河がキョトンと首を傾げる。

 

「トータスやお前達の日本でどういう風に遠回しに言うのかは分からないから単刀直入に言う。……下に、ゴキブリの大群がいた」

 

「───っ!?」

 

その場にいた全員が震え上がる。下にいたのは100や200では到底効かない数の奴らがいたのだ。万でもまだ足りないだろうか。それを聞いてさらに全員の顔が真っ青になる。

 

「ど、どどどどどどどうするんだっ!?」

 

「落ち着け天之河。見ての通り穴は塞いだ。恐らく飛んできても破られることはないだろうが……精神安定上の観点から急いで抜けるに限るな」

 

俺の提案に全員が深く深く首を振る。それを受けて俺はさっさと前を歩き出した。……走らないのは大きな音を立てて奴らが飛び立つのを恐れたからだ。でも下からゴキブリ達がゴツゴツ床にぶつかってくるのは非常に辛いからなるべく早く抜けてしまいたい……。

 

そして忍び足かつ急ぎ足で木の枝を進んでいく俺達の耳に、絶対に聞きたくなかった音が伝わってきた。

 

──ブブブブブブブブブ──

 

奴らの羽ばたく音だ。ここにきて一斉に飛び立ったらしい。思わずギョッとしてしまう俺達だが、蓋はしてあるんだと落ち着きを取り戻し、また行軍……というか逃げの体勢に入った、のだが───

 

「これは───っ!?」

 

下から魔力反応があった。それもかなり大きい。まさか氷を魔法か何かで突き破るつもりか?ゴキブリが……?

 

「下から魔力反応だ、走れ!」

 

一斉に駆け出し、一目散に退散しようとする俺達だったが、そこに大きな絶望が立ちはだかる……。

 

「うっそだろ……」

 

ゴバァッ!と音を立ててゴキブリ共が氷の壁を突き破ったのだ。それも、体当たりによる威力でぶち破ったのではない。恐らく奴らの纏っている黒い霧が氷を溶かしたのだろう。戦慄のGが俺達の前に壁となって立ちはだかった。

 

「───っ!?……聖絶っ!」

 

すかさずユエが聖絶を展開した。

 

「谷口っ!これを覆うようにもう1枚聖絶を張れ!」

 

「う、うんっ!───聖絶ぅ!」

 

さらに重ねるように聖絶が展開された。取り敢えずはこれでどうにかなるだろう。後は……

 

 

──ッドドドドドドド!!

 

氷で包んでもあの霧に溶かされ突破されると踏んだ俺は聖絶の外に魔法陣を展開。水氷大魔槍を連射。溶かされる前に押し切るっ!

 

だが───

 

「……くそっ」

 

すぐさま散開したゴキブリ共は氷の槍を躱していく。元々が小さい目標ということもあって俺の魔法では捉えきれない。その上魔力消費が深刻だ。さっき展開した蓋の分も合わせると俺の残存魔力のほとんどを持っていかれたことになる。

 

というか、もしかしてこれ、魔素はあんまり戻っていないのか?いくら効率が悪いとは言え、魔王に覚醒した時点で俺は莫大な量の魔素を獲得していたはずだ。それがこの程度でガス欠になりそうだなんて……。俺の魔素は聖痕と繋がっているから、もしかしたら大部分はまだ封印されたままなのかもな……。

 

しかも俺が緊急用にと取っておいた魔力を貯めた鉱石から魔力を補充した瞬間───

 

 

───世界が光に包まれた───

 

 

 

───────────────

 

 

 

「……ん?」

 

色を取り戻した世界で目の前に現れていたのは全長3メートルはあろうかというやたらと胴長で足が10本もあるゴキブリっぽい何か。

俺は即座に拳銃を構えて銃口を向ける。

 

───己が愛する(憎悪する)女の頭へ向けて

 

「ユエ」

 

「天人」

 

お互いの名前を呼び合う。そして───

 

「お前を殺したいくらい憎い」

 

