「またか……」
俺がスヤスヤと寝息を立てている八重樫をおぶさりながら通路を抜けるとそこはまた中央に氷柱のある大部屋だった。そして、その鏡のようになった氷柱の目の前で豪奢な鎧を身に纏った茶髪が倒れ込んでいた。───天之河だ。
「……生きてはいるみたいだな」
俺が天之河の傍まで歩き寄って上から顔を覗き込めば、閉じられていた天之河の瞼が開き、その端正な顔が全貌を見せた。
「神代……と、雫か……大丈夫なのか?」
「八重樫も自分の影は倒した。今は疲れて寝てるだけだ。お前も、勝てたのか」
「あぁ、色々言われたけどな。本当、耳が痛かったよ。確かに俺も間違えることがあると思う。けど俺には信じられる仲間がいる、俺が間違えても龍太郎達が引き戻してくれるって思えたから、俺はあれに勝てたんだ」
「そうかい」
勝てたのなら、俺も態々柄にもないことを言った甲斐があったってもんだな。ま、周りが見えてるのは良いことだ。
「ほら、乗ってけ」
勝てたとはいえ完全に魔力が枯渇しているのか、天之河は口以外はろくに動かせない様子だったのでビット兵器を1機呼び出す。天之河もそれに転がるようにして乗っかるのを確認して俺はそれを従えつつまた天之河の開いた通路を歩き出した。
───────────────
奥へ着いたと思ったら更に転移させられ、俺達3人がようやく辿り着いたのは幾本もの水晶のように透き通る柱で支えられた巨大で四角い空間だった。しかもここには何故か湖があり、氷の足場が奥にそびえる神殿のような建物まで続いていた。どうやらここがゴールのようだな。
俺がフラフラとその美しさを眺めながら散策していると、背後の方で転移してくる気配がした。振り向けばユエ達が全員揃ってこちらへやって来たようだった。
「雫ちゃん!……と、光輝くんも、大丈夫?」
おまけのように扱われた天之河は苦笑いをしながらビット兵器の上で手を挙げてそれに応える。
「ほら八重樫、そろそろ起きろ」
と、背中を揺すれば寝坊助の八重樫もようやく眠りから目覚めたようだ。
「あれ……香織……皆……」
一瞬足元の天之河にも目線がいったはずだが八重樫さんは華麗にこれをスルー。天之河もそろそろ立って歩けるくらいには回復したらしく、モソモソとビット兵器から降り立った。俺も八重樫を降ろすと香織が凄まじい勢いでこちらへ駆けてきて八重樫に抱きつく。そのままゼロ距離で再生魔法を使ってやれば瞬く間に八重樫も全快だ。
天之河にも再生魔法を掛けてやり、俺達は湖の向こうに佇む洋館へと足を踏み入れた。
どうやら、ここは涼しくはあるけれど大迷宮の真っ只中と違って凍えるほどではないらしい。
俺達は氷で作られた屋敷の中を探索していく。中の造形は家具の1つ1つが細部に至るまで美しく、それが俺達に溜息すら付かせるのだ。
そして遂に、見るからに重厚そうで明らかに他とは違うディテールの扉へと行き当たった。恐らくこの奥に神代魔法の魔法陣があるのだろうという俺の予測は外れることなく、扉を開けばその部屋の床には魔法陣が刻まれていた。
そして、俺達は全員でその中に入り、俺とユエにとっては最後の神代魔法となる"変成魔法"を脳ミソに刻まれた、その瞬間───
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
俺とユエは絶叫した。そしてそのまま、意識が闇の中へと沈んでいく───
───────────────
唇に何やら極上と呼べるくらいに柔らかで甘美な感触がある。それが触れられている俺の唇はその刺激を寸分の狂いもなく脳ミソへと伝えているようだ。あまりに甘ったるい目覚まし時計の合図に俺の意識も暗闇から引き摺り出される。
「……ユエ」
「……んっ、天人、おはよ」
愛おしいユエの顔が目の前にある。その幸せを噛み締めながら周りを見渡せば、布団のめくれた、ユエが寝ていたであろうベッドこそあるが、この部屋には他に誰もいないようだった。運び込まれたみたいだがどうやら他の奴らは別室にいるのだろう。俺はユエを自分の胸元に抱き寄せてそのまま布団を被り直す。
