8月の初旬。全盛期の蝉がその命の最期の煌めきを鳴り響かせている季節。
そんな時に俺の元へと1件の依頼が舞い込んできていた。
──今度転入してくる生徒2人を案内して武偵校を紹介せよ──
要は学校案内の任務。こんなもん、態々強襲科の2年がやるもんでもないのだけれど、案内される側の人間にはちょいとばかり、なんて言葉では嘘になりそうなくらいには関わりの深い因縁があったのだ。というか深すぎて向こうから御指名喰らった。拒否権が無い。
「「今日は宜しくお願いしまーす」」
なんて揃った声で元気よく挨拶をかましてきたのは涼宮透華とその妹の樹里。2人ともジャンヌと理子の協力を経て無事に武偵校への入学が決まったらしい。もちろん、1番下の妹である彼方も中等部への編入が決まっている。所属する専門学科は上2人が諜報科、彼方は狙撃科らしい。方や透明人間、方やどんな頑丈な扉も切り刻むコンビの諜報員とか怖すぎるだろ。しかもコイツら、お互いの聖痕の力を相手に付与できるし。……絶対に敵に回せない。
ちなみに彼方の方は色々試したらしいのだが、集中力の面でかなり図抜けたモノを持っていたらしい。力の制御の練習もかなり、と言うよりすこぶる順調で、今はもう感情の揺れ動きで聖痕が暴走することはなくなっているだけでなく、最近は凄く集中すれば空間どころか距離の切断も可能だから、その気になれば
距離の切断が可能になった時に言われた一言が、舌舐めずりをしながらの───
──これでどこに逃げられても追いつけますね──
だったのは空恐ろしいというか実際ガチで鳥肌が立ったので気を付けたい。いや待て、その前にお前ら聖痕を私利私欲には絶対に使わんと俺に誓ったろうが。
一応そこら辺再確認させてもらったが、その瞬間にはケロッとした顔で冗談だと言われてしまった。うん、そういう冗談止めようね。
それはそれとして、極め付きが透過の聖痕だ。彼方が発現させた2つの聖痕のうち、なんとこっちも姉よりも凄まじい力を発現させたのだ。
透華の発現させる聖痕は自分に対して何かを通り抜けさせる力だけだった。だが彼方のは違う。それだけではなく、
で、俺の想像以上に才能を秘めていた彼女を姉2人はどう思っているのかと思えば、別に黒い感情を抱くとかは無いみたいだった。3人とも、力が幸せに繋がるとは限らないことを知っているからだろうか、むしろこれから彼方が変なことに巻き込まれないように自分らが守る側に回りたいといった風だった。彼方の前じゃ嘘はつけないし、これは本心だろう。
「あぁ、じゃあ取り敢えず順番に回ってくか」
ということで最初に訪れたのは俺の専門科目である強襲科の建屋。中に入るやいなや足元には空薬莢が散乱している……。夏休みだからって掃除サボってやがるな……。
ちなみにこの空薬莢の掃除は1年の担当である。というか、雑用はだいたい1年生の担当だ。武偵校は封建的だが、強襲科は特にそれが顕著だ。鬼の2年、閻魔の3年に奴隷の1年なんて言い回しもあるくらいだからな。
「……足元気を付けろよ。空薬莢踏むと頭から転ぶぞ」
「「はーい」」
なんて、2人揃って良い返事を返すがコイツら足下に気を付ける素振り全くねぇじゃん……と思いきや、空薬莢を踏んだと思ったらそれが足の裏にめり込んでいた。いや、これ透過させてるな……。しかも2人とも。しかし空薬莢だけ透かすとか器用なことするな。彼方と一緒にコイツらの聖痕の使い方の練習にも付き合っていたけど、成果の出し方が明後日の方向だな。いや、平和的で良いのかな……。
「……お前、使い方上手くなったな」
思わず俺がそう声を掛けると───
「えへへ、でしょー?」
と、透華は腰を曲げ、下から覗き込むような角度で笑顔を咲かせた。
その後は狙撃科やコイツらの所属することになる諜報科他、全部の学科は一通り回った。
一般科目棟、というか普通の校舎の方もザッと見て回った頃にはもう空は赤く染まり始めていた。
「今日、俺達と飯食ってくか?」
事前にリサには今日のことは伝えてあるから用意はしてあるはずだから聞いてみると───
「「はい!」」
と、これまた咲き誇るような笑顔で良い返事が返ってきた。
───────────────
7月の半ば、この時期になるともう既に真夏の陽気だ。いや、陽気なんて生易しい言葉じゃないな。普通に酷暑だ。
とは言え、今は草木も眠る丑三つ時、それも標高の高い山の中の村に来ているから、むしろ羽織るものが無いと寒いくらいなのだが。
「……揃ったか?」
「うん」
「こっちも」
「私も大丈夫です」
俺は今、涼宮3姉妹と共に彼女らの暮らしていた家に来ていた。当然透華の聖痕の力を使って透明人間になってだ。
俺を襲う数日前だったらしい。ブラドの従える狼に彼方を人質に取られ、上2人も聖痕封じの手錠を掛けられて拉致されたのは。
そして俺を殺すように命じられ、それに失敗した。
1度目は折檻で済んだらしいが、2度目は無いと脅され、遂にリサを匿っていた女子寮の前で待ち伏せ。そこからのあれこれはまだ記憶に新しい。
透過の聖痕は掛けられた者同士は認識できるみたいだったのでお互いに透明人間になっていても把握できるのは便利だった。
ジャンヌと理子から武偵校に通う算段が付いたと連絡を受けた俺は車輌科の武藤に車を運転させ、長野県の山中、彼女らがブラドに拉致されるまでの居住地を訪れたのだ。……荷物を回収するために。
昼間にも透明になってこの村を見て回っていたのだが、どうにも彼女らは死んだことにされているらしい。法的にそうなっていたのはジャンヌから聞いていたが、透華に聞いた分だと彼女らが拉致された時は周りにも村人は沢山いたらしい。だがその事件からまだそう経っていないにも関わらず、涼宮3姉妹の名前を聞くことはついぞなかった。本当に、死んだこと、いや存在しなかったことにされているようだった。それも、育ての祖父母ですらそうなのだ。だが特別な力を持っていた彼女達がそんなに気味悪かったのか、離れに置かれていた部屋にあった彼女らの私物は、そのまま残されていた。
