俺がビット兵器で2つ、ユエ達と勇者組でそれぞれ1つずつの鍵を回収し、精緻な絵画を描き込まれた荘厳な扉を開けば、その先に広がっていたのはまたもや迷路だった。だが、これまでの迷路よりも壁の氷がより鏡のようになっていた、というよりは完全に鏡と言っていいほどに光を反射して俺達の姿を映し出していた。
そして、そんなミラーハウスのような迷路を進んでいくと急に天之河が声を上げた。
「……今なにか、人の声みたいなのが聞こえなかったか?」
「ちょっと止めてよ光輝くん。そういうのはメルジーネで充分だよ」
ホラーの苦手な香織が即座に抗議の声を上げた。それに、俺もだがシアのウサミミにも謎の声は届いていないようだった。だが足音しか響かず俺達以外の奴らの気配もない状態で人の声と足音を聞き間違えるだろうか。
「……シア、頼んだぞ」
「はいですぅ」
天之河の気のせいで片付けるには大迷宮はあまりに底意地が悪い。むしろ、このフロアに入った辺りで一瞬あった頭の中をまさぐられる感触。あれが天之河の言葉を気のせいと思えなくさせていたのだ。
「……天之河、また聞こえたらとりあえず言ってくれ」
「分かった……」
そうして幾つかの分かれ道も羅針盤に従って歩いて行くと、また天之河に声が聞こえたようだった。今度は明確に"このままでいいのか?"と聞こえたそうだ。
「このままで、ねぇ……」
「本当なんだ!確かに───」
「別に疑ってねぇよ。むしろ大迷宮のことだ。お前にだけ聞かせて疑心暗鬼、なんて狙ってそうだし」
周りの氷から魔力反応は感じ取れない。と言うより、何だか反射する光に合わせて魔力反応すら攪拌でもされているようだった。
「もしかしたらそのうち俺達にも聞こえてくるかもしれねぇ。そん時ゃ報告な」
俺達には聞こえない上に魔力も感じとれないのであればどうしようもない。受け身に回るのは好きではないけれど、だからって氷焔之皇を使って試練未達なんて洒落にならないからな。とにかく声の主を探すことに躍起になっている天之河を宥めて俺達はまた歩き始めた。
───────────────
その内八重樫や坂上、谷口にも声は聞こえるようになっていった。しかし、八重樫と谷口は女の声、坂上と天之河は男の声で、しかも全員内容が異なるのだ。その上その言葉も嫌に抽象的。とても迷路で人を惑わすような言葉とは思えなかった。だが、4人に共通しているのはどうにも聞き覚えがある気がする声だということだ。ただ、何となく聞き覚えがあるだけでいつどこで聞いたのかまでは分からないということだった。
──どうせいなくなる
……俺にも聞こえた。男の声だ。確かに聞き覚えがある声だ。そしてどうやらユエやシア、ティオもそれぞれ嫌な言葉が聞こえてきたようだ。
「聞き覚え……いや、これ俺の声か」
前に理子やなんかとカラオケに行った時に自分の声を聞くことがあった。その時の声と今俺の耳に響く声はほぼ同じものだ。
「ということは、これは或いは己の心の声というところかの。確かに色々と嫌な記憶ばかり蘇ってくるのじゃ」
「なんだか、心の中を土足で踏み荒らされているようで気持ち悪いです」
「……神代くんはあまり気にしていなさそうだけど、スキルか何かを使ってるの?」
「いや、あれを使って試練未達とか言われたくないから使ってないよ。俺は単に無視してるだけだ」
「そう……例えばどんなことを言われてるのかしら?」
「んー?"どうせいなくなる""人殺しが人並みの幸せを掴めると思ってるのか?""また殺す""強い人ごっこは楽しいか?"とかそんなんだ」
「……天人」
「天人さん」
後は"能無し"とか、そんな感じ。思い当たる節が多すぎるな。
「それは……」
「ま、確かにその通りだと思うけどな。今気にしたってどうにもならん」
「……どうしてそう簡単に割り切れるんだ?」
すると、絞り出すような天之河の声。コイツはコイツで随分とここの声にやられていたから、俺が声を気にしていなさそうなことが不思議なのだろうか。
「事実過ぎて反論できねぇしな。ま、鬱陶しいのは確かだけど……。それに、俺ぁコイツらを信じるって決めたからな。俺がどうにかした程度で揺らいでくれるほど可愛い性格してねぇし」
と、俺はユエとシアを抱き寄せる。
「……それは褒めてるの?」
「半々な気がしますぅ……」
「それだけで───っ」
「仲間を信じ、仲間を助けよ」
「……は?」
「武偵憲章の第1条だよ。別に俺を信じろとは言わねぇけどさ、お前も自分の仲間くらいは信じてみたらどうだ?」
「そんなことっ!言われなくても───っ!」
「出来てないですよね」
シン、と場の空気が凍った。シアの発した声が氷で覆われた大迷宮の気温よりも更に冷たく感じられたからだ。
「勇者さん貴方、雫さんや香織さん、鈴さんやお友達の方にどれだけのことを話しました?随分と天人さんに突っかかってきますけど、自分のことなんてこれっぽっちも話してないんじゃないですか?」
「……シア」
ユエがシアの手を握る。俺はそれよりも坂上が名前どころか天職ですら呼ばれていないことの方が気になって仕方ないのだが……。