「知ってるか?2度寝ってのは世界最高レベルの贅沢なんだぜ?」
愛する人と同じ布団で2度寝……人類よ、布団という奇跡を発明してくれたことに感謝を……。
と、俺がユエを抱き込んでもう一度眠りに入ろうとした瞬間、俺達の天地がひっくり返った。
「ほらほら、起きたなら早く来てくださいよー」
ユエを抱きしめたまま見やれば、俺達の寝転がっていたベッドを担ぎ上げたシアが呆れたようにこちらを睨んでいた。どうやらベッドごとひっくり返されたらしい。
「……はぁ」
「ほら、溜息付いてないで」
仕方なしに俺達はシアに連れられて皆の集まっている部屋に案内される。そこでもどうやら事情を察したらしい香織や八重樫に呆れ顔でこちらを睨まれる。すると、ティオも部屋に戻ってきた。どうやら俺とユエが急に倒れた原因を探る為に屋敷の中を探索していたらしい。
「それで、天人くんとユエはどうしていきなり」
「そうね、2人がいきなりあぁなるなんて、余程のことがなくちゃ……」
「あぁ、まぁ何と言うか……、神代魔法以外の情報も一遍に脳ミソに書き込まれてキャパオーバーしたんだよ」
と言えば香織は「あぁ、天人くん脳みその容量少なそうだもんね……」と宣うし八重樫も「でもそれならユエも一緒に倒れたことに説明が……」と香織に囁いている。この野郎……っ。
「んんっ、俺達に強制的に書き込まれた情報は概念魔法に関してだ」
と、俺が言えば場の空気が一気に締まる。それはハルツィナ樹海の大迷宮で手に入れた羅針盤にも使われている魔法。そして、俺達がそれぞれの世界へと帰る為の道標となる魔法。
「概念魔法……それがあれば世界を越えられるんだよね?もう使えるようになったの?」
「いや、それはまだだ。リューティリスの言ってたみたいに、あれは知識があればとか教えれば使えるみたいな代物じゃないみたいだ。それに、俺達に書き込まれたのもその概念魔法をどうのみたいな具体性のあるもんじゃなくてな」
「……どちらかと言えば、前提知識みたいなもの」
と、俺の言葉にユエが続ける。
「前提知識?」
「そうだ。……例えば、俺達が今回手に入れた変成魔法、これはどんな風に捉えてる?」
と、俺が視線で八重樫と香織に話を振る。
「えと、普通の生き物を魔物に作り替えてしまう魔法かしら。術者の魔力を使って魔石を作って、それを核にして肉体を再構成する、みたいな」
「あとは、既にいる魔物の魔石に干渉してより強い肉体や新たな力を与えたり、かな」
「あぁ、まぁだいたいその通りだ。グリューエンやハイリヒで俺達と殺りあった魔人族が使ってたのもこれだ。けど……今の説明は極表面的なものだったんだ。本来の変成魔法ってのはそうだな……有機的な物質に干渉する魔法、みたいに言えばいいかな」
つまり、理論上は生き物や魔物だけではなく、植物やそれこそ人間に対しても行使が可能ということだ。
「多分、ティオの竜化の起源はこれだ。それにもしかしたら……」
俺はふとシアのウサミミを見る。それに気付いたシアが疑問顔でそのウサミミをフサフサと動かす。
「ふむ、まさか竜人族の起源が神代魔法とは……」
他の神代魔法もそれぞれ世界の根本とも言える法則や何かに干渉する類のものだった。例えば───
「例えば再生魔法は時間に干渉する魔法だし、空間魔法は境界に干渉する魔法ということ……らしい」
そんな知識を頭に叩き込まれたけど境界に干渉って何?とは思うけど。
「……さっきの前提知識というのはそういうこと。……神代魔法はこの世の理に干渉する魔法だけどそれを私達は理解しきれていなかった。だから普段は私達の理解できる範囲の行使しか出来なかったし名前もそういうふうになってた」
「ユエの言う通りだ。そして、それを理解するには中身が深すぎて大迷宮を全部攻略できるレベルでないと心身が負荷に耐えられない」
と言うか俺の頭は大迷宮全部攻略したけど耐えられていない気がする。