俺にはそれすらも不愉快だった。きっと、自分が排斥された気分になるからだろう。俺と彼女らの力は本質的には同等のものだからな。
「行こうか、武藤が寝ちまう」
「ふふっ、ありがと、天人くん」
「礼を言われるほどでもないだろ」
「ううん、これだけじゃなくて、これまでのこと」
「私を、私達をブラドから救ってくれたこと、感謝してもしきれません」
「それに、ここからも出してくれた」
透華、彼方、樹里がそれぞれ言葉を繋いだ。確かに、俺は同情で彼女らを助けた。だが打算だってあったのだ。あそこでコイツらを見捨てれば、いつかその力で復讐に来るかもしれない。それを抑えたかったのだ。
「武偵憲章1条、仲間を信じ、仲間を助けよ。俺達は同じ力を持って生まれたんだ。あれくらいなら助けてやるさ」
「……ほーんと、そういうとこだよねぇ」
「あ?」
実際、俺は彼女らと血縁ではないからか、一応どこにいて大体何してるかくらいは感じられるのだが、具体的にどんな顔しているのかとかが分かっているわけではない。なので何となく責められている風な雰囲気を感じるのだが、よく分からん。
「ま、いいよ。行こ、透華ちゃん、彼方ちゃん」
樹里に先導されて俺達はこの家を出る。村の外れには武藤が大型車をこっそりと停めているから、そこで合流するのだ。
早くしないと、眠たくなった武藤が寝ちまうからな。
───────────────
涼宮彼方にとって、神代天人という人間は、文字通りの救世主だった。
3姉妹の他には排他的で自分達を快く思っていない人間ばかりのこの村で、彼方にとって世界はとんでもなく狭くて窮屈だった。
聖痕を持って産まれた人間はパラレルワールドの存在を認識できる。他に世界があることを何となく感じられるのだ。だからこそ、余計にここが息苦しく感じられていた。
そこに現れたのがブラドという異物だった。
だが彼は彼方を救うことはなかった。あの息苦しい村よりもさらに狭く暗い世界に彼方を閉じ込めた。その上最愛の姉2人に自分を人質として誰かを殺させようというのだ。
透華と樹里、彼方の親愛なる姉2人はそんなことをできる人間ではない。能力ではなく、性格的に。
彼方はそれが苦しかった。自分という存在が最愛の2人を追い詰めていることが、耐え難い苦痛だったのだ。
自分さえいなければ……。
そう思うことが何度あっただろうか。けれども舌を噛み切って自死する度胸も無く、自力で抜け出す力もなく。宙ぶらりんのまま苦しいだけの日々が続いた。
その後、ブラドによって姉2人が目の前で折檻された。まだ同じ仕事をさせるようで大怪我をさせるようなことはされなかったものの、"次に失敗すれば彼方を痛めつける"と告げられた時の2人の絶望に染まった顔は今だに忘れられない。
いっそ本当に勇気を出して死んでしまおうかとも思った。けれどそれは何よりもあの2人を傷付けることになることを分かっていた。
逃げ場も無くただ塞ぎ込むだけの日々が続いた。
けれどそれは長くはなかった。
光が差したのだ。
突如姉2人を担いでやって来た神代天人という男が、縛っていた鎖を、見張りの狼を、その尽くを引き裂き叩き潰し、彼方達を陽の光の元へと連れ出してくれた。その上自分達を気味悪がり、かと言って完全に閉じ込めるのではなく、都合の良い時だけ便利に使っていたあの忌々しい山中からも引き上げてくれた。
彼方にとって唯一の世界だった姉達を救い、武偵という新たな世界へ連れ出してくれた神代天人は、文字通りの救世主でありヒーローだったのだ。
だから彼にリサ・アヴェ・デュ・アンクという恋人がいると聞いた夜は随分と枕を濡らした。
だがチャンスはあったのだ。リサという女はどうやら天人が他に恋人を作ることを否定していないのだ。理由は言っていたが、正直半分も頭に入っていなかった。天人本人は一途を貫きたいようだったが自分にはリサには無いアドバンテージがある。聖痕という、天人も持つこの力がもたらす苦悩はリサでは共有できない。自分だけがそれを共有出来る。
いや、姉達もあれだけのことがあったのだ。当然天人を好いている。けれど関係無い。リサ曰く、天人が大勢の女性を侍らすことはむしろ自分の主への誇りだとか言っていたからだ。
確かに自分1人を強く想ってくれないことは寂しい気持ちもあるが、それよりもまず自分が彼に愛されたい。そして姉達が同じ気持ちなのであればそれもまた受け入れようと心に誓ったのだ。
まずは伝えよう、この気持ちを。そうでなければリサ・アヴェ・デュ・アンクという美しい女から天人の意識を向けることなど出来やしないのだから。
「あの、天人さん。お話があるんです」
「んー?」
「私、天人さんのことが───」
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夏休みの中頃。
"サッカーやろうぜ"
なんてメールがキンジから届いた。割と意味が分からなかったので聞けば、あのカジノの仕事は事件を未然に防げなかったので報酬の単位が半減、夏休み中に残りの単位を稼がなければならなくなったらしい。そこで理子がこんな依頼を見つけてきたらしい。
曰く、
なので友達の少ないキンジはあと5人は最低でも集めなければならない。というか、相手は普通にサッカー部なのでこっちもせめて人数くらいは揃えないと厳しい気がする。いくらなんでも高校のサッカー部のレベルになると体力だけじゃ勝てん。
で、ある程度人数が揃ったらしく今回の依頼のメンバー一同で顔合わせを行った。
集まったのは俺、キンジ、武藤、不知火、アリア、星伽、レキ、理子、ジャンヌ、装備科の平賀さん、風魔陽菜、俺の戦兄妹である火野ライカの12人。今回は比較的平和な任務だが、リサは体力面では話にならないので応援席、涼宮3姉妹もまだ正確には武偵校の生徒ではないのでこちらも応援席。しかしこの面子、まともな競技経験者は不知火だけ。俺は1人でしかボールを蹴ったことがない。この時点で既に不安しかねぇぞ……、大丈夫か?