「なんでそんなことを……」
「天人さんが私達にどれだけのことを話してくれたか……。前に言いましたよね?貴方のような人が天人さんを否定するのは許さないって」
「まぁ待てってシア」
オルクスの続きといきそうだったシアを後ろから抱き留める。そうすればシアも噴き出しかけていた殺気を引っ込めてくれる。
「天之河、確かにシアの言う通りだ。お前はもうちょい周りを見てみろ。お前が助けてくれと言えばそいつらはきっとお前を助けてくれるよ。それだけじゃない、お前が道を間違えそうになったならそいつらはぶん殴ってでも正しい道に引き摺り込んでくれるさ。それに、お前は決めたんだろ?この大迷宮を攻略するって。なら、こんな声に惑わされるな、迷わされるな。お前はただ、仲間を信じて、大迷宮を攻略する為に全力を振るえばそれでいい」
俺がそう言えば坂上と八重樫が天之河の肩に手を置き頷く。香織と谷口も、天之河の前に回り込んで、その目をしっかりと見据えて大きく頷いた。
そこに声は無かった。けれど4人の心は天之河に充分伝わったようだ。天之河は大きく1つ息を吐くと目を閉じ、そして数瞬後に開けた瞳は俺が見てきたこれまでのどれよりも強く輝いていた。
「じゃあ行くか」
「……ありがとう神代、大事なことに気付かされたよ」
「そうかい」
俺はそう短く返すだけにして、大迷宮を先へと歩き始めた。
───────────────
時折襲い掛かってくる魔物や散発的に仕掛けられた罠の数々をくぐり抜けて辿り着いたのは大きな広間だった。その先にはこれまた大きな扉が見えるが、大迷宮で広い空間に出て何も無かった試しが無い。どうせここでも何かあるのだろうと思って身構えていたが、やはりと言うべきか、広場の中央辺りまで歩みを進めた途端、周りにダイヤモンドダストが立ち込め始めた。しかし、ダイヤモンドダストと称するには少し輝き過ぎているような気もする。俺が警戒を伝えようとしたところ───
「っ!?」
俺の目の前を熱源が通り過ぎる。まるでレーザー光線だ。しかもそれは無差別かつ八方から飛んでくる。どんどんと悪くなる視界、それに、まだ扉まで距離があることを考え、俺は即座に氷の元素魔法を発動。扉の目の前までを氷のトンネルで一本道にすることでレーザーから守りつつ視界の悪さも克服させた。そして今度は扉まで一気に駆け抜けようとしたところ───
──ズドンッ!──
と、上から降ってきたのはハルバードと大盾を構えた5メートル程の体長の氷のゴーレムが9体。ちょうど俺達と同じ数だ。……こっちが本命か。
そして降ってきたゴーレム達はその手に持つ巨大なハルバードで俺の作った氷の道を叩き壊してしまう。レーザー光線の火力もそこそこあったので氷も厚めに展開していたのだが、流石に巨体ゆえのパワーには持ち堪えられなかったようだ。ま、今の俺じゃこんなもんか。これに全力で魔力や魔素を注ぐのもアホらしいし。
それに、俺としてはもう一度作り直せばいいだけなのでこの破壊にそれほど意味は無いのだけれど。
「……どうする?一応これも試練の1つみたいだし、1人1体ずつ担当するか?」
と俺が問えば返ってきた答えは───
「当然!!」
勇者組4人からのそんな即答だった。それなら───
──パリィン──
と音を立てて俺達を囲い残っていた氷のトンネルが崩れて消えていく。その直後、再びレーザー光線が俺たちに襲いかかる。
「じゃ、そゆことで」
俺達が壁を取り去ったことでゴーレム達もコチラへ狙いを定めてくる。俺は即座に拳銃を召喚。義眼に付与された魔力感知が捉えた奴の魔石に向けて超音速の弾丸を解き放つ。
───ドパァン!ドパァン!
と、吐き出すような発砲音を置き去りにして銃口から飛び出した弾丸は、しかしゴーレムの魔石を撃ち砕くことなく奴の手にした大盾に阻まれる。とは言え、その大盾も今の銃撃で粉砕されている。コイツらの機動力なら次は砕けるだろう。ユエや、ティオ、シアも己の得物や魔法を解き放ちゴーレム達へ反撃を開始する。
そして天之河もその手に握られた聖剣から輝く斬撃を、坂上が正拳突きから魔力を変換した衝撃波を、香織が分解の魔力を込めた銀色の砲撃を、八重樫が飛翔する斬撃をそれぞれ───
──俺達の方へと解き放つ──
「っ!?」
氷焔之皇はこの大迷宮が主に精神に作用する試練を用意している都合上切っていた。思考加速も瞬光がある以上はそう使うこともない。というか、強化の聖痕が無ければ100万倍の思考加速には俺の身体の方がついてこれない。
この世界はリムルの世界ほど強い奴はいないからな。100万倍とか倍率高すぎて聖痕が使えない今は逆に使い辛いのだ。
だから俺は咄嗟に向かってきた輝く斬撃と分解の砲撃を身を捻り躱し、衝撃波には氷の壁を張って弾く。シアの方に飛んでいった斬撃は彼女の持つドリュッケンにより打ち払われる。
「おいっ!」
「あの、雫さん……?私何か気に触ることをしてしまいました……?」
だが俺が奴らの方を振り向けば攻撃を俺達の方へと撃ち放った彼らも自分が何をしたのか分かっていない様子だった。そこへ漆黒のブレスを放ちゴーレムを牽制しながらも、ティオが咄嗟に組みたてたであろう推論を語る。