「……なるほどね、聞く限り、人の触れて良い領域から逸脱しているようにも思えるわ……。そうすると、帰る為の概念魔法はまだ生み出せそうにはないってこと?随分と難易度の高いもののように思えるし……」
「んー、確かに難しくはあるな。リューティリスが極限の意思とかいうフワッとした説明で終わらせやがったが、実際そんな感じだ。魂魄魔法と昇華魔法で望みを概念レベルまで引き上げてそれに魔力を通して現象を無理矢理顕現させる、みたいなやり方なんだ」
だが普通はそんなもの、昇華魔法を使っても成功しないし、そもそも生成魔法で何かに付与して定着させなければ普通は1回こっきりになってしまう。
「俺としては帰る為の概念魔法よりも、帰ってまた直ぐにエヒトに呼び出されないようにする魔法の方が難しい気がするよ」
「……確かに、せっかく帰れてもまた召喚されたんじゃ」
「それに、2度目は俺が呼ばれないかもしれない。そうしたらお前らは帰るのに相当苦労するだろうし」
しかし、俺としても再召喚は防ぎたいがそれを概念魔法レベルまでは引き上げられる気がしない。だったらもうエヒトを直接ぶっ潰そうという思考に移りそうだからな。
「……私達のことも考えてくれるのね」
「……お前ら俺のこと血も涙もない冷酷非道男だと思ってるよな」
周りを見渡せば、勇者組は皆ブンブンと首を横に振り回している。確かに普段の言動からしたらそうなるのかもしれない。いい加減考え直すべきか……?
「まぁとにかく、俺とユエは早速帰る為の概念魔法を作ろうと思う。話しながら整理も出来てきたし」
そして、俺達が概念魔法を作っている間に、谷口達は手に入れた変成魔法で戦力の拡充を図りたいようだった。ま、これから魔人族の総本山に乗り込もうというのなら、それも必要だろうと俺は樹海に繋がる鍵を渡した。とはいえ、シュネー雪原の大迷宮を攻略したダメージは割と深刻で、とりあえず俺とユエが帰る為の概念魔法を生み出すくらいまでは休息に充てることになった。
そして俺達はまた変成魔法を刻む為の魔法陣がある部屋への扉を開けるのだった。
───────────────
別部屋で団欒しながらも今後の方針について話し合っていたシア達が激烈な魔力の波動を感じて飛び込んだのは、天人とユエが概念魔法を生み出す為に篭った部屋だった。そこでは2人が両手の指を絡めて向かい合い、目を閉じて脂汗を滲ませていた。紅と黄金色の魔力の奔流が組まれた指と同じように絡み合い、二重螺旋を描きかながら渦となって脈打っている。
問題が発生したという訳ではなさそうだと判断し、邪魔になるくらいならと部屋を出ようとした彼女らの眼前に突如、どこかの風景と思わしき映像が浮かび上がった。
「これは……」
そこはまるで洞窟のようだった。光輝や雫などはオルクス大迷宮を想起した。だが自分らの知っているオルクスの洞窟とは趣こそ近しいが、ある程度は人工的に整備されていたオルクスの洞窟と比べると、どうにも手付かずの自然のままといった風であり、いまいち確信が持てないでいたのだが。
「これはもしや、本当のオルクス大迷宮というところではないかの」
だがティオの言う通り、そこはオルクス大迷宮を100層下った更にその下、奈落の底の更に奥底にある大迷宮の1つであった。そしてその部屋にいる者に伝わる感情、それは───
「これは、不安……?」
「それと、恐怖……」
「もしや、これは主の記憶、というやつかもしれないのじゃ」
これもティオの言う通り、この映像は天人の記憶だった。ベヒモスの部屋から奈落の底へと落ち転げた先で天人の見た風景。それが今、全員の目の前に広がっているのだ。
そして風景は動き出す。不安や恐怖を抱えていようが、未知の場所だろうが、慎重に、だがしっかりと歩みを進めているのは確かに天人らしいと言えた。そして襲いかかってくる白いウサギの魔物。特異な動きに翻弄されていた天人だが突破口を見つけ、そこに踏み込んだ瞬間───
───ウサギが別の魔物に殺された。