その上、結局この日は大まかなポジション決めとルールの講義、その後に軽くボールを蹴るだけで終わってしまった。試合まであと数日、もしかしたら今までの任務で1番の難易度かもな……。
───────────────
試合開始前、俺達は審判団を挟んで向かい合って整列していた。対面には今日の試合相手の生徒達。んー、皆身体がデカいな。体格で勝ってるのなんてこっちじゃ武藤くらいだ。しかも当然皆男子。こっちは11人中7人が女子のチーム。何だか向こうのチームの視線が非常に気に食わないし、ライカなんて露骨に嫌そうな顔をしている。まぁもう気にしても仕方ない。ここまで来たらやるしかないのだ。
しかし、向こうのチームはやたらキャピキャピした応援団だな。コイツらの彼女か?さっきからパシャパシャ写真撮ってるな。武偵的にはあんまり映りたくないんだけど……。
だが俺のそんな思いを他所に、挨拶もそこそこにして俺達はピッチ向かわなくてはならない。キックオフは俺達からだ。
「天人様ー!!頑張ってくださーい!!」
「天人くん!!ファイトー!!」
相手チームの応援団の方が人数は多いがこっちにだってリサ達がいるんだよ。格好悪いとこ見せらんねぇよな。
「ライカー!!アリアせんぱーい!!頑張れー!!」
「お姉様ファイトですわ!!」
ライカの方も友達が来ているようだ。あれは強襲科の1年、間宮あかりか。確かアリアの戦姉妹だったはずだ。もう1人声出してるのはライカの戦姉妹で麒麟とかいったか?それに、ライカ達と仲の良い女子が他にも来ているな。
友達達の声援を受けてライカも気恥しそうだがどことなく嬉しそうだ。
自陣中央で円陣を組み、一応今回の任務のリーダーでもあるキンジから激励の言葉を頂き、各々ピッチへと散らばる俺達。
今日のポジション、ゴールキーパーは背の低い理子だ。何かの漫画の影響らしく絶対にここをやりたいと言い出したのだ。スタメンで2番目に背が低いのに……。
ディフェンダーは右からライカ、星伽、武藤、ジャンヌ。中盤は同じく右から不知火、風魔、レキ、俺。1番ボールを蹴り慣れている俺達が中盤で攻撃を操る役割ということだ。しかもレキも蹴るボール蹴るボールやたら正確なので、フィジカルに不安はあるが中盤のセントラルを任せることにした。
で、前線で2トップを張るのがキンジとアリア。
この2人なら呼吸も合うし、何より言い出しっぺがやる気を出すためとかいう理由でキンジからフォワードを名乗り出た。
平賀さんはベンチ。なんと星伽より体力が無いからな。仕方あるまい。
俺達のフォーメーションは数字にしてしまえば4-4-2、1番何でもできる形で俺達素人チームは試合に挑むことになった。
センターサークルでキンジとアリアが並べば主審の笛が鳴る。試合開始だ。
アリアがチョコンと蹴り出したボールをキンジが後ろにいたレキに渡す。向こうのフォワードもレキ目掛けてプレスを掛けてくるが流石は狙撃科の寵児、巨体が迫ってきても全く動じる様子はなくそのまま横にいた俺にパスを出した。
俺はそのボールを右足の裏で受け止め、自分の前方に転がす。俺の前からも相手選手が迫ってくるが、中央に向かって斜めにドリブルをすることでボールを運んでいく。ジャンヌが俺の後ろを駆け抜けていくのを把握しながらもそのままセンターサークルより進んだあたりでディフェンダーを背負っていたキンジに縦パスを着ける。それをトラップで受け止めたキンジだったが、ボールが足から離れた瞬間に後ろにいた相手にそれをカッ攫われる。そしてその選手は俺達の自陣中央辺にいた味方に真っ直ぐ速いボールを渡した。
ゲッと思い俺も自分の空けたポジションに戻ろうとするが、その選手も直ぐにレキの脇、ジャンヌの裏のスペースに走っていた味方に斜めにパスを通した。そしてその選手がドリブルで縦に運んでいき、ペナルティエリアに入ったあたりで中央に折り返し。ドリブルに気を取られ、残りのディフェンダー3人が全員下がってしまっていたために空いたスペースを狙われたのだ。そして、そこにいた相手フォワードは冷静に武藤と星伽の間を抜き、理子の手の届かないニアサイドへボールを流し込んだ。
俺たちの守るネットが揺らされ、主審はセンターサークルを手で指し示しながら笛を吹く。俺達の失点だ。不味いな、開始早々に0-1にされてしまったぞ……。
再び俺達のキックオフから試合再開。
キンジは今度は風魔にボールを渡す。それを受けた風魔は斜め後ろのライカへボールを繋いだ。
ライカは1歩踏み込み、レキまでボールを通す。レキもそれなりに強めのボールを受けたはずだが意に介さずに吸い付くようなトラップを披露しつつ俺へとボールを寄越した。右から左へ、流れるようにボールを繋いだ俺達の前に相手チームのスライドが一瞬遅れた。向こうもこちらと同じく4-4-2の配置のようだがどうにもボールサイドに寄り過ぎるきらいがあるようだ。
俺は前方のスペースへボールを蹴り出す。プレスの間に合わなかった相手サイドハーフの脇を抜けて真っ直ぐ突き進む。更に前に出てきたサイドバックと対面するがそれもダブルタッチで外して最前線から数歩降りてきたアリアへとボールを着ける。
「天人!!」
「むむっ……」
しかしこれは相手ゴールキーパーの横っ飛びのセーブによりキャッチされてしまう。