「主よ、奴らに攻撃する直前、何か囁き声が聞こえた気がするのじゃがあるいは……」
「……そういうことか」
法則性があるのがないのかは知らないが、どうにもここの試練ではこのクソ視界の悪い中、しかも四方八方からレーザー光線が飛んでくる状況下でいつ自分の攻撃が味方に飛ぶかも知れず、それでもあの巨大ゴーレムを倒せ、というものらしい。本当にクソ性格の悪い大迷宮だよ。
「主やユエ、シアに妾があまり影響を受けていないことを考えれば、無意識に干渉するのではないかの」
「……厄介。無意識に干渉する類のものは解除が難しい」
「まぁそれも試練だ。……おい!とにかく気にせず奴らぁぶっ潰せ!こっちはこっちでどうにかするから!」
「あ、あぁ……」
「すまねぇ……」
「本当にゴメンなさい……」
「ご、ゴメンね……」
とは言え俺も影響を受ける可能性がある以上は飛び道具は使い辛い。しかも、上から白い煙のようなものが降りてきていて、視界は刻一刻と悪化するばかり。だが熱源感知の固有魔法を備えている俺にとってはレーザー光線なぞ視界に関係なく見えている攻撃だ。その上今はもう瞬光も発動させているから、躱すことなぞ造作もない。……熱変動無効があればレーザーで焼き貫かれることもなさそうだが、
俺はレーザー光線を躱し、振り下ろされたハルバードを半身になるだけで避けると宝物庫から刀身に空間魔法を付与した長刀を召喚。縮地を用いてすれ違い様に奴の魔石を胴体ごと真っ二つにする。さて、俺にとってのここでの試練は終わりだ。後は先に行って皆を待つとしようか。
───────────────
俺が扉の前へ辿り着き少しするとユエとシア、ティオに香織も直ぐにやってきた。そしてそこから少しすれば八重樫もやってくる。八重樫は負傷を抱えているようだったが、それも香織が直ぐに治癒させてやっていた。
仲睦まじい2人の様子を見ていたユエがまるで恋人のようだとからかえば香織も八重樫もそんなことはないと否定に走る。その姿がユエのSっ気を刺激していることにはまだまだ気付かなさそうだ。
「まぁ肩の力抜けよ八重樫」
「何よ……」
「面倒見の鬼なのも良いけど、たまには力抜かないと疲れねぇか?」
「そんなに面倒見てばっかじゃ……」
「痛いとか辛いとか疲れたとか、お前言わねぇだろ」
「そんなこと……」
「ううん、私も雫ちゃんからそんな言葉、聞いたことないよ」
「そんな、香織まで……」
「そら、八重樫を大好きな香織が甘えてほしそうにしてるぞ?」
「ふふっ、おいで、雫ちゃん」
おいで、と言っている割には香織はむしろ自分の方から八重樫を抱きしめに行っている。その細腕に抱き締められ、肩の力を抜く八重樫と、それを微笑みながら見つめ、愛おしそうに頭を撫でてやる香織の姿は確かに恋人通しに見られてもおかしくない光景だった。
「……ん」
ゴウッ!と俺の元へと飛んできたのは輝く魔力の奔流。天之河の神威だろうか。俺はそれを瞬間的に展開した氷焔之皇で全て自分の魔力へと変換していく。さっきまでは大技は使っていなかったようだがどうやらどんどんと追い詰められていってるらしいな。
「光輝くん……」
「光輝……」
「ま、しょうがないだろ。アイツの聖剣は他の奴らのと違ってあんまり強化出来てないし」
「そうなの?」
「あの聖剣とかいうアーティファクト、あれでかなり完成度が高くてなぁ……。微調整とプラスアルファくらいはしたけど機能の拡張っていう意味じゃ魔力の衝撃変換くらいしか増やせなかったんだよ」
ていうか、弄ってみて何となく感じたが、あのアーティファクト、まだまだ何かあるな。それが何なのかまでは分からなかったけれど。あと追加するなら衝撃変換じゃなくて空間魔法の方が良かったかな。でもあれ神代魔法だから消耗激しいんだよね。
「この手の試練だと、どちらかと言えば谷口の火力不足が気になるな……」
俺はビット兵器を2機召喚し、それ羅針盤でそれぞれ谷口と坂上の位置をさぐりだす。そしてそれを頼りに2人の様子を確認したのだが───
谷口は聖絶で自分とゴーレムにそれぞれを覆っていた。自分の方をそこら中から飛んでくるレーザー光線から守り、ゴーレムの方には炎属性魔法と重ね掛けした聖絶で囲い込むことで逃げ場の無い溶融炉に閉じ込めたような格好だ。もちろんゴーレムの方も聖絶を叩き割ろうとするのだが、ヒビでも入ろうものなら即座に谷口が修復。魔力の消費もとんでもないことになっているみたいだが、その襲い来る虚脱感や苦痛すら意志の力でねじ伏せようとしていた。
谷口の方は、思いの外それで問題無さそうだったが、色々とヤバいのは坂上の方だ。何せゴーレム共々お互いにステゴロで殴り合っている。意味が分からない。
あまりに両極端な光景に頭を抱えているうちに天之河が聖剣を杖代わりして俺達の所まで辿り着いた。
「神代、済まない……。俺の攻撃が……」
「あぁ、さっきのあれなら中々良い魔力の補充になったぞ」
「そ、そうか……」