長い爪を持つクマの魔物だった。明らかにウサギの魔物とは一線を画す雰囲気を漂わせたそいつにも天人はまた挑んでいった。例え未知の敵に対しても、慎重ではあっても背を向けることなく挑む姿はやはり今の神代天人という青年と何ら変わりはない。そして腕を変化させ赤雷を放ちながらもどうにかクマと痛み分けに終わった天人が次に見つけたのが輝く水という奈落の底に転がっていた希望だった。それを見つけた時の天人の感情が伝わってくる。だがそれは希望だけではない、消しきれない不安もまた同居していたのだ。だが男は進む。魔物を喰らい、地獄と言うにも生温い激痛を飲み込み、再び立ち上がった。
そして、遂に試行錯誤をしながらもこの魔法が戦いの中心だったトータスに拳銃という現代兵器を生み出した男は進軍を開始した。
「これが……神代の言っていた……」
光輝が呟く。
「そうだよ、これが魔物を食べるっていうこと」
この中で唯一同じ経験をした香織が告げる。
「でも、天人さんはこの後も何度も同じような痛みを……」
そう、シアは前に聞いたことがあった。より強い魔物を喰らえば再び同じ痛みに襲われると。そして実際大迷宮の攻略中は幾度となくその激痛に襲われたということを。ウサミミで聞き、実際に香織がその苦痛に悶え苦しむ姿を目撃したこともあったけれど、こうして直に伝わる痛みと苦しみは自分の理解が万分の一にも届いていなかったのだと痛感する。
───そしてまた風景が切り替わる。
そこは、どうやらどこかの家のようだった。目線はやや低い。まるで子供の目線のようだ。実際、目の前に映る人間の男女は夫婦のようであり、またこの目線の主の親のようでもあった。また、目の前に映る女の子へと感じるこれは……。
「これもしかして……」
「天人さんの、子供の時……?」
「そう言えば、幼馴染がいると言っておったがもしや……」
この氷の大迷宮を攻略中に少しだけ彼の幼少期の頃の話を聞いていた。確か両親と幼馴染が強盗に襲われるという───
「ッ!?」
その時それは起こった。
突如その家に押し入って来たのは3人の若い男。そして勢い良く天人の目線が下に落ちる。どうやら何か強い力で床に縫い付けられたようだ。その間にも惨劇は進む。1人の男の仕業なのだろうか、そいつの目線の先にいた天人の父親と思われる男性の腕がまるで雑巾でも絞っているかのように捻れていくのだ。腕がねじ切れそうになる痛みに絶叫する男性と、それを見てゲラゲラと下品な笑い声を上げる男達。
その映像からは怒り、痛み、悔しさ、悲しさ、絶望が痛い程に伝わってくる。既にシアやティオなどは膨れ上がる激情に息を荒くして自分の腕が食い込んだ爪で血が流れる程に押さえつけている。
しかしそれでも映像は続く。蹴り飛ばされ、汚い脚で壁に肩を縫い付けられたのは天人の母親だろうか。苦悶の表情を浮かべていたが、直ぐにその顔が更なる痛みで歪む。今度は脚が捻られていく。そしてそのまま千切り捥がれた脚が父親の方へと投げ捨てられた。そして、既に失血で意識の朦朧としている父親の頭を掴んで天人の前に放り投げた。
そして2人の目の前で母親の身体が宙に浮き、腹を起点に身体が冗談みたいに捻れていく。ブチブチと肉が裂ける音と共に映像から伝わる感情も膨れ上がる。だがそれだけではない、天人の前に女の子が1人蹴り転がされてきたのだ。それは先程天人が淡い恋心を抱いていた子供だった。まだ幼さが目立つがそれでも造形の整っていた美貌は、大人の男にしこたま殴られた結果、今や見る影もなく赤く腫れ、瞼や鼻から出た鮮血でその顔を覆っていた。
「こんな───っ!!」
シアが声を震わせる。その両腕に雫と香織が寄り添い、後ろからティオが3人を包み込む。だが、それでも映像は続く。
1人の男が天人の目の前で女の子の首を掴んで持ち上げたのだ。そしてそのまま両手でその細い首を締め上げる。女の子は抵抗を見せるが当然、力で敵うはずもなく徐々に動きは小さくなり口からはただ唾液が垂れていくだけになる。そしてその細い両手がダラりと下に下がった瞬間───
怒り、憎しみ、悔恨、その全てが人間1人が抱えるにはあまりに大きく膨れ上がり、遂に極限まで膨れ上がったそれが弾けた。
「あああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
喉が引き裂けんばかりに叫んだ少年の視界が白く染まる。突き出した腕から白い炎のようなものが噴き出して男の脇腹を貫いたのだ。鮮血が噴き出す間もなく一切のコントロールを失った白い炎は絶叫のままに、そのまま彼が大切に想っていた全てを押し潰し、引き裂いた。
白以外の色を失った視界が晴れればそこにあったのは瓦礫と肉片と血と臓物が撒き散らされた異臭だけだった。他には何も、一切の思い出も愛も何もかもがただ破片となって散らばっているだけだった。
場面が変わり、別の家の中と思われるそこで天人の目の前にいたのは背の高い整った顔の若い男と、天人と同い年くらいの、透けるように薄い金髪を湛えた愛らしい女の子だった。シアは直感的にこの子がリサなのだろうと思った。
天人はまた自分の大切なものが奪われる恐怖のままに、その男に飛びかかるが一瞬で抑え込まれる。その直後、天人の中からまた先程の白い炎とは違った力が湧き上がるが、何があったのか、即座にそれが抑え込まれるようにして消えていく。
恐らく何らかの手段で天人の力が封印されたのだとティオは推察する。そしてまた場面は移り変わる。今度はそのほとんどがリサといる場面だった。そして、先程までとは違って、場面の切り替わりが激しい。何やら勉強している時、ただ雑談を交わしている時、リサを背にして自分より大きな誰かに立ち向かっている時。だが、常にそこから伝わる天人の感情には独占欲と失うことへの恐怖心と、そしてそこには確かに恋が、愛があったと、これを見た全員がそう確信した。
場面は移り変わっていく。その中で神代天人という少年は常に戦い続け、傷付いていた。心も身体も。そしてそれをずっと傍で癒し続けていたのがリサ・アヴェ・デュ・アンクという少女だった。文字通り世界が飛んでも常に隣に寄り添い自らが愛する男に尽くしていた。そして少年もまたその少女の献身に応えるように拳を、刃を振るい引き金を引き続けた。そしてまた映像は切り替わる。
映し出されたのは地球からトータスにやってきた光輝達には見慣れた光景、ハイリヒ王国で勇者一行に割り振られた個室の、ベッドから眺める天井だった。夜なのだろう、星の光と月明かりだけが室内を照らす薄暗い中で男は心に誓う。
───帰るんだ
───武偵高に
───リサの元に
映像が途切れた時、シアはまだ自分が涙を流していることに気付いていなかった。だが隣の雫や香織までもが涙している姿を見てようやく自分も同じような感情の発露に気付いた。
「そんな……こんなのって……」
それは、誰の言葉だったか。きっと呟いたのは1人でもこの場の全員が同じ言葉を抱えていたのだろう。天人は自分の過去をあまり語っていなかった。シアでさえこの世界に来てからのことはともかくそれよりも前のことはあまり聞いたことがなかった。"武偵"という概念に関しては愛子がしつこく天人に聞いていたので何となく知ってはいたがそれだけ。後はその世界にリサという女がいて自分の恋した男はその人に心奪われているということくらい。最初に飛んだ異世界での話やその後の異世界を巡る旅の話はしてくれたが、イ・ウーのことや幼少期の話だって氷結洞窟で初めて聞いたのだ。
その隠されていた過去がこれほどのものだったなんて……。自分の産まれ持った力が一族郎党を皆殺しにしかけた自分と、同じように持って産まれたであろう力で家族を、好きだった女の子を殺してしまった天人。比べずにはいられなかった。だがシアが何か言葉を口にする間もなく変化は訪れた。天人とユエの間に置かれた鉱石達が混ざり合い形を変えていく。それは紅と黄金色の魔力を取り込みアンティーク調の鍵のような形を得た。
「あれは……鍵?」
そして、その鍵が完全に形を安定させた瞬間、今までずっと瞑目していた2人が目を開く。その視界にはお互いしか映っていないかのように見つめ合っている。そして二人の唇が同時に震え、言葉を紡ぎ出す───