そして急いで自陣に戻る俺達とは対照的に、相手キーパーはゆっくりと起き上がり、周りを見てからそっと近くの味方にボールを転がして渡す。1点差とは言えリードしている以上はそう焦ることもないのだろうよ。
そしてボールを受けた相手の左サイドバックの選手が前にいた同サイドのハーフの選手にボールを付ける。これには不知火が強く当たりに行き、簡単には前を向かせない。だがフォローに入っていた相手セントラルハーフの選手へのボールまでは流石に不知火でもカバーしきれない。中央へ渡ったボールを今度は俺の対面の選手へとパスした。
当然これには俺もプレスに出るがそれを察知していた向こうも後ろにいるディフェンダーへとダイレクトで繋ぐ。俺もそこでボールを奪えれば大きなチャンスになるので前へ出る。しかしその選手は大きく踏み込むと少し降りてきて風魔と星伽の間にポジションを取っていた味方へと大きく蹴り出した。
ボンッ!という音を響かせ飛んで行ったボールは見事に味方の胸の中に収まった。
浮いたボールを素早くコントロールした彼は後ろに武藤を背負ったままボールをキープ。そしてその武藤と星伽の間を駆け抜けようとするもう1人のフォワードの1歩前へ、ヒールで武藤の股の間を通して繋いだ。
理子も前へ出たがその瞬間に相手フォワードはボールをつま先でチョイと浮かせるシュートを放った。
弧を描いて理子の肩口を抜けたボールはそのまま俺達のネットを揺らす。審判の笛が響く。これで0-2だ。
結局その後もチームとしての約束事はおろか個人技でも当然劣る俺達は散発的にプレスに出ては躱され、待ち構えても隙間を通されとやられたい放題。その後も前半だけで5失点を献上して40分ハーフの前半が終わっただけなのに0-7。
だいたい5,6分に1点取られている計算になる。……こんな数字出るんだな。
当然、控え室に戻る俺達の顔色は誰も彼も暗い。
どうする?聖痕を使ってしまえばどうにでもなるけれど、ここでそんなもの使って良いのか?試合に負けるのも嫌だけど、それはそれで負けた気もするしなぁ。どうするか……。
と、最悪の手段を頭の片隅に置きながら同サイドのジャンヌと後半の連携を話し合う。このジャンヌ、前半の途中で相手のタックルを受けてコンタクトが外れてしまったのだ。裸眼だと結構な近視のジャンヌはそれで動きが悪くなり、結構狙われることになった。もちろん俺もフォローに入るのだが、押し込まれた状態から前に出ていくにはかなりのパワーが必要になる。いくら鍛えているとはいえ、聖痕無しでそれを続けるのは体力的にはキツくなってくるし、何よりロングランをしている暇がないのだ。繋いでもゴール前まで運ぶ前にカットされて後ろに逆戻りだし。そうなると後ろが不安で中々前に出ていけず、結果チーム全体の推進力も損なわれるという悪循環に陥っていた。
すると、いつの間にやらロッカールームから出ていたキンジと理子が帰ってきた。しかしキンジの雰囲気が変わっている。おいおい、何でヒスってるんだよ……。十中八九原因であろう理子を睨めばドヤ顔で返されるし。
しかし、それはそれとして流石はヒステリアモードだ、キンジから伝えられた作戦はこちらのド肝を抜かされるようなものだった。
───────────────
後半のキックオフ。今度は相手チームからだ。
同じタイミングでロッカールームから出てきたコイツらは流石に前半が楽勝過ぎたこともあって完全に俺達を見下していた。後半も何点取れるかだの記録狙うだのと、自分達の勝利を微塵も疑っていない。けどな、サッカーは試合が終わるまで何が起きるか分かんねぇんだってこと教えてやるぜ。
主審の笛が鳴り、向こうの選手がボールを後ろへ流す。その瞬間、俺達は全員で今までのポジションを完全に無視して相手陣地へと突撃した。
そう、
サッカーに有るまじき完全なオールコートマンツーマンだ。ま、高校生の精度じゃ1人剥がした瞬間ではそう簡単にゴールマウスを捉えるなんてことはできないだろうから、チームでも個人でも力の劣る俺達にはこれくらいぶっ飛んだ手段でもいいのかもな。
そしてこの破天荒というよりやけくそ気味な作戦が功を奏したのか、中盤で安易にレキのマーカーにボールを出したところでヌルりと前に入ったレキがボールを回収。そのままサイドから中央に流れてきた俺にパスを通した。それを受けた俺はボールを運び、ゴールまでおよそ28メートルの距離まで到達、相手のセントラルミッドフィルダーが寄せに来るがコースを塞がれる前に俺は足を振り抜く。
ボールの中央、その真芯を足の甲やや上側で叩き、そのまま真っ直ぐに押し出す。
俺の右脚から放たれたボールは不規則かつ細かく左右へと揺れながら相手ゴールの上を通り過ぎる軌道で進む───かと思いきやペナルティエリアに入った辺りで急激に落下。それもファーサイドに落ちる軌道から一気にニア側へブレる。
全くの無回転で飛んで行ったそれは、蹴った本人から見ても想像以上の変化をした。当然相手ゴールキーパーも反応出来ず、1歩も動くことなく背中のネットを揺らした。主審の笛がフィールドに高らかに鳴り響く。まずは1点返したぞ、まだ1-7と6点も開きはあるけどな。千里の道も一歩からってやつだ。