「……あなたのことが堪らなく憎い」

 

ユエは蒼い炎を、俺は銃口を、殺意と共にお互いの頭へ突き付ける。頭ではこれが異常事態だと分かっている。記憶が、時間が覚えているからだ。俺がこの女を心から愛していたことを。けれども……。

 

「何してるんですか、2人とも。……2人を殺すのは私なんですから勝手なことをしないでください」

 

シアがドリュッケンを肩に担いで、いや、振りかぶった体勢でこちらを睨む。シアも見るからに殺意に溢れているし、俺もシアのことを殺してしまいたい程に憎悪しているのが分かる。

 

思わず引き金を弾きかねない衝動を抑えながら見渡せば、ティオや香織も俺達を殺したそうな目で睨んでいる。俺も、ティオを殺したいくらいに憎んでいるし香織のことも今すぐに叩き潰して半殺しにしてやりたいくらいだ。他の奴らもそれぞれに思い思いの眼差しを向けている。そうまるで、先程まで抱いていた感情を綺麗にひっくり返されたかのような。

 

「……感情の反転か」

 

「……ん、癪だけどお前と同意見」

 

「なるほどの、例えお互いに殺意を抱こうともこれまで紡いできた絆を信じて戦えるのか、ということじゃな」

 

「記憶は時間だ。……俺の記憶はユエを愛していた時間を覚えている。そもそもなぁ、武偵なんてやってりゃ昨日の敵とだって手を組むことがあるんだ。今更こんなので鈍ると思うなよ、ゴキブリ野郎!!」

 

俺は憎らしい(愛らしい)黒光りの虫野郎に向けて引き金を引く。その瞬間にユエが聖絶を解く。谷口の聖絶をぶち破った超音速の弾丸は巨大ゴキブリの土手っ腹を貫いた。だがトータスのゴキブリもまた俺のいた地球のそれと同じように無駄に高い生命力を宿しているらしい。腹に風穴を空けられてもそいつは平然としている。そのうちに地球でもよく見るサイズのゴキブリが集まりその穴を埋めてしまった。

 

俺は腸が煮えくり返るなんて言葉じゃ収まらないくらいの殺意をコイツには抱いている。それは周りの奴らも同じようだ。そりゃそうだ、お互いを思い合う気持ちを好きなように弄ばれ利用されているんだからな。俺は失った魔力を補うべく、さっき出した魔力を込めた鉱石から魔力を取り出した。漏れ出た聖痕の力も相まって戦闘をするには充分な量の魔力が身体に満ちる。俺は、刀身が身の丈ほどはある大太刀を召喚、それを足場と水平に構え、そのまま身体を後ろに捻る。そしてスキル・魔法闘気によってその切れ味とリーチをさらに激増、加えて豪脚と縮地を同時に発動し、爆発的な速度を得た俺はすれ違いざまに奴の首を切り落とした。

 

例えバラバラに刻んでもまだ収まらないくらいの怒りを抱えていようと、ここが大迷宮であり奴がそこの魔物である以上は余計な遊びは入れずに即殺するべきだと俺の戦闘回路が告げている。そしてそれは感情をひっくり返されている今であっても正常に機能していたようだ。

 

1番デカいのを殺したのにも関わらずまだ俺のユエ達に対する殺意は収まらない。あの大きいのを殺すだけでなくここいらのゴキブリを纏めて殺し尽くすくらいやらないと試練は終わらないらしい。それを悟ったのか襲いくるゴキブリ達にユエが放った魔法は"震天"という空間魔法だ。これはたわめた空間を弾き周囲一帯を纏めて吹き飛ばす回避はほぼ不可能な大技だ。それによりユエの放つ衝撃波によって"俺も含めて"小さなゴキブリ共は纏めて吹き飛ばされた。

 

地震の理屈にも似た回避不能の大技によって強かに内臓まで打ち据えられた俺だが、ゴキブリ共と違って肉体が細切れになることはなかった。

 

「プッ……」

 