「「───望んだ場所への扉を開く」」
───────────────
"望んだ場所への扉を開く"
そう俺とユエが言葉にした瞬間に俺達の意識は闇へと落ちていた。魔力枯渇だ。だが即座に魔力が身体に入り込む感覚があり、目を覚ませば周りにはシアやティオ、香織や勇者組が全員揃っていた。
「あ……」
「天人さん!!」
むぎゅうっ!という音がなりそうなくらいにシアが倒れ込んでいる俺のことを力一杯抱きしめてくる。
「シア……今のはただの魔力の枯渇だから……」
だからそんなに心配するなと言おうとしたのだが───
「そうじゃないんです……そうじゃないんですぅ……」
と、目に涙を貯めながらも俺のことを離そうとしない。一体どうしたというのだろうか。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「は……?あぁ、アーティファクト、出来たっぽいな」
俺が足元に転がっている鍵に目線をやればそれをユエが拾い上げた。うん、あの羅針盤に勝るとも劣らない力を感じる。多分完成したんだろうな。
「そっちじゃないんですぅ……そっちじゃなくて……」
「なぁシア、本当にどうしたんだ?」
「あのね、天人くん」
嫌なわけじゃない。むしろシアに抱き着かれるのは好きな方だがそれはそれとしてシアの情緒が不安定すぎてまず疑問符しか浮かばなかった俺に香織が話しかける。どうやら、このアーティファクトを作成している時に凄まじい魔力の奔流を受けてこの部屋に飛び込んできたコイツらは皆、その時に俺の記憶を見たらしい。それも、異世界を巡る中での戦いの記憶だけじゃなく、"あの時"の記憶もだそうだ。なるほど、シアがこうなっているのはそういうことか。そう言われて見れば何かティオや香織や八重樫、というか全員泣いた跡が残ってる……。
「だから、だから……あの時助けてくれて……来てくれて、ありがとうございます……。もしかしたらあの時の天人さんは本当はとても……」
「別に、辛くなんてなかったし、後悔だってしてない。むしろ、あの時ハウリアを、シアを見捨てなくて良かったと思ってるよ」
だから泣くなとシアを抱きしめ返し、頭を撫でてやる。それでもまだ泣きじゃくるシアにユエも後ろから抱きしめてやっている。そうしていると今度はティオが俺にしなだれかかってくるわ八重樫も何やら恥ずかしそうに俺の服の袖を摘むわで段々と身動きが取れなくなってくる。
そのままじゃキリがないので、シアが少し落ち着いた辺りでこの世に新たに生み出された概念魔法の付与されたアーティファクトの試用に移らせてもらう。
まずは羅針盤を使って門を開きたい座標を探し出す。この鍵型のアーティファクトは汎用性があまりに高すぎてこうしてキチンと指定してやらないと逆にどこにも行けないのだ。
そして、俺は羅針盤で適当な座標を探し出すと鍵に魔力を通しながら空間に突き刺した。すると、ズプリと空中に波紋を広げながら先端が突き刺さった。ガリガリと魔力を削られる感覚に眉を顰めてしまうが構わずそれを注ぐ。そしてそのまま家の鍵を開けるかのように鍵を回せば───
「この恥知らずのメス豚がぁ!昇天させてやる!!」
俺は無言のまま、そこにいた暴言を吐きながら鞭を振るっているウサミミの男に向けて、宝物庫から取り出した鉱石を投げつけた。
「ゴフゥッ!?何事───ってボスゥ!?」
そこにいたのは恍惚の表情のアルテナとそれに何故か鞭を振るっていたカムだった。
「カム」
「はい……」
「俺ん後ろで今にもお前らを殺害しそうなシアはどうにかしてやるから、今から言うことを覚えておけ」
「はい……」
「いいか?後で俺が"山"と言ったら"川"と答えろ。忘れてたら……」
俺はそこで言葉を切ってそのまま門を閉じていく。向こうからカムの恐怖の叫びが聞こえてくるが無視だ無視。
「さてシア。1回お前は後ろを向いてそのウサミミを塞いでてくれ」
多分もう1回あれを見ることになるからな……。流石に自分の父親と自分と同い年くらいの友人の野外SMプレイの現場は辛すぎる。