実際、長ったらしい詠唱を経ないと全開が出せないはずの神威なんて、味方のサポートが得られない今回の試練ではまともに撃てる筈もないのだが、それを省略した形で放たれたであろうそれが内包していた魔力量は、限界突破を使ったことを加味しても相当の、それこそオルクス大迷宮深層の魔物をすら貫けそうな程だった。
「……そんな落ち込むなよ。あの火力ならオルクス大迷宮深層の魔物にだって届く」
そもそもが、天之河光輝という人間が持つ戦闘力はこの世界随一なのだ。恐らく俺達を除けば人間族、魔人族、亜人族の中でも個人で最も戦闘力が高いのは天之河だろう。
あのフリードとかいう魔人族の強みは従えている魔物に寄るところが大きい。アイツ1人なら空間魔法にさえ気を付ければ、天之河であれば限界突破を使わずとも勝てる相手だと俺は踏んでいる。
で、香織と八重樫は沈んでいる幼馴染を放っておけず、俺はこの試練の性質を鑑みて、それぞれ天之河にフォローを入れ、その顔色がまた少し良くなってきたころ、白霧の一部が晴れて一本道となり、その奥から谷口が歩いてきた。足元も覚束無い様子だったので八重樫が飛び出して谷口に肩を貸してやっている。
その直後にはもう1本の道が現れたのだが、坂上のものと思われるそれからは坂上は現れなかった。どうやらゴーレムとほぼ相打ちになったようである。仕方なしに香織が足首を引っ掴んでガタゴトと頭蓋が氷の床に叩き付けられる音を響かせながらこちらまで引き摺って来た。扱いが悪すぎる……。
しかしこちら側に全員が揃ったことを大迷宮も、感知したのか、視界を潰していた白霧は晴れてゆき、光の膜が現れた。どうにも転移の仕掛けのようだ。
「行くか……」
全員の治療と魂魄魔法による一時的なケアを終わった段階で俺達はシュネー雪原に眠る大迷宮の、さらなる深層へと足を踏み入れた。
───────────────
光で覆われた視界が色彩を取り戻すとそこには俺1人だった。どうやら今度は1人でどうにかしろって試練らしい。周りは2メートル四方の狭い通路。しかも全面鏡張り。後ろにはただ壁があるのみで退路はなし。仕方なしに俺はその通路を進んでいく。そうしてしばらく歩くと俺は広い空間に飛び出した。そして、その空間の中心にはやたらと直径の大きい鏡でできた円柱状の柱。そこに映るのは俺の姿だけだ。
俺はその柱の10メートル程手前で歩みを止めると宝物庫から電磁加速式の拳銃を召喚。それを鏡となっている氷の柱へと向ければ鏡に映った俺の虚像も同じく黒い拳銃をこちらへと向ける。そのまま俺は引き金を引く。
───ドパァン!
音すら置き去りにした弾丸はしかし氷の柱を砕くことなく柱から5メートル手前の空中で弾かれる。そう、
無言のまま右脇のホルスターに納めた拳銃から不可視の銃弾を放つがこれも俺と虚像の中間地点で弾かれる。
「この状況で即銃撃とかどういう神経してんだよ」
聞き慣れた、というよりこの大迷宮に挑んでからこっち、散々っぱら聞かさた俺の声だ。そして、声に合わせて鏡の中の虚像が勝手に歩みだし、遂には柱の中から出てきてしまった。やはりここはそういう試練か。だが鏡から出てきた俺の虚像は、さっきまでの鏡写しの俺とは少し違っていた。まず髪が白いのだ。そして肌は浅黒く、服も同じ形をしているけれど色は俺の臙脂色のそれと違い真っ白なブレザーで、どこかIS学園の制服を思い起こさせる。
このシュネー雪原の大迷宮のコンセプト、それは恐らく己の心の弱さに打ち勝つこと。そしてその……恐らく最後の試練に出てくるのは鏡から出てきた自分だというのだから、趣味の悪さでは解放者もエヒトもさして違いないのではないかと最近の俺は思いつつある。
こいつが俺をどこまで模しているのか、例えばオラクル細胞や究極能力まで持っているのだとすれば面倒極まりない。いや、オラクル細胞や氷の元素魔法程度ならトータスにあるものでも似たようなことは可能か……。であるなら再現が難しそうなのは氷焔之皇だけだ。
俺はそれを確かめる為に俺の持つ究極スキルを虚像に叩きつけたのだが───
「出来てるに決まってるだろ?」
弾かれた。オンリーワンのスキルたる氷焔之皇同士がぶつかった時にどうなるのか、試したことはなかったし出来ようもなかったのだが、なるほど、どちらも吸収されることなくただ弾かれるだけの結果に終わるのか。ならばと、俺は再び氷焔之皇を展開。ぶつけるのではなく自身の守りに限定して発動させる。そしてそれは恐らく奴もなのだろう。纏う雰囲気が少し変わった。そして俺達は同時に得物たる大太刀を構えた。付与されているのは当然空間魔法。俺がまだ氷焔之皇で神代魔法を吸収できないことが逆に俺を助けた形だ。もし出来ていたら、俺達は確実に千日手に陥るからな。
俺達は上段に太刀を振りかぶった状態で、これまた同時に1歩踏み込んだ───
───ッッッッッドンッッ!!
大気を軋ませる程の踏み込みと共に振り抜かれた太刀はしかし敵の身体を両断することなく全く同じ姿をした太刀と鍔迫り合っていた。そしてお互いに全く同じスピード、タイミングで刃翼を展開、魔力ではなくオラクル細胞で構成された赤雷を纏わせたそれをお互いの首に向けて叩き付ける。
───ダンッ!