笛が鳴った瞬間にはキンジがゴールマウスの中で転がっているボールを回収していた。そして走ってセンターサークルまで持ち運び、ピッチのちょうど中央にボールを置く。
「モーイ!!ヘールモーイです!!天人さまー!!」
「キャー!!天人くんナイッシュー!!」
と、観客席から黄色い声が響く。リサと透華達だ。俺はポジションに付きながら軽く手を振って応えてやる。
向こうも流石にあのブレ球には驚かされたらしく、こっちを強く睨みつけてくる。そんな顔すんなって。無回転なんて蹴った本人もどう動くか分からないんだから。本人でさえ同じボールは蹴れないんだ。
短く笛が鳴る。再び向こうのキックオフだ。
1点返したところで得点差がまだ6もある俺達は相も変わらず突撃ハイプレスをするしかない。
兎にも角にもボールを奪わなきゃ話にならない俺達はひたすらに走り回る。そりゃあもう犬みたいに走った。そして、相手が左サイドに展開したボールをライカがカット。ようやく俺達の攻撃だ。ライカからレキ、レキから不知火へ、そして不知火が丁寧に星伽にボールを渡した。それをトラップした星伽がこちらを見る。そして俺と目が合った瞬間に、大きく1歩踏み込みこちらへ向けて脚を振るった。
───ドウッ!
という明らかにボールから出る音ではないはずの音を轟かせたそれは、文字通り火を纏っていた。……どうして?
ともかく、その燃えるボールは前線に走り込んだ俺の胸元目掛けて飛んでくるわけで。聖痕で身体の他に着ていた体操服とビブスを強化し、その火の玉ボールを受け止める。ほぼ逆サイドからのサイドチェンジはこちらがボールサイドに寄っていたことにくわえて、それを脱するため、そしてどうやら彼らはウチらのチームの女子がやたら可愛いがためにプレー中の接触を装って身体を触りたかったらしい。それ故にやたらとボールサイドに寄っていたのだ。
そんな状態で30メートル越えのサイドチェンジに対応できるわけがない。俺の目の前には広大なスペースが広がっていた。
だがコイツらはさっき俺のロングレンジシュートをその目に焼き付けている。直ぐに俺の右手側からセントラルハーフの選手が、手前からはセンターバックの選手が距離を詰めてくる。
更に後ろからサイドバックの選手も素早いトランジションで追い付こうとしていた。だが───
「っ!?」
キンジに合わせて強化していた俺の神経系は彼らの動揺が手に取るように分かる。
ファーサイドにいたアリアがダイアゴナルランでエリアのニア側に勢いよく侵入。しかし彼のマーカーであるキンジもニアからファーへと流れたのだ。その瞬間、そいつの動きが一瞬止まる。そこへ俺はアリアへパスを通す───
───と見せかけて右足アウトサイドで横合いから迫っていた相手選手の股の間にボールを通す。そもそも、横合いから詰めてくる選手のせいで俺からのパスコースはアリアへのものしかなかったのだ。だから向こうも一瞬動きに気を取られたが直ぐにキンジのことは一旦捨てられた。
だが、このドリブルですれ違うように彼の後ろを周り入れ替わった俺は捨てられたおかげでマーカーの死角に入り込んだキンジへとスルーパスを通す。そしてそれを受けたキンジが相手キーパーの肩口を抜いてニアへシュートを突き刺す……振りをしてマイナス気味に折り返した。
そしてそこにいるのは当然アリア。
相手キーパーの空けたゴール隅へ丁寧にボールを流し込んで2点目をゲット。
審判がセンタースポットを手で指し示しながら笛を鳴らした。
「アリアせんぱーい!!格好良かったですー!!」
アリアのファンらしい間宮の声が響く。その横で無心にシャッターを切っている星伽に雰囲気の似ている女子生徒のことは見ないふりをした。何故お前はプレイヤーじゃなくて間宮をレンズに収めているんだ……。
そしてまた向こうのキックオフ。
しかし、まだ後半も30分程はあるとは言え点差も5点とセーフティリードなんて言葉じゃ足りないくらいのものを確保しているにも関わらず相手チームの動きが変わった。明らかに全体の重心が下がり、リスクを犯すパスをしなくなったのだ。
点差のある試合で勝っている方がこういうプレーを選択することはままあるが、それにしたって早すぎるだろう……。だが、それだけ俺達の攻撃が彼らにとって厄介だったということか。
それに、このやり方は俺達にとって相性最悪だ。残り時間と点差もそうだが、何より俺らの2得点は両方とも相手の守備陣形が整う前に攻め切って奪ったもの。このやり方をされると例えボールを高い位置で奪えても向こうの陣形は崩れていないから点を取ることが難しいのだ。
だがそれでも俺達のやることは変わらない、というより他にできることは無いのだ。まずは1点、もぎ取らなければならない。
「さて……」
今は俺と不知火、それからヒスったキンジの指示で少しずつ追い込みを掛けているところだ。だがそれでもリスクを犯さないプレーをされると中々奪うのも難しい。なら、こっちももう少しリスクを掛けようか。
「武藤!そっち行ったら任せた!」
「お、おう!」