「はいですぅ……」
多分シアもそこを察したのか素直に後ろを向いてペタリとウサミミを閉じた。うん、それが正解だ。
さてと、俺はもう1度、今度は先程よりも更に輪をかけてとんでもない量の魔力が鍵に注ぎ込まれていく。
そして───
「本当に反省してんのかぁ!?」
俺はもう1度鉱石を投げつけた。
「ゴフゥッ!?───何事……ってボスゥ!?」
「山」
「は?」
「山」
「え、ここはどちらかと言えば森───」
「いや、もういい」
俺はフッと笑いながら門を閉じていく。カムの「待って!ボスのその笑い方は怖すぎます!説明を!説め───」という叫びは多分幻聴だ。
後ろを振り向けばあまりに刺激の強すぎる光景に唖然としつつも今のやり取りが疑問だという顔が並んでいた。
「あの、神代くん……?今のは……」
「あぁ、何せ初めてだらけで色々と不手際が目立ったが───」
というか、ほぼ不手際しかなかったけど。あれならもう少し遠くてもイルワとかにすれば良かったかなぁ……。でもあの人だと周りに他に事情を話せない人もいそうだしなぁ。
「元の世界に帰る手段を手に入れた」
「それよりさっきのは何?」
香織が即座に背後に般若を召喚して俺に迫る。いくらなんでも気が短すぎる。ちなみにさっき聞いた話だがこの香織さん、「恋人を置いてきているから早く帰りたいって言ってたのにちゃっかりこっちでも作ってんじゃねぇよ」という理由で俺に砲撃が誘導されていたらしい。それが発覚したからなのか、俺への当たりが強くなった気がする。
「再生魔法は時間に干渉する魔法ってのが正確なところな訳だが。それはそれとして天之河よ、俺達がこっちの世界に来てどんくらい経った?」
「え、あ、あぁ……えと、だいたい1年くらいかな」
「はぁ……結局そんなに経ってたのか。いや何、俺とユエは奈落暮しが長かったからな。正直時間の感覚があんまりな……。ただまぁ、確かに少なくとも1年近くは経ったかなぁという感じはある」
オスカーの邸宅に着いてからは一応日付は数えてはいたしな。あそこ、洞窟の奥の奥のくせに昼と夜の概念があったからな。毎日石に日付を刻んでいたのだ。
それで?と香織も般若を引っ込めつつ先を促す。とは言え、まだ完全には消えていないので多分すぐに出てくる。気が短すぎる……。
「そっちは多分集団失踪事件だろ。現代の神隠しとか何とか言われてんじゃねぇか?」
「確かに、その可能性は高いわね」
「で、俺だ。俺の時は周りにはリサしかいなかったし何より俺は武偵だ。1年もいなかったら確実に死亡扱いされるだろうよ。そうしたらたとえ帰ってきても武偵の職を失うかもしれない」
と、見渡せばそりゃ確かに深刻だわな、という顔が揃っている。だが同時にそれとさっきの謎のプレイを2度も見せつけられた意味は?という表情も混ざっている。
「あとこれは完全に私情なんだけど、リサを1年近くも待たせてられるか、というのが大きい」
と言えば、即座に香織の背後にポン刀を構えた般若さんがスタンバイ。だから早いって。そういや遠山金一は1回失踪した割にまた武偵やってるから、俺ももしかしたら大丈夫かもだけどそれはそれとしてリサを放ってはおけない。
「んんっ、で、最初に戻るぞ。再生魔法は本来時間に干渉する魔法、この鍵に込められた概念は望んだ場所への扉を開く、だ」
「……つまり、その鍵は世界だけじゃなくて時間も越えられるってこと?」
「八重樫の言う通りだ。まだ試しちゃいないが多分未来へも跳べる。勿論、それにはそれだけの魔力が必要だが……」
「あっ……」
と、谷口が膝を着く。どうやら力が抜けてしまったららしい。それを八重樫に支えてもらっている。
「で、だ。これは相談なんだが、いつ頃に戻る?」
「いつ頃、というのは勿論、あの日から何日後か、ということよね?」
「うん。中村がどうなるかは別にして、それ以外にもお前らのクラスメイトは何人も死んでいる。転移直後に戻ったとしてもそいつらがいない説明が出来ないし、転移前跳んでに死んだ奴らをこっちに拉致ってきて後で皆で戻っての帳尻も止めた方が良い」