と、口腔内を自分の歯で切ってしまった俺は口から血を吐き出して魔力を治癒力に充てる。

 

「……優柔不断のダメ男の癖にしぶとい」

 

「……うっせぇぞドチビ、俺がこの程度じゃ死なねぇのはお前が1番分かってんだろうが」

 

もちろんユエの魔力のうねりを把握してた俺は金剛の固有魔法で全身を固めていたのだ。その上で衝撃変換の固有魔法も同時に震天にぶち当てて致死の破壊力をある程度相殺したのだった。

 

「……ふん。……五天龍」

 

ユエの発動したそれは重力魔法と属性魔法の複合技。雷龍達を一気に召喚し操る大技だ。それぞれの龍が顎門を広げ、そこにゴキブリ共を吸い込み滅殺していく。……ついでに俺も飲み込もうとするがそれは縮地で逃げさせてもらおう。

 

そうしているうちにゴキブリ共がまた集まり今度は先の大型よりもやや小ぶりなゴキブリへと相成った。それが約200ほど。だが特に大きな感情を弄ばれたユエ、シア、ティオ、香織にとってはそんなもの、ただ殺意をぶつける的でしかない。

 

消しきれないお互いへの殺意が狙いを大雑把にするがそれでも凄まじい火力と勢いでゴキブリ共を消し飛ばしていく俺達。しかし、中型のゴキブリをアサルトライフルで撃ち砕いた俺の背後に影が迫る。振り向きざまにライフルの引き金を引いてその影を砕くがそこにいたのはさっき真っ二つにしたはずの大型ゴキブリだった。しかも砕かれた傍から小型のゴキブリが集まって傷を修復していく。……なるほど、集合体だけあって簡単には殺せないわけか。本当に、気持ちの悪い奴だな───っ!!

 

俺は瞬光を発動し、宝物庫からビット兵器を2機取り出す。さらに両手には拳銃が2挺。計4個の銃口で奴に狙いを定めると、俺は引き金を弾いた。セルフ十字砲火だ、しかもビット兵器の方には衝撃変換を付与した弾丸が込められている。ゴキブリの方はそれを斜め上後方に飛ぶことで初撃を回避するが俺の拳銃の照準は奴の姿を捉えて離さない。縮地で俺も飛び上がり意識が俺に集中した瞬間に下からビット兵器で奴の羽を捥ぎ、バランスを崩した瞬間にマガジンに込められた計20発の弾丸を奴の頭、首、胴体に叩きつける。羽を捥がれてゴキブリ特有の機動力を発揮することもなく近距離で電磁加速式拳銃の弾丸を受けたそいつは今度は全身をバラバラに撃ち砕かれて肉片へと変わっていった。

 

さらに俺の背中に迫った中型2匹にもビット兵器からの弾丸を叩き込んで粉々にする。しかし、それでもまだまだ湧いてくる小型が集まり直ぐに中型を生み出していくからキリがないな……。

 

「……なぁユエ」

 

「……ん?」

 

俺はユエと背中を合わせてお互いの死角を消すように立ち回り、ゴキブリ共を殲滅していく。多数の敵に囲まれた時に2人1組(ツーマンセル)の武偵がよくやるフォーメーションだ。

 

「なんだかさっき程お前に対して憎しみを抱いていない気がするんだよ」

 

「……ん、私も同じ」

 

どうやら段々と感情の反転の魔法の効果が切れたのか俺達が乗り越えつつあるのか、今はもう即座に銃口を向けるような激情には駆られていない。

 

「ユエ、コイツら纏めて殺れるか?」

 

「……んっ。けど少し時間が欲しい」

 

「OKだ。いくらでも稼いでやる」

 