武藤に声をかけ、ちょうど俺の対面にいたサイドハーフの選手へボールが出たところで前へ出る。後ろから来た俺を背負う形になったそいつは取り敢えずの安牌である後ろの選手へボールを渡す。俺はそれにも食い付き前へ前へと出ていく。さっきの奴にはジャンヌが付いているからボールは出し辛い。と言うより、理子まで動員してプレスを掛けているからそう簡単にパスコースは無いのだ。そう、
俺からの武藤への掛け声で意図を察知したキンジと不知火は敢えてキーパーへのマークは付かずにその他の選手へのパスコースを消す動きをとっていた。そしてそれに乗せられて向こうはキーパーへとボールを渡す。このボールは手では扱えないから相手も蹴るしかない。だが近くの味方へのパスコースは無い。戻そうにも俺はそっちへのコースを消しながらボールを追っている。残された手段はそう───
「……チッ」
舌打ちの音まで聞こえてきた。
そう、そうだ、お前はもう全然目掛けてハイボールを蹴るしかない。だがそれを予見していた武藤が相手に競り勝つ。高い打点で触ったボールはレキの胸元へ。レキはそれを冷静に星伽に落とす。それを受けた星伽は一息に不知火へとミドルパスを通す。それを受けた不知火が今度はキンジへ強い斜めのパスを入れる。だがキンジはそれをスルー。そしてそのボールは誰が触ることもなくアリアの1歩先へ。
キンジからのスルーを感じていたらしいアリアは既にボールの行き先に走り込んでいた。銃撃の達人のアリアはこんな場面でも冷静らしい。相手キーパーの動きを読み、その股下へとボールを蹴り込んだ。
見事にそこを通過したボールはゴールネットを揺らし、主審が今日10度目のゴールを知らせる笛を吹く。3-7、あと4点差だ。
「アリア先輩サイコー!!」
「アリアさまー!!モーイですー!!」
リサ達の声援にちょっと照れながら手を振り返すアリア。それを苦々しい顔で見つめるのは後半になって徐々に追い詰められつつある方だ。
4度目の相手のキックオフ。それと同時に怒涛のプレッシングを開始する。
一気に3点を取られ、動揺しているのか少し追い回すと向こうのパスが乱れた。それをセンターサークル付近で風魔が目敏く回収し俺達のショートカウンターだ。
風魔がキンジへと縦パスを付ければそれをキンジはアウトサイドで後ろにいたアリアへ流す。フリックだ。アリアは相手を背負いながらボールを受け、外から中に走り込んできた不知火へボールを渡す。そしてアリアは背負っていた相手と入れ替わるように反転し、ゴール前へ、キンジも不知火の後ろを回るようにしてゴール前へと向かっていった。俺も不知火と少し距離を置きながらもゴール前へと直進。相手の中盤の選手の気を引くことで不知火へのプレスを少しでも軽くする。そして左足から右足へ持ち替える余裕すらできた不知火は右脚を一閃。放たれたボールはゴール左上の隅に突き刺さった。これで4-7、3点差だ。
残り時間はアディショナルタイムを抜けばあと20分程。このペースなら逆転まで持っていけるはずだ。
何度目とも知れぬキックオフで試合再開。
しかし、自陣に引きこもっていた先程までと違って今度は向こうも少し前に出てきた。どうやら守りきるのは不利と感じたらしい。こちらの守備の隙を突いて点差を広げる作戦に切りかえたようだ。
だけどそれは悪手だぞ。俺達の得点パターンはそのほとんどがそっちの守備陣系の整う前に攻め切る速攻なんだ。前に出てきてくれるなら好都合だ。
向こうが前に出てくるのを見て理子は流石にさっきまでのように突貫するのは控えたらしい。だが前に出てくれればその分向こうもミスが増える。
相手がフォワードに楔を入れ、その落としを受けた中盤の選手が外へと展開する。
だが後半も更に折り返しに差し掛かっているこの時間、多少は疲れもあるのだろうがパスがズレた。味方も届かずにボールはタッチラインを割る。出たボールを俺が拾い、そこからスローイン。まずはジャンヌに渡し、それを風魔に繋げた。受けた風魔は武藤へと落とし、それを今度はレキに渡した。
レキは近寄ってきた不知火に渡すが背中に相手を背負っていた不知火はライカへとボールを預ける。受けたライカがレキにボールを出した瞬間に不知火が縦にダッシュ。
それを見ていたレキは直ぐ様反転、不知火の前方、空いているスペースへボールを転がす。
不知火がペナルティエリアのポケットに入ったところでボールをトラップする。その隙に向こうの守備陣も追い付くがそれを不知火はキックフェイントで切り返して外し、逆足でマイナス気味にグラウンダーで折り返した。
そこにいたのは中央から駆け上がってきた風魔だ。そして不知火から出されたボールをトラップすることなく風魔はダイレクトでゴールへ蹴り込む───
「むっ……」
だがそのボールは相手ゴールキーパーが横っ飛びで掻き出した。惜しくもゴールにはならなかったがコーナーキックを取れたのだ。まだ俺達の攻撃は続いている。
「気にすんな風魔。まだ俺達の攻撃だ」
「お気遣い痛み入るでござる」
特徴あるござる口調の風魔の肩を叩き、俺は事前に打ち合わせていたポジションに着き、インプレーを待つ。
コーナーフラッグへと寄って行ったのは不知火。コーナーキッカーを務めるからだ。そしてショートコーナーもあるぞと思わせる為にレキも近くに寄る。
ボックスの中にはキンジ、武藤、ジャンヌ、ライカの高身長組だけでなくファーサイドにアリア、ゴール正面のエリアギリギリには急にキック力の上がった星伽も構えている。それを受けて向こうは1人を残してフィールドプレイヤー9人をボックス内に配置してきた。