と、その瞬間に俺と虚像は縮地を使って弾かれるように後ろへ飛び退った。その中間地点、先程まで俺達がいた地面に赤い雷が叩き付けられた。この戦いでは相手に向けて放つ魔力を込めた攻撃は神代魔法以外は全てお互いのスキルにより相手の魔力となる。
だがアラガミとしての攻撃や拳銃等の物理攻撃ならばそれを抜くことができる。もっとも、オラクル細胞のおかげでただの物理攻撃では決定打になり得ないのだから厄介極まりない。本当、相手にしたくない奴だ。
俺達は再びお互いの懐に、己の殺傷圏内に飛び込んで自分の上背に近い刀身を持つ大太刀を振るい合う。空間魔法同士が相殺され、金属がぶつかり合う甲高い音が空間に木霊する。
「あぁ、強ぇ強ぇ。本当に
何やら戦闘中にも話しかけてくるがこれは無視。
「そしてまたその力で大事な人を殺す」
「…………」
俺は奴の言葉には乗らずにただ刃を振るう。足を動かす。
「あの時と同じように、ただ感情に任せて力を振るう。なにせ、あの時から何も成長しちゃいねぇもんなぁ?」
横薙ぎに振るわれた長刀を刃で受け止め、奴の刃を跳ね上げつつ俺はその下を潜るようにしゃがみ込みながらその脚を刈り取るように蹴りを見舞う。しかしそれは奴も読んでいるから、その場でバック宙を切って躱していく。
そう、耳が痛いが確かに俺はあの時からきっと何も変わっていないのだろう。自分の力に脅え、いつかその力でまた大切な誰かを傷付けてしまう。それがたまらなく怖い。
「分かってるだろう?聖痕の力が行き着く先は。だからいつまでも封印を解かない!」
そう、俺達聖痕持ちは確かに到底人類とは思えない力を振ることができる。それも、周りからしたらほぼ無制限に使えているように見えるだろう。実際、力のリソースはほぼ無限だしその力に適応した肉体を持つ俺達は力の割にはかなり軽い負担でそれらを振るうことができている。ジャンヌや白雪の様な
───消える。
そう、消えるのだ。肉体が、精神が、完全にセカイの根源へと繋がる孔の中へと。
聖痕とはまだ世界が別れる前の唯一の"セカイ"と繋がる窓。俺達はそこからただ無色透明の力を引き出し、それを己の肉体というフィルターを通して色や形をつけてからこの世にブチ撒けているだけだ。それが俺達の聖痕の力の正体。
だが川の流れが永い時を掛けて岸や岩を削るように、その窓やフィルターである肉体だって徐々に削られていくのだ。
そしてそれらが限界を超えれば当然、決壊した川から濁流が溢れるように、無遠慮にただ原初の理が溢れ出す。そしてその放出に巻き込まれるように俺達、聖痕持ちの肉体は周囲諸共ブラックホールのような孔に飲み込まれて消え去り、それによって当代で世界が丸ごと飲ま込まれることを防ぐ。それがこの"セカイ"が聖痕持ちに課した防衛機構であり、絶大な力を振るうことに対する枷。
しかも問題はそれがいつ起こるかが本人達にも正確には把握できないのだ。何となくの予感はあるらしいがそれだけ。そして聖痕持ちはそのいつ訪れるか分からない終わりに対する恐怖を抱えていかなければならない。
聖痕持ちに徒に力を振り回す奴が少ないのは目立って同じ聖痕持ちに狙われたくないことが1つ、そしてもう1つがこれだ。結局、力を使わなければそこらの奴らと同じくらいには生きられるのだから、余計なリスクを抱えたくはないと考える奴が多いのも分かる話だ。そもそも力を使わずに持ってることも隠しちまえば確かめる術も無いからバレないし。
そして俺はこれまでにだいぶ力を使ってきていると思う。強化の聖痕は量の大小をかなり細かくコントロールできるからまだしも、白焔の方はかなり消耗が激しいと思う。が、ここら辺の感覚が掴めないのも怖いところなのだ。
「見ちまったもんなぁ!最期は力に飲み込まれた人を!シズさんを!」
何合目とも知らない得物同士のぶつかり合い。鳴り響く金属音を振り払うように俺は色違いの俺を力任せに吹き飛ばす。
シズさん……リムルの世界に飛ばされた直後に出会った人。もっとも、俺の中のその人の記憶はその殆どが炎の精霊の姿をしていたのだが。
だが彼女の迎えた結末は俺の迎えるそれとよく似ていた。決定的に違うのは、あの時はその場にリムルがいたこと。そして溢れ出た力が所詮あの程度だったこと。しかし俺の場合は違う。暴発する力の質も、量も、決定的に俺の周りにいた奴を皆殺しにするに足る力なのだ。そしてそれを抑え込める奴もまたいない……。
「……無言、というのは俺の言っていることに耳を塞いでるのかと思ったが、その割には……」
俺が奴の言うことに何も返事を返さないことが何かに繋がるのだろうか。だが考えても詮無いことのような気もするので俺はただひたすらに大太刀を打ち込んでいく。既に俺達はその両腕と両脚に装着型の刃を纏っている。これらにも当然のように空間魔法が付与されているから、氷焔之皇もオラクル細胞も諸共突き破って致命傷を与えることが可能なのだ。
錬成で奴の刃を崩すことはスキルによって防がれてしまうから俺達はとにかく向こうの刃を掻い潜って一撃を入れなくてはならない。しかしお互いの力はピタリと同じ、拮抗しているのだ。
「ふむ……どうにもならない結末の話では動かないか。なら……」
打ち合いながらも何かをボソボソと呟く俺の影。
「なぁ、
…………なるほど、今度はそういう方向性か。
「分かってんだろう?