俺は拳銃ではなくサブマシンガンを構える。そこにロングマガジンを差し込み引き金を引く。吐き出された弾丸は小型のも中型のも関係なくひたすら触れたものを砕き、すれ違った個体を超音速の飛翔体が生み出すソニックブームで切り裂いていく。だが奴らとて腐っても大迷宮の魔物、ただ黙って殺られていくだけではないのだ。ゴキブリ共が再び寄り集まり大きな塊を作り出す。それを俺が一網打尽に殺し尽くそうとしてもその前に守るように黒い、触れればそこから腐っていく煙を纏ったゴキブリ共が肉の壁となって立ちはだかる。そうして3度現れたの大型のゴキブリ。そいつはどんな理屈か他のゴキブリを操る力があるようで、腐食の煙を纏ったゴキブリ共が俺とユエを挟み込むように襲いかかってくる。だが俺も再び魔力を貯めた鉱石から魔力を補充。大技を放つだけの魔力を得た俺はサブマシンガンを宝物庫に仕舞い、両腕を広げる。

 

 

──絶対零度(アブソリュート・ゼロ)──

 

 

俺が取り戻した力の1つ。究極スキルには届かないけれど氷焔之皇はこの世界の魔法には全く効果が無いことは試していた。あれはあらゆるスキルと魔素を氷漬けにし、その力を全て俺の火力に変換するのだが、その絶大な効力もあの世界の魔素に対してしか効果が無いようだった。だがこの絶対零度は違う。スキルではなく物質そのものに効果を及ぼす魔法である以上、例えあの世界のものではなくとも実体のある煙や魔物には効果があるのだ。

 

そうして数多のゴキブリと漂う腐食の煙がその動きを止め、煙はダイヤモンドダストと散り、俺達に迫ろうとしていたゴキブリ共は空中に停止したままその命を終えた。そして───

 

 

「……剪定」

 

ユエの呟きが耳に届く。遂に奴らの元に俺達の心を弄った罰を与える時間が訪れる。

 

「神罰之焔」

 

それは重力魔法と魂魄魔法に炎属性の最上級魔法である蒼炎を合わせた必滅の技。

 

魂魄魔法により、ユエの選択した魂、もしくは選ばれなかった魂を選別、重力魔法により10発分を手の平サイズに超圧縮した蒼炎がそれらを内側から焼き滅ぼすのだ。1度発動されれば逃げ場もその術も存在し得ない正しく神の与える天罰。

 

頭上に掲げた蒼の宝玉に照らされるユエはどこまでも神々しく、美しいという概念そのもののようにも感じられる。そしてその愛らしい唇から溢れた可憐な音に乗せた言葉は何よりも冷たく己が敵を焼滅させた。

 

ドクンッと大きく蒼炎の玉が脈打てば、地下空間一帯に波紋のように煌めく蒼光が広がる。音も無く、空間を支配したそれに触れた敵は断末魔の悲鳴すら上げることなくただ燃え尽きて灰も残さずに消え去るのみ。それは一際大きい体躯を誇った大型ゴキブリにも平等に訪れる。

 

神敵の尽くを焼殺したユエは、大技の反動か俺にもたれかかるように倒れ込んだ。俺は当然それを受け止め抱き抱える。

 

「流石ユエだよ」

 

「……んっ、もっと褒めて」

 

カプリ、チュー。

 

俺に抱き止められたユエはそのまま俺の首筋に犬歯を立てて血を吸う。俺も黙ってそれを受け入れ、ただユエの髪を梳いてやる。そうしてしばらく血を吸って満足したのか最後にペロリと俺の首筋を舐めたユエが俺の頬に手を当てて目を合わせる。

 

「……天人、ごめんなさい、私酷いことを言った」

 

「そりゃお互い様だ。気にすんな」

 

優柔不断なの本当のことだし。それに今は───

 

「そんなことより今は───」

 

俺はユエを抱き上げるとそのまま唇にキスを落とす。今はただユエと抱きしめ合いこうしてキスをしていたかった。

 

「……んっ、んん……あむ……んちゅ……んむ……」

 

唇を重ね合わせ舌と舌でせめぎ合い、ただユエの存在を確かめていく。

 

「はっ……はぁ……」

 