審判の笛が鳴る。両手を挙げ、長い助走を取った不知火がボールを蹴る───
───近くにいたレキに向けて。
これまでの試合でキラーパスを通していたレキのキック精度を恐れた相手の守備陣が慌ててレキにプレスを掛ける。だがレキは慌てることもなく、かと言って中に蹴り込むでもなく、ペナルティエリアの角から少し後ろにいた俺へとボールを流した。
相手の突撃組はレキに意識を向けていたから俺へのプレスが遅れている。俺は余裕を持ってそのボールへ踏み込み、再びボールの真芯を押し出すように蹴り出す。
前回よりも低い弾道を描いたそのシュートはそれでも再び急激にコースを変え、上から落ちるようにゴールマウスを襲った。しかし相手のレベルだって高い。2度目の無回転シュートは頭に入っていたのか、逆こそ突かれたもののどうにか手だけは残した。そして俺の放ったシュートはキーパーの手によって防がれエリアの中へと零れた。だが───
ピーッ!と主審の笛が鳴り響く。その手はセンタースポットを指し示していた。
キーパーの弾いたボールが目の前に転がってきた武藤が思いっ切りゴールへと蹴り込んだのだ。
「っしゃあ!!」
キンジやジャンヌ達とハイタッチを交わしながら武藤はポジションへと戻っていく。ゴールの中を転がったボールはライカがきっちりと回収して真ん中まで運んで行った。5-7、2点差まで追い縋ったぞ。
そしてキックオフ。
後ろへ戻されたボールへとキンジとアリアが猛追する。それに呼応するように俺達は全体のラインを高く保つ。更に俺と不知火も相手ディフィンスラインへとプレスをかけ、中盤はレキと風魔が睨みを効かせている。その上ジャンヌからの号令でライカも中央にポジションを絞った。そっちのサイドハーフはフリーになるがそもそも相手のボールホルダーは対面の俺達を外さなければパスコースは生まれない。そして相手センターバックが苦し紛れに蹴ったボールをジャンヌが回収し、俺へと渡してきた。俺の目の前には相手サイドバックが1人。センターバックはアリアにピン留めされているし、レキが常にボールホルダーと良い距離間にいるから相手の中盤も離れられない。
つまりこいつをぶち抜けばゴールまでの道筋は出来る!!
俺はボールを晒しながら相手へと突っかける。そしてそれに釣られて足が出てきた瞬間にその空いた股の間にボールを通し、自分は急加速しながらすれ違うように駆け抜ける。裏街道だ。
一気に加速した俺は斜めに切り込むようなコース取りでドリブルを図る。相手のディフェンダーは俺に突っ込むことなくアリアへのコースを消しながらズルズルと下がっていく。
俺との距離も常に一定だし、確かにスピードは落とされた。けれどここでそのディレイ守備は俺の予想通りだ。
遂にエリア内に入ろうかというところでようやく向こうも距離を詰め始める。正確には、進む俺と止まった向こうで俺が近付いたのだが。
だが俺はさらに深く抉ろうと左アウトでボールを蹴り出す───振りでそのボールを跨ぎ、右足アウトサイドで中へと切り返した。向こうも体重を右足に掛けてしまったからもう戻れない。相手キーパーはアリアのいるニアを警戒している。俺はインサイドで擦り上げるようなシュートを撃つ。そのボールはキンジを見ていたもう1人のディフェンダーの頭を越え、外から落ちるようにしてファーサイドへと突き刺さった。6-7、遂に1点差だ。
この試合何度目かのキックオフ。
しかしここで相手の動きが明確に変わった。
俺の裏を取った相手の選手がジャンヌのことも縦に抜き……いや、完全には抜き切れていない。そのうちに俺も追い付いた。だがサイドに流れてきた相手フォワードとワンツーを決めてさらに前進する。その先にはゴールは無い、あるのはコーナーフラッグだけだが───
そのままコーナーフラッグまで到達したソイツはジャンヌを背負ってコーナー付近でボールをキープする態勢に入った。……なるほど、それをやるのは後半の終わり際がメジャーだが、もうこの際なりふり構っていられないというわけか。
「ジャンヌ、代われ!」
ジャンヌに代わり俺が後ろから圧をかける。ジャンヌも回り込みボールを回収しようとするがその瞬間にヒールでボールを蹴り俺のスネにぶつけてきた。そのボールはそのままタッチラインを割り副審は俺達側のコーナーを旗で指し示す。
そして得たコーナーでも奴らは近くに置いた味方をボールを預けるだけだ。
しかも今度は2人がかりでボールを囲んでいるから中々奪えない。
しかも俺が少し後ろから圧をかけただけで倒れ込むものだから笛が鳴る。俺のファールを取られた形だ。
「……キンジ」
俺はキンジを近くに呼ぶ。キンジだって俺達の中じゃ背は高い方だがだからって大男って訳でもない。向こうも人数を掛けていないし、どうせ中には放ってこないんだからこっちにいたって大丈夫だろう。
ヒステリアモードのキンジならコイツらからボールを絡め取れるだろうと読んだが正解だったみたいだ。
コーナー付近でまたもやキープの姿勢に入った彼らの間に入り込み、ボールを前へ蹴り出せたのだ。俺がそれを回収するとその大外をキンジが、内側をジャンヌが駆け抜けて行く。ボールに絡んでいたキンジよりも俺達の意図を読んでいたジャンヌの方が早い。