コイツはひたすらに俺の心の不安や醜い部分を見せつけてくる試練らしい。だがそれがなんだと言うのだ。そんなこと、コイツに言われるまでもなくとっくに分かっていることだ。
俺はあの時自分の両親と咲那を失ってからずっと、リサに依存している。アイツを守って頼られることで俺は自分の心を守っているのだ。俺はあの時の俺とは違うのだ、今の俺は大切な人を守れるくらいに強くなったのだと自分に言い聞かせる為に。痛みや寂しさや悲しみをリサに甘えて癒してもらうために。
「こっちに飛ばされてお前がしたことはなんだ?結局何も変わっちゃいない。香織と八重樫に自分のことを話したのだって、愚痴を零したくなったんじゃないだろ?本当はアイツらに依存したかったんだ。弱音を吐いてみせて、縋ったんだ。強い所も弱い所も見せてやって手前に気を向かせたかった。そうだろう?」
唐竹割りに振り下ろされる長刀を半身になって躱し、首を落とそうと一文字に振り抜く俺の太刀はバックステップで躱される。
「ま、結局その後にユエと出逢い、ぜーんぶ解決しちまったけどなぁ?"私の居場所はここだけ"ってのは効いたなぁ。ユエならきっと自分をズブズブに依存させてくれる。そしてユエもドロッドロに寄りかかってくれそうだったもんなぁ」
───そして今やシアもそうだしティオにも同じように感じているんだろう?───
と、影に問われれば俺は無言を貫くしかない。それでも俺の心は影の言うことを肯定している。
「だからこそ
奴の言うことは正しい。もうここまで封印が緩めば後は内側から無理矢理にこじ開けることは可能なのだというのは感じていた。だが俺はそうはしていない。何故か。それはこの封印を力ずくで破れば恐らく聖痕の決壊が大きく早まるからだ。ただでさえ使い倒している聖痕を、しかもここまで破るのにもかなり力技で開けたから更に少し広がっているのだ。それが感覚的に分かってしまったが故に俺はここから先はもっと丁寧に封印を破ろうと思っていたのだ。時間がかかろうが、魂魄魔法と昇華魔法を頼りに。
「……本当、ブレねぇな」
ブレードの着いた中段の回し蹴りを腕部のブレードで受け、その膝を叩き折ろうと脚を振り上げるがそれは縮地を利用した回避術で逃げられる。
「なぁおい、殺したくもねぇ人間を何人も殺してきた気分はどうだ?」
距離が開けばまた口を開く影。こっちはこっちでそれが仕事なんだろうけど……。
「あの時あの3人を、親を、咲那を殺しちまった時からもう戻れなくなっちまったもんなぁ!
本当にコイツは……。だから何だと言うのだ。依存していて何が悪い。独りになるのはもうゴメンだ。もう大切な誰かが居なくなるのは嫌なんだよ。死ぬことが怖くて何が悪い。しかも、それが己の最愛の女達を巻き込むかもしれないなら尚更だ。人を殺すことが怖くて何が悪い。喜び勇んで人を殺すような狂人なんてそうそういてたまるかよ。
「リリアーナと再開した時も本当は山賊だって殺したくはなかったもんなぁ。けどユエやシア達の手前、殺らざるを得なかったんだろう?」
本当なら俺のような奴が今更人殺しを忌避してはならないのだ。だからこれは俺に対する罰なんだ。俺は、いつだって奪いたくもない命を奪い続けなければならない、それが血で手を汚してしまった、そして汚させてしまった俺の背負った十字架なのだ。
「なぁおい、あの時、最初に飛んだ世界で殺した奴らを覚えているよなぁ?篠ノ之束と織斑千冬。どうだ?他人の家族を奪った感想は?織斑一夏を天涯孤独に追い込んだ時の気分はどうだったかって聞いてんだよ」
それが俺が選んだ道だ。例え俺と同じような奴を生み出そうと、それでも俺は利己的に生きる。
きっと俺はろくな死に方をしないだろう。それでも、俺は愛する女のために生きると決めてんだ。その愛が歪んでいようと知ったことか。
「織斑千冬と篠ノ之束がお前に何をした?リサに何をした?確かに篠ノ之束は褒められた人間じゃなかったが、殺されるような奴でもなかっただろう?織斑千冬なんてもっとそうだ。アイツは人殺しでもなけりゃ兵士でもない。それをお前は、自分が帰りたいからってだけで殺したんだ」
影の攻勢は言葉だけじゃない。振るわれる刃も苛烈を極めている。俺と同じ力を持つだけあって、どうにか凌ぎきれてはいるのが救いだった。
あぁそうだな、あの2人は本来死ぬべき人間じゃなかった。けれど俺は、自分の都合だけであの2人を手に掛けた。まるであの時のアイツらと全く同じだ。帰郷も快楽も、どちらも他人からしたら勝手な願望でしかない。俺は、自分の力をそんな風に使ってしまったのだ。
けれど、そんなことは言われなくたって分かってるんだよ。俺は決めてんだ。そんな誹りも恐怖も痛みも全部一切合切飲み込んでやるって。リサやユエ達の前では精一杯粋がってやる、それを貫き通してやるってな。それでも辛くなったら、そん時ゃこっそり甘えるさ。そんなのただの共依存だって?あぁそうだな、でもまぁ、俺は俺がそんなに強くできてねぇってことくらい分かってんだよ。それに、リサもユエ達もきっとそんなことは全部全部承知してるんだろうなってのは伝わってるんでな。俺は俺の信じたい奴を信じたいように信じるだけさ。そんなのただの盲信だって?……はっ、言うだろ?恋は盲目ってさぁ。