一旦お互いに唇を離せばそこには銀糸の橋が架かる。それがプツリと途切れればそれはまた唇を重ね合わせる合図。俺とユエは目を閉じてそのままお互いの唇を───

 

「だぁもういつまでやっているんですかぁぁぁぁ!!」

 

下からシアの怒号が響く。下を見れば両腕を振り上げてはよ降りてこいと言いたげな目線が突き刺さる。まぁ仕方ないかと俺はユエを抱えたまま下に降りた。そうすると俺の右腕にはシアが、左腕にはティオが何も言わずにピッタリと寄り添ってきて離そうとしない。勇者組の奴らは開放感を感じている奴と落ち込んでいる奴が両方いて、自力で乗り越えられたかそうでないかがくっきりと別れていた。だが俺が何かを言う前にどうやら時間が来たようで、天井付近が光り輝いたかと思えば新たな枝が生え始め、それが階段のような通路となりその奥には洞が見えた。

 

「……あれか」

 

俺は小さく呟くと香織に勇者組を回復させながらそれを登り始めた。

 

 

 

───────────────

 

 

 

"昇華魔法"

 

 

それがここハルツィナ樹海にそびえ立つ大樹の中に作られた大迷宮を攻略した者に与えられる神代魔法だった。その効果はあらゆるものを最低限1段階上へと昇華させるというもの。

 

そしてここの主、リューティリス・ハルツィナの残した記録から聞かされた"概念魔法"という存在。全ての神代魔法を手に入れた者が、さらに究極の意志を用いて生み出す魔法。それがあれば恐らくこの世界からの脱出も可能なのだろう。奴も別の世界に行くことも可能だと言っていた。もっとも、リューティリスの想定しているのはエヒトのいる世界のことなのだろうが、それがあればあの武偵校まで帰ることもできるはずだ。そしてリューティリスはそれを可能にするための道具を1つ俺達に与えた。

 

 

──導越の羅針盤──

 

 

概念魔法の付与されたアーティファクトでありその効果は"望んだ場所を指し示す"

 

そして、今までの大迷宮の殆どと違うことがもう1つ。

 

「……この昇華魔法、俺に随分と馴染むみたいだ」

 

そう、俺、ユエ、シア、ティオ、香織、八重樫という昇華魔法を手に入れた奴らの中でそれに最も適性を示したのが俺だったのだ。錬成師の天職によってようやく生成魔法だけは適性のあった俺に2つ目の適性のある神代魔法。それも、生成魔法よりもより高い適性を示したのだ。

 

残る1つの神代魔法さえ手に入れればリサの元へ帰る力が手に入る。俺はその高揚感に思わず荒くなった呼吸を無理矢理に落ち着かせると、宝物庫から適当な鉱石を取り出し、パパっと椅子を錬成しそこへ腰を下ろした。

 

「……少し試したいことがあるんだ。ちょっと待っててくれ」

 

俺はそう告げて目を閉じ自分の中へと意識を集中させる。使うのは昇華魔法でその対象は俺の持つ究極スキルだ。それを昇華させ、この世界の魔法に対してもその絶対的な権能を発動させられるようにしたかったのだ。

 

 

───そしてそれは上手くいった。

 

 

「ユエ、何か簡単でいいから魔法を使ってみてくれ」

 

「……んっ」

 

ユエが発動したのは光属性魔法の1つで単に周りを照らすだけの魔法だ。俺はその光に手をかざすと究極スキル──氷焔之皇(ルフス・クラウディウス)──を発動した。

 

それによりユエの頭上に掲げられ彼女を神秘的に照らしていた光は即座に消滅し、俺の体内に僅かな魔力の吸収が感じられた。

 

「……?」

 

ユエが首を傾げているが大丈夫だからと声を掛け、次に最上級魔法を発動してくれと頼む。

 

「……んっ、蒼炎」

 

するとユエの頭上に蒼い炎が現れる。だが俺はそれに対しても手を掲げ、氷焔之焔を発動することで消滅させ、その魔力を俺の中へ吸収した。

 