それをしたら未来が分岐してしまう可能性があるからな。特に檜山がいなくなると言うことは俺が奈落の底に落ちないということで、それはとりもなおさず俺とユエが……そして言い換えればシアやティオとも出逢わないということでもある。今のこの世界は今までの選択の積み重ねなのだということをこうして考えると強く実感するよ。
「つまり、クラスの大半が失踪したことと、その中で数人が戻ってこない説明のつく期間を空けなければ、ってこと?」
「八重樫の言う通りだ」
「なら、それこそ王都に戻って全員で話し合わないと……」
「んー、まぁそれでもいいんだけど、こんなの人数がいたってどうにかなるもんでもないだろ」
俺は今すぐにでもリサの顔が見たいからさっさと決めてほしいのもあるにはあるが。というか、そっちが本命だけども。ただまぁ……
「どうするにしろ、まずは中村か……」
俺は谷口にハルツィナ樹海に繋がる鍵とこちらに戻るための鍵を渡す。
「とりあえずハルツィナ樹海にでも行って、変成魔法でも練習してこい。俺達は休憩してるから」
俺は話しているうちにある程度魔力も戻ってきたけど、ユエはそういうわけにもいかないからな。またあの魔人族に襲撃されても面倒だし、とりあえず補給と補充は行なっておきたい。
変成魔法習熟と魔人族の領地に乗り込むための戦力拡充を図りにハルツィナ樹海へと乗り込んだ谷口達とそれに着いて行った香織を見送り、俺は魔力タンクへと魔力の補充を行いながらこの大迷宮でも指摘された"あれ"について話しておこうと思い立つ。
「なぁ、ちょっといいか?」
───────────────
「……それで、あとどれくらい保つの?」
俺は聖痕の力のこと、そしてそれを持つ者が迎える結末を、全てユエ達にぶちまけた。それを聞いたユエは俺の頬に手を当てながら心配そうな顔で見つめてくるし、シアに至ってはもう俺の腕に絡みついて離れようとしない。ティオも俺の背中に抱きついたままだし。
「さぁな。少しずつ広がってる感じはするけど、まだ今すぐにどうこうってのは無いとは思う。ただ───」
「封印を無理矢理剥がした時、じゃな」
「あぁ。て言っても実際どれくらい広がって、それがどれだけ猶予を縮めるのか分からないんだよなぁ……。結局、そこの不安も含めてのリスクっぽいし」
分からないものを怖がっても仕方ないとは思うが、分からないからこそ怖いというのもまた真理だと思う。
「なら、私達がもっと強くなります。天人さんがそんなものに頼らなくても良いくらいに」
ギュッと、シアがさらに強く俺に抱き着く。
「……ありがとな」
フルフルと、シアは首を振るだけで何も言おうとしない。ただウサミミは正直にフサフサと俺の首に巻きついてきているのだけれど。
結局、この問題に答えなど出ないのかもしれない。俺は俺が戦える人間である為にも武偵であることを捨てられないし、そうでなくとも聖痕持ちと戦うなら神代魔法やアーティファクトだけでは力不足なのだ。当然、究極能力だってどの程度役に立つのか……。
その時になれば俺はコイツらと一緒にいる為にも躊躇いなく力を使うはずだ。俺達に出来ることはきっと、もう聖痕持ちと戦わないことを祈るくらいなのだろうよ。
そうしている内に、谷口達が帰ってきた。残念ながら天之河達には変成魔法の適性が無く、魔物を従えることは出来なかったらしいが、谷口だけはそれなりのものがあったようでユエとティオの指導の元、連れてきた魔物を強化、俺のアーティファクトでいつでも呼び出せるようにして一旦は樹海へと返した。
「ふむ、では主にユエよ、これを渡しておくのじゃ」
と、ではそろそろここも出ようかというところでティオから水滴のような形のペンダントを渡された。大迷宮攻略の証だろう。すっかり忘れてたけど、一応これがないと面倒だったりするんだよな。
攻略者の証も受け取り、ここの大迷宮にはもう用もなくなったからな。俺達は大迷宮を出て地上に戻るためのショートカットとなる魔法陣へと足を踏み入れた。