「───っ!?これは……」
ガクリと、俺と鍔迫り合っていた奴から力が抜けた。俺は力技で影を大きく吹き飛ばす。そして付与された空間魔法によって奴の存在する座標に、距離を無視した斬撃を配置する。奴も当然それは読んでいたが、それでも先程に比べて反応速度や身体の駆動速度が遅い。回避しきれずに、切断された空間に巻き込まれて両脚を切り落とされていた。
さらに俺は地に落ちた奴に向けてその場で大太刀を2度振り回す。そうすればまたも奴のいる空間が切り裂かれ、俺の影は首と上半身と下半身がそれぞれ泣き別れた。
「…………」
俺は部屋の奥から現れた、先へと進むためと思われる通路へと歩み出す。すると、その途中ですれ違った色違いの俺の生首が話しかけてくる。……まだ意識があるのか。
「……どうやって克服した」
「仲間を信じ、仲間を助けよ。俺はリサやユエ達を信じてる。俺が多少情けない姿を見せてもアイツらなら受け入れてくれるさ」
それにな、と続ける。
「お前に言われて決心が付いたのさ。俺は、世界を渡る概念魔法を手に入れたらアイツらの元へ行こうってな。許されるつもりはない。それでも、俺は俺の罪に向き合おうと思ってる」
「はっ……」
奴は呆れたように息を吐き、そのまま塵となって消えていった。俺は戦闘の中で所々千切られたり引き裂かれた服を宝物庫にしまって新たな服に着替え直しながら大迷宮を奥へと進んでいった。
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「助、けて……誰か……助けてよ……」
───助けを求める声が聞こえた。
八重樫の首に白刃が振り下ろされる寸前、温もりのある柔肌と冷たい刃の間に俺の氷が差し込まれる。それはガキン!と音を立てて刃の侵攻を押し止めた。
「……有り得ないでしょう」
呟く白い八重樫へ向けて氷の壁が膨れ上がる。それは槍となり白い八重樫の身体を穿かんとするが、奴も咄嗟に真後ろに飛び退くことで串刺しを免れた。
「神……代……くん?」
「よぉ八重樫。……まさか繋がってるとはな」
飛び退いた白い八重樫の周りに氷を出現させ、両手脚を捕らえる。拘束から逃れようと暴れるが無駄だ。そんな程度の膂力で壊れるほど安く作っちゃいねぇ。
「まったく……どっちも同じ力なんだから気を抜かなきゃそんなに一方的にやられねぇだろうに」
「え……?……えっ?」
「あら、今はもう私の方が上よ?何せ
「あ?」
「……知らないの?」
「何が」
「ここでは自分の影の言うことを否定すればする程に影は強くなる。そしてそれを克服すればその分だけ弱くなる。貴方も自分の試練を攻略したんだから当然分かっていると思ってたのだけれど」
「勝手に向こうが力ぁ抜いたからその隙にぶった斬っただけだが……。なるほど、そういう仕組みだったのか」
だから俺がこうするんだと心の中で再び決意した瞬間に力が抜けたのか。そう言えば最期に克服がどうのとか言ってたな……。
つまり八重樫は自分の影の言うことを受け入れられなかったということか。ま、確かに突き付けられる事実には俺も耳が痛かったけどな。
「とりあえずこれ飲め。怪我だけは治る」
と、俺は八重樫に神水を押し付けて飲ませる。失った血液は再生魔法でも使わなければ直ぐには戻らないが傷が塞がるだけでもマシだろう。
「本当に神代くんなの……?」
「それ以外の何に見えるんだ?」
「で、でもどうしてここに……何で……私……」
「落ち着け。俺は俺の試練を終わらせて歩いてきたらここに出たんだ。まさか八重樫の所に出るとは思わなかったけどな」
「じゃあ、私、本当に神代くんに……」
安心したのか、神水を使えば痛みもすぐさま引くはずなのにホロホロと涙を零す八重樫。しかしこれは随分とまぁ大迷宮の仕掛けに凹まされたらしいな。
「傷も治ったみたいだし、リベンジマッチだな。ほれ、さっさと倒してこい」
「でも私……アイツに勝てなくて……」
「アイツに何言われたか知らないけど、それは嘘じゃないだけで真実とも限らない。なにせ、じゃあここからどうするのか、ってのが抜けてるからな」
で、お前は何をどうしたいんだ、と問えば───
「分かんない……分かんないのよ……ねぇ神代くん、私はどうしたらいいの……?」
「俺が知るかよ……。けど、お前もたまには我儘の1つくらい言っても良いんじゃねぇの?」
「我…儘……?」
「あぁ。八重樫、お前さ、多分俺とお前はよく似てるよ。本当の自分を押し殺してでも必要な仮面を被っちまうところ。だからさ───」
───たまにはやりたい放題やってもバチは当たらねぇよ。
「それにさ、被った仮面って言ってもよ、結局それは手前のなりたい姿でもあるんだよな……」
「……分かるの?」
「あぁ。本当の自分じゃないって言ったって、結局理想の1つでもあるもんな。きっと、俺達は本当の自分となりたい自分が一直線上にいないんだよ。だから質が悪い」