「よし、次はティオ、真上でいいからブレスを頼む」

 

「了解なのじゃ」

 

今度はティオの漆黒のブレスが天を突こうかと発射される。だがその暗闇が大樹をぶち抜く前に俺はまた究極スキルでそれを吸収。自身の魔力へと変換していく。

 

「さて、香織、分解の砲撃をやってくれ。上向きで大丈夫だ」

 

「う、うん。……はっ!」

 

香織の放った銀色の魔力はしかしそれもティオのブレスと同じように何かを分解する前にその魔力を俺のそれへと変換吸収され即座にその輝きは消えてなくなった。

 

「最後だ、ユエ、何か神代魔法……渦天を使ってみてくれ」

 

「……んっ、渦天」

 

そして今度はかざされたユエの手の前に可視化された黒い重力の塊が発生。俺はそれにも氷焔之皇を発動するが、今度はその漆黒は消えることなくその場に鎮座したままだった。

 

「……なるほど、今はここまでか。……ありがとな、もう大丈夫だ」

 

「……ん」

 

「今の何だったんですか?」

 

「んー?神山で俺がスキルを取り戻した時にもユエに魔法使ってもらっただろ?あの時は俺のスキルの1つがこことは別の世界の魔法とかにしか効果がなかったからな。さっき手に入れた昇華魔法を使ってそれを昇華させてみたんだよ。おかげで神代魔法以外のこの世界の魔法全てにも効果が発揮できそうだ」

 

「……その効果って?」

 

「簡単に言えばあらゆる魔法の効果を全て停止、その魔力を俺の魔力に変換するっていう能力だ。攻撃力は無いけど魔法はこれでどうにでもなる」

 

しかも常に展開しておくことで不意打ちにも強い。まぁ、魔王の持つ究極スキルとしてはある意味当然の性能とも言えるか。

 

「そんなものが……」

 

「……なぁ天之河」

 

「……なんだ?」

 

「お前って多分剣道かなんかやってるよな。動き見りゃ分かるけど」

 

「え?あ、あぁ。向こうでは雫と同じ道場に通ってたよ」

 

「なら想像しやすいと思うんだけどさ。例えばこっちに来る前のお前が、それこそ大学生や社会人とか、お前よりずっと剣道やってるような奴と試合して負けたとして、そん時に自分が弱いから負けたと思うのか、相手が強かったから負けたと思うか、どっちだ?」

 

「そりゃあ……それだけ経験のある相手なら向こうが強かったと思うよ。もちろん、次は負けないように努力しようとだって思うさ」

 

「ならお前さ、俺との時もそうだよ。俺は色んな世界を回ってきたし、そうでなくてもガキん頃からずっと命の取り合いになるような戦い方を仕込まれてきたんだ。スポーツとしての剣道の試合ならともかく、生きるか死ぬかの戦闘なら俺はお前よりずっと経験がある。その上で俺はこの世界に来たんだ」

 

もっともそれは、天之河が俺に勝てない理由であっても大迷宮を攻略できない理由にはならないのだが。とは言えこうも薄暗い雰囲気を撒き散らされるとこちらとしても鬱陶しいからな。ちったぁ顔上げてもらわないと。

 

「……慰めてくれるのか?」

 

「アホか。お前がそんな湿気たツラしてるとせっかく大迷宮攻略したってのに雰囲気悪くなんだよ」

 

「天人さん、戻るためのショートカットも出てきたみたいですし、行きましょう?」

 

と、シアが指指せば確かにそこには魔法陣が現れていた。俺は「そうだな」とだけ返してそちらへ向かう。俺の言葉が天之河にどう伝わるかはともかく、今回の大迷宮はまた変な方向に疲れた。早くフェアベルゲンに戻って一旦休みたい。

 

俺はユエを抱き抱え、その両脇をシアとティオに挟まれながら転移の魔法陣の光に包まれた。

 

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