ジャンヌの数歩前にボールを出し俺も一気にスピードを上げていく。
ジャンヌは降りてきたアリアにボールを預ける。楔を受けたアリアは即俺へとボールを落とし、それを俺がドリブルで右に流れながら持ち運ぶ。迫ってきた中盤の選手を横切るようにして躱し、上がってきたライカに預ける。
ライカは中央にいたレキへとボールを渡した。レキは後ろからプレスを受けたのでそのまま星伽へとボールを返す。星伽はそのボールをトラップして左を見る。そこにはキンジがいて、相手を背負っていたが躊躇わずにミドルパスを通した。ヒスったキンジは背負いながらでもそのボールをキープ。目の前のジャンヌへ渡し、風魔、レキ、武藤へとそれぞれダイレクトでボールを繋ぎ、武藤が俺へとボールを付ける。俺は後ろからプレスを掛けてきた相手の股の間にボールを足裏で通し反転。真ん中からやや右サイドよりをドリブルで持ち上がる。不知火も右サイドを駆け上がり相手のサイドバックをピン留めしてくれている。
そして更に迫ってきたもう1人も躱し、その勢いでピッチ中央に流れる。更にボールを持ち出した俺の前に中盤の選手が横合いからチャージを仕掛けてくるが俺はその勢いをボールに乗せて斜めに走り抜けてきたアリアへパス。さらにアリアがダイレクトで後ろへヒールパス。それを受けた俺がエリア内へスルーパス、そこへ入り込んだのがキンジだ。ファーへ流れたアリアが視界に入ったのか中途半端な位置取りをした相手キーパーを冷静に見据えたキンジがそのボールをダイレクトシュート。それがニアに刺さったと同時に主審の笛が鳴る。遂に7-7、同点にまで追い付いたぞ。
そしてこの試合16回目のキックオフの笛が鳴る。その時第4審が掲げたボードには"4"の数字が。残された時間はあと4分ということだ。
だが───
「……くそ」
ボールが奪えない。しかもコイツらは俺や不知火のいる所ではなく比較的パワーの劣る風魔やレキの近くでボールを回すのだ。中盤でボールを回すのは奪われた時のリスクが大きいはずだが奪われそうになれば即座にライカかジャンヌの方へボールを出す。俺も不知火も追い掛けるがこっちにも見なければいけない選手はいるわけで、追い付けずにまた他の方へ出されるか俺達の空けた選手へボールが渡るかで追い込みきれない。前半ならともかく、試合も最終盤だ。流石にスタミナが保たない。そして───
───ピッ!ピッ、ピー!
と、試合の終わりを告げる長い笛が吹かれた。
7-7、記録的な打ち合いになったこの試合はしかし引き分けに終わった。
───────────────
「……悔しいなぁ」
学園島の寮へ帰る道すがら、思わず口をついて出た言葉がそれだった。
「それでも、ご主人様は大活躍でしたよ」
と、リサは俺の手を握りしめてそう慰めてくれる。
「そうだよ!前半にあんなに点取られたのに後半だけで取り返したんだもん、凄いじゃん!」
リサに続くように透華もフォローを入れてくれる。
「私もコンタクトを落としてしまったからな……。前半の不出来は私の責任でもある」
と、俺と一緒に肩を落としているのはジャンヌだ。だけど───
「そりゃしょうがねぇだろ。むしろ、後半眼鏡掛けてまで出てくれてありがとな。危ねーのに」
そう、コンタクトを落として視力の落ちたジャンヌは後半、ハーフタイムのうちに平賀さんの作ったバンドで眼鏡を固定してまで試合に出てくたのだ。競技用の眼鏡ならともかく、普通の眼鏡にバンドを着けただけなんて危ないにも程があるにもかかわらず、だ。こちらからは感謝こそすれど悪く言う筋合いは無い。
「……大したことではない。この程度の橋は何度も渡ってきている」
ちょっと照れてるのかそっぽを向くジャンヌ。だが頬の赤らみまでは誤魔化せていない。
しかしそれ、イ・ウーにいた奴が言うと洒落になんねぇな。ホントに。
「向こうも、最後は勝ちを捨ててまで守ってたよね。あれっていいの?」
と、樹里が疑問を口にする。
「……褒められはしねぇんだろうが、ルール違反ではないな。今は総当りで上のチームが勝ち抜けの段階らしいから、負けるよりはドローで終わった方が得するんだよ」
何チームかでの総当りで試合をして、勝ち点の多かった上位2チームが次のステージへ進めるんだそうだ。ちなみに勝てば勝ち点3、引き分けで1、負けると0。基本的に試合の結果で減ることはない。
「ふーん、そんな風なんだ」
理解はしたけど納得はしてない。そんな雰囲気を樹里は漂わせている。
「それでも、天人さんは格好良かったです……」
ボソッと、後ろで呟いたのは彼方。チラチラと、上目遣いでこちらを見ている。……何か言えってことだろうか。
「……ありがとな。けどま、キンジも結局単位足りてねぇし。勝ちたかったよなぁ」
俺達が帰る時にもキンジはグラウンドで黄昏ていた。久々に武偵とか関係無い仕事だったからか、引き分けに終わった割にはスッキリとした顔をしていたが。
俺の心情を察してくれたのか、リサがシュルりと俺の腕に絡みつく。その柔らかさと僅かな重みに慰められながら、俺は帰路を歩く。
後ろの影法師はまだ長い。それがまた、夏の全盛といつかの衰退を思わせるのだった。