「私……本当は道着や着物よりも可愛いお洋服が着たかったの。子供の頃は竹刀よりもお人形さんを持っていたかった。けどね……それでも剣道が上手くなったり試合で勝てたら皆が褒めてくれた、それは心から嬉しかったのよ?だから……」
「あぁ、分かるよ。別にいいだろ、お前には両手があるんだから、両方持ってたっていいんだ。服なんて、着たい時に着たいものを着りゃいい。……そうだな、身だしなみとお洒落の違い、分かるか?」
俺が問えば八重樫は「あんまり……」と返す。
「身だしなみってのはまぁ、他の誰かにするもんだ。だからスーツとか色んなルールあるだろ?で、お洒落は徹頭徹尾自分の為にするもんだ。手前が着たいものを着たいように着る、それがお洒落。身だしなみばっか整えんのも良いけど、お洒落だって楽しもうぜ?」
「いいの……?」
それでも八重樫はまだ不安そうだ。だから俺がそれを吹き飛ばしてやるよ。ここでお前が死んだら、お前のことが大大大好きな俺の戦姉妹が俺を死ぬまで殺しにきそうだからな。
「当たり前だろ?……ほら、その為にもあの白いのをぶっ倒してこい。ま、死なない程度には助けてやるよ」
「……それは殺し文句よ」
アホか、生かしてやるんだよ、とは口に出さなかった。代わりに「そうかい」とだけ返す。八重樫は鞘を杖にして立ち上がり、黒刀を構える。それを見て俺も白い八重樫の拘束を解く。
「あら、お話は終わりかしら?」
「えぇ、もう
「ふふっ……それはどうかしら?」
───ダンッ!
と、向かい合った2人の八重樫が同時に残像すら残す勢いですれ違う。そして、ハラリ、と八重樫のリボンが外れて黒髪が舞う。そして俺の目の前ではボトリ、と白い八重樫の上半身が下半身から滑り落ち、下半身も氷の床に崩れ落ちた。
チン、と軽やかな金属音を響かせ八重樫が黒刀を鞘へと仕舞った。達成感からか、こちらを振り返った八重樫は見たことない程に晴れやかな顔をしていた。
「ねぇ神代くん」
「ん?」
「髪、解けちゃったんだけど」
「俺は予備のヘアゴムなんて持ってねぇよ」
「作ってよ、どうせなら再生魔法入りの。疲れちゃったし」
「あぁ?……まぁいいや、待ってろ」
俺は宝物庫から良い感じの鉱石を取り出すと錬成と生成魔法で金属製のバレッタを作り出した。もちろん御要望にお応えして再生魔法入りだ。
「あいよ」
「ありがと。……ねぇ、どうかしら」
「再生魔法は効いてるみたいだな」
「はぁ……そうじゃないんだけど。まぁいいわっ……と」
そこでついに緊張の糸でも切れたのか体力の限界か、八重樫がフラリと倒れそうになったので思わず俺はそれを受け止める。
「……ありがと」
「失血が酷かったからな」
「そうね、ねぇ……私今歩けそうにないわ。抱っこしていってくれる?」
「……どうしたお前。……はぁ、まぁ甘えていいって言ったのは俺か……」
「そうよ?自分で言ったことくらい責任持ってよね?」
「お前……まぁいいや。背中なら貸してやる」
と、俺はしゃがんで背中を差し出す。すると八重樫はやや不満を口にしたが俺の背中におぶさった。背中に重さと柔らかさを感じながら俺は立ち上がり、新たに現れた道を歩き出す。
「ねぇ神代くん……」
「んー?」
「もう1人の私との話、聞いてた?」
「いや、全く」
俺がここに来て最初に聞いた声は八重樫が助けを求める声だったからな。それまでにコイツが何と言われてたかなんて知らない。
「そう……。ねぇ、私のこの手、剣ダコだらけなんだけど、やっぱり女の子らしくないと思うかしら」
「女の子らしい手っていうのが細くて柔らかくて傷一つない手を言うならまぁそうだろうけど」
「やっぱり……」
「まぁけど、良い手だよ。箸より重い物は持てません、とか言い出す手よりよっぽど綺麗だ」
それは八重樫が必死に頑張った証だからな。
「……」
だが八重樫はそれを聞いて押し黙ってしまう。えぇ、何か言ってよ。
「神代くん……助けに来てくれてありがとう……」
「偶然だよ。たまたまあそこに出ただけだ」
「ふふっ……もう1人の私も言ってたわ。オルクスの時といい、王国の時といい今回といい、タイミングが良すぎるのよ。もしかして狙ってる?」
「アホ言うな。全部全部いつだってギリギリだよ。それにな、俺が助けたんじゃない。お前らが勝手に助かったんだよ」
「そんなこと……」
「今回だって最後に自分の影を乗り越えたのはお前だ。オルクスやハイリヒの時だってお前らが足掻いたから間に合えたんだからな」
「そう、言ってくれるのね……」
事実そうだからな。俺だってもう少しくらいは余裕が欲しいところだ。
「神代くん、私、少し疲れたわ。早く香織やユエ達に会いたい。それでね、皆に神代くんを好きになったって言うわ……。だから、ちゃんと……守ってね……」
背中から寝息が聞こえ始めた。いや、寝息はまぁともかくその前にとんでもねぇ爆弾を落としやがった……。
「どうすんだよこれ……」
俺の呟きは鏡に反射することなく吸い込まれて消えてしまった。